アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題 : Ackerman & Harris : Family Farm Policyの紹介
その他のタイトル Ackerman & Harris: Family Farm Policy
著者 東井 正美
雑誌名 關西大學經済論集
巻 3
号 2
ページ 95‑113
発行年 1953‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/15837
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発表され︑再び狼訳で^
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3. において発表されるという紆余曲折をえて~
最近明かにされた︒そしてそのなかで︑ウェーベーは︑アメリ
アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶ カの土地制度の生成発展の帰結に関して︑興味ある見透しをなしている︒それは︑次の如くである︒
﹁産業査本家および商業賽本家がますます土地を吸敗し始め
つつある︒富裕になった産業家や商人が騎士領を獲得し︑遺産
相続による土地を家族に結びつけ︑貴族のなかえ入り込むため
の手段として所領地を利用する︒成り上り者の遺産相続は︑貴
族の憚統並びに軍事的君主制をもつ旧開国における査本主義に
つきまとう生産物の一である︒ドイツの東部において︑英国に
おいて現在の諸事憬がっくられるに至るまで数百年来行われて
︑︑︑︑︑︑︑︑︑
来たことと同じことが行われつつある︒そのことは︑又アメリ
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力において︑勝来︑自由な土地がなくなって来て︑土地の経済
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それ故に︑ウェー.^ーが︑アメリカの
以上土地所有制度の生成発展の帰結に対する見透しについて︑
の如く1九0四年にいっていたからといって︑さほど驚くに足
とりたてていう必要もないかも知れない︒けれど
も︑ウェー.^ーの︑アメリカの土地所有制度の歴史的帰結への
見透し︑又は評価が最近見出されたということはアメリカ土地
制度の現状︵いいかえれば屋史的帰結︶に対してわれわれの新 ら
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︵傍 点引 用者
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土地が低廉であった諸条件のもとに︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑おける産物であることは︑事実である︒これらの諸条件が変化︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑したときには︑農民はイギリKにおいて経験した.ことと同一事︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑
を 経 験 し な け れ ば な ら な い
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﹁典型的なアメリカ農民︵自己所有の小農揚の耕作
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既に彼れよりも六年前に、ヘンリー・ジョージHenry~"
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によってもなされている︒すなわち︑彼はA
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アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題0
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催された最初の農業経済学者の国際会議に次いで︑ のであった︒本会議は︑英国において本会議より十五年前に開 たなる関心を強くそそるものがある︒
そもそも︑アメリカでは︑土地所有の問題に積極的な関心が
‑ 6
況以降のことであったといわれている︒じらい︑アメリカ農
業経済学界においてテニュア諸問題が種々論議の的になって今
日に至ったのであるが︑その研究成果の総決算ともいいうるよ
'うな最も組織的︑体系的な論議が︑1九四六年二月2
五日
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日︶にシカゴ大学において開催された^
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J 1 おいてなされたのである︒本会議には︑アメリカ晨
業経済学者およびその専門家を中心として︑英国︑カナダ︑'︱︱
ュージーランド︑スウニーデ・ン・デンマーク︑オラン.クプラジ
ル︑プェルトリn︑フラソス︑ドイツ︑チ
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nスロヴァキアの
農業経済学者および専門家が集いて︑その成員は七六人に達し
たのである︒彼等は︑アメリカ合衆国の社会的・経済的単位と
しての家族農場を主たる対象として︑テニュア政策を論議した
﹁世 界の 社
会科学者の間の効果ある協力のもとになされつつある進歩にお 寄せられ︑活澄な論議の的となるに至ったのほ︑1
九 ︱ ︱
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九六
