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フランス語の dormir と日本語の「ねむる」−基本 動詞の意味について−

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

フランス語の dormir と日本語の「ねむる」−基本 動詞の意味について−

著者 内田 茂

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 34

号 1

ページ 37‑42

発行年 1985‑11‑25

その他のタイトル Le verbe francais dormir et le verbe japonais nemuru

URL http://hdl.handle.net/10105/2199

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奈良教育大学紀要 第34巻 第1号(人文・社会)昭和60年 Bull. Nara Univ. Educ, Vol. 34, No. 1 (cult. & soc.) 1985

フランス語のdormirと日本語の「ねむる」

‑基本動詞の意味について‑

内  田     茂 (奈良教育大学フランス語教室)

(昭和60年4月30日受理)

1 は じ め に

ある二言語間で意味が等価値と思われる単語でも、その二つが完全に対応することはなく、語 義の範囲はずれるのが普通である。その「ずれ」の程度は語によってさまざまであるが、意味の 重なり合う部分よりもむしろ重ならない部分に、それぞれの単語が各言語の中で持つ文化的背景 が投影されているのではなかろうか。

言うまでもなく日本語とフランス語は全く系統の異った言語であるから、語義のずれは到る所 に見出される。両国間の文化の違いが比較的はっきり認識される語の場合は勿論であるが、日常 生活の中でフランス人も日本人もほとんどあるいは全く違いがないと思われるような、人間とし ての基本的動作を表わす語でさえも、時として甚だしい意味のずれを生じていることがある。

ここでは、そのような動作の一つである陸眠を意味する動詞を中心に、これに関連する他の動 詞をいくつか取り上げて、フランス語と日本語における基本動詞の意味を考察してみることにす

一°

Wo

2 dormirとその関連語

睡眠に関する動詞として、フランス語にはまずdormirがある。この語は、 Petit Robe?‑ta)で はetre dans letat de sommeil, Dictionnaire du frangais contemporain^ ではreposer dans le sommeilと説明され、この語義解釈に用いられている名詞sommeilは生物が眠っている状態 を言うから、 dormir は「睡眠状態にある」ことを意味する動詞ということになる。次に en‑

dormir という動詞を見ると、 PR では、他動詞の場合faire dormir (眠らせる)、 amener au sommeil (眠りに導く)と説明され、代名動詞形になるとcommencer a dormir (眠り始める)、

glisser dans le sommeil (眠りに入る)と説明される。これに対してcoucher は他動詞として 一般に「立っているものを桟にする、倒す」の意であるから、代名動詞形では「体を横たえる、

横になる、ねる」の意となり、特に、 PRでse mettre au lit (pour se reposer, dormir) (休息

・睡眠のために床につく)と説明される意味で用いられることが多い。従って dormir と en‑

dormirの違いはまずアスペクトの違いであるが、 dormir とse coucherは根本的に異った動作 を表わす語と言わねばならない。 B丘nac : Dictionnaire des synonymes(がdormirの類義語 として reposer (休む)、 sommeiller (うとうとする)などの他に s'endormir を挙げても se coucherを挙げていないのは当然であろう。睡眠をとるためには横になることが前提であるとい う点でdormirとsecoucherは関連語ではあっても、類義語とは言い難い。 B丘NACがse coucher

37

(3)

38 内 田   茂

の類義語として挙げるのはs'etendre (体をのばす、ねそべる)、 s'allonger (体を良くする)など である。

このように、 「桟になる」ことと「睡眠する」こととを明らかに異った動詞で表わすのは、例 えば英語のto lie downあるいはto go to bed とto sleep,ドイツ語のsich legenあるいは zu Bett gehen とschlafen の示す区別と同様で、他のヨーロッパ諸言語においても同じであろ うと思われる。

ただ、フランス語のcoucher には前述の他動詞と代名動詞の他に自動詞としての用法があり、

DFCはこれをprendre le repos de la nuit (夜の休息をとる)、 PRはIoger, passer la nuit (泊る、夜を過ごす)と説明している。またLOGOSM はpasser un certain laps de temps etendu, et specialement la nuit pour dormir (横になってある時間を、特に眠るために夜を過

ごす)と説明して次の例を挙げている。

(1) Je coucherai a Bayonne, et reprendrai un train pour l'Espagne le lendemaii matin.

