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被保険利益論の近代性と限界−一博鋭史研究
− ゲルトナアの所論を機縁として:−−−
441
崎 稜
岩 目 次
Ⅰ.序説
ⅠⅠ.私法史における利益論発生史素描。(1)由書賠償と全法発展。(2)inteI・eSSe定義。
ⅠⅠⅠ¶保険法に.おける利益論の起源。(1)法的基盤。(2)特殊事例。(i)絶対確定保険 金額約定。(ii)他人所有物の保険。(3)利益概念の成立。(4)初期論者における利 益論の意義。
ⅠⅤ 発展第2段階。(1)実体基盤。(2)Bene坤eの利益論。(i)有体物への結びつ き。(ii)直接・間接利益区別の意義。(イ)所有者利益以外の利益が保険概念に収容0
(ロ)同一物紅関する多数利益の承認。(iii)個別問題。(イ)間接・条件付利益といラ 理論構成。(ロ)「物填補利益」的理論構成。トト生命保険における利益。(3)Benecke 利益論の評価。(i)一般的利益論。(ii)技術的利益論。
Ⅴ.本格的発展。(1)体系構築の試み。(2)新体系論内での利益論。(i)利益論二重機 能の認駄(ii)技術的利益論の適用領域。(3)個別問題。(i)所有者利益。(ii)客 観的利益の問題。抑利益の移転可能性。(ロ)部分利益の共同付保。、(4)多数利益の 相互関係。(i)符合利益。(ii)競合利益。(iii)独立利益。(5)Ehrenberg利益論の 評価。(i)利益論の相対的意義。(ii)Ehrenbergの利益体系。川符合利益。(ロ)独 立利益。ケ1競合利益。(iii)客観的利益。
Ⅵ一.要約的結論。
I
「被保険利益概念は損害保険契約の小宇宙をなす.」とさえみる伝統的通説 は,被保険利益を(少くとも損害)保険契約の構造ないし性格から論理必然に 浜揮される内面的な保険契約規定要索とみる(絶対・客観主義),こ・れに対立し て,被保険利益は射倖的金克交換取引たる保険契約の賭博化防止という公専政 策的要語紅基く消極的・外面的な保険契約規定要素に.すぎない,と説く相対・
主観主義が近来有力化しつつある。
第38巻 第5号 442 /
ーー 2・−
(1) 前者ほ特に侮上保険法学者に強くみられる伝統的主流であり,そゃ具体的適
用紅それぞれ硬軟の差はあっても,原理的建前として・ほこれが公理的前提セあ る。すなわち,損害保険契約は損害填補を目的とするが,損害発生の前提とし
(2) て何らかの利益が存在せねばならず,その利益の欠損か損害に他ならない。こ
の利益が被保険利益であり,その定義はいろいろあるが,要するに.,「一億事故 発生が成人に.財産的損害を生ぜしめる関係にあれは,共著は/被保険利益を有す る」というのが共通的定義である。ただ被保険利益はこの関係そのものをいう か(馳f・enbef・g流)それともこの関係の故に.事故不発亜紀ついて有する経済的 利益をいうか(Kisc血流)で,被保険利益の定義的表現がやや異るのみである。
相対・主観主義被保険利益論は,質的に.は・エンデマン以来の被保険利益概念
($)(8) 抹消説に親近し,わが国では大森教授に.よって代表される立場である。既に.エ
(4)
(1)今村有,「被保険利益概念の生成とその概念的特徴」・町損害保険研究』,第24巻第1号
1−37ぺ一汐,第2号55−−97ぺ−ジ,′第3号39一能ぺ−汐,第4号78−109ぺ」−汐,第25 巻第1号135−168ぺ一汐 ,昭和35年2月〜36年2月。加藤由作,『改訂海上被保険利益 論』,昭和26年7月。勝呂弘,『改訂新版海上保険』,昭30年,49ぺ−ジ以下。
(2)鈴木竹雄編,演習講座『商法下剤,昭30年,125ぺ柵汐。
(3)WilhelmEndemann, Das Wesendes Ver$icherungsgesch鋸tes ,9・Z王IR・,
1866.SS.284M327,511−−554undlO.ZIiR.,1867,SS..242p326.同論文の紹介
・批判については,北村五良,「被保険利益についで」,『国民経済雑誌』92巻5号(白杉 博士追悼特集号)。勝呂弘,「エンデマンの利益概念無用説について−−】被保険利益学説
史の一助」,『現代資本主義と保険「】」印南博ま博士還暦記念−』,1964年,200¶217 ぺ一一汐。大森忠夫,「保険契約法理紅対する教会法の影響」,『続保険契約の法的構造J
第6章,昭和31年,157−176ぺ−ジo
Koenig,Gegenstand der Ver$icherung,Bern1931,102S・(参照,朝川伸夫,
「保険奥約法における被保険利益概念と,其批判」,『保険評論』,29巻1号以下);deI・S.,
Schweiz.Privatversicherungsrecht,2.Aufl,,Bern1961,SS..175−183(参照,
木村栄一・,「被保険利益概念の挽能と地位」,『保険学雑誌』第390号,昭和30年7月,10 8−111ぺ−ジ)。
A.Ehrenzweig, DreiGrundprobleme des Versicherungsrechts, ,31小 ZVW,,
1931,SS..355.(参照,木村,『上掲』論文,104ぺT汐注1)。
Charles Weens,L′assurance de chosesいCOntratd′indemnit6,Paris1927,451ps巾
(4)参照,大森,『 上線』論文。エンデマン的定額貨幣取引観による定額保険指向的披保 険利益概念完全否定論からエ−レ∵ンツゲァイク的「損害」概念強調に・よる被保険利益不 要論に至るまで,被保険利益概念抹消論のニュアンスほ論理的・表現的に多様であり,
穏和な否定論と相対・主観主義的被保険利益論は区別をつけ難い。というよりも,そも そも否定論と相対・主観主義的被嘩険利益論は質的紅同一魔境であり,区別すること自
体が誤まケているともいえる。両者を統一する特質は,ヴ.エ・−ンズ(nO62,p.78)のい
被保険利益論の近代性と限界
443 ーー ∂ 一一
−レンベルクの被保険利益論自体に.も崩芽をみるこの考え方ほ根強い思潮とし て,殊に陸上(ないし−・般)保険法学が海上保険法理より相対的独立を遂げる
(6)
に.伴い,有力化してきた傾向である。今なおこの主観・相対主義の根本的立場
(r)
を認める一論者は少いながらも,保険法具体問題の処理についてはこの立場から の論理必然的帰結を何らかの操作で認めたり,あるいは伝統的通説の硬直な適