アメリカ合衆国における家族農揚テニュア問題G
東井
︶
採り入れられており︑
充実しているので︑本書は︑アメリカ合衆国の﹁ラソド・テニ
ュア﹂の問題への接近に貴重な資料を提供してくれるであろ
う︒そして本書によって︑アメリカ合衆国の家族墨場のテニュ
︵一 九四
0年で少し古いが︶その内容も いて﹂画期的出来事を画するものである︒そしてこの所産が︑マ
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として出版された︒
本書は︑前述した如く︑世界の種々の諸国家の専門化が自国
の種々なテニュアに関する価値ある知識と経験を交流し合っ
て︑アメリカ合衆国の土地政策における家族農場を主たる課題
として論議した所産であるという点において︑将に画期的であ
る︒そして本書には五つの委員会が研究したアメリカ合衆国の
ファーム・テニュアに関する諸問題のレポートが系統立って牧
められており︑直ちに利用しうる形式の有用な統計害が豊富に
九七 本稿では︑本書を紹介しようと思うのであるが︑本書は五00頁を超える大著であって︑本害の忠実な紹介は容易でない︒しかし︑本害への展望は︑本書の﹁紹介として役立たしめ︑且会レポートと論議において主張された適切な資料の若干とを集めるために準備された」梗概、すなわちM.ハリスとJ•アー
カーマソとの共筆になる﹁会議の梗概﹂によって容易にあたえ
られる︒従って︑それを土台として︑ぜひ必要と思われる各論
文および委員会レポートの箇所をも便宜的に観察しながら︑本
書を紹介してみたいと思う︒本稿を以下の形にまとめるに当っ
﹁合衆国﹂の家族農場のテニュアの問題点を整理し把握
における家族農場のテニュア問題にのみ置くことにした︒そし
てそこから︑いきほい︑本書に論じられた各国のテニュア諸事
情は全て割愛されるに至ったことはいうまでもなく︑﹁合衆国﹂
9のテニュア問題の改善政策も殆んど顧りみなかった︒かかる観
点からする紹介は︑本害がもともと家族農場テニュア問題の改
箸方法︑すなわち﹁家族農場政策﹂に重点が置かれていること しようとする恣意的な意図から︑筆者の焦点をアメリカ合衆国 て
ほ︑
つ各研究論文において披渥された肯紫に当る資料の若干と委員 アの問題点が充分うかがい知れるであろう︒
第八章 第七章
第 十 八 章 農 業 労 働 者 お よ び シ ェ ア ク ロ ヅ パ ー の 諸 条 件 改
第十七章 北ヨーロッパにおけるファーム・ランド・テニュア
第 十 六 章 家 族 農 場 に 基 く テ ニ ュ ア
・ シ
Kテムにおける自
第六
章・
第五章
アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶
とあいまって︑本書の意図に忠実な紹介の仕方といえないこと
をことわっておかねばならない︒
最後に︑本書の編別構成を示して置けば︑次の通りである︒
第一
︳一
編
アメリカ合衆国におけるファーム︒テニュア 会議の梗概⁝⁝
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アメリカ合衆国におけるファーム・テニュア・シ
Kテム……••、……;•‘LtHrミ`‘is
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ma n 第三章
アメリカ合衆国における家族農場の位置・・・
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大英共和国におけるファーム・ランド・テニュ.ア
カナダにおけるファーム・ランド・テニュアに関
する政策と経験·…••…•-:·…•…
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英国における農地のテニュア··……•
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ニュージランドにおけるランド・テニュアと農地
改革:
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ネザーランドにおけるランド・テニュア・⁝し.⁝⁝
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委員会レポート
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委員
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家揚農場のテニュア諸条件の改善手段•,:,
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••………・・・・・・・・・・・・・第一_一委員会
善活動・・・・・・・………•••……••••…………•第四委員会
第十五章 第四章
第二編
第十四章 第十三章 第六編
第十二章
第二章 第一章
第五編中央ヨー・ロッパのファーム・ラン
F・テニュア
第十一章 第一編
第十章 第九章
第 四 編
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ラテンアメリカのファーム・ランド・テニュア
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プエルトリnの経済癸展計画における農地改革 チェnkロヴァキアの農地改革••…•
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Committee I
Theodore W. Schultz, Chairman; Henry C, Taylor,
Vice‑chairman; George H. Aull; Secretary; Memberes:
