障害のある子どもの教育を受ける権利と仮の義務付 けの訴え : 町立中学校への就学指定に関する仮の 義務付け申立事件決定(奈良地裁平成21年6月26日決 定)を主たる素材として
著者 大島 佳代子, 織原 保尚
雑誌名 同志社政策研究
号 4
ページ 76‑95
発行年 2010‑03‑08
権利 同志社大学政策学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012109
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障害のある子どもの教育を受ける権利と仮の義務付けの訴え
―町立中学校への就学指定に関する仮の義務付け申立事件決定 (奈良地裁平成21年6月26日決定)を主たる素材として―
大島 佳代子 Kayoko Oshima
同志社大学法学部嘱託講師
織原 保尚 Yasuhisa Orihara
Ⅰ 本件事案の紹介 1.事実の概要
申立人Xは、脳性麻痺による四肢機能の障害を有していた。脳原性運動機能障害 移動機能障害1級及び運動機能障害両上肢機能障害1級により、身体障害者等級表 による級別1級と認定されている。現在、車椅子を利用して生活し、奈良県立医科 大学付属病院に定期的に通院しているほか、自宅で毎日約2時間のリハビリを行っ ている。平成20年9月11日の就学時の健康診断では「脳性麻痺、痙直型両麻痺」と 記載され、付記として「日常生活動作は患児のペースで順調に進んでいる。細かい 介助を含め個別の援助が必要と思われる。」と記載されている。
Xの障害の程度は、上肢が右手は左手に比べて握力が弱く、支えたり押さえたり できるが、五指を使っての操作は困難である。緊張すると指先が硬直するので、滑 らかな動作が難しい。したがって、筆記、食事など左手に頼ることが多い。下肢は 左足が右足より少し短く、ひざ下に変形があり、立位で体を支えることはできない。
上体は中央部で湾曲し、背骨を伸ばした姿勢の保持が難しい。状態の安定的な支持 が難しく、すぐに右に傾く。視力は視野に制限があり、場面によって視野が狭くな るときがある。焦点を合わせるのに時間がかかる。教科書は10~15cm程度の距離 で見ている。黒板の板書は、文字の大きさによるが通常で見えている。細かい資料 や映像を見るときは眼鏡を使用している。聴力は大きい音や突然の音には驚き、手 足の硬直が見られる。そして服薬として、アレルギー体質のため薬を使用するとい うものであった。
相手方Y(下市町)は、下市中学校を設置しており、下市町教育委員会が設置さ れている。下市中学校は、Yが設置する唯一の中学校である。同校の校舎は4階建 てで、階段はあるが、エレベーターは設置されていない。校舎1階に障害者用トイ レが設置され、1階ないし4階には手すり付の洋式トイレがある。現在1年生の教
77 室は4階にあり、科目によっては1階ないし3階の教室で授業が行われている。体
育館、プールは、校舎との間に高低差があるため、その間に階段が設置されている。
グラウンドは校舎から南東に約500メートル離れた位置にあり、生徒らは町道を通っ て移動している。現在、同校に学校教育法81条に規定する特別支援学級は置かれて いない。
Xの保護者らは、Xの就学前、Xを奈良県桜井市内の私立幼稚園に通わせていたが、
小学校は下市町立阿知賀小学校に入学させたいと考え、町教育委員会にその旨を伝 えた。教育委員会は、Xがその障害の状態に照らして、市町村の設置する小中学校 において適切な教育を受けることができる特別の事情があると認められる、学校教 育法施行令5条にいう認定就学者に該当するとし、Xは同校に入学した。小学校の 校舎は、3階建てで、エレベーターは設置されていないが、同校は、Xの入学前に スロープや多目的トイレ等を設置した。また、Xのために特別支援学級がおかれた ほか、町の予算で介助員一日当たり2名が雇用された。Xは小学校の6年間、特別 支援学級の担当教員の補助を受けながら、教室移動が必要な科目も含めて全ての授 業を普通学級の児童らと共に受けた。その他、クラブ活動や委員会活動、運動会、
修学旅行等の学校行事にも参加した。Xは、入学当初、手の障害のために文字を書 く速度が遅いなどの理由から、課題やテストを所定の時間内に終わらせることがで きず、提出期限や試験時間を延長するなどの配慮を受けていたが、学年があがるに つれ、いずれもほかの児童らと同じ時間内で行うことができるようになった。また、
毎日予習復習を行っていた。Xの登下校の際は、母が車で送迎した。
保護者らは小学校卒業後も、Xを地元の下市中学校に就学させたいと考え、教育 委員会と交渉を続けたが、教育委員会は「下市中は階段が多く、X及び介助員の命 の保証ができない」旨の回答に終始した。町教育委員会の就学指導委員会は3回に わたり審議したが、Xを就学させるべき学校としては、奈良県立明日香養護学校が 望ましいとの結論に至った。町教育委員会は、Xについて学校教育法施行令5条1 項1号1)の肢体不自由者に当たると判断したうえ、同項2号にいう認定就学者に は該当しないと判断し、県教育委員会に対して特別支援学校に入学させるべき旨を 通知し、保護者にも同様に通知した。
X及び保護者は、Xが小学校就学時に心身ともに成長し、身体機能や学力を向上 させることができたのは、小学校の普通学級で他の児童らと共に学ぶことで、障害 を克服しようとする意欲を維持し、努力を続けた結果であると考えており、下市中 学校への就学を強く希望していた。Xは、明日香養護学校には通学せず、同校教員 による自宅での訪問授業を受けていた。
Xは、Yに対して、教育委員会がXの保護者に対して、Xの就学すべき中学校として、
下市中学校を指定することの仮の義務付けを求める訴えを提起した。
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2.決定要旨
(1)就学すべき中学校を指定する行為の法的性質及び当事者適格について
「当該市町村が設置した中学校への就学に関する事務については、当該市町村の 教育委員会が権限を有し」、「入学期日を指定する行為は、当該市町村との間で、当 該生徒について当該中学校に係る在学関係という公法上の法律関係を形成するとと もに、その保護者に当該中学校に就学させる義務を生じさせるものとして、抗告訴 訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である」とする。
(2)「本案について理由がみえるとき」に該当するか否かについて
「当該生徒が認定就学者に該当するか否かの判断については、当該市町村の教育 委員会に一定限度の裁量の余地が認められるものの、当該生徒及び保護者の意向、
当該市町村の設置する中学校の施設や設備の整備状況、指導面で専門性の高い教員 が配置されているか否か、当該生徒の障害の内容、程度等に応じた安全上の配慮や 適切な指導の必要性の有無・程度などを総合考慮した上、当該生徒を当該市町村の 設置する中学校に就学させることが、障害のある生徒等一人一人の教育上のニーズ に応じた適切な教育を実施するという観点から相当といえるか否かを慎重に検討し なければならず、その判断が、事実に対する評価が合理性を欠くなど著しく妥当性 を欠き、特別支援教育の理念を没却するような場合には、その裁量権を逸脱又は濫 用したものとして違法であるというべきである」。
