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中国における個人の情報の接触が政治参加に与える影響
翟一達1
要旨
政治参加の理論によると,情報空間の拡大は人々の政治的知識を増加し,政治参加活動を 促進すると考えられる.しかし,現在の中国社会においてはメディアや情報空間が規制さ れている.メディアに期待される役割と異なる現実にメディアが政治参加に与える影響に ついての実証的な分析は十分とはいえない.政治参加はさまざまな種類があるが,本研究 は中国で最も注目されている「上訪・信訪」(陳情)と「群体性事件」(集団的抗議行動)
に焦点を当てる.第三波のアジアン・バロメータの中国全国調査のデータを用い,国内メ ディアの接触度,外国メディアの接触度,インターネットの利用や政治的会話の四種類の 情報の接触は中国国民の政治参加にどのような影響を与えるかについて実証分析を行った.
キーワード: 情報環境 情報の接触 陳情 集団抗議事件 メディア
Ⅰ. はじめに
改革開放政策実施以後,高度経済成長と 共に中国の社会と政治の領域において大き な変化が起きた.
1980年代に海外の情報が書籍,音楽,映 画などのメディアを通じて中国国内に広ま った.それをきっかけに,政治改革に関し て知識人や大学生は活発な議論を行い,つ いに民主化を求める動きとなった.1989年 の天安門事件はその頂点といえる.先行研 究は,中国80年代の民主化運動と当時の情 報環境の影響を結びつけ,個人情報の接触
によって政治参加への意欲と行動が高まっ たと述べている(崔2009).
しかし,天安門事件後,中国における選 挙を中心とする民主化への政治改革運動は 低潮期に入ってしまった.中国国民の政治 参加の意識は,政治体制の改革から個人利 益の取得に転換していった.こうした背景 の下で,中国一党支配の政権の強靭性は近 年ますます注目されている(Carothers 2002; Nathan 2003).政治参加の規定要因 として,情報のコントロールと世論誘導が 政権の維持に大きな役割を果たしていると いえる.現政権にとって,情報環境を有効 論文
70 に管理すれば,政権に脅威を与える政治参 加を無力化することができる.情報環境の 視点から見て,個人情報の接触がどのよう に中国国民の政治参加に影響するのかは重 要な意味をもつ.
情報環境とは人々が各種の情報に接す る環境である.情報環境の構成要素には,
マスメディアは勿論だが,インターネット や対人コミュニケーション・ネットワーク も含まれる.権威主義の政治体制の下では,
情報環境がかなり制限されていることはす でに知られているが,それぞれの要素ごと に政権から与えられている自由度が異なる ので,具体的に分析する必要がある.
中国では,マスメディアは「党の喉と舌」
といわれ,共産党の宣伝工作を実施する道 具と思われている.政治的な思想統制と大 衆動員によって,共産党のイデオロギーや 党の方針を社会に浸透させ,党と大衆の団 結と党の政治基盤を固める役割を果たして いる(平野2008).その一方で,中国のマ スメディアは政府の財政補助を受ける立場 から,補助を受けない立場へと方針転換し,
市場化,企業化への勢いを増し,購読料や 広告による運営の独立採算制に移行した.
市場経済が主導するメディア産業界で生き 残るために,マスメディアは大衆の好みに 合わなければならない.したがって,メデ ィアの報道はある程度多様化し,娯楽番組 やニュースも増えている.また,大衆の好
感を得るため,「社会正義」をアピールし,
地方政府レベルの不正を批判する記事も数 多く見られるようになった.
また,ネットでは一党支配の中国政府へ の批判が多くある.近年,中国におけるイ ンターネットの利用者は5億人を越えてい る.10代と20代の若者層ではインターネ ットの普及率は70%以上になった.ネット 上の話題が全国に広まり,主流のマスメデ ィアも無視できなく,その話題を報道する ほどの影響力を持っている.たとえば,広 州の孫志剛事件や山西のワクチン事件のよ うに,インターネットの力で政府への圧力 がかけられて,法律の改正が行われ,ある いは現実の社会問題の解決にも役を立った 例がある.インターネットの普及によって,
情報発信源は政府がコントロールしてきた 既存マスメディアから,中国国民が意見を 表出する新たなチャンネルに変わりつつあ るといえる.市民から情報の発信が可能と なったことは中国のメディア文化再構築の 第一歩といえるだろう(平野2008).
対人コミュニケーション・ネットワーク も重要な情報流通経路である.個人間のパ ーソナルなつながりで,政治に関する情報 の受信と発信ができる.菱田(1990)は情 報伝達の手段がそれほど発達していなかっ た毛沢東時代の中国農村では,パーソナル コミュニケーションが党の政策を宣伝する 重要な手段であったと指摘している.当時,
71
「工作隊」という宣伝チームが農村に派遣 され,党の政策や方針を宣伝した.実際に は,パーソナルコミュニケーションによる 政治的情報の伝達は,情報伝達の手段が発 達していない時代にのみ有効であるわけで はなく,どんな時期でも政治的情報の伝達 に役に立つと考えられる.人々の日常的な インフォーマルな政治的会話はこのような パーソナルコミュニケーションの一つのタ イプである.また,中国でパーソナルコミ ュニケーションが重要な位置を占めている 理由について,平野(2009)は中国では家 庭,職場,自治体における交流が著しく,
そこに中国社会の「関係」(繋がり)を重 要視する社会傾向にあると述べている.し かし,マスメディアやインターネットに比 べて,パーソナルコミュニケーションの情 報伝達は長い間軽視されてきた.そうした 背景の下に,本論文は情報環境の視点から,
対人コミュニケーション・ネットワークの 情報接触の役割を検討する.