J. F. Booth, Lippert S. Ellis, J. I. Falconer, V.
Webester Johnson, John Muehlbeier, and Anne
Taylor
Ccmmittee II
Elton B. Hill, Chairman; A. C. Fiedler, Vice‑chair‑
man; Rainer W. Schickele, Secretary; Members:
Antonin Basch, Arthur T. Esgate, Frank Miller,
William G. Murray, Frank W. Peck, Mont H. Saun‑
derson, and Frank J. Welch
Committee III
Harold Hoffsominer., Chairman; Donald R. Murphy,
Vice‑chairman; Charless L. Stewart, Secretary
トス-ゃ4a縦lii[旦将お心~~畿囃卜JIrl h匡譲(娯杖) Members; Horace Belshaw, Eugene Butler, Jo!io G.
de Souza, Paul A. Eke, F. F. Hill, Harold Howe,
Paul V. Kepner, Gabriel Iundy, A. R. Mann, Peter
Nelson, W. D. Nicholls, and George A. PO'nd
C呻mitteeIV
Rupert. B. Vance, Chairman ; Russell Smith, Vice—
chairman ; Marion Clawson,. Secretary,・Members:
John. H. Bondurant, Lawrence A. Davis, S. L.
Descartes, Francis A. Flood, Everett C. Hughes, 0.
G. Lloyd, Joe R. Motheral, and Leonard A. Salter,
JR.
Committee V
Murray R. Benedict, Chairman; Gilles A. Hubert,
Vice‑chairman; .Gladwin E. Young皿dCharles M.
Hardin, Secretaries; Members ; John B. Bennett A.
G. Brown, H.C.M.Ca記,WilliamE. Cole, Alexand‑
er Gerschenkron, C. Horace Hamilton, Robert W.
Hudgens, James E. McNulty, Paul V. ̲ Maris, .Oliver
S. Rundell, Obed A. Wy~m, and M. R. Zigler
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﹁本 害﹂ にお いて も︑
アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶
二
︑ 家 族 農 場 の 定 義 と そ の 評 価
げられていることの指摘のためである︒そしてその理由は︑
合衆国﹂のテニュア様式は︑全般的というのではないが︑たい
てい︑経営者によって所有または借地された家族規模型であり
そこから︑いきほい︑テニュア問題といえば家族農場のテニュ
ァ問題ということになってくるからである︒
﹁会議の目的が家族農場の周辺に集中
されたのは︑諸国家のテニュア改革は︑たいてい︑生産の増大
・社会的諸条件の改善・政治制度の安定等りために家族農場の
確立を志向しているから︑特に当を得たものと思われる﹂と述
ペ︑﹁アメリカ合衆国の法制的・経済的社会制度は多くの点で
‑,
アメリカ合衆国のテニュア問題は︑﹁二つの主たる理論︑す
なわちテニュア上の家族農場理論およびテニュア上の農場経営
理論の知識をえて観察すれば︑理解されるであろう﹂と︑北ダ
コ反の農業専門学校のR・シイケル
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る︒シイケルの言葉を引用したのほ︑﹁合衆国﹂においてテニ
ュア問題の論議は絶えず﹁家族農場﹂との関連においてとりあ
︵﹁
第
わざわざ家族農場に適応され来ったのである﹂とも述べている