(8) 用に.対する批判鱒理としての意義を評価する,のがわが保険法学のおし■なべた
傾向である。
従って,保険法具体問題の処理に.ほ殆どいずれの説に拠ろうが大差ないが(
この点を目して主観・相対主義の実質的勝利といえなくほない),保険法学の原 理論的構成という次元ではいぜんとして−被保険利益論は古くして新しい中心争 点である。しかもその背後に.は,保険制鹿本質観,保険史観ないし保険史実評
(9)
価の問題が関連している。
う「損害填補原則の消極的価値」(valeur negative duprincipeindemnitaire)であ る。被保険利益と「損害填補」の関係については・,大森,「損害保険契約の≫損害填稀≪
契約性」),訂続法的構造』第1章;木村,『上掲』論文,92ぺ−・ジ以下;久川武三,「保 険の本質と被保険利益論」,『保険学雑誌』第399号,昭和32年11月,1−30ぺ−ジ,参照。
(5)大森,「保険契約紅おける被保険利益の地位」,『保険契約の法的構造』第3章,昭和 27年,81−121ぺ一汐。
(6)エンデマンの理論もドイツ産業資本の自由主義要求の保険契約法的表現と学説史的 位置づけができるし,事実彼の論調の端々にその意欲が窺われる。
(7)わが国紅おけるその飛芽ほ秀れて示唆豊かな,膏山衆司,「≫保険は致富の道に.非 ず≪を論ず」(執筆大正10年),『保険契約法研究』,昭和14年117−145ぺ−・ジ,であり,
大森保険法学となって開花した。田中耕太郎博士もこの点ほ同傾向である。(『保険法講
議要領』,昭和 年,28ぺ−ジ以下)。小町谷操三,『海上保険法各論(海商法要義下巻 6)5頁以下も同旨だが,「損害填補」契約性紅ついて客観主義を固持される点は体系 的不整合の憾みがある。
(8)たとえ.ば,鈴木編『上掲』審;鈴木竹雄,『新版商行為法・保険法・海商法』,昭 和40年,78ぺ−汐;伊沢孝平,許保険法』,昭和32年,129ぺ−ジ以下。
(9)例えば,大森保険法学の保険制度観は小島・近藤・佐疲諸博士の「経済生活確保」
説に基礎し,生命保険にさえ利益を強訝して.入用充足説で保険法を統一・構成したブルッ クに.は被保険利益がその不可欠な道具概念となった。その後継者メヲ−は師の統一・体系 の欠陥を訂正して,被保険利益は具体的入用を充足する損害保険(しかもその内の積極 保険)紅妥当領域を限定する(メチーの被保険利益論を紹介・検討した秀作,木村,
「被保険利益概念紅ついて」,『保険学雑誌.』第398号,昭和32年9月,1−16ぺ一一汐,参 照)。そして最近メヲ一博士は保険制度全体の統一感念紅「生存配慮」(DaseinsvoI・SOI・−
ge)を用いる。私に.は保険の科学的把超にほ経済生活確保説的本質観が秀れていると思 える。
444
第38巻 欝5号
・−− 4 −
被保険利益をめぐる文献ほ内外共に.汗牛充棟であり,その整序に各論者等し
(101 く努める所である。それらを通読しての被保険利益論問題に.関する所見を覚書
風に記してみよう。
(1)通説的立場の文献ほしばしば問題提起に明確を欠き,また理論的対立 の範囲が必ずしも本来の問題性と相応して−いない。これほその公理的前提に対 する無疑的信仰めいたものに起因すると共に.,利益論が保険法教義学内で担っ て−いる諸機能が一\応は認識されても,その機能が具体的理論展開のさいに・しば
(11)
しば見失われていること,とより深く関連している。だから,キッシ・ユを代表 とするそ・の詳細な被保険利益の具体的展開は,既存の取引類型要素を分類し て,既成現実に.話の辻襟を合わせた事後説明をしているにすぎず,理論ないし 教義の生命とする規定的契機を全く欠いている。
(2)基本的に支持できる相対・客観主義被保険利益論にしても,せっかく被 保険利益を保険契約の論理構造外へ追放しながら,通説に.妥協してか,損害保 険契約の具体的説明に当り外面的・消極的契約有効要件ないし前提要件として 被保険利益概念を使用している筈なのに.,実際に.はいぜん内面的構造要素を持
被保険利益観の延長たる俸険価額論争においても,佐波博士は海上保険取引技術の発 展史から「保険価額規定無用論」と酎丁つ主観説を唱えられ,北村博士は多如償殊ド イツ的火災保険立法史を根拠に.客観説を強調された。(この点の詳細は予定別稿「評価 済保険」に譲る)。そしてその発展として英海上保険法の鋭い構造分析に基く「被保険 利益の客観化」を唱えられたが,実はこの客観化被保険利益論は絶対的被保険利益論の 自己否定を導き出す矛盾契機を内在するものであった。また北村博士は鋭い実証史学的 エンデマン批判をされたが(前注3参照),今日異に問題なのはエンデマン説の学説史的 意義であっで,エンデマンの方法とした保険史論自体の正否ではない。
(10)わが国最近の秀れた綿密な比較法的学説研究による被保険利益論整序の功績は,木 村博士の一・連の被保険利益研究である。前注3および9所掲の2論文の他に・,「被保険
利益の主観性・客観性」,『・−一・橋大学創立80周年記念論集』下憩,昭和30年,所収;
「資任保険に.おける被保険利益の構造」,『加藤由作博士還暦記念保険学論集』,昭和 32年,203−218ぺ−ジ;「被保険利益学説の展望」,『ゼジネス・レビュ∴−』欝2巻 第3号,昭和29年12月,所収;「プロケ著≫保険契約における経済的利益≪ふ『一層 論叢』第34巻1号,昭和30年7月,85−94ぺ一一汐; 「新価保険紅おける被床険利益」,
『 一・橋論叢』(大林良一・名誉教授記念号)51巻1号,昭和39年1月.97−119ぺ−ジ。
(11)W」Kisch,Hb.des Privatversicherungsrechtes,ⅠⅠⅠ,1922,636S
被保険利益論の近代性と限界 ー ∂ − 445
(12)
たせて用いている事例が見受けられる。これは,被保険利益概念の契約構造内
●●●
在性を否定しつつも外在的契約有効要件としてのその特殊的存在を認める点に
、?きまとう,この説の論理的緊張関係を現実に眉徹することの難かしさを示
●●●
す。エンデマン以来の否定説が,被保険利益を何らかの形で−・般的公序原則に 吸収解消させようとする,教義学的努力の学説史的意義もこの点に.あろう。
(3)被保険利益論の難解と非生産性の一・因は,この論争の枠内もしくは.通説 的文脈の申で考えた場合,論者の各簡所で用いる利益概念がまちまちな意味レ ベルで不統一・軋用いられ,十分に論点がかみ合わずに.論争空転のままで学説が 堆積されている,点にある。
