民主政治の精神的条件と公共の哲学
大
谷 恵
教
民主政治の納神的条件と 公共の哲学
一 公共の利益とは 一はしがきに代えて一
この論文の主題について語るとき︑まずわれわれの間でよくいわれている﹁公共の利益﹂とはなにかということか
ら︑始めるのがよいと思う︒
﹁公共の利益﹂︵窟窪︒ぎ叶臼①ω叶︶とはなにかということについては︑それが﹁共通善﹂︵Oo白目8000餌︶とほと
んど同義語で哲学的な意味あいを含蓄しているだけに︑彼岸器世界における利益と此岸的世界における利益との双方
を含んでいるので︑むかしから多くの学者たちによっていろいろといわれてきているが︑それにもかかわらずだれに
よってもこれだというような明快で具体的な定義が下されていない︒
まず︑﹁公共性﹂それ自体が定かでない︒ つまり︑なにが公共性を有するのかを決定する普遍的で一律的な具体的
基準が︑どうも存在しないのである︒
そこで︑﹁公共の利益﹂は﹁共通の利益﹂︵OOヨヨO旨ぎ8機①馨︶や﹁共有利益﹂︵QDげ胃ΦαH葺臼①馨︶に置き換えら
れて︑人びとの間の利益の単なる﹁共通性﹂や﹁共有性﹂が具体的な基準とみなされるようになった︒だが︑そのよ
うな利益観は︑テンニースのいわゆるゲゼルシャフト︵OΦの巴︒︒o冨ヰ︶のそれにほかならない︒
しかし︑そのような共通性や共有性も実際には見出し難いので︑こんどはそれらに代ってベンサムの場合における
ように﹁最大多数の最大幸福﹂が﹁公共の利益﹂と同視されるようになり︑さらには単なる﹁多数者﹂の利益がそれ
にとって代るようになった︒ ︵1︶ けれども︑J・S・ミルの多数者専制に対する抗議と少数者の代表権の擁護にみられるように︑量的な多数者の利
益が果して常に質的な意味における﹁公共の利益﹂つまり﹁正しい利益﹂なのか︑あるいは﹁幸福﹂の意味するもの
はなになのかという疑問が当然おこってくる︒
そこに︑ルソーの有名な﹁一般意思﹂︵﹁眠く︒δ葺①αq曾吟曵Φ︶論がもつきわめて大きな意義がある︒かれはそれを
﹁常に正しいもので︑かつ公共の利益を志向しているもの﹂と定義し︑﹁国民の決議が常に等しく公正であるという
ことにはならない︒ひとは常に自己の利益を欲するものであるが︑その利益がなんであるかということを常に認識し ︵2︶ているとは限らない︒﹂と主張して︑常に正しく公共の利益を志向するコ般意思﹂を力説し︑それを私的利益を志
向する特殊意思の総和である﹁全体意思﹂︵﹁帥 くO一〇づけ① 傷① けO⊆ω︶と峻別し︑かつ人間は利益を意欲︵く〇三9吋︶す
るが︑なにが真の公共の利益であるかを必ずしも認識︵<oεはしないことを指摘した︒
そのようなところがら︑﹁公共の利益﹂の実体化困難の面のみをとらえて︑﹁公共の利益﹂を国家社会の統合のため
の単なるシンボル理念にまつり上げてしまって︑まったく実体化不能とぎめつける人びとも出てくる︒
また︑﹁公共の利益﹂に関しては︑一体だれがそれを決定するのかという大きな問題もある︒プラントは哲人
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民主政治の精神的条件と 公共の哲学
︵3︶ ︵4︶や守護者階級に委ねるべきだといい︑ルソーは立法者にまかせるべきだといった︒けれども︑そうしたいわ
ゆる専門家は神ではありえないゆえ︑そのいうところが常に正しくかつ決定的なものであるということにはなら
ない︒その歴史的実際は︑専制君主政か寡頭政か全体主義かである︒たしかに専門家の言葉には傾聴すべきものが多
く︑またその役割は現代の専門家時代にあっては絶大なものではあるが︑しかし最終的には国民みずからが採否を下
さなければならない︒ということは︑国民自体が︑専門家ほどではなくとも︑質的次元の向上に不断に努めなけれぽ
ならないということを当然要請されるということを意味する︒
いずれにせよ︑﹁公共の哲学﹂の実体化困難は直ちにその﹁非存在﹂を意味しはしない︒なぜなら︑理性的側面と
非理性的側面とのまったく相反する性格を同時にもちあわせている︵二律背反的な二元的性情の持ち主である︶人間
聡薔においては非理性的な性情から自己の私的利益のみを追求して﹁公共の利善を排除しょうとするが︑しか
しながら他面においては理性的性情をもちあわせているので︑﹁公共の利益﹂を志向する側面をももっているからで
ある︒もし人間が﹁公共の利益﹂を志向することを止めたならば︑それは人間の理性的側面を否定することになり︑
そして人間は人間であることを止めることになる︒
たしかに﹁公共の利益﹂の具体的で普遍的な一律的定義を下すことは難しく︑また実体化も困難である︒さらに︑
もしかりに不完全な人間から成り立つ此岸的世界において一〇〇パーセント完全で普遍的かつ具体的な﹁公共の利益﹂
の実体化が可能だというひとがいるとするならば︑それは理想と現実を過って同一視するあのヘーゲルの倫理国家思
想や︑さもなければ独裁主義や全体主義に陥ることになる︒
−しかし︑﹁公共の利益﹂についての定義は下せないことはない︒抽象的かもしれないが一この種の定義は概して
抽象的になるものだが ︑ ↓般的にはウォルター・リップマンが﹃公共の哲学﹄のなかで下しているように︑﹁公
共の利益とは︑もし人びとが明らかに見︑理性的に考え︑公正かつ博愛的に行動するとすれば︑選ぶであろうところ
︵6︶のもの﹂だというのが︑妥当であろう︒この定義にしたがい︑理想と現実の双方の上に立脚した政策学的立場に立っ
て︑実際にはそのときどきの具体的方程式を解けばよい︒
そして︑このリップマンの定義は重大な事柄を豊富に含んでいる︒以下︑それらのうちの若干の点について論述し
てみたい︒
二 近代人の欲望のタバ化
まず第一に意味されていることは︑近代人は欲望のタバ化しているということである︒
近代の夜明けはルネッサンスと宗教改革とともに始まった︒それは﹁人間と世界の発見﹂をもたらした︒
﹁人間の発見﹂は︑キリスト教の神・信仰・倫理・理性が支配して︑人間は﹁神の僕﹂とみなされた中世的世界の
栓楷からの解放を意味し︑人間は理性よりも意思と感情が徹頭徹尾優先するところの自然的人間として
とらえられ︑理性の法である自然法よりも自然権を強調する﹁感情・感動・衝動ないし本能﹂の楽観主義的で自
律的といわれる人間が出現するにいたった︒