「確かに、下市中学校は山間部に位置するため、校舎等には階段や段差が多く、直 ちにエレベーターを設置するための財政的な措置をとることも困難である事情は認 められる。しかしながら、…下市町は、平成21年度一般会計予算に日々雇用職員賃 金(長期)を計上しているのであるから、早急に介助員を雇用し、阿知賀小学校に 通学していたときと同様、申立人の移動を介助させることは可能と考えられる。また、
校舎1階の障害者用トイレのほか2階ないし4階の手すり付き洋式トイレでの排泄 も可能である。なお、グラウンドには和式トイレしか設置されていないが、体育の 授業中、必要が生じれば、車いすで、場合によっては車を使用して校合に戻ること も考えられる(そのために、申立人が体育の授業を中断することはやむを得ない。)」。
「さらに、相手方は、下市中学校は阿知賀小学校よりも階数が多く、グラウンド は離れた場所にあるなどの構造上の差異に加え、中学校では科目ごとの教室の移動 も増え、成長期に入った申立人の体重も増加するから、移動(特に階段の昇降)の 際の介助に伴う危険は阿知賀小学校に就学していたときとは比較にならないほど大 きい旨主張する」。
「しかし、そもそも申立人が教室等を移動する際、他の生徒らと同じ経路を通る 必要性はなく、階段や段差を回避して移動する方法も考えられる上、現在、1年生 の教室が4階にあることに固執する必要性も認められない。下市中学校は生徒数も 199名と多くはなく、各学年の教室を変更することが不可能又は著しく困難である とまでは認め難い。このように、階段の昇降や段差の通行を回避ないし軽減する
79 方策が考え得ることに加えて、申立人の平成21年3月当時の体重は約33kgであり、
平均的な女子の中学校3年間における体重の増加率に照らしても、中学校卒業時ま でに移動の介助が著しく困難になるほどの体重増加があるとまでは考えられない。
これらの事情を総合すれば、現状の設備を前提としても、申立人の就学は可能であ る。なお、学校施設のバリアフリー化や障害に適応した教育を実施する上で必要と する設備の整備については、前記のとおり国庫補助も行われることとなっているし、
現段階においても、可能な範囲でスロープを設置するなどの段差解消のための工夫 を試みる余地はあると考えられるところである」。
「また、相手方は、下市中学校には、肢体不自由者を適切に指導するための専門 性の高い教員が配置されていない旨主張するが、この点についても、申立人のため の特別支援学級の設置、それに伴う教員の加配、特別支援教育支援員(前記のとお り、その配置のための市町村費の手当は下市中学校にもなされるはずである。)等 による対応が考えられる上、本来、個々の教員には、…特別支援教育の理念にかん がみ、特別支援教育に関する専門性の向上が求められているのであるから、肢体不 自由者を受け入れた経験がないということが、教員の配置に欠けることの理由とは ならないというべきである。しかも、申立人には、…知的障害や精神疾患等は認め られず、学力面での専門的な指導力までは必要とはされず、教員による補助が必要 であるのは、専ら四肢機能を補うことに尽きるのであつて、現在在勤の下市中学校 の教員らによっても対応可能であるということができる」。
「さらに、相手方は、申立人が適切な教育を受けるためには、施設、設備面や教 員の配置等に照らし、明日香養護学校こそがふさわしい旨主張する」。
「確かに、明日香養護学校の施設全体がバリアフリー化され、視覚障害者等を適 切に指導するための専門性の高い教員が配置されていることは認められるが、申立 人及び保護者らは、阿知賀小学校での経験をふまえ、中学校においても、普通学級 で共に学ぶことで更に障害を克服し、心身共に成長し、身体機能や学力を向上させ たいと希望しているのであり、明日香養護学校の規模やカリキュラム等に照らすと、
同校に就学することが申立人の教育上のニーズに応じた適切な教育を実施するとい う観点から相当であるとは断じ難い」。
「以上を総合すれば、申立人の就学すべき学校については、下市中学校を指定す ることが、教育上のニーズに応じた適切な教育を実施するために最もふさわしいと いうことができ」る。「下市町教育委員会は、結局のところ、下市中学校の現状の 施設、設備及び教員の配置に固執したまま、現状においてとりうる手段や改善の余 地等を検討することなく、申立人の障害の状態に照らして、同校において適切な教 育を受けることができる特別の事情があるとは認められないと判断したものという ほかなく、申立人が認定就学者に該当するか否かにつき、慎重に判断したとは認め 難く、著しく妥当性を欠き、特別支援教育の理念を没却するものとして、その裁量 権を逸脱又は濫用したものとして違法であるというべきである」。
「相手方の主張は、いずれも抽象的な危険のおそれをいうにすぎず、近年の障害
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のある生徒の自立や社会参加に向けた取組を支援するという特別支援教育の理念に 反するものといわざるを得ず、採用することができない。すなわち、認定就学者の 該当性の判断に当たっては、生徒自身が何ができないかとの観点のみから判断する のではなく、どのような能力が残され、何ができるのかとの観点から将来の可能性 を信じ、生徒及び保護者の意向を踏まえて判断するのが、教育一般の、また、特別 支援教育の理念に沿うものであるというべきであるからである」。
(3)償うことのできない損害を避けるために緊急の必要があるときに該当するか 否か。
「申立人は、……下市中学校の普通学級で他の生徒らと共に授業を受け、学校生 活を送ることで、自己の障害を克服し、学力を伸ばし、心身共に成長するための時 間が刻々と失われている状況にある。中学校教育の期間はわずか3年間しかないの に、既に失われた時間が3か月近くに及んでいることを併せ考慮すると、償うこと のできない損害を避けるために緊急の必要があるときに該当すると認められる」。
(4)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か。
「相手方は、本件と同様の事態が頻発する旨主張するが、仮に、本件と同様の事 態が生ずれば、その生徒についても地元の中学校で受け入れるべきであるから、主 張自体失当であるほか、一件記録を検討するも、他に本件指定の仮の義務付けによ り公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足りる疎明はない」。
3.解 説
3.1. 学校教育法改正の概要
平成17年12月に中央教育審議会初等中等教育分科会の下で設置された、特別支援 教育特別委員会によって、「特別支援教育を推進するための制度のあり方について
(答申)」が取りまとめられた。これらを踏まえ、平成19年に学校教育法等の一部改 正がなされた。これによって、障害を持つ子どもの教育に関して、大きな転換が図 られることとなった。これら法改正は、近年、障害のある児童生徒などについては、
障害の重度・重複化や多様化などに伴い、一人一人の教育的ニーズに応じた適切な 教育の実施や、学校と福祉、医療、労働などの関係機関との連携がこれまで以上に 求められるという状況から、児童生徒などの個々のニーズに柔軟に対応し、適切な 指導や支援を行う観点からなされた2)。以下学校教育法改正の概要について説明する。
