〈悲華経〉にあらわれる
ヴァーユヴィシュヌについて
壬 生 泰 紀
はじめに 〈悲華経〉1)は4世紀半ばに成立したとされる大乗経典である(cf. 紺矢 1984: 75, 86, n. 3).梵本(Karuṇāpuṇḍarīka),蔵訳('Phag pa snying rje pad ma dkar po shes bya
ba theg pa chen po'i mdo),『悲華経』と『大乗悲分陀利経』の漢訳2本が現存する.
〈悲華経〉では釈 牟尼仏の本生であるサムドラレーヌ (Samudrareṇu) という婆羅 門が中心となる.彼は五濁悪世の不浄なる仏国土 (穢土) を選び取り,そこに生き る衆生を救おうと誓願を立てる.いわゆる「釈 五百誓願」である.それを聞い たラトナガルバ(Ratnagarbha)如来は彼を讃え,「大悲をそなえた(Mahākāruṇika)」 菩 大士と呼び,将来,娑婆世界において釈 牟尼仏になることを授記する.こ のサムドラレーヌ婆羅門に対比されるかたちで清浄なる仏国土 (浄土) を選び取っ た者たちの授記も説かれる.それらはサムドラレーヌ婆羅門が仕える転輪聖王ア ラネーミン(Araṇemin)や王子たちであり,彼らもラトナガルバ如来によって菩 ,そして仏になることが授記される.その際に阿弥陀,観音,勢至,文殊,普 賢,阿閦といった著名な尊格たちが将来の姿として示される.ただ彼らは〈悲華 経〉では浄土を選び取ったため,「憐愍を捨てた(utsṛṣṭakṛpa)」菩 と呼ばれ,サ ムドラレーヌ婆羅門よりも低い評価を受けるのである. そのようななか,〈悲華経〉にはサムドラレーヌ婆羅門と同等の評価が与えら れる者が登場する.それはヴァーユヴィシュヌ(Vāyuviṣṇu)という婆羅門である. 彼はヴェーダ聖典を読誦する婆羅門たちから師と仰がれ,穢土に生きる衆生を救 済しようとする. このヴァーユヴィシュヌ婆羅門については,すでに宇治谷祐顕氏によって注目 されている.同氏はヴァーユヴィシュヌが説かれた理由として,本経典でサムド ラレーヌ婆羅門の大悲成就した釈 牟尼仏が諸仏の応化身であることを,化身す るヴィシュヌ(Viṣṇu)神を取り入れることによって,立証しようとしたためであ ると結論づける(宇治谷1967).つまり,〈悲華経〉の担い手がヴィシュヌ神の化
身(avatāra)の思想を積極的に採用したと見ている.しかし,〈悲華経〉のヴァー ユヴィシュヌに関する記述を見る限り,化身への言及はなく2),かつそのような 積極的態度は見てとれない.そのため,〈悲華経〉がヴァーユヴィシュヌという 婆羅門を登場させた意図については再検討する必要があるといえる. そこで本稿では,〈悲華経〉におけるヴァーユヴィシュヌの地位を確認した上 で,彼が説示された意図を明らかにしたい. 1. ヴァーユヴィシュヌの授記物語 〈悲華経〉の梵本の第4章「菩 たちの授記 の章(Bodhisattvavyākaraṇa-parivarta)」にヴァーユヴィシュヌの授記物語が確認され る.この章ではまず浄土を選び取ったアラネーミン王や王子たちの授記物語が説 かれる.続いて,サムドラレーヌ婆羅門の息子や弟子たちが,三毒の激しくない 衆生のいる穢土を選び取って誓願を立て,ラトナガルバ如来に授記される.その あとに下記のヴァーユヴィシュヌの授記物語が始まるのである. そのとき,ヴェーダ聖典を読誦する千人の婆羅門たちに,師として最も尊敬されるヴァーユ ヴィシュヌという名前の者がいた(tatra sahasravedapāṭhakānāṃ brāhmaṇānāṃ yas teṣāṃ jyeṣṭhaḥ gurusaṃmato Vāyuviṣṇur nāma).彼は言った.「また,私が五濁の仏国土で(pañcakaṣāye buddhakṣetre)無上なる正等覚に達しますように.激しい貪欲,激しい瞋恚,激しい愚痴 を有する衆生に(tīvrarāgānāṃ tīvradveṣāṇāṃ tīvramohānāṃ sattvānāṃ)教法を説き示しま
すように.」.... 第一祭官(サムドラレーヌ)は言った.「完全な大悲をそなえた菩 は
(sakalamahākaruṇāsamanvāgato bodhisattvaḥ)五濁の仏国土でさとりを獲得する.保護がなく, 最終的救済がなく,煩悩によって攻められ,[邪な]見解への執着を持った衆生にとっての 利益となり,保護,最終的救済となる.生の海から衆生を救出する.正しい見解に衆生を
