論 文
スウェーデンの昔話「召使いラッセ」
―原語から日本語訳への経路
柗村 裕 子
はじめに
スウェーデンに「召使いラッセ」あるいは「しもべのラース」という昔話がある。
若者が、ラッセ(ラース)と呼ばれる超自然者を支配できる紙を手に入れて金持ち になり、お姫様との結婚も果たすという話である。一度はラッセを自由にしてしま い窮地に陥るものの、再び紙を取り戻して最終的に主人公が幸せになるという展開 は、『千夜一夜物語』の「アラジンと魔法のランプ」やグリム童話の「青いあかり」
の北欧版と言われる。
この昔話は、日本では以下 5 冊の昔話集に収められている。『巨人シュトンペ=
ピルト』(小澤俊夫編訳、ぎょうせい、1981 年。「ラッセ、用事だよ!」)、『しもべ のラース』(木村由利子訳、学校図書、1983 年。「しもべのラース」)、『魔法のつぼ』
(谷口幸男編訳、小峰書店、1983 年。「召し使いラッセ」)、『メルヒェン 12 ヵ月 1 月篇』(飯豊道男訳、未来社、1988 年。「ラッセ、わたしの召使い」)、『スウェーデ ン民話名作集Ⅱ』(薮下紘一訳、春風社、2011 年。「召使いラッセ」)。
この 5 冊のうち 4 冊は、1980 年代に集中して出版されている。巌谷小波が 「世界 お伽噺」シリーズのなかでスウェーデンの昔話を日本語に訳した最初の年が 1903 年であることを考えると、「召使いラッセ」1は、比較的近年になって日本に紹介さ れたスウェーデンの昔話のひとつと捉えることができる。
この「召使いラッセ」という昔話だが、訳によって、主人公の名前が異なってい たり、展開や表現が多少異なっていたりする。また、原典が明確にされていないも のもあり、これらの昔話が同一の原典による日本語訳であるのか、類話が紹介され ているのかが明確ではない。そこで本論文では、上記 5 冊に収められた「召使いラッ セ」の内容と表現の特徴を明確にしたのち、もととなったスウェーデンの昔話の特 定を試みる。研究の目的は、スウェーデンの昔話がどのような経緯を経て日本へ紹 介されたのかを明らかにする一助とすることにある。
なお、本論文では、「召使いラッセ」を収録した上記の昔話集 5 冊を出版年順に
①~⑤と番号で示す。下に示す通りである。あわせて、訳者と各昔話集の読者対象
についても示す。
①小澤俊夫編訳『巨人シュトンペ=ピルト』ぎょうせい、1981 年(ラッセ、用事 だよ!)
訳者の小澤は、グリム童話および日本昔話の研究者。まえがきに「自分で読むば あいにも、声をだして読んでみると、いっそうおもしろみがでてくるでしょう。小 さいお子さんなら、たまにはお母さんやおばあちゃんに読んでいただくのもよいと 思います」2とあり、本書が子ども向きの書物であり、読み聞かせされることを想 定して作られたことがわかる。
②バージニア・ハビランド、木村由利子訳『しもべのラース』学校図書、1983 年(し もべのラース)
ハビランド (Virginia Haviland, 1911-1988)はアメリカ議会図書館の児童書部門 の初代責任者である。児童文学の批評家として知られるほか、昔話の再話も手がけ た。訳者の木村は翻訳家。大学でデンマーク語を学んだのち、デンマークへ留学。
北欧・英米の児童書や小説を中心に翻訳をおこなう。本書は、ハビランドが子ども に向けて各国の昔話を再話したシリーズの一編である。裏表紙には「小学校中学年 以上むき」と書かれている。
③谷口幸男編訳『魔法のつぼ』小峰書店、1983 年(召し使いラッセ)
谷口は、ドイツ文学および北欧文学の研究者。エッダやアイスランド・サガの翻 訳で知られる。本書は「世界の昔ばなし」シリーズの一冊として出版された。「は じめに」に、アインシュタインがインタビューで子どもには昔話を読ませると良い と語った話を例にとり、「物理学者として有名な博士も子どものころきっと、思い きり楽しいお話に夢中になった時期があったのでしょう。みなさんもそういう世界 にあそんでいただきたいと思います。」3と書かれており、本書が子どもを読者と想 定して作られているということがわかる。
④ L. テッツナー編、飯豊道男訳『メルヒェン 12 ヵ月 1 月篇』未来社、1988 年(ラッ セ、わたしの召使い)
テッツナー(Lisa Tetzner, 1894-1963)は、ドイツの語り手であり、児童文学作家 でもある。ナチスの迫害を受け、夫クルト・ヘルトに続いてスイスへ亡命を果たす。
訳者の飯豊はドイツ語圏の昔話の研究者であり、オーストリアなどでのフィールド ワークの経験をもつ。児童書の翻訳も手がけている。
⑤薮下紘一訳『スウェーデン民話名作集Ⅱ』春風社、2011 年(召使いラッセ)
薮下は、ドイツ語をはじめとするゲルマン語の言語学者。スウェーデン語の集中 講義を受けるために滞在したストックホルムで、原典となる本を手にし全訳を決意
したことが、本シリーズ 4 巻目のあとがきに書かれている。とくに子ども向けとの 表記はない。
いずれの編訳者も、ゲルマンの文化や言語に精通している人物である。小澤、谷 口、飯豊はゲルマンの口承文芸の専門家でもある。また、⑤を除き、子ども向けの 読み物として出版されていることも指摘できる。⑤も挿絵がふんだんに入り、「原 書のなかで特に面白いものを収録した」4と書かれていることから、必ずしも「お とな向け」と限定されてはいないだろうと思われる。
第 1 章 ①~⑤の「召使いラッセ」の分析
本章では、①~⑤に収められた「召使いラッセ」について、原典についての記述、
題名、主人公、ラッセの姿、主人公の願いごと、お姫様、ラッセを自由にするきっ かけ(1 度目/ 2 度目)、結末に分けて分析し、それぞれの昔話の類似点と相違点 を明らかにする。
1) 原典についての記述
① Trillevip, Märchen aus dem Norden (1973) が原典とされている。Trillevipは、
ドイツ語で書かれた北欧の昔話集であるが、どのような資料を用いて編集され たかについては、『巨人シュトンペ=ピルト』には書かれていない。
② Virginia Haviland, Favorite Fairy Tales Told in Sweden (1966)からの翻訳であ ると記されている。Beech Tree 版 (1994) を見ると、“Lars, My Lad”はFairy Tales from the Swedish (1901)をもとに再話したことが明記されている。Fairy Tales from the Swedish は、ユールクロウ(Djurklou)によって書き留められた スウェーデンの昔話集を、ブレクスタ(Brækstad)が英語に翻訳したものであ る。なお、ユールクロウについては、第2章で詳しく述べる。
③ 解説に、翻訳の底本として、Hyltén-Cavallius & Stephens, Sevenska sagor (1965)
を用いたと書かれている。
④ Lisa Tetzner, Die schönsten Märchen der Welt für 365 und einen Tag の翻訳であ る。Die schönsten Märchen der Welt für 365 und einen Tag はドイツ語で書かれ た世界の昔話集であるが、どのような資料を用いて編集されたかについては、
