シベリア北東部におけるチュクチのトナカイ牧畜と 放牧テリトリー
著者 池谷 和信
雑誌名 北海道立北方民族博物館研究紀要
巻 8
ページ 1‑30
発行年 1999‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10502/5498
Kazunobu IKEYA
In recent years, there have been many studies conducted by cultural anthropologists on changes in reindeer grazing following the collapse of the Soviet Union. However, there have been no studies about the Chukchee, who live in northeastern Siberia. This paper aims to clarify whether changes in reindeer grazing by the Chukchee following the collapse of the Soviet Union were unavoidable or not and to clarify how the Chukchee adapted to changes in the politico-economic system.
First, an outline of the central villages that are at the bottom of the hierarchy of the state administrative organization and the life in reindeer camps run by "brigades" (production groups) is given. Next, the system of farm management under state control and adaptation by the nomadic Chukchee to this system are discussed.
A survey was conducted by the author in the Rytkuchi Village in Chaun District of Chukot, an autonomous Russian republic, over a 34-day period, from October 20 to November 22, 1997. During this period, the author spent one week observing the lifestyle of the Chukchee at a reindeer camp. In the village, the author collected statistical information from the Sovkhoz office and the village office, and conducted interviews with Chukchee.
国立民族学博物館民族社会研究部助教授
キ ー ワ ー ド チ ュ ク チ,ト ナ カ イ 牧 畜,ト ナ カ イ キ ャ ン プ,移 動 パ タ ー ン,放 牧 テ リ ト リ ー
Key Words Chukchee, Reindeer Grazing, Reindeer Camp, Migration Pattern, Grazing Territory
池 谷 シ ベ リア 北 東 部 に お け る チ ュ ク チ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
The results of the survey are as follows.
(1) There are housing complexes in the village that are very similar to public servants' in Japan. Both Chukchee and Russians live in the village, with 65% of the village population being Chukchee. The Russians hold most of the jobs in the Sovkhoz and the village offices, while most of the Chukchee are involved in reindeer grazing.
(2) The composition of residents of the reindeer camps is centered around family members and relatives. The number of camp inhabitants fluctutate due to migration from other camps. The migration patterns of camp inhabitants differs in summer and winter.
In summer, each camp divides into a camp for grazing the reindeer and a camp for processing reindeer hides. In winter, all of the camp inhabitants move once every one to two weeks using snowmobiles or reindeer sleds. The migration routes are usually along the river in the upstream direction in summer and to the coastal region in winter.
There is always one herder watching over the reindeer at all times.
Two herders take turns to tend the reindeer each day. Dogs are used to help with the herding in summer but not in winter. A whistle is sometimes used when herding the reindeer.
(3) Sovkhoz office maintains records on the composition of reindeer herds and the number of reindeer. The number of reindeer to be slaughtered each year is decided by the Sovkhoz office, and the herders receive a cash payment. The costs of reindeer slaughtered in
rituals and for home consumption are deducted from this cash payment.
(4) Grazing areas have had to be changed because of the eradication of reindeer moss due to fire and because reindeer from the herds were led away by wild reindeer. Expansion of the grazing land onto neighboring farms led to marriage between neighboring settlements of Chukchee.
Thus, despite the collapse of the Soviet Union, reindeer grazing by the Chukchee has continued under a new system of state management. The Chukchee have not only continued grazing reindeer but have also adapted to the new environment.
1.は じ め に
旧 ソ 連 の 社 会 主 義 体 制 の 崩 壊 後 に お け る トナ カ イ 牧 畜 の 変 容 に 関 し て は 、 近 年 、 イ ギ リ ス や ア メ リ カ 、 そ し て 日本 の 文 化 人 類 学 者 に よ る 研 究 が 盛 ん に 行 わ れ て き て い る 。 例 え ば 、 シ ベ リ ア の 西 部 か ら 東 部 に か け て 、 ヤ マ ル 半 島 や ギ ダ ン 半 島 の ネ ネ ツ[MONTAIGNE 1998;吉 田1998]、 サ バ の エ ヴ ェ ン や ヤ ク ー ト[VITEBsKY 1989a, b;高 倉1998,1999]、
