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長崎大学留学生 セ ンター紀要 第 6 号 1 99 8 年

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Academic year: 2021

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長崎大学留学生 セ ンター紀要 第 6 号 1 99 8 年

私は現在長崎大学留学 生セ ンターで留学生 に 日本語 を教 え てい ますが.大学の学部時代 には.今の様 な耽業 に就 くとは 想像 もしてい ませ んで した。今の様 に留学生の数 も多 くあ り ませ んで Lた し.第‑ 日本語教師 とい う職業が存在す るこ と す ら知 りませ んで した。あの頃の私 は公共図書館で視覚障害 者サ ー ビスに従事す るつ もりで したo

私の大学院での専 門は 日本語教育ですが.学 部の専 門は社 会福祉で したか ら.今で も留学生教 育 に対する基本的な姿勢, 考 え方は社会福祉的 な視 点に立 っているように思い ます。

学部時代,授 業で先生 方が 共 通 して言 って お られ た こ と は , 「共に歩む」 とい うこ とで した

、 ノ

ーマ ラ イゼ イシ ョン ( N( ⊃ r mal l Z at l On) の考 え方です。 ノーマ ライゼ イシ ョンと い うのは,障害者 は障害者施設に.老 人は老 人ホームに とい う隔離主義ではな く.全 ての人達が分 け隔てな く. ご く普通

日常的 に触れ合いなが ら暮 ら してい くことがで きる社会 に, とい う考 えです, ,誰かを自分達の住む地域社会 (コミュニテ ィ) か ら.選別 ・隔離 .排 除 しておいて,同情 や憐 欄 ,一方的 な 慰問や援助 をす るのでは な く.同 じ地域社 会の一月 として積 極 的に迎 え入れる努力 をす ること,その中で.共に生 き, 支 え合い.学 び合 う相互的 な関わ りを育ててい くことを指 しま す D この誰か とい うのは.いわゆる 一 般的に福祉 の対象 と し て考え られる人達 だけで はな く.なん らかの形 で社会的にハ ンデ ィキ ヤ ノブを持つすへての人を含み ます。私は留学生 も この中に入る と考 えて きま したC

い状唐 に もかかわ らず.私が ず っ とこの教師 とい う仕事 を つつけて きたのは,結局.人 と人 との 出会いのイこ 思譲 さと

.

出会 って一 一緒 に過 ごす ことが で きた時間への感謝 の気持 ち で しょうか。 (それ に, 自分 が意識 していなか った自分 と の出会い もあ ります 1 ワ)その 出会いの中で. 自分の固定観 念 し意識 的な もの も,血意識 的な もの も)をとれ たけ萌 し

1 09

‑ 資料 7 ‑

( E il 際交流のl ■)

… ㊤ 1

て きた こ とで しょう。 とい うよ り,叩 き壊 して きた といった ほ うが適 当か もしれ ませ ん。そ して,それ によって変 わって い く自分 を,前 よ りも色 々な考 え方や生 き方 を受 け入れて.

少 しずつですが 自分 自身か ら自由になってい く自分 を感 じる のは嬉 しく,心楽 しい ものです 。時に, ′ 羊4 : ̲ とのかかわ りの 中で,学生の悲 しみや怒 りや悩 み をせ け とめ切 れず に.つ ら い思い をす ることもあ りますが.同 じようにその喜 び も共に 味 わ うことがで きますo大袈裟 なことでは な くて,毎 日の授 業で , 「先生, よ くわか った。 うれ しい ■ 」 と言 って も らえ れば,気分は もう第 七天国の世 界ですO きの う落 ち込んでい た学生が.今 日*歌で も歌 っていれば.(それが , 授 業 中で あろ うとも) もう嬉 しくて授業 の後 も思わず にたにた笑 って しまい ます。歩 きなが ら自分 で も井 日本で は 族扶助脈 の低 下丁近 rT 共に歩む」ということ 1 警 吾警 言' b :三景 ソZ真言 圭子左

隣社会の連帯 力の希薄化等によって.

