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會社經營の合理化と會社制度 : 株式会社を対象と した経済法的考察

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會社經營の合理化と會社制度 : 株式会社を対象と した経済法的考察

著者 板橋 菊松

雑誌名 關西大學商學論集

巻 創立七〇周年記念特輯

ページ 81‑100

発行年 1955‑11‑04

URL http://hdl.handle.net/10112/00022226

(2)

;.,,,,v. 、ッ 一︑

會 祉 純 螢

の 合 理 化 と 會 祉 制 度

ーー株式会社を対象とした経済法的考察I

二、経済と法のReziprozitiit………•………・・・・・・・・・・・八三三、我国の実情に副わない授権賓本制………·………••八五四、取締役は会社の常時機関である…•f………·…………

. . . . . . . . . . . .

  ……•八七

五︑新商法にいう取締役会の実態⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝八JL

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六︑取締役会の権限に対する膜解曲解⁝⁝⁝

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⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝九三

会社経営の合理化は古くて新しい問題である︒我国でも夙にこれを経済学分野における研究対象として取扱っ

81 

(3)

に追随盲従したなものが多いように見受けられる︒

経営学者が発表した研究成果の中にも︑

誇つてよいものがないでもない︒

ていたが︑近年経済学分野とは別の経営学分野における研究対象として取扱うようになり︑経営学独得の新しい 研究成果が続々発表されているのは︑心強い︒しかし︑会社制度そのものは︑旧態依然︑商法学分野における研 究対象として︑商法学者の研究に委ねたままである︒先年商法が変革的に改正され︑我国の会社制度として米国 式の授権資本制

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mを採り入れた直後︑それに関連した諸問題︑

ての取締役会を会社の新機関として公認し︑あるいは新株引受権に関する事項を定款の絶対的記載事項として強 要する等々の諸問題が︑更に商法学分野における研究対象として︑商法学者の研究に委ねられた︒ところが︑商 法学者の努力足らず︑立法者の釈義解説をふえんするのみで︑何等研究の見るべきものなく︑荏再日を過してい るうちに︑またまた商法の一部を再改正せざるを得ない羽目に陥つてしまった︒

そこで︑私共が当面慎重に考えなければならないことは︑会社制度そのものを︑

例えば︑我国で初め

いつまでも商法学分野におけ る研究対象として︑麻法学者の研究に委ねておいてよいかである︒私はかねがね﹁会社制度から滸離した会社経 営の合理化などはあり得ない︒会社経営の合理化を研究する者は︑先ずもつて会社制度そのものを徹底的に研究 するを要する﹂と考えていたが︑今こそ経営学者が商法学者とは別の見地から会社制度そのものを徹底的に研究 すべき秋であると思う︒従来︑

し︑会社制度そのものについては兎角単なる制度的研究として軽視する嫌いがあって︑何となく揺法学者の研究

(4)

説しておられる︒私も﹁経済を弾力性ある内実﹂とし﹁法を弾力性ある外皮﹂とすることには同感共鳴している が︑しかし︑外皮と内実は二にして一であるとみて︑経済学と法学も二にして一であるとみてよいと思う︒した がつて︑会社制度そのものも経営学分野における研究と商法学分野における研究を綜合的に纏めることは︑さ柾 ど無理でもなく︑また困難なことでもない︒今は故人の増地庸治郎博士の名著といわれた﹃株式会社﹄︵昭和十二

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を見出さんとするのが︑

私は三十年前から︑経済人が余りにも法律制度を軽んじ︑法律家がまた余りにも経済事情を顧みないのを迫憾 とし︑特に経済学と法学の両分野に共通した経済法の研究にたずさわっているが︑今日衷心から切望することは 会社制度につき経済学部門における研究と法学部門における研究を渾然一体とした新理論を構成することである る︒中村宗雄博士は

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を紹介批評した論文 の中で﹁彼は経済と法とが内容と形式の関係において発展することを説く︑彼によれば︑法と経済とは︑弾力性 ある外皮に対する︑同じく弾力性ある内実の如きものである︒しかして︑経済現象は連続し︑法律制度は問題的 飛躍的に発展するなどといい︑経済と法とが異別の発展過程を辿ることを認識しつつ︑なお︑

