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イギリスの「ナショナル・カリキュラム」政策と教育の自律性の模索

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(1)

イギリスの「ナショナル・カリキュラム」政策と教育の自律性の模索     一教育改革法(カリキュラム)とブラック報告をめぐって一

谷 口 琢 男*

(1988年9月12日受理)

     ASearch for Teaching Autonomy

under the Policy of National Curriculum in England

  Takuo TANIGucHI*

(Received September 12,1988)

は じ め に

 現在イギリスでは教育改革法の成立にともなうその「ナショナル・カリキュラム」政策が重要な 関心事となっている。このナショナル・カリキュラムとその準備過程の重要な一環をなすブラック 報告を取り上げ,今後イギリスの教育課程問題はどのように展開して行くと見られるのか,考えて みたいというのが本稿のテーマである。ナショナル・カリキュラムは教育科学省(中央)が基本教 科及びその内容(大綱)を決めるばかりではなく,全国テストという外部の評価を導入することを も織り込んだものである。選挙公約を踏まえたナショナル・カリキュラムの政策は教育界に様々な 波紋を広げ,政治の教育の自律性の領域への侵害であるとする評判が続出する一方で,外部評価を 教育の専門性の発展のために自律性の論理の一部に繰込みを図る提案が出現している。どちらがよ り適切な自律性確保のアプローチであるのか,を即断できるものではないが,本稿では後者のアプ ローチを取り上げながら,将来のイギリスの教育課程改革方向を予見的に考察しておきたい。

1)教育改革法案とナショナル・カリキュラム案

(1)カリキュラム改革案の内容

 教育改革法案は1987年11月下院に上程され,1988年3月下院を通過し上院の審議に委ねられ7月 中に審議を終えて成立をみた。法案は初等中等教育・高等及び継続教育,および内ロンドンの教育

行政組織の,教育全般にわたる再編成案を集成し法文化したものとなっていた。法案は4部構成で,

第1部 学校,第ll部 高等及び継続教育,第皿部 内ロンドンの教育,および第IV部 その他及

び一般的事項,となっていた。

*茨城大学教育学研究室

(2)

 法案に顕著に窺えるのは一般的に言って地方教育担当局に的を絞り,その権限の削減・縮小であ る。学校・カレッジへの委任(財政・人事)や父母にある種の参加(政府補助金立学校への移行・

設置)・自由(学校選択)を認めつつ,それを挺子にして地方教育当局に新たな義務を課し,全体

として中央政府の権限の増大を押し進めていることである。1)法案提出を報じた教育科学省ニュー

スは教育改革法案の諸原理として,①教育水準の引き上げ,②父母の学校選択の自由と新しいタイ プの学校創出への参加,③校長,職員及び学校理事会のエネルギーの解放,④公営教育への競争の

導入,をあげていた。

 カリキュラム改革案は一般に呼ばれてきたコモン・カリキュラムをナショナル・カリキュラムと

命名し,その権限を国務大臣に持たせ,その義務を地方教育当局と学校に課している。2)

 第1部の「学校」は以下のような5章で構成されている。      , 第1章 カリキュラム(評価と資格認定を含む全国カリキュラムの確立の諸規定。)

第2章 公営学校の生徒入学(入学当局に収容力限度までの生徒入学を要請する諸規定。)

第3章 学校の財政と教職員(経費管理・教職員人事の学校理事会への委任の諸規定。)

第4章政府補助金立学校 (政府補助金立学校の設立・維持・廃止のための諸規定。)

第5章雑則 (日常礼拝の要件の修正,シティ・テクノロジー・カレッジの設立維持協定。)

 第1部学校の内容は,

 第1章はナショナル・カリキュラムの編成の権限を教育科学省に与え,地方教育当局及び学校に

実施を義務づけている。

 第2章は親の学校選択の拡大に関するもので,入学当局(地方教育当局または学校理事会)が公 営学校の生徒入学の限度を標準以上で維持することを原則として教育科学省はその「標準数」の変

更に関与する権限を持つとしている。

 また第3章は学校の財政的委任に関するもので,地方教育当局に公営学校の一般学校予算の年次 決定及び委任計画の提出を要請し,これに関する教育科学省の認可の権限の付与を行っている。

 第4章では親の投票等により学校が地方教育当局から「離脱」し,政府補助金立学校に移行でき,

その設立維持に関する教育科学省の権限及び地方教育当局の財産・職員の移転手続き履行の義務を

課している。

 第5章は集団礼拝は生徒の集団を単一または分離のいずれで行なっても良い,時間は何時でも良

いと改めている。

 第1部第1章は1944年教育法の第1節の国務大臣の教育の責務に関する包括規定に依拠するもの

である。3)4)1

 ナショナルカリキュラム案の内容は,i 基本教科(コア教科を含む)の指定,血 各基本教科

に到達目標,学習内容および評価(施策) (試験とテストを含む)を明示する,血 評価は7歳,

11歳,14歳及び16歳の主要段階で行う,iv 国務大臣が上記必要事項に関して審議会の審議・勧告

をへてオーダー(省令)を制定する,というものである。

(2)ナショナル・カリキュラム案の特徴とその思想

ナショナル・カリキュラム案の特徴は80年代前半までの教育科学省のカリキュラム同意形成路線

(中央で同意形成の協議文書→ガイドラインを提供し,地方で政策化させる。)を変更し,国務大

(3)

臣が評価を組み込んだナショナルカリキュラムを決定しその実施を義務づけるとしたことである。

 同法案の第松部第1章「カリキュラム」は以下のように計16節からなっている。

〈前置き〉

第1節[カリキュラムに関する義務] (国務大臣,地方教育当局,学校理事会及び校長の義務。)

〈主要規定〉       、

第2節[全国カリキュラム](到達目標,学習内容及び評価からなる基礎的カリキュラムの実施の 要請。)第3節E基本教科と主要段階](コア教科とその他の基本教科の明示及び主要段階の時期

の限定。)

第4節[省令による全国カリキュラム設定義務](国務大臣の全国カリキュラムに関する省令制定

権限。)

第5節[外部資格へのコース](国務大臣の義務教育年齢生徒の外部試験準備とシラバスの承認。)

第6節[一定の要件に関する義務] (全国カリキュラムの実施,資格付与及び義務的宗教教育に関

連する義務。)

〈カリキュラムと評価のための審議会〉

第7節[審議会の設置](全国カリキュラム,学校試験と評価審議会の設立,委員及び一般的職

務。)

第8節[審議会への財産及び職員の移転](中等試験審議会及び学校カリキュラム開発委員会から

の財産・権利・責任及び任命された委員の移転。)

〈特別のケース〉

第9節[開発活動及び実験](開発・実験を可能にするための全国カリキュラムの諸規定の変更。)

第10節[特殊な教育的必要] (上記生徒に対する全国カリキュラムを適用を修正し得る。)

〈補足〉

第11節[省令制定手続き:イングランド],第12節[省令制定手続き:ウエールズ],第13節[規 定の拡張],第14節[情報の提供],第15節[苦情及び強制],第16節[第1章の解釈]

