2013 年度秋季人権週間プログラム講演会
日時:2013 年 11 月 15 日(金) 18:30 ~ 20:30 会場:立教大学 池袋キャンパス 1203 教室
『働く女性とマタニティ・ハラスメント ─その実態と共生社会への展望─』
講師 杉浦 浩美氏(本学社会福祉研究所研究員、本学社会学部兼任講師)
【 マタニティ・ハラスメントが「問題化」され るまで】
きょうは、マタニティ・ハラスメントという問 題について、お話をさせていただきます。どうぞ、
よろしくお願いいたします。最初に少し自己紹介 をします。
私は、大学を出て 16 年間、出版社で編集の仕 事をし、30 代の終わり、2000 年に立教大学大学 院社会学研究科に入学しました。その時、修士論 文のテーマとして、マタニティ・ハラスメントと いう問題に取り組み始めました。研究を始めた当 初、この言葉は、ワーキングマザーの一部の女性 たちが使っていたくらいで、一般にはほとんど知 られていませんでした。研究の世界では、セクシュ アル・ハラスメントの研究はなされていましたし、
その後、パワー・ハラスメント、アカデミック・
ハラスメント、ホスピタル・ハラスメントなど、
いろいろなハラスメント研究はありましたが、マ タニティ・ハラスメントに関しては、「そんなこ とが本当にあるの?」「問題を大げさに言ってい るだけではないのか」などと、言われることもあ りました。ですが、私は「働く妊婦さん問題はあ ります」と言って取り組んできました。
今年(2013 年)の5月、日本労働組合総連合会(以 下、「連合」)という大きな組合の組織団体が、「マ タニティ・ハラスメントに関する意識調査」を実 施しました。この調査結果にメディアが関心をも ち、新聞、テレビ、雑誌など、報道が続きました。
マタニティ・ハラスメントについて研究している ということで、私自身も、取材を受けたりしてい ます。自分なりに一生懸命考えて発信してきたこ とが、思いがけず、社会的な関心事になって扱わ れているという状況です。ただ、社会的な関心が うまれ、「働く妊婦さんは大変だね、こんな問題 もあったんだね」という共感が寄せられる一方で、
メディアによって報道されればされるほど、働く 妊婦さんへのバッシングのような反応もでてきて います。この問題が誤解されているな、と思うこ
ともあります。
それで、きょうは、連合調査も取り上げながら、
そもそもマタニティ・ハラスメントとは何かとい うことをお話したいと思います。また、5月以降、
マタニティ・ハラスメントが社会的関心事として 報道されたり、Twitter やネット上で議論された りしているのですが、そこで、何が議論され、あ るいは議論されていないのか、メディアは何を伝 え、何を伝えていないのか、ということも検討し たいと思います。それによって、この講演会のテー マである人権について、さらには「多元的共生社 会」について考えることができればと思います。
初めに、これまでの研究の経緯について、お話 します。2001 年にこの調査研究を始めたとき、私 には2つの研究動機がありました。1つは、両立 をめぐる議論への違和感でした。1990 年代に、1.57 ショック、すなわち少子化問題と関連するかたち で、女性の両立支援がさかんに議論されるように なりました。「幼い子を持って働く女性は大変だ、
両立は大変だ」ということが、改めて社会に認識 されるようになり、両立支援が社会的課題として 浮上していました。でも、私は「確かに子どもが 生まれた後は大変だけれども、生まれる前も大変 なんだけどな」という実感がありました。女性が 妊娠期間中、職場で過ごす 10 カ月間には、いろ いろな困難や葛藤があります。にもかかわらず、
そのことが、問題化されていない、女性労働をめ ぐる議論の中で抜けているのではないか、と思っ たのです。大学院に入って、働く女性の問題に取 り組みたいと考え、いろいろこれまでの調査研究 をみたとき、出産後の育児との両立に関する調査 研究はたくさんありましたが、妊娠期に焦点をあ てたものは、みあたりませんでした。もちろん、
これまでも、母性保護という言葉で、働く女性の 妊娠・出産については議論されてきました。母性 保護は女性労働にとって大きなテーマですから、