私はバイヨンヌで泊って、あくる朝又スペイン行きの汽車に乗ろう。

このように場所の状況補語を伴うcoucherをGrand Dictionnaire Encyclopedique Larous‑

s<?(5> はprendre le repos de la nuit, dormir qqpart (‑quelque part) (どこかある場所でね むる)と説明し、 coucher a l'hotel (ホテルに泊る)などの他に次の例を挙げている。

(2) Us nous ont laisse leur chambre et ils ont couche dans le salon.

我々に自分たちの部屋を提供して、彼等はサロンでねた。

以上二つの例文に見られるcoucherはdormirにかなり接近していると言えそうである。 Gか ELはverbe passif (受身動詞)という分類を立てて、しばしばこれを代名動詞形と併せて語義 解釈をしているが、 coucherの項でもse coucher とetre coucheを並べて準見出しに立て、場 所の補語を伴わない時はse mettre, etre au lit, aller dormir, dormirの意と説明して、次の例

を挙げている。

(3) Comment? II est midi. II est encore couche?

何だって。昼なのにあいつはまだねているのか。

上の例における coucher は受身動詞としての用法であるから、代名動詞の場合と同一と見な すことはできないと思われるが、この動詞の意味の拡大を示す例として取り上げておきたい。

3 「ねる」と「ねむる」

前節で取り上げたフランス語の動詞について、仏和辞典の与える訳語は何であろうか。まず dormir を見ると、この語の本義としては「眠る」だけを挙げるものが多い。 『クラウン仏和辞 典』(6)ではこの訳語の次にK「横になる」 「寝る」はsecoucher刃 との注記があって、用例の訳に も「寝る」は使われていないが、 『ロワイヤル仏和中辞典』(7)では用例dormir sous la tenteの 訳に「テントで寝る」とある。また『仏和大辞典』(8)は用例dormir comme une toupieを「こ まのように寝ながらいびきをかく」と訳している。次にs'endormirでは「眠る、寝つく」 「眠り に入る」 「眠りに落ちる」などの訳語が見られる。

一方coucher (自動詞)には各辞典が「寝る」 「泊る」を挙げ, 『ロワイヤル』と『大辞典』は

「夜を過ごす」を加えている。そしてse coucherには「床につく、寝る」 「横たわる」がほぼ共

(4)

フランス語のdormirと日本語の「ねむる」 39

適する訳語である。ここでdormirとsecoucherの訳語をあえてまとめるなら、前者は「眠る」

後者は「寝る」となり、両者の相異に言及した『クラウン』の注記は正しいと言える。

しかしながら日本語の「ねる」と「ねむる」はフランス語のse coucherとdormirのように 明確な意義の違いがあって使い分けられている動詞ではない。このことは、例えば次のような諺 や慣用表現の意味を考えてみても明らかであろう。

(4)果報は寝て待て (5)寝る子は育つ (6)寝た子を起す (7)寝耳に水

(8)寝つきがいい(わるい)

これらは何れも「眠」の意で使われた「寝」であって、 (4)に当るフランス語の諺は、

(9) Le bien vient en dormant. (幸福は眠っている問にやって来る) であり、 (5)は次のように訳すことになろう。

(10) Qui dort bien grandit vite.<10) (よく眠る者は早く成長する)

さらに「昼寝」 「寝相」 「寝言」などの熟語に見られる「寝」も同様で、 「睡眠不足」の意味で 我々はよく「寝不足」と言う。親が子供に「早くねろ」と言う時、睡眠のため横臥の意味が含ま れているのは当然としても、ベッドで遊んでいていいと言っているのではないだろうし、朝起き 上って伸びをしながら「ああよくねた」と言うのが普通で、 「よくねむった」とはあまり言わな いであろう。

こう見て来ると、少なくとも日常的な日本語ではdormir に当るのは「ねる」であって、 「ね むる」は特にこれを使おうとする意識がないとロに出て来ないのではないかと思われる。現代日 本語の表記法で「ねる」には「寝」を、 「ねむる」には「眠」を当てるために漢字の意味を意識 してこの2語に区別を設けているのかもしれない。漢語では「就寝」 「寝台」などに対して「安 眠」 「仮眠」などと使い分けているわけである。しかしここで一つ注意すべきは、漢字には「寝」

