韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 : 日本の類話と関連して
著者 趙 智英
雑誌名 文化學年報
号 66
ページ 215‑255
発行年 2017‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027584
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 : 日本の類話と関連して
著者 趙,智英
雑誌名 文化學年報
号 66
ページ 215‑255
発行年 2017‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027584
韓 国 の 説 話 に お け る 夢 解 き
・ 夢 を 語 ら な い 事 例
│
│ 日 本の 類 話 と関 連 し て│
│
趙
智 英
は じ め に 夢は
神仏 との 交信 の手 段と 思わ れて いた り︑ 未来 を予 知す る媒 体と 思わ れた りと
︑夢 が持 つ力 は重 んじ られ た︒ 古 代 人の 夢に 対す る信 仰に 関し ては 柳田 國男
⑴
氏︑ 西郷 信綱
⑵
氏︑ 長野 甞 一⑶
氏︑ 河東 仁⑷
氏等 に よ りす で に 指摘 さ れ て 久 しい
︒そ して
︑夢 はそ の価 値を 認め られ
︑代 価を 払い 買わ れた り︑ 売ら れた りし た︒ 夢の 売買 モテ ィー フに つい て は
︑西 郷氏 や長 野氏 の論 考で も触 れて おり
︑古 川哲 史⑸
氏
︑会 田実
⑹
氏︑ 酒井 紀美
⑺
氏等
︑夢 語り や夢 解き とい う枠 組 か ら夢 を売 買す る説 話を 論ず る研 究が 多く みら れ︑ 井本 英一
⑻
氏は 日本 と海 外に お け る 夢の 売 買 モテ ィ ー フを 持 つ 話 に つい て研 究さ れた
︒ 筆者 が以 前︑ 夢の 売買 モテ ィー フを もつ 日韓 の文 献資 料を 取り 上げ
︑各 々の 事例 の様 相を 検討 し︑ 比較 分析 を行 っ た とこ ろ︑ 夢を 売買 する にあ たり
︑そ の夢 の価 値を 判断 する ため には 日韓 共に 夢合 わせ
︑夢 解き が不 可欠 であ るこ と と
︑夢 を 売 り 買 い す る 行 為 の 以 前 の 問 題 と し て 見 た 夢 を 口 に 出 す こ と に つ い て の 警 告 が 窺 え る こ と を 明 ら か に し
― 215 ―
た⑼
そ ︒ こ で︑ 今回 は韓 国の 事例 に的 を絞 り︑ 夢解 きが され てい たり
︑夢 を口 に出 さな いと いう 禁忌 が表 れた 韓国 の文 献 に 記さ れて いる 説話
︵以 下︑ 文献 説話 とす る︶ や伝 承︑ 口承 説話 等︵ 以下
︑口 承説 話と する
︶を 検討 した い︒ 文献 説話 にお ける 夢に 関す る先 行研 究は
︑代 表 的な 文 献 説話 の 一 つで あ る
﹃三 国 遺事
﹄を 対 象 とし た も の が多 く
︑
﹃三 国遺 事﹄ に出 てく る夢 説話 の類 型分 類を 行っ たキ ム・ ミス ク⑽
氏 の論 文を 筆頭 に イ・ ユン ソ ク⑾
氏
︑ジ ョ ン
・ギ ュ フ ン⑿
氏
︑チ ェ・ ギス ク⒀
氏
︑崔 友柱
⒁
氏等 によ る先 学の 研究 の蓄 積 が ある
︒最 近 の 研究 で は︑ 崔 明林
⒂
氏 が民 間 伝 承 は 民 族 の基 層 文 化と よ く 称さ れ る⒃
と 述 べ
︑﹃ 三 国遺 事
﹄と 現 在ま で 伝 承さ れ た 口 碑説 話 を 集大 成 し た﹃ 韓国 口 碑 文 学 大系
﹄を 対象 に︑ 夢話 素を 重要 モテ ィー フに した 類話 を類 型分 類さ れた
︒崔 明林 氏は
︑文 献説 話と 口承 説話 を区 別 し て扱 って きた 従来 の研 究史 から
︑文 献資 料で ある
﹃三 国遺 事﹄ と口 碑資 料で ある
﹃韓 国口 碑文 学大 系﹄ の両 者を 共 に 論じ
︑新 たな 試み がさ れて いる が︑ 韓国 の説 話︑ 伝承 にお ける 先行 研究 は類 型分 類が 主流 を占 めて おり
︑夢 解き モ テ ィー フや 夢を 語ら ない こと につ いて は夢 にま つわ る論 考の 一環 とし て言 及さ れて いる もの がほ とん どで ある
︒よ っ て
︑本 稿で はこ れら の先 行研 究を 踏ま え︑ 韓国 の文 献説 話や 口承 説話 に表 れた 夢解 きの 事例 や︑ 夢を 口に 出さ ない 事 例 を調 査︑ 翻訳 作業 を行 い︑ 韓国 にお いて 夢解 きや
︑夢 を語 らな いと いう 行為 はど のよ うな 意味 を持 ち︑ どの よう に 語 り継 がれ てい るの か︑ 日本 の類 似す る事 例と の同 異点 を示 しつ つ︑ 検討 して 行き たい
︒ 一
韓 国 の文 献 説 話に お け る夢 解 き の事 例 十三
世紀
︑朝 鮮の 高麗 王朝 の時 代に 書か れた
﹃三 国遺 事﹄ 元聖 大王 の條 に︑ 次の よう な記 事が ある
︒
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 216 ―
﹃三 国遺 事﹄ 巻第 二紀 異︿ 元聖 大王
﹀
︹原 文︺ 伊︿ 䨇﹀
!
周 元︒初 爲 上宰
︒王 爲 角 干・ 居二 宰
︒夢 脫 䇔 頭・ 著素 笠
・把 十 二絃 琴
︒入 於 天官 寺 井 中︒ 覺 而 使人 占之
︒曰 脫䇔 頭者 失職 之兆
︒把 琴者 著枷 之兆
︒入 井入 獄之 兆︒ 王聞 之甚 患︒ 杜門 不出
︒于 時阿
︿䨇
﹀餘 三
︹或 本 餘山
︺來 通 謁
︒王 辭 以 疾 不 出
︒再 通 曰
︒願 得 一 見︒ 王 諾 之︒ 阿︿ 䨇﹀ 曰︒ 公 所 忌 何 事︒ 王 具 說 占 夢 之 由
︒ 阿
︿䨇
﹀興 拜曰
︒此 乃吉 祥之 夢︒ 公若 登大 位而 不遺 我︒ 則爲 公解 之︒ 王乃 辟禁 左右 而請 解之
︒曰
︒脫 䇔頭 者・ 人 無 居上 也︒ 著素 笠者
・冕 旒之 兆也
︒把 十二 絃琴 者・ 十二 孫傳 世之 兆也
︒入 天官 井・ 入宮 禁之 瑞也
︒王 曰︒ 上有 周 元
︒何 居上 位︒ 阿︿ 䨇﹀ 曰︒ 請密 祀北 川神 可矣
︒從 之︒ 未 幾 宣 德王 崩
︒國 人 欲奉 周 元 爲 王︒ 將迎 入 宮︒ 家 在川 北
︒忽 川 漲 不 得 渡
︒王 先 入 宮 卽 位︒ 上 宰 之 徒 衆・ 皆 來 附 之
︒拜 賀 新 登之 主
︒是 爲 元聖 大 王 諱 敬信 金 武︵ 氏︶
︒ 蓋厚 夢 之 應 也︒ 周 元 退 居 溟 州︒ 王 旣 登 極︒ 時 餘 山 已 卒 矣
︒ 召 其子 孫賜 爵︒ 王之 孫有 五 人︒ 惠忠 太 子・ 憲 平太 子
・禮 英 匝干
・大 龍 夫 人・ 小 龍夫 人 等 也︒ 大王 誠 知 窮 達之 變
︒ 故 有 身 空 詞 腦 歌︹ 歌 亡 未 詳︺
︒王 之 考 大 角 干 孝 讓︒ 傳 祖 宗 万 波 息 笛︒ 乃 傳 於 王
︒王 得 之︒ 故 厚 荷 天 恩
︒其 德 遠 輝⒄
︒ 新羅
の二 等官 であ る金 敬信 が︑ ある 日夢 を見 た︒ 眠り から 覚め て﹁ 使人
﹂に 夢を 解い ても らう
︒そ の人 は﹁ 䇔頭 を 脱 いだ のは やが て失 職す る兆 であ り︑ 琴を 手に 持っ てい たの は枷 を著 ける 兆で あり
︑井 戸は 監獄 を意 味す る﹂ と解 い た
︒と ころ が︑ 次に 六等 官の 餘山 にも う一 度夢 解き を して も ら うと
︑﹁ 䇔 頭 を脱 い だ の は上 に い る人 が い ない こ と で あ り︑ 素笠 をか ぶっ たの は王 冠を かぶ る兆 であ り︑ 十二 絃の 琴は 十二 代孫 が王 位を 継ぐ とい う兆 であ り︑ 天官 の井 戸 に 入る のは 宮殿 に入 る兆
﹂だ と︑ 最初 の解 釈と は全 く異 なっ ため でた い兆 しだ とい う︒ 後に
︑金 敬信 は新 羅第 三八 代
― 217 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
の 王︵ 在位 七八 五年
〜七 九八 年︶ とな る︒ 崔 友柱 氏 は﹃ 三 国遺 事
﹄に 収 録さ れ て い る夢 説 話 三四 編 を 素 材別 に 分 類し
︑国 家 と 関連 す る 夢︑ 個 人 と 関 連 す る 夢
︑宗 教と 関連 する 夢に 分け て考 察 した
︒な お
︑﹃ 三 国遺 事
﹄の 夢 説話 に 表 れ た夢 の 機 能と 意 味 から
︑夢 者
︵夢 を 見 た 人︶ の意 思と 関係 のな い予 示的 機能 と︑ 夢者 の願 望が 夢に 繋が る
!
