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平成29年度講演会(ラグビーワールドカップ2019を楽しもう) 講演会:熊谷市ホームページ

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平成29年11月16日 大里生涯学習センター

あすねっと にて

平成29年11月16日、熊谷市自治会連合会講演会を開催しました。今回 の研修は一般社団法人熊谷市ラグビーフットボール協会理事長塚田朗氏をお招

きし、「ラグビーワールドカップ2019を楽しもう」をテーマに、御講演をい

ただきました。

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講演内容

はじめに

本日はこのような機会をいただきありがとうございます。この講演は、自治

会長の皆様にもっとラグビーのことを知ってもらおうということで、前連合会

長の宮下氏からお声がけいただき、実現したものです。この場をお借りして、 感謝申し上げます。

ラグビーの歴史は古く、今年で195歳です。1823年にイギリスの私立 学校のラグビー校という名前の学校でフットボール(サッカー)の試合中、ボ

ールを持って走り出したことが、起源だと言われています。当時のサッカーは、

ヘディングの概念がなく、高いボールは手を使ってキャッチしていたそうです。

ラグビーの頂点を決める大会がラグビーワールドカップです。そして、その

優勝カップは50cmほどの大きさで純銀製のカップに金メッキ加工が施され

ています。1ヶ月前には熊谷にも来ました。彫刻の加工が美しく、威厳を感じ られるデザインです。

本日のテーマは「ラグビーワールドカップ2019を楽しもう」ですが、皆 様にはどのような試合が印象に残っているでしょうか。おそらく、ほとんどの 方が2015年ワールドカップの日本代表と南アフリカ代表の試合を挙げる

ことと思います。この試合はスポーツ史上最大の番狂わせだと言われています。

なぜこのような評価なのでしょうか?日本代表のワールドカップでの成績は 1勝2分21敗、南アフリカ代表の成績は24勝4敗。勝率4%の日本が、勝 率86%の南アフリカ代表に勝つのは、考えられないことだったのです。

今日は、ラグビーワールドカップイングランド大会について、日本代表ヘッ ドコーチのエディ・ジョーンズについて、対戦相手である南アフリカの国のあ

り方を大きく変えたマンデラ大統領について、そして最後にラグビーワールド

カップ2019についてお話したいと思います。

日本代表活躍の裏側

①猛練習

ワールドカップイングランド大会には、残念ながら熊谷市からは選手として

は誰も選ばれませんでした。しかし、熊谷東中→熊谷工業→筑波大出身の中島 正太氏がアナリストとして参加しました。日本代表のそ

の一部を紹介させていただきます。

日本代表の練習は、「ヘッドスタート」と呼ばれる朝5

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なします。出場国の多くが、1回の練習は1時間半、練習回数も多くて2部で

あることを考えると、日本代表の練習量は驚異的です。早朝の練習といっても、

軽いメニューではなく、コンタクトプレー、マシントレーニング、対人プレー、

首のトレーニングといったきついメニューをこなします。コーチ陣は、選手が 集まるまでには準備完了をしているのです。

②ウェルカムパーティーで感じた屈辱

ワールドカップの開催にあたり、ロンドン市内でウェルカムパーティーが開

催されました。日本代表チームも出席しました。パーティーでは、出場チーム

を紹介する映像が流れますが、日本は過去28年間で1勝しかあげていません。

映像には試合に敗れた場面ばかりが流れます。 パーティーには、一般市民も参加できたそう ですが、日本代表は期待されていないことが 肌で感じられ、その場を離れたくなったそう です。それと同時に、今回結果を出さなけれ ば、母国開催でも同じことが繰り返されてし まうという危機感も感じたそうです。パーテ ィーで感じた屈辱を発憤材料にして、試合に挑むことになりました。

③歴史を変えた南アフリカ代表戦

南アフリカ戦はワールドカップ予選プールの初戦です。アナリストの中島正

太氏にワールドカップ前に話を聞く機会がありました。中島氏は、「勝つ準備

をしてきた、勝つつもりでいる。」と話していました。体力面の準備、レフリ

ングに対する準備、相手チームの分析、選手の特徴の分析、全ての準備ができ ていたので、勝利は予想された範囲での

結果だったと言えます。

私自身は、熊谷のパブリックビューイ ングでトークショーのメンバーとして話 をしたり、南アフリカ戦を観戦もしてい ました。周りからは勝つだろうという声 は全く聞こえませんでした。教え子から 話を聞いていた私も、勝つということま では話せませんでした。

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というお祝いのメッセージがありました。さらに、「前世界チャンピオンに勝 った素晴らしい試合でした。ビール飲み放題です。同じホテルに宿泊している

