『言語政策』 2号 2006年
3月MIRAS Michel‐ Patrick de, enfants non fFanCOphones
176p。 (15.25ューロ)
(ミ ッ シ ェル
=パ
トリ ック ロるフランス語入門クラス』
)書 評
La classe d'initiation au francais pour
(CL.IN.),Paris:LiHarmattan,2002,
ド ロミラ『 非 フ ラ ン ス 語 話 者 児 童 に対 す
西 山 教 行
NISHIYAMA Noriyuki
日本 の人 口減 少 は現 実 の問題 とな り、 労働 力 の減 少 に対 して移 民政策 を真剣 に検討 す べ き時 期 がや って きた。移 民 は、 労働 力 の調整弁 と して一時的滞在者 に とどま るの み な らず 、 定住者 とな る傾 向にあ る。 この こ とは、移 民受 け入れ の先進 国で あ る ヨー ロ ッパ 、 と りわ けフ ラ ンス、 ドイ ツの事例 が証明 してい る。 さらに、移 民受 け入れ は 彼 らの家 族 の呼び寄せ を ともな うこ ともあ り、就 労者 の社 会 統合だ けが課題 とな るの で はな く、そ の子弟 な どの統合 も見過 ごす こ とは出来 ない。
本 書 は 、移 民の受 け入 れ につ いて 、 日本 よ りもは るか に経験 豊 かな フラ ンスにおい て 、非 フ ラ ンス語話者 で あ る移 民 の子 弟 を どの よ うに受 け入れ 、 どの よ うな教育、 と りわ け フ ラ ンス語 の入 門教育 を実施 して きたのか、そ の経緯 と課題 を解 明す る研究書 で あ る。
本 書 の刊 行 は2002年で あるが、あ えて書評 に取 り上 げ るの は以下の理 由か らであ る。
フ ラ ンス にお ける移 民子弟 へ の言 語 教 育 を取 り扱 う専 門書 は現 実の要請 に比べて著 し く少 な い。 これ は、著者 も指摘 す る よ うに、移 民子弟 への教育が フランス国民教育省 の 管轄す る教 育行政 にお いて周縁 に位 置づ け られ て きた こ とか ら、研究者 の関心 を引 き に く く、研 究支援 も不 十分で あ った た めで あ る。 また、 日本 では、池 田 (2001)が 教 育行 政 の制度史 を軸 と して移 民教 育 を検証 してい るが 1)、 それ に対 して本 書 はアル ジ ェ リア人移 民の統合 を移 民教育 の 中核 と考 え、彼 らの社会統合 を問題意識 としてい る点 に特 色 が認 め られ る。
著 者 は教員 と して移 民教 育に携 わ り、そ の現場経験 を活か して1999年に博 士論文 を 提 出 してお り、本書 はそ の縮約版 と考 え られ る。全体 は二部 か ら構成 され 、アル ジェ
リア移 民 受 け入れ の歴 史的経緯 (第一部)、 1966年以 降移 民の子 弟 へ の教 育 が本 格化 し て以 降、現 在 にいた る教 育体制 (第二部)、 な らび に現在 の課題 お よび将 来 へ の展 望 (第 二部
)か
ら構 成 され て い る。Premiёre partie:La foule des instituants.(第 一部 、多 くの教育制度設計者)
Ch.1,Des causes profondes.(第
一 章 、 根 本 的 な原 因)Ch.2,L'accueil des
Algёriens en France:《 souci》 de leur intё
gration.(第
二 章 、アル ジェ リア人 の フ ラ ン ス ヘ の受 け入 れ :統合 に対 す る フ ラ ン ス側 の 「関 心 」)Ch.3,Premiё
res initiatives:classes et cours de rattrappage a partir de 1953.(第 二 章 、初 期 の試 行 例:1953年
以 降 に開設 され た ク ラス と補 習授 業)Ch.4,L'enseignement
