博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 中 西 貴 宏
学位論文題名
Biogeochemical environments in the Japan Sea during the past 80
,OOO years as estimated by biomarkers
and stable isotopes
( バイ オ マ ー カー と安 定同 定体か ら推 定す る 過去8 万年間にわたる日本海の生物地球化学的環境)
学 位論文内容の要旨
日 本 海 は 、 水 深130m以 浅 の 四 つ の 浅 い 海 峡 に よ っ て の み 太 平 洋 や 他 の 縁 辺 海 と 通 じ る半 閉 鎖的 環 境 に あ る が 、 独 自 の 熱 塩 循 環 シ ス テ ム を 持つ こ とか ら海 洋 のミ ニチ ュ アモ デル と して 考え ら れて い る 。 近 年 、 気 候 温 暖 化 の 影 響 に よ り 、 日 本海 の 水循 環が 停 滞し てい る 傾向 が観 測 され てお り 、数 百 年後 には 底 層水 が無 酸 素状 態になる ことが予測されて いる(Chen etロ∴,1999; Gamo,1999)。一方、
海 底 堆 積 物 を 用 い た 古 海 洋 学 的 研 究 か ら 、 汎世 界 的な 気候 変 動に 影響 を 受け て、 日 本海 が過 去 にも 還元的な 海底環境を経験して きたことが明らか にされている(Masuzawa andlくitano,1984; Oba et口|,
1991) 。 堆 積 物 に 見 ら れ る 明 暗 互 層 か ら 劇 的な 古 環境 変動 が 推測 され て いる が、 生 物地 球化 学 的環 境 に つ い て は 明 ら か に さ れ て い な い 。 本 研 究は 、 バイ オマ ー カー と安 定 炭素 ・窒 素 同位 体く613C. 815N)を 用 い て 、 日 本 海 の 古 生 物 生 産 性 と 栄 養 塩 循 環 を 推 定 す る こ と を 目 的 と し た 。 起 源 特 異 性 を も つ 脂 質 バ イ オ マ 一 カ ー は 、表 層 生物 生産 陸 や陸 起源 物 質流 入の 良 い指 標と し てよ く 用 い ら れ る が 、 特 異 な 海 洋 環 境 に あ る 日 本海 で の有 用性 に つい ては 検 討が なさ れ てこ なか っ た。
ま た 、 海 底 堆 積 物 の 安 定 同 位 体 は 海 洋 起 源 有機 物 と陸 起源 有 機物 の値 が 混合 した も ので ある が 、日 本 海に おけ る そゎ ぞ捫 の ェン ドメ ン バー 値は 知 られ てい な い。 そこ で 、各 指標 の 検討 をす る ために、
陸上堆積 物コアとセジメント トラップについて も同様の分析を行 った。
福 井 県 中 池 見 盆 地 か ら 採 取 さ れ た 堆 積 物 コ ア の 結 果 、 過 去4万 年間 、 安定 同位 体 がほ ぼ一 定 範囲 に収まる 変動を示しており(平均値: 813C= ‑27.710.800、615N: 0.7土1.29/oo).、氷期・間氷期を通じて C3植 物 が 優 占 し て い た こ と を 明 ら か に し た 。 北 海 道 剣 淵 盆 地 か ら も 同 様 の 結 果 が 得 ら れて い るこ と か ら ( 新 井 、2002)、 日 本 海 に 流 入 す る 陸 起 源 有 機 物 の 安 定 同 位体 エ ンド メン パ ーを 決定 し た。
ま た 、 乾 燥 環 境 下で の 周辺 山麓 か らの 流入 増 加に よっ て 、氷 期に 陸 上高 等植 物 起源 の長 鎖n‐ ア ルカ ン濃度は 高くなった。
日 本 海 北 東 部 に 設 置 し た セ ジ メ ン ト ト ラ ップ の 結果 、沈 降 粒子 中の 全 ステ 口ー ル 化合 物の 季 節変 動 が 全 有 機 炭 素 粒子 束 と良 い相 関 を示 した こ とか らザ 〓0.82)、 ステ 口 ール 化合 物 が表 層生 物 生産 の 有 効 な 指 標 と な る こ と を 明 ら か に し た 。24‑memylchobは5,22Eqien‐3p・01( ブ ラシ カス テ 口ー ル).24―me出ylcholesta15,2q28)抽ト3p・0・l(フコステ口ール)の2つの珪藻起源パイオマ一カーは異 な る 季 節 変 動 を 示 し 、 前 者 は 秋 季 ブ ル ー ム での み 増加 した が 、後 者は 春 季ブ ルー ム でも 増加 し た。
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このこと から、ブルーム間での表層生産性の違いを捉えることができた。また、両ブルーム期には 全ステロール化合物中に占めるcholest‑5‑en‑3p‑ol(コレステロール)の割合が減少することを示し、
ブルーム期を非フつレーム期の区分を可能にした。一方、沈降粒子の813C、8'5Nはそわぞれ植物プラ ンクトンの成長速度、硝酸利用効率に対応した季節変動を示した。また、表層の沈降粒子に対して、
