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パーリ学仏教文化学 (15) - 015書評・島 岩「S.J.Tambiah, Buddhism and the Spirit Cults in North-east Thailand」

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(1)

Society for the Study of Pali and Buddhist Culture

NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

書 評

S

J

. 

Tambiah

, 〃わrld  

Conqueror

 and

brld

 

Renouncer

   A

 

Stu

Buddhis

i and  

Pol

in

 

Thailand

      

against  

a

 

Historical

 

Backgi

りund

1

. は じ め に

 

本 書は,

S

. 

J

. 

Tambiah

の タ イの 仏 教に

す る三部 作の ちの

作 (

発行

1970

年 )で あ る (他 の 二 品 に関 し て は, 『学 仏 教 文

学研

』 第

5

号 と第

11

号で で に

した

 

本書

が 扱 うテーマ は, タ イに おい て王権 と宗教

サ ン ガ

とが互い に支え 合っ て い る とい う関係 につ い て で あ る。

 

− 権

家〉

教 と が互い に 支え合 う とい うこの よ うな関係は, 西欧に お け る王権 神 授説をひ き あい に だす まで も な く, イス ラー ム に お ける カ リフ 論や イマ ー ヒ ン ドゥ ー 王権論, チベ ッ トにお けるダライ ラマ に よる祭 政一致 体

, 日

代 ・ 中世に お け王 法 と仏 法 と 関 わ りな どな ど,政 教 分離にづ く近代 国 民 国家の 成立 以前に は, む しろ ご く普 通の もの だ っ た と言 えるもの で あ る。

 

だ が ,近 代 以

なかで も

次世 界大 戦 , 世 界各地 に お け る 近

国 民 国家の が り と ともに国 家あるい は政 治 と宗 教が互い に支え合 う よ う な形の 政 体は, 前近代 的な体 制の 残 存 に す ぎない と

え ら れ るよ うに なっ て い っ た。

 

ところが,

1979

年 の イ ラン:革命以降の 現 在で は,イス ラー ム圏 に お ける イ ス ラーム原理主

イン ドに お け る ヒン ドゥー 原 理 主義 ス リ ラン カ に お け N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(2)

 

178

        パ ーリ学 仏 教 文 化 学 る仏教 原理主義な どに見られる よ うに,西ア ジアや

央ア ジ アや南アジア を

心 と して, 宗教に よる国家 ・ 社 会 統 合を図ろ う とす る動きが強 ま て きて い る。 す なわ ち ,サ ミッ ト に

代表

され る よ うな先進 諸 国の ほ うを む し ろ例 外 と し て , 政 教 分離 に よ り国家 ・社 会統 合 と し て

を すえて い た は宗教が ,

再 び

その

をふ るい は じめ て い る よ うに思 える の で あ る。

 

この よ うな

れの なかで タ イ は, 戦

を通 じて 一

して 王制を維

して きて お り, そ して こ の 王制は仏 教

サ ン ガ

に よっ て 支え ら れ て きた。 す な わ ち,

教 に支 え られ た 王権 → 政教 分 離

づ く近

国民 国家→ 宗 教 原 理主義の ま り, とい うよ う な

変化

とは比

的無縁な形で , 現 在に至 っ て お り, その ため, タイ に お け る現在の 王権と仏教

サ ン ガ)との 関わ りにつ い て は, 過 去か らの歴 史 的連 続 性の 中で , と ら える こ と が可 能なの であ る。

2

所説

 

そのた め

Tambiah

は, 本

を二 部

構成

と して い る。 す な わ ち, タ イにお け る現 在の 王権 と仏 教 (サ ンガ

との

わ りにつ い て の 現状 を理 解 する た めに は, 歴

景の 理解が必要だ とし て,第 ・部を その 歴 史的 背景の 記述 と分

に あて, 第二 部を現 状の 記 述 と分

に あて て い る の で あ る

1

序 論

。 以 下 , その内容につ い て,簡 単に

紹介

してい くこ ととしたい 。

2

1

  第一部の内容 紹 介

2

 

ラー ジャ ・

ル マか らダルマ ・ラ ー ジャへ

 

こ こで は, 初 期 仏典

Agganna

 

Suttanta

の 第 二 に記 さ れ た 仏 教 的 な創世記 の

記述

を もとに 王 の起 源 と王 と比丘 との

わ りに関す る, 古 くか らの 仏 教 的な考え方が 以下の よ うに

介さ れて い

 

世 界の 発生 に際 して, 最初に まず心 と光 と し て の存 在が あ り, その 中で 物

質性

が増 大す る とともに, 世 界が形 成 されて くる。 だ が, こ の 自然 発生 的 な 世 界は,無

序な世 界で あ る。 そ こ で人々 は ,

会に

序を与 える存在 と し て, 自分 たちの な か か ら 王 を選 出す る。 か く して 社 会は, クシ ャ ト リ ア, バ

(3)

Society for the Study of Pali and Buddhist Culture

NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

S、J. Tambiah肋 〃ゴCoπq  θ 厂or α毋4 肋 〃dRenouncer 179 ラモ ン , ヴァ イシ ャ, シ ュ ー ドラの四

階層

か らなるもの とし て, 王 に よっ て

序づ け られ る

こ の 秩 序づ け られ た

か ら,

槃 を求めて

離脱

し て い くこ と に な る。

 

バ ラモ ン 的な世 界 創 世記 と比べ て こ こ で 目すべ 以 下の 四

 

1

.世 界は

に よる創 造で はない 。

 

2

会を

秩序

づ け たの は神で はな く人々 に選出さ れ た 王である。 す なわ

  

ち, 言い 換え れ ぼ, 王 (ラ ー 秩序

体 現

  

る の で は な くて,

秩序 (

ダル マ

を社会 にもた ら したの が王

ラー ジャ

    なの で あ る。

 

3

.従 っ て, 王族

クシ ャ ト リア

の ほ うが , 社 会 的に はバ ラモ ン の上 に

  

す るこ とに な る。

 

4

, だ が, こ の王 よ りもさらに上 に位 置す るの が , 涅

を求め て社 会か ら

  

離 脱 した 比 丘 の存 在であ る。 す な わ ち ,言い 換え れ ば, 世 俗 を 超 え た 比

  

丘 が体 現 する

涅槃

とい

によっ て

内のダル マ ・ラー ジャ と し

  

