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野口豹蔵旧蔵 小察

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Academic year: 2022

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全文

(1)

早稲田大学図魯館に最近収納された野口豹蔵旧蔵の曲学資料

︵ 写

本︶は︑従来のようにどちらかというと著名な蘭学者のそれと

異なって︑無名というか︑ごく一般的な閾学学習の一学徒にかかわる資料として注目できる︒それだけにまた︑蘭学のひろがりと いったもの︑あるいはどのようなテキストや学習法を受けたかなどが判明する点で輿味ふかい

︒直接にこの資料のオークションに

関係したものとして︑ここ数年︑内容について︑あれこれと考え︑資料の位置づけを心がけてきた

︒以下︑小察したところを記し

野口豹蔵旧蔵資科(以下、資料と略示する)はつぎの三種に分類して図書館に収蔵されている現装袋綴四計眼•和中

a和蘭訳文家法

﹃ 蘭 学 資 料 ﹄

c和解例言 はいずれも︑図書館にはいってから修補され整備されたものである︒三本にはつぎの書名を与えている︒

b阿閾陀和奇

書名と関連して一言ふれておけば︑aは題策︵外題︶剥離のため︑内題による︒bは貼題袋︵外題︶をもって示したもので︑内題

では〈南蛮口•阿閾口•和名イロハ奇〉(寄の誤りであろう)とあって、開幕初期から散見する〈I口〉という語棠集の類である。

Cは外題・内題ともになく︑本文冒頭に︿八曜径瓢廷虹

里 程 ︱

亦出5

︱ ‑

﹁ポヱス﹂書中一也﹀とはじまり︑︿窟政十二庚申十一月下旬

魯鈍斎謹誌﹀とあり︑つぎの二丁表に︿和解例言﹀と小見出しがみえるので︑これを書名として採択したわけである︒以下︑本文 て︑この資科が極めて貴重なものであることを報告したい︒

野口豹蔵旧蔵 小察

杉 本

つ と む

‑ 37 ‑

(2)

本写本の意義を考えてみよう

記述がみられる

豹蔵の父︑敬治の手による

最終

丁に

︿第一ノ板ノ箇百耳尼久数ノ窮理

/又一名/

太賜窮理︑同図﹀とみえる

これで判明するように︑資料

Cは本木良永

﹁星

術本原太陽窮理了解新制天地二球用法記﹂の附説である︿和解例言﹀の部分的転写本と推定できる︒さらに︑早稲田大学所蔵本の

﹁ 星 術本原太賜窮理了解新制天地二球用法記

︵写本︶の第七冊第八巻の︿和解例言﹀と比較対照すると両者ほぼ一致することが判

明した︒

直接に本木良永のものからの書写ではなく︑本多利明こと魯鈍斎の転写本のさらなる写しと断定できるのである

︒書名と

して

︑図書館で

︿和解例言﹀と与えたのは正解である︒

この三種の写本が野口豹蔵の書写であることは確かであるが︑どこで︑誰のという点が大切であるが︑これについて

bにつぎの

此書は豹蔵一代之心配を以写候間後代可為家蔵書︑本書は本田氏

郎右衛門殿方ニテ写録スル也

野口敬治嗜余齢 右で豹蔵が本田氏のところ—~然、その閾学塾ということになる||'で書写したことが確認できる

いうまでもな<bのみで

なく

a.C も同じ所で書写したことは三本すべて同じ手であることからも推定できる︒書写の事情を書きこんでいるのは︑豹蔵の 父の手によるわけである︒先にふれたが

︑本田氏は後に考証するところであるが︑その点︑父︑敬治の手でかなり詳細に記録され ているので︑どのような人物か明確にすることができる

さらに本田氏と閾学のことにもわけいって考証してみる必要があろう

a.b.C

いずれも、全面的に図書館で修補した改装本である

大きさは縦二五四ミリ

横一七

三ミリである。各

a.b.Cとも

に父︑敬治による書き入れがある

それは本写本成立の事情がしられ︑きわめて有効である

︒小稿ではまず︑a

を中心に検討して a和閾訳文家法︵函架番号ホ10・

ニ三

八四

虫損表紙裏に︑︿文イ十三

年六月十四︵文字一部破損︑推読した︶豹蔵死去

野口豹蔵遺書

文化十口丁巳二月表紙附

/親敬治

/七十

三歳﹀とみえる︒

本文墨付は十八丁、料紙は拷紙

最終一丁の裏~には〈長須豊昌(印・寿)