その間に相関関係 彼の態度である」(『民事訴訟理論の再構成』昭和三十年版•第一六

0頁)と解

経済学と法学はもともと同じ社会科学であるから︑両者は二にして一であるともいえ

もっとも︑経済学と法学はおのおの独自の理論体系を構成し︑

一見両者の間には何等の

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も無いよ

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(5)

年版︶は︑右の

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の﹁法と経済とは︑弾力性ある外皮に対する︑弾力性ある内実である﹂と異曲同エの

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e r の﹁法律形態は外殻にして︑経済形態は核心である﹂を引用しながら﹁企業の法律形態とは生活を規 制する法規の総体であり︑その法規は成法として概ね統一体に集成されている︒即ち経済上の企業がその法律的 存在を送る所の企業機構

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に関係する法規の全体が企業の法律形態である︒

等かの形式的なる法律状態

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が企業形態の所在を決定するのでなく︑

ければ︑また単なる法律形態でもなく︑ 併し単に何

全く経済生活の現実の

使用によって企業形態となるのである﹂︵第六頁︶と解説し︑同博士の専門的立場から︑企業の経済形態を法律形 態よりも優位に重くみておられる︒ところが︑会社組織の企業はまた別であって︑それは単なる経済形態でもな

いわば両形態を合せた経済法形態である︒殊に︑会社は企業団体の法人 化したものであるから︑会社こそ往んとうに経済と法に

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のある法人ー企業法人である︵近頃商法学

会社が企業法人である以上︑これにふさわしい会社制度があって然るぺきで︑そうした会社制度があってこそ 始めて会社経営を合理化することもできるのである︒最近たまたま︑

日本学術振興会経営問題委員会同人の﹃新 会社法と会社経営﹄の訂正増補版︵昭和三十年版︶を入手した︒同書は新会社法即ち新商法に関係ある会社経営の

合理化を研究した論文集で︑

いろいろ教えられるところもあるのであるが︑それに牧めた会社制度の研究は︑驚 くぺ<粗雑なもので︑殊に第三章︵取締役及び取締役会論︶と第六章︵新株割当と引受︶の二編には︑仮にも経

(6)

我国の会社制度は︑昭和二十六年七月の商法改正に当り︑忽然として古い大陸法系から新しい英米法系に切換

えられた︒それは一言で尽すと︑新商法が米国会社法にならつて会社の授権資本制を採用したことである︒この

授権資本制というのは︑元来英国で始まった会社特許制が米国に伝わり︑米国式に変貌したものであるが︑米国

では会社資本に特殊の授権形式を重んずる慣習があって︑その授権形式による資本を

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と称

し︑したがつて︑その制度を

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と呼ぶようになった︒ところが︑我国では会社資本

定款の上でも﹁資本﹂という文字を一切記載しないことに改めさせられたのである︒

村正人博士は﹁わが国ではアメリカにおけるような授権は絶対に考えられない﹂

章︵株式制庇と会社財務︶第二六二頁︶と記述しておられるが︑正にその通りである︒

私はどう考えても︑我国の会社制度として米国式の授権資本制を採用したことはプラスであったとは思えない

それは︑我が商法が過去久しい間︑定款の絶対的必要事項としていた第百六十六条第一項の第三号﹁資本ノ総額﹂

を削除し︑更に従来明文で定めていた会社資本の増加に関する事項までも抹消したようなことは︑ ぇ ︑ に特殊の授権形式を必要としないのに︑

改正どころ

か︑むしろ改悪であったからである︒私の知るところでは︑米国の

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は︑そんなに (前llJi•新会社法と会社経営』第五 この点について︑岡 例の占領的政略意図によって授権資本制の採用をしいられ︑ 一︑我国の実情に副わない授権資本割 営学者の研究らしい独創的なひらめきがない︒

あまつさ

(7)