願的 機能 があ ると して 考察 した︒崔 友柱 氏は 当 話 を﹁ 国家 と関 連す る夢
﹂の 下位 類 型﹁ 登極 夢 説 話﹂ に分 類 し︑
﹃ 三国 遺 事
﹄に 出 てく る 登 極夢 説 話 はこ の
︿元 聖 大 王
﹀が 唯一 だと いう
⒅
︒ 崔友 柱氏 はこ の記 事に つい て﹁ 元聖 王は 自身 に有 利な 解釈 を受 け入 れ︑ その 実現 のた めに 至誠 を尽 くし た結 果︑ 彼 は 本来 自身 の役 割で はな かっ た王 位に 就く こと にな る︒ この よう に夢 は典 型的 な基 準や
︑絶 対的 な尺 度が なく 夢を 解 く 人や 夢を 見た 人が 置か れた 状況 や心 理状 態に 関係 があ るこ とが 分か る︒ しか し︽ 三国 遺事
︾の 夢説 話に 表れ てい る よ うに
︑夢 は古 代社 会で 階級 に関 係な く巨 大な 影響 を及 ぼし た︒ 夢に 見え る各 種の 夢想 は天 命と 崇め られ
︑正 当性 と 絶 対性 を 持 ち︑ 個人 や 国 家の 運 命 を決 定 す る 重要 な 役 割を し た﹂⒆ と
︑古 代 朝鮮 に お け る夢 の 巨 大な 影 響 力に つ い て 論 じ て お ら れ る︒ 当 時︑ 夢 解 き の 力 で 即 位 の 兆 し を 捉 え た 逸 話 は﹃ 高 麗 史 節 要﹄ 顯 宗 元 文 大 王 の 條 に も 載 っ て お り⒇
︑そ の後 の時 代に も見 るこ とが でき る︒
﹃芝 峰類 説﹄ 夢入 破屋 中
︹原 文︺ 釋王 寺︒ 在安 邊劍 峯山
︒世 傳僧 無學 居此 山土 窟中
︒我 太祖 龍潛 時訪 而問 之曰
︒夢 入破 屋中
︒負 三椽 而出
︒ 此 何祥 也︒ 無學 賀曰
︒負 三椽 者王 字也
︒又 問夢 花落 鏡墜
︒此 則何 祥︒ 無學 卽曰
︒花 飛終 有實
︒鏡 落豈 無聲
︒太 祖 大 喜︒ 卽其 地創 是寺
︒仍 以釋 王名 之︒ 舊有 太祖 親筆 而失 於兵 火︒ 只刻 板存 焉︒ 僧休 靜作 山水 記︒ 備載 其事
︒寺 出
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 218 ―
善 梨︒ 每年 上貢
︒有 梨花 堂勝 絶︒ 有水 碓三 十餘 所︒ 余題 詩云 泉春 水碓 雷千 杵︒ 月照 梨花 雪一 庭︒ 乃記 實也
!
︒ 朝鮮
を建 国し た太 祖︵ 在位 一三 九二
〜一 三九 八年
︶李 成桂 にま つわ る話 であ る︒ 李成 桂が 登極 する 前︑ 将軍 だっ た 頃 に︑ 家が 壊れ て垂 木が 落ち
︑垂 木三 つを 背負 って 出て くる と咲 いて いた 花や 鏡が 落ち る夢 を見 た︒ ある 破字 占︵ 漢 字 を 崩 して 吉 凶 を占 う こ と︶ が 得意 だ と 名の 知 ら れて い る 無 學大 師 に 夢解 き を 頼ん だ と こ ろ︑ 垂木 三 つ を 背 負 っ て
﹁王
﹂の 字を 作る とい うこ とは
︑い ずれ 王に なる とい う 夢 だと 解 釈 した
︒後 に 本 当 に王 に な り︑ 実に 感 動 した 李 成 桂 が
︑後 日無 學大 師に 会っ たと ころ に大 きな 寺刹 を建 てた
︒そ れが
︑現 在韓 国江 原道 高山 郡雪 峰里 に位 置す る寺 刹で あ り
︑釋 王寺 とい う名 の由 来で もあ る︒ 先ほ ど挙 げた 元聖 王の 登極 譚や 太祖 李成 桂の 登 極譚 は
︑韓 国 各地 域 の 口承 説 話 を 集大 成 し た﹃ 韓国 口 碑 文 学大 系
﹄ に 伝承 が採 録さ れて いる
"
︒ 二
韓 国 の口 承 説 話に お け る夢 解 き の事 例
﹃ 韓国 口碑 文学 大系
﹄︵ 以下
︑﹃ 大 系﹄
︶は
︑韓 国の 国立 大学 院大 学で ある 当時 の﹁ 韓国 精神 文化 院﹂
︵ 現︑
﹁韓 国学 中 央 研究 院﹂
︶ 語文 研究 室が 中心 とな り︑ 一九 七九 年か ら一 九 八 四年 に か けて
︑全 国 の 約 四割 に 当 たる 六
〇 の郡 の 口 碑 文 学を 調査 収集 した 資料 集で ある
︒資 料集 は一 九 八八 年 に 全八 二 冊 で完 成 さ れ た︵ 索引 な ど 別冊 三 冊 が ある
︶︒ 採 録 さ れた 資料 は説 話一 五一
〇七 篇︑ 民謡 六一 八七 篇︑ 巫歌 三七 六篇
︑そ の他 二一 篇で ある
#
︒ 崔明 林氏 は﹃ 大系
﹄に おけ る夢 モテ ィー フを もつ 口承 説話 を啓 示的 話素 型と 象徴 的話 素型 に分 類し
︑象 徴的 話素 型
― 219 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
の 夢モ ティ ーフ はさ らに 胎夢 話素 型と 解夢 話素 型と に分 類さ れ た!