て の王 の

存在

え られ る とい う構 造に なっ て い る の であ る。 第

3

 

社 会と王

に 関 する バ ラ モ ン的理論

 

こ こで は, マ ウ リ ヤ

に お け る カ ウテ ィ リ ヤ的 統 治か らア シ ョ ー カ的なダ ル マ に よ る統 治へ の

転換

念頭

い た うえで, 『 法典 』 と カ ウテ ィ リ ヤ の 『実 利論 に見 られる,社 会 と王権 に関す るバ モ ン理論が, 仏 教 的 理

と比

較検討

さ れ る。

 

仏 教 的理

との

で特徴 的なの はモ ン 理論で は,社 会が ダル マ とアル タ と カ ーマ の 三 つ の領 域に分か れ て お り, その 中で アル タ

政治 経 済 ) の

領域

だ け を

当す るの が 王 だ とされてい る

で あ る。 す な わ ち, 社 会 的な 秩

根 源で 基 盤で あるダル マ

tLt

道徳 自然 秩序

維持

行 為 コ ー

領 域はバ ラモ ンが 担 当し, ア ル タ

政 治 経済 )の 領 域で は 王 が保 護 と処 罰によ る統 治を 通 して 社 会 的な秩 序 を

維持

これ が 王の ダル マ で あ る

, カ ー

能 的 な喜 びの 充足

領域

は個 人にま かさ れ る の で ある。 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(4)

 180      パ ーリ学 仏 教 文 化 学

 

こ の バ ラモ ン 理論を前 述の

教 的理論 と比 較す る と, バ ラ モ ン 的理

の ほ うで は, 王の ダル マ がアル タの 領 域に限定され て い るの にたい して, 仏教 的理論の ほ うで は,社会 に

道 徳 的秩 序 も含む)を も た ら したの は 土で あ るとい う形で, 王 の ダル マ が ,政 治 ・経済 ・ 社 会 ・

道徳

のすべ て の

域を 包

す る よ う なっ てい る の で ある。 第

4

 

世 界の プロセス とダルマ と王権に関する初期仏教の 見解

 

両理論の こ の よ うな相 違はさ ら に,バ モ ン

世界観

とそ れを否 定 する よ うな形で 登場して き た仏 教の世 界 観との 以 ドの よ う な

違に 基づ くもの で も あ る。

 

まずバ ラモ ンで は, 小宇宙

アー トマ ン

と, 世 界 と神々 を含む 大宇宙 と, 両 者を媒 介す る供 犠 とい うシ ス テ ム が, 宗 教の 基 本 となっ て お り, さ ら に, こ の シ ス テム とパ ラレ ル な形で, ヒ ン ドゥー モ 国の王権の あ りよ う もと らえ られて い た。 すな わち ,臣 民 と王 と

者を媒 介す る供

犠 (

こ こで は王 に よ る保 護 と そ れ に たい す る ダ ク シ ナー と して の税 )とい う構造 の も とに , ヒ ン ドゥ ー 王国が

立 して い た。 その た め, 供犠 の執行者 と して の バ ン の 地位は,保

と刑 罰に よ る支 配を行 うク シ ャ ト リア の 地 位 とな らんで , き わ め て重要な もの となるの で あ る。

 

方, 仏 教は, こ の バ ラモ ン

的シ ス テム の 中核 をな すアー ト マ ン 自体を

定した。 す な わち無我 説の 立場に立っ たの で あ る。 そ し て,無 我

の立 場 に立 ち な が ら も, 道 徳 的責 任 の 主 体の 問題を解 決す る た め に, 世 界 を業の 集

合体

と して の 器 世 間と して と ら え , さ らに,

とそ の

い の 連

とい う無 秩 序な世 界に秩 序を与 える もの と して ダル マ の 概 念を用い た。 す な わ ち, バ ラモ ン的 な ダル マ , ア ル タ,カ ーマ の と して の は な く て, 宇 宙 と し ての ダル マ 。 そ して , こ の 宇宙の 法 とし て の ダル マ が , 王権 の 正統 性の 起 源 と さ れ て

転輪

聖王 に よる統 治の 基 盤 となる と 同

の 比 丘が追 求す る真 実 と し て の ダル マ を も

後で 支え てい るの で ある。

5

マ ウ リヤ朝の ア シ ョー 力 王

 

パ ラダイム

 

こ こ で は,ア シ ョ ーカー

文に 基づ き なが ら,ア シ ョ ーカ 王

治の 理念 と

(5)

Society for the Study of Pali and Buddhist Culture

NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

SJ . Tamblah肋 〃d Conqr‘8厂or and  urortd Renocrnce 181

に つ い て考 察さ れて い る。 その う ちまず,統治 の 理念す なわ ちパ ラ ダ イ ム は,宇 宙の 法 と しての ダル マ の 道 徳 性と正義に基 づ く統 治で あ り,こ の ア シ ョ ーカ王統 治が 転輪聖 王モ デル とな っ て の ちの

南ア ジ ア の 王

へ と つ なが っ て い くこ とになるの で ある。 ま た, ア シ ョ ーカ 土 が っ た , ダル マ を広め るこ とに よ る未 開部 族 等の

り込 み もまた, の ちの ビル マ や タ イの 王 権の行 っ て い るこ とで あ る。

 

方 , こ の よ う なダル マ にづ く

治 とい う理念の も とに成立 し て い た, ア シ ョ カ 王の 国 家の 現 実につ い て,

Tambiah

は, 官僚 化 さ れ た

央 集 権 的な 国家 とい よ りは

地の 王 を ダル マ の傘の 下に

み込ん だ

タ イ プの も の だっ たの で はない か , そ して , 転

聖王 モ デ ル とは , も と も と, こ の よ う な銀河系タ イプの国 家体 制を指 して い たの で はない か とい う推 測を行っ て い る。

6

 

的観 点 か ら

た王

と国

 

こ こ で は, タ イの ス コ ー タ イ 王 ユ タ ヤ朝の 王

と国 家の あ り方に つ い て論じ られて い る。

 

まず, ス コ ータ イ

権 (

13

14ce

, ヒン ドゥ ー ー ジャ (神と して の王

的な もの で は な くて,

教的な ダルマ ・ラージ ャ

宇 宙の として の ダル マ を体 現 する 王

な もの で 。 とい うの は,一つ には, ス コ ー タ イ を圧 迫 して い た ク メ ール の王権が デ ー ヴァ ・ラー ジ ャ的な もの で あっ たか らで あ り も う一つ に は, ス コ ータ イ

