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現代税務行政の課題と理論

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(1)

現代税務行政の課題と理論

――オーストラリアにおける応答的規制理論を中心に――

宮  崎  綾  望     

はじめに

Ⅰ 応答的規制理論の概要

Ⅱ 応答的規制理論の実践

Ⅲ 応答的規制理論の課題 結びに代えて

はじめに

 近年、国境をまたぐ取引や資産移転、電子商取引といった税務当局が把握 をすることの難しい取引等が増加している。他方で、各国は厳しい財政状態 に直面しており、税務行政に割くことができる資源は限られつつある。この ように、現代税務行政は、有限の資源を用いて税務コンプライアンス(法令 遵守)の確保をより高めることが求められつつあり、その効率性の向上が重 要な課題となっている(1)

 こうした状況において、これまでの事後的な税務調査だけに頼るのではな く、納税者との相互信頼関係を構築することが重要であるとの認識が国際的

(1)第3回OECD税務長官会議(2006年ソウル会合)総括声明(THIRD MEETING OF THE OECD FORUM ON TAX ADMINISTRATION, 14-15 September 2006, Final Seoul Declaration)。池田賢志「企業のコーポレートガバナンスと税務コンプライアンスの向上」

ファイナンス(2008年)9頁、13頁参考。

(2)

に高まっている(2)。具体的には、良好な税務コーポレートガバナンスを有して いる又は税務リスクを開示する納税者に対しては、税務当局がその税務問題 について早期に確認又は納税者と税務当局との間で合意することによって予 測可能性を付与するという取組みが

OECD

主要国において広がっている。

これにより、調査必要度の高い納税者に対してより重点的に資源を投入する ことが可能となり、効率的に納税者全体の法令遵守を高めることができると 考えられる。OECDは、このような手法を「協力的コンプライアンス」

(Co-operative Compliance)と呼んでいる(3)

 わが国においても、税務行政上の困難さの増大と国家財政の厳しさは同様 であり(4)、税務行政における効率性の向上は重要な課題となっている。国税庁 は、最近、その効率性の向上を目的として、「税務に関するコーポレートガ バナンスの充実に向けた取組」(税務

CG)を始めた

(5)。これは、良好な税務 コーポレートガバナンスを有すること及び税務リスクを開示することを条件 として、税務調査の間隔を延長するというものである。わが国における協力

(2)第5回OECD税務長官会議(2009年パリ会合)総括声明(FIFTH MEETING OF THE OECD FORUM ON TAX ADMINISTRATION, 28-29 May 2009, FTA Communiqué, Paris)、第 6回OECD税務長官会議(2010年イスタンブール会合)総括声明(Sixth Meeting of the OECD Forum on Tax Administration, 15-16 September 2010, Istanbul Communiqué)、第7 回OECD税務長官会議(2012年ブエノスアイレス会合)総括声明(The 7th meeting of the Forum on Tax Administration, 18-19 January 2012)。

(3)OECD, Co-operative Compliance: A Framework From Enhanced Relationship to Co- operative Compliance (2013). 2008 年の報告書(OECD, Study into the Role of Tax Intermediaries (2008))では、“Enhanced Relationship”という言葉が使われていたが、

2013年の報告書では、その目的を明確化するために、“Co-operative Compliance”という 言葉に変更された。

(4)国税庁の定員は、ピークである平成9年度の57,202人から、平成26年度には55,790人へと 減 少 し て い る( 国 税 庁『 国 税 庁 レ ポ ー ト2014』(http://www.nta.go.jp/kohyo/katsudou/

report/2014.pdf、2014年8月20日閲覧)9頁。)。

(5)「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」については、拙稿「『税務に 関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組』の背景と今後のあり方」税研177号 100~107頁(2014)、伏見俊行「税務に関するコーポレートガバナンスの背景・経緯と日 本の取組み」税理(2013)75~82頁、藤田利彦「税務コンプライアンスの維持・向上に向 けたコーポレートガバナンスの充実について」租税研究(2011)33頁参照。

(3)

的コンプライアンスの実施例といえる。この取組みは、現在のところ、法令 によることなく行政上の措置として実施されている。今後は、このような取 組みを租税法の体系上どのように位置付けるのか、納税者の信頼をどの程度 保護すべきか(課税庁による見解の法的拘束力の有無)、及び事後的な救済 を納税者に認めるべきか否かといった解釈上及び立法上の問題が生じると考 える。