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る と 同時 に 、 ソ連 崩 壊 後 にお け る ロ シ ア の トナ カイ 牧 畜 の 多 様 な 変 容 過 程 を把 握 す るた め の 枠 組 み を作 る こ とを 目的 とす る。 具 体 的 に は 、 ソ連 崩 壊 後 に 、 チ ュ クチ の トナ カ イ 牧 畜 が い か な る 変 容 を余 儀 な く され た の か否 か 、 あ る い は彼 らが 政 治 経 済 体 制 の変 化 に 対 して どの よ うな対 応 を して きた の か を 明 らか に す る こ とに あ る 。
こ の 報 告 で は 、 ロシ ア 共 和 国 チ ュ コ ト 自治 管 区 チ ャ ウ ン(Chaun)地 区 レ トク ー チ (Rytkuchi)村2)を 対 象 に し て 、 村 の 中心 的 経 済 活 動 で あ る トナ カ イ 牧 畜 を通 して 、 ツ ン
ドラ の 自然 と トナ カイ 牧 畜 との 関 わ り合 い を把 握 す る こ とを 目的 とす る。 これ を 通 して 、 国 家 がい か に た くみ に トナ カイ 牧 畜 民 の伝 統 文 化 を利 用 ・管理 して い る の か 、 そ して これ に 対 す る どの よ うな牧 畜 民 の 主体 的 行 動 が み られ るの か を 明 らか にす る 。
本 稿 で は 、 ま ず 、 国 家 の 管 理 シ ス テ ム の 末 端 に あ る 中心 村 落(以 下 、 村 と呼 ぶ)(第2 章)と 、 そ こ に 管 理 され て い る ブ リガ ー ダ(Brigade生 産 隊)が 展 開 す る 場 と し て の ト ナ カ イ キ ャ ンプ(第3章)の 生 活 を概 観 す る。 次 に 、 国 家 の 管 理 の も とで の 農 場 経 営(第 4章)と それ へ の 牧 畜 民 の 主 体 的 対 応(第5章)を 明 らか にす る。
現 地 調 査 は 、1997年10月20日 か ら11月22日 ま で の34日 間 に わ た って 実 施 され た 。 な か で も、 約1週 間 は 、 ブ リガ ー ダNO.2の トナ カ イ 放 牧 に 従 事 す る キ ャ ン プ で 、 チ ュ ク チ の 人 々 と寝 食 を と も に して 、 彼 らの 生 活 を つ ぶ さ に 参 与 観 察 す る よ う努 め た 。 ま た 、 村 で は 、 元 村 長 の 家 に住 み 込 み を して 、 ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 や 村 役 場 で の 統 計 資料 の収 集 、 村 に 滞在 す る チ ュ クチ へ の 聞 き取 り調 査 を お こな っ た 。
さて 、 チ ュ ク チ(Chukchee)は 、 ロ シ ア 共 和 国 北 東 部 の チ ュ コ ト半 島 に暮 らす 先 住 民 と して 知 られ て い る 。1989年 の 人 口 は 、 約15,000人 を 示 す[VAKHTIN 1994:34]。 彼 ら は 、19世 紀 後 期 の 主 な 生 業 様 式 を 指 標 と して 、 トナ カ イ 牧 畜 を生 業 の 中 心 とす る トナ カ イ チ ュ ク チ とセ イ ウチ や ア ザ ラ シ漁 を 生 業 の 中 心 とす る 海 岸 チ ュ ク チ に 二 分 さ れ て い た [BoGoRAs 1901]。'し か し現 在 で は 、1950年 代 に 始 ま っ た ソ ビ エ トの 社 会 主 義 化 の な か で 、 国 営 農 揚(以 下 、Sovkhozソ フ ホ ー ズ と呼 ぶ)で 働 く国 家 公 務 員 に な っ て い る 人 が 多 い 。
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池 谷 シ ベ リア 北 東 部 に お け る チ ュ ク チ の トナ カ イ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
チ ュコ ト自治管 区 ヤ ノラ ナイ 地 区
ペ ベ ツ ク
チ ャ ウ ン地 区 アナ デ ィル
ア イ オ ン地 区
レ トク ー チ村
マガ ダ ン ロシア共 和国
札幌
図1 調 査地 の位置
チ ャ ウ ン地 区 は 、1990年 に マ ガ ダ ン州 か ら分 離 して 成 立 した チ ュ コ ト自治 管 区(約72k㎡
の面 積)の 西 北 部 に位 置 す る(図1)。1997年 の 人 口は お よ そ10,800人 で 、 この うち 地 区 を管 轄 す る 役 所 が お かれ て い るぺ ベ ッ ク市 の 人 口は8,000人 を示 す[文 化 庁 の オ ー ス キ ン 氏 、 私 信]。 こ の 地 区 内 に は 、 チ ャ ウ ン 、 ヤ ノ ラナ イ 、 ア イ オ ン の3つ の ソフ ホ ー ズ が 存 在 して い た が 、1995年 に ヤ ノ ラナ イ の ソ フ ホ ー ズ が ロ シ ア 人 とチ ュ ク チ の24人 か ら構 成 さ れ る会 社 組 織 に 変 化 した3)。ソ フ ホ ー ズ の 統 計 資 料 に よ る と、1997年 に お け る3つ の ソ フ ホ ー ズ の トナ カ イ 頭 数 は 、 そ れ ぞ れ13,000頭 、2,792頭 、9,664頭 を示 し、 チ ャ ウ ンの そ れ が最 も大 き い の が わ か る 。
2.中 心 村 落 で の 生 活 1)村 の概 観
図1は 、 レ トクー チ 村 の 位 置 を示 す 。 こ の 村 は 、 北 緯69度 、 東 経171度 に 位 置 し、 地 区 の 中心 都 市 ぺ ベ ッ ク の 南 に約100km離 れ 、 北 極 海 につ な が る チ ャ ウ ン湾 に面 して い る。 レ トクー チ とは 、 チ ュ ク チ 語 で 銃 の音 を意 味 し、 ロ シ ア人 か らは ウ ス チ ャオ ン と呼 ば れ て い
ぺ ベ ック か ら村 へ は 、12月 か ら5月 上 旬 ま で の約5カ 月 間 、 海 上 が凍 結 して 道 路 とな る の で バ ス や トラ ッ ク を 使 っ て 行 く こ とが 可 能 で あ る 。1994年 に は 、 週2回 の バ ス が あ り、
所 要 は約3時 間 で あ る とい う[呉 人 、 私 信]。 ま た 、7月 末 か ら9月 に か け て は 、 冬 用 の 発 電 や 暖 房 に使 う石 炭 な ど を運 搬 す る貨 物 船 が 、 約14回 に わ た っ て ペ ベ ッ クか ら村 へ 行 っ て い る。 所 要 は 、 約6時 間 か か る 。 な お 、1997年8月 以 来 、 か つ て は定 期 便 で あ っ た 週1 便 の ヘ リコ プ タ ー は運 行 され て い な い 。
村 長 か らの 聞 き と りに よ る と、1997年10月 現 在 の村 の 人 口は493人 を 示 す(図3)。 この な か で 約110人 が 、7つ の ブ リガ ー ダ に 分 か れ て トナ カ イ キ ャ ン プ に 居 住 して い る。 こ れ らは 、1人 の ウ ク ライ ナ 人 や2人 の エ ヴ ェ ンや コ リヤ ー ク を 除 い て す べ て が チ ュ ク チ で あ る 。 ま た 、 現 在 の 人 口の うち チ ュ ク チ は323人 で 全 人 口 の約65%を 占 め、 そ の他 は ロ シ ア
図2 レ トク ー チ 村 の気 温 の 変 化(1996年) 気象庁 のぺベ ック支局の統計資料 よ り筆者作成
池 谷 シベ リア北 東 部 に お け る チ ュ クチ の トナ カ イ 牧 畜 と放 牧 テ リ ト リー
図3 レ ト ク ー チ 村 の 人 口 推 移
1959年 の 人 口 は 、 ゲ ウ トア さん の 推 定 に よ る 。 1988年 の 人 口 は 、NHK取 材 班 他[1989:12]に よ る 。
人 、 ウ ク ラ イ ナ 人 な どで あ る。 さ ら に 、現 在 の 村 長 が この 村 にや っ て き た1970年 頃 の人 口 が1,000人 で ピー クに 達 して い た こ と、1988年 の 人 口が890人 を示 した こ とか ら、1988年 か
ら1997年 ま で の10年 間 に 約400人 の 人 口が 減 少 した こ とが わ か る。
村 に は 、 国 家 が 所 有 す る2階 建 て か 平 屋 の 集 合 住 宅 の ほ か に(写 真1)、 学 校 、幼 稚 園 、 病 院 、 村 役 場 、 ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 、 火 力 発 電 所 、 ソフ ホ ー ズ が経 営 す る雑 貨 屋 、 サ ウナ 付 き 公 衆 浴 場 、 図 書 室 な どが あ る(図4)1}。 集 合 住 宅 に は194戸 が は い っ て い る。 こ こ数 年 、
