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大学と学生第555号「発達障害」学生を取り巻く課題と今後の展望について_東京学芸大学(上野 一彦)-JASSO

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Academic year: 2021

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特集・発達障害 はじめに   四半世紀も前のことである。東京大学の教育学部で「学 習障害の理解と対応」というタイトルの講義をもつ機会が あった。当時、学習障害(以下LD)という言葉自体が新 し い 障 害 用 語 と し て 社 会 に 認 め ら れ 始 め た 頃 の こ と で あ り、 そ の 原 語" learning disabilities 〟 の 略 称 L D を、 今 は 懐かしい「レザーディスクではありません」と、笑いをと りながらの授業であった。新しい教育概念を教えることへ の軽い興奮と、ともすれば概念も臨床例も学問的精緻さを 欠きがちになるもどかしさの混ざった講義ではなかったろ うか。   開始して間もなくの頃、他学部から聴講に来ていた一人 の 学 生 が 私 の と こ ろ に や っ て き て 言 っ た。 「 僕 は 先 生 の 話 される内容がよく理解できません。講義内容の詳しい資料 をいただけませんか。僕はこれまでも聴くよりも読んで理 解しながらここまでやってきました」   学生の理解程度や反応具合によって右往左往する、シラ バスなぞどこ吹く風の私の講義そのものが明快さを欠いて いたせいかもしれないが、懲りない私は確信した。まさに 彼こそ主題そのものである聴覚認知と視覚認知に大きなギ ャップをもった、今風に言うなら「発達障害」系の学生で あろうと。他学部からの聴講というだけでもその動機に興

」学



(東京学芸大学名誉教授/大学入試センター特任教授)

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特集・発達障害 味を感じつつ、次回のために準備した講義資料を渡し、そ の都度繰り返す彼との問答をどこか楽しみにする半年だっ た。これが、自ら「発達障害」を標榜する学生との最初の 出会いであったのだが、その後、本人あるいは家族に何ら かの「発達障害」があるという学生との邂逅が確実に増え ていった。   「発達障害」について   「 発 達 障 害 」 学 生 と い う 表 記 に 違 和 感 を 覚 え る 方 は 多 い だ ろ う。 な ぜ 発 達 障 害 で は な く、 「」 付 き の「 発 達 障 害 」 にしたのかという疑問である。実はこの感覚にこそ特別支 援教育の大切な歴史と現実が刻み込まれている。まずは前 提となる用語について明らかにすることから始めよう。   平成十七年度から施行された 「発達障害者支援法」 では、 身体障害や知的障害では規定されない、LDや注意欠陥多 動性障害(以下ADHD) 、自閉症等を、 法制上「発達障害」 と総称し定義した。文部科学省は、平成十九年三月「特別 支援教育の推進について (通知) 」(一九文科初第一二五号) のなかで、 「知的な遅れのない発達障害」という、 「通級に よる指導」の対象ニーズからの「発達障害」の限定した解 釈をしている。しかし自閉症の扱いはむずかしい。自閉症 は重度の知的障害を伴う者から知的な遅れを伴わない高機 能自閉症やアスペルガー症候群までを含む、まさにスペク トラム障害だからである。   知的障害や情緒障害とは別の視点から自閉症そのものの 理解を求めるニーズと、これまで障害支援の範囲外にあっ たLDやADHDと同列に、自閉症のなかでも高機能自閉 症 や ア ス ペ ル ガ ー 症 候 群 な ど、 「 知 的 な 遅 れ の な い 発 達 障 害」としての自閉症への理解を求めるニーズとの併存が、 この法律規定の理解を難しくしている。あえて 「発達障害」 とするのは、あくまでもわが国での法的規定上の用語であ ることを意識してのことである。 か、 か、 がい」のある学生か   また「発達障害」学生ではなく「発達障害」のある学生 という表記をすべきという意見も強い。二〇年も前のこと である。英語で論文を書くとき「障害者」を表記するとき は「 disabled person 」 で は な く「 person with disability 」 とするのが法的規定で、そうしないと見識を疑われるとい うイロハを外国に住む友人から教えられた。   障害を頭から形容する表記は、障害の特異性を既定の事

