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公 立 学 校 と 良 心 の 自 由 ( 二 )

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(1)

公立学校と良心の自由︵二︶

iドイツ連邦共和国における国家の教育任務・    親の教育権・子どもと親の良心の自由1

西 原 博 史

  目 次

序章 問題提起

第︸章 国家の教育任務と親の教育権

第二章 公立学校と宗教

 第一節 国家・学校・教会

  一 問題状況

  二 国家の宗教的中立性と学校

  三 公立学校と国家の宗教的中立性

 第二節学校領域における宗教的問題

  一 宗教の授業

  二 学校の宗派的形式

  三 学校における始業の祈り

  四 その他の宗教的問題 ︵以上︑四〇号︶︵以上︑本号︶

早稲田社会科学研究 第41号(H2.10)

87

(2)

 第三節 中間考察−学校儀式と良心の自由

第三章 学校における世界観的問題

終章  問題解決の手掛かり

88

第二章 公立学校と宗教

 公立学校での宗教教育は︑我が国では政教分離を定める憲法二〇条三項が明文で禁じている︒国家の任務が純粋に

世俗的で︑国家が特定の宗教的信条を国家行為の基礎に置けないため︑国家が宗教活動を行なえないのは国家の本質

に内在する限界である︒日本国憲法は︑この点を明確に意識し︑厳格な形で政教分離を維持する決定を下した︒その

ため我が国では︑公立学校と宗教の関係という問題は︑そもそも提起されることがあり得ない︒

 この規定の裏には︑宗教が個人の人格形成に際して発揮し得る多大な影響力がある︒教育の過程で国家が宗教を道

具に子どもの人格を一定の形に成型してもよいのなら︑信仰の自由や良心の自由の保障も︑個人主義の前提としての

自律的人間像も︑画餅に帰す︒公立学校における宗教教育の禁止は︑実質的にはそのような形で国家権力が国民の人

格形成過程に介入することの防止を目的とする︒

 しかし︑本稿のように広く公立学校における生徒の良心形成の自由一般を問題にすれぽ︑宗教教育の禁止で対処で

きるのは個人の人格形成に対する国家介入の小さな一部分でしかない︒そして現実には︑個人の良心や世界観を一定

の形に練り上げることを目的とした措置が一般的に学校で行なわれている疑いがある︒﹃君が代﹄は一種の賛美歌で

(3)

あり︑卒業式で壇上に掲げられる日の丸は十字架と同じ役割を果たし得る︒

 このような状況の中︑政教分離のような客観法的制限が存在しない非宗教的領域で個人の人格形成に対する国家介

入を防ぐには︑主観的権利からアプローチする必要が出てくる︒公立学校に関連する問題領域では︑前章で検討した

子どもの良心の自由や親の教育権・良心の自由が重要な意義を持つことになる︒

 そこで本章では︑宗教教育に関わる憲法問題がアクチュアルなドイツ連邦共和国の問題状況の考察を通じ︑信仰・

良心の自由を手掛かりとした国家介入に対する防禦の問題を考えていきたい︒ドイツでは︑特殊な国家と教会の関係

から︑国家が公立学校でも一定範囲で宗教教育を行なう権限を有しており︑客観法上の制限に多くは期待できない︒

そこから︑信仰の自由が個人に対する信仰強制を防止する上で決定的に重要なものとなる︒その点に関する議論の検

討により︑それとのアナロジーで非宗教的世界観の領域で良心の自由がどのような意義を持つかを探っていきたい︒

第一節 国家・学校・教会

公立学校と良心の自由(二)

        一 問題状況

 a 議論成立以前の状況  ドイツ連邦共和国基本法は︑明確な政教分離を前提としてはいない︒基本法制定の過

程では︑国家と教会の関係を連邦憲法で規律すべきか否かさえもが曖昧なまま︑最終的にヴァイマール憲法の該当規

定を基本法に編入するという妥協的な形で決着がつけられた︵基本法一四〇条︶︒ 一九三三年以前の状況を再生する

ことで新たな国家の秩序を確立しようとしたわけである︒しかし一九五〇年代には︑この教会条項の﹁意味変化﹂が

語られ︑ヴァイマール期にもまして緊密な国家と教会の結び付きが正当化されていく︒

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(4)

 確かに編入された規定には︑特定の宗教団体に対する公法人としての地位の保障︵ヴァイマール憲法=二七条五項︶

や課税権の承認︵同六項︶など︑キリスト教教会を優遇する規定が盛り込まれていた︒それでもヴァイマール憲法の

教会条項は︑ =二六条一項における国教の禁止を中核とし︑基本法に編入された部分に先立つ一三五条における信

仰・良心の自由の保障を出発点としていた︒それに対し基本法では︑信仰・良心の自由は基本権保障の文脈に移動

し︑条文上は教会条項から切り離された︒国家教会法︵国家と教会の関係に関する法分野︶の議論は︑最初は個人の

宗教の自由という観点を取り込まず︑客観法のレヴェルで進展していく︒国家と教会の関係を規定する重要な要素と

して宗教の自由が再び議論の表舞台に登場するには︑六〇年代を待たなけれぽならない︒       ︵1︶ 五〇年代におけるこうした議論に決定的影響を与えたのは︑スメントの一九五一年の論文であった︒ここで彼は︑

ヴァイマール憲法とボソ基本法が﹁同じことを言っていたとしても︑同じものではない︵ω﹂=︶﹂として﹁意味変化﹂

のテーゼを提唱した︒﹁教会が国家に対して何を望み︑何をすべきで︑何ができるかはっきり知っている︵ω畠O︶﹂状

況の中での教会の自己了解を前提に彼は︑憲法上の規律をそれを受け入れたものと理解し︵ω﹄ミ︶︑そこから︑教会

が本質的使命を果たしつつ国家の領域に作用できることの保障を求める教会の ﹁公共性要求︵O駿Φロ虫︒げ閃Φ一↓ω9︒亭

ω胃琴げ︶﹂を国家教会法の本質的要素とする︒

 ナチズム体制の克服を最大の課題とする時代状況に規定されたこのスメントの見解は︑しぼらくの問︑国家教会法       ︵2︶の領域で圧倒的支持を獲得する︒彼に続く多くの論旨が﹁意味変化﹂を承認し︑それを前提に国家領域で教会の影響

力を広く認める理論を構築した︒一九四五年当時の課題を﹁任務遂行に関する教会の自由と独立を保障し︑新たな国

家の生活原理を教会との関係でも実現し︑ ︹国家と教会︺両方を積極的協働へと結び付けられる秩序を形成する必要

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公立学校と良心の自由(二)

       ︵3︶性﹂に見るヘッセがその例である︒このように︑教会の自立性と自由︑国家との協働に重きを置く解釈が︑編入され

たヴァイマール憲法の規定に施されていった︒

 この考え方は︑公的生活の中で教会が指導的役割を果たす可能性を広範に承認することにより︑国家と教会の結び      ︵4︶付きをかなりの範囲で認めていく︒学校制度に関しても︑この国家と教会の結び付きから︑宗教が教育の中で重要な

要素となる伝統的な制度が︑各ラントで問題提起もされないまま残っていった︒

 b 学校制度の中での宗教的要素  学校教育の中での宗教的要素の意義は︑基本法自体も承認する︒基本法七条

三項は宗教の授業を制度として保障し︑学校教育の中に宗教的要素が入り込むことに憲法上の正当性を与える︒もっ

とも︑この宗教の授業が信仰の自由を侵害しないよう︑基本法はその授業に出席するかどうかの決定を教育権者に委       ︵5︶ね︑直接の強制を初めから排除している︒

 しかし︑学校教育の中でのキリスト教の影響は︑憲法上直接承認された範囲に限られなかった︒特に六〇年代中葉

まで︑公的生活に対する教会の影響を広く認める国家教会法学の通説にも支えられて︑学校制度の領域でも様々な問

題状況が存在していた︒

 その中でも最大の論争の種となったのは︑前章で簡単に触れた学校形式の問題︑特にカトリックあるいはプロテス       ︵6︶タントの精神が授業全体に貫徹する宗派学校の問題であった︒確かに政教分離の論点さえ除外すれぽ︑ヴァイマール

期までは地域のある程度の宗派的一元性を前提にできたため︑宗派学校の存在も親や子どもの信仰の自由から直接問

題になることは少なかった︒しかし戦後︑旧ドイツ領からの引き上げ者の流入などにより︑地球の宗派的一元性は非

現実的なフィクションとなる︒それにもかかわらず︑いくつかのラントは宗派学校制度に固執した︵表一参照︶︒その

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(6)

表1.ラント憲法で宗派的学校形式を規定するラントにおける憲法改正の経緯

宗派学校 混合(宗}* 混合 混合(共)* 共同学校*虞

...... 一.一.一一.」一. .一.ゴー.....一.一一」..一.一

aaden一一、v嚢rtelllber鍔 53〜 (17 ,67〜

一一一..一一..一一一一一一一

aayem

一.旧         一f.16〜 68 ,68〜

,.17〜

Bremcn一..胃一一齢..一−.一.『一.一... 

gessen ,  一...一.一一一....P..一..一...一一一....