のである︒ところが︑家族農場という言葉は必ずしも明確では
ない︒従って︑家族農場の定義が何等かの形で要求されてくる︒
そして︑同時に家族農場の存続の意義︑いいかえればその評価
の問題も起ってくるであろう︒この問題を担当したのが第一委
﹁われわれが基本的に欲するも員会である︒そして委員会は︑
のは︑ヨリ改善された農村社会へ到逹するためのある手段とし︐3 て家族農場を評価することにある︒1体︑政策形成にあたって
家族農場がその重要な順位を占めるのは︑何によるのか︒家
族農場はこの与えられた高い順位を受けるに価する内在的優越
をもつのか否か︒もしそうであるなれば︑かかる有利点を理解
し︑観察および研究をさらに押し進めるために︑それらを指摘
する必要がある︒同時に︑家族農場の欠点をきはめて卒直に直
視して︑それらは家族農場自体に固有的であるのか︑それとも
ますます複雑な大問題の側面をなすものかどうかを自問する必
要がある︒論を進めるにつれて︑われわれは︑確実に︑答がわ
からない問題を提起するであろう︒実にこのことはわれわれの
課題において最小の重要部分というのでは決してない﹂
十五 章﹂ 一
1一八六頁︶となしている︒ JOO
アメ
9カ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶1 o 1
( I )
家族濃場の定義
﹁家族農場﹂という術語を明かにする目的は︑政策の樹立に
おいて分析的道具として有効的であり︑そして社会・経済的制
度として意味深い︵政策形成において意義のある︶概念に到達
することにある︒このために﹁農場﹂並びに﹁家族﹂の両循語
位で ある
︒
の主たる特質が利用された︒農場は︑基本的に云って︑生産単
︵経済的徽語では︑それは一継続企業としての農楊
である︶家族とは︑生産・消費に関連する社会的実体である︒
それ故に︑家族農場の概念は︑現存しうるようなものとして︑ま
たは農業技循の発達並びに家族労佑の供給の変化に応じて分類
の必要を要しないようなものとして︑言いあらわす社会的・経
済的術語によって樹立されたのである︒1継続企業としての農
場の基本的要素は︑土地・労佑・資本︑管廻であるが︑家族農
場を定攀するさいに︑これらの四要素が結合して1つの使用し
うる概念を構成せねばならない︒その場合︑厳密な形態におい
て︑家族農場という語は︑これらの四要素が全て土地に佑く家
族の範疇に入っているものである︒︵﹁梗概﹂七頁︶.
かくして︑家族農場を構成する特質は︑①企業家的機能が家・ 家族農場の定義と評価について紹介しよう9族の手中にあること︑②農場経営に必要な人間労佑は︑家族労佑とその補充的な労佑︵季節的ピーク労働需要および家族自体の発育上の︑又は過渡的な段階においての︑必要な家族外労働ーかかる正規の家族外労働量は社会においての通常の大さの家族の総労働量より以上であってはいけない︶とから成ること、③土地・資本・近代技術•他の諸資源の点から、農場家族の労佑資源を能率的に使用するに足るに充分大きな農場であること等である︒この家族農場の定職には︑家族農場の企業の本質をそこなうような契約の下で経営するところの︑全てのクロッパーやある種の小作晨や若干の農場が排除されている︒何故ならば︑若干のクロッパーや若干の小作農は農業労佑者として佑いているからである︒雇傭労佑叉はクロッパーに全ての依存するようなプランテイションや他の農場組織の形態は家族晨場という語に入ってこない︒相当な数となり来った不完全農家.(Part-~me
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や農村居住農場
( r u r
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も亦排除されている︒多くの他の農場は︑準家族農場
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として分類されるであろう︒普通に家族農場ど
して考えられた多くの農場単位は︑以上の如き特質のどれかを
欠いている︒例えばアメリカ合衆国における農場は︑1九四〇
0
頁︶
︒
年には︑シPアクロッ︒^ーを除いて五︑五五0千であった︒このうち、一•四疹は大規模農場(プランテイションを含めて)
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`四%が所謂﹁農村居住﹂農場であり︑11
・ ニ