過去30年の発展を経て,中国人の情報 環境は以前より広がっていることは事実で ある.市場化したマスメディアは内容が多 様化し,インターネットは一定の自由を保 っている.一方,中国のメディアが政府か ら厳しい規制を受けていることは否定でき ない.しかし,規制されているメディアの 社会的影響についての実証的な分析は十分 とはいえない.メディアに期待される役割
と現実にメディアが果たしている役割を区 別し,実証データに基づき,理論と対話さ せながら,丁寧にメディアの役割を検証す る必要がある.
本研究は情報環境の視点から,中国国民 の異なる情報源の情報接触が政治参加に与 える影響の分析を試る.制限されている情 報環境の中で,どのタイプの情報接触が 人々の政治参加を促進或いは抑制するかを 分析しなければならない.
真の選挙がない中国では政治参加もな いと思われがちだ.実は政治参加にはさま ざまな形がある.選挙で民意を十分に反映 できない中国においては,政治参加は他の 形で行われている.本論文は中国で最も注 目されている「上訪・信訪」(陳情)と「群 体性事件」(集団的抗議行動)に焦点を当 てる.この二種類の政治参加は中国現政権 の存続に重要な意味を持っている.情報接 触はどのように政治参加に影響を与えるか を分析する.そのことによって,現代中国 社会への理解を深め,学術的また現実的に 意味があるといえる.
Ⅱ. 理論と先行研究 1.情報環境への注目
情報環境は私たちの政治行動を大枠で規 定している(池田2001).マスメディアや インターネット,日常の政治的会話は情報 環境の主な構成要素である.
72 現代社会では,マスメディアは人々が世 の中の情報を手に入れる重要な手段である.
マスメディアは情報源として,人々の政治 態度や政治行動に大きな影響力を持ち,
人々が何をどう考えているのかに大きな役 割を果たしている(竹下2001).しかし,
先行研究によれば,マスメディアは意見を 変えるほどの効果はもたず,人々がすでに もっている態度の強化と顕在化であるとも 指摘されている(Lazarsfeld et al. 1948;
安野2001: 111).権威主義の国である中 国において,マスメディアはどのような役 割を果たしているのだろうか.
中国のマスメディアはすべて党の宣伝 部の報道統制のもとに動いている.宣伝部 はマスメディアの報道のガイドラインや人 事の決定権を持つ.地方の宣伝部は地方の マスメディアを監視し,中央宣伝部は報道 機関への司令塔のような存在である(平野 2009).マスメディアには共産党の立場お よび価値観が反映されており,党の政策や 方針を一般大衆に宣伝するプロパガンダの 道具となっている.
しかし,前述のように,市場経済改革に よって,中国のマスメディアは大きく変化 している(唐2001;Lynch 1999).党の政 策を宣伝すると同時に,「一般市民のニー ズに応えるニュースや娯楽の提供者」とい う役割も担うのである(山田2014).2000 年以降,共産党政府のマスメディアの管理
を規制強化のみで捉えるのは不十分で,む しろ世論誘導の動きを重視すべきではない かという指摘がある(川村2012;崔2009). 山田(2008)は「中国産ギョウザへの農薬 混入事件」,「チベット暴動」,「オリン ピックの聖火リレーをめぐる海外での数々 の妨害・抗議」,「メラミン入り粉ミルク 事件」等に関する中国のマスメディアの報 道と,当局の規制,誘導政策とを分析した.
その結果,報道は巧妙に操作され,政権の 危機と見られる事件は政権への向心力を向 上する方向に誘導したことが明らかになっ た.
インターネットはもう一つの重要な情 報源でもある.中国インターネット情報セ ンター(China Internet Information Center, CNNIC)の第34次「中国インター ネット発展状況統計報告」(Statistical Report on Internet Development in China)
によれば,2014年6月末までに中国のイン ターネット利用者は6億1,800万人に達し,
インターネットの普及率は46.9パーセン トと報じられている.
そこで,中国におけるインターネットの 普及は,政治改革と繋がりうるという楽観 論も現われる.そもそもインターネットへ のコントロールは容易ではない(Gittings 2005).ガス抜きの手段として,共産党政 府はネット言論に一定の自由を与えている.
中国における伝統的なマスメディアより,
73 インターネットは市場化のレベルが高く,
政府によるコントロールの程度が低い
(Stockmann 2010).インターネット上の BBSやBlogで個人の意見を自由に発表でき るようになっている(勿論,政権側はいつ でもインターネット情報の削除ができる). 李相哲等(2013)によると,ネットユーザ ーが「ネット言論を通して権力をチェック し,意見を発表し,政治を動かそうとする 動きがますます勢いを増やしている」など である.
