F総合政策論叢」第14号 (2008年 2月)
島根県立大学 総合政策学会
ア ツ シ エ ー シ ョンか らみ た
現代 中国の政治社会構造
一北東 アジアにおける比較変動分析へ の視座一
江 口 伸 吾
は じめに一北東アジアにおける市場 と社会―
1.アソシエーシ ヨン論の展開
― アソシエイテイヴ・デモ クラシーの視点か ら一
2.現代 中国の政治社会構造の変容 とアソシエーシ ョン
(1)国家の多元化
鬱)市民社会の公共化― 中国型のアソシエーシヨンを中心 に一 (0アソシエーシ ヨンを基軸 にした政治社会構造の問題性 結論―北東アジアにおける比較変動分析への視座一
は じめ に一 北 東 ア ジア にお け る市場 と社 会一
現代社会 において、アソシエーシ ョンが果たす役割は大 きい。なぜ なら、グローバ リゼ ーシ ョンの世界的拡大 ,深 化 に伴い、市民の生活 ・福祉 ・安全 を一括 して保障 して きた国 民国家の能力そのものが限界性 を露呈 し、新 たな統治の枠組みを再構築する一つの視点 と して各種のアソシエーシ ヨンを組み入れたガバナンスが実践 されつつあるか らである。実 際 に、地域社会の住民 自治組織、NPO・ NGOとい つた民間ボランテ イア組織、あるいは 各種 の民間企業の活動が政府 と協力 して、従来は国民国家が担 つて きた政治社会の公的諸 機能 を担 う側面が多々見 られるようになって きている。
しか し、北東 アジア地域の歴史 に目を向けると、 この ようなアソシエーシ ヨンの自律的 活動 は厳 しく制限されて きた。周知の ように、 この地域 は、19世紀半 ばの「西欧の衝撃」
に見 られる欧米の列強諸国による対外的圧力 に晒 され、それに対応す るための近代的な国 民 国家建設が何 よりも優先 された。 また、第2次世界大戦後、 この地域 は米 ソ冷戦の只中 に置かれ、南北朝鮮、中華人民共和国 と台湾のそれぞれの分断を最前線 として国家間の軍 事 的対立が続いた。このような長 きに亘 る国際的な緊張関係 は、対外的な国家間関係 ばか りでな く、国内政治のあ り方 をも規定す る。つ ま り、この地域の経済 ・社会開発の一つの 特徴 である「開発独裁」 に見 られるように、個人 ・地域社会 を下位 に置いた国民国家建設 を最優先する国家主導の経済 ・社会開発が実施 されるのである1)。 その結果、この地域 にお いて、自律的な各種のアソシエーシヨンが成長する可能性は極めて限定的なものとなった。
他方、この ような北東アジア地域 における国家主導 による経済 ・社会開発 は、世界的に 拡大するグローバ リゼーシ ヨンを背景 とした近年の急速な経済発展 により、徐 々にその様 相 を変化 させつつある。つ ま り、北東 アジア地域では、 日本や韓国において先行 して発達
島根県立大学『総合政策論叢』第14号 (2008年 2月)
して きた市場経済が、1978年の中国の改革 ・開放政策への転換 によって社会主義体制下 に おいて もその導入が図 られ、この地域が一つの大 きな経済圏 として発展するようになった のである2)。 しか も、中国においては、1992年 に社会主義市場経済体制への移行 ・確立が 進 め られ、市場経済の導入ばか りではな く、む しろより積極的にこの地域のグローバ リゼ ー シ ョンを促進する欠かせない要因へ と急激 に成長 していることが伺われる。たとえば、
その象徴 的 な出来事 として、 日中両 国の貿易 の拡大があげ られるであろ う。周知 の よう に、2004年 1月 26日 に発表 された財務省の貿易統計 によると、2003年 の 日本の「中国圏」
(香港・台湾 を含む)への輸 出が約13兆7千億 円に上 り、米国向け輸 出の約13兆4千億円 を初 めて上 回つた3)。 また、その1年後 の2005年 1月 26日 に発表 された同省 の貿易統計 で は、2004年 の 日本の「中国圏」へ の貿易総額が22兆2005億 円に達 し、戦後初 めて米 国 (20兆4795億 円)を上回 り、 日本の最大の貿易相手国 となったことが明 らか となった4)。 さ らには、中国は貿易ばか りでな く、金融の領域 において も国際的に影響力 を拡大 させてい る。た とえば、中国の外貨準備高が2006年 2月 末の時点で、8537億 ドルに達 し、 日本 を抜 いて初 めて世界一 とな り、 このことは、中国が政府系 ファン ドを介 して、国際金融のゲー ムの重要 なアクター となっていることを示唆 している5)。 この結果、社会主義の政治体制 を維持す る中国においてさえも、同 じ北東 アジア地域 を構成する日本や韓国 といつた先進 工業 国の政治社会 と同質性 を持つ側面が生 じ、 さらには従来の国家主導の経済 ・社会活動 のあ り方 を問い直す契機が もた らされているのである6)。
ところが、 この市場経済の浸透 は、一方 において国民国家の垣根 を低 くする契機 をもた らすが、他方 において、それは政治社会 を基礎付 ける市民や地域社会で歴史的に培われた 民 間社会その ものの連帯 をも突 き崩す危険性 を も内包 している7)。 っ ま り、市場経済の浸 透が、生活 に密着 した人間関係その ものをも商品化 し、 ときには人間のアイデンテ イテイ その もの をも空洞化 させ るのである8)。 ぃゎば、市場経済の社会への浸透過程 において、
それは各種の社会的連帯 をも解体す る危険性 を内包するもので もある。そこで、市場経済 に よって国家主導 による統治 システムの土台が掘 り崩 される側面 を踏 まえなが ら、同時 に それが もた らす社会的連帯の解体 を回避す るための方法が必要 となる。換言す るな らば、
グローバ リゼーシ ョンが国家主導の経済・社会 開発 の限界性 を克服す る契機 を創出すると 同時 に、その員の側面 を克服するための試みが必要 となったのである。
この ような視点に立 った場合、北東 アジア地域 においてグローバ リゼーシ ヨンを受容 し なが らも、その員の側面 を乗 り越 えてい くよ り現実的・実践的な試み として、近年徐 々に 成 長 しつつある各種 のアソシエーシ ョンが注 目される。た とえば、近年 中国では「社 団 (socia1 0rganization,association等 と訳 される)」 についての関心が高 ま りつつあ り、そ れは中国におけるグローバ リゼーシ ョンの受容・浸透の過程で独特 な役割 を担 うもの とし て注 目を集める もの となっている。 た とえば、WTOへの加盟 を契機 に した政府の職能 を 再定位する過程で、同業組織、銀行管理組織、慈善 を目的 とするボランテ イア組織、学術 団体、社 区 (Commu ty)組織、各種 の 自助組織等 々 といった一連 の「社団」組織 に注 目 しなが ら、「強い政府、強い社会」が求め られていることを指摘 し、現代中国における 国家―社会関係の中で「社団Jの役割が高まってきたことはその一例 としてあげられるで あろう9)。 このことは、グローバ リゼーションを背景にした市場経済の浸透は、国家主導 の経済・社会発展が進められてきた北東アジア地域においても、企業活動をH嵩矢 として民
