塩原俊彦『現代ロシアの経済構造』(慶応大学出版 会、 2004年)
著者 岡田 裕之
雑誌名 PRIME = プライム
号 20
ページ 73‑78
発行年 2004‑10
URL http://hdl.handle.net/10723/576
(Ⅰ)
旧ソ連経済から市場経済への移行の過程にある ロシア経済の解明は、 アダム・スミスからこのか た、 市場社会ないしは資本主義経済の課題に即し て発展してきた経済学にとって大きな難問をなし ている。 たしかにマルクス経済学が優勢であった ときには 「資本主義の矛盾の帰結であるソ連計画 経済の必然」 という説明図式があったが、 ソ連邦 の崩壊と中東欧の市場経済への移行の開始はこの 図式を無効にした。 これに代わって新古典派に学 んだ若手経済学者がロシア経済分析に参入してき たが、 概括的なマクロ分析や個別スタディを別に すると見るべき業績に乏しい。 理由は明らかで、
社会主義から資本主義への移行は歴史上はじめて の経済学の課題であるのに、 新規参入の研究者に は移行の出発点である旧体制の事実認識が欠けて いるとともに、 移行すべき到達点 (目標) がどこ か任意の先進国なり途上国なりのロシア以外の既 製イメージに設定されているからである。
現代ロシア経済の分析において問われるのは、
なによりも 「ロシアは市場経済ないしは資本主義 に移行したか」 ということであり、 移行したとす ればそれは 「いかなる規定を受けた資本主義であ るか」 ということである。 本書は新古典派経済学 から独立した基準からこれに明確に答えようとし た研究書である。
ここで91年のソ連邦崩壊から始まったロシアの 体制転換の問題状況を見ると、 十年をこえる歴史 を経てその現状認識には共通面とともに対立面が 際立っているように思われる。 共通認識では、 ロ シア社会は共産党の一党独裁政治から複数政党の 議会政治に移行し、 経済は貿易・投資・国際金融 の世界市場の一環に統合され (グローバル化)、
集権的計画経済は私有化企業の営利目的の市場経 済に移行した。 ロシア共産党の勢力はなお大きく、
国有企業や国家の持株支配は無視できないにして も、 90年代初期にあったような 「移行」 そのもの へ疑念は存在しない。 旧体制は崩壊した。
だがさて 「資本主義に移行したか」 となると評 価は分裂する。 金融危機後99年からの持続的成長 によって、 ロシアは中東欧国に続いて移行の衝撃 を克服し固定投資の増大を伴う本格的な資本主義 発展のコースに入ったという評価と、 90年代の移 行過程は国有財産の私有化という一種の盗奪によ る富の極端な不平等を生み出したために、 あるべ き市民社会の契約秩序のもとでの合理的経済活動 を根づかせるよりは、 そこに混乱と犯罪の無秩序 に破綻した経済、 盗奪経済 kleptcracy、 をもた らしただけだという評価である。 最近では移行の こうした否定面を力説していたシュライファー A. Schleifer, 2004年は、 ロシアの腐敗と混乱は 途上国水準のもので、 この程度であれば 「ロシア は通常の途上国経済に移行した」 と評価できる、
塩原俊彦 現代ロシアの経済構造 (慶応大学出版会、 2004年)
岡 田 裕 之
(法政大学名誉教授)
とも言う。
本書はロシアのシステム転換を 市場移行 と いう一般的で曖昧な概念ではなく 資本主義化 の概念で判断すべきであるとし、 資本主義化の5 条件を、 1、 一般的等価であるべき貨幣化、 2、
資本・賃労働関係の成立、 3、 資本移動による再 配分機構、 4、 再生産関係の維持、 5、 私的所得 と共同所得の峻別にねらいを定めて、 それらの成 否の状況を問う。 こうして著者は、 システム移行 の出発点である旧体制の制度特性か連続性とその 変異を、 貨幣・資本主義についてのマルクス的範 疇を駆使し、 さらに社会学・政治学などの学際的 観点を加えて移行ロシア経済の構造に迫り、 現代 ロシア経済を 粗野な資本主義 であると結論す る。 この規定は一見して平凡にも見えるが、 しか し著者の事実認識と深い構造分析は独創的で、 わ が国のロシア移行経済の本格的研究の始まりを感 じさせるものがある。
(Ⅱ)