母性保護に関する研究はたくさんあります。です が、そうした従来の母性保護研究という枠組みで
はとらえられないような、素朴に言えば、妊娠し た女性が職場でどんなことに困っているのか、ど のような経験をしているのか、というような視点 からの調査や研究はなかったと思います。それで、
妊娠期研究をやろうと思ったのが 1 つ目の動機で す。
もう1つですが、均等法世代の妊娠・出産につ いて知りたいと思いました。男女雇用機会均等法
(以下、「均等法」)が 1986 年に施行されたのです が、2001 年当時というのは、ちょうど、均等法初 期世代が 30 代後半を迎えたときでした。総合職 女性というのは、それまでにない女性の働き方を 実践してきました。なかには、キャリアのために 妊娠・出産を先延ばしにしてきた人もいるかもし れません。ですが、30 代後半というのは生物学的 年齢という意味で、妊娠・出産をどうするか、そ の問題に直面せざるを得ない時期であると考えた のです。多くの女性たちが、男並み労働と言われ るような働き方をしてきた中で、それこそ、残業 や日帰り出張、時に海外出張にも行くような、ハー ドな働き方をしてきた女性たちが、妊娠したらど うなるのだろうか。ハードワークと妊娠との両立 は果たして可能なのだろうか。もし、可能ではな いとしたら、どのような困難がそこに生じるのか、
そのような疑問がありました。
私自身、フルタイムで2人の子を妊娠・出産し ました。自身もハードワークのなかでの妊娠・出 産を経験していましたので、かなり大変だ、とい う実感がありました。女性労働やフェミニズムの 文脈では、総合職女性の働き方、生き方は、興味・
関心の的でしたが、総合職女性たちの妊娠・出産 は、まだテーマになっていませんでした。さらに、
それは総合職女性だけの問題ではないと考えまし た。雇用が流動化する中で、女性労働が多様化し、
いろいろな職業にも女性が進出し始めていまし た。それまでの女性の働き方には収まらないよう な、例えば、「ガテン系」という言葉がありますが、
そのような職場、いろいろな職場で女性たちが働
き始める中で、妊娠・出産はどうなっているのか、
考えたいと思いました。
それで、研究に取り組み始めたのですが、個人 ですから調査できる範囲は限られています。私の 場合はインタビューやアンケートが主な方法で事 例研究です。ですが、そうした中でも、自分が思っ てもいなかったような大変な事例や、逆に、いい 形で両立できている事例など、いろいろな女性た ちの経験に出会いました。2009 年には博士論文を もとにした『働く女性とマタニティ・ハラスメン ト』という本を出しました。本を出したあたりか ら、学会や研究会だけでなく、一般市民の方を対 象とした講座や講演などで、このお話をさせてい ただく機会も増えました。それがこれまでの経過 です。
【 連合非正規労働センター「マタニティ・ハラ スメントに関する意識調査」】
それで、今年の連合調査となるわけです。連合 は私の本が出たときに、機関誌に書評を書いてく ださったのですが、連合としても、妊娠・出産に 関する女性労働者の相談が多いという問題意識を 持っておられたのでしょう。この5月に「マタニ ティ・ハラスメント」という言葉を用いて調査を 実施したわけです。すると、新聞、テレビ、雑誌 など、メディアが、この言葉のインパクトと連合
調査の結果に関心を持ち、そこから報道が続くこ とになりました。この連合調査を担当された方も、
取材をたくさん受けたとおっしゃっていました。
私は 12 年間、ネットで「マタニティ・ハラス メント」を検索し続けてきました。これまでは、
ワードがヒットするとしても、自分がやっている ことに関するものが多く、ほかに、お医者さんが この言葉を使って、医療現場から書かれているの を見たことがあります。その程度でした。それ が今年5月以降、新聞、テレビ、雑誌が報道する と、オンライン上でもいろんな記事にとりあげら れ、また、多くの人が Twitter やフェイスブック、
ブログなどで意見を上げるようになりました。現 在は、かなりの検索件数になっています。先ほど 見てきたのですが、「マタニティ・ハラスメント」