私見に.よれば,被保険利益論における「利猛」という用語は2ケの意味レベ ルで用いられて−いる。1っほ保険を賭博から区別サーる本質徴表としての r■利 益.」と,他の1つほ損害という消極概念と外延・一激す−る積極概念としての「利 益」(損害=利益の毀損)である。いわば,前者ほ本賀概念ないし−・般概念,後 者は手段概念ないし技術概念である。もちろん論者の意識では両意味レベル
ほ,、「利益なければ保険なし」とか「■保険に.よる利得を許さない」とかの法諺的 公理を大上段に凝りかざすこと紅より,保険制庶の存在目的を示す前者の手段
として後者が構成され,両者の関連・区別がなされている筈である。だが実際 の論旨を辿っていくと,殆んどの通説的被保険利益論は具体的構成において両 意味レベルを,意識的・無意識にせよ,混同しでいる。特に.その弊は入用・扱
(13)
害・利益体系派のブルックやドナ・タィに.著しい。通説的見解は物保険において その分類・識別概念として−技術的「利益」概念を展開しかつ契約存在前提条件 としての−・般的「利益。」を適用し,貴任保険に.おいては技術的「利益.」を論じ
(14)
ている積りで実のところ本負的惰り益.」を展開し,生命保険では利益−・般を論
(12)たとえば,「他人のために・する保険」の被保険者の説明は「被保険利益の主体」と
される(大森,r保険法』,昭和32年,96ぺ−ジ)。その点の検討は予定別稿「他人のた めにする保険」に譲る。
(13)その意味において前述のメラ一説は論理的に当然の発展過程といえよう。
(14)さしあたり,ドナタィ(Donati,Trattatodeldirittodelleassic11raZionibIiva・
te,t.ⅠⅠ,1954Milamo,198pagg.e segg・)の費任保険被保険利益論については,
木村栄一・,「責任保険紅おける被保険利益の構造」,『■前掲J苔,206−−209ぺ−−・ジ
;西島
446
第38巻 第5号
ー 6 −
(15)
じて実のところ本質的ー−■利益.」のみに触れて−いる。
確かに「利益」概念の両意味レベルほ終極的に龍一・致させうるが,それほ体 系構成論としての場合であり,各種保険について「 被保険利温」の構成を機能 的に考察する場面では技術的「利益」を論じなけれほならず,またそれを問題
として:いる筈である。そのために.両意味レベルの識別が必要であるが,純通説 的見解はどこの点が区別されていない感を受ける。
相対・主観主義的被保険利益論ないし被保険利益否認論とても,この区別を 明確な論理公式化する迄にほ至っていないが,その論旨ほ要するに・ここに・いう 技術的「利益」概念無用を唱えているとみてよかろう。その点でこの立場陀・一 致しており,差異は単に.本質的「利益」概念を,なおかつ特殊保険法規範とし て留めるか,それとも−・般取引法規範として当然の原理とみて保険準特殊規範 性を否.定しきるか,の差異にすぎない。
今後の発展をめざして被保険利益論争を整理するについて−は.,この本質論・
技術論の次元差を自覚して,両視角の区別・総合による学説史的検討が必要で
(16)
ある。
(4)被保険利益論の史的検討には保険法の孤.立値を打破して,近世私法史に おける債務不履行損害賠償論の発展紅注目しなければならない。「利益」概念の
(17) 生成・発展は本来そこを場としているのであり,被保険利益論はその保険法的
借用にすぎない。このことは初期保険法学者の一人スカツキアに.おいて明白で
(18) (19) あり,その徹底的批判者エンデマンにとってもこの全体関連的研究の−・部門と
梅拾,「費任保険法の基礎的研究(1)」,『ノ損害保険研究』第27巻1号,昭和40年2月,114
−・117ぺ−・汐,参照。
(15)ブルック,ドナティの生命保険における利益論については,木村栄一・,「被保険利益 概念の機能と地位」,『保険学雑誌』390号,96−99ぺ−ジ参照。
(16)この点は.筆者が漠然と日頃考えていたことをグルトナ・−の明確な分析によって理論 化できた。この識別論がグルトナ・−・論文から得た最大収穆である。
(17)近代ドイツ債務不履行論の基礎的労作FriedrichMommsen3部作の1,ZurLe−
hre voムdemInteIeSSe,Beitrage zumObligationenrecht,2.Abtlg.1855,参照。
(18)Cfr.Sigism11ndiSccacciae,Tractatusdecommerciisetcambio,Romae1619,
§ 7Glossa2n.r18et seqq.,p.661et seqqn
(19)Endemann,Studienin der r6misch−kanonischen Wiztschafts・und Rechtsle・
hre,2Bde.1874−83,besonderes Bd.ⅠⅠ,S.243ff.は利益分類・逸失利得・利
被保険利益論の近代性と限界 − 7 一
447
して被保険利益論があったのである。
この関連に.注目するこ.とは単なる発生史的興味に尽きず,被保険利益論の今 日的無意義を示す有力な私法史的手がかりとなる。わが国でもこの点に月虫れた
(20)
被保険利益論があるけれども,そ・の私法史的意味を感知していないから殆ど無 意味である。この点でわれわれはダイアッカーの後継者Hermann Langeの 秀作=Schadensersatz und Privatstrafein der mittelalterlichen Rechtst−
heorie (Forschungen zur Neueren Privatrechtsgeschichte,Bd.2,(1955 MiinsterqK8ln,182S.)を参照しなければならない。
以上の点に.留意して今後われわれの被保険利益論を推進したい。本稿はその 手始めに被保険利益論の近.代性とその限界を論証する学説史的検討を行いた い。その手がかりとなるのほ,メラ一博士門下の俊才Rudolf G畠rtnerの論文
Die Entwicklung der Lehre vom versicherungsrechtlichenInteresse vonden An路ngen bis zum Ende des19.Jahrhunderts (ZVers Wiss.