.一.. 一一

,.16〜

N }孕・(lrheh1.一〜.Vcslfalc11 5{}〜 68 ,68〜

  『.「..一一一..一.一..、...一.一LLh一.

qhehllanfl−Pf三dZ .17」70 70〜

一一.一一一一 ..一..一一一.一一一 一.i

raar}a1.】d一一一...一一一.一』一一一..一.一.一..一

. 一..「卯.

f.17〜胃(}5 65〜 69 〔19〜

       *()内、優光される学校形式

       **.共同学校((:k}meinschaftssdRIIe, Simu】tallscllule)、キリスト教共13iJ ,γ=校を含む

      注)J6RN,F,3,S.17:ζ,199,261;J6RN.1 .5,S」89;JくIRN.F.i),S.464;SaB1.1965,S.319;

      SaBしω68, S.4〔19,1149;SaBI,197U, S,612,670は791;BVerfGE 4L29(3〔1,32).

      表2.ノルトライン・ヴェストファーレン国民学校における学校形式ごとの生徒数の推移       1  1961

       4

 Jlこレi1斗会季交      1  239,.158

      ず

 プロテスタント宗派学校    ・137,508.

 カトリック宗派学校    798,322

      .言.卜       1,175,288

      1

注)Statist{sches Btllxiesamt, Bev6ikerung ulld Kuittlr, Reihe 1(1, BHdungswese!1, L AHgemelribilde正1de S(=hu}e置1,1956−1961;1965;1969;

  Bericht des Landesallltes fUr Datenverart〕eitul壌und Stat1stik NW.

1965 1969 1973 1987

十一一一一一一  .一..一  一

1606 Ii 27.1631   ,

ls% 1,ll.L837 68% 1,261,669 72% 750,3937・196

30% .138,507 28ク∂ 80,235 rO .aj.o 48,292 396 17,247 296

5.1%

璽}8.1,♪820   一 ,

5.19.6 .151,865 2796 .口0,51G 25% 236,0352,196

lL555︐91111

1,6.16,937 1,75(1,.i77        1 i,oo3,675

NO

(7)

公立学校と良心の自由(二)

結果︑地域の宗派的少数者が信仰の異なる多数者の宗派学校に通い︑自分の信仰と異なる宗派の精神が貫徹した授業

を受けざるを得ない状況が成立した︒それを回避しようと少数派生徒のために別の宗派学校を設置しても︑生徒数が

少なく学年区分のない極小規模学校︵N芝Φ同σqωωoゴ巳①︶ができあがる︒六〇年代に入ると︑そのような極小規模学校の

教育効率に対し教育学が真剣な問題提起をしていく︒

 他宗派の宗派学校に通学を強制されることにより︑明らかに信仰の自由が侵害される︒にもかかわらず五〇年代ド

イツ憲法学の通説は︑その事態を容認していた︒連邦憲法裁判所も︑ニーダーザクセンにおける共同学校の導入が一       ︵7︶九三三年の教皇座とのライヒ・コンコルダートに違反するかどうかの問題に関する一九五七年三月二六日判決で︑す

べての親の希望に則した種類の学校を用意することが不可能であることを理由に︑ライヒ・コンコルダートが前提と

する宗派学校制度が親・子どもの良心の自由を侵害しないとした︒

 このような状況は︑六〇年代に入ると変化の兆しを見せる︒この問題に典型的に見られるように︑教会の特権的地

位が現実に個人の信仰の自由を抑圧する結果につながる点が次第に憲法学でも意識される︒六〇年代後半には各ラン

トで学校改革が進められ︑宗派学校は次第に廃止され︑あるいは狭い範囲に限定されていく︵表一︑二参照︶︒この学

校改革を推進した原動力は教育効率に関する危機感であったが︑宗派学校への通学強制がもたらす憲法問題もそこで

一定の役割を果たしたことは言うまでもない︒

 しかし学校形式の問題は︑宗派学校制度の廃止によっても解決しなかった︒いくつかのラントは︑宗派学校に代わ

り︑キリスト教的色彩を持つキリスト教共同学校をラントの統一的学校形式とした︒これに対しては︑無神論者など

の非キリスト教徒から︑やはり信仰・良心の自由を理由とした憲法上の批判がなされる︒また︑学校を宗教の授業を

93

(8)

例外として完全に世俗的なものとした場合にも︑学校におけるキリスト教的な宗教教育を望む親は︑世俗的学校の強       ︵8︶制を問題達する︒これらの問題は︑一九七五年一二月一七日の三つの連邦憲法裁判所判決で一応の決着を見るまで︑

激しい憲法学上の議論の対象となる︒

 また︑六〇年代後半に学校における信仰・良心の自由に関する議論が盛んになった背景の一つに︑学校における授

業の始まりに際しての祈り︵ω臼巳σqΦ9叶︶が憲法上許容されるかどうかの問題を扱った一九六五年一〇月二七日のへ         ︵9︶ッセン国事裁判所の判決がある︒祈りに反対する者の消極的信仰告白の自由︑沈黙の自由が絶対的であり︑祈りを学

校で行なうことによる信仰告白の強制を憲法違反とするこの判決に対しては︑学校における宗教的要素の維持を擁護      ︵−o︶︑する立場から︑様々な批判が投げかけられた︒この問題も︑連邦憲法裁判所一九七九年一〇月一六日判決で一応の決

着を見る︒そこでは︑学校における始業の祈りが原則的に憲法上許容されることが認められたが︑それが許される条

件として︑反対者に対する強制を回避する方策に関し詳細な検討が加えられた︒

 c 分析の視角  本章では︑学校領域における宗教的要素に関するこれらの問題についての憲法学上の議論を検

討する︒結論を先取りするなら︑客観法的には︑学校を運営する国家による宗教的要素を含んだ授業・教育活動は︑

国家の宗教的・世界観的中立性により禁じられてはいないとされる︒このドイツ憲法学の結論に対し︑我が国の政教

分離の観点から遅れを指摘し批判することは無意味であろう︒国家と宗教との関係につき︑基本法は日本国憲法とは

全く異なった決定を下したのであり︑ドイツにはドイツ独自の憲法構造がある︒

 むしろ本稿の問題意識から関心を引くのは︑客観法的な構成が限界を持つが故に強く意識される信仰・良心の自由

という主観的権利の問題である︒学校における宗教的要素の存在が客観法的に許されても︑それが個々の生徒に強制

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公立学校と良心の自由(二)

されてはならない︒そして︑それが強制されないというのは︑どのような状態を指すのであろうか︒我が国における

良心の自由の学校領域における意義を考える場合︑ドイツで公立学校の宗教的要素に絡んで議論された成果は︑参考

になるはずである︒

 さらに︑ドイツ連邦共和国における基本権論の一つの特徴として︑基本権の意義が防禦的側面に限定されず︑国家      ︵11︶活動の指針としての意義もあることが強調される︒そこから︑学校における宗教教育を求める親の利益も︑﹁積極的﹂