officiel en Mё tropole pour jeunes Algoriens, dans la premiё re moitiё des ann6es
60.(第
四 章 、60年
代 前 半の フラ ンス本 国 にお け るアル ジ ェ リア人 青少 年 に対す る公 教 育)Deuxiёme partie:L'institu6 dans tous ses 6tats.(第 二部 、教育制度 ― 覧) Ch. 5, Le projet de CL. IN. et sa mise en pied en 1966. (第I章
、 1966年 の入 門 ク ラ ス 計 画 とそ の 実施)Ch.6,Le r01e de l'Amicale en 1968,dans le
fonctionnement des CL. IN. et des autres formations pour 6trangers. ('「 フヽ言講、
入 門 ク ラ ス 並 び に 外 国 人 ク ラ ス に 対 す る 支 援 団 体 ア ミカ ル が 1968年に 果 た した 役 割)
Ch。 7,La CL.IN.instituё 。 (第 七 章 、 入 門 ク ラ ス の 設 置
)Ch.8,Au―
dela de la cL.IN. : respecter les autres par la mise en place en 1975 d' un enseignement des langues nationales.(第 人 章 、 入 門 ク ラ ス を超 え て :1975年に 導 入 され た 出 身 国 語 教育 に よ る他 者 の尊重)TrOisiёme partie:Le dispositif comme outil.(第二部 、 道具 と して の装置)ch.9.Exemple d'une transposition d'un dispositif《 ferm6
》a un dispositif《 Ouvert》。 (第九章 、「閉 ざ され た」装 置 か ら「開 かれ た」装 置 へ の移行 の試 み)Ch。 10,Quelques cOnsidё rations prospectives.(第 十 章 、将 来ヘ の展 望)
フ ラ ン ス の学校 は、1880年代 の制 度化 以 降 、現在 にいた るまで 共和 主義 的国民 を創
出すぅ社会統合装置として不可欠の役割を果たしてきた。出自や宗教、言語文化の異
な る児 童 に フ ラ ンス 語 に よ る国 民 教 育 を実施 す る こ とに よ り国 民 意 識 を醸 造 し、 民 主 主義 の保 証 す る 自由 や 、社 会 的 職 業 的 成 功 を通 じて社 会 的 上 昇 の機 会 を平 等 に提 供 し て き た。 そ こで は 、 民 族 や 文 化 の 差 異 は捨 象 され 、 国 民統 合 の原 理 が優 先 して きた。
と こ ろ が 、 非 フ ラ ン ス 語 話 者 児 童 を対 象 とす る入 門 ク ラス の設 置 は 、公 共 空 間 で あ り
『 言語 政 策 』
2号 2006年
3月統 合 原 理 と して の学校 に差 異 の承 認 を求 め る。 これ は教育 のみ な らず 、社 会 、政 治 、 文化 、さ らに は移 民受 け入れ の背 景 とな っ た植 民地 主義 の歴 史 に も関 わ る課 題 で あ る。
公 教 育 の場 にお い て 、外 国人や移 民 を そ れ 以外 の フ ラ ンス人 と切 り離 し、国家 がその 集 団 に一 定 の権 利 を認 め る こ とは、 国 家 と国 民 の間 に民族や 言 語 文化 な どを核 とす る 特 定 の集 団 を生 み 出す 。 これ は憲法 の規 定 す る共 和 国 の不 可分性 を侵 害 し、国 家 の分 裂 を招 きか ね な い共 同体 主義 (コ ミュ ノ タ リス ム
)と