 そこで、協力的コンプライアンスを実施している国の具体的な取組みを分 析することが有益であると考え、その研究の一部として、本稿において、オ ーストラリア税務行政の取組みについて検討することとした。上述したよう に、このような手法は、オーストラリアのみならず、オランダ、米国及び英 国などにおいても取り入れられているが、そのなかでもオーストラリアをと りあげる理由は、そこでの取組みが「応答的規制」(responsive regulation)

と呼ばれる理論を基礎としているためである(6)。そのような理論と実践を明ら かにすることによって、今後のわが国における協力的コンプライアンスをめ ぐる議論の土台となるべき理論を模索したい。

Ⅰ 応答的規制理論の概要

1 規制理論をめぐる論争

 応答的規制 (responsive regulation)

は、オーストラリア国立大学の犯罪

学者である

John Braithwaite

と、イエール・ロー・スクールの法律家であ り経済学者である

Ian Ayres

の二人による、経験と理論に基づく規制アプロ ーチである(7)。その基本的な考え方は、規制者(行政庁)は被規制者が法令を

(6)このオーストラリア税務行政のアプローチは、英国、ニュージーランド及び米国において も関心が寄せられるようになっている (Kristina Murphy, Moving towards a more effective model of regulatory enforcement in the Australian Taxation Office, Centre for Tax System Integrity Research School of Social Sciences Australian National University WORKING PAPER 45 (2004) p1)。

(7)応答的規制に関するもののうち日本語で読めるものとして、ノッテジ・ルーク(訳:新堂

(4)

遵守することを前提としたうえで、法令が遵守なされない場合には、その手 段を軽いものから厳しいものへと段階的に引き上げていくべきであるという ものである。その目的は、自主的な法令遵守を高めることである。そして、

法令遵守をもっとも高める方法は、被規制者に対して応答的な手段を選択す る報復戦略であるという。この理論は、当初は鉱業規制や環境規制といった 分野について展開されたものであったが(8)、オーストラリアにおいて大きな影 響力を持つに至り、税務行政にも適用が試みられるようになっている(9)。  応答的規制理論の背景には、規制のあり方をめぐる「抑止モデル」

(deterrence model)と「順応モデル」(compliance model)の対立がある(10)。 抑止モデルでは、被規制者は「経済的に合理的な主体」、つまり、利益の追 求によって動機づけられた存在であると促えられる。このような理解のもと では、被規制者が法令を遵守するのは、法令を遵守しないことによって当局 に見つかる可能性及び見つかった場合に生じるコスト(罰則)が法令を遵守 しないことによって得られるベネフィットを上回る場合であるということに なる。したがって、個人や企業に法令を遵守させるためには、厳格な制裁又 は罰則が必要であると考えられる。1970年代は、世界中の多くの国がこの 抑止モデルを採用していたとされる(11)

明子)「応答的規制と消費者製品の安全性」新世代法政策学研究13巻211~244頁(2011)。

(8)Ian Ayres and John Braithwaite, Responsive Regulation: Transcending the Deregulation Debate, Oxford University Press (1992).

(9)本稿における応答的規制理論とATOのアプローチについての検討は、Murphy, supra note 6によるところが大きい。そのほか、JUDITH FREEDMAN, Responsive Regulation, Risk, and Rules: Applying the Theory to Tax Practice, 44(3) UBC Law Review 627 (2012)

からも得るところが大きい。

(10)Ayres and Braithwaite, supra note 8, p20.

(11)Murphy, supra note 6. その後、この抑止モデルは多くの批判にさらされるようになる。

抑止モデルの問題点は、第1に、しばしば見られる自主的なコンプライアンスを十分に説 明できないことである。たとえば、税務コンプライアンスを例にとれば、脱税して見つか る可能性と見つかった場合の罰則は、脱税によって得られる経済的利益よりも常に大きい とはいえないが、納税者の大多数は納税義務を果たしている。第2に、制裁や罰則は、規 制への抵抗を生み出し、規制を免れるための抜け穴について知識を共有するような文化を 生み出す可能性があることである。たとえば、これまで法令を遵守してきた納税者が、ルー

(5)