これまでの盲、聾、養護学校に代わり、特別支援学校の制度が創設された3)。中 央教育審議会による答申では、「『特別支援教育』とは、障害のある幼児児童生徒の 自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒 一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改 善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものである」と定義してい る。さらに、この特別支援学校はセンター的機能を持ち、幼稚園、小学校、中学校、
81 高等学校などの要請に応じて、障害を持つ子どもの教育に関し必要な助言や援助を
行うこととなっている4)。また、小学校、中学校、高等学校などには、特別支援学 級を設置できることも定められている5)。
また、これに伴う学校教育法施行令の改正により、障害を持つ子どもの小学校入 学時の就学先決定に際して、保護者からの意見聴取の義務付けがなされている6)。 これは、これまでの、「専門的知識を有する者」に加え、日常生活上の状況等をよ く把握している保護者の意見を聴取することにより、当該子どもの教育的ニーズを 的確に把握することができることが期待されるためとされる7)。
3.2. 障害をもつ子どもの普通中学校入学までの手続
まず、市町村の教育委員会は、当該市町村が設置した中学校に関し、当該市町村 の区域内に住所を有する就学予定者について、就学すべき中学校を指定した上、
その保護者に対し、当該中学校の入学期日を通知しなければならないものとされて いる8)。
上記通知にかかる就学予定者には、①就学予定者のうち、視覚障害者、聴覚障害者、
知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。)で、その障害が、学 校教育法施行令22条の3の表に規定する程度のもの(以下「視覚障害者等」という。)
以外の者のほか、②視覚障害者等のうち、市町村の教育委員会が、その者の障害の 状態に照らして、当該市町村の設置する小学校又は中学校において適切な教育を受 けることができる特別の事情があると認める者が含まれる。また、特別支援学校に 在学する学齢児童又は学齢生徒でその障害の状態の変化により認定就学者として小 学校又は中学校に就学することが適当であると思料するものがあるときは、当該学 齢児童又は学齢生徒の在学する特別支援学校の校長は、速やかに、当該学齢児童又 は学齢生徒の住所の存する都道府県の教育委員会に対し、その旨を通知しなければ ならず 、 都道府県の教育委員会は、当該児童について、その住所の存する市町村の 教育委員会に対し、速やかに、その氏名及び同項の通知があつた旨を通知しなけれ ばならないものとされ9)、これを受けた市町村の教育委員会は、当該制度について 認定就学者の認定をした場合、速やかに、上記同様の中学校の指定と保護者に対す る通知を行わなければならないとされている10)。
この他、公立普通学校に設置される特別支援学級に入級する場合がある。しかし、
それに関する権限を持つ行政機関を明記する法令は見あたらない。学校教育法81条 において、その設置について定められている他、「公立義務教育諸学校の学級編制 及び教職員の定数の標準に関する法律」において、学級編制は、都道府県の教育委 員会が定めた基準に従い、当該学校を設置する地方公共団体が行うとし、市町村教 育委員会は、毎学年、当該市町村の設置する義務教育諸学校に係る前条の学級編制 について、あらかじめ都道府県の教育委員会の同意を受けなければならないと規定 する11)。そのようにして設置された後は、学校教育法によって、小学校、中学校の 校長は、公務をつかさどり、所属職員を監督する12)と規定するばかりである。
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障害をもつ子どもの学校・学級選択は、普通校で教育を受けるか特別支援学校で 教育を受けるかを決定することであり、障害をもつ子どもにとっては大きな意味を 持つ。確かに、学校教育法施行令18条の2は、小学校入学時に、保護者に対する意 見聴取を義務づけるものであって、本件のような中学進学に際して、保護者の意見 を聴取すべき法令上の義務は存在しない。しかし、本決定も引用する、平成18年学 校教育法等の一部改正法律案に対する衆・参委員会による付帯決議13)は、小学校・
中学校の別なく、就学先の指定に際しては本人・保護者の意向を十分に聴取するよ う求めている。また、東京都においては、都立支援学校の小学部の児童が中学校に 進学するに際に、就学相談を行って保護者の意向を確認している14)。子どもにとっ てふさわしい教育環境は、その成長、発達によって変化しうることからしても、前 記施行令の保護者に対する意見聴取は中学校入学時にも義務付けられるべきであろ うし、子どもの発達段階に応じ本人の意向も聴取されることが望ましいであろう。
3.3. 町教育委員会が、申立人の希望した中学校への就学に関する事務および入学 期日の指定をしないことが、その裁量権の範囲を超え、又は濫用になるか 本決定はまず、認定就学者該当性の判断にあたって、以下に示すような近年の障 害を持つ子どもの教育に関する環境の変化について指摘している。すなわち、
(a) 平成14年4月の学校教育法施行令の改正により認定就学者の制度が設けられ
たこと。
(b) 平成18年6月の学校教育法等の改正において、障害のある児童の就学先を決
定する際に、保護者の意見聴取をすることの義務付け等が定められたこと。
(c) 同改正時における衆院・参院委員会による付帯決議。
(d) 平成19年4月1日付文部科学省初頭中等局長名で出された通知、「特別支援
教育の推進について」。
その上で、申立人らの希望などから、就学先として下市中学校を指定することが もっともふさわしいとし、教育委員会が裁量権を逸脱又は濫用したものとして違法 である、と断じている。
特に(c)について、本決定は、衆議院文部科学委員会による決議から、政府及 び関係者が特段の配慮すべき事項として、「障害者基本法に基づき、また、国際的 な障害者施策の潮流であるノーマライゼーションや、インクルージョンの理念を踏 まえつつ、障害のある子どもたちが、生涯にわたって健康で文化的な生活を営むた めにも、障害のない子どもとの交流及び共同学習が一層推進されるよう努めること」
という部分を引用している。その他にも、本決議は「就学先の決定に際しては、事 前に本人や、第一義的責任者である保護者の意向を十分に聴取し、各学校の情報提 供など積極的に行い、十分な相互理解の上でより適切な就学先の決定がなされるよ う、相談体制や手続きの在り方等を検討し、改善に努める」こと、障害のある児童 生徒一人一人のニーズを踏まえた教育の実現に必要な教職員の確保、バリアフリー 化の促進、教職員の意識の高揚、資質の向上及び特別支援教育への理解を深めるよ
83 う教職員研修の充実などについて、「特段の配慮をすべきである」とする。