 上記法案のナショナル・カリキュラム案では,

 第1節では教育科学省に全国カリキュラムの編成上の権限を付与し,地方教育当局,学校及び教

師にその実施義務を課している。

 第2節では全国カリキュラムという基礎的カリキュラムをカリキュラムの一部として実施し,基 礎的カリキュラムはコアと基本教科で構成し,それぞれ到達目標(Attainment Targets) (生徒 が持つことを期待される知識技能及び理解),学習内容(Programmes of Study)(生徒に教 えることが要請される事項,技能及び過程)及び評価(Assessment Arrangements)(各主要段 階の終了期で生徒が達成したことを確認する評価施策)を明確にする,としている。

 第3節ではコア教科とは数学,英語及び科学,そしてウエールズ語(ウエールズ語を話すウエー ルズの学校のみ)その他の基本教科とは,歴史,地理,技術,音楽,美術,体育及び一現代外国語

(中等学校段階),そしてウエールズ語(ウエールズ語を話さない学校)の10ないし11教科として いる。主要段階とは7歳,11歳14歳及び16歳というとしている。

 第4節では国務大臣はオーダー(Order)を制定し上述の到達目標,学習内容及び評価施策を明 確にする。そのことによって全国カリキュラムを確立しその後は維持することを要請される,とし

(4)

またオーダーによって基本教科のリストと主要段階を変更することが出来るとしている。

 第7節では全国カリキュラム審議会はまた学校カリキュラムを常時検討し,国務大臣に学校カリ キュラムに関する研究と開発の計画について助言し,彼に求められた時にはそれに参加する,とし

ている。

 第11節では到達目標と学習内容のオーダー制定の場合には,イングランドに関しては教育科学大 臣はその企画を全国カリキュラム審議会に諮問しなければならない。審議会の結論を得て,議会に

提出する以前に省令草案を公表しなければならない。

 としている。そこには政策の論理の転換と飛躍があり,諮問文書(National Curriculum 5−

16)には教育水準の向上の緊要にも拘らず地方的対応がスローであること等が理由としてあげられ ている。(それ以上には今のところ真相の詳細は判らない。たとえば1986年HMIのrドィッ連邦 の教育一カリキュラムと評価』等がある。それはカリキュラムと評価を一体とした政策検討準備の

一一

?唐 なすものとして位置づけられるのかも知れない。)

 ナショナル・カリキュラム諮問文書は保守党の選挙公約を承けたものであろう。選挙公約ぽ以下

のように述べていた。

 「第一にわれわれはナショナル・カリキュラムを確立します。

 5歳から16歳の生徒は数学,英語及び科学を含む基礎的範囲の教科を学習することを強く保証し ます。これらの基礎教科のシラバスを公表し,7歳,11歳及び14歳頃,そして16歳のGCSEの準 備において生徒の進歩が評価できるように到達レベルが掲げられます。つぎに親,教師及び生徒に はすべての子どもがどの様に良くやっているかを知れる様にします。われわれはカリキュラムを確

立するのに関心のある人々と広く協議します。」5)

またそれは保守右派(「ヒルゲート・グループ」等)の主張を反映しているといわれている。6)

 上記文書の考え方は,たとえばリン心理学教授のr日本の教育成績』(1988年)に見られるよう な,イギリスでは伝統的な外部公共試験制度に着眼しそれを学校段階に導入し教育水準向上の活力 源とせよ,という(60年代末のブラック・ペーパー以来の)提言等も関係がないとは言えないであ

ろう。リンは次のように言っている。

 日本の学力の高さを支える生徒のインセンティブ及びモチベーションの強さの理由として入学試 験がある,としている。日本では中学と高校に分かれており,高校の入学試験と大学の入学試験の プレッシャーが学力へのインセンティブを形成している。入学試験がアカデミックな活動に対して 強いインセンティブを持つという問題はイギリスやアメリカでは従来特に意識されていなかった。

 試験には2種類のものがある。1つは日本の学校や大学の入学試験のモデルであり,もう1つは イギリスのGCSEのような外部公共試験のタイプである。イギリスや西欧に高校と中学の学校区 分と入学試験を取り入れることや高いヒエラルキー的な格差構造をもつ高校への競争試験を導入す

ることは困難である。したがってもっと外部試験の制度を活用すること,を工夫すべきである。従 来の外部試験が弱点を持ったのは同一年齢層の約半分程度しかこれらの試験に真剣に取り組んでい なかったことである。この弱点は比較的容易に治療でき,事実上すべての青年が取り組む方法で再 編成し,合格に対して付与される証明が多数の雇用主によって要求される資格証明書となる。この 線に沿った再編成がGCSE試験という名称で1988年からイギリス政府によって導入されることに

なっている。

(5)

 その次の問題はイギリス・タイプの公共試験を有効に学校教育のたとえば11歳の初期段階でも行 えないかという問題である。この種の提言はコックスとボイソンによってブラック・ペーパーにお いて主張されて来た。そのような試験の導入案の論点を以下のように整理できる。

 ①公共試験はアカデミックな活動努力への動機づけの効果がある。

 ②公共試験は成績に対する報酬によって社会化の目的に役立つ。

 ③そのような試験は読み書き算が出来ない子どもを確認することが出来る。

 ④公共試験は子どに対して同様に教師に効果的に教授しようとするモティベーションを与えるも

のとして役立つ。7)

 ナショナル・カリキュラム案は教育界の多くの人々,特に教師に懸念・不安を引き起こした。多

くの論評が行なわれでいる。

 J.ホワイトは「ナショナル・カリキュラム」のような政治問題には市民の発言権を!,カリキュ ラム編成は目的に関連させた理論的根拠を必要とする,と提出された改革案の形式,内容のあり方 を批判している。すなわちコモン・カリキュラムの提唱者であったジョン・ホワイトは,この「ナ ショナル・カリキュラム」には賛成していない、ナショナル・カリキュラムのごとき大きな政治的 問題を決定する際には一つの政治的グループだけでなく,すべての市民に発言の権利を持たせるべ きである,というのが彼の意見である。「ナショナル・カリキュラム」には筋の通った目的がない し,子どもに社会の性質について批判的に考えさせようとする奨励がない,それこそが民主主義の 準備に不可欠な要素である。カリキュラムの目的に関連させようという試みなしに伝統的教科で編 成しており,基本教科は如何なる理論的正当化もなく規定されている。その意味で正当な根拠を欠

いたものである,と述べている。8)

 J.エリオットは市場の効率的操作のための価値システムの教化を狙いとする「ナショナル・カ リキュラム」のもとでは教育の過程に制限を課し,教師を芸術家よりは技術者に閉じこめ,生徒を 受け身の知識の購買者に仕立てる,とその意図と影響の点から批判している。すなわちその政策は

価値システムを単純化しようとするもので,「市場を効率的に操作するためには,マーケットにマッ

チする価値システムを教化しなければならない。すなわち自己訓練や自己信頼等の事柄の重要性を 強調する価値をである。」政府の生硬な教科をベースとしたカリキュラムの目的は,教師と生徒に

制限を課することになる。第一に教師が生徒と共に「真に重要である」問題の探究に自由に携わり,

彼ら自身の価値を発展させるのを手助けする領域を減少させる。第二に教師はもはやカリキュラム を生徒の日常的な必要に関連させたり,またはどの様な態度,思想,価値を教室で伝達すべきかを 注意深く探究することに関心を持つことを必要としない,第三に教師の役割は知識や技能の塊を,

