はじめに
(1)
『資本論』第3巻第4篇「商品資本および貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への転化 (商人資本)」は,原理論研究のなかで一般に商業資本論と呼ばれる研究領域に対応する。この篇は 5つの章よりなるが,掉尾を飾る第20章には,「商人資本に関する歴史的事実」という標題が付さ れている。そこで論じられるのは,資本主義的生産様式への過渡期における商人資本の歴史,ある いは産業資本主義への移行期における商業の歴史である。『資本論』の本来の分析対象が,すでに 第1巻の最初の一文で明言されていたように「資本主義的生産様式が支配的に行なわれている社会」 にあったとすれば(K.,!,S.49,〔1〕71頁),それ以前の経済社会にまで遡行したこの章の議論は,『資 本論』全3巻のなかでもかなり異色なものといえるであろう。マルクス自身,第4篇第19章までは 商人資本を「資本主義的生産様式の立場から,またこの生産様式の限界のなかで」考察してきたが, 第20章ではその「立場」ないし「限界」から離れて,もっと古い時代に立ち戻る必要があると断っ ている(K.,",S.337,〔7〕23頁)。 しかし,そのように長期にわたる商業史の整理・紹介として読んだ場合,本章のカヴァーしてい る範囲は明らかに狭すぎ,その紹介の仕方もやや均衡を失しているといわざるをえない。仮に,「商 人資本に関する歴史的事実」に正面から取り組もうとすれば,商業革命の時代における遠隔地貿易 据え置かれるという理解とも表裏一体の関係にある。 マルクスが『資本論』第3巻第4篇で展開した商業資本論は,こうした理解の原点をな している。この篇の末尾にある第20章「商人資本に関する歴史的事実」でも,商業資本は 「工業生産の召使」として描き出されている。それは,かつて産業家・生産者を支配した 商人資本とは真逆の姿である。商人資本による問屋制的支配は,資本主義的生産様式の下 では再現されえない「歴史的事実」とみなされるのである。 こうした論調は,宇野の商業資本論にも継承されている。そこでも商業資本は,「産業 資本の副次的な存在」として描き出されている。しかも宇野は,資本主義的生産様式への 移行期における商人資本の役割をマルクス以上に重視したが,それと同時に,商人資本と 商業資本との区別をもマルクス以上に徹底化させた。したがって,「商人資本に関する歴 史的事実」は,もはや商業資本論とは関わりの薄い話題とならざるをえない。資本主義的 生産がどこまで発展しても,商業資本は「産業資本の副次的な存在」であり続ける以外に ないという命題も,いよいよ反証不能性を帯びることになる。 ただ,「商人資本に関する歴史的事実」をめぐるマルクスの議論には,断片的ながらも, マルクス=宇野の商業資本論を相対化するための手掛かりが残されている。資本主義的生 産様式の下でも,商業資本と産業資本との関係には複数のパターンが並立しうることが, 幾つかの「歴史的事実」に即して紹介されている。それは,商業資本論にとっても看過し えない意義をもつのである。 JEL 区分:B11,B14,B24,B40,B51,L81【図2】
(1)の道
(3)の道 ●「真の資本主義的生産様式」 (2)の道