アソシエーションからみた現代中国の政治社会構造
間の各種 の ア ソシエ ー シ ヨンが活動 す る余 地が生 じてい る こ とを示唆 す る一方 、北東 アジ ア地域 においては、個人 を基礎 とす る市民社会 は未 だ成熟 してお らず、 グローバ リゼーシ ョンの導入過程 において諸個 人 間の連帯 を築 く方法 として、実態 的 に成長 してい る各種 の ア ソシエ ー シ ヨンが果 たす政治社会 的諸機能が注 目され る とい う、 よ り現実 的 ・実践 的 な 問題 が含 まれ てい る と言 え よう。
本論では、以上の問題 関心 に立ちなが ら、欧米諸国で論議 されて きたアソシエーション 論 との比較考察 を通 して、北東 アジア地域 におけるアソシエーシ ョンの活動 の特質 とその 可能性 を検証する。
1.アソシエ ー シ ョン諭 の展 開一 ア ソシエ イテ イヴ・ デモ ク ラシーの視 点 か ら一 アソシエーシ ヨン (Association)と い う概念 は、歴史的に多 くの研 究者 によつて考察 がめ ぐらされているが、一般 的に個人が 自らの選択 にもとづいて結 びつ くことにより成 立する団体のことを指 している10)。 た とえば、社会学者のマ ッキーヴァーはコミュニテイ
(Community)と の比較考察か ら、 コミュニテイが社会的な共同生活その ものに焦点を当 てた基本的な社会組織であるのに対 して、アソシエーシ ヨンはある共同の関心 ・利害 また は諸関心の追及のために設立 された社会生活の組織体 として位置づけている11)。 より具体 的にみるならば、 コミュニテイは、家族、村、都市、国 といった様 々な領域 における共同 生活その ものを扱 うのに対 して、アソシエーシ ョンはコミュニテイか ら出現 しなが らも、
政治的・経済的・宗教 的・教 育 的・科学的・文芸的 。娯 楽的・博愛的 とい つた多種多様 の専門的な社会組織か ら成 り立つ もの と言 えよう。その結果、アソシエーシ ヨンは、市民 個々人の関心か ら人為的に倉1出され、 自待的で多様 な社会生活 を営む契機 を市民 に与えて いる。
この ような特徴 を持つ アソシエーシ ヨンは、現代社会 の変動過程 において新 たな役割 を担 うもの として見直 され るようになって きた。その代表的な潮流 として、1990年 代以 降、政治学者 のポール・ハ ース トによつて提起 されたアソシエ イテ ィヴ・デモ クラシー (Associat e Democracy)論 があげ られるワ)。
ハース トによると、アソシエ イテ ィヴ・デモクラシーは、「第1に多元化す る国家 と公 共化する市民社会 との分離 を架橋 し変化 させ、第2に階層 的な管理の範囲を制限 し、組織 的効率の新 しいモデルを提供す るため、公的領域 と私的領域の両者 における法人諸団体の 民主的なガバナ ンスを高める」略)とい う二つの基本的な特徴 をもつ もの と定義 される。つ まり、従来は国家が包括的 に担 って きた公的諸機能が、国家がその権 限の分散・分権化 に 伴い国民へ のサー ビス供給 を行 う一部分 とな り、その公 的諸機能 を従来 は私 的領域 とみ なされていた市民社会内部 に複数存在す る各種のアソシエーシ ヨンに委譲す ることによつ て、国家 と市民社会 を架橋する多元的・多層的ガバナ ンス を成立 させ るのである。 しか も、
この新 たなガバナンス を構成す るアソシエーシ ヨン自体が、市民の 自由な参加、 自律性 に 基礎 を置 こうとする目的志向性 をもつ ことにより、各種のアソシエーシ ヨンを通 して実現 される民主的な統治 を構成す ることが可能 となる。
この ようなアソシエーシ ヨンを基軸 に据 えたガバナ ンスは、欧米諸国が直面 した第二次 世界大戦後の歴史的な政治社会状況の変化か ら生 じる問題性 を克服す るための一つのオル ターナテイヴを提示す るM)。 1970年 代後半、ケインズ主義的な福祉 国家の行 き詰 まりが、
島根県立大学 F総合政策論叢』第14号 (2008年 2月)
その官僚制的国家組織、行政機構の肥大化、市民のニーズ との乖離 といった多 くの欠点が 露呈 される一方で、その欠点 を克服するために、1980年代 の世界 を先導 した英国サ ッチ ャ ー政権 と米国 レーガン政権 によつて推 し進められたグローバルな自由市場主義 を基礎 にす るネオ・リベラリズムが台頭する。 しか し、 このネオ・リベラリズムの政策が、従来の国 家が有 して きた福祉・教育 。医療 といった公的機能 をすべて私的領域 に委ねることにより、
国家財政の削減が実施 され、効率的な行政運営 を行 う「小 さな政府」が生 まれる一方、社 会的な不平等 ・格差の拡大 とい う新 たな問題が生 じた。 しか も、その不平等 と格差の拡大 は、従来は国家が有 していた公的諸機能 をグローバルな市場 をも活動の場 とす る私企業 に 委譲す ることにより、国民国家の コン トロールを超 えた場で展 開す る方向性 を生み出す。
この ような状況 に直面 して、社会主義経済やケインズ主義的福祉国家 を特徴づける行 き過 ぎた集団主義・官僚主義ではな く、 また、ネオ・リベ ラリズムを特徴づける行 き過 ぎた個 人主義で もない、両者 を架橋 する中間的な社会組織 としてのアソシエーシ ョンに公的諸機 能を委譲する試みがなされたのである。その意味で、 このアソシエーシ ョンを基軸 にした ガバナンスは、ケインズ主義的福祉 国家 とネオ・リベラリズムの二者択―の時代状況の中 にあつて、オルターナテイヴな第三の道 を提供する可能性 を有 している15)。
このアソシエーシ ヨンを基軸 に した政治社会構造 は、国民国家 を一つの単位 とする政治 社会構造 を変質 させ る。つ ま り、従来 は国家 によつて一元的に担われて きた公的諸機能、