近代においては︑自然権思想はなによりも個人の権利や自由の絶対性を強調し︑それに対して自然法は前述のよう
に理性の法とみなされた︒したがって︑自然法は理性による合意に重きをおいて︑安全を重視した︒だが︑その理性
は人間の自然的理性であって不完全なものであり︑しかも人間は自然的な存在であり︑その上近代において自然法思
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民主政治の精神的条件と 公共の哲学
想よりも自然権思想が徹頭徹尾優位したということは︑自然権思想が説く自然権や個人の自由の絶対性は人間の欲望
や力の自由や絶対性とその強調を意味し︑したがってそれは人間は欲望のタバであることを意味し︑そうした人
間世界の終着駅が﹁万人の万人に対する斗争状態﹂であることはいうまでもない︒
そのような思想を最初に説いたひとがT・ホッブズであり︑人間は力と欺隔とを唯一の徳ならびに手段と ︵7︶して︑﹁名声︑富および権威を求めて飽くことなく無限に欲望し意思し続けて︑互いに競争するもの﹂とを主張した︒
かれが影響を与えた功利主義も資本主義も︑そして社会主義も︑人間を本質的には欲望の人間i経済人
iと解し︑物質主義である点においては同根である︒
そのようになってくると︑人間は私利の追求に専念して︑﹁公共の利益﹂を考えないようになり︑社会は魂と魂と
をもって結ばれた親和的な一体的共同体︵OΦヨΦ言の︒冨津︶から目的や利益の一致においてのみはじめて成立可能な
利益社会に移行して︑人間社会は一方的に経済社会の面においてのみとらえられるようになり︑それは潜在的な無
政府主義社会の性格を本質的に帯びるようになる︒ヘーゲルがその経済社会である市民社会︵臼Φげ臼σqΦ島︒冨○φ・ ︵8︶ωΦ房︒冨津︶を欲求の体系︵ω団ω8ヨα震bdoα体ほ巳霧①︶といったのは︑その意味においてまさに至言である︒
それでも︑まだ市民社会のうちはよかった︒なぜなら︑市民たる少数のブルジョアたちは社会経済的な基盤と背景
とを同じくしかつ共通の利害関係を有し︑かれらのみが参政権をもち︑しかもかれらの仲間うちから政治的指導者を
選出したので︑自己統治能力を有しもし︑また﹁世界の発見﹂によって当時は無限とも思われる植民地一海外市場
iをもち︑見えざる手による﹁予定調和説﹂を唱ええたからである︒ つまり︑C・シュミットのいわゆる同質
︵9︶性が存在したからである︒
けれども︑時代が進んで大衆社会の大衆民主主義時代に入り︑臓大な数にのぼる大衆が参政権を獲得して政治の舞
台に真正面から登場するや︑まったく異った事態が展開した︒
すなわち︑はなはだしい異質化現象が現われたのである︒そして︑その異質化現象は二重の意味においてそう
なのである︒第︸には︑持てるものと持たざるものとの間の異質化現象であり︑後者は平等を叫んで物質的
福祉やその他のあらゆる此の世的な物質的平等を無差別的に要求した︒第二には︑大衆自身のなかにおける異質化現
象である︒つまり︑かれらは教育︑財産︑年令︑性別︑宗教︑職業︑その他等々の点において千差万別であるので︑
その思考様式や利益率において種々多様であり︑したがってかれらはそれぞれ思い思いに自己の勝手で私的な要求や
利益を主張し追求するのである︒
このように大衆社会は︑一面においてきわめて個人主義の極限たるアナーキー的状況を示し︑各人は私利の追求に
血道をあげてやまず︑大衆民主主義はいわゆる物盗り主義の一面を鋭く露呈するのである︒そうした傾向は︑
集団の噴出といわれる数多くの多種多様な利益集団や圧力集団の輩出や大衆消費社会の出現などによって︑さら
にいちじるしく拍車をかけられてきた︒
そのようなところにおいては︑﹁公共の利益﹂はよくてせいぜい国家・社会の統合のための単なるシンボル概念か
擬制ぐらいにしかみなされず︑また私利追求のための隠れ蓑にされることもしばしばである︒普通は︑単なる多
数者の私的利益の総計が﹁公共の利益﹂であると詐称されることが多い︒
そこにこそ︑W・リップマンが︑近代にあっては﹁欲望が主人公で︑理性は欲望に奉仕し︑それを満足させるため ︵10︶の道具であるということが一般的イメージになっている︒﹂と︑嘆いた理由があるのである︒
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三 共同体の喪失
第二に意味されている点は︑近世以降現代にいたるまで︑人びとが共同体感を喪失したために公共の利益感も懐け
なくなっているということである︒
古代ギリシアのポリス時代においては︑ポリスは面積がきわめて狭小であり︑人口は大体においてたかだか数千人
で︑その適正人口は高い死亡率で保たれ︑そのなかでも参政権を有して国家の積極的構成員である公民は成年に達し
た男子の自由人に限られていたので︑互いに顔見知りであり︑その政治経済社会構造は恐ろしく単純で︑その独立と
安全は交通の未発達によって保持されていた︒
ポリスはいわばそうした小共同体︵匹Φ冒①O⑦日虫⇒ωoげ畦ごω日①嵩ooヨ霞目巳昌︶であって︑公民たちは公事にの
み携わり︑かれらにとってはポリスは人格的同一性の根源であり︑家族︑財産︑そして生命それ自体すら共通の政治
的生活の文脈外では無意味なものと考えられた︒それゆえ︑公民たちはポリスの全体像を容易に理解しえ︑またその
当時なりの﹁公共の利益﹂観をもちえたのである︒
ところが︑古代ローマの都市国家の忠士の同心円的拡大によって︑人間の共同生活体の異質化にともなう利益社会
化が始まり︑中世から近世に移るや人間社会は市民社会と呼ばれるようになり︑それから大利益社会化が一般的
となって︑今日では大衆社会状況が展開されている︒
その大衆社会は︑一面においては前に指摘した二重の意味における異質化現象の特徴をもっと同時に︑他面に
治いては別名匿名社会とか顔なき社会とかと呼ばれるように︑正しい意味における個人主義や個性を喪失し
て無責任状態が隅ずみまで拡散し︑かつマスとしての大衆は平準化と画一性という特徴をも備えている︒
他方︑大衆社会においてはマス・コミュニケーションが異常なほどに発達していて︑大衆にとって公的な領域が非
常に拡大しているにもかかわらず︑マス・コミュニケーションの過密は過疎と同様の結果しかもたらさず︑かつ大衆
