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関東大震災以後の季語と表象の変遷 : 「震災忌」 を中心に

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(1)

関東大震災以後の季語と表象の変遷 : 「震災忌」

を中心に

著者 安里 恒佑

著者別名 ASATO Kousuke

ページ 1‑62

発行年 2018‑03‑24

学位授与年月日 2018‑03‑24

学位名 修士(国際文化)

学位授与機関 法政大学 (Hosei University)

URL http://hdl.handle.net/10114/14278

(2)

修 士 論 文 指

導 教 授 川 村 湊 教 授 論

文 題 名 関

東 大 震 災 以 後 の 季 語 と 表 象 の 変 遷

「 震 災 忌

」 を 中 心 に

― 国

際 文 化 研 究 科 国

際 文 化 専 攻 修 士 課 程 氏

(3)

論 文 要 旨

国際 文 化 研究 科 国 際文 化 専 攻 修士 課 程 安 里 恒 佑 一

九二 三 年( 大正 十 二 年) 九月 一 日 に関 東 大 震災 が 発 生 した

。俳 人 の高 浜 虚 子は

、関 東 大 震災 に 際 して

、二 つ の 記述 を 残 して い る

。一 つは

、 震 災 を体 験 し、 震 災 を俳 句 で 詠む こ と の難 し さ を述 べ た も ので あ る

。も う一 つ は

、震 災 以 降に

、歳 時 記 に 新 たな 季 語 が多 く 採 用さ れ

、近 代 に お け る季 語 の パラ ダ イ ムと な っ てい る と いう 記 述 であ る

。こ う し た 関東 大 震 災以 降 の 季語 の 状 況に お い て

、九 月一 日 が「 震 災 忌

」と し て

、歳 時 記 に採 用 さ れた

。 こ れ以 降

、「 敗 戦忌

」、

「 広 島忌

」、

「 長 崎忌

」、

「 沖縄 忌

」、

「 福島 忌

」 と

、戦 災 や 震災 の 度 に

、多 く の 死 を弔 う 季 語と し て 系 譜 的 に産 出 さ れて い る

。 本 研究 で は

、そ の系 譜 の最 も 古 い 例と し て 記述 さ れ る「 震災 忌

」の 成 立と 表 象 を、 関東 大 震 災以 降 の 歳時 記 の 変遷 を 辿 りな が ら 考察 す る こ と で、 近 代 に おけ る 季 語の 枠 組 みと そ れ を巡 る 言 説を 検 討 する こ と がで き る だ ろう

。ま た

、目 的 とす る「 震災 忌

」の 考 察 の 末 に、 現 在 まで 産 出 さ れる

「 忌

」に つ い ても

、 観 点を 得 る こと が 出 来れ ば 幸 いで あ る

。 一 章で は

、虚 子 の 記述 を 検 討す る た めに

、季 語 の 誕 生の 経 緯

、歳 時 記 の歴 史 を まと め た

。ま た

、そ れ に とも な っ て季 語 の 機能 や 歳 時記 に 掲 載 さ れる 季 語 の承 認 と いっ た 観 点に も 着 目し た

。俳 諧 史

/ 俳句 史 は

、正 岡 子 規 の俳 句 革 新の パ ラ ダイ ム に よ って 記 述 され る こ とが 多 い が、 季 語 や 歳時 記 の 歴史 に お いて は

、 高浜 虚 子 の功 績 が 記述 さ れ るこ と が 多か っ た

。 二 章で は

、一 章 の 季語 や 歳 時記 の 歴 史を 念 頭 に、 近 代 の歳 時 記 に焦 点 を当 て た 先 行研 究 を 検討 し た

。当 時

、虚 子 の 記述 通 り

、多 く の 歳時 記 が 出 版さ れ て いた が

、先 行 研 究 にお い て は、 虚 子 の編 集 し た歳 時 記 を考 察 の 中 心と す る もの が 専 らで あ り

、中 で も 一 九四

〇 年 に虚 子 が 一人 で 編 集 した

『 新 歳 時記

』 が

「近 代 季 語 の枠 組 み

」 の主 柱 と な るも の に 位 置付 け ら れ てい た

。『 新歳 時 記

』 に掲 載 さ れ る季 語 は

、虚 子 の 裁 量に よ っ て 承認 さ れ る か否 か が 決ま っ て お り、 そ れ は 虚子 の 俳 句の 方 法 と 膠 着し て い た

。虚 子 の 俳句 の 方 法 とは

、 本 来

、「 写 生

」 のリ ア リ ズ ムと 衝 突 す る季 語 の

「歴 史 的 連想

」 が

、衝 突 す るの で は なく

、 一 句の デ ィ ティ ー ル に 普遍 性 を 与え る と いう も の であ っ た

。 三 章で は

、 先 行研 究 を 受け て

、 関 東大 震 災 以 降の 歳 時 記 から

「 震 災 忌」 の 例 句 を拾 い 集 め、 そ の 表 象を 考 察 し た。 考 察 の中 で

、「 震 災忌

」 の も つコ ー ド 的 働き

、 或 いは 本 意 が 変遷 を 遂 げ てい た こ とを 明 ら か に した

。 そ し て、 そ の 変遷 の 末 に

、「 震 災 忌

」は 文 人 や 虚子 が 被 災 後に 語 っ た

「歴 史 的 連 想」 を 得 るに 至 っ た

。虚 子 の 方 法と 膠 着 した

「 近 代 季 語の 枠 組 み

」に お い て、

「 震 災 忌」 は 季 語 の承 認 を 得 ても お か し くな い

(4)

