日本と欧米における障害者のアドボカシーの発達と現状
河 合 康*
(平成4年10月31日受理)
要 旨
本稿は,欧米と日本において,障害者のアドボカシー(権利擁護)が発展して経緯と現状を考 察することを目的とした。その結果,以下の点が明らかにされた。アメリカでは,1960年代以降,
公民権運動の進展と共に,障害児・者の権利擁護・保障に対する]般の関心が高まり,ユ970年代 以降の一連の立法により,アドボカシーの法的整備がなされていった。そして,評議会,人権擁 護委員会,等の専門機関が設置されていき,それらが障害者の権利を擁護する活動を行っている。
一方,わが国では,「精神薄弱者福祉法」等の関連法規において,若干,障害者の権利擁護に関す る指摘が見られるものの,具体的な措置は講じられてこなかった。法制面においては,「精神薄弱 者福祉法」における保護者の規定や,「民法」における禁治産及び準禁治産制産の見直しが必要で あることが指摘さ札た。また,障害者の相談機関として,福祉事務所,更生相談所,職業安定所 等があるが、これらについても援助体制面の問題点や眼界が明らかにされた。一しかし,平成3年,
東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センターが開設され,権利侵害に対する専門相談が開始 されたことは大きな前進であり,今後こうした取り組みが各地に広がっていくことが期待される 点が指摘された。
lKEY WORDS
Advocacy アドボカシー Advocate アドボケイト Individua1s with disabi1ities障害者
Tokyo Advocacy Support Centre for PeopIe with Menta1Retardation and for Senior Citizen 東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センター
1 はじめに
心身障害児・者が,地域で安定した生活を送るためには,彼らの権利を擁護・保障するため の施策が必要不可欠である。なぜならば,心身障害児・者の場合,①自己の身上や財産に関す る事項について自らの意思で選択・実行することが困難であることが多い,②そのため本人の 意思が無視され,周囲の意思に依存する立場におかれやすい,③それにより本人が不利な立場 におかれたとしても対抗手段をとり得ない,④こうした事態を自ら主張し得ないため,本人た ちのもつ二一ズが十分把握されない1),といった状況が生じやすいからである。
一方,198!年の「国際障害者年」以降,障害児・者に対する理解が進み,教育・福祉施策も
‡障害児教育講座
進展をみせている。しかしながら,依然として,家庭,学校,職場,施設等における障害児・
者の権利侵害は生じており2〕,障害児・者の権利を擁護・保障するための制度の整備が焦眉の課 題となっている。
ところで欧米では,このような自分の権利や援助の二一ズを自ら主張できない心身障害者に 代わって,彼らの権利を擁護するための一連の活動が行われており,これらはアドボカシー
(advocacy)と称され,制度上かなり整備されている。
一方,このアドボカシーについてわが国の場合についてみてみると,昭和35年の「精神薄弱 者福祉法」の制定に伴って出された厚生事務次官通達において「精神薄弱者については,本人 が正常な判断と意思表示をなし得ないため,人権侵害問題をひきおこすおそれが多いと考えら れるので,その点については細心の注意を払われたいこと」とされており,障害者の権利侵害 に配慮した規定がみられる。しかしながら,それから30年以上経過した現在においても法的整 備はなされておらず,今後,その改善が望まれている。
本稿では,アドボカシーに関する施策が進行しているアメリカを中心にして欧米諸国のアド ボカシーの理念,背景,動向について考察し,次に,わが国における現状について検討するこ とにする。
2 欧米におけるアドボカシーの展開 2.1歴 史
20世紀初頭は,優性学思想の台頭に伴い,障害者への差別・偏見が拡大した。また障害児・
者に対する施策は大規模施設を作って,そこに障害者を隔離・収容することであった。当時の 思潮は,障害者は社会にとって危険な存在であり,それ故,社会から離れた場所で生活させる のが適している,というのが一般的であった。そのような中で,大規模隔離収容施設における 処遇を見直す運動も行われ初め,1933年にアメリカ合衆国において,障害者の親によってCuya−