信仰の自由に基づく基本権的な利益として論じられる場合がある︒人権論のこうした局面は︑幸か不幸か我が国では

ドイツほど理論化が進展しておらず︑議論は素朴なレヴェルに留まっている︒しかし︑同じような状況は我が国にも

存在し得る︒文部省が︑﹃君が代﹄を歌いたい生徒︑子どもに歌わせたい親の利益を代弁して学校における﹃君が代﹄

斉唱を制度化していくなら︑それがいかに欺購的な理由づけであろうとも︑そういった親・子どもの利益を議論に取

り込んだ上で論じていく必要がある︒問題を﹁積極的﹂宗教の自由と﹁消極的﹂宗教の自由との対立状況の中に置い

て見るドイツでの論争を検討することは︑その点でも我が国の憲法学にとり意義があるであろう︒

 以下︑具体的事例の検討に入る前に︑五〇年代における問題意識の欠如した楽観的な国家教会法の状況に続く︑六

〇年代以降の国家と教会の関係や︑それと個人の信仰の自由の関連といった点に関する一般的な議論を︑学校領域に

関連する限りで見ていきたい︒

      二 国家の宗教的中立性と学校

﹁国家教会法の議論で︑ヴァイマール憲法の規範化の﹃意味変化﹄        95に︑それを実質化しないまま依拠することがほ

(10)

とんど任意の帰結を引き出すための十分な論証根拠と見られていた限りで︑基本法四条の良心の自由の強調からくる      ︵12︶法的帰結を定義する必要はなかった﹂︒このH・ヴェーバーの言葉は︑五〇年代における国家教会法の状況を端的に

表す︒しかし︑個人の信仰・良心の自由に対する問題状況を含んだ現実は︑そのような学説状況が長く続くことを許

さなかった︒六〇年代に入り︑国家と教会の関係をめぐる議論に信仰・良心の自由の観点が取り込まれると︑議論の      へ13︶状況は﹁変ずる︒

 a 分離論  スメントの提唱した﹁意味変化﹂を批判し︑基本法四条を中核に国家と教会の分離を追求して議論       ︵14︶に一石を投じたのは︑フィッシャーの六四年の著書である︒彼は︑大教会の特権化と理解される﹁意味変化﹂を希望

的観測として退け︵ω冒H①bσ︶︑意味変化は逆に宗教団体に関する規定が基本権の意義を高めた基本法の体系に組み込ま

れたことから生ずると論じる︵ω﹂8︷h・︶︒その構図では︑憲法の基本決定とされる四条の宗教の自由に︑基本法一四

〇条に対する優位が帰属する︵ω﹂誤h・︶︒そこから彼は︑宗教の自由を実現するのに国家と教会の結び付きの禁止が不

可欠と考え︑ヴァイマール憲法一三七条一項を﹁国家と教会の原則的分離﹂を定めたものと理解する︵ω﹂8搾くoq一・

ω︒朝O卦H$h同旨︑︑O①−ω.㊦匂︒︶︒

 こうした考え方を採るフィッシャーも︑宗教の授業などの︑宗教に対する国家的援助の憲法上の制度化は無視でき

ない︒そこで彼は︑そのような基本法の規範を原則からの逸脱︑例外と捉え︑狭く解釈すべきことを主張する︵ω﹂ΦO

抽︶︒彼が﹁原則的分離﹂の定式を用いるのは︑そのような状況に起因する︒

 ツェチュヴィッツも同様に国家と教会の分離を追求する︒学校領域の中での国家の宗教的中立性・信仰の自由を扱      ︵一5︶う一九六六年と七一年の論文で彼は︑個人の信仰告白の自由が信仰的価値に関する国家の影響力行使を禁ずるとし

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公立学校と良心の自由(二)

(.@①一ω.GQQQ㊤鴎.⁝ 一差Hlqα︒H卜︒断.︶︑国家の宗教的・世界観的な無関心の義務を主張する︵.③中ωωも︒㊤瞳・︶︒特に学校に関しては︑

就学期の子どもが宗教的教化に対する抵抗力を持たないことから︑宗教的影響力行使が物理的・心理的強制を伴うと

否とにかかわらず許されないとされ︵.司甲も︒.旨︷.︶︑宗教教育が親に留保されるべきことが強調される︵︒謡−ω﹂①︶︒

 この二人は︑通説的立場に反対し︑国家の宗教的・世界観的中立性を国家の給付に関する領域にまで及ぼすことに

特徴を有する︒それにより︑宗教に対する国家的援助は︑たとえすべての宗派・宗教団体に平等に行なわれようと       ︵16︶も︑許されないことになる︒       ︵17︶ カイムもまた︑ ﹃学校と宗教﹄と題された一九六九年のモノグラフィーで︑信仰・信仰告白の自由から国家の宗教

的無関心という意味での中立性義務を導き出し︑国家が特定宗派や世界観と同一化することの禁止︑特定宗派に対す

る援助の禁止︑特定の宗派や世界観に基づいて組織された国家制度の禁止︑などの帰結を引き出す︵ωρH卜ooo︷︷齢︶︒もっ

とも彼は︑国家の宗教的・世界観的中立性を国家と教会の関係に直接及ぼしはしない︒ 一方で彼はヴァイマール憲法

=二七条一項を国家と教会の制度的結び付きを禁じたものと理解しつつ︵ω鉢Q︒ωhh︶︑他方で国家が宗教団体の保護

者・援助者であることを認め︑中立性命令の妥当範囲を国家と市民の関係に限定する︵qD﹂念h︷・︶︒このような彼の見       ︵18︶解に対し一貫性を欠くとの批判があるのも︑この点に由来する︒

 ここまでの推論は︑日本国憲法の解釈に携わる我々には耳馴れたものである︒しかしこのように国家と教会の分離

を指向する見解は︑ドイツでは少数説に留まる︒ここで挙げた論者達も︑自分が実体的世界観としての政教分離主      ︵9エ︶  ︵20︶義・宗教的無関心主義を唱導するのでなく︑私事としての宗教の意義を国家から区別された私的.社会的領域で展開      ︵21︶させようとすることを強調する︒それでも︑通説による批判の鉾先が鈍ることはない︒

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(12)

 b 通説の反論  通説は︑現在に至るまで一貫して︑国家と教会の分離を拒否し︑教会に対する国家の援助や国

家的事項における教会の協働を広く認める︒それでも︑批判を受けて︑五〇年代のような素朴な形で国家と教会の関

係を考えることはできなくなった︒

 議論が精緻化されていく中で︑ヴァイマール憲法=二七条一項の国教会の禁止が国家と教会の制度的結び付きを禁       ︵22︶じたものである点には一致が生ずる︒また︑信仰の自由や平等原則との関係で国家が宗教的.世界観的中立性の義務

を課されることξいて転・→デン教会建設税に関する一九六五年の連邦憲法裁判所撫ぜ明言され・に至戦学

説の霊的前提とな墾この中立性霧によ久国家が特定の宗教・世界観と里化できない・とにも薮が存在す

馨問題は・これらの定式の内容である・通説はそのような前提を採りつつ戴国家の宗教的・世界観的中立性が国

家と教会の厳格な分離にはつながらないことを論証していく︒

 まず第一に指摘されるのは︑分離を追求する見解が︑宗教的無関心主義を国教化するもので︑まさに国家の世界観      ︵26︶的中立性に反するという点である︒これに対しては︑前述の反論があり︑国家の宗教的無関心があくまで国家領域に       ︵四︶関するもので︑実体的イデオロギーとして社会的領域に入り込むものではないことが強調される︒

 それでもこの無関心主義批判が繰り返される理由の一つに︑分離論者と通説との間の国家理解の相違がある︒前者       ︵28︶は︑国家と社会の領域を区別し︑宗教・世界観に関する多元的勢力の競争を社会の領域に位置づける︒それに対し︑

国家を憲法により秩序づけられた統一形成の過程と見︑国家を担う老が同時に教会の構成員でもあることを前提にす

れ囎分離論の考え方は静的・空間的な領域思考として排斥され野分誌面は私的・社会的・国家的な三震区分を

前提にするが︑通説は私的・公的な二領域の区分しか持たず︑分離論が国家的領域から宗教を排除することが︑通説

98

(13)

公立学校と良心の自由(二)