とりわけ福祉、教育、保健、医療 などをは じめ とす る国民の生活 を基本的 に保障する公的 諸機能 を地方 ・地域社会、そ して各種 のボランテイア・ 自治的な社会組織へ と権限を分権 化 し、私的な市民社会 を公共化す ることにより、様 々な政治的単位が多元的・重層的にネ ットワーク化 された政治社会構造 を現出させる )。 さらに敷行す るならば、国家の公的諸 機能の分権化 は、世界市民 的アソシエーシ ヨンを志向す るNGO・ NPO、 国際連合 といつ た国際機関、 また新 たな地域主義へ と発展する可能性 を有 したEU(ヨーロッパ連合)と い った地域的な国際共同体へ の分権化 といったことも理論 的には可能 となるであろうW)。
ここにおいて、アソシエーシ ョンを基軸 にした政治社会構造 は、市民社会 ―地域・地方一 国家 一国際組織 とい う多元的・重層的な統治構造 をもつガバナンスによる統治 を志向する。
この結果、国民国家 は、従来の中央集権的要素に依拠す るばか りではな く、む しろこのよ うな重層的統治構造の政治社会の構造転換の中で、その能力 を再編 させ る とい う課題 を担 うこととなる。そ して、その最 も基礎 となる政治社会組織 として各種のアソシエーシ ヨン の役割が高 ま りつつある と言 える。
この ような各種のアソシエーシ ヨンを基礎 とした政治社会構造の再構築 は、政治的統治 の正当性その ものにも変化 をもた らしつつある。つ まり、18世紀後半の ヨーロッパ啓家主 義 に始 まり、現在では世界各 国の政治的統治の正当性 をも規定す るようになった民主主義 のあ り方が政治社会構造 の変化 と共 に問い直 されている。 より具体的には、従来、民主主 義の統治体制 は国民の選挙 にもとづいて選出された議員 による代表制デモ クラシーを主流 として取 り入れているが、 これは国民国家 という単一の政治空間を想定 して成立す る民主 主義体制であ り、他方、現在顕在化 しつつある各 レヴェルのアソシエーシ ヨン間、 とりわ けヨーロッパ においては国民 国家 レヴェルを超 えたEUと い うより複雑 な政治空 間が生 ま れてお り、従来の代表制 デモ クラシーその ものが空洞化す る狽]面を生 じさせ る。 このよう なグローバ リゼーシヨンに伴 う政治社会構造の変化 に対応 して、従来の代表制デモクラシー
アソシエーションからみた現代中国の政治社会構造
に加 えて、政府、企業、NPO、 NGOといった各種 のアソシエーシ ョンの代表の協議 にも とづ く「討議デモクラシーJを新たな統治 システムに組み込む必要性 も論 じられるように なって きた18)。 ぃゎば、政治社会構造の変化 に対応 した民主主義のあ り方、つまり国民国 家 システム とは異 なる新たな統治システムを如何 に して民意 を反映 させなが らコン トロー ル してい くのかが問われ、新たな政治空間に見合 った政治的正当性 を保障するための民主 主義の再構築が進め られつつあると言える。
2.現代 中 国 の政治社 会構造 の変 容 とア ソシエ ー シ ョン
アソシエーシ ョンを基軸 にした政治社会構造への転換 は、欧米諸国ではケインズ主義的 福祉 国家 の破綻 とネオ・ リベラリズムが台頭する1980年代以降、重要な争点 となった。そ して、 この ような争点は、グローバ リゼーシ ョンを受容す る北東 アジア諸国において も、
その多様 な地域的文脈の展 開の上でそれぞれの特殊 な問題性 を抱 えなが らも、同様の課題 として立 ち現れている。以下に、1978年に改革 ・開放政策 を選択 し、社会主義体制に市場 経済 を導入 しようと試みて きた中国を例 にとりなが ら、アソシエーシ ョンを基軸 にした政 治社会構造への転換の一側面を検討する。 とりわけ、ハース トがアソシエイティヴ・デモ クラシーの特徴 としてあげている「国家の多元化」 と「市民社会の公共化」 を比較の視座 として据 えなが ら、中国の政治社会構造の変化 を考察する。
(1)国家 の多元化
中国 における「国家の多元化Jとい う現象は、1990年代以降進め られた各種 の行政機構 改革 に顕著 にあ らわれている。行政機構改革は、 とりわけ、1992年に開催 された中国共産 党第14回全 国代表大会の報告 において、1980年 代 の経済・社会発展か らもた らされた経 済 ・政治体制改革の必要性 を実践的な改革 に結 びつけるため、市場経済に対応 した政治改 革、つ ま り政府職員の削減・政府機能の効率化 ・政府機能の転換 といった具体的問題 をと
りあげた行政管理体制改革が全面的に推進 されることに始 まる19)。 そ して、 この行政機構 改革の試 みが、グローバ リゼーシ ョンによる国際化、政府の役割の再考、市場化、分権化、
国民へ のサ ービス機構化、市民参加の重視、 といった1980年代以降に世界各国で実施 され て きた行政機構改革 と同様の特質をもつ もの として展 開され、その過程で中国における政 府の役割 自体 にも、その権限の分散 ・分権化 と共 に多元的なアクターが公的諸機能 を担 う
「国家の多元化」の契機が観察 されるようになる20)。
中国の行政機構改革の必要性 についての認識 は、改革・開放期以前の社会主義計画経済 体制か ら続 く行政機構 ・官僚組織の肥大化 にその端 を発 している。つ まり、共産党 と中央 政府 による上意下達の計画経済の実施が、官僚組織 の硬直化 と経済的効率性 を軽視 した 施策 を もた らし、行政機構 の肥大化 を招 いた。 この問題 は改革 ・開放期の市場経済の導 入 と急速 な経済・社会発展 を契機 として深刻 な問題 として受 け止め られた。それは、 1)
1980年 代 か ら行 われて きた行政機構改革は根本的 な解決 をもた らさず、経済体制改革 と 経済発展が要求する ものを本質的に捉 えていない とい う認識の必要性、2)行政機構改革
と幹部人事制度改革 とが結 びついた改革 とはなってお らず、幹部職員の終身制 ・幹部の管 理の非科学性が排除 されていない問題 の深刻性、3)行政機構 の設置 ・調整 に際 して「科 学性」が欠如 してお り、行政機構改革が主観 的に随意 に行 われていること、4)上意下達 による過度 な関与が行われ、党政・政企 関係、中央 ―地方関係が整理 されていない、 5)
島根県立大学『総合政策論叢』第14号 (2008年2月)
共産党委員会の編成が不健全であ り、行政機構 の編成 において も法律的保障が行 われてい ない、 といった指摘 に端的に示 されるであろう21)。 このことか ら、中国における行政機構 改革の肥大化の原因が、欧米諸国の事例 と同様 に社会主義計画経済の実施 に伴 う官僚組織 の硬直化 にあることや、 また中国の特徴 として共産党組織の政治的影響力が国家官僚組織 に深 く浸透 していることがそれに加わる。
