﹁
道
化
の
華
﹂
﹁
海
﹂
の
彼
方
一 は じ め に 太宰治作﹁道化の華﹂ ︵﹃日本浪漫派﹄昭和10・5︶ は第一回芥川賞候補作晶 の ﹁逆行﹂ ︵﹃文墾﹄昭和10・2︶ の参考作品として挙げられ、川端康成が ﹁私 見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあっ た﹂︵1︶と評したことに太宰が激昂し、痛烈な反論﹁川端康成へ﹂ ︵﹃文垂通信﹄ 昭10・10︶ を書いたことでも有名である。従来 ﹁道化の華﹂ はこの文壇ゴシッ プや津島修治の自殺未遂事件に引きずられる形で、実生活を反映する作品とみ なされ、津島修治と作家太宰治、さらに作品内存在 ﹁僕﹂や ﹁大庭菓蔵﹂ を微 妙に重ね合わせながら、論じられることが多かった。笠原伸夫の次のような見 解は、その典型と言えるだろう。 園を水に沈めるという行為そのものは大庭葉蔵に押しっけ、葉蔵の内的な もの、そのおびえに語り手自身同化しっつ、己の悪を持とうとする。︵僕︶ の ㍉ ﹂ い ぼ の 切 迫 し て く る ゆ え ん は そ こ に あ る 。 ︵ 2 ︶ ︵ 傍 点 原 文 ︶ 確かに、おとなと対極に位置する ﹁青年たち﹂ の代表格である、﹁菓蔵﹂ の ﹁よい画がかけたら﹂︵3︶と願う姿からうら若き芸術家の苦悩を読み取り、津 島修治と作家太宰治と登場人物が同一の存在であると措定するならば、作家倫 理と関連づけることも可能ではある。だが、テクストを総体的に見るとき、直猪
八
重
寛
接的にそうしたテーマにつながるものと限定するには、﹁僕﹂ の介入の度合い
があまりに過ぎるのではないだろうか。翻っていえば、︵おとな/青年たち︶
の対立、芸術家の苦悩、作家倫理をテクストの主眼とするのであれば、錯綜し
た ﹁道化の華﹂ のテクスト形態でなく、太宰のいう ﹁原始的な端正でさへあっ
た﹃海﹄といふ作品﹂︵4︶の形態で表現可能であったのではないか。後に検証
していくように、テクスト構造の最大の特徴は ﹁大庭葉蔵﹂ の物語を基本フレ
ームとして持ちつつ、﹁僕﹂ という ︵語り手︶ の動線︵5︶が重要な役割を担う
ことにある。﹁僕﹂は登場人物の批評や心理分析から小説の表現機構への言及、
そして ︵合意された読者︶ ﹁君﹂ への語りかけなど、テクストの冒頭から結末
に至るまで過剰に露出しているのだが、その動線の彼方にあるものは何なのか。
なぜ ﹁海﹂ ではなく ﹁道化の華﹂ としてテクストは存在するのか。従来は、作
家の ︵自意識︶ にことよせて論じられる事が多かったこの間題だが、作家太宰
治が所謂前期を中心に、例えば ﹁猿面冠者﹂ ﹁玩具﹂ ﹁ダス・ゲマイネ﹂ ﹁めく
ら草子﹂ などに見られるように、テクストをメタ認知する ︵語り手︶ を登場さ
せ、執拗に表現の可能性を追求していった事実を考慮するなら、語りの前衛的
手法の観点に依拠した分析を行うことが妥当ではなかろうか。こういった視座
を起点としながら、具体的な論証の手続きとしては、﹁海といふ作品﹂ を実際
に再構成した上で、︵語り手︶ ﹁僕﹂ の機能について検証し、﹁道化の華﹂ が現
在のテクスト形態をとる必然性を解明していきたい。
九 頁二 ﹁道化の華﹂ の ︵語り手︶ はじめに、﹁道化の華﹂ のテクスト上に表れている語りを検証するにあたっ て、重要なことは、テクスト上の語りの主体すなわち ︵語り手︶ を把握するこ とである。︵語り手︶ を掌握した上で、語られる対象との距離を含む語りのあ りようや動線を明らかにしていくことで、テクストのモティーフや追求されて いることがあぶり出されてくると考えられるからだ。 まず、﹁僕﹂ とはいかなる存在であろうか。﹁僕﹂ は ﹁いわば、芝居の黒子の ように登場しているのである。黒子はやはり登場人物というよりは、作者ない しは演出家の舞台に投ずる影であるというべきであろう。﹂︵6︶といった指摘も あるが、そもそも ﹁僕﹂ に ﹁道化の華﹂ に内包される ﹁大庭菓蔵﹂ 物語を統一 している へ語り手﹀ としての資格が与えられているのだろうか。 一見すると、﹁僕﹂ が ﹁大庭菓蔵﹂ 物語を書き進めて語っているかのように 装われているが実際にはそうではない。テクストを書いたのは作家の太宰だか らといった類の話ではなく、﹁僕﹂ の語りが著しく制限されているということ である。﹁さて、僕の小説も、やうやくぼけて来たやうである。ここらで一転、 パノラマ式の数駒を展開させるか。おほきいことを言ふではない。なにをさせ 一〇頁 の姿のみが伝えられているということである。ただ、この意見に対し、﹁僕﹂ が失敗することを知りながら、あえて先が読めないふりをし、本心から期待す ることを演じたのではという反論が出てこよう。ところが、﹁僕﹂ をそのよう な統括しうる ︵語り手︶ と仮定した場合、例えば ﹁ほんたうは、僕はこの小説 の一駒一駒の描写の間に、僕といふ男の顔を出させて、言はでものことをひと くさり述べさせたのにも、ずるい考へがあつてのことなのだ。僕は、それを読 者に気づかせずに、勘l捌威.でもつて、こっそり特異なニュアンスを作品にもり たかったのである。﹂ と相対化される ﹁僕﹂ の記述との敵艦が生じることにな る。﹁僕﹂は安定的な︵語り手︶としての資格を与えられているわけではなく、 常にその立ち位置が変化していく存在なのであり、先に引用した ﹁お前が﹂ と いう一節に既にその予兆が込められていることに思い至ろう。 また、﹁僕﹂ については、物語の努頭から ﹁僕はこの春、﹃私﹄といふ主人公 ても無器用なお前が。ああ、うまく行けばよい。﹂ ︵傍線部引用者、以下同じ。︶ とこれから自らが行う ﹁パノラマ式﹂ に期待をかけながらも、結局、﹁どうや ら、うっとりしすぎたやうである。パノラマ式などと柄でもないことを企て、 たうとうこんなにやにさがつた。﹂と醒めて失望する。もし、﹁僕﹂が本当に﹁大 庭葉蔵﹂ の物語を統合し、事後から語る存在ならば、﹁パノラマ式の数駒を展 開﹂ させるにあたっての青写真は当然存在しており、失敗はある程度予想でき たはずであり、本心から期待すること自体が無意味なのである。重要なのは、 この時点で﹁僕﹂は失敗するという情報を与えられていないということであり、 ︵読み手︶︵7︶に対して、期待したにもかかわらず失敗したことを述べる﹁僕﹂ の小説を書いた﹂﹁あの一行を消すことは、僕のけふまでの生活を消すことだ。﹂ といった ﹁大庭菓蔵﹂ と別の生活空間を形づくる要素が賦与されており、純粋 機能としての語りを行う存在というよりは、むしろ ﹁僕﹂ が ﹁大庭菓蔵﹂ の物 語を書き進めている ︵語り手﹀ を演じており、その意味において作品内存在の 一人と言える。なお、前述のようにその ﹁僕﹂ を相対化する ﹁僕﹂ という︵語 り手︶ も存在する。実はこのテクストの難解さは増殖する複数の ︵語り手︶ の 存在にあるのである。 三 ﹁道化の華﹂ のモティーフ 次に、﹁道化の華﹂ を概観するために、全体のモティーフ構造について考え て み た い 。 この問題を検討する前に確認しておかなければならないことがある。それは 従来の論が前提としてきた ﹁﹃道化の華﹄は、﹃おとな﹄対﹃青年たち﹄といっ た対決の構造を持っている﹂︵8︶のかということである。渡部芳紀の指摘以来、 近年でも﹁︵青年たち︶と、彼等に無理解な ︵おとな︶ たちとの対比﹂︵9︶ ﹁﹃道
化﹄ のモティーフのアンチエテーゼの形で、青年群と大人の対立が設定され る。﹂︵1。︶といったように多少ニュアンスの違いはあるものの、読みの基本的 な枠組みとして承認されてきた。しかしながら、結論を先回りして言えば、そ れは ﹁大庭菓蔵﹂ の物語やかつて存在したという﹁海﹂ のモティーフとしては 最適であっても、﹁道化の華﹂ 全体を覆う読みの枠組みとはなりにくいと考え る。 その理由について実際のテクストに即して論証してみよう。テクストの生成 について、太宰自身の言説によれば元々 ﹁海﹂ という作品があり、﹁ずたずた に切りきざんで、﹃僕﹄といふ男の顔を作中の随所に出没させ﹂︵11︶たもので あるという。実際に、﹁道化の華﹂ は次のようになっている。 ①翌る朝は、なごやかに晴れてゐた。②海は凪いで、大島の噴火のけむり が、水平線の上に白くたちのぼってゐた。③よぐ甘い。ll④l勝は承嬰若君み 斜 川 や 塔 叫 だ 。 ⑤い号室の患者が眼をさますと、病室は小春の日ざLで一杯であった。 一文目と二文目そして五文目は ︵語り手︶ と対象との距離がぶれることなく 描かれている。これに対し三文目と四文目は、この物語を書いている ﹁僕﹂ が 何の前触れもなく登場し、語り始める。そしてまた唐突に姿をくらまし、一文 目と同じ語りの位相へと移行する。こういった前景化してくる ︵語り手︶ は既 に大正期の作家に見られる。最も素朴な形としては、例えば谷崎潤一郎の ﹁憎 念﹂ ︵単行本﹃費﹄大3・3︶ に見られる直接 ︵読み手︶ に呼びかけるもので あ ろ う 。 多くの読者は、私達の少年時代に蝋しんこと云ふ玩具のあった事を御存じ ・ ︰ − ・ ・ ・ あの玩具が子供に喜ばれて、一時非常に流行したのはどう云ふ訳でせう?