『メルヒェン12ヵ月』には書かれていない。
⑤ Gidlundの Svenska Folksagor (1981)から選択され翻訳されたもの。Svenska Folksagor は、リリエブラード(Liljeblad)、グドルン・サルグレーン(Gudrun Sahlgren)、ヨーラン・サルグレーン(Jöran Sahlgren)編になるもので、
1巻 はSven Sederströmと ロ マ ン 主 義 時 代 の 語 り の 記 録、2巻 は、Mickel i Långfults の語りの記録と、C. F. Cavallius 牧師の語りの記録、3巻は、Hyltén-
Cavallius と Stephensによる各地の昔話記録、Djurklouによるネルケ地方の昔
話と言い伝え、4巻はSäveによるゴットランドの昔話と、三文草紙に記録され た昔話の読み物の紹介から成っている5。薮下紘一は、⑤のあとがきに、ラッ セの昔話は3、4巻のなかから訳したとしか書いておらず、原話は特定されて いない。ただし、薮下は「スウェーデン民話研究の為に(資料16. )」6におい て、「ネルケ地方の昔話と言い伝え」から「私の下男ラッセ、又はセーヴェリ ンのメーヴェス公」という昔話を訳しており、これが原典にあたるのではない かと考えられる。原典の特定は第2章でおこなう。
①~⑤のうち、スウェーデン語の原典から直接翻訳しているものは③⑤である。
①④はドイツ語訳からの重訳である。②は英訳されたスウェーデン語の昔話を、さ らに英語で再話した昔話からの翻訳であり、これも重訳と言える。スウェーデン語 の原典の書誌情報や記録者の名前が明記されているのは③のみであった。
2) 題名
① ラッセ、用事だよ!
② しもべのラース
③ 召し使いラッセ
④ ラッセ、わたしの召使い
⑤ 召使いラッセ
①~⑤で、ラッセ(ラース)を呼び出す言葉が題名に用いられている。ドイツ語 とスウェーデン語から訳された昔話は、超自然者の名前を「ラッセ」、英語から訳 された昔話は「ラース」としている。各言語での名前の読み方を尊重した結果であ る。⑤は、挿絵や目次にスウェーデン語で「召使いラッセ、あるいはセーヴェリン のメーヴェス公爵」“Lasse min dräng eller hertig meves av sevelin” とも書かれてい る。
3) 主人公
① 王子さまだか、公爵だか、なにかそんなような人がいました。あ、そうだ。た しか公爵だった。
② 王子
③ ひとりの裕福で勢力のある公爵がいました。名はメーヴェスといい、その領地 はセヴェリンといってずっと南のほうにありました。
④ 王子様か、公爵か、あるいはその人が今ある身分のような人がいた。とにかく ものすごく家柄はよかった(あとの文章では公爵と述べている)
⑤ メーヴェスという名の金持ちで強大な力をもった公爵がいた。その領土はセー ヴェリンといい、はるか彼方にある西の国のひとつだった。
主人公が公爵であると述べている話は①③④⑤。このうち、領地と名前も明示さ れているのが③⑤である。②のみ王子が主人公となっている。
「王子様か、公爵のような身分の高い人」という表現の仕方が①と④に共通して いる。③⑤では、公爵の名前と領地が共通している。
4) ラッセの姿(名前を呼んだときに現した姿/処刑台の前に現した姿)
① いそいでふりかえってみましたが、どこにも人間のすがたは見えません/灰色 の服を着てとんがりぼうしをかぶった小がらなおじいさん。おじいさんの顔と きたら、まるでおそろしいゆうれいのようで、すがたかたちも、とてもみょう ちきりんなものでした。 (図 1 村上勉による挿絵)
② だれの姿も見えません/赤いとんがりぼうをかぶり、灰色ずくめの身なりをし た、おじいさんの小人。顔はみじめなかかしのようで、顔のほかもあまりぱっ とした感じではありません。 (図 2 松村太三郎による挿絵)
③ 灰色の服を着た小さなひとつ目の老人。小男/(見た目の記述なし) (図 3 飯 野和好による挿絵)
④ あたりを見まわしたが、どこにも人がいない/灰色の服を着て頭に垂れふさ付 きの帽子をかぶった小人のじいさん。顔は世にもぞっとする幽霊のようだった し、それ以外もそんな感じだった。
⑤ 灰色の服を着たちいさな片目の少年/(見た目の記述なし) (図 4 松本里美 による挿絵)
主人公が死刑台にあげられるまでラッセの姿を見ることがないのは①②④であ る。③⑤は最初からラッセが姿を現しているが、③はひとつ目のちいさい老人で、
⑤は片目の少年であり、ラッセの姿は異なる7。①②④では、ラッセは灰色の服を 着て、帽子をかぶった小人の老人の姿をしている。小人の老人の見た目は「幽霊の ようだ」(①④)、「かかしのようだ」(②)と表現されている。②のみ帽子の色が赤 であると言われている。①~⑤すべてに共通しているのは、ラッセが灰色の服を着 ている点である。
5) 主人公の願いごと
① 食事、ベッド、城、兵隊と騎兵隊(相手の倍の人数)、眠っているお姫様を城 へ連れてくる
② 食事、ベッド、城、兵隊と馬(相手の倍の人数)、眠っているお姫様を城へ連 れてくる
③ 食事、ベッド、城、先ぶれと騎士 600 人、眠っているお姫様を城へ連れてくる
④ 食事、ベッド、城、兵隊と騎兵、眠っているお姫様を城へ連れてくる
⑤ 食事、ベッド、館(城)、600 人の騎士と使者、眠っているお姫様を城へ連れ てくる
図 1 ①の挿絵 図 2 ②の挿絵
図 3 ③の挿絵 図 4 ⑤の挿絵
すべての話で、主人公はラッセに食事とベッド、城、兵、眠っているお姫様を城 へ連れてくることを要求している。強いて違いを指摘するならば、③⑤は具体的な 兵の数が語られているが、①②④は相手の数の倍の兵としか語られていない。③は、
主人公は求婚を決意するとともに眠っているお姫様に思わずキスをしている。⑤は
「キスもできなかった」と書かれているが、目覚めたお姫様は「燃えるようなキス をしてくださいました」と王様に話している。
6) お姫様
① この世にふたりといないほど美しい。こうまんちきで、けっして男の人には会 おうとしない
② 美しい人。ほこり高く、男には目もくれない
③ かわいらしく美しくて、いったいどんなに美しいか、だれも言うことができな いくらい。隣の国の王子と婚約させられていた
④ 器量よし。気位が高くて、男など見向きもしない
⑤ やさしくてこの国で一番美しい。隣の国の王子と婚約させられていた
お姫様は美しいが結婚に困難がともなうことが、①~⑤で語られている。結婚が 難しい理由を①②④はお姫様の気位の高さとしており、③⑤は別の婚約者がいるこ ととしている。
7) ラッセを自由にするきっかけ(1 度目/ 2 度目)
① 忙しく働かされていたラッセが「満足しているならば、ほうびが欲しい」と申 し出る。/ラッセが「あなたはもう助けがいらなくなったのだから、おいとま させてほしい」と申し出る。
② 忙しく働かされていたラッセが「満足しているならばお返しが欲しい」と申し 出る。/ラッセが「わしの手助けなんかいらないでしょうから、もう行かせて ください」と申し出る。
