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自然言語に於ける不透明性

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(1)

き79

自然言語に於ける不透明性

小 松   寿

    (ドイツ語学)

Abst斑et

   Chapter O gives an outlook of the opacity in natural language, In Chap−

teパ, as§um輌ng tha杜he三me面on輌s a free space undαaeぴa輌n conv磁輌on,

and epistemically totally transparent, we discuss some intensional structur6s:

S4, tense, counterfactuals. In Chapter 2, epistemic contexts are treated from the viewpoint of the violation of the convention and the psycholog輌cal vague−

ne§§, and a set o{altemat輌ve worlds or n。dels are g輌ven for their interpre垣一 tion. In Chapter 3, interrogative and deontic contexts are considered in terms of a set of alternative models. Chapter 4 summarizes the opacity from asemi◎tic standp◎im.

0.導  入

0.1外延と内包

 論理学的意味論の手法を自然言語の意味分析に応用しようとする場合,我々 は,伝統的な外延意味論では扱うことのできない様々な現象に遭遇する。これ らの現象を一括して,「不透明性」と呼ぶことにしよう。不透明性のうちで典 型的なものの一つは,内包性である。我々は,不透明性,もしくは内包性を生 み出す様々な,主として言語的な手段を,不透明な,もしくは内包的な文脈2と 呼ぶ。この節では先づ,内包性を手掛かりとして,自然言語に於ける不透明性

(2)

180      小  松     寿 の予備的な考察をしよう。

 数学は理想化された人工言語の体系である。ここでは我々は内包文脈に見ら れるような自然言語の複雑さを考慮する必要はない。我々はそうした複雑さを 払拭して,形式的な思考を最も単純かつ効果的に働かせる事が出来る。それ故 数学は生来外延的であり,その記号は直接その意味を表わし,方程式の変項の 幾つかの場合を除いて必ず指示対象を持つ。それ故我々は,数学に於ては本当 の意味論を必要としない。それに対応して,論理学も数学の論理的基礎付けと 関わっている限り,伝統的な外延的体系で充分である。

 しかし我々が,数学の領域を越えて自然言語の領域に足を踏み入れると様子 が異なって来る。ここでは,伝統的な外延論理学は充分ではない。そして,こ の原因を我々は,「内包性」という概念で表記する事にする。

 さて、内包性を外延性から区別する基準は何であろうか。いくつかの候補の うち,ここでは 1)外延的な代入可能性原理,2)存在弱化 の二つをあげ ることにする。これらの二つの原理は,内包文脈で常に成り立つとは限らない。

L輌nkはこれらを「内包性に関する論理学的な主要問題」と呼んでいる(1976:

19)。有名な例を,二つほど挙げよう:

  (1)9>7は必然的である。

    惑星の数は九つである      

  惑星の数が7より大きいのは必然的である。

(2)ハンスはペガサスが空を飛ぶと信じている。

    ペガサスは存在し,ハンスはそれが空を飛ぶと信じている。

(1),(2)に於ける推論の妥当性は疑わしい。しかし数学に於ては,意味の等しい 項どうしの代入可能性は,記号変形によって定理を導き出すための根本的な前 提であり,その項は通常は指示対象を持たなければならない。しかし,(1),② は,その反証を提示する。自然言語に於ける,この風変りな現象を扱うために,

外延の他に内包が導入されたが,これは既に,スコラ派に由来する概念である。

(3)

自然言語に於ける不透明性      蓑81 しかし,内包とは何であるのか。外延と言う概念は比較的問題が少ない: 項,

述語,文の外延はそれぞれ,個体,個体の集合,そして真理値である。これに 反して,内包と言うのは,暗黒の産物である。しかし,今日の論理学で妥当と 認められている内包の概念は,Camapによって基礎づけられた見解であり,

内包を可能世界の集合から外延への関数とするものである。ここに我々は,論 理学者による自然言語の扱い方の,一つの特徴を見ることが出来る。即ち,反 心理主義,間主体性の要求である3。外延,可能世界,それ故また内包と言っ た概念は,経験論の代わりに存在論に根を置いてはいるものの,このような特 徴を持った概念である。内包に関するこうした見解は,外延数学における,上 記の二つの原則を,自然言語においても,拡張された意味において保持しよう と言う傾向の現れである。即ち,(1)に関しては,外延の等しい項どうしの置換 は外延の等しい文を産まないものの,内包の等しい項の置換(例えぱ,32=

9)は,文の外延を(そしてまた内包も)変えない.ここにおいて我々は,代入 可能性原理を,拡張された意味において復元することが出来る。即ち,関数性,

フレーゲの原理,統語論と意味論の準同型性,と言ったものである。(2)に関し ては,前提の言表様相においてペガサスの存在を前提することは出来ないが,

我々は,可能世界一ここでは例えばハンスの信念世界一と内包の導入によっ てぐペガサス」に外延的体系における指示対象に対応するような,何等かの意 味を与えることが出来る。

 言語表現の内包に関するこの見解,即ち,指示対象の可能世界相関的な相対 化は,自然言語の表現の本質的な機能を反映している。即ち,普通名詞,述語,

直示表言等の言語表現は,それらが文脈なしで提示された時は,それらの表現 の使用方法を抽象的な形で意味しており,それは,当該の状況下でその内の一 つを用いるような潜在的意味の集成である。この柔軟性が自然言語の表現に状 況に応じて(場合によっては無限に)沢山の指示対象を指示する可能性を与える。

これに反して,外延的な見解においては,ただ一つの指示対象しか指示できな いことになる。こうした機能が,自然言語の表現力を著しく高める。数学の記 号は常に同一の指示対象を含意するが,その抽象性の故に様々な具体的解釈を

(4)

182       小  松     寿

許容する。これは,数学に於ける一種の柔軟性であり,この点で両者似通った ところがある。

 可能世界の概念は様相論理に,更にはタイプの概念と共にモンタギュー文法 に取り入れられ,大きな成果をあげた。そして現在は,内包意味論と言う名の 許に,実に様々な研究が行われているのだが,反面この行き方は,多くの問題 を含んでいる。それは,この方法の基礎概念,不透明性という概念の多様性,

この方法論の妥当性の限界等に関わる。以下では,これらの問題について見て 行こう。

0.2 「様相性」の概観

先ず,これらの問題の概観を与えよう。

(3)