の理論が , シ ン ハ ラ の 上座 仏教 パ ガ ン

モ ン

の 王権の理

論 (

ダルマ ・ラー ジ ャ と して の ー

け た もの だっ た か らであ る。 なお こ こで一 つ 注 目すべ き こ とは, ス コ ー タ イの王権の 理論に は, 転

聖 王 として の 王 とい う理 念以外 に, ア シ ョ ー に はれ な かっ た 理

, す な わ ち ,菩 薩 と しての 王 とい う理

登 場 て きてい る

あ る

な おt こ の

菩薩

と して の王 とい う 理念は, その東 南ア ジア の 王権に受け継が れて い くこ と となる

 

他方 ,ス コ ータ イ よ 強 力な 王

1351

1767

の 場合に は, その 王

の 理

以下の 四つ の

が入 り込んで い る。 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(6)

 182        パ ーリ学 仏 教 文 化学

 

シ ンハ ラの 上 座 仏 教 的 要素 (転 輪 聖王= 菩 薩 と して の 王

 

2

.ス コ ー タ イの ダル マ ・ラージャ の 理 念

 

3

. ク メ ール の デーヴ ァ ・ラー ジャ の理念

た とえ

宇宙

に お ける

  

王 宮 や首 都 と対

す る形での 小 宇 宙 とし て の 王宮や首 都の構 造 )

  4

.パ ガ ン の 仏 教的 な 法典の要 素 こ の よ う な形で , ア ユ タ ヤの 土権は, ス コ ー タ イ , メ ール ン とい う そ れ 以前の 東 南ア ジアの 王

を統合 する よ うな 形 の もの と して らの 王

を位置づ け よ う とし て い たの で あっ た。 第

7

章 銀河

国 家

 

転 輪聖 王 モ デ ル に基づ く上 記の よ う な東 南ア ジア の 王権の あ り よ う を,

Tambiah

は,銀 河 系 国

と名 付けて い る。 当

, ギア ツ の提 示 した劇 場 国

とな らんで 話題

ん だ考え方で あ る。

 銀

国 家 と は, 言い

え れ ば, 国家 体制がマ ン ダ ラ的な形 態になっ てい る とい うこ とで ある。 す な わ ち ,領土 や首 都や王宮や

支配機構

の構 造が ,

5

四方+上

下)

9

八 方+

h

下)

17 (

前述

9

を 八方が さ らに

33

64

等を単

とす る同心 円構 造になっ てい るの で あ る (た とえ ば ,領土 あるい は 支配機 構が, パ ガ ン で は, 王 +大 臣

4

+ 地 方の 長

あ る い は モ子)

28

= 33 と い う構 造になっ て お り, また ス コ ー タイで は, 王の都 ・王子た ち の 支配す る地

国の 三重の 心 円

造に な っ てい る

。 そ して , こ の銀 河 系 国

の 統 治の形 態は,中 央集 権 的な もの で は な く

つ ま りク ラン

の区別は保 持 して お り

,最も

威の

い 王の中の王 を中心 ・頂 点 とす る統 合 とい う形に なっ て い るの で ある。

8

 

アユ タヤ王国一 デザイ ン とプロ セ ス

 

こ の銀 河

国家の あ りよう を, ア ユ ヤ 干国を例に, 具体 的に論 じて い る の が こ の 章で あ る。

Figure

 

8

2

で は, 領土の 配 置が , 

Figure

 

8

4

で は,統 治機 構 が,太 陽 (首 都を 中 心 とす る 王 の 直

地 あるい は モ)を 中心 に , その 周 りを 惑星

王 子の領 土や属 国, あるい は軍 事 と内政の 二

が, さ らに惑 星の 周 りを

王 の 小 直 轄地 あるい は各 部 局 )が囲む よ うな形 に なっ て い るの

(7)

Society for the Study of Pali and Buddhist Culture

NII-Electronic Library Service Society for theStudyof Pali andBuddhistCulture

S,J,Ilambiah,}PbrldConqueror and ffbridRenouneer 183

Figure

8.2.

Key:-・--"mt1134

[Ihe

Ayutthayan

polity

inthcscvcnteentli century.

Present

borders of Thailand

(ig75)・

Vaiz

Rachathani:

royal

don]ain

of ,ALyutthaya

FiTst-class

provinces

Second-class

provinccs

['hird-c]assprovinces

Fourth-classprox:illces,beingprirnari]y33 units in number

VaiiRachathani;also

located

on

bordcrs

of major provincescomposing

(8)

184   Sangha AdministrationRoyal  Apparel and  Insignia パ ーリ学 仏 教文化 学 Registrur s [》epartment 「arsmentR 颪1aCじ Guard〜  Treasurン   κノ’ 4和 ノ’ごハ・‘1川わ醒 1R 〔〕yalS じribc5

Six Lesser KrOin 

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  (Capital City      Palac    (CoLm 【rンsldeト」dds    Treasury

b

i

鰥潅

が, お

か りい た だ け るこ とだろ う。 第

9

サ ンガの浄

に関す る ア ショー 力的伝 統 と シンハ ラ的

伝統

 

以上で

の あ り方に関す る議 論は終 わ り, こ こか らは,王権 と サ ン ガ の

わ りに 関す る論 議が 開始さ れ るこ とに な る。 まず 最初に取 り トげられ る の は, ス リ ラ ン カ で

12

世 紀か ら

18

世 紀の あ い だ に

め られ た サ ン ガ 法

katikavata

られ る両 者の関わ りだ が ,そこ に は以下の よ うな三つ の 特 徴が 認め られ る。  

1

. サ ン ガ は 当時すで に階層 化 し てい た。

 

2

.サ ン ガの 浄化 は, 王 がサ ン ガ に統一や浄化を要請 し, サ ン ガは 長老の

  

指導の もとでサ ン ガ

を まと め, その の ち 王 が 公布す る とい う形で 行わ     れて い た。

(9)

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NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

S・」・T・mbiah ・ M・ ・ld伽 quer・ ・姻 1磁 ・ ・un … 185

 

3

. サン ガの堕

と復興お よび王 によ るサ

盛 衰 対応     して い る。 第

10

 

サン ガ と 国家

  

アユ タヤ王

か らバ ンコ ッ ク王

 

