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保健室頻回利用生徒の保健室利用におけるジレンマ

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保健室頻回利用生徒の保健室利用におけるジレンマ

その他のタイトル The Dilemma Concerning the Acceptance of Students Who Often Use School Health Room

著者 堂本 志保

雑誌名 教育科学セミナリー

巻 50

ページ 29‑42

発行年 2019‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/16666

(2)

保健室頻回利用生徒の保健室利用におけるジレンマ

堂 本 志 保

1  はじめに

1.1 問題の所在

 本稿の目的は、「怠業」や「怠学」

(1)

により授 業から「離脱」した生徒を、保健室が受容する ことで生じる排除/包摂のジレンマについて明 らかにすることにある。本稿で用いる「離脱」

は、授業など制度的に枠組みされた集団、場所、

時間から離れることを意味する。

 社会的排除/包摂の概念は、1980年代の後半 にフランスで議論が始まり、1990年代に欧州で 社会改革の議論の中から広がっていった(以下、

社会的排除/包摂と排除/包摂は同義とする)。

日本では、2011年 4 月に、「一人ひとりを包摂 する社会」の実現を目指し、内閣府に社会的包 摂推進室が設置された。イギリスの社会的排除 室をモデルとした日本の行政における社会的包 摂の概念は、社会的排除に相対する概念として 打ち出されたものだった(阿部2011、pp.3-5)。

 一方、稲垣は、『教育における包摂と排除』

(2012)の序章において、「『教育』への包摂そ れ自体がもたらす疎外=排除」という包摂と排 除の関係性を指摘している。そして、同著で倉 石(2012、pp.102-110)は、「包摂は排除を克 服するべく現れるのでは必ずしもなく、排除を 母体として出現する包摂は、逆説的だがそれに よって排除をより完璧なものとする」という「排 除と包摂の入れ子構造」について論じている。

 教育社会学では、このように排除/包摂にお ける「時間序列と価値序列の自明性を問いなお す」 (倉石2012、p. 104)視点から、指導員・教 師― 児童・生徒の生活世界に踏み込んだ研究

がなされてきた。例えば、保坂(2017、pp.285- 304)は、放課後児童クラブの指導員と発達障 害児の相互行為に着目し、指導員が、発達障害 児の包摂を志向して実践する予防的対応には、

支援の実践が行われている現在時制において排 除的に機能する場合があることを明らかにし た。また、劉(2018、pp.155-174)は、中国の 都市部で、教師が「できない生徒」に対し、さ りげなく他の生徒と異なる扱いをするという、

「ソフトな隔離」を行いつつ、教室内の役割を 与えることで生徒集団の一員として包摂するこ とを明らかにした。一方、中国の農村部では、

教師が「できない生徒」をあからさまに排除し、

教室外の役割や仕事や下級生の監視役を与えて いるのだという。

 これらの先行研究は、発達障害児や「できな い生徒」といった学校の生徒集団における周辺 的な存在に着目した知見であった。しかし、児 童クラブや授業などの制度的枠組みから「離脱」

した児童・生徒の行方に焦点化して分析された わけではなかった。

 そこで、本稿では、授業などの制度的枠組み において学習空間である教室等から離脱した個 人の包摂/排除を巡るジレンマについて分析す る。その際、近年において学習空間から離脱し た個人が居場所として利用する傾向が最も高い 空間である保健室をフィールドとして設定する。

1.2 保健室というフィールド

 保健室の包摂/排除を巡るジレンマを明らか

にするために、保健室というフィールドにおい

(3)

て、どのような保健室利用に着目する必要があ るのかについて、保健室や養護教諭に関わる先 行研究を概観することから明らかにしたい。

 かつて、保健室で行われる健康管理といえ ば、健康診断や感染症予防など、集団を対象と したいわゆる公衆衛生であったが、近年では、

授業などの制度的枠組みから離脱する個人に対 する対応へと重点が移行している。

 離脱する個人の保健室利用に向けた一般的関 心は、1980年代に不登校やいじめがいわゆる

「教育問題」として顕在化した後、その対応の 一助を担うものとして高まりをみた。例えば、

1998年の中央教育審議会答申には、「『心の居場 所』

(2)

としての保健室の役割を重視しよう」と 明記されている。21世紀になり、さらに多様化、

複雑化した健康課題を「現代的健康課題」

(3)

と 定め、養護教諭には、児童生徒の健康相談のみ ならず、生徒指導面においてもその役割に期待 が寄せられている。養護教諭が司る「養護」と は、「心身の健康保持(健康管理)と増進(健 康教育)によって、発育・発達の支援を行うす べての教育活動」(日本養護教諭教育学会2012、

p.6)を意味している。すなわち、養護教諭が 管理・運営する保健室には、養護空間として機 能することが求められている。

 このような保健室や養護教諭に関わる研究で は、小倉(1970)や杉浦(1977)により理論研 究の先鞭が切られた。1980年代以降には、養護 教諭養成者や養護教諭自身による実践研究が盛 んに行われるようになり、「実践が先行して理 論がそれを後追いするかたちで展開」(藤田 2008、pp.22-27)してきた。それを踏まえ、藤 田(2008)は、保健室、養護教諭研究において は、実践の中から理論を生成することが重要だ と説いている。

 他方、保健室、養護教諭研究に社会学的示唆 を与えているいくつかの先行研究がある。それ らの知見を保健室利用の観点から、以下のとお

り整理することができる。

 第 1 に、心身の健康を主とした保健室利用に おいて、秋葉(2004)は、生徒と養護教諭の保 健室でのやりとりをエスノメソドロジーの手法 を用いて分析し、保健室が、身体を媒介にした 養護教諭と生徒のコミュニケーションの場であ ることを明らかにした。秋葉の知見は、教育社 会学的視点から保健室の基本的構成要素を示す とともに、保健室の構造・機能・意味について 明らかにした点において、社会学的な保健室研 究の嚆矢といえよう。