ロシ ア 人 を 中心 とす る 白人 の 村 外 へ の 流 出 に と も な い 空 室 が 増 え た こ とに よ っ て5)、チ ュ ク チ が そ の あ とに 入 居 す る 事 例 が 多 くみ られ る 。 こ の た め 、 一 年 の ほ とん どを トナ カ イ キ ャ ンプ で 生 活 す る チ ュ クチ で あ っ て も 、村 内 に 部 屋 を借 りて い る 。 また 各 部 屋 に は 、 暖 房 の た め の パ イ プ 管 が通 り、 電 気 コ ン ロ のつ い た 台 所 や カ ラー テ レ ビ、 冷 蔵 庫 な どが お か れ て い る。 これ らの 近 代 的 な 施 設 は 、 冬 期 に は 氷 を溶 か して 水 を入 手 した り、 しば しば 停 電 に な る こ と を 除 い て 、 筆 者 が 生 活 して い る 日本 の 公 務 員 住 宅 とほ とん ど変 わ りが な い 。 村 で の 就 業 状 況 をみ て み よ う。 村 長 、 ソ フ ホ ー ズ 長 、 校 長 、 医師 や 看 護 婦 な どは 、 す べ て ロシ ア 人 が担 っ て い る 。 チ ュ ク チ は 、 村 役 場 の 会 計 事 務 に3名 、 チ ュ クチ 語 を 教 え る先 生 が1名 の ほ か 、 郵 便 局 、 文 化 局 な どに2〜3名 い る 程 度 で あ る6)Sl。最 近 、 絵 画 や 音 楽 、 そ して チ ュ ク チ の伝 統 工 芸 を 教 え る 文化 芸 術 学 校 が つ く られ 、 そ こ に 勤 め る人 も い る。 こ れ らに 対 して 、 ツ ン ドラ で トナ カ イ 牧 畜 に 従 事 す る人 々 は 、1人 の ウ ク ライ ナ 人 を 除 い て す べ て が チ ュ ク チ で あ る。
一 般 に 、 ロシ ア 国 内 で は 、6歳 か ら16歳 ま で の11年 間 に わ た り学 校 へ 行 く こ とが 義 務 づ け られ て い る。 こ の 村 の 学 校 の 生 徒 数 は 合 計 で118人 を示 し、 こ の うち70人 は 学 校 に 隣 接 す る 寄 宿 舎 で 生 活 す る8)。ま た 、 幼 稚 園 児 は48人 い る。 地 区 で は 、 村 の 寄 宿 舎 の 子 供 を ト
写 真1 中 心 村 落 の レ トクー チ村 。 く立 ち 並 ぶ 。
2階 建 て の 集 合 住 宅 が規 則 正 し
図4 レ ト ク ー チ 村 の 建 物 の 配 置
1集 合 住 宅(194世 帯 分)、2文 化 局 、3博 物 館 、4図 書 室 、5消 防 施 設 、6雑 貨 屋 、7店 の 倉 庫 、 8気 象 観 測 所 、9学 校 、10学 生 寮 、11病 院 、12幼 稚 園 ・保 育 所 、13服 製 造 工 場(1992年 閉 鎖)、14倉 庫 、 15元 は 独 身 者 の 住 居 、16公 衆 浴 場 、17袋 角 の 加 工 場 、18年 金 者 の ホ ー ム 、19ス ノ ー モ ー ビ ル 用 の 倉 庫 、 20ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 、21村 役 場 、22ソ フ ホ ー ズ 用 の 倉 庫 、23暖 房 施 設 、24火 力 発 電 所 、25ヘ リ ポ ー ト
池 谷 シベ リア 北東 部 に お け るチ ュ ク チ の トナ カ イ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
ナ カ イ キ ャ ン プ に 送 り迎 え す る サ ー ビ ス を し て い た 。 学 校 が6月1日 か ら8月31日 ま で 夏 休 み 期 間 な の で 、6月 初 め に 多 く の 子 供 は 地 区 の ヘ リ コ プ タ ー で 家 族 の 住 む トナ カ イ キ ャ ン プ へ 行 く 。 平 年 で は 、8月 末 に ヘ リ コ プ タ ー を 使 い 、2回 に わ け て7カ 所 の ブ リガ ー ダ か ら子 供 を 村 へ 運 ぶ と い わ れ る 。 し か し 、1997年11月7日 現 在 、 地 区 の 財 政 難 に よ っ て ヘ リ コ プ タ ー に よ る 輸 送 が 確 保 で き な い た め に 、11名 の 子 供 が キ ャ ン プ か ら 学 校 に 戻 れ な い 状 態 で あ っ た 。
村 の 雑 貨 屋 で は 、 パ ン(1斤18,300ル ー ブ ル[約360円])、 砂 糖(1kg33,000ル ー ブ ル [約600円])、 タ バ コ(1箱5,000ル ー ブ ル[約100円])、 小 麦 粉 な ど が 販 売 さ れ て い る 。 な お 、1992年 に は 、 村 内 に 宿 泊 所 が あ り、 週 に2回 映 画 が 上 映 さ れ て い た と い う 。
2)村 の 歴 史(1930年 頃 一1997年)
チ ャ ウ ン 地 区 の 中 心 地 ぺ ベ ッ ク に は 、1929年 か ら ロ シ ア 人 が 住 む よ う に な っ た と い わ れ る[NHK取 材 班 他1989:10]。 そ の 後1932年 に は 、 文 化 基 地(ク ス トバ ー ザ)と し て ペ ベ ッ ク に 集 合 住 宅 が 建 設 さ れ る9)。
こ れ ら ペ ベ ッ ク で の 最 初 の ロ シ ア 人 と レ トク ー チ 村 の ロ シ ア 人 と の 関 係 は 明 ら か で は な い が 、 村 の 博 物 館 の 資 料 に よ る と 、1930年 ご ろ に は 村 は な く 、 ロ シ ア 人 猟 師 の マ ル コ フ 氏 兄 弟 が 住 ん で い た と い う。 彼 ら は1920年 代 の 終 わ り に 来 た と い うが 、 ど こ か ら来 た の か は 不 明 で あ る 。1931‑32年 に 、 ロ シ ア 科 学 ア カ デ ミ ー の 鳥 類 研 究 所 の あ っ た 所 に 村 が で き
る 。1933‑34年 に は 、 村 が 現 在 の 場 所 に 移 り、 学 校 や 学 生 寮 や パ ン 工 場 が で き る 。 1939年 に は 、 人 口 の セ ン サ ス が お こ な わ れ る 。1940年 に 、 最 初 の コ ル ホ ー ズ が っ く ら れ 、 マ ル コ フ 氏 が そ の 責 任 者 と な る 。1941年 に 、 モ ス ク ワ か ら 学 校 の 先 生 が 来 た り 、 文 化 局 や 診 療 所 が で き る 。1957年 に 、 ソ フ ホ ー ズ が つ く ら れ 、 ゲ ウ トア の 夫 が そ の 責 任 者 と な る 。1959年 に は 、 人 口 約80人 の う ち 大 部 分 を ロ シ ア 人 が 占 め 、 チ ュ ク チ は 少 な い 。1965年 に は12の ブ リ ガ ー ダ が あ り、 各 々 に 万 能 走 行 車(ヴ ェ ズ ジ ェ フ ォ ー ト)と ト ラ ク タ ー が あ っ た 。 こ の 年 に ソ フ ホ ー ズ で 所 有 し て い た 船 が 廃 船 と な る 。1969年 に ツ ン ドラ で の 火 事 が あ る 。1980年 に 、 ゲ ウ トア は 、 文 化 局 の 仕 事 と し て ツ ン ドラ の チ ュ ク チ に 映 画 を 見 せ な が ら 、 村 内 で 工 芸 品 を 作 り 始 め る 。 そ の こ と が 実 っ て 、1986年 に 村 に 博 物 館 が つ く ら れ る 。
3.ト ナ カ イ キ ャ ン プ で の 生 活 一 ブ リ ガ ー ダNO.2の 事 例 一
村 の背 後 に は 広 大 な ツ ン ドラ が 広 が り、 トナ カ イ 牧 畜 が 展 開す る。 こ の ソ フ ホー ズ に は 7つ の ブ リガ ー ダ が あ る が 、 筆 者 の 滞 在 した ブ リガ ー ダNO.2(以 下NO.2と す る)の ト ナ カ イ キ ャ ン プ の生 活 に 焦 点 を あ て て 記 述 す る(写 真2)。
写 真2 ブ リガ ー ダNO.2の トナ カ イ キ ャ ン プ 。 冬 用 の ロシ ア 式 テ ン トは 、 トナ カ イ 皮 製 で あ る 。 料 理 は小 屋 の 入 口の 外 で 作 られ る。
1)衣 食 住
ツ ン ド ラ の キ ャ ン プ で の 衣 ・食 ・住 に は 、 トナ カ イ を 中 心 とす る チ ュ ク チ の 文 化 が よ く 反 映 し て い る 。 ま ず 、 冬 用 の 衣 服 は トナ カ イ の 皮 か ら作 ら れ る 。A(ア ン トヌ フ ン)の も の は3枚 の 皮 か ら な り、 糸 は ロ シ ア 製 の も の が 使 わ れ る 。
食 で は 、 トナ カ イ の 肉 を 煮 た り ゆ で た りす る 料 理 が 中 心 で あ る が 、 村 で 作 られ た 四 角 形 の パ ン が あ れ ば 食 べ られ る 。1997年10月27日 に 、 食 用 の た め に2頭 の トナ カ イ を 殺 し た 。 ま た 、 そ の 日 に は 、 イ ワ ン 氏 が 村 の ソ フ ホ ー ズ の 店 か ら前 借 り し た10数 個 の パ ン が お か れ て い た 。10月29日 、Aが63匹 の コ マ イ"ハ ー リ ウ ス"を 釣 り あ げ た が 、 魚 は 副 食 と し て 欠 か せ な い 。