の授権資本制はいよいよ複雑怪奇なものになる︒ 権資本制を﹁株主が取締役に対して株式の分割発行を授権する﹂

︵前出害第二六二頁︶などと解説されては︑我国

窮屈に喧しく制限していない︒現に︑米国会社法の基準とされている

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ついても︑別項に分りやすく規定している︒

Th eN ew   Yo rk   その第十三条に︑会社の

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飽くまでも

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として規定し

全く到れり尽せりである︒何故︑我国の会社制度としての授権資本制に限り︑そんなに﹁資本﹂という用語を使 うことを回避しなければならないのか︒もっとも︑定款から﹁資本ノ総額﹂を削除したといつても︑第二百八十四 条ノニに資本は﹁発行済額面株式ノ株金総額及発行済無額面株式ノ発行価額ノ総額﹂であると定めているから︑両 株式の単価に株式総数を乗じて計算すれば︑当然第一回の資本払込額を算出することができる︒この方法で第二 回以下の発行株式を計算したならば︑それぞれの払込資本も算出することができる︒しかし︑それならば殊さら 授権資本制などといわず︑むしろ︑資本の分割払込に重点をおいて︑最初に定めた資本総額を何回かに分割払込

ませ︑それに応じて株式を何回かに分割発行することにした方がよかった︒岡村博士の如く︑不用意に我国の授 S t

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をみても︑会社の資本については

86 

(8)

らである︒即ち会社の機関は会社の組織体の内的存在であって︑

つまり︑会社の構成分子

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私は曽て雑誌﹃ダイヤモンド﹄に我国の実情に即した会社の表示資本制を発表したことがある︵同誌第四十一巻 第十二号・昭和廿八年四月一日発行︶︒これは今でも正論であると信じているが︑私のいう会社の表示資本制は︑米国

のいわゆる

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を制度化した資本分割払込制であって︑先ず定款に資本総額を表示し︑それを表示資 本として何回かに払込ませるのである︒これは例の公称資本制と一見似たところがあるけれど︑公称資本制は定 款に会社の公称資本総額を明記して︑その資本総額と同額の額面株式を発行し︑順次株式の払込金を分割払込ま せるのであるから︑公称資本制では変動常なき経済情勢に応じて︑無額面株式を発行することは不可能に近い︒

といつて︑授権資本制のみが無額而株式の発行可能な制度であると考えるのは︑会社制度そのものを徹底的に研 究していないからで︑表示資本制でも無額面株式の発行には何等支障はない︒

要するに︑我国の会社制度としての授権資本制は︑正直にいうと非理論的且つ非実際的なもので︑これを現状 次は会社の機関制である︒会社自体が法人実在説の如く実在するものとみても︑また法人擬制説の如く擬制に

よって始めて存在するものとみても︑法人である限り自然人でない︒自然人でない者が自然人の如く︑意思表示 し且つ行動することができるのは︑会社の機関が会社の口となって意思表示し︑会社の手足となって行動するか

のままで存続させることは考えものである︒

(9)

それ自体が﹁会社の組織体の内的存在﹂であるが︑我国では商

法上株主を﹁会社ノ機関﹂として公認せず︑特に株主総会の決議によって選ばれた取締役のみを﹁会社ノ機関﹂

として公認している︒それゆえ︑取締役は株主の化体的な機関ともいうべき会社の常時機関である︒

旧商法は﹃会社ノ機関﹄を三款に分けて︑第一款株主総会︑第二款取締役︑第三款監査役と定めていた︒しか

し︑これだけでは取締役が会社の常時機関であることが明確でないので︑同法では殊さら取締役について﹁会社

ノ業務執行ハ定款二別段ノ定ナキトキハ取締役ノ過半数ヲ以テ之ヲ決ス﹂︵第二百六十条前段︶と規定し︑更に﹁取

J規定していた︒それで取締役は会社の業務を執行する権限と

会社を代表する権限をもつ者と解釈され︑旧商法では問題なく取締役は会社の常時機関として取扱われていた︒

ところが︑新商法は旧商法の通り﹃会社ノ機関﹄をやはり三款に分けながら︑第一款株主総会︑第二款取締役及

取締役会︑第三款監査役と定めた︒この第二款﹁取締役及取締役会﹂があいまいである︒何故﹁取締役及取締役

会﹂として取締役と取締役会を一列に並べたのか︒それはただ立法の便宜上取締役と取締役会を一列に並ぺたの

みで︑別に両者を︱つの機関とみたのではないとしても︑取締役と取締役会の如き本質的に異なる両機関を一列

に並ぺたことは妥当でない︒新商法にいう取締役会については後で委しく論評するが︑取締役は新旧の商法共に

之を﹁会社ノ機関﹂として公認している︒したがつて︑これが会社の機関であることは改めていうまでもない︒

しかし︑新商法が前述の如く取締役を取締役会と一列に並べて︑前掲旧商法第二百六十条前段を﹁会社ノ業務執

行ハ取締役会之ヲ決ス﹂︵第二百六十条前段︶と改正し︑ 会社のOrganizer~もともと株主であるから︑

また前掲新商法二百六十一第一項を﹁会社ハ取締役会ノ

(10)