一方,インターネットは完全に中国政府 のコントロール外であるわけではない.ネ ット監視システム「金盾工程」は国家安全 部と公安部が管理し,中国大陸全域をカバ ーしている.サイバー警察が24時間体制で インターネットの情報を監視チェックし,
「国家の安全を危うくする情報」の削除,
アクセス禁止,サイト閉鎖,犯罪立件まで 徹底管理している(黒井2010;川村2012). また,ネット世論の誘導も重視しており,
ネットの管理はより巧妙な手段で行ってい る.規制の強化だけでなく,共産党政府寄 りの内容をネットで発信する「大V」(中 国版ツイッターのフォロー人数が多い人)
や「ネット評論員」,「意見領袖」(オピ ニオンリーダー)の育成にも力を入れてい る(川村2012).このような現実も無視で きない.
情報への接触の観点から,日常の会話も 政府や政治に関する情報を手に入れる主要 なルートの一つである.政治的会話はマス メディアからの単一方向型の情報伝達では なく,対人コミュニケーションによる情報 相互交換である.われわれは日常の中でよ く他人とインフォーマルな政治的会話を交 わしており,うわさを含む政治情報を受け 取っている.他者とのコミュニケーション を通じて,政治のリアリティを形成してい る(池田2001).先行研究によると,高い 頻度で他人と交わされる日常のインフォー マルな政治的会話は,人々の政治行動を規 定する大きな要因である(Huckfeldt and Sprague 1995;池田2000).会話を通じて 政治についての情報量を増大させる効果を 持つので,他者との政治的会話量は政治参 加にポジティブな効果がある(池田2001).
また,Zhu・Lu・Shiの研究(2013)による と,中国国民が政治腐敗を認知する情報源 は,他人との会話から得たものがマスメデ ィアの報道に続いて多い.また,共産党政 府にコントロールされているマスメディア は,一般大衆に対して腐敗の認知度を弱め るが,パーソナルコミュニケーションから 得た情報は人々の腐敗への認知度を増大さ せることがわかった.個人のネットワーク の中の政治的会話は,マスメディアの報道 と異なる異質な情報の流れている可能性が
74 高い.こうした情報接触は人々の政治への 関与を高める可能性が高い.
2.メディアと中国における政治参加 政治参加といえば,投票や選挙活動がイ メージされるが,実は政治参加の範囲はそ れより広い.基本的に,政治参加とは政治 システムに民意を伝える手段である.自由 民主主義の社会において,定期的な選挙は 理論上では,政党支持の得票数の勝ち負け を通して,有権者の政策の好みを判断し,
政策の意思決定に影響を与える.投票と選 挙活動以外に,(私的な問題をめぐる)役 職者との接触,デモなども民意を伝える重 要な政治参加の種類である(蒲島1988).
政治参加の理論によれば,政治参加にはさ まざまな形がある.大別すると,選挙政治 参加と統治政治参加の二つに分かれる
(Rosenstone and Hansen 1993).選挙政 治参加は投票と選挙活動の二種類に分かれ,
政治家や政権を担当する政党を決める.統 治政治参加は政権選択ではなく,政権運営 の中の問題や現行の政府への不満を直接表 明するタイプの政治参加である(池田 2012).さらに,統治政治参加は接触型と 抗議型二種類に分かれている(蒲島1988).
接触型の政治参加は「政治関連地位にある 役職者に対する接触の形態を取った政治参 加」であり,抗議型の政治参加は「政治的 意見・立場の行動的な表出を含み,抗議的
な意味合いを含む政治参加形態」である(池 田2012).
周知の通り,中国においては,投票,選 挙の実施と実質的な役割が限られているの で,選挙は中国国民の主な政治参加のルー トではない.選挙政治参加が十分な機能を 果たしていない中国において,中国国民の 意見を表出するチャンネルはどこにあるの だろうか.中国の国家体制では,「上訪(信 訪)」2と「群体性事件」が現段階での中 国国民の政治参加の主な手段と考えられる.
ここで簡単に説明すると,「上訪(信訪)」
は上級政府・役職者への陳情である.「群 体性事件」は政府に対して,抗議やデモを 行う活動である.
中国の国務院の「陳情条例」によれば,
「上訪(信訪)」は「公民,法人またはそ の他の組織が,書信,メール,ファックス,
電話,訪問などの形式で,各級政府,県級 以上の政府の業務部門へ事情を訴え,建議,
意見または苦情申立てを提出し,関連行政 機関がそれを処理する活動」である.1995 年に国務院は「陳情条例」を制定し,2005 年に全面改正した.「上訪(信訪)」は中 国政府が認める行為である.「いかなる組 織および個人も陳情人を取り締まってはな らないし,報復をしはならない」と総則に 定めている.先行研究では,陳情活動は中 国において三権分立体制は存在しないから,
共産党の「大衆路線」の産物だと指摘され
75 ている(応星2012).また,栄敬本ら(1998),
毛里(2012)は中国の圧力型体系論,ない し増圧体系論から陳情を説明している.「中 国では,中央から末端へ(上からの圧力),
そして中央へ(下からの圧力)と圧力循環 するのである」(毛里2012: 19-20).し かし,現共産党政府は陳情活動を認めるが,
大衆が訴えた問題の解決より,政権の維持 を真の目的にしている.共産党は「安定団 結は改革開放事業が持続的に発展するため の重要な保証であり,新しい時期の陳情業 務の基本的な目標」と認識している(応星 2012: 46).