次 に ラーマ …世 , ラ ーマ 四世

モ ン ク ッ ト

, チ ュ ラ ロ ン コ ン 王に よ る サ ン ガの改 革 と,

1902

1941

1963

の 改 正の 持つ 意

につ い て論 じ られ る 。 その うち まずこ の

で は,ラ ーマ ー世

1782

1809

た改 革につ い て 論じ られて い る。 彼が行 っ た改 革は以下の よ うな もの で あっ た。

 

1

. サ ンガの 浄 化

比 丘の 追 放も含む形の もの

  2

.比丘 の 登

録制度

 

3

.仏 典の整 備

第 九版の 三蔵の出版 )。

 

4

Traiphum

 

が ダル マ

保 持

, 王が転

聖王であ る こ とを示 す宇

  

宙 論 的 作品

編纂

 

5

.パ ー リ

仏典

く法 典 整 備

 

要す るに ラ ーマ ー世 , こ の よ う な改革を通して,

らが ダル マ ・ラー ジャ で あ るこ とを意

的に示そ う としたの で あっ た。 そ して その 後, 王権は 安 定 し, ま た, 西欧 列 強へ の 対抗もあっ て,国家 体 制の 中央 集 権化 と官僚 化 が 進 んでい くこ と に なる。 ま た, そ れ と と もに, サ ン ガの ほ う も,中 央集 権 化 し, ヒエ ラル ヒ ーす す こ と に な るの で ある。 第

11

 

19

に おける宗教 とサンガの改 革

 

こ こ で は , ラ ー マ

モ ン ク ッ ト

1851

68)

とチ ュ ラ ロ ン コ ン 王 (

1868

1910

っ た改 革が 取 り上 げられ て

 

まず, ラーマ 四世の っ た サ ン ガの 改 革は以下の よ うな もの で あっ た。

 

1

.サ ン ガの 浄化 = 戒律の 回復

→ タン マ

設)

 

2

. 聖 典 主義 ・知識主義 ・合理 主義 ・神 話 史 実 主

に基づ

革 (

た とえ

  

仏教教

育の レ ベ ル 向上, 出版 所の 設 置, シ ンハ ラ版の 重 視, 迷 信の

  

除等)

  3

、 その後の タ ンマ ユ ッ ト

増 大。 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(10)

 

186

        パ ーリ学 仏 教文化学

 

次に,チ ュ ラロ ン コ ン王の 行っ た改革は以下の ような もの で あっ た。

 

1

, タン マ ユ ト派の 比丘 に よ る

初等

教 育の地 方 普 及

 

2

. それ に と も なっ て , サ ン ガ と国

との あい だ に

接な関係が生 ま れ,

  

その 結果

両者

の組 織形 態が類 似の形の もの となっ て い き , ま た, こ の

  

よ うな形 態の

組織

が辺

へ も浸透してい くこ とと な っ た。 第

12

 

1902

年と

1941

年と

1963

の サン ガ法

 

次 に

20

世 紀に 入 っ て か ら行 わ れ た三 度の サ ン ガ法の 改 正に 関してだ が, それらは そ れ ぞ れ次の ような背景 と

特徴

を持っ たもの であっ た。

 

1902

年のサ ンガ法

  1

.チ ュ ラロ ン コ ン 王 に よ り行わ れ た。

 

2

.中央 集権 的な国

家体制

が確立 したの は こ の 王 の と き で ある。

 

3

,地 方に

初等

を広める

組織

と して 地 方僧 院を再 編 成した。

 

4

.全 国 レベ ル で の均 ・な統 治の ヒ エ ラル ヒー

に伝統 的に異

な タ イ

  

北 部の 仏教を取 り込む よ うな形で)が 形成 された。

 

5

. サン ガの ヒエ ラル ヒ ー と

組織

の ヒエ ル ヒー がパ レ ル に対応す     る よ うな形の もの となっ た。

 

1941

のサン

ガ法

 

L1932

年の 革命に よ る

対王制か ら立

君主

へ の 転換に と も な う改正     で あ る。

 

2

, こ の改 正は,軍人 や

僚の メ ン タ リ テ ィ ー と革命を支え た民主 化へ の

  

要求

の .二つ に引 き

か れてい る。 す なわち ,

  

(a)民主化の 向 と して は,サ ン ガ組 織が,三権分 立に づ く形 と な っ た。

  

bva

人 や

僚の メン タ リ テ ィ ーの現 れ と して は, 政権が サ ン ガ をコ ン ト

   

V 一ル で きる よ うに なっ て お り ま た ,個々 の僧 院 長の権 限が 強 化 さ       れ た。

 

1963

の サン ガ法

 

1

. これ は軍 事 政権 下に お ける サ ン ガ法の 正 であ る。

 

2

, その た め民主化の 否定 とい う形に なっ て い る

す な わ ち, ;

分立的

(11)

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S.」.Tambiah 肋 厂ld Ceneueror and  Mord R召nounce 厂

187

なサ ン ガ組 織され , サ ン ガの

力が サ ンガ の 頂 点に立っ 者に集 中す る よ うな 形 に な っ た。 な お, その 結果が,

Figure

 

l

 

6

1

に見 られ よ うな 現 行の サ ンガ

組織

で あ る

2

2

 第

の内容 紹介 第

13

章 

宗教

成と

分布

計 資 料が 語っ て い る こ と

 

こ こ で は, 統 計

資料

に基づ い て, タ イ に お ける宗教

の現 状が簡 単に紹 介 さ れて い る。

 

まず全般 的な状 況 と しては,

1968

年の 統 計に よれ ば, 比丘が全 人口の

05

% で男 子人口 の

1

%, 見

習僧

が全人 口の 約

0

3

%で 男 子 人口 の 約

0

6

%,比 丘 と見習僧を あわ せ た宗教 者の 合 計が 全 人口 の約

O

9

% で男子 人凵の 約

1

8

% で , タ イの

僧院数

25

116

で ある。

 

次に

都 市

および都 市 人口 が, バ ン コ ッ ク と トン ブ リ を中心 とす る

央 タ イに集 中 して お り, こ の 中央 タ イに都 市人 口の

71

13

% が住んで い る。 その た め, 比丘 の 数も, バ ン コ ッ ク と トン ブ リ が

も多い

20

715 )

の だ が, に も か か わ らず, 見 習僧の数 は逆に ここ が少な くなっ て い る

4

610)