労働市場の功利的な価値を生徒に手渡すことに制限され,第四に教師にはどんな知識を子供が所有 しているかを正確に測定させること,第五にその測定の教師に及ぼす影響はその仕事の非専門化と なり,教師を直覚的な芸術家もしくは反省的な実践家よりは技術者の役割に閉じこめることになろ う。「ナショナル・カリキュラム」のもとで,生徒はその生活の意味をつくり出すのを助けられる よりは,知識の受け身の購買者に仕向けられる。政府の購買者主義に取り付かれた教育観のもとで は,子どもが購入したものを測定することは可能である。持つための教育であって,なるための教

育ではなくなる。9)

 R.プリングは「ナショナル・カリキュラム」は教科の集合体としてのカリキュラム概念に依拠

(6)

しており,本質的には古い教育的思考の所産で、最近の職業入門指導が創り出している諸特徴とビ ジョンを生かし得ていない,とその教育内容方法思想の問題性の側面を批評した。たとえばPVE

I運動を特徴づけた学習の過程の強調一一一協同的な努力を通して生徒がもっと融通性を身につけるこ

と,問題解決の態度や探究に従事する能力を学ぶ方途の強調が行なわれてきた。結局,「ナショナ ル・カリキュラム」は適切性,職業的,人格的発展,学習の過程や実際的知識などのキー・ワード の諸特徴を備えることに失敗している。「リベラル・エデュケーション」のりベラルな解釈と「ボ ケーショナル」の広い概念を持つ職業入門指導の特徴を「ナショナル・カリキュラム」計画はまっ

たく欠いており,将来の世代に対する貧困なビジョンしか創出し得ていない,と批評した。1°)

 P.コールズは「ナショナル・カリキュラム」が拘束服でなく枠組みたり得るのかどうかと疑問 を投げかけ,もし枠組みであれば学校と地方教育当局のイニシアチブを阻害しない柔軟性を持つも のでなければならない,と拘束性の緩和を要望していた。すなわちケントの副教育長コールズは,

最も大きな心配事は「ナショナル・カリキュラム」が拘束的なものではなくて枠組みでありえるの かどうか,ということであるという。政府は教師と地方教育当局の同意を欲しかつ必要としている

が,そのためには設定されたカリキュラムと到達目標を解釈する自由が認められなければならない。

地方教育当局の援助無しに「ナショナル・カリキュラム」を導入することができるとしても,たと えば評価の高いケント数学プロジェクトのような重要な地方的イニシアティブは阻害されるであろ う。その枠組みは学校や地方教育当局の異なった解釈を包摂する程度に柔軟なものでなければなら

ない。11)

(3)ナショナル・カリキュラム案の背景

 1976年キャラバン首相は学校の教育水準について一般の疑問が生じているので教育について広く 討議を組織することを提唱し,①小学校における3R s,②総合制中等学校の教育課程,③試験,

④16−19歳の年齢グループ,の4つの問題領域に触れた。(この背景には70年代の石油危機による

経済不況とそれに伴う財政緊縮があり,折りから公立学校・教師に対する一般社会の批判が高まり,

教育におけるアカウンタビリティの強調と教育水準の向上を求める世論の高まりがあった。)

 1977年教育科学省は討議資料rわれわれの子どもの教育:4つの討議主題』(①5−16歳の学校 教育課程,②教育水準の評価,③教師の教育と訓練,④学校と勤労生活)を用意しイングランドの 8地区で商工業界,労働組合,教師の諸協議会,地方教育当局及び高等教育機関の代表が参加した

カンファレンスを組織した。

 1977年教育科学省は上記討議の成果を集約し,r学校における教育:協議文書』 (Education in

Schools:AConsultative Documentグリーン・ペーパー)を議会に提出し,「国務大臣はイ

ングランド及びウエールズの人民の教育の促進に対する法律上の義務がある。また地方教育当局に よってなされていること,それを通して学校で行なわれていることを知る必要がある。国務大臣は 教育システムがナショナル・ニーヅに適切に対応していないと信ずるならばそれに注意を向けなけ ればならない。」とのべ,教育科学大臣のカリキュラムの責任を強調し,また地方教育当局に対す るカリキュラム施策のアンケートを求めることを予告した。アンケートは「教育法(1944年)の第 23節のカリキュラムの責任を遂行することを可能にするどの様な手続きを当局は確立しているか」

から始まる「どの様なカリキュラムの要素を当局は必須なものと見なしているか」等の数項目から

(7)

なっていた。

 1979年のr学校教育課程に対する地方教育当局の施策』(Local Arragements for the School Curriculum)は保守党内閣のもとで上記アンケート結果をまとめ,「大部分の地方教育当局は管 轄下の学校のカリキュラムの情報を定期的に収集し監視するという系統的な施策を行なっていな い。」また多くの当局はカリキュラムは学校自身の関心事であると見なし,カリキュラムの必須な 要素については見解はかなり分かれているということであった。なおそこで教育科学省はカリキュ

ラムの枠組みに関する協議文書を提出すると予告し, 「望ましい教育課程の枠組みに関する国民的

合意に到達する過程において指導性を発揮するよう努め,そのような枠組みの開発を教育サービス

の重要なものと考えるべきだと信じている。」と述べた。

 1980年の教育科学省はr学校教育課程の枠組み』 (協議文書)(AFramework for the School Curriculum)において枠組みの国民的合意の形成に努めるのは「学校の活動が全国的必要に即応

していることを充たすため回避し得ない義務」であるとして,教育の目的とコモン・カリキュラム 案を,「知識と経験」の分野と主要教科の教授時数の比率をあげて発表した。

 1980年HMI(勅任視学部)のrカリキュラムの一見解』 (A View of the Curriculum)

は教育科学省の求めに応じて,学校におけるコモン・カリキュラムによる教育課程計画の立て方を 論じ,具体例を提示した。そのさい伝統的教科または総合的学際的教科のいずれでもよい,教科に 当てる教授時数は示さず共通必修と選択科目の教授時数の例示を行った。前者に比して好評を得た

と言われている。

 1981年枠組みの協議を経て作成された教育科学省のr学校教育課程』 (The School Curriculum)

は1944年教育法は,「両大臣に対して,イングランド・ウエールズ住民の教育を推進する義務を課 している。このことは,両大臣に対して,教育の内容と質ならびに教育に使用される資源の全体に ついて国家的政策と必要の見地から,総括的に監督することを要求するものである。」,「両大臣

は,学校の教育活動が,そのような(技術革新の進む社会の)必要に十分に対応していることを確信

する避けることのできない義務を負っている。」(paragraph.7)また1944年教育法は「地方教育 当局が,教育の施設の供与だけでなく,教育の内容と質にも関係すべきことをしめしている。」

(paragraph.8),「地方教育当局は,したがって,教育課程についても,国家的政策・目標に対応 し,… 当該地域に関する政策と目標を作成する責任を有する。」(paragraph.8)と1944年教育法

のもとでの教育課程に関する中央,地方の役割・権限の修正解釈の見解を明確に打ち出した。コモ

ン・カリキュラムに関しては,「それぞれの教育課程政策とその学校への適用の適否を判定するた

めのひとつのチェックリストとして推i薦することにした」(paragraph.12),として教育の目的を掲 げ,「ガイドラインの多くを教科の形で示すことが最も役立つと考えた。」「教科・科目の真の教育