他の代表チーム全員からのおごりです。」という嬉しいサプライズもありまし

た。日本の勝利を祝福してくれたのです。選手達は試合後お酒は飲みませんが、

このようなおもてなしを喜んでいたそうです。

余談ですが、2019年の大会で熊谷にはベスト8以上のチームは来ません

でした。その理由の一つに、基準を満たしているホテルがなかったことがあり ます。選手が最高のコンディションで試合に臨めるように、ホテルの客室の広 さなど細かい決まりがあるようです。

④ワールドカップの雰囲気 ワールドカップ期間中 は、地元の高校生が練習 グラウンドに見学に来る こともあります。選手と ファンの距離が近いのだ

と思います。また、日本人のファンの姿も多く見られ、特に日本代表の試合で は、日本人の観客も多かったように感じました。

ラグビーとサッカーとの違いは、応援するチーム別に観客が分かれるか分か

れないかないかだと思います。サッカーの場合、Aチームのサポーターは北側

ゴール裏、Bチームのサポーターは南側ゴール裏という形に分かれて声援を送

りますが、ラグビーの場合は応援するチーム関係なく着席します。勝っても負 けても、隣のお客さんと仲良くなるのです。フーリガンのような暴徒化する観 客もいないので、お酒を飲みながら観戦することも可能です。

⑤最強の敗者-南アフリカ戦以降の試合-

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名将:エディ・ジョーンズ

①エディ・ジョーンズの輝かしい経歴

ワールドカップで躍進した日本代表を率いたのは、エディ・ジョーンズです。

彼は元教員で、40代で校長に就任したという経歴の持ち主です。とても優秀

な指導者で、ラグビーでは2003年ワールドカップでオーストラリア代表を

準優勝に、2007年ワールドカップでアドバイザーとして南アフリカ代表を

優勝に導きました。輝かしいキャリアの持ち主です。彼の母親は日系人で、妻 が日本人です。日本とのつながりを強く持つ人物です。

②独自の指導理念

彼の指導理念に「全てを教えることはできない」という考えがあります。自 分で全てやろうとするのではなく、スクラムコーチ・コンディショニングコー

チなど専門的な人材を育て、様々なコーチと関わりながらチームを育てていき

ました。

③2019年のリーダー:ジェイミー・ジョセフ

ワールドカップ終了後の2016年からは、ジェイミー・ジョセフが日本代 表を率います。彼は、スーパーラグビー(ラグビー強豪国で構成されたラグビ

ーの国際リーグ)のハイランダーズで優勝経験があります。ONE TEAMをチー

ムスローガンに、2019年を目指しています。ニュージーランド出身で、最 先端の戦略を駆使し、勝利を目指して奮闘中です。

南アフリカを変えたリーダー:マンデラ大統領

①南アフリカの暗い過去

日本代表の初戦の相手であった南アフリカは、1992年までオリンピック

にも参加できませんでした。1993年までは経済制裁を受けていました。そ の理由は、アパルトヘイト:人種隔離政策です。アパルトヘイトは、白人とそ

れ以外の人種を分離する政策で、白人以外の人種の人々は差別を受けていまし

た。白人とそれ以外の人種とでは、生活水準にも大きな開きがありました。

②歴史を変えたマンデラ大統領

歴史が大きく動いたのが、1995年です。この年、南アフリカで第3回ラ

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表は初出場し、初優勝を成し遂げたのです。その当時の大統領は、ネルソン・ マンデラ。彼が南アフリカを変えたのです。

ネルソン・マンデラは、アパルトヘイトに反対し、過去に収監されていた人 物です。1990年に当時のデクラーク大統領によって釈放されましたが、す

でに年齢は70歳になっていました。多くの白人は釈放されたマンデラによる

報復を恐れていましたが、彼は「白人も同じ南アフリカ国民である。彼らが恐

れを抱くような事態は望んでいない。彼らの貢献に私たちが感謝していること

を知ってほしい。」と述べ、寛容な心で白人達を受け入れたのです。

1994年には大統領に就任しました。人種間の融和を目指したマンデラは、

翌年の自国開催のワールドカップで、「ワンチーム・ワンカントリー」をスロ

ーガンに、白人以外もラグビーに関われるよう働きかけました。そして、「ス

プリングボックス(南アフリカ代表の愛称)を応援してほしい。」と国民に呼

びかけました。当時の南アフリカでは、ラグビーは白人のスポーツ、サッカー

は黒人のスポーツという棲み分けがあり、ラグビーの代表チームはアパルトヘ

イトの象徴という存在でもあったのです。

③スプリングボックスの快進撃

最終的に1995年の南アフリカ代表チームに選出された黒人選手は1人 (チェスター・ウィリアムズ選手)だけでしたが、これは大きな1歩となりま した。そして、スプリングボックスは快進撃を続け、決勝に進出します。対戦 相手はニュージーランド:オールブラックスです。スプリングボックスは、延 長戦の末、オールブラックスを下し初優勝を成し遂げました。