安住させる.涅槃である甘露の水で衆生を満足させる.菩 の以上の大悲が現れる(iyaṃ
bodhisattvasya mahākaruṇā dṛśyata).彼は五濁の仏国土に向けて誓願する.」(梵本,KP.: 193.4–19)3) ここでヴァーユヴィシュヌは,ヴェーダ聖典を読誦する婆羅門たちから師と仰が れる存在とされている.彼は穢土でさとりを開き,三毒の激しい衆生のために教 法を説くことを誓うのである.そのような誓願を立てた理由として,サムドラ レーヌ婆羅門は,ヴァーユヴィシュヌが大悲をそなえた菩 であることを告げ る.このあと,ヴァーユヴィシュヌは,ラトナガルバ如来によって,将来,東方 にあるカシャーヤドヴァジャ(Kaṣāyadhvaja)世界でシャーレーンドララージャ (Śālendrarāja)如来になることが授記される.この授記物語の最後には彼の誓願の 特徴がうかがえる偈頌4)が説かれる.そこでは「憐愍の意向(karuṇāśaya)」や「悲 愍を有する( )」という言葉が見られ,ヴァーユヴィシュヌが慈悲を特徴
とした人物であることがうかがい知れる. このように〈悲華経〉において,ヴァーユヴィシュヌは,慈悲により,敢えて 穢土を選び取り,そこでさとりを開き,三毒が激しく救われがたい衆生を救済し ようとする存在として説示されるのである. 2. ヴァーユヴィシュヌへの評価 それでは穢土を選び取ったヴァーユヴィシュ ヌは〈悲華経〉でどのように評価されているのであろうか.同じく第4章にあ る,サムドラレーヌ婆羅門の授記物語の冒頭に,下記のヴァーユヴィシュヌに関 する言及が見られる. さて,そのとき,善男子よ! サムドラレーヌ婆羅門には,次の思いが起こった.「この すべてを含む集会を目にしたので,私は多くの十万・百万・千万の生き物を無上なる正等 覚へと勧めた.そして,これらすべての大士は,非常に優れた諸誓願を立て,また,清ら かな諸仏国土を選び取った,ただヴァーユヴィシュヌを除く.他の菩 たちはカリ・ユガ (kaliyuga)を回避した.カリ・ユガの時期が続いているときに,私もまた,衆生を教法の 味で満足させ,また堅固な勇猛をなしましょう.(梵本,KP.: 217.15–218.6)5) ここでまずサムドラレーヌ婆羅門は,自身よりも前に誓願を立てた菩 たちに言 及する.そこで,ヴァーユヴィシュヌ以外の菩 たちが,浄土を選び取り,悪世 であるカリ・ユガの時代を回避したことを述べる.それに対して自身は,ヴァー ユヴィシュヌと同じくカリ・ユガにおいて衆生を教化することを宣言するのであ る.つまり,ここでは唯一ヴァーユヴィシュヌがサムドラレーヌ婆羅門と同等の 存在として見なされているのである. そしてもう一つ注目したい箇所がある.それは第4章の終盤に位置する.そこ では「四法懈怠(catvāri kuśīdavastūni)」と「四法精進(catvāri ārabdhavīryavastūni)」と いう2種類の菩 のあり方が示される.「四法懈怠」とは,①浄土を選び取り, ②清浄なる意向をもつ衆生に対して仏事をなし,③声聞・縁覚の二乗の教えを説 かず,④長寿の仏になることを願う菩 のことをいう.「四法精進」とはそれと は反対の活動をする菩 のことを指す6).このような教説のなかで,「四法懈怠」 の菩 の特徴が説かれたあとに,次の文言が説示される. 婆羅門よ! あたかも,これら大勢の菩 の衆会を除いて(imān mahābodhisattvaparṣāṃ sthāpayitvā),かのヴァーユヴィシュヌが不浄なる仏国土を選び取り,煩悩をそなえ不善な る教化されるべき衆生を選び取り,賢劫中の幾人かの善男子たちを[選び取った]ようで ある.(梵本,KP.: 311.5–8)
蔵訳の対応箇所も同趣旨である(P. 29, No. 780: 289b4–5).ここでヴァーユヴィシュ ヌが四法懈怠の菩 の代表例として登場する.しかし,四法懈怠の菩 は,敢え て穢土を選び取ったヴァーユヴィシュヌとは相反する存在といえ,ここで彼を例 として挙げるのは不自然である.やはりここでは浄土を選び取った菩 が例とし て挙げられるべきであろう7).また最後にヴァーユヴィシュヌが賢劫中の善男子 も救いの対象として選び取ったことを示しているが,そのような記述は先に見た 授記物語中には見られない.以上のように,梵本と蔵訳は,文脈上,問題がある といえる.そこで『悲華経』と『大乗悲分陀利経』の対応箇所を見てみたい. 梵志! 於此天衆,惟除一人婆由比紐.