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四、
十
八
道
御
加
行
と
勤
行
1) 仁 和 寺 所 藏 に 係 る 諸 記 録 に 依 れ ば、 去 る 三 月 ハ 親 王 宣 下 に 依 つ て、 禁 中 よ り 御 名 を 嘉 彰 と 賜 は つ た 故 小 松 宮 殿 下 は 其 の 後 九 月 二 十 五 日 に 到 り、 宣 旨 に 依 つ て 正 式 に 仁 和 寺 へ 御 入 室 遊 ば さ れ、 績 い て 即 日 勅 會 を 以 つ て 御 得 度 の 式 を 墨 げ さ せ ら れ だ の で あ る が、 劔 て 此 の 御 得 度 に 先 立 つ て 最 も 必 要 な る 條 件 は、 親 王 が 愈 か 落 飾 し て 仁 和 寺 の 門 主 と な ら せ ら れ る 爲 め に は 先 づ 是 非 と も 宗 徒 全 般 が 最 も 必 要 な る 事 柄 と な し て ゐ る 癖 敏 の 御 習 學 と 眞 言 蜜 法 の 如 實 修 行 で あ る。 さ れ ば 親 王 は 豫 て よ り 同 寺 の 院 家 眞 乗 院 孝 恕 僧 正 を 以 つ て 御 師 範 に 任 せ ら れ、 諸 種 の 経 典 を 御 習 讃 遊 ば さ れ だ の で あ る が 、 五 月 二 十 八 日 に 到 つ て は 既 に 下 御 殿 に 於 い て 畔 字 義 の 御 讃 書 を 畢 ら せ ら れ 六ハ 月 三 日 よ り は 二 教 論 の 御 習 讃 を 始 め さ せ 御 出 家 聴 代 に 於 け ろ 救 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 五御 出 家 時 代 に 於 け る (政 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 六 ら れ た。 殊 に 既 述 の 如 く、 其 の 頃 既 に 禁 中 よ り は、 當 秋 多 の 内 に 御 入 寺 御 得 度 の 式 を も 墨 げ さ せ ら る べ き の 由 仰 せ 出 さ れ て ゐ だ の で、 七 月 三 目 よ り は 同 じ く 下 御 殿 に 於 い て 護 身 法 印 明、 普 濃 眞 言、 御 所 願 詞 等 の 御 授 與 を も 受 け さ せ ら れ、 其 の 八 月 よ り は 正 し く 御 畑 行 を 始 め さ せ ら る と に 到 つ だ の で あ る。 御 加 行 の 日 取 等 に 就 い て は 彼 の 御 師 範 孝 恕 僧 正 が 自 筆 し て ゐ る ﹁ 御 師 範 記 ﹂ な ど に は、 十 八 道 折 紙 御 傅 授、 八 月 六 日、 同 前 行 御 開 自 同 月 九 日、 同 次 第 御 傳 授 九 月 十 日、 前 行 御 満 座 十 月 二 十 五 日、 帥 日 正 行 御 開 自、 御 満 行 十 一 月 三 日 な ど と 誌 し て ゐ る が、 此 の 御 加 行 の 模 様 に 就 い て は 以 下 漸 次 之 れ を 概 説 す る 所 あ る も 此 所 に 特 に 注 意 す べ き 事 は 親 王 御 加 行 中 の 御 行 歌 や 其 の 服 装 御 衣 膿 等 に 就 -い て で あ る。 部 ち 其 の 衣 膿 は 彼 の ﹁ 御 師 範 記 ﹂ に 依 れ ば 新 調 物 と し て 御 浮 次 晒 布、 御 袈 裟 同、 並 に 御 素 絹 同、 御 念 珠 (自 檀 御 行 法 用、 桑 御 入 堂 用) 等 と あ つ て、 所 謂 仁 孝 天 皇 の 御 養 子 と し て 親 下 宣 下 を も 受 け さ せ 給 ふ て ゐ る 金 枝 玉 葉 の 御 身 を 以 つ て し て も 爾 御 浮 衣、 法 衣 等 は 共 に 晒 木 綿 で あ り 御 念 珠 の 如 き も 御 入 堂 に 際 し て は 桑 の 木 を 以 つ て 製 作 し だ 極 く 質 素 な 物 で あ つ だ 事 で あ る。 殊 に 此 の 御 加 行 中 に 於 け る 悉 て の 障 碍 を 除 か ん が 爲 め に は、, 既 に 去 る 四 月 上 旬、 安 居 中 に 御 日 課 と し て 寓 経 を 遊 ば さ れ、 八 月 五 日 即 ち 十 八 溢 折 紙 御 傳 受 の 前 日 に は 特 に 法 金 剛 院 の 御 廟 へ 墾 詣 遊 ば さ れ、 右 の 爲 経 を 御 廟 前 の 寳 筐 印 塔 下 へ 御 納 め 遊 ば し た。 此 れ は 全 く 彼 の 御 加 行 御 無 難 途 行 の 御 志 願 に 出 で ら れ だ も の で、 此 の 一 事 に 依 つ て
見 て も 親 王 が 如 何 に 嚴 格 に 組 師 先 徳 の 刷 戒 を 守 ら せ ら れ、 且 つ 経 説 を ば 如 實 に 信 奉 せ し め ら れ た か や 肯 け る と 思 ふ。 即 ち 此 の 時、 塔 下 へ 納 め さ せ ら れ だ 寓 経 及 び 其 の 御 志 願 文 は 左 の 如 く で あ る。 般 若 心 経 百 巻 光 明 眞 言 百 反 彌 勒 眞 言 百 反 不 動 眞 言 百 反 古 獄 呑 盟 徽 敬 書、 自 四 月 上 院 経 安 居、 日 課、 至 七 月 下 旬 畢 功. 因 奉 納 干 五 位 山 先 大 王 廟 側 之 塔 下 永 以 擬 掲 埃 之 薄 報 爾 安 政 五 年 歳 次 己 未 秋 八 月 赤 資 沙 門 純 仁 謹 誌 さ て 上 述 の 如 く、 八 月 六 ハ 日 に は 御 傳 授 が あ り、 同 九 日 に は 正 し く 前 行 を 開 自 せ し め ら れ 給 ふ だ が 御 傳 授 に は 孝 恕 僧 正、 素 絹 絞 自 の 衣 膿 に て 巳 刻 (午 前 十 時) に 墾 室 ハ 書 院 御 床 間 に 於 い て 御 折 紙 六ハ 通 を 授 け 奉 つ た。 此 の 時 の 道 場 は 先 づ 御 床 の 間 は 御 行 場 に 付 き 聲 を 全 部 上 げ、 板 の 間 に 上 敷 を 敷 き、 佛 毫 の 奥 に は 高 耐 大 師 の 御 影 を か け、 前 に 八 組 机、 其 の 上 に は 六 ハ 器、 火 舎、 佛 供、 香 花 を 飾 り、 双 方 に 燭 壷 二 本 を 畳 き、 師 範 の 席 は 向 つ て 右 方 (孚 愚) 前 に 机、 其 の 前 に 又 宇 聲 を 敷 い て 御 席 を 設 け て 傳 授 し 奉 り、 畢 つ て 後、 御 念 諦 堂、 御 位 牌 殿 の 御 舞 が あ り、 御 師 範 が 當 番 所 に 於 い て 休 息 の 後 直 ち に 露 院 す れ ば、 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 七