1968,52.Bd.Heft4,SS.337−875)である。彼ほかねて私の敬愛・共感す る優秀な比較法知識の卓越した保険法学者であるが,本論文に.よって単に.秀れ
た実証的私法史家であるのみならず,学史研究に.おける分析力の鋭さを兼備し た得難い保険法学史家でもあることを示した。実証的手法の堅実さば彼の文献 引用の全き精確さに例証されている。よって本稿の構成はグルトナー上記論文 に負う所大きいはか,利用文献のうらBenecke著書第1版のみは私の探索し
(21)
た限り日本にJ見当らなかったので,ゲルトナー・の引用に・依存する。
なお拙い本繭ながら,退色記念論文集「保険の近代性と社会性」紅寄稿でき なかった衡詫びとして,香川大学名誉教授久川武三先生に本稿を捧げたい。
ⅠⅠ
子禁止論を検討している。
(20)今村有,「前掲」論文,『損害保険研究』第24巻1号22ぺ−・レ以下。
(21)本稿に利用する文献の入手については,一層大学木村栄一博士,広海草−・助教授,
神戸大学勝昌弘教授,水島−・也博士,生命保険文化研究所,損害保険事業研究所隅崎勇 氏,および日本生命保険相互会社企画部調査課森澄子氏のお世話になった0記して厚く お礼申上げる次第である。
448
第38巻 第5号
−・β −
(1.)損害賠償と全法発展
(i)「投書賠償.論はまず私法全体に対するその重大な意義の放に常に法的問題群の 焦点に.属する。その法体系上の地位が格別に関心を抱かせるのほ,それが刑事法的・民 事法的思考の接点に在りまた従云て最歪要な法史過程の1ったる現代的法素材編成への 途を反映する,放である。さいどに評価誓文(Schatzungseide)というローマ法学的 制度による手続法とその成立も損害賠償法にとって他の法領域におけるよりも重要な役割
を果している」(H.Lange,S‖2)。
損害法上の問題は2群に.分けられる。その1は,人が蒙った損害の補償を要求できるの はいかなる場合か,という問題であり,その2ほこの損害補償をどのように・行うかの問題 である。前者の詳細な研究は殆んどすペて−の個々のactioのまた従って全私法の運命の叙 述を前提とすることになろう。罪2群の問題も法教義学的見地では丁層難かしい0け■だし
これは,時代的拘束のないまた従って周代法教義学も同様紅直面する,中心問題だからで ある。問題はこの両問題群の適切な分離が可能かであり,これを可儲とする現代的見解は その点で,普通法的伝統の利益論に結びつく。もう1つの問題は.当時の法体系に・おける(現 代的意味での)損害賠償請求権の地位である。コ・帝大法全(CoIpuSjuIis)は不法行為法に広 汎紅私罰を継承しているけれども,中世法ではこれが舌代法程多くなかろう。中世法(発 展)と現代法(発展)の関係は純概念からでなく不変のままの生活状況を基紅考えると明 白になる。決め手は今日の損害賠償請求権が働く諸構成事実町対する中世法理の反応であ る。概念・分類の釈義は変動を受けるから,この方法でのみ持続的不変更菜を得られた。こ
の全体事実的考察は中世法解釈学上のもう一つの理由からも必要であった。12・3世紀の グロツサトー・レ(註釈学派)も14世紀のコメンタトーレ(註解学派ないし助言学派)のい ずれもが刑罰請求のさいの賠償金静定型態とreiper・・Sekutorischeなそれとの相互逆推定 に何の疑問も狭まなかった。これはまさに民事・刑事不可分に・しか損害賠償倫が考えられ なかったことの証左である(軋Lange,S.3)。同様な事情は手続法的問題にも妥当し,諸 請求権の型態個個把手航法問題が相互影響した。さらに,実体法・手続法,民事法・刑事 法,の法素材も中世法理自体では峻即されなかったから,それらの限界を見出し難い0
(ii)古典ローマ法の契約債務に関する損害賠償概念の使用は,古典ロ」−マ法が金銭給 付判決しか識らなかった点で,今日とは異る意味を有している。その結果,アクチオ体系 の純訴訟的考え方からみるばあい,欝一次債務・第二次債務(Prim餌・und Sekund餌0・
1bigation)の分離は存在しない。損害賠償は全ゆる給付請求権に・必然な訴訟的成果であ
被保険利益論の近代性と限界
449 −」 9 −
(22)
る。
この事情ほ中世にいたり斗スチェアヌス法典の金銭給付判決体系突破口的例外規定(殊
(2$)
にD・6,1,68)を拡大解釈することによって根本的変化をみる。すでに.グロツナトーレ学派 において12他紀半ば以来この点で多くの条項が論争の対象となるに至っており,その最重 要な論争として1aCtioempti(買主訴訟)における履行請求訴訟の可能性を・めぐる論争が 挙げられる。保守的なプルガー・ルスと彼紅追随するアーゾがそ・の点の古典諸法又に照して 給付強制を否定した見解と,他方で,マルチヌスがreivindicatio(物回復訴訟,D.6,1,
68)の法状況の頸堆を導出しようとした見解が,対立した。アックルソクスは学説編策 謀釈(Digestenglosse)では保守説紅追随し,法学提要註釈(Institutionenglosse)では 進歩的方向を辿って−いる。
この進歩的傾向はaclio emptiおよび他の訴訟についても既にデュランティスおよび
′くルトールスの法理論やその後の文献に漸次いや増しに鯵透している。このようにして−,
現代の実体的請求権の根である訴訟的actioは,その後,ニ藍の相貌を帯びて了しまった。
actioは,訴訟上貫徹可能な本来の給付内容と事後追行可能な給付内容とを有し,従って つまり現代大陸法的形態を付与された。今日的意味のtermini(期限)が始めて使えるよ うになるこの過程は,同時に,特殊な損害教義学の形成を根本的に容易ならしめるのに適 した。従来は損害賠償の問題は各個のactioの内容の問題紅他ならなかった。今や本来的
内容からの区別が必然となりそして仝ゆる損害賠償請求権の共通考察が可能となった。け
だし今後ほ少くとも,仝ゆる賠償請求権を本来の債務から取分ける形式的基準が,存在し
(24)
たからである。
ユ帝法ほ契約法において.,特に・無名諾成契約(Innominalkontrakte)および問答契約 方式(Stipulationsform)弛蔵匿由る広汎な陥没を示しながらも,−・定型に.合致しない(諾 成)契約が法的保護を否定される,という命題を相変らず墨守していた。中世法では,
1227年標準註釈(Glo竿SaOI■dinaI−ia)が間接に僅かばかりの原則逸脱を伴って1またバル トールスが非常に強烈な原則逸脱を伴いつつも(例えば,「商事裁判所では契約形式軍艦 の抗弁が成立しえない」との主張),未だ古法を弁護していた。しかしpactun nudum
(22)J8rs・Kunkel・Wenger,R6misches Recht,3.Aufl.1949,§1062a
(23)F・グィ−アッれ−・著(鈴木禄弥訳),『近世私法史.』,昭和36年,56ぺ一汐以下,参 照。
(24)文献・典拠についてほ,Vgl.H.Lange,S巾10u.11
第38巻 欝5号 450
ー∫0・−
(裸の約束:単なる合意)ほ次第にとりわけ教会法学の影響力によって.訴求可能となっ た。これがローマ法の決疑法的規制では欠除していた大多数の訴訟を今や成立せしめるこ ととなる事態をもたらした。ここに既にそれ以前から導入された普遍的損害論法教義学が
