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動物を介在させた生活科授業における自閉症児の反 応
著者 三本 隆行
雑誌名 奈良教育大学附属自然環境教育センター紀要
巻 10
ページ 55‑59
発行年 2009‑03‑31
その他のタイトル Reaction of autistic children in the class of animal‑assisted life environment studies
URL http://hdl.handle.net/10105/1078
動物を介在させた生活科授業における自閉症児の反応
三本 隆行
西の京みもと動物医院・奈良教育大学自然環境教育センター協力研究員
Reaction of autistic children in the class of animaトassisted life environment studies
Takayuki MIMOTO
Nishinokyou Mimoto Animal Hospital 630‑8044奈良市六条西 0742‑47‑5333
要約:獣医師が小学校の児童に対して,イヌとウサギを利用し生命を実感させることによって 動物に関する知識を学ばせようとする生活科の授業を実施した.通常学級の児童とともに授業に 参加した特別支援学級の自閉症児2名は,イヌとウサギに接触したが生命を実感することや動物 に関する知識を得ることはできなかったが,動物に対する関心を示した.これらのことから,揺 業担当獣医師がこの自閉症児の障害程度にあわせた授業展開をすることで,自閉症児が生命を実 感することや動物に関する知識を得る可能性を示した.
はじめに
小学校の生活科の教科目標の内容の1つに「動物を飼ったり植物を育てたりして,動物や植物 の育つ場所,変化や成長の様子に関心を持つ.また動物や植物は生命を持っていることや成長し ていることに気付き,生き物への親しみを持ち,大切にすることができるようにする」がある (平成10年発行小学校学習指導要領) .しかし鳩貝(2001)が関東圏の小学校165校に対して行 ったアンケート調査の結果によると,休日や長期休暇における人員配置や飼育にかかる予算の減 少など種々の問題で飼育事態が困難になっているという.そこで生活科や理科の授業および放課 後に行われる児童の飼育活動に外部講師として獣医師が参加し,動物の飼育のある学校には正し い飼育方法を指導する.一方,動物飼育のない学校には動物を連れて行き児童に動物を触れさせ 心音を直接聞かせる.獣医師のこれらの指導が児童に,動物に対する関心や親しみを持たせ生命 の大切さを実感させている.
今回,奈良県内の小学校2校でクラス担任とともに獣医師が実施した生活科授業に,通常苧 級8クラスの児童240名とともに参加した特別支援学級の児童5名のうち自閉症児2名(男子1 名,女子1名)の反応について報告する.
方法
1.授業の展開 クラス担任と獣医師は児童に生命を実感させ,動物に関する知識を持たせる ために,以下のような順序で2時間の生活科の授業を展開した.
(1)児童に生命の大切さがわかるような劇を獣医師が演じ,児童に生命の大切さを実感させ る.
(2)児童にイヌとウサギを触れさせ,動物の体温や被毛の感触を児童に知らせる.
(3)動物全般に関する児童からの質問に獣医師が答え,動物に関する知識を持たせる.
(4)ある小学生がハムスターを飼育した体験談を獣医師が児童に伝え,動物を飼育すること
の楽しさや厳しさを考えさせる.
2.対象
A小学校では, 1年生の通常学級児童80人と,特別支援学級に所属する自閉症女子1人と運動障 害を持つ男子1人が授業に参加した.
一方, B小学校では, 1年生の通常学級160人と,特別支援学級に所属する自閉症男子1人, ダウン症男子1人,運動障害男子1人が参加した.
結果
AおよびB小学校の通常学級の児童, A小学校の運動障害の児童およびB小学校のダウン症の 児童は,今回の生活科の授業に対して以下のように反応した.
(1)獣医師が演じる劇を児童たちはわき見もせず最初から最後まで静かに見ることができ た.
(2)児童たちはイヌとウサギに触れ,その感触に関して「やわらかい」 「あたたかい」とい う話をした.さらに聴診器を使用し,イヌおよびウサギの心音を聞くことができた.ま た,ウサギやイヌの鼓動速度が,人より早いことに気付くことができた.
(3)児童が獣医師に動物に関する質問をした.獣医師の答えを静かに聞くことができた.
