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明治前期、愛川町域農村における商品生産の実態と特質

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(1)

論 説

明 治 前 期 ︑ 愛 川 町 域 農 村 に お け る 商 品 生 産 の 実 態 と 特 質

山 口 徹

目次

はじめに

一愛川町域農村の概要

二明治六年の生産状況

三産物構成から見た村の類型

四田代村.三増村の明治十五年の生産構造

五明治六年から明治一五年にかけての生産構造の変化

あとがき

はじめに

本稿は幕末か︑り明治初期にかけて︑養蚕.製糸業が展開し︑その後大正・昭和期にかけて半原村を中心とした撚糸

生産を生み出した愛川町域農村の幕末から明治初期の生産状況を明らかにせんとしたものである︒

(2)

商 経 論 叢i第32巻 第1号24

それは・この時期にこの地域に養蚕製糸業を中心に展開する商品生産︑商・羅済の性格を確定する条件を明︑りか

にせんとするものであり︑そのための問題点も明らかにせんとしたものである︒

本稿はかつて神奈川県史饗委員であった丹羽邦男氏の依頼をうけて︑行なった半原村の調糞平原村撚糸業の生

成と展開‑禦川県愛甲饗川町半原調査讐巳)﹂を基健︑冗九四年より愛川町の博物襲潅備の百として

依頼された愛川町の占文書調査の過程で見えてきた愛川町の幕末か・り明治初期の生産概況を︑愛川町域にA凸まれる旧

村の総体として把握し︑分析の前提とせんとしたものである︒

冗七四年度の調査では調査の中心を半原村︑史料も同村の新井家文・.︑内藤家峯[に限定し︑半原村が県下有数

の撚糸.練糸の特産地帯であったことを明らかにした︒しかし︑それが半原村の一村の特殊な状況なのか︑半原村を

とりまく周辺農村をふくめた・この地域の特徴なのか︑この地域の肇を始めとする生産のあり様とどのよ,つにかか

わって展開したのか等々の問題については検討を加えていない︒本稿は▼しれ・りの点をはっきりさせ至口心味を持.てい

る 

ところで・今回主な調査対象とした愛川町の半原村新井家︑田代村の大矢家には}︑の地域の農村の概況を示す次の

史料が残されている︒

その;は幕末期の様相を示す︑いわゆる村明細帳と農間漣世書上帳であり︑.;は明治七年の産禦円上であり︑

三つは明治一四・五年頃の概要を示す皇国地誌である︒

葉期の村明細帳は当然のことながら全村のものはないが︑半原村︑田代村に年度の異なるものが数点︑農間諸渡

世書上は天保一四年のものが両村に残されている︒

明治七年の産物書上は明治六年の産物を品巳﹂とに数量を調査したものであり︑大矢家には先に述べた愛川町に属

(3)

25明 治 前 期 、 愛川 町域 農村 に お け る商 品 生 産 の実 態 と特 質

する旧村の全てと︑川入村を加えた足利県第三大区四小区に属する全ての村の産物義︒上が残されている・皇国地誌は明治政府が全国の地誌饗の擁資料として全国各府県を通して各郡町村ごとにまとめたもので・明治五年か.b明治二〇年にかけて饗がすすめられた﹃日本地誌提要﹂(内薯地誌課編∵﹃大日本国誌﹄(内薯地理局編)に比べると磐詳細なものであ.たと言われている︒しかし︑度国地誌﹄・﹃皇国地誌郡誌﹂は東臨尽人学図書館に保管されてい奈関東大震災で人半が焼失し︑県庁や郡役所に保管されていた控も多くが驚している・神奈川県では昭和三八年に県下各村の地誌幕を発掘して﹃神奈川県皇国地誌残稿﹂上︑下(禦川県図書館協会郷土資料編集委員Aム揮)として剖行されている.現在も雫の各自治体史の編華業のなかで新たなこの種の地誌の発禦すすめら

幸い愛川町域に属する村々の白歯地誌は全て﹃神奈川県皇国地誌鐘の下巻に収録されている・ただ田代村ゴニ増村を除いた地誌は後半部分が欠落し︑完全なものではない︒田代村︑三増村の地誌結者とも明治五年の﹁編成﹂