hoga County(Ohio)Council for the Retarded Chi1dren(今日のAssociati㎝for Retarded Children(ARC))が設立された呂)。この組織がアドボカシーの起源であるとみなされている。
そして,その他の地域でもこうした草の根的な組織が作られ,第二次大戦後の1950年に,これ らが統合され,Nationa1Association of Parents and Friends ofMenta11y RetardedChildren が結成された4〕。また,この時期に,脳性まひをもつ親たちも同様な組織的な活動を開始し,さ
らに,その他の心身障害者に対する親の会等の組織の活動も展開されていった。
一方,ヨーロッパにおいては,1952年にディマークに精神薄弱者の親の会が設立され,同会 が施設処遇の改善を求める運動を行った。これがノーマリゼーションやアドボカシーの理念の 出発点となった。
また,アメリカでは1950年代に,少数民族のための公民権運動が高まり,種々の市民運動が 展開された。こうした動きを背景にして,一般の人々が障害者に対する人権に関心を持ち始め,
意識するようになっていった。
そのような中で,アメリカでは,196!年に精神遅滞の妹をもつケネディ大統領が障害者のた
めの大統領諮間委員会を設置し,国のレベルで障害者のためにどういう政策をとったらよいか
を検討させ,障害者に対する諸施策を打ち出させた。
さらに,デンマークの親の会の運動に影響を受けた国際精神薄弱福祉団体連盟は,1968年の 第4回総会で「精神薄弱者の一般的並びに特別な権利についての宣言」(エルサレム宣言)を採 択した。同宣言は1971年の「精神薄弱者の権利宣言」の草案にも多大な影響を及ぼしたといわ れており,その意味で近代における精神遅滞者のアドボカシーの基盤となっていると言えよう。
このような流れの中で,1970年に「発達障害者サービス・施設法」5)が制定され,また,1975 年には,「発達障害者援助・権利法」6〕が制定された。同法を契機に,各州において,心身障害 者の権利擁護に関する法的整備が進んでいった。
また,1973年の「リハビリテーション法」7〕第504条で,「障害者は何人といえども,連邦政府 の財政援助を受けるいかなる計画または活動においても, 単にその障害の故をもって参加を排 除され,便宜を拒否され、差別されてはならない」と規定され,障害による差別の禁止が明記 された。1975年には,国連の「障害者の権利宣言」も出され,また,障害児の教育を受ける権 利を保障した「全障害児教育法」宮)も制定されている。その後,Tab1e1に示すように,障害児・
者に関する教育・福祉関係法の制定や修正が行われ,障害児・者の権利を擁護するための制度 が整備されていった。
そうした諸制度を集大成したかたちで,1990年に「障害をもつアィリカ人に関する法律」9〕
(ADA)が制定された。1973年の「リハビリテーション法」における差別の禁止は連邦政府の 援助を受けている機関に限定されていたが,ADAでは民間の事業所に対しても差別を禁止し
たのである。具体的には雇用,公共施設,」交通機関,等における差別を包括的に禁止し,障害 児・者の権利擁護を大きく前進させたのである。
Tab1e1 アメリカにおける障害者教育・福祉関係法の変遷
年 法 律 名
1970 ユ973 1974 1975 1975 1976 1978
1983 1984 1986 1986 1986 1986 1987
PL91−230 PL93−112 PL93−5!6 PL94−103 PL94−142 PL94−230 PL95−602 PL98_199 PL98−221 PL99−362 PL99−372 PL9ユ_457 PL99_506 PLlOO−146
ユggO PL101_336 1990 PL101−476 1990 PL101−496
Education of the Handicapped Act Rahabi1itation Act of1973
Rahabilitation Act Amendments of1974