      ︵31︶       ︵詑︶には﹁宗教を私的領域に閉じ込め﹂︑﹁信仰を公的生活の中で守り︑生かすことを不可能にする﹂ものと映る︒       ︵詔︶ このような推論を経て︑ ﹁国家の宗教的中立性は宗教的・世界観的無関心と同視されてはならない﹂という通説の       ︵訓︶      ︵あ︶結論が出てくる︒国家と教会の関係が︑﹁分離ではなく︑国家と教会の問の調整の秩序﹂︑﹁友好的協力関係﹂︑﹁ふら      ︵36︶ふらした︑緩和された﹂分離あるいは﹁結び付きの緩和された継続﹂の関係と理解される︒       ︵訂︶ 分離論との対比で言えば︑このような通説の立場は︑教会に対する国家的援助を幅広く認める所に特徴を有する︒       ︵錦︶国家の文化的責任が語られ︑また︑宗教の授業や教会税制度のような教会に有利な基本法の規律が︑例外でなく︑       ︵39︶﹁原理的に宗教に対して友好的な基本法の態度を明らかにするもの﹂と把握される︒様々な宗教団体への多元的.中       ︵40︶立的な援助は非同一化の原理と抵触しないとされ︑そして︑現代ドイツ社会になおも存在するキリスト教文化の決定      ︵41︶的影響力や︑国民の大多数が教会に所属していることなどから︑教会の事実上の特権化が伝統や諸宗派・諸宗教の実      ︵42︶体的同権︵℃実質93け︶に対応するものと正当化されていく︒こうして結局︑スメソトの﹁意味変化﹂の定式に支えられ

ていた教会の既得権を分離論の批判から守るための解釈が展開されていく︒

 c 消極的信仰の自由と積極的信仰の自由  分離理論に対する通説のこうした批判の中で︑前者が重要視してい

た信仰の自由の解釈についても論争が提起される︒

 分離論は︑主に少数老保護を念頭においた︑多数決をもってしても奪うことのできない不可侵の権利としての人権

     ︵43︶理解を前提に︑信仰の自由のために国家と教会の分離が不可欠であると主張する︒それにより通説に︑国家と教会の

結び付きを正当化するため︑信仰の自由と分離の関連を断ち切る必要が生じた︒そこで通説の側は︑このような信仰      ︵44︶の自由理解を﹁消極的側面﹂のみを強調するものと見る︒M・ヘッケルは︑ ﹁教会から離反する自由﹂として把握さ

99

(14)

れた信仰の自由により﹁宗教の自由が演題領域の狭い一断片に縮小し︑それがまた技巧的演繹によりうまくごまかさ      ︵45︶れて︑不寛容な否定に転換する﹂として︑分離論の前提を攻撃する︒

 確かにこの批判は︑学校での始業の祈りの違憲性を論ずるにあたり︑祈りに反対する者の消極的信仰告白の自由を       ︵46︶絶対化し︑私人間でも他者の積極的信仰告白を妨げ得るとしたヘッセン国事裁判所判決には一定範囲で当てはまる︒

しかし︑フィッシャー自らが強調するように︑分離論は宗教的・世界観的な活動のために国家から自由な領域を確保       ︵47︶しょうとするもので︑反教会主義を唱導するものではない︒この見解で前提となる宗教の自由の理解が﹁国家教会法       ︵48︶の制度的構造を正当に評価しない﹂と指摘しても︑国家教会法の現状を擁護するのに国家教会法の現状を根拠とする

トートロジーとしかならない︒

 従って問題は︑通説の側が﹁消極的側面﹂の対極として理解する﹁積極的側面﹂の内容と性格である︒この点に関      ︵49︶しリストルは︑ ﹁基本法の国家は︑自らの信条に応じた生活を送る余地と自由を国民に提供する義務を負う﹂と述べ      ︵50︶る︒ここで彼が念頭に置くのは︑立法に対する指針を提供するものとしての基本権の制度的側面である︒しかし︑前

章で指摘した特定の学校形式を求める親の権利の問題に明らかなように︑信仰の自由から一定の宗教的性格を持つ国      へ51︶家的制度を要求する権利は引き出せない︒そして︑国家運営の指針としての基本権の意義が信仰の自由との関係で国

家と教会の結び付きを広く正当化するなら︑ここで少数者の保護という基本権の重要な課題が視野から落ちることに

なる︒こういつた考え方の中で﹁異端者に対する良心の自由の保護機能は︑否定されはしないが︑多数者の積極的宗       ︵52︶教の自由を引き合いに出して相対化される﹂という︑H・ヴェーバーが指摘する現実を直視する必要がある︒

 それでも︑この通説が指摘する積極的自由の論点は︑ ﹁学校制度の中で国家は︑選択という形式や妥協的解決を通

100

(15)

       ︵53︶じ︑消極的宗教の自由も積極的宗教の自由もできるだけ縮小しない調整を探さなければならない﹂という問題を投げ

かける限りで︑無視できない意義を有する︒様々な信仰や世界観を持った生徒・親が出会う場である公立学校で︑国

家の宗教的中立性が何を意味するかは︑独立に考察する必要がある︒

公立学校と良心の自由(二)

        三 公立学校と国家の宗教的中立性

 すでに前章第一節で︑国家の中立性義務が学校におけるイデオロギー的教化を防止する上で十分な機能を発揮しな

いことは確認された︒しかし︑中立性の論点を取り込むことなく学校における個人の良心形成の自由の意義を探るこ

とも不可能であった︒ここで︑宗教的領域に問題を限り︑学校領域における国家の宗教的中立性の意義に関し一般論

レヴェルで言われていることをおさえておきたい︒

 a 学校領域における厳格な宗教的中立性  次節で個別問題を扱う際に明らかになるように︑国家と教会の分離

を提唱する見解は︑学校領域に宗教的中立性を貫徹させることを狙う︒フィッシャーは公立学校制度から宗教的要素

を排斥しようとする憾ツ・チ・ヴ・・ツも学校における心聖教的・世界観的な指導が基本法四条に鑑み許されないと

明言麓・カイム転学校を国家と教ム謬関係でなく国家と市民との関係に位置つけ︑学校領域で原則として厳格な       ︵56︶国家の中立性義務を維持する︒

 国家と教会の関係については通説寄りの解釈を採りながら︑良心の自由の基本権から公立学校制度で厳格な宗教的       ︵57︶中立性を要求する見解もある︒オーバーマイヤーは一九六七年の著作で︑基本法の倫理的規準のみが良心の自由に対

する制約を正当化し︑宗教的規準がそこに含まれないことを理由に︵ω.寮・︶︑通常学校形式がこの基本法の倫理的規

101

(16)

準を指向した共同学校でしかあり得ないと論ずる︵ω・b︒ω︶︒

 b 国家の宗教的教育任務?  学校領域で国家の中立性を厳格に維持する見解に対し︑教会の立場に近い立脚点

に基づく論者は︑国家に宗教的な教育権も帰属することを理由に反論する︒国家が宗教的義務の履行に関心を持って       ︵駆︶はならないとしながら︑それでも生徒の宗教的教育が学校の任務であるとするカンペンハウゼン︑教会構成員の倫理

的・精神的指導が基本法四条により正当化される教会の任務であることを理由に︑憲法が学校における教育の宗派

性・宗教性に関する保護に価する利益を教会に認めているとし︑国家の中立性が必然的には学校の中立性を意味しな         ︵59︶いとするホラーバッハなどが︑その例である︒学校の統合的任務を肯定し︑統合要素に宗教的契機を含んだものを認

めれば︑この結論は簡単に出てくる︒       ︵60︶ しかし彼らも︑基本法の憲法構造を考え︑学校を完全に教会の手に委ねることは拒否していく︒ホラーバッハも︑       ︵61︶憲法が教育の過程の自由と開放性を指向することを認める︒それでもこのような見解は︑基本法の倫理的規準のみを

指向した学校教育を厳しく批判していく︒

 c 中立性の虚構性?  そのような批判の中で︑教育が﹁基本法の倫理的規準﹂以上のものを要求することが指

  ︵62︶摘される︒さらに︑無宗教性が合理主義などの世界観に規定されるため︑あらゆる学校形式はどのみち世界観問題に

関して国家制度の影響を受けずに子どもを教育する権利に抵触するともされる︒このような考え方に基づけば︑授業       ︵63︶が世界観問題を排除でき︑対象を純粋に即物的に提示できると考えることが幻想となる︒そして︑それにもかかわら