本書の生命は主題の徹底したサーヴェイととも に著者による面接調査をふくむロシア経済細部の 実態分析にあるが、 ここでは概観をえるために細 部の紹介は割愛する。
本書の構成は、 第一部 「産業構造」、 第一章、
垂直統合、 第二章、 産軍複合体、 第二部 「金融」、
第三章、 銀行企業間関係、 第四章、 金融危機の要 因、 第三部 「非公式経済」、 第五章、 支払遅延・
非貨幣取引、 第六章、 腐敗、 最後が終章、 ロシア 型資本主義と分析、 となっている (標題は要点)。
これら各章は有機的に関連しあっているので相互 に参照しながら読み進まなければならない。 また 本書は同時に同じ著者の既刊本を参考しておかな いと理解が届かない場合がある。 とくに第二章は 短すぎて趣旨がよく判明しないので、 塩原 ロシ アの軍需産業 岩波新書、 2003年、 を見ておく必
要がある。
第一部では、 旧体制における工業部門省の解体 による私有化 (国家持株を含む) とともに産業部 門を越えた持株会社 (ホールデイング) が、 例え ば資源産業では採掘・精製・販売の垂直統合をう みだしていることを指摘する。 旧体制下では国有 企業は細部門別に組織管理されていて、 産業間の 素材連関はゴススナブ (資材補給機関) により連 結されていたのだが、 集権システムの解体は資源 産業の私有化大企業の部門を越えた産業結合支配 をもたらした。 この結合がグループ内の 「移転価 格」 を恣意的に使用して企業利益の再分配を行い、
脱税や企業支配による超過利潤の集中を実施する。
私有化は産業結合により合理的経済活動よりも安 易な独占利益や脱税を促し、 かつ旧体制の私有化 による再編成において国家がさまざまに関与して 利害集団を形成している。 またここで各種産業に おける 「委託加工」 の普及が強調される。 委託加 工は周知の前貸問屋制におけるように資本不足・
販路不足の加工業者に原料独占体が原料を前貸し 加工賃を支払うシステムだが、 そこに支配と超過 利潤の獲得が発生する。 これは第五章の非貨幣取 引と深く関わる。 委託加工は石油・ガス・電力産 業のみでなくアルミ産業 (原料輸入・加工輸出) や繊維産業 (内国市場向) に広がる。
企業グループの主体は近年銀行業から資源産業 に移り大規模化が進むが、 旧体制では産業の主力 を占めた軍需産業は、 財政難から国防予算は削減 されるのに輸入消費財の競争力におされて軍需部 門の民需品生産への転換が進まず、 この部門は国 民経済の10%程度に落ちこんでいる。 資源産業へ の特化を強める産業構造はロシア経済の世界市場 への統合により激変した。 しかしここでも垂直統 合のホールディングによる再編が進み、 国家が仲 介する武器輸出に依存する傾向が強まる。 こうし た新しい産業構造が資本主義移行の主舞台で、 そ
塩原俊彦 現代ロシアの経済構造
こにゴルバチョフ時代に利潤を貯めた協同組合
「資本家」 や共産党幹部と結託した 「資本家」、 シャ ドウ経済下に繁栄するマフィアなどが国家調整と 絡んで族生する。
金融の分析は、 95年を分岐点とする実質金利の マイナスとプラスの時期区分に、 98年金融危機以 後現在までの期間を加えた期間分析であるが、 こ れは単なる期間比較の静態分析ではなく、 市場化 と資本主義化がさまざまな経過を介して進行して 現在に至ったロシアの歴史実態の分析である。 こ こはミクロ実態に迫りつつ第一部・第二部・第三 部がそれぞれに不可分である事実を示す著者の自 信にあふれた部分である。
92年から95年にかけては激しいインフレーショ ン下に実質金利マイナス状況 (金融抑圧) が生じ、
為替投機とドル化が進む。 貨幣は旧貨幣ソヴェト・
ルーブルから新貨幣ロシア・ルーブルに転換する が、 通貨・金融資産のドル化が深刻化してここに 通貨・金融の二重構造が出来上がる。 この期、 対 政府貸し出しを含む中央銀行の貸出しが放漫に行 われるが、 マイナス金利下ではこれは 「借り得」
で、 恣意的な資金配分が政府・中央銀行と結びつ いた 「レント=不労所得」 となるのは言うを待た ない。 そこに旧国有企業・銀行の政府省庁との癒 着関係が定着する (第六章)。 同時にインフレヘッ ジはルーブルからドルへの転換を招き、 銀行また 内国貨幣ルーブルでの貸出とドルでの貸出を差別 化する。 この銀行行動は預金貨幣の普及を阻み、