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特集・発達障害 実 と し て 強 く 意 識 さ せ る も の で あ り、 with で 後 か ら 形 容 する場合は、たまたまそうした状態にあるという限定した ニュアンスになる。この違いは当事者にとっても大きな感 覚の差を生む。近年、マスコミ界では「障害者」でも「障 害 を も つ 者 」 で も な く、 「 障 害 の あ る 者 」 が ほ ぼ 定 着 し た ようである。   表記におけるもう一つの課題は 「障害」 の二文字である。 本来の漢字表記は 「障碍」 であったが、 戦後、 当用漢字 (現、 常用漢字)に「碍」の字がなく「害」を充てたと聞く。碍 は 「さまたげる」 「さえぎる」 の意だが、 害は 「さまたげる」 の他に「そこなう、わざわい」を意味する「害虫」 「公害」 などの例があり、マイナスのイメージが非常に強い。   昨年一二月、内閣府に「障がい者制度改革推進本部」が おかれ、さらにわが国の障害者制度の集中的な改革を行う ための「障がい制度改革推進会議」が設置された。現在、 「障害者自立支援法」 に替わる新たな 「障がい者総合福祉法」 ( 仮 称 ) の 成 り 行 き に 注 目 が 集 ま っ て い る が、 少 な く と も こ れ ら 一 連 の 動 き の な か で、 「 障 が い 」 と い う 名 称 が 意 識 的に使われていることに一定の評価をしたいと思う。   ただ、 漢字二文字や四文字熟語を見慣れるものにとって、 「 障 が い 」 は い か に も お さ ま り が 悪 い。 漢 字 に 誇 り を 持 つ 国 民 と し て は「 障 碍 」 で も よ い が、 「 特 殊 教 育 」 を「 特 別 支援教育」とその理念とともに対応を大きく転換していっ たような、清新で的確な言葉を今こそ創設すべき時期なの かもしれない。   「発達障害」学生はどれくらいいるのか   一口に障害学生といっても、わが国では伝統的に身体障 害系(視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・病弱など)への 理解を中心にその受け入れが進んできた。高等教育におけ る「発達障害」系の学生の受け入れについての認知度は極 めて低い。   わが国では義務教育段階での「発達障害」のある児童生 徒については、 平成十四年に実施された全国調査結果の六 ・ 三%というのが一つのガイドラインになっている(特別支 援 教 育 の 在 り 方 に 関 す る 調 査 研 究 協 力 者 会 議、 二 〇 〇 三 )。 ま た 平 成 十 八 年 度 よ り、 通 常 の 学 級 に 在 籍 し たまま特別な支援を受ける「通級による指導」の対象とし てLD、ADHDが初めて加えられた。文部科学省が毎年 出している特別支援教育資料から、 この「通級による指導」 を受けている児童生徒数の推移をみると、元来その指導対 象の主体であった言語障害をはじめ既存の他の障害生徒数

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特集・発達障害 はほとんど変化していないが、平成十八年度以降、情緒障 害から分離された自閉症とLD、ADHDを合わせた「発 達障害」が、その後三年間で約二倍、一四〇〇〇人へと急 増 し て い る。 「 通 級 に よ る 指 導 」 の 中 で の「 発 達 障 害 」 の 構 成 比 率 は、 L D  七 %、 A D H D 七 %、 自 閉 症 一 四 % で ある。   また、文部科学省は平成十七年度から特別支援教育体制 推進事業の開始にあたり、小・中学校だけでなく高等学校 へも拡大を図った。その結果、 特別支援教育、 なかでも「発 達障害」に対する関心は高等学校段階から大学などの高等 教育段階にも次第に広がりを見せている。これらの数値に 示される動向が直ちに大学入試や高等教育全体へ影響する までには時間がかかるだろうが、その波は間違いなく押し 寄せてきている。   日本学生支援機構が毎年、全国の国公私立の大学、短期 大学、高等専門学校に在籍している障害のある学生に関す る詳細な実態調査を行っている(日本学生支援機構、二〇 〇 九 )。 平 成 二 〇 年 度 の 報 告 結 果 に よ れ ば、 調 査 し た 一 二 一八校(大学七五七:短大三九七:高専六四校、回収率一 〇〇%)の全障害学生数は六二三五人(大学五七九七:短 大二七七:高専一六一人)で障害学生の在籍率は〇・二〇 %、 (前年〇・一七%)であった。これら障害学生のうち、 学校に支援申し出がありそれに対して何らかの支援を行っ ている者(支援障害学生)の支援率は五五・二%である。   「 発 達 障 害 」 学 生 は、 L D、 A D H D、 高 機 能 自 閉 症 及 びアスペルガー症候群(以下ASD)等の医師の診断書の あ る 者 だ け に 限 定 さ れ る が、 そ の 総 数 は 二 九 九 人( L D  三 一: A D H D  四 九: A S D  二 一 九 人 ) 障 害 学 生 全 体 の 中での構成比率はわずか四 ・ 八%(前年三 ・ 三%)に過ぎな い。 な お、 「 発 達 障 害 」 と し て の 医 師 の 診 断 書 が な い た め に 障 害 学 生 数 に は 含 ま れ な い が、 「 発 達 障 害 」 が あ る と 推 察 さ れ る こ と か ら 実 際 に 教 育 上 の 配 慮 を 行 っ て い る 者 は 五一五人(LD  三五 : ADHD  一一五 : ASD  三六五人) で あ り、 診 断 書 の あ る 学 生 の 約 一 ・ 七 倍 い た。 因 み に そ れ らを合わせた「発達障害」学生の構成比率を算出してみる と一二%となる。   「発達障害」学生と大学入試   先の報告書から、平成二十年度入試(平成二十年四月入 学者)における「発達障害」学生について見てみよう。こ れら大学等で特別な措置を行った受験者数は一九五八人、 合格者は九二〇人、入学者は六八八人であった。入学した

