特集/企業経営の協働のあ り方
日本の競争力 「 ジャス ト・イン ・タイム」
一震災後の東 日本の復興 と協働 ‑
畑 中 邦 道
要 旨
第二次世界大戦での敗戦後、復興を果た した 日本の国際的な競争優 位 は、製造業 における小集団活動を主体 とした、絶 え間ないカイゼ ン
による、高品質な製品輸出により支えられてきた。カイゼンは、 日本 特有な相互擦 り合わせ思考 をベースに して、JIT (ジャス ト ・イ ン ・
タイム)生産方式を生み出 し、 トヨタのカンパ ン方式のみならず、宅 配や コンビニエ ンス業界の様 なサービス産業 にまでJITの経営思考 は 拡大 した。その経常思考 は、先端技術の開発 にまで浸透 している。一 方、現在のグローバル環境 をみると、 日本国の失われた10年 に続 くデ フレスパイラル と膨大な国債発行額、米国に端 を発 したサブプライム 問題 による世界的な金融危機、 ヨーロッパ における借金大国の崩壊懸 念、 ア フ リカ と中東地域 にお ける政治不安、 中国 をは じめ とす る BRIC.Sの台頭、等、 どれを とって も、極 めて世界連鎖性が強い、混 沌 とした状態下 にある。 この状況のなかで、2011年3月11日に大震災 が東 日本 を襲った。 この大災害は、製造 に比較優位 を維持 してきた 日 本の製造業のサプライチェーンの連鎖を欠落 させた。それに加 え、福 島第一原子力発電所の事故発生により、安全性懸念が全国規模で連鎖 し、物造 りに必須である電力供給に大幅な制約 を与 え、消費者マイン ドもさらに冷え込んだ。 さまよい続 ける日本政府への不信感 もさらに 増大 し、 日本のあらゆる分野で、産業のクラスターが崩壊す る危機 に 直面 している。 この危機的状況か ら、 日本が、いかに素早 く抜 け出せ
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るか、停滞 を余儀な くされ るか、あるいは崩壊 に至って しまうか、世 界が注 目している。 日本のJIT(ジャス ト・イン ・タイム)を創 り出 し た 「協働」 については、 日本の古代人 を起点 とす るDNAを想定 し、
「元本保証」 による連続的関連性 をもって実現 している 「秩序 ある小 集団行動」 と、 どんな時代で も独 自の先端技術 を生み出 して きた、
「擦 り合わせ」 とい う相互関連性 をもって実現す る 「多様性の創出」
について論 じる。災害か らの復興 については、世界連鎖性が強 く出て いる東 日本の製造業 を取 り上げ、 また、世界連鎖性の少ない農業、酪 農、漁業については東 日本の地域特性が強い漁業を取 り上げ、 「協働」
とJIT(ジャス ト・イン ・タイム)による回復 と再成長 について論 じる。
災害を機 に表に出て くる日本が持つ特有な問題 については、 ミクロの 小集団活動による弱い力の総力が、マクロの覇権的強い力に、 「協働」
をもとにどの様 に対抗 しうるか論 じる。
キーワー ド:
日本の民族性 擦 り合わせ
ジャス ト・イン ・タイム
日本的協働思考 とカイゼン思考 比較優位の覇権 と多様性の協働
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特集 日本の競争力 「ジャス ト ・イン ・タイム」
はじめに
2011年3月11日に東 日本 を襲 った大災害 を境 に、 ほ とん どの日本企業 は、被 害の大小にかかわ らず、一瞬の混沌状態に陥った。直接的な破壊 を受 けた企業 も、天然資源か ら製品 ・販売に至 るまでのプロセスの どこかに位置す る企業 も、
製商品を取 り巻 く分野のみならず、あらゆるサービス、物流、ソフ トウェアー、
金融にいたるまで、 自社の事業の入 口側 と出口側で、直接的、間接的に災害の 影響を受 けた。鉱工業生産 は、一気 に65%にまで下落 した。影響 を受 けた事業 の回復や、復興 をどうす るか、規模の大小はあるにせ よ、 日本 に本拠地 あるい は拠点をもつあらゆる事業者 は、何 らかの経営判断を しなければな らない必要 性 に迫 られた。
資源に乏 しい日本の企業の大半は、資源 を輸入 し、一部 は国内消費す るが、
そのほ とん どの資源 は加工 され、付加価値 を生み出 し、製商品 として輸出 して いるとい うプロセスに、直接的、間接的に長期間かかわってきた。 しか し、 日 本か らの直接輸出は、急速に縮小 している。 ここ数年で、海外生産移転 による 直接投資の リターンの比率が増加 したことで、何 とか、経常収支は黒字 を維持
しているとい う状態にある。
経常収支を黒字にしてきた、 日本の製造業か ら生 まれた付加価値 を大 き くす る手段の一つに、 日本が独 自に開発 し世界が真似できない、社会的な仕組みに まで浸透 したプロセスがある。小集団活動 によるカイゼ ン思考か ら始 まった、
ジャス ト・イン ・タイム経営の仕組みである。筆者 は、ジャス ト・イン ・タイ ム経営思考 こそが、震災後の日本の復興を早め、いち早 く世界における企業競 争力の回復 を果たせ る、ただ一つの有効な手段だ と考 えている。
震災により、特 に、製造業では、製造のプロセスの一環 (サプライ ・チェー ン)が欠落 して しまった ことにより、 日本が供給基地 になっている製商品 (部 品 ・ソフ トを含む)は、 グローバルなレベルで大 きな影響 を与え、世界経済 を も委縮 させ るほどのダメージを与 えた。世界の製造拠点は、供給元 を日本以外 に求めることへ急速 にシフ トし始 めた。 さらに、福島第一原子力発電所 の事故 は、すべての原子力発電所の稼働 に対 し、安全性確保 を要請す ることにな り、
日本全体への電力不足 に拡大 した。電力の供給制約 は、製造業 自身を海外 に移
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転 させ ることを余儀な くされると見込 まれている。必要以外の在庫 を持たない ジャス ト・イン ・タイム経営は、 日本の産業崩壊を招いて しまう企業経営の失 策であった、 と言 う評価 さえ見受 ける。
今回の復興 に際 し、第二次世界大戦後の廃櫨か らの日本の復興 と、 よ く比較 されて語 られ る。 しか し、比較するには、今の世界環境 は、当時 とは全 く違っ て しまっている。単純に、標準化、大量生産 による規模の経済性が世界 を支え ていた環境 と、現在のように、多様な顧客か らの要請 にこたえなければならな い と同時に、BRIC■Sの台頭にも対応 しなければな らない複雑な環境 とは、基 本構造が違っている。
現在の 日本国の体力を見てみると、国全体の政府債務 は、GDP (国内総生 産)比、200%にも及ぶ借金を抱えている。 また、15%を誇 った家計貯蓄率は、
2011年度 には3.2%と、すでに、米国 よ り低 い水準に急落 している。 日本の個 人金融資産 は、1400兆円程度はあると言われてお り、その金融資産が、何 とか
自国の借金 を支えている状態にある。
現在の日本の労働環境 にも、落 とし穴がある。 日本企業の開発途上国への製 造拠点の海外移転 は、非正規社員の割合を増加 させてきた。2003年の労働基準 法改正 によ り、それ までは製造 ライン請負の形で、製造のノウハ ウを保持 しな が ら従業 していた労働者は、非正規社員‑ と移行 した。誰 にで も交代可能な従 業への作業の標準化が急速に進み、独 自の能力や知能を使わずに済む労働環境 を、 自らが作ってきて しまった。 日本固有のノウハ ウであるカイゼン思考が、
継承できな くな り始 めている。
日本の借金大国である事情や、労働環境の問題 を踏 まえなが ら、何故、ジャ ス ト・イン ・タイム思考が、復興 をいち早 く進め、今後、 より競争力を維持出 来 る可能性があるのか、 日本が所持 している特有な自然環境 を含め、その背景 にある民族的な行動 と思考、 「協働」がはた らく日本企業の持つ底力か ら、 日 本の競争優位 と復興、そしてその再成長の可能性について論 じる。