「眠」とそれぞれ同訓の字「確」 (音はど) 「睡」があるということである。 『漢字の用法』(ll)に よれば、 「寝」は「寝床の上に横になること」で「確」は「目を閉じてぐっすりネルこと」であ るから、 「寝ても麻られない」ことがあり、前掲の例(5)は同書では「探る子は育つ」と表記 されている。しかし現代表記では「探」を「寝」と書きかえることの指示があり、そうなれば字 義の違いは無視されてしまう。一方「ねむる」とよむ2字については, 「睡」は「寝てはいけな いときに、目を閉じてネムルこと」で、 「眠」は「寝るべきときに、目を閉じてネムルこと」と『用 法』では説明され、 「授業中に睡る」 「夜よく眠る」の例が挙げてあるが、 「睡」の訓「ねむる」

は当用漢字音訓表に掲げられていないとして、 「眠」への書きかえを指示している。 『広漢和辞典』

も「隆」を「いねむりする。すわったまま眠る」と説明しているから、フランス語では sas‑

soupirやsommeillerがこれに近いと言えよう。しかしながらこのような字義の区別は現代日本 語ではほとんど行われないし、仮に行われたとしても漢字表記上の問題であって、大和言葉二の

「ねる」 「ねむる」の区別とはあまり関係がない。

国語辞典でこの2語を調べてみると、 『岩波国語辞典』(12)は、

ねる:①体を横たえる。①動かず横になる。 ㊥眠る。 「ねた子を起こす」 ‑・

ねむる: (動物の自然なあり方として)心身の活動が休止して無意識の状態になる。

と説明し、 『角川新国語辞典』(13)は、

(5)

HI 内 日   茂

ねる:①眠る。 ②横になる。伏す。 ‑・

ねむる:①心身の活動がしばらく休止して無意識の状態に入る。 ‑

と説明している。ここで『岩波』も『角川』も「ねる」に「眠る」の語義を与えていることに注 目したい。しかも『角川』はそれを第1義にしているわけで、現用の意味を示すなら当然こうな るであろう。そこで, 「ねる」にはフランス語のse coucher とdormirの両方の意味があって、

日本人は普通その違いを意識しないで「ねる」と言っていると見て差支えない。 「ねむる」は「ね る」に比べるとずっと使用頻度の低い語であって、むしろ「ねむり」 「ねむけ」 「ねむい」などの 形で現れることが多い。 「ねる」からはこういう形が作れないからであろう。

ところで、 「ねむる」の古い形は「ねぶる」であったが、 『新明解古語辞典』C14)によるとその語 義は、

ねぶる:①目をつぶる。 ②ねむる。

であった。 『日本国語大辞典』の「ねぶる」の項には、 「酔ひて睦(ネフル)」という日本書紀の 例が引いてあるから、古代日本語にすでにあった動詞であることが判る。一方「ねる」は「ぬ」

であったと考えられるが、もうーっこれと関連のありそうな動詞に「いぬ」があった。 『岩波古 語辞典』C153 によると

いね: 《イはスイミン、ネは桟になる意》桟になって眠る。

で、 『新明解』では いぬ:ねる。

と説明して、次の例を挙げている。

(ll)夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かずいねにけらしも(万葉葉巻八‑1511) この「いねにけらしも」は「眠ってしまったらしいな」と解すべきであろうから、 『岩波古語』

の解義通り睡眠と横臥の両義があったものと思われる。

この動詞「いぬ」の「い」は名詞「い」と多分同じであろう。名詞「い」について『新明解』は、

い:ねること。ねむること。

と説明し、 『岩波古語』は更に詳しく、

い: 《人間の生理的な睡眠。類義語ネ(撹)は体を横たえること。ネブリ(眠)は時・所・

形にかまわずする居ねむり))睡眠。

と説明している。この「い」を「安眠(やすい)」と熟語で使った例、

(12)限交にもとな懸りて安眠し寝(皮)きぬ(万葉集巻五 ‑802)