御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 八 郎 日 野 (田 司 書 を 以 っ て 昆 布 一二 十 本、 金 二 百 疋 を 持 墾 せ し め 御 禮 を 申 入 れ し め ら れ 給 ふ だ。 翌 七 日 に は 御 稽 古、 且 つ 御 行 中 の 御 心 得 を 御 師 範 よ り 申 上 げ 同 八 日 に は 道 場 の 経 螢 が あ つ だ。 道 場 は 前 記 の 如 く 書 院 御 床 の 間 で あ る が 墾 考 の 爲 め 此 れ を 圖 示 す れ ば 上 の 如 く で あ る。 御 行 中 は 本 來 は 同 列 衆 二 人 書 夜 出 番 の 筈 な る も 婁 時 下 御 殿 に 於 い て は 甚 だ 無 人 な り し 爲 め に 御 師 範 孝 恕 並 に 皆 明 寺
韓
饗
菌
照 道 (後 の 仁 和 寺 門 跡 冷 泉 大 僧 正) の 爾 人 が 隔 日 に 日 中 出 番 し、 夜 分 は 五 智 山 蓮 花 寺 が 封 面 所 に 止 宿、 後 夜 時 を 見 計 つ て 道 場 へ 仕 候 す る 事 と な つ て ゐ だ。 術 御 行 中 の 心 得 並 に 諸 堂 墾 舞 の 如 き は 上 記 ﹁ 御 師 範 記 ﹂ に 記 載 し て ゐ る か ら 今 は 説 明 を 省 き 冗 言 を 恐 れ て 直 ち に 此 れ を 轄 載 す る 事 と す る。 一 後 夜 寅 刻 汲 闘 伽 水、 黙 燈 明 一、 早 朝 御 入 堂 一、 辰 孚 刻、 日 中 御 勤 一、 申 掌 時、 初 夜 御 勤 一、 毎 日 壇 上 巳 下 掃 除 並 積 花 一 日 二 百 枚 用 意 一、 御 洗 米 十 日 目 二 用 意 一、 一 日 十 二 度 御 灌 湯 一、 茸 類 並 油 物 御 無 用 一 目 十 二 ヶ 度 も 御 灌 湯 せ ら れ だ 如 き は 御 幼 年 の 殿 下 に は 鯨 程 の 清 行 と 云 は ね ば な ら の が、 就 中 次 に 誌 す 日 々 の 伽 藍 御 墾 拝 の 如 き は 殊 に 御 行 中 衰 弱 の 御 身 で は あ り、 當 寺 の 伽 藍 が 贋 く 散 在 し て ゐ る 所 か ら 鯨 程 の 難 事 で あ つ た と 察 せ ら れ る の で あ る。 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 九
御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松, 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 〇 帥 ち 伽 藍 御 入 堂 は 後 夜 時 終 了、 御 膳 畢 つ て 後 早 々 (辰 刻 前) に 始 め さ せ ら れ、 伽 藍 の 中 門 を 閉 ぢ、 内 よ り 大 門、 中 門 を 御 舞、 十 二 所 拝 殿 中 央、 槻 音 堂 階 上 (中 央) 大 黒 天 は 豫 の 上、 御 願 堂 外 陣 に て 御 舞、 關 伽 井、 金 堂 階 上、 輻 藏 は 石 壇 上、 九 所 舞 殿 北 橡 側、 丹 生 明 棘 同 所 に て 御 拝、 塔 は 石 壇 上、 塔 の 南 方 に て 南 山 (高 野 山) 東 寺、 室 生 山 を 遙 拝 し て 還 御、 御 念 諦 堂 を 御 舞 遊 ば さ れ だ。 尤 も 雨 天 の 際 に は 寝 殿 東 側 北 向 に て 一 々 遙 拝 せ し め ら れ だ 様 で あ る。 次 に 十 八 道 次 第 の 御 傳 授 は 上 述 の 如 く 九 月 十 日 に 同 じ く 書 院 に 於 い て 授 け 奉 り、 以 下 隔 日 に 墾 仕 し て 二 七 日 の 間、 御 次 第 を 御 敏 授 申 上 げ、 十 月 上 旬 よ り 御 行 法 所 作 の 御 稽 古、 同 二 十 五 日 前 行 御 満 座 ( 日 中 迄) と 共 に 初 夜 よ り 正 行 を 開 自 せ し め ら れ た の で あ る が、 此 の 日 に は 禁 中 よ り は 葉 室 頭 辮 が 勅 使 と し て、 御 加 行 勅 問 を 仰 せ 出 さ し め 給 ひ、 四 ッ 折 の 折 紙 を 以 つ て 内 外 御 所 精、 法 義 御 修 行 御 出 精 に 依 つ て 叡 慮 に 依 り 一 品 を 宣 下 せ し め 給 ふ だ の で あ る。 勅 問 の 儀 式 に 就 い て は 何 れ 後 章 に 於 い て 品 御 宣 下 の 章 を 設 け て 之 れ を 詳 述 す る か ら 今 は 之 れ を 略 す る が 彼 の ー 品 宣 下 に 係 る 折 紙 の 文 言 を 墾 考 の 爲 め 此 所 に 誌 せ ば 帥 ち 次 の 如 き も の で あ る。 入 滋 雄 仁 親 王 去 炎 上 之 節、 暫 被 假 用 干 畠 居、 且 連 年 内 外 御 所 精、 勤 法 義 修 行 出 精、 因 之、 錐 年 限 未 満、 以 格 別 之 叡 慮 一 品 被 宣 下 候 事
此
れ
は
殿
下
が
未
だ
幼
年
を
以
つ
て
法
義
勤
修
に
出
精
せ
し
め
ら
れ、
殊
に
當
時
異
船
來
航
の
事
な
ど
が
あ
つ
て
世
上 紛 騒 を 極 め、 朝 廷 幕 府 の 間 に は 其 の 意 見 を 異 に す る 所 あ る よ り 憂 國 の 鯨 り 異 船 退 去、 國 家 安 泰 の 御 所 な ど を せ し め ち れ た 爲 め に 特 に 叡 慮 に 契 ふ て 斯 く 一 品 に 宣 下 せ し め ら る、 に 到 つ た と の 事 で あ る が 未 だ 年 限 未 満 に し て 斯 く 一 品 に 昇 叙 せ し め ら れ だ 事 は 殿 下 に 取 つ て も 叉 仁 和 寺 に と つ て も 全 く 光 榮 の 極 み と し な け れ ば な ら の と 思 ふ。 さ て 王 述 の 如 く 十 刀 二 十 五 旧、 前 行 御 満 座 と 土 に 正 行 を 開 自 せ し め 給 ふ だ の で あ る が、 此 の 正 行 開 自 に 際 し て 行 法 壇 は 北 御 幽 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 一