も の であ っ た が、 虚 子 の裁 量 に よっ て「 近代 季 語の 枠 組 み」 か ら は 外さ れ る もの と な った

。虚 子の 意 図 的な 排 除 の背 景 と して

、先 んじ て「 震 災 忌」 の「 歴 史 的連 想

」を

「 地 震そ の も の」 で は ない も の とし て 唾 棄し て い た こと が 挙 げら れ る

。虚 子 は 体 験し た「 地 震 その も の

」を 表 象 不 可 能 なも の と して 念 頭 にお い て

、「 震 災 忌

」を

「 近代 季 語 の 枠組 み

」 から 外 し たの で あ った

。 た だ、 こ の 位 置付 け に より

、「 近 代 季語 の 枠 組 み」 は 大 いな る 矛 盾 を孕 む こ と とな っ た

。 巨大 な

「 歴史 的 連 想

」の 体 系 で ある

「 近 代 季語 の 枠 組 み」 は

、 そ の在 り 方 を肯 定 で き なく な っ て しま っ た

。「 近 代 季 語 の枠 組 み

」 自体 が

、 リ アリ ズ ム の側 か ら

「 その も の で ない

」 も の の体 系 と な って し ま う矛 盾 を 内包 し て しま っ て いた

。 ただ

、「 近 代 季語 の 枠 組み

」 か ら 外さ れ て し まっ た

「 震 災忌

」 は

、虚 子 が 自 ら選 を 行 う 雑誌

『 ホ トト ギ ス

』 の 雑詠 欄 に て

、多 く 採 られ て い た

。「 震 災 忌

」は

、「 近 代 季語 の 枠 組み

」の 外 側で

、表 象不 可 能 性を 孕 み なが ら

、ど のよ う に 虚子 に よ って 企 図 され た か とい う と

、関 東 大 震 災 以 降を 生 き る者 が

、現 在 の 生 活 を詠 む も のと し て 試み ら れ てい た

。「 詠む

」こ とを 通 し て

、「 弔 い

」や

「喪

」を 行う べ き 季語 と し て考 え ら れ て い たの で あ った

。 こ れは

、「 震 災忌

」 が 掲載 さ れる 初 期 の 歳時 記 に おい て も 見ら れ る 傾向 で あ った

。 で は、

「詠 む

」こ とで

「弔 う

」こ と と は

、ど のよ う な 意味 を も つの か

。こ のよ う な 問 を検 討 す るた め に

、「 弔い

」の 在 り方 を 芭 蕉の

『お く の ほ そ 道』 に お け る旅 に 見 た。

「詠 む

」こ とに よ っ て、 故 人 を想 起 し

、記 憶し

、死 者 を歓 待 し

、そ れ が その ま ま 死者 へ の 贈与 と な る よう な

、「 弔 い の 場」 を 出 現さ せ る 契機 と し て「 忌

」 が試 み ら れて い た

。 関 東 大 震災 以 降

、産 出 さ れて き た 多く の 死 を弔 う 季 語 にお い て

、多 く の 死者 を 追 悼す る こ とが 行 わ れて き た が、 そ う した 系 譜 の

「震 災 忌

」 に おい て は

、あ く ま で個 人 的 な「 詠 む

」行 為 に すぎ な か っ た。 あ く まで

、 個 人的 な

「 喪」 や

「 弔い

」 を 試み る も ので あ っ た。

(5)

関 東 大 震 災 以 後 の 季 語 と 表 象 の 変 遷

「 震 災 忌

」 を 中 心 に

は じ めに

研 究の 目 的 と方 法 ...

四 一 章 季 語 と 歳時 記 の 歴史

、 発 達 ...

七 一 章一 節 季語 の 歴 史と 機 能 ...

一 一 一 章二 節 歳時 記 の 歴史 と 季 語と し て の承 認 ...

一 六 二 章

「 近 代 季語 の 枠 組み

」 と 虚子 の 方 法 ...

一 九 二 章一 節 先行 研 究 にお け る 虚子 編

『 新歳 時 記

』の 評 価 ...

二 二 二 章二 節

「近 代 季 語の 枠 組 み」 に つ いて ...

二 五 二 章三 節 虚子 の 季 語に 対 す る方 法 論 ...

三 一 三 章

「 近 代 季語 の 枠 組み

」 か ら外 さ れ た「 震 災 忌」...

三 八 三 章一 節 関東 大 震 災以 降 の 歳時 記 ...

三 九 三 章二 節

「震 災 忌

」は 如 何 に詠 ま れ たか ...

四 二 三 章三 節 虚子 は

「 近代 季 語 の枠 組 み

」か ら 何 を外 し た か ...

〇 三 章四 節 詠む こ と で弔 う こ と ...

五 二 お わ りに ...

五 七 参 考 文献 ...

五 九

(6)

は じ めに

研 究の 目 的 と方 法 本

研究 の 目 的 を説 明 す るた め に

、 一九 二 三 年

( 大正 十 二 年) 九 月 一 日に 起 こ っ た関 東 大 震 災に つ い て、 高 浜 虚 子の 記 述 を 二つ 参 照 し たい

。 ま ず

、歳 時 記 につ い て の記 述 で ある

。 私

た ち が 俳 句 を 作 り 初 めた 頃 に は 曲 亭 馬 琴 の 拵 ら え た歳 時 記 が 一 つ あ っ た ば か り であ っ て

、 そ の 他 に は そ う い う種 類 の 書 物 は な か っ た

。…

( 略)

… ま たそ の 頃 の俳 書 堂 主人 の 籾 山梓 月 君 の発 意 か ら中 谷 無 涯氏 に 嘱 し て『 新 修歳 時 記

』一 冊 が 発 行さ れ た。 こ れ は 最も 厳 密 な 選 択 に なっ た 書 物で あ っ て、 私 た ちの 座 右 に備 え て おい て 日 夕の 参 考 とす る の に 最も 便 利 な書 物 で あっ た が

、大 震 災 の時 に そ の紙 型 が 焼 失 し て しま っ て 重版 す る こと の 出 来な い の は残 念 な こと で あ る。 しか し な がら こ の『 新 修歳 時 記

』も 主と し て 人事

、殊 に 宗 教上 の 儀 式 に 関 す る 事 は 旧 暦 に よ っ て いる

。 東 京 在 住 者 に と っ て は それ ら の 行 事 は 悉 く 新 暦 に ひ き直 し て 行 わ れ て 居 る の で 夏 の季 題 が 春 に な っ た り 秋 の 季 題が 夏 に なっ た り して 居 る こと な ど がた く さ んあ っ て 頗る ま ぎ らわ し い

。…

( 略

)… 大震 災 以 後に な っ て種 々 の 歳時 記 が 出版 さ れ て

、 そ れ ら の 書 物 は 争 っ て新 題 を 取 り 入 れ て 居 る よ う であ る

。 私 は 詳 し く そ れ ら の 書物 を 見 な い か ら こ こ に 何 と もい う こ と は 出 来 な い

。( 昭 和五 年 十 二月

明 治五 年 に 布 告さ れ た 太陰 暦 か ら 太陽 暦 へ の 暦の 変 更 は、 一 八 七 二 年( 明 治 五 年) 十 二 月三 日 を 明 治六 年 一 月 一日 と す るこ と で 行 われ た

。 そ の 変動 に 伴 って

、そ れま で 太 陰暦 を 基 盤と し て いた 歳 時 記は

、す べて 太 陽 暦 に引 き 直 され る こ とと な り

、新 し く 季 語を ど の よう に 分 類す べ き か とい う 問 題を 立 ち 上げ た

。そ う した 問 題 が曖 昧 な まま

、関 東 大 震災 に お いて は

、既 存 の歳 時 記の 紙 型 が 消失 し

、そ れを 契 機 とし て 新 た な 季 語 が採 り い れら れ は じめ た こ とを 虚 子 は記 す

。 も う一 つ の 虚子 の 記 述と は

、彼 が 被 災 した 翌 月 に『 ホ トト ギ ス

』に 寄 せ た震 災 を 詠む こ と につ い て の感 慨 を 述べ る 文 章で あ る

。虚 子 は、 知 人 の 葬儀 の た め帰 っ て いた 鎌 倉 で「 被 災

」し

、 津 波の 被 害 や隣 家 の 嫁の 圧 死 を 見て い る

高 浜 虚 子

「歳 時 記

」『 俳 談

』 岩波 文 庫

、一 九 九 七年

、 六 十一

― 六 十二 頁

高 浜 虚 子

「た け し が来 る ま で」

『 ホ トト ギ ス

』ほ と と ぎす 発 行 所、 一 九 二九 年 十 一月

、 一

―十 四 頁

。高 木 晴 子

・上 野 章 子・ 大 岡 信・ 川 崎 展 宏

「座 談 会 父

・ 虚 子、 俳 人

・虚 子 を 語る

」『 国 文学

解 釈と 教 材 の研 究

』 學燈 社

、 一九 九 一 年、 九

― 十 頁。

(7)