③ 公爵は息子が生まれて幸せを感じ、ラッセの望みを聞くことにする。/公爵が ラッセに「どのように報いたら良いか」と申し出る。
④ ラッセが、満足しているならば、ほうびが欲しいと申し出る。/ラッセが、も うわたしの助けなどいらないのだから、「解雇証明書を頂きたい」と申し出る。
⑤ 公爵は息子が生まれて幸せを感じ、ラッセに「どうしたらおまえに報いること ができるかね」と尋ねる。/公爵はラッセの助けを必要としなくなり、対等な
立場になろうと考えて「どうすればおまえに報いることができるかね」と申し 出る。
ラッセが自由になるきっかけは、①②④はラッセの申し出によっており、③⑤は 主人公からの申し出によっている。③⑤は息子が生まれたことによって、主人公が ラッセの望みを叶えようとしたという展開も共通している。
8) 結末
① 王様の死後は、公爵が国全部を治めた。多くの人が、紙の入った箱を探したが、
見つからなかった。
② 王様の死後は、王子が国全部を治めた。多くの人が、今も紙の入った箱を探し ている。
③ 王様の死後は、公爵が国全部を治めた。死んでいなければ今も生きている。
④ 王様の死後は、公爵が国全部を治めた。紙は今も大勢の人が探している。
⑤ 王様の死後は公爵が王様になり、公爵の死後は息子が国を継いだ。
すべて主人公が王様から国全体を引き継いで終わる。①②④はラッセを呼び出す 呪文が収められた箱が今も埋められたままになっているということが言い添えられ ている。
以上の調査から、①④は、3) 主人公が公爵であること、4) ラッセの姿が最初は 目に見えないこと、ラッセの姿は灰色の服を着てとんがり帽子をかぶった体のちい さな老人だったこと、5) 主人公がラッセに願ったことの内容、6) お姫様は美しい が男性に関心を示さなかったこと、7) ラッセからの申し出によって主人公がラッ セを自由にしていること、8) 王様の死後に主人公が国全体を治めたこと、今も多 くの人がラッセを支配する紙を探していること、で一致していることがわかる。①
④は、同一の昔話の翻訳である可能性が高いと考えられる。
②は、3) 主人公が王子であること、2) ラッセの帽子は赤い色をしていること以 外は①④と一致している。
③⑤は、3) 主人公はセヴェリンのメーヴェス公爵がであること、4) ラッセは最 初から主人公の前に姿を現していること、5) 主人公の願いごとの内容、6) お姫様 は美しいが隣国の王子と婚約させられていたこと、7) 主人公に息子が誕生してい ること、主人公は息子の誕生をきっかけにラッセの望みを聞こうとすること、8)
王様の死後は主人公が国全体を治めたこと、で共通している。ただし、4) 援助者 の姿、8) 結末について⑤は主人公の死が語られている、という点が異なっている8。
第 2 章 スウェーデン語原典の特定
本章では、再話である②を除いた、①③④⑤についてスウェーデン語の原典を調 査する。
方法は、まずスウェーデンの昔話および「召使いラッセ」について概観を示し、
「召使いラッセ」の原典の可能性がある昔話を指摘したのち、前章と同様に 2) ~ 8)
について分析をおこなう。
(1) スウェーデンの昔話蒐集と「召使いラッセ」について
クリントバリは、スウェーデンの近代的昔話蒐集の重要な時期を 19 世紀とし、
ヒルテン = カヴァリウス(Gunnar Olof Hyltén-Cavallius, 1818-1889)とスティーヴ ンズ(George Stephens, 1813-1895)、ユールクロウ(Nils Gabriel Djurklou, 1829- 1904)、ボンデソン(August Bondeson, 1854-1895)の業績を紹介している9。スウェー デンの近代的な昔話蒐集と記録は、ヒルテン=カヴァリウスとスティーヴンズが著 したSvenska folk-sagor och äfventyr (1844-1849) から始まると考えられている。古 典的な表現を駆使した文章は読者を獲得することができず、当初予定されていた続 刊は発行されなかった。しかし、ヒルテン=カヴァリウスによる膨大な手稿が残さ れており、1900 年代に入って、リリエブラード、サルグレーンら研究者の手で復 元作業がおこなわれた。なお、Svenska folk-sagor och äfventyr は英語やドイツ語訳 も出版されたが、そのなかに「召使いラッセ」は収録されていない。
ネルケの男爵家に生まれたユールクロウは、再話者による意図的な書き直しを批 判したにもかかわらず、口承とは異なるネルケ方言で昔話を書き直している。クリ ントバリは、「口頭伝承から集めた物語を、方言を用いたユーモラスな語り口で再 話した」10と、ユールクロウの昔話集の特徴を表している。
ユールクロウは、Sagor och Äfventyr berättade på svenska landsmål (1883)に「召 使いラッセ」を収録している。同書の解説には「召使いラッセ」は、ネルケの Eva Helena Norberg という、当時 93 歳になる語り手から聞いたこと、この語り手は語 りの名手であったことを書き記している11。また解説のなかで、ネルケの昔話につ いて国内外の先行文献に記された類話を丁寧にあげているが、ラッセの類話に関し てはスウェーデンの昔話集の名前があげられていない。つまり、ユールクロウにとっ て、「召使いラッセ」はスウェーデンではまだ記録されていない昔話と考えられて いたことがわかる。
Sagor och Äfventyr berättade på svenska landsmål は、英語とドイツ語に翻訳され ている。1901 年にブレクスタによる英訳、1915 年にシュトレーベ(Stroebe)に よるドイツ語訳が出版された。シュトレーベ訳からさらに英訳版 (Martens訳、
1921)、ブレクスタ訳をさらに再話したハビランドの昔話集(1973)が出版されて いる。
1943 年にサルグレーンによって、ユールクロウの 1865 年当時の手稿が発表され、
一部がドイツ語訳されて「世界の民話シリーズ」12に収められた。また、サルグレー ンによって「ネルケ地方の昔話と言い伝え」としてまとめられたユールクロウの手 稿は、薮下が「スウェーデン民話研究の為に(資料 16.)」13で日本に紹介している。
ボンデソンのHistoriegubbar på Dal (1886) は、語り手の言葉を変えることなく 標準スウェーデン語を用いて書き留められ、さらに語りの場の描写もされており、
昔話の資料として評価が高い。しかし、この本のなかに「召使いラッセ」は収録さ れておらず14、また、外国で翻訳された例も極めて少ない15。
(2) ①③④⑤の原典の特定
①④は原典を明記していない。しかし、第 1 章の調査でユールクロウの 1883 年 版「召使いラッセ」をもとにした再話の翻訳である②と内容が似ていることから、
①④の原典はユールクロウの 1883 年版によるものであると仮説をたてた。
③には、Hyltén-Cavallius & Stephens, Sevenska sagor (1965) が原典と明記されて いる。
