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土偶のなかに現代が見える

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Academic year: 2022

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

土偶のなかに現代が見える

古谷, 嘉章

九州大学大学院比較社会文化研究院

http://hdl.handle.net/2324/2348533

出版情報:第18回船橋市縄文コンテンポラリー展inふなばし図録, pp.20-21, 2018-11-01. 船橋市教育委 員会飛ノ台史跡公園博物館

バージョン:

権利関係:

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■序章 アートが可能にする問い

 アートとよばれるものは、何の役に立っているのか。「役に立たないこ とこそアートの役割だ」といった美学者の議論から少し離れてみると、

「通常は気づかないような問いを提起する」のは、アートが実際に果た している重要な役割である。そしてそれがうまくいくと、同じモノや同じ コトがまったく違って見えて来る。2010 年にイギリスのセインズベリー 視覚芸術センターで開催された『出土したもの』(Unearthed)展では、

縄文土偶とヨーロッパの新石器時代の「土偶」(figurine)を、フィギュ アなど人形めいた現代のモノと並べて展示することで、考古学の通常の 展示では提起されないような問いを提起することを試みた。そのひそみ に倣って、本書では、土偶について、考古学のストライクゾーンの内側 か外側か微妙な辺りの問いを提起してみたいと思う。

■第 1 章 文字をもたない人々が作ったモノ

 土偶をつくった人々が文字をもっていなかったことは、忘れてはなら ない重要な点である。そもそも人類の社会なら言語は存在するが、文 字のない社会というのは、人類史上、むしろ当たり前だった。文字をも たない縄文人は、現代人が文字を用いて行っている表現やコミュニケー ションを、文字なしでやっていた。そのときモノが担わされていた任務は、

おそらく、文字の利用に慣れきってしまっている私たちの想像を絶する だろう。文字が無いからといって抽象的思考が不可能になるわけではな い。たとえばの話だが、「南無阿弥陀仏」という観念を土偶で表せと言 われたら、どうしたらよいだろうか。もちろん縄文人の社会には仏教は なかったが、私たちの知らない何かに物質的な形を与えるために、彼ら は土を捏ねて焼いて土偶を作ったのである。

■第 2 章 人の形は誘

いざな

 土偶が人間を表わしているのかどうか、考古学のなかでもいろいろ議 論がある。そもそも、現代人が「土偶」と総称しているモノが、縄文時 代にひとまとまりの同種のモノと考えられていたのかについても、安易 に結論を出すことができないが、それは措くとして、たしかに多くの土 偶は「人間めいた形」をしている。そして「人の形をしたモノ」というのは、

そうでないモノと違って、人間を相互作用へと誘う。逆の側から見れば、

私たちは、モノに人の形を見て取ると、自分が働きかけられているよう に感じて、抱きかかえるとか、話しかけるとか、応答しなければならな いような気分になる。土偶が何を表すモノであるにせよ、人間からの一 方的な働きかけではなく、相互作用を想定して作られていること、これ は確かだろう。

『土偶のなかに現代が見える』という本がある。しかし1冊しかない。

しかも私の頭の中だけにある。公刊の予定は、いまのところ、ない。

というわけで、この場を借りて、その稀覯本のサマリーを章立てにそって御披露したい。

■第 3 章 交信デバイスのサイズ

 土偶にはさまざまなサイズのものがある。国宝土偶のひとつ山形県の 西ノ前遺跡出土の「縄文の女神」は 45 センチあるが、船橋市の小室上 台遺跡出土のバイオリン形土偶は 2 センチしかない。これほどサイズが 違えば、使い方も違っただろうと誰もが思う。おおまかにいうと、両腕 で抱えないと持てない大型、片手で持てる中型、掌中におさまる小型に 分けられるのではないか。これは、人間が身体を使ってどのように土偶 と関わり合うのか、という様式の違いとも関連する。別の観点から見れ ば、「据え付け型」、「可動型」、「携帯型」に分けることもできる。デスクトッ プとラップトップとスマートフォンでは、同じパソコンでも使用法に違い があるようなものだろう。土偶もおそらく、何かと交信するためのデバ イスではないか。とすると、スマートフォンを握りしめて街を行く現代人 たちのように、縄文人も小さな土偶を持ち歩いていたのかもしれない。

■第 4 章 土偶はミニチュアって誰が言った?

 もし土偶が人間を表しているとするならば、実際の人間よりかなり小 さい。おそらくそのせいで、土偶はミニチュアだと考えられがちである。

しかし、人間ではなく、とても小さい精霊のようなものを表していると したらどうだろう。その場合、土偶は、ミニチュアではなく拡大模型と いうことになる。土偶をミニチュアであると思い込んでしまうもうひとつ の理由は、人間の体にくらべて小さいので、見上げるものではなく、手 で持つことができたり、掌に納まったりするせいだろう。しかしそれは ただサイズが小さいだけで、ミニチュアというわけではない。ついでに 言えば、奈良の大仏はミニチュアだというのが、私の持論である。なぜ ならば仏様にもいろいろあるが、奈良の大仏は毘盧遮那仏という種類の もので、それはお釈迦様の身体ではなく「宇宙の真理」というとてつも なく大きなものを表す法身仏なので、ミニチュアである。

■第 5 章 宇宙人に会ったことがないのに

 土偶について、しばしば、「まるで宇宙人のようだ」と言ったり、書い たりする人がいる。これは奇妙である。なぜなら、たいていの人は宇宙 人を見たことがないはずだからである。ではなぜ「宇宙人みたい」と思 うのか。それは映画などで見た宇宙人に似ているということなのだろう。