蝋しんこを以て、さまぐな形のしんこ細工を拝へる事も、勿論愉快で
あつたには相違ありません。︵中略︶ あれなども、一般の人間が少しつゝ
持って居る共通な性癖だらうと恩はれます。
私が安太郎の肉体の虐げられるのに興味を覚えたのは、つまり蝋しんこや
蔦赤玉を喜ぶのと同じ気持ちなのです。︵空
﹁蝋しんこ﹂遊びの楽しさについて︵読み手︶ の共感を求めながら語り、﹁一
般の人間﹂ の ﹁共通な性癖﹂とした上で、﹁私﹂ ﹁安太郎﹂ という物語次元に再
び戻っている。さらに、芥川龍之介の ﹁羅生門﹂ ︵﹃帝国文学﹄大4・11︶ では
次のような形で表出している。
作者畔斗手管.膏大村両やみ針碑うでお村.ビ書lH管しかし、下人は雨
がやんでも、格別どうしようと云ふ当てはない。ふだんなら、勿論、主人
の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。
前に綜軍畑たよ引け1吋時京都亦吋は﹂.通射君骨衰微じ宅吋た。︵1。︶
以上のように、谷崎や芥川の場合は物語次元とは異なる ︵語り手︶ が表出す
るものの、その語られる内容はそれぞれの物語世界へと収赦していくのに対し、
太宰の場合は ﹁菓蔵﹂ の物語世界と無関係な事柄も語られ、テクスト内に異質
なものとして存在する。このことは、引用した部分から ﹁僕﹂ の表出している
破線部を取り去ってみると一層はっきりするだろう。この要領で、﹁道化の華﹂
から ﹁僕﹂ の表出していると推測される部分を消去してみると、資料1 ︵推定
版 ﹁海﹂︶ のように ︵語り手︶ がほぼぶれることなく、全知視点から語る安定
的な ﹁海﹂ を再構成できる。当然のことながら、﹁大庭菓蔵﹂ 次元の物語は残
るので、﹁葉蔵﹂ と友人たちが数々の ﹁道化﹂ 行為を行ったり、﹁兄﹂ が心中事
件の事後処理をそつなく行ったり、最終場面では、﹁葉蔵﹂ と ﹁真野﹂ が裏山
に向かったりと、物語自体の基本ストーリーは変わらない。さらに細かく見て
いくと次のような場面もある。二日目に ﹁兄﹂ が訪ねてきた後の一節である。
一 一 頁﹁おいくつでいらっしゃいます。﹂真野も少し笑って、さう尋ねた。 ﹁兄貴か?﹂ 真野のはうへ顔をむけた。﹁若いのだよ。三十四さ。おほきく 横へて、いい気になってゐやがる。﹂
真野は、ふっと菓蔵の顔を見あげた。眉をひそめて話してゐるのだ。
こ
の
引
用
部
分
に
は
卦
掛
す
か
︵
語
り
手
︶
︵
﹁
僕
﹂
︶
は
存
在
し
な
い
。
し
た
が
っ
て
﹁
海
﹂
にもあったと推定される場面である。しかし、確実に ﹁葉蔵﹂ の ﹁兄﹂ への反
発は存在するし、三日目の ﹁兄﹂ の ﹁芸術家でもなんでも、だいいちばんに生
活のことを考へなければいけないと思ふな。﹂ という言葉を重ね合わせてみる
と、︵おとな/青年たち︶ ︵芸術家/生活者﹀ の構造は容易に読み取れる。つま
り、従来のモティーフ構造は ︵語り手︶ の ﹁僕﹂ が存在せずとも可能なものと
いえるのである。とするならば、﹁海﹂ のモティーフ構造を超える、﹁僕﹂ の存
在も含めた包括的な構造を想定しなくてはならないのだ。
﹁道化の華﹂ には主要な登場人物以外にも︵青年たち︶ は存在する。﹁菓蔵﹂
と同じ東第一病棟の三人の ﹁恢復期の患者﹂、﹁大学生﹂ ︵へ号室︶ ﹁少女﹂ ︵い
号室︶ ﹁娘﹂ ︵ろ号室︶ である。彼らは ﹁葉蔵﹂ の病室から笑い声が聞こえてく
る場面に続いて次のように描写される。
い号室の患者は、本をぱちんと閉ぢて、菓蔵のヴエランダの方をいぶかし げに眺めた。ヴエランダには朝日を受けて光ってゐる白い僚椅子がひとつ のこされてあるきりで、誰もゐなかった。その藤椅子を見つめながら、う つらうつらまどろんだ。ろ号室の患者は、笑ひ声を聞いて、ふっと毛布から顔を出し、枕元に立ってゐる母親とおだやかな微笑を交した。へ号室の
大学生は、笑ひ声で眼を覚ました。︵中略︶ 笑ひ声はきのふの新患者の室か
らなのだと気づいて、その蒼黒い顔をあからめた。笑ひ声を不謹慎とも思
はなかつた。恢復期の患者に特有の寛大な心から、むしろ菓蔵の元気のよ
いらしいのに安心したのである。 一二頁 ここから、彼らが ﹁菓蔵﹂ に対し、入水自殺を図った青年に対する好奇のま なざし以上の興味や好意をもっていることが分かる。とはいうものの、彼らの 理解が皮相なものに過ぎないことは、かなり同情的な﹁大学生﹂でさえも、﹁菓 蔵﹂ と直接関わろうとしないことや、好意の要因として ﹁ちかく退院できる﹂ からという自己都合が繰り返し述べられていることからも明らかである。また、 ﹁葉蔵﹂ たちは入院四日目に ﹁砂浜﹂ で、﹁い号室﹂ と ﹁ろ号室﹂ の ﹁二人の 娘﹂と直接かかわろうとするが、結局断念する。﹁療養院のなかのひとたちも、 すべて悪人でない﹂ という ﹁僕﹂ の評も、敵対的な態度を取らずに好意的に見 守っているにすぎないということを暗示していることに他ならないし、療現化 しない ﹁薬蔵﹂ の内面にある苦悶 − ﹁薬蔵﹂ の描く ﹁まつくろ﹂ な海の ﹁ス ケッチ﹂ に象徴される ︵死︶ の影を感得せず、﹁菓蔵﹂ の実体を知らないこと を浮き彫りにしているのである。 では、﹁友人﹂ の ﹁飛騨﹂ や ﹁小菅﹂ と ﹁葉蔵﹂ とはどのような関係にある の だ ろ う か 。 なるほどテクストの随所に青年同士の ﹁いたはりたい心﹂ は表出している。 だが、そもそも、﹁友人﹂ の ﹁飛騨﹂ は ﹁菓蔵﹂ を崇拝こそすれ、美術学校の 時から ﹁みちがわかれ始めた﹂ 存在であったし、﹁小菅﹂ の方は ﹁ついて行け るところまではついて行き、そのうちに馬鹿らしくなり身をひるがへして傍観 する﹂ ﹁観賞の態度﹂ を貫いており、﹁葉蔵﹂ と行動をともにしながらも、同じ 側の其の理解者にはなりえないのである。﹁薬蔵﹂ と直接かかわる関わらない の差は存在するものの、心理的距離において ﹁恢復期の患者﹂ と大差ないのが 実情なのである。︵死︶ とのかかわりから脱した三人の ﹁恢復期の患者﹂ がテ クストにさりげなく配置される意味は那辺にあるのだろう。 ︵青年たち︶一連の描写は、︵おとな/青年たち︶の対比構造を明確化し、﹁菓 蔵﹂たちを﹁僕たちの英雄﹂とすることを目指しながらも、結果として﹁菓蔵﹂ との安直な ︵きずな︶ を生み、︵青年たち︶ 内部の ︵断絶︶ を娩曲的に示唆し ているのである。﹁世代的な連帯感を擬似的になぞる﹂ ﹁道化共同体﹂︵14︶は幻 想としての ︵共同体︶ であり、うわべだけの関係性を提示することで逆説的に︵断絶﹀ の構造を提示しているのである。 これに対し、﹁菓蔵﹂ の真の理解者は多くの論者が指摘する通り ﹁看護婦﹂ の ﹁真野﹂ である。彼女は ﹁飛騨﹂ が ﹁変ってる﹂ と評するほど ﹁葉蔵﹂ へ過 度に思い入れをし、時として涙を流す。それは ﹁怪談﹂ の場面で明らかなよう に、かつて自殺を図った青年に付き添い、死なれた苦い経験による。一旦は﹁病 院からの呼び出しを断らう﹂ という考えがあったのも、同じ轍は踏みたくない 思いからである。﹁真野﹂ にとって ﹁菓蔵﹂ は、かかわった人間を死なせたと いう同じ経験をした同志である。さらに、偶然とはいえ感情をむき出しにし﹁鴨 咽してゐる﹂﹁菓蔵﹂の姿すら垣間見る。﹁真野﹂こそが最も彼の内面を知る︵理 解者︶ といえる。﹁菓蔵﹂ に対し献身的な看病を行うのもこれらの事情に由来 する。物語当初から ﹁真野﹂ の眼の上の傷についての記述がなされているが、 それは容姿だけにとどまらず、幼い頃の深い ︵心の傷︶ を表しているのはむろ んのこと、過去に他者を死なせた︵心の傷︶も象徴し、同じトラウマを持つ﹁菓 蔵﹂ と響き合い、引力を誘発することになる。