Deve1opmentally Disab正ed Assistance and Bi11 of Rights Act Education for A11Handicapped ChiIdren Act
Rahabilitation Act Amendments of1976
Rahabilitation Comprehensive Service and Deve1opmenta1Disabilities Amendments of!978
Education of the Handicapped Act Amendments ofユ983 Rahabilitation Act Amendments of1984
E(lucation of the Handicapped Act Amendments of1986 Handicapped Children s Protection Act of1986 Education of the Handicapped Act Amendments of1986 Rahabi1itation Act Amendments of1986
DeveIopmental Disabi1ities Assistance and Bin of Rights Act Amendments ofユ987
Americans with Disabilities Act of1990
Education of the Handicapped Act Amendments of1990
Deve亘。pmentaI Disabi1ities Assistance and Bm of Rights Act of1990
2.2 実情・動向
2.2.1 アドボカシーの形態
一口にアドボカシーといっても,その形態は次に挙げるようにいろいろあるω。
まず第一は,セルフアドボカシーと呼ばれるもので,障害児・者が白ら行う権利擁護のため の活動を指す。
第二は個人のためのアドボカシーと呼ばれるもので,それはさらに次の2種類に大別される。
①行政やその他のサー・ビス機関に対して,自分の権利や利益を主張できない障害者に代わって,
最も適切で,最もよいものを,障害者が得られるように,それらを主張する。
②障害者が自分の権利や利益を主張することを学ぶように援助する。
第三はシ文テムアドボカシーと呼ばれるもので,政府・州・地方公共団体に働きかけて機関 や体制そのものを変えていこうとするものである。たとえば,特別な機関や委員会等の設置を 促す,といった活動が挙げられる
第四は法的アドボカシーとよばれるもので,障害者の二一ズや人権擁護をめざす法律の制定 や法律の改正を促す活動をいう。法廷に持ち込むことにより判例を出させるといった活動もこ の中に含まれる。
2.2.2アドボケイトの種類
アドボカシーを行う者を,アドボケイト(advOcate)と言うが,アドボケイトにも次に挙げ るようにいくつかの種類がある11〕。
①se1fアドボケイト;自分の権利を擁護していくために白ら活動している障害者白身のこと を指す。障害者自らが人権を擁護するために発言する訓練を与えている組織,団体がある。ま た,個人的に,お互いにアドボカシーの方法を教え合ったり,訓練しあったりするためのプロ グラムがある。多くの場合は,親の会等の援助を受けながら,自己主張や権利擁護のための学 習を行っている。
②CitiZen(1ay)アドボケイト;親,友人,ボランティア,親の会等の特に公的任命を受けてい ないアドボケイトのこと指す。公的任命を受けていないため,その活動には一定の制限がある。
実際に認められている行動としては,調査,研究,照会,弁護士の指示のもとでの助言,法律 上の情報提供,心身障害者がみずからの権利を擁護するように心身障害者を組織すること,関 係機関(学校,施設,職場)やサービスシステムから利用可能なサービスを確実に受けられる ようにすること,などが挙げられる。一方,認められていない活動としては,弁護士と称する こと,法律文書の起草,法律的な助言(公的な場で代理として発言する場合を除く)などがあ る。また,自分は弁護士ではなく,CitiZenアドボケイトとして行動していることを周囲の者に 明確にしておかなければならない義務がある。
③pub1icアドボケイト;関係当局や裁判所から任命された者をいう。障害者が不当に処遇され ていないかを監視する活動を行う。活動内容としては,以下のものが挙げられる。