1.人類 としての脅威への対応行動
2011年3月11日、世界 は、NHKの津波災害のテレビ中継放送 を、同時に見て
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いた。惨状は、 まるで コンピュータグラフィックスによる映像のように、世界 に流 し続 け られ た 。 そ の後 、 毎 日の よ うに、 「Disaster(震 災 )」 と
「Catastrophe(大災害)」は、 ワンセ ッ トで報道 され続 けた。 その直後、先 進技術 を誇っていたはずである日本の原子力発電所が、崩壊 を始めた。地震、
津波、そして放射能飛散の恐怖が、同時に東 日本 に発生 したのである0
震災後、即、世界のメディアは、一斉 に動 き始め、東 日本 に入 り、被災地か らの報道を行 った。震災か ら三 日後の被災者が集 まる避難現場か ら、欧米のメ ディアは、 「欧米や中国をはじめ、多 くの国の人々に とっては、 とて も信 じら れないことが起 きている」 と報道 した。そのほ とん どが、 「なん と冷静なのか、
家を失い、家族 と連絡が取れない中、皆が手元に有 るものを持ちよ り、炊 き出 しをし、一 日一食 を、誰 ともな く弱者優先で、寒 さの中、順番に列 を作 って、
じっ と我慢 している」 という内容であった。 ヨーロッパ諸国、特 にフランスを はじめ とした多国籍民族の集合体である国による報道では、半信半疑で、 「日 本民族の強 さ !」 とまで報道 した。先進国であろうと開発途上国であろうと、
このような大災害が起 きれば、ほ とん どの国で、暴動や略奪が起 きているはず だか らである。事実、過去、同様 な災害が起 きた時に、暴動や略奪が起 き、軍 隊が出て鎮圧 している。
たまたま、震災当 日、仙台在住の作家、佐伯‑麦夫妻は、英国人夫妻 と行動 を共にしていた。英国人夫妻が、仙台か ら震災の四 日後、やっ と帰国出来 るよ
うになった時、被災地 における、信 じがたい日本人の行動 を直接見ていて、 こ れを 「Calm Chaos」と表現 していた 1、 と、佐伯‑麦は寄稿 している。佐伯
‑麦は、 この ことを 「冷静な混乱のあ と」 と表現 しているが、 どち らか といえ ば、 「静かなる混沌」、あるいは反意語的に 「秩序 ある混沌」 とい う表現が、イ メージ的に当たっているような気がす る。地震、台風、津波等、大型災害の発 生に遭遇する確率が高い国土に住む 日本民族 は、なん とな く、いつ起 きるかわ か らない、カタス トロフィ‑ 2による混沌の発生 は、次の新 しい調和で もある
1 佐伯‑麦 (2011.3.19),「冷静な混乱 のあ と」,『日本経済新聞,24.
2 J.L.キヤステ イ(1996),『複雑系 のパ ラ ドックス』, 白揚社 ,64‑114, カ タス トロフィー理 論 は、連続性 のあ る時間的、空間的解釈 の中で、瞬時 に、全 く異な る状態が現れ、新 し く安 定す る状況が発生す る事 を証明 しうる複雑系理論の一つ0
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ことを、体で知 っているのではないか と思われ る。
M.サ ンデル3は、今 回の 「Calm Chaos」状態を、 「日本 の人々が行動で表 わ した美徳や精神が、人間に とって、世界 に とって、大 きな意義 を持 った。そ れは、 日本特有な ものなのか」 と、
NHK
による、 ボス トン と上海 と日本 を結 んだ討論番組で、述べていた。 このような秩序 ある行動 を、規模の大小 にかか わ らず、個別 に、かつ、 自然発生的に集団行動ができる民族 は、 日本以外に世 界に類 を見ない。現在の世界の社会環境における世界観のグローバルスタンダー ドは、一神教か無神教 (ダーウィニズムまたは共産主義)である。 それ らの個 人主義の色が濃 く出 る世界観か らは、 日本人の意識 と行動 は、不可思議であると映 るのである。
世界では、「Disaster(震災)」と 「CatastroPhe(大災害)」直後 には、現実 として暴動や略奪が起 きていることか ら、パニ ックを誘因 として、生存競争が 誘発 ざれ、暴動や略奪 を引き起 こす、 と一般的には信 じられてい る。市場原理 的な競争 を、生物学的な生存競争 に見立てて、パニ ックを理 由にしなければ、
暴動や略奪 を引き起 こす非人間的行動 を、人 として容認 し難 いか らか もしれな い。 しか し、東 日本での大災害では、パニ ック状態が全 く起 きていなかった こ とに、世界 中が驚いた。逃 げ場がない閉鎖空間では、深海で起 こる潜水艦 内で の事故のような場合、パニ ックは起 きない ことが知 られてい る。チ リで起 きた 鉱山落盤事故の場合 も、パニ ックは起 きていない。
非人間的行動 をパニ ックとして片づ けられれば、気持 ちも楽 になる。 パニ ッ ク現象 は、ある条件が整 うと起 きることが、知 られている。パニ ックの発生は、
人び との意識の状態 と直接的にかかわっているものであ り、外部的な客観状況 の在 りようとは、間接的なかかわ りしか持たない4。 人々の意識が、直接的に パニ ックの必要条件 を満 さないかぎ り、パニ ックは起 きない。
今回の大災害 は、パニ ック現象では説明できないほ どの、大 きな規模 による 災害であったのか もしれない。 しか し、 日本人が 自主的に自然発生的に行動 し た結果 の 「Calm Chaos」状態 は、被災 した人々の意識 に、直接かかわって いた ものである。 東 日本の膨大な地域では、数え切れないほ どの集落が穀損 し、
3 M.サ ンデル(2010),『これか らの 「正義」 の話 を しよ う』,早川書房 の著者
4 広瀬 弘忠(2004),『人 はなぜ逃 げお くれ るのか』,集英社新書,140. 24
特集 日本 の競争力 「ジ ャス ト ・イ ン ・タイム」
多 くの犠牲者 を出した。その膨大な地域で被災 した人々の意識 は、直接的に、
「なん と冷静なのか、家 を失い、家族 と連絡が取れない中、皆が手元 に有 るも のを持ちより、炊 き出しをし、一 日一食を、誰 ともな く弱者優先で、寒 さの中、
順番に列 を作 って、 じっ と我慢 している」 ことであったのである。
日本人は、なぜ、誰で もが、大災害直後で も、直接的に同じような意識が持 て、秩序ある集団行動が自主的にできるのであろうか。 日本人は、個々に異なっ て持 っている個々人の直接的な意識が集団 となった時、 「協働」 としての行動 様式 を共有できる、 という特質をもっている。 日本的な 「協働」原理 は、市場 原理的な自由競争を、生物学的な生存競争 に見立てて、すべてを競争戦略 とし て しまう米国型覇権主義 とは、相いれない概念である。そこに、筆者 は、 日本 の競争力の原点を見出 している。
2.日本人の協働の根底
2.1 日本人の擦 り合わせ ・滅私 と集団
日本人の意識の根底には、古代における集落か ら引き継がれた村意識や、個々 人 において、養老孟司が 「無思想」5 と指摘 しているように、無節操 にも見 え る多神教的な意識が、 「滅私」 として、存在 している。仏教が伝わってか らは、
諸行無常 とい う 「無常」や、 「色即是空、空即是色」 とい う 「色」 と 「空」の 同一性の観念が加わ り、 より濃 く強 く「滅私」が、意識の根底 に、 いつ も働 い ている。
一方、 日本人の行動の根底には、現在の自動車製造 における競争力を生み出 した 「擦 り合わせ技術」6 のように、技術のみな らず、あ らゆる分野での擦 り 合わせを可能 とする資質がある。世界では例 をみない、特異的な 「言語体系」
と、擦 り合わせ を伝承できる 「集団的行動」 が、存在 している。
存続を維持で きる集落単位による 「村」意識 と、個人同士の対応の柔軟 さを 発揮で きる、 「無思想」 を、同時に持ち合わせている。集団の中で 自分の位置
5 養老孟 司(2005),『無 思想 の発見』,筑摩書房,144‑166.