御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 二 改 め ら れ、 正 し く 大 壇 を 用 ゐ し め 給 ふ た。 此 の 時 の 大 壇 は 帥 ち 大 略 圖 (前 頁) の 如 で あ つ だ と ﹁ 御 師 範 記 ﹂ 其 の 他 に は 誌 し て あ る。 正 行 中 の 御 勤 め 益 に 當 時 御 日 課 の 大 略 は、 朝 は 辰 刻 前 後 に 御 念 諦 堂 の 御 勤 行、 夕 は 申 刻 過 に 御 例 時 御 位 牌 御 忌 日 前、 夕 御 例 時、 朝 御 勤、 日 中 は 御 修 法、 辰 刻 よ り 巳 刻 迄 約 一 剋 の 問 は 外 典 御 稽 古 並 に 御 温 讃 ( 一 巻 乃 至 宇 巻)、 午 剋 前、 御 本 尊 供 御 修 法、 午 後 は 未 刻 迄 約 一 剋、 内 典 の 御 温 讃 ( 一 日 一 巻 宛) 未 刻 よ り 申 刻 ま で は 御 寓 物、 或 は 御 臨 池 (御 暇 御 遊 か)、 夜 分 は 悉 く 御 習 學 と 定 め ら れ、 自 蝕 に 尚 問 暇 あ れ ば 朝 夕 持 佛 或 は 天 堂 等 に 於 い て 御 讃 経 或 は 聲 明 を 御 精 練 遊 ば さ れ て、 十 一 月 三 日、 十 八 道 の 正 行 を 絡 ら せ ら る と 迄 全 く 寸 暇 も な き 迄 に 御 精 行 遊 ば さ れ だ 謬 で あ る。 尚 因 み に 不 動 法 の 御 傳 授、 金 剛 界 の 御 加 行 は 此 れ よ り 後 萬 延 元 年 に 到 つ て 修 行 せ し め ら れ、 其 の 他 は 悉 く 文 久 元 年 以 後 に 修 せ し め ら れ た の で あ る が、 然 し 今 は 次 に 年 次 の 順 序 と し て 彼 の 安 政 五 年 の 九 月 二 十 五 日、 御 入 室 得 度 の 式 を 墨 け 茜 せ 給 ふ た 事 に 付 い て 記 述 せ ね ば な ら の か ら 今 は 後 章 に 之 れ を 譲 る 事 と す る。 (1) 仁 和 寺 所 藏 に 係 る ﹁御 未 下 執 達 所 日 記 ﹂、 ﹁奏 者 所 日 記 ﹂、 ﹁安 政 五 年 御 記 ﹂、 ﹁御 入 室 御 得 度 奉 書 留 爲 し、 ﹁御 師 範 記 ﹂、 ﹁故 小 松 宮 殿 下 御 傳 記 ﹂、 ﹁嘉 彰 親 王 御 入 室 得 度 御 記 ﹂ 其 の 他
五、
御
入
室
御
得
度
嘉 彰 親 王 が 正 式 に 仁 和 寺 の 貫 主 と し て 御 入 室 遊 ば さ れ、 勅 會 を 以 つ て 御 得 度 の 式 を 墨 げ さ せ ら れ だ の は、 上 記 の 如 く 安 政 五 年 の 九 月 二 十 五 日 で あ る が、 此 の 日 次 御 確 定、 並 に 墾 式 の 準 備、 経 螢、 式 次 萬 端 の 事 に 就 い て は 同 寺 所 藏 の 諸 記 録 が 詳 し く 記 載 し て 居 る。 殊 に 日 次 御 決 定 に 到 る ま で に は 朝 廷 幕 府 等 の 間 に、 所 謂 彼 の 異 國 來 船 等 が 突 獲 し た 爲 め に 世 上 で は 勤 王 佐 幕、 奪 王 捜 夷 等 の 議 論 等 が 喧 し く 其 の 間 の 経 緯 が 頗 る 複 雑 を 極 め ハ 爲 め に 此 の 親 王 御 入 室 の 事 に 關 し て も 頗 る 支 障 を 來 し、 殊 に 彼 の 御 得 度 墨 式 の 如 き は 所 謂 勅 會 な る が 故、 一 紙 に し て 此 れ を 鑑 す 事 の 出 來 の 経 緯 が 伏 在 し て ゐ た 様 で あ る か ら、 今 は 右 諸 記 録 の 大 要 を 取 り、 項 を 分 ち 年 次 を 追 ふ て 極 く 簡 軍 に 之 れ を 略 述 す る 事 と す る。 I 日 時 の 御 確 定 日 時 の 御 確 定 に 就 い て は、 諸 記 録 の 誌 す 所 頗 る 複 雑 を 極 め、 殊 に 其 撰 定 に 關 し て も 仁 和 寺 よ り の 内 願、 禁 中 に 於 い て の 御 返 答 等、 煩 環 な る 記 録 を 詳 記 し て ゐ る 爲 め に、 一 見 何 れ の 日 時 が 確 定 さ れ た も の で あ る か さ へ も 判 じ 難 く、 特 に 此 の 記 録 は 悉 て 過 去 二 十 歎 年 來 同 寺 の 塔 中 藏 に 牧 藏 さ れ だ 儘、 一 度 も 整 理 手 入 れ な ど を 敢 行 せ し め ら れ な か つ だ も の な る が 故 に、 各 記 録 共 に 紙 魚 の 冒 す 所 と な り、 其 の 文 字 の 如 き も 殆 ん ど 護 む に 堪 へ ざ る も の と み が 多 く、 從 つ て 之 れ を 樵 討 す る に は 砂 か ち の 努 力 を 要 す 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 五 三御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 四 る も の で あ る が、 諸 書 の 誌 す 所 を 綜 合 し て 此 れ を 勘 ふ れ ば、 御 入 室 得 度 に 關 す る 日 次 の 決 定 は 仁 和 寺 に 於 い て 略 内 定、 之 れ を 齊 し て 御 世 話 卿 廣 橋 前 大 納 言 に 内 願 し、 前 大 納 言 よ り 改 め て、 傳 奏 (魔 橋 大 納 言) を 経、 禁 中 へ 出 願 し だ 模 様 で あ る。 此 れ は 此 の 度 の み に 限 ら れ だ 事 で は な く、 仁 和 寺 に 於 い て は 明 和 五 年 度 故 々 宮 (仁 和 寺 深 仁 親 王)、 文 化 六 ハ 年 度 故 宮 (同 濟 仁 親 王) 御 入 室 の 先 例 に も 準 じ だ も の で あ 動、 且 つ 一 般 に 宣 旨、 勅 會 等 に 依 つ て 行 は せ ら る、 場 合 は 何 れ の 宮 家 も 皆 此 の 先 例 に 準 じ て 先 づ 以 つ て 其 の 寺 よ り 内 願 す る 事 に な つ て ゐ だ も の、 様 で あ る。 さ れ ば 斯 様 に し て 此 の 度 の 日 次 も 仁 和 寺 に 於 い て は 早 く も 四 月 二 日 に、 婁 年 秋 冬 の 内 に 式 を 翠 げ さ せ ら を べ き 由 の 内 願 を な し、 同 七 日 に は 禁 中 よ り 願 の 如 く 許 容 あ る べ き 由 の 宣 旨 を 賜 は つ だ。 然 る に 其 の 後 は 唯 當 年 秋 冬 の 間 に と の み あ つ て 正 し く 確 定 さ れ た 日 時 に つ い て は、 八 月 の 上 旬 に 到 る も 未 だ 何 等 の 御 達 し に 接 し な か つ だ 爲 め に、 仁 和 寺 に 於 い て は 其 の 間、 御 世 話 卿、 太 閤 殿 下、 關 白 殿 下 等 を 通 じ て 歎 度 内 願 す る 所 あ つ た が、 當 時 世 上 の 風 聞 国 難 に 喧 し く、 異 國 船 退 去、 奪 王 擾 夷 の 議 論 が 沸 騰 し て 誠 に 安 稔 な ら ざ る も の が あ り、 加 ふ る に 此 の 頃 (七 月 六 ハ 日) 將 軍 家 定 が 麗 去 し て 次 の 將 軍 家 茂 就 職 の 事 に 就 き 幕 府 を 始 め 徳 川 御 三 家、 幕 府 重 匿 の 問 に も 意 見 を 異 に す る も の 多 く 内 紛 殆 ん ど 拾 牧 す べ か ら ざ る の 状 態 に 立 ち 到 つ て ゐ だ 爲 め に 禁 中 に 於 い て は 萬 一 を 慮 つ て 遽 か に 之 れ を 決 定 せ し め ら る る 事 な か つ だ 模 様 で あ る。
