地震・噴火・津波危険
車両全損時一時金特約 の開発
信 岡 良 典
■アブストラクト
東京海上日動火災保険株式会社では,2012年1月1日以降の保険始期契約 から,自動車保険特約の新商品 地震・噴火・津波危険 車両全損時一時金 特約 を発売した。本特約は,東日本大震災での経験を踏まえ,今後,地 震・噴火・津波で被災されたお客様が生活に欠かせない移動手段である自動 車をいち早く確保することを目的としている。
以下,本特約の開発の背景を披露したうえで,開発のコンセプトを示し,
検討のポイントおよび 全損 の定義を説明する。そして,その他の約款上 の論点,本特約の保険引受について触れたうえで,全体を総括する。
■キーワード
東日本大震災,地震・噴火・津波危険を補償する保険商品,
被災者の移動手段確保に資する保険商品
1.開発の背景
地震・噴火・津波危険 は,火災や交通事故等の一般的な保険事故に よる損害とは異なり,大地震では同時に多数の被害が発生すること,台風等
*平成24年7月22日の日本保険学会九州支部会報告による。
/平成24年10月1日原稿受領。
1) ここで津波とは,地震による津波と噴火による津波を指しており,その他の 原因による津波は含まない。以下では,地震による津波および噴火による津波 を 津波 という。
に比べても発生頻度が低い一方で極めて巨額の被害が発生する可能性がある こと,発生頻度や発生損害額の推定が極めて困難であること等のリスク特性 がある。また,自動車保険には住宅建物や家財を対象とする家計地震保険制 度 と同様の制度がない。このため, 地震・噴火・津波危険 に対する補 償は,従来,民間保険会社では極めて限定的に引き受けを行っていた(地 震・噴火・津波危険 車両損害 補償特約)。
2011年3月11日に発生した東日本大震災は,我が国に未曾有の損害をもた らし,津波による自動車の流失は40万台を超える と推定された。また,東 日本大震災の発生から1か月を経過した頃には,サプライチェーン(部品の 調達・供給網)の混乱などで新車生産が滞り販売も急減したこと,移動手段 を早期に確保するために中古車の需要が高まったこと等,代替車両の取得に 注目が集まった。
一方,車両保険(地震・噴火・津波危険 車両損害 補償特約)の保険金 支払に向けた対応では,津波により被保険自動車の所在が不明となっている
(あるいは所在が分かっていても損害額の確認に行ける状況ではない),行政 組織等も機能復旧途上であり各種手続きが円滑に処理できない状況の中で,
早期の保険金支払に向けた損害額の確認および車両所有者(被保険者)の確 認をどのように行うかが大きな課題となった。
こうして,自動車という移動手段の確保が,被災地において喫緊の課題の 一つであるものの,それまでの保険商品では大地震時に早期に保険金をお支 払いする上で多くの障壁があることが判明した。
地震・噴火・津波危険 のリスク特性を踏まえれば,家計地震保険のよ うな政府再保険制度,独占禁止法の適用除外の下での損害保険料率算出機構 による基準料率(損害保険料率算出団体に関する法律第10条の4⑶)および 2) 住宅建物や家財を対象とする地震保険制度は,被災者の生活の安定に寄与す ることを目的とした 地震保険に関する法律 に基づいて,保険会社が負う地 震保険責任について政府が再保険を引き受けることを前提に成り立っている。
3) 日刊自動車新聞2011年4月11日付記事による推計値では41万6千台であると されている。
共通査定基準・共同査定(保険業法第101条第1項第1号)を実現すること も考えられるが, 地震・噴火・津波危険 に対するお客様からのニーズの 高まりに対して早期に対応することが保険会社の社会的責任であると考え,
新商品の早期開発に向けた検討を開始した(その後,2011年7月に 地震・
噴火・津波危険 車両全損時一時金特約 (以下 本特約 という。)を開発 し,2012年1月1日以降の保険始期契約から保険引受を開始した。)。
2.開発のコンセプト
地震・噴火・津波危険 のリスク特性を前提として,民間の保険会社が ある程度広範に引受けを行うことができ,かつ,一定程度の補償(必ずしも 被保険自動車の価額の全額には拘泥しない)を提供できることを検討の出発 点とし,新特約に求められる要件および開発の方向性を以下のとおり整理し た。
a.混乱した被災地では,家計地震保険等の損害調査と並行して,極めて 多数の保険金支払を迅速に行うことが求められる。そのため,首都直下 地震,東海・東南海地震等,現在想定されている大地震の際においても 損害調査の実務に耐えられるよう,支払要件が簡素であること。