6 藤本隆宏監修(2007),『ものづ くり経営学 』,光文社 新書,21‑50
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を確認 しなが ら、 「擦 り合わせ」により、私利私欲 に走 らず、 「滅私」 により自 分の役割 を調整で きる。 「擦 り合わせ」 は、一連のプロセス連鎖のつなぎの部 分 を、オーバーラップさせて連結することを可能 とする。 自工程 に連鎖する前 工程、後工程 を、集団 として切れ 目な く繋いでゆき、 「集団的行動」 に結実 さ せてゆ くことができる。
本論では、 「村」 「無思想」 「滅私」 「擦 り合わせ」 「集団的行動」、それ らが総 合 して実現 しているのが、 日本人特有の 「協働」スタイルであると定義 してお く。制約条項が基本 となる契約思考 を基本 とす る一神教的な世界 には、 日本の ような 「協働」は存在 しに くい。富める者が貧 しいものに財を分配する、 といっ たイスラム的な世界観や、一神教 と表裏 にある無神教の世界観、あるいは、皇 帝支配を歴史に持った民族や、共産党一党主義に見 られ る世界観か ら生 まれる Cooperation(協同) とは、中身を異にする。
また、ある目的を集団で達成す るために、多機能をもった組織の中や、オン ラインゲームの中のような不特定である多人数参加型ネ ッ トワークの中で起 き る、成果 を期待す る積極的な役割分担 にみ られ るCollaboration(協力)7とも、
思考や行動の原理が違っている。 日本的組織集団の中では、 日本特有の 「協働」
が成果を上げているケースが多い。
経営戦略 に独 自の目線 を持 ってい る、H.ミンツバーグは、1970年代 の 日本 的経営について、 「社員同士が相互 に尊重 し、多様 な解釈、豊かな人間関係、
矛盾の共存があ り、それ らを保証す るために唆味があ り、それが強みだ」8、 と 述べている。現在では、その強 さを強調 しに くい環境 を、 日本国民の自らが創
り出 して しまっているが、グローバルレベルにおいては、 まだまだ、被災地で の個別集団における行動をみても、 日本人の意識 と行動は、評価 に値 している。
日本的な 「擦 り合わせ」ができる民族 は、世界中に、 日本以外にはない。擦 り合わせ思考 は、良い意味では、小規模集団内での活性化 に繋が る。小規模集 団 と小規模集団の問では、JIT(ジャス ト ・イン ・タイム)の ように、ある工 程か ら次の工程への連鎖に、途切れをな くし、効率を上げる仕組みを実現する。
7 B.リーブス他寄稿(2008.5),「OnlineLabs」,『ハーバー ド・ビジネス ・レビュー』
8 H.ミンツバーグ寄稿(1975.7‑8),「アングロサ クソン経営を超 えて」,『ハーバー ド ・ビジネ ス ・レビュー』
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特集 日本の競争力 「ジャス ト ・イ ン ・タイム」
生産方式では、仕掛か り在庫 を持たない 「必要な時に、必要な ものを、必要 な だけ」 といった、 「ム リ、ムダ、ムラ」 をな くす効果 を持つ。
「擦 り合わせ」 には、欠点 もある。誰 にで も満足感 を得 ようとしてなされ る 合意 プロセスで、表面化す る。合意を得 るための擦 り合わせ は、擦 り合わせ を す ることだけに時間 と労力が とられ、決断が遅 くなる。 そ して合意結果 は、唆 昧模糊9とな ることが発生す る。小集団では、カイゼ ン的思考 の もとにPDCA
(Plan Do Check Action)が働 き、短期サイ クルでカイゼ ンがなされ、
成果 に結び付 く。国家規模のような大 きな組織体の トップ部門や、大企業 の組 織の経営機 関で これが行われ ると、決断 も行動 もなされず、弊害の方が大 き く
なることもある。
しか し、合意結果が唆昧模糊 となって も、合意結果 に至 る形成過程 は、 その 集団に細部 まで共有 されていることが多 く、合意 による行動が始 まると、一気 吋成 にゴールに到達で きる利点 もある。合意 は、個々人が 「滅私」 となって、
お祭 りの神輿 を担 ぐような、個々 と集団が混沌 としなが ら、一糸乱れぬ調和 を 形成する。迎合 は して も、私利私欲 を嫌 う、 日本人特有のメンタリティがある。
自己主張 をす ることによって、「YES」「NO」による相互の位置付 けを確認 しあい、その上で合意点を見つけ、合意の上で行動 しようとす る、欧米や中国、
韓国 といった国々の思考や慣習か らは、 「唆昧」 な合意 による行動 は、理解 し 難い。 「暖昧」 によ り実行 され る物事 には、表 に出て こない、縁の下の力持 ち 的な 「滅私」が、 日本人 には存在す る。 それでいて 自己は、個々に強 く持 って いる。
日本人の 「自己」 と 「滅私」観 は、 「色即是空、空即是色」 として表現 され る同一性の概念 のように、表 には裏があるといった対称性 を持 った概念ではな く、表裏が同 じ意味を持つ一体状態を認識で きる。「YES」「NO」の世界観か らみ る一体観 とは異な る。「YES」「NO」の世界観か らは、「YES」と 「NO」
の表裏が対称性 として存在 していることを認識 しなが ら、表裏一体 を一つの も の として認識 している。 日本人 は、個々に異な る自己同士が集団 となって 「協 働」するとき、あたか も相手が 自分であるかのように、 自然発生的な擦 り合わ
9 畑 中邦道(2010),「暖味 とグローバル環境」,『国際経営 フォー ラム』,21,79‑84.