(4)獣医師の話を静かに聞くことができた.
A小学校特別支援学級の自閉症女児(A子)の反応は以下のようであった.
(1)獣医師の演じる劇に対しては,静かにしていたが顔は別の方向を向いており,数回のみ 劇が演じられる舞台の方向を見た.
(2)イヌとウサギには触れなかったが,聴診器をイヌとウサギの体にあて聴診をした.
(3)質問せずに自分と動物の腹部に交互に聴診器を当て続けた.
(4)獣医師の方向にはまったく顔を向けず,ウサギの前肢とA子自身の人差し指に聴診器を 当てながら, 「ウサギさん,大丈夫?」と問いかけ,さらにウサギの前肢をなでた.
B小学校特別支援学級の自閉症男児(B夫)の反応は以下のようであった.
(1)劇には顔を伏せ,何度も席を立とうとした.
(2)何度もウサギに触れてみたが,ウサギとはまったく反対の方向を見ていた.触れた後に は何も話さなかった.聴診器は持つこともできなかった.
(3)質問はまったくせず,獣医師から「ウサギを見て絵を描こう」といわれ,画用紙にひら がなで「うさぎ」と書いた.
(4)劇と同様,獣医師の方向にはまったく注目せず,何度も教室外に出て行こうとした.
B夫は翌日特別支援学級の授業中に前日のふれあい教室についての絵日記を書くように言わ れ,耳のついた動物の絵を措いた.
考察
A子は,聴診器を積極的に使用し,動物にも触れることができた.しかし,クラス担当教諭 の話から,この行動については全く別の意図があることがわかった.すなわち以下のとおりクラ ス担当教諭は推察した.
(1)イヌとウサギの体に聴診器をあて聴診をした.
通常学級の児童は聴診器を使用することで,心音が明瞭に聞こえることに関心を持ち,動物の 心臓が動いていることを認識した.しかしA子は心音や心臓の動きに関心を持ったのではなく, 聴診器そのものに関心を持った. A子は赤いものなら何でも関心を持つ傾向を,日ごろの生活の
中で教師や保護者は確認していた.すなわち自閉症圏児童の「こだわりの障害」である. A子が 手に取った聴診器のチューブの部分が赤色であった.ゆえに赤色にこだわりを見せるA子は赤い 聴診器を使いたくなった.
また, A子自身が病気をしたときに,病院で医師が自分自身に対して使用する聴診器を自分も 使ってみたくなった.すなわち,いつもA子自身が医師からされていることを自分もしてみたい
と感じたようだった.初めて聴診器に触れることの好奇心と同時に,聴診器を使用して医師の行 為と同様の行為をしたかったのであろう.
(2)動物の腹部と自分自身の腹部に交互に聴診器を当てた.
通常学級の児童はほぼ全員が聴診器は胸部に当てる.過去に腹部痛で病院で受診したとき,医 師に腹部を聴診された記憶があった.そこで,医師が腹部に聴診器をあてた行為と同様に動物の 腹部と自分自身の腹部に聴診器をあてたのだろう.
(3)動物の前肢に聴診器をあて,撫でていた.
聴診器をあてること自体が治療行為の1つとして理解していたと考えられる.すなわち,聴診 器をあてることで病気が治ると考えていたらしい.さらに,聴診器使用の対象は病気や怪我をし
ている人間であるという考えから,小学校に獣医師が連れて来ている目の前の動物も病気である と重い, A子自身が指を怪我したときの記憶とあわせて,動物の前肢に聴診器をあて,手をなで ることによって治療している気分となっていたと推察される.