さらに ﹁真野﹂ は他の ︵青年た ち︶ と異なる要素が賦与されている点にも注目せねばなるまい。 真野は、ゐなかった。洗濯場で、菓蔵の毛のシャツを洗ってゐるのだ。 菓蔵は、このシャツを着て海へはひつた。磯の香がほのかにしみこんでゐ た。 ﹁真野﹂は介護人であるので、患者衣服を洗濯するのは当然の仕事ではある。 だが、入水自殺した ﹁菓蔵の毛のシャツ﹂ を洗う場面がことさらに書き込まれ るのはなぜであろうか。﹁磯の香﹂ という ﹁菓蔵﹂ の ︵死︶ の残浮を ﹁真野﹂ がまるで浄化するかのような場面である。 以上述べてきたような要素の有無が ︵青年たち︶ の分水嶺となり、︵青年た ち︶ 内部の ︵﹁菓蔵﹂ ﹁真野﹂ /それ以外の青年たち︶ の ︵断絶︶ のモティーフ 構図が立ち現れてくることにもなるのである。 四 八 僕 ﹀ の 動 線 ﹁道化の華﹂ で ﹁海﹂ を再構成した際、︵語り手︶ ﹁僕﹂ が表出していると推 測されると判断した部分は、資料2 ︵﹁僕﹂ の介入部︶ からも分かるように、 全部で三十七箇所ある。さらに、抽出したものを細かく見ていくと二種類に大 別できる。一つは、前節で例示した ︵﹁僕﹂ という ︵語り手︶ が明確に示され ているもの︶ である。もう一つは、次のようなものである。 小菅は菓蔵をふぴんだと思った。それば蛍ぐ、ll呵どなの感情や材な㌻言 お宮や吋ないごUだなおけれど、llぷぴんなのはゴ.圭にお古ゴl鱈製麻で味な ∵ ∴ ⋮ ︰ 一 ・ バ ー : ∴ し . . 1 . + . . − ・ . − ・ . ∴ ⋮ ㌣ ・ の一般的な抽象である。おとなは、そんな感情にうまく訓練されてゐるの で、たやすく人に同情する。そして、おのれの涙もろいことに自負を持つ。 青年たちもまた、ときどきそのやうな安易な感情にひたることがある。お となはそんな訓練を、まづ好意的に言って、おのれの生活との妥協から得 ∴ ⋮ ㍉ : ∴ . h ∵ ・ − − − ∴ . 、 、 . ・ . . . . し = ∴ . . : = . い .
や引廿ぐだむない小錦かむ里
一文目の ︵語り手︶ は ﹁大庭葉蔵﹂ の物語次元の ﹁小菅﹂ の心情を全知視点
から説明している。二文目も引き続き ﹁小菅﹂ の心情に寄り添う形をとりなが
ら語る。しかしながら、︵語り手︶ と語られる対象との距離が次第に生じ、﹁お
とな﹂ ﹁青年﹂ の一般論へと拡散し、次第に語りが ﹁僕﹂ の位相へと移る。さ
らに、﹁安易な感情﹂ への批判が展開され、その体得先を最後の一文では ﹁ゴ
叫刊引瑚くだらない小説から?﹂と提示し、﹁大庭菓蔵﹂ の物語次元から完全
に離陸する。つまり、この破線部は、︵﹁僕﹂ という ︵語り手︶ が明示されてい
なくても、﹁大庭菓蔵﹂ の物語から離れた次元に位置する ︵語り手︶ の語りと
考えられるもの︶と言える。﹁僕﹂が﹁大庭菓蔵﹂ の物語を書き進めている︵語
一三頁り手︶ を演じる作品内存在と設定されたのも、この離陸を不自然にしないため でもあり、大正期の作家との差異はここにある。 さて、鶴谷憲三は ﹁私見によれば、﹃道化の華﹄の語り手 ︵僕︶ の語りの位 相は決して一様でなく、四種類の層に分類しうる﹂︵ほ︶とその重層性を指摘し ているが、﹁僕﹂ に関してそれにもまして重要な点がある。それは ﹁僕﹂ 自身 の単独の語りに注目した場合、資料3 ︵﹁僕﹂ の動線︶ のような動線が存在す ることだ。それは基本的には、﹁ほんとの市場の芸術家をお目にかけたら、諸 君は、三行読まぬうちにげろを吐くだらう。﹂ ︵3︶︵川︶と商品化された芸術家 への嫌悪感を示しておきながら、﹁僕は市場の芸術家である。芸術品ではない。 僕のあのいやらしい告白も、僕のこの小説になにかのニュアンスをもたらして 呉れたら、それはもつけのさいはひだ。﹂ ︵15︶ と ﹁僕﹂ が告白を行い、前言を 翻すといったように何かしらの連絡性を持つものである。また、このような一 対一の単純な対応でなく、もう少し複雑な動線が存在するものとして、以下の ような例もある。 a 青年たちはいつでも本気に議論をしない。お互ひに相手の神経へふれ まいふれまいと最大限度の注意をしつつ、おのれの神経をも大切にかばっ てゐる。︵6︶ b 彼等はまた、よくひとを笑はす。おのれを傷つけてまで、ひとを笑は せたがるのだ。それはいづれ例の虚無の心から発してゐるのであらうが、 しかし、そのもういちまい底になにか思ひつめた気がまへを推察できない だらうか。犠牲の魂、いくぶんなげやりであって、これぞといふ目的をも 持 た ぬ 犠 牲 の 魂 。 ︵ ほ ︶ C 僕はまへにも言ひかけて置いたが、彼等の議論は、お互ひの思想を交 換するよりは、その場の調子を居心地よくととのふるためになされる。な にひとつ真実を言はぬ。けれども、しばらく聞いてゐるうちには、恩はぬ 一四頁 拾ひものをすることがある。︵中略︶ 彼等のこころのなかには、渾沌と、そ れから、わけのわからぬ反撥とだけがある。或いは、自尊心だけ、と言っ てよいかも知れぬ。しかも細くとぎすまされた自尊心である。︵14︶ d つねに絶望のとなりにゐて、傷つき易い道化の華を風にもあてずつく ってゐるこのもの悲しさを君が判って呉れたならばー・︵22︶ aからdはこの順で間隔をおいてテクスト内に出現するのであるが、aにお いて ﹁青年たち﹂ の相手の ﹁神経﹂ をかばい合う心理の紹介をして、bではそ のかばい合いの果てに起こる自己犠牲といった心理のメカニズムを解き明か し、そこによこたわる ﹁虚無の心﹂ を示している。Cではさらにbの核心部分 に迫っていき、行動原理の核となる ﹁細くとぎすまされた自尊心﹂ に言及し、 dでは ﹁青年たち﹂ の言動を擁護しっつ ﹁君﹂ への理解を訴えるといった工合 にaからdまでかなり明確に動線が把握できる。あるいは、﹁美しい感情を以 て、人は、悪い文学を作る。﹂ をキーセンテンスにしながら、弁解し ︵〓︶、反 発し ︵24︶、承認する ︵35︶ といったものもこの類型である。 ︵語り手︶の﹁僕﹂の動線に注目すると思考の流れや事象の関連性が見られ、 物語の進行に従って線条的でないにせよ、ある程度﹁僕﹂ の物語を紡ぐ動きも 行っていることから、﹁僕﹂ は ﹁大庭菓蔵﹂ の物語を単純に注釈するだけの存 在ではなく、それ以外の役割も与えられた存在と言える。それゆえ ﹁僕﹂ の重 層性も生まれたのである。 では、こういった ﹁僕﹂ の動線と ︵﹁菓蔵﹂ ﹁真野﹂ /それ以外の青年たち︶ のモティーフ構図とはいかなる関連があるのだろうか。 ﹁某蔵﹂ と ﹁真野﹂ の接近には入院前の経験が大きくかかわっていることを 述べたが、それ以外にも緻密なプロットがある。﹁菓蔵﹂ と ﹁真野﹂ がそれぞ れ心の奥に秘めていた出来事をお互いに告白する件である。﹁葉蔵﹂ は三日目 の夜に ﹁兄﹂ にたしなめられた後、﹁気まづさを徹底させ﹂ るために、心中直 前の﹁園﹂ の状況を話す。これと呼応する形で、最後の四日目の夜には﹁真野﹂
