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都市形成過程からみた門司港地区における景観構造に関する研究 [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)都市形成過程からみた門司港地区における景観構造に関する研究. 久保亮介. 1. はじめに. 析し、門司港地区の景観の関係性をについて考察した。. 1-1. 研究の背景と目的. 1-3. 対象地区の概要.  今日多くの地域において景観保護が大きな目標とし.  調査対象地区は、福岡県北九州市門司区門司港地区. て掲げられるようになっている。中でも歴史的な建造. である ( 図1)。当地区は、明治期からの発展と複雑. 物を多く持つ地域はそれらを中心に景観保護の計画が. な地形の影響により、変化に富んだ景観が形成されて. 行われる。しかし、その計画の重点が一部のエリアや. おり、中心部は門司港レトロ地区と呼ばれ、観光業を. 建造物群に偏りすぎた為にその保護すべき本質が見失. 主な産業とした地区となっている。. われることがある。景観は守られるが、守られた景観.  門司は古来より、交通の要衝として知られた土地で. がテーマパーク化し、地域社会から乖離する。一方. あった。平安末期の大治 3 年 (1128 年 ) に描かれた日. で、その周辺地域は、一部はマンションや駐車場とな. 本地図には太宰府と並びその地名があり、その重要さ. り、一部は朽ちた建物がそのまま放置されるなど、急. がわかる。明治初期、門司は寒村であったが、立地の. 速に変化が進む場所もある。景観に価値を見いだす基. 重要性から明治中期より国策による港湾、鉄道、軍事. 準が偏り、それによって本来の景観の価値認識が難し. 施設の整備が行われ、急速に都市化した。まず、明. くなっている。. 治 22 年に築港が開始され、同年に特別輸出港に指定.  本論文では、北九州市門司港地区において、近代以. される(図 2)。当時日本一の石炭産出地であった筑. 降の都市形成過程の分析を通して、各地区の関係性を. 豊炭田の石炭輸出港として成長し、港を起点に鉄道や. 明らかにすること。そしてその関係性から地区の景観. 下関. 構造を見いだすことを目的とする。 1-2. 研究の方法  本研究では、まず古地図・文献・ヒアリング調査か. 旧門司 関門海峡. ら門司港地区の形成過程を整理し、分析を行った。明. 東浜町 東門司. 治から現在にかけての市街図をもとに都市施設の形成. 花月園. 老松 栄町. 過程を明らかにし、文献や郷土史家へのヒアリングか. 清滝. らその背景を把握した。次に先の分析結果と現地での. 上本町. 庄司. 丸山. 観察調査や資料収集から得た地区の現状とを比較・分 図1. 対象地区 1880(M13). 1890(M23). 1900(M33). 1910(M43). 文字ヶ関村. 世界情勢. 日清戦争. 1930(S05). 1940(S15). 1950(S25). 大正. 明治 門司市勢. 1920(T09). 門司町. 1960(S35). 1970(S45). 1980(S55). 1990(H2). 平成. 昭和. 門司市. 2000(H12). 北九州市門司区 世界恐慌. 日露戦争. 太平洋戦争. 終戦 門司鉄道トンネル開通. 関門トンネル開通 関門橋開通. 修築第二期. 150000. 門司港レトロ 門司大空襲. 港修築第一期工事. 門司港築港. 100000 上水道第一期拡張 上水道第二期拡張. 第一種重要港湾指定. 一般港場指定. 50000 特別輸出港指定. 上水道設置. 門司駅開設. 人口. 第一期市区設計工事. (人) 0 (戸). 1880(M13). 1890(M23). 1900(M33). 世帯. 1910(M43). 1920(T09). 1930(S05). 1940(S15). 1950(S25). 1960(S35). 1970(S45). 図 2. 門司の主な都市開発と人口・世帯数の推移. 40-1. 1980(S55). 1990(H2). 2000(H12).