 これに対して、順応モデルでは、被規制者は「経済的に合理的な主体」と いうよりはむしろ、通常は法を遵守する傾向にある「社会的な主体」(social

actors)として理解される。被規制者は、それが法であるという理由だけで

法に従うこともある。このモデルの論者は、被規制者に法令を遵守させるた めには、「説得」と「協力」こそが必要であると考える。「説得」(persuasion)

は、規制者と被規制者の双方にとって比較的費用がかからない手段である。

1980年には、多くの研究者たちが「説得」と「協力」の重要性に着目し始 めた。

 こうした規制のあり方をめぐる論争に対して、応答的規制理論は、抑止モ デル又は順応モデルのいずれかに完全に依拠することは誤っていると答え

(12)

。応答的規制理論は、規制強化と規制緩和の対立を乗り越え、自主規制と 政府規制とを協働させる方法を示すものである。

2 報復戦略

 応答的規制理論は、被規制者は、経済的合理性によって動機づけられるこ ともあれば、社会的責任によって動機づけられることもあると考える。個人 と企業は、責任感のある社会的な存在になりうるが、コストとベネフィット を計算する合理的な存在にもなりうることを前提とする。そして、企業が経 済的合理性によって動機づけられているときには、「説得」に依拠する戦略 は、悪用される可能性がある。他方で、企業が責任感によって動機づけられ ているときには、「罰則」に依拠する戦略は、そのグッドウィルを損ね、法 令を遵守する動機を奪うことになる(13)。「罰則」は、訴訟に費やす高いコスト を生じかねない。企業による抜け穴探しとそれに対応するための法令の複雑 化にもつながる。このように「説得」と「罰則」にはメリットとデメリット

ルの複雑さ又はあいまいさのために法に反してしまったとき、税務当局による罰則を不合 理で不公平なものとして捉える可能性がある。

(12)Ayres and Braithwaite, supra note 8, Chapter2.

(13)Ayres and Braithwaite, supra note 8, pp27 & 29-30.

(6)

(14)Ayres and Braithwaite, supra note 8, pp35-40.

(15)Braithwaiteは、犯罪学の教授であったが、オーストラリア連邦消費者機構の執行役員並 びに議長、及びオーストラリア消費者協会の役員を務めるうちに、犯罪学同様に消費者問 題についてもこのアプローチがもっとも実効的で効率的であることに気が付いたという

(ノッテジ・ルーク・前掲注(7)213、214頁。)

(16)Ayres and Braithwaite, supra note 8, pp35-40.

がある。そこで、応答的規制理論は、「罰則」と「説得」を組み合わせて用 いるべきであると考える。問題は、「罰すべきか、説得すべきか?」ではなく、

「いつ罰し、いつ説得すべきか?」である(14)

 この問題に対する応答的規制理論の答えは、報復(しっぺ返し)戦略であ る。すなわち、被規制者が協力的である限りは、規制者も協力的な対応をと るべきであるが、被規制者が規制者による協力的な対応を利用するときには、

規制者は協力的な対応から抑止的な対応へと移行すべきであると考える。

 こうした

John Braithwaite

の経験に基づく応答的規制のアプローチは(15)

Ian Ayresによる経済学のゲーム理論を用いた説明により裏付けられている。

これによれば、当事者間の協力関係を確立させる可能性がもっとも高いのが、

報復戦略である。規制者側にとっても被規制者側にとっても、最適な戦略は、

相手が寝返るまで協力的な対応をとることである。被規制者が経済的合理性 によって動機づけられている場合も、社会的責任によって動機づけられてい る場合も、規制者は被規制者の態度に応答して報復的な手段を選択すれば、

法令遵守を促すために適切な対応を行うことができる(16)とする。被規制者が経 済的合理性又は社会的責任のいずれによって動機づけられているかを知る必 要はない。

3 執行ピラミッド

 報復戦略を成功させるための重要な点は、第1に、被規制者が複数の段階 的な手段を有すること、かつ、被規制者が協力しない場合にはそれに応答し てその手段を引き上げる権限と意思を有していることを被規制者に対して事 前に明確に伝えておくことである。それによって、被規制者には規制者の要

(7)

求に従うインセンティブが生じ、法令遵守をもっとも高めることができる(17)と される。これは、執行ピラミッド(図1)を示すことによってなしとげられる。

執行ピラミッドの各層は、規制者が用いることのできる様々な執行戦略を示 している。

(17)Ibid.