⑤はユールクロウの手稿がもとになっていることが、訳者のあとがきから推測さ れる。
以上のことから、スウェーデンでの出版順に、ユールクロウ(1883 年版)、ユー ルクロウ(手稿)、ヒルテン = カヴァリウスとスティーヴンズ(1965 年版)につい て第 1 章の 2) ~ 8) の分析項目をもとに調査をおこなう。
(2)- 1 ユールクロウ(1883 年版)
2)題名:Lasse, min dräng(ラッセ、私の召使い)
3)主人公:Dä va en prins häller härting, häller hva han nu va, men åf e okristlitt hög stämma va han i alla fulla fall, (王子だか、公爵だか、そのような人)
4)ラッセの姿:Han titta’ sej ikring, men ingen käft såg han te (声はするが、姿は 見えない)/ en liten gubbe i grå klär mä e rö pikolamössa på hufvé. I syna såg han
ut sóm den värschta skråpuk å inte va han för rar för resten häller(灰色の服に、赤 いとんがり帽子を被ったちいさな男。最悪なカカシのような顔をしていたが、顔以 外だって似たり寄ったりだった)
5)主人公の願いごと:食事、ベッド、城、相手の2倍の兵士と騎兵、お姫様を眠っ たまま連れてくる。
6)お姫様:Kónungen hadde e doter, sóm va enda barnä, å så innlitt fin å fager, så ingen visste sej nånnsinn ha sitt hennas like.(王様には一人娘のお姫様がいた。美 しく、誰も並ぶものがいないほどだった。) så fager ho va, så va ho så sufrän, så ville allri titta åt någä manfólk(お姫様は美しく、誇り高く、男には目もくれなかった)
7)ラッセを自由にするきっかけ:忙しく働いていたラッセが「満足してるなら褒 美が欲しい」と申し出る。/ラッセが「あなたにはもう私の助けは必要ないのだか ら、紙を返してください」と申し出る。
8)結末:Når kungen dog feck han hela riké óg å må tro han stog sej inte sämmer för dä, å dännasse lefver å regerar han fälle än um han inte ha vurta döer. (王様が亡くな ると、国を継いで王様になった。死んでいなければ、今も生きている。) Men den dära äschá mä lappen i, den ä många sóm gnia å leta ätter. (しかし、あの紙が入って いる箱は、多くの人が探している。)
ユールクロウの 1883 年版「召使いラッセ」は、3)6)7)8)において①④と一 致している。異なるのは、4)において、①④はラッセがかかしではなく幽霊に喩 えられている点と、5)で、④のみ「相手の兵の 2 倍」という数が書かれていない 点のみである。以上の調査から、①④はユールクロウの 1883 年版「召使いラッセ」
をもとに重訳された可能性が高いと言えよう。今後、どのような訳を経て、ユール クロウから①④へ至ったのかを確認する必要があるだろう。
(2)- 2 ユールクロウ(手稿)
ユールクロウの手稿に基づく「世界の民話シリーズ」、および「スウェーデン民 話研究の為に(資料 16.)」の「召使いラッセ」を用いて、第 1 章と同様に 2)から 8) について調査をおこなう。スラッシュの前に「世界の民話シリーズ」、スラッシュ の後に「スウェーデン民話研究の為に(資料 16.)」で書かれている内容を示す。
2)題名:Lasse mein Knecht oder Herzog Meves von Sevelin(ラッセ 私の召使い、
またはセヴェリンのメーヴェス公爵)/私の下男ラッセ、又はセーヴェリンのメー ヴェス公
3)主人公:Es war einmal ein reicher mächtiger Herzog, der hieß Meves, und sein Herzogtum hieß Sevelin, und es lag weit entfernt im Süden.(むかし、メーヴェスと いう名前の金持ちで強力な公爵がいた。領地はセヴェリンといい、ずっと遠くの南 部にあった。)/メーヴェスという名の、金持ちで強力な公爵がいた。その領土はセー ヴェリンと言い、ずっと遠い向うの西の諸国の一つであった。
4)ラッセの姿:Ein kleiner einäugiger alter Mann in grauen Kleidern(灰色の服 を着た、ひとつ目の年寄りの小男)/ちいさな片目の少年が灰色の服を着て(後略)
5)主人公の願いごと:食事、ベッド、城、Einen Herold und sechshundert Ritter(先 ぶれ一人と、600 人の騎士)、眠っているお姫様を連れてくる。/食事、ベッド、館、
一人の使者と、鎧を着て金のかぶとをかぶった六百人の騎士、王女を目を覚まさな いように連れてくる。
6)お姫様:Der König hatte eine einzige Tochter, so lieblich und schön, daß kein Mensch sagen konnte, wie schön sie eigentlich war, (王様には一人娘がいたが、愛 らしく美しく、とうてい言葉では言い表せないほどだった。) er hatte sie einem mächtigen Königssohn in einem Nachbarreich verlobt(お姫様は隣の国の強力な王 子と婚約させられていた。)/やさしくて美しく、この国では比べようがないくら いだった。隣の大国の王の息子と婚約させられていた。
7)ラッセを自由にするきっかけ:王子が生まれて、公爵はラッセの恩に報いよう とした。/公爵は息子の誕生に幸せを感じ、ラッセの恩に報いようと考えて、ラッ セの望みを聞くことにした。公爵はラッセと対等になろうと考えた。
8)結末:und mit Weisheit und Kraft herrschte er nicht nur über das Reich, das Lasse ihm erworben hatte, sondern nach des alten Königs Tod über das ganze Königreich, und wenn er noch am Leben ist, regiert er dort noch jetzt.(公爵はラッセのおかげで 手に入れた国はもちろん、王様の死後は知恵と力をもって王国全土を治めた。彼が 生きているなら、今も治めているだろう。)/公爵は老王の死後は、王国の全土を も治めた。永くて有用な人生を送った後、自分の日々を終えた。公爵は自分の息子 に後を継がせた。息子が生きていれば、おそらくそこでまだ国を治めているはずで ある。