表層堆積物の813C、815Nは沈降・堆積過程での分解・統成の影響によって重くなっていたがく813C= 1 .800、8'5N=2.600)、これまで報告されている他の海域での結果との照合から、妥当性のある同位 体効果であることを示した。
秋田沖 で採取した海底堆積物コアか らは明暗互層カ瀧認され、過去8万年間の堆積記録を残して いた。有 機物に富んだ暗色層ではブラシカステ口ール・フコステ口ールが高濃度で検出され、暗色 層中の有 機物の起源が主に珪藻由来であることを明らかにした。また、暗色層では珪藻/動物ステ 口ール比 が高かった。これは、セジメントトラップの結果から示唆されるブルームのような高生物 生産の他 に、貧酸素環境によって動物プランクトンが生育しにくかった可能性が挙げられた。そこ で、生物 生産を規定する水柱での窒素循環を明らかにするために、同位体マスバランス計算によっ て海洋植 物プランクトンの815Nを見積もった。陸上コアとセジメントトラップから決定したェンド ヌンバー 値を用いて、813Cから海底コアの陸起源有機炭素の寄与率/(oくノく1)を算出した。/値 と陸起源 有機物の815N工ンドメンバー を用いて、各有機物のC/N比の違いと沈降・堆積過程での分 解・続成 の影響を加味した同位体マスバランス計算方法によって、海洋植物プランクトンの815Nを 求めた。 得られた815Nは実測値とのずれが小さく、仮に堆積物の813Cが表層生物の成長速度で変化 していた ものとしても同様の815N変動になることを示した。植物プランクトンの815Nは最終氷期最 寒期の暗 色層でのみ顕著に軽い値をとった。このことは、最終氷期最寒期以外の暗色層では日本海 水柱で現 在と同様の、硝酸を主体とした窒素循環が行われていたことを示し、高い珪藻/動物ステ 口ール比 は高生物生産によるものと推定された。最終氷期最寒期には成層構造が発達し、深層が強 い還元環 境にあったことが明らかにされている(Oba et甜,1991)。底生動物が死滅していたために 高い珪藻 働物ステ口ール比を示したと推測した。水柱での硝酸循環はなく、深層水の窒素は硝酸の 代わりに アンモニアとして存在していた可能性が高い。そこで、当時の植物プランクトンが利用し た窒素源 について、二つの仮説を提唱した。一っは、深層水のアンモニアの利用である。アンモニ アが酸化 還元境界で硝化されて硝酸になる時には同位体分別が起こる。また、植物プランクトンが 直接アン モニアを取り込む時にも同位体分別カ湛こる。その結果として植物プランクトンの815Nが 軽い値を とった。もうーつの仮説は窒素固定である。最終氷期最寒期には風成塵によってりンや鉄 は十分に 供給されており、水柱の硝酸カ坏足したために、ラン藻類の大気窒素固定によって815Nは Oooに近づ く。ラン藻指標バイオマー カーの確立によって、この問題が解決されることが期待され る。いず れの仮説にしても、最終氷期最寒期には日本海は低生物生産であったことが明らかになっ た。
本研究 で示した各指標や同位体マスパランス計算方法は、日本海以外の海域での生物地球化学的 環境の推定にも有効な手法となることが期待される。
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学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授
南 川 雅 男 大 場 忠 道 山 本 正 伸 長 尾 誠 也
学位論文題名
Biogeochemical environments in the Japan Sea during the past 80
,OOO years as estimated by biomarkers
and stable isotopes
( バ イ オ マ ー カ ー と 安 定 同 定 体 か ら 推 定 す る 過 去
8万 年 間 に わ た る 日 本 海 の 生 物 地 球 化 学 的 環 境 )
日 本 海 は 、
4つ の 浅 い 海 峡 に よ っ て の み 太 平 洋 や 他 の 縁 辺 海 と 通 じ る 半 閉 鎖
的 環 境 に あ り 、 独 自 の 熱 塩 循 環 シ ス テ ム を 持 つ こ と か ら ミ ニ チ ュ ア 海 洋 と し て
考 え ら れ て い る 。 こ れ ま で に 、 堆 積 物 を 用 い た 古 海 洋 学 的 研 究 か ら 、 第 四 紀 の
汎 世 界 的 な 海 水 準 変 動 の 影 響 を 受 け て 、 日 本 海 が 酸 化 ・ 還 元 環 境 を く り 返 し 経
験 し て い た こ と が 明ら かに され てき た(Masuzawa and Kitano ,
1984; Oba et al.,
1991) 。 し か し 、 生 物 生 産 性 や 栄 養 塩 循 環 な ど 、 過 去 の 生 物 地 球 化 学 的 環境 の変
遷 に 関 し て の 知 見 は 乏 し い 。 本 研 究 は 、 脂 質 バ イ オ マ ー カ ー と 安 定 炭 素 ・ 窒 素
同 位 体 比
(813C.