が自らの眼の上の傷のことや幼少時の屈辱的なあだ名﹁ほたる﹂について語る。 他人に知られたくない秘密を伴う自己開示は両者の緊密さを物語るものであ り、愛の告白にも等しい。﹁菓蔵﹂は自分の気持ちや﹁真野﹂の真情が理解で きたからこそ﹁わざとじやけんにしてやる﹂のである。ただ、この恋愛は、男 女の契りを交わしたなら最後、再び同じく︵破滅︶の﹁海﹂へと向かう悲劇的 な結末が運命づけられている。こういった異様な緊張感を帯びながら最後の夜 は更けていく。 e菓蔵は素知らぬふりをしてゐた。なに討寒以ゞ封有れば∵耳密。 f僕たちはそれより、波の音や鴎の声に耳傾けよう。そしてこの四日間 町盤醇を.映じ裾から恩訓超封;lnl有l聖つlI I呵むむ乳寒君義者ど科してお古天は 言ぶが癌知れ一聖三晶臥郎時峰村㍍ヂ吋潮見でお吋と。1.号叫疎むば筍㌢よ ー㌔l叫の緑の風格叫、l紺蝉者疎机塑午㌢でおぼが亘土瓶敷彿痩計封じでぐ れたらしく、黒い大きな焼跡をつけられて送り返されたこともポンチ。お のれ叫寿叫ぐらい必要料画料︺一 ll軍﹁薗日管景訂葡イ管.威風の曝疎む ぐぐ覇の.勘、.ぞ叫でむ橡元封疎む合せ1拇裾れ面河なぶれ軒見せ黒岩嵐 采だ畔じたこ衰裾ポーンー不急腎㌫或身志〇第lのll蟄隙訂嘩今で赦プl聖l︵中略﹀ g真野のおだやかな寝息が聞えた。菓蔵は沸きかへる思ひに堪へかねた。 真野のはうへ寝がへりを打たうとして、長いからだをくねらせたら、はげ しい声を耳もとへさ1やかれた。 hやめろー・ほたるの信頼を裏切るな。 eの一文目の安定的な語りに比して二文目から語りに揺らぎが起こりはじめ る。全知の︵語り手︶であるが故に、﹁某蔵﹂の﹁真野﹂を求める心が分かる からこそ、その事実を﹁言へぬ﹂と遮断したのであろう。そしてIでは話題を 転じ、詳細な﹁僕たち﹂の生活への言及を行う。この部分の︵語り手︶は﹁僕﹂ である。ひとしきり﹁僕﹂の餞舌が終わった時点で全知の︵語り手︶へと回帰 するのであるが、この時﹁菓蔵﹂白身が﹁真野﹂との交渉を持とうとする﹁沸 きかへる思ひ﹂にこらえきれなくなったところで、hという︵抑制︶がかかる。 ならば、この ︵抑制︶ の言葉の ︵語り手︶ は誰であろうか。時として人間は ︵良心の声﹀ を聞き、自らの行動を規制することもあるので ﹁良心と自制心﹂ ︵け︶ ﹁︵信頼を裏切るな︶という内なる声﹂簡ことも言えそうだが、果たしてそ う な の か 。 まず、hの直前gから検討していくと、﹁寝がへりを打たう﹂ と ﹁からだを くねらせ﹂ たのは ﹁葉蔵﹂ であることは明白である。とするならば、﹁さ1や かれた﹂ のも﹁菓蔵﹂ ということになる。故にhの ︵語り手︶ は ﹁菓蔵﹂ 以外 の何者かということになる。ただこの場合でも﹁内なる声﹂ の可能性は否定で きないが、﹁菓蔵﹂ の ︵良心の声︶ という ﹁菓蔵﹂ の内部にあるべきものが、 あたかも外側から聞こえて来たかのように面引田一lかいやかれた﹂と受身の 表現をしていることに疑義が残る。 また、ここ以前の ﹁菓蔵﹂ の心理はどのように描かれているか確認してみる と次のようになる。 菓蔵は長い睦を伏せた。虚倣。慨惰。阿談。校滑。悪徳の巣。疲労。盆怒。 殺意。我利我利。脆弱。欺瞞。病毒。ごたごたと彼の胸をゆすぶった。言 ってしまはうかと思った。わざとしょげかへつて呟いた。 この例に典型的に見られるように、他の箇所の ﹁菓蔵﹂ の心理表現は、すべ て全知の ︵語り手︶ の諸法であり、︵語り手︶ と対象との安定的な距離が存在 する。しかしながら、hは直接的な発話内容であり、﹁某蔵﹂ の ︵良心の声︶ と考えた場合、テクストの他の表現とはかなり異質なものと言わざるをえない。 さらに言うなら ﹁沸きかへる恩ひに堰へかねた﹂ ﹁菓蔵﹂ が自己 ︵抑制︶ する 物語上の必然性もない。 以上のことから、︵抑制︶ の言葉の ︵語り手︶ を ﹁菓蔵﹂ の ﹁内なる声﹂ と するのにはかなり無理がある。むしろ、この箇所は ﹁僕﹂ が ﹁大庭菓蔵﹂ の物 語を語るという ︵語り手︶ の装いをかなぐり捨て、﹁大庭菓蔵﹂ の物語に直接 一五頁
介入し発話した言葉と考えるのが妥当ではないか。この部分では、 e ︵語り手︶ ﹁僕﹂ は ﹁菓蔵﹂ に萌す ︵破滅﹀ の予兆を知る。 f ﹁僕﹂ にさらなる生活空間を形づくる要素が賦与されて肉体を伴う存 在となり、﹁大庭葉蔵﹂ の物語に直接介入する実体を得る。 g ﹁葉蔵﹂ の危機的状況を察知し、﹁大庭菓蔵﹂ の物語に直接介入しよう と す る 。 h ︵語り手︶ ﹁僕﹂ が介入し、︵破滅︶ を回避する。 という一連の ﹁僕﹂ の動線を見るべきなのだ。 この部分の ﹁僕﹂ の介入の度合いは他の箇所に比して異常である。登場人物 の行為に直接的に介入し ︵抑制︶ する、まさに ︵掟破り︶ の手法である。この 場面の後において ﹁スタイルをあまり気にしすぎた﹂ 小説の ﹁失敗﹂ に言及し ていることも興味深い。見方を変えるなら、﹁僕﹂ と ﹁大庭菓蔵﹂ が全く同一 の次元で重なり合い ー 実質的には行動の規制だが − 物語を進行させること になる。この ﹁僕﹂ の ︵破綻︶ の動線こそが、このテクストを解く鍵である。 五 お わ り に 最後の夜の ﹁僕﹂ の介入以降、﹁葉蔵﹂ は例えば ﹁誰ひとりゐない山。どん なことでもできるのだ。真野にそんなわるい懸念を持たせたくなかったのであ る。﹂ といったように行動を ︵抑制︶ し、︵破滅︶ を回避しようとする。﹁なぜ とは知らず気がせくのだ。﹂﹁振りむきもせず、やはり大声で答へてよこした。﹂ といった ﹁真野﹂ への ﹁わざとじやけんにしてやる﹂ 好意をからめつつ、前向 きな ﹁きつとうまく行くだらうと思ふ﹂ といった言葉を口にすることになる。 ただ、物語はそのまま単純にはハッピー・エンドを迎えない。﹁まだ見ぬ検 事のすがすがしい笑ひ顔をさへ、胸に画いてゐたのである。﹂ の一文を ﹁この やうなごまかしの慰めに、もはや厭きてゐる﹂ とにべもなく切り捨てた後に、 再び物語は ︵破滅︶ を志向する。 一六頁 葉蔵は、はるかに海を見おろした。すぐ足もとから三十丈もの断崖にな ってゐて、江の島が真下に小さく見えた。ふかい朝霧の奥底に、海水がゆ らゆらうごいてゐた。 そしで、 l,有、−官紀だげlqこ吉宗蘇る l。 この結末部で﹁薬蔵﹂の見た﹁海﹂とは、﹁葉蔵﹂の﹁スケッチ﹂に象徴さ れる﹁園﹂やあるいは﹁真野﹂の看取った﹁青年﹂の属す︵死︶に彩られた世 界であろう。﹁海水がゆらゆらうごいてゐた﹂の部分で物語が閉じられたとし たなら、﹁葉蔵﹂と﹁真野﹂の︵破滅︶の可能性を予感させる。﹁原始的な端正 でさへあった﹃海﹄といふ作品﹂の語りのままならば、そのタイトル同様へ破 滅︶の可能性は残る。しかし、テクストはそこで終わらない。すばやくその可 能性を﹁否﹂﹁それだけ﹂とたたみかけて否定する︵語り手﹀が登場する。こ こまでの変幻自在に露出している運動性から考えてもこの︵語り手︶は他なら ぬ﹁僕﹂であろう。 こういった﹁僕﹂という︵語り手︶の動線によって、テクストで執拗に追求 されたのは、︵﹁菓蔵﹂﹁真野﹂/それ以外の青年たち︶の︵断絶︶をモティー フ構図としつつ、︵破滅︶を回避し、︵救い︶の可能性を求める姿といえる。テ クストが﹁海﹂ではなく﹁道化の華﹂として存在する理由もここにあるのだ。 ﹁この小説を書きながら僕は、菓蔵を救ひたかった。いや、このバイロンに化 け損ねた一匹の泥狐を許してもらひたかった。﹂とは、幾重にも鮨晦の網の目 が張り巡らされていることを差し引いても、このテクストの方向性を暗示して いる。 以上のように、語られる対象と安定的な距離感を以て語る行為の無力さとそ の限界自体について知悉しながら重層的かつ戦略的に語り、登場人物を︵おと な/青年たち︶の二項対立の構造に割り振りながらそこからこぼれ落ちてしま う構造を逆説的に提示する語り。それは大正期の反自然主義文学の流れから生 起した前景化してくる︵語り手︶の系譜を受け継ぐものでもある。だが、﹁道 化の華﹂の独自性はこのような戦略的な語りを、替われた︵語り手︶の内なる