また、本決定は、参議院文教科学委員会による付帯決議から、「就学先を指定す るに際しては、事前に本人・保護者の意向を十分に聴取し、各学校の状況等を説明 して理解が得られるよう努めることなど、相談機能の充実を図ること。また、就学 先の指定について、手続の在り方を含め検討すること」とする部分を特段の配慮を すべきこととして引用している。
加えて(d)に関して、本決定は、「特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒 の自立や社会参加に向けた主体的な取り組みを支援するという視点に立ち、幼児児 童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困 難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものである」という 理念の部分、そして、交流及び共同学習、障害者理解等の部分から、「障害のある 幼児児童生徒と障害のない幼児児童生徒との交流及び共同学習は、障害のある幼児 児童生徒の社会性や豊かな人間性を育む上で重要な役割を担っており、また、障害 のない幼児児童生徒が、障害のある幼児児童生徒とその教育に対する正しい理解と 認識を深めるための機会である。このため、各学校においては、双方の幼児児童生 徒の教育的ニーズに対応した内容・方法を十分検討し、早期から、組織的、計画的、
断続的に実施することなど、一層の効果的な実施に向けた取り組みを推進されたい こと」とする部分を引用している。
以上を前提として、上記「事実の概要」部分に詳細に紹介したような、当該中学 校の施設や教員配置等の事情、申立人の障害の状態、就学指定の経緯などを考慮し、
申立人の認定就学者該当性につき、町教育委員会が「慎重に判断したとは認めがた く、著しく妥当性を欠」くと判断したのである。
本決定の背景には、障害のある子どもとない子どもが共に学ぶことや、子どもや 親による学校選択の場面における手続保障に関して、より積極的になってきている という事情があるといえる。その潮流の中で、障害をもつ子どもの就学先の決定と いう場面において、その子どもの障害の程度や、就学先の対応状況についてきめ細 かく丁寧な検討をすることによって、その子ども、親の希望をかなえる判断を下し ている。教育関係者に対しても積極的な対応を迫る決定であるといえよう。
(織原 保尚)
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Ⅱ 障害のある子どもの義務教育および就学前教育・保育の領域における 仮の義務付けの訴えの有効性と問題点
1.はじめに
2004年の行政事件訴訟法の改正により、仮の救済制度を拡充する一環として、仮 の義務付け及び仮の差止めの訴えが新設された(行訴法第37条の5)。
改正以前の行訴法の下でも、義務付けの訴えや差止めの訴えは無名抗告訴訟とし て認められる余地はあったが、これらの訴えを本案訴訟として提起しても仮の救済 制度を欠いていた15)ために、本案で請求が認容されてもそれまでの間の不利益状 態を防ぐことができず、迅速かつ実効的救済が得られないおそれがあった。そこ で、権利利益の救済の実効性を確保する目的で、これらの制度が法定されたのであ る16)。
仮の義務付け及び仮の差止めの訴えについては、当該処分又は裁決がされないこ とにより生ずる「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要性」かつ「本 案について理由があるとみえるとき」という要件が課されている。これら厳格な要 件は「司法と行政の役割分担のあり方」という観点から課せられるものであり、そ の認定に際しては「国民の権利利益の実効的な救済」の観点をより重視した柔軟な 運用が認められるべきであるとされる17)。とはいえ、その活用可能性については疑 義が呈されていた18)ところであるが、これまで、障害児の義務教育や就学前教育・
保育に係わる領域においては有効に機能してきたといえそうである。
本稿Ⅰで紹介した奈良県下市町の事案以前にも、①徳島県藍住町立幼稚園入園 拒否事件19)、②東大和市立保育園入園拒否事件20)、③大阪市立養護学校就学拒否事 件21)の3件の事例があり、いずれも仮の義務付けが認容されている。そこで以下 では、これらの事件の簡単な紹介を通じて、これらの領域での仮の義務付けの訴え の有効性を指摘するとともに、主に障害児の義務教育におけるその問題点について 若干の考察を試みる。
2.仮の義務付けの訴えの要件
2.1. 「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要性」
①事件では、障害を有する幼児A子(決定当時5歳8ヶ月)の町立幼稚園への就 園が不許可とされた。徳島地裁は、本案訴訟の判決を待っていては、A子は幼稚園 に正式入園して保育を受ける機会を喪失するうえ、体験入園しか認めないことは必 要以上にA子に差別感を抱かせるものであり、A子の心身の成長や障害の克服等に とって障害となる恐れが十分に考えられると述べ、償うことのできない損害を避け るための緊急の必要性があるとした。
②においては、気管切開手術後に喉に障害の残った児童A子(決定当時5歳3ヶ 月)の市立保育園への入園が2度に亘って承諾されなかった。東京地裁は「子供に とって、幼児期は、その健康かつ安全な生活のために必要な習慣を身につけたり、
85 自主的、自律的な精神をはぐくんだり、集団生活を経験することによって社会生活
をしていく上での素養を身につけたりするなどの重要な時期であるということがで きるから、子供にとって、幼児期においてどのような環境においてどのような生活 を送るかはその子供の心身の成長、発達のために重要な事柄である」と述べ、保育 を受ける機会を喪失するという損害は、原状回復ないし金銭賠償による補填が不能 な損害であるというべきであるとして、償うことのできない損害を避けるための緊 急の必要性を認めた。
③事件は、市立小学校に通う男子児童Bの親が、Bが通うべき学校として市立K 養護学校を指定するよう求めた事案である。大阪地裁は、「Bは、その障害ゆえに 第1学年時に在学していた相手方の設置に係る小学校における学校生活に十分適応 することができないまま不登校の状態となり、その状態が約1年近くにわたり続い ているのであって、このような長期にわたり、初等普通教育ないしこれに準じる教 育を受けることができなかったことが同人の心身の健全な発達にとって回復不可能 な悪影響を及ぼしたことは明らかである。……今後とも不登校の状態が続く蓋然性 は容易に推認され、同人の心身の健全な発達が一層阻害されることは明らかである」
と述べ、本件指定がなされないことにより償うことのできない損害を避けるための 緊急の必要があるとした。
また、本件下市町の事案においても、奈良地裁は「普通中学校で他の生徒らと共 に授業を受け、学校生活を送ることで、自己の障害を克服し、学力を伸ばし、心身 共に成長をするための時間が刻々と失われている状況にある」と述べ、償うことの できない損害を避けるための緊急の必要性を認めている。
2.2. 「本案について理由があるとみえるとき」
①事件において、A子の入園が拒否された主たる理由は、町内の幼稚園がバリア フリーに配慮した施設になってないないこと、A当該幼児に重複障害があり看護的 な補助等が必要であるがそれに対応するための専門的な知識を有する教職員の加配 措置をすることが困難なことにあった。