は︑リップマンやシュムペーターらが指摘しているように︑自分が直接にかかわる身近かの小さな領域以外のことに
関しては門外漢であるうえに︑公的問題について特定の判断を下すための関心も手段ももたないし︑とくに注意もし
ていないのである︒
その結果︑大衆は政治をはじめとする公事に関しては理性的思考や合理的思考に欠け︑一般的に無関心であって︑
かりにそれらに好奇心をいだいても未熱で断続的であり︑ただ大ざっぱな区別しか認識できず︑目覚めるのに遅く︑
気が変るのにはやく︑また大衆は賛成か反対かの列に加わることによって行動するのであるから︑なんでも個人化し
てしまい︑問題が紛争としてメロドラマ化されるときに興味をもち︑判断を下すときには︑通常はその問題の内面的
価値とは無関係に︑きわめて粗雑な外面的証拠や偏った先入観や党派的感情によって︑その場限りのひと振舞いとし ︵11︶てしか下さない︒
それゆえ︑大衆社会に住む現代人には共同体の観念もなければ︑公的領域に対する関心もきわめて稀薄かつ断
続的であり︑公共の利益はせいぜい統合のための擬制的概念ぐらいにしか考えられていないのである︒
そこで︑大衆国家においては︑大衆国民は私的領域にのみ関心を最大限にもち︑自由は放縦と考えられ︑他人や公
共への配慮は一向にみられず︑目をあげてひたすら私利の追求に猛進するといった有様で︑プラントの正しく生きる
ことかアリストテレスの﹁善く生きる﹂こととかはまったく無視されて︑要は個々人の私的な﹁物質的福祉﹂にのみ
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民主政治の精神的条件と 公共の哲学
あるとみなされてしまっている︒
ここに︑現代大衆社会における共同体の喪失と利己主義と物質至上主義が︑はっきりとみられるのである︒
また︑現代人には私人のみあって︑公人なしといった状況がみられるゆえんでもある︒
四
土ハ同体の回復を
一同胞愛仲間感情・ゲゼルーゲマインシャフトの重要性1 それは
そうした共同体の喪失と利益社会化のクライマックス化こそが︑現代の危機の重大な一因であることは︑論をまた
ない︒ したがって︑F・テンニースがいうように︑現代の利益社会状況のなかにおいて︑いかにして共同体を回復するか ︵12︶が︑現代人にとってもっとも緊急にして重要な課題のひとつなのである︒
だが︑これほど人びとの骨の髄にまでしみこんだ利益社会観 私的利益至上主義をも含めて一を一挙に払拭し
て共同体観や﹁公共の利益﹂観を回復することは︑至難の業に等しい︒
そこで︑まず近隣の人びとに対する隣人愛︵昌⑦一げO⊆HげOO畠︶や仲間感情︵︷90≦ω三b︶のなかで民主主義の
基本理念である自由や平等を追求することを提唱したい︒それから国家大的な同胞愛︵再︒爵Φ昏ooα︶や世界大的
な人類愛︵一〇︿① Oh 卓上口目下昌α︶にまで発展させていくことが望ましい︒フランス革命の有名なスローガンに﹁自
由・平等・博愛﹂︵ピ一びΦ鴇梓団℃国ρ=聾一一日毎矯9昌血 句同発けΦ﹃昌一け︽︶が掲げられているが︑その真の意味はそのような意味なの
であって︑もし隣人愛や仲間感情や同胞愛を中心に据えることなしに︑あるいはそれらを全然考慮することなしに︑
ただ自由や平等を論じたり追求したりするとすれば︑A・D・リンゼイが指摘しているように︑自由や平等は非現実 ︵13︶的な抽象物と化するか︑あるいは破壊的ないし無政府主義的な絶対的自由と無差別的平等とに堕するかのいずれかで
ある︒ そうした意味において︑自由は共同体的自由︑社会的自由︑国家内での民主的相対的自由でなければな
らず︑平等についても同様のことがいえる︒また︑そのときこそ︑真の個人主義が成立するであろう︒個は︑そ
の言葉自体のなかに大前提として全体を含んでいるのであって︑包括的な共同生活体を全然考慮に入れない個人
主義は︑実は個人主義ではなくて︑アナーキー的な原子的個︑つまり人間の生存それ自体をその根底から危くする利
己主義にほかならない︒このことは︑別言すれば︑個人的善を公共の利益のために犠牲にすることをもちろん意味し
ないが︑同時に個人的善のために公共の利益のために犠牲にすることをも意味せず︑両者の調和が望ましいことを意
味するのである︒
アリストテレスがいみじくも喝破しているように︑人間は共同体のなかではじめて生存しえ︑また人格の向上・完
成をもはかりうるものであって︑神か野獣のみが共同体を必要としないものであることを思えば︑自由も平等も個人 ︵14︶主義も以上のように解すべきである︒ ︵15︶ したがって︑国家の社会的構造は︑筆者が主張するように︑基底に共同体という基盤があって︑その上に利益社会
が載っているゲゼルーゲマインシャフト︵︵り⑦ωΦ一一−∩︸ΦbPΦ一昌ωOげ簿hけ︶という新しい社会定型であることが︑是非とも必
要である︒そこでは︑一体的な共同生活の基礎がはじめから存在し︑伝統的ないし精神的な紐帯関係が国民間に存在
して︑魂と魂とをもって親和的に結合しているけれども︑しかも同時に各人は分化した自我意識と生活をもち︑公私
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民主政治の精神的条件と 公共の哲学
の別も明らかに自覚し︑体験と理知とによって共同生活を認識理解すると同時にそれに参与し︑その一体的権威に服
しつつ︑しかも各個人の意思と人格の自主性︑自発性︑理性︑理想をもって批判的に共同生活を合理化改善しようと
する民主的社会関係が成立するのである︒つまり︑ゲゼルーゲマインシャフトは︑ 一体的共同体の原理と個人の自由
原理との結合を実現しうる民主的国家の社会の定型であって︑テンニースのゲマインシャフトとゲゼルシャフトの二
定型だけでは︑民主国家の社会構造は説明されえないのである︒
それゆえにこそ︑ゲゼルーゲマインシャフト型の社会においてのみ︑現実に存在する多くの個人的あるいは集団的
な分化・対立を統合して︑一体的な国家意思1一国家政策一を確立しうるのである︒そのような民主政治の制度機
構の原理こそが多数決と代表の原理であって︑単なる共同体においては本能的全員一致のみが存在して政治
以前の状態であるのに反して︑単なる利益社会においては私的利益の計算的全員一致や代理の原理のみが存在す
るが︑そのような社会は早晩混乱に陥って︑やがては崩壊せざるをえないであろう︒