を Google で検索すると 82,000 件、「マタハラ」で 検索すると 618,000 件でした。
実は連合の調査は、そんなに大きい調査ではあ りません。モニター調査で、調査対象者は 626 人 です。回答者のうちで妊娠経験のある女性が、正 規 147 人、非正規 113 人です。調査時に妊娠中の 女性は正規 28 人、非正規 28 人でした。しかし「4 人に1人が何らかの形でマタニティ・ハラスメン トを経験している」という結果は、大きなインパ クトがありました。そのとき連合が比較として出 したのが、同じ連合調査で、2012 年のセクシュア ル・ハラスメント調査での被害率 17.0% よりも高
かったということです。セクハラ経験者よりもマ タハラ経験者が多いという結果、その驚きもあっ たのだと思います。連合調査は以下の URL にア クセスしてもらえれば、どなたでもご覧になれま す。
(http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/chousa/
data/20130522.pdf 連合非正規労働センター「マ タニティ・ハラスメント(マタハラ)に関する意 識調査」)
他にも、「法律で働きながら妊娠・子育てする 権利が守られていることを知らない」人が半数以 上、「働きながら妊娠・子育てに不安を感じた」
人が6割以上いる、と言うような結果が示されま した。そもそも「マタニティ・ハラスメントの認 知」が 6.1%ということですから、「マタニティ・
ハラスメント」という言葉自体、連合がこのよう に調査結果を発信して、メディアが報道するまで は、一般には知られていないし使われていなかっ た、ということです。
こうした調査結果は、まず、第一報として新聞 が伝えました。例えば日経新聞は、「職場で嫌が らせ 妊婦 25%」という見出しで、社会面で伝え ています。日経新聞はあまりこうした問題を取り 上げないと私は思っていたのですが、お会いした 男性記者の方は、この問題に興味を持ったとのこ とでした。それから、共同通信が配信した記事で すが、東京新聞では、夕刊1面トップ・カラーで「働 く妊婦いじめ深刻」という大きな見出しで伝えて います。お会いした女性記者の方は、もともとこ の問題に関心を持っていたそうです。同じ記事は、
配信で各地方紙にも掲載されています。これは読 売新聞です。調査結果が発表されてから少したっ てからの記事ですので、いろいろと取材もされて います。男性記者の方でしたが、マタニティ・ハ ラスメントの類型を教えてほしい、ということで したのでお答えしました。社会面で、やはり、大 きなスペースが割かれています。テレビのニュー ス番組などでも、例えば、NHKが、調査結果や、
調査後に連合が実施した電話相談についても取り 上げたりしていました。民放のニュースでも取り 上げられています。
こんなふうに、メディアがマタニティ・ハラス メントを「社会問題」として報道したわけですが、
そこでメディアがどのように伝え、どのような社 会的反響をよんだのか、それを確認する作業が非 常に大事かな、と思いました。私自身、いくつか 取材を受けるなかで、記者やディレクターの方に お会いしましたが、そのときに、いろいろと感じ たことがあります。メディアには伝え方、報道の 図式のようなものがあるのだな、ということも感 じました。マタニティ・ハラスメントのどの部分 が伝えられて、どの部分が伝えられていないのか、
ということを、だんだん考えるようになりました。
【 メディアの報道は何を伝え、どのような社会 的反響を呼んだのか】
メディアの報道図式ですが、テレビが一番分か りやすいと思いますので、ちょっと、例にとりあ げてみます。ニュース番組で、どのように取り上 げられているのか見ますと、大体、構成が似てい るな、と思いました。ニュース番組のなかでも「特 集」のような形である程度、時間が割かれる場 合、最初は女性の経験事例が紹介されます。妊娠 をきっかけに、会社や職場で圧力を受けた経験や、
仕事をやめざるを得なかった経験が、再現フィル ムやインタビューで流されます。その後、識者の コメントが入って解説がなされます。そのあと、