ではなぜ、おそらく誰も見たことのない宇宙人は「あのように」形容され るのだろうか。ここで重要な点に気づく。つまり、宇宙人も含めて、異 界の住人をイメージする際に、縄文人と現代人に共通性があるのかもし れない。そしてそのことのほうが、縄文時代に宇宙人が地球を来訪して いたなどという話より、ずっとスリリングである。

■第 6 章 女神と土偶残欠たち

 「縄文の女神」と綽名された土偶が国宝になったとき、ほかの色々な モノが同時に国宝附(つけたり)に指定された。そのなかには、ミニチュ ア版の「縄文の女神」の破片のようなものが何体も含まれている。「土 偶残欠」とよばれるそれらのモノは、試作品とも考えられるが、分身の ようなものかもしれない。つまり、オリジナルの「御神体」あるいは「御 本尊」のパワーの一部を持ち帰って、持ち歩くためのものかもしれない。

そこで頭に浮かぶのは、縄文遺跡にある博物館などの土産物売り場で 売られている、土偶を象ったキーホルダーやストラップやレプリカであ る。あれも、そういう目でみれば、土偶のパワーの一部を持ち帰るため のモノと言える。そもそも souvenir(土産物)とは、語源からして、何 かを「心に呼び戻す」ための「よすが」なのである。

■第 7 章 土偶とクッキーの不思議な関係

 土産物といえば、縄文遺跡の展示館や博物館の定番に「土偶クッキー」

というものがある。土器や土偶とクッキーには、いろいろ共通点がある。

手で捏ねて、成形し、火で焼く。表面の感じにも、サクサク感というか、

似たところがある。割れやすいという点も似ている。土偶は、完形つま り五体満足で出土するものは少なく、意図的に割られて埋められている ものが多い。その理由については、考古学者がいろいろな考えを披露し ているが、まずは「土偶クッキー」に光を当ててみよう。食べ物だという ことは、消滅を前提に作られている。異常に大口でないかぎり、割って 食べ、体内に入れば消化されて、クッキーではなくなり、何か別のもの へと不可逆的に転換される。では土偶のほうは、どうだろうか。もし意 図的に割られて埋められているなら、そこでも不可逆的な転換が起きて いると言えるだろう。つまり、出土するモノは、正確に言うと「土偶だっ たもの」である。では土偶でなくなったあと、何へと転換しているのだろ うか。もしかすると土偶の本当の任務はそこから始まるのかもしれない。

■第 8 章 土偶キャラを縄文人は理解できるか

 インターネット上の「どぐぽた」というサイトが、2013 年から 3 年間、

「どぐキャラ総選挙」を実施した。これは全国からエントリーした「土偶 キャラ」つまり、実在する土偶を元にしたキャラクターに投票するコン クールで、最初の 2 回は、八戸市の是川縄文館所属の国宝合掌土偶の キャラクターである「いのるん」が優勝し、「いのるん」が出馬を控えた 第 3 回は、山梨県南アルプス市ふるさと文化伝承館の「子宝の女神ラヴィ」

が優勝した。ここで、キャラクター化が、土偶に何を付け足し、何を取 り去っているのかに注目したい。5 体ある国宝土偶が国宝になった理由

は、それぞれだが、いわゆる「キャラ立ち」している点は共通している。

つまり個性が際立っている。少なくとも現代人には、そう思える。では

「土偶キャラ」を縄文人に見せたら、何を表したものか理解してもらえる だろうか。何だかわかってもらえない可能性はかなり高いのではないか。

と言うのも、私たちが気づいていない、その土偶にとって不可欠の特徴 が、キャラクター化で失われてしまっているかもしれないからである。

■第 9 章 土偶から DOGU へ

 長らく地面の下、そして日本列島内に引きこもっていた土偶であるが、

近年、海外に「文化使節」として派遣される例が目立つ。2009 年の大 英博物館の『The Power of Dogu』展での DOGU としてのデビューは、

その白眉だった。海外に行かなくても、近頃、縄文や土偶というより、

JOMON や DOGU と言った方がピッタリくるような新しい動きが生まれ ている。「どぐキャラ総選挙」も 2016 年に「JOMON 美土偶グランプリ」

へと衣替えした。そうした昨今の風潮は、手堅い考古学者からすれば、

歓迎できないかもしれない。しかし土偶にしろ土器にしろ、それを作っ て使っていた縄文時代だけでなく、現代という時代にも属していること を忘れてはならない。土の中から出てきた遺物は、縄文時代のモノで あるだけでなく、21 世紀のモノでもある。そしてそちらに関しては、考 古学者ではない普通の現代人つまり私たちも当事者なのである。

■終章 土偶のなかに現代が見える

 土偶を目の前にしたとき、ふつう人は、そのなかに縄文時代の人々の 文化を見ようとする。そのとき、土偶を前にした私たちが何を感ずるか は、土偶を作った人々が何のために土偶を作ったのかに比べれば、副 次的なこととされる。しかし、土偶が現代のモノ、つまり「コンテンポラ リーなモノ」でもあるならば、私たち現代人にとって土偶が何であるかは、

土偶を理解するうえでおおいに関係がある。土偶のなかには、縄文時 代だけでなく、現代が見えるのである。

評論

土偶のなかに現代が見える

文化人類学者(九州大学) 古谷 嘉章

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参照

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