五 指導者や代表に対する理解と尊重の必要性
古代ギリシアのポリス以来直接民主主義思想は絶えず︑例えばルソーも貫徹はされていないがその思想を主張した
し︑リンカーンのゲティズバーグ演説のなかの有名な﹁人民の︑人民による︑人民のための政治﹂という言葉も︑そ
の思想のひとつのあらわれとも受け取られうる︒
だが︑大社会化時代における民主政治は直接民主政治を不可能にし︑E・パークのいうように︑代表による政治が
行なわれ︑代表は選挙区から選ばれるが︑ 一たん選出されたからには選挙区の部分的利益に拘束されず︑公共の利益
のために自己の良心と判断とで言動する選良であり指導者であって︑代表者会議︵議会︶で成立した一体的意思は選
挙区の承認を要しないで︑そのまま全国民を拘束する国家意思になる︑と説かれた︒
けれども︑近世以降の利益社会と私人化は︑代表を選挙区や選挙母体の利益を平面的にそのまま代弁する﹁代理人﹂
とみなす強い風潮をうみだし︑代議士は選挙区や選挙母体の部分的私的利益に訴えなければ当選できず︑選挙区や選
挙母体はまた自己の私的利益を忠実によく代弁してくれるもののみを選ぶという雪ダルマ式悪循環が際限なく繰り返
えされるという現象が広くみられる︒これは︑民主政治が︑質を軽視ないし無視して量のみを重んじるとき︑不可避
的に陥りやすい落とし穴である︒そのようにして︑議会は代表議会から代理人会議に容易に変身してしまうのであ
る︒ 近年さかんにいわれている比例代表制や直接民主主義もそうした代理的もしくは私利追求的発想が強くみられる
し︑また現段階におけるわが国の住民運動や大衆運動や市民運動のなかにも私利追求型が多くみられる︒
したがって︑代表に対する理解や尊重などはほとんどみられないのが︑現状である︒
そうしたなかで︑代表の原理がよく生きていて︑指導者や代表に対する理解と尊重が行なわれているのは︑イギリ
スである︒その原因をよく調べてみると︑歴史的にみて指導者や代表は貴族やその出が多く︑そうでないものもオツ ︵16︶クス・ブリッジでかれらと共通の教育を受けて︑かれらの統治者社会に受けいれられたものが大部分である︒
その貴族たちは強い公的責任感・公的義務感・公共の使命感・不覇独立性・自己抑制・資質の向上への不断の努力・
その他等々の多くの特質をもち︑元来新興階層であったブルジョアジーと手を握って︑国王を牽制しつつ政治を行な
った︒そのことが︑まずブルジョアジーが安心して政治を貴族にまかせて︑みずからは経済に専念して︑政治を自分
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の手でやろうとしなかった原因である︒
その後もイギリスの貴族たちは︑議会制民主主義の発展にともない︑前述のような代表の原理にかなうべき資質と
能力を重んじ︑ブルジョアジーや下層中産階層のものでも資質や能力を有し︑見込みのあるものを積極的にみずから
の統治者階層のなかにとりこんで︑時代に適応した資質の向上をもはかって︑﹁公共の利益﹂のための政治を行なっ
てきている︒そこに︑かれらが代表あるいは指導者として国民から理解され尊敬されて︑政治をまかされてきた理由
がある︒ そうした意味において︑民主政治においては︑指導者や代表のみならず一般国民も︑精神的な意味において貴族
であること︑すなわち前述のような貴族の資質をもつことが︑まず必要とされるのである︒トヅクヴィルが貴族主義 ︵17︶的原理と民主主義的原理との問にあって悩んだのも︑またナサニエル・︑ミックレムが故ロシアン卿の﹁民主政治は︑ ︵18︶貴族たちをうみだすところで︑はじめて成功しうる体制である︒﹂という言葉を引いてそれを強調しているのも︑リ
ップマンが現代人を﹁かれらはたとえ高いサラリーをえていたとしても︑言葉の正確な意味ではプロレタリアだっ
︵19︶た︒﹂と評しているのも︑さらにホセ・オルテガ・イ・ガゼットが大衆社会における大衆の諸欠陥を鋭く指摘した後︑
﹁人間の社会は好むと好まざるを問わず︑その本質上おのずから貴族主義的であり︑また人間の社会はまさに貴族主
義である程度において社会であり︑この性格を失う程度において社会であることをやめるほど不可避的に貴族主義的 ︵20︶であるとわたくしはいったのであるし︑またそのことにますます強い確信をもって固執している︒﹂と主張したのも︑
まさにそうした意味においてなのである︒
.さて︑わが国では︑そのような歴史や伝統はなく︑明治以降敗戦にいたるまで貴族は戦前において貴族院で一時相
当な勢力を有してはいたものの︑概ね無為徒食的な装飾的階級にすぎず︑官僚政治体制の下で下級武士出身の高級官
僚らによって藩閥政治が行なわれ︑代議士たちは選挙区の利益を代弁し政府に陳情するその親分ぐらいにしか考えら
れず︑そして本省の課長並みぐらいの取り扱いしか受けず︑またマスコミは為政者攻撃をもってこととしてきたの
で︑代表や指導者に対する理解と尊敬に欠けていた︒
戦後は︑そのような士壌の上に︑民主政治や民主主義に対する誤解も上積みされて︑政治家も各界の人びともそし
て国民も︑一般的に代表や指導者に対する理解と尊重にはなはだしく欠けていた︒
だからといって︑よく聞かれるように︑わが国に代議制民主主義が適さないということには直ちにはならない︒
そこに︑民主政治の第一の前提条件である精神的条件を充実させる必要が︑是非ともあるのである︒
六 民主政治の精神的条件の充実を
民主主義は︑ミックレムが主張しているように︑e理想としての民主主義と︑@政治的装置としての民主主義︑の ︵21︶二つの側面をもっているが︑通常後門についてはよく知られているにもかかわらず︑前者に関してはほとんど知られ
てもいなければ︑また説かれてもいない︒つまり︑民主主義は単にひとつの政治形態であるのみならず︑他面におい
てはミックレムがペリクレスの有名な葬送演説を引用して指摘しているように︑ひとつの精神的ないし道徳的理想な
︵22︶のである︒換言すれば︑民主主義は単に手段であるばかりでなく︑同時にまた目的でもあるのである︒
その精神的︑道徳的理想に関しては︑たとえばプラトンは個人と国家の目的は﹁正しい生活﹂︵言ωけま︒︶を送る ︵23︶ことだと主張し︑アリストテレスは国家は﹁善い生活﹂︵σqoo島ま①︶のめたに存在するものであり︑国家の目的は