・障害者が有している権利を知らせるとともに,その権利を保障すること。
・障害者が最も適切なサービスが受けられるように家族や関係者と相談すること。
・障害者に提供一されるサービスを決定する場にはできるだけ本人を出席させること。
・障害者に関係する会議に出席し,本人に関する報告書や文書を受け取ること。
・障害者にpub1icアドボケイトの変更を要求することが可能であることを知らせること。
以上が,アドボケイトの種類であるが,アドボケイトには,ボランティアと有給の両方が存 在する。 アドボケイド が職業分類のタイ・トルにもなっている点をみてみても,有給のアドボ ケイトが多くの州及び地方組織の中で認知されている12)ことが察知される。
また,障害者が自分に関する主要な決定ができるようにすることが重要であるという理念に 基づき,アドボケイトの中でもself adovocateを重視すべきであるという声が強く,実際にそ
うした傾向が強まっている。
]方,アドボケイトと類似する活動を行う者としてguardian 3)がある。これは個人と団体の 場合がある。guardianは,意思決定や財産管理の困難な者に代わって,これを代行する者で,
法廷で指名される。わが国においては,後述する後見人に相当する。近年は,財産管理よりも 身辺の看護を重視し,また,全面的に代行するよりも裁判所が命令した部分領域(たとえば医 療を受ける,とか,多額の収入の管理のみを代行する)のみを担当するようになっている。ま た,重要な事柄の決定については裁判所の支持を受けること,及びサービス機関との緊密な連 携を図ることが義務づけられている。多くの州では公的及び私的機関がguardianになれるよ
うになってきているが,特に親の会等がなることが奨励されている。しかし,全体的にみて,
guardianは,できるだけ避ける方向が望ましいというのが一般的見解である。すなわち,全面 的guardianから制限的guardianへ,というのが主流のようである。なぜならば,障害者の自 己決定能力の尊重という立場からすると,guardianは制約が大きいからである。
2.3 アドボカシーに関する機関
アメリカには,一障害児・者の権利を擁護する機関が設置されている。以下では,これらの機 関の活動についてみてみることにする。
2.3.1権利擁護機関(Protection and Advocacy Agency)14)
!975年の「発達障害者援助・権利法」に基づいて,障害者の権利の擁護に関する諸施策を遂 行することを目的として設置された機関である。各州は,同法に基づく資金援助を得るために は,この種の機関を設けなければならないことになっている。また,この機関は,治療やサー ビスを提供する他のいかなる組織・機関からも独立していなければならない。そして,この機 関は,治療やサービスを受ける障害者の権利を保障するために,法的・行政的側面から具体的 な諸施策を講じる部局を設置しなければならないことになっている。この機関の具体的な活動 としては,以下のものが挙げられる。
①自らの権利の擁護を求める障害者やその他の組織に代わって,擁護活動を行う。
②他の機関と交渉して,障害者の権利擁護を行う。
③障害者の権利に関する情報を提供する。
④権利侵害に関する不服や苦情を受ける。
⑤法的機関やその他の援助機関を紹介する。
⑥権利擁護に関するマニュアルを作成したり,講習会を開催する。
⑦法律作成のプロセスや,その他の公的な行政手続きを紹介する。
また,各州の権利擁護機関が単独ではなく,他の機関と協力・連携しながら,アドボカシー
を進めるケースも多くなっている。
2.3.2 中央発達障害者評議会(National Association on Developmenta1Disabi1ities Counci1s)工5)
1970年の「発達障害者法」及び「発達障害者サービス・施設法」により設置された機関であ る。連邦レベルの中央評議会を柱として,各州に設置されており,構成貝は20名である。委員 の半数は一般市民で,その他は,行政職員,法律家,サービス提供機関の職員等が委員となる。
評議会の目的としては,以下の項目が挙げられる。
①決定権をもつ州知事と州議会に対して,障害者の問題に関して適切な情報提供を行う。
②サービスシステムの改善や新たな施策を提言する。