徳島地裁はまず、「子どもには、一人の個人又は市民として、成長、発達し、自 己の人格を完成するために必要な教育を受ける権利が憲法上保障されており、子ど もに対する教育の制度や条件を整備することは国家の重要な責務であるというべき である(憲法26条等参照)。子どもにとって、幼児期は、その健康かつ安全な生活 のために必要な習慣を身につけたり、自主的、自立的な精神を育んだり、集団生活 を経験することによって社会生活をしていく上での素養を身につけたりするなどの 重要な時期であり、……幼児の心身の成長、発達のために重要な教育として位置づ けられるべきものということができ」、「合理的な理由がなく不許可としたような場 合には、その裁量権を逸脱又は濫用したものとして、その不許可処分は違法になる と解するのが相当である」と述べている。
その上で、「地方公共団体がその財政状況の悪化等を理由として、心身に障害を
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有する幼児について公立幼稚園への就園を不許可にすることができるとすれば、多 くの地方公共団体の財政状況が悪化している現状において、およそ障害を有する幼 児のすべてが公立幼稚園へ就園することができないことになりかねない。幼児に とっての幼稚園教育の重要性や、行政機関において障害を有する幼児に対してでき る限りの配慮をすることが期待されていることなどにかんがみれば、地方公共団体 が、財政上の理由により、安易に障害を有する幼児の就園を不許可にすることは許 されないというべきである」。
さらに教職員の加配措置については、「医療資格を有する教職員の加配をするこ とが現実的に不可能であるとしても、本件においては、……導尿の点については、
申立人の協力を得ることによって十分に対応することができるということができる から、加配する教職員を医療資格を有する者に限定する必要はないというべきであ る」とし、最終的に、本件不許可決定が裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであ り、本案訴訟について理由があるとみえるときに当たるとしたのである。
②事件について、A子の入園が拒否された理由は、たんの吸引措置が必要である ことが児童福祉法24条1項ただし書の「やむを得ない事由」に当たり、適切な保護 ができないというものであった。
東京地裁はまず、児童福祉法1条1項および2条が「児童の健やかなる育成の重 要性を強調している点にかんがみると、同法24条1項に基づいて、児童の保育に欠 けるところのある保護者から申込みがあったときに、処分行政庁は、当該児童に対 し、保育所における保育を行う際に、当該児童が心身ともに健やかに育成する上で 真にふさわしい保育を行う責務があるというべきである」とする。そして「障害者 であるからといって一律に障害のない者が通う普通保育園における保育を認めない ことは許されず、障害の程度を考えて、当該児童が、普通保育園に通う児童と身体 的、精神的状態及び発達の点で同視することができ、普通保育園での保育が可能な 場合には、普通保育園での保育を実施すべきである。よって、このような場合であ るにもかかわらず、処分行政庁が、児童福祉法24条1項ただし書にいう『やむを得 ない事由』があるとして、当該児童に対し、 普通保育園における保育を認めなかっ た場合には、処分行政庁の保育所への不承諾処分は、裁量の範囲を超え又はその濫 用となるものであって、違法となると解すべきである」と述べた。
その上で、A子は「本件各処分当時は、呼吸の点を除いては、知的・精神的機能、
運動機能等に特段の障害はなく、……医師の多くも…障害のない児童との集団保育 を望ましいとしているものであって、たん等の吸引については、医師の適切な指導 を受けた看護師等が行えば、吸引に伴う危険は回避することができ」る。したがっ て、A子が「たん等の吸引と誤えんへの注意の点について格別の配慮を要するとし ても、その程度に照らし、普通保育園に通う児童と、身体的、精神的状態及び発達 の点で同視することができるものであって、普通保育園での保育が可能であると認 めるべき」であり、普通保育園への入園を不承諾とした本件各処分は、裁量の範囲 を超え又はその濫用となり違法であるとした。
87 ③事件では、Bが学校教育法の定める「病弱者」に該当しないことを理由に学校
指定の変更をする必要がないとされた。
これに対し、大阪地裁はまず、「病弱者に該当する児童生徒等は、原則として特 別支援学校へ就学すべきこととされ、市町村の教育委員会において当該児童生徒等 の障害の状態に照らして、当該市町村の設置する小学校又は中学校において適切な 教育を受けることができる特別の事情があると認める者(認定就学者)に限り、小 学校又は中学校へ就学すべきこととされている」とする。
その上で、Bがその障害のゆえに普通校における学校生活に十分適応することが できなかったこと、約1年近く不登校状態となっているBにとって現在在学してい る小学校が現時点の教育的ニーズに応じた適切な環境であるとは直ちに認め難いこ と、保護者である申立人もBを特別支援学校であるK養護学校に就学させたい旨希 望しているといった事実関係の下においては、「現時点においてBがその障害の程 度に照らして相手方の設置する小学校において適切な教育を受けることができる特 別な事情があると認めること(すなわち、Bについて認定就学者の認定をすること)
は、著しく不合理というほかなく、認定就学者制度の趣旨、目的に照らし著しく妥 当性を欠き、特別支援教育制度の趣旨を没却するものといわざるを得」ず、K養護 学校に就学指定しないことは、裁量権の範囲を超え又はその濫用になると結論づけ た。
本件下市町の事案においては、町立中学校への就学を認めない理由として、当該 中学校の施設、設備が申立人の教育にとって極めて不適切であること、専門性の高 い教員が配置されていないことが挙げられていた。しかし、奈良地裁は「相手方の 主張は、いずれも抽象的な危険のおそれをいうにすぎず、近年の障害のある生徒の 自立や社会参加に向けた取組を支援するという特別支援教育の理念に反するものと いわざるを得ず、採用することができない。すなわち、認定就学者の該当性の判断 に当たっては、生徒自身が何ができないかとの観点のみから判断するのではなく、
どのような能力が残され、何ができるのかとの観点から将来の可能性を信じ、生徒 及び保護者の意向を踏まえて判断するのが、教育一般の、また、特別支援教育の理 念に沿うものであるというべきであるからである」と述べ、教育委員会が本件指定 をしないことは、その裁量権を逸脱又は濫用したものとして違法と判断した。
3.仮の義務付けの訴えの有効性と問題点 3.1. 有効性
仮の義務付け訴えの要件のひとつである「償うことのできない損害」とは、執行 停止(行訴法25条)の要件である「重大な損害」よりも厳格な要件であるとされる が22)、「およそ金銭賠償が可能なものはすべて除かれる」と解釈すべきではなく「社 会通念に照らして、金銭賠償のみによることが著しくやはり不相当と認められるよ うなものを含むもの」であるとされる23)。