様相 性

外延的文脈 不透明性

内包性 認識的文脈 疑問的文脈 規範的文脈 様相的文脈

條ヤ的文脈 ス実仮想的文脈

「様相性」とは,Ly◎ns(1968:3◎7)によると,『話者の自分自身の言表に対す る態度』であり,外延的文脈から規範的文脈に至る全ての領域を包括する上位 概念である。「不透明性」は,外延的文脈以外の全ての部分を含む。「内包性」

と言う概念のもとに,ここでは我々は,様相的4,時間的,及び反実仮想的文 脈を考えることにする。と言うのも,これらは可能世界意味論によって扱える からである。しかし,この意味論を疑問的,規範的文脈に応用することは不可 能である。また,認識的文脈は,それらは大局的にみると可能世界意味論の範 囲内に留まってはいるものの,本来の内包性の枠組みを越える様々な問題を含

(5)

自然言語に於ける不透明性      183 んでいる。これは第2章で見ることにする。上表において,左から右に向かっ て外延性が減少して行く。しかし,この線形順序は簡明のために考えられたも のであり,大まかな近似である。

1.内包的文脈

1,1規約と認識的透明性

 我々は先ず,様相的文脈の観察から始めることにしよう。様相的内包性の典 型的な事例は,(1)のような必然文を生み出す文脈である。(1)の結論の非妥当性 はモデル理論的解釈によると,惑星の数が9でない可能世界の存在によって説 明される。即ち,『惑星の魏の指示対象は,経験的事実によって定められる。

必然性の概念を物理的な意味に解釈するならば,我々は,

 (4)明けの明星は,宵の明星に必然的に等しい。

と言う文を,真と考えることが出来るだろう。実際,必然性の概念はまことに 多様である。しかし,我々が4)を妥当でないと考える場合,それは『明けの明 星』と『宵の明星』という名辞が異なる対象を指示するのに用いられていたか

も知れないという直観から来ているのであり,この説明は,モデル理論的には このような使用の行なわれている可能世界の存在によって可能となる。即ち,

我々は,様相的内包性に於ける必然性を物理的な意味に理解することは出来な い。様相的必然性とは経験によっては定められないものであり,こうした制約 から解放された空間が即ち,可能世界である。これに反して,(1)の第1の前提 は真である。と言うのも,『9』,『7』,(そしてまた『〉』)は,数学的な,そ れ故非経験的な実体であり,全ての可能世界で同一の指示対象を指示するから である。

 しかし他方では我々は,

 (5)Peterは,π=πだと信じている。(Link(1976:24)より。)

が真である場合を考えることが出来る。しかし,

(6)

184      小  松     寿  (6)π≠πは必然的である。

は真である。様相的内包性に関する上記の解釈からすると,π二丙「である ような世界は在り得ない筈であるbにも拘らず⑤は真である。ここから,我々 が様相的文脈における可能世界として何を考えているか,という事が明らかに なる。直観的には,(5)におけるハンスの信念は数学的な規約,もしくは論理に 対する誤解から出ていることが分かる。即ち,様相的な可能世界は,一方では 経験的な制約から解放されているが,他方では数学的,言語的な規約に従わな

ければならない。

 Camapは,二つの項の様相的な内包の同等性をL等値,即ちその等値の論 理的な証明可能性によって定義した(Kutsc』a,21974:67)。即ちそれは,公 理的基底のような論理的規約のもとでの等値を意味する。我々が自然言語,論 理学,もしくは数学を『言語』即ち規約の体系と考える限り,それらの持つ必 然性をある特定の規約の制約下での必然性であるとするのは,妥当な見解であ る。Kutschera(21974)もまた,述語の内包の同等性は『言語的な』問題であ る,と言っている(66>。唯,厳密性,明示性の度合に応じて,規約の強さの相 違が現れる。数学においては,『1』,『2』,r+』,『一』のような基本記号の

みな械複合された調もしくはr32」・rll;いπ』のような,

複合された演算の結果を示す表現も,常に同一の指示対象を指す。後者は,厳 密に定められた一連の演算であり,それによって内包は外延に縮合する。そし て我々は,極めて複雑な方程式に対しても『……は必然的である。』と言うこ とができる。\しかし自然言語においては,これは成立しない。類似の事柄は,固 有名詞において『固執固有名詞(ostehsive proper name)』(Kutschera,21974:

50),標準名(standard name),あるいはPTQ(Montague(1973))における MP 1>u[コ[u=a]のような形で仮定されている。しかしこの場合,これに対応 するモデルは極めて制約された状況を表している。そうでなければ,『ハンス』

という名前には,何千という指示対象が当てられることになる。この原則は,

確定記述においては既に保持されない。動詞,普通名詞等においては当然保持

(7)

自然言語に於ける不透明性       摺5 されない。これらを扱うには,我々は,可能世界の手段を用いなければならな い。即ち,ここにおいては,規約に関する制約は,数学におけるよりもずっと 緩和されている。こうした理由からも,内包意味論の手法は自然言語の分析に 好ましいものである。

 規約とは,間主体的なものである。それ故,(1)においても(4)においても,誰 が当該の必然文を発話したかは表現されていない。ここでの議論からすると,

「p」という文について,『pは規約である。』,『pはすべての可能世界で真 である。』,『pは必然的である。』,『pは恒真である。』は,互いに等しい。そ れ故,様相的必然性に対するモデルはS5でなければならない。これは, PTQ における必然演算子の解釈においてもそうなっている。Hughes/Cresswell(2

1972)も,

  もし口が,『……は分析的である。』を意味するならば,□の解釈として   はS5が正しい。 (8◎)

と,述べている。ここで彼らの言う扮析的』とは論理的な規約の事であるか ら,我々は,『pは分析的である。』を,『pは規約である。』と同一視するこ とが出来る。

 これとの関連で我々は,真理の種類に関して,1)論理的真理,2)分析的 真理,3)経験的真理,の三分類を立てることが出来る。それぞれの真理につ いて次のような例文を考えて見よう:

  ⑦雪は白いか,雪は白くない。

  (8)全ての独身者は,結婚していない。

  (9)全ての人間は死ぬ。

Kutschera(21974:114£)によると一一この箇所ではかなり良い議論が成さ れているのであるが一規約と言うのは⑦,(8)におけるような論理的,ないし

は分析的な真理の事であり,これは(9)における様な経験的真理に対置されるも のである。それらは規範的な規則体系から導出されるものであり,それ故非経 験的な性格を持っている。そして規則と言うものは,それでもって我々が9)に

おける様な経験的真理を捕える鏡,もしくは容器である。規約も,経験的真理

(8)

186      小  松     寿

も変化し得る。しかし,変化する理由は,両者で異なる。後者は,その命題が 経験的事実によって反証されたときに否定されるが,前者は現実を捕える能力 に欠陥の見つかった時に否定される。それは,表現力の不足,単純性の基準に 対する違反,体系内における矛盾の存在,体系が,現実を自らのモデルにする 事が出来ない場合,等である。

 論理的真理が,規約の一種であることは確実である。それは,もっとも確実 な真理である。しかしながら,分析的真理と経験的真理の境界は,必ずしも明 確ではない。両者の境界に属する例を,幾つか挙げよう:

  ⑩全ての白鳥は白い。

  (11)馬は,空を飛ばない。

  ⑫ クリスマスは,9月15日にある。

  (1》 モーッァルトは,牧師の息子だ。

もし白鳥が動物的な定義として白いのなら,㈹は分析的である。そうでなけれ ば我々は,00の真理を経験的に確かめなければならない。ODが分析的ならば,

我々は,ペガサスのようなものを想像することが出来ないであろう。⑫,(13が 不可能ならば,我々はもはや,可能世界と言うものを,考えることが出来なく なるであろう。分析的真理と経験的真理を互いに分つ絶対的な基準はないよう に見える。それはむしろ,二者択一的な問題ではなく,程度の問題である。

Kutscheraも上記の箇所で,自然言語は,静的な,物理的な存在ではなく,生 きて動いている,と言っている。言語獲得において,言語は,学習,検証,改 良の繰り返しにある。そして,言語獲得の早い時期に規約として固定されたも のが,通常の意味での言語体系である。

 内包意味論は,自然言語における,非外延的な現象を取り扱うための装置を 備えているものの,伝統的な外延論理学からも多くの基本的な考え方を受け継 いでいる。一つの重要な点は,各々の可能世界が認識論的に100%透明でなけ ればならない点である。即ち,当該モデルの全ての可能世界に於て,全ての言 語表現に特定の外延が割り当てられなければならない。例えば,『ジョンは歩

く。』という文にのみならず,『ジョンは歩いた。』や,『ジョンは歩くだろう。』

(9)

自然言語に於ける不透明性      鶴7 と言う文にも,可能世界が定まれば,話者が事実を知っているか否かとは無関 係に真か偽が割り当てられなければならない。即ち,論理学は検証可能性とは 何の関係もない。5

 上記の考察から,内包性を扱う論理学もまた,数学や伝統的な論理学に固有 の規範的,非経験的,非心理学的な性格を持っていることが分かる。以下の議 論の為に我々は,不透明性の出発点となる内包性の本質を,次の二つの点にま

とめておこう:

  ほ) 可能世界の範囲は,経験的な事実によっては規制されないが,ある    特定の規約の制約下にある。

  (n)全ての可能世界は,認識論的に100%透明である。

1.2個 体

 論理学的意味論に於て,個体という概念は物理的,唯名論的な意味に理解さ れてはならず,実念論的な意味に理解されなければならない。即ち,例えばハ ンスの指示対象としての個体は,特定の時間空間相関的な,具体的,物理的な 現れではなく,ハンスの誕生から死までの抽象体である。(Dowtyは,前者を 個体の段階,後者を個体,と呼んでいる(1979:85)㌔)それ故,固有名詞の指 示対象は,可能世界を通じて不変である。PTQの第一の意味公準は,それを

表している。

 そして,この様な個体に於て必然的に成り立っている性質が,規約的,論理 的,ないしは分析的な性質を成す。それらはまた,本質的な性質と呼ばれ,大 抵意味公準によって表わされ,個体の世界間同定や対応物理論に於て重要な役 割を果している。しかし,文の述語がこうした本質的性質のみから成り立って いるなら,述語の指示対象は,全ての可能世界で同一となり,可能世界の導入 は無意味となり,体系は,外延的な体系に倒壊する。しかし,自然言語は又,

述語が個体の非本質的な性質や,具体的,物理的な性質も述語付けるが故に興 味のある,生き生きしたものになる。非本質的な性質は,例えば虎に縞のない 世界を可能にする。又,『ジョンは歩く。』のような具体的,物理的な述語を持

(10)

188      小  松     寿

つ文はジョンと言う個体のある特定の時間空間点に於ける物理的な現れ(即ち,

ジョンの個体の段階)が,『歩く』で表記される性質を持つ,と解釈される。

(この意味で,後者の場合は,前者の述語タイプの特例と考えられる。と言う のも,『歩く』は,ジョンの偶発的な性質を表しているからである。)

1.3 内包文脈の幾つかの構造

 内包性は,不透明性一般に対する出発点を成す。しかし我々は又,内包性の 中でも,可能世界の集合に与える構造の相違によって,様々な型を区別するこ とが出来る。

 1.3.1 S4

 様相的文脈の必然性は,絶対的な必然性を表し,様相論理学に於ては,S5 モデルによって説明される。このモデルは,反射性,対称性,及び推移性,

(即ち同一性)の接近性を持っている。しかし,様相論理学に於ては,現在まで に多数の様相体系が知られており,それらの意味論的な相違は,接近性の相違 によって(そして,様相述語論理においては更に個体領域の相違によって)表わ される。これらの体系は,純理論的な関心を越えて,様々な必然性の概念を明 らかにするために役立つ。

 例えば,反射性,反対称性,推移性の接近性をもつS4モデルは,増大する 知識即ち経験的な必然性を説明するのに用いることが出来る。我々は,次の

例,

  ⑭全ての川は,北に流れる。

を,必然的とは考えない。しかし古代のエジプト人は,川としてはナイル川し か知らなかったので⑭を必然的と考えており,彼らが敵をチグリスとユーフラ テス川迄追って行って,これらの川が南に流れているのを見て大変驚いたと伝 えられている。上記の必然性は,次の単純なS4モデルによって説明される。