取不淨世界調伏,攝護多煩惱者.於賢劫中或有菩 取不淨土.(『悲華経』,T. 3, No. 157: 218b11–14) 婆羅門! 此大菩 衆其譬如是,除彼由毘師紐.取不淨佛土,攝度亂結衆生.於賢劫中亦 復少有.(『大乗悲分陀利経』,T. 3, No. 158: 276a9–11) 漢訳2本は若干の相違が見られるものの趣旨は同じである.そこで両者を相互補 完しつつ解釈を試みると,四法懈怠とは,ヴァーユヴィシュヌを除く,ラトナガ ルバ如来の衆会に集まった菩 たちであると考えられる.つまり,かの如来に授 記された,アラネーミン王や王子たちといった浄土を選び取った菩 たちのこと である.そして,梵本や蔵訳では問題のあった賢劫に関する一節は,ヴァーユ ヴィシュヌのように悪世ではないが,賢劫中の不浄なる仏国土を選び取った菩 もいること8)を補足的に示そうとした文言であると理解できる. 以上のように,〈悲華経〉において,ヴァーユヴィシュヌは,穢土での成仏や 衆生救済を誓った菩 の代表的存在であることがうかがえる.また,その活動が 同じく穢土で成仏し,衆生救済を願うサムドラレーヌ婆羅門と重なることから も,彼が特別視されていたと見て問題ないであろう. 3. ヴァーユヴィシュヌのモデル 宇治谷氏はヴァーユヴィシュヌをヒンドゥー 教で有名なヴィシュヌ神と同定する(宇治谷1967).しかし,この名前はヴィシュ ヌ 神 の 異 名 と し て 知 ら れ て い な い. た だMahābhārataの 第13巻「教 説 の 巻 (Anuśāsanaparvan)」にヴィシュヌの千の異名(viṣṇusahasranāma)として,vāyuに関連 する名前が確認される.そこではヴィシュヌ神の異名として「Vāyu」あるいは
「Vāyuvāhana(風をもたらすもの)」が挙げられている(MBh. 13_135_49, 57, 104).ここ
にヴィシュヌ神とヴァーユヴィシュヌとの接点がうかがえる.
しなかったとされる.Bhagavad-gītāの第4章にはクリシュナ(Kṛṣṇa=Viṣṇu)が各 ユガに救済のために現れることが説かれ(Bhag. 4_7–8=MBh. 6_26_7–8),時代に応 じたヴィシュヌ神の救済に関する萌芽的内容が確認される.また〈悲華経〉と同 時期に成立した可能性のあるViṣṇu-purāṇa(cf. Hazra1940: 24)の第6巻ではカリ・ ユガにおいてはケーシャヴァ (Keśava=Viṣṇu) を称えることを勧めている (ViP. 6_2_17).そして,諸プラーナ文献中でヴィシュヌ神の化身である仏陀がカリ・ユ ガに活躍することは有名である. 以上のように,〈悲華経〉に見られたヴァーユヴィシュヌの特徴はヴィシュヌ 神と重なる.このことはヴァーユヴィシュヌ婆羅門という人物像の形成において ヴィシュヌ神がモデルになった可能性を示唆する. 4. 時代背景 〈悲華経〉の成立時期と考えられる4世紀半ばは,インド北部を中 心にグプタ朝(320–550年)が繁栄していた時代である.この王朝はヒンドゥー 教,とくにヴィシュヌ神を熱心に信仰していた王朝として有名である(cf. 山崎 2004).その一方で仏教の隆盛を支えたクシャーナ朝が衰退していた時代でも あった.ヒンドゥー教優勢の時代において,仏教徒にとってヴィシュヌ神は無視 できない存在であったと考えられる.そのような状況のなか,〈悲華経〉の担い 手はカリ・ユガに活躍するヴィシュヌ神に釈 牟尼仏との共通性を見出し, ヴァーユヴィシュヌという婆羅門として取り込んだ結果,彼がサムドラレーヌ婆 羅門に匹敵するほどの慈悲をそなえた存在として説示されるにいたったと推測さ れる. おわりに 本稿では,ヴァーユヴィシュヌに注目し,〈悲華経〉における彼の地 位を確認し,そして説示された意図について考察した.その結果,以下のことが 指摘できるであろう. 〈悲華経〉においてヴァーユヴィシュヌは,穢土での成仏や衆生救済を誓った 菩 であり,釈 牟尼仏の本生であるサムドラレーヌ婆羅門が一目置く存在とし て描かれる.本経典の成立の前提となった阿弥陀信仰や観音信仰や阿閦信仰など には批判的な態度を示す一方で,婆羅門たちから師と仰がれるヴァーユヴィシュ ヌには高い評価を与えていることは興味深い事例といえる.おそらく彼のモデル はヴィシュヌ神であろう.〈悲華経〉の担い手は,グプタ朝に隆盛していたヴィ シュヌ信仰への対策の一つとして,ヴァーユヴィシュヌを登場させたと考えられ る.