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︵24︶﹁善く生きること﹂に貢献することであり︑そのような生活は﹁幸福にそして立派に生きること﹂であって︑最善の
国制を考察するためには個人にとっての最善の生活を知らなければばならなく︑そして善には外的善︑身体的善︑精神 ︵25︶的善の三種があるが︑このうち最後のものが最善の生活にとってもっとも大切なものであり︑最善の生活とは﹁徳に ︵26︶ ︵27︶即した生活﹂であって︑幸福は無為の生活にではなく︑﹁善い行為の生活﹂にあると説き︑トーマス・ヒル・グリ ︵28︶ーンは民主主義の目標は﹁人格の向上・完成﹂であると強調し︑A・D・リソゼイは人間の生活には経済的生活のほ ︵29︶かに﹁自由な道徳的生活﹂︵h﹃ΦΦ b日O﹁鋤一 一一hΦ︶の面があって︑これが民主主義のもっとも重要な面であると主張した︒
民主主義はいうまでもなくその基本的原理として個人の自由と人格の尊厳の尊重をうたっているが︑自由が真の自
由であり︑かつ人格が尊厳であるためには︑それらはいずれも精神的道徳的内容において質的次元の高いものでなけ
ればならない︒
以上の観点から︑民主主義の最高目標は﹁人間人格の向上・完成﹂にあるというべきである︒
しかしながら︑人間の精神的道徳的面は︑その向上・完成が民主主義の最高目標であるばかりでなく︑同時に民主
主義の基礎︑すなわち民主政治の成功のための第一の前提条件でもある︒なぜなら︑筆者がかねがね主張しているよ
うに︑政治の担い手が人間であり︑政治の対象もまた人間であって︑政治がそのように人間に始まって人間に終り︑ ︵30︶人間が政治のアルファでありオメガである以上は︑民主政治が成功するための第一の前提条件は︑当然人間の主体的
条件つまり人間の精神的道徳的条件でなければならず︑またそれが民主的なものでなければならないからである︒
この点について︑アリストテレスは﹁国民はそれぞれの国制に応じて教育されなければならない︒なぜなら︑それ
ぞれの国鳥に固有の性格がその国制を維持するのを常とし︑またもともとその国制をつくりだすものだからである︒
︵31︶たとえぽ民主的性格は民主的国制をつくりだすが︑寡頭的性格は寡頭的国制をつくりだすようなものである︒しとい
い︑J・S・ミルは﹃代義政治に関する考察﹄のなかで︑﹁政治組織は人間がつくったものであり︑その起源と全存
在を人間の意思に負うているということを想起しよう︒⁝⁝その反面︑政治機構は自動的なものではないということ
も銘記しなければならない︒それは最初に人間によって︑それも普通の人間によってつくられたものであるぽかりで
なく︑人間によって運営されるのである︒人びとが政治機構を単に黙認するだけでなく︑それに積極的に参与するこ
とが必要であり︑政治機構は現実の人びとの能力と性質に適合させなけれぽならない︒﹂と述べて︑e国民はその統
治形態を進んで受けいれなければならない︑ω国民はその統治形態を維持するために︑またはその政体がその目的を ︵32︶達成するために必要な行為の条件と自制の条件とを進んでみたさなければならない︑という二条件を示し︑また一九
二六年ウィーンで開かれた﹁第五回ドイツ社会学者大会﹂の開会式の祝辞のなかで︑当時オーストリア大統領であっ
たミヒャエル・ハイニッシュは﹁民主政治にとってもっとも大切なことは︑国民が民主主義的であるということだ︒
憲法の規定も大切だが︑それよりも大切なことは国民が民主政治の適格性をもっているかいないかということだ︒﹂
と主張しているが︑それらの言葉はいずれも民主政治の第一の前提条件が精神的道徳的条件であることを示してい
る︒ そこで次に︑それでは一体その精神的道徳的条件の内容とは如何なるものなのか︑国民の民主的性格とはどんな内
容のものなのか︑ということが問題になってくる︒
これに関しては︑まずペリクレスは︑その﹁葬送演説﹂のなかで︑ω自由に公けに尽くす途︑②遵法心︑㈹不文の
掟︵ロ昌≦葺8昌冨≦●目に見えざる権威や真理や価値︶の尊重︑④廉恥心︑㈲勇気︑⑥質朴︑⑦愛知︑㈹国政への関
42
民主政治の精神的条件と 公共の哲学
心︑⑨理性的討論︑⑩愛国心︵裂けの理想のために死を恐れないこと︶︑⑪徳︑⑫公共の利益の尊重︑⑬金銭的潔白︑ ︵33︶ωひとに媚びないこと︵口先だけの人気取りをしないこと︶などを挙げている︒
プラトンは︑正義︑すなわち個人においてはその魂の三つの部分である理性と情意と欲望との間の調和︑国家に
おいては理性的部分に当たる統治者階級と︑情意的部分に相当する守護者階級と︑欲望的部分に当たる庶民階級がそ
れぞれ処をえて調和すべきであることを説ぎ︑理性を重視すると同時にそれにもとずいた中庸や節度や節 ︵34︶制のとくに重要であることをも強調した︒
アリストテレスは﹁国華を知るためには︑国の︑また国を知るためには国民のなんであるかを知らなければならな
い︒国の居住人が国民ではない︒ただ私法上の権利だけをもつひとも国民ではない︒﹃裁判と役とに常に与かる権利﹄ ︵35︶をもつひとが国民である︒しかしこれはとくに民主制の国の国民のことである︒﹂︑﹁国制は至高の権力を有する国民
団と国の追求する目的との二つから分類される︒国の正しい目的は国民共通の利益である︒したがって︑支配者だけ ︵36︶の利益を追求するのは間違ったものである︒﹂︑﹁なににもとずいて人びとは等しいものだと認められるのか︑それは ︵37︶国の構成にとって必要なものではなくてはならない︒それはなにか︒善き生まれ︑自由︑富︑徳がそれである︒﹂と
述べて︑国政への参与︑共通の利益︑自由︑徳などの重要性を指摘すると同時に︑徳のなかでもとりわけ中庸を ︵38︶強調している︒
ジョン・ロックは︑﹃寛容に関する書簡﹄のなかで︑寛容︑理性︑知性︑討論︑注意︑節度などが︑民主政治にと ︵39︶って肝要であることを強調している︒
.ルソーは︑人間は自然状態における本能・肉体的衝動・自己の好みにしたがう野獣的存在︵書き巨巴ω9営α①
9び︒簑ひ︶から︑正義・義務の声・法・理性にしたがう叡智的存在︵§ゆ菖①一算Φ霞ひqΦ暮︶にならなければなら
︵40︶ ︵41︶ず︑国民は政治参与者︵98団Φ昌の︶と法令遵奉者︵の且簿ω︶との両面を備えているのであって︑政治参与者としての権