⑮  ロー「[ヨ

(11)

自然言語に於ける不透明性      饗89  ここで,ω、は古代エジプト人の世界であり,繊は自分自身だけに,そして,

脇は自分自身と役に接近し得る,とする。すると,(1φはω1では必然的であ るが,ω,においては,可能ではあるが,必然的ではない。古代エジプト人は,

⑭の必然性を,経験的な意味にではなく,(8)におけるような分析的な意味に理 解していたのかも知れない。しかし,S5の必然性を論理的な分析性と同一視 する判断基準からすると,⑭は,分析的とは認められない。

 1.3.2座標法

 様湘体系は,就中哲学的な必然性の概念を解明するために発展してきたもの である。しかし,言語学的な問題を扱おうとすると,我々は,可能世界の集合 に別の構造を与えなければならない。

 一つの単純な方法は,言語表現の指示対象を定める因子を,時聞,空間,文 脈等に分析し,可能世界を,これらの因子の直積の要素として定義することで ある。即ち,座標法である。この意味における可能世界は,例えばUG

(Montague(1970b))においては,解釈田における〈 ,」〉であり, PTQにお いては,解釈別における〈↓,」,9>である。ここで,UGの (狭義の可能 世界)は,PTQに於ては,新しく導入された時制演算子『H』,『W』を扱うた めに,〈z,」〉ぴは狭義の可能世界,ゾは時閥。〉に分析される。UGにおけ るゾ(変項割り当て)は,PTQにおいては, gに対応する。しかし分析を正確 にするためには,それだけ多数の座標を導入しなければならず,結局座標のイ

ンフレを招くことになり,エレガントな方法とは言い難い。(これについては,

Lewis(1g72:175f.,213), Cresswell(1973:111)を参照の事。)

 1.3.3分岐する時間

 自然言語の意味を捉えるには又,別の種類の構造を導入する必要がある。時 制を扱うために,PTQにおいては時間の集合Jの上の線形順序『<』が用い

られている。しかし,時間現象をより正確に扱うために,Dowty(1979)は,

時間の経過につれて可能世界が分岐して行くモデルを導入している(152)。こ のモデルは,次のように図示される。

(12)

(1θ

ω0

ここで,時間は左から右へ流れており,枝分れは,それ以後別々の世界へと流 れ込んで行く運命の分れ道を示している。このモデルは,過去や現在の事象は,

認識論的に一意的に定められるが,未来においては幾つかの事態が発展し得る,

と言う直観を捉えようとするものである。

 1.3.4反実仮想的文脈

 接続法,即ち反実仮想的な言表を扱う際に,我々は,現実世界を非現実世界 から存在論的に区別しなければならない。と言うのも,かような言表は,現実 世界以外の世界の事態を記述しているからである。

 反実仮想の意味論として,Lewisは,次のようなモデルを立てた(1973116,

2◎):

    (⊃

       s茎      ρ        S2

ここで,S。, Sl, S2は, S。⊆S1⊆S、であるような可能世界の集合であり,

S。={ω。},そしてω。は現実世界である。S。, S、, S、は, S。の要素,即ち 輪から見ての世界の類似性の階層を表す。S1\S。の要素は,ω。に最も似てい るが,偽相関的に似ている度合は互いに等しい。同様に,5、\S、の要素は,

ω。と二番目に似ている。このモデルによると

(13)

自然言語に於ける不透明性      Ig1   ⑱ 私が金持ちだったら,私は車を買うだろう。

    (18 )私は金持ちだ◎……ρ     (18 )私は車を買う◎……ρ

と言う文は,次のように解釈される:ρが真でかつω。に最も近いS.(η=0,

1,2)一ここではη=1−一に属するすべての可能世界でσも真である。

 この方法で因果律を扱う事,更には,反実仮想のためのモデル⑰を,時制の ためのモデル⑯と結合することも可能である。

2.認識論的文脈

 次に,認識論的様相を考察する。この概念も決して一枚岩ではない。典型的 な認識論的文脈の一つは,

  ⑲彼女は,彼がまだ生きている,と信じている。

のような信念文である。信念文の意味論的特質の一つは,その非事実性7であ る。即ち,(19はその副文の真も偽も含意しない。

2.1Hintikka及びHaus活rの方法

認識論的様相に対しても,我々は可能世界の方法を応用することが出来る。

 Hint三kka(1969:153)によると,

  ⑳ Bψがμにおいて真であるための必要十分条件は,ρがφ。(α,μ)の    全ての成員の中で真であることである。

ここで,B幼『αはρという命題を信じている。』の意味であり,μは可能世 界を,φパα,μ〉は,μに於てαの信念と折り合う可能世界の集合を表わす。

Hintikkaはφを代替関係と呼んでいる。

 又,Hausser(1983:5)によると,

  ⑳ ρ∈ME〈s, t> かつα∈ME〈s, e>ならB(α,ρ)∈ME<s, t>。

    もしρ∈ME<s。 t> かつα∈ME〈s, e>なら, B(α,ρ)別・9は,(>B    (α,ρ))理αぼ」・σ=1である必要十分条件が(∨p)叫砿砿9=1

(14)

192       小  松    寿

   (α は(〉α)別魂肪の1であるようなA×∫×」からぴ,、,∫,」の中への    関数である。

ここでα∈∫は話者を表す。即ち,話者も照応点の一要素を成す。他の記号は,

PTQと同じである。

 Hausserの定義によると,当該の言語表現を誰が発話したかが常に含意され ている。それ故,間主体性を表現するためには,モデルに襲,α1. ,」,g=別,

α2, ,ブ,g(α、,α2∈A)のような制約を付け加える必要がある。

 又,(19におけるような非事実性を捉えるためには,我々は,両者の定義に可 能世界の中で現実世界を同定する条件を付け加える必要がある。

2.2 規約の損傷

 更には,信念文においては,可能世界の中における一般的な規約姻5)におけ るように破られている場合もあり得る。例えば

  ⑳ 花子は,太郎がスパイだと信じている。

に於て,『太郎』は,現実世界では指示対象を持つものの,花子は太郎を,『太 郎』という名前では知らない場合がその例である。規約に対するかような違反 は,(5)のような通常の信念文においてはまだ罪がない。と言うのも,証明のた めの装置も,矛盾を拡大する割れ目も存在しないからである。しかし一般的に はそれは,現実を捉える鏡を傷つけ,規約の体系をカオスに陥れる可能性を 持っている。