では、万葉仮名「夜周伊」が訓み下し文で「安眠」と苔かれている通り、現代語の「安眠」であ

'Jo

以上見て来た通り、 「ねむる」の古形が「ねぶる」で歴史的につながりがあると言えるが、 「ね る」が「いぬ」の変化したものかどうかは断定し難いように思われる。しかし何れにしても、日 本語は古代から睡眠と梯臥を一つの語で表現して来たということだけははっきり言えよう。現代 語で「ねる」が睡眠を意味することが多いために、横臥の意味をはっきりさせようとすると、「ね

ころぶ」 「ねそべる」 「横になる」のような表現を用いざるを得なくなるのではないか。

4 結びとして

フランス語のse coucher とdormir は語義の違いがはっきりしていて、同一文脈で互いに入

(6)

フランス語のdormirと日本語の「ねむる」 m

番えることはできない。ただ、例(1) (2)に見られる自動詞のcoucherは既述の通りdormir

‑の接近が感じられるが、この場合もGDELが「場所の補語を伴う」と注記していることから 考えて、連語関係の相異があると思われる。従って特に例(1)のcoucherをdormir に替え

ることはおそらく不可能であろう。

これに対して日本語は、横臥と睡眠とを、異ってはいるが関連する動作として大きく一つに捉 えているわけで、このことは広く日本語の特性の一つであるとみなすことができる。

(l) Paul Robert: Le Petit Robert, S. N. L. Le Robert, 1967. (以下PRと略す)o

(2) Jean Dubois et al. : Dictionnaire du frangais contemporain, Larousse, 1971. (以下DFCと略す)0 (3) Henri Benac ・Dictionnaire des synonymes, Hachette, 1956. (以下B丘NACと略す)0

(4) Jean Girodet : LOGOS Grand Dictionnaire de la Langue Frangaise, Bordas, 1976. (以下LOGOS と略す)0

(5) Larousse, 1982‑1985. (以下GDELと略す)O

(6)大槻鉄男、他: 『クラウン仏和辞典』第二版、三省堂、 1983。 (以下『クラウン』と略す)0 (7)田村毅、他: 『ロワイヤル仏和中辞典』旺文社、 1985。 (以下『ロワイヤル』と略す)0 (8)伊吹武彦、他: 『仏和大辞典』白水社、 1981。 (以下『大辞典』と略す)0

(9)吉岡正倣: 『フランス語ことわざ集』 (駿河台出版社、 1976) p. 82による。

佃 重信常書、他.I 『コンサイス和仏辞典』 (三省堂、 1980)によるO 的 式部艮明: 『漢字の用法』角川書店、 19773。 (以下『用法』と略す)0

的 西尾実、他: 『岩波国語辞典』第三版、岩波書店、 1979。 (以下『岩波』と略す)。

個 山田俊雄・吉川泰雄: 『角川新国語辞典』角川書店、 1981。 (以下『角川』と略す)0 的 金田一春彦: 『新明解古語辞典』補注版 第二版、三省堂、 1974。 (以下『新明解』と略す)0

的 大野書、他.I 『岩波古語辞典』岩波書店、 1974。 (以下『岩波古語』と略す)0

(7)

42 内 田   茂

Le verbe frangais dormir et le verbe japonais nemuru

Shigeru Uchida

{Section de la langue franQaise, Universite Peゐgogique de Nara, Nara 630, Japon) (Re?u le 30 avri1 1985)

Le dictionnaire frangais‑japonais nous indique en general que neru est equivalent au verbe se coucher, et nemuru, equivalent au verbe dormir. Dans la langue fran^aise, de toute evidence, se coucher et dormir signifient deux actions bien di鮎rentes au moms au sens propre, tandis que le verbe japonais neru s'emploie souvent pour signifier qu'on est

l

dans letat de sommeil c0mme le verbe fran^ais dormir. On pourrait dire que nous n'em‑

ployons le verbe nemuru que dans le langage plut∂t soutenu. Ces deux verbes japonais n'equivalent done pas toujours aux deux verbes francais. L'usage courant du japonais ac‑

cepte qu'on emploie un seul mot neru pour exprimer les actions de se coucher et de dormir.

II semble que cette polys芭mie du mot neru provienne des verbes de l'ancien japonais ne‑

buru et inu.

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