 また、すぎむら(2014)は、養護教諭の職制 運動や研究活動を史的に紐解き、養護教諭が差 別と向き合った系譜を示すとともに、現代の養 護教諭における「性被害への対応」を描き、養 護教諭が学校における「周辺」に位置するから こそ果たすことのできる役割について示唆した。

 第 2 に、保健室登校

(4)

において、秋葉(2001)

は、保健室・養護教諭がいわゆる保健室登校を 含め心のケアの対象と考えられる事象に独自に 貢献していることを示した。秋葉の研究は、学 校教育における心理臨床的なまなざしを相対化 し、「やりとり」を単位とした事例研究の方向 性を示した点でも意義深い。

 第 3 に、「怠業」による保健室利用において、

森田(1991、p. 88)は、登校回避感情を持って いる生徒や「不登校群」の生徒に、保健室を利 用する生徒が多いという傾向をみいだした。そ うした生徒にとって、保健室が、抜け道やガス 抜きの場となり不可視なアジール空間として機 能することや、制度化された「離脱」空間とし て作用するなど、保健室が、「逸脱への傾斜行 動を吸収し、(中略)柔構造として集団を機能 させる装置」(森田1991、p. 66)であることを 指摘した

(5)

。しかしながら、森田が分析に用い た統計数値には、実態の把握と集計上の問題か ら、「 怠 業 」 が 除 か れ て お り( 森 田 1991、

p.16)、心身の健康を起点としない保健室利用

(4)

に焦点が当たられていたわけではなった。

 これら社会学的な先行研究は、専門性や理想 像を追求する養護教諭による実践研究とは明ら かに異なる視点を有していた。しかしながら、

保健室や養護教諭に向けられた社会的期待に対 し、ポジティブに応える側面を明らかにしてき たという点において共通していた。

 生徒を受容することで生じる保健室のネガテ ィブな側面が潜在化し、ポジティブな側面だけ が顕在化したのには、「怠業」や「怠学」とい った心身の健康を起点としない保健室利用に関 心を寄せてこなかったことによるものと考え る。日本独自の教育システムである保健室が、

学校教育にどのように位置づき、どう機能する のかを検討するうえでも、心身の健康課題に留 まらない「怠業」や「怠学」といった目的で保 健室を利用しようとする生徒を視野に入れ、保 健室機能の多様な側面を明らかにすることに意 義があると考える。

 以上を踏まえ、保健室の包摂/排除を巡るジ レンマを明らかにするために、 「怠業」や「怠学」

といった心身の健康を起点としない生徒の保健 室利用に着目し、養護教諭や一般教諭との相互 行為から分析を行う。

2  調査の概要

 本研究では、養護教諭として実践する当事者 が調査者である。当事者が調査者であることに ついて古賀(2004、pp.2- 9 )は、アンダーソン、

G. L.(1994)の議論から、①職務の意味を再帰 的に把握、②人々の立場の違いを相互に認識理 解し、互いのコラボレーションを推し進める、

といった有効性を示した。

 とりわけ、実践者が行う聞き取り調査や参与 観察が、「表出や意味付与の過程に立会い、相 互行為のなかから意味の世界を経験」し、「現 場の課題を現場の文脈化から、つまり内側から 理解する」うえで有効であり、こうした質的調

査法が「現場での参加者の役割や立場の違い、

いわば参加者相互の社会関係に対応した調査を 展開することもできる」のだと述べた(古賀 2004、pp.4- 5 )。同著には、高等学校における 実践者によるエスノグラフィーが掲載されてい る。その他、生徒指導を実践する当事者として リアリティのあるエスノグラフィーを描いた吉 田(2007)の研究もある。

 本研究でも、以下の 2 点において、当事者が 調査者であることの利点を生かすことができる と考えた。 1 点目には、次節で示す保健室頻回 利用生徒の特定において、養護教諭として実践 しているからこそ持ち得た視点でデータ化が可 能となったという点にある。 2 点目には、現場 の養護教諭と一般教諭の密な関係を基にして、

質的調査が実施できたという点にある。「怠業」

や「怠学」による保健室利用について、既存の 量的調査で把握することは困難である。例え ば、公益財団法人日本学校保健会による『保健 室利用状況に関する調査報告書』では、症状別 カテゴリーに「怠業」や「怠学」がない。そう した保健室利用は、集計上「倦怠」「心因性」

など、いずれか既存のカテゴリーに振り分けら れているか、もしくは、「保健室の正当な利用 者ではないもの」としてカウントされていない。

このように、量的な調査では、潜在化してしま っている「怠業」や「怠学」による保健室利用 を、現場の文脈を理解し、一般教諭と連携して いる養護教諭だからこそ、質的調査によって顕 在化させることができる。

 以上のことから、本研究の分析には、2014年 4 月 1 日から2015年 3 月31日の 1 年間、調査者 自身がA中学校で養護教諭として実践する中 で、観察、記録したフィールドノーツをデータ に用いた。

 調査を行ったA中学校は、近畿圏都市部に あり、生徒数が700人以上の大規模校である。

2012年度に公表された就学援助受給者の全国平

(5)