2.3明瞭性

 認識論的文脈については更に,明瞭性(英:vividness)の問題がある。明瞭 性の理想型は,認識主体が当該の項の指示対象を全ての状況下で同定出来る認 識的に完全に透明な状態である。その対極を成すのは暗黒の項であり,その意 味は唯言語表現のみによって保持されている。Kaplan(1969)は;言表(de d垣o)文脈の中にある項を事象(de re)文脈へ移出するための条件を考察して いるが,出発点として彼は先ず

(15)

自然言語に於ける不透明性      193   ㈱Ralph be超eve§that the m雄輌n the br・wn hat輌s a spy

の様な信念文に於ける言表文脈を

  (24 Ralph B「the man in the brown hat is a spy寸

のように分析した(乃i4.:124f.)。ここで,『「「』の中の表現は自分自身を指 す。すなわち『「ぴは,その中の全ての表現が暗黒の項の理想型として現れる 一種の引用文脈であり,それは言表文脈の出発点としてふさわしいものである。

 Kapl鍛は,ある項を言表文脈から移出するための条件を次のように定式化

している:

  閻 αを項,コCを物,5を認識主体とせよ。すると,αがSにとってコCを    表現している(記号ではR(α,コc,s))ための必要十分条件は,(i)αが    コcを指示し,(ii)αは, Sにとってxの名前であって,(iii)αがSに    とって生き生きしている(明瞭である)事である。

この条件下で,言表文脈からの項の移出が可能となる。

 この定義に基づいて,我々は⑭と

  (2⑤ Ralph B「the man seen at the beach is not a spyr から

  {27) 『the nlan in the brown hat』 と 『the man seen at the beach』 と     『0τtcu瑚は,現実世界で同一人である。(これが(パに対応する。)

  (i囚 『the man in the brown hat』 と 『the man seen at the beach』 は,

   RalphにとってOrtcuttに対する二つの名前である。(これが(ii)に対    応する。)

  (29 『the man in the brown hat』と 『the man seen at the beach』,は,

   Ralphにとって明瞭である。(これが(垣)に対応する。)

と言う条件の許に『the maMn the br◎瀕hat』及び『the man seen at the beach』を移出し,そこから

  (3Φ ヨα[R(α,Ortcutt, Ralph)&Ralph B「αis a spy r]

及び

  (31> ヨα[R(α,Ortcutt, Ralph)&Ralph B「αis not a spy⊃]

(16)

194       小  松    寿 を導き出すことが出来る。これらは日常語では凡そ

  (30 )Ortcuttについて, Ralphは,彼がスパイだと信じている。

及び

  (3め 0牡e斑について,Ralphは,彼がスパイではないと信じている。

と,読むことが出来る。

 ㈱の(ii),(iii)は,ある意味で,言表文脈を透明にしようという努力を表わ す。即ち,言表文脈内の項を移出するために,認識的な状態を,現実のそれに 近付けようとする努力である。即ち,(ii)は, Sの指示傾向を指示物の中で,

現実世界に於いてαの指示する物に誤たずに向けさせ,(iii)は, sにとっての αの認識的な暗さを取り除き,その指示傾向をαの現実の指示対象に向けさせ る。8

 エレクトラのパラドックスも又,本質においてOrtcutt物語と同じ構造を 持っている:

  岡前提:(a)Electra believes that the man in front of her is not her     br◎ther.

   (b)Elec之ra be狙eves thatぽes佐s輌s her b培he主    (c)The man in front of her is identical to Orestes.

   結論:(a)The man in front of her is such that Electra believes      that he is not her brother.

    (b) The rn徽輌n套om of h佼is such癒at Ele戊m be狙eves that he is      her br◎ther.

   (Allwood/Andersson/Dahl(1977:126)より◎9)

『the man in front of her』は, Electraにとって勿論明瞭である。推論が妥当 であるためにはこの他に『Orestes』(それ故又『her brother』も)彼女にとっ て明瞭でなければならない。

 しかし,『Orestes』が彼女にとって明瞭でない場合もある。例えば, Eleetra が,彼女の弟がOrestesと言う以外,何も聞いていない場合である。この場合,

(17)

自然言語に於ける不透明性      195

㈱の前提(b)に於ける『Orestes』という項を移出することは出来ず,それ故㈱

の結論(b)への推論も非妥当となる。更にこの場合,Electraが,彼女の兄弟に 関する知識の不足のために,

  ⑬ The man in front of her is her brother

  ⑭Themaninf・・ntofherisn・therb蹴hα

も信ずる(というよりも断定する)事ができない事も有り得る。この場合は,⑬ の前提(a)それ故又⑬の結論(a)も偽となる。

 我々は,一かような彼女の知識状態を,彼女の信念世界の半分でその男が彼女 の弟であり,残りの半分ではそうではないモデルで表すことが出来る。このモ デルでHintikkaの解釈⑳を用いると,岡も㈱も共に偽となる。と言うのも,

㈲に対しては㈱が偽である世界が少なくとも一つあり,⑭に対しては⑬が真で ある世界,それ故⑭が偽である世界が少なくとも一つであるからである。しか

し我々が33,⑭に

  (3g Electra does not believe, that_

と言う上位文をかぶせると,㈲は二つの副文に対して真である。

2.4  neustic/tropic/phrastic

Lyons(1977)は,言語の実用論的分析のために, Hare(1970)に基づいて,

neustic/tropic/phrasticと言う三分類を導入している(749)。この分類によると,

  ⑯ He is a student.

のような陳述文は

  ⑬7) 主say−S◎[iトis−SO[he is a student]]

の様に分析され,『1−say−so』部はneusdc部,『輌t−is−s◇』部は勧pic部,そし て,発話(この場合は陳述)によって表現される様相性なしの命題内容は phrastic部と呼ばれる。

 Lyonsは,この方法を

  (38 Alfred may be unmarried,

(18)

1妬       小  松     寿   ㈲ Alfred must be unmarried.