企業の事情のようなものも伝えられます。経済環 境の悪化で企業にも余裕がない、妊娠した女性を 雇えない厳しい状況があるのだ、というようなこ とです。最後に、マタニティ・ハラスメントをな くすために努力している企業の事例や取り組み、
つまり、この問題を解決した(しようとしている)
事例が紹介されます。こういう構成が多いのでは ないか、と感じました。
それに対して、記事やニュースを見た人たちか
ら、Twitter などで、ネット上に、たくさんの意 見があげられていました。「いまだにこんなにひ どいことがあるのか」「女性はそんなひどい目に 遭っているのか」といったものもあれば、「私も そういう目に遭いました」「うちの職場もそうで す」など、自分の経験が書かれているものもあり ました。一方で、「企業の事情もわかる」「こんな 厳しい経済環境の中では仕方ない」など、企業側 に共感する反応もありました。「迷惑がられたっ てしょうがないじゃないか」というような、働く 妊婦さんへの厳しい意見も、そこにはありました。
それで、「何が問題化されて何が問題化されて いないのか」ですが、実はマタニティ・ハラスメ ントは、女性が妊娠・出産して仕事をやめるよう に圧力を受ける、という問題だけではありません。
マタニティ・ハラスメントを、そうした問題だと 理解してしまうと、今の意見にもみられるような、
「こんな厳しい経済状況の中で妊娠した女性を雇 うのは無理だ」云々の、そういう議論になってし まいます。ですが、そういう話ではないのではな いか、ということを申し上げたいです。それから、
ハラスメントという言葉は強いので、セクシュア ル・ハラスメントも最初、そうでしたが、ハラス メントという言葉に対するアレルギー反応のよう なものが起きて、「何でもかんでもハラスメント と言うな」とか「何で妊娠した女性ばかりが権利 を主張するんだ」など、反感のようなものも生ま れているような気がしました。
何より、取材を受けて、私が違和感を持ったの は、「最近、マタニティ・ハラスメントが増えて きたようですが」という質問でした。それに対し て私は、最近「話題になることが増えた問題」で あるかもしれないが、しかし、マタニティ・ハラ スメント自体は、昔から「ずっとそこにあった問 題」であり、最近増えたとしたら、増えた部分の マタニティ・ハラスメントはどの部分で、ずっと そこにあった問題はどの部分か、そういうふうに 見なければいけない、と考えていました。私自身
は、マタニティ・ハラスメントは「ずっとそこに あった問題」だと考えています。
【 いま、なぜ「マタニティ・ハラスメント」な のか?】
働く妊婦さんの権利は、女性労働の歴史でみれ ば、今はかなり充実しています。労働基準法と均 等法の中に、各種母性保護措置や母性健康管理制 度があり、制度的な妊娠・出産保護は拡充してき ました。しかし、一方で、1990 年代終わり頃から 妊娠・出産差別が深刻化してきた、という状況が あります。「妊娠解雇」「育休切り」という言葉で 報道されたように、職場に「妊娠しました」と言っ たら解雇される、「育休を取りたいんです」と言っ たら、退職を促される、といったようなことが起 こりました。マタニティ・ハラスメントという言 葉以前に、実は「妊娠解雇」、「育休切り」という 言葉で、働く妊婦さん問題は問題化していたわけ です。
制度は拡充するのに、差別が拡大してきたのは なぜか。それは、1990 年代終わりから、労働者の 立場がどんどん弱くなっていきます。雇用の規制 緩和がとられ、労働者の権利が非常に弱くなって きたなかで、妊娠解雇、育休切りも起こってきた のではないか。そうした状況に対して国は、均等 法の中で 2007 年に「妊娠、出産等を理由とする 不利益取扱いの禁止」という条項を設けて、妊娠・
出産を理由に女性労働者を解雇することは「均等 法違反である」ということを明記しました。