均15.6%を常に10ポイント以上上回り、生活保 護世帯も少なくない。A中学校の保護者からは、

「自分もA中学校の卒業生だ。」という話を度々 耳にした。そして、A中学校を卒業したという 親の口から次に語られるのが、「A中学校は、

親の代から度々『荒れ』ていた。」という話で あり、調査を行った2014年度は、授業から離脱 する生徒が多く、暴力行為など、ここ数年中で も特に「荒れ」の状況が顕著な年であった。ス クールソーシャルワーカーも配置されておら ず、一般教諭は常に生徒対応に追われていた。

 A中学校の保健室は、 1 名の養護教諭が管 理・運営していた。生徒が保健室を利用する際 には、原則として「保健室来室カード」を一般 教諭に記入してもらい持参するという校内のル ールを設けていた。しかし、そうしたルールも、

調査を行った2014年度には、しばしば反故にさ れていた。

 調査者は、保健室での日常会話を中心に可能 な範囲でメモをとり、執務を終えた後に、フィ ールドノーツを作成した。フィールドノーツの 作成を始めた時点では、どの生徒が保健室を頻 回利用することになるのかが不確定であり、調 査対象者の特定はできていない。記録を書き溜 めていく中で、どのようにして調査対象者を限 定したかについては、次節で述べる。

 本稿で事例に用いたA中学校の事例につい ては、匿名性が維持できるよう、名前は全て仮 名とし、男子の保健室頻回利用生徒をカタカナ 表記、女子の保健室頻回利用生徒をひらがな表

記、保健室頻回利用生徒以外の生徒をアルファ ベットで表記した。また、地域の特定を避ける ため、フィールドノーツの内容をそのまま用い るのではなく、文意を損なわないよう留意した うえでデータに修正を施し、言葉の意味や状況 の補足が必要な場合には、( )を用いた。

 なお、本研究に際して、管理職と面談を行い、

特殊な疾病などで生徒個人を特定できるような 事例を用いないことを条件に事例研究の許可を 得た。

3  保健室頻回利用生徒の特定

 保健室は、誰でも等しく利用でき、すべての 生徒に開かれた空間である。しかし、実際には、

保健室を利用する生徒の頻度に偏りがある。本 調査では、調査対象となる保健室頻回利用生徒 を特定するにあたり、筆者が養護教諭として勤 務する中で、運営に関する計画の反省をする際 に作成する保健室利用記録の集計を用いた

(6)

。  本集計は、 4 月から 1 月までの期間中に、生 徒が保健室を利用した件数の集計である(一部、

養護教諭が職員室に在室していた際に対応した 件数も含まれている)。集計結果から、保健室 頻回利用生徒を特定するに至った経緯は以下の とおりである。

 まず、A中学校の保健室において、 4 月から 1 月までの期間、個人別の利用件数をわりだ し、個人の利用件数に応じて、 5 段階にカテゴ リー化した。図 1 の上の帯グラフでは、カテゴ リーごとの割合を示した。その結果、調査した

0.0%

0.0%

43.5%

43.5%

27.9%

27.9%

38.9%

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24.6%

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10.6%

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25.3%

25.3%

5.3%

5.3%

22.2%

22.2%

1.8%

1.8%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

件数 人数

0回 1~4回 5~9回 10~19回 20回以上

図1 保健室等利用人数の割合と件数割合の比較

(6)

10か月間に10件以上保健室を利用した生徒は、

生徒全体の7.2%であった。図 1 の上の帯グラ フでだけ見ると、保健室を度々利用した生徒 が、生徒全体の中の限られた生徒であることが 分かる。その限られた生徒と養護教諭がいかに 多くの相互行為を交わしていたかを示したの が、図 1 の下の帯グラフである。

 図 1 の下の帯グラフにおける件数とは、保健 室利用記録に計上した総件数、すなわち、養護 教諭が生徒の訴えに対応した総件数を100とし て示したものである。その内、人数にして生徒

数の7.1%でしかいない10件以上利用した生徒 による保健室利用が、保健室利用件数全体の半 数近くに登る47.5%を占めていることがわか る。これは、単純計算にして、養護教諭と生徒 によって交わされる相互行為の内、およそ 2 回 に 1 回が、 4 月から 1 月までの期間に10件以上 利用した生徒と交わされていたことになる。

 以上を踏まえ、調査期間が10か月間であるこ とに鑑み、期間中に10回以上保健室を利用した 生徒を、「保健室頻回利用生徒」と規定した。

 怠業などで授業から離脱した生徒が、いつも

(表 1 )

仮 名 性別 学 年 利用件数 備考:保健室利用の理由と対人関係

生    徒

ヒ ロ キ 男 3 年生 67件 体調不良、怪我を理由に保健室最多利用。暴言、一般教諭とのトラブ ルが多い。運動部に所属している。

ハ ヤ ト 男 3 年生 44件 壁を殴るなどの怪我を理由に保健室利用。暴言、一般教諭とのトラブ ルが多い。調査対象生徒の中のリーダー的存在。

ノ ボ ル 男 3 年生 39件 腰痛等の怪我や体調不良を理由に保健室を利用し、友人や自己の状況 を語る。運動部に所属し、向学校的側面もある。

さ く ら 女 3 年生 36件 体調不良を理由に保健室利用し自己の状況を語る。外見が派手でクラ スメートとは馴染まない。テストの成績は比較的優秀。

こ ま ち 女 1 年生 36件 検温や怪我理由に保健室利用。 1 年生女子の仲間と授業離脱するほ か、 3 年生男子に追従する。

ト オ ル 男 3 年生 34件 保健室利用以外でも授業からの離脱が多い。運動部に所属している。

ト キ オ 男 3 年生 28件 壁を殴るなどの怪我、体調不良を理由に保健室利用。暴力的で一般教 諭とのトラブルが多い反面、自己について語ることもある。

タ カ シ 男 3 年生 20件 体調不良、怪我を理由に保健室利用。 2 学期以降の利用は減少。

の ぞ み 女 3 年生 19件 体調不良を理由に保健室利用し自己の状況を語る。外見が派手でクラ スメートとは馴染まない。2 学期後半、高等学校進学への意欲をもつ。