/野口敬治男野口豹蔵〉とあるに、本資科

‑ 38 ‑

(3)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学賓料﹂小察

︵後

述参

照︶

︒ 年にあたる︒

のいわれが︑野口豹蔵の父︑敬治の箪とおぼしくつぎのように記されている

此書写は兵蔵書写也此原本は本田三

郎右衛門殿は御公義御扶持之人にて閾学大門二通達之人なり兵蔵師此而和蘭之学を学書籍

親敬治翌巳二月表紙附者也/親敬治七十三歳写録を始タル所以病三十九歳之時死去文化十三子六月十四日夕時

また︑裏表紙裏にも︑︿豹蔵遺書豆呼距

畦 ハ

月/文化十旦匹

一 一

月表紙附/親敬治七十三歳附之﹀とみえる︒文化十四年は一八一七

本文を検討したのち︑三本のすべてに通ずるので︑野口豹蔵︵

兵蔵

︶について考えることとしたい︒野口の名は豹蔵の表記と兵

蔵の両方があるが︑どちらかというと豹蔵が主であるが︑これは珍名表記と思う

︒虎や熊が名にあるのはごくふつうながら︑豹は

管見これまでに二例のみ︒いうまでもなく︑a.b.C

すべて野口豹蔵の書き留めた蘭学資料で︑父の敬治︵豊昌︶が亡き息子を

愛惜して︑大切なものとして後生大事に保持し︑今日に伝えたものである︒豹蔵は三十九歳で︑文化十三年に死去しているので︑

何歳のころから閾学を学習しはじめたか明確にできないが︑それを党政年間と仮定すれば︑蘭学が江戸で隆盛のころといえよう

さて

a

﹁和蘭訳文家法jの本文は︑はじめの一

丁分はおそらく書き損じたと思われ︑次丁からはじまるとしてよさそうである

︵し

たが

って︑実質的には本文墨付十七丁となる

︶ ︒

以下︑まず全体を翻刻して内容吟味とする︒口は虫損︑︵

それぞれ示す︒ ︶推定読み︑*私註を

‑ 39 ‑

(4)

.‑>. 

g 閉炉禾 g

序 々 術

t J 笈

盆 杖 雙 少

野 ふ 裂 和 ' I i

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︸ 

貪 ク

︸ ︶

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j 言例解D 禾

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糾 謬 文 化 イ ダ

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︷ 邑 氾 誓 ぶ 認 ピ

c 忍 5 喜 ヽ ↑ 誓 畜 誓 知 芍 芯 喜 羞

' よ

7

7

和蒻籾諄

1

共星術

和墨冬了夭整雑よ孔スルハ勅稔他︐語料如家蒻 了蒋新制夭地貪月法記卜通ス午ー g

本原

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厄 雙 祭 亜 括 其 外 牝 固

ノ語

ナリ

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一 和 蘭 詩

T祝

ァル ハ和 泊人 予

g俗 誇 適 胤

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恣 忌 に 素 氏 微 し グ 尤 逍 叱

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頭冒 ァ1茨繹久

ぶネ?咀専名誇ノ古

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74

ァ ウ ど い 丘 闊 胃

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︐ . . 

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︐ 

‑ 40 ‑

(5)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学資科﹂小察

︵ マ

和蘭書ノ吾二杜ルヤ語肱旋転シ文意錯椋ス乃其義ヲ索ルニ或ハ乏濫或ハ隠微ニシテ尤通暁シ難キ者アリ故二訳文ノ

︵ マ

訳言ノ書ヲ︹ウヲオルデン

ブウグ︺卜云片戸[一心印

紐豆 臼︐

又﹁ラテンス﹂﹁フランス﹂繹濯い﹁バスクアルト﹂

碍 り

(2

也﹁コンスト﹂頭遠屯此四種ノ言ハ和蘭ノ書中二間コレヲ用ルモノアリ亦各﹁ウヲオルデンブフグ﹂卜有

リ倶ニコレヲ備テ参互通考シテ彼訓詰ノ的当ヲ探テ其正訳ヲ求ムベシ アリ又﹁レッテルコンスト﹂卜云書学ノ小冊アリ又﹁セイッヘリンゲ﹂卜云算計ノ書アリ皆宜ク﹂

(2

︶ コ

レ ヲ

其 語

路文義ノ旨趣ヲ翫味スベキ書ナリ予嘗テ童蒙ノ為二訳文ノ式ヲ製シテ訳文略二載タリ臼餌戎芦紐四竺翌ご遠今コレ

新製訳文式

︵ マ

﹁サメンスブラケン﹂卜云平常問答ヲ撰タル者アリ又﹁アペプウグ﹂卜云授幼字訓ノ小冊子

若発語助辞有難正訳則附〇固若訳字有可以随義而転之則附半圏於正訳左辺再註義訳或直一

三角於其傍而記弁於別二処此亦宜設△三角

(3

オ ︶

附甲乙等小字於訳字之下以指点其語路若意義交錯則須其末録切意

0 初行卜第三行トハ﹁ロメインスアベセ﹂及﹁ホオフトレッテル﹂ノ体ナリ第二行ハ﹁ネデルドイツ﹂ノ体ナリ

0 今童蒙ノ為二読法ヲ記ス

線字ヲ以テ△謄写スル者即左ノ如シ ﹁レッテルコンスト﹂ノ題言上 ヲ弦二抄シテ即チ訳文二条ヲ其次二記ス 語意ヲ考索スベキ書ハ 業ハ唯専言語ノ書ヲ修ルニ在ル而己 和蘭訳文家法

‑ 41‑

(6)

zeer  bekwaam om alle  zeer 

bekwaam  0 alle

(宜(適応令諸

子 得 癸

ママ)

bersoonen in  korten 

ママ)

Bersoonen 

戸 △

d e

o p 瑾 詈

t y d

in 

korten 

(短不o

t ゜

tyd  op de gemakkelykste  gemakkeljikste 

易 簡

Wyze te leeren spellen  Wyze te  leeren  spellen 

0 学 用

丁 習 字 壬 己

lezen en  schryven  lez切 訊 schrjiven

読 及 画 書 字

︵ 二 ︶

﹁レッテルコンスト﹂ノ題言中〇初行﹁ロメインス﹂第□已下﹁ネデルドイツ﹂ナリ

op regt onderwys  Op regt Onderwi;s 

正 訓

丙 丁

in  de letteren  In de letteren 

'  

0  0 

デ オ ッ レッテル プ

コン スト

(3 ウ ︶

konst  konst 

レ ギ ト オ ン デ ル ウ ェ イ ス イ ン

〇是此書ノ題名ナリ

﹁ イン デ﹂

(4 オ ︶

(4 ハ助辞ナリ下ノ言ヲ上二接スル

‑ 4 2 ‑

(7)

ママ)

nen  野口豹蔵旧蔵﹁蘭学資料

﹂小察

den 

ママ) ママ) ママ)

nienst  van allegem  eyne 

t

oo   n s

使供

J l J

9̲︐ 

. t 

t'zamengesteld 

レッテルコンストノ題

言下〇書

体意﹁ロメインス﹂ヲ用ルナリ

k y 

e t 

••

i t  

t P

l

t e    

o p

採要庚

n k e

I m  

e b b n n 

e r r e 

t e  

e e e e s 学師丁M n 

. o

l

c c h h 

゜ ゜ ゜

 

en

en

n n   e e  

h o l h

o l

学校丙

c c  

s s  

door  t zamengesteld 

  '

door 

醤 △ 。

ママ)

de hakvoord 

B  Hakvoord 

,,. 