これ ら行政機構改革の問題群 に対 して、中国は市場経済化 に適合 した政府機能の転換 を 行 うため、各種の権限の下位組織への委譲 とそれを進めるための法治システムの建設 を行 お うとす る。具体的には、1)行政機構改革 を経済建設の中心 に位置づけて実施す る、2) 行政機構改革 は行政の機能 を転換 させ ることであ り、「/1ヽ政府、大社会」 を建設する、 3) 各種の政府機構改革 を実施 し、党企関係 ・政企 関係 を整理す る、4)権力 を下位 の組織 に 委譲す る、5)行政機構改革 を保障するため、人事制度改革 を進める、6)行政機構改革 は法制化 を必要 とし、「人治」か ら「法治」への移行 を進める、 とい う改革 目標が認識 さ れる22)。 これ らの改革 目標 は、「小政府、大社会」への移行 に も見 られるように、市場経 済 に対応 した行政機構の縮小 ・調整 と社会の中で成長 しつつある各種のアソシエーシ ョン ヘの分権化 を可能 とさせ、1980年代以降の世界的潮流 との共通性 を示 している。
この ような改革 を推進す る背景の一つ として、1980年 代以 降の農村地域 の小城鎮建設 があげ られるであろう。小城鎮 は、お よそ2〜 5万人の人口規模 をもつ農村地域 に位置す る最末端 の行政機構 であ り、改革 ・開放期以降の経済 。社会発展 によつて都市 と農村 と の間に新 たに建設 され、主 として商工業 を営む人々が集 まる小都市である23)。 この小城鎮 は、1980年 代初頭 に注 目され始めた当初か ら、 イ ンフォーマルセクターか ら興隆 して き た郷鎮企業 と連携 して発展 し、1979年 に全 国で2,600個程度であつた鎮の数が、1994年 に 16,400個程度 まで急増 させ、約1億人の農村人 口を鎮 に迎 え入れるまでに至 った24)。 ま た、近年 では、鎮政府の計画管理、公共施設建設、環境保護、社会治安 などの職能 を上位 の県政府 か ら委譲 し強化する政策の実施 に加 えて、社会保障制度 において もそれぞれの鎮 の経済力 に見合 った形で公的諸機能 を担 うことも行 われるようになっている。その意味で、
小城鎮建設 は、改革 ・開放政策による農村地域の経済 。社会発展 を背景 にしなが ら、アソ シエーシ ョンに基づ く自治による統治 を可能 とす る政治社会的基盤 を形成 し、従来の省・
県 レヴェルの政府組織 による上か らの指導 を相対化す る契機 をもた らした と言 える。換言 す るな らば、 この ような一連の小城鎮 の動向は、小城鎮 とい う末端の政治社会の発展が、
中国の行 政機構改革 を「国家の多元化Jの過程で進めるための政治社会的基盤 を提供 して いることを示 している26)。
以上の ように、中国の行政機構改革は、市場経済 を導入 した経済建設 を推 し進めるため、
従来の肥大化 した行政機構の機能 を削減 。調整す ると共 に、各種の権限を各 レヴェルの地 方政府や各種のアソシエーシ ヨンヘ委譲する とい う「国家の多元化Jを志向す る政策が と
られてい る。 この結果、改革・開放期 に成長 しつつある各種のアソシエーシ ヨンが公的諸 機能 を担い、政府機構 とのガバナンスを構成す る契機 さえ生 じる。
(2)市民社会の公共化― 中国型のアソシエーシ ヨンを中心 に一
改革 。開放期 の中国において、急速 な社会 。経済発展 を背景 にしなが ら、中国において 市民社会が生 まれつつあるのではないか、 とい う論議が盛 んに交わされるようになってい る27)。 中国の市民社会 に対する認識 は、一般的に欧米諸国の市民社会がその歴史的過程で
アソシエーションからみた現代中国の政治社会構造
国家 ―社会―市場のそれぞれに自律 的領域 を創出 しなが ら生 まれて きたの とは異 な り、社 会主義計画経済体制の下で政治 ・経済・社会のあ らゆる領域で国家支配が貫徹する「全能 国家」か ら改革 ・開放期 に依然 として未分化 な国家―社会―市場が漸進的に分化 しつつあ る過程で生 じつつあるとされている28)。 この ような認識か ら、中国では市民社会の創出自 体が中国の政治社会の発展のために必要な課題 として とりあげ られる傾向性が強 く、その 結果、市民社会が創 出されるか どうか とい う論議 自体が強い価値志向性 を帯びることとに な り、中国の実態 と遊離する危険性 を内包 していると言 えよう。その意味 において、中国 の政治社会の動向 をハース トが↓旨摘 する「市民社会の公共化」 を比較の視点 として考察す ることには限界性がある。
しか し、他方 において、市民社会の論議 を実際の政治社会の変化過程 に置 き換 えてみる と、改革 ・開放期 において成長 して きた各種のアソシエーシ ョンが国家 に紺 して相対的に 自治的要素や自律性 を高めている側面 も観察 される。 しか も、 このアソシエーシ ョンが行 政機構改革の動向 と並行 して公的諸機能 を担 う側面 も見出されるようにな り、アソシエー シ ョンとい う具体的な政治社会で現 出 している社会組織が公共的役割 を担 う側面が観察 さ れるという意味で「市民社会の公共化」 とい う現象が実態的に生 じている側面 もあると考 えられる。そこで、実際の政治社会構造の変化 に立脚 した中国型のアソシエーシ ョンの形 成の諸側面 を考察することによ り、中国の政治社会構造の中で機能 している「市民社会の 公共化」の過程 を考察する。
改革 ・開放期以降顕者 にな りつつあるアソシエーシ ョンの奥隆の過程 は、中国の政治社 会構造の変化 を担 つているもの として分析が進められるようになり、近年では、アソシエー シ ョンを非政府組織 ・NGOの一種 の発展過程 として捉 え、その政治社会的役割 を検討す る試み もなされるようになった29)。 ところが、多種多様 なアソシエーシ ョンの存在が確認 で きる一方で、中国の政治社会が国家―社会一市場が未分化の状況 にあるため、各種のア ソシエーシ ョンを非政府組織 として見微す ことは難 しい。なぜ なら、図2に示 されるよう に、中国で定義 されているNGOは、主 として、国家が正式 に認可 した社会団体 を中心 と
図 1.「 西欧公民社会 (C iI Sodety)」 概念の変化 と「中国公民社会」の形成 (1)「西欧公民社会 (C il Society)J概念の変化
鬱)「 中国公民社会 (C il Society)」 の形成
9→
出典 :賣 西津「中国公民社会和NGO的発展与現状」李凡主編『中国基層 民主発展報告2002』 西北大学出版社,2003年,94頁,所収.