こ の 間 ちょ っ と 京都 へ 行 った 時

、新 聞 記者 が 尋 ねて 来 て

、千 載一 遇 の 大地 震 に お遭 い で して

、定 め て 名句 が 出 来ま し た ろう

。と 言 っ た 時

、 私 は 変な 感 じ が した

。 今 ま で俳 句 を 考え た こ と もな か っ た が

、改 め て 考え て 見 て もど う も 俳 句に な り そう に 思 え なか つ た

…( 略

… 彼 の 蕪 村に お ろし 置 く 笈に な ゐ ふる 夏 野 かな

と い ふ 句が あ る

。こ の 句 は 地 震を 詠 ん では い る が、 趣は 夏 野 にあ る

。夏 野 の広 大 な こと を あ らわ す 点 に 興味 が あ る。 恐 ら く 地震 も 余 り 大 き い 地 震で は あ るま い

…( 略

… が し か し、 この 間 で あっ た よ うな あ の 破壊 力 の 強い 地 震

、あ んな 地 震 にな る と 短い 俳 句 で何 が 描 かれ よ う

、何 が歌 え よ う、 全く 殺 風 景 と い う 一 語に 尽 き るよ う に 思う

虚 子の ふ た つの 記 述 に拠 れ ば

、関 東大 震 災 は、 歳時 記 に 新 しい 季 語 が多 く 取 り入 れ ら れ、 また

、震 災 に 対す る 表 象の 困 難 さを 体 験 す る契 機 と な った

。 こ こで 留 意 して お き たい こ と は、 虚子 の 体 験し た 表 象不 可 能 性 は、 単 に 定 型の 短 さ ゆえ に 起 因す る の で はな い と いう こ と だ。 仁平 勝 は

、虚 子 の 俳句 の 方 法 とし て

、 正岡 子 規 の 主張 で あ っ た写 生 主 義を 受 け た 客 観写 生 と 堆 積さ れ た 古歌 を 連 想 させ る

「 歴 史的 連 想

」 をも つ 季 題 とが

、 本 来 は矛 盾 す るこ と を 指摘 し て いる

。そ れは

、先 だっ て 江 藤淳 も

、柄 谷行 人 も 指摘 し て いる

。仁 平は

、こ うし た 指 摘を 踏 まえ

、虚 子 の俳 句 の 方 法 が、

「 歴 史 的連 想

」の 働 き か ら写 生 を 普遍 的 な もの と し てい る と 考察 す る

。虚 子 の 述べ る 表 象の 困 難 さは

、写 生へ 普 遍 性を 付 与 す る季 語 の

「 歴史 的 連 想」 が 働 かな い と いう 点 に ある だ ろ う。 正 し く「 殺 風 景」 と い う 一言 に 尽 きる の で ある

。 対 立 す るは ず の 写 生 と 季 語 と が 普 遍 的な 働 き を 創 出 す る 方 法 が 関東 大 震 災 に 際 し て 表 象 の 困 難 さ を体 験 し

、 そ の 一 方 で 新 た な 季語 が 多 く 歳 時 記に 取 り 入れ ら れ た。 そ れ は、 江 戸 的な も の が消 失 し

、新 た に 都 市が 建 設 され る「 風 景

」の 変化 と も 関連 し て いる だ ろ う。 新 題 の 増加 の な か で、 関 東 大 震災 の 発 生し た 九 月一 日 が「 震災 忌

」と 称 され

、季 語 とし て 生 成さ れ た

。元 来あ っ た「 芭蕉 忌

」や

「 子 規忌

」な ど の 古人 を 弔

高 浜 虚 子

「消 息

」『 ホ ト ト ギ ス』 ほ と とぎ す 発 行所

、 一 九二 九 年 十一 月

、 七四

― 七 六頁

仁 平 勝

『 虚子 の 読 み方

』 沖 積舎

、 二

〇一

〇 年

(8)

う 忌 日の 季 語 では な い

、多 く の 死を 弔 う 季語 と し て産 出 さ れた

。 こ うし た 季 語の 生 成 は、 ポ ツ ダム 宣 言 を受 諾 し 日本 に お ける 第 二 次 世界 大 戦 の 終戦 が 玉 音放 送 に て告 げ ら れた 八 月 十五 日 を「 敗 戦 忌」

、広 島 市 に原 子 爆 弾が 投 下 され た 八 月 六日 を「 広 島 忌」

、長 崎 市 に原 子 爆 弾 が投 下 さ れ た八 月 九 日を

「 長 崎忌

」、 司令 官 で ある 牛 島 満に よ っ て 実質 的 な「 沖 縄 戦」 の 終 結 した 日 と され る 六 月二 十 三 日を

「 沖 縄忌

」、 東日 本 大 震 災 の 発生 し た 三月 十 一 日を

「福 島 忌

」と する よ う に、 現代 に い たる ま で 戦災 や 震 災の 度 に 系譜 と し て産 出 さ れて き た

。こ れら は 発 生 と表 象 に お い て、 個 別 に検 討 さ れる べ き であ ろ う

。 本 研究 は

、そ の 系譜 の 最も 古 い 例 とし て 記 述さ れ る「 震 災忌

」の 成 立 と表 象 を

、関 東 大震 災 以 降の 歳 時 記の 変 遷 を辿 り な がら 考 察 する こ と で

、 近代 に お け る季 語 の 枠組 み と そ れを 巡 る 言 説を 検 討 する こ と が で きる だ ろ う

。ま た

、「 震災 忌

」 の 検討 の 末 に

、産 出 さ れる

「 忌

」 につ い て も 明ら か に した い

。 一 章で は

、虚 子 の 記 述を 検 討 する た め に、 季 語の 誕 生 の経 緯

、歳 時 記 の歴 史 を まと め る

。ま た

、そ れ に とも な っ て季 語 の 機能 や 歳 時 記に 掲 載 さ れる 季 語 の承 認 と いっ た 観 点に も 着 目す る

。俳 諧 史

/ 俳句 史 は

、正 岡 子 規 の俳 句 革 新の パ ラ ダイ ム に よ って 記 述 され る こ とが 多 い が、 季 語 や 歳時 記 の 歴史 の 場 合は ど の よう な も のに な る のか も 論 の俎 上 に あげ た い

。 二 章で は

、近 代 の 歳 時記 に 焦 点を 当 て た先 行 研 究を 検 討 す る。 前 述す れ ば

、先 行 研 究 の述 べ る「 近 代 季 語の 枠 組 み」 は

、虚 子 を 主 柱 とす る も の であ り

、 こう し た 枠組 み と 虚子 の 俳 句の 方 法 がど の よ うな 関 係 にあ る の か を考 察 す る。 三 章で は

、 先 行研 究 の

「近 代 季 語 の枠 組 み

」 を受 け て

、 関東 大 震 災 以降 の 歳 時 記か ら

「 震 災忌

」 の 例句 を 拾 い 集め

、 そ の 表象 を 考 察す る

。 そ の うえ で

、 虚 子が

「 近 代季 語 の 枠 組み

」 か ら

「震 災 忌

」を 外 し た の か、 ま た

、「 震 災 忌

」を 如 何 に 企図 し て い たの か を 検 討す る

。 さ らに

、 こ う した 検 討 から

、「 忌

」を めぐ る 所 作と し て の「 詠 む

」こ とで

「弔 う

」こ と を考 察 す る。 こ の よ うな 問 を 検 討す る た めに

、「 弔 い

」の 在 り 方 を 芭 蕉の

『 お くの ほ そ 道』 に お ける 旅 に 見る

。 そ して

、 今 一度

「 震 災忌

」 の 表 象に 立 ち 戻る こ と で、 産 出 され る

「 忌」 の 在 り方 に 迫 る。

角 川 学 芸 出版 編

『第 四 版 合本 俳 句 歳時 記

』 二〇 一 一 年、 三 省 堂 編

『 ホト ト ギ ス俳 句 季 題便 覧

』 二〇

〇 一 年

、学 研 編『 現 代 俳句 歳 時 記

』二

〇 四年 と い った 現 代 の歳 時 記 にも

、「 震 災忌

」 の 項が あ り

、作 例 に 中村 草 田 男「 万 巻 の書 の ひ そ かな り 震 災忌

」、 松村 蒼 石

「震 災 忌 大鉄 橋 を 波洗 ふ

」 など が あ る。

(9)