(2) 道路などの運輸ネットワークが発達した。港としての 基盤が整った後、門司港は一般港指定を受け、輸出入. 明治 23 年. 田野浦. の制限が撤廃される。これを期に中央の都市から有力. 旧門司. 銀行が集まり、地方経済の中心的な位置となる。その. 畑田. 塩田. 後、第一種重要港湾指定を受け、港修築を行い、ます. 宗利川. ますその経済を発展させていった。市内への流入人口. 河川. 庄司. は年々増加し、市制施行の後に合併を重ねて市域を拡. 農地. 清滝. 大した。しかしながら、太平洋戦争時の空襲により市. 清滝川. 街地が焼け、戦災復興都市指定などを受けて復興する. 明治23年時の集落 栄川. *実践は表示年代までに新設された道・海岸線  破線は既存の道・海岸線を示す。. ものの、昭和 17 年 (1942) に開通した関門鉄道トンネ ルが門司港地区を経由せずに小森江と下関とを結んだ. 明治 32 年. ことがきっかけとなり、交通や経済の拠点としての地 区の位置は急激に低下していく。 港. 2. 門司の形成過程.  図 3 は、明治期からの古地図を現在の地図と重ね合 わせ、地区の市街地形成過程を整理したものである。. 市街地化. 築港開始当時、門司港地区は、川沿いに集まるいくつ.    . 丸山. かの集落からなる村であった。塩田があり、農漁業を 中心に生活を立てていた。旧門司・田野浦は漁業、そ 大正 13 年. の他は主に農業に従事していた。平地が少なく、主に 平地は農地となり居住域は山際に立地した ( 図 3- 明 治 23 年 )。それらの集落を基盤に、明治 22 年に築港 が始まり、埋立によって船溜が造られ塩田が埋立てら. 修築第 1 期工事. れた。築港の拠点として、それ以降農地の市街地化が 明治 34 年市区設計. 進んでいく ( 図 3- 明治 32)。明治 32 年に門司市とな り、急激な人口増加に対応すべく、市は市区設計を行 い市街地を拡大する。さらに大正期に入ると港の修築 が始まり、海岸線が変化する ( 図 3- 大正 13)。門司. 田野浦港. 港地区の中心市街地の構成はほぼこの時期に完成し、. 昭和 47 年. これ以降は、山間部の狭隘な土地に住宅地が形成され ていく。門司港は昭和 13 年に第二期修築工事が着工 され、ほぼ現在の形となる。一方、既成市街地は街区. 修築第 2 期工事. 構成をそのままに、道の拡幅や軌道の設置、川や運河 の埋立などによる基盤整備が進んだ(図 3- 昭和 47)。 3. 市街地形成の要因分析. 戦災復興エリア.  地区の市街地形成過程は、景観の形成に大きな影響 を与えると考えられる。発展の過程から、築港が地区. 図 3. 市街地形成過程. に大きな変化をもたらしたことと、港の発展が水源に. 響を及ぼした。それは二次産業に対する労働需要の増. 恵まれた山麓部に形成された集落部の居住域と、その. 加につながり、農漁業の衰退や外部からの人口の流入. 水利に条件付けられながら進んだことが考えられる。. を引き起こした。また、門司港の特徴として軍事的な. 以下、それらの要因に注目し考察を深める。. 意図の強い港であったこと、中継的な役割の強い港で. 3-1. 港. あったことが挙げられる。門司には地場の産業が乏し.  門司港地区は、港の発展を原動力として拡大してき. く、塩田を埋立てて港としたことでますますそれは顕. た地区である。築港時、門司の大きな産業の一つであっ. 著になった。つまり門司港の優位性はその立地条件で. た塩田を埋立てたことは、地区全体の産業に大きな影. あり、それゆえに石炭をはじめとする物資の中継、軍. 40-2.