島根県立大学『総合政策論叢』第14号 (2008年 2月)
した「法定NGOJ、 民 政部 門 に まだ登 録 され てい ない「草 の根NGO」、 国家 が管轄 し現在 市場 経 済 の導 入 に伴 って改 革 され つ つ あ る人民 団体 ・企 業 な どを中心 と した「准NGO」、 党派的目的をもつ「政治的なNGO」、「宗教的なNGO」 、農村・都市地域の住民 自治組織 である「村民委員会・居民委員会」、「単位内部の各種の活動組織Jな どがあげられてい るように多岐に亘 り、それらのほとんどの組織は国家 との関係性を有 しているからである
30)。
しか し、 このような多岐に亘 る各種のアソシエーシヨンが国家 との関係性 を有 している 一方で、それ らのアソシエーシ ョンが国家 に対 して相対的に自律性 をもつ もの として成長 しつつあ り、 しか もそれ らが改革 。開放期の政治社会構造の変革過程で軽視す ることがで きないほどの影響力 を有 しつつあることも、 もう一方 における事実 となっている。
アソシエーシ ヨンの一つの形態 として、図2の中国のNGOの類型の中に位置づけ られ ている農村・都市の住民 自治組織である村民委員会 ,居 民委員会 を例 としてあげると、 こ の住民 自治組織では、従来 に比べて国家 に対す る自律性 を高めつつあると捉 えられる。そ れは、1980年代半ば以降の村民委員会で始 ま り、近年では都市部の居民委員会で も実施 さ れている村民 ・居民委員会委員の直接選挙 にその一端が示 される。たとえば、2002年 8月
17日 に北京市東城区北新橋街道九道湾社 区で行 われた居民委員会選挙では、農村の村民 委員会直接選挙で採用 されている予備選挙段階で選挙権 をもつ住民全てが候補者 に選出 さ れ得 る「海選選挙」方式が採用 され、従来の街道券事処の党幹部が予め候補者 を選出 して いたの とは異 な り、住民の民意 をよ り反映 させた直接選挙が実施 されている31)。 しか も、
居民委員会委員の直接選挙 の実施 に際 して、2000年 4月26日 に、選挙実施の際の無記名 投票 (第22条)、 住民が選出 された委員の罷免 申 し立てを行 う権利 (第27〜31条)につい
ての規定 を取 り入れた「北京市居民委員会選挙辮法Jが公布 されてお り、住民 自治組織の 法制度化 も進め られるようになっている32)。 この結果、国家 に対す る住民 自治組織の自治 性 ・自律性 を保障する契機が拡大 しつつある。
さらに、 この住民 自治組織の 自律性の向上 を背景 として、村民委員会・居民委員会が公
図2.中国のNGOの基本類型
中国のNGO
法 定
NGO―― ― モ 三
草の根NGO l
准 N60{る と
g牟事 業 単 位
――政治的なNGO
一 宗教的なNGO
一 村民委員会,居民委員会
― 単位内部活動組織
出典 :買 西津「中国公民社会和NGO的発展与現状J李凡主編 F中国基層 民主発展報告2CX12』 西北大学出版社,2003年 ,100頁,所収.
量套曇 体
三コーーーー社会団体法人 民間出資の非企業単位
工商登録 (企業)
法人登録のない団体
アソシエーシヨンからみた現代中国の政治社会構造
的諸機能 を担 う狽J面も以前 よりまして高 ま りつつある。 とりわけ、民生 。福祉事業 に関 し て、住民 自治組織が担 う役割 は大 きい。例 えば、農村地域 においては、農村 の福祉・荻 育 ・医療施設 な どは、主 として農村 に立地 した郷鎮企業か ら得 られる収入を活用 して建設 されている。いわば、従来は国家が担 つて きた公的諸機能が、郷鎮企業 という企業組織 を 通 して実践 的に委譲 されるようになった33)。 ょり具体的には、福祉 ・教育・医療事業 をは じめ とする公的諸機能が、農村地域の経済発展 を背景 としなが ら、その建設 。運営 をそれ ぞれの郷 ・鎮 ・村の自治組織やその下部組織 として機能 している各種の社会団体 に委ね ら れるようになったのである。 このように、中国の政治社会構造の変化 に伴い、従来は国家 組織が担 っていた公的諸機能が、住民 自治組織 をは じめ とする各種のアソシエーシ ョンの 参加 により初 めて可能 とな り、国家 とアソシエーシ ヨンが協 同 して公共性 を創出するガバ ナ ンスによる統治が実践的に取 り入れ られつつある。
他方、公的諸機能を担 うアソシエーシ ョンの一種 として捉 えられる村民委員会 ,屋 民委 員会は、その委員の選出過程 において住民個 々人の選択 を可能 にするシステムを導入 して いる社会組織であると共 に、その運営 には既存の 自然的なコミュニテ イに内在する政治社 会文化の社会的資源 を活用 しなが ら社会組織 を形成 してい く側面が重要な役割 を呆た して いる。いわば、中国におけるアソシエーシ ョンはその独 自の文化 に根差 した政治社会構造 との接点か ら創 出される側面がある。たとえば、江蘇省 の農村地域では、郷鎮企業 などの 経済活動 を行 う際、そこで働 く人々や取引活動 に農村社会 に内在する人間関係のネッ トワ ークが活用 されている側面が観察 される34)。 このような事例 は中国社会では多々検証 され るが、社会学者の費孝通 は、その組織原理 について、欧米諸国の個人の選択 にもとづ く社 会集団形成方法 とは異 な り、中国の歴史的に形成 されて きた「いえ」 という社会集団を基 礎 にしなが ら、血縁関係 を超 えた人間関係 の水平的なネ ッ トワーク関係 を形成す る「差序 格局」 によって成 り立 っていることを指摘 している35)。 それは、水面の波紋が同心円状 に 広が る中で他 の波紋 と重 な り合 うようなイメージをもつ「社会圏子」の社会関係であ り、
各個人 を中心 とした「社会圏子」が互いに接触する中で他者 との関係が幾重にもネッ トワ ーク化 される。 このような人間関係 は、農村社会だけに限 られることな く、アソシエーシ ョンを形成する際 に少 なか らず規定 される中国の政治社会文化の影響 と言える。その結果、