劣が不完全農家であった︒残余の四︑二七五千農場のうち︑一
︑一五0千農場の生産額は六00弗以下であり︑非常に生産性
が低いので︑いかに想像をたくましくしてみても家族の労佑資
源を使用するに能率的であったとはいえない︒それで家族農場
として定義されうるのは︑1九四0
年に
は︑
1 1 1 '
1
二五千農場︐
とな
る︒
1︑ 二
00
弗又は1
︑ 五 00弗以下の生産額である︵一
て能率的であったかどうかは若干簗問がある︒このことが承認
ざれた規準となるならば︑一
1 1二五千単位の約半分が家族農1︑
場の定義から排除されうるであろう︒そのような断片的なデイ
クからでさえも︑ほんの僅かの農場だけが定義された家族農場
の内容に充分当て嵌まるであろう︵﹁第十五章﹂︱︱︱八
0 1
‑ ︱ ︱ 九
これらの理念型としての家族農場の定義は︑会議に参加した
他の諸国における﹁概念に十分応じなかった﹂︵﹁梗概﹂八頁︶
のはいうまでもなかろう︵例えば︑カナダでは﹁飯米艇家﹂ 九︱︱元年物価において︶農場が農場家族の労佑力の利用におい アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶
菫な北欧又は他の地帯では、面積•生産の物狸的タームによれ ( s
u bs i
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にほぼ近く︑家族労働の補充としての外部労働
撒も﹁この概念﹂に示されたものより以下である︒フランKで
は.補充労働の利用に制限があるーー主として﹃ゆひ﹄
(e
xc
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n , 9
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o f s e
r v i c
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の程度に限定︒土地に対する人口の圧力の過
ばョリ小となる傾向がある︒︹同八頁︺︶またこの概念に反対意
見があったのはいうまでもない︵例えば︑J.I・ファルカナ
ー
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う︑
承服し難い︒少くとも必要な労働の二分の1が揺営者と彼の家
族労働とによって結合されている農場は︑家族農場の概念に含
ましめるべきであると信じている﹂と
﹁第十五章﹂四o c
0‑
︳ ︳ 頁 ︶
筆者の関心は︑このような家族農場数.︵それは全諾営殷楊数
のほぽ二八席︶が﹁合衆国﹂のどのような農業者層にあたるで
あろうかということである︒東畑精一教授が﹁アメリカの農業
﹂において表示した一九四四年の﹁農場の年間総生産額による
分類における範疇﹂を便宜的に使用すれば︑次の表の如くなっ
てい
る︒
﹁私はその家族農揚の定義に完全に
そして教授はいう︑﹁商品生産の﹃家族農場}と﹃小規模農場﹄とあわせて四一七万(七一・ニ疹)の農場こそ•…••アメリカ農業の
10
ある
H・テイラーと
A'
・テイラーとは︑他方において︑家族農
アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題q
東井
︶
広範囲の概念をとつている︒ところが︑第1委員会の副議長で 場数は七1・ニ%であってそれは︑通常の﹁家族農場﹂︵農業経
常者が︑家族労働並びに恐らくは適当量の兼業労働の補充によ
って濶足な生活水準をつくり︑農楊生産力および査産を維持し
うる農家︑その農揚経営者はほぼ三分の1に該当︶よりも造かに
基礎 たる 家族 農場 で・
・・
・・
・あ る﹂ と︒ 従っ て教 授に よれ ば︑ 家族 農
農場の年間生産額による分類 (1944)
疇 ! 農 業 生 産 額 1農揚総数(%)
(ドル) (単位1000%)
大規模農揚 20,000以上 102.1 (1. 7)
商品生産 大 8,000ー19,999 408. 9 (7. 0)
の 繹 農 { 中 3,000ー7,999 1,173. 0(20. 0)
楊 , 小 ・1,200ー2,999 1,661. 9(28. 4)
小規模農場 500ー1,199 923, 5(15. 8)
兼 業 農 場 250ー1,199 602. 2(10. 3)
名 目 農 場 500以 下 ・ 987.3(16.8)
計 I I 5,858. 9(150 0 ..)