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である︒

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新商法が第二百五十九条に﹁取締役ハ各取締役之ヲ招集ス︑但 新商法にいう取締役会は米国会社法にいう

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五︑新商法にいう取締役会の実体 取締役が会社の常時機関であることには変りはない︒ が取締役に代つて会社の業務を執行する権限をもち︑会社の代表取締役が取締役に代つて会社を代表する権限をもつようになり︑厳正にいえば︑新商法の上では取締役には会社の業務を執行する権限もなく︑また会社を代表する権限もない︒さればとて︑取締役を単なる取締役会の構成員たるに止まるとして︑これを会社の常時機関でもなくなったかの如くに解説することは誤りで︑余りにも会社制度に対する認識不足であると思う︒会社の取締役はもともと会社の組織体の内的存在であって︑これは当然会社の意思表示機関であり且つ行動機関としての常時機関であらねばならない︒たとえ取締役の﹁会社の業務を執行する権限﹂が取締役会に移譲されても︑またその﹁会社を代表する権限﹂が会社の代表取締役に移譲されても︑取締役が会社の常時機関機能を喪失しない限り

シ取締役二於テ招集ヲ為スペキ取締役ヲ定メクルトキハ此ノ限二在ラズ﹂と規定し︑次の第二百五十九条ノニに

﹁取締役会ヲ招集スルニハ会日ヨリ一週間前二各取締役二対シテ其ノ通知ヲ発スルnトヲ要ス︑但シ其ノ期間ハ定

款ヲ以テ之ヲ短縮スルコトヲ妨ゲズ﹂と規定しているのをみても明らかである︒即ち新商法にいう取締役会は招 決議ヲ以テ会社ヲ代表スベキ取締役ヲ定ムルコトヲ要ス﹂取締役会

(11)

集されて始めて成立する会議体の機関であり︑したがつて会社の臨時機関である︒然るに︑新商法の立法者拉に

商法学者の多くは︑

新商法にいう取締役会を米国会社法にいう

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であるかの如くに註解し また︑それを米国会社法にいう

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s であるかの如くに解説している︒例えば 新商法の立法資任者である東京高等裁判所判事︵前法務府法制意見第一局長︶岡崎恕一氏は﹃改正会社法﹄におい て︑取締役会を

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いうのであつで︵法律上の会議体であることは株主総会と同様である︶その本来の権限は︑会社の業務の執行を決定す

ることである﹂

﹁取締役会は会議体であるから︑招集権者によって適法に招集されることを要する﹂︵昭和廿五年 版第八三・八四頁︶と解説しておられる︒東京大学の鈴木竹雄教授も﹃会社法﹄において︑やはり取締役会を

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には原則として招集権者が招集手続をとるが︑

取締役全員が同意すれば招集手続をへないでも開くことができ 従つてあらかじめ取締役全員の同意で定めた定例日に開く場合には一々招集を要しない﹂

和三十年版第︱二七・ーニ八頁︶と解説しておられる︒

米国会社法は条文の上でも裁然

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s   を区別して奢いている︒例えば︑米国の

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t の第三十一条をみると︑その

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s ' `と書いている︒東京大学

の矢沢︵惇︶助教授は法曹会発行の﹃株式会社の比較法的研究﹄の中で︑前の

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を﹁取

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そして別に﹁取締役会を常時ではなく︑必要に応じて開かれる︒従ってそのため

そして別に﹁取締役会は取締役によって組織された会議体を

(12)

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英訳し︑前掲第二百五十九条及び第一i"meeting

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f   d i ‑ これに関連して取締役会の一風変った解説は︑末川先生還暦記念﹃民事法の諸問題﹄に牧録された京都大学の 大隅健一郎教授の論文で︑﹁わが商法が取締役会として規定しているところは取締役会議