一ーノ

van  之

alle geniei1ne 

一切 ︹切意︺

︹訳 書︺

︹読

法︺

ベクワアム

△ベクワアム

△オプ

其事二適スルナリ其事二宜キナリ今学習ニコ

フ則応二益ヲ得ベシト云フ義トスロシ

*原語

Pe rs

oo

ne

em

の誤綴o 人ノ別称或ハ士卜云者ニ 似タリ今義訳シテ子トス

△ペルソオネン

在ナリ処ノ意アリ今教法ニコ

フ則就ク義トスペシ

諸子ヲシテ簡易ナル法二就テ用字読書及画﹂

(5オ︶字ヲ学習セシム

二久シカラスシテ大二益ヲ得ベシ

ステウヱイセ セェル

テレエレン オム

スペルレン

レェセン

︹ 姓 ︺

マ マ

オ ッ レ ペ ル ソ オ ネ ン イ ン

エン

シカレイヘン

(5

(6

オ︶ コルテ

ン テ イ ド オ プ

ゲマッケレイキ

‑ 4 3 ‑

(8)

de vermeuwe 

i e

再修戊

n r e > e 

cyhelrnge  van  CyHering van 

算 之 学 丁

mester willem  Mr, Willem 

先 匿 l

生 甲

︿余 白あ り﹀

(7

オ︶

﹁セイッヘリンゲ﹂題言上

撰 ﹂

︹ 切

意 ︺

︵読︶

︹ 口

法 ︺

△ドオル △テン △

ベ テレイキ

本書 B 一字ヲ書スル者ハ其姓ノ首字ナリ彼邦ノ人多ク知ル所ノ者ナル故ニ︱字ニテ何某卜数字ノ姓ノ如

ク読ムナリ然トモ今其姓何卜云フコトヲ詳ニセズコレヲ読ムナリ

マ マ

助字ナリ其義一例シ難シ但其語勢上下二分ケ﹁メニステレン﹂ノ言二及フナリ今将故二字﹂

(6

︵ ヲ

シテコレロ置ク

是以テスルノ義ナリ凡撰者ノ名ノ上二必スコレヲ置今義訳シテ撰トス

︵ マ マ ︶

将ニ︱切学校及学師ノ用二供セントス故二其要領ヲ採テコレヲ輯録ス性某べ字ヲ以テ行﹁ハカホオルト﹂

︑不 ン

マ マ

ネインスト

ゲメイネ

bart1econs 

(ママ)

Bartiens 

*右の︿ネン・ネインスト﹀は︿デン

・デ イン スト

と あ る べ き 語

0 書体ロメインスヲ用

サ メ ン ゲ ス テ ル ト ド オ ル ベ

ハ ン ア ッ レ

ハカホオルト スコオレン

エ ン ス コ オ ル メエステレン

(7

ベコノプ

‑ 4 4 ‑

(9)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学賓料﹂小察

0 初行﹁ネデルドイツ﹂二行﹁イクリアンス﹂三行ヨリ六行二至テ﹁ロメインス﹂

七行八行皆﹁ネデルドイツ﹂卜﹁ロメインス﹂ヲ交へ書ス﹂

(9

﹁セイッヘリング﹂ノ題言下 ︹切意︺人コレニ由テ算計ノ諸術ノ本則ヲ学習シ得ル所ノ者ナリ

レ エ レ ン カ ン

︹ 読 法

︺ ワ ア ル ウ イ ト メ ン メ エ ス ト ア ッ レ

デ ゴ ロ ン ト レ グ ュ レ ン

*︿甲﹀以外は訓読の符号が欠落︑翻刻者により補入してみた︒

waar uyt  men meest  waar uyt Men meest 

此 由 人

乙 丙 甲

alle de grand legulen  alle  de grand Legulen 

0 本 則

庚 辛

van de leeken 

ママ)

Ree ken 

van cle 

o

konst leeren  kan  konst leeren  kan 

術 学 得

戌 平 )

同中

0 書体上二同シ﹂

(8

︹ 切

意 ︺

ウ イ ッ レ ム バルトコンス先生ノ再修算学 0 題名ナリ

︹ 読

法 ︺

フルニイウ

r

M

ハメステルト云識号ナリ

ウェ

セイッヘリンゲ ハ

メ ス テ ル ウ イ ッ レ ム

ハ ン デ レ エ ケ ン

(8

バルチコンス

コンスト

‑ 45 ‑

(10)