(18)この点に対して、報復戦略に無応答な被規制者に対しては、底辺から始めることは資源 の無駄であるという主張もある。また、段階的な引き上げが適切でない場合もあるという 批判もある。たとえば、悲劇的なリスクをコントロールすることができるのであれば、手 段を段階的に引き上げるのではなく、早期により厳しい手段を用いることが適切な場合も あるという指摘がある。

(19)Ayres and Braithwaite, supra note 8, p27.

図1 Example of an Enforcement Pyramid

(出典:Ian Ayres and John Braithwaite, Responsive Regulation: Transcending the Deregulation Debate, Oxford University Press (1992)p35. 日本語訳は筆者による。)

 第2に、規制者は常に執行ピラミッドの底辺である手段から始めなければ ならないということである(18)。規制者が最初に協力的な態度をとることによっ て、被規制者の協力的な行動を促すように報復戦略が機能するのである。反 対に、最初に「罰則」の手段を用いることは、多くの点において逆効果であ る。「罰則」は、コストが高く、市民のグッドウィルを損ね、企業による抜 け穴探しとそれに対応するための法令の複雑化につながるからである(19)。「罰 則」が前面にあるとき、人々はそれを屈辱的に感じる。したがって、規制者

(8)

は、最初は協力的な対応から始め、被規制者の態度に応じて段階的にその手 段を強めていくべきである。

 第3に、ピラミッドの高さが高ければ高いほど、つまり、頂点の手段が厳 しいものになればなるほど、より実効的に法令遵守を高めることができると いう点である。結果として、実際に厳しい措置に依拠しなければならない場 合は少なくなる。つまり、「規制者が有するスティックが大きくなればなる ほど、規制者はより優しく話すことができ、その大きなスティックを実際に 用いる可能性は減少する(20)」のである。規制者の目的は、罰することではなく、

長期的で自発的な法令遵守を確保することである(21)。報復戦略は、経済的に合 理的な主体の法令不遵守を抑制するだけでなく、信頼と美徳を育成する可能 性がある。

Ⅱ 応答的規制理論の実践

1 導入の背景

 1990年後半に、オーストラリア税務当局(Australian Taxation Office,

ATO)は、自主的な納税文化を確立するための改革を行った。伝統的なオー

ストラリア税務当局のアプローチは、法令不遵守を発見し、違反者に罰則や 制裁を機械的に適用するというものであった(22)。このようなアプローチは、

“enforced compliance”又は“command and control regulation”と呼ばれ ている。オーストラリア税務当局は、このようなアプローチがコストの高い 短期的なアプローチであることを認識し、長期的な法令遵守を高めるために 納税者との関係を構築するアプローチへと転換した(23)

(20)Id., p19.

(21)Murphy, supra note 6, p10.

(22)Valerie Braithwaite, A New Approach to Tax Compliance, in Valerie Braithwaite

(ed.), Taxing Democracy: Understanding Tax Avoidance and Evasion, Ashgate Publishing Ltd, pp1-11 (2003).

(23)Cash Economy Task Force Report, Improving tax compliance in the cash economy

(9)

 アプローチを転換するきっかけとなったのは、1996年にキャッシュエノ コミー・タスクフォース(Cash Economy Task Fore)と呼ばれる委員会が 創設されたことである。このタスクフォースの目的は、キャッシュエコノミ ーにおいて生じる税務上の問題を明らかにし、それについて税務当局がとり うる手だてについて検討することである。キャッシュエコノミーとは、帳簿 に記帳されない所得のことである。タスクフォースのメンバーには、税務職 員、研究者、実務家、業界団体の人々が含まれていた。

 タスクフォースは、1997年に第1弾報告書、1998年に第2弾報告書を公 表した。これらの報告書では、キャッシュエコノミーにおいて納税者によっ て行われる課税逃れが重大な問題であることが認識されるとともに、キャッ シュエコノミーにおける税務上の問題は膨大かつ複雑であり、そうした問題 すべてについて個別に取り組むことはできないため、キャッシュエコノミー で生じている問題に取り組むための新たなアプローチをとるように、税務当 局に対して勧告がなされた。特に、租税制度及び税務当局へ対するコミュニ ティの態度を変えるために、税務当局がコミュニティと協力的な関係を構築 していくことが必要であることが強調されている(24)

 税務当局による最初の取り組みは、1997年の納税者憲章(Taxpayers’

Charter)の創設である。納税者憲章は、税務当局とコミュニティのより良

い関係を構築し、税務当局が行うことに対してコミュニティの信頼を得るた めの重要なツールである(25)。つまり、納税者の12の権利と4つの義務を明記す ることによって(26)、納税者が税務当局に期待することのできるサービスとそれ

(1998) p57.