一 章 季 語 と 歳時 記 の 歴史

、 発 達 本

章で は

、虚 子 の 証 言に 見 ら れた 関 東 大震 災 以 降に お け る 新た な 季 語の 積 極 的な 採 用 によ る 歳 時記 の 変 容、 ま た

、関 東 大 震 災を 巡 る 表象 不 可 能 性の 考 察 を行 う た めの 下 準 備と し て

、歳 時 記 と季 語 の 歴史 的 変 遷や 発 達 を

、先 行 研 究を も と に纏 め て おく

。 そ のよ う な 歴史 的 な 纏め を 行 うに あ た って

、本 論 で は、 村 山 古 郷に よ る『 現 代 俳 句 大辞 典

』に おけ る「 季 語」 の 項 目

、筑 紫 磐 井 の『 季 語 は 生 き てい る

― 季題

・ 季 語の 研 究 と 戦略

』、 堀 切実 の

『 増補

俳 諧 歳時 記 栞 草

』に お け る

「解 説

」 を

、歳 時 記 に 関す る 体 系的 な 研 究 の主 だ っ た もの と し て挙 げ る

。た だ し

、こ れ ら の先 行 研 究の 記 載 には

、 相 互に 初 出 の 違い が 見 られ た の で、 そ れ らは 原 典 に当 た っ て補 っ た

。 歳 時記 や 季 語の 歴 史 を纏 め る ため の 前 提と し て

、「 俳 諧 史/ 俳 句 史に お け る近 代 が どの よ う なパ ラ ダ イ ムに お い て捉 え ら れて い る のか

」、 と い う 点を 明 ら か にし て お かね ば な ら ない

。 そ れ とい う の も

、一 般 的 な 認識 と は 異 なり

、「 俳 諧史

/ 俳 句 史に お け る 近代

」 と

「季 語 に お ける 近 代

」 とは イ コ ール で 結 ばれ る も ので は な いか ら で ある

。 俳 諧史

/ 俳 句史 に お ける 近 代 が、 ど の よう な パ ラダ イ ム に よっ て 捉 えら れ て いる の か とい え ば

、正 岡 子 規 の俳 句 革 新が

、転 換点 と し て挙 げ ら れ る。 つ ま り

、そ れ を契 機 と して 俳 諧 と俳 句 と が、 名称 に お いて 分 別 され る だ けで な く

、そ の方 法 に おい て も 大き な 断 絶が あ る と 考え ら れ る よ うに な っ たの で あ る。 俳 諧と 俳 句 の 方法 の 違 いと し て

、「 写生

」 の 導 入を 挙 げ る こと が 出 来る

。 こ れ は、 坪 内 逍 遥が

『 小 説神 髄

』 に お いて

「 小 説 は芸 術 で ある

。 し か し芸 術 で ある た め には

、小 説 は 写実 的 で なけ れ ば なら な い

。」 と述 べ たよ う な

、芸 術の 自 律 的価 値 を 求め ん と する リ ア リズ ム

の 一環 で あ っ た と言 え る

。俳 諧 と 俳句 と は

、「 写 生

」 とい う リア リ ズ ム の思 想 と 方法 に よ って 深 く 断絶 さ れ てい る よ うに 捉 え られ て い る。 子 規が 俳 句 革 新を 成 し 得た 要 因 とし て

、 あ らき み ほ は、

「 俳 句 分 類」

、「 写 生の 啓 発

」、

「師 表 と し て の蕪 村

」、

「 同郷 の 俳 句仲 間

」、

「 新聞

「 日 本

」」 の五 つ が うま く 合 致し て い たこ と に よっ て 可 能で あ っ たと 述 べ る

。こ こで 留 意 して お き たい の は

、俳 諧 が 完 全に 唾 棄 され

、俳 句 にお い て

「 写生

」 の 方法 が 樹 立さ れ た

、と い う こと で は ない と い うこ と だ

。 あ らき が 挙 げ てい る よ うに

、 子 規 は明 治 三 十 二年 に

『 俳 人蕪 村

』 を 発刊 し

、「 写生

」 と い う 観点 か ら 蕪村 の 読 み 直し を 行 っ てい る

。 そう し た 読 み直 し を 通し て

、俳 諧 に お いて 俳 聖 と位 置 づ けら れ て いた 芭 蕉 より も

、子 規自 身 が 新し く 評 価し た 蕪 村 を高 く 位 置づ け

、俳 諧 の 再 読を 通

中 村 光 夫

『日 本 の 近代 小 説

』岩 波 新 書、 一 九 五四 年

、 三九 頁

あ ら き み ほ『 図 説

・俳 句

』 日東 書 院

、二

〇 一 一年

、 四 七頁

(10)

し て

「写 生

」 の啓 発 を 行う こ と に成 功 し たの で あ った

。 子 規の 蕪 村 を評 価 す る 方法 は

、 時を 経 て

、萩 原 朔 太郎 の

「 俳 句は 抒 情 詩か

に よ っ て

、改 め て 行わ れ

、 俳句 の 本 質論 を 述 べる 手 段 とし て 踏 襲さ れ て いる

。 ま た、 子 規 の

「写 生

」 とい う 観 点 から の 蕪 村 評 価は

、 芭 蕉の 位 置 づ けを 変 え な がら

、 当 時 の俳 壇 形 成に お い て も用 い ら れ た。

『 俳 人 蕪村

』 に お ける 芭 蕉 と蕪 村 を 並置 す る 語り 口 は

、明 治 三 十年 一 月 二日 か ら 三月 二 十 一 日ま で の 新聞

「 日本

」及 び「 日 本 付 録週 報

」に 連 載 さ れた

「 明 治 二 十九 年 の 俳壇

」 に おい て 垣 間見 る こ とが 出 来 る。 二

十 九 年 中 に 製 作 せ ら れた る 俳 句 が 一 般 に 前 年 に 比 して 進 歩 し た る は 著 き 事 実 な り。 併 し そ は 新 聞 雑 誌 等 に 載 せら れ た る 俳 句 を 通 覧 し て 知 る べき も の にし て

、単 に 程 度の 上 に 於け る 進 歩は 二 三 の例 句 を 以て 証 し 得べ き に 非ず

。 然れ ど も 俳句 の 意 匠( 言 語は 後 に 言わ ん) の 種 類 の 変 化は 一 二 句を 挙 げ て猶 お 且 つ其 の 相 違を 見 る べし

。 例 えば 古 池 や蛙 飛 び 込む 水 の 音 芭 蕉 柳 散 り淸 水 涸 れ石 と こ ろ〴 〵 蕪村 の 二 句 を 比較 し て 両俳 家 両 時代 の 観 念の 如 何 に変 化 せ しか を 知 るべ く 蚊 帳 ごし に 鬼 を笞 う つ 今朝 の 秋 蕪 村 元 日 や鬼 ひ し ぐ手 も 膝 の上

梅 室 の 二 句 を 比 較 し て 両 俳 家 両 時代 の 理 想 の 相 違 如 何 に 甚 だ しき か を 知 る べ し

。 蕪 村 の 柳 散の 句 の 如 き 材 料 多 く 印 象 明 なる 者 は た ま た ま 芭 蕉 が 作 ら ざ り し に 非 ず し て 芭蕉 時 代 に は 未 だ 此 種 の 工 夫 を為 し 得 ざ り し な り