正常な非金融業への投資ファイナンスを阻害する。
金融深化度は低位にとどまり、 現金保有比率は高 まる。
95年の中央銀行の財政赤字金融の禁止、 外為相 場の安定化 (目標圏の設定) と赤字国債の発行は、
インフレの漸次的収束とともにルーブル建の実質 金利をプラスに転じ、 政府は大量に国債を発行し、
内外に投資を求める。 国債の高利回りは銀行に収
益機会を提供し、 支払遅延の企業にも国債投資を 誘った。 だが外為相場の相対的安定はドル化 (ド ル資産) をルーブル化 (ルーブル資産) に引き戻 す力とはなったが、 外貨資産のリスクをなくすも のではなく、 ドル化を存続させる。 銀行が外貨投 資をルーブル化して運用すれば為替変動リスクと 投資リスクは高まる。 証券市場の活発化、 政府手 形・銀行手形の金融商品の登場などは銀行の資金 調達と運用の領域をひろげたが、 そこに銀行のド ル負債が累積し、 中央銀行の支援金融がくわわり、
国債の暴落、 政府のデフォルト (財政危機)、 外 為相場切下げ (通貨危機) に放漫な銀行経営 (銀 行危機) が複合して、 98年の金融危機に至る。
貨幣現象では支払遅延と非貨幣取引がドル・ルー ブルの 「二重経済」 に並ぶ移行ロシア固有の注目 すべき現象となる。 市場移行と同時に 「それが一 般的等価である貨幣を確立するのか」 という問題 を提起せざるをえないところに現代ロシア経済の 特性が潜んでいる。 支払い遅延は企業・政府・家 計・銀行の経済主体間の決済期限を超過した債権 (売り越し債権)、 債務 (買い越し債務) のことで あるが、 すでに93年ごろから積み重なり95年以降 の第二期に激増、 工業・農業・建設・運輸業の期 限超債務は98年には GDP の44%にも達した。 非 貨幣決済はこれと連動する、 債務のバーター決済 (実物財・サービス同士の決済)、 相互補正 (帳簿 相殺など)、 擬似通貨決済 (貨幣支払いの裏付け のない 「手形」 支払い)、 株式スワップ決済など であり、 94年ころから増大し、 98年工業企業売り 上げの54%に達し、 99年から低下傾向にあるが 2000年なお30%ほどである (これには 「委託加工」
が含まれていると推定)。 支払い遅延は銀行金融 の制限 (国債投資によるクラウドアウトを含む)、
預金貨幣への不信によって増幅されるが、 非貨幣 決済の根底にはロシア実物経済の困難と特性が横 たわる。
非貨幣取引の部門別比重構成を調べると、 現金
販売と輸入競争に直面する消費財産業部門や、 外 貨を受取る資源輸出産業では決済の現金比率が高 い。 ところが中間財産業・燃料部門では非貨幣取 引の比重が最大で、 石油・ガス・電力産業・鉄道 では売り掛け超過、 その他工業・農業では買い掛 け超過が特徴である。 非貨幣取引の 「相殺」 「委 託加工」 「手形」 の弁別は難しいが、 脱税とも密 接に結びついている。 非貨幣取引においては、 相 対 (あいたい) 「価格」 が事後的かつ恣意的で曖 昧な存在となり、 個別化され差別化される。 「市 場経済」 であるかもしれないが、 これでは 「一般 的等価性に欠ける」 貨幣経済にすぎない。 これを ガスプロム独占体を軸にしてみると、 ガス産業の
「低価格」 供給ないしはインフレ下の支払い遅延 の受容は諸産業への贈与となって、 販路なく債務 に苦しむ他産業企業に欠損下での存続を許す。 90 年代前半の第一期における国家からの明示的補助 金に代わって後半の第二期にはこれが暗黙の補助 金となり中間財製造業を支える。 資源輸出産業の 外貨利益が競争力のない内国市場むけの赤字製造 業を補填して存続させるというガディ・イクス C. Gaddy, B. Ickes のモデル1998年、 2002年、
が妥当する。 ガスプロムがこの代償に減税、 脱税 を獲得すれば腐敗の三角形が成立する。 著者は非 貨幣取引を 「市場経済」 よりは 「非公式経済」 に 力点を置いて論じている。