して フ ラ ンスで は批 判 され かね な い。 フ ラ ンス は多言 語 主義 を国是 と し、 多 文化 主義 をリト除す る。 フ ラ ンス政府 は、国 内 の地 域 語 や 移 民 の 出身 語 、外 国語 な どフ ラ ンス語 以外 の諸 言 語 の教 育 に前 向 きで あ るが 、 そ の言 語 な どを 中核 と した特 定 の共 同体 を社 会的政治 的 に優遇 す る こ とはな い。 この一方 で 、ア メ リカ文化 の一極 支 配 に対抗 して、文化 の多様性 を訴 える。 この よ うな社 会 文化 的 文脈 に移 民教育 を位 置 づ け る と、 この課題 が教 育学的 案件 で あ る と 同時 に、政 治社 会 的課 題 に も通底 して い る こ とが確認 でき る。
第 一 部 で は 、現 在 の移 民 の中核 を構 成 す るアル ジ ェ リア人 につ い て 、 フラ ンスでの 受 け入れ の歴 史 を二十 世 紀 初頭 よ り1960年代前 半 までた どる。 フラ ンス は二十世 紀前 半 に人 口の停 滞 と経 済発 展 のた め に労働 力 不 足 に直 面 し、当時 北 ア フ リカ に展 開 して いた植 民地 か ら労働力 の移 入 を図つた。アル ジェ リアは1962年の独 立 ま で フ ランス の 県 の 一 つ と して行 政 面 で 同化 され てお り、そ こか ら労働力 を移 入 す る こ とにた め らい は な か った。 ところが 、呼び寄せ の対 象 とな ったアル ジェ リア人 労働 者 はアル ジェ リ ア にお い て 困 窮 し、 フ ランス との経 済 的 格 差 の恩恵 に与 ろ うとす る人 々 で、 フラ ンス 語 をた どた ど しく話 せ る程 度 で、識 字 能 力 をほ とん ど持 たない人 々で あ つた。植 民地 と して の アル ジ ェ リア にお いて、 フラ ンス は植 民地化 の当初 よ り、モ ス クな どに存在 して い た イ ス ラー ムの教 育制度 を抵抗 や 反 乱 の温床 にな る と して破壊 し、そ の後 も教 育 制 度 の整 備 を ほ とん ど行 わなかった。 そ のた めに、 アル ジェ リア は フ ラ ンスの植 民 地 で あ るに もか か わ らず 、 フランス語 は原 住 民 にほ とん ど普及 してい なか った。 しか し、 アル ジ ェ リア人移 民 に最低 限の フ ラ ンス語 能力 を与 えるこ とは、 フランスにお け る彼 らの就 労 を容 易 に し、 フランスの経 済発展 に寄与す るた めに不 可欠 で あ った。そ こで 、政府 は、 アル ジ ェ リア人 な らび に他 の ヨー ロ ッパ系移 民について、同化 主義的 教 育 政策 を1949年か ら施 行 し、フラ ンス人 と同一 の教 育制度 に編 入 した。1953年にな る と、補 習 ク ラスが開設 され るが、 これ は あ くまで も学習の遅れ を取 り戻す とい う教 育上 の観 点 か ら編 成 され た教室 で、異文 化や 異言語 を考慮 に入れ た施 策 で はない。
第 二部 は、非 フラ ンス語 話者 児 童 を対象 とす る入 門 ク ラスが 設置 され た 1966年以 降 の展 開 を追 つて い る。 一般 クラスの履修 と平行 した補 習 クラス に よる教 育 で は、移 民 の子弟 に対 す る フ ラ ンス語 教 育 に改 善 が認 め られ ず 、 一般 ク ラス の授 業 運 営 をか え つ て混 乱 させ る との反 省 か ら入 門 クラスが生 み 出 され た。 この ク ラスは、 フ ラ ンス語 を 理解 しな い移 民 の児 童 の み を対 象 と した 、一 年 間 の教 育 課 程 で 、 この間 、児 童 は フ ラ ンス語 を学 習 し、翌年 度 か らの一般 クラスヘ の編入 をめ ざす こ とを 目的 と して い る。