ずすべての世界観的要素を学校から引き離す︑最大公約数を追求する道が︑ ﹁不寛容な否定﹂につながる隠蔽されたr・・灘.男         ︵創︶世界観的圧力であると論じられる︒

102

(17)

公立学校と良心の自由(二)

 このように︑国家と教会の分離を求める方向が宗教的無関心主義を唱導するものであるという批判は︑学校領域に

おける宗教的中立性の文脈で特に重要な意義を獲得する︒この問題に関し国家の宗教的中立性を強調すれば︑学校で

の宗教的教育を望む親の希望が妨げられることになる︒そのため国家の中立性が︑宗教的教育を望む親と望まない親

の世界観的対立の間で後者を利するように見えるわけである︒この親の対立は︑一方は国家による信仰の自由の侵害

に対する防禦を︑他方は自らの信仰に対する国家的援助を求めており︑憲法上は同一レヴェルにない︒しかし︑積極

的信仰の自由という考え方は︑この違いを乗り越えるものである︒この構図で消極的信仰の自由と積極的信仰の自由

を衡量・調整すれぽ︑開かれた学校制度をいくら云々しようとも︑個人の信仰に対する国家の侵害がある程度まで容

認される結果にならざるを得ない︒

 d 開かれた中立性  こういつた議論状況の中︑妥協的な定式を探す動きも出てくる︒ポートレッヒの一九六九

        ︵65︶年のモノグラフィーは︑国家と教会の分離を機能システムとしての国家と教会指導部の分離であり︑人的団体.社会

的構成体としての国家共同体と教会・宗教団体の分離でないと捉え︵ω気︒︒hh●︶︑学校を社会的構成体の方に位置づける

ことにより︵ω・Q︒αh・︶︑無関心主義につながる分離原則︵ω︒︒︒︒︶を学校領域に弱めて適用する︒国家の費用支出が問題に

なるため中立性の問題は回避できないが︵ω.︒︒︒︒︶︑教育作業が世界観的前提を欠いたものであり得ないため︵も︒・︒︒︒︒戸︶︑

学校は世界観的要求に対する完全な中立性は課され得ない︵ω・曽︶︒そこで彼が妥協的な解決策として提唱するのが︑

相対的中立性である︒教育プログラムは︑ある世界観的要求への積極的障害を置き︑家庭教育等による補完を不可能

にする.︑とは許・れないが︑世界観の要求︑積極的に矛盾しない百面相対的に中豊ものと評価︐露︵︒︒・︒︒典%︒・      1家庭教育による補完可能性を重視する︵ω.㊤o︶この見解は︑親の過剰な要求を退ける意義を持つ︵の.ob︒h・︶︒

(18)

 学校を社会的構成体とする彼の前提に対しては︑公教育制度が権力的契機をも持つことから︑なおも批判の余地が       04 ︵67︶

       1

ある︒しかし︑親の要求との関係で中立性を分節化して考える彼の見解は︑学校で必要な調整を見つけ出す上で一定

の役割を期待できる︒キリスト教教育の任務を学校が果たしてきた伝統の下で宗教教育を求める親の利益が無視でき

ないドイツの状況では︑国家と教会の関係や信仰の自由といった憲法原理からの単純な演繹により問題を解決するこ

とは困難である︒様々な利益の間での調整が不可避となる︒

 e 利益調整と実践的整合  学校で必要な調整に関しては︑学校の厳格な宗教的中立性を承認しない見解も︑信      ︵劔︶仰の自由に対する直接の侵害状況を防ぐ上で考えをめぐらせる︒積極的信仰の自由と衡量されることにより相対化さ

れるとは言え︑通説的児解にあっても消極的信仰の自由の意義は否定されはしない︒生徒に直接宗教的な影響力を行      ︵69︶使して生徒を一定の型に嵌め込むことが信仰の自由の侵害となり︑許されないことは︑広く共有された前提である︒

通説にとっての問題はむしろ︑直接の強制を伴わない場面で親や生徒の様々な見解が対立する中で︑どのように実践

的整合を見いだしていくかに存する︒

 もっとも︑この強制が存するか否かを認定する基準に関しては︑問題は単純でない︒ツェチュヴィッツも言うよう      ︵冗︶に︑﹁漏聞いてしまった言葉が影響力を持つ可能性は否定できない︒そのため︑国家と教会の関係につき通説的理解

を前提にしながらも︑学校における中立性の意義を強調する考え方もある︒エルヴィン・シュタインは︑キリスト教

の伝統やキリスト教の影響を受けた文化の伝承が学校の任務であるとしつつも︑学校では素材の即物的で客観的な提       ︵71︶示に限定されなけれぽならず︑教師は主観的で偏向的あるいはイデオロギー的な見方を控えるべきであるとする︒

 このような即物的提示が可能であるとする考え方に対する批判は上ですでに見てきた︒この点に関しては当然︑中

(19)

公立学校と良心の自由(二)

立性が無関心・反宗教の世界観を積極的に擁護することを意味せず︑世界観的な価値づけを学校から取り去るのみで       ︵72︶あること︑それに対する反対説が必然的に特定集団を特権化することになることを指摘した反批判もある︒法論理的

には︑この考え方.は正しい︒一定の世界観を積極的に主張することと︑何も主張しないこととの差は本質的であり︑

国家の世界観的中立性を考える場合にはこの点を見逃してはならない︒しかしドイツでの現実は︑多数派であるキリ

スト教徒という﹁特定集団﹂の特権を剥奪するかどうかが問題になっているのである︒

 中立性の問題は︑何との関係で中立かという問題を含み︑現実状況に規定される︒そして︑あらゆる考え方に対し

完壁に中立であることは︑究極的には不可能である︒中立性を指向しなけれぽならないが︑中立性を完全な形では実

現できないという︑前章で得られた結論が︑結局ここでも確認される︒ドイツの学校において宗教的中立性が具体的

に何を意味するかは︑問題領域ごとに︑どのような利益対立があり︑それがどのように調整されれぽいいのかという

点を考察することなしには︑結論を出すことはできない︒      ︵73︶ 確かに︑ ﹁実践的整合﹂を追求し︑不可侵の人権としての消極的信仰の自由を︑本来は自分で行なうべき宗教教育

という給付を国家に期待する利益としての積極的信仰の自由と同列に置き︑その両者を衡量・調整していく考え方

は︑絶対不可侵の基本的人権という構想からすでに功利主義に向かって一歩後戻りを始めたものである︒しかし︑こ

ういつたドイツの学説状況を嘆いても詮がない︒本稿でできることは︑まさにこのような学説上のトリックを必要と

するほどキリスト教に縛られたドイツの学校制度に関する議論の検討を通じ︑そのようなぎりぎりの状況の中で浮か

び上がってくる信仰・良心の自由に関する譲れぬ一線を抽出することである︒

105

(20)

︵−︶閑・Q︒ヨ9島◎o㌶9ロ島国一8冨89匹︒ヨじd8器円〇三ロ住σq①ω①ド貯八号﹁ω●一拝§︑偽装簿ミらミ︑寒§ミ§鴫§旧b︒.﹀離P.