女 性 が 料 理 を 作 る 。 小 屋 の 外 側 に 長 さ1.5m余 りの3本 の 棒 で や ぐ ら を た て 、 そ こ か ら 鍋 が つ る さ れ る(写 真2)。 肉 は 、 石 お の を つ か っ て 細 か く され る 。
犬 は 、Aの テ ン トに は5匹 、 隣 のBの テ ン トに は5匹 い る 。 犬 は 猟 犬 で は な く 、 夏 に 牧 夫 の 手 伝 い を す る 。 冬 の 日 中 は 、 小 屋 の 外 で 足 首 を ひ も に し ば りつ け ら れ 、 午 後5時 こ ろ 、4匹 の 犬 が 入 口 の テ ン トの な か に 入 れ られ 、 も う1匹 は 内 の テ ン ト内 で ロ ー プ に っ な が れ て い る(写 真3)。 犬 は 、 雌 犬 で は 子 供 を 産 む の で 、 す べ て 雄 犬 で あ る 。
冬 の 間 住 居 と な る テ ン トが 、 川 岸 の 内 側 で 凍 り付 い た 川 底 の う え に 建 て られ る 。 冬 は 、 ロ シ ア 式 テ ン ト(写 真2)、 夏 は 円 錐 型 ハ ッ ト"ヤ ラ ン ガ"が 使 わ れ る 。1972年 に 円 錐 型 ハ ッ トか ら ロ シ ア 式 テ ン トに 変 わ っ た こ と に と も な い 、 だ る ま ス トー ブ が 導 入 さ れ る 。 し か し 、 ブ リガ ー ダNO.9(以 下 、 NO.9と す る)で は 、 現 在 で も 、 ロ シ ア 式 テ ン ト と 円 錐
池 谷 シ ベ リア北 東部 にお け る チ ュ クチ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ ト リー
写 真3 テ ン トの な か は2つ に仕 切 られ て い る が 、入 口か らみ て 奥 の 部 屋 。 そ こ で 、 チ ュ ク チ は 食 事 を と り寝 る。 青 年 の 服 、 ズ ボ ン、 ク ツ は す べ て トナ カ イ の皮 製 で あ る 。犬 は 、 夏 の あ い だ 、 青 年 の 放 牧 用 に使 わ れ る。
型 ハ ッ ト と の 組 み 合 わ せ に な っ て い る 。 夜 は 、 ケ ロ シ ン ラ ン プ が 使 わ れ て い る(写 真3)。
2)集 団 構 成
NO.2の 人 口 は17名 で 、1名 の エ ヴ ェ ン(A)を 除 い て す べ て チ ュ ク チ で あ る 。 図5 は 、NO.2の キ ャ ン プ 構 成 員 の 家 系 図 を 示 し て い る 。 NO.2に は 、3つ の テ ン トが あ り 、 A(ア ン トヌ フ ン)、B(ト レ ー セ イ ウ エ)、 C(イ ワ ン)の3世 帯 、 そ れ ぞ れ5人 、6 人 、6人 で 、 合 計17人 が 生 活 し て い る 。 こ の う ちCの2人 の 子 供 は 村 の 学 校 へ 通 っ て い る の で 、6月 か ら8,月 の 夏 休 み の 期 間 を 除 い て は キ ャ ン プ に は 滞 在 して い な い 。A、 B、 C の3世 帯 は 、Aの 妻 の 弟 がCで 、 Aの 子 供 がBの 妻 と い う よ う に 、 お 互 い が 血 縁 関 係 に
よ っ て 結 ば れ て い る 。 ま た 、 血 縁 の な い 若 者 の 男 性 が3人 い る 。 トー ノ ー はNO.4の トナ カ イ を 失 っ て し ま っ た の で 、 そ こ か ら義 父 で あ る 故 セ レ ー ゲ エ ー ノ ブ と と も に 移 籍 し た 。
ワ レー リ ア は 死 亡 し た 母 が か つ て こ のNO.2に い た こ と 、 ワ ー シ ャ は 元 こ こ に い た 故 セ ル ゲ ビ チ の 子 供 で あ る こ と に よ っ て い る 。
図5 ブ リ ガ ー ダNO.2の 構 成 員 の 家 系 図
▲ ブ リガ ー ダ長 の 経 験者[:コ は3軒 のテ ン トに対 応 す る。
()内 は 、 ソフホ ー ズ 事務 所 の 資料 に よ る出 生年 を示 す 。
キ ャ ン プ の 成 員 の 年 齢 を み る と 、6歳 、3歳 、7ヶ 月 と い う10歳 以 下 の 子 供 が3人 い て 、10代 は ま っ た く い な い が 、20代 、30代 の 男 性 が い る 。 彼 ら は 、 村 の 学 校 を 卒 業 後 、2 年 間 の 兵 役 の 義 務 で 、 マ ガ ダ ン や サ ハ リ ン 、 ア ム ー ル 地 域 で の 勤 務 を 終 え た 後 に 、 キ ャ ン プ に 戻 っ て き て い る 。 近 年 、 こ の キ ャ ン プ で は 、2人 の 老 人 が 死 亡 し て い る[呉 人 私 信]。1996年4月 に コ ー ラ ウ エ(ト ナ カ イ を 飼 う 人 の 意 味)、8月 に セ レ ー ゲ エ ー ノ ブ で あ る 。 ま た 、Bは 、1991年 にNO.10で 働 い て い た の で 、 妻 の ユ ー リ ャ もNO.10に い た 。 彼 ら は 、1992年 に 、 妻 の 両 親 の い るNO.2に 移 籍 す る 。
NO.2に は 、 ソ フ ホ ー ズ に よ っ て 任 命 さ れ た1人 の ブ リ ガ ー ダ 長 が い る 。 現 在 はCで 、 そ の 前 はA、 さ ら に そ の 前 はAの 妻 の 母 親 の 夫 コ ー ラ ウ エ で あ っ た 。Aに は4人 の 子 供 が い る(図5)。 こ の う ち 長 男 の ロ ー マ の み が 村 住 ま い で あ る 。 彼 は 、1994年 以 来 、 結 婚 を 機 会 に 村 に 住 む よ う に な っ た 。 彼 は 、 キ ャ ン プ の 親 族 の 手 助 け を す る こ と が よ く あ る 。 例 え ば 、1997年11,月1日 、 彼 は 村 か ら ス ノ ー モ ー ビ ル を 使 っ て キ ャ ン プ を 訪 れ 、 彼 の 妹 と そ の3人 の 子 供 を 村 に 連 れ て 行 っ た 。7ヵ 月 の 乳 飲 み 子 の 体 調 が 良 く な く 、 村 の 病 院 へ 行 く た め で あ る 。 こ の よ う に キ ャ ン プ と 村 と の 間 に 、 親 族 関 係 を 通 じ て の 相 互 の 行 き 来 が み ら れ た 。
3)移 動 形 態
チ ュ ク チ は 、 一 年 を7つ の 季 節 に 分 け て い る[呉 人 、 私 信]。3月 下 旬 か ら4月 ま で の 子 トナ カ イ の 出 産 期"ウ ル オ ン"、5月 か ら6月 中 の 雪 が 解 け 蚊 が い な い 時 期"ケ ッ ト
ケ ッ ト"、6月 中 か ら8月 末 の 蚊 の 出 る 時 期"エ ー テ ン"、9月 の 時 期 、10月 か ら11月 の 雪 が 降 る 時 期"ウ ッ トハ ン"、12月 の 太 陽 が 沈 む 時 期 、1〜2月 の 太 陽 が 昇 る 時 期 で あ る 。
池 谷 シ ベ リア 北東 部 に お け るチ ュ クチ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ ト リー
これ ら の季 節 の 区 分 に応 じて 、 キ ャ ン プ の移 動 形 態 が変 わ り、4月 下旬 、8月 下旬 、1月 下 旬 の3回 に わ た り、 彼 らの 儀 礼 が お こ な われ る 。
6月 初 め に 、 年 寄 り と若 者 が 分 かれ る。 年 寄 りは 円錐 型 ハ ッ トに住 み 、 冬 服 を製 作 した り魚 と り に精 を 出 す 。 若 者 は ロシ ア式 テ ン トに 住 む 。 各 群 に は 、 彼 ら の荷 物 を 運 ぶ た め に、 ロシ ア 人 や チ ュ クチ が運 転 す る1台 の 万 能 走 行 車 がつ く。 か つ て 、 人 が 荷 物 を 背 負 っ て 運 搬 した とい う。4月 下旬 に 、 出産 の 儀 礼 が行 わ れ る 。8月 下 旬 に 、 放 牧 キ ャ ンプ にい た青 年 が 夏 の本 拠 地 に も どっ て き て 、4月 に生 ま れ た 子 トナ カ イ を草 の 上 で 殺 す 儀 礼 が 行 わ れ る 。 一 家 族 当 た り3〜5頭 を殺 す 。 こ の 際 に 殺 した トナ カ イ の 代 金 は 、 給 与 か ら差 し
図6 ブ リ ガ ー ダNO.2に お け る トナ カ イ 牧 畜 の 移 動 ル ー ト (1995年 夏 か ら1997年 冬 ま で)
E、F、Gは 直接 観 察 に よ る。そ れ 以外 は、20万分 の1の地 図 を使 用 した トー ノー 氏へ の 聞 き取 り調 査 か ら復 元 した もの 。 これ は 、 図9の2に 対 応 す る。