ところが 、 この措 置 は 、誰 が入 門 ク ラスの運 営財 源 を負 担 す るのか、 どの よ うな教 授 法 に よ るフ ラ ンス語 教 育 が必 要 な のか、 さ らに外 国人 や 移 民児 童 のみ を集 めた ク ラス が差別 の温床 とな らな い か な ど、新 た な課題 を惹 起す る。教 育面 では、ク レデ ィフ (フ
ランス語 普 及 教 育研 究 セ ンター
)が
フラ ンス語 の視 聴 覚 教材 を開発 し、教 員 向 けの教 授 法研 修 を実施 す る中 で 、教 育 体制 は次第 に改 善 に向 か う。 国 は民間 団 体 と財 政負 担 に関す る協 定 を結 び 、 国 か らの助成金 に よ り民間団体 が小 中学校 な らび に成人移 民 に 対す るフ ラ ンス語 教 育 を担 当す る こ ととな った。 しか し、教 育 体制 は全 国 で標 準化 さ れ てお らず 、通年 ク ラス が大 多 数 を 占め る もの の、 半年 ク ラス、補習 ク ラス も併 存 し てい た。 この よ うな教 育体制 を改 良す る動 きの中で、70年
代 にな る と、移 民児 童 の 出 身国 の言 語 文化 を保 持 す る こ とが フ ランス語 の学習 に も有効 で あ る との研 究報告 が行 われ 、 さ らに出身 国 の言語維 持 は移 民の帰国 にあた り、母 国 へ の再編入 のた めに も有 効で あ る と推 奨 され た。1975年か らフランス政府 は移 民 の出身 国政府 と協 定 を結び 、 出身 国政 府 がみず か らの財源 で教員 を派遣 し、 出身 国 の言語文化 を教育す る制度 が立 ち上 が った。 これ は、 フランスが移 民の言 語文化 の差 異 を公 共空間 に承認 した こ とを 意味す る とともに、異 文化教育 の哺矢 に位 置づ け られ る。第 二部 は入 門 クラ ス の現状 の課題 と展望 を伝 え る。 これ まで入 門 クラス は、学年歴 に従 つた 一年 間 の課 程 で 、学期 の途 中か らの入 学 は想 定外 で あったが、現在 の入 門 ク ラス は よ り柔軟 な体制 で、個別 対応 が可能 とな った。 また入 学時期 もフ ラ ンスヘ の入 国 に応 じて児 童 ご とに異 な り、一般 クラス に編入 され るまで の入 門 クラスで の滞在期 間 も多様 にな るな ど教 育 の個別 化 が実現 しつつ あ る。 とはい え、 この よ うな個別 対応 の教授 法 をクラス定員 15名 の も とに実施す るこ とは不 可能に近い、と現場 での経験 に 基づ き著 者 は確言す る。 さ らに、教室内に フラ ンス語 レベル の異 な る児 童 が共存す る と、 そ の 中で の コ ミュ ニ ケー シ ョンに用 い られ る中間言 語 が フランス語 学 習 を疎外す るこ とに もな りかね な い と注意 を喚起す る。
『 言語政策 』
2号 2006年
3月これ らの問題 は、フランス語母語話者の クラスでは発 生 しないだけに、人門 クラス を担 当す る教員 には一般 クラス とは異な る教授能1カが求 め られ るが、それ を どの よ う に養成す るのか、結論 は出ていない。 さ らに、移民の児童が入門タラスか ら一般 クラ スヘ と順調 に編 入できるた めにはくそれ ぞれの クラスでの担 当者間の 相互理解や連携 が欠かせ ない。その上、移 民の児童 とひ とくく りに述べたが、出身国の言語文化、教 育全般 の有無 など、彼 らの学習履歴は千差万Bllで、そ こに個別化 教1育を求 める ことは、
教員に とって容易 な課題 ではない。
このよ うに本書 は、1945年以降の移 民教育 の歴 史 と現状 を分析 し、 フランスにおい て も十三分 に知 られていない入門クラスの意義 を歴史的 に解 明す る。移民児童への教 育 は 日本語教育で も重要 な案件 となってい るだけに、フランスにおける先行事例は 日 本での施策 を深 め る上 で示唆に富む と考 えられ る。
注
1)池
田賢市(2001‐)『フランスの移民と学校教育』明石書店 294(京都 大学)