の様な文に見られる認識的様相性の分析に応用している(乃砿:797)。我々は,

㈲を二様に解釈し得る。『may』が㈲のneustic部に掛かっている場合,㈱は,

話者が,彼自身の陳述に対して自信のない場合であり,この場合,話者は,鋼

  (40  but I doubt it

を続ける事が出来る。しかし次のような状況下では,『may』は, tropic部に 掛かり得る(1正4.:797):

  ㈲Alfredは,成員9◎名の団体に所属している。しかし話者は,この団    体の3◎名が独身であることしか知らない。

この場合話者は,Alfredが独身である蓋然性を確かに主張し得る。この場合,

『may』をphrastic部に掛けることは難しいが,醐の『must』は, neustic,

tropic部以外に, phrastic部に掛けることが出来る。即ち,㈲に加えて更に   ㈹ 話者は,この団体のAlfredを除く全ての成員について未婚,既婚の    別を知っており,その内の29人は未婚である。

事を知っているとすると,倒の『雄st』は,論理的必然性を表すことになる。

一般にphrastic部に掛かる様相表現の意味は,従来の様相論理が扱っていた 内包性と一致する。これに対して,neustic部,及びtropic部は,認識的様相 性を表わす。Lyonsは, n田stic部の表わす様相性を主観的認識様相性, tropic 部の表わすそれを客観的認識様相性と呼んでいる(乃 4.:804)。様相性の表現 は,法,助動詞,副詞等の,様々な範疇に属している。そして,上記の考察か ら,主観的認識様相性,客観的認識様相性,及び内包性が,日常言語において は,必ずしも互いに明確に区別されないことは明らかであろう。

 こうした観点に立つと,Electraのパラドックスを次のように分析できる。

即ち,『Orestes』と『her brother』がElectraにとって明瞭である場合は,閲 前提(b)の表す彼女の認識状態はphrasticである。しかし,それらの項が彼女 にとって明瞭でない場合は,tropicもしくはneu頭cである。加p輌cの場合は,

彼女は自分の認識状態に客観的に言及できるが,neus也の場合は,彼女は自

(19)

自然言語に於ける不透明性      抄7 分の信念状態に対する明確な陳述を差控えざるを得ない。trop輌cの場合は,

我々は,上述の如くモデル理論的な方法を用いることが出来る。しかし,

neusticの場合は,可能世界法へ還元する可能性は残されてはいるものの,こ の方法の貫徹には疑問が残る。

 項が明瞭性を欠く文脈は信念文だけには限られない。陶が既にその一つであ る。この場合,助動詞の『may』が不明瞭性を生み出す。但しこの場合,不明 瞭な項が『A缶ed』ではなく。『be u灘arr輌ed』という述語だと言うことであ

る。

 同様の例として,

  ㈲ It may be gold,

を考えてみよう。我々は,⑬を,内包性を表わすものと考えてはならない。と 言うのも,㈲は,それが現実世界では金ではないが,他の可能世界では金だ,

と言うのではなく,発話者はそれを確定は出来ないものの,それがこの世界で 金だ,と言っているからである。㈲は,それが,発話者相関的に理解されなけ ればならない,と言う点では,信念文と同じである。即ち,それが誰の推量か,

が問題となる。唯,それが誰かが,信念文のように明示的に表現されてはいな いだけである。いずれにせよ我々は⑬を,主観的認識様相性としても,客観的 認識様相性としても理解し得る。他方で㈲は,非事実的な信念文とは反対に,

現実世界に対する推量が問題になっている点で,信念文とは異なる。それ故 我々は,㈲の解釈に際してこの事実を考慮し,その解釈を次のように定式化し

なければならない。

  ⑭⑬が現実世界で真であるための必要十分条件は,『lt may be gold.』

   が,話者の信念世界の集合中の現実世界の代替世界の内のあるものでは    真であるが他のものでは偽であることである。

2.5 認識論的様相性と未来形

 『未来形』と言うのは,定動詞の形を言う。しかし,未来を表現する手段は 未来形には限られない。Dowty(1979:154f£)によると,未来を表現する方法

(20)

198      小  松     寿 には,次の例に見られるような三種類がある。

  ㈹ John leaves the town tomorrow,

  ㈲ John is leaving town tomorrow,

  ㈲J◎hn w輌m綴ve town t◎morr◎w

彼は,これらの未来表現の内㈲を『tensele§§f挺碇e』,㈹を『fuk包rate progressive』,㈲をrregular future』と呼び,㈹におけるモデルを用いてこれ

らの意味機能を次のように区別している。

㈲     1      、

      ξ      1       オ       コ

      ;       、      ω・

      ;      、       ω2

,      1       ω・

発話時点   l       l      ω3

吟田 i [明日] 1    鋤

       1              ξ      

このモデルによると,㈲は,現実世界ω。の全ての代替世界(ここでは鰯,ω1,

ω,,ω3,ω4)において,そして㈲は,事態の正常な成行きの許で現れるであろ う代替世界(例えば{〃。,ω2,ω,)においてJohnが明日町を去る事を示す。

Dowtyは,後者の世界を『慣性世界』と呼んでいる。㈲は単に, Johnが街を 去ることが,ω。において起こる事を示す。因みに,ドイッ語には進行形が無 いので,『慣性世界』の概念は消失する。その分だけ,ドイツ語は未来に関す る意味的区別が英語より不明確となる。

 Lyonsは,認識論的様相性と,未来の表わす意味論的機能との間の密接な関 係を強調している(1977:816ff.)。例えば,㈲と

  ㈹ J◎hn may leave town tomorrow.