成長を回復した99年以降の金融の第三期におい ては、 資源産業を中心にした固定投資増に伴い産 業への正常なファイナンスが行われるようになり、
電力・ガス・納税における現金化、 ハード化が進 んでいる。
「非公式経済」 は公式経済 (公的に把握された 経済) の外部にあるシャドウ経済 (公的統計外経 済) であり、 「腐敗」 は一定の道義基準を想定し た犯罪なり横領なりの行為で区別されるべきだが、
著者はこれらの現象を旧体制からの 「連続性」 と
移行における 「変異」 からロシア経済の構造を説 明すべく一括して論じる。 分析のこの観点は評者 には大きな魅力だった。 ここには不正と犯罪の
「断罪」 とは異なる体制分析ないしは構造分析が ある。
旧体制下に各種のシャドウ経済が存在した事実 は知られていて国民経済の約一割前後を占めてい た、 と推定される。 移行ロシアではこの比重は35−
40%へ増大したとの見積りもある。 隠された経済 であるために確定はできないが、 公式統計の数値 に疑念がもたれる規模のものであるのは確実であ る。 集権計画下では、 資材補給 (原料などの確保) のために非公式の仲介者 「押し屋」 が機能したり、
不足財の相互融通からアクセス可能な 「国有財産 (用役)」 の便宜供与 (ブラ―ト) が社会に浸透し、
「その盗奪 (ガソリン盗用など)」 まで日常的であっ た。 集権計画はこれら合法・非合法の計画外のシャ ドウなしには機能できなかったとも言いえた。 旧 体制では厳重な統制の表面にかかわらず不足経済 と権力独占の結合した 「腐敗」 現象がまかり通っ ていた。 買手市場への移行、 不足経済の解消はこ うした計画経済の機能不全を補完するシャドウ・
腐敗を消滅させるが、 国有財産の分捕り私有化か ら政府の許認可権限、 二重価格や非貨幣決済、 脱 税や納税の不透明性、 補助金や中央銀行信用の配 分、 企業財務や契約・法制の不備からする 「レン ト」 獲得の機会は以前より増えたとも言える。 こ うして匿名の市場関係が未熟な移行ロシアにおけ る 「生き残り原理」 にすがる企業や、 合理的営業 利益よりは手早く 「レント」 を手にする 「資本家」
の世界では、 権限を持つ官僚・政府機構を腐敗に 取り込む state capture が蔓延する。 不足経済で の 「ブラート (不正利益交換)」 はなくなるが、
人脈頼りの不正ネットワークは移行ロシアで花盛 りである。 著者はこれを旧体制からの連続性と変 異と規定する。 旧体制下の上層階級である 「ノー メンクラツーラ」 の移行期の国家調整に果たした
塩原俊彦 現代ロシアの経済構造
役割は大きい。 ロシアでは私的所得と共同所得 (公共所得) の区別は未分化であり、 かくて 「腐 敗」 と 「レント追求」 が 「自由な市場活動の正当 なビジネス」 と意識される。 10点評価の 「腐敗認 知度 (腐敗意識度)」 の国際比較において、 ロシ ア (2.1)、 ウクライナ (1.5) でともに世界最低 集団に属している。 「腐敗」 をそれとして感知し なければ是正は望めない。
(Ⅲ)
終章は先の基準から構造分析の結論を導くが、
1、 貨幣化基準、 3、 資本再配分 (金融) 機構、
5、 私的所得と公的所得の峻別については結論は 明確である。 これらは新古典派、 ないしは IMF・
世界銀行の 「市場化・私有化」 基準からは明示さ れないから、 ここは著者の独自の判断である。 だ が、 2、 資本・賃労働関係、 4、 再生産関係の基 準からの分析はなお整理不十分である。 企業生 き残り 原則をさらに掘り下げると、 過剰雇用や 賃金未払い、 労働者の第二就業から、 技術革新や 設備更新よりも自己収入の極大化を志向する経営 者行動などが析出されよう。 企業統治問題は各章 の叙述のなかに浮き彫りにされているので今一歩 の感がある。
当初に設定された課題には同感だが、 とくに独 創と評価できるのは、 「非公式経済」 を集権計画 制度の必然とみなし、 不足経済と暴力独占の旧体 制から連続しつつも、 市場経済を推進する私利・