︒最 近 の論 考 と して は
︑朴 蓮 淑氏 が
﹃大 系
﹄採 録 話 一 三 話と
﹃任 晳 宰 全集 韓 國 口 傳説 話
﹄"
採 録 話 七話 を 挙 げ︑ 部分 的 に 日 本の 民 話︿ 夢 見小 僧
﹀と 類 似し て い る と 指 摘 し︑ 比較 考察 をさ れて いる
#
︒ 崔明 林氏 の類 型分 類で 注目 した いの は解 夢話 素型 に該 当す る口 承説 話で ある
︒崔 明林 氏は
﹃大 系﹄ 採録 話二 三話 を 解 夢話 素型 に分 類し
︑下 位分 類に 吉夢 型一 八話
︵䨥 馬$
型
︑夢 解き 型︶
・ 凶夢 型五 話に 分類 さ れ た%
︒ だが
︑さ ら に 筆 者 が調 査し た結 果︑ 崔明 林氏 の分 類に よる 解夢 話素 型に 含ま れる と判 断さ れる 口承 説話 が︑ 先述 の二 三話 以外 に三 話 発 見で きた ので
︑よ り詳 細な 検討 を要 する と 考え ら れ る︒ しか し
︑﹃ 大 系﹄ に採 録 さ れ てい る 口 承説 話 は 民謡 や 巫 歌 を 除い ても 一万 五千 以上 あり
︑﹁ 夢
﹂が 登場 する 事例 は相 当 な 数を 示 す︒ 中 でも 夢 解 き や夢 を 語 るか 語 ら ない か が 説 話 展開 にど のよ うな はた らき をし てい るか
﹃大 系﹄ 全体 を通 して 明ら かに する のは 今後 に委 ねる とし て︑ 今回 は崔 明 林 氏や 朴蓮 淑氏 等の 先行 研究 を手 掛か りに
﹃大 系﹄ に採 録さ れて いる 夢解 き・ 夢語 りに まつ わる 口承 説話 を検 討し た い と思 う︒ それ によ って
︑韓 国に おけ る古 くか らの 夢解 き・ 夢語 りに 対す る考 え方
︑捉 え方 を探 って 行き たい
︒
︵一
︶夢 解き によ って 吉夢 にな る説 話
※本 稿 で 紹介 す る﹃ 大 系﹄ 所収 説 話 の 日本 語 訳 は︑ 特記 の な い限 り 全 て 筆者 に 依 る&
︒ な お︑ 類 型 番 号 は
﹃大 系
﹄ の 巻│ 号︵ 頁︶ と示 す︒
2-3
︵
98
︶﹁ 王様 の夢 の夢 解き
﹂ 採録 日 一九 八〇 年一 一月 一六 日 採録 地 江原 道三 陟郡 三陟 邑三 陟四 南陽 二里
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 220 ―
採録 者 キム
・ソ ンプ ン 語り 手 チェ
・ス イル
︵男
・六 八歳
︶
︹説 明︺
* 語 り 手 は 漢 文 の 知 識 が あ る 方 で
︑ 漢 文 を 字 で 書 き な が ら 語 っ た
︒
*
︹本 文︺ あの
︑王 様が ね︑ 夢を 見る と︑ 初更
!
に三 角山
"
がど っと 崩れ た︒ これ は大 変だ
︒そ れ で︑ 寝 もせ ず に
︑も う 少 し
︵し て から
︶眠 り に 付い た の だ が︑ 三更
#
頃︑ 漢 江$
の 水 が 全 て 乾 い て 干 か ら び た︒ 干 か ら び て し ま っ た の だ
︒ そ う︑ この 国が どう も良 くな いこ とに なる とい うこ とだ ろう
︒夢 に︒ それ で王 様が その 翌日 朝会 をす ると き︑ 臣下 を ず ら り と集 め て︑ 私 がこ ん な こ んな 夢 を 昨夜 見 た のだ が
︑卿 た ち は︑ この 夢 に つい て 夢 解 き を し︑ 申 し 出 よ︒ そ の 時
︑そ の︵ ある
︶人 がで んと 前に 出て きて
﹁そ の夢 はと ても 良い 夢で す﹂ 良 いと いう のだ
︒な ぜそ うな のか と聞 くと
︑三 角山 が崩 れた のに 何が 良い のか
?﹁ 三角 山盡 地太 平﹂ だ︒ 三角 山が 尽 き る︵ なく なる
︶の で︑ 地が 太平 であ る でし ょ う︑ 漢 江の 水 が 乾く の は
︑﹁ 漢 江水 盡
!
卵得﹂だ
︒漢 江 の 水が 乾 い た か ら︑ 龍の 卵を 得る でし ょう とい う︒ 多分
︑王 后に 懐妊 の兆 があ り︑ 息子 を産 む夢 なの だろ う︒ その よう な夢 解き が あ った そう だ︒
︹ 聴衆
:
は は︺ 右の
説話 は一 見凶 夢の よう な内 容を 良い 方向 に夢 解き した おか げで 現実 の事 柄も 良い 方向 に進 む事 例で ある
︒類 話 に
︑
2-2
︵
772
︶﹁ 鰲城 の 夢 の夢 解 き﹂ が ある
︒
2-3
︵
98
︶﹁ 王 様の 夢 の 夢 解き
﹂と ほ ぼ 同じ 内 容 で
︑大 王 が 三 角 山 が 崩 れ る 夢を 見る のも 同じ だが
︑鰲 城と いう 著名 な人 物が 七歳 とい う年 齢で その 大王 が見 た夢 を夢 解き した とい う逸 話で あ る
︒次 は科 挙試 験を 受け にソ ウル に上 京し た者 が見 た夢 を上 手く 解釈 した 事例 であ る︒
― 221 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
8-7
︵
500
︶﹁ 孫兵 使の 科挙 夢﹂ 採録 日 一九 八一 年一 月二 二日 採録 地 慶尙 南道 密陽 郡武 安面 武安 里 採録 者 ジョ ン・ サン バク 他三 人 語り 手 グ・ ジャ ンフ ェ︵ 男・ 六六 歳︶
︹本 文︺ 孫兵 使が
︑昔
︑ソ ウル に科 挙試 験を 受け に 上 京し た 時︑ 夜 にな り
︑途 中 あ ると こ ろ で寝 た の だが
︑瓶 の 首 が ポ キッ と割 れる 夢を 見た
︒そ れで
︑目 が覚 める と夢 だっ たの で︑ とて も気 分が 良く なか った ので
︑近 所の 夢解 きが 上 手 な人 のと ころ へ行 って 訊い た︒
﹁昨 夜夢 を見 ると
︑瓶 の首 が割 れた ので すが
︑ど うい う意 味で すか
﹂ と 訊く と︑
﹁あ あ︑ 瓶の 首が 取れ たと いう のは
︑人 の首 が取 れる の と 同じ な の だか ら
︑科 挙 試 験で も 何 でも
︑む や み にソ ウ ル に 行 くの を辞 めな さい
﹂ と いう
︒こ う話 すの です
︒し かし
︑孫 兵使 は科 挙試 験を 諦め るわ けに は行 けな かっ たの で︑ もう 一人 の夢 解き を訪 ね て 訊き まし た︒ もう 一ヶ 所訪 ねて 行っ て︑ 夢解 きの 先生 を訪 ねて 行っ て
﹁昨 夜︑ この よう な夢 を見 て︑ ある とこ ろで 夢解 きを して も ら うと 科 挙 試験 を 受 け に行 く な と︒ 私が 死 ぬ こと に な る ら しい です が︑ どん な夢 なの です か﹂ こ う訊 くと
︑
﹁急 いで 行っ て夢 を返 して もら って きな さい
﹂
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 222 ―
と いう ので す︒ それ で︑ 先に 夢解 きを した あの 人の とこ ろに 行っ て︑ 夢を 返し ても らい まし た︒
﹁返 して もら って きま した
﹂ と いう と︑
﹁で は︑ 私が 夢解 きを して あげ よう
︒あ なた はソ ウル に 行 った ら 兵 使の 科 挙 試 験を 受 け ます
︒兵 が 死 んだ の で
︑兵 使 の 科挙 にな りま す﹂ と いっ た︒ それ で︑ 孫兵 使は その まま 上京 し︑ 兵使 にな った
︑と いう 話が あり ます
︒ 朝鮮
時代
︑官 僚に なる ため の科 挙試 験は 立身 出世 の登 竜門 であ った
︒科 挙試 験に まつ わる エピ ソー ドは 口承 説話 に 多 く見 るこ とが でき
︑そ のよ うな 大事 を控 えて 見る 夢に も興 味が 持た れ︑ 語り 継が れた
︒兵 使と は︑ 朝鮮 王朝 時代 に 地 方 の 兵馬 を 指 揮し た 従 二 品 の 武 官 で あ る 兵 馬 節 度 使 の こ と で あ る
︒話 の 途 中︑ 瓶 の 首 が 落 ち た と い う の は
︑﹁ 瓶
︵韓 国 語 読 み
: byoung
﹂﹂ が﹁ 死︵ 韓 国 語 読 み
: sa
︶﹂ し た と い う 意 味 で︑ こ れ を 同 じ 音 読 で あ る﹁ 兵 使︵ 韓 国 語 読 み
: byoung sa
︶﹂ の 官 職 と解 い た ので あ る︒ 類 話に
8-9
︵
505
︶﹁ 夢解 き を 上 手 く や っ て 科 挙 に 合 格 し た 話﹂
︑
8-8
︵
194
︶
﹁孫 兵使 の夢 の夢 解き
﹂が ある
︒
8-8
︵
194
︶ は
8-7
︵
500
︶ と大 同小 異の 同話 で あ るが
︑
8-8
︵
194
︶ は 漢字 を 知 らな い 語 り 手 の口 述で
︑漢 字を 使っ た夢 解き では なく 違う 解釈 をし たた め︑ この よう な変 異型 が生 まれ たの であ ろう
︒夢 を上 手 く 解釈 して 成功 へと 進む 話の よう に︑ 夢を 上手 く解 釈し て命 を救 う事 例も 見る こと がで きる
︒
5-3
︵
358
︶﹁ 虎に 食わ れる 厄を 除け る夢 の夢 解き
﹂ 採録 日 一九 八七 年七 月三
〇日 採録 地 全羅 北道 扶安 郡茁 浦面
― 223 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
採録 者 チェ
・ネ オク 他二 人 語り 手 チェ
・ギ ョン ホ︵ 男・ 六五 歳︶
︹説 明︺
* 茁 浦 面 の 老 人 会 館 で
︑ 語 り 手 が 書 い て き た 話 の 中 の 一 つ で
︑ 九 人 の 聴 衆 が い る 中
︑ 午 後 五 時 一
〇 分
︑ 興 に 乗 っ た 雰 囲 気 の 中 で 口 述 し た
︒ 十 五 歳 の 時
︑ 舍 廊 房!