(註)兼業農場とは年間に経鴬主が100日以上農楊
をはなれるものを指す。
(「アメリカの農業」岩波写真文庫ヨリ)
範
合
10
﹁家場農場の立場および成 1義的に農業活動の成果に依存するな家族が自己の生活の資を 場の概念をョリ弾力的に考えていて︑﹁$しも晨湯を占有する
らば︑もしも農場家族が1年の仕事の計画にあづかり︑日々の
経営に責任があるならば︑もしも仕事の主たる部分が家族によ
ってなされるならば︑その農場は家族農場として分類されるで
あろう﹂という︒かかる解釈をとるならば︑東畑教授のいう家
族農場にも︑通常の﹁家族農場﹂にも妥当するようになってく
る︒ともあれ︑ここ.では︑第1委員会の理念型としての﹁家族
農場﹂の定義は表における商品生産の家族労佑のうち大乃至中
に相当するものであって︑家族農場のうち最も商業化された農
場に当ることを指摘しておこう︒
︵腟︶ここに定義された理念型としての家族農場は︑本書を
通じて適用されていない︒従って以下家族農場という場
合は︑普涌の用語例に従うことを附言しておく︒
家族農場の評価︵その優劣︶に関しては︑
﹁会議﹂の委員会又は大会に波いて︑﹁報告﹂
分利用出来ないという欠陥が顕著であったけれども多安の末組
織的な経験上の﹁報告﹂によって︑
→羮料︶が十
令I I
)
家族農場の評償︵!優劣︶
﹁梗概﹂によれば
︱ ︱ ︱ 九 0
1四
0二頁︶においてである︒そこにおいて︑1継続企
業としての家族農場が︑
I l l
つの範囲︵!経済的︑社会的︑政治
的︶のそれぞれにおいて︑他の農業組織の形態に比して多くの 有利点を有し︑又多くの不利な点︵そしてその若干は家族農場 自体に固有的なものである︶を有していることが明らかにされ
たのである︒
今︑ここに︑そこで論じられた家族農場の評価ー優劣を︑経 済的範囲にのみ限定して︑引例しよう︒それは︑要約すれば次
の通りである︒
鯉薔規模︵﹁合衆国﹂における最も一般的形態としての理念
的家族農場は﹁単位当り︑最低生産費﹂の点︑又はその近くにお
ける経営規模を排除しないであろうーー'特に畜産物の生産のた
めの諾常規模は家族農場に恐らく適当︶︑資本資産(+分な資 本査産獲得は不可能︑その結果余儀なく比較的大葦の労働と比
較的小量な査本との不釣合︑そこから︑生産諸要素の不充分な 一委員会のレポートにおける﹁その意義と評価﹂6第十五章﹂
経済的生産性の低い仕事をなし来った︒それに関して︑農業外 族農場の軽営は槌めて困難︑この危険と不安定性の若干が政府行政のもとにプールされなければ︑家族農場は︑不作がしばしば起る地帯で諾営が成功するに要する企業形態を確立し管理するに必要な査本を備えうるということは少しも確かではない︒︶過度の努働︵最近の数年間︑特にこの一︱
‑0
年間に︑アメリカの
農業は︑たいてい︑実にきはめて多くの労働を使用し来った︒
多くの農村者は︑しばしば長時間かつ懸命に働いて︑きわめて
分野できわめて潟い雇傭水準を維持した期間においてのみ︑頴 瞼︵農業が天候上の危険に著しくさらされている地帯では︑家 争にそれ自ら耐える揚合に見出されるに相違ない︶︑牧穫の危 ことはないが︑それに利用しうる賓本零産が非常に不十分であ︱るので︑土地査源の維持は農場家族の生活を犠牲にすることなくして殆んど不可能︑
この状態の救済は容易な業ではなくし
て︑家族農楊がヨリ多くの査産を有する大規模農業会社との競 ければ不可能︶︑地力保全︵家族農場は地力維持と両立しない