(25)
卓絶した実用的関心を浴びることになったム
(iii)より早く不法行為法発展の影響が同方向紅働いたにちがいない。既に諸註釈ほ judicia publica概念に触れた学説編纂章句を−・般化した eX quibusagitu【Civiliterin factum について註釈し(Gl.Ex p11blicis zu D.17,2,56),また他方で偽コルネリア 法K,関する章句(D.48,10,25)を手がかりにしてactiopoenalisadinteresseが論じら れ,このa。tioが次第に一・般原理に高められる。バルトルスはこのtioを一億的定 式化して,刑事訴追が在れば常に法律上当然にactio civilis adinteresseが成立.する,
とした。教会法学説も一・般的損害鹿償義務を舐った(nonIemittetur,nisirestituatur ablatum.)。このようにして,また殊にイタリア都市条例法の部分的に新しく創設された 刑罰事項笹関しても,舌法文の特定規制を欠く1nteresseklageがおびただしく発生し,
これらは,「裸の約兼」に基く契約訴訟と全く同様に,新しく造らるべき−・般静養学に委 ねられた(H.Lange,S..12)。
(iv)後になお教会法的利子・暴利論の影響が加わった。この教説はばう大権まる文献 を生みだし,損害算定,殊に1ucrum cessans(逸失利益)の填補可能性との関連の故 紅,利益論議湛新養分をもたらした。暴利論がロ−マ法学者文献に浸入しだした時,痍紅 註釈法学派が既にきわめて難解ながら不完全かつ展望の利かない損害法教義学を展開して いた。これから理論全体と今や新たに根本から取組まねばならなかった。後代が後期スコ ラ学風に概してますます詳細な区別を行う傾向を示し,その繚果,論争がよりいっそう鎗 雉化しまたぼう大化するばかりになった。この事実を考え合わせれは,利益論がロー・マ法
(26)
・教会法文献の愛好題目となったのもふしぎでない。
(2)imteresseの定義
(i).ユ・帝法大全ほあらゆる賠償請求権の内容の−・般的確走を試みた言辞を含んでいな い。契約法的actioに.関する定義も後代の解釈者が一・般的教義学を建設できる程のものを
(25)Seuffert,ZurGeschichtederobli甲tOrischen Vertrage,1881,S・38ff・;
Kersten,Die Lehe vom Vertrage b七idenitalienischenJuristen des Mittelal−
teI,1882
(26)註解学派のローマ法文献でのこの論議は.殆んど常にC.7,47に在り,殆んどが素 材の困難・錐雉の指摘で始めている。
被保険利益論の近代性と限界
451 l−JJトー・
残して1、ない。ニ章句が Quantieareserit ,(そのものはいかはどだろうか)と quanti
(27)
eamremparetesse (いかはどがそのものKlあるようか)という定式を扱い,そして.この 表現が物の評価しか意味しかないことを告げている。この章句の−・般的表現にもかかわら
ず,−雇事例のみに関する両章句の実質的意義が些少ないものにすぎないことほ中世法律
(28)
家にほっきり識られなかったが,彼らほこの川・般的説明と表現上・内容上矛属する多数の 章句を発見した。
教説史展開にとってほるかより本質的な表現 id q110dirzterestわは書換えの利かぬ表 現であり,当時も,この内容ほ法的に存するのでなく事実上の存在であるというだけで,
それ以上詳しい規定は拒否された(HlLange,S・14)。
中世末に拾頭した「利益」という−・概念が損害法における法思考の進歩を証し,これは 19世紀にはモムンゼソらの努力に・より仝ゆる損害賠償請求権の共通内容の集合名称となる に至っている?この利益論はグロツサトー・レ学派以来存在する。
inteIeSSe を名詞として使用することほグロツサトーレにおいてどく早くから慣用化
しており,「4博士」(quattuor doctoIeS;1iliaiuris)すなわら12世紀中贋に遡る ことができ,さらに・こ.a)名詞は11世紀後半か12世紀末かに編蒸されたEpito血e exactis
(29) (SO)
regibusに・みられる。この概念定義の試みはGlosse possibleest zuC.7,47にみられ,
それほ上掲章句た影響されて.完全定義不能という認識を前提とした事実的表現,ながらも それ自体新しい内容を含み逸失利益論争を発生させるに.至った。
この利益定義の試みほそ・の後の文献で攻撃を招いたに.すぎず,4博士の一人で古仏学派 の代表者ヤコブ・ド・ラグァニスほ給付不履行のみならず不作為請求違反も含まねばなら ぬと指摘し,そのために・試みた彼の定義は「発生損害1逸失利得の評価(aestimatio)」に
も触れていた。これもバルトールスは「評価不能(inaestimabile)利益」も存するとの理
(27)D 50・16,179: Interhaecverba quantieaIeS eIit vel quanti?am
rem esse paret nihilinterest:in utIaque enim clau$ura placet veram reiaes−
timationem fieri .
D。50,16,193; Haec verba, quantieaⅡ1rem paret eSSe nonadquodinte・
rest,Sed ad reiaestimationemIeferuntur ,
(28)Kaser.Quantiea res est,1935,S.133f
(29)この点の考証と文献ほ,Vgl.Langen.S..14
(30) Dicere tamen potest:interesse est singulaIeIeipretium secundum quo−
sdam Vel dic intreesse est damnum emergens et lucrum cessans ex eo quod aliquid fiericessatur
第38巻 欝5号 452
ー ユ2−
由で攻撃し,最広義に.おける利益は iusta utilitas alicuius (なに・ぴとかの正当な効 用)であるとした。他方で彼は,「評価可能利益」を発生損害で枠づけた(,,aeStimatio
alicuiusutilitatis non habitae propter alicuius factuminiustum velcessationem
iniustam.,,)。中世法文献になじみの戯格(stricte)・寛容(large)の峻別紅よりバルト
−ルスが利益概念の二様性を論じた点もわれわれに.興味あるが,それよりはるか重大な点 ほ.aestimatio概念の導入によって「利益」が第1次債務から取分けられること把・なっ た。この点デュランティスの定義でも同様だが,彼ほ評価不能利益を無禄し,貨幣的表現
・取引価値的表現を重視した(詳しくは,Vgl・Lange,S・15)。
刑益分類論は定義論よりむしろ早く発生するが,その具体的展開は省略する(vgl・・Lan・
ge,Sい16f−.).