レ イ 男 3 年生 16件 ヒロキと同じ部活動に所属し、部活動の怪我を理由に保健室利用。

あ さ ひ 女 3 年生 10件 体調不良、怪我を理由に、さくらとともに保健室を利用。 2 学期以降 の利用は減少。

*ヒカル 男 3 年生 5 件 調査対象生徒の中のリーダー的存在としてハヤトと行動を共にしてい たが、あるトラブルをきっかけに不登校の状況になる。

一般教諭 植野教諭 男 3 年所属 保健体育担任・生徒指導主事 福山教諭 女 3 年所属 3 年生の教科担任・学級副担任

山形教諭 男 3 年所属 3 年生の教科担任・学級副担任で調査年度より赴任した若手の教諭 養 護 教 諭 女 3 年所属 調査者本人。A中学校に勤務し10年目だが、調査前年度休職し調査年

度復職

※ 家庭環境については、個人特定に関わるとして記載していない。*のヒカルは保健室頻回利用生徒ではな いが事例に登場する。

(7)

保健室を利用する保健室頻回利用生徒であると は限らない。また、保健室頻回利用生徒には、

保健室登校など、心身の健康問題を起点として いる生徒も含まれる。しかし、フィールドノー ツと照らし合わせると、「保健室登校」の生徒 以外の保健室頻回利用生徒が、怠業などにより 授業から離脱する生徒の典型例として浮上して きた。

 ただし、保健室頻回利用生徒の規定は、研究 対象を顕在化する操作として行ったものであ り、「問題行動生徒」としての類型化や、階層 化(森田1991、p.69)を目的としたものではない。

 保健室頻回利用生徒のうち、事例に用いた調 査対象者の概要を表 1 に示した。

4  養護空間への包摂から学習空間への 包摂へ

 本節では、保健室頻回利用生徒が授業から離 脱した後、保健室利用を介して、授業への再参 加が可能となった事例を提示する。初めに示す 事例 1 では、 4 人の保健室頻回利用生徒が授業 中に保健室を利用する場面であるが、ここでの 注目は、タカシにある。

事例 1

  4 限目開始直後から15分間に、あさひ、タカ シ、ハヤト、ノボルの順に保健室に来室する。

あさひは、腰痛を訴えて来室。タカシは、体育 の授業に参加しようとしていたが、服装につい て注意を受けたことに腹を立てて離脱してき た。他方、授業を離脱し廊下等を徘徊していた ハヤトとノボルには、山形教諭が付き添ってい た。

タ カ シ  「湿布貼って。もう、体育無理。

出えへん。ここおる。」

養護教諭  「ええ。湿布は、貼ってあげる けど、体育無理ってどういうこ となん。」

 養護教諭は、タカシの申し出に従い、以前 より痛めていた突き指に湿布を貼る。

タ カ シ  「ちゃうやん。植野(体育の授 業担当教諭)が無理とか言うか ら。」

 そこに、体育の授業から離脱したタカシを 追って、ハヤトとノボルが、来室する。

タ カ シ  「この服やったらあかんとか、

むかつくやろ。(授業に)出え へん。」

ノ ボ ル  「ほんな、(授業に)出なくて、

いいやん。植野が(授業に出な くてもいいと)言うてんやろ。」

 ほどなくして、植野教諭がタカシの様子を 保健室に見に来る。

植野教諭  「別に『体育に出るな』なんて 言ってへん。『着替えてこい』

って言うたんや。着替えたらえ えやん。早く来いや。」

 山形教諭が貸し出し用の体操服を準備し、

タカシは保健室で着替え、体育に戻った。

(2014年 5 月 9 日 フィールドノーツ)

 体育の授業は、安全面や衛生面から、体操服 に着替えて参加することになっている。ところ が、事例 1 のタカシは、既定の体操服に更衣し ていなかった。

 タカシが体育から離脱した要因について、保 健室でのやり取りから 3 点に整理することがで きる。 1 点目が、怪我による身体的要因による ものである。 2 点目が、植野教諭に注意された ことに対し、タカシが「むかつくやろ」と言っ ていることからもわかるように感情的要因によ るものである。 3 点目が、体操服に更衣をして いないという物理的要因によるものである。

  1 点目の身体的要因は、養護教諭が手当てを

することで、すぐさま解消した。事例 1 のやり

取りで、怪我について詳しく語られることがな

(8)

いことからも、身体的要因が、タカシの授業離 脱において重要な要因ではないことがわかる。

  2 点目の感情的要因について、ノボルが、 「タ カシの授業離脱は、植野教諭の方に原因があ る」という自分たちの理論に落とし込んで解釈 し、タカシの授業離脱行為を正当化していた。

その後、保健室にやって来た植野教諭は、タカ シの行為を非難するのではなく、着替えをして 体育に参加するよう勧める。こうしたやりとり によって、タカシの激しい言動が減り、素直に 体操服に更衣する行為に至ることからみて、

「むかつく」という感情要因が解消していた。

  3 点目の物理的要因も、保健室に居合わせた 山形教諭が準備した貸し出し用の体操服にタカ シが更衣したことによって解消した。

 事例 1 では、タカシが体育の授業から離脱 後、廊下やトイレといった制度外空間ではな く、養護教諭や一般教諭が対応する制度化され た空間である保健室を利用したことで、授業か らの離脱要因が解消され、授業への再参加が可 能となった。