Verkooper 

verk

, 

ooper  シク改写スベシ

MDCCXL 

△  四 千

午 白 虐

此処二記スヨロ

︹訳

言︺

セェヘン△ 

△末ノ読法ハ訳言ニコレヲ説ク

末ヲ

云ナ

リ今

再修

ノ害

ヲ復

△ラ

アト

ステ

正ス

ルヲ

以テ

義訳

シテ

三ト ス

ゞ従

ノ義

トス

今此

杏ノ

従テ

△ヘ

イル

処 ヲ云 故二 毅訳 発行 トス

/千

七百

凶卜

年ヲ

云今

M等

ノ字

カク

ノ如

ク読

ム者

△セエヘンチィ︑是数

n t ノ 識号 二

用レ

ハナ

リ詳

二 下 二

解ク ナ

リ オペル ア

ム ス テ ル ダ ム ベ イ イ サ ア カ

七行ナリ今誤テ

ヲ フ ル シ ー イ ン

六行ノ末

二連テ

ス テ ル ヤ ン ハ ン

チイン ダム

ホンドルト ン デセ

ヘエルテキ﹂

( 10 オ ︶

ハンデル

ピ ユ ッ テ

ブウグフルコ

ホウテン

︵抹消︶テ ラ ア ト ス テ ド リ ュ ク ネ エ ル ス チ ク

ゲソュィヘルト

原本此一行上ノ

︹読

法︺

ヘ ル ス テ ル ト フ ル メ エ ル デ ル ト

6 4 

エ ン フ ル ベ イ テ ル ト ド オ ル メ

ママ)

nerstelt vermeerdert en  Herstelt  vemieerdert en 

重 広 及

『 岳

ママ)

verbeetert door  mri  Jan van 

(ママ)

verbeetert door  Mri  改 撰 先 正 己 生

Jan van 

r‑, 

、 一

dam deze laatste druk neerst1g  Dam deze  /.aatste 

名 此 △三(末

L ̲ 庚 辛

druk neerstig 

刻 細

overs1en en van fouten 

Orsien en 

戸悉監終且

見定篇

丑 癸

van fouten  己,....者 誤

gesuyvertt'amsterdam by  gesuyvertt'Amsterdam 

改 { 清

0

正 之 名蘭

辰~

bji 

浅渡

亥ィ丁

ysaak  van der  putte  boek  Jsaak van der putte, Boek 

性 忍 書

L ̲  

.

・多‑・ 

(11)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学行料j小察

訳語類

(ママ)ben 15  augustus 

den 15. Augustus  des yaars 1785  des Jaars  1785 

*︿十ニオ﹀は空白

ヤンハンダム先生コレヲ重広益正シテ改メ撰ム﹂

(1 0 ウ ︶

マ ︶

此三

刻ハ終篇細密ニコレヲ監定シ且誤字ヲ改正スル者ナリ

1 1 ウ︶

子 時

千七百四十年アムステルダム書買イサアカハンデルプユ

ッテ発行

右ノ千七百四十年ハ今歳天明乙巳ヨリ四十六年前二当ルナリ匹的麟竺認

芦止砂

附云凡年月ヲ称スルニ日ヲ先ニシ月ヲ次ニシ年ヲ末トス仮令今年千七百八十五年﹂(

1 1

︶八月十五日ヲ云テ

﹁デン﹁ヘイフ﹁チイン﹁デン﹁アウグュストス﹁ヤアルス﹁セヘン﹁チィンホンドルド﹁ヘイフ﹁エン

△デンハ発語辞ナリ次15ハ数計字即十五ナリヘイフチインデント読ナリデスヤアルスハ今年ナ

リ又コレヲ略シテ記サゞル者アリ又

n

﹁ア﹂卜﹁エナ﹂トニ

字又 K ァノ一字ヲ書スモアリ是 A  ゜

レハ﹁ラテンス﹂二言略ナリ即

n n

﹁アンノ﹂ヲ下略シタルナリ又

A o a o

トモ書ノ是中略也﹂

A  ﹁タヘンテキ﹂卜云ベシコレヲ記スル者即左ノゴトシ

︺ 意

47 ー•

(12)

yk zal met eenige  jk zal  met Eenige  letters om u te  Letters  om u te  laaten  weeten  laaten weeten 

yk verstaa  1ets  Jk verstaa iets  maar 1k kan niet  maar ik  kan niet  spreeken 

sprukt gy hollan  Sprukt gy Hollan 

clsch  taal  dsch Taal? 

spreeken 

△﹁イキ﹂﹁サル﹂﹁メト﹂﹁エェニゲ﹂﹁レッテルス﹂﹁オム﹂﹁ユ﹂﹁テ﹂

エテ

ン﹂

方言△﹁スプレユキト﹂

﹁ゲ イ

﹂﹁

オラ

ンツ

﹁タ アル

マ マ

〇祢

和闇ノ方言ヲ説敗

△語尾二在ル﹁?﹂此ノ如キノ点ハフ□アガテエケント号シテ問落ノ畢二記ス号シナリ﹂

(1 2

〇吾僅二知レル言語アリ然レトモコレヲ説講スルコト能ハズ﹂

(1 3

以ッテ

〇吾将二数章ノ言語ヲ□口口祢ヲシテコレヲ知シムベシ﹂

(1 3

△﹁イキ﹂﹁[乙

工ケ

ン﹂

ルスタア﹂﹁イイツ﹂

ラア

テン

﹂﹁

﹁マアル﹂﹁イキ﹂﹁カン﹂﹁ニイト﹂﹁スプレ

‑ 48‑

(13)

yk been u d1enaar 

J k  

be1i 

野口豹蔵旧蔵﹁

O O 学究料﹂小察

△是上ノ答語也言フ

マ マ

心ハ吾不オニ

シテ賢念ヲ慰スルニ足ル者ナシ□当二君ノ使令ス~

□事二従ベシト云恭敬ノ詞ナリ

dienaar 

〇吾乃祢ノ臣僕ナリ

△ ﹁ キ イ

﹂ ﹁ ベ ン

﹂ ﹁ ユ ﹂

﹁ ヂ イ ナ ア ル

ママ)

hoe baart  gyal 

ママ)

Hoe daart  g̲ji  al ? 