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特集・発達障害 発 達 障 害 」 学 生 は わ ず か 一 一 人( 診 断 書 あ り  一 〇 : 診 断 書なし ・ 配慮あり  一人) であり、 特別入試としては七人 (A O 入 試  一 : 推 薦 入 試 六 : 障 害 者 特 別 入 試 〇 人 )、 特 別 入 試 以外の入試四人である。このように「発達障害」学生は統 計的に見ても極わずかであり、その存在はこれからの課題 であることが如実に示される。   次に平成二十二年度大学入学者選抜大学入試センター試 験 で は ど う で あ ろ う か。 セ ン タ ー 試 験 の 全 志 願 者 数 は 五五三三六八人、内、障害による受験特別措置を認められ た者は一二八八人で、その比率は○・二三%である。この 数 値 は 先 の 障 害 学 生 在 籍 率 〇 ・ 二 % と 近 似 す る。 「 平 成 二十二年度大学入学者選抜大学入試センター試験受験案内 (別冊) 」を見てもわかるように、現在、記載されている障 害種別は、視覚障害 ・ 聴覚障害 ・ 肢体不自由 ・ 病弱のみで、 「 発 達 障 害 」 の 規 定 は な く、 特 別 な 措 置 を 求 め る に は「 そ の他」で志願することになる。   事実、平成十八年度~二十二年度の受験特別措置申請者 の な か に も、 「 そ の 他 」 の 障 害 と し て「 発 達 障 害 」 系 の 者 が出てきており、昨年度から大学入試センターにおける特 別措置委員会に「発達障害」に関する委員が初めて加えら れた。また本年四月より大学入試センター内に新たにプロ ジェクト研究タイプの入試選抜研究機構が立ちあげられ、 その中の障害者支援部門に発達障害グループが置かれるな ど、やっと本格的な「発達障害」受け入れへの体制が始動 したところである。   米国の大学進学に使用される検査(SAT・ACT)や イギリスの資格試験GCE)等の実施においては、障害の ある者が不利益を被らないよう合理的な調整を行うことが 義務付けられており、それら国の実施機関では、障害のあ る 者 に 対 し さ ま ざ ま な 受 験 特 別 措 置 が 講 じ ら れ て き て い る 。   ただ、障害種別からみた実態状況にはわが国とは大きな 隔たりがある。米国での大学受験における全障害者に対す る特別措置は約二%、その八割がLDもしくはLD+AD HDだという報告がある。少なくとも義務教育段階での障 害のある全生徒比率は約一一%、 LDはそのうちの六%弱、 構成比率でいえば五〇%近くをLDが占めており、そうし た背景のもとに大学進学がなされている。   一方英国では、一九七八年のウォーノック委員会報告を 受 け て「 教 育 に お け る 特 別 な ニ ー ズ( Special Needs in  Education )」 と い う 基 本 的 な 考 え 方 を も と に「 一 九 八 一 年 教育法」が制定されている。この報告では、障害の分類を 超えて具体的ニーズに応じた特別な教育措置を要する者は