然 る に 仁 和 寺 に 於 い て は 貫 主 宮 の 御 入 室 御 得 度 は 殊 の 外 の 大 禮 な る を 以 つ て 準 備 萬 端 の 都 合 も あ り 早 く 日 時 を 確 定 せ ら る べ き の 内 願 頻 り に 之 れ を 申 進 め し を 以 つ て、 禁 中 に 於 い て は 八 月 二 十 四 日 に 到 り 漸 く に ﹁ 來 九 月 二 十 五 日、 御 入 室 被 仰 出、 郎 日 御 得 度 被 仰 出 ﹂ と の 宣 旨 が 下 賜 さ れ、 御 得 度 の 吉 刻 に 就 い て も 同 じ く 宣 旨 を 以 つ て 御 得 度 九 月 二 十 五 日、 吉 動 申 刻 と 仰 せ 出 さ る、 に 到 つ だ。 尤 も 此 の 日 次、 吉 刻 に つ い て は 最 初 仁 和 寺 よ り は 九 月 二 十 一 日、 二 十 三 日 二 十 五 日 の 内 と 内 願 し、 又 同 二 十 一 日 御 入 室、 二 十 五 日 御 得 度 と の 事 も 出 願 し、 其 の 吉 刻 に つ い て も 叉 最 初 は 辰 刻 と 出 願 し だ 模 檬 で あ る が、 之 れ よ り 先 き に 仁 和 寺 に 於 い て は 當 日 の 御 式 ば 御 入 室 は 禁 中 御 出 立、 御 衛 度 は 勅 會 と の 内 願 を も な し、 此 れ は 既 に 禁 中 に 於 い て も 確 定 し て 許 容 し 給 ふ て ゐ さ せ 給 ふ だ か ら、 其 れ ら の 御 都 合 上 よ り し て 前 記 の 如 く 確 定 せ し め ら る、 に 到 つ だ も の で あ る。 新 く 数 次 の 内 願、 手 績 等 を 以 つ て 愈 々 九 月 二 十 五 日 と 確 定 せ る を 以 つ て、 仁 和 寺 で は 文 化 度 の 先 例 に よ り 且 つ は 特 別 の 御 手 歎 を 煩 は し だ と 云 ふ 意 昧 か ら、 同 二 十 六 日 に は 禁 中 (非 藏 人 口、 奏 者 所) 關 臼 殿 下、 太 閤 殿 下、 御 世 話 卿、 爾 傳 奏 (廣 橋、 萬 里 小 路 爾 大 納 言) 徳 大 寺 大 納 誉﹃ 大 典 侍、 御 實 家 だ る 伏 見 宮 家 等 へ 御 吹 聴 に 兼 ね て 丁 重 な 御 禮 言 上 を せ し め て 居 り、 伏 見 宮 家 の 如 き は 當 親 王 の 御 實 家 な る を 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 五
御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 六 以 つ て 飴 程 御 氣 に か け さ せ て ゐ ら せ ら れ だ も の と 見 え、 帥 日 直 ち に 御 使 を 登 し て 御 漱 ぴ を 申 し 入 れ し め て ゐ ら れ る の で あ る。 II 御 入 室 の 準 備 以 上 の 如 く、 御 入 室 得 度 の 日 時 確 定 に つ い て は 時 勢 柄 徐 程 難 問 題 で あ つ た ら し い が 兎 に 角 確 定 さ れ だ の で、 仁 和 寺 並 に 禁 中 に 於 い て は 愈 々 其 の 準 備 に 着 手 せ し め ら る と 事 と な つ た。 此 れ よ り 先 き 仁 和 寺 は 豫 め 準 備 の だ め に 今 度 の 御 大 禮 の 係 り 役 人 と し て 早 く も 正 月 二 日、 同 寺 の 評 席 に 於 い て 彼 の 三 月 行 は し め ら れ だ 親 王 宣 下 の 係 り を も 兼 ね て、 総 奉 行 を ば 法 印 文 換、 同 隆 長、 備 後 守 李 允 の 三 名、 御 用 掛 に は 近 江 介 武 和、 尾 張 介 爾 行、 左 衛 門 椹 大 尉 卒 好、 谷 季 綾、 小 幡 忠 克、 渡 邊 彌 等 六 名 に 任 命 さ れ だ の で あ る が、 此 の 内 総 奉 行 三 名 は 當 寺 開 基 寛 李 法 皇 以 來 の 奮 臣 と し て 由 緒 あ る 家 柄 な る の み な ら す、 當 寺 に 於 い て も 坊 官 の 筆 頭 と し て 最 も 重 い 役 目 を 司 つ て ゐ る も の で あ る。 又 近 江 介 以 下 六 ハ 名 の も の も 勿 論 當 寺 に 取 つ て は 数 代 湘 恩 の 醤 臣 で 特 に 婁 寺 の 経 螢、 維 持、 登 展 等 悉 て 経 濟 的 方 面 を 專 ら 司 る 諸 太 夫 で あ る が、 此 の 六 ハ 名 の 内 武 和、 術 行、 卒 好 三 名 の 如 き は 特 に 宮 家 の 御 内 示 に 依 つ て 今 度 の 御 大 禮 に 要 す る 費 用 の 捻 出 方 に 抜 群 の 働 き を な し て ゐ る 様 で あ る。 當 寺 は 元 來、 法 皇 門 跡 と 欝 し、 各 種 門 跡 寺 中 に 冠 だ る も の で あ る が、 然 し 當 時 此 の 寺 の 経 濟 的 内 容 は 寺 領 千 五 百 石 飴 の 年 貢 米 と、 高 野 山 惣 分 (行 人) 方 外 猶 ヶ 院 の 寺 家 傳 奏 或 は 支 配 を な し て ゐ る の み で
殊 の 外 に 勝 手 方 不 如 意 で あ り、 寺 庫 を 支 ゆ る 大 孚 の 牧 入 は 當 寺 (他 の 宮 門 跡 も 同 じ) が 研 謂 彼 の 永 宣 旨 を 以 つ て 諸 國 の 宗 徒 に 僧 位 僧 官 (僧 正、 僧 都、 上 人 號 等) を 授 け ハ 又 醤 師、 書 家、 工 匠、 藝 人 等 へ 法 眼 法 橋 の 職 位 を 授 く る に 依 り 禮 録 と し て 納 め ら る、 も の が 之 れ に 充 婁 さ れ て ゐ た 爲 め に 今 度 の 大 禮 に 際 し て も 飴 程 経 濟 的 手 腕 を 持 つ て ゐ る も の が 必 要 で あ つ た ら う が、 此 の 三 名 の 如 き は 此 の 黙 よ り し て 特 に 撰 ば れ だ も の と 見 る べ き で あ る。 