物 語 世 界 へ の 直 接 介 入 の 形 で 示 し た こ と に あ る 。 す な わ ち 、 ﹁ 道 化 の 華 ﹂ の 批 評 的 価 値 は 、 物 語 フ レ ー ム の 強 度 が 無 効 化 す る 極 北 に お い て こ そ 、 物 語 の テ ー マ が 保 証 さ れ る と い う 皮 肉 な 事 実 を 、 三 人 称 の ﹁ 菓 蔵 ﹂ を 一 人 称 の ﹁ 僕 ﹂ が 語 る と い う 形 式 を 用 い 、 ﹁ 僕 ﹂ の ︵ 破 綻 ︶ の 動 線 も 含 め て 語 る こ と に よ っ て と ら え て み せ た 点 に あ る 。 そ こ に は 、 語 る 行 為 自 体 が 含 む 表 現 の 沃 野 が 存 在 し て い るのである。 注 1 、 ﹁ 芥 川 龍 之 介 賞 経 緯 ﹂ ︵ ﹃ 文 垂 春 秋 ﹄ 昭 1 0 ・ 9 ︶ 注 2 、 ﹁ な ぜ 、 大 庭 菓 蔵 か ﹂ ︵ ﹃ 太 宰 治 Ⅱ ﹄ 有 精 堂 出 版 昭 和 6 0 ・ 9 ︶ 注3、﹁道化の華﹂ の本文は全て﹃太宰治全集﹄第一巻 ︵筑摩書房 平成元・6︶ による。 注 4 、 ﹁ 川 端 康 成 へ ﹂ ︵ ﹃ 文 垂 通 信 ﹄ 昭 1 0 ・ 1 0 ︶ 注5、﹁語り﹂ そのものには様々な形態が存在するが、本稿ではテクストLに表れている語 り を 検 証 す る こ と が 目 的 で あ る の で 、 テ ク ス ト 上 の 語 り の 主 体 す な わ ち 物 語 を 語 る 者 、 あ る い は 語 り の 機 能 を 代 行 す る 言 語 主 体 に 限 定 し て 論 じ る こ と と す る 。 ま た 、 ﹁ 動 線 ﹂ は通常 ﹁建築物の中での人や物が移動する軌跡・方向などを示す線﹂ を表すが、ここ で は ﹁ ︵ ︵ 語 り 手 ︶ の ︶ 質 感 を 伴 う ベ ク ト ル 的 軌 跡 ﹂ の 意 で 用 い て い る 。 注6、鳥居邦朗 ﹁﹃虚構の彷裡﹄ ﹁僕﹂ の位置﹂ ︵﹃太宰治論 作品からのアプローチ﹄雁書 館 昭 5 7 ・ 9 ︶ 注7、読者には様々な位相が想定されるが、本稿での ︵読み手︶ とは、テクストから構築さ れる仮の読者のことをさす。W・イーザ1の ︵合意された読者︶ を想定している。 注8、渡部芳紀 ﹁﹃晩年﹄試論 − ﹁道化の華﹂ を中心に ー ﹂ ︵﹃太宰治羞らえる狂言師﹄ 教育出版センタ1 昭51・8︶ 注9、安藤宏﹃自意識の昭和文学﹄ ︵至文堂 平6・3︶ による。ただし、安藤は ︵青年た ち︶ の連帯感については懐疑的であり、﹁本来断絶した関係を修復するためになされた はずの ︵道化︶ は、結局は世代的な連帯感を擬似的になぞるものでしかありえない。﹂ と指摘している。 注10、中村三春﹃メタフィクションの機構﹄︵ひつじ書房 平6・5︶ 注11、前掲、注4に同じ。 注12、﹃谷崎潤一郎全集﹄第二巻 ︵中央公論社 昭和33・3︶ による。 注13、﹃芥川龍之介全集﹄第一巻 ︵筑摩書房 昭46・3︶ による。 注14、前掲、注9に同じ。 注堕 鶴谷憲三﹃太宰治論 − 充溢と欠如﹄︵有精堂出版 平成7・8︶による。鶴谷は︵僕︶ の語りの位相を①﹁語り手 ︵僕︶ が登場人物たちの背後に完全に隠れ、いわゆる全知 の立場に位置を構える場合﹂、②﹁登場人物の心にわけ入り、あれこれと ︵注釈︶ をほ どこす場合﹂、③﹁小説を自分はなぜ書くのかということを問題とし、あれこれと揺れ 動く︽自分︾ の意識をある場合は自賛したり、またある場合には旺めたりして、氾濫 するあるいは分裂する意識の混沌を混沌のまま語って行く場合﹂、④﹁物語性のみを司 る段階から生活人津島修治としての質にいたるまでの重層性﹂ をもつ場合の国種類に 分けている。ただ、④の読み手がテクストから生活人津島修治を想起する位相は、津 島修治に関する情報を読み手が所有しているという特殊な場合に限られるので、厳密 な意味では分類しがたいと考える。 注16、︵3︶ といった番号は資料2 ︵﹁僕﹂ の介入部︶ の通し番号を指す。以下同じ。 注17、前掲、注10に同じ。 注18、前掲、注9に同じ。
資料1 推定版﹁海﹂
l ※ 本 文 は ﹃ 太 宰 治 全 集 ﹄ 第 一 巻 ︵ 筑 摩 書 房 平 成 元 ・ 6 ︶ に よ る 。 一 ※ ︵ l ︶ ∼ ︵ 3 7 ︶ は ﹁ 僕 ﹂ が 表 出 し て い る と 判 断 し 、 消 去 し た 箇 所 を さ す 。 一 ※ 行 ア キ は ﹃ 太 宰 治 全 集 ﹄ の ま ま で あ る 。 ﹁ここを過ぎて悲しみの市。﹂ ︵11︶ 大庭薬蔵はベッドのうへに坐って、沖を見てゐた。沖は雨でけむつてゐた。 ︵ 1 2 ︶ 一九二九年、十二月のをはり、この青松園といふ海浜の療養院は、薬蔵の入院で、 す こ し 騒 い だ 。 青 松 園 に は 三 十 六 人 の 肺 結 核 患 者 が ゐ た 。 二 人 の 重 症 患 者 と 、 十 一 人 の 軽 症 患 者 と が ゐ て 、 あ と の 二 十 三 人 は 恢 復 期 の 患 者 で あ っ た 。 菓 蔵 の 収 容 さ れ た 東 第 一 病 棟 は 、 謂 は ば 特 等 の 入 院 室 で あ っ て 、 六 室 に 区 切 ら れ て ゐ た 。 菓 蔵 の 室 の 両 隣 一七百りは空室で、いちばん西側のへ号室には、背と鼻のたかい大学生がゐた。東側のい号 室とろ号室には、わかい女のひとがそれぞれ寝てゐた。三人とも恢復期の患者である。 その前夜、挟ケ浦で心中があった。一緒に身を投げたのに、男は、帰帆の漁船に引き あげられ、命をとりとめた。けれども女のからだは、見つからぬのであった。その女 のひとを捜しに、半鐘をながいこと烈しく鳴らして、村の消防手どものいく膿もいく 娘もつぎつぎと漁船を沖へ乗り出して行く掛声を三人は胸とどろかせて聞いてゐた。 漁船のともす赤い火影が、終夜、江の島の岸を彷纏うた。大学生も、ふたりのわかい 女も、その夜は眠れなかった。あけがたになって、女の死体が挟ケ浦の浪打際で発見 された。短く刈りあげた髪がつやつや光って、顔は白くむくんでゐた。 薬蔵は園の死んだのを知ってゐた。漁船でゆらゆら運ばれてゐたとき、すでに知っ たのである。星空のしたでわれにかへり、女は死にましたか、とまづ尋ねた。漁夫の ひとりは、死なねえ、死なねえ、心配しねえがええずら、と答へた。なにやら慈悲ぶ かい口調であった。死んだのだな、とうつつに考へて、また意識を失った。ふたたび 眼ざめたときには、療養院のなかにゐた。狭くるしい白い板壁の部屋に、ひとがいっ ぱいつまってゐた。そのなかの誰かが菜蔵の身元をあれこれと尋ねた。菓蔵は、いち いちはっきり答へた。夜が明けてから、菓蔵は別のもつとひろい病室に移された。変 を知らされた薬蔵の国元で、彼の処置につき、取りあへず青松園へ長距離電話を寄こ したからである。薬蔵のふるさとは、ここから二百里もはなれてゐた。 東第一病棟の三人の患者は、この新患者が自分たちのすぐ近くに寝てゐるといふこ とに不思議な満足を覚え、けふからの病院生活を楽しみにしつつ、空も海もまったく 明るくなった頃やうやく眠った。 菓蔵は眠らなかった。ときどき頭をゆるくうごかしてゐた。顔のところどころに白 いガアゼが貼りつけられてゐた。狼にもまれ、あちこちの岩でからだを傷つけたので ある。真野といふ二十歳くらゐの看護婦がひとり附き添ってゐた。左の眼蓋のうへに、 やや深い傷痕があるので、片方の眼にくらべ、左の眼がすこし大きかった。しかし、 醜くなかった。赤い上唇がこころもち上へめくれあがり、浅黒い頬をしてゐた。ベッ ドの傍の椅子に坐り、曇天のしたの海を眺めてゐるのである。菓蔵の顔を見ぬやうに 努めた。気の毒で見れなかった。 正午ちかく、警察のひとが二人、菓蔵を見舞った。真野は席をはづした。 ふたりとも、背広を着た紳士であった。ひとりは短い髪を生やし、ひとりは鉄線の 一八貞 眼鏡を掛けてゐた。髪は、声をひくくして園とのいきさつを尋ねた。