の 老 人 か ら 聞 い た と い う
︒
*
︹本 文︺ これ また 短い 話を 一つ しよ う︒ 昔は
︑勉 強を 教わ るに は あ の深 い 山 の中 に 入 っ て五 人 く らい が こ うや っ て 集 ま って 勉強 をし た︒ 先生 が︑ 金持 ちの 子た ちを 一〇 人ほ ど︑ 山越 えま た山 を越 え︑ 山の 奥の 静か なと ころ で勉 強を 教 え るこ とに なっ た︒ する と︑ そこ で自 炊も する のだ が︑ 自分 でご 飯も 炊い て食 べな がら
︑衣 服は 半月 だけ でも 自分 の 家 から 持っ てき ても らっ て︒ 服も 洗濯 して あげ たり しな がら 勉強 をさ せて いた
︒ ある 日の 朝︑ 先生 が用 を足 しに 行く 途 中︑
︵用 を 足 すと こ ろ が︶ すぐ 近 く だ った ら し い︒ 用を 足 し てい る と
︑あ る 子 が
﹁俺
︑ど うも 夢見 が悪 かっ たん だ﹂
﹁何 の夢 をど うや って 見た って いう んだ
﹂
﹁い やあ
︑俺 が台 所の 焚口 の穴 の中 に入 って
︑煙 突か ら出 て行 った んだ
﹂ 台 所 の 焚 口 か ら 入 っ て
︑煙 突 か ら 出 て き た と い う︒ 以 前 は 煙 突 を 横 に︑ 藁 葺 の 家 は そ う や っ て 煙 突 を 作 っ た ん だ"
︒そ うい うと
︑そ こで 器用 な子 がし ばら くし て言 った のが
︑台 所の 焚口 か ら 入 って 煙 突 から 出 て くる の が
︑何 か が 口か ら入 って 尻か ら出 てく ると いう のだ った
︒︹ 一 同
:
笑い︺
﹁お 前は 虎に 食わ れる とい う夢 さ﹂ 虎に 襲わ れ連 れて 行か れる とい う夢 だと いう
︒虎 に食 べら れて
︑糞 をし たら
︑後 ろか ら出 てく るじ ゃな いで すか
?
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 224 ―
そ れも 間違 って はな い︒ 台所 の焚 口か ら入 って
︑煙 突か ら出 てき たと いう のだ から
︒こ うや って でん と夢 を解 いて し ま った のだ
︒ 先生 が用 を足 しな がら 聞い てい ると
︑け しか らん やつ なの だ︒ 縁起 の悪 い答 え方 をす るの だか ら︒ 先生 が用 を足 し て から 入っ てき て︑
﹁お 前た ち︑ 今ち ょう ど何 の話 をし てい たの だ﹂ と 訊く と︑ 隣で 夢を 見た 子が
﹁私 があ んな こん な夢 を見 まし た︒ そし たら あの 子が 夢解 きを こう やっ たん です
﹂ 先 生が
︑
﹁お 前た ち二 人︑ こっ ちに 来な さい
﹂ と いい
︑二 人を どん と前 に座 らせ て︑
﹁お 前︑ 夢を この 子に 元通 りに 売り なさ い﹂ 夢 解き をし た子 に︑ 夢を 見た 子に 元通 りに 売り なさ いと 言っ たの だ︒
﹁で はど うや って 売れ ばい いの です か﹂
﹁﹃ 私が お金 をい くら でも 渡す から 夢を 私に 売り なさ い﹄ とい った ら﹃ 分か った
︑私 が買 おう
﹄と
︑こ う言 いな さい
﹂ と いう と︑ 二人 はし ばら くし て
﹁お 前︑ 夢を 私に もう 一度 売っ てく れよ
﹂
﹁夢 代を 出せ
﹂
﹁ほ ら︑ ここ にあ るよ
︒こ れで 買っ た﹂
― 225 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
そ うし て︑ 夢解 きを した 子の ふく らは ぎを むち で叩 きな がら
︑
﹁全 く︑ こん なに 軽率 な人 がど こに いる だろ うか
︒口 をそ んな に軽 率に 開い ては 駄目 だ︒ 口と は第 一に 硬く なけ れば
︑ 軽 くて はな らぬ
﹂ む ちで 打っ てか ら︑ また 夢を 見た 子に
﹁お 前も そん な貴 い夢 を見 たの なら
︑夢 の話 を明 るい 時 に 話す ん じ ゃな い
︒日 が 暮 れた 後 に 夢の 話 を しな い と
︑な ぜ 明 るい 時に した のか
﹂ と いい
︑ふ くら はぎ を三 回叩 いて
︑座 らせ ては 反省 して 謝れ とい った
︒す ると
︑先 生に 二人 は両 膝を つい た︒
﹁申 し訳 あり ませ んで した
﹂
﹁う む︑ もう 二度 とそ うし ては なら ない ぞ﹂
︵先 生は
︶な かっ たこ とと 認め た︒ そし て︑
﹁私 がこ れか らお 前の 夢に つい て夢 解き をし てや ろう
︒お 前は 今日 古く なっ た服 を脱 ぎ捨 てて
︑新 しい 服を 着る 夢だ
﹂ 古 くな った 服を 脱ぎ 捨て て新 しい 服を 着る 服だ と︒ 返事 をし なさ いと いう と︑
﹁は い﹂ と いっ た︒ そう して から 一日 が経 って 日が 暮れ て︑ 三更 頃に なっ たの だが
︑昔
︑山 の中 に虎 や猪 のよ うな 野獣 がう じ ゃ う じ ゃい た ら しい
︒そ れ で︑ 虎 が 門の 前 に 来て ガ オ ーと 鳴 き 声 を出 し た︒
︵ 子供 を
︶出 せ と い っ て い る の だ か ら
︑ 先 生は 冷や 汗を かい た︒ その 先生 は雑 鬼︵ 得体 の しれ な い 鬼神 や 魔 物︶ を祓 っ た り︑ 虎 も追 い 払 う技 を 持 っ てい た
︒ そ の日 の夜
︑ど うや った かと いう と︑ 論 語・ 孟子 が あ る︒ 序文
︑周 易 と かの 序 文 が ある の だ が︑ その 序 文 に 通達 し
︑ 丸 暗記 をし たら 雑鬼 も襲 う事 がで きな いの であ る︒
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 226 ―
先 生が 序 文 を読 み 上 げて 虎 を や っ と の こ と で 追 い 払 っ て
︑そ の 日 死 ぬ の を 免 れ た の だ︒ ぼ ん や り と 夜 が 明 け て
︑
︵子 供 の︶ 父親 が 脂 汗を か き な がら 自 分 の息 子 の 服を 持 っ て きた ら し い︒ だか ら
︑そ の 先生 が そ れ を し な か っ た ら
︑ そ の日 虎に 食わ れる 運命 だっ たの だ︒ 先生 が全 て無 事に 解決 して くれ て︑ 新し い服 を着 て︒ 台所
︵の 焚口
︶に 入っ て 煙 突か ら出 てく ると いう のは
︑す なわ ち新 しい 服を 着る とい うこ とで もあ るの だ︒ それ で︑ 先生 が夢 解き を新 しく 解 い てく れた らし い︒
︹ 笑い
︺ こ
れ ら の 事 例 か ら 夢 に 対 す る 考 え 方 が 散 見 さ れ る
︒先 ほ ど 挙 げ た
8-7
︵
500
︶の
﹁夢 を 返 し て も ら っ て き な さ い
﹂ や
︑
5-3
︵
358
︶ の﹁ お前
︑夢 を こ の子 に 元 通 りに 売 り なさ い
﹂と い う言 葉 は
︑夢 を もの の よ うに 表 現 して い る
︒こ の よ うな 夢の 扱い は日 本の 文献 説話 にも 見る こと がで きる
︒太 山寺 本﹃ 曽我 物語
﹄巻 二に は︿ 時政 が女 の事
﹀の 段か ら
︿橘 の事
﹀の 段に かけ て姉 妹が 夢を 売買 する 事例 が載 っ て いる
︒本 文 は 長い の で 概 要を 示 す と︑ 北条 時 政 には 先 腹 の 二 十一 の君
︵北 条政 子︶ と︑ 当腹 の十 九の 君・ 十六 の君 の三 人の 娘が いた
︒十 九の 君が
︑高 い峰 に登 って 月と 太陽 を 左 右の 袂に 入れ て橘 が三 つ実 った 枝を 手に する とい う夢 を見 た︒ 夢か ら覚 めて
︑女 の身 とし て考 えら れな い夢 なの で 姉 に訊 ねて みる と︑ 二十 一の 君は 即座 に目 出度 い夢 と判 断し
︑何 とか 夢を 我が 物に した いと 考え
︑十 九の 君に その 夢 は 恐ろ しい 夢だ と脅 し︑ 私が その 夢を 買っ てあ げよ うと 言っ た︒ 十九 の君 が以 前か ら欲 しが って いた 北條 の家 に伝 わ る 唐の 鏡に 唐綾 の小 袖を 添え て︑ 二十 一の 君は 夢を 買い 取っ た︒ 十九 の君 は喜 んで 帰っ て行 った
︒吉 夢を 買い 取っ た 二 十一 の君 は頼 朝の 妻と なり 頼家 と実 朝と いう 二人 の男 児を 産む
︑と いう 内容 であ る︒ 北条 政権 の始 発で あり 代表 であ る北 条政 子!