国際経営 フォー ラム No.22
せができる。個々の総和が、個々の単純和 よ りも、 はるかに大 きなエネルギー を生み出す ことを、複雑系の理論で説明 されな くて も、誰で もが、なん とな く わかっている。個々の総和 は、 プラスにもマイナスにも、単純和 よ り大 きなエ ネルギーを生み出す。
2.2 日本の古代か ら続 く集団力 2.2.1 要因 としての根拠
何故、 このように日本人特有の集団における 「協働」スタイルが出現 したの か、誰 も答 えを持っていない。 日本列島における古代の集落の在 り方か ら、現 在 の 「協働」 について、科学的な根拠 を持 って因果関係 を証明す ることは今の ところできない。 しか し、数少ない根拠か ら、物語を繋いでみ ることはで きる。
因果関係 は証明できないが、特徴的要因の相互的関連性、連続的関連性 は、意 味づ けできるとい う、経営戦略を論 じるとき と、同じ手法を用 い、その根拠 を 探 ってみる。
経営戦略論では、成功物語の因果関係 を意味づ げ、成功 した結果があるか ら 原因がある、 として、一見科学的な手法 を用 いて分類 し、戦略パ ターンを創 り 出す傾向がある。 もともと個々に異な る企業活動の成功パ ターンを、普遍化 し ようとす るのは、不可能 に近い。普遍化が必然的要素 とすれば、パ ター ン化 さ れた普遍性の もとに、誰で もが成功で きる事 になる。 現実 には、そんなことは 起 きていない。成功物語 には、再現性がない。再現性がなければ、科学的な普 遍性が証明 された とは言 えない。
環境 は、内部、外部 ともに、刻々 と変化 している。 著者の経験か らすれば、
どち らか といえば、H.ミンツバーグが提唱 してい る、 「経営 は工芸品を作 るよ うである」 とす る、創 り出すプロセスを重視す る 「戦略 クラフティング」】Oが、
妥当のように思える。
これに似て非たる戦略論を展開 してい るのが、 「ス トリー としての競争戦略」
を提唱 している楠木建である。楠木建 は、物語 には因果関係 はない としなが ら も、要因の関連性が、論理的なス トリー (物語)の中に、戦略 として組み込 ま
10 H.ミンツバ ーグ(1987.7‑8),「戦略 クラフテ ィング」,『ハ ーバー ド ・ビジネス ・レビュー』
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特集 日本 の競争力 「ジ ャス ト ・イ ン ・タイム」
れている11、 として、ケーススタディ的な物語か ら、共通 した考 え方を引き出 し、戦略の在 り方を措いている。
H.
ミンツバーグも楠木建 も、科学的根拠 は 何 もな く、物語性に頼 っている。事業経営にも長年携わってきた筆者 は、経験上、分析 による気付 きと直観 と 経験が、事業戦略の目標 と現実のギャップを埋める作業 に必要である、 と主張
してきた。いささか学問的 とは言えない立場 を取 っているが、事業経営の現場 では、独 自性がなければ存続せず、同じことが二度起 きることもな く、普遍性
による再現 も、起 きていない。
古津満は、長 きにわたって、生物の 「不均衡進化論」を提唱 してきた。 「不均 衡進化論」に、 もう一歩、実証性が高まって くれれば、遺伝子の染色体のDNA 複製が不均衡であるがために、 日本人特有の 「協働」スタイルが進化の過程 と して生まれた、 と証明できる。DNAの個人情報の解読 と、医療分野での統計的 適応が、急速に進んでいる。近い将来、投薬の種類を、個人のDNA配列により 個別最適化ができる、 ということが起 きる可能性が高 くなってきている。
スポーツ界では、短距離選手 と長距離選手 に、個別 に有意なDNA配列が見 つかってお り、すでに、短距離選手が長距離選手に種 目を変更 した結果、世界 トップグループに躍 り出た、 とい う日本選手 もいる。DNAの個人情報 の解読 は、人間は生 まれなが らにして制約条件の中に運命づ けられている、 とか、婚 姻関係 に移 る前 に、DNA鑑定 を して、子孫への遺伝継承 を しない、 とい うこ
とまで、起 こして しまうリスクも抱えている。
古滞満 によれば、DNAは、 らせん状 に二本の連鎖で絡み合 って複製 を続 け るが、その一本 は、原種の元本 を保証す る変異が起 きない複製の役割 を持ち、
もう一本 は、逆方向か ら複製を続 けるが、変異が入 りやすいホッ トスポッ トが 集中する部位 を持つ としている。ホッ トスポッ トに内部要因や外部要因によ り 変異が入 り込む、 とい う考 え方である。そのホッ トスポッ トが変異す ることに
より、多様性が生み出され る、 という 「元本保証 された多様性の創出」論であ る。なぜ、生物 は、閥値 を超えた非常に高い変異率の環境 において も、死なず に急速 に進化 しうるか12、 とい うことに答 えられ る。がん細胞 と正常細胞が同
‖ 楠木建(2010),「ス トl)‑ としての競争戦略」,東洋経済社
12 古滞満(2010),『不均衡進化論』,筑摩選書, 182‑183.
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じ細胞であるにもかかわ らず、ある日突然、がん細胞のみが増殖 を続 ける、 と いうことにも答 えられ る。突然変異によって、種が分かれ、変異の謎 は神のみ ぞ知 る、 とい う突然変異説 を唱えるダーウィニズムを、根底か ら覆す考 え方で ある。
「元本保証 された多様性の創出」が、 日本列島で起 きていた、 と考 えると、
日本的 「協働」の発生が、解明できそうな気がする。 日本列島における日本の 古代の集落の成 り立ち と、陸続 きであった大陸か ら離れた後の、島国になって か らの進化 を見てみると、 日本人の成立の特殊性 も解 りそうである。世界最古 の土器を作 った人々は、稲作 を始 めるまでには1万年近 くの時間を要 している が、 どうや ら稲そのものは知っていたことが、花粉分析 と土器の遺跡分布で解っ てきている。古代人は、ユーラシア大陸か ら東へ とのびてゆ く稲の分布 に沿っ て、陸続 きであった北側か ら日本列島に移動 し、太平洋にぶつか り南下 した も の と考えられている。
土器の起源は、中国の長江中流の南部領域で発掘されている無文土器により、
最終氷期の後半である2万年前か ら1万8000年前に生 まれたもの と考 えられ る。
日本列島が、北方の陸続 きか ら分離を開始 したころである。集落遺跡か ら土器 が見つか ることは、集団での食料獲得 と、煮炊 きによる長期保存、および、そ の分配ができていた ことである。個々の活動 より集団での協業の方が、生存す るには便益が高かったためであ り、集落を構成 しようとするのは、現在の経済 原則か らみて も、妥当な仕組みである。
2.2.2 日本列島の古代人