。 芭 蕉 は 此の 如 き 句 を 嫌 い て 作 ら ざ り しに も 非 る べ け れ ど 蕪 村 の 句 が 含 み た る 趣 味 を 解し 得 ざ り し な る べ し

。 蕪 村 は梅 室 の 前 に 出 で た り と い え ども 梅 室 の 元 日 の 句 の 如 き 俗 趣が 俗 世 間 の 喝 采 を 博 す る に 足る こ と は知 り た るべ く

、知 り て 為 さざ り し は以 て 蕪 村の 意 向 を窺 う に 足 るべ し

。昨 年 の 俳句 が 稍 蕪村 流 に 傾き た る は 一変 化 と し て 見 る べ し と い え ど も 古 人が 既 に 変 化 し 得 た る 範 囲 内 に於 て の 変 化 は 俳 人 各 個 の 上 にこ そ 著 き 変 化 と も な れ 俳 諧 史の 上 よ り 見 て 只 古 の 変 化 を 繰り 返 す に過 ぎ ざ るな り

。而 し て 吾 人は 又 昨 年の 俳 句 界に 於 て 今迄 曾 て 有 らざ る の 変化 あ り しこ と を 認む る 者 なり

。是 れ 大に 研 究 す べ き の現 象 に あら ず や

萩 原 朔 太 郎「 俳 句 は抒 情 詩 か?

」『 四季

』 四 季社

、 一 九三 九 年 九月 号

正 岡 子 規

「明 治 二 十九 年 の 俳句 界

」『 子 規 全 集 第 四 巻

』講 談 社

、一 九 七 六年

、 五

〇 一― 五

〇 二頁

(11)

子 規が

「 明 治 二十 九 年 の俳 壇

」 に おい て 目 的 と する の は

、当 時 の 日 本派 の 作 品 を提 示 し

、 評価 す る こと で あ っ た。 こ う し た目 的 に おい て

、 あ ら きみ ほ の 指摘 通 り、 子 規 は「 写 生

」と 一 体 と なっ た 蕪 村を 師 表 とし な が ら、 時 代 の特 徴 を 刷新 し 得 た者 と し て

、虚 子 と碧 梧 桐

、そ の 他 の 日 本 派の 俳 人 に評 価 を 施し て い る。 また

、こ の よ うな 評 価 の仕 方 は

、蕪 村よ り も 劣位 に 置 いた 芭 蕉 を相 対 的 に評 価 の 基準 と し た 上で

、芭 蕉 を 高 位 とし て い た俳 諧 と いう 制 度 を、 作 品 をも っ て 刷新 す る 者た ち と して

、 日 本 派の 俳 人 たち を 位 置づ け る こと と な った

。 碧

梧 桐 の 特 色 と す べ き 処は 極 め て 印 象 の 明 瞭 な る 句 を作 る に 在 り

。 印 象 明 瞭 と は 其句 を 誦 す る 者 を し て 眼 前 に 実物 実 景 を 観 る が 如 く 感 ぜ し む るを 謂 う。 故 に 其 人を 感 ぜ しむ る 処 恰も 写 生 的開 所 絵 書の 小 幅 を見 る と 略 々同 じ

。同 じ く 十七 八 字 の俳 句 な り而 し て 特 に其 印 象 を し て 明 瞭な ら し めん と せ ば其 詠 ず る事 物 は 純客 観 に して 且 つ 客観 中 小 景を 択 ば ざ るべ か ら ず。 例 赤 い 椿白 い 椿 と落 ち に けり

碧 梧桐 乳 あ らは に 女 房の 單 衣 襟淺 き

虚 子 が 成 し た る 特 色 の 一と し て 見 る べ き は 此 外 に 人 事を 詠 じ た る 事 な り

。 俳 句 は 元と 簡 単 な る 思 想 を 現 す べ く 随っ て 天 然 を 詠 ず る に 適 さ る を 以 て 元 禄 に 在 り て 既に 此 傾 向 の 甚 だ し き を 見 る

。昭 和 安 永 に 至 り 蕪 村 は 別 に 一機 軸 を 出 だ し 俳 句 の 趣 向 と して 天 然 を 取 る と 共 に 人 事 を 取り し か も其 点 に 成功 す る を得 た り

。虚 子 の 成し た る は特 に 蕪 村よ り も 一 歩を 進 め たる な り

。一 歩 を 進む と は 蕪村 が 為 さざ り し 所 を 為 し たる の 謂 にし て 主 とし て 趣 向の 複 雑 なる を い う。 前 に 挙げ た る 時間 的 の 句 も亦 此 に 属す べ き 者多 し

。( 句 調は こ こ に言 わ ず)

こ うし た

「 写 生」 の 評 価を 前 提 に して

、 碧 梧 桐 を「 空 間

」的 な 作 家

、虚 子 を

「 時間

」 的

、「 人 事

」 的作 家 と し て 位置 づ け た

。こ れ ら リア リ ズ ム の問 題 に つい て は、 季 語 を 如何 に 詠 むか と い う方 法 論 上の 問 題 に留 ま ら ず、 虚 子 に おけ る 表 象不 可 能 性の 記 述 を考 察 す るた め の 重要 な 観 点 で ある た め

、次 章に お い て 改め て 詳 細に 検 討 する こ と とし た い

。ひ と まず

、こ こ で は 俳句 史 に おけ る 近 代 とは

、子 規 の 俳句 革 新 に おけ

る「 写 生

」 とい う リ アリ ズ ム の方 法

、 或い は 思 想を 介 し て、 捉 え られ て き たこ と を 確 認し た い

前 掲

「 明治 二 十 九年 の 俳句 界

」、 五〇 三 頁

前 掲

「 明治 二 十 九年 の 俳句 界

」、 五二 四

― 五二 五 頁

(12)

一〇

で は、 こ れ に対 し て

、季 語 にお け る 近代 の パ ラダ イ ム とは

、ど のよ う な もの な の か。 結 論か ら 述 べて し ま えば

、虚 子に よ る歳 時 記 の 編集 で あ る

俳 句 革 新運 動 を 行い な が らも

、季 寄 せ や歳 時 記 は遺 さ な かっ た と され る 正 岡子 規 の 没後 か ら

、高 浜 虚子 は『 袖 珍 俳句 季 寄 せ』 を 初 め と す る

、い く つか の 俳 句の 季 寄 せや 歳 時 記の 編 集 に携 わ っ た。 彼 の俳 句 観

、季 題観 が 俳 壇に 与 え た影 響 の 深さ は

、こ の 事実 か ら 十分 察 せ ら れ る

俳 句革 新 を 行 った 子 規 は、

「 写 生

」 にこ そ 手 腕 を振 る っ たが

、 季 語 に対 し て は 殆ど 触 れ る こと は な かっ た と さ れる

。 季 語 を巡 る 近 代 のパ ラ ダ イ ムは

、専 ら 虚 子 が如 何 に 歳時 記 と 関わ り

、そ の 枠 組み を 作 り上 げ た のか と い う 問題 と 密 接に つ な がっ て い る。 以 下 では

、こ う し た「 季 語 の 近 代」 の あ りよ う を 念頭 に お いて

、 季 語と 歳 時 記の 歴 史

、ま た そ れら の 機 能 につ い て 纏め て お く。

福 井 咲 久良

「 高 浜虚 子 編『 新 歳 時 記』 の 三 種版

」『 三田 國 文

』五 十 号

、慶 応 義 塾 大学 国 文 学研 究 室

、二

〇 九年 十 二 月、 一 頁

(13)