ユールクロウ(手稿)の「召使いラッセ」は、2)~ 8)について⑤と一致する。よっ て、⑤はユールクロウの手稿による「ネルケ地方の昔話と言い伝え」が原典である と言える。
(2)- 3 ヒルテン=カヴァリウスとスティーヴンズ(1965 年版)
③は、Hyltén-Cavallius & Stephens, Sevenska sagor (1965) が原典であると明記さ れている。1965 年に、Bokförlaget Prismaが 4 巻揃いの本を刊行している。原典と して示しているのは、この本ではないかと思われるが、残念ながら今回は資料を入 手することができなかった。
ヒルテン = カヴァリウスが残した多くの手稿は主にサルグレーンによって、グ スタフ・アドルフ王立研究所から研究叢書の一冊、あるいは全集として発行され ている。サルグレーンによって編集されたヒルテン = カヴァリウスとスティーヴ
ンズのSvenska sagorというタイトルの書籍は 1943-1945 年にも発行されている。
1943-1945 年版も 1965 年版と同様に 4 巻から成っており、最初の 2 巻にはSvenska folk-sagor och äfventyr (1844-1849) 、後半の 2 巻には手稿が収められているが、こ の本には、「召使いラッセ」は収められていないことを指摘しておく16。
(2)- 4 ①③④⑤の原典の特定
(2)- 1 ~ 3 の調査によって、①④はユールクロウの 1883 年版が原典となって いる可能性が高いと考えられる。⑤はユールクロウの手稿をサルグレーンが復元し た「ネルケ地方の昔話と言い伝え」が原典であることが明らかになった。③はヒル テン = カヴァリウスの手稿が原典だと書かれているが、真偽を確かめるに至らな かった。
スウェーデンの昔話は、昔話記録の古典とみなされる書物からも、新たな研究の 成果からも選ばれて日本へ紹介されていることがわかった。しかしながら、原典が 明記されていないことが多く、読者にその昔話の背景が充分に伝わらなくなってし まっているところに課題があると言える。
第 3 章 ユールクロウから、木村由利子訳「しもべのラース」へ
②は、ユールクロウのSagor och Äfventyr berättade på svenska landsmål (1883)が もとになっている。ブレクスタがユールクロウの「召使いラッセ」を英語に訳し
(1901)、さらにハビランドが Favorite Fairy Tales Told in Sweden (1966) で再話を おこない、それを木村が日本語訳したものである。
第 3 章では、ユールクロウ、ブレクスタ、ハビランド、木村の文章の、冒頭の主
人公がお金を失うまでの場面と、主人公がラッセと別れる会話の場面を抜き出して 対訳表にして示し、文章がどのように変化したのか、あるいは変化しなかったのか を比較検討する。
「召使いラッセ」対訳表
Djurklou Brækstad Haviland 木村由利子
Stockholm, 1883 London, 1901 New York, (1966)1994 1983
Lasse, min dräng “Lars, My Lad!” Lars, My Lad! しもべのラース
Dä va en prins häller härting, häller hva han nu va, men åf e okristlitt hög stämma va han i alla fulla fall, å hemma ville han inte bli.
There was once a prince or a duke, or something of that sort, but at any rate he be- longed to a very grand family, and he would not stop at home.
There was once a Prince who left home to travel all over the world.
むかし、ひとりの王 子が、世界中を旅す るために、国をあと にしました。
Så drog han väla ikring, å hvar han kóm, blef han väl gäten å fick vara mä i värschta svängen, för penningar, dä hadde han obe- griplitt.
So he travelled all over the world, and wherever he went he was well liked, and was received in the best and gayest families, for he had no end of money.
And wherever he went he was well liked and was re- ceived by the finest families, for he had no end of money.
王子はどこへいって もとても人にすかれ、
身分の高い家族たち にもてなしをうけま した。だって王子は、
く さ る ほ ど お 金 を もっていたからです。
Vänner å kómsänser dä feck han hvar han drog fram förståss, för den, sóm har full ho, råkar allti på grisar, sóm villa i å snaska.
He made friends and acquaintances, as you may imagine, wherever he went, for he who has a well-filled trough is sure to fall in with pigs who want to have their fill.
Wherever he went he made friends and spent his money gaily, until he had not even one farthing left.
王子は、いくさきざ きでたくさんの友だ ちを作り、お金を気 前よくじゃんじゃん 使ったものですから、
とうとう一文なしに なってしまいました。
Men hur han regera’
mä penningár så tog di på å tryta, å han vart så pungsugen på sista byté, så han hadde inte så myckä sóm en bankovitten en gång.
But he went on spending his money until he came to want, and at last his purse become so empty that he had not even a farthing left.