は 、 チ ャ ウ ン湾 か らの 北 風 を 防 い で くれ る ゲ ー トヒ ン 山 の 南 側 で お こ な わ れ た(図6参 照)。 ま た 、1回 当 た りは 、6〜20km以 上 と異 な る が 、10回 以 上 の キ ャ ン プ の移 動 を 繰 り 返 す こ とに な る。 これ に 対 して 、 男 性 若 者 の み の 夏期 の移 動 は 、1995年 に は川 の 上 流 側 に 対 して 、1996年 、1997年 に は川 の 下 流 側 で 大 き く異 な っ て い る。 つ ま り、 約2年 間 の 移 動 形 態 よ り約2,500頭 の トナ カ イ を 維 持 で き る ブ リガ ー ダ の 放 牧 地 は 、 レ トー 川 か らオ ム ロ イ カ イ 川 の 問 に 至 る範 囲 で あ る こ と が 明 らか に な っ た 。
1997年10月 の 移 動 状 況 を詳 し く見 る と、10月 上 旬 に 川 や 湖 が 凍 る とそ りで の移 動 が 可 能 に な る の で 、放 牧 集 団 が 夏 の本 拠 地 の 集 団 と合 流 す る。 まず 、 本 拠 地 か らE地 点 へ移 動 し た 。 こ の 際 に は 、 ブ リガ ー ダ長Cが 有 給 休 暇 に は い っ て い た の で 、 年 長 者 のAが 移 動 地 を 選 択 して い る 。10月29日 のE地 点 で は、 凍 り付 い た オ ム ロイ カ イ 川 の 内 に 隣 接 す る2つ の 小 屋 、 そ こ か ら約7km離 れ た 夏 キ ャ ン プ 地 に 立 地 す る1つ の 小 屋 の2ヵ 所 に 分 か れ て い た 。 次 に 、10月30日 にE地 点 か ら約7km離 れ たF地 点 へ 移 動 した 。 さ らに 、11月3日 にF 地 点 か らプ チ ェ エ ル 川 沿 い のG地 点 へ 移 動 して い る 。 い ず れ も、 キ ャ ンプ 地 は、 川 沿 い に 決 め られ て い る 。 これ は 、 川 岸 の た き木 や 氷 を砕 い て 水 を利 用 す るの に便 利 で あ る た め と 考 え られ る。 ま た 、E地 点 か らF地 点 へ の 移 動 の 前 日(10月29日)、 トナ カ イ の 採 食 地 が キ ャ ン プ よ り遠 く な っ た か ら牧 夫(ア ロ ー シ ャ)の 帰 りが午 後9時40分 と遅 か っ た 。 こ の こ とか ら、キ ャ ン プ か ら放 牧 地 ま で の 距 離 が キ ャ ン プ の移 動 を決 定 して い る と考 え られ る 。 移 動 の 時期 や 放 牧 地 の 選 定 は 、 ブ リガ ー ダ 長Cに よ って 決 め られ る。 彼 の 不 在 時 に はA で あ る。 冬 期 の 移 動 の 間 、 夏 用 の 円錐 型 ハ ッ トを構 成 す る テ ン トや ポ ー ル は 夏 の本 拠 地 に お か れ る 。
キ ャ ン プ地 の 移 動 に は 、 キ ャ ンプ の 若 者 で あ る ア ロー シ ャ とア ン ドレー の ス ノ ー モ ー ビ ル が 使 われ る 。10月30日 の 移 動 に は 、 有 給 休 暇 に入 っ て い るCも 手 伝 い に きた 。 約 一 時 間 半 で 家 屋 の解 体 は 終 わ り、 人 を 乗 せ て 次 の キ ャ ンプ 地 ま で は ス ノー モ ー ビ ル で約26分 で あ った 。 な お 、1995年 ま で は ガ ソ リン が な か っ た の で 、 トナ カ イ で そ りを ひ い て い た とい うが 、 こ こ に は 駄 獣 トナ カ イ も い て 、 い つ で も トナ カ イ ぞ りを 使 用 で き る 。 現 在 で も 、
池 谷 シ ベ リア 北 東 部 にお け る チ ュ ク チ の トナ カ イ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
NO.3、 NO.8、 NO.9は 、 トナ カ イ ぞ り を 使 っ て い る 。 新 し い 移 住 地 で は 、 ま ず 地 面 の 雪 を 払 っ て 土 を だ す 。 次 に 、 ポ ー ル を 建 て 、 ロ シ ア 式 テ ン トを た て て い く 。
以 上 の よ う に 、 キ ャ ン プ の 移 動 形 態 は 冬 期 とそ れ 以 外 で は 異 な っ て い る が 、 毎 年 移 動 す る ル ー トや 範 囲 が ほ ぼ 決 ま っ て い る こ と が 明 らか に な っ た 。 ま た 、 トナ カ イ 牧 畜 の ツ ン ド
ラ へ の 影 響 と し て 、 トナ カ イ の 放 牧 に よ る 植 生 へ の イ ン パ ク トが 大 き い の で あ る が 、 人 の 側 も トナ カ イ の 採 食 が 十 分 で き な く な る と 、 キ ャ ン プ の 移 動 を 繰 り返 し て 自 然 と の バ ラ ン ス を 保 と う と す る 。 こ れ が 、 環 境 に 対 し て 保 全 的 か 破 壊 的 か を 判 断 す る こ と は 難 し い1')。
4)ト ナ カ イ の 管 理 技 術
トナ カ イ に は 、 牽 引 用 の た め に チ ュ ク チ が 自 分 の 所 有 物 と意 識 し た も の も あ る が 、 ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 で は す べ て を 国 有 と 認 知 し て い る 。
トナ カ イ の 放 牧 で は 、 午 前8時 か ら午 後8時 ま で と そ れ 以 外 と に わ け て 、 約12時 間 ご と に 牧 夫 が 交 代 す る こ と に な っ て い る(表1)。 こ の た め 、10月28日 に トー ノ ー が 、 トナ カ イ キ ャ ン プ を 午 後6時50分 に 出 発 し て 午 前8時40分 に 帰 っ て き て い る 。 牧 夫 は 、 銃 、 投 げ 縄 、 双 眼 鏡 、 ナ イ フ 、 ラ ン プ 、 お 茶 を 沸 か せ る コ ン ロ な ど を も っ て 出 か け る 。 な お 、 冬 に は トナ カ イ が お と な し い の で 使 わ な い が 、 夏 に は ブ ー メ ラ ン の よ う な トナ カ イ を 追 い 払 う も の"ウ ッ ス キ ト レ ン"を 用 い る と い う。
トナ カ イ は 、 夏 に は 灌 木 の 葉 や キ ノ コ 、 冬 に は 雪 を 掘 り起 こ し て 地 衣 類 を 採 食 す る 。 ト ナ カ イ は 、 ツ ン ドラ で 分 散 して 採 食 す る が 、 腰 を お ろ し て 休 息 す る こ と も あ る 。 牧 夫 は ト ナ カ イ の 動 き に あ わ せ て 、 時 に は トナ カ イ を キ ャ ン プ に 誘 導 す る 。 トナ カ イ に と っ て の 一 番 の 外 敵 は 、 オ オ カ ミ で あ る 。 オ オ カ ミ が トナ カ イ の 群 れ に 近 づ く と 、 牧 夫 が 銃 で 警 告 を 与 え る 。
NO.2で は 、3つ の テ ン トに 分 れ て 住 む6人 の 牧 夫 が 、 冬 の あ い だ は1人 ず つ の ま わ り 当 番 と な っ て い る(表1)。 例 え ば 、10月28日 昼 と29日 夜 が ワ ー シ ャ 、30日 夜 と31日 夜 が ワ レ ー ラ と い う よ う に2日 連 続 し て 従 事 し て い る よ う に 、 そ の 順 番 に 規 則 性 が あ る わ け で
表1 トナ カ イ 放 牧 の 当 番 名
昼 夜
1998. 10. 27 ア ロ ー シ ヤ ト レー セ イ ウエ 2頭 屠 殺
10.28 ワ ー シ ヤ トー ノ ー
10.29 ア ロ ー シ ヤ ワー シ ヤ
10.30 ト レ ー セ イ ウ エ ワ レー フ キ ャ ンプ の移 動
10.31 な し ワ レー ラ 4頭 屠 殺
11. 1 ア ン ド レー トー ノ ー
ブ リ ガ ー ダNO.2の トナ カ イ キ ャ ン プ で の 観 察 に よ る 。
写 真4 約2,500頭 の トナ カ イ を放 牧 す る 牧 夫 。 オ ム ロイ カ イ 川 沿 い の 放 牧 地 に て 。
は な い 。 こ の メ ン バ ー に 入 っ て い る ブ リ ガ ー ダ 長Cは 、90日 間 に わ た る2年 分 の 有 給 休 暇 の 際 中 で あ っ た の で 、 見 張 り に は 参 加 し て い な い 。 ま た 、 年 長 者Aは 、 トナ カ イ を 捕 獲 す る こ と は あ る が 、 こ の 見 張 り の 仕 事 は し て い な い 。
冬 は 、 トナ カ イ 群 が お と な し い の で 、1人 の 牧 夫 が 従 事 す る(写 真4)。 ま た 、 夏 の ト ナ カ イ の 放 牧 に は 犬 を 使 用 す る が 、 冬 の 放 牧 に は 犬 を 使 わ な い 。NO.2に は 、2,568頭 の
トナ カ イ が い る(表2)。 牧 夫 た ち は 、 こ れ ら トナ カ イ の 数 を 知 らず 、 ブ リ ガ ー ダ 長 のC が 種 オ ス の 数 な ど を す べ て 知 っ て い る 。 こ れ は 、 彼 が 定 期 的 に 数 え て 、 ソ フ ホ ー ズ 事 務 所
表2 1997年10月 に お け る ブ リガ ー ダ別 の トナ カイ 群 の 構 成 ブリガー ダのNo.