ともかく保険法学誕生の瞬間に.ほ,教会法的暴利論を採りこんだ利益論の概念図式が後 期スコラ学的方法の一腰的展開紅伴い,既に際限もなく非生産な区別論をくり広げていた のである。その最有名な図式は1557年Rebu董fusのarbor superinteresse(利益の樹)
である。誕生期保険法論葛がこの利益論を利用しなかったことの学説史的意義は今後の課 題として,その事実だけは確認しておかねばならない。
ⅠⅠI
16世紀半ば紅登場する最古の保険法体系家達に.おいて既に利得禁止原則の亭
音が響いている。このことは常に.強調される点だが,むしろそれがあくまでか すかな序音乾すぎなかった点を確認することの方が妥要であろう。この序音に 応える利益論の新芽を理解する手がかりとして,当時の成立期保険法を支配し た最重要な諸法原則を素描してみよう。
1法 基 盤
イ)まず自明ながらも重要な点を確認しでおこう。16世紀の保険法律家に.と
(31)
って∵保険とは海上保険にはかならなかった。なるはど陸上運送保険紅ついては
(31)BenevenutiStracchae,Tractat11S de Assecurationibus,Venetiis1569(筆者が 利用したのはAmstelodamt1658年版),Praefatio(仮によ∴ってはIntroductio)n.
43,46.p33et s..,p.37
−Jβ−−
被保険利益論の近代性と限界
453
(32)
たまた生命保険についての言及もみられるが,彼ら法律家の詳論ほ殆んど例外 なくひたす・ら海上保険を対象とし,そのさい単体保険と積荷保険がはっき
(38) 別されている。古い頃の保険論者作家の−・般的詳論はこの限定つきで理解され
ねばならない。この時代の彼らの説明を今日の保険すべて配当然に・関連づけて はならないこともちろんである。
ロ)保険の任務が具体的損害の填補に.あり,保険が付保着払利得をもたらし てはならない。この観念が当初より保険論文献に.存在もしくは.支配した,こと は常に儀渦されるところである。しかし問題ほ,何がこゐ観念を成立させたか,
またこの観念が当時の保険取引構造を内在的紅体系化する道具概念としての機 能を実際に.果していたか,である。
この額念が当時の社会通念のうちで保険取引の正当性を獲得するための免罪
符的隠れみのにすぎなかったのであれば,保険論発生の当初から保険==具体 的損害填補戟が支配的であったと主張し,その確認自体を繰返しても無意味に 近い。当時の保険実務の幾つかも当初からこの利得禁止を意図していたかは,古
くからの論争問題で参るが,別稿紅譲りここでほ詳しく検討する積りほない0 ただ理論的立場からすればこれは仮説的軋否定すべきであり,また実証的に・も 否定説の正当さが裳づけられよう。
この間題紅関連して,当時の文献で−・義的解明を与えられなかった問題ほ,
逸失利得(1ucI・umcessans)を保険に含めることがどの程度に瀞されるか,で あった。カトリック教会法の高利禁止に.照して,利得の賠償可能性は,利得が 本来の物損害をはみ出て投機利得に盟づく故に.,蛮大な疑惑に・さらされた0金 真横務に.おける逸失利得の腰償可能性に.関する教会法学者内部の見解は岐れ,
(32)Santerna,naCtatuSdeassecurationibuset sponsionibusmercatorum,Vdne・
tiis1552,SeCunda pars,n.8,15(1961年Lisbon翻刻蔽),(合法的な賭博契約と 遵法なそれとの峻別論における例証とレて敵人・異教徒の生命を賭ける契約とキリスト 教徒自由人の生命を賭ける契約を挙げたもの)一本書については,木村栄一・,「サンデ ルナの海上保険」,『保険学雑誌j第420号,昭和38年8月,1−24ぺ⊥汐,参照。Scca・
ccia,Tractatu$decommerciietcarhbio,§1QuaestioIn小133.p.37・
(33)Santerna,Op.Cit..,quartaparS,n.69−72,p.560et561;Strac
Cit.,Glossa VIIIn.4−−5,p 113−115
454
第38巻 第5弓 l一一JJ−
(84)
利得填補の厳格な拒否からその大巾な承認に及ぶまで区々としていた。だが大 勢ほ少くとも商人取引の領分でほ,殊に当時展開し始めた手形法分野に・おいて
(35)
利得填補をますます許容す−る方向を辿った。またそれが後期スコラ学派のアリ ストテレス的調和術を方法とするレジストの史的任務でもあった。
保険法学者も希望利益(1ⅦCrum Spei)の付保を容認する見解に傾いた。実用 上この問題ほ,損害の査定に.到達他の売値を基礎とすることが許されるか,と
(き6)
いう恕で提示された。この間いかけを成立たせたきっかけほ,保険の対象が貨
(さ7)
物そのものでなく,貨物の価値である,との立言に・はかならなかった。
具体的損害のみを填補すべしとの原則は,逸失利得付保論でも問題となった
(38)
が,なかんずく超過・霊視保険の禁止に表現された。そのさい重複保険の禁止
(34)貨幣債務における逸失利得の賠償可能性一腰匿つき,Vgl・・Lange,a・a・・0・,S・32
−45,insbい S.42−45.
(35)Lange,a..a..0.,S−44−45
(36)Santerna,OpCit.,tertia parsn40u・41,p 518・:「さて,保険事故発生の さいの貨物の価額の評価を行おうとする方法をみよう。それは不運・難船時についてな されるのか,それとも所有者が其貨物を買入れた時虹ついてか,あるいはその貨物売却 時についてか。簡単にいうと貨物を或一定場所で安全に引渡すことが約束される いわなけれはならないと私は思う。(41)そしてその場合評価は.引渡先の呵の時価につ いてなされるべきである。さもなくは特定場所で貨物を安全に引渡す約束は存在せず,
,不幸発生の場合の貨物の価額を償還するにすぎない約束が存する。・Jまた従っ て貨物の価額の評価は保険契約時の価額に、ついてなされる。他方,危険事故発生の さい所有物の評価額を得ようとする者は,利得入手よりもこの所有物の損失によって儲 りうるペき損失に備え.ようと思っているのである」。木村,「サンテルナ」論文,14−15
ぺ−・汐,参照。Straccha,Op.Cit.,Glossa VIn.1p3,p。92p96;Scaccia,Op cit.,§1.QuaestioI.n.169,p.44−45… はこの問題を詳細に検討する。
(37)Santerna,Op.Cit。,tertia paIS n,42,p.519:「誰も物の債務者たりえ ないが,人が契約国務あるとき約束金額の債務者であることについて常紅語られ
る。その金額は,人が其物の価値はいくらかを約束するとき,確定する」(nonpO−
test dicidebitor reiSed sempr dicitur debitoIilliusaestimationisquam pro・
mittit quando se obligat,quae aeStimatio erat certa quando promittitur quanti res est);quartaPaISn.56,p‖557 保険者の填補給付の表現に次の定式化が行わ れている:aeStimatio velvalor mercium(Santerna,tertia pars n。41),quanti
res est(Santerna,tertia parsn。42),merCium ae$timatio quantitunc val−
ebant(Straccha,Glossa VIn.1;SanteIna,tertia paISJn・40−42)IValor q11−
Odnam pretium(Scacciai§1.QuaestioI・・n169)。
(38)Santerna,tertiapars,n・45,p・・519:「貨物の所有者(dominusmercium)
が貨物の価敬より多い評価額(aestimationis)を請求する(petat)ならば,(倖険)約
被保険利益論の近代性と限界
455 ・−J5−
は時として売買法原則から導出された。すなわち,保険者ほ海上運送人から危 険を買取ったのであり,かつ同一■目的物を同時紅多数人へ売却することは不可
($9)
能である,と。−・般に.保険契約を初期の論者が売買契約の原則によって処理す るこ.とは珍らしくなく,また19世紀半ばにもこの手法は強力に.残って.いた。そ れは次のような論法である。保険者ほ.,付保対象を付保着から買収ったことと その代金債務負担を承認する。この取引全体ほ,其対象が仕向地に安着した場 合この取引を無効とする旨の解除条件付で,成される。とだから保険金額は売
(40)
買代金債務の衣をまとうこ.とに.なった。
所有者粧具体的損害のみを填補するに止めようとの努力ほ,滅失したとみな された対象が後日再び現われた場合どうすべきか,という問題の処理にも明白
(41) である。当時の⊥・致した結論として,所有者は保険金でなくそ・の保険対象物を
受取らねほならなかった。しかしながら,損害填補原則の厳格さに.もかかわら
(42)
ず,古い著作者家達ほ、立証簡易化を根拠として評価協定を許容した。ただし,
評価額が付保対象物の価額を超えることが判明した場合,詐欺を理由として評
束者は悪意の抗弁で自衛すること紅なろう」;St工・aCCIla,GlossaIIIm 4,pイ′78(患 複保険);Scaccia,§1.QuaestioI.,n.169,p小45.