 次に示す事例 2 のトキオも、保健室を利用し た後、授業へ再参加した例である。

事例 2

 14:30のぞみが「教室に入りたくない」とい って一人で保健室に来室する。14:40ヒロキが 頭痛のため「来室カード」を持って来室し、ベ ッドで休養する。14:45トキオが怒って入って きて、いきなり保健室の椅子を蹴り、授業担当 教諭とトラブルがあった旨を話し始める。話し 終えるとトキオは少し落ちつき、ソファに伏せ て横になる。

養護教諭  「わかった、わかった。トキオ は、頑張ろうと思っていったの に、(授業担当教諭に)わかっ てもらえなかったんやな。で も、いつまでも怒ってないで、

機嫌をなおして、そろそろ教室 戻り(なさい)。トキオがどこ に行ったか、(授業担当教諭が)

心配しているで。」

ト キ オ  「いや、(授業に)戻らん。だい たい、保健室はサボるとこや ろ。授業サボっておるとこや ろ。別にいいやんなあ。」

 トキオがのぞみに同意を求めるが、のぞみ は、それには応えず下を向く。

の ぞ み  「ベッドでヒロキが寝ている で。」

ト キ オ  「えっ、そうなん。」と声のトー ンを落とす。「もう、行く」と いって、退室する。

(2014年 7 月 3 日 フィールドノーツ)

 事例 2 ではトキオが、体調不良など身体的理 由を提示せず、「サボる」ことを意識して、保 健室を利用しようとしていることが分かる。

 トキオの授業離脱は、授業担当教諭とのトラ ブルに基づく感情的要因によるものだった。ト キオは、保健室来室時、「いきなり椅子を蹴る」

という激しい情動を示していたが、養護教諭と やりとりをするうちに落ち着きを取り戻し、

「ソファに伏せて横になる」などの行為に至っ ていた。その後、のぞみとのやりとりやヒロキ の存在を意識したことで、トキオは、自ら授業 に戻るという行為選択を行った。

 保健室という場で、トキオの授業離脱の原因 である授業担当教諭とのトラブルが、直接的に 解決されたわけではないが、養護教諭や他の生 徒とのやりとりを介して、間接的に授業離脱に 至った感情的要因が解消され、トキオは、授業 へ再参加することが可能となった。

 本節のまとめると以下のように考察できる。

事例 1 のタカシと事例 2 のトキオは、いずれも

授業参加の継続を困難にする現象が生じたこと

(9)

で、「授業に出たくない」という激しい情動が 引き起こされ、授業から飛び出した後、保健室 利用を介して授業に再参加していた。保健室に おける養護教諭、一般教諭、他生徒との相互行 為が、彼らの情動や心理的ストレスを癒すよう 働き、授業への再参加を促したと考察できる。

 すなわち、タカシとトキオは、授業から離脱 後、保健室という養護空間に包摂されたことに より、再び「授業」という学習空間に包摂され た。こうした集団の秩序維持に寄与する保健室 の機能は、 1 節で示した森田(1991)の指摘す る「離脱」の回路と合致している。しかしなが ら、事例 1 のタカシと事例 2 のトキオでは、授 業参加の継続を困難にした原因が明確だったゆ えに、対処できたという状況に依存しており、

限定的なものと言わざるを得ない。なぜなら ば、同じ事例 1 、事例 2 においても、同時に居 合わせた他の保健室頻回利用生徒は、授業から 離脱したまま教室に戻っておらず、本稿では示 していないが、タカシとトキオであっても、別 の事例では、授業へ戻ることが困難な場面があ ったからである。

5  学習空間からの排除としての養護空 間への包摂

 前節では、授業参加の継続を困難にする現象 が生じ、そのことが自他において明確だった事 例から、授業離脱の要因を分析した。本節では、

授業離脱に至った原因が不明瞭なまま、保健室 利用を希望する保健室頻回利用生徒に対し、養 護教諭や一般教諭が行う授業離脱についての意 味付けに着目し、包摂/排除の観点から考察す る。

 事例 3 は、保健室頻回利用生徒の訴えが、養 護教諭と一般教諭に「怠学」と意味づけされた ことにより、保健室利用が認められなかった事 例である。

事例 3

 昼休みにのぞみ、さくら、あさひ、トキオ、

他 3 年生 1 名の計 5 名が、保健室を利用してい た。 5 限目開始とともに、見るからに体調の悪 い様子の 2 年生 1 名、運動場で遊んだあとのヒ ロキ、タカシ、レイの 3 名が保健室に入室する。

それを追って、生徒指導主事の植野教諭が保健 室に入室し、授業に出るよう促すが、「しんど い」といって動こうとしない。

植野教諭  「授業始まってるで。おまえら 全員で出ろ。」

ヒ ロ キ  「しんどいから寝かせて。」(ヒ ロキは、対話スペースの床に寝 転ぶ。)

養護教諭  「もう、チャイムなったし、だ め、だめ、一旦教室行きや。」

ヒ ロ キ  「しんどいんやから、寝させろ や。何のためのベッドやねん。

寝るためのベッド違うんか。」

養護教諭  「しんどい人がそんな大きな声 で怒鳴るか?さあ、立って立っ て。」

 (中略…こうした利用状況であるならば、

保健室を閉めると養護教諭が言う。)