均等法は働く女性の権利を守る大切な法律で す。これまでも、改正のなかで制度が整えられて きました。また、育児休業法も、給付の引き上げ など、拡充されてきました。しかし、こうした制 度が拡充していく一方で、そうした制度を利用で きない女性たちが増大しています。現在の、女性 の非正規雇用率をご存じですか。57.5%です。働 く女性が 10 人いたら、6人ぐらいの女性は非正 規雇用です。もちろん、非正規雇用労働者も制度
的には産休や育休などを取れることになっていま す。しかし実際には、それが保証されているとは 言い難い状況です。制度は拡充していくのに、そ れを保証される女性労働者は減っていくという現 実の中で、非正規雇用労働者の妊娠・出産という 問題も生まれています。非正規雇用の女性は、産 休も育休も「取りにくい」とされるなかで、妊娠 したらやめなくてはいけないのかと追い込まれた り、やめるわけにはいかないから、妊娠・出産自 体を諦めようとしたり、あるいはせっかく妊娠し たのに、職場に分かったら解雇されてしまうので、
ぎりぎりまで隠して働こうとするなど、非常に悲 痛な状況が起こっているわけです。
こうした、労働者の立場が弱まる中で、妊娠・
出産差別が露骨に行われるようになった、それが、
社会の目にも見えるようになった、ということは あると思います。そこに、マタニティ・ハラスメ ントという言葉が与えられて、妊娠・出産によっ て女性労働者の雇用が脅かされているという問題 意識が広まった、と言えると思います。ですから、
妊娠・出産差別としての「妊娠解雇」「育休切り」
の延長上で、この言葉をとらえるとすれば、確か にそれは「最近増えた」といえるかもしれません。
【マタニティ・ハラスメントの定義】
ただ、マタニティ・ハラスメントは、雇用差別 だけを指すのではないと、私自身は、考えていま す。改めて、マタニティ・ハラスメントの定義に ついて、見てみようと思います。私は先ほどの問 題意識の中でご紹介したように、職場で妊娠・出 産期を過ごす女性たちが、どんな葛藤やプレッ シャーを感じているのか、職場でどんな対応を受 けているのか、ということが知りたかったので、
最初の調査の時に、以下のように定義しました。
「妊娠を告げたこと、あるいは妊婦であることに よって、上司、同僚、職場、会社から何らかの嫌 がらせやプレッシャーを受けること」。連合の今 回の調査に当たっての定義では、「『マタニティ・
ハラスメント』とは、働く女性が妊娠・出産を理 由に解雇・雇止めをされることや、妊娠・出産に あたって職場で受ける精神的・肉体的なハラスメ ントで、働く女性を悩ませる『セクハラ』『パワ ハラ』に並ぶ3大ハラスメントの1つです」となっ ています。
連合調査の定義には、雇用、肉体、精神という 3つの要素が入っています。私自身、2002 年に論 文を書いたときから、この3つのカテゴリーを用 いてきました。雇用ハラスメント、身体的ハラス メント、精神的ハラスメントです。先ほど、読売 新聞からマタニティ・ハラスメントの類型につい て聞かれたと申し上げましたが、その際も、この 3つの類型を紹介しました。雇用ハラスメントに ついては、社会構造上起こるハラスメント、と言 う意味で「社会的ハラスメント」という言葉を用 いたので、「身体的ハラスメント」「精神的ハラス メント」「社会的ハラスメント」とお答えしました。
しかし、連合調査以降のこの半年間で、この3 つのカテゴリーでは不十分であると考えるように なりました。雇用ハラスメントとは別の意味で「社 会的ハラスメント」という概念が必要である、と 考えるようになったのです。それで今は、雇用、
身体、精神、そして雇用ハラスメントとは別の意 味での、「社会的ハラスメント」という、4類型 を用いています。この社会的ハラスメントとは何 か、それは「社会的な圧力」「社会的なまなざし」
という意味で用いているのですが、それをお話す ることが、マタニティ・ハラスメントが「最近増 えたのか」「ずっとそこにあったのか」、という先 ほどの「問い」にお答えしていくことになるかと 思います。
【雇用ハラスメント(雇用差別)】
そのまえに、従来の3つのハラスメントはどう いうものか、を確認しておきます。雇用ハラスメ ントは雇用差別です。女性労働者が妊娠・出産に よって、雇用が脅かされるという状況です。一番
分かりやすいのは、妊娠・出産したら、「では、