(24)Id., p27.

(25)Ibid.

(26)税務職員の義務は、納税者を公平に合理的に扱うこと、決定を説明し、質問を助け、信 頼できる情報を提供し、納税者のプライバシーに配慮し、納税者のコンプライアンス・コ ストを最小限におさえ、必要であれば個別の質疑によって説明責任を果たすことである。

納税者の義務は、税務職員と接する際に信義誠実であること、法に従って記録をとること、

租税の情報を準備する際に合理的な注意を払うこと、申告書と関連する文書を期限までに 提出することである。 

(10)

に満足できないときになしうる主張を明らかにするとともに、税務当局に対 する納税者側の望ましい姿勢について明らかにしたものである(27)

 1998年には、オーストラリア税務当局はコンプライアンス・モデルと呼 ばれる枠組みを導入した(28)。コンプライアンス・モデルは、より協働的で参加 型の環境を構築し、自主的な法令遵守(voluntary compliance)を促すため のアプローチである。このモデルは、Valerie Braithwaite によるモチベーシ ョ ナ ル・ ポ ス チ ャ ー(motivational postures)の 研 究 と、Ian Ayres and

John Braithwaite による応答的規制についての研究から強く影響を受けてい

(29)

2 コンプライアンス・モデルの概要

 コンプライアンス・モデルは、3つの面から構成されている。①納税者の 態度(motivational postures)、②規制戦略(regulatory strategies)、及び③ 執行戦略(enforcement strategies)である。

 1 納税者の態度(motivational postures)

 「納税者の態度」は、租税制度及び税務当局に対する納税者の態度ないし は姿勢を示すものである(30)。これは、1990年代の

Valerie Braithwaite

の研究 を基礎としている。同研究によれば、納税者の納税行動は、心理的、社会的、

経済的及び産業上の様々な要因によって生じるため、ある納税者がとったあ る行動をこうした要因のうちいずれか一つのみによって説明することはでき ない。また、いずれの要因が組み合わさってある納税者にその行動をとらせ たのかを特定することも、困難である。しかし、特定のカテゴリーの納税者 たちの行動に影響を与えやすい諸要因の組み合わせを特定することは可能で

(27)Cash Economy Task Force Report, supra note 23, p28.

(28)Ibid.

(29)Valerie Braithwaite, supra note 22, p4.

(30)Valerie Braithwaite, Dancing with Tax Authorities: Motivational Postures and Non- compliant Actions, in Valerie Braithwaite (ed.), Taxing Democracy: Understanding Tax Avoidance and Evasion, Ashgate Publishing Ltd, pp15-39 (2003) p17.

(11)

ある(31)。文化的な違い、年齢、性別、階級、ライフスタイル、場所及び時間は、

納税者の行動に大きな影響を与えるとされる(32)

(31)モチベーショナル・ポスチャーについては、Cash Economy Task Force Report, supra note 23, p20.

(32)Ibid.

(33)Id., p24.

図2 Factors impacting on the posture or stance adopted by a taxpayer

(出典:Cash Economy Task Force Report, Improving tax compliance in the cash economy (1998) p23)

 図2は、様々な要因が納税者の態度に影響を与える様子を示している(33)。そ して、税務当局は、納税者の行動に影響を与える様々な要因について理解す るように努めるべきであることを示している。こうした理解を深めることに よって、納税者の正しいことを行うモチベーションを促し、法令不遵守につ ながるモチベーションを抑制する方法を発展させることができると考えられ るのである。

 ピラミッドの左側に示されているのが「納税者の態度」である。納税者の 態度には4つあり、ピラミッドの底辺から頂点に向かうにつれて、協力的な 態度から反抗的な態度になる。底辺から2つの態度は、税務当局に協力的な 態度を示している。ピラミッドの底辺にある「イニシエーション」(managerial

accommodation or initiation)は、積極的に法令を遵守する納税者の態度で

ある。この納税者は、法に従う道徳的な又は倫理的な義務があると考えてお

(12)

り、正しいことを行うことを望んでいる。オーストラリアの約92%の納税者 はこの態度を有している(34)

