₁ .問題の所在と本論文の趣旨
完成形に近づく自由貿易体制
自由貿易という考え方は,₁₉世紀初頭のリカードの比較生産費説以降,国際分業と貿易の利益
(国際分業による生産効率と経済厚生の最大化)を促進し,世界経済の成長率を高めるという経済思 想と強く結びついてきた.自由貿易は,市場メカニズムを重視する保守派の経済学における重要 な信条の ₁ つといってよい.
事実,戦後世界各国で実施されてきた関税の引き下げ,非関税障壁の除去,貿易手続きの統一 化・簡素化・デジタル化,および国際物流のためのインフラストラクチャー(社会基盤)としての 国際コンテナ港湾や国際空港の整備(陸路で海外とつながっている国においては,国際高速道路網や 国際鉄道網も含む),それらの国際物流インフラを利用して国際ロジスティクスを担う,海運・陸 運・空運およびフォワーダーなどの国際物流事業者の誕生と成長は,世界貿易を拡大し,世界経 済の成長を促進してきた.
しかし,近年,自由貿易をめぐる理論的,現実的環境は大きく変化しつつある.その理由の ₁ つは,域内での関税や移動制約が撤廃された経済共同体である欧州連合(EU)の成立や,環太平 洋連携協定(TPP)に代表される多様な多国間自由貿易協定枠組み締結の世界的増加である.
日本を含む₁₁カ国が参加している
TPP
は,₂₀₁₈年₁₂月₃₀日に発効した.世界の国内総生産(GDP)の約₁₃%,人口 ₅ 億人の自由貿易圏(将来的には約₉₅%の関税が撤廃の予定)の成立であ る.同じく₂₀₁₈年₁₂月には
EU
議会において,貿易や投資の自由化を盛り込んだ日本とEU
との 経済連携協定(EPA)が賛成₄₇₄票,反対₁₅₂票,棄権₄₀票で可決されている.第二の理由は,デジタル情報の低コストかつ高速(光速)な空間移動を実現したインターネット
₁ .問題の所在と本論文の趣旨
₂ .不平等の自由貿易
₃ .自由貿易の新しい担い手とその評価
₄ .自由貿易のロングテール
山 﨑 朗
自由貿易体制と地域創生
という通信システムの普及(モバイル端末の世界的普及を含む),インターネットを活用した新しい 商取引である
E
コマースの誕生と急成長,およびE
コマースのための国際小口輸送を支える国際 航空貨物や,国際コンテナ貨物の増加など,自由貿易や国際物流を阻害してきた関税や非関税障 壁以外の「制約」および「空間障壁(空間移動コスト)」が徐々に低下,消滅しつつある点にある.₂₁世紀に限定すれば,世界貿易に与えた影響は,関税率の引き下げよりも,貿易申請書類の共通 化・デジタル化・高速処理,コンテナ化の急速な進展や輸送機の大型化などによる国際物流コス ト逓減の方が大きいかもしれない.
つまり,貿易自由化が促進されてきたがゆえに,「自由貿易を促進せよ」と声高に主張する必要 性そのものが低下してきているのである.その反対に,完成形に近づきつつある自由貿易体制や 自由貿易体制と密接に結びついているグローバリゼーション(これには移民も含まれる)に対する アンチテーゼとして,世界各地で自由貿易に対する反発の声も高まっている.アメリカのトラン プ大統領によるアメリカファースト宣言やアメリカの貿易赤字国(とくに中国)に対する₂₅%の関 税引き上げ策は,保守派の経済学者のほぼ全員が反対する政策であると思われる.だが,アメリ カの有権者の過半数近い人たちは,自由貿易やグローバリゼーションの負の側面に対する政治的 対応策として賛同していると推察される.
自由貿易の促進によってもたらされる世界的あるいは国内的経済利益を理論的に説いたとして も,自由貿易から負の影響を受ける中小企業,農家および国際競争力のない産業で働く労働者を 説得することも,納得させることもできない.のちに論じるように,自由貿易の全体的利益と個 別利益の対立という観点は,本稿のテーマ,論点とも密接に関連している.
停滞する世界貿易
世界的に自由貿易体制が構築されてきているにもかかわらず,₂₀₁₁年以降,モノの貿易額や貿 易量の伸び率の低下という現象も生じている.オランダ経済分析局(CPB)によると,₂₀₀₅年を
₁₀₀とする世界貿易量(実質)は,₂₀₀₃年から₂₀₀₇年にかけては年平均₇.₃%増と世界の
GDP
成長 率を上回って増加した.だが,₂₀₀₈年から₂₀₀₉年にかけては,リーマンショックを機に,「貿易大 崩壊(Great Trade Collapse)」が生じ,₂₀₁₁年から₂₀₁₃年の世界貿易量の伸び率は₃.₁%にまで低 下した.さらに,₂₀₁₅年には₁.₆%増にまで低下している₁).もちろん,「貿易大崩壊」は,リーマンショックのような世界的株価急落(一時的ショック)や 景気変動によってもたらされた側面を否定することはできない.だが, ₇ つの構造的な要因も複
₁ ) 『三井住友信託銀行 調査月報』₂₀₁₆年 ₇ 月号.なお,このレポートでは,世界貿易額の伸び率の低下 の主要因を中国の成長率の低下と中国経済のサービス化に求めている.世界貿易機関(WTO)の₂₀₁₇年
₄ 月の発表によると,₂₀₁₆年はアメリカの貿易額が中国を上回った.また,₂₀₁₆年と₂₀₁₇年(予測)は,
世界のGDP伸び率が世界貿易の伸び率を上回る「スロートレード」になったとされている.
合的に作用し始めている結果であると筆者は考えている.これらの ₇ つの構造的要因は.将来的 に貿易額と貿易量の増加率を抑制する要因として作用し続けるであろう.
それらの構造的要因は,①貿易から現地生産への転換,である.発展途上国の急成長によって,
先進国と発展途上国の賃金格差は急速に縮小している.そのため,労働集約的工程(低賃金労働力 志向)の工場立地(フラグメンテーション:労働集約的工程の分離による立地単位の細分化,およびそ れらの立地の地理的分散化)が減少し始めている可能性がある.日本銀行のグループは,この現象 を「グローバル・バリュー・チェインの拡大一服」₂)と表現している.
実は,②労働集約的な生産工程(工場)の減少,も影響していると考えられる.これまで一貫し て進展してきた単純労働を一部機械に置き換える機械化やオートメーション化にとどまらず,高 度な肉体労働(熟練労働)をも代替するロボット化や,頭脳労働を代替する
AI
化の進展によって,生産過程において必要とされる労働量そのものが圧縮されている.換言すると,製品価格に占め る比率として,現場の工場労働者の賃金よりも機械・設備・ロボット・コンピュータ・ソフトウェ アなどの減価償却費の比率が上昇しているといえる₃).