我利追求が、 なお強力なロシアの国家調整、 補助 金・収税・信用配分・許認可権限と結合して、 変 異した 「非公式経済」 を産業構造・貨幣金融機構 の内部に定着させている構造を明らかにした点で ある。 したがってプロフィット (正常利潤ないし 動態利潤) の追求ならざるレント (利権所得・コ ネ所得・資源超過利潤) ・シーキングがいまなお ロシア移行経済を推進する主な動因なのである。
そこでは匿名の市場、 競争と自己責任において需 給をサーチするスポット市場ではなく 「人間関係 ネットワーク」 が命綱であり、 これこそが権力独 占の裏側で旧体制を非公式に支えた要素であった。
もちろん市場経済において長期信頼関係に基づく ネットワーク、 相対 (あいたい) 関係が重要な積 極的な意義をもつことは知られている。 だがロシ アが連続して引き継いだ変異したネットワークは、
近代以前の帰属的信頼関係、 互酬的信頼関係であっ て、 資本主義的合理性・効率性を確保するもので なくそれを阻害するものである。 評者はこれらを 終章の含意と読みとった。
新しい構想の本書にはもちろん批判も少なくな いだろう。 評者にもまた幾つかの疑念が残る。
まず、 第一に、 「腐敗」 を強調するのは当然に しても 「国有財産」 の 「私有化」 はいずれにして も社会資産の私人による 「収奪」 となり 「盗奪」
となる。 これはマルクスの言う原始的蓄積であり、
新しい階級 New Rich, ノーブイ・ルスキー形成 の暴力過程でしかない。 人民 (ないしは株主) す べ て の 資 産 は ユ ー ト ピ ア で あ り 外 面 装 飾 façade であり機能しない。 収奪者の収奪=社会 主義革命が共産党独裁から 「ノーメンクラツーラ」
支配という盗奪に帰結した (ダンコース) ように、
国有財産の私有化=市場経済移行が権力や情報ア クセスを独占する 「悪辣な」 機会主義者の手に富 を集中したのは当然であった。 これは 「一回限り の」 新階級形成の暴力過程であり、 盗奪を国家と オリガルヒ間の 「共謀」 と片付けて非難するのは 常識を出ない。 これは 世界戦争と世界革命 の 20世紀の一つの清算だった。
第二に、 集権計画制度が 「非公式経済」 と表裏 一体で機能したとの認識では著者と一致するが、
集権制度における正規の蓄積過程・社会 (雇用) 保障過程・貨幣投資ファイナンス過程が商品・貨 幣関係をその内部に取り込んでそれとして機能し
ていたことも歴史上の事実である、 と評者は考え る。 つまり旧体制も機能する限りは成員の対立す る諸私的利害のフォーマルな解決様式であったの で あ り 、 こ の 正 規 機 構 の 機 能 不 全 (malfunc- tions) を補完するものがさまざまな非公式経済 である。 経済における 「全体主義+シャドウ」 モ デルは安易である。 取引税の国庫への集中による 蓄積資金形成 (集権投資) も正規機構だし、 外延 拡大による労働力不足下の雇用安定も、 非現金貨 幣と現金貨幣の連結と遮断の旧貨幣制度 (ウッド ラフ、 D. Woodruff, 1999年) や貨幣賃金・労働 市場制度、 さらにはゴススナブなどもフォーマル な再生産機構として機能した。 計量分析ではある が、 久保庭真彰、 田畑伸一郎編 転換期のロシア 経済 1999年、 はこのフォーマルな旧体制の崩壊 の実証に努めるが、 こうした研究は 「非公式経済」
の機能を無視し軽視したものではない。 この点、
著 者 も ま た 新 古 典 派 的 な central planning の
「全体主義モデル」 に手を加えたアイデアを免れ ていないのではないか。
第三に、 これは中国の開放、 市場化、 資本主義 化との比較ともなるが、 大企業の行動に対して中 小企業さらには集団農業の固定化と自立小農民 (ファーマー、 フェルメル) の未発達などにも目 を配っていて欲しい。 こうした小さな私企業の発 展、 そこでの資金ファイナンスや市場サーチこそ ロシア資本主義化の 「草の根」 となるものであろ う。 近年、 ロシア食品産業はめざましい発展を示 すが、 これはどのようにロシア農業の活性化、 農 村住民生活の向上と関係してくるか。 活況を呈す る二首都・資源地方と停滞する広大な農村 (農業) の地域・産業連関は移行経済の重要論点であろう。
著者によるこれらの綜合的な研究の展開を期待す る。