本稿で取り扱った障害児の義務教育や就学前教育・保育に係わる領域においては、
88
「害される利益が人間の人格的な成長に関わる不可逆的なものであって、金銭的な 利益とは比較・代替が不能なもの」24)である点に特徴があり、「償うことのできな い損害」の要件を容易に充足しうると考えられる。
加えて、幼稚園や中学校は在学期間が短く、最長の小学校でも6年の在学期間で あるから、本案訴訟の判決を待っている間にまさに刻々と時間が失われていき、本 案で請求が認容されたときにはすでに遅すぎるということになりかねない。実際、
上記の諸事案において、仮の義務付けの訴えが認容された時点でさえ、①事件で約 10ヶ月、②事件で約1年2ヶ月、本件事案で約2年9ヶ月しか、当該施設で教育(保 育)を受ける機会が残されていないのである。
このように、本領域においては「限られた時間」と「失われる利益」の特殊性から、
仮の義務付けの訴えが、権利救済において有効に機能しているといえるであろう。
3.2. 問題点
(1)執行停止の要件が「本案について理由がないとみえるときは、することがで きない」と規定しているのに対し、仮の義務付けの場合「本案について理由がある とみえるとき」と積極要件の形で規定されている。その結果、申立人が主張・疎明 の責任を負うが、仮の義務付けの場合、事実上、本案訴訟の対象である処分等が されたのと同じ結果になることを考慮して、申立人の負担を重くしたものとされ る25)。
この点につき、拒否処分の違法の主張・疎明まで申立人に要求されるのか、また、
仮の義務付けが認められれば実質的には本案訴訟の義務付け判決と同様の効果をも たらすことから、違法性の判断につき、裁判所に本案と同程度の審理を要求するの かといった問題が生じてくる。けれども、あくまで、仮の義務付けの訴えは仮の救 済であって、迅速かつ暫定的な権利救済を実現するという制度の趣旨に鑑みれば、
厳格な運用は制度の趣旨を没却するものといえるであろう26)。
(2)また、本案訴訟において敗訴した場合に仮の義務付け決定の効力27)いかん の問題もある。すなわち、本件下市町の事案を例にとれば、教育委員会がなした特 別支援学校への就学指定に対して、申立人は普通中学校を指定する行為の仮の義務 付けの訴えを起こし、その訴えが認容されたのにもかかわらず、本案の義務付け訴 訟の段階で原告が敗訴した場合に、仮の義務付け決定に基づいてなされた普通校へ の就学指定の効力がどうなるかという問題である。
仮の義務付けの決定が、本案判決まで仮に原告の権利を保護するという趣旨であ ることを踏まえれば、仮の義務付けの決定に従い行政庁がした処分は、本案判決の 時点で当然に効力を失うという見解Aがある28)。この見解に立てば、義務付け訴訟 で原告側が勝訴した場合にも行政庁はその判決に従って改めて処分を行わなくては ならず、逆に、敗訴した場合には行政庁は処分を取り消したり撤回したりする必要 はないとする29)。これに対し、仮の義務付け決定を不服とする即時抗告の裁判また は事情変更による取消決定により、仮の義務付け決定が取り消されたときには、当
89 該行政庁は、当該仮の義務付け決定に基づいてした処分を取り消さなければならな
いとされていること(行訴法第37条の5第5項)から、行訴法は、いったん行政庁 が処分をした以上、当該処分は、行政庁自身により取消手続を経なければ、当然に その効力を失うものでもないことを前提としているという見解Bがある30)。 本件下市町の事案を例に考えれば、A説のいうように、本案で原告が敗訴した時 点で仮の義務付けの決定が効力を失うとすると、理論的には申立人は特別支援学校 で1年生から中学生活をやり直さざるを得ないことになろう。本件事案の場合には、
仮の義務付けに基づく普通校への就学指定が失効しても、もともとの特別支援学校 への就学指定処分自体は残っているからである(行訴法が規定する義務付けの訴え
(第37条の2)は一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあ る状態を想定しているが、本稿で紹介した奈良県下市町の事案や大阪市の事案(前 記③事件)では、仮の義務付けの決定が失効しても、もともとの就学指定処分が残っ ていることに特徴がある)。しかしながら、そのように解することは妥当ではない と考える。なぜなら、本案判決が出るまでの間に申立人の中学校生活は進行してお り、特別支援学校において始めから中学生活をやり直さなくてはならない必要性が あるとは思われないし、かえって高校進学の時期を遅らせるという不利益を生ぜし めることになるからである。
また、B説のいうように取消手続きを経るにしても、行訴法第37条の5第4項が 準用する第26条は「失効停止の決定が確定した後に、その理由が消滅し、その他事 情が変更したときは、裁判所は、相手方の申立てにより4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、決定をもって、執行停止 の決定を取り消すことができる4 4 4 4 4 4 4 4 4 4」と規定しているのだから、本条を素直に読めば、
第26条を準用して仮の義務付けの決定の効力を取り消すには、相手方の申し立てが あってはじめて、裁判所は取り消すかどうかを判断できると解されよう。つまり、
本案訴訟で教育委員会が勝訴した場合でも、そもそも教育委員会が申し立てなけれ ば裁判所は仮の義務付けの決定を取り消す必要はないし31)、仮の義務付けの決定を 裁判所が取り消さなければ、当該行政庁が仮の義務付けの決定に基づいてした処分 を取り消す必要もなくなることになる(行訴法第37条の5第5項)。例えば、本案 で原告が敗訴した時期が中学3年の3学期であったときに、果たして仮の義務付け の決定を取り消す実質的利益が教育委員会側にあるといえるであろうか。教育の領 域における「時間」と「不可逆性の利益」という特殊性を踏まえ、当該生徒の学習 権に配慮し、教育委員会は行訴法第37条の5第4項により準用される申立てをでき る限り抑制することが求められるであろう。
実際、本稿で扱ったケースについてみると、①では仮の義務付けが認められた後、
本案訴訟については和解し入園が認められている32)し、本件下市町の事案におい ては、町側は、奈良地裁の仮の義務付け決定に対して、大阪高裁に申し立てていた 特別抗告を取り下げ、普通中学校への就学通知を行っている(それに伴い原告は本 案の訴えを取り下げた)33)。
(3)次に、仮の義務付け決定の内容と本案判決に従って行われる最終的な処分の
90
内容が食い違った場合に生じうる問題について論じる。本件下市町の事案でいえば、
仮の義務付け決定によりなされた普通校への就学指定処分が本案の義務付け訴訟で 棄却され効力を失った場合には、もともとの特別支援学校への就学指定処分が残っ ている状態に戻ることになる。この場合、在学関係の相手方が変わるだけで、在学 関係それ自体がなくなるわけではない。したがって、仮の義務付けの決定の取り消 しを行う裁判所(行訴法第37条の5第4項、第26条)と、同法第37条の5第5項に より「当該仮の義務付けの決定に基づいてした」処分等を取り消す教育委員会は、
在学関係の継続を前提とした措置を講じるべきである。例えば、普通校在学中に発 生した事実のうち、特別支援学校との関係で法的に意味のある事実(普通校で履修 した単位の認定や就学期間など)は残ると考えるべきであろう。