③障害者に対するサービス提供が適切であるか監視する。
④州政府が,連邦プログラムである教育,職業リハビリテーション,福祉サービス等の分野で 十分に基金を活用しているか監視する。
2.3.3人権擁護委員会(Human Rights Committee)
州評議会の下部組織として,人権擁護委員会工由〕がある。施設や病院等のサービス機関に設置 されており,委員の大部分はサービス機関以外の者や外部組織(例;親の会等)の者である。
本妻貝会の目的は,入所してレ・る障害者の権利を保障するために,外部の者が監視するところ にある。施設が市民の目の届かないところにあることや,入所者の権利について職貝と入所者 の利害が対立する場合でも職員の判断に依存せざるをえない状況があることを考慮す札ば,外 部の人の監視は必要不可欠である。
2.3.4人権擁護室(Office for Human Rights) 7)
精神衛生局におかれている。マサチューセヅソ州の場合をみてみると,同室には,副局長の 指導のもとに,権利擁護調整者(2名)と法律担当者(1名)が指名される。同室の機能と目 的は,①障害者の権利を擁護し保障すること,②地域の人権擁護委員会の機能を促進するため の援助を与えること,③局やサービス実施機関に対し,人権擁護の観点から監視を行うこと,
④人権擁護委員会やブロック人権擁護委員会の監視では解決が困難な問題の解決にあたるこ
と,である。
2.3.5諮問委員会(AdvisoryCommittee)
人権擁護室の目標を援助するために設置されるものとして,諮問委員会1呂〕がある。同委員会 は,各団体の代表者,アドボケイト,臨床医,サニビス提供者,市民,当局に関係のない第三 者,で構成される。職務としては,①障害者の人道的,法的,市民的権利に関する問題に対し て専門的な技術や助言を与えること,②障害者施策の手続きの推進を図ること,③それらの推 進を擁護・支持すること,が挙げられる。
このように,アメリカでは,障害児・者の権利を保障・擁護する制度が整備されていること が察知される。では,わが国の状況はいかなるものなのであろうか。この点について,以下,
検討することにする。
3 わが国におけるアドボカシーの展開
精神遅滞者が,地域で安心して生活するためには,彼らの権利を保障する法制面,援助体制 面での整備が必要である。しかし,現行法上では,以下のような問題点がある19〕。
3.1現行法等の問題
3.1.!精神薄弱者福祉法(昭和35年)上の問題
精神薄弱者福祉法は精神遅滞者の更生の援助と必要な保護を目的としており,その主な内容 は,施設内での保護に関するものである。一 ツまり,施設中小の法律であり,障害者の権利g保 障を明確にしているアメリカの法律とは異なるものとなっている。権利擁護については,わず かに,昭和35年の「精神薄弱者福祉法」の制定に伴う上述の厚生事務次官通達で若千ふれてい
るだけであり,その後大きな進展はなかった。
平成2年6月の同法の改正で,施設内だけでなく,在宅福祉サービスの推進も図られるよう になったが,ノーマライゼーションの理念の実現の上で,最も重要である権利擁護に関する具 体的な規定はまだ整備されていない。また,同法では,精神遅滞者の生活に重大な影響を及ぼ すと思われる保護者の位置づけや権利義務関係が不明確である。
精神薄弱者福祉法では,第16条1の1で,保護者とは,「配偶者,親権を行う者,後見人その 他の1者で,精神薄弱者を現に監護するもの」と規定されている。しかし,たとえば,精神遅滞 者が成人に達したり,親なき後は,「その他の者で,精神薄弱者を現に監護するもの」が保護者 に当たることになる・。こうした保護者は,身上関係や財産関係については法律上の権限は全く もっていないにもかかわらず,実際には,未成年老に対する監督義務者と同様の権隈を行使し ている場合が少なくない。このことが,精神遅滞者の自立を阻む結果となっているケースもあ る。たとえば,親亡き後,本人の保護者となることを主張し,意図的に精神遅滞者の権利を侵 害しようとする場合,その対抗措置につい・ての法的規定がないため,深刻な権利侵害に至るこ
とがある。精神薄弱者福祉法では,このように保護者の位置づけや権利義務関係が明確でない 上に,適切な援助を期待できない保護者を変更すること等についての規定がないの現状である。
3.1,2民法上の問題