(39)JムsephiLaurentiiMariae De Casaregis,Discursuslegales de commercio,
(in duos tomos),Florentiae1719,DiscuI…n一・89−90,p・10−11 :Plures as−
sec11rationesfieIinon possunt$uper eOdem risicoEt enim ratio principalis est,quia sicutiassecurationis contractus est cont工aCtuS emptionis periculi
non potest eadem res pluribus vendi.(同一・の危険について多数の保険はなされえ ない。そして主理由は.,保険契約が他人の危険の買収契約であるから,同仙の危険 を多数人に売りえないことである)。
(40)Bensa,IIcontrattodiassicurazionenelmedioevo,Genova1884,Pag・61 は,ゼノアの法律家BartolomeoBosco助言集(Consilia)−1390年と1435年の問紅
かけて成立−からこの旨の童旬を引用している。
売買契約構成は後代に.も別の変型でなお保持された。保険者は.もはや貨物の買手でな
く危険の買手とみなされた。(Cfr。De Casaregis,Disc、ⅠⅠIn…1,p・21)。売買契約 の構成に.ついてなお,C鉦Santerna,Primaparsn.6−7,p小487−488・木札「サ
ンプルナ」論文,70ぺ−ジ,参照。
(41)Santerna,puartaparSn・47,p・554(木村,「上掲」,20ぺ・−・ジ参照);DeCasa:
Ⅰegis,Disc叫Ⅰい n.151,p.15.
(42)馳・aCCba,Glos鑓ⅤⅠあn.1に先立つ導入部(p91−92)は,アントワープや イブサノの保険価額評価済慣行を推賞している。
l
第38巻 欝5号
ー∫6− ● 456
(43)
価額の削減ほ■可能とされた。
2 特 殊 事 例
毅上の原則と当然、に.は合致しない2ケの事例群があって,どの古典著作家た らはこれらの処理に.取組んでいる。
イ)絶対確定保険金額の合意
保険者が貨物滅失のぼあい1000スク・−タ支払うことを或商人と約定した,と する。貨物滅失後この貨物が500スタ−タの値打しかないことが判明した場 合,保険者ほ1000スク・−・タ支払わねばならないかそれとも500スクー・タだけ支 払えはよいか,が問題に.なった。著作家たちは,当時流行の峻別論法(Distin−
ktion)を用いて,この問題で2ケの場合を区別した。すなわち,両当事者が 貨物滅失のさいどんな場合であろうと1000スクータ支払うこ.とにする旨合意し たのであれば,たとえ.貨物の値打がそれ以下であった場合でも1000スケータ支
(44) 払われなければならない。これに反し,両当事者が保険者は価値填補を給付す
べきことおよぴその基礎として1000スク・一夕の価額をみこむことを合意したの
(45)
であれば,損害発生のさい実価のみを填補すればよい,と。担害発生について
価値填補でなく一党金額の支払が合意された場合であれほ,保険者の支払義務
ほ.疑問の余地なく,貨物所有者が実損害以上の金克を受取るのほ当然とされ た。
ロ)他人の所有物の保険
商人はよく自分に.所有権がない貨物や他人と共有する貨物を付保する。商人 が損害事故発生後紅保険金支払を要求した場合,その商人が滅失貨物の所有者 でないこともしくは・一・部所有者でしかないことを,保険者ほその商人紅抗弁と
して対抗できるのかどうか,という問題が生じた。
(43)Santerna,tertiaparsnり44−45,P.259−260;Straccha,GlossaVI.n.4.p.
96−98;Scatcia,§tl・QuaestioI,nl169,p・44−45(立証問題も検討する);De Casaregis,Disc..VII.n.11,p小47
(44)Santerna,tertia parsn.43−44,p・519.;Strccha,Gl.VI.n.4,P.96−エ98
;Scaccia,§1u Q11aeStioI,n。169,p。44−45.
(45)同上.