陳情に関連するもう一つ重要なポイン トは,陳情の背後の専制主義的な王権意識 と,それによって決定される「人治」思想 である(于建嶸2012).上級の政府や役職 人に直接に陳情する前提は彼らを信頼し,
問題の解決に希望を寄せることである(松 戸2012).陳情者への調査によれば,中央 や省レベルの政府への信頼が高い人の方が 陳情に参加する傾向が強い(Li 2007).中 国の政治文化には,パターナリズム
(paternalism)の影響が大きいといわれる.
個人が国家への服従によって,政治権力の 保護を得る.個人の利益を守るため,よい
「父母官」を期待しており,慈悲深い権力 者が望まれている.こうした政治文化の下 で,中央政府はよいが地方政府あるいは基 層政府は悪いという信念が一般的で,「上
訪(信訪)」は民意を表出する重要なルー トとなっている.
さらに,マスメディアではよく上級政府 や役職者が陳情者が訴えた問題を解決した エピソードを報じる.例えば,温家宝前首 相が陳情者の訴えた苦情の解決,不正役人 の懲罰に尽力したというイメージがマスメ ディアによって描かれた.成功の陳情のケ ースがメディアによって人々に伝えられる ことには大きな意味がある.これは潜在的 な陳情者にインセンティブを与えるのみな らず,上級政府特に中央政府への信頼感を 維持し,増幅させる.
「群体性事件」は利益衝突や公的機関の 不正による権利侵害を主因とし,権利の回 復や獲得を目的とするものである(渡辺 2009).具体的には,農民抗議行動や労働 者が待遇改善を求めるプロテスト,住民の 生活環境保護活動を主とする集団抗議事件 である3.近年発生件数は増大し続け,年 間10万件を超える.共産党政府は群体性事 件が政権批判にエスカレートし,社会の不 安定につながることを警戒している(川村 2012).群体性事件の主な原因は,農村で は汚職役人への不満や農地の強制徴用への 抗議,都市では環境問題や労働争議である と思われる.また,貧富の格差の拡大も重 要な原因といえる(渡辺2009;山本2014). 群体性事件は民衆の異議申し立ての一つの 手段となる.それに対し,基層政府や地方
76 政府がうまく対応できない場合は,しばし ば暴力化してしまう4.
群体性事件にはさまざまな形がある.政 府機関の外では集会や座り込み,デモがよ く見られる.中国には「集会デモ行進法」
があり,一般的に集会・デモを申請しても 当局に許可されない(渡辺2009).群体性 事件に対して,政府は非合法の集会と座り 込みを理由に,厳しく取り締まる.「物理 的強制力が十分高ければ,一定期間国民の 要求を抑えることも可能である.しかし,
ある一定限度を超えると,ちょうど堤防が 決壊するように政治参加は一挙に噴出し,
政府と市民の緊張関係は一層高じてくる」
(蒲島1988: 5).中国の群体事件の暴動 化はまさにこのように一挙に噴出した抗議 型政治参加である.群体性事件が暴動化し たケースもよく報じられている.「公的機 関の取り囲みと脅迫,警察などの法執行機 関への反抗,道路・交通機関の封鎖,公共 物の破壊などが行われる」(渡辺2009: 20). 結局,秩序維持の名目で,公安や武警が出 動し,武力鎮圧に至る.近年における大き な群体性事件は広東省陸豊市の「烏坎事件」
(2011年),貴州省黔南布依族苗族自治州 の「甕安事件」(2008年),および2007 年のアモイ市,2011年の大連市,2012年の 寧波市,2013年の昆明市のPX(パラキシレ ン)工場建設反対の大規模デモなどが挙げ られる.共産党政府の指導者にとって,群
体性事件は決して望ましい政治参加ではな い.しかし,制度化された選挙政治参加の チャネルが不足の中国において,抗議型政 治参加である群体性事件の,民意の表出の 手段としての役割は否定できない.
政治参加の理論を踏まえ,中国において,
接触型の統治政治参加は上訪(信訪)であ り,抗議型の統治政治参加は群体性事件で あると考えられる.こうした政治参加は,
選挙政治参加が機能不全な中国において主 な政治参加の手段だといえる.そこで,本 論文は統治政治参加に焦点を絞り,接触型 の統治政治参加と抗議型の統治政治参加を 分析する.
先行研究は情報への接触と政治参加には 正の関連があると考えている.メディアは 権威主義の政権を動揺させ,民主主義的政 権への移行を導く役割を果たしている
(Huntington 1996).メディア情報の接触 が多ければ多いほど,政治的にアクティブ になる(Lerner 1964).中国のメディアに 関する先行研究も,メディアの動員による 政治改革や政権移行への期待を示している
(安江2011).さらに,天安門事件に至る までの1980年代の民主化運動においても,
メディアの役割が大きいと指摘されている
(平野2008;崔2009).
メディアの政治参加の促進の役割は二 つのメカニズムを通じて果たされている.