の ぞ み  「もういいやん。閉められるの あれやし。出ようや。」

養護教諭  「もう一回言うよ。保健室から 出ましょう。」

さ く ら  「また閉めるとか、うっとおし い。」

 植野教諭が保健室を出るよう生徒を促す。

の ぞ み  「もう出よ。行こ。」

  3 年生 8 名全員が保健室から出ていく。

(2014年 7 月 1 日 フィールドノーツ)

 昼休みに保健室を利用していた 5 名について

は、昼休みの時間中に養護教諭が手当てを済ま

せていた。 5 限目が始まってから利用しようと

(10)

した 3 名は、昼休みに運動場で遊んでいたこと などから「怠学」であることが分かる。そのた め、保健室利用を認めるか否かで養護教諭・植 野教諭とヒロキが激しく衝突した。結局、養護 教諭が、指示に従わなければ「保健室を閉める」

という条件を持ち出したことにより、保健室頻 回利用生徒たちは、しぶしぶ教室に戻ってい た。

 事例 3 では、保健室が生徒たちのアジール

(森田1991)となることはなかった。養護教諭 と植野教諭は、保健室頻回利用生徒の授業に出 たくない要因について、聞き取ることなく「怠 学」と意味づけし、彼/彼女らを保健室から排 除した。

 一方、次に示す事例 4 では、トオル、ハヤト、

ヒカルの保健室利用が養護教諭と一般教諭に容 認された。

事例 4

  3 限目の授業中、ヒロキが頭痛を訴えて来室 した。検温すると37.4℃の発熱があり、「早退 したくない」というため、ヒロキは、ベッドで 休養することになった。その直後にヒカルと 3 年生Nが来室する。Nは、下痢による腹痛があ ったため、ベッドで休養することになる。 4 限 目になりトオル、ハヤトの順で来室する。

養護教諭  「どうしたん?」

ト オ ル  「しんどい、熱測るわ。」

養護教諭  「もう、あと20分で授業終わっ て、下校(時刻になる)やん。」

ト オ ル  「いや、クラブあるし。」

養護教諭  「クラブ行けるくらいやったら、

授業出れるやろ。」

ト オ ル  「うるさい、だまれ。」

養護教諭  「うるさいのは、あんたや。ヒ ロキとNが寝てるねんで。」

ト オ ル  「知ってるよ。」

ハ ヤ ト  「ここにおるわ。別に、うるさ

せんし(うるさくしないから)。」

ト オ ル  「おれも、おるわ。」

 途中、保健室を出入りしていたヒカルも戻 ってきて合流する。 4 限目終了まで残り10数 分間ということもあり、養護教諭は、職員室 に内線電話をして、トオル、ハヤト、ヒカル が、(特に体調不良という訳ではないが)保 健室にいる旨を伝える。職員室からは「そう ですか、お願いします。」という返事が返っ てくる。

(2014年 7 月14日 フィールドノーツ)

 事例 4 のヒロキは、発熱していることから、

ここでは観察対象外である。事例 4 において、

注目するのは、トオル、ハヤト、ヒカルの 3 名 である。同日のフィールドノーツによれば、ト オル、ハヤト、ヒカルの保健室利用は、「体調 不良」や「心因性」としてカウントされている。

 確かに、トオルは、「しんどい」と身体症状 を訴えているが、部活動への参加を希望してい ることからして、身体的要因が、授業離脱にお いて重要とは考えにくい。また、ハヤトとヒカ ルには、身体的要因は見いだせない。

 そうしたことから、養護教諭がこの 3 名を

「怠学」と認識しつつ、心身の不調に読み替え て、保健室で受容していることがわかる。また、

一般教諭もそれに対し、「そうですか、お願い します。」と答え、保健室利用を容認している。

 本節を振り返ると、A中学校では、保健室利 用の正当性を巡り、生徒と教師の間にズレがあ り、対立することで、生徒の保健室利用が容認 されないことがあった。その一方で「怠学」に よる授業離脱行為と養護教諭や一般教諭が認識 していた場合でも、保健室利用が容認されるこ とがあった。

 事例 4 では、「怠学」を心身の不調に読み替 えて、保健室で保健室頻回利用生徒を受容し、

保健室が彼/彼女らの「居場所」となることで、

(11)

彼/彼女らが、生活指導の対象となったり、教 師と対立して学校から早退したりすることを回 避し、学校内部に留まることを容易にしてい た。その意味で、保健室頻回利用生徒にとって 保健室が、学校空間への包摂的な役割を果たし ていたといえよう。

 しかし、裏を返せば、保健室頻回利用生徒が、

事例 3 のヒロキたちのように、授業参加を促さ れずにいることは、彼/彼女らを「授業」とい う学習空間から未必に排除していたことにもな りうる。こうした排除の側面は、保健室が「居 場所」として肯定的に注目されることで不可視 化され、照射されずにきたのである。

 保健室が、括弧付きの「心身の健康保持」を 理由に、保健室頻回利用生徒を受容し「居場所」

となることで、学校空間に彼/彼女らを包摂す る役割を果たしていると同時に、学習空間から 彼/彼女らを排除する役割を果たすというジレ ンマに陥っていると言えよう

(7)

6  学校空間における現在的包摂と将来 的排除

 学校は、将来の社会参加に対する選別、水路 づけを行う機関でもある。特に中学 3 年生は、

受験体制によって、そうした側面が強化される。

 本節では、受験体制にかかわる事例を示すこ とで、保健室利用によって可能となった現時点 での学校空間への包摂が、将来的な学校空間か らの排除を孕んでいることについて言及する。