(

1 4

△ ﹁ フ ウ

﹂ ﹁ ハ ア ル ト

︐ 

4

﹁ゲ イ﹂

﹁ア ル﹂

〇祢ノロロ□悉ニセン如

﹁ ナ ト ク

﹂ 卜 云 ナ リ ﹂

(1 4

yk wensch u goeden  jk wensch u goeden  dag myn heir  clag  Mijn Heir 

ママ)

△ダ ク

ト云者昼日ナリ是必其時ヲ指如朝ナレハ

﹁アホンツ﹂夜ハ

△是平常相見テ言フ所ノ祝辞ナリ

△ ﹁ イ キ

﹂ ﹁

ヱ ン ス ク ﹂

﹁ ユ

﹂ ﹁ グ ウ テ ン

﹂ ﹁ ダ グ

﹂ ﹁ メ イ

﹂ ン

﹁ ヘ エ ル

△﹁メインヘエル﹂

ハ常二急呼シテ﹁メイネエ

〇吾貴君ノ康福ノ日二見エテ嘗テ翼フ所ヲ慰ス

﹁モルゴン﹂卜云タベナレハ

︶ ﹂ ︵ ル

卜云﹁ミネエル﹂卜云如ク聞ユルナリ

(14)

't  1s  mooy weer.  '

t

  is mooji  weer 

ママ)

vaar al  wel  go

□ 

aank  Vaar al  wel  god  dank 

〇天気好

de zon 1s op  Dez isop 

発語

△ ﹁

﹂ ﹁ イ ス

﹂ ﹁ モ オ イ ﹂

天気

ヱ エ

ル ﹂

溌柄

△﹁テ

0 日出タリ

﹁ゾ ン﹂

﹁イ ス﹂

﹁オ ッフ

転スル也凡如此類多シ下皆是二倣ベシ △ハアルトハ原卜舟行ヲ云也コレヲ仮テ度日度世ノ義二用ルナリ

i

△今起居トスル者ハ義訳也ダンキハ恩ナリ今祐トスル者亦義ヲ以

i

マ マ

△﹁ハアル﹂アル﹂﹁ウヱル﹂

0 起居悉休是神祐ナリ

﹁ゴ オド

﹂﹁ ダン キ﹂

de maan begon te  De maan began te  schijnen 

月 罹

発悔△﹁テ﹂﹁マアン﹂﹁ベコン

﹁ テ

﹂ ﹁ シ ケ イ ネ ン ﹂

Wat weer is  het  Wat weer is  het 

Schijnen 

0 明□□明ナ

0 天気如何

(1 5

(1 5

如何

△﹁ワアト﹂﹁

ヱ エ

ル ﹂

﹁ロ ス﹂

﹁エ ッテ

‑ 50‑

(15)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学狩料﹂小察

ママ)

hyis een gehoor 

Hy 

is  Een geho01'  zaam kind  zaam kind 

△﹁ヘイ﹂﹁イスエェン﹂

f﹁ゲホオルサアム﹂﹁キント﹂

0

他是孝子

hy is een oprecht 

H y  

is  Een ojJrechl  knegt 

egt

0

他是忠臣

,1

 

△﹁ヘイ﹂﹁イスエェン﹂

J﹁オップレキテ﹁ケネキト﹂

men kan een man met  Men kan Een man met  zyn ommegang 

(ママ)

Zji ommegang 

(

1 6

0

人ヲ識察スルニ其交

ル友ヲ□テス

l

△﹁ メン

﹂﹁ カン

﹂﹁ エェ ン﹂

﹁マ ン﹂

﹁メ ト﹂

﹁セ イン

交友

﹁オ ムメ ガン ク﹂

‑ 51 ‑

(16)

ママ)

veel  vraagen en  we!  W 1t  lab en  v111d‑, △  ‑,  △ 

サ → ア‑‑, Vee/  Vraagen en we/  Wit Raven vind  ルofオ ル 皆 ゥ

ママ)

onthouden  men zeden al zoo  メー1 ウ 老 →ソ T‑‑・

onthouden  men zeld alzoo  ン、./ オ 卜

ママ) ,  ,  , 

zed en men trou wen 

レ ‑ ‑ ‑ ,

セ フ

エ 教 サ ル .( 

zelden men trowen

へ ^

i  ン ‑‑‑,  ン ンママ

メ ‑‑, 

△ 

△ 

ン人 メ ー

是多‑‑‑‑‑, ‑‑‑‑‑,  ‑‑‑‑‑,  ノ 人 白 ン人ヒ 学 ク オ エ 与 へ 如 ノ 鳥 : ;

~

ン求 生 問 ン ン エ 多 シ 親 ,:::  ェ‑‑‑‑‑ト ド,

ノ フ ト → ル 睦ノ ロ

業 与 ホ 識 ウ →  :  レ敬ゥ

ヲ 能 ゥ ヱ 能 フ n且占ヲ ン ウ 義 メン人

云 ク デ ル ラ 問 ヲっ求

フ 識 ン ア 3ル

ヨ ン ‑‑, 

常 ス ゲ □ 於 二 ←  セ

吾五 ン ル 希 ン 幼 ル 希

ヂ 亦 也 ゲ デ

リ 此 ン ン

't  haastig spoed 1s 

't haas tig  spoed  is  zelden  goed  zelden goecl 

△﹁エッテ

﹁グ ウト

﹁ハアスチク

ouden zal men eeren ‑,  △ 

サ ー Ouden zal  men Eeren  ル 可

(ママ) ウ老

― ̀  

Jongen zal  men lelen‑, 

メ ン

J

genzal  men Leren , "‑‑, 

/ サ ルnf 

﹁スプウト

〇老タルヲバ敬フベシ

幼キヲハ教

ベシ

﹁メ ン

﹁レ エレ ン

〇蚤ク

成ハ善美鮮シ

﹁イ ス

﹁エ ェレ ン

'‑

1 7

~

ル デ鮮 ン

‑ 52 ‑

し_

﹁ヨ ンゲ ン

(17)