は 頼朝 の妻 とな り︑ 頼朝 の死 後 も 鎌 倉幕 府 を 主導 し た 人物 で あ る︒ 政 子 は妹 の夢 をも のの よう に買 い取 り︑ 代価 を払 う︒ 互 いが 承 知 の上 で 夢 を売 り 買 い する 事 例 とは 異 な る が︑
﹃宇 治 拾
― 227 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
遺 物語
﹄第 一六 五話
﹁夢 買ふ 人の 事﹂ には 夢を 見た 当人 の知 らな いう ちに その 夢が 他人 に取 られ る説 話が 集録 され て お り!
︑日 韓 共に 夢 を 目に 見 え る 商品 の よ うに 売 っ たり 買 っ た り︑ 返 し て も ら っ た り す る 部 分 に お い て 共 通 し て い る
︒ そし て︑ これ ら夢 解き によ って 吉夢 にな る説 話の 事例 を概 括す ると
︑良 い夢 を見 るの も大 事だ が夢 をし っか り解 釈 す るこ とも 重要 とい う思 考が 窺え る︒ 言い 換え ると
︑夢 での 啓示 の意 味を 正確 に捉 えな けれ ば夢 が持 つ本 来の 機能 を 発 揮 で きな い 恐 れが あ る と 考え ら れ るの で あ る"
︒﹃ 宇 治 拾 遺 物語
﹄第 四 話﹁ 伴 大納 言 事﹂ は 大納 言 の 伴 善男 が せ っ か く 天 下を 取 る よう な 高 相 の夢 を 見 たの に 妻 に夢 合 わ せ をし た た め幸 運 を つか み そ こ ねた と い う内 容 が 描か れ て い る
﹃ ︒ 宇 治拾 遺物 語﹄ 第四 話﹁ 伴大 納言 事﹂
︹原 文︺ これ も今 は昔
︑伴 大納 言善 男は 佐渡 国郡 司が 従者 也︒ 彼国 にて 善男
︑夢 に見 るや う︑ 西大 寺と 東大 寺と をま たげ て立 たり と見 て︑ 妻の 女に この よし を語 る︒ 妻の い は く︑
﹁ そこ のま たこ そ︑ 裂か れん ずら め﹂ と合 はす るに
︑善 男︑ おど ろき て︑
﹁よ しな き事 を語 てけ るか な﹂ と お それ 思て
︑主 の郡 司が 家へ 行向 ふ所 に︑ 郡司
︑き はめ たる 相人 也け るが
︑日 来は さも せぬ に︑ 事の 外に 饗応 し て
︑わ らう だと りい で︑ むか ひ て︑ 召し の ぼ せけ れ ば︑ 善 男︑ あや し み を なし て
︑﹁ 我 をす か し のぼ せ て
︑妻 の い ひつ るや うに
︑ま たな ど裂 かん ず るや ら ん﹂ と 恐思 程 に︑ 郡 司が い は く︑
﹁ 汝︑ やむ ご と なき 高 相 の夢 見 て け り
︒そ れ に︑ よ しな き 人 に語 り て け り︒ かな ら ず︑ 大 位に は い た る と も
︑事 い で 来 て︑ 罪 を か ぶ ら ん ぞ﹂ と い ふ
︒
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 228 ―
然あ ひだ
︑善 男︑ 縁に つき て︑ 京上 して
︑大 納言 にい たる
︒さ れど も︑ 猶︑ 罪を かぶ る︒ 郡司 がこ とば にた が は ず!