 底辺から2番目の「キャプチャー」(capture)は、税務当局の正当性を受 け入れており、税務当局が権限を有していることを認識している納税者の態 度である。この納税者は、法令を遵守しようとするが、知識や技術が欠けて いるために、そうすることができるとは限らない。オーストラリアの納税者 の73%がこの態度を有している(35)

 これに対して、ピラミッドの頂点から2つの態度は、租税制度及び税務当 局に抵抗的な態度を示している。底辺から3番目の「レジスタンス」

(resistance)は、租税制度及び税務当局に抵抗する納税者の態度である。こ の納税者は、税務当局は納税者を助けるよりも捕えることを追求していると 考えており、納税者は税務当局と対立すべきであると信じている傾向がある。

機会が与えられれば、納税義務を免れようとする可能性がある。オーストラ リアの納税者の55%はこの態度を有している(36)

 ピラミッドの頂点である「ディスエンゲージメント」(disengagement)は、

法令に従わないことを決めた納税者の態度である。この納税者は、正しいこ とを行わないことを気にかけておらず、それに対して税務当局が何かを行う ことはできないと信じている。オーストラリアの納税者の7%がこの態度を 有している(37)。こうした納税者には、「説得」も「罰則」も影響を与える可能 性が少ない。

 2 規制戦略(regulatory strategies)

 「規制戦略」は、ピラミッドの右側に示されている(図3)。「規制戦略」は、

税務当局が納税者に対してとりうる規制戦略を示している。納税者の法令遵 守を高めるための戦略は、そのターゲットとなる納税者の態度によって変わ

(34)Murphy, supra note 6, p15.

(35)Id., p16.

(36)Ibid.

(37)Ibid.

(13)

る。税務当局にとってもっとも望ましい戦略は、納税者自身による規制(自 主規制)を促すこと(Self Regulation)である。これが成功しない場合には、

「強制される自主規制」、「税務当局に裁量のあるコマンド・レギュレーショ ン」、「税務当局に裁量のないコマンド・レギュレーション」へと、段階的に 厳しい戦略をとるべきであることをこの図は示している。つまり、このピラ ミッドは、段階的に戦略を引き上げる権限と意思を税務当局が有しているこ とを示している。

図3 Pyramid of regulatory strategies

(出典:Cash Economy Task Force Report, Improving tax compliance in the cash economy (1998) p24)

 3 執行戦略(enforcement strategies)

 図4のピラミッドの中心に記入されているのが、執行戦略(enforcement

strategies)である。これは、税務当局がとりうる具体的な手段を示している。

最初は、納税者に対する教育やサービスの提供から始めて、納税者が抵抗を 示したときにのみ、調査の実施や罰則の賦課といったより強い手段を用いる べきである。ピラミッドに記入されている矢印は、納税者をより底辺へ移動 させることが望ましいことを示している(38)。すなわち、税務当局は、納税者の 態度と行動を観察するだけでなく、納税者の将来の行動に影響を与えなけれ ばならない。

(38)Ayres and Braithwaite, supra note 8, p25.

(14)

(39)現在のコンプライアンス・モデルはこの当初のコンプライアンス・モデルから変更点が ある。2014年に採用されているコンプライアンス・モデルについては、ATOのHP

(https://www.ato.gov.au/About-ATO/Research-and-statistics/In-detail/General-statistics/

Compliance-in-focus-2013-14/、2014年10月3日閲覧)”Compliance in focus 2013–14”参照。

コンプライアンス・モデルの説明については、Cash Economy Task Force Report, supra note 23, pp24-26, 61-63; Valerie Braithwaite, Responsive Regulation and Taxation:

Introduction, Law & Policy Vol. 29, No.1, (2007) pp. 3-10.