さらに,小規模分散型生産システムの開発₄)によって,③小ロットのオンサイト生産(需要地で の生産)も実現しつつある. ₃
D
プリンターの活用,化学合成や半導体生産における小規模分散型 生産システムの開発と物流コスト削減の重視は,相乗的に市場立地(現地生産)を増加させ,世界 貿易の伸び率を抑制する要因として作用する₅).つまり,生産技術の面からも今後は労働力立地で はなく,市場立地が増加するであろう.多国籍企業の大規模工場も,進出国における国内・域内 調達率を上昇させてきている.これは賃金水準の問題というよりも,発展途上国における生産技 術の向上によるものと理解すべきである.発展途上国における生産技術の向上は,ロボット化,AI
化によって支えられており,発展途上国で生産された工業製品と,先進国で生産された工業製 品との間の品質格差はなくなっている.賃金格差と関税率格差が世界的に縮小すると,国際物流コストの方がより強く意識されるよう になる.工業立地論の祖であるアルフレッド・ウェーバーが最初に論じた,④輸送費志向型の市 場立地(国内回帰)も増加する.③で指摘した,生産システムの小型化,分散化や域内調達率の上
₂ ) 高富康介・中島上智・森知子・大山慎介「スロー・トレード:世界貿易の伸び率鈍化」『BOJ Re- search & Research Papers』₂₀₁₆年₁₀月,₁ 頁.
₃ ) 製品価格に占める中枢管理,研究開発,ソフトウエアなどの頭脳労働の比率は高まっている.
₄ ) 宇野博志,稲田雄二「エネルギーや化学産業における小規模・分散型製造プロセスの展開可能性」三 井物産戦略研究所,₂₀₁₈年 ₅ 月₁₇日.また,有機EL,自動車生産においても小規模生産システムが開発 されている.周知のように, ₃Dプリンターの開発・活用も,オンサイト生産の増加をもたらしている.
さらに,半導体生産においては,投資額を ₁/₁₀₀₀程度に抑える「ミニマル・ファブ」という少量向けの 生産システムが開発されている.
₅ ) 関税や非関税障壁回避のための現地生産が完全に消滅したというわけではない.
昇も市場立地を促進する要因である.
⑤経済のサービス化に加え,モノからコト消費へ,フィジカルからデジタルへ,バージンから リサイクル・リユースへといった消費構造の変革も,モノの生産,モノの貿易を抑制する.₁₀₀%
には達していないものの,国内,地域内での資源循環率も高まっている.
そして,⑥モノの生産の伸び率の低迷は,資源価格の下落をもたらし,その結果,世界貿易額 の伸び率を抑制する.戦後の世界貿易額増加は,自動車,家電,コンピュータ,工作機械などの 機械類の水平貿易の増大とともに,原油に代表される資源の価格上昇によって支えられてきた.
だが,近年,資源価格の長期的な上昇トレンドはみられなくなっており,資源価格は,世界の景 気変動や世界の政治情勢に敏感に反応して変動するようになった₆).世界貿易額は,原油,天然ガ ス,石炭,鉄鋼石などの価格変動に伴って,波動を描くようになっている.
⑦世界各地で進展している太陽光,水力,風力,バイオマス,地熱などの自然エネルギーの利 用促進も,原油,天然ガス,石炭の貿易量・貿易額の低迷と密接に関わっている.これは,工場 の市場立地と類似した現象と捉えられる.原油,石炭のような鉱物由来の ₁ 次エネルギーではな く,国内,地域内の ₁ 次エネルギー(自然エネルギー)である太陽光,水力,風力,バイオマス(バ イオマスについては海外からの輸入も増加しているが),地熱などの自然エネルギーの活用は, ₁ 次 エネルギーにおける「市場立地」ともいえる. ₁ 次エネルギーの「国産国消」,「地産地消」が進 展しているのである.
例えば,石炭については,₁₉₇₀年以降,海外の安い輸入炭におされ,日本国内の生産量は激減 した.₁₉₆₅年に₇₄.₂%であった国内炭のシェアは,₂₀₁₆年には₀.₇%にまで低下している.現在は 北海道の炭田でのみ採炭されている.石炭は発電用だけではなく,鉄鋼業,窯業の原料炭として も利用される.₂₀₁₆年度の日本の石炭輸入量は,発電用が ₁ 億₁,₁₁₆万
t,原料用は₇,₂₄₆万 t
であっ た.₂₀₁₁年の福島での原発事故の影響で原子力発電所が運転を停止したため,石炭火力発電用の 石炭輸入が一時的に増加したという特殊要因もあり,₂₀₁₁年以降増加していた.だが,一部の原 子力発電所の再開,電力需要の減少もあり,石炭輸入の増加はほぼ止まったようである.石炭や他の鉱物資源と比較して,温暖化ガスの発生量が多い.そのため,世界的に石炭の使用 を減少させようという動きがあり,今後石炭の貿易量は減少していくと見込まれている.
₆ ) 地球上の鉱物資源は有限であり,資源価格の低迷が将来的にも続くとは断定できない.₁₉₅₀年代には 約₂.₆ドル/bbl(WTI価格)であった原油価格(名目)は,₂₀₀₈年 ₆ 月に₁₃₃.₉ドル/bblとなった.原 油価格は,₂₀₁₈年₁₂月に約₅₀ドル/bblにまで下落しているが,その背景には,原油需要の減少だけでな く,シェールオイルの台頭,天然ガスへの代替といった要因もある.ただし,シェールオイルも天然ガ スも有限な資源である.なお,原油価格は,中東の政治情勢にも影響を受ける点に留意しなければなら ない.まだ実現は定かではないが,空気中の二酸化炭素と水素をもとに,ガソリン,軽油,ジェット燃 料の製造を目指している,カーボン・エンジニアリング(カナダ)という会社も現れている.この技術 が確立されれば,多様な燃料の地産地消が実現することになる.
原油輸入については,石炭から石油へのエネルギー革命もあり,戦後日本における原油の輸入 額と輸入量は増加してきた.だが,原油価格の高騰を受けたエネルギー利用効率の上昇,日本国 内での工業生産の低迷,乗用車・トラック・バスの燃費効率の上昇,さらに自然エネルギーによ る発電量の増加の影響を受けて,原油の輸入量も₁₉₉₇年をピークに減少傾向に転じている.図 ₁ に示したように,GDPに対して必要となるエネルギー量は減少し続けている.