一つは認知的効果である.メディアの情報
77 番組は有権者の政治知識を増やし,以前の 不合理的なことを改善するため,より積極 的に政治参加するようにする.もう一つは 感情的効果である.メディアの報道によっ て,人々は政権への不満が増大し,政権移 行を求める運動に参加する.認知的効果と 感情的効果は排他的な存在ではなく,相互 に影響し合っている.こうした二つのメカ ニズムが機能する前提は,メディアの内容 が多元的なもの(Eickelman and Anderson 2003),メディアが独立性を保っているこ と,政権への批判ができることの三つであ る(Lawson 2002; Olukotun 2002).
政治改革と政権移行に関するメディアの 役割の楽観論に対して,メディアは権威主 義の政権にコントロールされ,非民主主義 的政権の維持に役に立つという説もある.
メディアは政治権力の下でプロパガンダ政 策を実施している(Siebert, Peterson, and Schramm 1963).中国の官製メディアは共 産党の宣伝道具に過ぎないので,国民を動 員し,政権に挑戦する役割を果たすとは考 えにくい.むしろ,非民主主義の国におい て,メディアが政府への向心力を高めると いう指摘がある(Shirk 2011).また,企 業化したメディアは厳しい競争の市場で生 き残るため,権威主義の政権への直接の批 判を避け,妥協しなければならない(White 2005).このように,コントロールされる メディアは政府に挑戦する政治参加を高め
ないだろう.マスメディアでもネット世論 でも現時点では民主化につながる段階では ないと指摘されている(平野2009;川村 2012).
中国の体制の中で,メディアの政治参加 に与える影響は,メディアの種類により異 なるので,分けて検討する必要がある.調 和的な社会を作るため,共産党政府は国民 に陳情のチャンネルで利益の表出をさせる よう誘導している.「群体性事件」より,
はるかに陳情は政権への脅威が小さい.共 産党は陳情業務を「党の大衆工作の重要な 構成部分」と位置付け,各級国家機関が国 民の陳情にしっかり対応していくよう求め ている(但見2012).また,陳情が上級の 党と政府機関への信頼をつなげており,民 衆が訴えた問題の解決率が極めて低くても,
一党支配の政権の維持には大きなダメージ を与えにくい.わずかに解決された少数の 陳情のケースがマスメディアに華々しく報 じられているが,ある種のプロパガンダに すぎない.一方,群体性事件は権力構造に 対峙するため,政権側が極めて敏感で,公 安や武警によってねじ伏せられる(山本 2014).したがって,コントロールされて いる国内のマスメディアは政府に脅威を与 える政治参加を増加させないだろう.それ に対して,外国のメディアは,新しい情報 や自由民主主義的価値観を伝播するので,
政治参加を高めると考えられる.一定の自
78 由度があるインターネットは政治参加を高 める可能性があるが,「共産党支配体制の もとでネットの影響力はまだ限定されてい る」(川村2012)ので,インターネットの 政治参加への影響の予測は難しいが,仮説 を立てずに,探索的に分析してみたい.最 後に,政治的会話が政治参加を増大するこ とは先行研究で実証されているが,中国に おいてもこの効果が見られると予測する.
Ⅲ.データと変数 1. データ
本研究は第三波のアジアン・バロメータ 調査の中国データを用い,実証分析を行っ た.アジアン・バロメータ調査は中国大陸5 において無作為抽出法で選ばれた回答者
(18歳以上)に対し,質問紙面接調査を行 った.北京大学社会調査研究センターの家 庭調査サンプリングのフレームワークを参 照し,サンプルを多段階抽出した.有効サ ンプルの数は3473人で,平均年齢が45.06 歳(標準偏差15.55).そのうち,男性は 1824名(52.52パーセント)で,女性は1647 名(47.42パーセント)である6.
2. 分析に用いる変数
(1)情報接触についての項目
国内メディアの接触度 アジアン・バロ メーターの調査には中国人の国内メディア の接触度を直接に測る項目はないが,国内
メディアの政治ニュースの接触度に関連す る項目があった.本稿は中国で政府にコン トロールされる国内メディアの報道が政治 参加に与える影響を検証するため,国内メ ディアの政治ニュースの接触度という項目 を使っても,大きな問題がないと考える.
「どのぐらいの頻度で政治や政府に関する ニュースをフォローしているか」という質 問に対し,「毎日(4点)」~「ほとんど ない(1点)」の4段階で回答を求めた.
外国メディアの接触度 外国メディア の接触度について,「どのぐらいの頻度で 外国のテレビ番組や映画,DVDを見ていた り,ラジオ番組を聞いているか」という質 問に対し,回答者は6(「毎日」)から1
(「ほとんどない」)までの数字からあて はまるものを1つ答えた.
インターネットの利用 インターネッ トの利用について,「どのぐらいの頻度で インターネットを利用しているか」という 質問を調査した.回答者は7(「毎日」)
から1(「ほとんどない」)までの数字か らあてはまるものを1つ答えた.
政治的会話の頻度 「どのぐらいの頻度 で家族や友達と政治的会話をしているか」
という質問に対して,「毎日(3点)」か ら「ほとんどない(1点)」の3段階で回 答を求めた.
(2)政治参加についての項目
79 本研究は接触型の政治参加と抗議型の政 治参加に注目し,「上訪(信訪)」と「群 体性事件」の参加に焦点を当てている.