試合後の表彰式、マンデラ大統領は背番号6番の選手と同じユニフォームと

帽子を着用して現れました。当時、一国のリーダーがユニフォームを着用する という発想はなく、マンデラ大統領は大歓声で迎えられました。言葉だけでな く、振る舞いにも説得力がある、そういうリーダーになりたいものです。

今回紹介した2人の偉大なリーダー、エディ・ジョーンズとネルソン・マン デラ。本日出席されているのは、自治会という組織のリーダーである会長の職 を務める方がほとんどだと思います。彼らの考え方に、何か役立つヒントがあ るのではないでしょうか。参考にしていただければ幸いです。

それでは、次に日本代表と南アフリカ代表の試合の映像を見ながら解説した

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南アフリカ代表との試合 最後の15分間の映像を流しながら解説

<基本プレーとルールについて>

・ノックオン……ボールを前に落とす反則。

・スローフォワード……ボールを前に投げる反則。

・スクラム……軽微な反則後に試合を再開する方法。8人対8人で組み合い、ボールを2チームの間に

投入し、マイボールにするために押し合う。

・トライ……相手チームのゴール領域でボールを地面にタッチすると5点

トライ後、コンバージョンキックが行われ成功すると2点追加される

・ペナルティゴール…相手の反則した地点からキックしゴールポスト間を通過すると3点

・ドロップゴール……プレー中に地面にワンバウンドさせたボールをキックしゴールポスト間を通過す

ると3点

<試合内容の解説>

この試合の終盤、プレーが途切れませんでした。日本が攻め続ける状況が続き、思わず南アフリカ側

が反則してしまいます。反則地点からペナルティゴールを狙って、同点で試合を終える選択肢もありま

したが、日本は強気にスクラムを選択しました。あくまで逆転を狙ったのです。日本は攻め続け、トラ

イに近づくたびに歓声があがります。南アフリカも必死に抵抗しますが、ついに日本はトライをあげま

す。観客は大興奮、南アフリカの選手は信じられないという表情です。

こんな激闘を繰り広げた両チームですが、試合が終わるとお互いの健闘をねぎらいます。ノーサイド

の精神とも呼ばれていますが、これがラグビーの魅力だと思います。

ラグビーワールドカップ2019について

①大会準備

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このような歴史を持つワールドカップが日本で開催されることが決まったの は2009年です。その後、ラグビーワールドカップ2019組織委員会を設 立し、様々な準備を進めてきました。

②大会概要とワールドカップにまつわるお金

大会は9月20日(金)~11月2日(土)にかけて開催します。試合数は 48試合です。チケットは、熊谷での試合は1万円~2000円。決勝戦にな ると19万円のチケットも発売されます。かなりの高額ですが、それでも満席 になると思います。

選手たちの待遇は様々です。イングランド代表の選手は、一人あたり1試合 で330万円の手当が出るそうです。逆に、ラグビー協会が破産したサモアは 15万円と格差があります。前回大会で優勝したニュージーランド代表の選手 は優勝のボーナスとして、一人1億円が支給されたそうです。

ちなみに、日本代表では、一人100万円のボーナスが支給されました。た だし、合宿の手当は一日2000円です。エディ・ジョーンズ氏が続投できな かった要因に、多くの優秀なコーチの採用、毎年秋のヨーロッパ遠征といった ありとあらゆる強化策を通じて、強化費の捻出が難しくなったという問題があ ったのかもしれません。

③ワールドカップの楽しみ方

熊谷では3試合開催されます。ぜひ、実際に試合を見ていただきたいと思い ます。また、パブリックビューイングという楽しみ方もあります。中でも注目 してほしいのが、試合後のノーサイドの精神です。激しい試合内容とは対照的 に、友好の輪が広がる光景に注目していただきたいです。

終わりに

ラグビーは1番から15番のポジションがあります。それぞれに役割があり ます。これは我々が暮らす社会と同じです。

私はラグビーを通じて熊谷を元気にしたいと考えています。人材を育てたい と考えています。そして、ラグビーワールドカップを契機に熊谷がもっと栄え てほしいと考えています。

外国からのラグビーファンも熊谷を訪れるはずです。2年前に市内で外国人 が起こした事件の記憶で、外国人との交流に抵抗がある人もいると思います。

それでも、一歩踏み出し、交流のきっかけにしてほしいと思います。「臆病は伝

染し、また勇気も伝染する」のです。

参照

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