Nu va dä slut mä di många vännera óg, för di gjole sóm grisár.
And now there was an end to all his friends as well, for they behaved like the pigs ;
And then there was an end to all his friendships.
金の切れめが縁の切 れめ。
Når hon va tom å han inte hadd’ någä mer å gi dóm, börja’
di grymta å grina, å så gne di hvar åt sitt håll.
when the trough was empty and he had no more to give them, they began to grunt and grin, and then they ran away in all directions.
Där stog han nu lång-
näster å hemsamten. There he stood alone
with a long face.
Alla va trifna te hjälpa honom åf mä penningár men ingen ville hjälpa honom tebakars,
Everybody had been so willing to help him to get rid of his money, but nobody would help him in return ;
Everybody had been willing to help him spend his money, but nobody would help him in return.
王子のお金を使う手 伝いは、だれもがし たがったくせに、そ のお返しに王子をた すけてくれる人は、
ひとりもいませんで した。
å så vart dä inte anna rå för honom än te knalla sej hemått å be um sina smuler på vägen.
and so there was nothing for it but to trudge home and beg for crusts on the way.
There was nothing for him but to trudge home, begging for crusts on the way.
ふるさとに帰るにも、
食べものをめぐんで もらいながら、てく てく歩いていくしか、
みちはありませんで した。
Så kóm Lasse en da in te härtingen, å han såg inte stort licker ut än når han sågen fórsta hvarfvä men nu va’ han mjuker förståss å trösta sej inte te å grina å flina någä.
Then one day Lars came to the duke, looking very little better than the first time he had seen him; but he was, of course, more hum- ble, and did not dare to giggle and make grimaces.
One day Lars came to the Prince, look- ing very little better than before. But this time he was more humble, and did not dare to giggle and make faces.
ある日、ラースが王 子の前にあらわれま した。前と同じよう に、みすぼらしいす がたでした。けれど も態度はずっとつつ しみぶかくて、くす くす笑ったり、しか めっつらをしたりの 不作法はしませんで した。
》Nu trähger ni inte um min hjälp länger》
sa han 》för slet ja skor i fórstninga, så ä ja nu allri krópp te slita ut ett endaste par, å tar mest på te bli móslupen på bena.
“You do not want my help any longer, now,”
he said; “for although I did wear out my shoes at first, I am now unable to wear out a single pair, and my feet will soon be covered all over with moss.
“You do not want my help any longer,” he said. “I used to wear out my shoes, but now I am unable to do so. My feet will soon be covered with moss.
ラースはいいました。
「もう、わしの手助 けなんかいらないで しょう。わしはずっ とくつをすり切れさ せてきて、もうこれ 以上仕事ができそう にありません。わし の足は、そろそろお はらいばこです。
Så nu kunne ja fälle få min olófsedel》sa han.
So I thought I might now get my leave of absence,” he said.
Now perhaps you
might let me go.” も う 行 か せ て く だ さ っ て も、 い い で しょう。」
Härtingen tyckte allt
så mä han. The duke quite
agreed with him. The prince agreed. 王子はうなづきまし た。
Nock ha ja fresta’ te spara dej, å ja tycker ja tror ja skulle kunna åvará dej óg》
sa han.
“I have tried to spare you, and I almost think I could do with- out you,” he said.
“I have tried to spare you, and I almost think I could do with- out you.
「わたしはおまえを 使いすぎないように、
気をつかってきたつ もりだよ。それにも う、おまえがいなく てもやっていけそう だ。
Men slóttä å allt dä annra, dä vill ja inte mista, för en tócken byggämästare sóm du, dä kan ja allri få, å inte vill ja klä galgen ett tag te häller, dä kan du fälle bergripa,
“But the palace and all the rest I do not want to lose, for such a clever builder as you I shall never get again; nor do I ever want to adorn the gallows again, as you can well understand;
But the palace and all the rest I do not want to lose, for such a clever builder as you I shall never get again.
ただ、この宮殿など はなくしたくない。
おまえのようにたく みな作り手は、二度 と手に入らないだろ うからね。
så gi dej lappen teba- kars, dä vill ja inte på vilkór》sa han.
so I cannot give you back the paper on any account,” he said.
I cannot give you back the paper on any account.”
だからどんなことが あっても、あの紙は 返せないよ。」
》Så länge ni har honom’ så ä dä fälle ingen fara för mej
》sa Lasse,
“Well, as long as you have got it, I need not fear,” said Lars;
“well,” said Lars, “as long as you have it, I need not fear;
すると、ラースはい いました。「そうで すか。だんなさまが あれを持っているあ いだは、わしはこわ がらなくてもいいん です。
men um nå’n ann får tag i’n, så blir dä te kula å gno igen, å dä ä dä, ja ville slippa, för når en ha gnott tócken sóm ja i tu- sen år, så tar en på te tróttna》, sa han.
“but if anybody else should get hold of it there will be noth- ing but running and trudging about again, and that’s what I want to avoid; for when one has been tramping about for a thousand years, as I have done, one begins to get tired of it,” he said.
but if anybody else should get it, there would be nothing but running about again, and that’s what I want to avoid. When one has been tramp- ing about as I have done, one begins to tire of it.”
ほ か の 人 間 の 手 に 入ったりしたら、ま たもや、あくせく使 い走りの毎日でさ。
そいつはもうまっぴ ら。こんなにかけま わりつづけたら、い いかげんうんざりす るというもので…」
Men hur di språka’, så vart di sams um att härtingen skulle lägga in lappen i äschá å så gräfva nera sju alnar un- ner jola unner en själfväxter sten.
But they went on talking, and at last they agreed that the duke should put the paper in the box, and then bury it seven ells under the ground, under a stone fixed in the earth.
At last they agreed that the Prince should put the paper in the box and bury in twenty feet under the ground, beneath a stone.
ふたりは話しあい、
王子が紙を箱に入れ、
石の下、地下六メー トルにうめることに きめました。
Så tacka’ di hvarann för godt sällskapp å så skeldes di åt.
They then thanked one another for the time they had spent in each other’s com- pany, and so they parted.
They then thanked one another and parted.