 

ま た, バ ン コ ッ クの マ ハ ー チュ ラロ ン コ ン仏 教大 学在

の比 丘 の 出身 地 を 調査 して み る と, その

58

3

% は東 北タイ の 出

であ る。 ま た ,

度な仏教 教 育を受け た比丘 の バ ン コ ン ブ リ に圧倒的 に多い

Pali

 

grade

 

3

5

50

% で

Pali

 

grade

 

6

9

61

5

だ が ,仏 教教 育程 度の 低い 比丘 の数 は, 東 北タ イ が 多い

1

9

 

phansa

39

% で

10phansa

以上

24

2

。 ま た ,マ ハ ー チ ュ ラロ ン コ ン

学在籍

324

名 中

58

3

%は

北タ イの 出身だ が,

57

9

%の もの が 中央タ イで 具 足戒を 受 けい て い る。 ま た ,初

的 なレ ベ ル の 仏 教 の試 験 naktham

習僧

お よ び

50

東北

イ で そ 試 験 に通っ て い るが ,中 央タイで 試験に通っ た も

3

7

% にす ぎな

 

こ の こ とは何を物 語っ てい るのだ ろ うか

14

 

会 的 上昇の道と して の比丘の

 

こ の こ とが物 語っ て い るの は,

しい 東 北タ イ 出 身者に とっ て,比丘 と な N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(12)

 188         パ ーリ学仏 教 文 化学 るこ と が, 社会 的に一

L

昇す る道となっ て い る とい うこ とで ある。

 

まず,比丘 の 還

俗率

と その

歴につ い て見て み る こ とに し よ う。 マ ハ ー ュ ラ V ン コ ン

仏教

大学の

卒業者

が た どる道は, 通常, ω海 外 留 学す る,  

教 大 学 教 師 とな る, (

3

汐 ン マ トッ ド ・プロ グラ ム

後 述 )に参 加す る, {

4

itt

して

職業

に就 く, の い

れかで ある。 その うち, 還

し て

の 職 業に就 く とい う道を取っ た者 は,

Tambiah

の 調査に よれ ば,

246

名の 比丘 お よ び見

習僧

の う ちの

147

名 (

59

7

であ っ た 。還

俗率

は き わめ て 高い と言 え る だ ろ う。 次に, 還

俗後

歴で あるが, それ は,政

人 や

学校

の 教 員 か ら タイ航 空の キャ プテ ン や郵便 局 員な ど さ まざまで あ る が ,仏 教的 な 教育 程 度の 者 (つ ま り高い 格 を持 っ て い る者 )の ほ うが,比較 的社会 的 地

職業

い て い る よ うで ある。

 

こ の よ うに ス リ ラン カ と は異な り, 還

が 必 ずし も悪い こ とだ とは され てい ない タ イに おい て は, 地方の (特 に東 北タ イの)

しい家 庭の 出 身者に とっ て ,比丘 となる こ とが,

度の 教育の機 会を

け られて ,

会 的に上昇 す る道 となっ て お り, その 結果 とし て, タ イの

会に社 会 的流 動 性 を生み出 す要 因 と な っ て い る の である。 第

15

院に お け る僧の 歴 と僧 院のネッ トワーク

 

で は次 に こ の よ うな社 会 的上昇は, どの よ うな方 向性で 行われてい るの だろ うか。

 

,マ ハ ー チュ ラロ ン コ ン仏 教 大 学 在

324

名)

お よび見 習 僧 (

321

名)につ い て , これ まで の

僧 院

間の移 動に つ い て 見て み る と, 見習僧の あい だは 中央 タ イ を 目指 して 比 較 的よ く移 動 して い る (た と え ば僧 院を代 わっ た こ とが ない 者は

19

31

%)が ,中央タ イに

て きて い っ た ん比丘 とな っ た者はあ ま り

動 して い ない

た と えぼ

僧院

わっ た こ とが ない

67

74

。 なお,こ の種の 移 動の 際に,移動先 の僧 院 を紹 介 して くれ る ネ ッ トワ ー クは じ出 身地 の 人た ちの ネ ッ トワー ク であ る。 そ して こ の よ う な ネ ッ トワ ークを通 して,

Figure

 

15

1

に見 られ る よ うな,

会 的上昇を求め て の, 地 方 か ら中央へ の 移動が絶えず 行わ れて い るの である。

(13)

Society for the Study of Pali and Buddhist Culture

NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

S.J. Tambiah ,肺 〃d Conqueror and 恥 厂〃1〜enouncer 189

        V岨ILgc 、ド‘tt

F{guτe 15 .1、 The toセal lu(11a虻ic llctwork .

16

 

サンガの保 護と

の正統 性

 

すで に述べ た よ , 軍

下に お け る

1963

年の サ ン ガ法の 改正 以

, 国家 組

とサ ンガ組 織は,

Figure

6

1

られ る よ うに 国 王 を頂 点 とす る パ ラ レ ル な中央 集権 的 組織 となっ た (た だ し , サ ン ガの

Counsil

 of  

Elders

して い るの が,

Mi

i

try

fEd

・ ・ati・n の 中の

D

P

・・rn ・nt ・

fR

ligi

。u, 

Aff

irs

で あ るこ とが示 して い るよ うに,サ ン ガ

組織

は国家 組

の ご く一

に しか す ぎない

 

そ して こ の よ う なパ レ ル な構 造を持っ た サ ンガ と国家に は サ ン ガが 国家 (政権

の 正統 性を宗教的 ・儀 礼 的に 保 証 し, 国家

権)

がサ ン ガ を 保 護す るとい う,い に支え合 う関 係が認め られ るの で ある

Figure

 

16

2

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(14)

190 ,£-U#asut'X(lt*

Pretectnrorthc BuddihistreligionKing

Comstitutional

head eC'govcrnmen{

-o>vAMoMua=dianHoL...-es=.2ttz

zs=pt1==utth=>oUeatdi:・e-ut

Supreme pntriaruh (sonTdc'tphrasangkharat

Ceuncil od'}'iders

(,Vtih,ifheJ'asamctkhtmi) E::.}iit Ecclestastical ge L,ernors gener2h](S) ({'haokhanal'tti) /1 -Counci]ofMinLglers' NlinistryEcfucu[ion DeparEmentReliniousLAffairs ofot'Otberministries anddepartnlents ReL'iontilccclcslustical goyernors(IS) {(・haolthanttvttctk) EroviTici:Llcec[esiastical governors(71) (hatJkhaJtct{'/}att,g"'(if} E)istricteec[esiagtic,b[ gcn・crnerst5[O) (chaoklpunticimpittu ) e-e-o-o-o-".o E(cgional [overnors (18) Provincial gox'crnors(71) e"e -o > v -o ua nd -= > k o p = di ut as e m ""e.e-o-o-o-o-e-e-e-e-o-o Cpnununcccclesiastica[ e (' guverners (],6S()) ----t {c'httoA'hatTcti"mbim)