的意味は,… 学校がどう定義するかにかかっている。」(paragraph.19)と柔軟な考え方で一貫

していた。のち教育科学省は地方教育当局にたいしてこのガイドラインに沿った教育課程政策とそ の進捗状況に関するアンケートの報告を1981年と1983年に求めた。このr学校教育課程』の成立に よって1976年から始められ中央と地方のカリキュラムの責任と権限の見なおし,カリキュラムにお けるコモン・コアの社会的承認への一段落がつけられたと見てよいと思われる。

 1983年キース教育科学省大臣はスクールズ・カウンシル(The Schools Council for the

Curriculum and Examinations)の廃止を決定した。これを規模縮小した中等試験審議会(Secondary

(8)

Examination CounciDと学校i教育課程開発委員会(Sehool Curriculum Development Committee)

によって引き継がせるとした。またHMIのあり方にも検討を加え,その存続と視察事項の公開を 定めた。スクールズ・カウンシルの廃止の決定はカリキュラムに対する教師の専門的自律性の否定 であり,カリキュラムの多様化(多彩化,豊富化)路線の否定を意味した。他方HMIの存続はあ

る意味ではコモン・カリキュラム路線の推進の業績評価の意味もあった。この両者の関係はカリキュ ラム改革動向の変化を象徴的に反映したものであったと言えよう。

 1984年の北部イングランドにおけるカンファレンス(テーマ;「破局か分水嶺か」)のキース演 説は,教育政策の目的は「教育水準の向上」であり,そのための同意された「明確な教育の目標」

を強調した。「教育水準の向上」ということで高い水準のアカデミックな能力もさりながら,多数

の生徒の実際的能力の向上を強調して止まなかった。

 1984年教育科学省のr5一玉6歳の教育課程の編成と内容:討議文書』(The Organization and Content of the 5−16 Curriculum)は初等中等教育の教育課程の4つの原則,「幅広さ,関 連性,個別化,均衡性」をあげ,中等学校4,5年の共通教科と選択教科の比率等を示し,学校段

階別のコモン・カリキュラムの国民の同意形成を図っている。

 1985年には『GCSE:全国基準』 (GCSE:The National Criteria)を出し, GCE

試験とCSE試験の一本化の方策をまとめ,16歳の80−90%までの者が旧CSE試験の5レベルま

での資格取得を期待した。

 1985年教育学省はr優れた学校』(Better Schools)(教育白書)をまとめ提出している。

 また同年「優れた学校」カンファレンスを開催しているが,テーマを評価問題として,「評価技

法とアプローチ」,「学校の役割と責任」,「地方教育当局の役割と責任」「国務大臣の責任」の柱で 検討してた。キースの総括講演は,評価を重視し教育水準の向上のための不可欠のものと強調した。

注目されるのはキースには,ベーカーのように到達目標を直接国務大臣が決定し,全国評価システ ムを作ろうとする考えはまったくなかったことである。カリキュラム目標に関する全国的合意の形 成はあくまで一方では教育科学省の「教科の方針説明」と他方ではHMIの「カリキュラム問題」

によってであるとしたことである。

 なお80年代初期は雇用省のマンパワー・サービス委員会が技術職業入門教育(TVEI)に乗り

出したことが注目される。それは14歳から18歳までの青少年を対称とした5年間のプロジェクトで,

「一般的,技術及び職業教育の循環的計画の組織,運営及び資金供与の方法を開拓しテストするこ と」を課題として1982年から発足した。中央からの比較的恵まれた資金的供与のもとで,地方教育 当局は自発的にこのプロジェクトに参加した。カリキュラムは多様であるが,大別してコモン・コ

アの部分とオプション(選択)の部分からなり前者は40−50%,後者は50 一 60%の範囲の時間配分

となっている。生徒はGCSE,上級補足レベル(AS),職業準備教育証書(CPVE)の試験

に導かれ得る。

 HMIは初等中等教育のカリキュラムの調査(rイングランドの初等教育』(Primary Education

in England,1978), rイングランドの中等教育の諸側面』(Aspects of Secondary Education in

England ,1979)等)によりカリキュラムの問題点を客観的に提示し,改革の方向に関する合 意の形成に資し,他方r11歳から16歳のカリキュラム』(Curriculum 11−16,1981,1983)のレッ ドブック・シリーズによって他方教育当局及び学校との協同研究を踏まえたコモン・カリキュラム

(9)

の理念・内容及びその学校レベルの計画のあり方を提示した。最初の作業文書で示したカリキュラ ムのチェックリストとしての経験の8領域論は多くの人々に活用され,1983年のまとめ版では「資 格(権利)カリキュラムをめざして」と副題がつけられ,学習と経験の領域としての8領域及び学 習の要素として「知識,概念,技能及び態度」をあげ,カリキュラム目標はこれらの要素を以て表 現されるべきだとした。カリキュラムの8領域論は学校の自律的なカリキュラム計画(伝統的,非

伝統的教科のいずれでもよい)のためのものであった。

 また教育科学省の求めに応じて協力したrカリキュラムの一見解』(1980年)に続く,最近では 同意形成のためのカリキュラム問題シリーズr5歳から16歳のカリキュラム』(The Curriculum 5−16,1985)がある。いつれも学校レベルのカリキュラム計画の視点で書かれている。後者では

「学習と経験の領域」と「学習の要素」 (知識,技能,理解及び態度)がカリキュラム・デザイン

の要とされた。以下,r英語』,r数学』,r音楽』,r家政科』,r健康教育』が刊行され,そ れぞれに個人及び団体からよせられた反応意見のまとめとして,「カリキュラム問題への反応」版

が編集刊行されている。

 1976年のキャラバン首相の教育大討議提案に端を発した教育科学省のカリキュラムの同意形成路 線は1981年のr学校教育課程』を世に送りだし,中央と他方ならびに学校の義務教育と権限に関す

る1944年教育法の再解釈とコモン・カリキュラム案(ガイドライン)を提示した。この路線の強力 な推進者はキース教育科学大臣であった。キースはスクールズ・カウンシスの解体を決定し,他方 教育当局には学校教育課程の政策の進捗状況の報告を求めた。1984年には「教育水準の向上」を一 層強調し,教育目標の明確化と評価の重視の必要を説き,また合意形成のためにr5−11歳のカリ キュラムの組織と内容』(協議文書),rS歳から16歳の科学:方針説明』(Science 5− 16:A

Statement of policy)(r現代外国語』 (Foreign Languages in the School Curriculum)

がそれに続いた)等を発表し,HMI(勅任視学部)にもrカリキュラム問題シリーズ』の刊行を 求めた。さらに1985年のr優れた学校』 (教育白書)は教育水準向上のための諸施策の説明に努め た。(しかしその情勢分析には学校における「同意されたカリキュラム」に関する弱点が報告され

ていた。1986年の教育科学省r地方教育当局の学校教育課程政策』 (Local Authority Policies

for the School Curriculum,1983年のアンケートのまとめ)は地方教育当局の政策の進捗状況

は未だ満足し得るものではない,としていた。)

 1987年教育科学省のrナショナル・カリキュラム5− 16(諮問文書)』 (The National

Curriculum 5〜玉6)は明らかに同意形成路線を転換する趣旨を表明したものであった。

 以上の期間に提示されたコモン・カリキュラム諸案は教育科学省は教科で,HMIは経験領域で

それぞれ表示したものであった。12)