事例 5

 実力テストの 2 日前。朝、廊下であさひとす れ違う。養護教諭が「久しぶり」と声をかける。

最近は、さくらとあまり行動を共にしていない 様子。

あ さ ひ  「なんか、前まではよかったけ ど、勉強やばいし。」

(2014年10月21日 フィールドノーツ)

 事例 5 で、養護教諭が「久しぶり」と声をか けているのは、あさひの授業離脱の回数が減っ たことを意味している。それに対し、あさひは、

咄嗟に授業離脱をしなくなった理由を口にして いる。あさひは、 2 学期になり、授業離脱行為 を繰り返している友人のさくらと距離を置き、

学習へと向かうようになっていた。

  2 学期になって 3 年生が受験を意識する頃に は、あさひのように、 1 学期を中心に利用が多 かった保健室頻回利用生徒と、 2 学期になって も相変わらず授業離脱行為を繰り返す保健室頻 回利用生徒(その多くは、10ヶ月間の利用件数 が20件以上となった)に分化した。

 保健室頻回利用生徒の中でも最も利用件数の 多かったヒロキは、学校に登校して、部活動を していれば、高等学校に入れると考えていたた め、学習への関心が極めて薄かった。事例 6 は、

そうしたヒロキがテストの日に保健室を利用す る場面である。この日のテストは、進路決定に 関わる重要なテストであったため、生徒には、

テスト時間内教室に留まり、粘り強く解答を考 えることが求められていた。

事例 6

  3 年生の実力テストの日、職員室にいた福山 教諭から保健室に校内電話が入る。

福山教諭  「今ね、ヒロキが一応『しんど い』といって(職員室に)来て いるんですけど、この時間の

(テストの)終わりまで(保健 室で)面倒みてもらうことって、

できますか?」

養護教諭  「(ヒロキの)テストは、もうい いんですか?」

福山教諭  「もう、『書けるところは全部、

書いた。』って言ってますし、

いいです。」

 養護教諭が、福山教諭の申し出を了解し、

(12)

ヒロキと福山教諭が保健室まで来る。

 しかし、この時間の終わりにこまちが授業 を抜けて保健室に来たことで、それに応じて ヒロキがしゃべりだす。

(2015年 1 月 9 日 フィールドノーツ)

 事例 6 で福山教諭は、養護教諭に、ヒロキが

「一応

4 4

しんどい」と訴えていると伝え、休養で きるかどうかではなく、「面倒みてもらうこと って、できますか」という表現で問いかけてい る。その後に続くやりとりから、福山教諭と養 護教諭が、ヒロキの訴えを深刻な体調不良では ないと認識していることがわかる。それにもか かわらず、ヒロキがテストから離脱し保健室を 利用する行為は、「体調不良」と意味づけされ、

正当な保健室利用として受容された。

 テスト受験から離脱したヒロキの保健室利用 が容認されたことは、ヒロキを「いま・ここ」

での学校空間内部へ包摂する役割を果たしてい た。

 しかしながら、ヒロキが、この日のテストか ら離脱したことは、中学校卒業後の進路と十分 に向き合うことから降りたことでもある。中学 校卒業後の進路決定が、将来の学歴と結びつ き、貧困や社会的排除に抗する行為であるとい う意味において、テストからの離脱は、社会的 排除と無関係とはいえない。

 事例 6 では、誰かがあからさまにヒロキをテ スト受験から排除した訳ではないだろう。しか し、テスト中のヒロキの保健室利用を容認する ことが、進路と向き合わないヒロキを容認した ことにもなり、ヒロキの将来を視野に入れたな らば、卒業後に学校空間から排除される可能性 を押し広げてしまったと考えることができる。

 敷衍すれば、保健室が、テストから離脱した ヒロキを受容し「居場所」となることで、現時 点での学校空間にヒロキを包摂する役割を果た していると同時に、将来的に排除に抗する学校 教育からヒロキを排除する役割を果たしかねな いというジレンマに陥っていると言えよう。

7  まとめと考察

 本稿では、怠業や怠学により授業から離脱す る保健室頻回利用生徒に着目し、養護教諭や一 般教諭との相互行為を分析することで、彼/彼 女らを保健室という場で受容することにより生 じる排除/包摂の両義性について考察した。

 分析に用いた事例を、保健室という「養護空 間」と授業中の教室などの「学習空間」という 視点から整理すると表 2 のようになる。ただ し、事例 5 は、保健室頻回利用生徒ではなくな った事例のため省く。

 事例 1 のタカシと事例 2 トキオは、授業から 離脱後、保健室を利用したことで、授業からの

(表 2 ) 保健室

(養護空間)

教室等

(学習空間) 授業から離脱後の保健室頻回利用生徒 事例 1 (タカシ)

事例 2 (トキオ) ○受容 ○再参加 保健室利用を介して授業離脱に至った要因が解消し、学習 空間に包摂された。

事例 3 (全 員) ×拒否 ○再参加 保健室利用を拒否され、いやおうなしに学習空間に戻った。

事例 4 ( トオル、ハヤト、

ヒカル) ○受容 ×不参加 保健室利用が容認され、学校空間に包摂されたが、学習空 間から排除された。

事例 6 (ヒロキ) ○受容 ×不参加

保健室利用が容認され、現時点で学校空間に包摂された が、将来的に、排除に抗する学校教育から排除される可能 性(危惧)を増長させた。

(13)

離脱要因が解消し、再び「授業」という学習空 間に包摂された( 4 節)。こうした保健室の機 能は、先行研究でも明らかにされてきた保健室 のポジティブな側面であった。