︒ 善男
は吉 夢を 妻に 話し
︑股 が裂 かれ る︵ 痛く なる
︶と 夢合 せを 間違 える こと で︑ 善男 は大 納言 の地 位に 昇っ たが 罪 を 受け た︒ 最後 まで 上手 くい くは ずだ った のに
︑一 つ 間違 え て 吉の 半 分 を損 な っ た とい っ た よう な 展 開 であ る
︒﹃ 大 鏡
﹄巻 第三 の藤 原師 輔の 伝が 当説 話の 類話 と して 知 ら れて お り︑
﹃ 大鏡
﹄の 結 語 で は語 り 手 が﹁ いみ じ き 吉相 の 夢 も あ しざ まに あは せつ れば たが ふ﹂ と昔 から 伝え られ てお り︑ うっ かり とも のの 道理 のわ から ない よう な人 の前 で夢 の 話 など を決 して 話し ては いけ ない と念 を押 して いる
"
︒ 樋 口清 之氏 は文 化史 的視 点か ら日 本人 の夢 につ い て論 じ る 中で
﹁夢 合 せ を間 違 え て 合わ せ る と︑ せっ か く の 吉夢 も
︑ 水 泡に 帰す だけ でな く︑ 逆に 悪い 結果 をも たら すと いう 信仰 が起 こ る
﹂# と い う 見解 を 示 し︑
﹃宇 治 拾 遺物 語
﹄第 四 話 に つい て﹁ 内裏 を抱 いて 立つ とは
︑い うま でも なく
︑最 高権 力者 にな るこ とを 暗示 して いる が︑ せっ かく の吉 夢を い い 加減 に 合 わせ た た めに 実 現 でき な く な った と し てい る わ けで あ る﹂$ と 述 べ てお ら れ る︒ さら に 会 田氏 は
︑氏 の 論 考 で 夢 を合 わ せ るべ き 者 は﹁ 特 別な 霊 的 才能 の 持 ち主
﹂と 具 体 的 な例 を 挙 げ彼 ら を﹁ 資 格あ る 者
﹂と 称 して い る%
︒ 会 田氏 の言 葉を 借り てい うと 善男 は﹁ 資格 ない 者﹂ であ る妻 に夢 合わ せを 間違 った わけ で︑ 樋口 氏の いう
﹁吉 夢を よ し なき 人に いい 加減 に合 わせ たこ と﹂ が善 男の 失敗 の要 因と して 指摘 でき る︒ つま る所
︑﹃ 三 国遺 事﹄ 元聖 大王 の條 や﹃ 大系
﹄
8-7
︵
500
︶︑
5-3
︵
358
︶ 等の 韓国 の 事 例 は最 初 夢 解き を 間 違え て も 吉 夢 に解 釈し 直す こと が許 され るが
︑﹃ 宇 治拾 遺物 語
﹄の 伴 善男 や
﹃大 鏡﹄ の 藤原 師 輔 の 伝で は 一 度夢 合 わ せを 間 違 え た 時点 で吉 夢の 力は 夢を 見た 者の 手か ら離 れて しま うの であ る︒ 言い 換え ると
︑こ れら の事 例か ら見 て韓 国に 比す る
― 229 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
と 日本 では
﹁最 初に 夢を 語る 対象
﹂を 慎重 に見 極め なけ れば いけ ない とい う考 えが 強く
︑夢 とは 一度 夢合 わせ を間 違 え たら 合わ せ直 すこ とが でき ない もの と捉 えら れて いた と看 取さ れる
︒ とこ ろが
︑韓 国に おい ては
﹁資 格あ る者
﹂に 夢解 きを して もら って も︑ いつ 解釈 する かに よっ て吉 凶が 逆転 する 場 合 もあ った よう であ る︒
︵二
︶夢 解き によ って 凶夢 にな る説 話
8-3
︵
457
︶﹁ 豚の 夢の 夢解 き﹂ 採録 日 一九 八〇 年八 月九 日 採録 地 慶尙 南道 晋陽 郡金 谷面 倹岩 里車 峴 採録 者 ジョ ン・ サン バク 他二 人 語り 手 リュ
・ジ ェウ ォン
︵男
・六 五歳
︶
︹説 明︺
* 午 後 八 時 ご ろ
︑ リ ュ デ ボ ン 氏 宅 の 板 の 間 に 三 人 の 老 人 を 招 い て 話 を 聞 い た
︒ ど ん な 話 で も 良 い の で し て も ら い た い と 言 っ た と こ ろ
︑ こ の 話 を 初 め に 語 っ て く れ た
︒ 聴 衆 は 最 後 の 部 分 に 行 く と
︑ 夢 解 き が う ま い と 大 い に 笑 っ た
︒
*
︹本 文︺ 夢の 話と いう もの をひ とつ 私が して み ま しょ う
︒昔
︑夢 解 きが う ま い 人が い た んだ が
︑そ の 人が
﹁私 は 夢 解 き をし てい る﹂ と言 って いた 頃︑ 隣に 住ん でい た若 者が 三人 で夢 を見 たん だ︒ 夢を 見た んだ が︑ その 日の 夕方 に眠 っ て どん な夢 を見 たの かと 聞く と︑ 三人 とも 豚の 夢︑ 豚を 眺め てい たと
︑豚 の夢 を見 たそ うだ
︒︻ 聞 き取 り不 能︼ さあ
︑ 三 人と も行 って
︑︹ 聴 衆
:
夢の 話が 聞き たい んだ か ら︑ そ れだ け し ゃべ っ た ら 良い じ ゃ ない か︺そ れ で三 人 で
︵夢 解 き がう まい 人の とこ ろに
︶行 った んだ が︑ 一人 がま ず初 めに 夢解 きを して もら った とこ ろ︑
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 230 ―
﹁あ なた は夕 べ︑ 実に 良い 夢を 見ま した
︒豚 の夢 を見 たの で︑ 今日 は財 運が ある でし ょう
﹂ そ うし て帰 らせ て︑ その 次の 人に は︑
﹁あ なた も良 い夢 を見 たの で︑ いく らか お金 が手 に入 ると 思い ます
﹂ そ う言 った んだ
︒そ して その 次の 人の 話を 聞い て事 情を 汲み 取る に︑
﹁何 と︑ あな たの 見た 夢は 悪い 夢で す︒ とに かく 今日 は一 歩 も 家の 外 に 出て は い け ませ ん
︒さ も なけ れ ば 大変 な こ と に なる でし ょう
﹂ そう して いる うち に︑ 隣で 宴を 開い たん だ︒ 開い たん だが
︑一 日中 酒を 飲ん で︑ 出て 行こ うと した とこ ろ︑ 夢解 き を して もら った ので
︑出 て行 こう かど うし よう か︑ 布団 をか ぶっ て一 日外 に出 ずに いた とこ ろ︑ 日が 暮れ る頃 にな っ て 宴 を やっ て い た人 た ち が ほと ん ど 帰り
︑﹁ も し 外に 出 た ら どう な る のだ ろ う か﹂ と思 っ て そ っと 出 て 行 っ た ん だ
︒ 出 て行 くと
︑酒 を飲 んだ 人が 一人 やっ て来 て︑ 頭ご なし に︑
﹁お 前さ っき どう して たん だ﹂ と 言っ て︑ その 人を 殴り つけ たん だ︒ その 後し ばら くし て︑
﹁外 に出 るな と言 われ たの に︑ 出て 行っ てし まっ たか ら殴 られ たん だ﹂ こ う考 えて
︑真 昼に そっ と出 て行 って
︑酒 を飲 んだ 人に 殴ら れる とい う災 難に 遭っ たん だ︒ そう して 夕方 にま た三 人 で 集ま って
︑
﹁俺 は夢 を見 てか ら︑ 本当 に縁 起が 良か った よ﹂ 自 分た ちだ けで
︑
﹁俺 は今 日意 外な 金が 手に 入っ たよ
﹂
― 231 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
良 いこ とだ らけ だっ たん だ︒ そし て夕 方に 三人 で︵ 夢解 きを して くれ た人 のと ころ に︶ 行っ て︑
﹁私 たち は三 人と も同 じ豚 の夢 を見 たの に︑ 私は 大丈 夫 で︑ こ の人 も 大 丈夫 で
︑ど う し てあ の 人 は殴 ら れ たの で し ょ う か?
﹂ そ う話 した とこ ろ︑
﹁そ れ は豚 が そ う︑ 豚と い う も のは ね
︑君 は 早く 来 た ので
︑早 く 来 て︑
︵ 豚が
︶鳴 け ば 食べ る も の も た く さ ん く れ る し
︑も てな しを 受け たり でき ます
︒そ の次 にま た鳴 けば 牛馬 の小 屋を 建て たと 思い
︑そ の藁 を少 し入 れて やれ ば服 が で きる もの であ り︑ それ から その 後 にま た 鳴 けば
︑﹁ こ い つ︑ うる さ い ぞ﹂ と 棒で 叩 か れる の で す︒ それ が
︑皆 知 っ て いる よう にそ れと 一致 した ので 夢解 きも そう いう 結果 にな った ので す﹂ と 答え たそ うだ
︒昔 はこ んな 話が あっ たん だよ
︒
︹ 翻訳
:
清 水正 樹氏
︺! 本説
話は 頃年 出版 され た﹃ 翻訳