b.被災者の生活再建には,まず移動手段を確保できることが重要である。
そのため,中古車を購入できる,または購入代金の頭金へ充当できる金 額の補償であること。
c.広く一般に提供しながら,一方で引受リスク量を抑制し,保険会社の 健全性を確保できる商品であること。そのため,1件あたりの支払額を 抑えること。
上記より,商品概要は以下のとおりとした。
d.地震・噴火・津波によって被保険自動車が 全損 となった場合に保 険金をお支払いする。
e.迅速な保険金支払が可能となるよう,簡素な支払要件とする。具体的
には,約款に全損とする一定の基準を設定し,それに該当するか否かで 判定する。
f.保険金の額は被保険自動車の車両保険金額にかかわらず, 定額(50 万円程度) とする。ただし,不当利得防止の観点から,車両保険金額 を超える支払いは行わない 。
3.検討のポイント
商品概要を決定するにあたっては, 分損を支払対象とするかどうか と いう点と, 本特約では何をてん補する損害保険商品と構成するか という 点と, 全損をどのように規定するか という点について,大地震の際にも 迅速な保険金支払を可能とできること,引受リスク量が過大とならないこと の観点から,従来の車両保険と異なる約款規定とした。以下,これらについ て検討のポイントを記す。
⑴ 分損を支払対象とするかどうか
大地震の際には,混乱した被災地において,家計地震保険等の損害調査 と並行して,極めて多数の損害調査を迅速に行うことが求められることに なる。
分損を保険金の支払対象とした場合には,第1に,損害調査ロードが大 きく,迅速な保険金支払を行うことが難しいものと考えられる。なぜなら,
支払対象件数が劇的に増加するからである。
第2に,保険金の支払要件を 一定の基準に該当すること とすると,
分損ではこの基準が多岐に亘らざるを得なくなり,商品が複雑化し分かり づらくなる。加えて,想定しない事故形態に対応する基準 を設定するこ とは難しいものの,分損について包括的な(あるいは,補足的な)基準を
4) 地震・噴火・津波危険 車両損害 補償特約は,車両保険の免責を復活担保 する特約であるため,保険価額を限度とする実損てん補である。
5) 全損の場合には,想定していない事故の形態に対応するため, 廃車 を条 件に支払対象とすることができる(本特約2条2項8号参照)。
設けないと,保険契約者の納得を得られないおそれがある。一方,支払要 件を 修理費見積が一定金額以上となった場合に,分損として定額を支払 う(損害額を積み上げて支払可否を判断する) とすると,損害調査ロー ドが大きく,迅速な保険金支払を行うことが難しい。
こうして,分損を保険金の支払対象とすることには多大な困難が伴う。
他方,全損のみを保険金の支払対象とすれば,大きな損害調査ロードをか けることなく,支払可否および支払保険金を判定することができる。そこ で,分損不担保(全損のみ担保)として商品を構成することとした(本特 約2条1項)。
なお,本特約の保険金額を被保険自動車の車両保険金額と同額にすると,
保険会社の引受リスク量が増大することに加え,大地震という集積損害発 生時において被保険自動車の保険価額を認定するロードが生じてしまう。
これは,被災者の生活再建に向け,広く一般に提供できる商品とするとい う開発のコンセプトとはそぐわないことから,本特約の保険金額は,生活 の足となる中古自動車を購入する,あるいは,その頭金に充当できる金額 に抑制し,定額の50万円とした(ただし,車両保険金額を超える支払いは 行わない。本特約2条1項)。
⑵ 本特約では何をてん補する損害保険商品として構成するか
本特約を分損不担保(全損のみ担保)とし,かつ,保険金額を50万円の 定額(ただし,車両保険の保険金額限度)に固定するとして(以上は上記
⑴参照),本特約をどのような損害保険商品として構成するかを次に検討 した。
車両保険自体が物保険であるから,本特約も物保険として構成するのが 自然ではある。なお,車両保険の保険金額(=保険価額)以下の保険金支 払であるから,定額の保険金支払であったとしても,損害保険契約におけ る損害てん補原則(保険法2条6号)には抵触しないと考えられる。
しかしながら,物保険として本特約を構成すると,被保険者は被保険自