 事例 3 は、保健室頻回利用生徒の保健室利用 が、「怠学」と意味づけされ、保健室空間に受 容されず、彼/彼女らが授業に戻ることになっ た事例であった( 5 節前半)。事例 3 は、事例 1 と事例 2 で、寛容に生徒を受け入れていた保 健室であったとしても、怠業や怠学の生徒を無 制限に受け入れる限界を示唆するものであっ た。一方、事例 4 により、保健室頻回利用生徒 の「怠学」を、養護教諭と一般教諭が心身の不 調に読み替え、保健室が「居場所」となること で、彼/彼女らを学校空間へ包摂していたこと を明らかにした( 5 節後半)。事例 4 において、

事例 3 のように、保健室頻回利用生徒が授業参 加を促されず、保健室が「居場所」となること が、彼/彼女らを「授業」という学習空間から 未必に排除することになりうる点を指摘した。

 事例 6 より、保健室でテストから離脱したヒ ロキを受容したことが、現時点で学校空間にヒ ロキを包摂すると同時に、将来的な学校空間か らヒロキを排除している可能性について示唆し た( 6 節)。

 本調査によって明らかになったことは、学校 制度である保健室には、怠学や怠業の生徒を無 制限に受容することに限界があり、たとえ保健 室がそうした生徒を受容し「居場所」を創出す ることができたとしても、そのことが同時に現 在の学習空間や将来の学校教育からの排除を意 味してしまうというジレンマであった。

 保健室利用に伴う排除的側面は、保健室が

「居場所」として肯定的に注目されることで不 可視化され、照射されずにきた。換言すれば、

保健室頻回利用生徒に象徴される授業から離脱 する生徒の課題も、学校空間に居場所があるこ とを肯定的に評価するまなざしによって不可視

化され、問題化されることがなかった。本稿の 知見は、保健室・養護教諭研究に新たな視点を 提示したことに加え、保健室利用における負の 側面を明らかにしたことで、保健室利用だけで は十分に解決できない生徒の課題を顕在化させ た点において意義がある。

 本稿における包摂概念は、制度的に枠組みさ れた集団、場所、時間を共有することに重点を 置いており、それが、必ずしも排除に抗するも のではない。酒井(2015、p.8)は、「教育を通 じて人々のケイパビリティを高めていくこと で、はじめて排除に抗することができると考え られている。」と指摘した。保健室頻回利用生 徒を含め、全ての生徒における学習空間につい て問い直し、排除に抗する学校空間の創出を検 討することが、研究を継続する調査者、そして 当事者としての課題である。

( 1 )森田(1991、p.15)は、「怠業」が、「登 校しながらも特定の授業だけ欠席したり、

遅れたり、途中で抜け出す」行為である のに対し、「怠学」が「怠け」「ずる休み」

であるとして「怠業」と「怠学」区別し ている。

( 2 )1992年「登校拒否問題への対応について」

の通知において、「児童生徒にとって自己 の存在感を実感でき精神的に安心してい ることのできる場所」と示される。

( 3 )現代的健康課題とは、「肥満・痩身、生活 習慣の乱れ、メンタルヘルスの問題、ア レルギー疾患の増加、性に関する問題の ほか、時代の変化とともに新たに生じる 多様な健康課題とする。この他、心身の 不調の背景にいじめ、児童虐待、不登校、

貧困などの問題が関わっているものも対

象としている。」 (文部科学省2017)

(14)

( 4 )日本学校保健会では、保健室登校を「常 時保健室にいるか、特定の授業は出席で きても、学校にいる間は主として保健室 にいる状態(保健室に隣接する部屋で養 護教諭が主に対応している場合も含む)」

としている。

( 5 )森田(1991、p.66)による「離脱」の回 路は、「⑴日常性生活の中に埋め込まれ、

⑵かりに規範から反れた行動であったと しても許容されたり、ときには制度化さ れ承認された行動であり、⑶日常のルー ティン化された活動を円滑に進めたり、

そこからもたらされる心理的ストレス、

倦怠感を癒し、⑷集団の秩序維持に寄与 するという点で『逸脱』とは異なってい る。」このように森田は、 「逸脱」と「離脱」

を差異化し、「離脱」を定義している。し かし、本稿は、その限りではなく、一般 的な意味として「離脱」を用いている。

( 6 )保健室には、心身の不調を訴える生徒が 来室するだけでなく、休憩時間や放課後 に身長を計るためや養護教諭にちょっと した話をしたり、頼みごとをしたりする ために利用する生徒もいる。そうした生 徒は、休憩時間や放課後など、授業時間 という制度的拘束におかれていない短時 間の利用であり、養護日誌などの保健室 利用記録には記載されないことが多い。

調査したA中学校でも、そうした利用を 保健室利用の集計に含めていない。

( 7 )本文では示していないが、保健室にも包 摂されず、学校から排除される事例も存 在した。例えば、ヒカルは、表 1 で記載 したように、あるトラブルをきっかけに 学校に登校しない日が多くなってしまっ た。ヒカルは、高等学校への進学を希望 せず、学校を休んでいるときには、親戚 の仕事を手伝い、その仕事には真剣に取

り組んでいる旨を語るなど(2014年 6 月 24日 フィールドノーツ)、学習や学歴に 対する価値を相対化して、学校外の労働 に居場所を見出していた。そこから考察 すれば、保健室利用の回数も少なく学校 を居場所としないヒカルが、保健室にも 包摂されず、学校からも排除された存在 だと言えよう。しかしながら、ヒカルが 学校に登校した際には、ハヤトたちと行 動を共にするなど、「学校」を通じて構築 された人間関係が維持されており、ヒカ ルには、学習や学歴では語ることのでき ない「学校」に包摂されていた可能性も あるのではないだろうか。

引用文献

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