﹃韓 国口 碑文 学 大系
﹄﹄ に 掲 載さ れ て いる も の で︑ 一 般的 に は 吉夢 と 解 釈で き る 夢 だ とし ても
︑同 じ夢 を何 度も 見る と︑ 見た 回数
︑見 た状 況に よっ て凶 夢に なり かね ない とい う話 であ る︒ 事例 によ っ て
︑同 じ夢 を見 た三 人の 人物 が順 番に 夢解 きを して もら うか
︑一 人が 似た よう な夢 を三 回見 る場 合が ある
︒岡 山善 一 郎 氏 は 本説 話 に つい て
﹁夢 占 い の根 拠 を 示し て い るが
︑恐 ら く
﹁豚 の 夢を 三 回 み れ ば 不 吉
﹂︵ 今 村 鞆﹃ 朝 鮮 風 俗 集
﹄ ウ ツボ ヤ書 籍店
︶と いう 風俗 と関 連の ある 説話 で あろ う
︒夢 占 い師 の 占 い通 り に な った の で﹁ 夢 解き が 上 手 な異 人
﹂
︽
212-8
︾と いう 類型 に分 類さ れて いる
︒類 話に は
﹁田 字 解夢
﹂な ど の 二八 話 が 伝 わっ て い る﹂"
と 解説 し て お られ る
︒ 崔 明林 氏は
﹁同 じ夢 を三 回見 て︑ 最初 の夢 は吉 夢と 解き
︑二 回目 も変 わり なく 良い 夢と 解き
︑三 回目 は凶 夢と 解く と い う 三 段階 形 式﹂# が 一 つの 話 型 と して 韓 国 の説 話 に 見 る こ と が で き る と い う︒ 結 局 こ れ は﹁ 素 晴 ら し い 解 夢 家 は
︑
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 232 ―
凶 夢の よう な夢 も吉 夢に 解釈 し得 る奇 抜な 想像 力と 論理 的推 理力 を持 って いな けれ ばな らな い﹂! の であ る︒ この よう に︑ 同じ 夢で も夢 解き によ って 吉夢 にも なっ たり
︑凶 夢に もな るモ ティ ーフ に加 え︑ さら には 夢を 見て い な いの に夢 解き をす ると いう 事例 も存 在す る︒
︵三
︶見 てい ない 夢に つい て夢 解き をす る説 話
5-3
︵
361
︶﹁ 見て いな い豚 の夢 を夢 解き する
﹂ 採録 日 一九 八一 年七 月三
〇日 採録 地 全羅 北道 扶安 郡茁 浦面 採録 者 チェ
・ネ オク 他二 人 語り 手 チェ
・ギ ョン ホ︵ 男・ 六五 歳︶
︹説 明︺
* 語 り 手 が メ モ を し て 持 っ て き た 話 の 一 つ で
︑ 午 後 五 時 二
〇 分 に 笑 い な が ら 口 述 し た
︒ 二
〇 歳 の 頃
︑ 舍 廊 房 で 村 の 老 人 か ら 聞 い た そ う だ
︒
*
︹本 文︺ 以前 は︑ 夢も 見て いな いの に︑ 道理 であ んな こ と にな っ た こと も あ っ たそ う だ︒ そ の︑ 豚の 夢 を 見た ら 良 い と いう ので
︑あ る人 が︑ 豚の 夢を 見て もい ない のに
︑夢 解き をす る人 がい たの だが
︑そ の人 を訪 ねて 行っ て︑
﹁誰 々さ ん︑ 誰々 さん
﹂
﹁は い﹂
﹁私 がで すね
︑昨 晩豚 の夢 を見 たの です が︑ ちょ っと 夢解 きを やっ てく ださ いな
﹂
﹁お お︑ あな たは 今日 食べ 物を いっ ぱい もら うで しょ う﹂
― 233 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
しか し︑ 色々 考え てみ ても 心当 たり がな く︑ 食べ 物を 用意 して 持っ てく る人 など いな いの に︑ 食べ 物を もら うと い う のだ
︒
﹁そ んな
︑あ り得 ない 話だ
﹂ と 待っ てい ると
︑自 分の 家で 面倒 を見 てい た養 女一 人を 嫁に 行か せた のだ が︑ 一〇 年く らい 経っ ても 音沙 汰が なか っ た
︒そ の娘 が︑ 暮ら しが 良く なっ たの か︑ い きな り 食 べ物 を 用 意し て 持 っ てき て く れた そ う で す︒
︹一 同
:
笑 い︺ 思 い もよ らな い料 理を︑美 味し く食 べた のだ
︒
﹁一 体︑ お爺 さん に私 が夢 も見 ずに 訪ね て行 った のに
︑お 爺さ んの 言う 通り にな るな んて
﹂ と
︑し ばら くし てか ら気 にな って また 訪ね て行 った
︒
﹁あ あ︑ どう いっ た要 件な のか い﹂
﹁あ の︑ 昨晩 また 豚の 夢を 見た んで す﹂
﹁う む︑ お前 は今 日ま た︑ 衣服 を︑ 新し い服 をも らっ て着 るこ とが でき る﹂ あ あ
︑ど う 見て も 誰 か服 一 つ あ つら え て くれ る よ うな 人 な ど いな い が︑ じ っと ま た 待っ て い る と︑ 自 分 の 息 子 の う ち
︑一 人悪 戯な 奴が いた のだ が︑ 全く 言う こと を聞 かな いの で諦 めて 追い 出し た︒ ちゃ んと 食べ ては いる のか 分か ら な いと 心配 して いる と︑ その 息子 がど うや った のか 荒稼 ぎを して
︑自 分の 母親 の服 と︑ 父親 の服 を一 着ず つあ つら え て 持っ てき たと いう
︒そ れを 喜ん で着 た︒ 新し く持 って きて くれ た服 を︒
﹁い やあ
︑変 わっ たこ とが ある もん だ︒ お爺 さん が言 った 通り に全 て叶 うん だな
﹂ そ して
︑ま たし ばら く経 つと
︑
﹁ま た行 って 夢の 話で もし よう と︒ 誰々 のお 爺さ ん│
﹂
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 234 ―
﹁あ あ︑ また 夢を 見た のか い﹂
﹁は い︑ また 夢を 見ま した
﹂
﹁お 前︑ 今日 は気 を付 けな さい
︒棒 で殴 られ る夢 だ﹂
﹁は あ︑ 棒で 殴ら れる 夢だ なん て?
﹂ 家 に帰 って 心配 して いた
︒そ うし てい ると
︑以 前︑ 約五
︑六 年ほ ど前 に引 っ越 して きた のだ が︑ 誰か に借 金を して 返 さ ない まま そこ に引 っ越 して きた のだ った らし い︒ それ で︑ その 人が 調べ 探し て︑ どこ に住 んで いる か話 を聞 いて 来 て は︑
﹁お 前︑ いつ いつ 貸し た借 金を 早く よこ せ︒ よこ さな いと 殺し てや る﹂ と 散々
︵そ の男 を︶ 殴っ た︒ それ を丸 々殴 られ た︒ もう 豚の 夢の 話を する こと もな く︑ 夢解 きを した お爺 さん を訪 ね て 行っ た︒
﹁正 直言 って 私は 夢も 見て いな いの に︑ 何故 そん なに 上手 く全 部当 てる んで すか
?﹂
﹁そ れは 全部 道理 に合 わせ て話 して あげ てい るの だ
︒豚 と いう の は︑ 最 初ブ ー ブ ー いう 時 は︑ 餌 がな く て そい つ が 腹 が 減っ て鳴 いて いる んだ と思 って
︑飼 い主 が餌 をや るだ ろう
?だ から
︑︵ 最 初は
︶美 味し く食 べる とい うの は事 実で
︑ 食 べる もの をや って も鳴 く時 は︑ ああ
︑お 前が 腹は いっ ぱい でも 多分 自分 の身 体を 覆う 藁が 足り なく て︑ 寒々 しく て 鳴 いて いる のか と思 って 藁を 入れ てあ げる だろ う︒ 藁が
︑服 であ る︒ そし て三 回目 にブ ーブ ーと 鳴く 頃に は︑ 食べ さ せ て︑ 服も 着さ せた のに 何で ブー ブー 言 うの か と 棒で 叩 く だろ う
﹂︹ 一 同
:
笑 い︺ そう や っ て︑ 夢を 道 理 的に 夢 解 き し てく れた そう です︒︹ 一 同
:
笑い︺
― 235 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
類 話に
1-6
︵
117
︶﹁ 嘘 の 夢 の夢 解 き
﹂︑
3-1
︵
189
︶﹁ 変 な 夢解 き 方 法﹂ 等が あ る︒ 先 ほど
︵二
︶で 挙 げ た 三度 の 豚 の 夢 と 同じ 筋道 だが 根本 的に 夢を 見て もい ない のに 夢解 きを して もら い︑ 実際 に夢 を見 たか のよ うに 現実 の事 柄に 影響 す る とい う点 に注 意を 惹か れる
︒本 説話 に表 れた
︑道 理的 に︑ 理致 に合 わせ て夢 を解 釈す ると いう 風習 は酒 井氏 をは じ め 伊東 玉美 氏︑ 上野 勝之 氏!