動車の所有者であることになる。ところが,自動車に関しては所有権留保 条項付売買契約が相当程度に存在しており,被保険自動車が 全損 とな った場合に保険金請求ができるのは所有権留保条項付売買の売主(たとえ ば,自動車の販売店)になってしまう。けれども,本特約で補償の目的は 被災者である自動車使用者に移動手段を早期に確保することであるから
(前述1⑵参照),適当ではない 。
また,物保険として本特約を構成すると,被保険自動車が全損となり保 険金を支払った場合,残存物について代位するのが原則である(保険法24 条) 。一般にこの保険法の規定は車両保険の約款では修正されており,
保険者が代位の可否を判断することになっているが,大地震における混乱 時において,保険会社が代位の可否を個別に判断することは現実的ではな い 。
そこで,本特約は費用保険として構成することとした。すなわち,まず,
本特約の被保険者は記名被保険者であると規定した(本特約3条)。そし て,被保険自動車を主に使用する者である記名被保険者が,移動手段であ る被保険自動車が全損となって使用できなくなることにより,記名被保険 者に生じる費用損害を保険金支払の対象としている(本特約2条1項)。
なお,費用保険であるから,残存物代位は存在しない。
費用損害の認定に関しては,被保険自動車が全損となれば,代替車両を 取得するまでの間に,レンタカーなどの借用費用あるいは車両不稼働損失
6) 被保険者を車両所有者とした場合,車両所有者の確認および保険金支払先の 確認実務が必要となるため,保険金支払までの手続きに相当程度の時間を要し てしまう。
7) なお,被保険自動車の保険価額が50万円超の場合に全損保険金として50万円 を支払うと一部代位となる。
8) 残存物を代位する旨の意思表示をした場合のみ所有権が移転することを定め る約款を規定したとしても,片面的強行規定(保険法26条,24条)の観点から は問題がないと考えられるが,残存物の価値が相当程度に存在し,その実現が 容易であることが明白な場合においても保険会社が残存物代位権を行使しない ことは,利得禁止原則に抵触するおそれがある。
が発生したり,代替車両(新車や中古車)の取得にあたっては車両代金以 外にも一定金額の費用を要したりして,一定額(本特約では50万円とし た )以上の費用損害が記名被保険者に発生するものと考えられるため,
また,大地震で混乱し,記名被保険者としては一刻も早く移動手段確保の ために保険金を受領したい状況であり,かつ,保険会社としても個々の損 害調査に多大なロードを割けない状況であるので,具体的な発生費用に関 する損害の立証は求めないこととした。
上記⑴および⑵の検討結果を踏まえて作成したのが本特約2条1項であ る。具体的には次のとおり。
⑶ 全損をどのように規定するか
残る論点は,支払要件となる全損の認定方法の検討である。具体的には,
本特約第2条(この特約の補償内容)
⑴ 当会社は,この特約により,下表のいずれかに該当する事由によってご契 約のお車に損害が生じ,全損となった場合には,被保険者が臨時に必要とす る費用に対し,1回の事故について,50万円(*1)を地震・噴火・津波危 険車両全損時一時金として支払います。
① 地震もしくは噴火またはこれらによる津波
② 次のいずれかに該当する事由
ア.①の事由によって発生した事故の拡大
イ.発生原因が何であるかにかかわらず,ご契約のお車に生じた損害 の直接の原因となった事故の①の事由による拡大(*2)
ウ.①の事由に伴う秩序の混乱
(*1) 保険金額(*5)が50万円に満たない場合は,保険金額(*5)を限度としま す。
(*2) 事故の形態や規模等がこれらの事由により大きくなることをいい,延焼を含 みます。
(*5) 保険金額とは,車両保険契約における保険証券記載の保険金額をいいます。
9) ただし,利得禁止原則違反のおそれを払拭するため,被保険自動車の車両保 険金額が50万円未満の場合には,当該保険金額を本特約の限度額とした(本特 約2条1項(注1))。
以下の4つの約款規定方法を検討した。
a.被保険自動車の修理費が車両価額を上回ること(経済全損),または,
被保険自動車の修理ができないこと(絶対全損)
b.被保険自動車に一定金額以上の修理費が発生したこと c.被保険自動車に損害が生じ,廃車したこと
d.明らかに全損といえる被害状況の類型を列挙し,これに該当すること
a.の 経済全損または絶対全損 は,通常の車両保険と同様の考え方で あるため,保険契約締結時にも損害発生時にも保険契約者がイメージしやす く,保険契約者・保険会社双方の認識のズレも起こりにくいというメリット がある。しかしながら,大地震発生時の混乱した被災地において,家計地震 保険等の損害調査と並行して,経済全損になりそうな極めて多数の被保険自 動車について修理費見積りを行った上で全損か否かを判断して,保険金支払 を迅速に行うことは現実的ではないといえよう。