日本の原油輸入量は,₁₉₉₇年の₂.₈₆億
t
をピークに減少に転じており,₂₀₁₇年には₂.₀₆億t
にま で減少した.NOx, SOx
の排出量の少ない天然ガスへのシフトも原油輸入量の減少に影響している.しかし,天然ガスの輸入量も₂₀₁₂年をピークとして減少に転じた.工業生産の低迷と省電力家電 の普及および日本の人口減少により,日本の発電量は₂₀₁₀年をピークに減少傾向にある.
また,灯油,ガソリン,ジェット燃料などの石油製品の輸入量も減少してきている.逆に,石 油精製設備の過剰な日本で原油を精製し,日本から海外への石油製品の輸出量が増加している.
日本の自動車保有台数は₂₀₁₇年時点ではいまだ増加傾向にあるものの,人口減少の影響を受けて,
日本国内の自動車保有台数もまもなく減少に転じるであろう.
①から⑦の要因が複合的に作用した結果,世界貿易の伸び率が世界の
GDP
の伸び率を下回ると いう「スロートレード」という現象を₂₀₀₁年,₂₀₀₉年,₂₀₁₂年から₂₀₁₇年に記録したと考えられる.図 1 実質GDPとエネルギー効率(一次エネルギー供給量/実質GDP)の推移
出所) 資源エネルギー庁HP(http://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue₂₀₁₈.
html).₂₀₁₈年₁₂月₂₉日アクセス.
1973 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2016 (年度)
75 70 65 60 55 50 45 40 35
550 500 450 400 350 300 250 200 150 100 経済成長
効率改善
PJ/兆円(2011年価格) 兆円(2011年価格)
実質GDP(右軸)
エネルギー効率(エネルギー供給量/実質GDP)(左軸)
本稿の課題
本稿の課題は,完成形に近づきつつある自由貿易体制の意義や,自由貿易体制に対する反発や アンチテーゼとして提唱されているアメリカの自国ファーストといった政治的主張や思想の隆盛 ではない.これまで多くの論文で繰り返し論じられてきたような,自由貿易が経済成長にもたら す経済効果を理論的・実証的に明らかにすることにあるのでもない.また,スロートレード現象 も本稿の主要テーマではない.
本論文の目的は,自由貿易の自由とはどのような意味を持っていたのか,これまでの貿易論の 議論とは異なる視点から分析したいのであり,自由を謳歌するということの本源的意味や価値を 再度問い直してみることにある.
人口減少・高齢化による国内市場の縮小
日本の人口は,₂₀₀₈年の ₁ 億₂,₈₀₈万人をピークとして減少傾向にある.総務省統計局(₂₀₁₈年
₁₂月₂₀日公表)の人口推計によると,日本の人口は ₁ 億₂,₆₄₂万人となった.国立社会保障・人口問 題研究所は,大量の移民受け入れがないとすれば,日本の人口は₂₀₆₅年に₈,₈₀₈万人(出生中位・死 亡中位),高齢化率₃₈.₄%になると推計している.₈,₈₀₈万人という人口は,₁₉₅₄年の₈,₈₂₄万人とほ ぼ同じ水準である.
人口減少,高齢化,食の洋風化,海外からの農作物・食品輸入の増大という ₄ つを背景として,
日本国内で生産されるコメに代表される農林水産物,食品の生産額は,長期的な減少傾向にあ る₇).国内市場を関税や輸入規制によって保護したとしても,国立社会保障・人口問題研究所の将 来推計人口からわかるように,日本の農林水産業の生産水準の維持は(輸入代替あるいは輸出を増 加させない限り)きわめて困難である₈).
日本は農林水産物,食品,鉱物資源を輸入し,それらを加工して輸出することによって経済を 成長させる「加工貿易立国」であると理解されてきた.もちろん,国内に賦存していない鉱物資 源や,気候上・地質上国内で生産しにくい農林水産物については,輸入に頼るしかない.
しかし, ₁ 次産品を輸入し,工業製品を輸出するという「加工貿易」のような「垂直貿易」は,
先進国における典型的な貿易パターンではなくなっている.オランダの例を出すまでもなく,科 学技術(バイオテクノロジー)との関係性を強め,農業機械,資材,農薬・肥料,設備(ハウス,
コンピュータ管理,LED照明など)の面において資本・知識集約型産業となってきた農業(カカオ,
₇ ) 農林水産省「平成₂₉年度 食料・農業・農村白書」₂₀₁₈年 ₅ 月によると,日本の農業総生産額は,
₂₀₁₄年をボトムとして増加に転じている.肉類の生産増加と農産品の輸出増加によるものである.ただ し,₂₀₀₆年を₁₀₀とした場合,₂₀₁₆年にコメと野菜は₉₄,果実は₉₁の生産水準となっている.
₈ ) もちろん,小麦,トウモロコシ,大豆などの輸入依存率が ₉ 割を超えている農作物の国内自給率を大 幅に上げられれば(輸入代替),日本の農業総生産額を一定期間維持できる.
バナナ,マンゴーなどの熱帯植物を除く)は,先進国において国際競争力の高い産業となっている.
しかも先進国間においては,農林水産物や食品を相互に輸出・輸入を行う「水平分業」体制となっ ている.
のちに詳しく論じるように,先進国となった日本における貿易の課題は,農林水産物・食品の 水平貿易体制の構築にある.そして,この実現こそが地方創生のカギとなるのである.
中小企業の生き残り策
総合電機メーカーに代表される日本の大企業の国際競争力・技術開発力の低下,工場の海外展 開(一部には国内回帰の動きもみられるが),海外での生産増加の影響を受け,製造業の中小企業も 生産量の減少に直面している.
経済産業省の工業統計調査によると,日本において製造活動を行っている事業所(工場)数(製 造活動を行っていない本社,支店,営業所,研究所,倉庫,物流センターを除く)は,₁₉₉₀年の₄₃.₆万 工場から₂₀₁₆年に₂₁.₈万工場にまで減少している(従業者数 ₄ 人以上の事業所を対象).従業者数 ₃ 人以下の零細工場(推計値)は,₁₉₉₀年に₂₉.₂万工場あった.従業者数 ₃ 人以下の零細工場は,海 外展開力の欠如や家族経営の強み,地域市場との関係性(とくに地場の食品工場)もあり,半減ま でには至っていない.₂₀₁₆年に₁₇.₇万工場と推計されている.