一一

一 章 一節

季 語の 歴 史 と機 能 季

語の 歴 史 を 遡る 前 に

、「 季 語

」 と いう 用 語 が いつ ご ろ か ら使 用 さ れ始 め た の かを 念 頭 に 置い て お きた い

。 前 述し た 俳 句 革 新に お い て、 子 規 は「 季 語

」と いう 用 語を 用 い る ので は な く、

「 四 季 の題 目

」と いう 用 語 を用 い て いる

。「 季 語

」と い う 用語 が 普 及す る の は、 そ の 後 にな っ て か ら であ る と いう こ と だ。

「 季語

」と いう 用 語 は、 大 須 賀乙 二 が 俳句 雑 誌『 ア カ ネ

』明 治 四 十一 年 十 二月 号 の 句評 に 用 いた の が

、そ の 初 出 であ り

、そ の 後 に 一 般に 膾 炙 さ れた こ と が指 摘 さ れて い る

。ま た

、虚 子が 好 ん で使 う「 季 題

」と い う 用 語 もあ る が

、も とは と 言 えば

、こ れ は明 治 三 十六 年 に 入 って か ら

、 秋声 会 の 森無 黄 に よっ て 積 極的 に 使 われ 出 し たも の で あっ た

「 季語

」と

「 季 題」 と は

、し だい に 微 妙な 使 い 分け が な さ れ、 後 年 にな っ て

、前 者を 季 節 をあ ら わ す詞

、季 節 の詩 語 で あ るこ と を 指し

、後 者 を 題詠 の 際 に課 せ ら れる 季 節 に関 す る 題目 で あ るこ と を 指す よ う にな っ た が

、使 用 さ れ始 め た 当時 は 殆 ど 差異 が 無 かっ た

「 季語

」或 い は「 季 題

」と いう 用 語 が使 用 さ れ始 め た のは

、近 代 にお い て で ある が

、勿 論

、そ れ 以前 に も「 季 語」 と い う 概念 が 無 かっ た わ け で はな い

。 日

本 の 歳時 体 系 も

、右 の よ う な中 国 の 歳 時体 系 の 影響 を 大 い に 受け て 成 立し た

。「 恋」 と 並 ん で「 季 節 感

」は

、 日 本 文学 の 中 核 をな す テ ー マ で ある が

、古 代 の 記 紀歌 謡 な どに は 自 然そ の も のを 対 象 とし た 歌 は意 外 に 少 ない の で ある

。『 万葉 集

』の 主 流 も「 相 聞

」「 挽歌

」で あ り

、自 然 詠の 歌 は 中心 的 位 置を 占 め ない

。そ れ が 王 朝期 の 和 歌の 世 界 にな る と

、中 国漢 詩 文 の受 容 が 盛ん に な った こ と から

、歳 時 記 的 な 自 然 観 が発 生 し

、 やが て 歌 合 の盛 行 と とも に

、 当 座の 即 興 意 識 が尊 ば れ

、「 恋

」 と とも に

「 当 季」 を 詠 む こと が 原 則と な っ て ゆ く。 そ し て

、中 世の 連 歌 では

「 四 季 の詞

」が いっ そ う 重視 さ れ

、こ れ を つ いだ 近 世 の 俳諧 で は

、と く に 発句 の 独 立化 を 契 機と し て

、季 題

・季 語 意 識 が 浸 透し て ゆ き、 そ こ に本 格 的 季寄 や 歳 時記 を 生 む基 盤 が 成立 し て くる の で あ った

。わ が国 に お け る季 節 感 や歳 時 感 覚は

、決 して 自

村 山 古 郷「 季 語

」『 現 代 俳 句大 辞 典

』明 治 書 院、 一 九 八〇 年

、 一三 八

― 一三 九 頁

。 筑紫 磐 井

『季 語 は 生き て い る

― 季 題・ 季 語 の研 究 と 戦 略―

』 実 業公 報 社

、二 一

〇 七年

、 八 頁。 前 者 の示 し た

『 アカ ネ

』 の初 出 が 誤り で あ った た め

、後 者 に 依拠 し た

堀 切 実

「解 説

」『 増補

俳 諧歳 時 記 栞草

( 下

)』 岩 波 文庫

、 二

〇〇

〇 年

、五 四 七

―五 四 九 頁。

(14)

一二

然 発 生 的 に生 ま れ てき た も ので は な く、 歌 合 や連 歌 な ど、 集 団 制作 の 場 など に お い て、 制 度 とし て 発 生し て き たも の だ とい え よ う

近 代か ら 長 ら く遡 る と

、近 世 初 期 に、

「 季 語

」 を「 四 季 の 詞」 と し てい た こ と が見 て 取 れ る。 正 保 二年 に 刊 行 され た と さ れ る松 江 重 頼編 の 俳 論 書の

『 毛 吹草

』に は、

「 連 歌 四季 之 詞

」に 対 し て「 俳 諧 四季 之 詞

」が 用 い ら れて い る

。こ れ ら の違 い は 次 のよ う に 言い 表 す こと が 出 来る

。 前 者 は「 竪題

」と 呼 ば れ、 連 歌 か ら引 き 継 がれ た「 雪

」、

「 月

」、

「 花

」な どを 指 す のに 対 し て、 後 者 は「 横 題

」と 呼ば れ

、俳 諧 から 取 り 入れ た

「 ゑ びす 講

」、

「 踊り

」、

「 煤払

」 な ど を指 す

。 子 規が 用 い て いた

「 四 季 の題 目

」 と いう 用 語 は、

『 毛 吹草

』 に 見 られ る 用 語 を 少な か ら ず踏 襲 し て お り、 や は り先 述 の 通り 俳 諧 史/ 俳 句 史に お け るパ ラ ダ イム と 季 語に お け る パラ ダ イ ムが ぴ っ たり と 重 なる わ け では な い こ とが 分 か る。 さ て、 こ こ ま で「 季 語

」と い う 用 語を 巡 る 変遷 を 遡 っ た。 こ こ から は

、季 語 の 誕 生 と機 能 と につ い て

、纏 め て お きた い

。季 語 の 機 能 につ い て

、端 的 に 述 べる な ら ば、 一 般 に季 語 と は自 然 の 季節 感 や 季節 の 行 事な ど の 幅 広い 内 容 を持 つ も ので あ る が、 特 に 季 節に か か わる 微 妙 な人 間 感 情 を表 出 す る点 に そ の特 徴 が ある