を比べてみると,㈲は,未来に関する単なる事態を表すのではなく,嫡のよう に未来に関する推定を表していることが分かる。これは,Ly◎nsによると,過

(21)

      自然言語に於ける不透明性       199 去形と現在形の表わす検証可能性と,未来形の表す検証可能性の,根本的相違 から来ている。即ち,未来形の文は,『陳述』ではなくて『予言』を表わす。

 ここで,㈲から㈲に向かって主張の強さが減少して行くのは明らかであろう。

㈲の解釈のためには,我々はまた⑭の様な方法で㈲の中にω。の代替世界を考 えなければならないだろう。㈲,㈲,㈲のためのモデルは,Dowtyの言う様 に,まだ客観的である。しかし,㈲解釈のための代替世界を持った様なモデル は,もはや客観的とは言い難い。それは,個人化されている。

2,6 内包的様相と認識論的様相性

内包的様相性と認識論的様相性の境界に関して,Kutschera(21974)は次の ように述べている。

  ㈹ 『信念』と言う概念の妥当で合理的な解釈のどんな場合においても,

    信念の文脈が内包的でないことを示し得る。  (69)

上記の考察から,認識論的様相性が,明示的にせよ非明示的にせよ,常に発話 者相関的に理解されるものであることが分かる。即ちここでは,個人言語一

というよりは寧ろ個人解釈一が問題になっているのである。内包性は,自然 言語のための理想言語に所属するものである。それは,矛盾のない規約と完全

な認識論的透明さを持ち,個人言語から,規約に対する違反や認識論的な暗さ を取り去ると,それに還元されて行くことになる。理論的に見ると逆に,理想 言語と言うのは自然言語分析の出発点であって,様々な規約的,認識論的変形 によって,それから認識論的様相性を含む個人言語が生み出されることになる。

2.7 心理主義と反心理主義

 可能世界の方法は,自然言語の意味分析のための有効な方法であり,我々は,

内包性の他に認識論的様相性の大部分もこの方法で扱うことが出来た。しかし この方法を,主観的並びに客観的認識様湘にまで応用できるかについては,必 ずしも明らかではない。我々は,少なくとも客観的認識様相に対してはこの方 法の妥当性を仮定したが,我々は,話者の実際の精神状態,即ち心理的な態度

(22)

200      小  松     寿

をモデル理論的な形に変形することによってのみ問題を扱ったのであり,実際 の精神状態を扱ったのではないとも言える。何れにしろ,言語の個人化即ち 規約に対する違反を越えて,信念文脈における明瞭性や検証可能性の問題が関 わってくると,そもそも扱うことが可能としても,難しいモデル理論的な取扱 いを考えないといけない。

 Putnam(1975)は,心理的な内包(11)と論理的な内包(12)という『内包』の二 つの概念を対置させている。11とは,我々がある特定の単語に対しそ抱く心理 的な印象であり,12とは,可能世界から外延の集合の中への関数である。そし て彼は,この二つの内包の考え方が決して折り合わないものである事を示して いる。彼は,宇宙の何処かに,その星に存在する液体が,その分子式がH20 の代わりにXYZである以外は水と全く同じであるような双子の地球を考えて いる。『水』と言う単語に対する我々の心理的印象,即ち11は,H20において

もXYZにおいても全く同一である。しかしながら12によると,内包は外延を 決定できなければならない。しかしながら,Ilが外延一この場合はH20か XYZのいつれか一を決定することは出来ない。即ち,11と12は両立しない。

 認識,検証可能性,明瞭性等の概念は,人間精神の心理的な側面と関わって いる。そして我々が,論理的方法を以てこうした領域に入って行くと,上記の 諸問題にぶつかることになる。即ちこれは,論理学が生来心理学とは折り合わ ぬものである事を示している。永井(1978:24)も,論理学は,思考の心理法則 を研究するものではなく,その規範法則を研究するものである,と述べている。

ここに我々は,論理学の妥当性の限界を見ることが出来る。しかし,これは一 方では,心理学との研究分担を示すものであり,逆にここに,論理学の独立性

を見ることが出来る。

3.疑問,及び命令文脈

 次に,疑問及び命令文脈を考察する。一般に,疑問文,命令文は,真理値を 持たないと言われているが,これらの文においても,内包的もしくは認識論的

(23)

自然言語に於ける不透明性      201 文脈に類似した次のような文脈が存在する:

  ⑪ Is Sc◎倣he a碇hor of Waverley?

    the author of Waverley=Scott

  Is Scott Scott?

岡 Don t smoke!

  exte頑◎n◎{smokers=extロs輌on。f d地kαs

    Don t drink!

⑪,岡の岳論は,いつれも非妥当である。よって我々は,こうした文脈も『不 透明性』と言う概念の中に含めることにする。

 モデル理論においては,言語表現が予め独立に存在している事態について述 べている時,換言すれば特定のモデル相関的に解釈される時にのみ,言語表現 に真理値が割り当てられる。逆に言うと,言語表現にこうした事態の記述的機 能が欠落すると,言語表現は真理値を失う。我々は,疑問文や命令文における 真理値欠落の現象を,そこで問題になっているのは,言語表現のモデル相関的 な解釈ではなく,モデルの創出や改変のようなモデル自体の操作であると考え ることによって説明できる。

 再び,

  ⑬ It may be gold・

と,更に閲前提(a)の変形

  ⑬ Electra believes that the man in front of her is really her brother

を考察してみよう。私の言語直観からすると,主観的,もしくは客観的認識様 相を伴った㈹は真理値を持たない。と言うのも,㈲の発話に続けて

  ⑭It s true.

と言う場合,⑭を㈲自体に掛けるのは難しいからである。⑭は通常は

  (43 )  It s gold・

即ち㈲のphrastic部に掛かる。

(24)

202       小  松     寿

 しかし,⑬と⑬の認識状態は極めて似通っているにも拘らず,何故我々は㈱

に真理値一即ち,偽を一与え得るのだろうか。その相違は,誰にその認識状 態が帰属するかによる。即ち,⑬においては話者であり,⑬においてはEle◇

traである。後者においては, Electmの信念内容に関する話者の主張が行なわ れているのであるから,我々はこの文を

  (53ノ)  1−say−so [it−is−so[(53)]]

のように分析することが出来る。これに反して㈲においてはtropic部,もし くはneustic部が様相化されている。この事から我々は,様相化されていない neus6c部,もしくはtropic部を持つ陳述文のみが真理値を持ち得ると考える ことが出来る。この様な文においては,内包的,ないしは認識論的な様相性は,

もしあれば,全てphrastic部に押しやられている。

 さて,我々はどの様に㈲の意味論的状態を記述したらよいだろうか。⑬に対 する以前の解釈,即ち⑭においては,我々は,現実の代替世界を仮定した。し かし,我々はここでは代替モデルの集合を考え,この集合の半数のモデルの現 実世界においては⑬は真であり,残りの半数のモデルの現実世界においては㈲

は偽である,としよう。但し,話を単純にするために,モデルの集合の代わり に,モデルの集合の各々の一半を代表する二つのモデルを考え,⑬の意味論的 な状態を

  陶 〈M,M>

で表わすことにしよう。M(M)は,その現実世界で㈲が真(偽)である世界を表 わす。㈱において,集合の代わりに順序対を用いているのは,㈲をその否定形 から区別するためのものである。⑬相関的に㈹が如何なる真理値も持ち得ない のは明らかである。㈲に心理的な解釈を付け加えようとすると次のようになる。

即ち,二つのモデルM,Mが話者の心中に存在し,その間で決めかねているが,

認識的,情動的根拠から,話者にとってはMよりMの方が好ましい。即ち順序 対は,認識的,情動的な優先順位を表わす。

(25)

自然言語に於ける不透明性      203

3.1疑問文脈

  ⑯ Are you a stud印t?