さ れ ば 彼 の 高 野 山 所 在 の 諸 記 録 を 見 れ ば、 當 時 彼 の 李 好 の 如 き は 数 々 高 野 山 へ 登 つ て 御 助 勢 金 の 依 頼 並 に 末 涙 へ 御 獣 び 御 助 勢 の 働 奨 方 を 申 出 で、 高 野 山 に 於 い て は 此 の 時 多 額 の 助 成 金 を 購 呈 す る と 共 に 古 義 眞 言 宗 一 派 中 へ も 特 に 鯛 書 を 廻 し て 相 當 莫 大 な 金 員 を 御 助 勢 中 上 げ し め て ゐ る。 さ て 仁 和 寺 に 於 け る 係 役 は 大 約 上 記 の 如 く で あ る が、 禁 中 に 於 い て は 澤 村 出 雲 守 を 御 用 掛 取 次 と 任 命 せ し め ら れ、 又 仁 和 寺 の 内 願 に 依 つ て 御 得 度 の 戒 師 は 眞 乗 院 僧 正 孝 恕 に 仰 せ 出 さ る と 所 あ り、 且 つ 當 日 の 御 入 寺 の 際 に 於 け る 雇 從、 前 駈 の 公 卿 殿 上 人 並 に 奉 行 御 取 持 堂 上 方 を も 次 の 如 く 任 命 の 由 仰 せ 出 さ れ だ。 1) 豊 宮 入 寺 雇 從 公 獅 徳 大 寺 大 納 言 公 純 中 山 大 納 言 忠 能 正 親 町 中 納 言 實 徳 三 條 西 中 納 言 季 知 野 宮 宰 相 中 將 定 功 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 七
御 出 家 畔 代 に 於 け る 救 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 八 同 前 駈 殿 上 人 河 野 中 將 公 誠 池 尻 左 兵 衛 灌 佐 胤 房 山 科 少 將 言 縄 葉 室 大 夫 長 邦 竹 屋 左 衛 門 佐 光 昭 慈 光 寺 大 夫 佐 申 藤 島 極 繭 (申 務 丞 助 胤) 奉 行 廣 橋 頭 辮 御 取 持 堂 上 方 綾 小 路 前 大 納 言 ・ 日 野 右 衛 門 督 愛 宕 三 位 廣 橋 頭 辮 清 閑 寺 辮 坊 城 侍 從 術 此 の 御 入 室、 得 度 の 式 に 關 し て 仁 和 寺 に 於 い て は 先 例 に 任 せ て 前 記 の 如 く 御 入 室 は 禁 中 御 出 立 等 の 事 を 左 記 の 如 く 禁 中 へ 出 願 (八 月 六 日) す る 所 あ つ た が 此 れ に 樹 し て 禁 中 で は 同 じ く 九 月 六 日 に 鷹 司 大 閤 殿 下 を 以 つ て 御 世 話 卿 廣 橋 前 大 納 言 へ 迄 全 部 御 許 容 遊 さ る と 由 相 違 せ ら れ、 此 れ を 廣 橋 前 大 納 言 よ り 仁 和 寺 へ 通 達 し だ。 帥 ち 仁 和 寺 よ り 内 願 の 條 項 は 大 膿 次 の 如 く で あ る。 一、 御 入 室 禁 中 御 出 立 之 事 一、 御 得 度 勅 會 之 事, 一、 御 得 度 奉 行 被 仰 出 候 事 一、 御 戒 師 之 事 眞 乗 院 曾 正 江 被 仰 出 候 様 被 成 度 候 事
故 宮 (濟 仁 親 王) 御 時、 奉 行 よ り 御 戒 師 人 禮 ね 被 仰 出 候 事 一、 御 装 束 御 調 度 等 之 料 御 拝 領 之 事 一、 御 板 菌、 御 板 輿、 御 簾、 御 紋 付 御 幕 右 之 御 品 々 御 拝 領 被 成 度 候、 尤 右 故 々 宮 (深 仁 親 王) 故 宮 (濟 仁 親 王) 御 時 御 拝 領 之 御 例 恥 以 て 御 願 被 成 度 候 事 術 此 の 外 に 仁 和 寺 よ り 豫 ね て 内 願 に 及 ん で ゐ た 一 山 (仁 和 寺) よ り 拝 領 物 御 願 の 儀 は 勿 論 許 容 遊 ば さ れ、 且 つ 御 入 寺 以 前 に 御 童 形 を 以 つ て 最 後 の 御 ・墾 内 を 遊 ば さ る、 御 童 惜 御 墾 内 は 九 月 十 八 日 未 剋、 又 御 入 室 の 前 日 二 十 四 日 に は 伏 見 宮 邸 に 於 い て 御 -泊、 又 所 謂 御 側 付 弟 子 と し て 眞 光 院 の 附 弟 は 十 二 日 に 住 侶 南 勝 院 資 は 十 四 日 に 得 度 許 容 の 趣 も 相 達 せ し め ら れ て ゐ る。 さ て 上 記 の 如 く 此 度 の 大 彊 に 關 す る 御 装 束 其 の 他 の 調 進 物 は 悉 て 禁 中 よ り 葬 領 と 定 ま つ た の で あ る が、 然 し 其 の 他 の 調 度 品 に 就 い て は 悉 て 仁 和 寺 に 於 い て 新 調 或 は 故 宮 濟 仁 親 王 の 際 に 使 用 し た も の を 以 つ て 用 を 辮 す る 事 と な つ だ が 省 不 足 の 品 は 妙 心 寺 や 龍 安 寺 等 の 隣 寺 か ら 借 り 入 れ、 調 度 萬 端 を 調 へ る に 到 つ だ。 例 へ ば 妙 心 寺 よ り の 借 用 品 と し て 金 燭 壷 二 十 本、 木 燭 毫 三 十 本、 箱 番 所 三 組. 桃 燈 毫 四 十 本、 汁 次 十 五、 布 幕 五 間 も の 十 五 な ど と あ る の は 帥 ち そ れ で あ る。 筒 因 み に、 悉 て 親 王、 公 卿 の 若 君 が 落 飾 八 室 せ ら ると に 際 し て は、 其 の 以 前 御 童 惜 墾 内 と 禰 し て 童 形 (俗 形) と し て 最 後 の 墾 内 を な し 爾 陛 下 を 始 め、 准 后、 各 宮 か 様 へ 出 家 に 倶 ふ 俗 世 間 へ の 御 別 れ を 遊 ば す 儀 式 が あ り、 此 の 親 王、 も 今 度 正 式 に 仁 和 寺 へ 御 入 室 御 得 度 に 就 い て 此 の 御 童 惜 墾 内 を な さ る べ く 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 九
御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 ○ 墾 内 の 日 時 は 前 記 の 如 く 今 月 の 十 八 日 と 確 定 さ れ て ゐ た の で あ る が、 然 し 此 度 は 聖 上 御 風 氣 と の 儀 に 2) て 御 流 れ と な り、 來 る 二 十 五 日、 御 入 寺 に 際 し て 御 墾 内 の 時、 此 れ を も 兼 ね さ せ 給 ふ 事 と な つ だ。 の 盤 宮 と ば 嘉 彰 親 王 の 御 幼 名 で あ る。 元 來 此 の 宮 に 伏 見 宮 邸 に あ ら ぜ ら れ し 時 ぼ 童 名 な 豊 宮 と 稻 し、 仁 和 寺 濟 仁 親 王 の 御 附 弟 と し て 仁 和 寺 下 御 殿 へ 入 御、 安 欧 五 年 三 月 親 王 宣 下 の 時 に ば 名 々 嘉 彰 と 賜 ば り、 叉 眞 乗 院 孝 恕 儘 正 が 御 師 範 役 と し て 御 加 行 遊 ば さ れ し 時 ば 假 名 か 雄 仁 と 串 上 げ、 此 の 正 式 御 入 室、 御 得 度 の 際 宣 旨 奄 以 つ て 改 め て 法 名 た 純 仁 と 賜 ば り、 一 品 宣 下、 後 に 御 後 飾 の 時 又 改 め て 彰 仁 親 王 と 賜 名 が あ つ た。 