表1.各文書のコモン・カリキュラムにおける教科案または学習と経験の領域案

年 文書名

コモン・カリキュラム案

1977Curriculum

@ 11−16

審美的創造的領域,倫理的領域,言語的領域,数学的領域,身体的領 諱C科学的領域,社会的政治的領域,精神的領域

(10)

1980 A Framework

for the  School

Curriculum

1980 A  View  of

the Curriculum

1981  The  School

  Curriculum

1984  0rganization and Content of

the 5−16Currilum

1985  The Curricu−

Ium from 5 to 16

1987The National Curriculum 5−16

(中等学校第4−5

 学年)

英語と言語技能10%以上,数学の技能と概念10%以上,科学10 一・ 20%

以上,現代外国語(2−3年間以上)10−20%以上,宗教,成人と労 働生活への準備(第3学年以前から開始),体育

英語,数学,宗教教育、体育,科学,現代外国語,歴史,美術,応用

工芸

英語,数学,科学,現代外国語,電子工学,工芸・デザイン・技術,

「成人生活への準備」,宗教教育,人文科,実習的審美的活動

英語,数学,体育,人文科,審美的教科,技術教育,現代外国語,工 芸・デザイン・技術

審美的創造的領域,人間的社会的領域,言語的文学的領域,数学的領 域,道徳的領域,身体的領域,科学的領域,精神的領域,技術的領域

英語10%,数学10%,理科10 一 20%,技術10%,現代外国語10%,歴

史/地理または歴史または地理10%,体育5%(ウエールズ語)

〈付加的教科〉科学,第2現代外国語,古典科,家政科,歴史,地理,

商業,美術,音楽,演劇,宗教科

2)ブラック報告と全国評価システム案

(1)ブラック報告の構想と内容(及びその修正)

 ナショナル・カリキュラム諮問文書にもとついて「評価とテスト課題グループ」と「教科作業グ

ループ」が設置された。 「課題グループ」には評価施策の具体化方策および作業グループの到達目

標,学習内容づくりの教科作業枠組みを提出することが求められた。課題グループはP.ブラック 科学教育教授が委員長となり,87年12月に(基本)報告を提出した。報告書は一般からは好評を得 た。 (科学および数学の作業グループは88年1月までに中間報告を提出し,科学と数学の教科作業 グループは6月30日に上記枠組みにもとつく報告書を提出することとされた。英語はキングマン委

員会の手で。技術等の教科グループは既に発足した。)13)14)

 ブラック・グループは外部の全国テストを教師の教育実践活動と一体化できるものとし,これを 教師の教職専門性の向上のための好個の機会として捉え,学校・教師をベースとした全国評価シス

テムの確立を志向した。

 「生徒を駄目にするのではないか」,「親と学校の関係を損なうのではないか」,「教師自身の

仕事に拘束を課するのではないか」という不安の声に答えながら,特に「教師の仕事に対する影響」

について教師の間に「広がっている不安の声は外部からのテストがわがまま勝手に教師自身の仕事

(11)

に拘束を課し,その専門的な役割を制限し価値を財めることになる。」という懸念があるが,われ われのこの不安の声に対する第一の反応は以下の手続きを勧めるようとするものである,とし「教 師の普通の学習のコンテクストにおける時間を掛けた評価こそが重要な部分を演じる」のであり,

「外部の提供される方法と手続きは視野の広い,すべての者がわかち持つことになるカリキュラム の到達目標に関連している」のであり,「これらの評価の方法はしばしば普通の学級諸活動に一体 化され得る」ものであり,「運営,採点及び調整の手続きは教師の専門的技量と相互の支援に依存 しており,教師に重要な責任と異質なものに対する協同の安全装置を提供する」ものである,と教

師に対する呼掛けを行なっている。15)

 同報告書はイギリス的特色を持つ全国評価システムの確立を目指すとした。評価の概念は他国,

自国で既に使用されているものであるとしても,それらをシステム化し,そのシステムに他国に類 例を見得ない独自性とラディカルな性格を持たせるものであると自らを評している。

 同報告はまず全国評価のための4つの優先基準をあげた。それらは,「基準準拠」でなければな らない(「集団準拠」に対して),「形成的評価」でなければならない(「フィード・フォーワー ド」の視点,「総括的評価」は最終段階で),評価は児童生徒の「進歩向上」に関連づけねばなら ない,評価は他との比較を可能にするため「調整(Moderation)」されねばならない,と以下の

ように述べている。

 ①全国評価の目的として,われわれは以下の4つの基準にプライオリティを持たせる。

○「基準準拠」でなければならない。

 (評価結果は目標と関連した生徒の成績についての直接的な情報を与えなければならない)

○「形成的評価」でなければならない。

 (結果は生徒のその後の学習の必要についての決定の基盤を提供しなければならない)

○評価は「進歩向上」に関連づけられなければならない。

 (基準と尺度を設定,使用する方法は,期待される教育発達のルートと関連させ,異なった年齢 での生徒個人の評価に継続性を与えるものでなければならない)

○評価は「調整」されなければならない。

 (尺度や等級は教師,親,生徒が共通の言語の標準を持つものとすれば,学級間学校間での比較

を可能にすべきである)16)

 同報告は形成的評価の目的を実現するためには,教科の成績は到達プロフィールとして表示すべ きだとした。各教科作業グループに対して,教科を少数の(4ないし6の)プロフィール構成要素

(技能,知識及び理解に関する同質性を持つ到達目標群)に区分すること,を求めた。また教科の

レポートもプロフィール構成要素(Prorfile commponents)ごとに行なわれる。(ただしプロフィ ール構成要素には「態度」は省くこと,を求めている。)

 「プロフィール構成要素を明らかにするのは関連の教科の作業グループの責務となろう。われわ れは個々の構成要素は教科を助長している技能,知識及び理解に関するいくらかの同質性を持つと ころの到達目標群を構成すると想定している。しかしその内部均質性が唯一の決定要因となるべき でもない。」(そこでその他の要因も考慮し,構成要素間のバランスの配慮も必要である。)

 「個々の教科はその教科を生じさせている多様な知識技能及び理解を反映している少数の(お そらく4つ程度の6つ以下の)プロフィール構成要素をレポートしなければならない。可能であれ

(12)

ば1つ以上の構成要素にはカリキュラムを通じてより一般的な適用性を持たせるべきで,これらの ものに対しては単一の共通の明確化(specification)を関係の個々の教科において採用させるべ

きである。」とした。17)・

 プロフィール評価の例として,報告書はロンドン・グループ(科学)の技能(主に実習的),知識 と理解,及び探究(プロジェクト)活動の3つの構成要素をあげ,これらの3つの構成要素の成績 が科学における生徒の到達を表示するプロフィールを構成する,また多くの英語計画に見られる,

書くこと,話すこと,読む(理解)こと,及び聴くことのこれらの4つのものの結果がプロフィー

ルを提供しよう,としている。18)

 同報告は継続・進歩の評価を目指し7歳,11歳,14歳及び16歳で行なわれる全国評価は当該学年 の終わり近くで行い,継続,進歩の評価を可能にするためには「7歳から16歳の全年齢に適用させ るプロフィール構成要素には10レベルがなければならない」,したがって教科作業グループには,

「構成要素の進歩のための広い基準に関連させて個々のプロフィール構成要素のレベルのシークエ

ンスを明確にすることを求める」と勧告した。(異なった年齢段階での生徒個人のプロフィール構成 要素の評価のチャートが確かめられるようにする。)「それぞれの教科作業グループはその各々のプ