中国におけるアソシエーシ ョンの形成過程 には、個人の選択性 ばか りでな く、その運営 を 行 う際 に、中国社会 に内在する自然的なコミュニテ イの政治社会文化 を活用す る視点が重 要な役割 を果たす こととなる36)。
以上の ように、アソシエーションとしての村民委員会 ・思民委員会 には、単 に住民個人 の選択性か ら成 る社会組織ではな く、む しろ個人の選択性 を導入 しなが ら伝統的な人間関 係 ネ ッ トワークを再編 させることにより、社会組織が果 た している政治社会的機能を最大 限高める試みが なされている。つ まり、市場経済化 に伴 う「小政府、大社会Jの建設過程 で「国家の多元化」現象が生 じる一方で、それ を補完す るために各種のアソシエーシ ョ
ンが公的諸機能 を担い、 しか もそれは個人の選択性 を基礎 に した政治社会制度 を導入 しな が らも、中国に内在す る政治社会文化 に立脚 した一種 の中国型のアソシエーシ ヨンとして 立 ち現れているのである。
このような中国型のアソシエーシヨンを基軸 に据 えた政治社会構造への移行 は、必然的 に中国における統治の正当性の問題 にも少 なか らず影響 を及ぼす。現在、中国では、村民
島根県立大学『総合政策論叢』第14号 (2008年 2月)
委員会 ・居民委員会の事例 に見 られるように、各種 のアソシエーシ ョン内部 における民主 的制度 を組み入 れた自治制度の導入が図 られている。その結果、中国において民意 を統治 システムの過程 に組み入れるためには、各種のアソシエーシ ヨンに民主的制度の導入 を図 るだけでな く、 これ と並行 して、 自治的な諸 アソシエーシ ヨンの間の協商システムを構築 しなければな らない とい う課題 をも負 うこととなる。実際に、中国の農村地域では、村民 自治制度の導入が図 られると同時に、そればか りでな く、形骸化 した各地域の郷 ・鎮人民 代表大会の改革 を通 して各種 のアソシエーシ ヨンの代表が参加するシステムの再構築が進 め られている。 これ らの動向は、中国におけるアソシエーシ ヨンを基軸 にした政治社会構 造への移行が、従来の中央集権的な社会主義計画経済 に基づ く国民国家建設 と市場経済の 導入 との間で生 じた統治 システムの間隙 を埋 める政治社会的機能 を有す るばか りでな く、
民主制度の導入 を図ることにより各種のアソシエーシ ヨンの諸動向 を国民国家建設 との補 完的な関係性 の中に動的に包摂 しようとする最 も基礎 的な政治社会的土台 とな り得 る とい う、政治的統治の正当性その ものに関わる統治 システムの再編 を志向する可能性 を内包 し ていると言 える。
(3)ア ソシエーシ ヨンを基軸 にした政治社会構造の問題性
アソシエーシ ヨンを基軸 に した政治社会構造の視点は、欧州諸国ばか りでな く、 グロー バ リゼーシ ョンを受容 した改革 。開放期 における中国の政治社会構造の変化の一側面 を明 らか に している。つ まり、それは、中国は世界経済 に開かれた市場経済 を導入す る改革・
開放政策 を選択 した ことによ り、社会主義計画経済期 に膨張 した官僚制 ・行政機構 を縮 小 ・効率化す るための分権化 を推 し進め、従来は国家が担 つて きた公的諸機能を新 たに興 隆 して きた各種 の中国型 アソシエーシヨンの参加 にもとづ くガバナ ンスによって補完す る
とい う政策的方向性 を明 らかにしている。
しか しなが ら、 このアソシエーシ ヨンを基軸 に した政治社会構造への移行 とい う比較考 察の視点は、 グローバ リゼーシ ョンとい う国際的契機 に対応 した中国の政治社会の新 たな 構造的変動の特質だけでな く、それに付随 して生 じる中国の政治社会構造の問題性 をも明 らかにする。以下 に、 1)共産党支配の構図、2)中国型 アソシエーシ ヨンの問題性、 と いった2つの問題 について考奈する。
第1に、ア ソシエーシ ヨンを基軸 にす えた「国家の多元化J「市民社会の公共化」 と共 通す る趨勢が改革 。開放期の中国の現実 に立脚 しなが ら進め られつつある一方で、その よ うな政治社会構造の変革その ものが共産党の指導 とい う範囲を超 えてはいない とい う問題 性があげ られる。つ まり、図1‑骸)で示 される「全能国家」か ら政府 ―市場 ―社会へ と分 化 しつつある「公民社会 (C il Society)」 の形成過程 において、 これ らを包摂す る統治 組織 として共産党が存在 しているのである37)。 た とぇば、近年台頭が著 しい私営企業家層 と共産党 との関係 をみると、江沢民前総書記が提唱 した三つの代表 (先進的生産力、先進 的文化の進路、広範 な人民の根本利益)を背景 にして、従来は労働者階級 を代表する党で あった共産党 に私営企業家層の入党の解禁が行われるようになったが38)、 このことは、共 産党が党内民主 を高める自己改革を行 っていることを示 している一方で、市場経済化 に伴 って多元化,自律化す る社会階層 を共産党組織 にリクルー トす るシステムを構築す る政治 的効果 をもた らしていると言 える39)。 また、一般的に市民社会の形成 にとつて公共生活 に 関す る言論活動 は最小 限保障 されなければな らない必須事項 と考 え られているが、中国で
アソシエーシ ョンか らみた現代 中国の政治社会構造
は「公 共知識分子」 による活発 な言論活動が行 われるようになった一方で、 これに対す る 言論統制 キャンペーンも行われてお り、中国における言論活動の限界性 を露呈 していると も言 え よう40)。 これ らの事例 は、中国における市民社会の形成の諸動向が、決 して共産党 支配 を相対化するまでに至っていないことを示 してお り、今後の両者の協調 ・緊張関係 を 注意深 く見極めていかなければならない41)。
第2に、実態 として自律性 を向上 させつつある中国型のアソシエーシ ヨンが、個 の原理 にもとづ く共同性 によつて成立 した欧米諸国のアソシエーシ ヨンとは異 なる類型 として形 成 されつつあることに起囚する問題性である。上述のように、中国におけるアソシエーシヨ