。 前 述の 引 用 で触 れ た が、 季 語 の機 能 に 関し て は

、宮 坂 静生 も そ の起 源 に つい て 言 及し て い る。 宮 坂は

、季 語を

、た だ 季 節 の風 物 を 指 す言 葉 で は なく

、実 際 の 風 景に 触 発 され な が ら

、よ り「 美 し い

」イ メー ジ へ と練 り 上 げら れ た 想像 の 結 晶で あ り

、平 安 貴 族が 想 定し た 共 通 の規 範 に 基 づ く「 共同 幻 想

」と し て 成立 し た と規 定 す る

。ハ ル オ・ シ ラ ネも

、読 み に つ いて 高 度 に発 達 し た文 化 的・ 文 学 的 なコ ー ド( 約 束 事) で あ り

、連 歌 連句 か ら 発生 し た 共同 体 の コン テ ク スト と 作 用し あ う 働き を も つと

、そ の 機 能 につ い て 考察 し て いる

。こ うし た 文 化的

・文 学 的 コ ー ド とは

、 連 歌以 来

「 本意

」 と 呼ば れ て いる も の であ る

。 俳

諧 で は同 義 で

「 本情

」 と も いう

。 本 意 説は 古 く は歌 合 の 判 詞 など に 見 られ る が

、 連俳 に 至 っ て作 法 上 特 別留 意 さ れる よ う に なっ た

。 連 歌 書 で は紹 巴 の『 至 宝 抄

』が 本 意 を 説い て 最 も詳 細 で ある

。本 意 に「 恋 の 本 意」

、「 富 士の 本 意

」な ど も あ るが

、こ こで は と くに 季 語 に つ い て 説 かれ る 面 が 多い

。 例 え ば「 た と ひ春 を 大 風 吹、 大 雨 降 れ ども

、 雨 も風 も 物 し づか な 事 に 仕候 事 に 候

。」 と あ り、 連 歌 に お いて 春 雨 春 風 は 本来 の 在 り方 と し て物 し ず かに 詠 む べき 事 が 肝要 と さ れて い る

。季 語に お け る本 質 規 定で あ る

。季 吟 の『 山の 井

』は 江 戸初 期 の

前 掲

「 解説

」 五 四九 頁

宮 坂 静 生『 季 語 の誕 生

』岩 波 新 書

、二

〇 九年

ハ ル オ

・シ ラ ネ 著、 衣 笠正 晃 訳

『 芭蕉 の 記 憶 文 化 の記 憶

』 角川 叢 書

、二

〇 一年

(15)

一三

季 寄 せ で ある が

、季 語 の そ れぞ れ に 詳し い 解 説が ほ ど こさ れ て いる

。こ れも 本 意 説 と心 得 て よく

、現 時 歳時 記 に 相当 す る 作者 の た めの 応 用 書 で あ った

。『 去 来 抄』 の 中 で 去来 が

「 寺の 秋

」 が

「さ び し き

」も の と いう 本 意 の 普遍 性 を と って 動 じ な い姿 勢 も 見ら れ る が

、 季に つ い て 説 か れる こ と が多 く な れば

、い きお い 現 代で い う 季題 趣 味 によ る 詩 情の 固 定 化 をさ そ う が、 本 意 成立 の 歴 史的 意 味 も一 面 で は考 え て み る 要 が ある

本 意は

、「 写 生

」に お いて も 見 ら れる が

、俳 諧 以 来の 方 法 であ る「 取 合 せ

」と い う方 法 に おい て

、と り わ けわ か り やす く 見 るこ と が 出来 る

。 野 林 正路 の『 詩・ 川 柳・ 俳 句の テ ク スト 分 析 語 彙 を 図式 で 読 み解 く

』は

、芭 蕉 の 発句 の テ クス ト 構 成 を「 語 彙 の図 式

」に 基づ い て 読み 解 い た 上 で、 六 つ の類 型 に 分け て い る。 野 林 の提 示 した 図 式 の 基底 に は、 俳 句 が 類語 関 係 の単 語 二 つを

「 取 合せ

」る こと に よ って

、作 品 の世 界 を 構 成 して い る とい う 前 提の 知 識 があ る

。 初

し ぐ れ 猿も 小 蓑 をほ し げ 也 五 月 雨 を あつ め て 早し 最 上 川 石 山 の 石 より 白 し 秋の 風 荒 海 や 佐 渡に よ こ たふ 天 の 川

こ のよ う な「 取合 せ

」と い う 方 法を

、よ り 具体 的 な 形で 見 る ため に は

、各 務 支 考 編の 俳 論 書『 葛 の 松原

』を 見 る必 要 が ある だ ろ う。 本 書 で は

、 芭蕉 の

「 取 合せ

」 に おけ る 斧 鑿 の姿 が 記 さ れて い る

。次 は

、 長 谷 川櫂 が

、『 葛の 松 原

』を 踏 ま え て、 芭 蕉 の

「 古池

」 の 句の

「 取 合 せ」 に つ い て論 じ た 文で あ る

。や や 長 い 引用 と な るが

、「 蛙

」と

「 山 吹」 の 違 い を明 ら か に する た め に、

『 万 葉 集

』や

『 方丈 記

』な どの 例 を 示 さね ば な ら ない た め

、省 略 で きる 箇 所 がな か っ た。 支

考 の こ の 聞 き 書 き に は古 池 の 句 に つ い て 興 味 深 い こと が い く つ も 書 か れ て あ る

。そ の 一 つ は こ の 句 は 上 中 下 が一 度 に で き た の で は

奥 村 貞 正「 本 意

」『 現 代 俳 句大 辞 典

』明 治 書 院、 一 九 八〇 年

野 林 正 路『 詩

・ 川柳

・ 俳句 の テ ク スト 分 析 語 彙 を 図式 で 読 み解 く

』 和泉 書 院

、二

〇 一 四年

、 一 二二

― 一 二 三頁

(16)

一四

な く ま ず 中下 の

「 蛙飛 び こ む水 の お と」 が 先 にで き た とい う こ とで あ る

そ こ で 上 五を 何 と した も の か

、芭 蕉 が 一 瞬、 黙 し たの だ ろ う

、 すか さ ず

、 その 場 に いた 其 角 が

「「 山 吹 や

」と し て は どう で す か

」と 口 を は さ ん だ。 ここ か ら わか る の は「 蛙飛 び こ む水 の お と」 と いう 中 下 には い く つか の 上 五が 考 え られ た と いう こ と

、こ れが 二 つ 目で あ る

「 を よ づ け侍 る

」 とは ま せ た口 を き くこ と

。 しか し

、 芭蕉 は 其 角が 勧 め た「 山 吹 や

」を 採 用 せず

「 古 池や

」 と おい た

。 ま ず 芭 蕉が 詠 ん だ

「蛙 飛 び こ む水 の お と」 は 当 時 はこ れ だ け で 驚く べ き 表現 だ っ た

。と い う の は和 歌 や 連歌 は い う まで も な く

、貞 門

、 談 林 の 俳 諧 に お い て も 蛙 は 鳴声 を 詠 む も の と 決 ま っ て い たか ら で あ る

。 こ の 伝 統 を 生 み出 し た 和 歌 で は カ ハ ヅ と い えば 今 い う カ エ ル で は な く 河 鹿の こ と だっ た

。 河鹿 は 清 流に す む 小さ な カ エル で

、 夜、 石 に 上っ て 鈴 を 振る よ う な涼 し い 声で 鳴 く

そ れ を 芭蕉 は 河 鹿で は な く、 そ の 辺の 水 辺 での ど か には ね て 遊ん で い る ただ の カ エル を カ ハヅ と し てこ の 句 に詠 ん だ

。そ の 座 に 居合 わ せ た 其 角 らは こ の 中下 を 聞 いて

「 こ れは お も しろ い

」 とう な ず いた は ず であ る

では

、上 五 を 何 とす る か

。こ こ で其 角 が「 山 吹 や

」を 提 案し た の には こ れ もま た 文 学史 的 な 根拠 が あ る

。和 歌 では 古 くか ら 河 鹿 の声 を 必 ず 山 吹 と 取り 合 わ せて き た

か は づ 鳴く 甘 南 備河 に か げ見 え て 今か 咲 く らむ 山 吹 の花 厚見 王(

『 万 葉 集』) か は づ なく ゐ で の山 吹 ち りに け り 花の さ か りに あ は ま し物 を 読人 知 ら ず(

『 古今 集

』)