以上から明らかなように,日本の農林水産業の事業者や製造業の中小企業の持続的発展は,輸 入代替と輸出増加,人口減少している日本においては,とくに輸出増加にかかっている.しかし,
日本では農林水産業や製造業の中小企業で,積極的に貿易を行ってきた事業者は,ヨーロッパの 事業者と比較して極端に少ない.日本は戦後の人口増加や高い
GDP
成長率,および陸路で隣国と つながっていないという地理的条件もあり,極端な国内市場依存構造が構築されてきた.国内の 消費者への過剰対応は,海外市場のニーズと乖離した「ガラパゴス」と呼ばれるようになった特 殊な製品への進化を促した.日本文化に根差した日本市場の特異性は,外国企業の参入を阻止す る「意図的ではない非関税障壁」として機能してきた半面,(これまでは)日本企業の海外進出の 阻害要因としても機能してきたのである.ヨーロッパの先進国とは異なり,日本では貿易を担ってきた産業,企業が偏っている.大泉が
UNCTAD
の統計をもとに推計したところによると,₂₀₁₆年の日本の輸出品目 ₁ 位は乗用車(₁₄.₀%)であり, ₂ 位集積回路, ₃ 位自動車用部品, ₄ 位産業用機械, ₅ 位電子・コンデンサー となっており,特定の製品に偏在していることが明らかになっている₉).
₉ ) 大泉啓一郎(₂₀₁₈)『新貿易立国論』文芸春秋,₄₃頁.なお,大泉は自動車および自動車用部品やエン ジンに偏った日本の輸出構造を「自動車輸出一本足打法」と称している(同上,₄₅頁).
隠れたチャンピオン
ハーマン・サイモンによると,「隠れたチャンピオン」と名づけられた中小企業は世界に₂,₇₄₆社 あり,そのうちドイツには₁,₃₀₇社(₄₇%)が存在しており,日本の ₆ 倍であるという₁₀).ハーマ ン・サイモンは,「日本の中小企業の多くは,隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの 社会的な能力と技術力を持ちあわせている.しかしながら,ドイツの隠れたチャンピオン企業の ように,精力的,迅速に国際化を進めていないため,潜在力を十分に活かせていない.この問題 は,部分的に日本文化に根ざしており,また言語も含め,外国に対する消極性や,大企業への依 存,起業家ではなく従業員として働くことを好む傾向に特徴づけられる姿勢に起因している.(中 略)日本企業は,世界で成功できる潜在力を秘めている.中小企業の国際化を大胆に進めることに より,日本の弱い輸出力を高め,高度な仕事を新たに創出できる.」₁₁)と主張している.
日本の製造業の中小企業は,主として大企業の下請けか,地域市場を対象とした食品産業であ り,グローバルな市場をターゲットにしていない.輸出するとしても大手企業の完成品のなかに 組み込まれた部品として間接的な輸出にとどまっていた.
日本の課題は,自由貿易協定のさらなる締結や,関税率の引き下げではなく,「弱者」として貿 易から疎外されてきた,農林水産業に関わっている事業者,および製造業の中小企業も自由に世 界貿易にアクセスできる組織体制,貿易環境の構築にある.
逓減する自由貿易の効果
自由貿易の推進は,理論的には自由貿易に参加する国の
GDP
を増加させると考えられてきた.しかし,貿易自由化の経済効果は,各種推計からもわかるように,きわめて小さくなっている.
すでに,多くの先進国においては,ほとんどの工業製品の関税はゼロまたはゼロ近傍(日本の貿易 自由化率は₉₉%以上)であり,残されたわずかな一部の高関税品(日本で₂₀%を超える品目は,はち みつ,オレンジ,バナナ,こんにゃく芋などの農作物に限定されている)の関税を ₀ にまで引き下げ たとしても,経済的な効果は限定されている.
スロートレード
自由貿易の推進を経済成長の促進という観点から捉える時代は終焉を迎えている.すでに指摘 したように,世界貿易の増加率が₂₀₁₁年から₂₀₁₅年にかけて世界経済の成長率を下回るという
「スロートレード」という現象も生じるようになっている.ジェトロは,₂₀₁₇年の世界貿易は回復 基調にあり,「スロートレード」現象から脱却したとしているが,₂₀₁₇年は資源価格の高騰という
₁₀) ハーマン・サイモン「₂₁世紀の隠れたチャンピオン」(世界の視点から),RIETI,₂₀₁₂年 ₈ 月 ₈ 日.
₁₁) 同上.
特殊要因もあった.₂₀₁₈年末の原油等の資源価格の急落や,アメリカなどの自国ファースト主義 の台頭(一部中国製品に対する₂₅%の輸入関税の導入)もあり,₂₀₁₈年以降再び「スロートレード」
に陥る可能性が高い.また,中国,東南アジア諸国の経済成長率そのものが低下傾向にあり,分 母の
GDP
の成長率が低下している結果として,「スロートレード」現象から脱却しているように みえている側面もある.₂₀₁₈年以降,東南アジア主要 ₅ カ国の経済成長率は, ₅ %を下回ると見 込まれている.自由貿易の新しい意義
自由貿易の新しい意義は,経済成長の促進ではなく,世界の多様な商品,文化財へのアクセス,
購入に対する自由の保障にある.ヨーロッパの人たちが日本ワイン,日本酒,日本産のウィス キーやチーズ,日本米を購入し,日本人がヨーロッパのワイン,チーズ,ブランデー,ウィス キー,オリーブオイルを購入するという「究極の水平分業」を実現することが重要なのである.
そのためには,地域のテロワールの重要性に対する認識を高め,文化的側面を意識し,そして
(日本からトラックで輸出できない)生鮮品の輸出を実現するために,国際物流に新しい仕組み(地 方港湾における冷蔵・冷凍倉庫の設置,冷蔵コンテナの活用,輸送時間を短くするための効率的な貿易 手続き,荷役や輸送時間を短縮するための高速船の導入,フェリーを活用したトラック輸送,ANA沖縄 貨物ハブ事業のさらなる推進など)が必要となる.このことによって,これまで自由貿易の恩恵を 直接受ける(感じる)ことのなかった,一次産業や中小製造業にまで自由貿易の恩恵をもたらすこ とができる.
₂ .不平等の自由貿易
自由貿易は強者の論理か
自由貿易という言葉は,さまざまに解釈されてきた.なぜなら,貿易において,「自由」を行使 できたのは,長らく強者₁₂)(国家,大規模な組織やグローバル企業など)に限定されていたからであ る.したがって,自由貿易は,強国(イギリス)の論理であるという「自由貿易帝国主義」₁₃)と いった過激な用法も,あるいは経済発展の初期段階には,自由貿易ではなく,「不自由貿易(保護 貿易)」が必要だというドイツの経済学者リストの主張も,まったくの的外れとはいえない.