ンはその独 自の文化 に根差 した政治社会構造 との接点か ら創出 される根1面があ り、それが 改革 ・開放期の社会変動期において実態的な公共空間を支 える政治社会的機能 を有 してい る。 しか し、言 うまで もな くそれは、欧米諸国の ような個の原理の確立 と諸個人間の契約 による共 同性の創出 という一つの歴史的経験 にもとづ くフイクシ ヨンを媒介す るものでは な く、その意味で中国型のアソシエーシ ヨンは市民社会の論議 とは本質的に矛盾する側面 を有 している42)。
しか も、中国の政治社会文化 に内在 した視点か らも、呆た して中国型のアソシエーシ ヨ ンが公共性 の創出に寄与 しているのか どうか とい う問題 について改めて問い直 してみる必 要性がある。費孝通は、伝統的な人間関係のネ ッ トワーク形成の論理 を「差序格局」 とし て論理化 したが、費孝通 自身 も指摘 しているように、その関係 は本質的に私人間の関係性 を基礎 に してお り、「社会圏子」が広が る過程 で倫理的 コミッ トメン トも薄れてい く。そ の結果、 この ような論理の上 に形成 される実践的な公共性 自体 も、個々に展開する人間関 係 に少 なか らず規定 され、いわば公共性その ものが「状況的」 に変化する性質 を帯びてい る。 もし中国型アソシエーシヨンか ら成立す る政治社会 を「市民社会Jと して象徴的に捉 えるな らば、それは結果 として「市民社会の公共化Jではな く、む しろ「市民社会の私有 化Jへと転化 して しまう危険性す ら内包 している と言 えるであろう。その意味で、中国型 アソシエーシ ヨンが真 に公共性 を獲得するためには、中国の政治社会文化 に根差 したアソ シエーシ ョンをより普遍的な規範 を提供する社会制度建設 との連関性の中に如何 にして組 み込 む ことがで きるのか どうかが今後問われな くてはならない課題 となるであろう。
結論 一 北 東 ア ジア にお ける比較 変 動分析 へ の視座―
北東 アジア地域 におけるグローバ リゼーシ ョンの拡大 ・深化の影響は、 この地域の政治 社会構造 に変化 をもたらしつつある。それは改革・開放期の中国に見 られるように、国家 主導の経済 ・社会開発か ら必然的に生 じる従来の中央集権体制 に、グローバ リゼーシ ヨン の導入 に伴 って成長 して きた相対的に自律化す るアソシエーシ ヨンを基軸 にして、 より分 権的な政治社会構造が生 じつつあることである。そこでは、共産党 による一元的な統治が 維持 される一方で、社会主義計画経済期 に肥大化 した官僚 ・行政機構の効率化 ・分権化が 行 われ、顕在化 しつつある各種のアソシエーシ ヨンが公的諸機能を担 うとい う変化の構図 が生 じつつある。それは、いわば、1980年代以降の欧米諸国で観察 されている、ケインズ 主義的福祉 国家 とネオ・リベラリズムを止揚するアソシエーシ ヨンを中心 に据 えた政治社 会構造 との類似性 をもつ動向 と捉 えられるであろう。グローバ リゼーシ ヨンとい う国際的 なイ ンパ ク トは、北東 アジア地域の制度改革の趨勢 において も例外ではないのである。
島根県立大学『総合政策論叢』第14号 (2008年2月)
ところが、その制度改革 を進める過程 に着 目する と、そこには、欧米諸国のアソシエー シ ョンの論議 とは異質な動向、つ ま り地域の実情 を反映 した独 自の政治社会構造の変化 も 観察 される。た とえば、本稿で取 り上げた現代 中国の末端社会の事例 をみると、中国で展 開 しているアソシエーションが、欧米諸国で展 開 している市民社会の形成過程で論議 され るアソシエーシ ヨンとい うよりはむ しろ、市場経済の導入 に伴 う社会組織の自律化 とそれ と密接 に関わる独 自の政治文化で培 われた人間関係 ネ ッ トワークとの関係性か らアソシエ ーシ ョンが形成 されているとい うことを指摘で きるであろう。
この中国型のアソシエーシ ヨンは、 この ような欧米諸国の動向 との差異性 を踏 まえた上 で一つの中国的なパ ターンとして認識す るならば、そこには北東 アジア地域諸国の諸動向 を分析 す るための一つの比較考察の視座 を提供 し得 る可能性が生 じる。なぜ なら、北東 ア ジア地域諸国の特徴の一つ として、多種多様 な自然的なコミュニテイが存在 し、それを革 新 す る過 程 にお い てそ れぞ れ の地 域 の文脈 に適 合 した公 的諸 機 能 を担 うア ソ シエ ー シ ョ
ンを形 成す る可能性が含 まれてい るか らであ る。
他 方 、 この よ うな各地域 のパ ター ンを基礎 に した ア ソ シエ ー シ ョンの形 成過程 には、間 題 点 も多 く存在 す る。 た とえば、 中国 におけるア ソシエ ーシ ョンが、 グローバ リゼーシ ョ ンの導 入 に伴 う「国家の多元化Jによ り会 的諸機 能 の負担 を実践 的 に担 いつつ も、そ こに は状 況 的 な公 共空 間 しか形成 され得 ず、 しか も私 的 な人 間関係 へ と転化す る可能性 が常 に 内包 され てい る こ とは注意 され な くて はな らない。 その結果 、 中国 にお け るア ソシエ ー シ ョンを中心 に した政治社会構造 の再編 は、 よ り普逐 的 な規範 を提供す る社会制度建設 の過 程 で再 度位 置づ け られ なけれ ば な らない であ ろ う。換 言 す るな らば、各地域 のパ ター ンに 重 点 を置 くア ソシエー シ ヨンの論議 は、各地域が有 す る歴 史的 ・文化 的要 因 を背景 に した 政 治社 会 の地域性 とよ り普通 的 な価値 を反映 した制度化 との往還す る過程 で常 に問い直 さ れ な くて はな らない。
今 後 グ ローバ リゼ ー シ ョンが 北東 ア ジア地域 の全 域 に拡 大 ・深化 を続 けてい くな らば、
本稿 で論 議 した ような中国型 ア ソシエ ー シ ョンの特 質 の析 出は、北東 アジ ア地域 に支 配 的 で あ った中央 集権体制 とそれ を支 える政治社 会構造 が、 ア ソシエ ーシ ョンとの関連 で再編