利は有するが︑法令遵法者としての義務を履行しないような不正が進行すれば︑やがて政治体︵国家︶は滅びてしまう ︵42︶ ︵43︶ことを指摘し︑また愛国心の重要なことを述べ︑常に正しく公共の利益を志向する一般意思をもっとも強調し︑ ︵44︶それと私的利益を志向する特殊意思の総計にすぎない全体意思とを峻別して後者を排し︑真の民主的な自由は個
人の恣意的で絶対的な無制限の権利を主張する自然的自由ではなくて︑国家内における一般意思の制約を受ける社
会的自由︵一鋤一一ぴΦ下戸ひ O一く目一Φ︶であり︑それはまた道徳的自由︵冨一ま興鼠ヨ霞巴︶であり︑それこそ人間を自 ︵45︶分の主人にする唯一のものであると説き︑さらに国家設立の目的は公共の福祉︵一① び博Φ口 OOヨ5P口づ︶にあるゆえ︑
国家は﹁道徳的かつ共同的な一体﹂︵ロ昌86ω目︒﹁巴簿8臣95でなけれぽならず︑それは﹁統一と共同我と生命 ︵46︶と意思﹂︵ωo昌=巳融堵ωo昌日︒一〇〇言日︒づ銘≦ΦΦけ銘く︒一〇暮ひ︶をもっと主張した︒
モンテスキューは︑﹁民主主義国家の徳性は法と祖国に対する愛であり︑その祖国愛とは民主政に対する愛であっ ︵47︶て︑それは自己の利益に対する公共の利益の不断の優先を求めて︑あらゆる個別的徳性を生ぜしめる︒﹂といって︑
﹁公共の利益﹂の優先を主張しているほかに︑中庸の精神を強調して﹁政治的善は︑道徳的善と同様に︑常に両 ︵48︶極端の間に存する︒﹂と述べた︒
R・G・ゲッテルは︑﹁民主政治の成功には︑いくつかの条件が必要である︒高い平均化された知性︑公事に対す
る不断の関心︑および公的責任感が︑民主政治の満足な運営にとっては必要である︒国民はすすんで多数決の原理を
認めなければならない︒大衆の側における無知と無関心は︑民主政治の成功的運用を不可能ならしめる︒民主国家が
44
民主政治の精神的条件と 公共の哲学
︵49︶公立学校教育と持続的な公的関心の価値を強調するのは︑このためである︒しと主張した︒
リップマンは︑﹃公共の哲学﹄の全篇を通じて︑理性︑公共の哲学︑遵法心︑義務︑中庸︑節制などが︑民主的政 ︵50︶治にとって不可欠な条件であることを力説している︒
ミックレムは︑ω民主主義は自由︑法︑道徳的義務の三原理に依拠していること︑②民主的手続は︑人間は少くと
もある程度まで非利己的であって︑広範な問題に関して判断するのに充分な知識や良識をもっているという評価にも ︵51︶とずいていること︑③民主政治は︑責任ある人間の市民権の行使を前提とすること︑ω愛国心︑㈲二軍8亀§ユoP ︵52︶98ヨヨO 昌9二〇昌巴bげ出︒ω8燭︒﹃同①嵩σqδP帥ooヨ§o昌づ帥二8巴Φα信︒帥ぼ︒昌などを強調している︒
以上のようななん人かの著名な学者の見解からも明らかなように︑民主政治の成功と存続とに必須の精神的道徳的
条件︑あるいは国民の民主的性格や民主的な人間性格の内容とは︑目に見えざる真理や価値や権威への敬度︑理性︑
高い平均化された知性︑良識︑徳︑勇気︑公共心︑公共の哲学︑公共の利益の優先︑非利己性︑自己抑制︑愛国心︑
公的関心︑自由−権利一義務の調和︑中庸︑節度︑節制︑公的責任感︑遵法精神︑国民の統一性︵一体性︶︑教育や
哲学の共通性︑協同などであると︑結論することができる︒さらに︑それらに勤勉を付加することが︑是非とも
必要である︒
筆者はそれらのものを包括的に公共の哲学︵勺=び一一〇℃げ一一〇◎oOOげ団︶ということができると思っているが︑最後に
それについて簡潔に述べてみたい︒
七 公共の哲学の確立を
46
︵53︶ 公共の哲学は︑C・ドーソンの共通の目的や共通の叡智︑J・H.ハロウェルの価値の共通性や ︵54︶個人を超越する価値の共通認識や自然法のような統合原理︑M・ブーバーのわれ一なんじという根本原
理にもとずいた〃人格的共同体や〃人格的な愛の灘⁝ブルンナみ﹁籟的︑超人間的な正義の規準であ
る神聖な黙準E●パーカあ〃公民道の馳4などと近影のものであ・が︑−・プマソが指摘・てい・・う
に︑そのもっとも大きな部分は決して明白に述べられているものではなく︑またそれらは幾世代にもわたる大社会の
叡智であるから︑決してどんな単一の文書でも述べられうるものではない︒けれども︑一応それは西欧の民主主義諸
国の諸国民のなかに滲透して︑自由の諸制度と民主主義の生長を推進し︑容易にし︑かつ保護したところの︑公的お ︵58︶よび私的な行動の基準だ︒といえよう︒
さらに︑公共の哲学を筆者なりに考えれば︑次のようになる︒
まず第一に︑哲学的な立場からみれば︑公共の哲学は︑プラトンやアリストテレスならびに前述のような諸学
老をはじめとする多くの人びとによって︑幾世代にもわたって主張されてきた古来からの人間の叡智の中心的伝統の
なかに存在し︑しかも民主主義をその根底から支えかつ保持するところの︑理性的な中庸︑節度︑節制ある
いは公共心を説く哲学もしくは哲理︑原理だといえる︒
第二に︑別な角度からみれば︑公共の哲学とは︑リップマンが一九五七年十月十日目﹃ニューヨーク.ヘラル
ド・トリビューソ﹄の﹁今日と明日﹂欄の論説﹁月の脅威﹂のなかで指摘しているように︑増大する富を︑ただ単に
民主政治の精神的条件と 公共の哲学
私的消費のためにばかりでなく︑公共の非物質的な諸目的︵国防︑学問︑教育︑技術︑芸術など︶のために賢明かつ ︵59︶慎重に用いることである︒ ︵60︶ 第三に︑さらに一層の深みからいえば︑ ハロウェルが主張しているように︑公共の哲学とは︑全体主義や独裁
や帝国主義などの拾頭を許さないところの︑特定の国家や団体や個人の絶対主義的権威を認めないところの︑それら
を超えたペリクレスの﹁目に見えざる真理や価値や権威﹂だともいえよう︒
そのような公共の哲学が欠如し︑目に見えるもののみを信仰の対象となし︑目先の物質的な私的利益の追求に
のみ熱中すればこそ︑物質至上主義と利己主義が蔓延し大衆消費社会に広く特微的な私的消費万能主義
と俗物主義が横行し︑国家国民や共同社会や公共の利益・福祉や近隣諸国や世界や人類などを軽視.無視する政
治家や経営者や利益団体・圧力団体や国民をうみだしているのである︒そうした現代の国家.社会は︑プラトンが ︵61︶﹃国家﹄のなかで鋭く画きだしているあの﹁豚のポリス﹂に酷似しているといえる︒ .