人民代表への陳情 ,上級政府・政治家への 陳情 ,集会・署名運動の参加 ,抗議デモ の参加 に関して,回答者はそれぞれをした ことがあるかどうかを調査した.以上の変 数はすべてダミー変数である(0「したこと がない」;1「したことがある」).四つの 政治参加の変数は従属変数としてモデルに 投入し,ロジスティック回帰分析を行った.
(3)統制変数
回答者の年齢,性別,居住地域(農村か 都市か),学歴などを統制して,中国国民 の情報接触と政治参加の関係を検証する.
Ⅳ. 結果 1.変数の記述統計
表1は人口社会変数(年齢,性別,居住 地域,学歴)の分布を示している.政治参 加について,定期的な選挙が機能不全の中 国において,人々の利益の表出は上級政 府・政治家への陳情が最も多いということ がわかる.人民代表への陳情が次に多い政 治参加のカテゴリーである.集会・署名運 動や抗議デモなどはかなり注目されている が,実は一般中国人の政治参加の中でごく わずかである.以上の政治参加の記述統計 は中国の政治体制の現状を反映していると 考えられる.共産党政府が制定した「陳情 条例」に従った陳情活動は,一定の範囲で 許可されているが,社会安定に脅威だと認 識される集会やデモなどは厳しく抑圧され ている.
度数 平均値 標準偏差 最小値 最大値
年齢 3473 45.06 15.55 18 93
性別(男=1) 3471 0.53 0.50 0 1 居住地域(農村=1;都市=0) 3413 0.55 0.50 0 1
学歴 3396 2.07 0.98 1 4
小学校 34.22%
中学校 34.92%
高校 20.47%
大学および大学院 10.39%
国内メディア政治ニュースの接触度 3408 3.89 1.37 1 5 外国メディア・番組の接触度 3381 2.58 1.54 1 6 インターネットの利用 3405 2.34 2.02 1 6 政治的会話の頻度 3399 1.75 0.66 1 3 人民代表への陳情 3342 0.09 0.29 0 1
表-1 分析に投入した変数の記述統計
80
上級政府・政治家への陳情 3358 0.39 0.49 0 1 集会・署名運動の参加 3358 0.05 0.22 0 1 抗議デモの参加 3350 0.03 0.18 0 1
情報への接触における各項目の尺度は異 なるので,直接には比較できない.標準化 した情報の接触の得点と年齢層の関係が図 1に示されている.これによって,20代,
30代の若者の方が海外メディアやインタ
ーネット情報の接触度は高いということが わかる.国内メディア政治ニュースへの接 触度と政治的会話の頻度は年齢層による大 きな変化が見られない.
-1 -0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
18-24 25-34 35-44 45-54 55-64 65-74 75-
海外メディアの接触度 国内メディアの接触度 インターネットの利用頻度 政治的会話の頻度
2.情報の接触が接触型政治参加に与える 影響
表2は異なる情報源の情報の接触は接触 型政治参加にどのような影響を与えるかを 示している.国内メディアの政治ニュース への接触度は人民代表への陳情と正の関係
(β = 0.21, p < 0.01)にあり,上級政府・
政治家への陳情とも正の関係(β = 0.11, p
< 0.001)を持っている.外国メディアへの 接触も人民代表への陳情と正の関係(β = 0.21, p < 0.001)を持っており,上級政府・
政治家への陳情とも正の関係(β = 0.14, p
< 0.001)を持っている.また,政治的会話 が多ければ多いほど,人民代表への陳情(β
= 0.41, p < 0.001)と上級政府・政治家へ の陳情(β = 0.36, p < 0.001)が高い傾 向が見られる.しかし,インターネットの 利用は接触型政治参加への影響では統計的 に有意な結果が見られなかった.
人口社会変数については,若い人より,
年長者の方が人民代表への陳情(β = 0.01, p < 0.05)と上級政府・政治家への陳情(β 図-1 年齢層ごとの情報の接触(標準化後の得点)
81
= 0.01, p < 0.01)の確率が高い.女性よ り,男性の方が,人民代表への陳情(β = 0.78, p < 0.001)と上級政府・政治家への
陳情(β = 0.41, p < 0.001)である確率 が高い.また,都市の住民の方が人民代表 への陳情が多い(β = -0.62, p < 0.001).
モデル1 モデル2
人民代表への陳情 上級政府・政治家への陳情 係数 標準偏差 係数 標準偏差
年齢 0.01 * 0.01 0.01 ** 0.01
性別(男=1) 0.78 *** 0.14 0.41 *** 0.08 居住地域(農村=1) -0.62 *** 0.14 -0.03 0.08 学歴(参照カテゴリー:小学校)
中学校 0.20 0.17 0.09 0.10
高校 0.21 0.20 0.12 0.12
大学および大学院 0.21 0.26 0.41 * 0.16 国内メディアの政治ニュース接触度 0.21 *** 0.06 0.11 *** 0.03 外国メディア・番組の接触度 0.21 *** 0.04 0.14 *** 0.03 インターネットの利用 0.04 0.04 0.03 0.02 政治的会話の頻度 0.41 *** 0.10 0.36 *** 0.06
切片 -5.45 *** 0.40 -2.64 *** 0.22
対数尤度 -928.37 -2096.43
尤度対χ2の有意確率 0.000 0.000
擬似決定係数 0.08 0.05
N 3278 3294
3.情報接触が抗議型政治参加に与える影 響
表3は情報接触が抗議型政治参加にどの ような影響を与えるかを示している.外国 メディアの接触は集会・署名運動への参加 と正の関係(β = 0.24, p < 0.001)を持 っており,抗議デモの参加とも正の関係(β
= 0.24, p < 0.001)を持っている.日常的 に周囲の人と政治的会話が多い人の方が集
会・署名運動への参加(β = 0.50, p <
0.001)や抗議デモへの参加(β = 0.42, p
< 0.001)の確率は高い.インターネットの 利用は,抗議型政治参加への影響は見られ なかった.また,国内メディアの政治ニュ ースへの接触度では,抗議型政治参加に対 して統計的に有意な関連は見られなかった.