『 万 葉 集』 の歌 に あ る「 甘 南備 河

」( 神 無 備 川) はど の 川 かわ か っ てい な い が、

『 古今 集

』の 歌 の「 ゐ で」( 井 出) と は京 都 府 の南

、井 手 町 の 山 あ い のこ と

。こ こ を 流 れる 井 出 の玉 川 は 古く か ら 河鹿 の 名 所で あ り

、ま た 山 吹 の名 所 で もあ っ た ので

、蛙 と 山吹 は い つの 間 に か切 っ て も 切 れ ない 組 み 合わ せ に なっ た

。そ こ で

、岸 辺 に 咲 き 乱れ る 山 吹の 黄 金 色の 花 が ま ぶし く 映 える 清 流 の水 面 で 美し い 声 で鳴 く 蛙 が和 歌 で も 連 歌 でも 俳 諧 でも 詠 ま れる こ と にな っ た

『 方 丈 記』 の 作 者、 鴨 長 明は 優 れ た歌 人 で もあ っ た

。 その 歌 論 書『 無 名 抄』 に こ の井 出 も 蛙が 登 場 する

(17)

一五

世 の 人の 思 ひ て侍 る は

、た ゞ 蛙 をば 皆 かは づ と 云 ふぞ と 思 へり

。そ れ も 違 ひ侍 ら ね 共、 かは づ と 申 す蛙 は

、外 に は さら に 侍 らず

、只 井 出 の 川に の み 侍る な り

。色 黒き や う にて

、い と 大 き にも あ ら ず。 世 の 常 の蛙 の や うに は あ らは に 跳 り 歩く こ と もい と せ ず、 常に 水 に の み 棲 みて

、 夜 更る 程 に かれ が 鳴 きた る は

、い み じ く 心澄 み

、 物哀 な る 声に な ん 侍る

。 こ

の 真 に迫 っ た 河鹿 の 描 写か ら す ると

、長 明 は「 井 出の 玉 川 の蛙

」を 実 際 に見 た こ とが あ っ たに ち が いな い

。そ の カハ ヅ は 普通 の カ エ ル の よ う には ね る こと も な く、 普 段 は水 の 中 にい て 夜 更け に 美 しい 声 で 鳴く 河 鹿 だ った

芭 蕉 の「 蛙 飛 び こむ 水 の おと

」と いう 中 下 を聞 い て

、其 角 は この 井 出 の 蛙を 思 い 出し 続 け て蛙 と 一 緒 に和 歌 に 詠み こ ま れて き た 井出 の 山 吹 を 連 想し た の であ る

。 そこ で

「 山吹 や

」 を提 案 し た

こ の引 用 部 に例 示 さ れて い る 通り

、芭 蕉 は「 古 池

」の 句 を詠 む に あた っ て

、上 五 を「 山 吹 や」 と す る か「 古池 や

」と する か で

、そ れま で の 季 語 の約 束 事 とは 異 な る立 場 を とっ て い る。 そ の よ う な中 で

、古 歌 との 兼 ね 合い で「 蛙

」と の「 取合 せ

」を 考 える 際 に 働く 季 語 の約 束 事 こそ

、 当 時 の共 同 幻 想に お け る「 美 し さ」 を 背 景と し た 季語 の 本 意な の で ある

長 谷 川 櫂『 古 池 に蛙 は 飛び 込 ん だ か』 中 公 文庫

、 二

〇一 三 年

、一 八

― 二一 頁

(18)

一六

一 章 二節

歳 時記 の 歴 史と 季 語 とし て の 承認 前

節で は

、季 語 の 歴 史と 機 能 につ い て 触れ た

。本 節 は

、歳 時 記 の 歴史 を 纏 めて お く

。ま た

、歳 時 記 に 収 載さ れ る 季語 が

、い か に し て季 語 た る 承 認を 受 け るの か と いう 点 に も触 れ て おき た い

。 歳 時記 の 起 源は

、古 来中 国 に おい て 季 節の 変 わ り目 の 節 句 ごと に 行 う様 々 な 行事 を 定 めた

「 月 令

」に あ り

、は じ め て「 歳 時

」の 名 を 用い た の は、 梁の 宗 懍 が編 纂 し た『 荊 楚 歳 時記

』で あ っ た。 日本 に お いて は

、中 世

、連 歌 の 時 代に は じ まり

、紹 巴 の『 至 宝抄

』な ど が ある が

、厳 密 に は

、い ず れ も今 日 言 われ る 歳 時記 以 前 の形 態 の もの で あ った

。 今 日、 俳 句 で意 味 さ れる 歳 時 記と は

、季 語 を 集め 分 類 し、 季 節ご と に 配列 し

、解 説 と 例句 を 挙 げた も の を指 す

。こ う し た近 代 的 な歳 時 記 の 形 態 を取 る は じま り は

、子 規 の 高弟 で あ る寒 川 鼠 骨が 編 纂 し、 一 九

〇三 年 に 出 版し た

『 歳時 記 例 句選

』 か らで あ っ た

。 明 治期 の 歳 時記 の 変 遷に つ い て、 概観 し て おき た い

。明 治 五 年 に布 告 され た 現 行 の太 陰 暦 から 太 陽 暦へ の 暦 の変 更 は

、一 八七 二 年( 明 治 五 年

)十 二 月 三日 を 明 治六 年 一 月 一日 と す るこ と で 行わ れ

、以 来

、能 勢 香夢 編『 俳 諧貝 合

』や 横 山 利 平編

『 新 編 俳諧 題 鑑

』等 の 太 陽暦 歳 時 記 の 編 纂が 始 ま る。 こ う し た試 み の 流れ は

、旧 暦 の歳 時 記 等 と混 交 さ れな が ら

、や がて 中 断 され

、寧 ろ 類 題句 集 編 纂の 方 へ 変換 さ れ る こと と な る

。明 治 二

〇 年代 に な り、 馬 琴 編纂 の『 俳諧 歳 時 記栞 草

』の 復 刻 ブ ーム が 起 こり

、複 数の 出 版 社か ら 刊 行さ れ る

。冒 頭 に あげ た 虚 子の 記 述 と 照 ら し合 わ せ る と、 こ の 頃と 合 致 す る。 明 治 三

〇年 か ら 明治 四

〇 年 代 にか け て

、「 年 中 行 事」 ブ ー ム が 起こ り

、 風 俗画 報 増 刊『 新 撰 東 京歳 時 記

』( 明治 三 十 一年

)や 槌田 満 文 編『 明 治 東 京歳 時 記

』( 明治 四 十 三年

)が 刊行 さ れ る。 日 清・ 日露 戦 争 前後 の 日 本文 化 見 直し の 中 で起 き た ブ ー ム であ り

、 こう し た 風 潮は

、 北 京 にお け る 郭 崇編

『 燕 京歳 時 記

』( 明治 三 十 九年

) や 朝 鮮に お け る洪 錫 謨 編

『東 国 歳 時 記』

( 明 治 四十 四 年

) な ど アジ ア の 歳時 記 出 版と も 関 連し た

。さ て

、明 治 期 ま での 歳 時 記を 概 観 して き た が、 これ 以 降 にお い て は、 次 章で 先 行 研究 を 具 体的 に 検 討 し

、「 近 代 季語 の 枠 組み

」 と それ を 巡 る言 説 を 明ら か に し たい

前 掲

、「 解説

」、 同頁

前 掲

、『 季語 は 生 きて い る

― 季 題

・季 語 の 研究 と 戦 略―

』、 五六 頁

以 降

、 暦に つ い ての 記 述が 増 え る 為、 西 暦 と和 暦 が 混交 さ れ るが 許 さ れた い

前 掲

、「 解説

」、 同頁

。 前掲

、『 季 語は 生 き てい る

―季 題

・ 季語 の 研 究と 戦 略

』、 同 頁

参照

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