そして、たがいに礼 をいいあってわかれ ました。
(1) 冒頭部分
・ユールクロウからブレクスタ
主人公を「王子だか、公爵だか、ともかく身分の高い人」と呼んだり、お金目当 てに集まる人々を豚に喩えたり、「なにしろ、お金をたっぷり持っていたんですから」
といったユーモラスで皮肉な口調も保たれており、全体にユールクロウの文章を尊 重した翻訳がおこなわれている。
・ブレクスタからハビランド
主人公が公爵から王子に変更されている。お金目当てに集まる人々を豚に喩える 皮肉な文章が削られ、 “ And then there was an end to all his friendships ”とのみ書か れているなど、全体的に文章が削られ、読者の意識が出来事に向けられるように工 夫されている。
ハビランドは司書の経験を活かし、子どもにわかりやすいことを優先して再話を おこなったと考えられる。ハビランドが主人公を公爵から王子に変更したのは、ア メリカの子どもたちにとって貴族の階級である「公爵」はわかりにくいと判断した からではないだろうか。
・ハビランドから木村
主人公を王子とするなど、ハビランドの文章に忠実な訳となっている。
ハビランドが “ And then there was an end to all his friendships ”と書いた文章を、
木村は「金の切れめが縁の切れめ」と諺を用いて表現している。ユールクロウの文 章にあった豚の喩えは消えてしまったが、原典にある風刺が木村訳で保たれている 点が興味深い。
(2) 後半部分
・ユールクロウからブレクスタ
「足にコケが生えてしまいそうだ」「1000 年も仕事をしてきた」など細かい表現 も保たれていて原書に忠実な訳がおこなわれている。aln17というスウェーデンの 身体尺は、イギリスで馴染みのある ell に変更されている。なお、7 alnar は約 420
cm、7 ellsは約 800 cm であり、長さに違いがある。身体尺の翻訳は難しいため、「7」
という数を活かしたのだと思われる。ちなみに、昔話には決まった数を好む性質が あり、「7」もそのうちのひとつである。
・ブレクスタからハビランド
一文が短く区切られているほか、「絞首台にあがりたくない」「1000 年も仕事を してきた」などの表現は削られている。
また長さの単位は、feetに変更されている。20 feetは約 600 cm であり、長さが 変わっている。また「7」という数も活かされていない。
・ハビランドから木村
木村の訳はおおよそハビランドの文章に忠実であるが、ラースが暇乞いに現れた ときに、「昔は何足も靴をすり減らして働いたものだが、今はちっとも減らない。
足に苔が生えてしまいそうだ」と言っていた文章が、「わしはずっとくつをすり切 れさせてきて、もうこれ以上仕事ができそうにありません。わしの足は、そろそろ おはらいばこです」18という表現に置き換わっている。ラースが休みを欲する理由 は明確にはなっているが、主人公がもはやラースの助けを必要としていないとい うことがわかりにくくなっている。なお長さの単位は m になっており、日本の子 どもに伝わりやすいように配慮がされたと思われる。なお、長さは 6 m と書かれ、
20 feet とほぼ同じ長さになっている。
以上、「召使いラッセ」の冒頭部分と後半部分に限定して比較をおこなった。ユー ルクロウの「召使いラッセ」と木村訳「しもべのラース」のみを比較すると、主人 公の身分やラースとの会話など細かい表現が異なっているので、同じ昔話であると はわかりにくい。ユールクロウの昔話から大きく変わったのはハビランドによる再 話が転機となっているが、木村自身も長さの単位を読者の身近なものに変更したり、
諺を活用したりと変更を加えている。ハビランドの再話はもちろん、ブレクスタや 木村の翻訳によっても、少しずつ原典と異なる部分が生じていることがわかった。
おわりに
スウェーデンの昔話「召使いラッセ」は、日本では 5 冊の昔話集(①~⑤)に収 録されている。②はユールクロウの 1883 年版が、アメリカでの再話を経て日本語 へ翻訳されていた。①④は異なるドイツ語の昔話集から翻訳された昔話だが、ユー ルクロウの 1883 年版に基づいていると考えられる。⑤はユールクロウの手稿をサ ルグレーンが復元したものに基づいていた。③はヒルテン = カヴァリウスの手稿 に基づくと書かれていたが、断定には至らなかった。以上のことから、日本で翻 訳されている「召使いラッセ」5 話のうち、4 話がユールクロウの手稿、あるいは
1883 年版に遡ることができた。
日本で出版されているスウェーデンの昔話は、スウェーデンの昔話記録の古典と される昔話集や新たな研究成果から選ばれて、日本語へ翻訳されているにもかかわ らず、原典について明記されていないままであることが多い。そのために、①~⑤ に収められた「召使いラッセ」における差異が、訳者の表現による違いなのか、原 典の違いなのかがわかりにくい。もちろん、読者にとっては「面白いか、どうか」
が最も重要な問題ではあるが、他国の昔話を理解するために、原典やその背景につ いても情報を示す必要があるのではないだろうか。
さて、ユールクロウが書き記した昔話であるが、ネルケの方言を用いているこ と、そして語られたままを保持していないという欠点はあるものの、ユーモラスな 語り口に特徴があるとされている。英語訳やドイツ語訳、さらにそこから日本語に 訳されていくなかで、ネルケの方言を保持することはできない。翻訳を経た時点で、
ユールクロウの特徴のひとつは失われてしまっている。いっぽう、ユーモラスな語 り口に関してはどうだろうか。読者対象によって、あるいは文化の違いによって、
笑いを誘う文章がそぎ落とされる例が見受けられる。例えば、「王子だか、公爵だ か、ともかく身分の高い人が」などといった語り口は、子どもに曖昧に感じられる ためだろうか、ハビランドの再話では削られていた。貪欲な人々を豚に喩えていた 文書も、ハビランドによって削られている。しかし、もとの文章にある対話の軽快 さ、つぎつぎに場面が転換していく面白さは翻訳や再話を繰り返しても保持されて いるように感じられる。木村は諺を活用することによって、風刺の要素を浮かび上 がらせていた。翻訳や再話を経ることで、ユールクロウの記した昔話「召使いラッ セ」の普遍的な面白さが浮かび上がってきたとも言えるのではないだろうか。
以上、スウェーデンの昔話「召使いラッセ」について、どのような昔話が選ばれ、
どのような翻訳や再話を経て日本語へ訳されたかを調べた。その結果、「召使いラッ セ」の日本語訳の大半が重訳を経ていること、スウェーデン語の原典が明示されて いないことがわかった。今後、昔話の研究や紹介が進み、翻訳が増えていけば、さ らに情報の混乱が深まる可能性もある。日本語に訳されたスウェーデンの昔話の整 理を進めるとともに、スウェーデンの昔話研究史や、スウェーデンで出版された昔 話を原典に近いかたちで紹介していくことが早急な課題としてあげられる。
注
1 以下、「ラッセ、用事だよ!」「しもべのラース」「召し使いラッセ」「ラッセ、
わたしの召使い」「召使いラッセ」の総称として「召使いラッセ」を用いる。
2 小澤俊夫編訳『巨人シュトンペ=ピルト』p. 2 3 谷口幸男編訳『魔法のつぼ』p. 3
4 薮下紘一訳『スウェーデン民話名作集 Ⅳ』p. 3
5 ハーバード大学図書館の書誌情報によると以下の通り。(最終アクセス:
2016.9.16)
Author / Creator:Liljeblad, Sven S.(Sven Samuel), 1899-;
Sahlgren, Gudrun, 1808-;
Sahlgren, Jöran, 1884-;
Sahlgren, Jörel [ed]
Contents: 1.bd. I. Efter Sven Sederströms uppteckningar / berättade av Gudrun och Jöran Sahlgren. II. Sagor från romantikens dagar / berättade av Sven Liljeblad efter upptecknarnas original--2.bd. I. Efter Mickel i Långhults uppteckningar / berättade av Sven Liljeblad. II. Efter prosten C. F. Cavallius’
uppteckningar / berättade av Gudrun och Jöran Sahlgren--3.bd. I. Sagor från skilda landskap / ur G. O. Hyltén-Cavallius’ och G. Stephens’ samlingar, berättade av Gudrun och Jöran Sahlgren. II. Sagor och sägner från Närke / samlade av Gabriel Djurklou, berättade av Jöran Sahlgren--4.bd. I. Sagor från Gotland / samlade av Per Arvid Säve, berättade av Gudrun och Jöran Sahlgren. II. Sagor samlade från skillingtryck / berättade av Jörel och Jöran Sahlgren.