['

-A'bit

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.I,,?2)4) .{s) J ,r- --rr

L

ind s-atlav

i)Lstrictofficers (509F27) CrTaianv,tttlt')

rilalre-o-o-o-e"ell em]ML[ne hcttdmen {4.926) (A'amntut) lv'illagehcadrnen (41.63U)(plntJ'athan> lceou]lt:ult(u'tt{rawaf'ltak(m) cemmitlcc Villagers

-- OMcialeonsultations t:ikeplacc.

--- UnofficiLl cc)"sulLationF niay tukeplaee.

-cae- 'I'hclincthat separntes the n:itio[lal fromthe village levelhas

bcendrttwn[u lhe point-hcre the lowcstethcial civii service

levclreachcs thc villngcFpherc,

Figurei6.i, StTtictureof thesariglm :nd relationships togoveTnmentana vill:ige

popu-Litions"(iD6g)"・ Ritua]lcgititnation Manks, scholars, andecclesiastical oMciats concentntted inthe capital Patronage t r Army and po[ice, geTierals and oMcers wielding political pewerinthc capital Poor ruraL pcasant base Urban-buscdstratum of oMcials

Rura]lundedt'a!nilics

(15)

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S.J. Tamb主ah, Morld Congue广η厂and  Morid Renouncer

191

17

 

伝 統に 基 づ く改

とイ デオロ

ー的 変

 

だ が,

両者

の こ の よ う な

係は 基 本 的に は

来の サ ンガ と王

との

伝統

的 な関 係 と同様で ある とは言っ て も まっ た く同じけ で は 当然 。 す な わ ちそれは, 近

とい う時代を くぐ り

けた上で の現在の

係なの で あ り, その あい だ に む しろ,近 代 とい う時代の な かで 伝 統を 意識 的に再生産す るよ うな形で の 改 革を行 うこ とに よっ て

して い る

関係

。 で は, その ような

改革

は, どの よ う な

で行われて き たのだ ろ うか。

 

Tambiah

は まず, 時 期 を 次の よ うに三 つ に 区 切 っ て い る。

 

Ll850

年 代の モ ン ッ トに よ る改

一 これ は, 王室に よる

仏教復

興運

  

動で あ り, 近代 化へ 向

の ス

 

2

1930

代の 宗

一 これ は , モ ン クッ トや チ ュ ラロ ン コ ン が

  

行っ た教 育の 拡大 と

僚の増 大

成熟

に達 した

時期

の もの で あ る。

 

3

1960

年代

後半

か ら

1970

  

こ れは,

書が

か れ た時 期で の 現在で     ある。

 

モン ク ッ トの改

 

西欧 近代

あるい は西 欧 列 強

との

出会

い を

契機

とす るモ ン ク ッ トの

教 改 革は,次の よ うな

徴 を備え た もの であっ た。 す な わ ち, 精

義 (

真の 仏典に 戻 る

,知性 主 義

迷信 は排 除す る

, 神 話 史実主 義 (神 話を 史実を反 映した比 喩 と して解釈す るこ とで , 国家あるい は 国民の 統 合をはか る

, 合 理主

義 (

仏教

の教 理 と

科学

との 調 和を は か る),宗派 主 義

タン マ ユ ッ ト派の創 設

仏 教大衆

化 (

単純 化 さ れ た

仏教 の布 教をは か る

であ る。 い ずれ も,西 欧近 代 と対

す る よ うな 形で タ イの 国家 ・ 国民 統

文化 的 基盤 と し ての 仏 教を復興 しよ うとす る ものだ と 言 えるだ ろ う。

 1930

代の宗教 的

 

この時 期は, モ ン ク ッ トとチュ ラ ロ ン コ ンの行 っ た 改革によっ て, 広い 地 域に わた っ て 教 育が行きわ た る よ な り,

ある在 家が仏 教に関わ る よ うに なっ て い っ た時 期で あ る そ の

彼 ら教育あ る

家者が, 仏 教に関して 問題 と したの は 次の 二 点で あっ た。

 

1

. 西欧の科学や近代 的な 知 の前で も, 仏 教の

教義

は妥

当性

ち う る も N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(16)

192

パ ーリ学 仏 教文化学    のか ど うか。

 

2

. 近代 的な生 活や現 世 的な

動に たい し て ,仏 教や サ ン ガは対応で き る    のか。 そ の 果 と して ,彼ら教 育 ある在家 者たちが 出 した答え は, 次 の よ うな もの で あっ た。

 

1

.真の仏教 はき方で あ り, 宗 教で はない の で ,

学と は矛

しない 。

 

2

,社 会 活動は仏 典に も勧め ら れ てい るもの で ある

こ の

えに基づ く当

  

時の 具体 的な運

Yong

 

Men

’ s 

Buddhist

 

Association

を 通 して の 在 家に

  

よ る仏 教の

布教

で ある

。 さ らに,仏 教のた な教 義的 理解 と して注 目に値す るの は, 彼 ら

在家

か ら, 煩

や存在の 止滅 と しての 涅 槃 と い う従 来の涅槃理解に代わ っ て,最 高 の 善,最 高の理 と し て の 涅

とい う積極 的

涅槃

理解が提示 さ れた こ とで あ る。

 

現代の エ リー ト比丘の倫 理

的価値

 

そ し て, 上記の よ う な変 化を経たの ち の 現 在 (

1971

年 )で は, 本 来は出家の 比丘 た ちの あい だ に も, 社 会参 加 志 向や実践 主 義 的傾 向が強 く認め られるよ うに なっ て き てい る。 た と えば マ ハ ー チュ ラロ ン コ ン