また、原告に課せられる原状回復の問題もある。これについては、仮の義務付け 決定の内容と本案判決に従って行われる最終的な処分の内容が食い違った場合に原 告に課せられる原状回復の負担を考慮し、仮の義務付けが認められにくくなってい るともいわれる34)。本件下市町の事案でいえば、申立人(原告)が普通校から特別 支援学校に通うときに生じる原状回復にかかる負担の問題である。例えば、申立人
(原告)のために廊下にスロープを設置したような場合、仮の義務付けの決定が取 り消されたからといって、スロープを元に戻し、そのための費用の負担を申立人(原 告)に課すことは理論的には考えられるが、それは、いずれは行われるべき学校環 境の改善を後退させるものであって、妥当とは思われない。一般的には、普通校か ら特別支援学校への転校に伴って申立人(原告)が負担するコストは、通常の転校 に掛かるそれと大きく変わるところはないものと思われる。そうであれば、原状回 復の負担を理由に、仮の義務付けの訴えを容認することに消極的になる理由はない であろう。
4.むすびにかえて
以上みてきたように、障害児の義務教育および就学前教育・保育の領域において は、仮の義務付けが有効に機能しており、この領域の特殊性を考えれば、むしろ、
障害児の学習権の実効的な保障のために、その積極的な活用が期待されているとい えよう。
しかしながら、申立人の希望が認められた後に、別言すれば、学校選択権または 教育(保育)施設選択権を行使した後に、次のような問題が生じるであろう。つま り、受け入れる側に、教育上の配慮義務や安全配慮義務がどの程度法的に課される のかという問題である。
障害児を受け入れたからには、その子どもの障害に応じた一定の安全配慮義務が 生じるのは当然といえるが、地方自治体の財政破綻が問題とされる昨今の状況を前 にしても、安全の中身が財政的事情によって左右されてはならない。
大阪地判平12・2・1735)は、校長が負う教育環境整備義務の内容は、憲法規範を 具体化した関係諸法令によって定めるべきだとした上で、「憲法26条が、国に与え
91 ている教育内容の決定権限は、子どもの成長の利益およびこれに対する社会的公共
の利益と関心にこたえるため必要かつ相当な範囲にとどまるものであることに照ら すと、……小学校長は、校内全体の人事配置の均衡を図りながら、教育的見地から 諸般の事情を総合的に判断した上で、その配置を決定すべき義務を負っていると解 すべきである」と述べ、校長の校務分掌権を根拠に教育環境整備義務を認めている。
しかし、校務分掌権の規定36)は「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」
と定めるにすぎず、そこから具体的な義務が一義的に特定されるわけではない。と なれば、教育環境整備義務は観念的なレベルで認められるにすぎず、実際の訴訟に おいて、義務違反が認められることは非常に難しいといえよう。
けれども、例えば、養護教諭の設置について、学校教育法は、小学校、中学校、
中等教育学校については養護教諭を置かなければならないと定めている(第37条、
第49条、第69条。他方、幼稚園および高等学校においては「養護教諭を置くことが できる」とし、必置するよう定めていない(第27条2項、第60条2項))。しかしな がら、同法附則第7条が「当分の間、養護教員を置かないことができる」と定めて いることから、実際には、養護教員の置かれていない小学校や中学校が存する。附 則のいう「当分の間」については、第171回国会の参議院議員谷岡郁子氏提出の質 問に対して、平成21年3月3日付けで麻生総理大臣(当時)より次のような答弁 書37)が出されている。すなわち、「学校教育法附則第7条の規定は、同法制定当時 の財政の状況及び養護教諭の人材確保の困難性にかんがみ、全国一律に養護教諭を 必置とすることは、現実的に困難であるとの考えに基づいて設けられたものである が、現在においても、引き続き、国・地方の財政状況、へき地における養護教諭の 人材確保の困難性等にかんがみ、小学校、中学校、及び中等教育学校には、当分の 間、養護教諭を置かないことができることとされているところである。このような 現状から、同条に規定する「当分の間」の期間について、現時点において、具体的 にお答えすることは困難である」。
このように、養護教諭の設置については、学教法の規定と現実の乖離が実に62年 に亘って放置されている状況にある。教育環境整備義務の内容が一義的に決まらな いとしても、少なくとも関係諸法令が明示的に要求する環境を整備していくことが、
教育環境整備義務の具体的義務として求められるであろう。
さらに、本稿で言及した事案で問題とされた障害児の受け入れに伴う教職員の加 配措置やバリアフリーに対応していないといった施設・設備の問題については、例 えば、前者の場合には看護師資格を有する養護教諭38)を障害児の在籍する学校に 優先的に配置することで財政的な負担を掛けることなく対応が可能となりうるであ ろうし、後者についてはできる限り1階の教室を利用したり、移動に負担の掛から ない教室を利用するなどの工夫によって、低コストで安全に配慮することは可能で あろう。
以上のことから、障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じた適切な教 育を行うという特別支援教育の理念に沿った障害児の教育を受ける権利の保障のた
92
めには、適切な教育の場の選択、と同時に、受け入れ後の適切な教育環境が重要で あるといえよう。前者については、本稿において仮の義務付けの訴えの有効性を示 したところである。他方、後者については、特別支援教育の理念の下、関係法令に 適った教育環境整備が図られなくてはならない。法解釈論のみならず、そのための 政策論も必要とされるであろう。
(大島 佳代子)
註
1)学校教育法施行令5条 市町村の教育委員会は、就学予定者(法第17条第1項 又は第2項 の規定により、翌学年の初めから小学校、中学校、中等教育学校 又は特別支援学校に就学させるべき者をいう。以下同じ。)で次に掲げる者に ついて、その保護者に対し、翌学年の初めから2月前までに、小学校又は中学 校の入学期日を通知しなければならない。
一 就学予定者のうち、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は 病弱者(身体虚弱者を含む。)で、その障害が、第22条の3の表に規定する程 度のもの(以下「視覚障害者等」という。)以外の者
二 視覚障害者等のうち、市町村の教育委員会が、その者の障害の状態に照らして、
当該市町村の設置する小学校又は中学校において適切な教育を受けることがで きる特別の事情があると認める者(以下「認定就学者」という。)
2 市町村の教育委員会は、当該市町村の設置する小学校又は中学校(法第71条 の規定により高等学校における教育と一貫した教育を施すもの(以下「併設型 中学校」という。)を除く。以下この項、次条第7号、第6条の3、第6条の 4、第7条、第8条、第11条の2、第12条第3項及び第12条の2において同じ。)
が2校以上ある場合においては、前項の通知において当該就学予定者の就学す べき小学校又は中学校を指定しなければならない。