表2に示された国内メディアの政治ニュー 表-2 情報接触が接触型政治参加への影響(ロジスティック・モデルによる
推定結果)
注: * p < 0.05, ** p < 0.01, *** p < 0.001
82 スの接触は接触型政治参加への影響と異な ることがわかった.
人口社会変数では,農村住民の方が抗議 デモの参加の確率が高い(β = 0.87, p <
0.001).一つの解釈として,相対的に人間 関係が稀薄な都市より,農村の家族・宗族
ネットワークのほうが人々を動員しやすい からと言える.また,県・郷政府は農村住 民の利益に過酷な損害を与え,また暴力に よる手段で不満を抑える対応は,農村部の 群体性事件の発生率を高くしていると考え られる.
モデル3 モデル4 集会・署名運動の参加 抗議デモの参加
係数 標準偏差 係数 標準偏差
年齢 0.01 0.01 0.00 0.01
性別(男=1) 0.30 0.17 0.33 0.21 居住地域(農村=1) -0.10 0.18 0.87 *** 0.23 学歴(参照カテゴリー:小学校)
中学校 0.20 0.24 -0.27 0.28
高校 0.52 * 0.26 -0.51 0.33
大学および大学院 0.27 0.34 -0.38 0.40 国内メディアの政治ニュース接触度 0.09 0.08 -0.01 0.09 外国メディア・番組の接触度 0.24 *** 0.06 0.24 *** 0.07 インターネットの利用 0.07 0.05 0.01 0.06 政治的会話の頻度 0.50 *** 0.13 0.42 *** 0.16
切片 -5.86 *** 0.52 -5.27 *** 0.60
対数尤度 -601.23 -430.55
尤度対χ2の有意確率 0.000 0.000
擬似決定係数 0.70 0.50
N 3291 3285
4.結果のまとめ
制限されている中国の情報環境の中で,情 報への接触が人々の政治参加に与える影響を 明らかにさせた.外国メディアの接触および 日常の政治的会話が多ければ多いほど,接触 型政治参加(陳情)と抗議型政治参加(群体
性事件)を起こす確率は高い.こうした情報 源の情報内容は,共産党政府を正統化する政 治的ディスコースと異なる場合が多い.国内 メディアの政治ニュースの接触度は接触型政 治参加を促進させているが,抗議型政治参加 への影響はみられなかった.これまでの先行 表-3 情報接触が抗議型政治参加への影響(ロジスティック・モデルによる
推定結果)
注: * p < 0.05, ** p < 0.01, *** p < 0.001
83 研究では,中国国内のマスメディアは共産党 政府によってコントロールされていると論じ ているが,本研究はこうした統制された情報 環境の社会的効果を示している.つまり,国 内メディアの政治ニュースは社会,政治安定 を脅す抗議型政治参加を抑えることが証明さ れたのだ.接触型政治参加は中国政府にとっ ての圧力だが,政権の維持に大きな影響を及 ぼすとは考えにくい.むしろ,上級政府・政 治家の信頼を保つ一つの方法にさえなるかも しれない.インターネットの利用は中国の政 治を変えると期待されているが,本研究では 政治参加におけるインターネットの効果はみ られなかった.だからといって,この結果か らインターネットの役割が否定されるという 結論に至るのはまだ早計と考える.より慎重,
丁寧な解釈が必要である.この点については 次の節で考察してみる.
Ⅴ. 考察
これまで日本国内で行われた中国のメディ アに関する研究は,中国政府のメディア政策 やメディア管理の仕方の紹介が多い.だが,
中国メディアの規則性や情報環境による社会 的な影響などについては,代表性のあるデー タに基づいた実証研究が少ない.公平で民主
的な選挙政治参加が閉じられる中国において,
「上訪」(接触型統治政治参加)と「群体性 事件」(抗議型統治政治参加)は主な政治参 加である.先行研究はメディアの接触は人々 の情報空間を拡大し,民主化・政治改革につ ながると述べている.
これまでの知見によれば,中国のマスメデ ィアは政府にコントロールされており,共産 党政府のプロパガンダの道具にすぎない.ま た,インターネットは多元的な情報が流れて おり,中国国民の政治動員とつながることが 予測されるとしている.多くの先行研究は 2000年以降中国政府のメディア管理が報道 統制だけでなく,報道統制と世論誘導の並立 へ方針転換してきたと指摘している(崔 2009;川村2012;山田2014).マスメディア とインターネットは,双方ともこのような政 策転換の影響を受けている.このような情報 環境の中で,異なる情報源からの情報接触は 中国国民の政治参加にどのような影響を与え るのだろうか.本論文は中国の規制されてい る情報環境の中で,異なる四種類の情報源へ の情報接触が中国国民の政治参加にどのよう な影響を与えるかを検証した.