また,被保険自動車の車価が低い場合,軽微な損害であっても全損となる 可能性が高くなる。例えば,車価20万円の場合,瓦の落下や噴火による降灰
(火山礫)によって外板が損傷したときでも修理費は20万円を超過すると想 定される。この点において, 被災者の生活再建のために移動手段を確保す ること という本特約のコンセプトにそぐわないといえよう。
b.の 被保険自動車に一定金額以上の修理費が発生したこと を支払要 件とした場合,a.におけるメリットを生かしつつ,小損害の排除ができる ため本特約のコンセプトに合わせることができる,というメリットがある。
しかしながら,被保険自動車の車価が低い場合には,そもそも本特約の付 保対象外とするか,車価とは関係なく一定金額以上の修理費の発生を必要と せざるを得なくなる。このため,例えば,一定金額を100万円とした場合,
被保険自動車の車価が20万円であっても,100万円以上の修理費が生じない と保険金が支払われないこととなり,保険契約締結時や損害発生時に保険契 約者の納得を得られにくい。
c.の 被保険自動車に損害が生じ,廃車したこと については,上記 a.およびb.における,極めて多数の修理費見積りを行わなければならな い,という問題点は解消されている。また,廃車という,保険契約締結時に も損害発生時にも保険契約者がイメージしやすい要件としている点でメリッ トがあるといえる。
しかしながら,東日本大震災にて生じた状況を踏まえると,廃車のみを支 払要件とした場合,以下の点において不十分な商品となってしまうと考えら れる。
・東日本大震災では,発生から一定期間が経過した段階でも,被災地の陸運
(支)局では廃車手続きに相当な待ち時間が生じた。このため,廃車手続 きを支払条件とした場合には,保険契約者に多大な負担を強いることとな る。
・他方,将来において廃車手続きを行うことを前提として廃車前に保険金を 支払うとした場合には,保険金支払の適正性を確保するため,事後的に廃 車の事実を確認することが必要となる。しかしながら,同時に多数の被害 が発生している状況において,保険金支払を行った自動車すべてについて この確認を行うことは,損害調査の実務において多大なロードを要する。
・東日本大震災では,中古自動車の流通数が減少し,代替となる自動車の入 手に大きな困難が生じたため,修理を行う場合も考えられる。特に,車価 が高い自動車である場合は,代替として同等の新車や中古車を購入せずに,
被保険自動車の修理を選択することも考えられる。こうして,損害が生じ ていても,廃車せず相当なコストを掛けて修理するケースを保険金支払対 象外とした場合には保険契約者の納得感が得られにくいといえる。
d.の 明らかに全損といえる被害状況の類型を列挙し,これに該当する こと は,通常の車両保険における修理費ベースの実損払いの概念と異なる ものである。けれども,保険契約者に具体的な被害状況を列挙することで,
保険契約者が保険契約締結時にも損害発生時にも保険金の支払可否について ある程度イメージができることに加え,上記a.〜c.と比べ保険金支払を
迅速に行うことができる点が優れているといえる。
ただし,被保険自動車の 被害状況の類型 について,保険契約者・保険 会社双方が分かりやすく,かつ,納得感のあるものとする必要がある。また,
類型についても実際に起こり得る被害をもれなく網羅する必要がある。これ らについてどのように規定するかが大きな課題であった。
上記a.からd.までの比較検討を行った結果,d.を採用し,地震・噴 火・津波によって生じる全損事故の形態の大半について,一定の基準に該当 するか否かの判定によって,支払可否を決定できるようにした(本特約2条 2項)。また,想定していない事故の形態も生じ得ると考え,その場合には c.で検討した 廃車 を条件に支払対象とすることとした(同項7号)。
4. 全損 の定義
次に,全損に関する具体的な約款規定内容について述べる。
⑴ 一定の基準 の検討
本特約が実際に適用される場面では,被保険自動車に関する 全損 基準 の明瞭性と容易性が最も求められることになる。そこで,まず,東日本大震 災時に発生した,または,同様の大地震において想定される,事故の形態お よびその際に生じる損傷の特徴を洗い出した。