精神遅滞者の権利擁護の上で大きなウエイトを占めるのが財産の問題であろう。この点に関 しては,民法において,心身喪失者の行為や財産を保護するために,禁治産・準禁治産制度が ある。しかし,この制度についても,以下に挙げるような問題点や適用上の限界がある。
・精神遅滞者の多くを占める軽度精神遅滞者は本制度に該当しない場合が多い。
・家庭裁判所によって行われる禁治産・準禁治産の宣告の手続きは厳格で,時間と費用を要す るため,実際の申し立ては少ないのが現状である。
・禁治産制度においては後見人が付けら札るが,後見人は財産管理や代理,療養看護の権利や 義務をもっているが,後見人が不当な処置をとった場合,精神遅滞者白身が対抗手段をとりえ ないため,深刻な被害を被る恐れがある。また,後見人を監視する制度があるが,それが必ず
しも有効に機能しているとは言い難いのが実情である。
・一 禔C準禁治産制度においては保佐人が付けられるが,保佐人は財産の保全を行うにすぎな
いため,精神遅滞者が資産に応じでどのような生活を送るか等の日常生活面での援助の機能に
欠けている。
また,保佐人自身を監督する制度がないため,保佐人による精神遅滞者の権利侵害も発生し ている実態がある。
・禁治産・準禁治産制度の基本的な目的は取引能力の不十分な者に対し,財産の不当な減少を 防止しようとするもので,元々財産の少ない者の保護については実行性に乏しい面がある。
3.1.3援助体制上の問題
精神遅滞者に対する相談機関としては,福祉事務所や更生相談所や職業安定所等があり,ま た,地区ごとに民生委員や精神薄弱者相談貝が配置され,適切な助言や指導を行うことになっ ている。しかし,現在では,次に述べるようないくつかの問題がある。
・相談機関としての性格上,福祉事務所等が本人の意思を代弁して,継続的に問題解決にあた ることは人的体制や,専門性から限界がある。
・福祉事務所,更生相談所,職業安定所,等の機関は,各分野においてその権限内で機能を果 たしてるが,意思を表明することが困難な精神遅滞者には,その機能をなかなか有効に活用す ることができない。
・地域生活における相談相手として,民生委貝や精神薄弱者相談貝がいるが,本人に個人的・
継続的にかかわり合いをもつことには限界がある。
・行政機関では中↓的な立場が求められるため,私事のトラブルに対して,精神遅滞者の立場 にたって,彼らの利益を図るような係わりをもつことに限界がある。
このように,現行法上は,精神遅滞者の基本的人権を擁護する具体的な法規定や援助体制が 不十分な状態に・あり,将来的には関係法の改正が必要である。しかし,法律を改正することは 早急にはなかなか難しく,当面は,現行の法体系の不十分な点を補完・強化するような新しい 施策が必要となろう。この点については,東京都が近年積極的な試みを行っているので,一以下
で検討してみることにする。
3.2近年における取り組み 3.2.1東京都の取り組み
東京都心身障害者対策協議会は,昭和63年12月「東京都における精神薄弱者等対策の当面す る課題と今後の施策の展開について」と題する最終提言を出し,さらに,平成元年11月,痴呆 性老人対策検討委員会は「東京都における痴呆性高齢者対策の総合的推進について」という報 告書を提出した。これらに基づき,東京都は自らの意思を表明することが困難な精神遅滞者や 痴呆性老人の権利を擁護するための機関の設置に向けて取り組みを開始した。
そして,平成2年5月31日,福祉局長は「精神薄弱者・痴呆性高齢者擁護機関(仮称)検討 委員会」に対して,意思能力が十分でないため,自らの権利を享受し,行使することが困難な 精神遅滞者や痴呆性高齢者の権利擁護のための機関の基本構想を明らかにするよう求められ れ同委員会は,14回に及ぶ検討を重ね,平成2年11月15日に中間報告を,また,平成3年7 月31日に最終報嵜帖提出し,その中で権利擁護機関の設置を強く求め,その機能,組織,運営 等についての提言を行った。
こうした一連の活動と並行するかたちで,東京都心身障害者福祉センターは,昭和63年,「東
京都心身障害者対策協議会」の 要望を受けて,権利擁護に関す る専門相談業務を開始してい る。Tab1e2はその間の相談件 数の内訳を示したものである。
3年半の間に合計65件,年平均 約20件の相談が寄せられていた ことがわかる。中でも,財産上 の相談カ相半数を占めているの が特徴といえる。