薬蔵は、ありの ままを答へた。髭は、小さい手帖へそれを書きとるのであった。ひととほりの訊問を すませてから、髪は、ベッドへのしかかるやうにして言った。﹁女は死んだよ。君には 死 ぬ 気 が あ っ た の か ね 。 ﹂ 薬蔵は、だまつてゐた。 鉄線の眼鏡を掛けた刑事は、肉の厚い額に敏を二三本もりあがらせて微笑みつつ、 髭の肩を叩いた。﹁よせ、よせ。可愛さうだ。またにしよう。﹂ 嚢は、菓蔵の眼つきを、まっすぐに見つめたまま、しぶしぶ手帖を上衣のポケット に し ま ひ 込 ん だ 。 その刑事たちが立ち去ってから、真野は、いそいで菓蔵の室へ帰って来た。けれど も、ドアをあけたとたんに、鳴咽してゐる菓蔵を見てしまった。そのままそつとドア をしめて、廊下にしばらく立ちつくした。 午後になって雨が降りだした。菓蔵は、ひとりで肺へ立って歩けるほど元気を恢復 し て ゐ た 。 友人の飛騨が、滞れた外套を着たままで、病室へをどり込んで来た。薬蔵は眠った ふ り を し た 。 飛騨は真野へ小声でたづねた。﹁だいぢやうぶですか?﹂ ﹁ え え 、 も う 。 ﹂ ﹁おどろいたなあご 彼は肥えたからだをくねくねさせてその油土くさい外套を脱ぎ、真野へ手渡した。 飛騨は、名のない彫刻家で、おなじやうに無名の洋画家である薬蔵とは、中学校時 代からの友だちであった。素直な心を持った人なら、そのわかいときには、おのれの 身辺ちかくの誰かをきつと偶像に仕立てたがるものであるが、飛騨もまたさうであっ た。彼は、中学校へはひるとから、そのクラスの首席の生徒をほれぼれと眺めてゐた。 首席は菓蔵であった。授業中の菓蔵の一顧一笑も、飛騨にとっては、ただごとでなか った。また、校庭の砂山の陰に薬蔵のおとなびた孤独なすがたを見つけて、ひとしれ ずふかい溜息をついた。ああ、そして菓蔵とはじめて言葉を交した日の歓喜。飛騨は、 なんでも薬蔵の真似をした。煙草を吸った。教師を笑った。両手を頭のうしろに組ん で、校庭をよろよろとさまよひ歩く法もおぼえた。芸術家のいちばんえらいわけをも 知ったのである。葉蔵は、美術学校へはひつた。飛騨は一年おくれたが、それでも菓
蔵とおなじ美術学校へはひることができた。菓蔵は洋画を勉強してゐたが、飛騨は、 わざと塑像科をえらんだ。ロダンのバルザック像に感激したからだと言ふのであった が、それは彼が大家になったとき、その経歴に軽いもつたいをつけるための余念ない 出鱈目であって、まことは薬蔵の洋画に対する遠慮からであった。ひけめからであっ た。そのころになって、やうやく二人のみちがわかれ始めた。菓蔵のからだは、いよ いよ痩せていったが、飛騨は、すこしづつ太った。ふたりの懸隔はそれだけでなかっ た。薬蔵は、或る直裁な哲学に心をそそられ、芸術を馬鹿にしだした。飛騨は、また、 すこし有頂天になりすぎてゐた。聞くものが、かへつてきまりのわるくなるほど、芸 術といふ言葉を連発するのであった。つねに傑作を夢みつつ、勉強を怠ってゐた。さ うしてふたりとも、よくない成績で学校を卒業した。菓蔵は、ほとんど絵筆を投げ捨 てた。絵画はポスタアでしかないものだ、と言っては、飛騨をしょげさせた。すべて の芸術は社会の経済機構から放たれた屁である。生活力の一形式にすぎない、どんな 傑作でも靴下とおなじ商品だ、などとおぽっかなげな口調で言って飛騨をけむに巻く のであった。飛騨は、むかしに変らず菓蔵を好いてゐたし、菓蔵のちかごろの思想に も、ぼんやりした畏敬を感じてゐたが、しかし飛騨にとって、傑作のときめきが、何 にもまして大きかったのである。いまに、いまに、と考へながら、ただそはそはと粘 土をいぢくつてゐた。︵13︶ 飛騨もまた薬蔵の顔を見れなかった。できるだけ器用に忍びあLを使ひ、薬蔵の枕 元まで近寄っていったが、硝子戸のそとの雨脚をまじまじ眺めてゐるだけであった。 菓蔵は、眼をひらいてうす笑ひしながら声をかけた。﹁おどろいたらう。﹂ びっくりして、薬蔵の顔をちらと見たが、すぐ眼を伏せて答へた。﹁うん。﹂ ﹁ ど う し て 知 っ た の ? ﹂ 飛騨はためらった。右手をズボンのポケットから抜いてひろい顔を撫でまはしなが ら、真野へ、言ってもよいか、と眼でこっそり尋ねた。真野はまじめな顔をしてかす かに首を振った。 ﹁新聞に出てゐたのかい?﹂ ﹁うん。﹂ はんたうは、ラヂオのニウスで知ったのである。 菓蔵は、飛騨の煮え切らぬそぶりを憎く思った。もつとうち解けて呉れてもよいと 思った。一夜あけたら、もんどり打って、おのれを異国人あつかひにしてしまったこ の十年来の友が憎かった。薬蔵は、ふたたび眠ったふりをした。 飛騨は、手持ちぶさたげに床をスリッパでばたばたと叩いたりして、しばらく菓蔵 の枕元に立ってゐた。 ドアが晋もなくあき、制服を着た小柄な大学生が、ひょっくりその美しい顔を出し た。飛騨はそれを見つけて、唸るほどほっとした。頬にのぼる微笑の影を、口もとゆ がめて追ひはらひながら、わざとゆったりした歩調でドアのはうへ行った。 ﹁ い ま 着 い た の ? ﹂ ﹁さう。﹂ 小菅は、菓蔵のはうを気にしつつ、せきこんで答へた。 小菅といふのである。この男は、薬蔵と親戚であって、大学の法科に籍を置き、薬 蔵とは三つもとしが達ふのだけれど、それでも、へだてない友だちであった。あたら しい青年は、年齢にあまり拘泥せぬやうである。冬休みで故郷へ帰ってゐたのだが、 薬蔵のことを聞き、すぐ急行列車で飛んで来たのであった。ふたりは廊下へ出て立ち 話 を し た 。 ﹁ 煤 が つ い て ゐ る よ 。 ﹂ 飛騨は、おはっぴらにげらげら笑って、小菅の鼻のしたを指さした。列車の煤煙が、 そこにうつすりこびりついてゐた。 ﹁さうか。﹂ 小菅は、あわてて胸のポケットからハンケチを取りだし、さつそく鼻のし たをこすった。﹁どうだい。どんな工合ひだい。﹂ ﹁大庭か? だいぢやうぶらしいよ。﹂ ﹁さうか。 − 落ちたかい。﹂ 鼻のしたをぐっとのばして飛騨に見せた。 ﹁落ちたよ。落ちたよ。うちでは大変な騒ぎだらう。﹂ ハンケチを胸のポケットにつつこみながら返事した。﹁うん。大騒ぎさ。お葬ひみた い だ っ た よ 。 ﹂ ﹁ う ち か ら 誰 か 来 る の ? ﹂ ﹁兄さんが来る。親爺さんは、ほっとけ、と言ってる。﹂ ﹁大事件だなあ。﹂ 飛騨はひくい額に片手をあてて呟いた。 ﹁菓ちゃんは、ほんとに、よいのか。﹂ ﹁案外、平気だ。あいつは、いつもさうなんだ。﹂ 小菅は浮かれてでもゐるやうに口角へ微笑を含めて首かしげた。﹁どんな気持ちだら う な 。 ﹂ ﹁わからん。 − 大庭に逢ってみないか。﹂ 一九頁