ロフィール構成要素のレベルのシークエンスを決め,その構成要素の進歩に広い基準を関連づけな ければならない。7歳から16歳までの全年齢範囲に適用される一つのプロフィール構成要素に対し て,10のレベルがあり,もっと小さな学年幅に適用されるプロフィール構成要素には相当のレベル

の削減を行なわねばならない。」(paragraph.101)

 「7歳の全国評価ではレベルの1から3が使用されねばならない。」19)7歳の全国評価で1−3 レベル(レベル1は付加的援助を必要とするもの,レベル2は満足な到達を示すもの,レベル3は 特別な取扱を必要とするもの),11歳ではレベル3−5を,14歳ではレベル5−7をそれぞれ標準 として使用し,16歳ではレベル7− 10を割り当て,GCSEの等級A−Fに対応させる。(途中か ら始まる教科ではレベル1からはじめる。)

 継続評価の終点である16歳の評価と中等教育一般証書試験GCSEとの関連については,同報告 は「全国評価システムとGCSEのフォーマルな関係は当初はこの関連の一点にとどめて置き,す なわち当然にレベル6と7はGCSEの等級F/Gの境界に対応させるべきである。」(paragraph.

105)と勧告した。また「作業グループが上位の4レベルのプロフィール構成要素を開発するとき には,それらのグループは出発点として現行のGCSEのA/B, C/D, mid−E,及びF/G の等級の決定方法を採用すべきである。」20)しかし全国評価システムと関連してGCSEのあり方 について言及することには慎重な態度をしめした。すなわち報告は「GCSEは全国評価システム

が比較的早期に導入されるまで現行形態のままとすること」21)と述べた。

 同報告は全国評価システムではテスト・イメージ(外部作成,紙と鉛筆,形式的非想像的,規則 的採点等のイメージ)を変革する必要があるとし,その用語概念を「標準評価課業」 (Standard Assessment Task)として使用すると述べる。評価課業の可能性を諸側面から分析しすぐれた評

価用具として評価課業の開発をすすめ,それらが学校レベルで柔軟に使用出来るようにすること等,

勧告している。また教師の独自の評価は標準評価課業を使用し,それによる調整を経ることが必要

であるとした。 (paragraph.45,46)

 同報告は「教師の生徒成績の評価が全国評価システムの基本的要素として使用されねばならない。」

(13)

とし,教師の評価と全国テストとの調整について「参考テストにもとつく調整作業(Scaling)」,

「訪問調整者による査閲(lnsp㏄tion)」,「教師を集めてその評価について話し合うグループ 調整」の3種が考えられ,グループによる調整は「ナショナル・カリキュラムの展開に教師の専門 的判断をそそぎ込むことを可能にするところの3つの方法の中の唯一のものである。当面は時間を 喰い従って高くつくものであるが評価が明白な基準にもとつくにつれてそうでなくなる。」(para

graph.72)と述べた。

 同報告は「教師の生徒成績の評価が全国評価システムの基本的要素として使用されねばならない。

全国テストや課業と同様に,教師自身の評価は生徒の反応を喚起し評価するという多様な方法によっ

て引き出されなければならない。」,「教師の採点は全国的標準を伝え生かす仕方で調整されるこ

とを勧告する。」(partigraph.62)と,述べ,さらに以下のように勧告するのであった。

 「グループ調整が全国評価システムの統合的部分でなければならない。それは調整を経た教師の

評価と全国テストの結果の同意された組合せを創り出すために用いられねばならない。」22)

 同報告は全国テスト結果の取扱についても触れ,「全国評価を含む学校のレポートは地方教育当 局によって準備される,学校に影響を与えていることが知られている社会経済的及びその他の要因 の性質を指示する地域の一般的報告を含むべきである。この報告はそのような成績に関する影響の

結果の認識の一般的な指標を提示すべきである。」と述べている。23)

 同報告は最後の部分で「われわれの戦略は教師が彼らの教職の積極的な部分としての新しいシス テムに確信を持つにいたり,コミットしないとすれば失敗に帰するであろう。このコメットメント を確実なものにすることこそ新しいシステムがそれがもたらし得る重要な価値を実現するための不

可欠の前提条件である。」と述べて教師層の積極的反応を求めたのであった。24)

 同報告は広く一般からの好評を得たが,特に全国教員組合NUT,地方教育当局LEAや高等教 育カレッジ等からの賞賛を得たのは注目される。ベーカーもこれを支持したが,サッチャー首相や

保守党右派は批判的であった。しかしのち首相も大筋を受け入れたが,引き換えに資金面の引締め,

実施時期の早期化,地方教育当局の評価調整への参画拒否等で修正を迫った。

 その補足報告では評価の導入は新しい学校試験評価審議会SEACが責任を持つ,評価の運営は 契約でGCSE団体とLEAの地域コンソーティアによって行なわれる,教師の評価が外部のテス トと並んでシステムの一部とすることは認めるが合算方式による,地方レベルの教師の評価調整は 拒否された,形成的評価の一部としての診断テストは全国評価の一部とはしないこと,等を詰めの 報告・訂正の報告で行なっている。Education誌によると,以下の諸点に関して補足修正さ

れたという。

 ①改訂された提案は開発の活動は中央政府によって外部との契約によって進められ,新学校試験・

評価審議会がGCSEを含めてテスト施策を導入する全責任を与えられること,

 ②地方レベルでの教師の評価の調整は,ベーカーによって拒否されたこと,

 ③教師の評価が外部のテストと並んでそのシステム内での一部をなすことを認めるが,これは合 算して全体的評点を提供されるべきこと,16歳ではGCSEが特にコア教科の評価の主要形態であ

るべきこと,

 ④評価の運営はGCSE全体及び1.EAの地域的コンソーティアによって契約にもとついて遂行

されること,

(14)

 ⑤形成評価の一環に組み込まれた得点の低い生徒を対象にした診断的テストは全国評価の一部と

しないこと(「形成的評価から総括的評価への注目すべき変化があった。」?)25)

 しかし以上の報告書の後退にも拘らず,その全国評価システムの基本的構成(学校・教師をベー スとした評価,基準準拠(形成的評価)とプロフィール評価,全国テストと教師評価の組合せ)は

維持されたと思われる。

(2)ブラック構想の背後にあるもの

 ブラック報告が追求した全国評価システムを組み込んだナショナル・カリキュラムの構想が今後 果して結実・発展の途をたどり得るのかどうか,これを軌道に乗せ得るための基盤条件があるのか どうか,そもそも同報告はどのような先例を手がかりとして考え出されたのか,を取り上げておく

必要がある。

 A.中等教育一般証書試験GCSEの開発

 1986年GCSE(General Certificate of Secondary Education)のコースが設置され,

1988年から実施に入っている。言うまでもなくGCE(General Certificate of Education)

とCSE(Certificate of Secondary Education)の両試験が一本化された共通試験システ

ムとして発足したものである。共通試験システムの基本原理はデファレンシエーション(Differen−

tiation個別化,「違いに応じた」)であるといわれ,その仕組みは,全国基準,等級別試験,

等級基準準拠;基準準拠の試験,コース活動の併用と評価,学校・教師ベースの評価,の諸原理か

ら成っている。

 GCSE試験はr全国基準』 (The National Criteria)によっておこなわれ,その「一般 基準」が試験の枠組み及び諸事項の一般的事項を示し,また「教科基準」が履修度の高い20教科を 選定し,シラバス作成の枠組み,教科の目的・目標(知識・技能・理解等)及び内容,評価(観点