ひるがえってわが国を顧るとき︑第二次世界大戦における敗北によって︑一切の価値体系が崩壊し︑いまだなんら
の新しい価値体系が確立されないまま︑封建制から民主制へ移行したばかりであるのみならず︑諸イデオロギーが学
問をはじめとしてあらゆる領域にいちじるしく侵入しているという状況下にあるところの︑民主主義の歴史の浅いわ
が国においては︑ 一般的にはいまだに人間解放の謳歌︑人間の全能性の信仰︑無限の進歩の信奉という極
端な楽観主義的人間観の流行・横盗の段階であって︑民主主義の第一の前提条件であると同時に目的でもある精神
的道徳的条件の研究軽視ないし無視の風潮が濃厚である︒したがって︑価値の多様化という名称をかりた価値の混乱
と精神の分裂ならびに頽廃の状態が醸成展開されていて︑わが国は斜材的には二分されてはいないが︑精神的には四
分断裂の状態を示してきている︒
そのような風潮の士台のうえに︑わが国は戦後稀に見る速いテンポで経済復興を成し遂げると同時に︑先進民主主
義国が長い歴史を辿って今日の段階に到達したプロセスを短時間で成し遂げるべき課題を負い︑それが政治学の領域
においては民主政治の第一の前提条件である精神的道徳的条件の研究と切り離された民主政治の制度.機構のみの研
究や実態調査が主流という方向に圧倒的に傾斜していったのである︒
さらに︑速かなる経済の復興と発展という課題は︑政府与党をして戦後一貫して﹁経済立国主義﹂を国の基本的路
線として掲げせしめ︑その旗印に野党︑各界および国民も双手を挙げて賛成し︑ひたすら経済の復興と繁栄1一
億総経済人化1に血道をあげ︑そのために共肥してきた︒その結果は︑一面において成る程ある程度の物質的向
上をもたらしはしたが︑他面においてはそれのみでは単なる﹁肥える豚化﹂であり︑功利主義や利己主義や物質至上主
義や私的消費至上主義やマイホーム主義などの強い風潮をうみだし︑大衆消費社会の出現はそれらの風潮にいよいよ
拍車をかけて横行蔓延させ︑民主主義と民主政治の精神的道徳的条件を軽視ないし無視して︑公共の利益や国家や共
同社会や同胞を全然考えなかったり︑あるいは第二義的︑第三義的なものとする政治家や企業家や集団や人びとを数
多くうみだした︒その結果︑民主主義は筆者のいわゆる欲望の民主主義ーリップマンのいわゆる通俗的民
主主麹︵洋興巴号目oo鑓身︶−に堕落し・私的欲望達成のため罠主嚢を詐称して種・墜な力を結成し︑公
共の領域のなかに私的領域を力ずくでゴリ押し的に押しこむという強い風潮がいたるところに生じた︒これに
対して︑公共の領域の護持者である筈の政治家たちは自己の地位の保全と強化のために人気取り態度を示し︑優
柔不断な判断を下してそれを受けいれ︑みずから公共の領域の枠組を取り外した︒いまや私人のみあって︑
48
民主政治の精神的条件と 公共の哲学
人なしといった状態である︒
そうした状況をもふまえて︑民主政治は︑まず第一にその精神的道徳的条件を︑C・シュミットではないが同質
的に高い水準でもたない限りは︑維持していくことができないゆえ︑全国民がそれに向って欣求精進しなければ︑ ︵63︶アリストテレスが指摘しているように︑﹁民主政治は樹立することよりも︑保持することの方が難しい︒﹂ことを肝に
銘ずべきである︒
また︑偉大な歴史の転換期には︑その転換をリードすべき偉大な哲学が不可欠である︒現代はまさにその転換期で
ある︒そうした意味においても︑これからの時代は公共の哲学の時代である︒この公共の哲学の全国民的体
得のなかからこそ︑その時代時代に適応して公共の利益が導出・実体化されるのである︒
注︵1︶ 旨ω・冨葺08ω筐①話ユ︒諺8幻①胃︒︒・o鼠舞ぞΦOo︿㊤ロ日Φ馨唱1<o同匡Ω器ω剛oρoげ・<員℃O・漣刈−卜︒コ・
︵2︶ 旨﹂●菊︒口ωω雷〜Uβ08茸鉾ω8芭噛目く・員︒げ.GQ・
︵3︶コ緯P幻︒薯呂PロU︒o器日℃≦<日●
︵4︶い臼・幻8ωω$F8.︒凶什・しぎ月9●刈●
︵5︶ この人間観に関しては︑拙著﹃政治理論の基礎としての人間性論﹄︵昭和四十三年︶に詳述してあるので︑それを参照さ
れたい︒
︵6︶芝魯い凶署ヨ窪P臼冨℃呂一凶︒勺巨︒ω︒℃ξL㊤劉噂・料心・
︵7︶目・国︒σげ︒ρ冨く茸冨P魯.×日.
︵8︶ 国①ゆq①rOε昌α嵩巳魯α臼℃げ躍︒ω8巨︒α霧男8簿ρ日Q︒曽℃後日Q︒Q︒lb︒OQ︒.
︵9︶ O・ωoげヨぎ・UδO臨︒励8ωひqoωoげ江ざゴoH餌oqo自①の出︒鐸同一σq①昌℃塑二餌ヨΦロ鼠ユω目ロω噂同㊤卜︒ω藁ゆb︒①・稲葉素之訳﹃現代議会主義の
精神史的地位﹄︑昭和四十七年︑ 一四頁︒.︵10︶↓冨譲ω9叶巨=竈日蝉目り﹀℃︒ま︒日日巨︒ω8冨h︒﹃ζげ霞巴∪①B︒︒話︒ざ①α・ξΩ葺9因︒ωωぎ吋俸冒巳①ω
︵21︶︵22︶
︵23︶
︵24︶
︵25︶
︵26︶
︵27︶
︵28︶ い四﹁①︾目㊤①α鳩・目①QQ・
︵11︶ 旨峯福井・癖ρりP5G︒鴇旨・︾・ωoず西日O卑Φさ09且け巴δ巳矯ω09巴δ日︾p口α∪Φ日oo轟︒ざ目㊤αρoプ﹄ド中山伊知郎・東畑精一
訳﹃資本主義・社会主義・民主主義﹄︑昭和三十七年︑四七.七−四九四頁︒
︵12︶ 聞●↓Oロ巳︒ωOo目①言ωo冨津自ロユOoω鉱匿︒げ凶︷計﹁付言﹂︒
︵31︶ ﹀.∪・い一昌傷ωP団讐目bdO一一①︿①一口UOヨOO﹃90団℃Hり癖ρOげ●HH
︵14︶﹀器8二ρ男︒ま︒9しd︒o犀H
︵15︶ 拙著﹃国家と民主主義﹄︑昭和四十八年︑五七頁︒
︵16︶ 詳しくは︑拙稿﹁イギリス民主政治における保守と革新﹂︵﹃早稲田大学社会科会研究﹄︑第一三号︶第五章を参照
されたい︒
︵71︶ ︾・匹①↓OOρ鐸①<一一一ρ︼︶O一帥∪似ヨ00﹁餌け凶OΦ昌︾ヨ似二ρロρ閃マωけくO一.︵一Q◎Q◎㎝︶噂一昌け円9⁝Oげ・S
︵81︶ 7﹁﹂≦蹄犀δヨ℃ハ門﹃⑦一匹090hピOびO﹃印一一︶O日OO﹁①Oざ一㊤㎝8や①卜⊃・
︵9工︶ ﹈り﹃Φ団ωωOユP一い一や出口四口口℃Oづ・O算←O.昏軽●
︵20︶ 匂︒ωαO答︒ひq9︽OoωωΦρい餌勾①げ︒嵩ひ昌αΦ冨ωB9ω帥ρ一〇ωO●樺俊雄訳﹃大衆社会の出現 大衆の峰起﹄︑昭和二十八年︑
一六頁︒
Z・竃一〇評一①8℃OO・O算こb・⑪卜⊃・
一σ乙・
℃一鋤什OOO●O一什こ一WOO評︒自矯一矯一一.