芝 禁 書o ^芸忘警 ∴妄警荒さ こ雷 芸 t 留学生センター講師

生 は言葉のハ ンデ ィとともに, 自国 ‑ 一一 ‑ 松 本 久美子

で持 っていた自分を支えて くれるネ ノ

トワ‑ クを, ほほすべて失 った状葱 で 日本 とい う異 文化の 中 にあ ります。地域社会及 び大学内において も.孤立 してい る 留学生が以外 に多いのです ノ国際交流活動 も盛 んになって き て, E ]常的な交流 も行われる ようにな りま したが. まだ ま[ = その場 限 りであった り,表面的なお客様扱 いの交流に終わ ‑ ) で しまってい る場合 も見受 け られ ます。留学 生 か ら も . 「日 本 人は親切ですが,友達 になるのは牡 しいです O」 とい う声 を耳 に しますOいつ まで経 って もお客様 ( 外国 人)として し か根 って もらえない とい うのです。差別や偏見 も存在 します。

学 生か ら実際 に受けた差 別の話 を聞 くたびに,そんなことは 絶 対 に許せ ない と惰 っていた私ですが, さて. 自分の中に差 別や区別す る気持 ちは何 もなかったで しょうか。 自分は学生 の立場 になって考えてい ると思いなが ら,知 らず知 らずの内 に, 日本的 な考え方 を学 生 に押 し付 けていることは,なか っ たで しょうか。授業のや りかたでも,いわゆる教 師の立場 を維 持 しようと思 わず教師風 を吹かせていたことはなかったで し上 うか。

京都の民 間の 日本語学校 で 日本語 を教 え始め てか ら今 まで の 間に,留学 生 との関わ りの中で. それ まで気 づか なか った 自分 を発見 し.ずいぶん色 々なことを学 びま したO他 人 と関 わ り,その こ とによって 自分 自身 と関わって行 くことは,時 には人生 を変 えるほ どの影響力 を持 ちます。 人 として人 との 関 わ りの中で変化 してい くことの面 白 さを私は知 りま したO ここに私が非常勤講師 を していた頃,教育実習へ行 った大 学 の後払 二あてた手紙 を引用 したい と思い ます

授業 は とうで したか。 人間相手ですか ら. しか も 4 0 人程の 生徒 を相手に,立てた計画 とお りに行 くはず もな く. (計 画 と お りに行 くほ うが変だと思 いますが )墓 穴 を堀 続 けて落 ち込 んでいるので しょうか。それとも.思ったよりうまくいってほっ

と しているところで しょうかO

さて.憲法 で保証 されている最低 限度の生活 がおぼつか な

は非常 に単純 な人間かもLれ ませんC 2 週間,大変で しょうが,気負 わず に頑張 って くた き

。結局この仕事, 相手 を受け入れ ることで 日分の領域 (だ と思っている もの )が侵 され る恐怖 か ら, とれ だ け逃 げ ないでい られるか とい うことが捗負の ような気が Lます, ,

数え始 めたはか りの頃,す く自己中J L t 的 になる私 は,教師 である 自分が.た くさんの 「 助 け」 を必要 とす る留学 生か ら いろい ろなことを教 わるとは考 えてい ませ んで した。ひたす ら留学生 たちに日本語 を教 える 一方で,それ まで馴 染みの薄 かった社会 に触れ,様 々な文化 的背景 を持つ人たちについて.

少 しずつ理解 を深め てい きま した。

その 中で学生か ら色 々な相談 を受け ま したが. 自分 の 胡 ノ ) さを思 い知 らされ ることばか りで した∪特 に非常勤講師 とL て教 えていた ころ, 自分 自身の生活 に余裕のなか った私は, F ]本譜教育の現場 で 日々様 々な国の異 なった文化的背景 を持 つ学生 を目の前 に して,異文化理解,異文化適応の困難 さを 強 く感 じなが ら.生活面の問題 について は,た{ =学生の話 を 聞 くこ とくらい しかで きませ んで したo生活面のケア とい う のは, ここまで とい うことがあ りませ ん。 日常 における継続 的 な支援が必要です し, しか も留学生の抱 える問題 は多方面 に渡 ってい ます。

荏.学 内の先生 方.事務の方 々, E ]本 人 の学 生 達 . 地域 の 国際交流 グループの方々な とが,様 々な形で留学生 を支援 し て くだ きってい ます。今私は 自分にで きることを過 大評価せ ず,か といって一 人の力 を軽視す ることな く, 自分 たちにで きる事柄,期待 したは とでは な くて も実行 している事柄 を確 認 して.それ をもっ と大勢の 人たち と分か ち合 うことがで き るように していけた らと思 ってい ますO大 きなことを言 うよ うですが,直接的 な人 と人 との関わ りの 中で,同 じ地域社会 の‑貝 として,助 け合い.学 び合いなが ら,異文化 に対す る 感性 を磨 き, また人間 としての共通性 を兄い だ しつ つ , 「共 に歩んでいける社 会」 を少 しづつで も目指 して行けた らと思 うのです。

( r学園だよ り 』 N o . 1 3 9( 1 99 8. 1 . 2 3. 長崎大学学生部)よ り転載)

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