野口

豹蔵

旧蔵

﹁闇

学汽

j小察 閾化亭訳文式

前野蘭化と蘭語の学習・研究﹀を参照のこと︒ 右を通読して日頃この種のものに接しているわたしはこれが前野蘭化のものの写しであると直感した︒本文中に︿千七百四十年

ハ今歳天明乙巳ヨリ四十六年前﹀とある点が︑その具体的証拠である︒この写本の原本は天明五年(‑七八五︶に成立したもので︑

閾化の原本を一見すると︑同じ記述を示す箇所に

2

按ズルニ此ノ年数︵千七百四十年をさす

︶︑ 今

年天明乙巳ヨリ四十六年前二

当ルナリ﹀とみえる︒そこであらためて︑本文の冒頭を吟味すると︑はじめの数行︵前也き的部分︶はのぞくが︑︿訳言ノ書ヲ﹁ウヲ

オルデン

︒プ

ウグ﹂卜云⁝・:﹀からはじまる説明は蘭化の天明五年成立の﹁和蘭訳茶lの︿附録訳文家法﹀のつぎの文言と照応する︒

凡翻訳ノ業ハ専言語ノ書ヲ修ルニ在リ彼邦訳言ノ書ヲ﹁ウヲオルデンプッグ﹂卜云和蘭言ノ外二﹁ラテンス﹁フランス﹁バス

テルド︹繹げ

︺﹁

ンスト﹂︹蘊涅心ニノ四種ノ言アリテ和蘭書中二間コレヲ云フモノアリ⁝・:

嘗テ製スル所ノ訳文式ヲ其首二記シ以テ浅考ノ例ヲ議ラシム但倶二家法卜為スヘクシテ大方ノ用二供ル所以二非スト云

凡翻訳ヲ為ス者宜先線字ヲ用ァ原文ヲ謄写スヘシ︹

如其

﹁ホ

オフ

ト﹂

ノ体

ヲ以

テス

ル者

アル

時ハ

︑コ

レヲ

略柑

ス可

ラズ

︒又

句読

︑点

画ノ

如キ

必ズコレヲ失誤スヘカラズ︺次二毎言下訳字ヲ記ス︹漢字国字宜二随フヘシ︺

如発言助語ノ辞︑正訳シ難キ者ハ

0

圏ヲ附スベシ

. . . . . .  

末ー

一切

音愕

録ス

︹国

語漢

文事

ノ宜

二随

テ用

ゥベ

シ︺

/﹁レッテルコンスト﹂ノ

題言上︵以下略︶

*詳察は小著

﹃ 蜘 炉

蘭語学の成立とその展開

﹄︿第2章I l

右のように︑︿曲化亭訳文式﹀という蘭化発明の翻訳法を︿新製訳文式﹀と改称し︑漢文体の前書きをもって紹介︑以下順次具体

例をあげているわけである︒字句に多少の相違はあるものの︑ほとんどそのまま︑蘭化﹁和蘭訳答﹂によっていることは明白であ

る︒むしろ野口の写本には︑

︿予 嘗

テ童蒙ノ為二訳文ノ式ヲ製シテ訳文略二載タリ﹀とあって︑蘭化の﹁和閾訳文略﹂の名のみえる

ことも貴重である︒これに関しては︑拙著ですでに考察したところであるが︑最近もっとも信頼できる写本が早稲田大学図嘗館の

‑ 53 ‑

(18)

0

中 〇資料?ワイッレムバルトコンス先生ノ再修算学〇題名ナリ

0

有に帰し︑展究会に公開しこれも近く翻刻紹介したいと念じている︵目下︑刊行中の﹁洋学篇﹂の月報︑︿わせだと洋学

珊﹀で報告し

ておいた︒参照されたい︶︒

蘭化の︿閾化亭訳文式﹀︵以下︿蘭化﹀と略示︶では一書体で和閾語を記しているが︑本写本は二種︵活字体と箪記体︶の書体で書 している点、また、〈letter

〉に〈字〉(〈蘭化〉)とあるのを、〈書〉とするなどやはり多少の異同をみるが、甲

•乙.丙•丁と漢文

訓読式に語順を示しているなどまったく同一である

つぎ

の︿

レッテルコンスト

﹂ノ題言中﹀でも同様の方式を示し︑完全に

︿ 蘭

﹀の書写であることが

判明する︒翻訳にあたっては︑原文を示したのち︑︿読法︵片仮字表記︶

けて説明しているが、これも同形式同文である。また、原著者、〈B.Ha

kvo or

d﹀に関して︑︿蘭化﹀を忠実に受けつい

で ︑

B

を姓

│︿何其姓何卜云フコトヲ詳ニセズ﹀

1と誤解したままである︒蘭化

は最後までオランダ人などが姓名を記すのに︑日本と同 様の順とかたく信じて疑わず訂正しなかったようであるが︑それを本資料も忠実に受けついでいる

﹁レッテルコンスト﹂につぐ︿﹁セイッヘリンゲ﹂ノ題言﹀も︑上・中

・下とあげて右と同様に︿蘭化﹀のものに拠っているが︑

今︑︿切意﹀の

部分で︑両者を上・中・下の訳文で比較すると

つぎのように多少の異同をみる︒

〇閾化ニ再修ゥヰルレム・バルシェンス先生ノ算学︵是題号也︶

〇蘭化以子者此

ノ篇

1一由ッテ︑算術ノ諸本則ヲ習熟シテ︑コレヲ得ル者尤モ多シ

トス

〇資料;人コ

レニ由テ算計ノ諸術ノ本則ヲ学習シ得ル所ノ者ナリ

︿ 蘭

化﹀の︿習熟シテ・尤モ多シトス﹀などは原文にはなく︑︿学者﹀も原文は

me

であって︿人﹀と訳すほうがよい︒n

訳 言 切 意

﹀ の 三 部 分 に わ

‑ 54 ‑

(19)

