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左京六条二坊の調査

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Academic year: 2021

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左京六条二坊の調査

第133‑7次

Y−16,940 Y‑16,930

o  1 5m yr¬T≒−T≒

図95 第133‑ 7次調査遺構図 1 : 300

奈文研紀要 2005

9952とSX9953がある。 SD9952は幅140cm、深さ30cinの細 長い斜行溝である。SX9953は、この斜行溝SD9952を切

り込むかたちで土器の壷底部が据え付けられた状態で残 っていた。

 藤原宮期の遺構としては南北塀SA4170がある。柱同 寸法は2. lm (7尺)等間。第45次調査区では、南北塀SA 4172と柱筋を揃えて重複しており、それより新しい。SA

4170の年代的位置づけは、第45次調査と第47 ・ 50次調査  (『藤原概報17』)では異なっているが、少なくとも東西大 溝SD4130より北では、SA4170は6間分検出し(第45次調

査)、7間から11間分か未調査で、本調査では12間目を検 出したことになる。北側の柱穴には径14cmの柱根が残っ ていた。SA4170は土坑SK9950を切っているが、SK9950

は第45次調査で検出したSA4172とは7尺等間で割ると、

想定位置とは完全にずれることとなり、SA4172がどこ まで北に延びるかは未発掘地を調査しないとわからない。

       3 まとめ

 藤原宮期の遺構は全体的に希薄で、南北塀SA4170の 北端を検出したのみであり、これより北方には延びない

ことを確認した。       (山崎信二)

X−166,540

X‑166, 550

図96 調査地周辺遺構図 1:400

         1 はじめに

 本調査は、飛鳥藤原宮跡発掘調査部の収蔵庫建設に伴 う発掘調査である。調査地は1985年に当調査部の新庁舎 建設予定地でおこなった発掘調査地(第45次調査区、『藤原 概報同』の北に接する部分で、発掘面積は343 「。このう ち東約3分の1の72 「が第45次調査区と重複している。

調査期間は9月4日〜10月25日。

         2 検出遺構

 層序は上層から盛土・表土・茶褐色土で、茶褐色土は 中世以降の層と考えられ、瓦器を含み、その下に弥生時 代末から古墳時代初めの遺物を含む層がある。

 弥生・古墳時代初めの遺物を含む層は、南西方向に低 くなる傾斜面をもっており、調査区西南の低部に堆積し た最上層が灰褐色砂質土、その下が明灰色砂質土、次に 暗褐色砂質土・暗茶褐色土・淡茶灰色土・暗褐色粘質土 の順で斜め方向の上下に堆積している。上述の土層のう ち、最下層の暗褐色粘質土中にも、弥生土器片を含んで いる。発掘調査では、低い西南部に堆積した土層を完掘 し、その下の明灰色砂質土・暗褐色砂質土・暗茶褐色土 の上半部を掘り下げたため、遺構図では西南部から東南 部へ斜めの溝が走っているようにみえるが、これは溝で はなく、東北方向から南西方向へ土層が斜めに堆積して いることを示している。

 弥生時代末から古墳時代初めの遺構としては、SD

70

Y‑16, 950

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