次に,大地震で想定される事故形態や損傷の特徴に対応するように, 全 損 基準を設定した。こうして,地震・噴火・津波によって生じる事故の形 態の大半について,この基準に該当するか否かの判定によって,本特約の保 険金支払可否を判断できるようにした(表1参照)。
すなわち,以下の骨子で一定の 全損 基準を策定した。
a.保険契約者,保険会社とも, 被保険自動車が被った損害が大きく,
全損であることが明らかである ので, 通常であれば被保険自動車を 廃車とせざるを得ない。 と認識できる損害程度を基準とする。
b.部品に生じた損傷の状況を約款に明記することで, 全損 基準に該 当するか否かを保険契約者,保険会社とも容易に判定できるようにする。
c.想定していない事故の形態も生じ得るため,その場合には,損傷が修 理できない場合で,かつ, 廃車 を行ったことを条件に保険金支払対 象とする。
上記のとおり,東日本大震災時に生じた自動車損傷の特徴を有力な手がか りとして 全損 基準を検討した。けれども,東日本大震災の被害は津波に よる損害が大多数であり,他物との衝突または接触,転覆,墜落等,様々な 形態により生じる自動車損傷を,全ての用途・車種について分析を十分に行 うことはできなかった。そのため,設定した 全損 基準では,例えば 3 本以上のピラーの折損,断裂またこれと同程度の損傷が生じたこと。 (本特 約2条2項1号イ)に関しては,二輪自動車にはそもそも発生し得ない(二 輪自動車にはピラーが3本以上存在しないため)という問題が生じた。そこ で, 全損 基準を用途・車種ごとにあてはめ,全ての 全損 類型に該当 し得る場合にのみ,本特約の販売対象としている。
なお, 流失または埋没し発見されなかった場合 も 全損 に該当する
全焼した場合
⑦
運転者席の座面を超える浸水を被った場合
⑥
⑤ 流失または埋没し発見されなかった場合
地震後に発生した火災により自動車が 全焼した。
火災
車体の損傷は著しいものではないが,
運転席の座面を超えた付近まで浸水 し,電気系統に障害が生じている。
【車内外の著しい損傷】
自動車が流失し,発見できない。
津波
表1 損傷の特徴と 全損 基準
事故の形態 (特約第2条第2項に規定する) 全損 基準
建物の倒壊
①
【車両上部の著しい損傷】
建物倒壊によって車両が建物の下敷き となり,ルーフの変形だけにとどまら ず,ピラーや前後ガラス,ドアガラス にも損傷が生じている。
損 傷 の 特 徴
次のア.からウ.までの条件をすべて満た す場合
ア.ルーフの著しい損傷が生じたこと。
イ.3本以上のピラーの折損,断裂または これと同程度の損傷が生じたこと。
ウ.前面ガラス,後面ガラスおよび左右い ずれかのドアガラスの損傷が生じたこ と。
立体駐車場 からの落下
【車両前後や底部の著しい損傷】
逆さまになってルーフ部から落下し,
ルーフの変形だけにとどまらず,ピラ ーや前後ガラス,ドアガラスにも損傷 が生じている。
が(本特約2条2項5号),当該被保険自動車が後日になって発見される場 合もあり得る。その際には,保険契約者間の公平性および支払の適切性を確 保する必要があるため,以下の手当を行った(本特約6条)。
d.被保険自動車が発見された場合,発見されたことを保険会社に通知す る義務を記名被保険者に課す。
e.通知を受け,発見された被保険自動車の損害が本特約に規定する全損 に該当しない場合は,保険会社は記名被保険者に対して保険金の返還を 請求することができる。
以上の検討を踏まえて作成したのが本特約2条2項である。
本特約第2条(この特約の補償内容)
⑵ この特約において全損とは,ご契約のお車の損害の状態が下表のいずれか に該当する場合をいいます。なお,ご契約のお車について①から④までに掲 げる部品の名称が異なる場合は,その部品と同一箇所にある同等の機能を有 する部品について判定します。
① 次のア.からウ.までの条件をすべて満たす場合 ア.ルーフの著しい損傷(*3)が生じたこと。
イ.3本以上のピラーの折損,断裂またはこれと同程度の損傷が生じ たこと。
ウ.前面ガラス,後面ガラスおよび左右いずれかのドアガラスの損傷 が生じたこと。
② 次のア.からウ.までの条件をすべて満たす場合
ア.2本以上のピラーの折損,断裂またはこれと同程度の損傷が生じ たこと。
イ.サイドシルの折損,断裂またはこれと同程度の損傷が生じたこ と。
ウ.座席の著しい損傷(*3)が生じたこと。
③ 次のア.からエ.までのいずれかの損傷が生じ,走行が困難な場合 ア.前の左右双方のサスペンションおよびこれらと接続された イ.後の左右双方のサスペンションおよびこれらと接続された部位の