本研究の実証分析の結果は,中国国内のマ スメディアは接触型の政治参加を高める効果
84 を示している.しかし,インターネットにつ いては,その利用と政治参加との正の関連が 実証的に証明されなかった.一般論として,
伝統的なマスメディアよりインターネットは 規制されにくい.したがって,インターネッ ト上の情報はより多様的であり,政治参加を 促進する可能性は高い.しかし,実証分析は それを支持しなかった.本研究の中国におけ るインターネットの政治的影響力の検証のみ ならず,米国と日本の実証研究でもインター ネットは政治行動に対する影響力がそれほど 大きくなく,また,一貫していないと指摘さ れている(D’ Alessio 1997; Johnson et al.
1999;柴内2001).現在中国のインターネッ トの利用は20代,30代の若者が中心だが,
彼(彼女)らは必ずしも政治参加の主体であ るわけではない7.「インターネットの情報 入手にあたっては,特定のテーマや問題に関 心をもち,またそれについてある程度の知識 を持っている」のである(柴内2001: 52).
若者たちの政治への関心が低ければ能動的に 情報検索を行い,政治参加するとは考えにく い.また,中国政府はインターネットに対す る管理として,インターネット上の内容を監 視するだけではなく,政府寄りの内容を掲示 板に書き込み,言論を誘導する「ネット評論
員」や「オピニオンリーダー」を置いている
(川村2012;土橋2013).しかし,中国のイ ンターネット上の情報環境は複雑であり,全 部が政府を批判し,大衆の政治参加を動員す るわけではない.今後の課題として,インタ ーネット情報の内容分析や実証データの積み 重ねにより,インターネット情報の中国国民 の政治態度や行動への影響の検証がある.
本研究は政治的会話量が政治参加にポジ ティブな役割を果たしていることを示した.
今後二つの方向でさらに政治的会話の役割を 検証したい.
第一に,政治的会話の内容分析である.既 存の理論は政治知識が豊富な人が政治参加し やすいと述べている.しかし,政治的会話の 中には,政策の議論ばかりではなく,うわさ や笑い話も含まれている.うわさや笑い話に は政治家の不正やスキャンダルの話題が多い.
このような政治的会話は政治参加を高めるが,
必ずしも政治知識の増大を通じて政治参加を 高めるというルーツになるわけではない.中 国において,政治参加の促進に大きな役割を 果たしている政治的会話の内実を明らかにす る必要がある.
第二に,人のネットワークの中で政治的会 話を行う.本研究は政治的会話の参加者の関
85 係を検討できなかった.多重な社会ネットワ ークの視点から見て,中国国民の政治的会話 の主な対象は配偶者であるのか,同僚である のか,友人かまだわかっていない.今後は,
中国人の政治的会話の他者との関係,それぞ れのネットワークの中の政治的会話と政治参 加との関係を明らかにしたい.また,日本の 職場では政治的会話が抑制されているという 先行研究(池田1997)もあり,日本と中国の 比較研究を行うつもりである.
将来の改善点として,情報接触の分析はソ ーシャルメディアの利用を含むほうがよい.
中国国内でweibo(ウェイボ,中国版ツイッ ター)の利用が広がっており,weiboを通じ て,中国国民のコミュニケーションの可能な 範囲と空間が増大している.したがって,ソ ーシャルメディアの政治参加への影響を検討 しなければならない.これについては,今後 の課題としたい.
脚注*
1 所属:上海交通大学国際与公共事務学院
2「信訪」は「来信来訪」の省略である.一般 大衆が上級政府に陳情することを指す.石塚
(2012)は「陳情には,政治参加・公権力の
監督と個人の権利の救済という2つの機能が 併存する」と述べている.実は政治参加の理 論からみると,公権力の監督も個人の権利の 救済も,目的は異なるが,両方とも政治参加 の範囲に含まれる.選挙が機能しない社会に おいて,陳情は民意を表出する手段となる.
3 プロセスの観点から見て,一部の群体性事件
は集団陳情の延長といえる.本論文で「上訪」
(陳情)と「群体性事件」を分ける基準は参 加者の人数である.「陳情条例」によれば,5 人以上の陳情活動は代表を選出しなければな らない.本論は5人以上の集団上訪は「群体 性事件」として扱う.
4 中国の群体性事件を研究する時,社会学者で
ある孫立平によって提唱された「過程―事件 分析」法は重要である.すべての集団抗議事 件が暴力的なわけではない.平和的に行われ たケースが多く存在している.暴力化した事 件でも,最初の段階で参加者が理性的に政府 に自分の要求を訴えていることも無視できな い.しかし,中国の圧力型政治体制の下で,
国民の集団抗議に対して,弾圧政策を先行さ せ,群体性事件を解決できず,エスカレート させてしまう事態は,そのプロセスの推移を 検証する必要があると思う.