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ければならない︒商法の規定するところは上述のごとく取締役会議についてであるが︑たとえば﹁取締役会の権

限﹂という場合における﹁取締役会﹂は会議そのものではありえないのであって︑それは全体として取締役から r e

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しかしわが商法の下でも︑ いう取締役会の英訳を︑

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②取締役会と取締役会議の混同 ならないが︑果して然るか︒

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締役会﹂と和訳し︑後の

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更に同条の(二)の^•

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時と場所﹂であるのに︑

明かに﹁取締役会自体でない取締役会議の これを無雑作に﹁取締役会開催の日時並びに場所﹂と和訳しておられる︒もし新商法に

いう取締役会が︑米国会社法にいうBoard

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それは正しく会社の常時機関であらねば

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ある場合は

理論上は会社の機関と

(13)

役会論︶において︑

(3) 

会社の経営管理と意思決定機能

て︑常置的なものである︒従って︑ そしてこの意味における取締役会は臨時的なものではなくし

取締役会は常置機関と解するのが正当であると思う﹂

頁︶と記述したものである︒大隅教授の解説に従えば︑

また新商法にいう取締役会は︑ある場合には

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︵昭和廿九年版第二九九

は米国会社法にいう

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の何れにも該当するようで

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に該当するようでもある︒しかし︑新商法にいう取締役会が時には会社の常時機関

とみられ︑時には会社の臨時機関とみられては︑その本質的機能が何であるか要領を得ない︒

高宮晋教授は前出﹃新会社法と会社経営﹄の第三章︵取締役並びに取締

﹁取締役会の制定は取締役の権限が拡大し︑その責任が重加したため︑取締役会という会滋

体によって︑これを決する体制を確立する必要があるという理由によるばかりでなく︑より根本にさかのぽつて

考えれば︑それはトップ・マネージメントの機能的階層の分化に対応する組織的方向であるということが出来

る﹂と説明し︑新商法にいう取締役会創設の理由を﹁トップ・マネージメントの機能的階府の分化に対応する組

織的方向である﹂と考察されたことは︑その﹁組織的方向﹂の意味があいまいでも︑さすがに商法学者とは別な

新研究であると思う︒しかし︑同教授は新商法にいう取締役会を

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とみておられるのか︑そ

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とみておられるのかが分らない︒これをどうみるかによって︑

の﹁トップ・マネージメントの機能的階府﹂の内容がちがつてくる︒更に同教授は﹁商法によって︑トップ・マ なる

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でなければならない︒

ある場合には

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岡崎氏や鈴木教授のそれの如く︑新商法にいう取締役会

(14)

六︑取締役会の権限に対する誤解曲解

究としてはどうかと思われる︒ し︑経営管理の何から何まで︑ ついて分析的考察を加える必要がある︒先ず︑取締役会は株主総会から経営管理を委託された機関である︒しか トップ・マネージメントを合理的に構成するためには︑その根底をなすトップ・マネージメントの機能的階層に ネージメントの上に生ずる変化は︑取締役会制度の制定を中心とするものである︒この変化に合理的に対処して

この機関で行うのでなく︑経営管理の複雑性に応じて︑おのづから機能分化がな されねばならないのである︒取締役会の本質的機能は経営管理上の意思を決定する機能である︒すなわち︑経営

全般の業務を監査する機能である﹂

おられるが︑これは無理な独断定教である︒

果して取締役会が株主総会から経営管理を委託された機関ならば︑兎にも角にも取締役会は会社の経営管理を 受託した経営管理機関であるから︑その本質的機能は会社の経営管理の意思を表示する機能でなければならない

同教授が前述の如く︑ (第一0三•

10

四頁︶と解説して

会社の﹁経営管理の複雑性に応じて︑

い﹂とし﹁取締役会の本質的機能は経営管理上の意思を決定する機能である﹂と結論されたのは︑会社制度の研 以上の外︑我国の取締役会制として今なお明確を欠いているのは︑取締役会の権限ー新株発行の湯合における

取締役会の権限である︒新商法が米国の会社制度にならつて取締役会に重点をおき︑これに旧商法において株主

管理の基本方針︵困

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おのづから機能分化がなされねばならな

(15)