とな.ている︒したがって︑他の村の皇国地誌も明治五年に編成﹂されたものと考え︑bれる・と▼﹂ろで欠落したと思われる部分を田代村︑三増村の地誌から見ると︑各村の産物を・胃ごとに濡と産額を示し

た部分である}︑とがわかる︒し奈.て︑白薦地誌が全て完全な形で残っていれば・愛川緊体の崖状況をより正

確に把握できたであろう︒なお皇国地誌については後でふれることにしたい︒

ξ︑ろで︑.大保丙年︑明治七年︑明塗五年に公けにされた︑右の史料はそれぞれ・異った歴史的背景のもとで・

異.た権力のもとで︑異った意図のもとで作成されたものである︒したがってそこに表現される村の断面を理解するためには︑右の点を検討しなければな・りない︒本稿においては︑右の点牢分認識しながら・先ずは右の史料を検討

する▼﹂とにしたい︒その過程か・り︑おのずと三者の違いも明らかになるであろう︒例えば天保西年の村明細帳・農

(4)

商 経 論 叢 第32巻 第1号26

間諸渡世書上では物藍・額の調査は調査対象にな.ていないし︑余業の調査も個人がどの様な余業を農間にお}︑

なっていたかを知る藷のものであったと思われる︒おそらく︑冥加金を課する対象を把握する▼しとに目的があ.た

のであろう・これに対し明治七年の物産調査は村段階での諸生産を量的に把握したものであ.た︒しかし︑明治五

年の皇国地誌のように生産襲示はない︒皇国地誌の場合は生董と商.⁝の溢︑および崖攣自用のワ一フ製︒㎜︑

いわゆる自給昏ハ・ド肥等の自給肥料にいたるまで︑全ての・胃について崖額で把握したものである︒明治七年の

産物書上では自給民貝や自給肥料等は調査項目︑・胃の中にはない.}︑の}﹂とは明治七年の産塑円上と明治五年の

皇国地誌の物産調査の間に調査方法は袈珊︑調富的が異.ていることを示すものであり︑商・⁝経済︑貨幣経済の発

展の違いを物語っていると考えることが出来よう︒

一愛川町域農村の概要

表‑は軍国地誌Lから甲畑・山林・宅地其他の皆別の土地の存在状況を村別に集計し︑参考として江戸時代

の村高および明治七年に鑑された各村の.薮入・を記し︑物産調査がおソ︑なわれた明塗ハ年頃の村の概況をまと

めたものであるむ

表‑で見ると石高の最も多い村は中津村であるが︑中津村は熊坂村(五八・石余)︑半縄村(六..︑四石余)︑八菅村(四

五石余)が合併した村である・したがって合併以前の旧村で見ると︑最も石高の多い村は八七七石余の角田村であり︑

次いで多いのは七二九石余の半原村である︒次に多い三増村は角田村の約券︑田代村は約三分の一であ.た︒八菅

山村は新田村であり・江戸時代には中津村に合併された八菅村(四五石余)とともに五二石余と一〇〇石にも満たない

小村であった︒

(5)

27明 治 前 期 、愛 川 町 域 農 村 にお け る商 品生 産 の実 態 と特 質

総面積か︑b見ると︑最も大きい村は半原村で︑石高の磐多い角田村の二倍・次で面積の広い村は角田村の二分の一の村高の三増村である︒半原村︑三増村はそれぞれの村の総面積の七九%︑六・%を山禁占め・四小区の山林の四八%︑二〇%︑両村でほぼ七〇%を占めていた.次に山林の大きい田代村の山林面積は四小区全体の=%とそれ程広くはないが総面積に占める製口は三樽より六八%と高い.また八菅山村も山林霧はδ︒町歩と少ないが・

総面積の九三%を占めている︒中津村下川入村の山林は総面積のわずか6%ほどであった・次に田畑比率を見ると四小区の村の中で男比率の磐高いのは三八%の下川入村・愛川町の中では田代村が三三%と最も高い.半原村は六.六%︑三増村結は無善畑の村である︒その他の村は五%以下であった・四小区の