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特集・発達障害 かなり多く、障害種別よりも特別な教育ニーズという捉え 方 を よ り 重 視 す る。 そ の 結 果、 学 習 困 難( learning  difficulties ) と い う 概 念 が 使 用 さ れ、 五 人 に 一 人 の 割 合 で 何らかの特別な教育措置を要する生徒がいると推定されて いる(山口・西永、二〇一〇) 。   伝統的な読み障害(ディスレクシア)に対する理解は教 育界全体にあり、職業準備教育や就労などでの配慮もしっ かり定着している。 また具体的な就労イメージの強い芸術 ・ デザイン・技術系のコースでの「発達障害」系学生の比率 はきわめて高い。このように欧米の障害学生全体の受け入 れ状況と比較すると、障害学生全体としても大きな隔たり があるが、なかでも「発達障害」系の学生については、わ が国の対応の遅れは著しい。これらはまさに歴史的、文化 的な差であり、わが国における今後の大きな課題であるこ とは間違いない。   「発達障害」学生における今後の課題   教育に関する先進諸国における障害学生への対応とわが 国との現状の間にはまだまだ大きな乖離のあることを指摘 し て き た が、 L D、 A D H D、 自 閉 症 な ど、 「 発 達 障 害 」 のある学生についてはさらに大きなギャップがある。しか し、 「 発 達 障 害 」 と い う 概 念 は 特 別 支 援 教 育 と い う 言 葉 と ともに急速かつ確実に定着しつつある。どのような障害で あっても、その最終ゴールは自立と社会参加であることに 変わりはないが、その修学や就労に対する理解と対応に関 して、次第にその具体性、現実性のある支援のニーズを求 める度合いが増してきている。   「 発 達 障 害 」 の 場 合、 障 害 と し て の 気 づ き の 遅 れ や 不 適 切な対応が多く、二次障害も起こしやすいことが知られて いる(上野一彦、二〇〇二:二〇〇五) 。「発達障害」の場 合、何らかの学習困難のもちやすいことは共通しており、 そうした困難に対する適切な回復支援がないと、自尊感情 の低下や学習全体への動機づけの低減をまねき、広範囲な 学習能力の困難へと広がりやすい。また、非社会、反社会 的なさまざまな不適応行動や二次障害にも発展する可能性 が少なからずある。   最 後 に、 「 発 達 障 害 」 学 生 に つ い て は 支 援 と い う 観 点 か らの考察や分析がまだ多いが、高等教育においても「ギフ テッド(才能)教育」という視点からの「発達障害」の見 直 し も 必 要 な の で は な い だ ろ う か。 米 国 で は 2E( twice-exceptional )教育、 つまり才能のある「発達障害」という 意味で、 二重に特別な人への教育方法が注目されている (松

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特集・発達障害 村暢隆他、二〇一〇) 。「発達障害」を一つの個性としてと らえ、その個性的能力を「生きる力」として豊かに伸ばす ことができるならば、それこそが真の人間尊重の教育のモ デルとなるのではないだろうか。   文献 松 村 暢 隆・ 石 川 裕 之・ 佐 野 亮 子・ 小 倉 正 義( 二 〇 一 〇 )「 認 知 的 個性―違いが活きる学びと支援―」新曜社. 日本学生支援機構 (二〇〇九) 「平成二十年度 (二〇〇八) 大学、 短 期 大 学 及 び 高 等 専 門 学 校 に お け る 障 害 の あ る 学 生 の 修 学 支 援 に関する実態調査結果報告書」 . 特 別 支 援 教 育 の 在 り 方 に 関 す る 調 査 研 究 協 力 者 会 議( 二 〇 〇 三 ) 「 今 後 の 特 別 支 援 教 育 の 在 り 方 に つ い て( 最 終 報 告 )」 文 部 科 学 省 . 上 野 一 彦( 二 〇 〇 二 )「 こ れ か ら の L D 教 育 は ど う な る の か ― 次 の 一 〇 年 を 展 望 す る ―」 L D 研 究、 一 一、 p 二 二 〇 ―二 二 六、 二〇〇二. 上 野 一 彦( 二 〇 〇 五 )「 今 あ ら た め て L D を 考 え る ― 軽 度 発 達 障 害 と 特 別 支 援 教 育 ―」 L D 研 究、 一 四、 p 二 四 四 ―二 五 一、 二 〇〇五. 山 口 薫・ 西 永 堅( 二 〇 一 〇 )「 新 版 学 習 障 害・ 学 習 困 難 の 判 定 と 支援教育」文教資料協会.

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