携 嚴 定 院 御 室 と ば 郎 ち 其 の 御 法 號 で あ る。 爾 因 み に 庇 の 厘 從 公 卿、 前 駈 殿 上 人 等 な 御 禁 申 よ り 御 撰 定 あ つ た の に 去 ろ 八 月 仁 和 寺 よ り の 内 願 が あ り、 九 月 六 日、 七 日 の 爾 日 に 渉 つ て 鷹 司 太 閤 殿 下 よ り 仁 和 寺 へ 相 達 ぜ ら れ 象 も の で あ る。 (2) 九 月 十 七 日、 御 里 坊 よ り 御 使 り ○ 牟 刻 牛 比 と 非 藏 人 口 よ り 坊 城 中 納 言 殿 被 爲 招、 罷 出 候 慮、 面 會 二 而 ﹁ 明 十 八 日、 御 童 惜 御 塗 内 之 儀、 今 度 ば 目 斑 度 御 流 二 被 成 候 様 被 仰 出 候 ﹂ 云 々 ○ 同 刻 澤 村 出 雲 守 よ り ﹁ 明 十 八 日、 御 童 惜 御 参 内 之 庭、 此 御 所 御 内 二 少 三 御 風 氣 二 被 爲 有 候 二 付、 御 入 寺 之 節 御 滲 内 被 爲 在 候 問 御 流 二 相 成 候 旨 被 仰 出 候 問、 御 本 坊 ね 早 々 御 通 達 可 相 成 候、 伍 申 入 候、 己 上、 九 月 十 匕 日、 仁 和 寺 様 御 留 守 居 中、 澤 村 出 雲 守。 ﹂ III 御 入 (室 の 道 筋 と 警 固 御 入 室 に 際 し 御 出 立 は 禁 中 よ り な さ る べ き 由 宣 旨 を 以 つ て 許 容 な さ れ だ 事 は 既 に 上 記 の 如 く で あ る が、 此 れ に 就 い て 其 の 御 行 列 道 順 は 郎 ち 彼 の ﹁ 嘉 彰 親 王 御 入 室 御 得 度 御 記 ﹂ に よ れ ば ﹁ 御 道 筋 書 し と し て 次 の 如 く 記 載 し て ゐ る。 白 唐 門 北 セ2、 近 衛 家 門 前 ヲ 束 ね、 有 栖 川 宮 門 前 ヲ 南 ね、 飛 鳥 井 家 門 前 ヲ 束 ね、 富 小 路 家 門 前 ヲ 南 ぴ2、 南 洲 穴 路 ヲ 西 に、 蛤 門 ヲ 出 給
烏 丸 通 ヲ 北 ね、 申 立 費 通 ヲ 西 彫2、 千 本 通 ヲ 北 セ2、 條 通 ヲ 西 ね、 七 本 松 ヲ 西 於、 北 野 下 森 御 前 通 リ ヲ 西 ね、 大 將 軍 ヲ 西 ね、 妙 心 寺 北 門 前 ヲ 経 テ 御 室 へ ( 入 御)
此
れ
は
彼
の
文
化
六
ハ
年
度
故
濟
仁
親
王
が
矢
張
り
九
月
一
一十
五
日
に
御
入
室
遊
ば
し
だ
時
の
御
道
筋
に
準
じ
だ
も
の
で
其
の
順
路
は
此
れ
と
全
く
同
一
で
あ
る。
然
し
滋
中
行
列
の
如
き
は
時
節
柄
と
は
云
ひ
飴
程
簡
略
に
さ
れ
た
襟
で
あ
る。
印
ち
道
中
の
行
列
は
唇
從
公
卿、
前
駈
殿
上
人
は
勿
論
附
武
家
と
し
て
は
禁
中
御
所
側
よ
ゲ
大
久
保
大
隅
守、
同
伊
勢
守
が
涙
遣
せ
ら
れ
ハ
御
取
次、
御
列
奉
行、
御
讐
者、
御
使
番、
輿
丁
長、
輿
丁、
爾
皮
持、
雨
具
蓮、
瀧
口、
六
ハ
門
雑
色、
馬
別
當、
町
組
與
力、
同
心、
御
附
組
與
力、
同
心、
上
下
雑
色
等
百
数
十
人
の
行
列
が
そ
れ
ー
服
装
を
正 し て 禁 中 よ り 練 込 ま れ だ。 然 し 乍 ら 此 れ を 彼 の 文 化 度 の 列 に 比 す れ ば 殆 ん ど 雫 籔 に も 達 し て 居 ら す 殊 に 彼 の 瀧 口 が 古 來 供 奉 の 際 に は 悉 て 狩 衣、 輩 帯 劒 の 美 装 を こ ら し て 騎 馬 せ し に 此 の 度 は 時 節 柄 と は 云 ひ 徒 足 に て 供 奉 と 内 定 さ れ だ 爲 め に 彼 等 一 圃 が ﹁ 布 衣 記 ﹂、 ﹁ 玉 葉 ﹂、 ﹁ 明 月 記 ﹂ 等 の 古 記 録 並 に 文 政 五 年 精 宮、 同 十 三 年 十 月 健 宮、 天 保 三 年 多 喜 宮、 同 四 年 萬 代 宮、 同 五 年 髄 宮 の 御 方 々 が 夫 れ く と 大 畳 寺 妙 法 院、 聖 護 院. 圓 満 院、 曼 珠 院 等 へ 御 入 室 の 近 例 を も 引 誰 し て 騎 馬 に て 供 奉 致 し 度 旨 を 出 願 し て 漸 や く に 騎 馬 を 許 さ れ だ 位 で あ る。 尚 因 み に 此 の 時 供 奉 せ し 瀧 口 の 入 名 は 即 ち 次 の 如 く で あ る。 御 出 家 暗 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 一御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 二 左 衛 15 大 尉 源 貞 健 右 衛 門 大 尉 義 綱 左 馬 少 允 珍 武 右 衛 門 少 尉 宗 成 右 衛 門 大 尉 藤 原 重 登 左 衛 門 少 尉 橘 政 威 筑 前 介 藤 原 義 具 右 衛 門 少 尉 砧 壽 右 兵 衛 少 尉 政 香 左 兵 衛 少 尉 橘 殺 良 右 衛 門 大 尉 亭 雄 彦 左 衛 門 罐 大 尉 藤 原 重 慶 左 兵 衛 少 尉 源 知 綱 ・左 兵 衛 少 剛尉 正 及 仙 次 に 道 中 警 固 は 御 入 室 の 前 旺 帥 ち 二 十 四 日 よ り 御 當 日 二 十 五 日 の 二 日 間 は 御 道 筋 は 悉 て 車 留、、 人 馬 共 御 行 列 直 前 に は 通 行 留 と な り、 京 都 洛 中 洛 外 の 町 與 力 同 心 が 御 道 筋 に 轟 張 つ て 警 固 せ し め だ の で あ る が、 特 に 四 脚 外 北 側、 南 大 門 東 手 仕 切、 同 西 手 仕 切、 西 町 坂 口、 竪 町 中 町 上 ル 所、 出 口 町 下 立 責 口 辻 の 六 ハ ヶ 所 に は 特 別 の 警 固 場 所 と し て 與 力 二 人、 同 心 六 ハ 人、 手 先 歎 人 宛 を 派 遣 し て 嚴 し く 警 固 せ し め た も の と 様 で あ る。 IIII 御 入 窒、 陪 席 衆 さ て 愈 々 御 入 室 の 前 臼 二 十 四 に ば 上 記 の 如 く 勅 宣 に 依 つ て 辰 の 刻 (午 前 八 時) 仁 和 寺 下 御 殿 を 御 出 門 途 中 列 を 正 し て 巳 刻 (午 前 十 時) 伏 見 宮 邸 へ 入 ら せ ら れ、 御 一 泊、 明 二 十 五 日 帥 ち 御 當 日 は 辰 孚 刻 (午 前 九 時) よ り 御 塞 内、 禁 中 奏 者 所 へ 御 着、 暫 時 御 休 息 の 後 ゐ 巳 下 刻 (午 前 十 時) よ り 禁 中 を 御 出 門、 上