と技法),及び等級(CとF)区別の説明を行なっている。

 各地域試験グループはこれらの全国基準にもとづきシラバスを作成しSECの承認を経て,試験

を実施する。

 各等級は基準準拠等級とし,基準評価による等級の付与が行なわれる。 (従来の集団準拠==相対

評価を止めた。)等級尺度をA−Gの7等級としている。 (A−CをGCE 0 レベル, D−G をCSEの2−5レベルに対応させるものとした。)

 試験は等級別に準備させるが,デファレーション評価が出来るように,共通問題の外問題用紙また

は問題を選択させる(特に数学,物理,化学,生物,科学やフランス語のような継続して履修させ

る教科で必要とされる。)

 GCSEで注目されるのはコース活動である。コース活動を筆記試験と併用し,評価の一部とす

るものであるが,原則として学校で行なう。

 観察・測定・実験等の実習的技能,口頭表現技能,長時間に及ぶ製作作業等を含む重要な技能を 評価する。特に科学,手芸・デザイン・技術CDT,言語,美術デザイン及び音楽等の教科で重要

度を増すが,ほとんどの教科で実施される。

 GCSEでは教師による評価が増加したが,さらに以下の評価のモードの選択を認めている。す なわち,モード1:シラバスも実施も試験当局で。モード2:シラバスは学校で,実施は当局で。

(15)

モード3:シラバス,実施も学校で,調整は当局で。

 GCSEの管理・監督については新しい学校試験及び評価審議会SEACが全国評価システムと

もどもにこれを行なう。

 GCSEについては批判も多い(特にアカデミックなものを上位とし,プラクチカルな能力を下 位に位置づける等級尺度,評価の多級性にともなう区別の観点の人為性,教師評価のバイアス(性 差と少数人種に対する)等々)が,生徒の「何を知っているのか」,「何が出来るのか」を積極的

に評価しようとする評価観を基本とするシステムは総体として前進を遂げたものと思われる。

 B,学力評価室APUの成果

 APU(Assessment of Performance Unit)は1975年に設置された。その評価とカリキュ ラム開発の実績は今日高く評価されている。APUはGCSEの実現に大きな影響を与えている,

特にそのシステムの諸側面を形成するのに役だっている,といわれている。

 APUはその目的を,評価方法の開発を促進し,学校での子どもの成績を監視報告し,低学力の 付随条件を確認することとし,ついでその課題を以下のようにした。

 ①現行の評価の手段と方法を確認し理解すること,②評価の新しい手段と技法の創出を保護する こと,③地方教育当局や学校と協力して評価の行為を促進すること,④環境に関連した成績の有意

な違いを確認し,結果は関心を持つすべての者に活用されること,

 その後APUは教育水準の向上という主要課題と関連させて,そのすべての生徒の成績について の情報を提供するという目的を,サンプルによる一定量の生徒学力の全国調査によって実現させて

いる。

 11および15歳;数学1978−82年(毎年),英語1979−83年(毎年),11,13および15歳;科学19

80 一 83年(毎年),13歳;外国語:フランス語1983,84および85年,ドイッ語及びスペイン語1983

年,数学,英語及び科学に関してそれぞれ5年の間隔で定期的に監視報告し,その間は蓄積された データを分析し,それらを掘り下げその成果の普及に努めるとし,数学は87年,英語は88年科学は

89年を当てている。26)

 C.ジップスは以下のようにAPUのGCSEへの3つの影響の仕方を指摘しているq (i)A

PUの学力調査の情報は全国基準,特に等級基準案の開発を助成するのに使用された。 (皿)AP Uによって開発された数学,科学及び言語における実習的,口頭的評価の方法はGCSEの実際的 評価に支配的な影響を与えることになる。(APUが最近の広範なこれの開発経験を持つ唯一の組 織体であるから。) (皿)APU/教育科学省DESによって開拓された実習的評価の研修訓練は GCSEのこの側面に対する教育研修に決定的に重要となる。

 ジップスはさらに,APUの科学チームは評価のカリキュラムへのインパクトを重視,科学教育 協会と連携し科学のカリキュラム・モデル(内容より過程を重視する)を作成したが,これがGC SE(科学)に広く採用されていることを指摘している。さらにrGCSE:教師のためのガイド』

(SEC/Open University.1986)の数学,科学版にもAPUが考え方を形成した範囲を窺える,

と指摘し,その等級基準の開発にもAPUの係わりは大きいと,見られる。その理由として11,13 および15歳の全国データは数学,科学及び言語における子どもの諸能力の発展の仕方についての理 解にとって決定的なものであるから,としている。他の教科についても等級基準の開発調査が予定

されていることもつけ加えている。27)

(16)

 C,スコットランドの実験

 GCSE以前にスコットランドでは標準等級試験が開始された。1984年英語,数学,科学及び社 会的職業的技能のコース活動が開始され,1986年に試験が行なわれた。翌年から他教科もコース活

動と試験を開始した。

 その特色は諸コースにおける実習的・口頭表現的活動の強調,学習過程における教師の評価の増 加,基準準拠試験システムへの移行と評価要素(assessment element,プロフィール構成要素と解

してよい。)の導入があげられる。それはカリキュラムの各分野内で3乃至5つの評価要素または 領域が設定され,各要素の成績に対して等級が付与され,それが成績のプロフィールを提供するこ とにした。等級は7っの等級からなりそれぞれに対して等級準拠基準が開発され,3つのレベルの 試験(優秀(credit),一般(general)及び基礎(foundation))によって等級が付与される。

生徒は一教科について3つのレベルのいずれかのコースをとり,3乃至5つの評価要素に対してそ れぞれ1−7等級のいずれかの等級で1標準等級証明が付与される。3レベルの試験には等級には 等級の重複部分を配している。そこでも「継続・進歩の評価尺度」試みられていた。そしてシステ

ムの導入・実施によって明らかになった複雑さ・教師の負担量の加重等を解決するため「単純委員

会」(単純化の範囲を考察する)が設置され,多くの単純化の勧告をしている。28)

 K.ゴードンは次のように指摘している。すなわちスコットランドでは既に1974年以来カリキュ ラム改革と評価の改革は両立するだけではなく相互に他を強化させるものであるという配慮が行な われて来た。その観点でカリキュラムと評価の改革がすべての段階で進行中である。外部と内部の 評価モードが採用され,生徒の最終等級は外部試験の成績とコースの活動の成績の組合せで表わす ことにしている。外部試験の客観性及び全国標準の確立の要請と,カリキュラムの柔軟性及び教師 の専門的判断の開拓の2組の主張を結びつけようという試みがなされている,とこの試験制度の改 革とカリキュラム改革の連結,一般に評価とカリキュラム改革をセットした取り組みを高く評価し

ている。29)

 実はGCSEはスコットランドにおけるいわば試験とカリキュラムの改革の実験を見ながら形成 されたのであり,ブラック報告における基準準拠とプロフィール評価案もこれらの経験を踏まえた