トナ カイの 種 類
出産 可 能 な メ ス 1歳 半 の メ ス 6ヵ 月 の 子 1歳 半 の オ ス 2歳 半 の オ ス 種 オ ス 去 勢 オ ス 合 計
1 2 3 5 8 9 10
454 1,008 479 965 235 1,483 393
148 247 100 61 18 328 89
341 704 315 507 19 1,013 250
132 319 117 79 12 360 116
1 53 57 73 6 49 19
55 78 60 95 35 302 1
321 159 353 436 45 662 6
1,452 2,568 1,481 2,216 370 4,197 874 ソフ ホー ズ の 統計 資料 よ り作 成 。例 えば ブ リガ ー ダNO.2で は 、1997年10月25日 に、ソフ ホー ズ の 役 人 とブ リガ ー ダ長 の イ ワ ン氏 に よっ て 、 トナ カ イ の種 類 別頭 数 が数 え られ た。
15
池 谷 シ ベ リア 北 東 部 に お け る チ ュ クチ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
写 真5 首 に鈴 を つ け た トナ カ イ
に連 絡 して い る か らで あ る 。 牧 夫 が 国 家 に 管 理 され て い る の が よ くわ か る。
放 牧 の 際 に 、 先 頭 を歩 く トナ カ イ は特 に 決 ま っ て い な い 。 トナ カイ は 、 冬 の 間 は トナ カ イ ゴ ケ を 求 めて 動 い て い く。 トナ カ イ は 、 す べ て の 草 が な くな る ま で採 食 せ ず に 、 適 当 に 採 食 した ら移 動 す る。 しか し、 草 が少 な くな る と、 トナ カイ が あ ち らこ ち ら と動 い て 落 ち 着 か な くな る とい う。 ま た 、 人 が 唇 を プ プ と な ら して トナ カ イ に パ ン を 与 え る と、 トナ カ イ は近 づ い て くる 。 つ ま り、 一 部 の トナ カ イ は人 づ け され て い る。
数 頭 の トナ カ イ の 首 に は 鈴 がつ い て い る(写 真5)。 これ は 、 トナ カ イ の存 在 を知 らせ る役 割 を 持 つ 。 牧 夫 の か け 声 で あ る"ヘ イ 、 ヘ イ"は 右 へ 行 け 、"ハ ァ、 ハ ァ"は 左 へ 行 け を示 す 。 トナ カ イ の 後 ろ に 回 り込 め ば 、 ま っす ぐ進 む 。 ま た 、 牧 夫 に よ って 音 色 は 異 な るが 、 口笛 を吹 く と拡 散 して い た トナ カ イ 群 が い っせ い に凝 集 す る。 さ らに 、 去 勢 は5月 初 め か8月 末 か ら9月 初 め ま で に お こ な わ れ 、NO.2に は159頭 の 去 勢 オ ス が い る(表
4)0
トナ カ イ は 、 牧 夫 に 誘 導 され る こ とが な けれ ば 、 平 素 は キ ャ ン プ に戻 っ て く る こ とは な い 。 キ ャ ンプ か ら離 れ た 所 で 、 放 牧 され て い る。 放 牧 中 に トナ カ イ 同士 が 角 をか らませ て けん か した 際や 、 屠 殺 の た め に牧 夫 が トナ カイ を 捕 獲 す る際 に は 、 投 げ 縄 が 欠 かせ な い 。 3人 の 男 性 が お の お の 投 げ 縄 を 持 っ て 、 お 互 い 並 ん で トナ カ イ の群 に 近 づ く(写 真6)。
どの トナ カ イ に しぼ るの か は 、3人 が小 声 で 話 をす る 。 人 が走 り出 して 、 縄 を上 に あ げ て トナ カイ に 近 づ く。 トナ カイ は 走 る。 人 は 角 を狙 っ て 投 げ る。 う ま く角 に か か わ る と、 ト ナ カ イ との 綱 引 き が 始 ま る。 結 局 、 人 が トナ カ イ の 方 に 近 づ き 、 トナ カ イ を 捕 獲 す る 。 10月31日 に は 、4頭 の トナ カイ が 解 体 され た(写 真7)。 そ の 内 訳 は 、10歳 の オ ス 、5 歳 の メ ス 、2歳 の オ ス 、3〜4歳 の メ ス で あ る。 こ の うち2頭 分 の 肉 は 、 キ ャ ン プ で 自家
写 真6 トナ カイ を 捕 獲 す る た め に投 げ 縄 をつ か う牧 夫 。 彼 は 、 元 ブ リガ ー ダ長 で あ る。
写 真7 ブ リガ ー ダNO.2に て トナ カ イ を 屠 殺 す る チ ュ ク チ の 女 性 。
池谷 シ ベ リア北 東 部 に お け るチ ュ クチ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ ト リー
4.農 場 経 営 か らみ た トナ カ イ 牧 畜
対 象 と す る ソ フ ホ ー ズ で は 、 経 済 的 付 加 価 値 の 高 い も の が 注 目 さ れ 、 トナ カ イ 牧 畜 だ け で は な く 、 ペ ベ ッ ク へ の 魚 の 販 売 に よ っ て も 収 益 を 得 て い る 。 村 内 で は 、10人 近 く が 魚 を 獲 り販 売 し て い る 。 例 え ば 村 に 住 む ロ ー マ は 、3tの サ ケ を ソ フ ホ ー ズ に 販 売 し 、 月 当 た り2,000,000ル ー ブ ル(約40,000円)を 得 て い る 。 彼 以 外 は 、 す べ て ロ シ ア 人 で あ っ た 。
1)ト ナ カ イ 頭 数 の 変 化 と経 営 戦 略
国 家 公 務 員 と して の チ ュ ク チ の 特 性 を い か して農 場 経 営 を維 持 す るた め に は 、 収 益 の 増 大 につ な が る トナ カ イ の 頭 数 の 増 加 が不 可 欠 に な っ て い る。
す で に 前 章 で 述 べ た よ うに 、 す べ て の牧 夫 が トナ カ イ 群 の構 成 を 知 る わ け で は な い 。 ソ フ ホー ズ が 、 経 営 の維 持 と向 上 の た め に農 場 内 のす べ て の トナ カ イ の 頭 数 や 性 別 を 掌 握 し て い る 。3月 末 か ら4月 初 め 、5月 、10月 、12月 の 年4回 に わ た り、 統 計 担 当者 が村 か ら ツ ン ドラ を 訪 れ 、 各 ブ リガ ー ダ 別 の トナ カ イ 頭 数 を 数 え て い る。 これ ら の デ ー タ を も と に 、 そ の年 の 各 ブ リガ ー ダ別 の屠 殺 頭 数 が割 り当 て られ て い る。 ま た 、 ブ リガ ー ダ長 が 毎 月 頭 数 を数 え て ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 に 伝 え て い る。 こ れ に よ り、住 民 に よ る屠 殺 頭 数 を把 握 す る こ とで 、 そ の代 金 が 賃 金 か ら引 か れ る こ とに な る 。 例 え ば 、食 料 用 と して1頭 の トナ カ イ を殺 す と1,500,000ル ー ブ ル(約30,000円)引 か れ る 。
レ トク ー チ 村 が所 属 す る ソフ ホ ー ズ に お け る トナ カ イ 頭 数 は 、10,000頭 か ら30,000頭 の あ い だ を 示 し、 年 変 動 が 大 きい(図7)。1980年 に は 約27,000頭 で あ っ た の が 、1985年 に は 約12,000頭 に 激 減 して い る 。 そ の 後 、 わ ず か5年 後 の1990年 に は約25,000頭 に 回復 し、
図7 レ トクー チ 国 営 農 場 の トナ カ イ 頭 数 の 年 変 動 ソフホーズの統計資料 よ り作成
6ヶ 月 の 子 が182頭 、 去 勢 オ ス17頭 が 死 亡 し て い る 。
こ の よ う な 各 ブ リ ガ ー ダ 別 の トナ カ イ の 状 況 調 査 の 結 果 に も とつ い て 、 ソ フ ホ ー ズ 長 が 毎 年 の トナ カ イ の 屠 殺 頭 数 を 決 め る こ と に な っ て い る 。1996年 は1,200頭 、1997年 は 約 1,100頭 で あ る 。1997年 の 内 訳 は 、NO.9が500頭 、 NO.1が103頭 、 NO.2が200頭 、 NO.