日本では、1975年 に津軽半島の‑民家の庭先 (大平山元遺跡)で発掘 された無 文土器の放射性炭素年代測定を、2010年 に再調査 した ところ、1万6500年前の 土器であった ことが判明 した。津軽半島か ら青森市にかけて、年代の考証 はさ まざまであるが、石器時代 と縄文時代の集落遺跡が密集 している。土器表面 に 縄文模様 を持つ、 日本独 自の縄文式土器は、その模様の特殊性か らいって、現 代では考えられない何 らかの必然性があったはずである。単なる装飾、あるい は宗教的、文化的な要請か ら生み出さていた とは思えないほ ど、多様である。
縄文模様 を持つ低温焼成土器は、 日本 にしか発掘 されず、世界的に見て も特殊
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特集 日本の競争力 「ジャス ト ・イ ン ・タイム」
性が強い。
青森県の大平山元遺跡か ら南下 した青森市の高台で、1994年、古代の 「村」
の遺跡が、偶然発掘 された。6000年前か ら3800年前 まで、長期 にわたって継続 存在 していた大規模集落の跡を、見つけたのである。三内丸山遺跡である。 日 本列島では、2400年前頃、南方か ら稲作が伝わ り、集落単位の生活圏が増 え、
弥生時代 に入 る。三内丸山遺跡の 「村」は、無文土器 を有 した大平山元遺跡等 と、連続性を持って集団の生活圏を存続 させていたであろう。、いつか ら始 まっ たかわか らないが、巨大な柱を立て る信仰 を持っていた。現在、複現 された現 地を見 ると、大変大 きな巨木が立っている。
この地域での土器や土偶が出土 した記録 は、1623年の 「永禄 日記」 (山崎立 朴)や1799年の 「栖家の山」 (菅江真澄) に記 されてお り、 そこに何かがある ことは、解っていた。1994年、青森市が、野球場 を作 り直そうと手をつ けた と ころ、巨木 を立てた跡を見つけた。採掘をすると、驚いた ことに、現在複現 さ れているような、広大な規模の大 きさや、2200年以上にわた る超長期間、集落 が営 まれていた ことが、 ごみの集積場所か ら解 った。
まさに、数百人規模の集落である 「村」 が、2200年以上 にわたって、DNA の 「元本保証 された多様性の創出」を繰 り返 していた とい うことになる。粟の 栽培やゴミの捨て方 まで、集団的秩序 を守 っていた ことは、信 じがたい ことで はあるが、事実 として残 されている。 ヒスイや黒曜石の出土か ら、他の地域 と の交換経済活動をしていた ことも、分かっている。
弥生時代 に入 って、 日本全土の人 口は、やっ と200万人規模 になった と考 え られてお り、三内丸山遺跡の集団が存続 していた時期の人口は、 日本全体で10
‑20万人規模であった と思われ る。その時期 に、数百人規模の組織的かつ超長 期的な集団生活があった ことは、世界 に実例 を見ない。すでに島国になってい た閉鎖空間での、超長期にわたる集団的営みは、八百万の神々に感謝 しなが ら、
「村」 「無思想」 「滅私」 「擦 り合わせ」 「集団的行動」 を、6000年 も前か ら始め ていた ことになる。 その後、分散や集約 を練返 し、連綿 としてDNAが引き継 がれ、 自己組織化 もしなが ら、 「村」 「無思想」 「滅私」 「擦 り合わせ」 「集団的 行動」の濃度 を高めていった、 と考 えて も良いような気がす る。
超長期 にわたって、閉鎖空間で人間が営みを続 けるには、宗教的団結力や 自
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然環境か ら強制 され る制約が、生存に適するように整 っていたことも、必要条 件ではあったであろう。 よ り人間的な秩序 ある営みを継続 させ るためには、
「村」「無思想」「滅私」「擦 り合わせ」「集団的行動」が、絶 え間なO進化 をつ づ けていな くてはな らなかったはずである。無論、進化 としての排除行動であ る 「村八分」 も、存在 していた と思われる。進化 は、多様性 を生み出す原点で もある。DNAによる解読技術が進めば、 この集団の発生 と超長期の持続性が、
東 日本 に存在 していた こと自身に、今回の震災後の被災者の 「Calm Chaos」
行動の原点があった、 と証明できる日が来 ると思われ る。
集団が、同一因子 による自己組織化 を重ねれ続 ければ、いつかは自滅 して し まう。閉鎖空間が、滅亡する自滅を避 けるためには、世代交代 ごとに、何 らか の文化や文明が、順次入れ変わってゆ くことが必要である。外部環境の変化か らの圧力 もあったであろうが、集団内での独 自の先端技術開発が常にお こなわ れ、内部環境か らも文化や文明が、種の混血 を含め、順次入れ変わ り、多様性 を維持できていなければ、存続 はできなかったはずである。
2.2.3 古代人から引き継 ぐDNA
l万年前の技術力では、 日本列島以外で生 まれた先端技術 を、い くら経済的 交換価値が高いか らといって、大陸か ら日本海 を渡って、 リスクを冒 し、一方 的に伝えて くることは、考えに くい。中国大陸 も海に面する沿岸部を有するが、
内陸部の安定的生産経済効率 と航海の リスクを比較すれば、内陸部の技術開発 を優先す るであろう。3700以上の島々か らなる日本の海岸線 は、2万8000km にも及ぶ。 日本列島全体の沿岸線は、国土面積比で較べ ると、はるかに長い。
国土全体の内、25%しかない台地の安定的生産経済効率を考えると、食料 とし てのたんぱ く質資源を海か ら獲得する欲求 も強かったはずで、航海技術の進化 は、 日本人の方が優位性 を持っていた と考 えて もおか しくない。
日々の技術革新が、そこにもあ り続 けた必然性が高い。実際に、伊豆の神津 島で産出 した黒曜石の石器が本州東部で発掘 されているし、糸魚川近傍の姫川 のヒスイが、三内丸山遺跡か らも発掘 されている。 日本海 を北上 したのであろ
う。先進的な航海技術 を手にしてなければ、海洋交易はあ りえない。
三内丸山遺跡には、縄文後期に、すでに大陸の北東地域沿岸 との交易があっ
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た痕跡がある。 日本の船が、 日本海 を北方か ら大陸へ渡 ることで成 り立ってい た交易 は、津軽半島の十三湖に残 るい くつかの痕跡によって、 そこに膨大な大
きさの港があったことか らも、想像ができる。
いつの時代か らかは明確ではないが、 日本の東北北部 には、■日本の西部では 見 られない大規模な鉄の鋳造所があった跡があ り、大陸で造 られた織物や陶器 が、東北地方以北の総称であった蝦夷地によって、 日本の鉄器 と物々交換 され ていた。織物 はまるで原産地が蝦夷であるかのように、蝦夷錦 と呼ばれ希少価 値のあるもの となった。縄文後期には存在 していた当時の十三湊の規模 は、今 になっては想像するしかないが、伝承 によれば、今回の東 日本 を襲った津波同 様、1340年の大 きな津波 によって、跡形 もな く消え去った とされている。