ものである,と言うことが出来るだろう。

 D,人気のある2つの評価

 少しさかのぼり,GCSEの導入がまだ決定されなかった時期,モティモアーらは,中等学校の 試験の改革について検討し,最後の章「選択し得る評価形態:プロフィールと等級評価」で「この 国では生徒のプロフィールと等級別評価に最近多くの関心が示されてきている。」とし,両評価法 の今後の可能性を論じている。紙数の関係で,ここではプロフィール評価のみを見ておきたい。

 プロフィール評価は1970年代の始め頃のGCEやCSEを受験しない生徒の個人業績記録の運動 に端を発したが,やがて非教科の領域から教科の領域の評価にも及ぶようになった。雇用者や継続 教育機関に対する生徒の人物証明資料となり得るものとして必要視されるに至った。プロフィール 評価は等級評価や基準評価を採用しており,到達した等級や基準にもとついた評価を行なうので生 徒個人のモティベーションを高めることが経験的にも確認されるにいたり評判を高めた。しかし一 部の生徒を対象とするプロフィールは結果として能力の低い生徒であることの証明と見なされるこ

とから,すべての者のプロフィール評価を高める声が高まって来ている。

(17)

 1984年のインナー・ロンドン教育当局の「ILEA中等学校のカリキュラム及び組織に関する報 告」では,4つの教育業績を区別している。すなわち,

①学問的なもの:作文表現,知識の保有,現行公共試験でテストされる材料を組織し適切に選択す

る能力。

 ②実際的技能:現行公共試験で制限された範囲でテストされる知識の適用,口頭の技能,研究的

技能。

③社会的技能:コミュニケーションと友好関係,グループの活動,自発性,責任感,自己信頼及び

指導性。現行試験でテストされないもの。

④個人的資質:モティベーション,コミットメント,忍耐心,自信,等々。現行試験ではテストさ

れないもの。qo)

 ところでモティモアーはプロフィール評価の発展を次のように押さえている。

○スインドン個人業績記録(RPA)→個人経験の記録(RPE)

 1970年と1973年に発足し,個人的資質の発達を狙いとした生徒指導の生徒によって集められた記

録から構成された。

○エベスハム・スクール個人業績記録(PAR)

 1979年教師により開発され生徒主導の,学校コース(テストと試験結果のリスト),言語・数学・

実際的技能及び社会的技能の4領域の16チェック・リスト,スポーッ・レジャーまたは地域活動の

「個人の業績」の3部からなる。

○スコットランド教育研究審議会(SCRE)のプロフィール

 1977年スコットランド校長の作業部会との連携で開発試行されたSCREプロフィール評価シス

テムで,プロフィールは教師の管理と教師の評価による。評価は4ポイントの等級尺度が用いられ,

学校内外の比較可能性を高めるため学級よりは学年べ一スで実施し,データを記録するのに手書き とコンピュータ・システムによる2つの方法が用いられる。SCREプロフィールは基本的技能,

学業成績及び勤労関連特性の3部からなっている。

○サットン。センター・プロフィール

 1980年に紹介されたもので,プロフィールは生徒の学校と活動のすべての側面に関する教師のコ メントからなり,生徒と親の反応を意図して作成されている。そこでは生徒が教師と親,関係間の

対話の中心であると見なされている。

○スクールズ・カウンシルのRPAの評価(1979)とプロフィール計画実施範囲の評価(1982)

 RPAについて,生徒を動機づけそのアイデアや活動をオーガナイズするのを助け,能力の低い 生徒に業績資料とプライドを得させているが,中等学校4年,5年次の能力の低い生徒に限定して

いるところに問題がある,としている。

 後者については,すべての地方教育当局が関与しているが,その掲げた基準(4つ)に合致して いた学校は25校に過ぎなかった,としている。基準の中には「プロフィールが伝統的な成績以外の 技能や資質を記録していた。情報がシステムマティックに提供されていた。」等があった。

 以上のような発展を押さえた上で,プロフィールを支持する議論は多いが,簡単に整理すると慎 重に構成されたプロフィールは①生徒の動機づけに役立ち,人格資質面の発達を助長することに寄 与する,②雇用者,継続及び高等教育のスタッフ,及び訓練担当職員が応募者に関する有用な情報

(18)

と洞察を得られる,③プロフィールシステムがある程度の生徒主導や生徒の自己評価の要素を含む とすれば,基本的な自己意識と自身の技能を発展させる優れた機会を提供することが出来よう,と

述べている。

 最後にモーティモアは各社会的勢力のプロフィール支持状況に触れていたので紹介して置きたい。

狙教育システム内外にかなりのプロフィール評価の開発と導入に対する支持がある。大部分の興味 のある開発は継続教育部門において行なわれ,FEUによって開拓されている。

姐ある教員組合(全国小学校長協会/婦人教師組合,1983)の政策文書はすべての学校終了者のプ

ロフィールを勧告しており,その見解は主任勅任視学官によって支持された。

狙CBI(英国産業連盟)は,教育,科学及び芸術特別委員会の証言においてそれらを強く支持す ると述べ,同様にMSC(人的能力サービス委員会)やTUC(労働組合会議)も証言している。

姐労働党はすべての青年に対する全国プロフィール・システムを求めたい,と述べている(1982)。

姐自由/社会民主党(SDP)連合はその導入を支持している。

姐保守党はプロフィールの価値を認めた。但し試験に取って代わるのではなく,それを補足するも

のとして(1981)。31)

終わりに

 教育改革法案一ナショナル・カリキュラム案は80年代前半までのカリキュラムの合意形成路線か らの転換・飛躍を意味し,教育科学省がナショナル・カリキュラムを推進する主体となることを明 確にしたものである。ナショナル・カリキュラム案は基本教科の指定と教育の4段階の全国評価を 軸とした目標・内容の基準を備えて実施されることになる。その意思決定過程とビジョン(21世紀 を展望したものか,残された20世紀最後の営為のためのものか),カリキュラム観それが教育の 過程に持ち込む影響・諸制約等々の問題性の検討は今後の課題として残されている。

 ブラック報告は教科作業グループの作業の枠組みを決める前に,教師の評価をベースとした全国 評価システムの確立を目指し,全国テストを教師の教育実践と一体化し得るものを希求し,基準評 価とプロフィール評価,教師の評価と全国テストの教師のグループ調整などを柱とした構想を立て た。それはAPUの成果, GCSEの導入,スコットランドのカリキュラムと評価の連結の実験成 果,プ旦フィール運動と評価技法への一般の関心を反映させ取り込もうとするものであった。(そ のため多量の資源と準備時間を必要とすることも分かった。)ブラック報告は広い範囲の好評を得 たが,保守党内の採否をめぐる対立を生み,その結果その一角は崩されたものの基本構想は維持し 得たものと考えられる。(詳細は今後の検討課題に待たねばならない。)

 今後イギリスでは全国評価システムと連結したナショナル・カリキュラムが実施されるが,それ は4つの義務教育の主要段階における全国評価(学校内部の評価と学校外部の評価)と内的に連結 したカリキュラムの開発を伴うことになる。そのカリキュラムは生徒のモチベーションを高めると されるプロフィール評価と基準準拠(等級準拠)評価に対応し得るものが想定されている。評価施 策をはめ込んだナショナル・カリキュラムはおそらく種々の問題を生じつつもここ暫くの期間は続

くことになろう。それらを功罪ともども注目して行きたいと思う。

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