フレームの著しい損傷(*3)
ウ.前の左右双方のサスペンションおよび車体底部の著しい損傷 (*3)
エ.後の左右双方のサスペンションおよび車体底部の著しい損傷 (*3)。
⑵ 各部品の用語検討
保険事故の際に生じる自動車損傷の特徴を規定するため,通常の自動車保 険の約款では使用されることのない自動車部品について,本特約では多く規 定している。
自動車部品の名称は,同一箇所にある同等の機能を有する部品であっても,
自動車メーカーによって異なる名称を用いているケースも多く見られ,用語 の選定にあたっては,自動車整備学校用の教材等の比較的客観的な資料に加 え,主な自動車メーカーにて多く使用されている部品名称を調査し使用する 用語を決定した。ただし,自動車部品等の専門的な用語については,約款に 用語の定義 を置き(本特約2条5項),保険契約者と保険会社の認識の相 違が生じないように努めた(図1参照)。
当然のことながら,名称は異なるものの同一箇所にある同等の機能を有す る部品や,当該部品が将来の技術革新等により名称変更となった場合も補償 対象とすべきものであるため,これらを想定した規定を置いている(本特約
④ 次のア.またはイ.の場合
ア.原動機のシリンダーに著しい損傷(*3)が生じ,原動機の始動 が著しく困難な場合
イ.電気自動車の駆動用電気装置の電池部分に著しい損傷(*3)が 生じ,駆動用電気装置の始動が著しく困難な場合
⑤ 流失または埋没し発見されなかった場合
⑥ 運転者席の座面を超える浸水を被った場合
⑦ 全焼した場合
⑧ ①から⑦までのほか,損傷を修理することができない場合で廃車を行っ たとき
(*3) 著しい損傷とは,それぞれの部品において,その一部の交換または補修では 原状回復できず,部品全体の交換を必要とする損傷をいいます。なお,サス ペンションについては,構成する部品の大部分に交換を必要とする程度の損 傷をいいます。また,原動機のシリンダーについては,原動機外観の損傷状 態より,原動機のシリンダーの損傷が推定できる場合を含みます。
2条2項尚書)。
図1 自動車部品の名称(用語の定義)
本特約第2条(この特約の補償内容)
⑸ この特約において,下表の用語は,それぞれ次の定義によります。
用 語 定 義
① ルーフ 自動車のボデーを構成する部品の一つであり,屋根部分を いいます。
③ サイドシル 自動車のボデーを構成する部品の一つであり,ドア開口部 の下端部を構成する部品をいいます。
④ サスペンシ ョン
自動車が走行中に車輪を通じて路面から受ける衝撃や振動 を緩和する緩衝機構と,アクスル(車軸)と車体を連結し
5.その他の約款上の論点
本特約は,上記以外にも,車両保険とは異なる規定を有している。
⑴ 免責条項
車両保険と異なる免責条項は次のとおりである。
① 地震危険免責
車両保険などの一般の損害保険契約には,地震免責条項(地震・噴 火・津波によって生じた損害およびこれらに伴って生じた損害等を保険 者免責とする条項のこと)が置かれている。
しかしながら,本特約はまさにこの地震危険を担保するものであるた め,地震免責条項は置かれていない。そして,地震危険が担保危険であ ることが明記されている(本特約2条1項各号)。
ているリンク機構を一括してサスペンションといい,この 特約ではそれらの機構を構成する部品の総称をいいます。
⑤ フレーム 自動車を走行させるために必要な動力伝達装置,サスペン ション,かじ取り装置および制動装置を取り付けるための 車枠をいいます。
⑥ 車体底部 モノコックボデーの場合,自動車のボデーを構成する一部 であり,フロア部分の総称をいいます。フレーム式ボデー の場合,骨組みであるフレーム自体の下面部分および,自 動車のボデーのフロア部分の総称をいいます。
⑦ 原動機のシ リンダー
エンジンの内部部品であり,燃焼室を構成する筒状の部品 をいいます。
⑧ モノコック ボデー
フレームとボデーが一体構造となっているものをいいま す。
⑨ フレーム式 ボデー
フレームとボデーが分離構造となっているものをいいま す。
ボデー 自動車の車体のことをいいます。
フロア 自動車のボデーを構成する部品の一つであり,車体の床板 部分をいいます。
追い し用出
② 所有者の故意・重過失免責
車両保険では, 被保険者 の故意または重過失によって生じた損害 は保険者免責とされている。ところで,本特約においては, 被保険者 とは記名被保険者を指すから(本特約3条。前述3⑵参照), 被保険 者 の故意・重過失免責規定(本特約4条1項ア)とは別に,被保険自 動車の所有者の故意・重過失免責規定を設ける必要があり,当該条項を 置くこととした(本特約4条1項イ)。