のような疑問文においても,通常は㈲が前提されている。但しここでは,M

(M)は,その中の現実世界で   (56り Y◎uare a s敏dent.

が真(偽)であるようなモデルである。

 しかし,⑬,⑯におけると同様,様相化された陳述文と,決定疑問文の間に 意味論的な相違があるのは明らかである。決定疑問文に対しては我々は更に

  (5カ  〈f, f>

の様な意味論的構造を仮定する。ここで,f:〈M, M>ドM, f,;〈M, M>戸M。

f,了は,〈M,M〉に対する腿択関蜘と称し,〈M,M>と言う状態をMもし くは厄に変換する指示を表わすものとする。⑰自身は次のように読まれる。話 者の心中には〈M,M〉を⑯における『you』の指示対象が学生である(ない)事

を知っている状態,即ちM(M)に変換する二つの指示存在するが,話者にとっ てはMの方が好ましい。

 疑問文が独立の話者内的力を持っているのか,或はその力がmand,即ち命 令文の持つ発話内的力,の一種なのかは明らかではない1°が,我々が,疑問文

を答の督促のために用いるのは事実である。この事は   (58 〈F,F>

の様に表わす事が出来る。ここで,F:〈f, f>ドf, F:〈f, f>1→f。 F, Fは,

f,了に対する『選択関数』と称し,〈f,f>という状態をfもしくはfに変換す る指示を表す。㈱自身は次のように読まれる。話者の心中に,二つの指示f,

了の存在する不確定な状態をf,(了)のみが存在している確定した状態に変換 する二つの指示が存在しているが,話者にとってはFの方が好ましい。

 補足疑問文の場合は,〈M,M〉を{M1, M2……, M。}に,〈f, f>を{f1, f2,…

…,fn}に,そして〈F, F>を{F 1, F……, Fn}に変更する。

(26)

204       小  松    寿 3.2命令文脈

 我々は,命令文も同様の方法で扱うことが出来る。先ず明らかなのは,

  倒 Y◇umust go

  (6Φ You may go

も,㈲を仮定している事である。と言うのも,完全に確定した状態に対して,

それ自身,もしくはその反対を命じたり許可するのは無意味だからである。命 令や許可と言うのは事態や行動に対する選択可能性のある場合に初めて意味の あるものとなる、倒,㈹自体は

  (59 )f,

  (60ノ)  〈f, f>

の様に分析される。ここで,M,(M)の現実世界においては

  {β1) You go

が真(偽)である。(59 )は次のように読まれる。話者の心中には〈M,肩〉という 不確定な状態をMという確定した状態に変換する指令が存在している。又

(60 )は次のように読まれる。話者の心中には,〈M,M>という不確定な状態を MもしくはMに変換する指令が存在している。しかし,話者にとってはMの方

が好ましい。

 我々は更に,

  ⑰私はこの船をQue斑Elisabeth号と命名する。

と言った発話内的表現も(59 )の様な方法で分析できる。但し,fを   (62り 1

に変更する必要がある。ここで,1:M」M 。そしてM,M は, M において

『Que斑E§sabeth号』と言う名を持っている船がMでは名を持っていない,

と言う点を除いて同一である。

 当偽と許可の間の規範的関係

(27)

自然言語に於ける不透明性      205

  {63   0Z}=〜P−− Z)

   (『ρをすべし。』=『pを行わない事は許されない。』)

は,我々の体系では次の互換

  ⑭ a) 内的否定に対して: (f,f)

    b)外的否定に対して: (f,<f,f>)(f,〈f, f>>

によって表現される。

 上記の考え方における一つの問題点は,mandなしの疑問文と許可文が同一 の構造〈f,Y>を持っている点である。両者の相違は恐らく<f, f>の内容と〈f,

了〉相関的な解釈によるだろう。mandなしの疑問文においては,その命題内 容である陳述文の,M, M の二つの現実世界の代替世界における解釈の時点 が非未来であるに反し,許可文(及び命令文)におけるそれは未来に属する。と 言うのも命令の内容の遂行は必然的に未来に属するからである。mandを伴っ た疑問文は,〈f,f>相関的にではなく<F, F>相関的に解釈されるがF, Fの要 素f,了の遂行は同様に未来に属する。それ故我々は,疑問文を一種の許可文

として理解できる。しかし,次のような相違がある。即ち,許可文に対しては 我々は,例えば行くか行かないかの二通りの行動しか出来ないが,疑問文にお いては第三の選択肢がある。即ち,答えを与えないことである。しかし㈹によ ると,話者の側にはF,Fと言う二つの命令しかない。そこから,聴者を答へ と強いる発話内的力が生ずる。

 更に我々は,こうした方法で,いくつかの実用論的現象を説明できる。例え ば,M,菰の代わりにM相関的に解釈される疑問文は,生徒の理解を確かめる ために教師が用いることが出来る。そして,M相関的に解釈される疑問文は輌 反語を表わす。又,肩相関的な許可は,許可の内容を聴者が遂行できないこと

に対する話者の皮肉を表す。しかしこうした捉え方は,疑問文,及び命令文に 関する実用論的現象の広範な領域を扱うには未だ不十分である。

 Lewis(1972)は,非陳述文も,それらが真理値を持つとの仮定の許に扱い,

それらが真理値を持たないとするAustinらの実用論者に反対している

(205ff.)。しかし,彼の言う真理条件とはAustMの適切性条件に等しく,そ

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