︾﹃一ω什O梓一〇噛 日bo㎝bの び●
︾N一ω叶O梓一Φ岡
︾門睡ωけ〇二〇層
﹀﹃一ω什〇二①矯 Ob●O津こO噂・O律・℃一QQ卜oGQ簿℃OO・O一け二目ω卜⊃軽餌.
Ob●O一戸 一ωbo㎝ロ◎
﹈ン国・OHOO昌︾ ピΦOけ口冠Φoα
鉱op ぴ●
O口↓ずΦ 勺ユ昌O一冒一①ω Oh 剛O一一二〇二一 〇σ一圃oQ簿氏O昌二言Oや・一㊤㎝9 ↓げΦONO口昌側ωOh℃O一一ユOO一 〇ぴ嵩ゆq帥−
50
民主政治の精神的条件と 公共の哲学
︵29︶ ︾●︼︶●ト一昌亀Qo節鴇℃目ぴ①竃Oα①﹁昌∪①ヨOO畦潜鉱Oω叶凶叶ρ ⑩膳ら◎噛切の一ωQQ・
︵30︶ 拙著﹃政治理論の基礎としての人間性論﹄︑序説を参照されたい︒
︵13︶ ︾ユω叶〇二PO娼●O律.︾一QQQo¶9︒
︵23︶ 臼・ω●竃一=鴇OO.O津・︾Oげ.押噂O・日癖﹃IQQ.
︵33︶ トゥキュディデス著︑久保正彰訳﹃戦史﹄︑世界の名著︑第五巻︑昭和四十五年︑三五六−三六三頁︒
︵34︶コ讐Pε・6凶fbd︒︒冨一戸霜・
︵53︶ ︾ユωけ〇二PO唱■O凶紳己一ト⊃刈㎝P
︵36︶ ︾ユω梓〇二ρO娼冒O律;H鱒刈㊤9︒
︵73︶ ︾ユω叶〇二ρOb.O律4HbOoQQQP
︵83︶ ︾二ω叶O菖Pハ門げΦ﹈Z剛09β帥Oげ①国口国什ず甘ω℃buOO犀一一℃Oぽ.<・
︵39︶ 9いoo犀ρ>Ho#o﹁oo口8﹁巳口σq↓oδ江津凶oP目O⑩卜︒曾これに関しては詳しくは拙著﹃国家と民主主義﹄︑
を参照されたい︒
︵04︶ いい幻O口ωωΦ餌FOロ・O凶けG嵩く・一.Oげ.<目一・
︵14︶ いい幻Oロωω①9¢O層●O津.矯=︿・押Oず︒<一・
︵24︶ 旨・9国O口ωωO餌自︾OO・O淳こ=<・一讐Oげ.<一一・
︵34︶ い旨幻O¢ωωΦ鋤ロ︾O℃・O一叶唱嵩く・H押Oげ・一く・
︵44︶ 旨い菊O口ωω①9鐸︾O弓・O罫4臨く.目℃Oげ︒一目..
︵54︶ 臼・旨幻OωωO印ロ℃O噂・O蹄こ=<・一℃Oず.<一目.
︵46︶ 旨い勾OロooωΦ四口℃Oや.O凶け■℃=<●H℃Oげ.<一・
︵74︶ 竃O昌けOロ自ρ口凶①口℃UΦい.①oゆユけα①ロ︒いO粧矯嵩く●一く讐Oげ.㎝二一響く●<噛Oゴ・卜δ●
︵84︶ 一ぴ帥匹.目く●××一く糟Oげ●一
︵49︶ 菊︒︵︸・OOけけO一℃勺O臨口O節一ωO一〇口OO℃H⑩ωω・
︵50︶ 類・H一℃℃日鋤昌昌℃一門げO℃信げ躍O勺げ目OωOOげ団 一〇〇1一〇一頁
︵51︶ Z●H≦甘閃δヨ一〇唱・o律;Ψ◎obΩ・
︵52︶ 乞・﹈≦ざ犀冨B讐︒切・o謬・℃︾℃●Qo◎◎lO●
︵53︶ ρ∪国≦ωoPdロ畠臼ω8昌匹言αq国ロ8bρμ㊤αN矯oF目・
︵54︶ 旨国●出巴δ毛︒=噛↓げΦUoo嵩⇔oohド凶げ興帥嵩ωヨ鋤ω︾昌冠oo一〇ゆqざ6幽ω憎oF①・
︵55︶ 一≦■切ロび05冒げβ昌亀∪〜日りboQQ︒
︵56︶ 閏・bσ﹁ロ昌昌ΦぴOo﹁①oげ江ゆq犀Φ津噂Hりμωωω・GQIH一・
︵57︶ 国・切鍵陣︒が↓轟岳ユ︒旨ωohΩ<罠けざHO心Qo博ロ・<旨なおドーソン︑ブルソナー︑ ハロウェル︑ブーバ!︑パーカーらの見解
については︑拙稿﹁公民道の伝統研究への序﹂︵﹃拓殖大学論集﹄︑昭和三十四年︑第二二号︒拙著﹃公共の哲学と民主政治﹄︑
昭和四十九年所収︶を参照されたい︒
︵58︶ 霜・U首b目笛ロ戸﹈りげ︒℃犀三一〇りげ昌︒ωoOげざ℃・㊤H●
︵59︶ 芝曾い甘O目ロP↓げ︒℃o誹︒昌80h島︒冨ooP日︒自缶団僧昌昌目︒旨︒霞︒毛嘘Oo8び興目ρ6切出・
︵60︶ 旨=.国恥=o≦Φ戸日げ︒団︒口昌匹国菖︒口︒貼Uo80自pooざH㊤切倉O戸=刈1㊤・
︵61︶ ℃冨梓ρoや︒蹄こじdoo犀目・
︵62︶ 目げ⑦国ωω①昌建巴H首b日凶旨Poや9けこO℃・雫溝・ リップマンの通俗的民主主義の詳細に関しては︑拙著﹃政治理論の
基礎としての人間性論﹄︑第一部︑第六章を参照されたい︒
︵63︶ ︾誌ω8二ρ勺︒=餓ooo℃Hω一㊤ぴ・
52