教 大学生

324

の う ち ,比丘 も な ん らかの形で社 会 と 関わ るべ き だ とす る

68

3

% で あ り, また ,

仏典

の 学 習よ りも瞑 想 とい う 実践の ほ うが重 要だ とす る者は

74

1

% に もの ぼ るの で あ る。 第

18

章  布

と国 家 開 発

 

比丘 た ちの こ の よ う な社 会

加 的 (あ るい は

会改 革的)傾向 や実践主 義 的傾向 が ,現 在, 具体的 な形 と して 現れ て い る のが, 比丘 に よ る タン マ ッ ド ・プロ グラ ム と農 村 開発プロ ジェ ク ト で ある。

 

こ の う ち まず, タ ンマ トッ ド ・プ ロ グ ラ ム の ほ うは , タ イ の 辺境の 部 族に も仏教 を布 教す る プロ グラ ム と して

1965

年に立 ち上 げられ た もの で あ る。 そ し て, こ の プロ グラム は政 府の 活動 と結びつ くこ と に よっ て,地 方の 不満 を上に吸い

h

げるこ とで,

共産

義化

危 険を避 け,結 果 的に は, 辺境の 族をもバ ン コ を中心 とす るタイの 国家体 制の

に 組み込む とい う,政 治

(17)

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S.J. Tambiah ,肋 厂〃Conqueror砌 d 恥 〃ゴ1〜enouncer 193

性を も

む もの で あっ た。 また, こ の プロ グ ラ ムの 活 動を 通 して 政 府 とサ ン ガ と で は密 接結 び っ て い っ た。

 

一方, 農村開発プロ ジェ ク トの ほ うは マ ハ ー チュ ラ ロ ン コ ン

仏教

大 学や マ ハ ーマ 仏 教大 学

押 し進め られ るが, そ れ もや は り, タ ン マ ド ・ 同種

を生 し て い っ た。

19

 

国 家 開発政 策と正統

の シン

 

こ の ように タ イの

仏教

が, 国 家

開発

と結 びつ く よ うになっ て い っ たの は ,

1950年

代 後 半の サ リッ ト軍 事 政 権 下で の こ とで あっ た。 す なわ ち この サ リッ ト政 権は, 国

家開発

 

民統合

共 産 主

危機

い 言

に ,国王 と 仏 教を タイ とい う国

集 合 的

象徴

として かっ ぎあ げて,国王 と仏 教 とい 占くか らの 象徴 に, タイ全 土 を 厂タ イ 化 」 す る た め の 象徴 と しての たな意 味を担わせ たの で あっ た。 こ の うちまず この 当 時すで に立

君主制 とな て い た タ イに お け る国王 の

と して の

価値

は, 現 実の

力争い に巻き 込 ま れ る こ とはな くなっ た とい うこ と も あっ て, 仏 法

ダル マ

の 象

と して は 以前 より も安 定 した役 割を担 える もの となっ て い た。 一 , 仏教の持つ 象 徴 的価値の ほ う は,仏 法に よっ て正

統性

が 保

さ れ た国王 よ る承 認 と政 権

保護

す る サ ン ガ か らの功 徳

す な わ ち功徳が尽き ない り政

崩壊

しない

とに よっ て ,

事政 権に正

統性

を保 証す る とい う形の 役 割を

たの で あ た。

 

そ して こ の よ うに して ,ス コ ータ イ やユ タ ヤ

E

以来の伝 統 的な 王

と サ ン ガ との相 互に支え合 う関

が, モ ン クッ トや チュ ラ U ン コ ン に よる近代 的改

に よ る変

や , 立憲 君主

あ るい はその

の軍 事政 権へ 変

を経なが ら も,基 本的に は,

Figure

 

19

1

に 見られ るよ う な形で, 同種の

造を保ち な が ら,現 在に至っ て い るの であ る

20

章 

結 論

 

こ のよ うに, タイ に おい て は, 国家と仏 教 との 緊 張

関係

の な かで

両者

お よび両者の 関 係は, 時代 と と もに変

を とげ なが ら も

じて 過 去 に回 帰 し過 去を復興 させ る こ とで 過去 との 連 続性意 識を引き起 こ して,構 造 的 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(18)

パ ーリ学仏 教 文 化 学

194

, 昭 ・・ [ 届

・ 刷 倉

5

α ∈ 毛

2

£ 『

8

三 唱 穏 實 。 姦

8

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2

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8

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§

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                    (, ・・ 」 。 盪 三 霞 冨 崙 。oQ ℃ ℃                   「 募 駟 三 当 」

9

( [

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。 葛 目           祠 訊 二 訂 E 」 O 』 の 祠 oり 」 OO5 」 ← ⊆   一 り 」 OU               至 ≧ 。 震 二 昭 」 翠 三 田 ℃ < ) づ 】 。 . 。 芭 」 鐔 ・・ 老 雲 Q3 孟 並 { 錺 しり 鳴   マ ON 嵩 咽 』 O ご 口   O 』 O 胤 50 一 宀 冫 ’   勹 口 飼   qO 喞 詔 × 鶉 一           ‘ 切 = O 」 ‘一 ℃ ω 一 9 邸 治 × O の … 蝌 5 [ 焦 」 コ μっ     日

2

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〉 罵 [ 。 匡                         ⇔     超 〇 一 幽 Q 一 包 り 扈 ワ O 」 臥 ℃ 自 儒 的 り Q ロ 刷 」 ロ             ち の 蓴 」 2 眉 【 蕊 龕 』 三 〇 u O 口 ⇔ 口 O 刺 弱 N   口 尉 ロQ 」 O 一 瓢 ⊆ O 質 り 諮 」 O ‘ 」 「 ン 一 = O 隅 一 閏 唱 自 O ∈ … 」 一 邸 山 丶 O 覃 り 邸 一 駆 { ∪           の 」 O 薯 〉 ヨ ∈ o と   口 〇 一 90 一 〇 」 血 阜o 口 「 ℃ 咽 > O 」 q       で 量 ぞ 。 タ リ 壼 言 .・ ; こ 9 匚 u 自 uβ ∈ ぢ 日 o 乙             2 ヨ 。。 お 髯 Φ ぶ ← 一                          

8

9

り bo 篝

3

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8

三 り 隷 琴 日 u [ 焉 あ                           ←                                     篇 2 。。 = 。 と 。 」 〇 一 り 〇 一 〇 」 匹 で 口 邸 轄 口 = 司 4 ℃ 』 〇 一 口 OF 二 唱 O 』 ε O       羅 ‘ り 』 霍 。 E2 三 。 切 』 『 塁 ミ 蛙 ミ ミ q                  ° h 三 〇