  切︒島昌一㊤①︒︒闇ω●凸い︵卑ω芝︒﹃αhh︒邑凶畠§oq⁝N︒く国国H︵6蟄︶噛ω.獄h.︶.この論文の紹介に︑清水望﹁ボン基本法におけ

  る国と教会︵宗教団体︶との関係﹂早稲田政治経済学雑誌二六九号一四頁以下︑同﹁西ドイツにおける国と教会︵宗教団体︶

  との関係﹂宗教法二号一二四頁以下︒

︵2︶ <αq出国・国①︒︒ωΦ︹.①昌望︒国乱鼠︒毛引畠畠︒ωω欝鉾ω臨8冨自①︒耳ωω①詳お畠噂闘員O臼ω;︾§鴫ミ蹴ミ誉曽ミミ§︒

  =︒筐9げ︒蒔H㊤︒︒ら℃ω置ω謹ゆ陰︵国﹁ω言oa鵠自由ざご昌︒Ω匂α図昌扇﹂O︵お①H︶︒ωのωhh・︶⁝即竃涛界田﹃9魯昌昌侮言90qδ昌ω−

  σqoω巴ω︒冨h8P貯切①#o︻3螢目\蜜旨oaoミω畠①偉昌臼︵ぼ超・︶b鳶O︑§ミ象ミ♪自重亭一.聞︒⁝昌一8ρω.一G︒儀h∴虫ρ

  清水・前掲早稲田政治経済学雑誌二二頁以下︑同・前掲宗教法二号=二〇頁以下参照︒

︵3︶雷①ωωρ︒匡ごω.し︒①図・

︵4︶︿oqピ霞穿けbも匿ρω.お長∴9ω︒冨慧①﹃︹.①①︺﹀器9冨巳Φ諺︒言目塗①5億日日Φ昌①9窪勲臣窪冨︒冨昌ω件きけω−

  臨器犀①導①o匿L︶O<HO①9ω﹂&.これらの文献で︑五〇年代における議論の成果が提示されている︒なお︑ここでは︑国

  家と教会を同列の第一次的共同体と把握する︑いわゆる協力関係理論︵国09牛眼蝕︒ロω島①o﹁凶①︶についての議論には立ち入

  らない︒

︵5︶ ここで提示した宗教の授業に関する憲法上の問題は︑次に示す宗派的学校形式や学校における祈りの問題とともに︑節を

  改めて詳しく論じる︒

︵6︶ このような宗派学校概念の定義は︑ ﹁同一宗派の生徒・教師による学校﹂にメルクマ;ルを求める形式的宗派学校概念と

  の対比で︑実質的宗派学校概念と呼ばれる︒この点を含め︑宗派学校については︑本章二節二参照︒

︵7︶︵8︶

︵9︶

︵10︶

︵11︶ 切く︒鼠O国9も︒8︵︒︒ω㊤h噸︶.この判例および以下の注に挙げる判例も︑馬糧で詳しく検討する︒ゆく︒躍O国凸b㊤⁝自る㎝⁝凸曽︒︒Q︒q拝侮●躍①ののωδ国く●卜︒刈﹂O﹂O①卸∪<し6一●一89ω﹄ゆ・切く①臓O国認bbっω・

このようなドイツ基本権論の一断面につき︑拙稿﹁基本権的給付請求権と基本権理論﹂早稲田法学会誌三八巻=二五頁以

106

(21)

公立学校と良心の自由(二)

  下参照︒

︵12︶ 国.≦Oげ05ωoげ三ρの鐙ρ◎け⊆β儀閃9貫ざ口噛UO﹁ω寅舞oo︵ドゆ①の︶℃ω.心㊤鴇.

︵13︶ 公立学校の中での宗教的要素の問題を考察する本稿では︑国家と教会の関係につき全般的考察を行なうことはできない︒

  そのため︑学説の検討も関連する範囲に限定した︒

︵14︶ 国﹄δoげ︒さ↓︑§遣§h§§勲§︑§糺ミミミ.竃§o︾Φ昌HΦ忠・なお本稿では︑通説からの批判に応えて加筆を行なった

  第三版︵国︒蜀δOゴ①♪ ↓︑馬醤嵩ミ蕊鴨eO識⑦肺蹟亀帖ミ嵩概肉馬︑り︸3 ◎Q・口O口び①9鴇げ①#〇一〇 ﹀βh一ご 閃円O昌運h犀同一\竃●一㊤QQ・︶を基に検討を進

  め︑本文括弧中の頁数も第三版による︒初版と第三版で構成は異なるが︑主張内容は本質的に変わっていない︒なお︑この

  著作の紹介に︑清水望﹁国の宗教的・世界観的な中立性﹂早稲田政治経済学雑誌二八〇二一八一合併号四八頁以下︒また︑

  同旨︑霊ωoげ2︹.①①ピbu簿§ミミ︒・−o概ミO恥ミミ誠きミ哩塁きミ恥メ言言︒げ︒昌ち㊦⑦︑qo●①幽い

︵15︶団・く・NoNω9書票︹.①①︺層ωけき葺90Z2胃9︒一一け簿紹農︒窪旨旨島ω9邑ぴqgo3匂N冨①ρω.Q︒Q︒誠h.脚9﹁︒︒・︹.コ︺・O三州げ窪の−

  蹄︒汐①湾虞旨匹ωoゴ卓雷の︒げ①国旨げゴニpoq噛︸NHゆ間どgo・HH跨.

︵16︶ 霊ωoげ㊦び僧勲O噛︵↓賢§醤鷲蕊㍗GQ︾離自﹂︶︑ω・8h・⁝<・NΦNωoゲミ#N矯笛・二り.O●︹.$︺︾ωωωO・

︵17︶ ≦・国①凶ヨ.⑦ら︾ミ恥黛ミ匙勘災馬恥馬︒詰.卜Ω・﹀鐸ユニロ潜3げロ機ゆq図㊤㊦O・

︵18︶ ≦ΦびO♪角︒餌.OごQo.窃O㊤.

︵19︶ コωOげ①5斜騎︒・O.︵↓︑§隷寵蕊㍗ω卜⊆自﹂︶ω・ω凱h⁝︿.NΦNωoゲ毛津N層暫.斜O・︹.一一︺qo﹂9

︵20︶ 蜀δO﹃05層・⇔●O.︵↓鳶旨旨職鳶騨もQ●︾露鵠Jyω.ωド

︵21︶ 国ωoげ︒びρ曽・O・︵↓鳶醤隷職蕊堕ω・﹀信hryω・同①鴇h●旧H噴戯h●

︵22︶ 通説の立場に属しながらこれを明示するものに︑ 出︒器︒︹.①切︺︑閃﹃oδ国ヰ6げ︒一長言︒ヨ︒胃暮野げ︒ロOoヨ︒匿宅霧雪3貯

  詠臼ω塘﹄蕩鷺ミミ萄曽ミ儲肺§讐出︒ごΦぎ︒彊自誓魑︒ゆ誌①o︒幽剛●︵貯︒︒けく①ah︷g葛︒げ自oqN①く漏=︵δ宝\O㎝︶︶脚寓●出8犀︒ド

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  oq⑦8言り<<Uωけ閃PN①︵一¢Φ◎◎︶鴇oo・8h︷∴トニロ︒芦O蕩O︑駅蕊胤︑ミ藏譜︑出馬㌃喩§冬馬導ミ鴨ミ讐︑肉魯ミ愚︑題︸畿蕊職概ミ

  Oミ苛ミ馬職ミ切§紆疑魯さ︑簿b§冴ミ§自象︒ユ貯お刈rω﹁繰︷曹一国ヨ・ωけ〇一P国言︒集島$卑畳屋犀口㈹饅9重信βら男︒雷σ亀δ昌の︐ 07      1  跨①韓︒ド言恥喝﹁断︒給昌﹃粒ご昌\匂Do冒①躍ロ臼︵ず誘笛・︶●ミ識§ミ︾譜の妾言ミ纂受忌§こらミ孕切畠●ドb昌①二三お謡讐匂︒駆①誠∴08・

(22)

︵23︶ヒ⇔<︒﹁δ国蜀b︒8︵b︒δ︶.