三内丸山遺跡の集落は、大陸にあったであろう集落のように、陸続 きによる 外襲や外敵か らの脅威 はな く、異民族の襲撃 によって、閉鎖空間が瞬 く間に姿
を消 され ることもな く、 占領者 によって姿を変えさせ られ ることもなかった。
閉鎖空間の長期 にわたる種族維持 には、文化や文明の絶 え間ない進化や、食料 事情 を向上 させ る独 自の技術革新 も重要である。同時に、生物 としての新 しい 血族の導入 も、必要不可欠であったはずである。交易の発達 は、新 しい血族の 導入 という役割 も担っていたのではないか と推察 され る。 日本人は、縄文の古 代か ら、貿易 にも長 けていた と考 えられる。
現在の教科書では、 「百姓」は農民であると記述 されている。水呑み百姓は、
貧農か小作人のイメージを植 え付 けられている。網野善彦 は、能登半島に現存 する時国家 を調べ、江戸時代の時国家が、水呑 (頭振) と呼ばれた芝草屋か ら 高額な借用 を している文章を見つけ、百姓 は、多様な職業 を営んでいる人々の 総称であ り、それゆえに 「百姓」なのであることを再定義 した。水春は土地 を 元手にしていない職業の人々を指 し、江戸時代の廻船商人である大金待ちの芝 草屋 は、耕す土地 を持つ必要性 もなかった13、 としている。 また、棚 田の景観 が素晴 らしい能登半島西部にある時国家に行 く手前に位置す る、朝市で有名な 輪島地域では、漆器職人、素麺職人な どを含め、71%が水春であった と、報告 している。漁業や大工や商人やその他の職人 といった、多様 な職種 を狭 い国土
13 網野善彦(1996),『続 ・日本 の歴史 を よみなおす』,筑摩書房,20‑21
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の中で分業 していた 日本の 「百姓」 (古代訓音では 「おおみたか ら」) を名乗 る 人々は、農耕人口以上の比率を占めていたか もしれない。
日本の祭 りの多 くは、成 り立ちである古代様式を引きず りなが ら、新 しい文 化や文明を、頓着な しに取 り入れ、新 しい形 を どん どん発展 させ、個別の祭 り
を造 り上げている。祭 りは、 日本の各地で、今 も、 「村」単位 ともいえるほ ど 多 く、存続 させている。 「祭 り」の風習は、 日本独特の 「百姓」の成 り立ちが、
大 き くかかわっているようである。稲作が始 まってか ら引き継がれた祭 りの様 式には、内陸部での稲 にかかわるものが多 くみ られ るが、古代か ら引き継がれ ている祭 りには、海、川、山、を主体 にした ものが多 く残っている。多様な職 種 に従事 しているものが、祭 りの中で、 「村」 「無思想」 「滅私」 「擦 り合わせ」
「集団的行動」 を、今 日に至 るまで、温存 している。 自然環境 に恵 まれ、四季 の区切 りがあるの も、祭 りの温存に寄与 している。
種の混血 は、縄文の古代では、神 を喜ばす とい う、神事の一つであったであ ろう。 日本特有の集団の結束力を顕示する 「祭 り」の中には、古来、民衆 とし ての混血の風習が、見事に組み込 まれている。外か ら異質を取 り入れ、適合性
と有意性のあるものだけを選択 し、 自らのものに して、進化 として、それを次 世代 に継承 してゆ く方法論である。そこか ら、現在の日本人が持つ特有な、多 様性に対する相互感受性や、唆味が生 まれた と言っても過言ではないであろう。
ヨーロッパ貴族の血統重視か ら出て くる思考 とは、大 き く異なる。
東京の武蔵野台地 に有 る武蔵府中の大国魂神社 における、春の 「六所明神の 暗闇祭 り」は、近年 まで、その風習が祭 りの主体であった。祭 りは夜か ら始 ま り、神社 を取 り巻 く街並みは、明か りを消 して、 まっ暗闇になる。 この大国魂 神社は、神社形式になってか ら、すでに、鎮座1900年 を迎 えている。 風習 とし ての起源は、 もっと古いのではないか と考 えられ る。 関東平野に隆起 している 筑波山の筑波明神 にも、同様な風習があった。カガイ (擢歌) と呼ばれ る、男 女が集 って歌垣 をしなが ら、乱舞 し、種の混血がなされ ると神が喜ぶ、 とい う 神事である。
エスキモーの夫婦 は、他の夫婦間で 自分の子供 を交換 して育て、 自分の遺伝 子 を引き継 ぐわが子を自分で育てない、 という習慣がある。預かっている子供 を大切 にすれば、預 けている子供 も大事に扱われ るか ら、強い協同行為が 自然
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に生まれ る。厳 しい環境 にあるほど、個々人がばらばらに適応度の最適化 を追 求す ると、集落全体が存亡の危機 に直面 して しまう14、 といわれ る。三 内丸山 遺跡での集団にも、エスキモー と同じ思考や行動、あるいは神 を喜 ばす とされ る、種の混血の神事が、交易 という経済行動 とともに、組織的な宮 としてあっ たであろう。
古来、 日本の婚姻の風習は、男が女の家を訪ね る、通い婚 と呼ばれ るもので あった。子孫を残すにあたって、母親 に種の起源を委ね るとい う、尖石遺跡で 発掘 された5000年前の土偶 「縄文のビーナス」に代表 されるような、母系集団 だったのである。つい最近 まで慣習 として定着 していた、大阪商人の婿取 りに
よる家業の長期 にわたる伝承 は、その一つの形 とも言えそうである。
2.3 日本の技術開発力 と集団 2.3.1 古代人の技術開発 と伝承
日本独 自の先端技術が、6000年前の縄文中期 に、諏訪地方で花開いていた可 能性 について、百瀬高子が 「火 と鉄 と神 と」15 の中で、科学的再現性実験 をも
とに、鉄 は日本の諏訪地域で、独 自に生 まれた ことを、遺跡の分布分析 ととも に報告 している。長野県の諏訪 に伝わる、数 えで七年 に一度、一年間を通 じて 行われる 「式年造営御柱祭」は、壮大なものである。諏訪の巨木信仰の 「御柱」
は、 日本独 自の縄文文化を今に伝える伝統的祭 りとして、世界 に知 られている。
その巨木を、 どうして切 り出せたか、いまだに答えが得 られていない。直径 30cm程度 までな ら、磨製石器で も切 り出せ ることが実験的に解 っている。茅 野か ら八 ヶ岳 に上ってゆ く途中に、石器時代の生活様式を残す、石 を磨 いた痕 跡を持つ大 きな石がある。尖石遺跡である。尾根の上にある尖石遺跡の両側 を、
幾筋 もの川が、諏訪湖 に向かって流れてお り、川辺の草木に、酸化鉄の含有率 が高い高師小僧 (カ ッ鉄鉱) と呼称 される小 さな粒が、いっぱい付着 している のを見 ることがで きる。近辺の遺跡か ら発掘 され る円筒埴輪 は、保存用 には大 きすぎ、 また、中部 に大 きな穴が開いてお り、多穴があった りす る。出土す る ものは、すべて壊 されてお り、その使い道が解っていない。 この地域 には、石
14 吉村仁(2009),「強 い ものは生 き残れない」,新潮選書,52.
15 百瀬高子(2006),『御柱祭 「火 と鉄 と神 と」』,彩流社,84,107,145.