自由貿易が,世界経済にとって「何らかの」利益₁₄)をもたらすことは,リカードやヘクシャー =
₁₂) 国際物流のための社会資本の優先整備に成功し,自国のロジスティクス企業を有する先進国や大規模 組織,グローバル企業を指している.
₁₃) 毛利健三(₁₉₇₈)『自由貿易帝国主義』東京大学出版会.
₁₄) 自由貿易によって,階層的な国際分業の固定化,その結果として発展の遅れた国の産業構造の自律的
オリーンの理論を持ち出すまでもなく明らかである.にもかかわらず,いつの時代においても自 由貿易に対する一定の反対勢力は存在する.そして,いま,その勢力は,マスコミによるグロー バルゼーション批判にも影響を受け,世界的に増殖傾向にあるようにもみえる.アメリカでは大 統領自ら自国ファーストという主張をするまでになっている.自由貿易の「負」の影響を強く受 ける「弱者」に対する強いメッセージともいえよう.
繰り返しになるが,自由を行使できる国,産業,組織(大企業など),人,そして自由に貿易で きる国,産業,組織(企業など),人も限定されてきた.自由貿易という用語のパラドックスは,
自由という言葉の本来的な意味とは異なり,自由に貿易できない人や組織が圧倒的多数であると いう意味を内包している点にある.自由貿易にアクセスしにくい国や地域,産業,自由貿易に参 画できない組織や人が存在しているのである.具体的には,港湾,空港,道路,鉄道,情報通信 網などのインフラの不足した発展途上国における貿易阻害要因から,外貨や情報へのアクセスや 言語などの阻害要因,そして産業や組織,人に固有な貿易能力の不足などがある.
さらにいえば,貿易を自由に行える産業,組織(企業など)は,貿易を行わないという選択の自 由を行使することすらできる.それは,海外直接投資による海外生産である.
自由貿易の負の影響は「弱者」に集中
自由貿易をさらに促進し,国民経済単位でのマクロ的な利益を現実化させるには,自由貿易か ら排除されてきた「弱者」に対しても,自由貿易には利益があることを「実感」させる必要があ る.重要なのは,あくまでも「実感」であって,頭だけで理解を求める「理論」,「説明」や異見 を封じ込める「説得」ではない.
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などの自由貿易協定によるマクロ経済的な利益について は,政府やさまざまな機関によって推計されている.これまでは,これらの数字をもとに,マス コミを通じて,「弱者」への「説明」や「説得」が試みられてきた.
しかしながら,そのようなマクロ的な推計値では,自由貿易から排除された弱者を「納得」さ せられない.なぜなら,貿易自由化の負の影響は,「弱者」である中小企業や農林水産業に集中す るからである.
自由貿易協定のマクロ経済効果の逓減
しかも,自由貿易のマクロ的な利益そのものも,「誤差の範囲内」といっても差し支えないほど
高度化が抑制されるという考え方もある.リストを祖とする保護貿易主義,幼稚産業保護論は,この考 え方に基づいている.現在の保護貿易主義は,先進国であるアメリカなどによって主張されており,幼 稚産業の保護という視点とは関係がないといってよいであろう.
縮小している.なぜなら,これまで長年にわたって実施されてきた関税引き下げの結果,先進国 の関税はゼロに向かって収斂しつつあるからである.いまや高関税に守られているのは,限られ たごく一部の商品であり,それらの関税引き下げによって得られるマクロ的な経済的利益は,い わばネグリジブルである.一定程度の関税の効果は,貨物輸送機やコンテナ船の大型化による輸 送費の削減によって相殺できる.実は,自由貿易を阻害してきた要因は,関税でなく,「空間障 壁」にあったのである.関税を引き下げなくとも,国際物流分野におけるイノベーションと物流 における規模の経済性は,貿易を促進する機能を果たしてきた.
₂₀₁₆年に公表された世界銀行による
TPP
の経済効果は,₂₀₃₀年までに日本のGDP
を約₂.₇%増 加させるという推計であった.「TPPの経済効果はない」とはいえないものの,もはや誤差の範囲 内といってもいい水準である.₂₀₁₈年に発効した日本とEU
の経済連携協定(EPA)の経済効果も,日本においては
GDP
の ₁ %程度,EUにおいては ₁ %未満と見積もられている.もちろん,発展途上国や中国などの関税水準は,先進国と比較するといまだに高く,将来的に は引き下げを求める必要性は残されている.しかし,すでに述べたように,自由貿易を謳歌でき る多国籍企業は,現地生産によって高関税を回避するという手段も有している.海外直接投資に 対する規制は緩和されてきており,関税問題は多国籍企業にとってかつてのようなクリティカル な問題ではなくなっている.
₃ .自由貿易の新しい担い手とその評価
減少し続ける国内の食料需要
今後の
EPA,TPP
などの貿易協定において,マイナスの効果を一手に引き受けることになる「弱者」は,日本国内で生産している農家である.
だからといって,日本の農家にとって
EPA
やTPP
に反対するのは理にかなっているのであろ うか.「一粒たりともコメを輸入させない」といった農家による国会議事堂前でのデモ活動は,近 年鳴りを潜めている.それはなぜなのであろうか.その理由の一つは,高関税によって国内市場を守ったとしても,農林水産物の国内市場は,少 子高齢化,人口減少に伴って,今後持続的に減少することは明白だからである.人口減少だけが 問題ではなく,食の洋風化・高齢化によって, ₁ 人当たりコメの消費量は,₁₉₆₃年の₁₁₉kgから
₂₀₁₃年には₅₇kgにまで減少している.これらの相乗効果によって,近年,日本国内のコメの消費 量は,年間 ₈ 万
t
ペースで減少し続けている.農林水産省『食料・農業・農村白書』₂₀₁₅年によると, ₁ 人当たり摂取熱量は,高齢化の影響 で₁₉₇₀年の₂,₁₇₉kcalから₂₀₁₃年には₁,₈₇₃kcalにまで減少している.今後さらに進む少子高齢化と 人口減少によって,食品,農林水産物の国内需要は,関税のあるなしにかかわらず,長期的に減
少することは避けられない.
農林水産物・食品輸出の増加
もう ₁ つの理由は,一部の食品,農林水産物において,輸出の増加が実現している点にある.
₂₀₁₇年 ₁ 月~ ₆ 月(上期)の日本のコメ輸出は,過去最高の₅,₅₈₉t(援助米を除く)で,前年同期 比で₂₈%増であった.₂₀₀₄年は年間わずか₄₀₈tであり,この₁₃年間で₂₇倍に増加した.