述 の 如 き 道 筋 を 経 て 正 式 に 仁 和 寺 へ の 御 入 室 を 遊 ば さ れ だ。 此 の 御 入 室 に 際 し て は 別 に 差 し た る 儀 式 も な く 唯 禁 中 御 出 立 に 際 し て は、 其 の 直 前 に 左 記 の 人 々 へ 關 自 殿 下 よ り 覗 酒 御 肴 を 下 さ れ、 又 仁 和 寺 へ 御 着 の 後 も 御 入 室 の 列 に 連 つ だ 人 々 以 外 に 其 の 以 前 既 に 御 得 度 の 式 に 連 る べ く、 同 寺 へ 墾 着 し て ゐ ら せ ら る と 勅 使 以 下 御 取 持 堂 上 方 以 下 各 墾 列 者 へ 夫 れ ー 其 の 資 格 に 慮 じ て 部 屋 く と へ 案 内 さ れ 同 じ く 祀 酒、 御 肴 等 を 出 さ る、 に 渦 ぎ す 殆 ん ど 儀 式 と 総 す べ き 程 の も の が 存 し な い の で あ る。 寧 ろ 儀 式 と 繕 す べ き は 彼 の 御 得 度 の 式 こ そ 此 の 上 も な く 巌 粛 な る も の で あ る が、 此 れ は 以 下 別 項 を 設 け て 記 載 す る か ら 今 は 之 を 略 し て 次 に 禁 中 御 出 立 に 際 し て 覗 酒 肴 を 賜 つ だ 人 か を 墨 ぐ る 事 と す る。 議 奏 衆 ( 五 方)、 傳 奏 衆 ( 三 方)、 御 近 習 衆 ( 八 方)、 属 從 衆 ( 五 方)、 前 駈 衆 ( 匕 方)、 御 翰 の 非 藏 人 ( 八 人)、 奥 向 御 女 申 衆 ( 十 匕 方)、 同 仲 間 ( 膏 人)、 口 向 御 附 武 家 今 二 人)、 御 取 次 (九 人)、 御 賄 頭 ( 一 人)、 勘 使 (四 人)、 瀧 口 (十 七 人)、 御 讐 師 ( 一 人)、 御 使 番 (十 人)、 列 奉 行 ( 四 人)、 與 力 (四 人)、 同 心 ( 八 人)、 六 口 御 門 番 ( 四 人)、 御 較 與 丁 長 ( 一 人)、 同 與 丁 ( 十 八 人)、 列 下 奉 行 ( 三 人)、 以 上 百 五 十 蝕 人 の 外 に 禁 中、 仁 和 寺 よ り 出 仕 の 役 人 係 り 等 敷 十 人。
次
に
七
和
寺
に
於
い
て
は、
御
得
度
の
式
に
墾
列
或
鳳
御
取
持
等
の
爲
め
に
御
入
寺
以
前
既
に
同
寺
へ
墾
集
さ
れ
た
人
々
に
は
先
づ
當
日
の
勅
使、
副
使、
御
取
持
堂
上
方
を
始
め
歎
十
人
が
あ
り、
此
れ
に
彼
の
行
列
に
加
は
れ
た
屋
從
前
駈
の
公
卿
殿
上
人
を
加
へ
て
此
れ
ら
の
人
か
は
皆
夫
々
官
位、
役
柄
等
に
依
つ
て
指
定
の
部
屋
々
々
へ
案
内
し
て
同
じ
く
魂
酒、
御
肴
を
出
し
て
饗
慮
す
る
所
あ
つ
だ。
帥
ち
先
づ
其
の
指
定
さ
れ
た
部
屋
及
び
其
の
役
柄
等
の
圭
な
る
も
御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 三御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 四 の を 示 せ ば 大 騰 次 の 如 く で あ る。 琵 琶 湖 の 聞 (勅 使)、 水 鳥 の 間 ( 北 方 ば 屋 從 公 卿、 西 向 南 方 に 前 駈 殿 上 人)、 範 の 間 ( 御 取 持 公 卿 殿 上 人)、 書 焼 鷺 の 間 (御 世 話 卿)、 小 人 形 の 間 ( 醍 醐 山 無 量 壽 院、 供 奉 御 付 武 家 大 久 保 大 隅 守)、 大 人 形 の 問 ( 御 讐 師、 瀧 口、 供 奉 取 次)、 花 鳥 の 間 ( 御 列 奉 行、 前 駈 魑 從 諸 穴 夫、 御 藏. 勅 使 添 使、 供 奉 使 番)、 新 建 束 の 間 ( 准 后 様 御 使、 宮 々 様 方 御 使、 御 同 列 方 御 使)、 同 西 の 間 (堂 上 方 召 蓮 の 青 侍 以 上、 町 奉 行 組 與 力、 御 附 組 與 力、 所 司 代 馬 役、 御 附 用 人、 雑 色)、 上 下 藤 の 間 ( 下 雑 色、 町 奉 行 組 同 心、 御 附 組 同 心、 六ハ 門 雑 色、 附 武 家 小 姓、 石 山 衆 侍)、 山 鳥 の 問 ( 堂 方 使) 當 番 所 竹 の 間 ( 石 山 衆)、 同 松 の 間 ( 伏 見 宮 御 語 合 ハ 諸 大 夫)
さ
て
酉
宇
刻
(午
後
七
時)
愈
々
仁
和
寺
へ
御
着
と
共
に
一
同
へ
説
酒、
御
肴
等
を
そ
れ
ー
下
さ
れ、
此
の
御
酒
盛
を 以 つ て 御 入 室 の 式 を 終 る の で あ る が、 此 の 時 仁 和 寺 に 於 い て 饗 憾 せ し め ら れ だ 人 数 は 凡 そ 二 千 人 に も 達 す る 多 人 歎 で あ つ た 事 は 諸 記 録 の 誌 す 所 に 依 っ て 確 か な る 所 で あ る が 其 の 特 に 重 要 な 役 割 を 持 つ て 墾 列 せ し め ら れ だ 公 卿 殿 上 人 の 名 前 と 其 の 從 者 を ば 墾 考 の 爲 め 次 に 誌 せ ば 大 禮 次 の 如 く で あ る。 勅 使 (廿 二 人)、 准 后 様 使 (廿 人)、 敏 宮 様 使 (十 九 人)、 四 辻 中 納 言 (計 四 十 人) 正 親 町 中 納 言 (四 十 六 人)、 甘 羅 寺 中 納 言 (四 十 人)、 庭 田 宰 相 中 將 (四 十 四 人)、 橋 本 宰 相 中 將 (冊. 四 人)、 中 御 門 辮 ( 廿 二 人)、 綾 小 路 前 大 納 言 (十 八 八)、 愛 宕 三 位 (九 人)、 大 宮 三 位 (四 人) 清 閑 寺 辮 (十 人)、 坊 城 侍 從 (九 人)、 河 野 中 將 (廿 人)、 池 尻 左 兵 衛 罐 佐 ( 廿 五 人)、 山 科 少 將 (廿 三 人)、 葉 室 犬 夫 (廿 人)、 慈 光 寺 大 夫 (十 九 人)、 五 條 大 夫 (廿 八 人)、 藤 島 極 繭 (十 四 人)、 此 の 外 勅 使、 副 使 よ り 瀧 口 從 者 や 御 世 話 卿 雑 掌 並 に 冬 宗 の 僧 徒、 眞 言 宗 新 古 爾 涙 の 各 山 僧 徒 院 家 石 山 寺 の 衆 徒 其 の 他 を 加 算 す れ ば 如 上 の 歎 を 以 つ て し て も 術 足 ら ざ る の 多 人 歎 で あ る て ふ 事 は 一 目 に し て 瞭 (然 で あ ら う。六、
御
得
度
の
御
式
御
得
度
の
式
は
前
述
の
如
く
御
入
室
と
共
に、
婁
日
申
刻
よ
り
仁
和
寺
に
於