︵24︶︾﹄芦く・9§︒昌霧⑦p肉・・§§讐ミ自噴§勢§ミ§⑦§ミ醤・§ミ矯︒αけぎα・①巳︒①8.ω●§︷匿る﹄︒9冨\

  

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︵25︶国・oσ①馨・︒養讐︒ミ§⁝魯ミ霧︒ミ?誤ミ§恥§o・§職偽§︑§燭竃ぎ︒冨亘︒①刈ω.卜︒㎝h∴客=①︒至︑ζ.ρ

  

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@ω﹂雪h∴ぴ︒おβ斜β︒僧O・曽ω.お︒︒旧卑ρなお︑ ﹁非同一化の原理﹂につき︑序章三︵前号二〇三頁︶参照︒

︵26︶ω9Φ盲Φ﹃︑︒︑置pρ︹−①①︺ω噸まヨ︒﹃ωごp・9・ρ︹.刈薦ω.§hh・蔦.o§ロΦ・冨偉ω①量る.β・ρω﹄δ⁝竃・出①︒亙﹄.勲

   ○こQ︒﹄艮.馴=巴ヨも.ρの﹂畏∴寓農①♪9︒■帥.Pω曾念も︒9

︵27︶ 霊ωoげ①♪斜p︑.O・︵↓ミ§§堕︒︒陰﹀ロ自yω.ω⑩h.︑困①b︒hh.通説の中にも︑この理解をフィッシャーと共有する見解もある︒

   ≦①げ︒♪㊤.pρ篭ω●㎝F

︵28︶霊ω︒冨♪︒巳ω﹄①刈・

︵29︶出①ωωρ・︒・酋.ρ︹︑①q︺も曾&oいく︒qド客出9閃︒押ppoこω6︒︒Hh∴区自︒﹃bも噸ρρ念9

︵30︶国︒吻ωρp︒.櫛・o・︹−①㎝︺矯oD・恥①ご竃﹄Φ︒蚕ももρ噛ω・風︒︒目戸

︵31︶国9百冨︒F勲辞9ω.①b︒.

︵32︶竃﹄︒︒匿殉舞bω・・︒刈hh・<︒qド瓢婁・︑慧・ρ︹.①呂讐ω・畏乱§=︒♪・.鎚.○の●塞⁝ω︒冨琵︒さ働.9︒畳○・︹.邑讐

   ω●ωboωh

︵33︶ 閏舅ρPPO・︹.①呂鴨ω﹄①︒︒.これを直接引用するものに︑出︒皆筈き互9︒・p●○.噂ω①卜⊃⁝竃言﹁oさp﹄●Oこの●念q︒σ

108

(23)

公立学校と良心の自由(二)

︵34︶国﹁ミqり8貯噛僧9︒O.︑ω●①S

︵35︶ωoゲ︒ロロ︒♪辞帥・ρ︹︑①O︺ゆω●=㎝h●

︵36︶﹈≦.国oo〆①㌍p・坦・O●噂ω・卜σS

︵37︶<・Oρヨ娼︒ロゴ卯器①戸僧9︒.ρ℃ω.に焦∴︼≦幽国Φo閃①どρ斜O二◎D・QQ①h捨⁝臨︒=Φ号8拝9﹄.ρ.ω・①Ohh.⁝ミ︒び①♪β︒・9︒.ρ

 ω.㎝Hトっ地旧﹈≦q=①♪餌b・O;ω﹂戯bO⁝=ωFP斜O噸噛ω﹄hh・⁝ピ︒おロN︑凶も・O噛ωb心QQQQ⁝o酔ρ

︵38︶一≦口①O吋①㌍節・斜Oごω.GQbσ・

︵39︶≦OσΦrρ・鋭○ごω.㎝Hピ

︵40︶ 典型的には︑言・国Φ畠︒ど鉾僧○ごω●ω㊤h.この点は︑前章一節︵二二三頁以下︶で指摘した︑無関心と多元性のどちらも

 意味し得る中立性のアンビヴァレンツに関係する︒ ︿oqド国ω︒三巴︒戸≧鳴ミミミミミの竃さ旨§宗旨ら︸ミきaミき織﹀

 目麟び言oq①づHO刈卜⊃噂Qo﹄鴇ご一㊤卜Q戸

︵41︶︼≦口oO吋︒訓僧①︒○ごψQo刈⁝=O昌O﹁げ帥O戸毘・鐸Oごω●㊦9

︵42︶ 注︵37︶に掲げた文献の他︑ωoげ︒嘩ロΦ♪p.鈴O●︹.①①︺讐ω・=①・⁝聞︒信︒げ8\U鈎=言oqoさ斜面・O・・ω・Q︒8一〇げ①﹃ヨ餌団︒さp︒・笛・O・・

 ω﹄鴇.⁝国目類︒ω8ぎρρρ︑ω﹂Φ訊.⁝≦.Ooお①お国貯︒﹃①出離昌qω雷象一幽︒ゴ①ωωo﹃三ω誘8ヨ■ヨ腎ユΦωo旨げ9ゴロ\の︒げ︒⊆ロ①﹃

 ︵腎ωoq.︶魎ミ蕊暮隠簿忌吻9轟ミ物ミ︑き§︑ミミ〜切F卜⊃噛oD曾心OQωhh●⁝卑ρ

︵43︶コωoび︒♪9︒も.O・︵↓︑§誌ミ蕊騨もQ・﹀βhr︶噛QD・㎝Ohh∴く.No羽︒﹃妻#押9︒も.ρ︹.謡︺旧ω﹂g◎●

︵44︶寓.出Oo閃︒炉掌9.9・Oごω﹂GQ跨.⁝頃9一臼びOFp﹄.Oごω.O戯・⁝=の二噛ゆ・ρ○二ω.属hh.旧ωoげ︒旨旨①59︒9◎・O︹堂衆嫡0り︒ω卜⊃同hh.

︵45︶︼≦.出8皆①ど9ρ︒β︒・○ごω﹂心.

︵46︶ 踏①ωωωお国噛p︒聾・Oごω.︒︒目h・この判決が問題を消極的信仰告白の自由と積極的信仰告白の自由の基本権対立の事例と捉え

 たことそれ自体の誤りについて︑後述︵二節三︶する︒

︵47︶国ωOげO♪PPO.︵↓憶§蕊鞘旨㍗ω●諺β自●︶.ω.㎝㊤hh・

︵48︶竃●国OO犀①♂僧9.OJω﹂戯の

︵49︶=︒︒芦P鋭O・・ω・ド①・      09

      1︵50︶ 拙稿・前掲﹁基本権的給付請求権と基本権理論﹂︑特に︑一七二頁参照︒

(24)

︵51︶ 通説の側に属しながらも︑この点を指摘するものに︑≦oげ①♪β︒.ρ・O;ω.㎝二hその他︑この点はフィッシャーも強調す       10  る︒ 霊︒︒畠①5僧拶・O.︵↓ミ§§堕︒︒・︾信P︶ω・嵩箆戸また︑前章三節二a︵二七二頁以下︶も参照︒      1

︵52︶ ≦①げO♪僧勲Oごω●らりS

︵53︶ 寓.出⑦o屏①押㊤.p.Oこω●︒︒O齢同旨︑躍︒ぎ吾帥oFρ笛・ρ噛ω・謹h∴ζε冨♪僧斜O..ω誌島⁝の︒ゲ窪昌05⇔も.O.︹.謡︺層の・

  ω曽hh

︵54︶ 国δoず︒♪餌●⇔・O・︵↓鳶蕊醤鷲蕊㍗ω︒︾犀コ・︶騎ω.bつα㊤一ωO心・

︵55︶ く9N①Nωoゴ≦津潮餌●9ρ.O︹.刈一︺−ω﹂QO・

︵56︶ 国①凶ヨ噂P.国●○.噛ω.H戯S

︵57︶ Oげ︒同日⇔団①お・P僧○.

︵58︶ く■09︒ヨ噂︒げ犀器P斜9Ω.○ごω.置無・

︵59︶ 禺︒=①円σ96互餌.POこω6㊤一︒

︵60︶ これは︑カトリック︑プロテスタント︑世俗的ヒューマニズムという社会的勢力に学校を委ねようとする︑いわゆる三柱

  理論︵一︶﹃Φ凶ωμ9一Φ昌け7①O﹃一〇︶に対する拒否に現れてくる︒<oqピ<・O鋤ヨO①p冨離ω①P脚.9.○.噛ω﹄b︒O埼h・⁝嶺︒=︒Hげ①︒拝P伊O﹂

  ω・㊤ω.

︵61︶ 国︒=臼び山oFP鉾○ごω・㊤ωh●

︵62︶ 国︒=oほび帥︒戸①げ住辱噂ωψO腿●

︵63︶ 竃二=o♪僧PO;ω・A幽儀.