それでも,アメリカのコメ輸出量₃₀₀万
t
とはとても比較できる水準ではない.また,年間 ₁ 万t
程度の輸出では,年間 ₈ 万t
ペースで減少している国内需要減少を補えない.しかも,ウルグア イ・ラウンドで日本は年間₇₇万t
のコメの輸入枠が設定されている.それでも,「弱者」の生き残 る道は ₁ つしかない.それは各県で推奨されている高価格米へのシフトではなく,海外への輸出 なのである.究極の水平貿易に向けて
マクロ経済学では,輸出―輸入は
GDP
の一部となる.そのため,日本は輸入よりも輸出を重視 し,貿易黒字を国家目標としてきた.しかし,当然のことであるが,すべての国が輸出超過には ならない.重商主義的な輸出中心主義は,自由貿易体制を危機に陥れる要因の ₁ つである.現代 においても過度の貿易黒字は,日米,米中においてみられるような国際的政治課題となる.すでにみてきたように,貿易自由化によるマクロ的経済効果は,日本においてはあまりない.
とすれば,コストと時間をかけて自由貿易交渉を行う必要はないのであろうか.
自由貿易の利益を
GDP
の増加と結びつけるという古典的な発想から脱却しなければならない.自由貿易は,世界各地の多様な商品,サービスへのアクセスを容易にし,消費者の選択肢を最大 限に拡大するための制度でもある.その意味では,どの国においても輸入の意義が高まっている といえる.言い換えると,国際分業論が主張してきたような,コスト面における分業の利益(消費 者余剰の増加)ではなく,多様性の享受という消費者の利益(選択の自由)である.
日本と
EU
とのEPA
において,EUが期待しているのは,関税引き下げによる日本へのチーズ やワインの輸出の増加である.チーズやワインの輸出が若干増えたところで,EUの輸出総額から みれば,ごくわずかにすぎない.確かに
EPA
締結によって,韓国自動車メーカーと日本メーカーとの関税格差が縮小し,日本か らEU
への自動車輸出の増加が期待されている.しかし,長期的には,工場の最小最適規模を上 回る需要を獲得すれば,輸送コストを削減し,政治的な紛争を回避するためにも,現地生産が選 択されるであろう.つまり,EPAは自由貿易を促進するがゆえに,現地生産の可能性を高め,結 果として貿易額を減少させるという結果となる可能性があるのである.実は日本においても,EUへの日本ワイン,チーズ,ウィスキー,日本酒の輸出増加が期待され
ている.EUとの
EPA
交渉において,日本政府は,日本ワインのEU
への輸出拡大に向けて,① 輸出手続きの簡素化,②ワインのボトルサイズの規制緩和,③ブランド保護の ₃ 点を要望してい ると伝えられた₁₅).日本では,₇₂₀mlサイズが標準であるが,EUでは₇₅₀mlが一般的となってい る.日本は,鉱物資源や農林水産物という ₁ 次産品を輸入し,それらを加工して輸出する加工貿易 立国であると理解されてきた.日本の国際交渉のスタンスも加工貿易立国モデルに依拠してきた.
しかし,加工貿易という垂直的な貿易から,日本においても――いまだ石炭,石油,天然ガスな どの鉱物資源,小麦,トウモロコシなどの農作物の輸入は多いとはいえ――,広い意味では機械 を輸出し,機械を輸入するという水平貿易へと移行してきている.具体的にいえば,EUからワイ ン,チーズ,ウィスキーを輸入し,日本からもワイン,チーズ,ウィスキーを輸出するという究 極の水平貿易が実現するかどうかが問われているのである.
ただし,機械における水平貿易といっても,細分類すれば,日本からは自動車や工作機械が多 く輸出されており,家電,コンピュータ,スマートフォン,医療機器は,圧倒的な輸入超過と なっており,製品レベルでの水平貿易とはなっていない.
なぜ農林水産物・食品の輸出が重要なのか
ワイン,チーズ,ウィスキー,日本酒を例にあげたのには意味がある.確かに,これらの商品 の輸出が増えたとしても,₂₀₁₆年度の日本の輸出額₇₁.₅兆円からすれば,輸出額に占める比率は小 さい.₂₀₁₆年度の日本からの乳製品・牛乳の輸出額は₁₂₆億円,日本酒は₁₅₆億円であり,米にい たってはわずか₂₇億円にすぎない.にもかかわらず,これらの商品の輸出増加には大きな意義が ある.
表 ₁ で示したように,日本からの農林水産物・食品の輸出は,近年増加傾向にあり,政府は₂₀₁₉ 年の目標値を ₁ 兆円に設定している.表 ₁ をみれば,日本からの農林水産物・食品の輸出は順調 に増加しているようにみえる.
₁₅) 「ワイン規制 緩和要求 国際輸出 サイズなど ₃ 項目」『日本経済新聞』₂₀₁₇年 ₆ 月₂₂日朝刊.
表 1 農林水産物・食品の輸出(億円)
₂₀₁₂年 ₂₀₁₃年 ₂₀₁₄年 ₂₀₁₅年 ₂₀₁₆年 ₂₀₁₇年 ₂₀₁₉年(目標)
₄,₄₉₇ ₅,₅₀₅ ₆,₁₁₇ ₇,₄₅₁ ₇,₅₀₂ ₇,₅₇₂ ₁₀,₀₀₀ 注 )₂₀₁₇年の数値は,上半期の数字を ₂ 倍にしたものである.
出所) 農林水産省,http://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/attach/pdf/zisseki-₇₀.
pdf(₂₀₁₇年 ₈ 月₁₈日アクセス)をもとに作成.
しかし, ₂ つの点で課題を抱えている. ₁ つは,輸出額そのものが少ない点である.為替相場 にもよるが,九州とほぼ同じ面積のオランダの農林水産物・食品の輸出額は,アメリカの約₁₆兆 円に次いで,₁₀兆円程度となっている.
もう ₁ つは,オランダと異なり,日本は農作物の輸出額が非常に少ない点である.表 ₂ からわ かるように,輸出品目上位に農作物はランクインしていない.水産物と清涼飲料水,および菓子,
日本酒(加工食品)が上位に位置している.ただし,菓子(米菓を除く)の原料である小麦粉の約
₉ 割,砂糖の約 ₇ 割は輸入品である.
コメ(援助米を除く)の輸出額は,輸出が増えたとされる₂₀₁₇年でもわずか₂₇億円にとどまって いる.日本からの農林水産物・食品の輸出が増えているとはいっても,その内実は,表 ₂ にある ように,水産品および大手たばこ企業や食品企業によって製造されたタバコや加工食品が上位を 占めている.つまり,農林水産省や政府によって,農林水産物・食品の輸出が急増していると喧 伝されているのであるが,その内実は,「弱者」である農家に対しては実質的な恩恵をもたらして はいないのである.