(3) 事的な要所として建設されたのである。これらのこと. 4-1. 清滝地区(図 4). は、門司港地区が港という機能に特化して発展してき.  門司で一番の良水といわれる水源を持つ地区であ. たことを意味する。関門鉄道トンネルによる物資の輸. る。地区を貫くように清滝川が流れ、そこに集まって. 送経路の変化により港が衰えたことで、地区も衰退し. 集落が形成されており、そばに街道が通る。集落のほ. たことからもそれは明らかである。. とんどが農業に従事していた。水の確保が難しかった. 3-2. 水源. 門司において当地区は非常に好条件であったため、築.  門司港地区は港の発展が大きな力となって拡大して. 港初期はその起点となり、その後は川沿いに料亭や社. いったが、その拡大の軸になっていた要因に水源が挙. 交場が建てられた。一方では、山際に沿うようにして. げられる。市街地は急な発展によってスプロール化し. 住居が密集して立ち並ぶ。清滝川沿いのエリアは現在. たものではない。もともと門司の集落はそれぞれ水の. も料亭が数件並んでおり、その構成は変化していない. 確保できる地域に位置していた。地区にあった河川は. ( 写真 1)。また路地に入ると、住居と路地が複雑に配. 清滝川、栄川、宗利川であり、その周辺にほとんどの. 置されており、数カ所に祠がおかれている ( 写真 2)。. 集落があった。市街地はそれらの集落を基盤として、. このエリアは築港以前の空間構成をそのまま引き継い. 水源の確保が可能な地区を中心に拡大している。市街. でいると考えられる。清滝地区は、清滝川を中心とす. 地建設の大きな拡大期は 2 回見られるが、両者とも川. る集落の空間構成と築港による環境の変化によって形. を中心として建設されていることからそれがわかる。. 成されたといえる。. 拡大していった平地の殆どは田畑であったため、水源.  4-2. 丸山(図 5). を確保しながら、集落の住居部と重なることなく市街.  明治 28 年に陸軍用地となり、地区が整備される。. 地を拡大していくことができた。ここに、集落と築港. それによって港まで続く直線的な道が通され、道沿い. により拡大した地区との繋がりが見える。. に二十数棟の倉庫が建設された ( 写真 3)。整備され. 4. 各地区の景観分析. た平地は陸軍の施設で占められ、周囲の山際にわずか.  ここで清滝地区と丸山地区、旧門司地区の 3 地区が. に住居があるだけであった。大正 6 年に土地が払い下. 持つ景観の特徴を分析し、その景観の関係性を考察す. げられ、T13 年頃に小学校が開校、住宅地となった。. る。これらの地区の景観的特徴は異なっているが、3. 他にも軍用地から払い下げられたものとして、老松公. 章で述べた2つの要因が強く見られることからこれら. 園、門司市庭球場、ノーフォーク広場などが挙げられ. の地区を取り上げた。. る。当地区は栄川上流に位置し、山間部でありながら 比較的広い平地を有する。しかし、整備以前は沼地で. 国道 3 号線. 明治中期からの道 中学校・公営住宅. 陸軍倉庫跡 0. 清滝川. 100m. N. 住居密集エリア 丸山中学校. 明治 23 年からの道. 大通り. 料亭等 0. 神社・祠 100m. N. 図 4. 清滝地区. 元軍用道路. 図 5. 丸山地区. 写真 1. 清滝の大通り. 写真 3. 丸山軍道(明治 28) 写真 4. 丸山中学通(現在 ). 写真 2. 清滝の路地. 40-3.