Tabユe2 東京都心身障害者福祉センターでの相談件数 年
内容 昭和63年 平成元年 平成2年 平成3年 計
人権 2 1 3
財産 14 18 11
・346
身の上 1 5 4 2 12
その他 1 1 2 4
計 18 24 18 5 65
3.2.2 「東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センター」の開設
上述の最終報告の提言に基づいて,「東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センター」21〕(以 下,権利擁護センターと略称する)が平成3年10月30日に第3セクター方式で設けられ,翌11 月1日より相談業務を開始した。同センターの開設に伴って,.東京都心身障害者福祉センター での相談業務は停止した。
3.2.2,1権利擁護センターの機構
Fig.1は,権利擁護センターの機構を示したものである。
権利擁護センターには6名の職員が携わっており,ここを,中心として,権利侵害に対する 援助や,日常生活の援助が行われている。
権利擁護委員会は,権利侵害に対する問題解決の指針や啓発,センター運営の基本方針に関 することを審議する機関で,各分野の専門家5名で構成されている。
生活アシスタントとは,後述する日常生活プランや金銭管理援助プランに基づレ・てその生活 を見守り,相談相手となる人のことをいう。生活アシスタントにはあらかじめ登録された精神 遅滞者の介助経験がある人,または,精神遅滞者の福祉に理解と熱意がある人があたり,援助
を希望する者の地域や援助内容を考慮して,職務が委嘱されることになっている。
3,2.2.2センターの事業内容
権利擁護センターでの事業内容は,①専門相談,②調査,③援助,④啓発,の4つに大別さ れる。以下,各内容について述べてみる。
①専門相談は,ア、相続,財産,契約,婚姻等,法律に関することを扱う法律相談,イ.財産 管理相談,ウ.体罰,搾取,虐待,差別;いじめ,等日常生活全般に関することを扱う生活相 談の3つに分けられる。法律相談には,弁護士6名がボランティアで当たっており,また,生 活相談には,教育や福祉の専門相談貝8名が当たっている。
②調査とは,問題解決に向けて,事実の調査,確認,問題点の把握などを行う活動をいう。
③援助とは,2側面からなり,Fig1の上段の権利侵害に対する援助と下段の日常生活に対する 援助がある。
前者の権利侵害に対する援助は,問題解決に向けて,関係機関との連絡・調整を図り,行政
機関等に調整・指導を依頼する場合と,本人と共に,または本人の意向を代弁し,当事者間の
行政機関等
調整・指導
利害関係者 権利侵害者
連絡・調整
調整・代弁 防御 侵害
[権利侵害に 対する援助]
権利擁護センター 契約 本 人
相談・援助
[日常生活の援助] 援助
報告
生活アシスタント 登録・委嘱
権利擁護 委員会
Fig.1東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センターの機構
調整を図る場合とがある。
後者の日常生活に対する援助の一つとして,精神遅滞者が安定した地域生活を送れるように,
日常生活プランを作成したり,金銭管理援助プランを作成したりする業務がある。また,作成
された日常生活プランや金銭管理援助プランに基づいて,精神遅滞老の生活を見守り,相談相
手となる生活アシスタントを紹介する業務も行っている。
④啓発とは,精神遅滞者の権利擁護についての理解を社会全体に広げるための広報・啓発活動 を行う業務を指す。具体的には,1)権利擁護についての理解促進を図るため,家族や関係者を はじめ広く都民に,精神薄弱者・痴呆性高齢者の権利擁護の重要性について広報を実施するこ と,2)精神薄弱者・痴呆性高齢者の援護に従事する職員等を対象に権利擁護に関する情報を提 供すること,などが挙げられる。
以上が,事業内容の概略であるが,次に実際にどのくらいの相談があったのかみてみること
にする。
3,2.2.3権利擁護センターにおける相談件数
Tab1e3は平成4年5月までの相談件数を示したものである。専門相談とは,上述の法律相 談,財産管理相談,生活相談を指しており,合計90件の相談があったことがわかる。「その他の 相談」の内容としては,法律や福祉制度の説明などが挙げられるが,これらの相談は専門相談 よりも少なく,47件にとどまっている。この場合は,電話による相談で済むことも多く,深刻