等 の論 考で 殊更 に強 調さ れて いる よう に︑ 中世 時 代
︑日 本 に存 在 し た夢 解 き の専 門 家 に お いて も見 受け られ る︒ 韓国 の事 例を 見る と︑ 餘山 や無 學大 師な ど破 字占 に精 通し てい る知 識人 或い は聡 明な 人物 に 夢 の解 釈を 託す
︒夢 を解 く側 は巧 手が 必要 であ り︑ 技量 が求 めら れる
︒日 韓共 に妥 当な 人物 に夢 解き をし ても らわ な け れば なら ない とい う意 識が 垣間 見え るが
︑こ れは 即ち 相手 を選 ばず に夢 解き をし ても らっ ては いけ ない とい う意 識 に 繋が り︑ 夢を むや みに 話し ては いけ ない とい う禁 忌と して 語り 継が れる よう にな る︒ 先述 した
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の伴 善男 と﹃ 大鏡
﹄の 師輔 の説 話も
︑吉 夢を 他人 にむ やみ に話 して はい けな いと 締め 括 ら れて いる
︒樋 口氏 によ ると
﹁吉 夢の 内容 を他 人に もら して はい けな いと の考 えは 根強 かっ た︒ この 考え はい くつ か の 民話 とし て残 って いる
﹂"
とい うが
︑こ の考 え方 は韓 国の 口承 説話 にも 見る こと がで きる
︒
︵四
︶夢 を語 らな くて 成功 する 説話
1-2
︵
260
︶﹁ 二つ の国 の䨥 馬に なっ た大 きい 夢﹂ 採録 日 一九 七九 年八 月七 日 採録 地 京畿 道驪 州郡
!
州 市北 內面 三四 池內 里 採録 者 ソ・ デソ ク 語り 手 パク・ス ミョ ン︵ 男・ 五七 歳︶
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 236 ―
︹説 明︺
* 前 の 話 を 終 え て か ら
︑﹁ も う 一 言 言 い な き ゃ
﹂ と 言 い な が ら 続 け て 聞 か せ て く れ た 話 で あ る
︒ 日 は 西 の 山 に 傾 き
︑ 座 中 の 婦 女 子 た ち は 話 を 聞 く の に 熱 中 し て い た
︒
*
︹本 文︺ ト ッコ モ リ!
の 男 が︑ 婚 期が 過 ぎ る まで 結 婚 でき な か った
︒あ る 日 は︑ こ の人 が 夢 を見 た の だ が︑ そ れ は と て も不 思議 な夢 を見 たそ うで す︒ それ で︑ この 人 が︑ 不思 議 に 思っ て こ れを ま あ 里 の人 々 に 話す の で す︒ 里 の人 が
︑ 夢 の︵ 内容 を︶ 話せ とい って も話 さな い︒ この 人が
︑ど うす るつ もり なの か︑ 今で いえ ば面
︵村 役場
︶や 郡ま です っ か り噂 が広 がっ ても
︑夢 の内 容を 話さ なか った そう です
︒夢 の話 を︑ そう
︑ど うか して いる うち に︑ その 地域 の地 方 官 のと ころ にま で捕 まっ て連 れて 行か れた そう です
︒そ れで
︑地 方官 が
﹁お 前は 一体 どの よう な夢 を見 て︑ 何故 夢の 話を しな いの か﹂ と いう と︑
﹁地 方官 にも 夢の 話を する こと が出 来ま せん
﹂ と いっ た︒ それ で︑ あま りに もけ しか らん と思 い︑ この 人を 捕ま えて 牢屋 に閉 じ込 めた そう です
︒そ れで
︑牢 屋に 閉 じ 込め られ ての だが
︑こ の人 はぼ んや りと して じっ とし てい た︒ 牢屋 の中 で︑ どう した のか 鼠が 二匹 入っ てき ては 喧 嘩 した らし いで す︒
﹁ あい つら 鼠た ちが
︑何 で入 って き て 喧嘩 し て いる の か
﹂と 思 って い る と︑ 死ぬ ほ ど 喧嘩 し て い る と 一 匹が 死 ん で倒 れ て し まっ た そ うで す
︒死 ぬ と︑ もう 一 匹 の 鼠は 出 て 行っ た そ うで す
︒そ う や っ て 出 て 行 っ て は
︑こ れっ ぽち の小 さな 棒切 れを 一つ くわ えて 来て
︑そ の棒 切れ でこ うや って 横を 測っ たり 縦を 測っ たり して 測っ た そ うで す︒ そう する と︑ この 鼠が
︑ぱ っと 起き 上が って
︑元 気に 生き 返っ て逃 げた そう です
︒そ して
︑測 った 棒切 れ を 鼠 が くわ え た のだ が
︑そ の 鼠 をぱ っ と 叩く と
︑そ の 棒切 れ を 落 とし て 逃 げて 行 っ た そ う で す
︒そ れ で
︑﹃ そ う だ
︑ 私 がこ れさ え手 に入 れれ ばい つか 使い 道が ある だろ う﹄ と思 い︑ それ を持 って いた ので すが
︑そ う︑ 以前 は朝 鮮︑ 朝
― 237 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例
鮮 時代 の王 様に 年ご ろの 娘が いた ので すが
︑そ の娘 がい きな り病 気に なり
︑生 死を さま よう 状態 だっ たそ うで す︒ そ れ で︑ 医員 や巫 女を 大勢 呼ん でも 治せ なか った そう です
︒そ れで
︑牢 屋で この 人が
﹁あ の︑ 私を 出し てく れれ ば︑ 王様 の娘 を治 すこ とが 出 来 るの で す が︑ 私が こ の よ うに 閉 じ 込め ら れ てい る の で︑ 王 様 の娘 の病 を私 がち ゃん と知 って いな がら も治 すこ とが でき ない ので す﹂ と
︑そ うい った
︒す ると この 食事 係の 者が
︑そ れを 王様 のと ころ に行 って 話す と︑
﹁と にか く私 があ らゆ る薬 を使 って
︑あ らゆ る方 法を 使っ て も 効か な い のだ か ら
︑頭 の おか し い やつ が 虎 を捕 ま え る と いう そん なや つで も︑ もし かし たら 治せ るか も知 れな いの だし
︑で は連 れて 来い
﹂ と いっ て︑ その 人を 連れ て来 たそ うで す︒ 連れ て来 て︑ 王様 の前 に立 つと
︑
﹁お 前が 病人 を治 せる のか
﹂ と いう と︑
﹁は い︑ 治す こと は出 来る ので すが
︑私 の望 む通 りに して くれ ない と︑ 病人 は治 せま せん
﹂ とい うの でし た︒
﹁で はお 前の 望む まま
︑治 せる なら 治し てみ ろ﹂ と いう
︒
﹁お 前の 望み は何 だ?
﹂ と いう と︑
﹁病 人を 部屋 の中 に案 内し
︑治 療す る私 だけ 部屋 に入 って 誰 も 入ら な い よう に し て︑ 出 入り 口 を 隙間 な く 覆い 隠 し て 下 され ば︑ 私が 病人 を助 ける こと がで きま す﹂
韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例 ― 238 ―
そ うい うの でし た︒
﹁ど れ︑ 治せ るこ とな ら治 して みな さい
﹂ そ う や って
︑病 人 を 部屋 に 入 れ︑ 出 入り 口 を 全て 塞 ぐ と︑ この 人 が ま あ︑ 横を 測 っ たり 縦 を 測っ た り 何 も か も 測 る と
︑ま ああ らゆ ると ころ を全 部触 って みる ので す よ︑
︹笑 い
︺ま あ どう に か して 測 っ た りす る と 本当 に 生 き返 っ た そ う です
︒そ れで
︑
﹁そ れで は治 した ので 部屋 から 出し てく ださ い﹂ と いう と︑ 出入 り口 を全 部開 けて くれ た︒ 見る と︑
︵ 病人 が︶ ころ っと 元気 にな って 起き 上が って 座っ てい たの です
︒ そ の娘 に向 かっ て⁝ 娘に 向か って じゃ なく て︑ その 医員
︑そ の人 に向 かっ て
﹁お 前︑ 一体 治療 費を どれ だけ 渡せ ば良 いの か﹂ と いう と︑
﹁治 療費 も何 も嫌 です
︑何 も必 要も あり ませ ん﹂ と いう ので
︑次 は娘 に向 かっ て
﹁そ うだ な︑ お前 をこ のよ うに あの 方が 治し てく れた の だ が︑ あの 人 が 治し て く れ たの だ が︑ お 前は あ の 人に 何 を 代 価 とし て渡 した いか
?﹂ と 訊く と︑
﹁お 父様
︑私 はあ れも これ も嫌 で︑ あの 人が 私を 治し て く れる と き 私の
︵身 体 の
︶ど こ も触 っ て いな い と ころ な ど あ り ます でし ょう か? こん なと ころ
︑あ んな とこ ろを 触ら れた と思 い︑ こん な身 体で 私が 他の とこ ろへ 嫁に 行っ ても 仕 方 があ りま せん
︒な ので 私は 一生 あの 人と 一緒 に暮 らし ます
﹂
― 239 ― 韓国の説話における夢解き・夢を語らない事例