野口豹蔵旧蔵﹁蘭学賓料﹂小察 /△﹀とほぽ同じである︒ ンデルビュッテ発行 〇閾化泣呼ノ新刻ハ終篇細密二校定シ且誤字ヲ改正スル者ナリ〇資料;ヤンハンダム先生コレヲ重広益正シテ改メ撰ム/此三刻ハ終篇細密ニコレヲ監定シ且誤字ヲ改正スル者ナリ/子時紀

元千七百四十年アムステルダム書買イサァカハンデルプュッテ発行

*︿蘭化﹀には改正した人物︑

Ja n va n  Dam

が欠落してしまっている︒ただし︿監定﹀より︿改正﹀(

ov er z, en )

のほうがよさ

そうで︿改訂﹀の意である︒また︿改メ撰ム﹀

(v er eb ete re n)

も内容的には︿校正﹀の方が妥当する︒厳密にいえば︑

ve r' st l l e en も︿重撰﹀ではなく︿改正﹀で︑ここは︿改正増訂版﹀を意味する︒また︑︿

la at st e dr uk

﹀に︿三刻﹀の訳をあてて

0

いる

が︑

︿蘭

化﹀のように︑︿新刻

﹀︵

近版︶が忠実な訳である︒もっともこれについては︑︿資料﹀は︿訳言﹀

で︑

︿末

ヲ云

ナリ今再修ノ書ヲ復改正スルヲ以テ義訳シテ三トス﹀とコメントしている︵末は誤解で最新の意である︶︒

以上のように︑︿資料﹀

はそれなりに多少の変更をみるが︑︿閾化﹀をテキストとして全面的にこれに拠っていることは明白であ

る︒

なお

︑︿

附云﹀とあるのは︑︿蘭化﹀とは別にこの本田ノ塾での教導によると思われる︒

さて以上︑書物のタイトルによって訳文の方法を教示しているわけであるが︑これが終わると︑

︿訳語類﹀として︑短文をあげて

いる

︒これも蘭化の﹁和閾訳茶﹂にある︿訳語類﹀と関係する︒

蘭化は二五種の短文例であるが︑︿資料﹀は十四種とすくない

︒そ

して︑両者を比較すると︑当然ながら一致するのである︒たとえば四番目の︿イキ・ウヱンスク・ユ・グウデン・ダグ・メイン・

ヘエ

(

Ik we ns ch  go ed en   da g  M 1J n  He i r  

化の︿1 1吾費君ノ康福ノ日二見エテ営テ翼フ所ヲ慰ス︶は︑蘭

Ik we ns ch  go ed en   da

g

ml Jn H  ee

r

11

吾︑費名ノ佳勝ノ日二見テ素懐ヲ慰ス

﹀と同じで︑蘭化が︿按ズルニ﹀とコメントしているところも︑︿本写本﹀の︿△

六︑七番も蘭化のそれと同じ短文例であるが書写がわるい

︒ ︿

ハアルト﹀は

va ar

t

︿ハ

アル

﹀は

va ar

である︒本資料で︑︿△ハア 干時紀元千七百四十年︑アムステルダムノ書買イサアカハ

‑ 55 ‑

(20)

ルトハ原卜舟行ヲ云也コレヲ仮テ度日度世ノ義二用ルナリ 刃凡如此類多シ下皆是二倣ベシ﹀とあるがこのコメントは︑閑化にはない

︒すなわち︑︿蘭化﹀のコメントとして︑︿按ズルニ

﹁フハァルト﹂ハ原︑舟行ヲ云フナリ︒コレヲ仮リテ度日︑度世ノ義ニモ用ュルナリ

多シ°下皆宜シクコレヲ推シテ知ルベシ

﹀︵

右の

i

線部分はないことになる︶とある点とほぼ一致する

やはり蘭化の教えなのであ

る︒

後者より前者でコメントすべきところで︑︿蘭化

のほうが妥当する

︒︿

蘭化﹀は原文も︿

Ho e va ar t g y  a l?   Va ar  a l  w e!