1)本稿では,〈 〉で括った経名は,梵・蔵・漢のもとになった種々の原本を総称する経 名として用いる. 2)ちなみにサムドラレーヌ婆羅門が種々の姿に変化することが説かれる(梵本,KP.: 230.12–231.7)が,それは,ヴィシュヌ神の化身よりも,〈法華経〉の「妙音菩 品」や 「普門品」に見られる妙音菩 や観音菩 の権化の影響と見た方が妥当であろう(梵本, SP.: 432.10–435.4, 444.3–445.8).
3)蔵訳,P. 29, No. 780: 237b2–238a1; 漢訳A, T. 3, No. 157: 199b7–22; 漢訳B, T. 3, No. 158: 261a27-b7.
4)梵本,KP.: 194.16–19; 蔵訳,Pk. 29, No. 780: 238a7–8; 漢訳A, T. 3, No. 157: 199c6–10; 漢訳 B, T. 3, No. 158: 261b17–18.
5)蔵訳,P. 29, No. 780: 248a8-b3; 漢訳A, T. 3, No. 157: 203c2–8; 漢訳B, T. 3, No. 158: 264b6–11.
6)「四法精進」とは,①穢土を選び取り,②不浄なる意向をもつ衆生に対して仏事をな し,③声聞・縁覚の二乗の教えを説き,④長寿でも短命でもない仏になることを願う菩 大士のことを指す. 7)阿弥陀仏の本生であるアラネーミン王が選び取った仏国土の描写(梵本,KP.: 112.12– 114.17)と重なることから,彼のような浄土を選び取った菩 を意図しているといえる. 8)おそらくヴァーユヴシュヌに続いて授記された若き婆羅門(māṇavaka)たちがこれに 該当すると思われる. 〈一次資料(略号)〉
Bhag.: Bhagavad-gītā (=Mahābhārata, 6). KP.: Karuṇāpuṇḍarīka (ed. Isshi Yamada,
Karuṇāpuṇḍarīka, Vol. II, London: School of Oriental and African Studies, University of London, 1968).
MBh.: Mahābhārata (ed. Vishnu Sitaram Sukthankar et al, The Mahābhārata, 19 vols. Poona: Bhandarkar Oriental Research Institute, 1933–1966). SP.: Saddharmapuṇḍarīka (ed. Hendrik Kern and Bunyiu Nanjio, Saddharmapuṇḍarīka, St. Pétersbourg, 1909–1912). ViP.: Viṣṇu-purāṇa (ed. Madhusudan Madhavlal Pathak, The critical edition of the Viṣṇu-purāṇam, 2 vols, Vadodara: Oriental
Institute, 1997–1999). 『悲華経』/漢訳A: 北涼・曇無讖(385–433)訳(419)『悲華經』 十巻(T. 3, No. 157). 『大乗悲分陀利経』/漢訳B: 秦・失訳(4世紀後半∼5世紀前半 頃)『大乘悲分陀利經』八巻(T. 3, No. 158).
〈二次文献〉
Hazra, Rajendra Chandra. (1940) 1975. Studies in the Purāṇic Records on Hindu Rites and Customs.
Delhi: Motilal Banarsidass. 宇治谷祐顕1967「悲華経の婆由比紐Vāyuviçṇuと大悲比丘」
『印仏研』15(2): 506–511. 紺矢芳子1984「悲華経における機根の問題」『日本仏教学会
年報』49: 75–90. 山崎元一2004「ヒンドゥー諸王国の興亡とヒンドゥー文化」『南アジ
ア史』新版世界各国史7,山川出版社,113–148.
〈キーワード〉 Karuṇāpuṇḍarīka,穢土,五濁,カリ・ユガ,ヴィシュヌ,グプタ朝