Table3 東京精神薄弱老・痴呆性高齢者権利擁護センターでの相談取扱件数 年月
内容
平成3年ユエ月
̀平成4年3月 平成4年4月 平成4年5月 計
専門相談 72 11一 7 90
その他の相談 34 7 6 47
計 106 18 13 137
Tab1e4 東京都精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センターでの相談内容及び相談者
内容 に相
ヨ談 キ・
骼ヒ ア産 ニ分
^財産管理
権財
?Y ヨ等 Wの
ルサ
pラ
刹烽フ・
夋̲ 巣C 人家
ヨ内 ヤ庭 Wの
人近
ヤ隣 ヨ・
W知 lの
人職
ヤ場 ヨ内 Wの
つ旅い股
ト処 に
管日 搶墲
ノ生
ツ活い・ト金
Kその他 合計
相談者
本人 1 1 2 1 5
親 2 11 2 2 4 2 2 6 31
兄弟姉妹 2 1 1 1 5
親類 1 1 2
行政・
沁ヮ末ア所
2 4 6 2 2 2 1
!9施設・
ヨ係機関
4 1 1 2 8
近所・知人
ユ1 2
合計 12 18 9 2 5 6 4 2 4 10 72
*平成3年3月31日現在
な権利侵害に関する相談は少ないようである。相談件数は年間200件を越える見込みであり,福 祉センターの時代の相談数の約10倍にも及んでいる。このことからも,関係者の権利擁護に対 する最近の関心の高さを伺うことができる。
Tab1e4は専門相談を,内容別,相談者別に,分けて示したものである。相談内容では,相続・
財産に関するものが圧倒的に多くなっており,過半数を占めている。また,家庭内,近隣・知 人・職場内の人間関係についての相談もかなりよせられている。相談者では,親が最も多く,
自分が亡き後の子どもの行く末を案じている様子が察知される。また,行政・福祉事務所,施 設・関係機関からの相談もみられる。
4一おわりに
以上,欧米と日本におけるアドボカシーの動向を検討してきたが,TabIe4に示す通り,本人 が相談に来るケースはまだ少なく,この点は,欧米諸国のセルフアドボカシーという観点から みれば遅れているという感は否めない。今後は,障害者自身による相談の申し出や話合いの機 会を増やしていくような体制づくりが必要であると思われる。しかしながら,従来,権利擁護 センターのような組織がなかったことを思えばかなりの前進だといえよう。今後は,こうした 取り組みが,・他の道府県にも広がり,障害者の権利を擁護する体制が整うことが望まれる。
<謝辞>
本稿作成にあたり,貴重な資料を提供して下さり,かつ,種々の御助言を賜りました東京精 神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センターの職員の皆様に厚く御礼申し上げます。
注
1)精神薄弱者・痴呆性高齢者擁護機関(仮称)検討委員会(1991)1精神薄弱者・痴呆性高 齢者権利擁護機関(仮称)の基本構想について.p4.
2)具体的な権利侵害の事例については以下の文献を参照されたい。
・高橋智(1992)1知的障害児(者)の人権をめぐる動向と課題.発達の遅れと教育,45,
pp.6−11.
・高橋智(1992)1発達障害児・者の人権擁護・保障に関する最近の動向と課題.日本特 殊教育学会第30回大会発表論文集.pp.774−775.
白井俊子(1990)1精神遅滞者の人権擁護.特殊教育学研究,28(2),pp,63−65.
前掲書1),pp.50−51.
3) Scheerenberger,R.C。(工983):AHistoryofMentaIRetardation.Pau1H.Brookes.pp.
228−229.
4)Wilson,J.D。(1987):Advocacy for handicapped chi1dren.In=Reynolds,C.R.and Mam,L.(eds.);Encyc1opedia of Special Education.p50.
5) Deve1opmentally Disabled Services and Faci1ities Act.1970
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