③ 危険運転免責
本特約は運転中の操作ミス等により生じた損害を補償する趣旨ではな いため,無免許運転,酒気帯び運転,麻薬等運転の免責条項は置いてい ない。
④ 故障免責,付属品等免責,自然消耗免責
本特約の 全損 要件と関係しない,故障損害,定着されていない付 属品等に生じた損害等,車両の通常の使用の過程で必然的に生じる損害 に関する免責条項は置いていない。
⑵ 余震による被害への対応
東日本大震災の余震は極めて活発であり,特に,2011年4月7日にはM 7.1の余震(最大震度6強)が発生した。この余震では回復に向かっていた 宮城県内のライフラインや鉄道網が再びストップする事態に陥った。
この余震の直前時点(2011年4月5日)の家計地震保険の保険金支払件数 は約3万件,保険金支払額3300万円余であり,ほぼ1年後である2012年4月 2日時点での事故受付件数に対し3.6%,保険金支払額の2.7%にしか過ぎな かった 。このため,大地震が発生した場合はその被害状況について確認す る前に,余震によって新たな損害が追加的に生じてしまうことが考えられた。
本特約では,保険金支払となる 全損 の要件を,被保険自動車の被害状
10) 日本損害保険協会発表資料 東日本大震災に係る地震保険の支払件数,金額 について(2011年4月5日現在,2012年4月2日現在) 参照。
況の列挙類型に該当することとしている(本特約2条2項)。そのため,例 えば,3月11日の本震と4月7日の余震を別々の地震と規定し,それぞれに ついて 全損 基準に該当するか否かを判断することとした場合,1回の地 震で 全損 基準に該当する損害が生じたか否かについて,損害調査で判別 することは難しい。一方, 全損 となり保険金を支払った自動車が余震に より更に損害が発生したとして,再度保険金を請求することが考えられた。
そもそも,本特約は物保険の約款構成をとらず,費用保険の約款構成を採 っているため(前述3⑵参照),本震後余震時までが間もない場合には,そ の間に代替自動車を取得した可能性は低く,そうした場合に別保険事故とし て費用保険の保険てん補を行うことは利得禁止原則に抵触するおそれがある。
これらの事情を踏まえ, 全損 後に別の地震・噴火・津波により損害が 発生した場合の取扱いとして以下の手当を行った。
a.被保険自動車が 全損 となってから修理して従前の状態に復旧する までの間は,被保険自動車を使用できない状況に変わりはないため,別 の地震・噴火・津波によって被保険自動車に生じた損害は,本特約の保 険てん補対象損害としない(本特約2条3項)。
b.被保険自動車が別の自動車に車両入替がなされた場合は,車両入替前 後の被保険自動車ごとに本特約の規定を適用する(すなわち,本特約に よる 全損 事故発生後に,別の代替自動車を取得し,当該自動車保険 契約の被保険自動車を新たに取得した自動車に入れ替えた場合には,新 たに取得した自動車が別の地震・噴火・津波で 全損 となれば本特約 の保険金を支払う。本特約2条4項)。
本特約第2条(この特約の補償内容)
⑶ 当会社は,地震もしくは噴火またはこれらによる津波によってご契約のお 車に損害が生じ,全損となった場合において,その損害を損害が生じる直前 の状態(*4)に復旧する前に,別の地震もしくは噴火またはこれらによる 津波によってご契約のお車に損害が生じたときは,別の地震もしくは噴火ま たはこれらによる津波によってご契約のお車に生じた損害に対しては,⑴の
6.本特約の保険引受
⑴ 本特約の募集時における説明体制
従前より,自動車保険の契約時には,ご契約内容確認項目として,特に車 両保険の契約条件(一般車両保険とするか,車対車+Aとするか)について 確認する仕組みを導入していたが(金融庁 保険会社向けの総合的な監督指 針 Ⅱ―3―5―1―2 ),東日本大震災の発生直後,自動車保険にお ける地震補償は特約を付帯していなければされない旨の報道がなされた 。
そこで,本特約の保険募集時の説明実務として以下の対応を行うことで,
本特約の補償内容等を保険契約者に理解いただき,本特約の付帯要否につい て保険契約者が十分に検討,確認できる仕組みを整えた。
a.本特約の支払金額,支払要件等について,文言を工夫して重要事項説 明書に記載することで,本特約の付帯要否について十分に検討いただけ るようにする。