6 薮下紘一「スウェーデン民話研究の為に(資料16.)」『駒澤大学外国語論集4』
(2008. 3): 41-172
7 ①~⑤のうち、⑤だけがラッセを少年としている。これは底本を特定して、ス ウェーデン語を確認する必要がある。何故なら、“pojke”“pilten”の訳であれば、
「召使いラッセ」には、ラッセが成年である話と若者である話の両方が存在す ることになる。反対に、“gosse”“gubbe”の訳であれば、「ちいさな男」を訳 者の判断で少年としている可能性もあるからである。
8 主人公の死が結末で語られる例は珍しい。これも原典を特定し確認する必要が あると思われる。
9 クヴィーデラン、レイムン、ヘンニング・K. セームスドルフ監修『5人の語り 手による北欧の昔話』p. 245
10 クヴィーデラン、レイムン、ヘンニング・K. セームスドルフ監修『5人の語り 手による北欧の昔話』p. 246
11 Djurklou, Gabriel. Sagor och Äfventyr, pp.Ⅲ-Ⅳ
12 Schier, Kurt. Schwedische Volksmärchen. Die Märchen der Weltliteratur. Eugen Diederichs Verlag, 1971.
13 薮下紘一「スウェーデン民話研究の為に(資料16.)」『駒澤大学外国語論集 4 』
(2008. 3): 41-172
14 Bondeson, August. Historiegubbar På Dal. Albert Bonniers förlag, 1940.
15 クヴィーデラン、レイムン、ヘンニング・K. セームスドルフ監修『5人の語り 手による北欧の昔話』pp. 249-250
16 『魔法のつぼ』にスウェーデンの昔話として収録された6話のうち、1943-1945
年版に収録されている昔話は1話(「魔法のつぼ」)のみである。底本として示 してある書籍に誤記がないか、1965年版を入手して特定をする必要がある。
17 肘から中指の先までの腕の長さを示す単位。時代により多少長さに違いがある。
18 木村由利子訳『しもべのラース』p. 92
使用文献
小澤俊夫編訳『巨人シュトンペ=ピルト』ぎょうせい、1981(世界のメルヒェン図 書館② 北ヨーロッパのはなし).
谷口幸男編訳『魔法のつぼ』小峰書店、1983(世界の昔ばなし・4――北欧).
テッツナー、L.編『メルヒェン12ヵ月 1月篇』飯豊道男訳、未来社、1988.
ハビランド、バージニア『しもべのラース』木村由利子訳、学校図書、1983(世界 のむかし話③ スウェーデン).
薮下紘一訳『スウェーデン民話名作集Ⅱ』春風社、2011.
薮下紘一「スウェーデン民話研究の為に(資料16.)」『駒澤大学外国語論集 4 』駒 澤大学総合教育研究部外国語第1・第2部門(2008. 3): 41-172.
Djurklou, Gabriel. Sagor och Äfventyr berättade på svenska landsmål. C.E.Fritze’s K.
Hofbokhandel, 1883.
Djurklou, Nils Gabriel. Fairy Tales from the Swedish of Baron G. Djurklou. Tr. Hans Lien Brækstad. Wikkiam Heinemann, 1901. Classic reprint Ser. Forgotten Books, 2015.
Haviland, Virginia. Favorite Fairy Tales Told in Sweden. A Beech Tree Paperback Book, 1994.
Schier, Kurt. Schwedische Volksmärchen. Die Märchen der Weltliteratur. Eugen Diederichs Verlag, 1971.
参考文献
カーペンター、ハンフリー、マリ・プリチャード『オックスフォード世界児童文学 百科』神宮輝夫監訳、原書房、1999.
クヴィーデラン、レイムン、ヘンニング・K. セームスドルフ監修『5人の語り手に よる北欧の昔話』川越ゆり訳、古今社、2002.
ブレッチャー、ローン=シグセン、ジョージ・ブレッチャー編『スウェーデンの民 話』米原まり子訳、青土社、1996.
日本児童文学学会編『児童文学事典』東京書籍、1988.
薮下紘一訳『スウェーデン民話名作集Ⅳ』春風社、2013.
Bondeson, August. Historiegubbar På Dal. Albert Bonniers förlag, 1940.
Hellsing, Birgitta, och Jan-Öjvind Swahn. Svenska Folksagor. Bonnier Fakta, 2008.
Hyltén-Cavallius, Gunnar Olof, och George Stephens. Svenska sagor. Band1-5, Uppsala:
Kungl. Gustav Adlfs Akademien, 1943-45.
Strömbäck, Dag. Leading Folklorists of the North. Universitetsforlaget, 1971.