﹁いいよ。逢ったつて、話することもないし、それに、 − こはいよ。﹂ ふたりは、ひくく笑ひだした。 真野が病室から出て来た。 ﹁聞えてゐます。ここで立ち話をしないやうにしませうよ。﹂ ﹁ あ 。 そ い つ あ 。 ﹂ 飛騨は恐縮して、おほきいからだを懸命に小さくした。小菅は不思議さうなおもも ちで真野の顔を覗いてゐた。 ﹁おふたりとも、あの、おひるの御飯は?﹂ ﹁まだです。﹂ ふたり一緒に答へた。 真野は顔を赤くして噴きだした。 三人がそろって食堂へ出掛けてから、菓蔵は起きあがった、雨にけむる沖を眺めた わ け で あ る 。 ﹁ こ こ を 過 ぎ て 空 漠 の 淵 。 ﹂ ︵ 1 4 ︶ ﹁思想だよ、君、マルキシズムだよ。﹂ ︵ 1 5 ︶ 小菅がそれを言ったのである。したり顔にさう言って、ミルクの茶碗を持ち直した。 四方の板張りの壁には、白いペンキが塗られ、東側の壁には、院長の銅貨大の勲章 を胸に三つ附けた肖像画が高く掛けられて、十脚ほどの細長いテエプルがそのしたに ひっそり並んでゐた。食堂は、がらんとしてゐた。飛騨と小菅は、東南の隅のテエブ ルに坐り、食事をとってゐた。 ﹁ずゐぶん、はげしくやってゐたよ。﹂ 小菅は声をひくめて語りつづけた。﹁弱いから だで、あんなに走りまはってゐたのでは、死にたくもなるよ。﹂ ﹁行動隊のキャップだらう。知ってゐる。﹂ 飛騨はパンをもぐもぐ噛みかへしっつ口を はさんだ。飛騨は博識ぶったのではない。左翼の用語ぐらゐ、そのころの青年なら誰 でも知ってゐた。﹁しかし、 − それだけでないさ。芸術家はそんなにあっさりしたも の で な い よ 。 ﹂ 食堂は暗くなった。雨がつよくなったのである。 小菅はミルクをひとくち飲んでから言った。﹁君は、ものを主観的にしか考へれない 二 〇 頁 から駄目だな。そもそも、 − そもそもだよ。人間ひとりの自殺には、本人の意識し てない何か客観的な大きい原因がひそんでゐるものだ、といふ。うちでは、みんな、 女が原因だときめてしまってゐたが、僕は、さうでないと言って置いた。女はただ、 みちづれさ。別なおはきい原因があるのだ。うちの奴等はそれを知らない。君まで、 変なことを言ふ。いかんぞ。﹂ 飛騨は、あしもとの燃えてゐるストオブの火を見つめながら呟いた。﹁女には、しか し、亭主が別にあったのだよ。﹂ ミルクの茶碗をしたに置いて小菅は応じた。﹁知ってるよ。そんなことは、なんでも ないよ。薬ちゃんにとっては、屈でもないことさ。女に亭主があつたから、心中する なんて、甘いぢやないか。﹂ 言ひをはつてから、頭のうへの肖像画を片眼つぶって狙っ て眺めた。﹁これが、ここの院長かい。﹂ ﹁さうだらう。しかし、 − ほんたうのことは、大庭でなくちやわからんよ。﹂ ﹁それあさうだ。﹂ 小菅は気軽く同意して、きょろきょろあたりを見廻した。﹁寒いな あ。君は、けふここへ泊るかい。﹂ 飛騨はパンをあわてて呑みくだして、首肯いた。﹁泊る。﹂ ︵ 1 6 ︶ 翌る朝は、なごやかに晴れてゐた。海は凪いで、大島の噴火のけむりが、水平線の 上に白くたちのぼってゐた。︵17︶ い号室の患者が眼をさますと、病室は小春の日ざLで一杯であった。附添ひの看護 婦と、おはやうを言ひ交し、すぐ朝の体温を計った。六度四分あった。それから、食 前の日光浴をLにヴエランダヘ出た。看護婦にそつと横腹をこ突かれるさきから、も はや、に号室のヴエランダを盗み見してゐたのである。きのふの新患者は、紺餅の袷 をきちんと着て藤椅子に坐り、海を眺めてゐた。まぶしさうにふとい眉をひそめてゐ た。そんなによい顔とも居へなかった。ときどき頬のガアゼを手の甲でかるく叩いて ゐた。日光浴用の寝台に横たはって、薄目あけつつそれだけを観察してから、看護婦 に本を持って来させた。ボワ ︵実際の表記には濁点がある。引用者︶ リイ夫人。ふだ んはこの本を退屈がつて、五六頁も読むと投げ出してしまったものであるが、けふは 本気に読みたかった。いま、これを読むのは、いかにもふさはしげであると思った。 ばらばらとペエジを繰り、百頁のところあたりから読み始めた。よい一行を拾った。﹁エ
ンマは、炬火の光で、真夜中に嫁入りしたいと思った。﹂ ろ号室の患者も、眼覚めてゐた。日光浴をLにヴエランダヘ出て、ふと菓蔵のすが たを見るなり、また病室へ駈けこんだ。わけもなく怖かった。すぐベッドへもぐり込 んでしまったのである。附添ひの母親は、笑ひながら毛布をかけてやつた。ろ号室の 娘は、頭から毛布をひきかぶり、その小さい暗闇のなかで眼をかがやかせ、隣室の諸 声 に 耳 傾 け た 。 ﹁美人らしいよ。﹂ それからしのびやかな笑ひ声が。 飛騨と小菅が泊ってゐたのである。その隣りの空いてゐた病室のひとつベッドにふ たりで寝た。小菅がさきに眼を覚まし、その細ながい眼をしぶくあけてヴエラングへ 出た。薬蔵のすこし気取ったポオズを横眼でちらと見てから、そんなポオズをとらせ たもとを捜しに、くるっと左へ首をねぢむけた。いちばん端のヴエランダでわかい女 が本を読んでゐた。女の寝台の背景は、苔のある濡れた石垣であった。小菅は、西洋 ふうに肩をきゅっとすくめて、すぐ部屋へ引き返し、眠ってゐる飛騨をゆり起した。 ﹁ 起 き ろ 。 事 件 だ 。 ﹂ ︵ 1 8 ︶ ﹁ 薬 ち ゃ ん の 大 ポ オ ズ 。 ﹂ ︵ 1 9 ︶ 飛騨は、おどろいてとび起きた。﹁なんだ。﹂ 小菅は笑ひながら教へた。 ﹁少女がゐるんだ。薬ちゃんが、それへ得意の横顔を見せてゐるのさ。﹂ 飛騨もはしやぎだした。両方の眉をおはげさにぐっと上へはねあげて尋ねた。﹁美人 か ? ﹂ ﹁美人らしいよ。本の嘘読みをしてゐる。﹂ 飛騨は噴きだした。ベッドに腰かけたまま、ジヤケツを着、ズボンをはいてから、 叫 ん だ 。 ﹁よし、とっちめてやらう。﹂ ︵110︶ ﹁大庭のやつ、世界ぢゆうの女をみんな欲しがつ て ゐ る ん だ 。 ﹂ すこし経って、菓蔵の病室から大勢の笑ひ声がどっとおこり、その病棟の全部にひ びき渡った。い号室の患者は、本をぱちんと閉ぢて、薬蔵のヴエランダの方をいぶか しげに眺めた。ヴエランダには朝日を受けて光ってゐる白い藤椅子がひとつのこされ てあるきりで、誰もゐなかった。その藤椅子を見つめながら、うつらうつらまどろん だ。ろ号室の患者は、笑ひ声を聞いて、ふっと毛布から顔を出し、枕元に立ってゐる 母親とおだやかな微笑を交した。へ号室の大学生は、笑ひ声で眼を覚ました。大学生 には、附添ひのひともなかつたし、下宿屋ずまひのやうな、のんきな暮しをしてゐる のであった。笑ひ声はきのふの新患者の室からなのだと気づいて、その蒼黒い顔をあ からめた。笑ひ声を不謹慎とも恩はなかった。恢復期の患者に特有の寛大な心から、 むしろ菓蔵の元気のよいらしいのに安心したのである。 ︵1日︶ ﹁ 失 敗 し た よ 。 ﹂ ベッドの傍のソファに飛騨と並んで坐ってゐた小菅は、さう言ひむすんで、飛騨の 顔と、菓蔵の顔と、それから、ドアに侍りかかって立ってゐる真野の顔とを、順々に 見まはし、みんな笑ってゐるのを見とどけてから、満足げに飛騨のまるい右肩へぐっ たり頭をもたせかけた。︵1は︶薬蔵は、まだ笑ってゐる。ベッドに腰かけて両脚をぶ らぶら動かし、頬のガアゼを気にしいしい笑ってゐた。︵1柑︶小菅がこの休暇中、ふ るさとのまちから三里ほど離れた山のなかの或る名高い温泉場ヘスキイをLに行き、 そこの宿屋へ一泊した。深夜、廓へ行く途中、廊下で同宿のわかい女とすれちがった。 それだけのことである。しかし、これが大事件なのだ。小菅にしてみれば、鳥渡すれ ちがっただけでも、その女のひとにおのれのただならぬ好印象を与へてやらなければ 気がすまぬのである。別にどうしようといふあてもないのだが、そのすれちがった瞬 間に、彼はいのちを打ちこんでポオズを作る。人生へ本気になにか期待をもつ。その 女のひととのあらゆる経緯を瞬間のうちに考へめぐらし、胸のはりさける思ひをする。 彼等は、そのやうな息づまる瞬間を、少くとも一日にいちどは経験する。だから彼等 は油断をしない。ひとりでゐるときにでも、おのれの姿勢を飾ってゐる。小菅が、深 夜、厨へ行ったそのときできへ、おのれの新調の青い外套をきちんと着て廊下へ出た といふ。小菅がそのわかい女とすれちがったあとで、しみじみ、よかったと思った。 外套を着て出てよかったと思った。ほっと溜息ついて、廊下のつきあたりの大きい鏡 を覗いてみたら、失敗であった。外套のしたから、うす汚い股引をつけた両脚がによ つ き と 出 て ゐ る 。 ﹁いやはや、﹂さすがに軽く笑ひながら言ふのであった。﹁股引はねぢくれあがり、脚 の毛がくろぐろと見えてゐるのさ。顔は寝ぶくれにふくれて。﹂ 薬蔵は、内心そんなに笑つてもゐないのである。小菅のつくりばなしのやうにも思 二 一 頁