b.重要事項説明書の記載内容を保険契約者に理解いただいたうえで,保 険契約申込書のご契約内容確認欄に, 車両保険では地震・噴火・津波 によって生じた損害は免責であること および 地震・噴火・津波によ って生じた損害について一時金を補償する特約が存在すること を記載 することで,保険契約申込時に保険契約者に確認いただく。
c.上記に加え,さらに詳細な説明を希望された保険契約者への説明や,
規定を適用しません。
⑷ 普通保険約款基本条項のご契約のお車の入替に関する規定によりご契約の お車が入れ替えられた場合は,当会社は,ご契約のお車ごとに⑶の規定を適 用します。
(*4) 損害が生じる直前の状態とは,構造,質,用途,規模,型,能力等において 損害が生じる直前と同一の状態をいいます。
11) フジテレビ・ニュース
JAPAN
被災自動車に 保険の壁 大半 補償な し の恐れ (2011年4月15日放送)など。募集時のニーズ喚起に対応できるよう,本特約の商品内容や支払要件に ついて図表等を用いて説明したチラシを新設する。
⑵ 保険料
本特約で補償する 地震・噴火・津波危険 は通常の自動車の運行リスク によらないものである。したがって,通常の運行リスクにおける事故実績に 基づき本特約の保険料の割増引を行うことは,保険料算出における合理性か ら不適当である。よって,ノンフリートの等級別割増引率,フリートのメリ ット・デメリット料率および団体扱割引等の各種事故実績による割増引は,
本特約には適用しないこととした。
また,本特約はリスク区分によらず一律の保険料率としているが,主なリ スク区分において以下のとおり整理している。
① 年齢条件係数,使用目的係数,優良運転者区分係数(主に自動車の運行 状況にかかる較差)
上記のとおり,本特約のリスクは通常の自動車運行リスクによらないも のであり,運行状況に起因するリスク較差と言える年齢条件係数,使用目 的係数,優良運転者区分係数等のリスク区分は設けない。
② 用途・車種,車両新車係数(主に被保険自動車の種類にかかる較差)
本特約では支払要件となる 全損 を定義しているが,これは被保険自 動車の種類によらず同一の要件としており,地震・噴火・津波に対しては どの自動車についても同じリスク実態であると考えるのが自然であり , 用途・車種や新車如何によらず同一の保険料とした。
③ 地 域
被保険自動車が地震・噴火・津波発生時に所在する地域によりリスクに 較差が生じ得るが(特に,津波リスクについては沿岸部からの距離等にリ
12) あるいは,用途・車種によって地震リスクによる 全損 の発生頻度に差違 が存在するかもしれないが,そのような統計資料が存在しないため,料率区分 を設けることが事実上できない。
スクが依存すると考えられる),このリスクを正確に計測することは不可 能であること,自動車は住宅等と異なり移動するので契約者住所や被保険 自動車の使用の本拠地等をもってリスク較差を設けることは必ずしも公平 とはいえないことから,本特約では地域によらず同一の保険料とした。
7.おわりに
以上,本特約の開発における背景およびそこから導き出される開発のコン セプト,具体的な約款上の規定について概観した。
本特約は未曽有の損害に対して,地震・噴火・津波によって生じた損害に 対する補償を広く一般に提供できる商品であること,現在の民間保険会社の リスク引受能力を見極めた上での商品であること,大地震発生時には早期に 保険金をお支払いすることができ,被災者の移動手段確保に資する商品であ ることなど,相反する条件を満たすことができる商品として設計された。
このため,物保険ではなく費用保険構成としていること,補償内容につい ても全損のみ担保で限定的な定額給付であることなど,通常の損害保険商品 とはその商品内容が大きく異なる。
今後,巨大地震および巨大津波の発生原因等が新たに究明された暁には,
それに基づいたリスク量の把握等,本特約の一層の進化に向けた取り組みは 必要であろう。しかしながら,東日本大震災以降の平常時には想像がつかな い混乱や多数の損害サービス対応を行いながら,具体的な事例を基に論点を 洗い出し, 地震・噴火・津波危険 特有の課題をも考慮しながら,東日本 大震災発生から4か月で本商品を開発し,10か月以内に本特約の保険引受を 開始することができたことは,保険会社として社会的責任を果たすことがで きたのではないかと考える。
今後もお客様のニーズを捉え時宜を得た商品の開発に向けて,微力ながら 尽力したいと考えている。
(筆者は東京海上日動火災保険株式会社勤務)