よりそれは﹁本書﹂を通じていたるところで散見されるが︶第
族農場の存続は︑現存の官庁の農業研究の如き援助と支持がな る︒そしてこの主題が集中的に論及されている箇所は︑
︵も
と
・社会的分野において組織的研究をなしえない単位であら︒家
就﹂に関する試案的な一般的説明が可能であったとなしてい
アメリカ合衆国における家族農場テニュア問題︵東井︶
結合におもむく︶︑研究の必要︵家族農場は︑技術的・経済的
10
四
アメリカ合衆国における家族農揚テニュア問題
G東
井︶
10五
の生産能力である︒不況は農業外職業から人々を追いやると同 同様に家族農場の生産は非家族農場の生産に比して造かに安定 穫の不安定︑農業を去る家族成員に結びついた安本の大量の流
の 結 果
︑ 家 族 農 場 の 不 動 産 投 査 が そ の 生 産 的 価 額 と 著 し く 不
てかつ生産の場としての家族農場を求める競争が増加する︒そ
たのである︒一継続企業としての家族農場は︑家族農場の労働
と思われる︶︑
﹁強制的﹂節約︵農場家族の節約率は類似の所 得 水 準 に あ る 他 の 職 業 集 圏 に 比 し て 造 か に 大 で あ る と 思 わ れ
る。•このことは特に家族農場に妥当。この蓋然的な根拠には、
農場と家庭との密接なリンク︑制限された査本安産︑価格と牧 出等がある︒もとよりこの高率の節約は家族生活に反作用を及 ぽす︒︶弾力性︵農業生産は工業生産に比して造かに安定的︒
的︒か<して家族農楊は経済的諸条件の迅速な変化に対する自 己調節においていくぶん非弾力的であり︑従ってしばしば困窮 状 態 に 落 ち 入 る と は い え
︑ こ の 非 弾 力 的 要 素 自 体 は 国 家 経 済
に安産である︒特に不況期において然りである︒︶︑限界農業者
ma
rg
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農業の特色の一つは明らかに限界以下ですら
容易に適応し難いから︑この種の問題に特に非難を受けやすい が大部分家族労働であって︑農業生産物の需要・供給の変化に
場は実際に家族農場ではないが︒それにもかかわらず︑﹁限界以
は農業に依然として止まった人々に十分生産的な仕事がなかっ
れわれの定義によれば家族の成員に十分な仕事をあたえない農 著な改善が見られたが︑その時ですらヨリ孤立した農業地帯で
時に農業へ駆る︒このことは特に﹁家族﹂農場の場合に妥当ーわ
下﹂に存在しうべき家族農場のこの能力は家族の生活をひどく 過労せしめ︑やや農業における本質的な再調節を旦止する
0)競
挙︵農場家屋は農場事業の肝要にしてかつ重要な部分であって︑
,J
̲Q ことは非家族農場においてよりも家族農場においてヨリ妥 当︒この事実から︑家屋としてかつ農場として︑生活の場とし 均衡︒その結果として家族労働への報醐が不当にも低くなる︒
ヨリ能率的な生産者である農業者によってのみならず又特に低 い生活水準すら喜んで受け入れようと欲する農業者によっても
市場において鋭い競争が行われている︒︶︵三九一
l ‑ ︱
︱九
五頁
︶ 以上は︑経済面における家場農場の優劣の評価である︒そし てそれは家族農場﹁自体﹂の優劣を見事に描写しているが︑資 本主義が農業をも﹁大経営化するか否か﹂および﹁大小経営の 優劣﹂の理論的発展を経験し来ったわれわれにとって︑単に家
族農場﹁自体﹂からする優劣の評価︑いいかえれば大規模経営と