明しているのは︑辻棲が合わない︒ 総会の権限とされたものまで移管したことはよいが︑それが先入主となって︑取締役会の権限を無制限に拡大強化せんとする悪傾向があるのは︑我国の会社制度として許しがたいことである︒例えば︑新商法の第二百九十六条は︑会社の社偵募集について﹁会社ハ取締役会ノ決議二依リ社債ヲ募集スルコトヲ得﹂と規定している︒それだから︑社債募梨に当つては取締役会の決議を要するのであるが︑会社の新株発行については同法のどこにも取締役会の決議による旨を規定していない︒それだから︑新株発行に当つては取締役会の決議を要しないのである然るに︑商法学者の多くは︑我国の会社制度としての新株発行制について﹁新株発行に当つては取締役会の決議を要する﹂と解説し︑そしてまた﹁新株発行に関する事項は総て原則として取締役会が決定する﹂かの如くに説

我が商法学界の重鎖である一橋大学の田中誠二博士も﹃新会社法﹄の中で﹁新法では授権資本制を採用した結

果として︑定款に定められた発行予定の総株式の中の未発行部分を会社成立後に発行する場合には︑原則として

取締役がその発行すべきか否か及び発行の諸条件を決定するのである﹂

五頁︶と解説しておられる︒また司法研修所長の松田二郎博士もまた﹃会社法概論﹄の中で﹁改正法の下におい

ては新株発行︵商商二八0ノニ︶も社債募集︵商二九六︶も共に取締役会の決議に依り得ること4なり︑即ち取締役

会は金融市場の情勢に応じ機動的に新株発行︑社債募集により会社資本を調達し得るに至った︒而して新株が取

締役会の決議によって発行せらるるに至ったことは︑

四一・ニ四二頁︶と説明しておられる︒

0

いわゆる授権貴本の当然の結果である﹂

廿

廿

(16)

たとえ新株発行の場合取

これは新商法の新株発行に関する第二百八十条ノニの誤解又は曲解である︒同条は﹁会社が新株を発行する場 合﹁左ノ事項ニシテ定款二定ナキモノハ取締役之ヲ決ス︑但シ本法二別段ノ定アルトキ又ハ定款ヲ以テ株主総会ガ 之ヲ決スル旨ヲ定メタルトキハ此ノ限リニ在ラズ﹂と規定したのであって︑同条にいう﹁左ノ事項﹂も︵一︶﹁新 株ノ額面無額面ノ別︑種類及数﹂︵二︶﹁新株ノ発行価額及払込期日﹂︵三︶﹁現物出資ヲ為ス者ノ氏名︑出資ノ目 的タル財産︑其ノ価格並二之二対シ与フル株式ノ額而無額面ノ別︑種類及数﹂︵四︶﹁無額面株式ノ発行価額中資本 二組入レザル額﹂のみに限定されている︒したがつて︑同条は断じて新株発行につき取締役会の決議を要するこ とを規定したものでなく︑また同条の﹁左ノ事項ニシテ定款二定ナキモノハ取締役会ヲ決ス﹂が﹁左ノ事項ハ取 締役会之ヲ決ス﹂と改正されない限り︑新株発行の事項は︑原則として定款に之を定めなければならない︒そし て定款に定めないものは︑取締役会の決議によって之を定めるのである︒ところが︑同条但書によると︑たとえ

﹁定款二定ナキモノ﹂でも︑それを定款で株主総会の決議に依る旨を定めたときは︑取締役会の決議によって之を 定めることができず︑商法に別段の定めあるときもまた同様である︒それゆえ︑新株発行の場合における取締役 会の権限は︑新商法においてもさ低ど拡大強化されてはいないのである︒然らば︑新株発行に関する事項を︑初 めから定款に定めず︑取締役会の決議によって定めてもよさそうであるが︑原則として定款に定めるという規定

の存する以上︑

いつでも定款を変更して取締役会を拘束するように定められるから︑

締役会の決議を原則的なものとみても︑実炊がないのに︑実務上無理に取締役会の決議を原則的なものとみたた めに︑取締役会が第百六十六条第一項第五号︵会社ノ設立ノトキニ定メラレタル会社ガ発行スル株式ノ総数二付

(17)