3が202頭 、NO.5が100頭 と な っ て い る 。 NO.8とNO.10は 、0で あ る 。
村 で の トナ カ イ の 屠 殺 は 、 キ ャ ン プ で 実 施 さ れ る も の と は 大 き く異 な る 。 屠 殺 さ れ た ト ナ カ イ の 保 存 を 考 慮 し て 、11月15日 〜20日 頃 の 寒 い 日 に 、 村 の 近 辺 で 、12ボ ル トの 電 気 シ ョ ッ ク を 使 っ て トナ カ イ が 次 々 に 殺 され る 。
ソ フ ホ ー ズ に 集 め られ た 肉 は 、 村 人 の 食 糧 や 学 校 ・寄 宿 舎 で 消 費 さ れ る 分 とぺ ベ ッ ク の ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 に 渡 さ れ る も の と に 分 け ら れ る 。 村 で の 肉 の 価 格 は 、 トナ カ イ 生 産 に 関 わ る 人 は1kg当 た り15,000ル ー ブ ル(約300円)、 そ の 他 の 人 は30,000ル ー ブ ル(約600円) で 販 売 さ れ る 。 トナ カ イ1頭 は50〜70kgの 肉 を 持 つ の で 、1頭 あ た り1,500,000ル ー ブ ル (約30,000円)か ら2,100,000ル ー ブ ル(約42,000円)で 取 引 さ れ る こ と に な る 。 な お 、 2〜3年 前 に は 袋 角 を 販 売 し た が 、 現 在 で は や っ て い な い 。 皮 の 一 部 を チ ュ ク チ が も ら い 、 残 り は 捨 て られ る 。
以 上 の よ う に 、 トナ カ イ 群 の 構 成 や そ の 頭 数 の 変 化 に 応 じ て,ソ フ ホ ー ズ で は 毎 年 何 頭 の トナ カ イ を 殺 す こ と が よ い の か と い う経 営 戦 略 を た て て い る こ と が わ か る 。
2)ト ナ カ イ 牧 畜 の 国 家 管 理 と 牧 夫 の 給 料
こ の 村 に は 、 南 北 に 約240km、 東 西 に 約200kmの 農 場 が 広 が っ て い る が 、 トナ カ イ 牧 畜 は 農 場 内 で 実 施 さ れ て き た 。
村 人 と各 トナ カ イ キ ャ ン プ の 人 々 と の あ い だ は 、 毎 日 無 線 で 結 ば れ て い る 。1988年 に は 、10時30分 、13時 、19時30分 の3回 に わ た っ た[NHK取 材 班 他1989:30]。1997年11 月 に は 、10時30分 、14時 、19時 の3回 で は あ る が 、 天 候 に よ り無 線 が 通 じ な い 日 も 多 か っ た(写 真8)。 な か で も 、NO.2の キ ャ ン プ で は 、1997年10月 下 旬 の 筆 者 の 滞 在 時 に は 、
池谷 シ ベ リア 北 東 部 に お け る チ ュ クチ の トナ カイ 牧 畜 と放 牧 テ リ トリー
写 真8 村 の ソフ ホ ー ズ 事 務 所 に て 、 ツ ン ドラ で 生 活 す る姉 に 無 線 連 絡 をす る チ ュ ク チ の 女 性 。
無 線 機 の マ イ ク ロ ホ ン が こ わ れ て い た の で 、 ま っ た く 外 部 か ら 連 絡 が で き な い 状 態 で あ っ た 。 こ れ ら か ら 、 屠 殺 し た トナ カ イ の 金 額 や 雑 貨 屋 で の 前 借 り金 が 差 し 引 か れ 、 トナ カ イ を 失 っ た と き に は 罰 金 が 支 払 わ れ る 。 ま た 、1ヵ 月 当 た り の 集 合 住 宅 の 家 賃 も 、600,000 ル ー ブ ル(約12,000円)、 年 金 生 活 者 と3人 以 上 の 子 供 が い る 場 合 は300,000ル ー ブ ル(約 6,000円)が 差 し 引 か れ る 。
夏 の トナ カ イ 放 牧 は 、 円 錐 型 ハ ッ トの 建 て られ る キ ャ ン プ 地 か ら 離 れ て トナ カ イ と と も に 移 動 す る 。 そ の 際 に 、 ソ フ ホ ー ズ 所 有 の 万 能 走 行 車 が つ い て い き 、 彼 ら の 食 料 や テ ン ト が 運 ば れ る 。 ま た 医 者 が 各 々 の ブ リ ガ ー ダ を ヘ リ コ プ タ ー で ま わ っ て 、 結 核 を 診 断 す る サ ー ヴ ィ ス が1996年9月12日 に あ っ た が 、1997年 に は ま っ た く 実 施 さ れ て い な い 。 ソ フ ホ ー ズ の 会 計 係 が 、 日 曜 日 を 休 日 と み な し て 月 当 た り27日 間 の 労 働 と し て 、 き め 細
か く給 料 の 金 額 を 計 算 し て い る(写 真9)。 例 え ば 、 同 じ ブ リ ガ ー ダ 長 で あ っ て も 、 最 も 多 く の トナ カ イ を 放 牧 す るNO.9の 長 は3,100,000ル ー ブ ル(約62,000円)と ツ ン ドラ 在 住 者 の な か で 給 与 は 高 く 、NO.2の 長 は2,500,000ル ー ブ ル(約50,000円)と 安 く な っ て い る 。 トナ カ イ の 見 張 り で あ る 若 者 は 、1,500,000ル ー ブ ル(約30,000円)で あ る 。
リ ュ ー ダ は 、 料 理 代 と し て780,000ル ー ブ ル(約15,000円)を 得 る 。Aは 、 給 与 が540,000 ル ー ブ ル 、 地 区 手 当 が540,000ル ー ブ ル 、 北 方 手 当 が540,000ル ー ブ ル で 合 計1,620,000 ル ー ブ ル(約32,000円)と な る 。 こ の よ う に 、 トナ カ イ の 頭 数 な ど に よ っ て 金 額 に ば らつ
き が 見 られ る 。
以 上 の よ う に 、 牧 夫 は 村 人 と の 無 線 連 絡 が で き 、 毎 年 屠 殺 さ れ る トナ カ イ 数 が 決 め ら れ 、 給 与 が 支 払 わ れ て い る 。
写 真9 村 の ソ フホ ー ズ 事 務 所 に て 、 牧 夫 の 給 与 を計 算 す る ロシ ア 人 の 女 性 。 机 の上 の ノー トに は 、 個 人 別 の 給 与 の 金 額 、 トナ カ イ 肉 を利 用 した こ とで 差 し引 か れ る 金 額 が 記 され て い る 。
5.放 牧 テ リ トリー の 変 化 と チ ュ ク チ の 主 体 的 対 応
(1)放 牧 地 の 再 編(1968‑1997年)と そ の 要 因
放 牧 テ リ ト リー は 、 各 ブ リ ガ ー ダ 別 の 放 牧 地 が 社 会 慣 行 と し て 決 ま っ て い る 状 態 と定 義 さ れ る 。 ま ず 、1957年 に ソ フ ホ ー ズ が つ く られ た 時 点 で ブ リ ガ ー ダ が 生 ま れ 、 ソ フ ホ ー ズ に よ っ て 各 ブ リ ガ ー ダ 別 の 放 牧 地 が 線 引 き さ れ た と 推 察 さ れ る 。 し か し 、 そ の 範 囲 を 確 定 で き る 資 料 は 残 っ て い な い 。