。 哨

田 ← ご 崔 邸 器

曾 帝 。o 滋 図

(19)

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NII-Electronic Library Service Soolety  for  the  Study  of  Pall  and  Buddhlst  Culture

S.」.Tambiah防 〃d Conque”()厂and 昭b〃d R召ηoπ η σεr 195

な連

続性

を保ちなが ら, 現

にい たっ て い るの で ある。

3

 

以 上 , タイ に おけ る国

家 (

王権

と仏 教

サ ン ガ

との

わ りに関 す る,

Tambiah

の所

紹介

して き た。 この 二

に分かれ た彼 の

論の うち , 私が よ り興

を そそ られ た の は, 現 状の 分析を中心 とす る社 会 人 類学 的 な考察が 行わ れて い る第二 よ りも む しろ,現 状の 歴 史 的

の説 明が

わ れて い る 第一

の ほ うで あ る。 その 理

は次の 通 りで あ る。

 

回の 書 評

書評

S

J

. 

Tambiah

 

Buddhism

 and  the 

Spirit

 

Cults

 

in

North

east  

Thailand

『パ ー リ学仏 教 文化 学

13

i

 

pp

107

128

に お , 私は, この

Tarnbiah

 

1970

じた

宗教 の関わ りを, 南 ア ジア ・

ア ジアや

アジア に お け る宗 教 と民俗信 仰 との

わ りの 一と い う形で 普:遍 化 て, そ の り方の 比較を行い , 南ア ジア ・

ジ ア い て は 「階 層 的 包

」 あ るい は 「マ ン 的構 造 を な す の に た , 東 ア ジ ア に おい て は 「 み分けに よる共

構 造 を なし て い る と

指摘

した。

 

こ の よ う な私の 関 心か ら言え ば ,本 書に お ける

Ta

biah

指摘

か で, 最も注 目したい の は

仏教

に よっ て その正

統性

が支え ら れ た銀 河 系 国

がマ ン ラ的

造を な し て い る とい う点で ある。 す な わ ち ,

Tambiah

 

l

 

970 ]

に おい て は, 霊の 宗 教を仏 教を中心 と した形で統 合 して い たマ ン ダラ的な

合 の 原 理が, こ こ で は さ らに その 範 囲を広 げて, 国家 統合の 原理 と して まで

機能

してい た とい う点に

目した い の で あ る (なお, この 中心 と周

か ら な るマ ン ダラ的な統 合の

とは, ヒ下

関係

に注 目すれ ぼ, 階 層 的包 含に よる 統 合の 構 造 と言い え る こ とがで き,それ は た とえぼ, イ ン ドの カ ース ト制 度に 見 られ る よ うに, バ ラモ ン を頂 点 とする社 会統 合の原 理 とも なっ て い る もの であ る)。

 

こ の よ うに, 東

ア ジ アの 仏教王 国や イ ン ドの カ ース ト社 会で は , 仏 教 的 な 「マ ン ダラ的 包

」 の

造 やヒ ン ドゥーな 「階層 的 含」 の 構 造が,宗 教 ・文 化 ・ 社 会 ・ 国家統 合 原理 して

い て き た と言える の だが,その 特 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(20)

 196        パ ーリ学 仏 教文化学 徴は中心あ るい は頂点が一つ だ と されてい る とい う点に あ る。

 

で は,

回の

書 評

に お い て , 「

共 存 構 造 を な して い と指摘 した

ア ジア の

場合

に は, どう考え ればい い の だ ろ うか。 こ こで は主 に ,古代 日本の 場 合 に の み隈っ て 考えて み たい 。 その 際に まず注 目 したい の は,次の よ うな指摘で あ る。

  高句麗

百済

新 羅 古代 朝

に おい て は , 仏

律 令 頒 布

  

国 史編

・大

設 立 ・領 土拡 張 とい っ た事

が どの 国に お い て もほぼ 同

  

時期にこ っ て い る こ とは, 仏 教の 国 家的 公

は 中央 集権 的な 王

を中

  

心 とす る国

家体制

の 成 立 とほぼ時期を同 じ くす るこ とを示すの で はない

  

か, と李基 白 氏 は述べ て お られ る。 これ は き わめ て 重 要な指

であ り,

  

人 筋で は日本にも当ては ま るこ とで ある。

石井公 成

1996

pp

78

79]

 

す な わ ち こ こ で , 「

仏教

」 と 「律 令 頒 布」 とが ほ ぼ同 時期に起 こっ て い る と述べ られて い るよ うに,王 (あ るい は天皇 )を中心 とす る国家統 合に 際して , タ イに おい て は仏教がそ の

一 の原 理であっ たの にたい して , 目

で は, 仏教 と

儒教

的な律

制 度 とが ,国家

統合

と し て, 中 国か ら導入 さ れ たの で あ る。 つ ま り, 国家統 合の イ デ オ ロ ギ ー と して ,律 令 制 国

とが併 存 し て い たの だ と

え る だ ろ う。

 

だ が その 両 者関 係は, 「 よ る

え る よ うな対 等な も の で は なか っ た と思 わ れ る。 た と え ば, 井上光

は,律 令 時代の

仏教

長 を, 次 の三点に まとめ て い る。

  

律 令 時代の 仏 教

長は , その 国 家仏 教的 な点に あ る とい わ れ る。 い ま

  

これ を律 令 的 国家 仏教 となづ けるな らば , そ れ は

の よ うな性 質の もの

  

で あっ た とい える。 第 ・ , 国家の 寺 院尼 に対す る統 制である。

  

二 は, その 統 制の 範 囲

にお け る国家の 仏 教に対 す る保 護 育成で ある。

  

そ して第三 に, 国家は仏 教に対 して , そ の 哲理 ・思 想 その もの の普 及よ

  

りも,む し ろ その 呪 力 が 国家の 繁 栄を もた らす こ とを期 待 し た。 そ こ で ,

  

本 来は

普遍 的宗

教 と して 呪 術的 宗 教 と真向か ら対立 すべ 教 も, こ こ

  

で は, 呪術 宗教的 な 民族 宗 教 と融合 し, そ れに よ っ て包 摂さ れ る如き観

Figure i6.2, S)nibiosis 1)etweengeneralsand monks.

参照

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