g

od   da nk

﹀と正しい︒

現代でも︿

Ho e va ar t 

1 1  

How ar

e  y

t•〉を用いるがouvaar

va ar

は原形

va re

n

s ai

l

na vi ga te

の意

で︑

トどおりである︒

ベシ

Wi t R

av

△今起居トスル者ハ義訳也ダンキハ恩ナリ年祐~トスル剃茄函苔ノ以テ転

さらに閾化の︿訳言類﹀にみえる例文と同じく︑︿

Ou de nzal

  me

n E er en  J on

g

za lm

Lき滋

0

白鳥ハ是ヲ求ルニ希

コメ

〇老タ

ルヲバ敬フベシ幼キヲハ教

︵ マ

人ノ親睦交誼ヲ□ル亦此ノ如シ﹀のアホリ ズムがあるこれは、大槻玄沢『蘭学階梯下」

〈成語〉にもみえるところである

同書に、〈常話並二警戒成語凡テ八章蘭化先生 ノ著セル蘭訳茶二載ル所ヲ増減シ語毎二訳字ヲ下シ訓釈ヲ加へ並二訳文ヲ作ッテ其例ヲ示スコト左ノ如シ

とあるつぎの二文とも

一致する︒

9

Ou de n  z al   me n  ee re n  jo ng en  z

a

me n 

le

er en 老 タ ル ヲ ハ 敬 フ ベ シ 少 ヲ ハ 習 ワ ス ベ シ

Wi

ra ve n  vi nd

 m

en

  ze

ld en

a l 

zo z  el de n  me n  t ro uw en 白烏ハ覚ムルトモ鮮シソノ如ク人ノ親睦モ希ナリ

(1 9

からす原文の綴りは﹁閾学階梯jが正しい︒

白い烏はまれなることが白鳥では困るわけで︑総じて︿資料﹀は誤綴があって︑写し手の

カ最が推測される︒RとL︑VとB

などの誤綴を考えると︑あるいは耳からきいてノートしたとも推測できる

右のように︑蘭化の︿訳

言類﹀

1 1 玄沢の﹁蘭学階梯j

1 1

︿資

﹀と三

者が一致するわけである

玄沢がのべるように︑蘭化のも

今義訳シテ起居トナスベシ

︒凡

ソカ

クノ

如キ類

‑ 56 ‑

(21)

野口

豹蔵

旧蔵

﹁蘭

学資

﹂小

のは玄沢に色濃く流れていることが︑︿資料﹀の例文によっても間接的に実証される︵なお︑玄沢が﹃蘭訳茶﹂とのべているのは︑現

存のものではない︒多分現存の﹃和岡訳益jかそれに近いものをさすのであろう︶︒

以上︑もはや詳述は必要なきに近い︒まさに野口豹蔵は前野闘化に教導を受けた本田一二右衛門の門弟として︑いわば蘭化の孫弟

子にあたるわけである︒さらに興味あるのは︑どこにも何も示していないが︑本田三郎右衛門が閾化の学習テキストにより門弟を

教えたこと︑彼も同時代の大槻玄沢(‑七五七ー一八二七︶などと同様に︑蘭化の門弟であることを裏付けることになるのである︒

ここで野口の師事した本田三郎右衛門を一考しておこう︒はじめに引用したところに︑︿御公義御扶持之人にて蘭学大門二通達之

人〉とあるように、蘭学にはかなり通じている学者であろうが、またCの資料、「和解例言jの末尾(3839オ)に、つぎのよう

本田三郎右衛門殿は公義之御扶持参人也エゾ其外之嶋ミえ渡りし人なり此人蘭学通達之人也而江都二隅居在而門人五百人有之

右は野口の父の箪である︒

もち

ろん

Cにみえる︿魯鈍斎﹀は本田であることも確かであるから︑この本田三郎右衛門は

一般

は本多利明︵寛保

i

]年・一七四三ー文政三年・一八二

0)

でしられる人物である︒

宝暦七年生まれの大槻玄沢より十数年の年競で

あって︑前野蘭化に師事したことも十分考えられる︒つぎに︿エゾ其外之嶋ミえ渡りし人﹀とある点︑享和元年(‑八O‑︶に蝦

夷にわたったことがしられているからこれなどをさすのであろう︒文化五年(‑八0八︶︑幕府から野作地案内役に召されたという︒

︿御公義御扶持﹀もこうした点をさすと思われる︒号の北夷もこのエゾ探訪と関係あると思われる︒ちなみにシーボルトにアイヌ語

やアイヌの情報を教示した最上徳内は利明の門人の一人である︒

生地は越後国蒲原郡で︑十八歳のとき出府し︑算学を今井兼廷︵庭︶に︑天文︑暦学を千葉歳胤に学び︑明和三

年(

‑七

六六

︶︑

二十四歳のとき︑音羽に塾を開いた︒音羽先生の異名がある︒これまで前野蘭化に師事したことはしられていない︒しかし﹁和解 由聞之 にみえる︒

‑ 57 ‑

(22)

例言﹄の写本を野口が書写している点からも判明するように︑岡学に関心をもち︑蘭学をおさめたことはほぼまちがいない︒司馬

江漢

i

木良永からきいたことを基に︑江戸で︿地転ノ説﹀︵地動説︶を唱えたの著書に訂正の筆を入れており︑両者

は交友

関係をもったようである

︒ ﹃

蘭学階梯上﹄に蘭化に師事したものとして数名をあげる中に︿⁝⁝椀園︵宇田川︶︑江漢ノ諸子及ヒ余茂

質力輩其門二従漉シ其読書訳文ノ法ヲ習得テ﹀(+丁︶とあるから︑江漢とともに閑化の門に遊学したと推最できる︒そうでなけれ ば︑江漠などからテキストを入手したかもしれない︒しかし当時の学問の授受の性格上︑そうしたことは考えられず︑やはり直接 間化に接したと考えるべきであろう︒独学では閾学通達の士にはなれまい︒例の﹁閾学花相撲取合興行﹂という見立番付にはその

名はみえない︵江漢は西前頭六枚目

︶ ︒

おそらく︑本田は蘭書の翻訳よりも天文学やさらに各地の旅行天明の飢饉には奥羽の各 地を探訪という行動派であって江戸での医師を中心とする蘭学者とは別の存在ではなか

ったかと思う︒そして今回の新資料で

本田が蘭学に通じ︑門弟も多く︑実際に蘭化の著書を学習のテキストとして使用していたことが判明したのである︒したがって︑

まさしく江戸の蘭学を推進した人物として評価を与えねばならない︒従来の狭い江戸閾学界の地図は修正を要するのである︒

その

貴重な資料が今回紹介する野口豹蔵旧蔵の資料ということになろう︒

︵す

ぎも

つとむ文学部教授︶

‑58‑

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