され る側 面 を提 える一つの比較分析 の視座 を提供 す る可能性 を有 している と言 え よう。
注
1)末廣昭は、第二次世界大戦後の発展途上国に顕著に観察 される国家主導の経済・社会発展につ いて、「工業化の推進を軸に、個人や家族や地域社会ではなく、国家や民族などの利害を最優先 させ、そのために物的人的資源の集中的動員と管理を図ろうとするイデオロギーJと しての「開 発主義」 と特徴付けている。末廣昭「開発主義とは何かJ東京大学社会科学研究所編『20世紀シ ステム4/開発主義』東京大学出版会、1998年、 2〜3頁、所収。
2)このような潮流は北東アジア地域に限られるものではなく、むしろそれに先行 して広 く東アジ ア全域において各種の経済圏構想が具体的問題 として取 り上げられている。たとえば、1980年代 以降、北東アジア地域における「環日本海経済圏」「北東アジア経済圏」、韓国西海岸 と中国の山 東省・東北三省を結ぶ「環黄海経済圏J、 中国広東省を中核 とする「華南経済圏J、 台湾 と中国福 建省 を結ぶ「両岸経済圏J、 タイ・インドシナ三国の「バーソ経済圏Jなどがある。このことを 詳 しく論 じたものとして、渡辺利夫編『局地経済圏の時代』サイマル出版会、1992年、があげら
″tる 。
アソシエーシ ョンからみた現代 中国の政治社会構造
3)F朝日新聞』2004年1月26日。 4)『 朝 日新聞』2005年 1月26日。 5)『 朝 日新聞』2006年 3月28日。
6)北東 アジア地域のグローバ リゼーシ ョンによる政治社会構造の脱権威主義的な変化 を分析 した もの として、西村成雄「 グローバ ル化時代 東北 アジアの政治変動J東アジア地域研 究会/片山 裕 ・西村成雄編 『講座東 アジア近現代 史4/東アジア史像 の新構築』青木書店、2002年 、所収、
があげ られる。
7)近年、アジア地域 において も自立的な個人 による市民が生 まれて きた と捉 え られる側面が少 な か らず存在す る。 しか し、 それ はまだ端緒 についたばか りと言えよう。ただ し、アジアの歴史に 広 く目を向けるな らば、個人か ら成立する市民社会 とは異 なるが、地域社会の文化 に内在する一 種の人間尊重の原理 の上 に成立す る自発 的 な人間関係 のネ ッ トワークが存在 した と考 えられる。
た とえば、中国における「民 間社会」は、宋代の儒学思想が政治社会に影響 を与 える過程で中国 社会 に内在 していた社会ネ ッ トヮークの私有性 ・組織性 ・独立性 を深め、国家 による社会への介 入 を困難な もの とさせ る社会的土台 を形成 した。民間社会 を詳 しく紹介 した もの として、陳其南
/林文孝訳「伝統 中国の国家形態 と民 間社会」『アジアか ら考 える4/社会 と国家』東京大学出 版会、1994年、所収、がある。
8)単なる分析概念ではな く批判概念 をも含 む「市民社会Jの視点か ら市場 の暴力性 を明 らかに し た もの として、坂木義和「世界政治の変動」F木目対化 の時代 』岩波書店、1997年 、所収 を参照。
尚、近年のグローバ リゼー シ ヨンを考察す るための歴史的視点 を提供 してい る もの として、カー ル・ポラニー/吉沢英成・野 口建彦・長尾史郎 ・杉村芳美訳 『大転換―市場経済の形成 と崩壊―』
東洋経済新報社、1975年、があげ られる。ポラユーは、19世紀 にヨーロ ッパ を支配 した 自己調整 的市場が社会 を原子 にひ きくだ き、20世紀の ファシズム台頭へ とつなが るヨーロ ッパ文明の崩壊 へ と導いたことを論証 し、それを阻止する唯―の手段 として市場経済に対する社会の優位 を維持 する社会制度建設の必要性 を説 いている。
9)李文 良等編著 『21世紀 中国発展問題報告/中国政府職能転変問題報告一 問題 ・現状 ・挑戦・対 策一」中国発展 出版社、2003年 、162〜 173頁。
10)猪口孝・大澤真幸・岡沢憲芙 ・山本吉宣 ・ステ イーブ ン.R.リ ー ド編 『政治学事典』弘文堂、
2000年、10買。
11)R,M.マ ッキーヴァー/中久郎 ・松本通晴監訳 Fコミュニティー社会学的研究:社会生活の性質 と基本法則 に関する一試論―』 ミネルヴァ書房、1975年、45〜 51頁。
12)Paul Hirst,Assο θテαι力9D?ηοcrαりf珂9ω Forれs oFβCοれοη,cαれ 'Sο
θ,αJ Gου9′れαれC9,Polity Press,1994.ハ ース トの問題提起は、 日本 においても広 く論議 されている。たとえば、捧堅二・
宇仁宏幸・高橋準二・田畑稔 『二一世紀入門―現代世界の転換 にむかって一』青木書店、1999年、 篠 田武司「ガバ ナンス と『市民社会の公共化』―Rハース トのアソシエーティブ・デモクラシー 論 をめ ぐって一」 山口定 。佐藤春吉・中島茂樹 ・小 関孝明編 F立命館大学人文科学研 究所研究叢 書第16輯/新しい公共性一 その フロンテイアー」有斐閣、2003年、所収、篠原一 『市民の政治学 一討議 デモ クラシー とは何 か―』岩波書店、2004年、などがある。
13)Paul Hirst,9p.c力・,74.
14)Paul Hirst,op.c,サ.,83‐96.こ こでハ ース トは、近代 の経済 ガバナ ンス を補完するアソシエーシ ョンの役割 を論 じる歴史的前提 として、それに先行するソ連で実施 された中央計画による社会主 義経済、ケインズ主義、経済的 リベラリズムの歴史的変遷 をとりあげている。
15)1990年 代、英 国の社会学者 ア ンソニー・ギデ ンズによつて「第三の道」 とい うプロジェク トが 提起 されている。 ア ンソニー・ギデ ンズ/佐和 隆光訳 『第三の道―効率 と公正 の新 たな同盟―』
日本経済新聞社 、1999年。ハ ース トとギデ ンズは、ネオ・ リベ ラリズムの潮流 に対抗 して多元主 義の経済・社会 ガバナ ンス を求めたことに共通 しているが、ハース トはギデ ンズが唱 える社会民 主主義 は文化的 に多様 な組織社会 に対応で きていない として批判 している。篠原武司、前掲論文、