被保険利益論の近代性と限界 ′ −ヱ7−
457
すでにサンタルナ・がこの問題を取扱い,保険者は保険全額を払渡さねほなら
(48)
ずそしで保険契約者に.そ・の所有権欠軟を対抗できない,と結論した。絶対確定 保険金額約定の事例と同じく,他人の所有物を自己の計算で付保できることに
も,保険ほ物所有者の具体的損害のみを填補すべしという原則が大きく破られ ていた。
5 利益概念P発生
サンテルナ・は非所有者に.も保険填補を認めた。程なくストラッカもその事例 を再び採上げたが,彼の結論ほ異なっでいた。ストラッカの見解に.よれば,商 人ほその所有権分紅応じた分の保険金額しか要求できなかった。ここで始めて ストラッカに.よって,付保者ほ.保険金請求のさい利益(interesse)を立証しな けれはならない,と論じられた。つまり彼は.非所有者に.保険金への利益を拒否
(1r)
した。
しかしストラッカが付保老の「利益」の必要性を多少ともまともに.論及した のほ,この章句のみであり,これとても被保険利益論という礎のものでなく,
彼がさような概念を意識していたとほ感じられない。ストラッカに.も未だ利益
(48)
論は出現してない。
明確な保険法的利益論が初めて見出されるのほ,18世紀初期ド・カサレ−ギ
スに.おいて−であり,彼の大著「■商法論.」(1719年フィレンツ.エ)の大部分ほ保
(46)Santerna,quartaparS・nl
pars n.58−60,p、523−524は,共有者が共有物を単独所有としで全額付保した場合,
共有持分に対応した分の保険金支払茸任しか認めない(木村,「サンデルナ・」論文,14 ぺ⊥ジ参照)。この矛盾に留意しなければならない。
(47)Straccha,Gl… Ⅹ・・n.17,pl132: et doctorina Battoliin dictalege commo・
dare,intelligeI】da videtur constito deint色resse assecurati,quem SemPer aSSe・
CuIatidemonstraretenentur,et OctavianusinIelata quaestione suum
inte工・eSSe沖
(48)G蕊rtner,Z寸ersw1963,S.342.木村栄一博士もサンデルナ海上保険論考察の結
論において,「保険紅附せられるもの,という意味での被保険利益という概念が本書にな
いことは前述の通りであるが,保険を附するには利益がなけれはならない,という賭博 防止的な意味での被保険利益概念も本書紅ほ、見られない。 とのことは被保険利益 概念の発展史の考察の上からは大きな意味をもつ」(「サンテルナ」論文,24ぺ−ジ)≒
適切に指摘されている。
第38巻 欝5号 458
−・Jβ−
除法に.当てられてこいる。ドカサレーギスは付保者の利益をすべての保険の本質 徴表たらしめ,そして利益欠軟のばあいの保険を無効とみなした。彼ほそれを 次のように.理由づける。
「 保険の根本原理ほ危険,すなわち被保険利益であり,それなくして保険は 存続しえない.」(Sicutienim principale fundamentum assecurationis est
risicum,Seuinteresse assecuratorum,Sine quo non potest subsistere
(」9)
assecuratio.)。「要するに保険ほ形式上利益,すなわち付保所有物の存在を必要 とする.」(Nam assecuratio pro for血a exigit existentiaminteresse,Seu
(50)
dominiiassecuratorum.)。
こ.うした趣旨の章句はカナレ・−ギスの著書に.なお幾らでもみられるが,それ は,ド・カサレ−ギスに.おいて−は全ゆる保険の要件としての「利益.」概念が慣 用的用語法となっているからである。今引用した2章句が示すとおり,彼に.と
っては.「危険」・「利益」・「所有.」(risicum−interesse−−dominium)の8概念ほ
(∂1) 同義である。利益ほ所有権と関連する。
当然予測できるように.,滅失貨物の・−・部の所有者でしかない付保老が保険金 全額を請求できるか否かの問題に.ついて,ド・カサレ−ギスほストラッカ説を
(52〉
支持してサンデルナ説を却けた。しかし,この箇所で彼は重要な区別を行って いる。すなわち彼がサンデルナ説を不当とみなすのほ,保険契約に基く請求権 が問題とされている場合に限定される。つまり,両当事者間紅保険契約でなく 賭博契約が締結されていた場合には,保険者は相手方に.その所有権欠映を対抗
できないのである。もちろん賭博契約の前提として−,保険者が付保物は全然も
しくは−・部しか保険契約者の所有でないことを認識しており,なおかつそれに もかかわらず保険者が異物の滅央の場合に.・一足金額支払を約束レていたこと,
(49)De Casaregis,DisclIV.n・1,pl23・
(50)icem,n.4…5,p.23
(51)もう一つの問題は,法形式上の所有者が必ず利益主体でなければならないか,であ る。De Casaregis,Disc.V.n.29,p.32に白く, Neq11e nOVuminJure nostro esse dixim11S,quOd penes un11m remaneat nudus titulus seu actio,et pene$、al−
terum domini11m,Seu utilitas rei ,
(52)Cfr.Disc.ⅠⅤ.n.4−5,p・23.
被保険利益論の近代性と限界
459・ ー、J9一
(63)
が要求される。
実際に当時は賭博契約が有効かつ貫徹可能であり,とくに・商人間の賭博(sp・
(∂4〉
onsio)の適法ほ腰間の余地がなかった。しかし保険契約上の請求権が付保老 利益欠映の故紅否定された場合,当初より賭博契約が存在なかったふぎり,保
(5さ)
険者ほ.賭という迂路に.よる金額の支払を要しなかった。
サンデルナとストラッカのいずれにも保険取引と賭博取引ととの鋭い概念的 区別ほなされていない。首尾岬・質した鋭さでこの区別を初めて行ったのほド・
カサレ−・ギスであり,また従って彼が利益を保険法の典型的制度ならしめた最 初の論者である,ことも偶然でない。滅失貨物への利益すなわち所有権を立証
できる者のみが,保険者として−の資格に.おける保険者へ請求する権能を有す る。填補額について−も利益が基準となり,ド・カサレ・−ギスほ危険甲大いさ
(56)
(quantitasrisici)を論じる。もちろん彼は,場合に.よっては利益なしにもしく は利益を超えて保険者紅請求サーることが当時の法状況上可能である,ことを識
っていた。しかしこれを行う紅ほ,賭博契約が存在しなければならず,保険契
(57)
約ほさような藷求権を付与するものでほ.なかった。
ド・カサレ−ギスに.よって保険と賭博の厳密な客観的分離が行われたに.せ よ,古い用語法はしばしば根強く残った。そ・のさい利益を必要とする保険は「真 正もしくは正当な保険」(vera seu propria assecuratio)と表現され,賭博取
(58)
引は「不実正保険」(impropria assecuratio)とよばれ,この用語法ほ18世紀後
(53)Disc.ⅠⅤ.n.4・
(54)Santerna,SeC11ndapars,n・7,19,21−22・サンデルナの賭博論は彼の審の第2 部にあるが,それを轟細紅検討して正しい評価をされた労作,木村栄一・,「保険と賭博 一サンタルナに・おけるassec11ⅠatioとSpOnSio−],『現代資本主義と保険1一印 南博書博士還暦記念』,1964年,62−78ぺ−・ジ,参照。
(55)Santerna,tertia pars,nn15,16,19−20,p.496−497.
(56)DiさCい ⅤⅠⅠい n.14,p.47.
(57)Disc.IV.n‖9,pn25et Disc・VII.n.13,p.47。
(58)De Casaregis,Disc.VII.n.15,p 47:: Statutum de assecurationeloquens non debet trahiad sponsiones,utiimproprias assecurationes,,;Disd.IV。n.4,
p.23:=aut quod valeat utiproprla a8SeCuratio=