貿易自由化の恩恵を,消費者という次元にとどまらせるのではなく,これまで自由貿易に参画 できなかった「弱者」にまでいかに拡大していくのかが問われている.これは,GDPや消費者余 剰の増加といった経済的効果の問題ではない.「弱者」に対しても,「自由」を行使できる条件を 整備するということを意味している.
以上の論点は,国内の農業問題や地域問題として理解されがちであるが,そのような見方は短 絡的である.豊かな社会は,多様性の享受を基盤としている.EUの人たちにとって,日本のテロ ワールを活かした地域個性豊かな農林水産物や食品が消費財の選択肢に加わることは,仮に
GDP
表 2 ₂₀₁₆年の農林水産物・食品輸出 品目上位(億円)
商品名 輸出額
₁ 位 ホタテ貝 ₅₄₈
₂ 位 真珠 ₃₀₄
₃ 位 ソース類 ₂₇₄
₄ 位 タバコ ₂₁₉
₅ 位 清涼飲料水 ₁₉₄
₆ 位 菓子(米菓除く) ₁₈₂
₇ 位 さば ₁₈₀
₈ 位 日本酒 ₁₅₆
₉ 位 牛肉 ₁₃₆
₁₀位 ぶり ₁₃₅
₁₁位 リンゴ ₁₃₃ 出所)財務省「貿易統計」をもとに作成.
の増加にはつながらなくとも,豊かな生活の実現には貢献するのである.
農林水産省「イタリアの農林水産業概況」(₂₀₁₇年 ₈ 月 ₃ 日)によると,イタリアのチーズ輸出 は₂₇億ドルであるが,輸入も₂₂億ドルとなっている.チーズという商品単位でみても,水平貿易 となっている.オリーブオイルの貿易額も輸出₁₇.₂億ドルに対して輸入₁₅.₈億ドルである.ちなみ に,日本とイタリア間の農林水産物・食品の貿易は,イタリアから日本への輸出額が₁₄.₆億ドルな のに対して,日本からイタリアへの輸出額は,₀.₃₁憶ドルにすぎない,自動車,機械などの工業製 品を含めても,日本はイタリアに対して₄₁億ドルの貿易赤字となっている.
イタリアから日本への輸出商品が,たばこ,ワイン,オリーブオイル,トマト調製品,スパ ゲッティ,ナチュラルチーズなのに対して,日本からの輸出商品は,植木等,レシチン,真珠,
ソース混合調味料,ノリとなっており,日本産の農作物,畜産品,水産品(真珠を除く),食品は ほとんどイタリアに輸出されていない.
グローバル農政への転換の遅れ
これまでの農政には,グローバルという観点が欠落していた.しかし,日本の農林水産省は,
₂₀₁₄年 ₉ 月に農林水産大臣を本部長とする「攻めの農林水産事業本部」が,₂₀₁₅年には食料産業 局に輸出促進課が設置された.農作物の輸出対策として,₄₅.₈億円の予算措置がなされている.
農林水産物・食品の輸出は,日本における自由貿易体制の堅持にとって,もっとも重要な課題 である.と同時に,輸出促進なくして,日本の農林水産業・食品産業の持続的な発展は望めない.
農林水産業・食品産業の活性化は,地方の発展とも関わっており,自由貿易の果実を国土の隅々 まで,そしてあらゆる主体に直接及ぼすためには,農林水産物・食品の「国際競争力」の創出と 農林水産物・食品輸出のための,国内の物流システムと検疫体制の改善,そして海外との制度の すり合わせ(残留農薬,認証,容器のサイズなど)が避けられない.
日本では,農林水産物の輸出は,量的にも金額的にもきわめて少なく,そのためこれまでは迅 速な対応がなされていなかった.例えば,農林水産物の輸出証明書は,地方農政局でしか発行さ れず,検疫を含めると ₆ 日程度かかっていた.生鮮食料品を日本から輸出しにくかった要因は,
日本国内にも存在していたのである.農林水産省は,それを ₃ 日に縮減することを目標に掲げて いる.
規制緩和および海外の政府との交渉の成果もみられるようになってきた.シンガポールからの 外国人観光客は,₂₀₁₆年 ₁ 月₁₅日から日本産牛肉と豚肉を ₅
kg
以下であれば,空港での検疫手続 きを行えば,機内へ持ち込めるようになった.中小企業のグローバリゼーション
ハーマン・サイモンも同様の主張をしていたが,ドイツの経営学者であるヘルマン・ジモンも,
ドイツには世界シェア ₃ 位に入る中小企業である「隠れたチャンピオン」が₁,₃₀₀社あるのに対し て,日本経済の規模はドイツの約₁.₅倍にもかかわらず,日本には「隠れたチャンピオン」に該当 する中小企業は,₂₀₀社しか存在しないと指摘している.ジモンによると,ドイツの輸出額の約 ₇ 割は,従業員 ₂ 千人以下の企業によるものだという₁₆).日本の中小企業は,大企業への部材,部品 供給や部分的加工を担う下請企業が多く,販路を海外に広げて,顧客基盤を拡大するという志向 に乏しかった.
農業と同様,国内市場の縮小,大企業の海外進出によって,これまでの下請け的な生産では,
日本の中小企業の持続的発展は望めない.日本の中小企業は,完成品のなかの部分的な生産工程 を担うことで,「間接輸出」を行っていたとはいえ,今後は直接自ら,海外の企業や日本の海外工 場と取引する実力を備えなければならない.日本の中小企業もまた,貿易に自由にアクセスでき なかったという意味において「弱者」であった.
日本の中小企業の経営者や労働者は外国語に堪能ではなく,また,海外の商慣習や法律にも疎 く,それらが自社製品の「直接輸出」の障壁となっていた.この障壁をいかにして引き下げてい くのかが問われているのである.留学生の採用,JETROなどによる情報提供,海外の国際見本市 への出展の支援,国際物流のネットワーク形成,そしてこれまで主として大企業の国際取引を主 要業務としてきた商社のマイクロビジネスへの参入という条件が整わなければ,中小企業のグ ローバル化,すなわち自由貿易弱者からの脱却は実現できない.
中小企業政策の転換
経済産業省も中小企業を,大企業と中小企業という「二重構造」における「弱者」として位置 づけるのではなく,グローバルなマイクロビジネスの担い手になることを政策の目的とするよう になった.経済産業省は,輸出志向の強い中小・中堅企業,すなわち「グローバルニッチトップ
(GNT)」に着目し,₂₀₁₄年には
GNT₁₀₀社を選定した.さらに,ドイツの制度をモデルとして,
₂₀₁₆年度から地方の中小企業の海外展開を支援する協議会を設置し,グローバルコーディネー ターによる海外市場の開拓を支援している.グローバルコーディネーターは,国際商取引の経験 豊富な商社の定年退職者の活用がもっとも効果的である.