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器時代の黒曜石の一大産地であ り、鉱山活動があった ことを残す、鷹山遺跡 も ある。諏訪湖か ら長野へ向か う中仙道の峠の近 くである。
百瀬高子は、巨木 を切 り出すには鉄器が必要ではなかったのか、 とい う仮説 をたて、 この円筒埴輪土器を再現 し、底をつけ、高師小僧 (褐鉄鉱)の付着 し た草木 を大量に入れ、燃や してみた。実験後、なん と、小 さな鉄の塊が底 にた まったのである。褐鉄鉱 は、400℃程度で溶 け出 し、800℃以上で純度が上って くる。鉄の塊 は、土器を壊 さなければ、手にす ることはできなかった。壊 され ていない円筒埴輪が、全国で発掘 されていない、大 きな理由を見つけ出 した。
中部にある穴は、内部を高温にするために、送風の役割をしていた とみられる。
実際の再現実験で、その穴か ら風 を入れない と、内部が高温 にならなかった。
縄文土器の低温焼成技術では、800℃以上の温度で3‑4時間焚 き続 ける必要が ある。偶然にしろ、円筒埴輪で鉄 を作 りだせたであろうことは、真実度が高い ように思われ る。
諏訪地域の円筒埴輪を残す遺跡群のあった時代 は、鉄が中国か ら伝えられた とされ る時代 を、はるかにさかのぼっている。諏訪地域の縄文人が、黒曜石 に 加 え、鉄 を手にした と思える時期は、巨木信仰が始 まった時期 と、 どうや ら一 致 しそうなのである。巨木を切 り出せ るとい う先端技術の開発が、新 しい信仰 形態を生み出 した といえるか もしれない。現在で も続 く 「御柱祭」での、 「木 落 とし」や 「里引き」 に代表 され る、信仰 と集団の結束力は、 「村」 「無思想」
「滅私」 「擦 り合わせ」 「集団的行動」のすべてがそろっていない と成立 しない。
祭 りの原点を見 ることのできる、伝統的作業 そのものなのである。
先端技術 を生み出す力 と、集団の営みを長期 に可能 とす る継続的改革は、気 候変動、地震、台風、火山活動 といった天災を受 けなが らも、長期 に渡 る閉鎖 空間で、滅亡を免れ、連綿 と生 き続 けた、 日本人の本当の強 さであったのでは
なかろうか。 日本 には、集団 と分業 と個人を重複 させて成果 を上げる作業 を、
数多 く見出せ る。代表的なものには、祭 りの神事があ り、神輿かつぎ、がある。
江戸時代の後期に最盛期を迎えた版画による浮世絵の集団も、その一つである。
下絵師、彫師、摺師、版元、絵草子屋 (流通)か ら成 り立っている。各工程の 分業 と複層作業がなければ、完成 しない。各工程の分業 と複層作業 は、現在で は、小集団活動 におけるカイゼン運動や、ジャス ト・イン ・タイムの仕組みの
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中に、みることができる。
古代か ら万葉の時代 まで、日本の伝承手段は、口伝 による言葉 しかなかった。
絶え間ない改革行動の伝承や、伝承 による再現性 を高めるための口伝 は、現在 のコミュニケーシ ョン手段 としての言葉 よ り、 より正確 さを求められたはずで ある。その正確 さは、秘伝的ノウハウや言霊 となって、伝播 し、伝承 されていっ たのではなかろうかov)まで も、 日本人は、ある種の言葉 に対 し、共通 した魂 を感 じることができる。
日本人特有の言葉 による唆昧さの表現 は、逆説的に、ただ一つの正確 さを維 持するために、唆味 さが必要であった、 と考 えてもよいのではなかろうか。中 国の漢字を利用するまで、 日本 には、記述文字による伝承方法が存在 しなかっ た。口伝のみが、すべてを伝承できる手段であったのである。 日本人の言葉は、
単なるコミュニケーシ ョンを とるための手段以外 に、伝統芸能や伝統工芸、
「道」 と呼ばれ る日本特有の伝統継承形態 に残 されているように、正確性 を必 要 とする口伝が、今 にいたるまで存在する。ニュアンスが異なる言葉や記述に は、ひらがな、カタカナ、漢字、漢字の音読み訓読み、 日本独 自の熟語、アル ファベ ッ ト、等を使い分 けて使用 している。世界中に、 こんなに複雑な言語体 系を持った国は、 どこにもない。
複雑であ りなが ら、たった17文字 による俳句や、31文字の短歌 も存在す る。
17個や31個の単純な発音を組み合わせ ることで、環境の変化 によって変 る感覚 の世界 と、何千年を経て も変 らない精神の世界 を、両者同時に、正確 に伝 える
ことのできる言語 も、世界に存在 しない。万葉時代の長歌は、発音のみで伝承 されている。言語 は、創造性を生み出す原点である。
2.3.2 元本保証 と多様性
日本人の 「協働」には、 「村」 「無思想」 「滅私」 「擦 り合わせ」 「集団的行動」
は不可欠なものであるが、同時に、集団における作業の円滑 さを発揮 し乳蝶 を 起 こさない 「唆昧さ」 と、先端技術の開発や、再現性の伝承 に必要な 「正確 さ」
は、同じ事象 に有って矛盾 を起 こしていない。品質管理か ら生 まれた、カイゼ ン運動がPDCA (PlanDoCheckAction)サイクルを生み出 し、高品質 ・ 低 コス トを実現 した。その品質改善を緬持向上させ るために、前工程、 自工程、
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後工程 に作業者が相互乗 り入れを して、工程 ごとの出荷検査、受入検査 をな く した。重複す る検査工程がな くなると、工程 ごとに必要であった仕掛か り在庫 がな くなる。新 しい生産管理システムの誕生である。システムは、JIT(ジャス ト ・イン ・タイム)と呼ばれ、多能工 とい う、集 団 と分業 と個人 を重複 させ る 職能 まで、生み出 した。
「必要 な時に、必要 な ものを、必要 なだ け」 (ジャス ト ・イ ン ・タイム) と い う高効率的な仕組みが動 くためには、顧客 を満足 させ るために、 自らが 日々 のカイゼ ンに取 り組 んで いか な けれ ばな らない。 カイゼ ンの積 み上 げは、
DNAの 「元本保証 された多様性 の創 出」 を短期サイ クルで実現 してい る。相 互 に 「擦 り合わせ」 を可能 とす る唆昧性 と、標準化やマニュアルでは伝 えるこ
とので きない伝承 の正確性が、JIT(ジャス ト ・イ ン ・タイム)に同居 してい る。
JIT(ジャス ト ・イ ン ・タイム) には、 日本特有の 「協働」体系が組み込 ま れている。 表面的な コンピュータシステムを駆使 した 「必要 な時に、必要な も のを、必要なだけ」だけの生産管理システムでは、 日々のカイゼ ン とい う 「元 本保証 された多様性の創出」を起せない。システムが競争優位 を持つ と、 よ り 効率性 を狙 って、仕組みをコンピュータシステムに乗せ ることが行 われ る。1
‑2年かけてプログラムが出来上が り、 コンピュータシステムが動 き出す と、
多 くは、 コンピュータシステムのマニュアルを、機械的に順守 させ ようとする。
順守指導は、 コンピュータシステムに人が振 り回され ることであ り、 コンピュー タシステムが稼働 したその 日か ら、過去にあった競争優位の仕組みを、必死 に 順守す ることになる。
汎用ではない、固有のソフトシステムを、レガシーシステムと呼ぶ。コンピュー タシステム至上主義者 は、 レガシーシステムに乗 って動 く仕組みその ものが、
動 き出 した時点で、システムは、すでに古 き良き時代 の 「元本保証」のみを伝 承す るレガシー (遺産) になっていることに、気付いていない。そ して、シス テムは、急速 に競争優位 を失ってゆ く。 コンピュータシステムが 「元本保証」
を確保す る手段であ りレガシーであるな らば、人が直接的にかかわ る日々のカ イゼ ン活動 は、 「多様性の創出」の原点なのである。進化す るためには、 「元本 保証」 と 「多様性の創出」の両輪が、欠かせ ない。