行スル場合二於テハ左ノ事項ニシテ定款二定ナキモノハ取締役之ヲ決ス但シ本法二別段ノ定アルトキハ定款ヲ以 て ︑ 裁判沙汰までも惹起したのである︒

株主二対スル新株ノ引受権ノ有無又ハ制限二関スル事項若シ特定ノ第三者二之ヲ与フルコトヲ定メタルトキハ之 ニ関スル事項︶までも濫りに脱法的に解釈し︑取締役会の権限を拡大強化したことが祟つて︑とうとう忌わしい 今次改正された新株発行制にからまる疑義は︑前述の新商法における取締役会の権限にからむ疑義を︑更に一

層煩わしくしたものとして看過することができない︒去る七月一日から施行の改正新商法は︑前出﹃新会社法と 会社経営﹄において︑平井泰太郎博士も記述しておられる通り﹁会社法の全般に亘る根本的検討を更に将来の課題 として残したまま︑さしあたり混乱と疑問の生じている諸点の内︑特に緊急を要するものの一っとして新株引受 権を中心とする問題を解決せんが為に行われた﹂のである︵第三ニ︱頁︶︒

法が定款の絶対的記載事項とした第百六十六条第一項の第五号﹁会社ノ設立ノトキニ定メラレクル会社ガ発行ス ル株式ノ総数二付株主二対スル新株ノ引受権ノ有無又ハ制限二関スル事項若シ特定ノ第三者二之ヲ与フルコトヲ 定メタルトキハ之二関スル事項﹂を削除し︑同じく新商法第二百八十二条ノニの﹁左ノ事項﹂に︑新たに第五号﹁新 株ノ引受権ヲ与フベキ者並二引受権ノ目的タル株式ノ額面無額面ノ別︑種類︑数及発行価額﹂を追加するなどし

新株発行制につき大改正を行った︒

この第五号は第二百八十条ノニの﹁会社ノ成立後株式ヲ発 したがつて︑改正新商法では前の新商

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(18)

会社経営の合瑯化と会社制度︵板橋︶

テ株主総会ガ之ヲ決スル旨ヲ定メタルトキハ此ノ限二在ラズ﹂をそのままで追加したから︑新株発行の場合﹁新 株ノ引受権ヲ与フベキ者並二引受権ノ目的タル株式ノ額面無額面ノ別︑種類︑数及発行価額﹂は︑やはり定款に

之を定めるべきで︑

つまり定款に之を定めるのが原則である︒然るに︑またしても取締役会の決議によって之を しかし︑前述した﹁取締役会之ヲ決ス﹂が﹁原則として取締役会の決議によって之を定める﹂と解釈されない

限り︑取締役会の決議によって定めてよいものは︑

いわゆる﹁定款二定メナキモノ﹂のみである︒例えば︑原則 として定款に﹁新株ノ引受権ヲ与フベキ者並二引受権ノ目的タル株式ノ額面無額面ノ別︑種類︑数及発行価額﹂を 定めない場合は︑当該事項はすべて﹁定款二定メナキモノ﹂であるから︑取締役会の決議によって之を定めてよ いのである︒もっとも︑定款に﹁新株ノ引受権ヲ与フベキ者﹂のみを定めて︑それ以外の﹁引受権ノ目的タル株 式ノ額面無額面ノ別︑種類︑数及発行価額﹂を定めない場合は︑後者はやはり取締役会の決議によって定めるこ とができるけれど︑前者は断じて取締役会の決議によって之を定めることができない︒然るに平井博士は至極簡 単に﹁今回の改正では⁝⁝取締役会の決議に委ねることを原則とすることになった﹂

︵前出書第三三0頁︶と解説し

ておられる︒これは前述の商法学者の誤解又は曲解と同じ誤解又は曲解であって︑経営学者として特に何等の考 慮も払われていない︒私は︑会社制度の中でも重要な新株発行制について︑種々煩わしい疑義があるのは︑やは

り会社制度に関する研究が経営学者のそれと商法学者のそれが綜合的によく握まつていないからであると思う︒ 権を有しないのであって︑

取締役会の決議により与えることができるのみである﹂

定めるのが原則であるかの如き異説が行われている︒

﹁形式上は株主は新株引受

参照

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