図8は 、1968年 の 農 場 内 の 放 牧 テ リ ト リー を 示 す 。 農 場 内 の 各 々 の ブ リガ ー ダ は 、 ソ フ ホ ー ズ 事 務 所 に よ っ て 、12に 区 割 り さ れ て い た 。 そ の 多 く が 村 に 向 け て の 細 長 い 長 方 形 で あ る の は 、 トナ カ イ の 屠 殺 の 時 に 村 の 近 く ま で トナ カ イ を 放 牧 で き る よ う に 配 慮 さ れ て い る た め と 考 え ら れ る 。 ま た 、NO.2、 NO.3、NO.4、 NO.5の 放 牧 地 の 一 部 は 、 農 場 の 領 域 を 越 え て い る の が わ か る 。 さ ら に 、 当 時NO.1に4ヵ 所 、 NO.2に3ヵ 所 、 NO.3に
2ヵ 所 、NO.4に3ヵ 所 、 NO.5に2ヵ 所 、 NO.6に4ヵ 所 、 NO.7に5ヵ 所 、 NO.8に 4ヵ 所 、NO.9に4ヵ 所 、 NO.10に5ヵ 所 、 NO.11に3ヵ 所 、 NO.12に3ヵ 所 の 合 計 で 42ヵ 所 の 狩 小 屋 が つ く られ て い た 。
そ の 一 方 で 、 図9は 、1997年 に お け る 放 牧 テ リ ト リ ー を 示 す 。 こ の 時 点 で は 、 各 ブ リ ガ ー ダ の 放 牧 地 は 、 長 方 形 の よ う に 規 則 的 な 形 を し て い な い 。 こ れ は 、1968年 の そ れ と は 異 な り 、 ソ フ ホ ー ズ が 上 か ら 区 割 り し た も の で は な く 、 現 場 の 牧 夫 が 自 ら創 造 し た 領 域 で あ る こ と を 示 し て い る 。 こ の な か で は 、NO.5、 NO.9の 放 牧 地 が 、 完 全 に 農 場 の 範 囲 を
池 谷 シベ リア 北 東 部 に お け るチ ュ クチ の トナ カ イ 牧 畜 と放 牧 テ リ ト リー
農場 の境界 放牧地 の境界 狩猟用 の小屋 図8 1968年 に お け る レ トク ー チ 国 営 農 場 内 の ブ リ ガ ー ダ の 区 分
レ トク ー チ村 の村 役 場 に お かれ て い た ブ リガ ー ダ 区分 図 を 筆者 が写 した も の。
な お 、 ブ リガ ー ダ1、8、11の 狩 小 屋 の位 置 は、1、2、1ヵ 所 つ つ 不 明 で あ る。
越 え て 隣 の 農 場 の 領 域 を 占 有 し て い る 点 が 注 目 さ れ る 。NO.2が 、 レ トー 川 、 オ ム ロ イ カ イ 川 、 プ チ ェ エ ル 川 の 流 域 を 占 有 す る こ と は 、 前 章 で 述 べ て い る 。NO.5は 、2m以 上 の 樹 高 の あ る 木 が 自 生 し て い る の で 、 レ ス ノ イ(森 が あ る こ と を 意 味 す る)と も 呼 ば れ る 。
さ ら に 、NO.4(図9中 に は な い)とNO.6とNO.7が 、 近 年 に な っ て 消 失 し て い る 点 も 注 目 さ れ る 。 な お 、 こ の 時 点 で は 、 獲 物 が 枯 渇 し た た め か 狩 小 屋 が み ら れ な い 。
以 上 の よ う に 、2つ の 年 代 の 放 牧 テ リ ト リー を 比 較 す る と 、 各 々 の ブ リガ ー ダ の 放 牧 地 の 変 化 を 指 摘 で き る 。 こ れ ら の 変 化 は 、 次 の よ う な 理 由 に よ っ て い る 。 ま ず 、1969年 か 1971‑72年 の 落 雷 に よ る ツ ン ドラ で の 火 災 に よ っ て トナ カ イ の 餌 と な る トナ カ イ ゴ ケ が な く な っ た 。 そ の 結 果 、 ブ リガ ー ダ の 放 牧 地 は 、 各 ブ リガ ー ダ の 自 主 性 に ゆ だ ね られ 、NO.
5、NO.7、 NO.9は 、 隣 接 す る 農 場 の 領 域 内 を 占 有 す る よ う に な っ て い る 。 例 え ば 、 NO.9は ア ナ デ ィ ル 川 の 上 流 部 の ウ ズ ベ ク 地 区 や シ ュ ミ ッ ト地 区 の 一 部 を 、 NO.5、7は
コ リ マ 川 の 支 流 の 上 流 部 を 占 有 し て い る(図9)。
NO.7の 移 動 に 関 し て は 、 別 の 理 由 も 挙 げ られ て い る 。 NO.7は 、 現 在 のNO.2の あ た り を 占 拠 し て い た が 、 現 在 のNO.5の 近 く に 移 っ て い っ た 。 こ れ は 、 そ の 冬 に 、 雨 で 雪 が 解 け て 氷 が 張 り 、 草 を 食 べ ら れ な く な っ て 、 多 く の トナ カ イ が 死 亡 し た こ と に よ る(1930 年 生 、67歳 、 レ ク リ ン ボ リ ス 談)。 そ の 後 、1995年 頃 にNO.7は 年 長 者 の 死 亡 に よ る 牧
農場 の境界 放牧 地の境界
1990年 代 に消失 した ブ リガーダ 図9 1997年 に お け る 各 ブ リガ ー ダ の放 牧 地
聞 き と り調 査 に よ る
夫 の数 の 減 少 や トナ カ イ 数 の 減 少 に と も な っ て 、NO.5の な か に含 ま れ る こ と に な る 。 次 に 、1994年 に はNO.4が 消 失 す る。 これ は 、 同 年 の12月28日 の昼 ご ろ に 、 群 よ り も数
の 多 い 野 生 トナ カ イ がや っ て き て 、NO.4の す べ て の トナ カ イ が逃 げ て しま っ た こ とに よ る 。 そ の 時 に は 、 群 は キ ャ ン プ か ら5〜6km離 れ た 所 に い て 、 現 在 、 NO.2に い る トー ノー が1人 で 監 視 して い た 。 しか し、 彼 が 食 事 の た め に キ ャ ン プ に 戻 っ て い る 間 に 、 1,200頭 の トナ カ イ が1頭 も い な くな っ た 。 こ の結 果 、1995年 に 、NO.4の2家 族 がNO.
2へ 移 籍 した 。 これ に は、 トー ノ ー が 含 ま れ て い る。 彼 は 、NO.4とNO.2の 地 形 な どが 似 て い る こ とか ら、NO.2の ブ リガ ー ダ長 のCに 移 籍 を 望 ん で い る こ と を伝 え て 、 そ れ が 実 現 した も の で あ る 。 な お 、NO.6の 消 失 の 時 期 は1992年 以 前 とい うが 、 そ の 原 因 は 明 ら
か で は な い 。
以 上 の こ とか ら、1968年 か ら1997年 に か け て 、 各 ブ リガ ー ダ別 の 放 牧 地 が 大 き く変 化 し て き た こ と、 そ の 要 因 と して ツ ン ドラで の火 災 や 野 生 トナ カイ に よ る家 畜 トナ カ イ の 逃 亡 な どが 挙 げ られ る こ とが 明 らか に な った 。
(2)ブ リガ ー ダ構 成 員 の増 加 一 ブ リガ ー ダNO.9の 事 例 一
近 年 の トナ カ イ 牧 畜 を め ぐ る新 しい 現 象 と して 、 ブ リガ ー ダ の 構 成 員 数 の 増 加 を 取 り上