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日本 のジャス ト・イ ン ・タイムには、 「元本保証 された多様性の創 出」 を短 期サイクルで実現す る、 日本人固有の 「協働」が、根底 に生 きている。 日本人 が創 り出 した、人的な 「協働」 による行動 プロセスのカイゼ ンと先端技術の創 出は、情報システムによる情報共有 と時間の効率性を維持 しなが ら、ジャス ト・
イン ・タイム として、 日々、進化 し続 けている。
製造で も、 コンビニエンスのようなサービス業で も、 日本 に有 る仕組みをそ のまま海外へ持ち込んで も、 うま くいった実績の報告がない。筆者の実体験 に おいても、仕組みを海外へ持ち込んだ時、中身を理解 させた上でマニュアル と ともに実行 させ るが、 うま くいかず、現地 に合わせた思考の変更 を余儀な くさ れた。 日本のジャス ト・イン ・タイムには、根底 に、 日本人独 自の、古来、引 き継がれている 「元本保証 された多様性の創出」による 「協働」 が必要不可欠 なのである。 日本以外では、 この 「協働」が、 うま く働かない。
3.復興 にかかわる日本特有の問題点
3.1 世界の中の日本の事情
震災による被害総額 は、16.9兆円規模 と試算 された。東 日本の震災は、被災 した地域の復興問題のみならず、 日本国全体の経済活動 に影響を及ぼ した。福 島第一原子力発電所の事故発生は、東北電力 と東京電力管内に、大 きな電力供 給不足 を起 こした。福島第一原子力発電所の事故 は、他の地域 にある原子力発 電所の稼働見合わせ を連鎖的に起 こし、中部電力をはじめ、関西電力、四国電 力、九州電力 と、夏場のピーク時の電力不足か らの大規模停電発生が予測 され、
節電キャンペーンとなって、供給抑制の要請が、全国的に広がった。
半導体製造や、精密機器製造分野 は、一度電源 を落 とす と、再立ち上 げに2
‑3日を要するため、東京電力 と東北電力管内の製造業 は、生産停止状態 となっ た。意図的 とも思える計画停電の実施 は、交通事故を多発 させ、病院を麻痔 さ せ、製造業のみな らず、飲食やホテル、居酒屋 に至 るサービス業 まで営業で き ず、心拍停止状態にまで追い込んだ。国家的危機感を持たず適切な初動を怠っ た政府 は、 まるで、政府の言 うことを聞かなければ、本気で心拍停止をさせ る ぞ、 と言わんばか りの脅 しをした。原子力発電所 の事故 を非公開にした恐怖感
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の扇動をはじめ、手法は、権力を集中させ る時に使 う、脅 しを防排 とさせたも のであったが、メディアも国民 も脅 しに乗 らず、 自ら賢 く知識を得、節電対策 を実施 した。
電力の供給抑制は、15%を目標 に、国家的節電対策 を巻 き起 こし、 日本国内 への新規設備投資マイン ドを冷や した。被災地への心の痛みを分かち合 う日本 的な粁意識は、消費者マイン ドの性向をも冷や した。野 口悠紀雄 は、電力供給 抑制により、生産拡大 はできないため、復興投資で需要が増 えるにもかかわ ら ず供給ができないので、何かの需要を減 らさなければならないクラウディング アウ ト16が起 きる17、 と、震災直後 に早々 と警告を発 した。 これにより、必然的 に復興国債発行 により、金利の上昇や円高が生 じる、 とい うものである。
また、 ビジネスプロセスの連鎖は、た とえば、 コンビニエンスス トアーが電 力抑制か ら第一週だけ開店する事が許 された とすると、棚 にパ ンを並べてお く
には、パ ン工場は同じ時期に操業 してなければならない し、その材料供給 も運 輸業 も稼働 してなければならず、関連経済活動の 「同時性」が確保 され る必要 がある、 とした。 「今回の震災でサプライチェーンが壊れた」 と言われ るが、
それが関連性の何 よ りの証拠だ18、 として、大量在庫方式 は効率が悪 く、計画 停電により産業全体 を非同期化することには問題がある、 としなが らも、 自己 矛盾 を抱えたまま、暗にJIT(ジャス ト・イン ・タイム)の仕組みに根源的な 問題があるような課題提起 をしている。JIT(ジャス ト・イン ・タイム) を代 表する日本の製造業 は、東 日本 に、その40%近 くを依存 している。製造のサプ
ライチェーンの欠落は、 グローバルに深刻な影響 を及ぼ した。
日本の製造業の特徴 は、資源を輸入 し加工付加価値 をつけ、輸出す る事で繁 栄 してきた。 しか し、貿易収支でみると、現在では、2002年か ら2007年の5年 間の財務省統計か らもわかるように、物 を作 って輸出する黒字か ら、投資収益 を受 け取 る形の黒字 に変化 している。 日本か ら、 もの作 りの拠点が海外に移転 し、 もの造 りとしての比較優位は、一部、すでに、グローバル競争により失わ
16 行政府が資金需要をまかな うため大量の国債 を発行すると、市中金利が上昇 し、結果 とし て民間の資金需要が抑制 されて しまう。Crowding Out(押 し出す)。
Z7 野 口悠紀雄(2011.6),文芸春秋,336‑344.
18 野 口悠紀雄(2011),『大震災後 の 日本経済』,ダイヤモン ド社,101. 40
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れている19、 とい うことは、事実である.
そのグローバル市場の環境 は、米国の動向に、大 き く揺 らがされ、翻弄 され 続けている.フラット化 したグローバルな国際経済の下では、サービス、ソフト、
製造 と、 どんな事業者でも、そこに参加 し、米国流の自由資本主義のルールに 従 って動いている限 り、米国がグローバル化 した世界経済の中で圧倒的な地位
を占めている20、 ということも事実であ り、認識 しておかなければならない。
日本国内では、世界 に誇った貯蓄好 きと言われた国民性 も変わって しまった。
家計貯蓄率か らみ ると、1992年度の14.7%か ら、2011年度 は3.2%と、米国の 3.6%よ りも低 くな り、急落 している。ただわずかな望みは、 日本 の個人金融 資産が、1400兆円程度 はあると言われていることである。そのほ とん どを高齢 者が所有 していると思われるが、その金融資産が、ギリシャ等 と異な り、何 と か 自前で借金大国を支 えている状態にある。
日本の労働環境 も、1980年代か ら始 まった、製造拠点の海外移転 に伴 い、製 造現場の正規社員が急減 しはじめた。2003年の労働基準法改正 は、製造現場へ の派遣社員を認めることとな り、非正規社員は増加の一途 をた どる。基準法改 正以前は、製造 ラインは、製造 ラインの一部請負業務 として、別事業者が比較 的長期間の契約 によ り請 け負ってお り、生産の増減 に対応 していた。製造 ライ ンの一部請負事業者 は、非正規社員を抱えなが らも、製造委託者 と製造のノウ ハウを共有 してお り、カイゼン活動にも参画できていた。法改正以降は、社会 保障費負担回避 をす ることや新興国 との競争による低賃金への傾斜が強 ま り、
非正規社員が急増 し、カイゼ ン活動 も継承が難 しくなってきている。
海外メディアは、 日本 は必ず復興す る、 と報道 している。第二次世界大戦後 の焼 け野原か ら復興 した事例や、石油シ ョックか らの立ち直 りと発展 を事例 に、
語 られている。確かに、米国の占領下にあった小 さな島国が、その後30年 を経 て、世界の先進国 と競争優位を競 うまでに復興 した ことは、人類の歴史に刻 ま れ るに値す る事実である。 しか し、当時の世界の環境 と現在では、社会機能や 経済環境 を含 め、その後の技術革新 による地球上のグローバルな活動の派生サ イズや、距離 と時間の概念 は、大 き く違って しまっている。比較の対象 として
1g 中井浩之(2009),『グローバル化経済の転換点』,中公新書,240‑241.
20 T.フリー ドマン(2008),『フラット化する世界』(上 ・下),日本経済新聞社, (下)242.