また,地方自治体や国の地方の出先機関においても,中小企業のグローバル化支援が根付いて きた.東京都立産業技術センターは,₂₀₁₇年にドイツのデュッセルドルフに拠点を設ける方針を 明らかにした.東京都立産業技術センターは,すでにバンコクに拠点を設けている.
EUへの輸出には,RoHS指令,REACH,PFOS規制などの厳しい環境規制,物質規制があり,
日本の中小企業にとって大きな輸出障壁となっている.
₁₆) ヘルマン・ジモン「中小企業は世界を目指せ」『日本経済新聞』₂₀₁₆年 ₃ 月₁₄日朝刊.
₄ .自由貿易のロングテール
海洋国家日本の課題
自由貿易協定のさらなる締結による自由貿易体制促進の目的は,もはや輸出力の高い多国籍企 業という「強者」のためにあるのではない.すでに先進国においては,ほとんどの工業製品の関 税率は ₀ ,または ₀ 近傍にまで低下している.多国籍企業は,貿易を行わないという選択肢(現地 生産)も行使できる.
外国と陸路でつながっていない日本では,鉄道,トラック輸送による国際物流,国際貿易はで きない.国際物流,国際貿易には,必ず港湾か空港を経由しなければならない.これは海洋国家 日本に課せられた自由貿易体制に対する足枷の ₁ つである.ヨーロッパであれば,フォワーダー に依頼せずに,自前の小型トラックで隣国に輸出できる.ドイツからベルギーへ,オランダから フランスなどへの陸上輸送は,距離も短く,日本と比較して高速道路料金も格安である.
つまり,地方の農山漁村から日本の主要港湾,国際空港である東京港,横浜港,神戸港,大阪 港,成田空港,羽田空港,関西国際空港までの距離,輸送時間,輸送コストは農林水産業,地方 の中小企業という「弱者」にとって貿易への高い障壁となっている.コンテナ船によるロサンゼ ルス港―横浜港間の₄₀フィートコンテナ ₁ 個の船賃は,約₂₀万円である.これはトレーラート ラックによる仙台―横浜港,福岡―神戸港間の陸上運賃とほぼ同額である.関税を引き下げても,
非関税障壁を除去したとしても,太平洋側の大都市圏に集中した国際物流拠点までの輸送時間と 輸送コストの引き下げにはつながらない.地方港湾,地方空港の国際化こそが,地方在住の事業 者の貿易障壁の引き下げ策となる₁₇).
南北に細長い国土を有する日本においては,地方の港湾や空港から直接海外に輸送できる体制 を構築しなければ,地方立地の農家や中小企業の貿易へのアクセスは制限されたままとなる₁₈).日 本における自由貿易の問題は,むしろ国内(高速道路料金の高さも含めた)に存在しているという べきであろう.
日本の貿易依存度の低さ
UNCTADのデータのよると,GDPに占める貿易額の比率(貿易依存度)は,香港の₃₃₂%,シ ンガポールの₂₂₈%に対して,日本は₂₇%(世界₁₈₆位)にとどまっている(₂₀₁₇年).本稿で取り上
₁₇) この点について筆者は,山﨑朗・久保隆行(₂₀₁₆)『東京飛ばしの地方創生』時事通信社,で論じてい る.
₁₈) 仮にロンドンを東京と見立てた場合,沖縄県は,距離的にはヨーロッパを超え,アフリカのナイジェ リアに位置している.
げたオランダは₁₂₂%,ドイツは₆₈%,イタリアは₄₈%である.国土面積が広く,人口も多く,農 業輸出国(自給率₁₂₂%)で, ₁ 次エネルギー自給率も₉₂%のアメリカの貿易依存度が₂₀%である 点については理解できる.
しかし,₂₀₁₆年度のエネルギー自給率が ₈ %(原油は₉₉.₆%を輸入),食料自給率が₃₈%(カロリー ベース,₂₀₁₇年)の日本がアメリカと同水準の貿易依存度である点に,日本の貿易上の課題がある と考えるべきである.日本は,自由貿易体制を促進するために,近年自由貿易協定を締結し,関 税率をほぼ ₀ にまで引き下げているにもかかわらず,世界的にみて貿易依存度が著しく低い特殊 な先進国となっている.ドイツの食料自給率は,約₈₀%と推定されている.工業製品の関税率を ほぼ ₀ にまで引き下げ,エネルギーと食料をこれほど輸入に依存しているにもかかわらず,日本 の貿易依存度は世界的にみて極端に低い数値を示している.
この日本の「歪んだ」構造は,関税率の引き下げのような自由貿易の促進によって是正される ものではない.自由貿易を促進し,自由貿易の利益を多様な主体に実感させるためには,研究開 発体制,産業構造や産業組織を改革しなければならない.具体的にいえば,すでに論じてきた中 小企業の下請け企業からの脱却,自社製品の開発,海外市場への進出である.中小企業の「隠れ たチャンピオン」あるいは,経済産業省の提唱する
GNT
(グローバルニッチトップ)企業化にほか ならない.中小企業論において二重構造論として問題視されてきた日本の階層的な生産システム の見直しは,自由貿易の促進とも密接に関わっている.経済構造の改革と自由貿易
人口の少ない国は,貿易依存度が高くなる傾向がある,国内で自己完結的な産業構造を構築で きないからである.日本の人口も今後急速に減少していく.経済水準,消費水準を維持するには 今後日本の貿易依存度を高めていく必要がある.日本の貿易依存度の上昇は,農林水産物,食品,
石油・石炭・鉄鉱石などの輸入増加によって実現することではない.貿易依存度の上昇は,中小 企業の製品の輸出,農林水産物・食品の輸出によって実現すべきなのである.
自由貿易の果実を,国土の末端,あるいは多様な産業,多様な企業が享受できるシステムの構 築が求められている.換言すると,「自由貿易のロングテール」化ともいえよう.
そのためには,TPPのような自由貿易協定の締結(自由貿易協定の締結の重要性も否定はしない)
よりも,日本の経済構造,物流システムの再構築の方が重要である.自由貿易の利益を特定の地 域,特定の大企業のみに享受させるのではなく,自由貿易の利益を国土の隅々にまで拡大してい くことこそが,真の自由貿易体制の実現につながるのである.
本来の貿易への回帰
大航海時代にヨーロッパ人が求めた物産は,ヨーロッパにはないアジアの商品であった.賃金