図4 The ‘Compliance Model’

(出典:Cash Economy Task Force Report, Improving tax compliance in the cash economy (1998) p25)

 以上の「納税者の態度」、「規制戦略」及び「執行戦略」の3つを組み合わ せたピラミッドが「コンプライアンス・モデル」(図4)である(39)

 ピラミッドの底辺である「イニシエーション」の態度を有する納税者に対 しては、自主規制を促す戦略がとられる。納税者による自主規制がなされる ためには、税務当局が物事を簡単にする必要があり、具体的には、教育、情 報の提供又は記帳指導などの手段がとられる。

 「キャプチャー」の態度を有する納税者に対しては、自主規制をより強く 促す必要がある。具体的には、リマインドレターを送る、リアルタイムレビ ューを行う、又は情報を提供するといった手段が用いられる。小さな罰金も 納税者を説得するために必要とされることがある。

 「レジスタンス」の態度を有する納税者に対しては、これらの納税者は機

(15)

会があれば法令遵守を行わない可能性があるため、「税務当局に裁量がある コマンド・レギュレーション」の戦略が用いられる。具体的な執行手段は、

調査を行うことやペナルティを課すことである。税務当局は、納税者が抵抗 を続けた場合にとられる対応を納税者に知らせることによって、納税者を法 令遵守へ導くべきである。

 「ディスエンゲージメント」の態度を有する納税者に対しては、「裁量のな いコマンド・レギュレーション」が税務当局に残された唯一の戦略である。

具体的な手段は、大きな罰則や刑事訴追であり、究極的には、免許の剥奪や 破産も選択肢となる。

Ⅲ 応答的規制理論の課題

 応答的規制理論を税務行政に適用する際の課題は、第1に、租税回避を行 う納税者の取扱いである。Valerie Braithwaiteは、4つの納税者の態度に加 えて、「ゲーム・プレイング」(game playing)という第5の納税者の態度を 示している(40)。これは、法のグレーゾーンを見つけるというゲームを楽しみ、

租税を最小化しようと試みる納税者の態度である。こうした納税者は、自分 たちが法令上の義務を果たしており、法令遵守的であると考えている可能性 がある(41)。John Braithwaiteは、こうした態度を有する納税者に対してコンプ ライアンス戦略を機能させることは困難であるという(42)。なぜなら、租税法の 規定についての解釈が明らかでないときに、税務当局が自己の解釈に基づい て納税者を「説得」しようとすれば、法令上の義務を超える不公平な負担を その納税者に課することへつながり、結果として納税者の協力を損なうこと になるからである。また、税務当局の解釈と異なる解釈を納税者がとってい

(40)Valerie Braithwaite, supra note 31, p18.

(41)Murphy, supra note 6, p17.

(42)John Braithwaite, Large Business and the Compliance Model, in Valerie Braithwaite

(ed.), Taxing Democracy: Understanding Tax Avoidance and Evasion, Ashgate Publishing Ltd, pp178-181 (2003).

(16)

ることに基づいて納税者を高リスク納税者として扱うことは避けるべきであ る。このような税務当局の態度は、納税者の自発的な開示(透明性)を損な いかねないからである。したがって、コンプライアンス・ピラミッドは、税 務当局の見解を納税者にとらせるために用いられるべきではない(43)

 租税回避を行う納税者に対して、そのような行動を変えるために「説得」

を用いることは、法的にも問題がある。わが国では、租税回避とは「法形式 を濫用して不当に租税負担を軽減したり、事業目的もなく、通常用いられな い取引を選択すること」をいう(44)。租税回避については、その許容範囲につい ては議論があるが、一般に、個別否認規定がないと否認することができない とされている。また、OECDの定義によれば、積極的租税回避(Aggressive

tax planning)とは、①攻撃に耐えうるが意図又は予測されていなかったよ

うな結果をもたらすタックスポジションに関するプランニング、又は②申告 書上の重大な問題が法に従っているか否かについて不確実性が存在すること を開示することなく納税者が自己に有利なタックスポジションをとること、

である(45)。したがって、租税回避の適法性は司法の判断によって明らかにされ るべきものであり(46)、税務当局が「説得」を用いて自己の見解を強要すること は許されないと考えられる。課税庁の見解を納税者に事実上強要することに なれば、それは法律による行政の原理に反すると思われる。

 第2に、税務行政において応答的規制理論を実施するにあたっては、法の 支配や平等原則といった憲法上の原則に反するのではないかといった疑問が 生ずる(47)。まず、納税者に対する税務当局の対応の差異が平等原則ないし租税 公平主義に反することにならないかが問題となる。つぎに、納税者に応じて

(43)応答的規制理論と租税回避を行う納税者については、Robert Baldwin and Julia Black, Really Responsive Regulation, LSE Legal Studies Working Paper No. 15 (2007) p15.

(44)水野忠恒『租税法』有斐閣(2011)26頁。

(45)OECD (2008), supra note 6, pp10, 11.