今回の自閉症児2人の反応は,明らかに自閉症のかかわりの障害,コミュニケーションの障 害,こだわりの障害という三つ組み症状(Wing, 1996)を示していたのであろう. 2人の自閉 症児童が獣医師の演じる着ぐるみ劇や獣医師への質問にほとんど関心を示さなかったことがかか わりの障害とコミュニケーションの障害と思われる.自閉症児は共感性が弱く,相手の立場や気 持ちが理解しづらく,人間同士のコミュニケーションがうまくとれないという(杉山, 2003) . A子を担当する教師の話では,普段小学校においてA子が学級の他の児童に対して話しかけるこ
とはない.しかし, A子は赤い聴診器にこだわりを示した後,動物に対して声かけをしたり,触 れる,なでるといった行動をしている.これは,人間同士の関係と,人間と動物の関係がA子に
とって異なるものになっていると考えられる.すなわち, A子自身が人との関わり方と動物との 関わり方を区別していると思われる.イヌやウサギを生き物として意識し,病気にかかるものと しての共感や仲間意識,場合によっては弱者への思いやりを感じていた可能性もある.通常学級 の児童が動物に聴診器を用いる場合,ほとんどの児童が胸部に当てる.しかし, A子が聴診器を 動物と自分自身の腹部に交互に当てていたことからも, A子が動物に対して共感性や仲間意識を 感じていた可能性が考えられる.さらに,自閉症児は不安の強い傾向があり(三木, 2007) , A 子自身の病院での不安な体験から,病気だと思い込んだウサギが同じ不安を抱えていると思って いたことも考えられる.病気や怪我をしていたA子自身と,目の前に存在する病気だと思い込ん
だ動物が,ともに弱い立場にあると考えていたとも思われる.
また, A子が赤い色の聴診器に高い関心を示したことがこだわりの障害であろう.一般的に自 閉症の児童は一定の物事に関してこだわりを示すという.赤い色にこだわるA子は聴診器の赤色 のみを認知し,それ以外の周囲のものは本人の感覚の中に取り込まれない状況であったと考えら れる. A子は聴診器を使う様子を見せたが,聴診器のチューブが赤いという理由だけで聴診器を
持ち,心音を聞くという本来の目的は果たせていない可能性が強い.
今回のA子とB夫の行動は,自閉症児と常に接している保護者や教師にとっては予想通りの結 果といえるだろう.しかし獣医師の立場から考えると, A子とB夫のそれぞれの行動は,動物に 対して関心があったゆえにとった行動である.なぜなら, A子とB夫ともに動物に触れ, B夫は ウサギの絵を措き, A子は動物に声をかけ撫でた.小学校の児童の多くは,動物を見て触れるこ とにより愛着や親近感を持つ(中川, 2000)という説や「人間は生まれながらにして他の生命体 に対して生物学的な関心を持つ」というバイオフイリア説(Khan,1997)に沿って考えると,過 常学級の児童と同様に自閉症圏児童も動物に対して関心を持つと思われる.自閉症圏児童の感情 の発達は通常児と同じ(杉山, 2003)という説からもこれと同じことがいえよう.
通常,動物を用いた獣医師が行う生活科の授業に参加した児童は,動物に触れる前には「かわ いい」や「さわりたい」 ,触れた後には「あたたかい」や「やわらかい」といった言葉を発する
ことが多い(中川, 2000) . B小学校のB夫については,授業当日はウサギに対して触れはした が,動物に対して言葉を発することはなかった.しかし,教師と獣医師がB夫に繰り返しウサギ
を触らせたり抱かせたりした.ウサギの柔らかさや重さという質・量を感じ取らせ,経験させる ことで実物を頭の中に記憶させることができたと思われる.また,翌日の絵日記は,担当教諭が 文字で繰り返し昨日の出来事をB夫に書かせた. B夫は「昨日,ウサギを抱っこしました」と作 文を書いた.その後で絵を書かせたこともあり,耳と頭と胴体の別れた動物の絵を措けていた.
B夫が過去に描いた絵のほとんどが円の中に点二つと手足だけのもの,いわゆる「頭足人」 (斉 蘇, 1983)で,健常児の2歳から3歳程度が措く絵と同様であった.それが,健常児の4歳から5歳 程度の絵に変換されており,二次元であるイメージや絵と三次元であるウサギの実物が結びつ
き,翌日の絵日記に動物の特徴をとらえた絵が措けたのだと想像される.
今回の授業目的は児童に動物に対する知識を学ばせ,生命を実感させることであった.しか し,自閉症圏児童に対しては知識を与える目的ではなく,不安感や不快感のない状態で,繰り返 し見せる,触れさせる,抱かせるといった行為が動物に関心を持たせ,さらに進んで動物に愛着 や親近感を持たせることを目的とするほうが良いのではないかと思われた.