はれた。それでも大声で笑ってやった。友がきのふに変って、薬蔵へ打ち解けようと 努めて呉れる、その気ごころに対する返礼のつもりもあって、ことさらに笑ひこけて やったのである。薬蔵が笑ったので、飛騨も真野も、ここぞと笑った。 飛騨は安心してしまった。もうなんでも言へると思った。まだまだ、と抑へたりし た。ぐづぐづしてゐたのである。 調子に乗った小菅が、かへつて易々と言ってのけた。 ﹁僕たちは、女ぢや失敗するよ。薬ちゃんだつてさうぢやないか。﹂ 葉蔵は、まだ笑ひながら、首を傾げた。 ﹁ さ う か な あ 。 ﹂ ﹁ さ う さ 。 死 ぬ て は な い よ 。 ﹂ ﹁ 失 敗 か な あ 。 ﹂ 飛騨は、うれしくてうれしくて、胸がときめきした。いちばん困難な石垣を微笑の うちに崩したのだ。こんな不思議な成功も、小菅のふとどきな人徳のおかげであらう と、この年少の友をぎゅっと抱いてやりたい衝動を感じた。 飛騨は、うすい眉をはればれとひらき、吃りつつ言ひだした。 ﹁失敗かどうかは、ひとくちに言へないと恩ふよ。だいいち原因が判らん。﹂ まづいな あ 、 と 思 っ た 。 すぐ小菅が助けて呉れた。﹁それは判ってる。飛騨と大議論をしたんだ。僕は思想の 行きづまりからだと思ふよ。飛騨はこいつ、もったいぶってね、他にある、なんて言 ふんだ。﹂ 間髪をいれず飛騨は応じた。﹁それもあるだらうが、それだけぢやないよ。 つまり惚れてゐたのさ。いやな女と死ぬ筈がない。﹂ 菓蔵になにも臆測されたくない心から、言葉をえらばずにいそいで言ったのである が、それはかへつておのれの耳にさへ無邪気にひびいた。大出来だ、とひそかにほっ と し た 。 薬蔵は長い睦を伏せた。虚倣。働惰。阿談。校滑。悪徳の巣。疲労。盆怒。殺意。 我利我利。脆弱。欺瞞。病毒。ごたごたと彼の胸をゆすぶった。言ってしまはうかと 思った。わざとしょげかへつて呟いた。 ﹁ほんたうは、僕にも判らないのだよ。なにもかも原因のやうな気がして。﹂ ﹁判る。判る。﹂ 小菅は薬蔵の言葉の終らぬさきから首肯いた。﹁そんなこともあるな。 君、看護婦がゐないよ。気をきかせたのかしら。﹂ 二二頁 ︵1日︶ その日のひるすぎ、薬蔵の兄が青松園についた。兄は、薬蔵に似てないで、立派に ふとつてゐた。袴をはいてゐた。 院長に案内され、薬蔵の病室のまへまで来たとき、部屋のなかの陽気な笑ひ声を聞 いた。兄は知らぬふりをしてゐた。 ﹁ こ こ で す か ? ﹂ ﹁ええ。もう御元気です。﹂ 院長は、さう答へながらドアを開けた。 小菅がおどろいて、ベッドから飛びおりた。菓蔵のかはりに寝てゐたのである。葉 蔵と飛騨とは、ソファに並んで腰かけて、トランプをしてゐたのであったが、ふたり ともいそいで立ちあがった。真野は、ベッドの枕元の椅子に坐って編物をしてゐたが、 これも、間がわるさうにもぢもぢと編物の道具をしまひかけた。 ﹁お友だちが来て下さいましたので、賑やかです。﹂ 院長はふりかへつて兄へさう囁き つつ、菓蔵の傍へあゆみ寄った。﹁もう、いいですね。﹂ ﹁ええ。﹂ さう答へて、菓蔵は急にみじめな思ひをした。 院長の眼は、眼鏡の奥で笑ってゐた。 ﹁どうです。サナトリアム生活でもしませんか。﹂ 菓蔵は、はじめて罪人のひけ目を覚えたのである。ただ微笑をもって答へた。 兄はそのあひだに、几帳面らしく真野と飛騨へ、お世話になりました、と言ってお 辞儀をして、それから小菅へ真面目な顔で尋ねた。﹁ゆうべは、ここへ泊つたって?﹂ ﹁さう。﹂ 小菅は頭を掻き掻き言った。﹁となりの病室があいてゐましたので、そこへ 飛騨君とふたり泊めてもらひました。﹂ ﹁ぢや今夜から私の旅龍へ来給へ。江の島に旅籠をとつてゐます。飛騨さん、あなた も 。 ﹂ ﹁はあ。﹂ 飛騨はかたくなつてゐた。手にしてゐる三枚のトランプを持てあましながら 返 事 し た 。 兄は、なんでもなささうにして菓蔵のはうを向いた。 ﹁ 薬 蔵 、 も う い い か 。 ﹂ ﹁うん。﹂ ことさらに、にがり切って見せながらうなづいた。 兄は、にはかに鱒舌になった。
﹁飛騨さん。院長先生のお供をして、これからみんなでひるめしたべに田ませうよ。 私は、まだ江の島を見たことがないのですよ。先生に案内していただかうと思って。 すぐ、出掛けませう。自動車を待たせてあるのです。よいお天気だ。﹂ ﹁ ・ 1 5 ︶ 薬蔵と真野とがあとに残された。薬蔵は、ベッドにもぐり、眼をぱちぱちさせつつ 考へごとをしてゐた。真野はソファに坐って、トランプを片づけてゐた。トランプの 札を紫の紙箱にをさめてから、言った。 ﹁ お 兄 さ ま で ご ざ い ま す ね 。 ﹂ ﹁ああ、﹂ たかい天井の白壁を見つめながら答へた。﹁似てゐるかな。﹂ ︵ 1 1 6 ︶ ﹁ え え 。 鼻 が 。 ﹂ 菓蔵は、声をたてて笑った。薬蔵のうちのものは、祖母に似てみんな鼻が長かった の で あ る 。 ﹁おいくつでいらっしゃいます。﹂ 真野も少し笑って、さう尋ねた。 ﹁兄貴か?﹂ 真野のはうへ顔をむけた。﹁若いのだよ。三十四さ。おほきく梓へて、い い 気 に な っ て ゐ や が る 。 ﹂ 真野は、ふっと菓蔵の顔を見あげた。眉をひそめて話してゐるのだ。あわてて眼を 伏 せ た 。 ﹁兄貴は、まだあれでいいのだ。親爺が。﹂ 言ひかけて口を嗟んだ。︵117︶ 真野は立ちあがって、病室の隅の戸棚へ編物の道具をとりに行った。もとのやうに、 また薬蔵の枕元の椅子に坐り、編物をはじめながら、真野もまた考へてゐた。思想で もない、恋愛でもない、それより一歩てまへの原因を考へてゐた。 ︵ 1 用 ︶ 電気がついてから、小菅がひとりで病室へやって来た。はひるとすぐ、寝てゐる薬 蔵の顔へおっかぶさるやうにして囁いた。 ﹁飲んで来たんだ。真野へ内緒だよご それから、はつと息を菓蔵の顔へつよく吐きつけた。酒を飲んで病室へ田はひりす ることは禁ぜられてゐた。 うしろのソファで編物をつづけてゐる真野をちらと横眼つかって見てから、小菅は 叫ぶやうにして言った。﹁江の島をけんぶつして来たよ。よかったなあ。﹂ そしてすぐ また声をひくめてささやいた。 ﹁ 嘘 だ よ 。 ﹂ 薬蔵は起きあがってベッドに腰かけた。 ﹁いままで、ただ飲んでゐたのか。いや、横はんよ。真野さん、いいでせう?﹂ 真野は編物の手をやすめずに、笑ひながら答へた。﹁よくもないんですけれど。﹂ 小菅はベッドの上へ仰向にころがつた。 ﹁院長と四人して相談さ。君、兄さんは策士だなあ。案外のやりてだよ。﹂ 薬蔵はだまつてゐた。 ﹁あす、兄さんと飛騨が警察へ行くんだ。すっかりかたをつけてしまふんだつて。飛 騨は馬鹿だなあ。昂奮してゐやがつた。飛騨は、けふむかうへ泊るよ。僕は、いやだ か ら 帰 っ た 。 ﹂ ﹁ 僕 の 悪 口 を 言 っ て ゐ た ら う 。 ﹂ ﹁うん。言ってゐたよ。大馬鹿だと言ってる。此の後も、なにをしでかすか、判った ものぢやないと言ってた。しかし親爺もよくない、と附け加へた。真野さん、煙草を 吸ってもいい?﹂ ﹁ええ。﹂ 涙が出さうなのでそれだけ答へた。 ﹁狼の音が聞えるね。・1−1よき病院だな。﹂ 小菅は火のついてない煙草をくはへ、酔つ ばらひらしくあらい息をしながらしばらく眼をつぶってゐた。やがて、上体をむっく り起した。﹁さうだ。着物を持って来たんだ。そこへ置いたよ。﹂ 顎でドアの方をしゃ く っ た 。 菓蔵は、ドアの傍に置かれてある唐草の模様がついた大きい風呂敷包に眼を落し、 やはり眉をひそめた。 ︵ 1 1 9 ︶ ﹁ お ふ く ろ に は 、 か な は ん 。 ﹂ ﹁うん、兄さんもさう言ってる。お母さんがいちばん可愛さうだって。かうして着物 の心配までして呉れるのだからな。ほんたうだよ、君。 − 真野さん、マッチない?﹂ 真野からマッチを受け取り、その箱に画かれてある馬の顔を頼ふくらませて眺めた。﹁君 二 三 頁