(46)租税回避については、一般に、個別否認規定がないと否定できないとされている。

(47)JUDITH FREEDMAN, RESPONSIVE REGULATION, RISK, AND RULES: APPLYING THE THEORY TO TAX PRACTICE, UBC Law Review, Vol. 44, No. 3, pp 627-662 (2012).

(17)

適切な手段を税務当局が選択することを認めれば、大きすぎる裁量と租税法 律主義や法律による行政の原理との関係が問題となりうる。

 このような問題に対する答えは、実際の制度の設計や運用次第であると考 えられる。平等原則については、どのような基準に基づきどのような区別を 行うことが許されるかをわが国の法制度に照らして議論していく必要があ る。法律による行政の原理との関係については、法的拘束力の明確化、税務 当局による恣意性が生じないような仕組みづくり、及び手続的統制などにつ いて議論していくべきである。

結びに代えて

 応答的規制理論は、John Braithwaiteの経験を

Ian Ayres

がゲーム理論を 用いて理論的に裏付けたものである。応答的規制理論の特徴は「罰すべきか 説得すべきか?」というこれまでの規制のあり方をめぐる論争を乗り越えて、

抑止的な手段と協力的な手段を組み合わせることを提案した点にある。その 基本的な考え方は、法令遵守をもっとも高める方法は、報復戦略、つまり、

規制者は被規制者に応答的な手段をもって対応すべきであるというものであ る。この理論の目的は、納税者が自主的に法令を遵守するように影響を与え ることである。そのためには、税務行政庁が複数の段階的な手段を有してい ることを事前に明確に伝えておくことが必要となる。この理論のもとでは、

協力的コンプライアンスは、自主規制を行う納税者へ報償を与える手段とし て位置付けられる。

 申告納税制度は、日本国憲法第1条の国民主義の理念にかなう民主的な納 税制度として、わが国の租税制度の根幹をなしている。この制度のもとでは、

納税者の自主性により納税義務の確定と履行がなされることが期待される(48)。 わが国の国税庁は、納税義務の適正な確定と履行を促すために、たとえば、

(48)水野・前掲注(44)37頁。

(18)

必要な場合に税務調査を行い、その調査により申告がない又は申告の内容が 誤っていることが明らかとなった場合には、決定又は更正(国税通則法24条、

25条)、及び加算税等の課税処分を行うこととされている(同法65条以下)。

また、こうした手段に加えて、国税庁は、税務相談や情報提供などの納税者 サービスをも行ってきた(49)。応答的規制理論のもとでは、前者は伝統的な抑止 的手段、後者は協力的な手段として位置付けられると考えられる。

 このように、国税庁は、抑止的な手段と協力的な手段を組み合わせ、申告 納税制度の定着において重要な役割を果たしてきた。かかる意味において、

わが国では、税務当局の用いることができる多様な手段がすでに用意されて いるといえる。しかし、応答的規制理論は、さらにこうした手段を体系的に 整理し、納税者に十分に理解してもらうことの重要性を示している(50)。  今後、わが国における税務行政上の手段を整理するとともに、協力的コン プライアンスを実施している諸外国の事例をさらに研究していきたい。それ により、協力的コンプライアンス手法を租税法上どのように位置付けるべき かといった問題に取り組むことができると考える。また、最近では、事前確 認や租税法における和解といった新たな可能性について研究が進められてい

(51)

。従来の手段とともにこれらの手段を体系的に整理することによって、そ のより効果的な設計と運用のあり方を模索することができると考えられる。

 ※本研究は

JSPS

科研費25780020の助成を受けたものである。

(49)納税者の協力を得るための行政の条件を整えることは「納税環境の整備」と呼んでおり、

納税者サービスの一貫として説明されている(水野・前掲注(44)59頁)。

(50)Ian Ayres and John Braithwaite, supra note 11, p24.

(51)事前照会制度や租税法における和解について、租税原則の観点から検討を行うものとし て、増井良啓「租税法の形成におけるアドバンス・ルーリングの役割」COE ソフトロー・

ディスカッション・ペーパー・シリーズ COESOFTLAW-2005-1(2005);渡辺裕泰「租税 法における和解」編集代表中山信弘『政府規制とソフトロー』(2008);神山 弘行「事前 照会制度に関する制度的課題《研究ノート》」(2010)。

参照

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