い
て
執
行
せ
ら
れ、
亥
上
刻
(午
後
十
時)
に
御
式
は
全
く
畢
つ
だ。
1)
此
れ
よ
り
先
き、
禁
中
に
於
い
て
は
御
得
度
の
戒
師
並
に
其
の
式
に
列
席
せ
ら
る
べ
き
着
座
の
公
卿、
脂
燭
殿
上
人
陪
膳、
役
邊、
扶
持、
御
取
持
の
公
卿
殿
上
人
等
は
夫
々、
四
辻
中
納
言、
正
親
町
中
納
言、
甘
露
寺
中
納
言、
庭
田
宰
相
中
將、
橋
本
宰
相
中
將、
阿
野
中
將、
池
尼
左
兵
衛
権
佐、
山
科
小
將、
葉
室
大
夫、
慈
光
寺
大
夫、
五
條
大
夫
藤
嶋
極
萬、
綾
小
路
前
大
納
言、
愛
宕
三
位、
大
宮
三
位、
清
閑
寺
辮、
坊
城
侍
從
等
に
任
命
せ
し
め
ら
れ、
奉
行
職
事
に
は
廣
橋
頭
辮
(左
大
辮
胤
保)、
中
御
門
辮
(右
中
辮
経
之)
を、
勅
使
に
は
梅
漢
小
將
(添
使
河
合
典
膳)
に
命
ぜ
し
め
ら
る
と
所
あ
つ
だ。
又
御
世
話
卿
廣
橋
前
大
納
言
は
婁
時
引
籠
り
中
に
付
き
代
理
と
し
て
坊
城
侍
從
が
之
れ
に
當
ら
せ
ら
れ、
宮
中
並
に
公
卿
殿
上
人
と
仁
和
寺
と
の
問
を
折
衝
し
て
得
度
の
御
式
或
は
御
法
名
(實
名
即
ち
純
仁
親
王
の
賜
名)、
御
式
に
要
す
る
脂
燭
に
つ
い
て
御
藏
山
科
筑
前
守
と
の
間
に
於
け
る
打
ち
合
せ
な
ど
を
始
め
と
し
て、
當
日
列
席
の
僧
侶
交
名
並
に
御
出
家
次
第
に
關
す
る
御
世
話
迄
を
御
取
持
な
さ
れ
だ
の
で
あ
る。
さ
て
此
の
御
得
度
の
式
に
於
け
る
列
席
僧
侶
の
交
名
並
に
御
出
家
次
第
は
九
月
十
九
日
既
に
仁
和
寺
よ
り
御
世
話
卿
御
出
家
時
代
に
於
け
る
故
小
松
宮
殿
下
と
仁
和
寺
六
五
御 出 家 蒔 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 六 代 理 坊 城 侍 從、, 御 奉 行 中 御 門 辮 爾 卿 の 下 へ 提 出 せ ら れ、 爾 卿 よ り 禁 中 方 面 の 徹 内 閲 を 得 だ 事 に な つ て ゐ る が、 此 の 戒 師 以 下 僧 侶 の 交 名 は 煩 雑 を 恐 れ て 之 れ を 注 記 に 譲 り、 今 は 次 に 御 出 家 次 第 を の み 掲 載 し て 御 式 の 説 明 に 換 へ る 事 と す る。 嘉 彰 親 王 御 得 度 御 出 家 次 第 婁 日 早 旦 堂 荘 嚴 見 差 圖 時 刻 戒 師 着 堂 申 座 法 服 亭 袈 裟 從 曾 三 人 進 壇 前 置 居 筥、 香 (呂 菖 親 王 着 御 座 給 御 直 衣 扶 持 公 卿 相 從、 殿 上 人 取 脂 燭 唄 師、 着 座 鈍 色 小 袈 裟 参 會、 傅 綱 着 座 同 公 卿、 着 堂 前 座 戒 師、 登 禮 盤 親 王、 着 御 斑 家 御 座 唄 師 以 下 鱈 綱 動 座 潜 綱 勢 進、 奉 扶 持 之 戒 師、 塗 香、 護 勇、 洒 水 等 打 磐 二 度 三 禮 如 來 唄、 啓 白 等 親 王 御 拝 宗 廟、 國 王、 先 帝 僧 綱 参 進 奉 教 導 之 役 逡 輩、 持 塗 御 出 家 什 物 御 帷 子、 脇 息、 手 洗 在 打 敷、 水 瓶 一 口 入 湯、 剃 刀 四 柄、 菊 葉 小 札 等
剃 手 曾 綱 滲 進、 結 分 御 髪、 奉 剃 之 唄 師 獲 音 左 右 各 唱 一 反 剃 除 事 詑、 撒 什 物 等 剃 刀 一 柄、 置 脇 机 親 王 起 座、 入 御 西 面 之 簾 申 僧 綱 役 御 簾 脱 御 直 衣、 令 着 改 法 衣 親 王 持 袈 裟 着 御 出 家 座 教 導 之 僧 綱 相 從 戒 師 除 周 羅 髪 授 御 袈 裟 戒 師 奉 授 御 法 名 井 沙 彌 戒 紳 分 廻 向 親 王 復 御 本 座 唄 師 以 下 曾 綱 勤 座 教 導 之 偲 綱 ハ 奉 扶 持 詑、 復 座 戒 師 隆 糟 盤 復 座 公 卿 退 出 饗 會 曾 綱 退 出、 但 教 導 之 僧 綱 候 御 座 滲 唄 師 退 出 親 王、 経 本 路、 令 出 堂 給、 僧 綱 相 從、 殿 上 人 取 脂 燭 戒 師 退 出 ハ 從 僑 塗 遙 ハ 撤 法 具。 以 上 は 嘉 彰 親 王 御 得 度 式 の 大 様 で あ る が 然 し 此 れ に 依 つ て も 爾 其 の 大 略 は 窺 ひ 知 ら る と 所 と 思 推 さ れ る の み な ら す 紙 歎 に も 限 り あ る か ら、 今 は 詳 述 す る 事 を 避 け る が、 兎 に 角 親 王 は 此 の 時 以 來、 郎 ち 御 法 名 を ﹁ 純 仁 ﹂ と 申 し 奉 る に 到 つ だ の で あ る。 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 七
御 出 家 畦 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 八 (1) 今 度 御 得 度 の 戒 師 に 就 い て、 は、 既 に 本 文 に も 解 明 し た 所 で あ る が、 雌 の 蒔 の 禁 中 宣 旨 の 本 帯 が 仁 和 寺 御 経 藏 に 存 し、 筆 者 匡 此 た 爲 眞 に 撮 つ て 來 て ゐ ろ。 紙 質 ば 薄 墨、 本 紙 に ば ﹁ 嘉 彰 親 王 得 度、 戒 師 事 可 令 存 知、 給 者 依、 天 氣 執 啓 如 件、 八 月 廿 五 日 左 大 辮 胤 保、 謹 上 藁 乗 院 曾 正 御 房 ﹂ と あ り、 其 の 禮 紙 に ば ﹁ 追 執 啓 可 爲 來 月 廿 五 ロ バ 刻 限 申 剋 候 也 ﹂ と し、 包 紙 に に ﹁ 謹 上 藁 乗 院 僧 正 御 房 左 大 辮 胤 保 レ と あ る。 翼 乗 院 と ば 孝 恕 儒 正, 左 大 辮 と に 廣 橋 頭 辮 の 事 で あ ろ。 働 御 得 度 曾 侶 の 交 名 ﹁ 戒 師、 眞 乗 院 曾 正 孝 恕。 唄 師、 尊 壽 院 曾 正 教 遍) 教 導、 剃 手、 皆 明 寺 擢 僑 正 照 道。 御 帷 子、 脇 息、 水 瓶、 密 藏 院 灌 大 僧 都 融 蕎。 手 洗、 實 塔 院 権 律 師 尊 聖。 剃 刀、. 法 輪 院 灌 律 師 寧 信。 御 法 名、 眞 光 院 大 法 師 憲 恕。 菊 葉、 南 勝 院、 大 法 師 道 徴。 紙 燭、 灌 律 師 尊 聖。 程 律 師 箪 信。 會 奉 行 ↓ 灌 大 僧 都 融 衛。 峯 會、 無 量 壽 院 灌 僧 正 元 轡。