︵64︶ ωoげ︒ロロ05pΩ.帥・O・︹.刈H︺噂ω●ω悼①●

︵65︶ ﹀●℃o已ooFb禽O︑ミ嵩職ミ昏ミ織偽︑O恥ミ読怨望駄ミミ臥帖ミ嵩職職龍禽︒嵩職一隻蕊O偽ミミ老恥︑︾ミ肺ミ旨魯じdo二ぎH㊤①㊤.

︵66︶ このポートレッヒの見解は︑ベッケンフェルデも全面的に受け入れる︒ 国㍉≦●切αo閃①口hαaρ<〇二似鼠繭αqo匪冨口Nぎ

  ω訂①蹄偉ヨ侮卯ωωO﹃⊆一〇q⑦げΦ漕UO<H⑩刈幽ω.トつ㎝㎝h●

︵67︶ そのような批判に︑田ωoげΦお僧9︒.O・︵↓聴§ミ鳶噛ω・︾信P︶りω﹄零・

︵68︶ この点については︑注︵52︶の文献及び該当本文の引用参照︒

(25)

︵69︶ 通説に属しながらこの点を認めるものに︑国・≦Φげ︒♪9︒.斜Oごω69μh●⁝竃麟一冨59︒●帥Oごqo︒念b︒uω070§o♪9︒・PO.

  ︹ぐ昌噛ω●ω卜︒刈・<o自一.霊二目箏出oo冨Pゆ・2︒・O・層ω.G︒㊤︷.⁝出︒昌臼99噂9.pOごω・罐h.⁝=ω芦帥.9︒●Oごoo・㎝h︷.

︵70︶ <匿N㊦Nω呂惹葺麟も・O・︹.①①︺噛の●恕9

︵71︶ 陣拝ω8旦ρ四.O;ω.ミ9

︵72︶ ﹀.ωo﹃邑#1図四日巨︒♪蛍一①Bお︒窪目路住ωoず巳δoずΦω孟母魯§oqω﹁①o匿︑切目一日号︒︒G︒脚ω.心O戸 この反批判は︑基本的に

  はフィヅシャーがライシズム批判への反批判として主張した点と軌を一にしている︒ <oqピ国ω畠Φ♪P僧・ρ︵↓ミ義血§堕

  Q◎・卜二Pソω.ωO︷.

︵73︶ この定式につき︑ 国①ωωρO︑§紆勘鷺紆肋唄馬さ鴇ミ嵩題︑ミミ︒︒賎ミ切§§塁愚§§b鴨ミ象ミ§9這・﹀巳r=o置9げ震ぴq

  一⑩○︒ρω﹄Q︒h.阿部他訳﹃西ドイツ憲法綱要﹄三三頁参照︒

第二節 学校領域における宗教的問題

公立学校と良心の自由(二)

        一 宗教の授業      ︵1︶ a 宗教の授業の制度的保障  基本法七条は︑二項と三項で宗教の授業につき次のように規定する︒

  ﹁②教育権者は︑子の宗教の授業への参加について決定する権利を有する︒

   ③宗教の授業は︑公立学校においては︑非宗教的学校を例外として︑正規の教科である︒宗教の授業は︑国家

  の監督権を損なうことなく︑宗教団体の諸原則に一致して行なわれる︒教師は︑意思に反して宗教の授業を行な

  うよう義務づけられてはならない﹂︒

この規定により︑宗教の授業が制度として憲法上保障される︒例外となる﹁非宗教的学校﹂は︑特別な世俗的世界観

を指向した学校と理解され︑現実にはほとんど問題にならない︒この﹁非宗教的学校﹂をラントの通常学校形式とす

111

(26)

      ︵2︶ることでこの制度的保障の網を潜り抜けることは違憲であるとさえ言われる︒

 宗教の授業は﹁正規の教科﹂である︒そのことから︑宗教の授業を行なうことが学校行政に義務づけられ︑その授      ︵3︶業に逸聞割の中で確実な位置が保障されなけれぽならない︒また︑ ﹁正規の教科﹂である以上︑宗教の授業の成績を       ︵4︶つけ︑進級決定の際にその成績を判断に入れることは︑ラントに委ねられた学校高権の範囲内の問題とされる︒

 b 教会の協働  基本法は︑宗教の授業が﹁宗教団体の諸原則と一致﹂するものと定める︒国家が宗教的に中立       ︵5︶で︑特定の信仰を持たない以上︑宗教の授業の内容︑素材︑方法については国家が一方的に決定できない︒それぞれ

の宗教団体に属する生徒が︑その宗教団体で内容を決定した宗教の授業を受けることのみが︑憲法上許容される︒こ       ︵6︶の前提の下︑当該宗教団体の信仰的命題や宗教儀式が︑拘束的な規範的存在として生徒に伝達される︒

 さらにラント憲法では︑宗教の授業が教会の認めた宗教教員資格︵ヨδ臨088三8\<Oo碧南〇︶を持つ者により行な

われることや︑宗教の授業が実際に教会の諸原則に従っているかを監視する教会の参観権︵<一ω一一鋤け一〇︶を保障してい

     ︵7︶      ︵8︶ることもある︒こういつた制度を求める教会の権利は否定されることがあるが︑ラントが教会と協働するためのその       ︵9︶ような制度を設けることに憲法上の問題はないとされている︒

 それでも国家の学校監督は︑宗教の授業の領域でも排除されない︒宗教の授業に関する最終的責任は国家にあり︑      ︵10︶宗教の授業を国家の手の及ばない﹁学校の中の教会﹂と理解してはならないことがしばしぼ強調される︒

 c 国家の教育任務と宗教の授業  この点は︑宗教の授業を学校制度の中でどう位置づけるかに関わる︒

 一方の見解は︑宗教の授業を国家の教育任務との関連で把握する︒カンペンハウゼンは︑青少年の宗教的信条への

働きかけにより形造られた倫理的教育の意義を強調し︑また︑ドイツの伝統であるキリスト教を理解するのに福音の

112

(27)

公立学校と良心の自由(二)

       ︵11︶教えが不可欠であると指摘して︑宗教の授業を倫理教育と伝統の伝達という国家的利益のための制度と捉える︒同様

にリンクは︑宗教の授業を﹁民主的国家の形式的エトスが伝達できず︑それでも人間の倫理的基盤を形造る価値意識      ︵12︶を実現する自由のための機会﹂と理解し︑宗教の授業を国家の教育任務の一部とする︒

 それに対し︑宗教の授業が本来は国家の教育任務に属さない教会固有の事項で︑﹁学校の指導計画の中での異質物﹂       ︵13︶であるとする見解がその対極に存在する︒ツェチュヴィッツやフィッシャーに代表されるこの見解は︑国家が国民の

信仰・世界観に影響力を行使することの原則的禁止を出発点とし︑宗教の授業を基本法の決定により設けられた例外       ︵14︶と把握する︒そこから︑﹁公立学校における宗教の授業の反体系性﹂が強調される︒この反体系性の主張の基礎には︑

カンペンハウゼンが学校の統合的機能から青少年の倫理的教育や伝統の継承を重要視するのと対照的に︑特定信仰の      ︵15︶伝達を国家・学校の任務にそもそも属さないと捉える考え方がある︒

 この問題については︑個人によって内容の異なる良心が自由であるためには︑統合目的のために個人の信条自体に

介入するような国家の教育任務が排斥されなけれぽならないという︑前章で確認した点を思い出す必要がある︒宗教

の授業が国家の教育任務の正当な行使であるならぽ︑不参加の可能性が保障されていない他の授業でも学校が宗教の

授業と類似の直接的信仰強制︑イデオロギー的教化を行なうことが正当化されることになる︒これは︑良心の自由に

対する直接の侵害にほかならない︒学校制度の中で宗教の授業が特殊な位置にあることは︑常に意識すべきである︒

 現実には︑宗教の授業は教育学の努力により︑科学性を持った形で進められるようになりつつある︒もはやドグマ

の非批判的習得霊的でな丸むしろ宗教的観官批判的考箋皇の実存に至る問いに対し宗教が星︑心する解聡

答を手掛かりに考察を進めることが狙いとされる︒そのような教育学の動きには︑宗教の授業を国家の教育任務の中

参照

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