村は平均=.四四%の田の比率に見られるように︑畑作を中心とした農村であったと言えよう・戸数.人︒の最も多いのは三八五戸︑=ハ四九人の半原村︑次いで二七五戸・三三五人璽一増村であり・八菅山は三;三五二人と磐少ない.旧村の戸数︑合の確定出来ない中津村を除いた戸数・人︒と石高.地積との相関を見ると戸数︑人・は村高より地積に比例している︒なお︑芦平均の人数は全ての村で四〜五人であった・次に反当石高を見ると.反当石︑同の磐高いのは八菅山(ヒ茜升︑合羨いで下川入村(奪分ハ合)角田村(四ユ升六A口)︑半原村(三斗八丑A口)︑田代村(三斗奔登と奪︒これらの村の反当石高は平均三斗二升七合より高い・

最も低いのは皆畑であ.た三増村のこ斗八合であり︑反当石高は村々の間で落から三倍のひらきがある・}︑.つした反碧高︑覆の土地生産性の差の存在は四小区の村々の耕地の存在状況が自然的条件に規定され・かな

りの違いがある▼﹂とを物語っている.その違いは例えば田の比率が三三%の田代村より・田の比率が六%と低い半原

村や五%の角田村の方が田代村よ農当石口同が高い点に示されるように︑この農では田より畑の方が崖力の古同

い耕地が多い▼﹂とを示している.}﹂の地域の田畑は娼とも自然的黍に応じ︑かなりの生産力の差があることを物

(6)

商 経 論 叢 第32巻 第1号 28

下 川 C)

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計 した 数 値 で あ る 。

(7)

29明 治前期、愛川町域農村における商品生産の実態と特質

表1足 柄 県 第 三大 区四小 区村落概 況

1

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267.6.06(33 .46)

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反 畝 歩

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7308.1.22((79.28))1725.6.06(0.68.33))3049.9.28((fiO.24))1351.2.06((39.05))

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4反9畝

2町4反6畝

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275 1235 4.49

]79 809 4.52

3.6.2

3口2.0.7.9

5.7

2.7.1

1 1.5.2.7 7.3 1.8.9

4.1.6

4.9.0.3

1町L7

2.2.5

史 料:『 皇国 地 誌 』・『明 治7年 甲成11月 改大 小 区 別 戸 数 人 口調 』(『愛 甲郡 制 誌 』 所 収) 備 考:Aの 村 高 は参 稲 で あ る・ 明 治3年 以 降、 村 の行 政 区割 の再 編 が あ る た め

、縮 料 を も とに推

(8)

商 経 論 叢i第32巻 第1号30

語っている・それは二戸当りの石高と一.戸当りの田畑面積を比較して見ても明.bかであうつ︒

以上のように村高・娼山林の存在状況︑反当石高︑.籔・人・︑等を指標として見ただけでも︑愛川町域農村の

耕地には質の違いがあり・農業生産力には二倍かり三倍の格差がある}︑とを智得たであろ・つ︒愛川町は丹沢山塊か

ら相模川に向って傾斜する複雑な自然環境に応じ︑それぞれ異った村々によ.て構成されていたのである︒

こうした村々では・それぞれにどの様な生業や生活が行なわれていたのであうつか︒明治六年に調査された足利県

第三大区四小区の村々が提出した﹁産物書﹂﹂を手掛りに検討して見よう︒

二明治六年の生産状況

表2は足利県第三大区四小区に属する九ケ村から︑明治七生月付けをも.て提出された産物盤口上Lを第灰産

墨非型品)・第二次産品(加点)雰け︑穀類(米・簸)︑農産物(園疏類.桑)︑畜産漁業(家警類.魚類)︑林業

等(森●薪炭)・繊維(糸・鯉ハ他・織物)︑食品(醸造・絞油・聖食品)︑等々︑口胃別に整理集計したものである︒}﹂

の書上は︑その表紙に

産物書上

第三大区四小区

愛甲郡田代村﹂

と記され︑

﹁米弐百三拾石.五斗弐升但現石

(9)

31明 禰 棚 ・愛 川 町域 農 村1こお け る商 品 ・腱 の 実 態 と特 質

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商 経 論 叢 第32巻 第1号 32

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(11)

明 治 前期 、愛 川 町域 農 村 に お け る商 品 生 産 の 実 態 と特 質 33

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