815N)を 用 い て 、 過 去
8万 年 間 に わ た る 日 本 海 の 生 物 地 球 化 学
的 環 境 を 推 定 す る こ と を 目 的 と し た 。 指 標 と な る 化 学 成 分 の 動 態 を 検 討 す る た
め に 、 セ ジ メ ン ト ト ラ ッ プ と 陸 上 堆 積 物 コ ア に つ い て も 同 様 の 分 析 を 行 っ た 。
日 本 海 奥 尻 沖 で 行 っ た セ ジ メ ン ト ト ラ ッ プ 実 験
(CM11) の 結 果 、 全 ス テ 口 ー
ル 化 合 物 は 有 機 炭 素 粒 子 束 と 良 い 相 関 を 示 し 、 表 層 生 物 生 産 量 の 指 標 と な る こ
と を 明 ら か に し た 。 ブ ラ シ カ ス テ 口 ー ル 、 フ コ ス テ ロ ー ル の
2つ の 珪 藻 起 源 バ
イ オ マ ー カ ー は 異 な る 変 動 を 示 し 、 前 者 は 秋 季 ブ ル ー ム で の み 増 加 す る が 、 後
者 は 春 季 の ブ ル ー ム で も 増 加 す る こ と か ら 、 二 季 の プ ル ー ム 間 で の 生 産 性 の 違
い を 捉 え る こ と が で き た 。 ま た 、 ブ ル ー ム 期 に は ス テ 口 ー ル 化 合 物 中 に 占 め る
コ レ ス テ 口 ー ル の 割 合 が 減 少 す る こ と を 見 出 し 、 ブ ル ー ム 期 と 非 ブ ル ー ム 期 の
区 分 が 可 能 に な っ た 。 沈 降 粒 子 の
813C、
815Nは そ れ ぞ れ 植 物 プ ラ ン ク ト ン の 成
長 速 度 、 硝 酸 利 用 効 率 に 規 定 さ れ た 季 節 変 動 を 示 す こ と が 明 ら か に な っ た 。 ま
た、沈降 粒子に比 べて、表 層堆積物 の813C .815N は堆 積過程での 続成によ って 値が重くなることを検証した。
秋 田 沖で 採 取 した 海 底堆 積 物コア
PC5に見られ る有機物に 富んだ暗 色層では ブラシカ ステ口ー ル、フコ ステ口ー ルが高濃 度で存在し ており、 暗色層の 有機 物の起源 が主に珪 藻由来で あること を明らか にした。ま た、ステ ロール組 成か ら見積も った珪藻 /動物プランクトン比は暗色層で高かった。このことは、現在 のブルー ムのよう に高生物 生産であ ったか、 動物プラン クトンが 生育しに くい 環境であ ったこと を示す。 そこで、 生物生産 を規定する 窒素の循 環につい て検 討を行う ため、同 位体マス バランス 計算を行 った。セジ メントト ラップお よび 陸上堆積 物コアの 結果から 同位体工 ンドメン バーを仮定し、C/N 比の違いを考慮 した計算 によって 、植物プ ランクト ンの815N を算 出した。そ の結果、
815Nは最 終氷期最 寒期に著 しく低しゝ値になった。さらに、813C から生物生産が低かった ことを明 らかにし た。当時 は成層構 造が発達 し、深層が 強い還元 環境にあ った ことが明らかにされている(Oba et al. ,1991 )。生物生産が窒素の供給によって制 限さ れ て いた と 推定 し 、
2つ のモデ ルを提唱 した。ひと っは窒素 固定であ る。
最終氷期 最寒期に は風成塵 が多かっ たため、 表層にりン や鉄など が十分に 供給 されてい たと考え られる。 水中に窒 素が不足 している時 は窒素固 定が起こ るた め、815N はO%o に 近づく。 しかし、 バイオマ ーカーの結果から珪藻が優占してい たことが 示されて おり、堆 積物に保 存される
815N値として窒 素固定藻 類の影響 は少ない と考えら れる。も うひとつ のモデル としては、 深層の還 元層に硝 酸の 代替で存 在してい たアンモ ニアの利 用である 。アンモニ アが酸化 層で硝化 され 硝酸にな る時、ま た、プラ ンクトン がアンモ ニアを直接 取り込む 時には大 きな 同位体分 別が起こ る(Montoya ,1994) 。結 果として 、植物プランクトンの815N は 軽くなる 。現在還 元的な他 水域の調 査結果と も一致する ことから 、このモ デル を強く主張する。