(4) 人が住むには適していなかった。築港による陸軍の. が発展するにつれ海岸線の埋立が進み、軌道や倉庫が. 配備が地区の形成要因である。用地跡には、現在営. 建設される。通りを中心に山手が集落、海側が倉庫街. 住宅が多く建設され、払い下げられた後も公共によ. という構成がつくられた。. る整備が多く入ったことがわかる。当時整備された.  5. 景観構成要素の分析. 地区を中心に住宅地が広がっており、当時の構成が.  図 7 は、門司港地区の景観要素とその変遷の図であ. 現在も見られる ( 写真 4)。. る。港と水源という要素に着目して取り上げた。地区 全体にその要素が散らばっており、互いに関係し合い ながら変化していることがわかる。これらの景観は、 必ずしも面的に捉えることができないために、景観か らはその関係が見えにくい。その関係性から景観を一 体的に捉え、整備・保護することができれば、残すべ き景観を活かしていくことができると考えられる。 6. まとめ.  本論文では、門司港地区の形成過程を整理し、それ を基に形成要因を分析したことで、地区内の景観の持 つ関係性を明らかにすることができた。その要因は、. 明治 23 年からの道. 市街化の原動力となった港の発展、またその基礎と. 明治 23 年の水際 通りに垂直な道 0. 100m. なった集落地区を育んだ水源である。港築港以前から. N. あった集落と港築港後に形成された地区とが、水と港 図 6. 旧門司地区. という二つの点で結びついたことが門司港地区に多様. 4-3. 旧門司地区 ( 図 6). な景観を残してきた要因であると考えられる。今後の.  旧門司は漁業を主な生業とし. 課題としては、これらの景観のより詳細な調査を行い、. た集落であった。海岸線に平行. その価値を明確にすること、それらが継承されてきた. に道が走っており、道沿いの斜. 理由の分析、それを景観計画に活用していくことなど. 面地に集落が形成された。その. が挙げられる。. 道から垂直にいくつも階段道が. 参考文献. 出ており、居住エリアから海へ. 1) 門司市史編集委員会:門司市史 第二篇 , 門司市役所 ,1963. の経路が確保されていた。( 写真 写真 5. 海への路地. 2) 北九州市産業史・公害対策史・土木史編集委員会産業史部会:北九州市産業史,北九州市,1998. 5) 旧門司には井戸町と呼ばれていた地区があり、名. 4) 今村元市:ふるさとの思い出写真集 明治大正昭和 門司 ,(株 ) 国書刊行会、1979. 3) 北九州市産業史・公害対策史・土木史編集委員会土木史部会:北九州市土木史,北九州市,1998 5) 門司市役所:関門経済史第一篇∼第三篇. の由来となる井戸がある。海岸線に近く、かつ水を. 6) ゼンリン住宅地図北九州市門司区 ( 門司港地区 ),1972. 得ることができたことから船の給水地として貴重な. 7) 関門景観協議会:関門景観形成指針 ,2001 8) 添田裕吉氏提供資料;門司市街旅客案内図(明治 32 年), 門司新市街図 ( 大正 13 年 ). 場所であった。また、和布刈神社や甲宗八幡神社参. PORT OF MOJI( 昭和 31 年 ), 山中主善:門司港誌 9) 岡本哲志+日本の港町研究会:港町の近代 門司・小樽・横浜・函館を読む , 学芸出版 ,2002. 拝の通過地としても人が集まっていた。その後、港 1880(M13). 1890(M23). 1900(M33). 1910(M43). 1920(T09). 東門司. 明治. 1930(S05). 1940(S15). 1950(S25). 大正. 1960(S35). 1970(S45). 1980(S55). 1990(H2). 2000(H12). 昭和. 平成. 水道拡張工事 田畑. 宗利川沿市街地. 埋立・道路. 第 1 期市区設計. 清滝. 清滝小道 三宜楼. 清滝大通り. 塩田. 北九州市ルネッサンス構想 第一期港修築後. 門司港. 港町. 第二期港修築後 . 門司港レトロ. 第一種重要港指定. 石炭輸出・軍事 運河. 東堀川埋立. 国道 3 号線. 西堀川埋立. 関門国道トンネル開通. 港修築. 丸山 上本町 花月園 老松. 栄町. 田畑. 戦災復興. 栄町商店街. 門司大空襲 栄川. 河川工事後. 埋立・道路. 陸軍施設払下. 兵器製造所. 老松公園. 関門トンネル博. 高級住宅街. 門司港築 大通り. 景観形成の要因 景観変化の要因. 高級住宅街. バス路線開通 沼地. 丸山陸軍倉庫. 景観. 住宅地. 図 7. 景観要素関係図 40-4.

(5)

参照

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