3 前2項の規定は、第9条第1項の届出のあつた就学予定者については、適用し ない。
2)文部科学省編『平成20年度 文部科学白書』128頁。
3)学校教育法72条-82条。
4)学校教育法74条。
5)学校教育法81条第2項。
6)学校教育法施行令18条の2。
7)特別支援教育課「特別支援教育をめぐる法令改正について―盲・聾・養護学校 から特別支援学校へ―」教育委員会月報688号9頁。
8)学校教育法施行令5条。
9)学校教育法施行令6条の3、6条の2。
10)学校教育法施行令6条第3号。
93 11)公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員の定数の標準に関する法律4条、
5条。
12)学校教育法37条4項、70条。
13)「学校教育法等の一部を改正する法律案に対する付帯決議」平成18年6月14日 衆議院文部科学委員会
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06072108/003.pdf 同平成18年4月25日参議院文教科学委員会
http://202.232.86.81/b_menu/hakusho/nc/06072108/002.pdf 2010年2月12日取得。
14) 東京都教育委員会『平成21年度 就学相談の手引 児童・生徒一人一人の適切
な就学のために』76-77頁。
15)行訴法の改正以前の仮の救済制度としては執行停止制度(第25条)しかなかっ たが、教育に関する領域では、身体障害を理由とする市立高校の校長がした入 学不許可処分の執行停止の申立てにつき、その効力を停止しても、入学許可処 分がされたのと同一の状態が仮に形成されるわけではなく、当該不許可処分が されていない状態に復帰することによって回復されるような法的利益は認めら れないとして、執行停止申立ての利益を否定した事例がある(神戸地決平3・7・ 22行裁例集42巻6・7号1193頁、大阪高決平3・11・15行裁例集42巻11・12号 1788頁(抗告棄却))。
16)制度の趣旨については、例えば、小林久起『司法制度改革概説3 行政事件訴 訟法』(商事法務・2004年)282-284頁、小早川光郎編『改正行政事件訴訟法研究』
ジュリスト増刊(有斐閣・2005年)182頁、南博方=高橋滋編『条解 行政事件 訴訟法〔第3版補正版〕』(弘文堂・2009年)672-673頁(永谷典雄執筆)参照。
17)室井力=芝池義一=浜川清『コンメンタール行政法Ⅱ 行政事件訴訟法・国家 賠償法〔第2版〕』(日本評論社・2006年)422頁(深澤龍一郎執筆)。
18)北村和生「行政訴訟における仮の救済」ジュリスト1263号72頁。
19)徳島地決平17・6・7(確定)判例地方自治270号48頁。本決定の評釈として、
渡辺賢「町立幼稚園への就園許可の仮の義務付け申立事件」判例地方自治277 号110頁、横田光平「徳島県藍住町立幼稚園入園拒否事件および東大和市立保 育園入園拒否事件」季刊教育法150号90頁、西口元「町立幼稚園への就園許可 の仮の義務付けの申立てが認容された事例」判例タイムズ1215号282頁(平成 17年度主要民事判例解説)、磯村篤範「障害を有する幼児に関する仮の義務付 け決定事件」判例地方自治293号107頁参照。
20)東京地決平18・1・25(確定)判例時報1931号10頁。本決定の評釈として、神 橋一彦「気管切開手術を受けてカニューレを装着している児童につき、東大 和市に対し、保育園への入園を承諾することが義務付けられた事例」判例時報 1984号170頁(判例評論587号8頁)、田村達久「『仮の義務付け』の要件(行訴 法37条の5第1項)判断のあり方」法学セミナー623号118頁、横田光平・同上、
94
内田善厚「気管切開手術を受けて喉に障害の残る児童に関し、同児童が普通保 育園に入園することを仮に承諾することを義務付けることを認めた事例」判例 タイムズ1245号281頁(平成18年度主要民事判例解説)、大沢光「改正行政事件 訴訟法『仮の義務付け』活用が開く可能性」賃金と社会保障1422号40頁、恩地 紀代子「保育園入園承諾に関する仮の義務付け申立事件」判例地方自治300号 45頁参照。なお、本件については、本案の義務付け訴訟と同時に不承諾処分の 取消しと入園申し込み等をめぐる対応等に対する国賠請求もなされている。東 京地裁は本件不承諾処分を取り消し、保育園への入園を義務付けた(東京地判 平18・10・25(確定)判例時報1956号62頁)。
21)大阪地決平19・8・10賃金と社会保障1451号38頁。大阪高決平20・3・28(抗告棄却)、
判例集未登載、LEX/DB文献番号25420945。地裁決定の評釈として、南野雄二
=阪田健夫=豊島達哉=河原林昌樹「申し立てから二ヵ月半で実現した養護学 校への入学」賃金と社会保障1451号33頁参照。
22)山本隆司はかかる比較自体を無意味と主張する。山本隆司「仮の救済」公法研 究71号191頁。
23)宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法』(有斐閣・2006年)303頁。
24)神橋・前掲註20、173頁。
25)橋本博之『解説 改正行政事件訴訟法』(弘文堂・2004年)134頁。
26)横田・前掲註19、94頁参照。
27)仮の義務付け及び仮の差止めの決定には拘束力が認められる(第37条の5第4 項は第33条第1項を準用している)。したがって、仮の義務付けによってすべ き旨(してはならない旨)を命じられた処分又は裁決を、行政庁はしなくては
(しては)ならない。
28)室井=芝池=浜川・前掲書註17、424頁(深澤執筆)。
29)同上。塩野宏「行政事件訴訟法改正と行政法学――行政法一般理論から見た」
小早川編・前掲註16、15頁参照。
30)南=高橋編・前掲書註16、681-683頁(永谷執筆)。
31)裁判所の職権取消は認められない(南博方編『注釈 行政事件訴訟法』(有斐閣・
1972年)241-242頁(藤井俊彦執筆))。
32)宇賀・前掲書註23、304頁。
33)朝日新聞2009年7月22日朝刊。
34)山本・前掲註22、191頁参照。もっとも、山本は典型的な処分である許認可に 係る申請型義務付け訴訟を前提としている。
35)判例時報1741号101頁。
36)判決当時は旧学教法第28条3項、現行法は第3条4項であるが、規定の文言は まったく同じである。
37)http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/171/ touh/t171060.htm 2010年2月1日取得。
95 38)養護教諭は児童の養護をつかさどり(学教法第37条12項)、その職務は、学校医、
学校歯科医の指導監督のもとに、疾病の予防措置、救急業務、保健・衛生につ いての指導助言などを内容とする。養護教諭は、養護教諭の教員免許状(普通 免許状、教育職員免許法第3条、4条2項)を有していなければならないが、
医療従事者ではないので、医師や看護師の免許を有することを要件とするもの ではない。保健師や看護師の免許を有する者が養護教諭一種免許を取得する場 合には、必要とされる単位数や在学年数が少なくなっている(教育職員免許法 第5条、別表第2)。