今回のように児童が一度のみの機会で動物に触れるだけでなく,獣医師や教師の指導のもとで 動物飼育体験を積むことが,自閉症児には重要であると思われる.すなわち,早寝早起きや食事 時間を一定にさせる日内リズムを確立させることが大切である(杉山, 2007)という説から考え ると,動物を飼育し,一定の時間に動物に餌や水を与えることや清掃をするなどの作業が日内リ ズムの確立に役立つと思われる.さらに作業の反復が自閉症児にとってスキルトレーニングにな
るとともに,毎日の世話が動物に対する愛着も生じさせるかもしれない.
今回の反省点として,通常学級の担当教諭とは事前に授業についての打ち合わせをしている が,特別支援学級の担当教諭からも個々の児童の特徴を聞いておいたほうが良かったと思われ る.たとえばA子の場合,こだわりを持つ赤い色のものについて予め担当教諭からその情報を聞 いておけば,他の色の聴診器を使用させることで動物のみに対する反応の結果が得られた可能性 もある.また,逆に赤色にこだわりを持つことがわかっていれば,故意に赤い色の聴診器を使用 させることで, A子の行動をこだわり行動のひとつとして観察できたと思われる.
今回の結果はさらに,授業が自閉症児にとって情報量が多すぎて,その情報の選択に不自由が 生じる可能性を示したと思われる(玉村, 2005) .授業を担当する獣医師が児童に伝えようとす ることを意図したことが多くの項目に分かれ,不十分にしか伝達できなかったと想像される.す なわち,着ぐるみ劇や獣医師への質問は自閉症児にとっては雑音としか聞こえていなかった可能 性もある.動物を見せるだけ,触れるだけといった単一の方法に絞り,まず動物に関心を持たせ
ることだけを目的としたほうが良いとも考えられる.
自閉症児への動物を介在させた教育の報告例は少ない(Fine, 2007) .今回の例を参考にし て,自閉症児個々の発達段階や障害の程度に応じて,授業形態や動物との接触方法を改良してい かなければならないだろう.例えば, A子は聴診器を手に持ち聴診する様子を見せ, B夫は聴診 器を持つこともできなかった. 2人の知的程度には差があり,仮にB夫が聴診器を手に持ったと しても, A子よりも知的レベルは低いので,聴診器を用いて聴診したとはいえないだろう.授業 で使用する道具や教材も児童の発達段階や障害の程度に応じたものを準備したほうが良く,それ によって自閉症児の授業に対する理解の程度も変化すると思われる.また,現在確立されている 自閉症児への教育方法や授業展開に,いかに効果的に動物を利用することができるかをさらに研 究する必要があろう.
引用文献
太田光明・大谷仲代監修.久保恵美子・永井健三訳. 2007.アニマルアシステッドセラピー.
インターズー,東京pp360. (原本: Aubrey, H,Fine. 2006. Animal Assisted Therapy.上
場貝太郎. 2001.飼育動物に関する調査結果, 85‑95.初等中等教育における生命尊重の心を育 む実験観察や飼育の在り方に関する調査研究.平成11年度〜12年度科学研究費補助金(基盤研 究C)研究成果報告書, P182.
三木裕和・小谷裕美・奥住秀之. 2007.自閉症児のココロ.クリエイツかもがわ,京都, PP196.
文部科学省. 1998.小学校学習指導要領(平成10年12月告示) , ppl05.
中川美穂子. 2000.学校飼育動物のすべて,ファームプレス,東京, ppllO.
斉藤公子. 1983.子どもはえがく.青木書店,東京, ppl78.
杉山登志郎. 2003.特別支援教育のための精神・神経医学.学習研究社,東京, pp208.
杉山登志郎. 2007.発達障害の子どもたち.講談社,東京, pp238.
玉村公二彦. 2005.障害児の発達理解と教育指導三学出版,滋賀, pp216.
久保紘章・佐々木正美・清水康夫監訳. 1998.自閉症スペクトル,親と専門家のためのガイド ブック.東京書籍,東京, PP344. (原本: Wing, L. 1997.The Autistic Spectrum. A Guide for
Parents and Professionals) .