やめてもらうよ、続けてもらうわけにいかないよ」
と言われるような場合です。あるいは産休や育休 を取りたいと言ってもそれが保証されない。実際 に、産休期間中も仕事に呼び出されるとか、ある いは「育休なんて冗談じゃない、うちには制度が ないよ」と言われてしまうような事例です。また、
産休や育休を取れたとしても、育休復帰の際に圧 力がかかる場合もあります。よく、「育休だけ取っ てやめる人がいる」と、批判的に言われますが、
こんな事例がありました。育休復帰の際に復帰後 の働き方について、人事や上司と面接をするとこ ろが多いと思うのですが、その面接で「小さいお 子さんがいても大丈夫? 働けるの? 預かって くれる人はいるの? そばに親はいるの?」と、
そのような質問ばかりされるというのです。ある いは「やる気が見えない」などといわれなき非難 をされる。しかも、そうした面接を何度もやると ころもあるようです。頑張ろうと思っていた女性 も、だんだん不安になってしまう。「無理なのかな、
頑張れないかも」と思ってしまいます。そうした 復帰面接の場での圧力も、雇用ハラスメントだと 考えています。
また、就労を続けられたとしても「キャリアが リセットされる」という問題があります。日本で 初めての育児休業差別裁判も行われましたが、そ のケースにおいても、育休復帰後に、等級が下げ られ、部署が変えられ、給料が大幅に下がったと いうものでした。私の調査でも、復帰後に昇進試 験を受けるはずだったのにそれが延期されたと か、勝手に仕事がダウンサイズされてしまうなど、
それまで積み重ねてきたキャリアがいったんリ セットされてしまうような、就労モチベーション がそがれるような事態もあるわけです。
妊娠・出産を理由に退職させられたり、不利益 な扱いを受けるのは、先ほどご紹介したように均 等法違反です。でも、なかには、均等法違反にな らないように、どうやって圧力をかけるか、どう
やってやめさせるか、そのようなことに知恵を絞 るような、悪質なところもあるわけです。
【 身体的ハラスメント(必要な措置・配慮が得 られない)】
身体的ハラスメントは、身体が物理的なプレッ シャーを受ける。つまり身体的に負荷がかかって、
それが身体のトラブルに結びついてしまうような 場合です。必要な配慮が得られなかったり、ある いは、労働基準法や均等法で守られているはずの 各種制度が利用できないという場合もあります。
調査ではいろいろな事例があがってきます。今回 の連合調査の自由記述欄や電話相談にも、様々な 事例がありました。
1つには、雇用ハラスメントの手段としてやら れる場合もあります。妊娠・出産しましたという 女性労働者に、「そんなことじゃ困るからやめて もらうよ」と言うと、これは均等法違反になるわ けです。そのようには言わずに、じわじわ圧力を かける、という悪質なやり方です。例えば「ああ そうか、続けていいよ」と言いつつ、必要な配慮 や措置がえられなければ、身体的、物理的にしん どい思いをする。調査対象者ご自身の言葉ですが、
「このままではおなかの赤ちゃんの命を守れない と思った」とおっしゃいました。それで、退職す れば、女性の自己都合退職となるわけです。そん なふうに、雇用ハラスメントの手段としてプレッ シャーをかけていく、そういう場合もあるでしょ う。
ですが、そうした雇用ハラスメントとは、全然 関係のない次元で起こることもたくさんありま す。単純に、妊娠への無知や無理解から起こるこ ともあります。また、もしそこに「妊娠した女性 が職場にいるのが面白くない」というような空 気があると、周囲が少し意地悪になってしまう。
ちょっとした配慮や手助けがあれば、働く妊婦さ んも頑張れるのに、だれも助けてくれない。そう いう中で、体もしんどいし、じわじわとしんどい
思いも積み重なっていく。だから、全てが雇用ハ ラスメントとして行われているわけではないこと も知っていただきたいと思います。
【 精神的ハラスメント(職場の心無い言葉や態 度)】
連合の調査でも、一番多いのは精神的ハラスメ ントです。職場の心無い言葉や態度に、女性たち は傷ついています。いろいろな例がありますが、
これまで調査してきたなかから、少し、挙げてみ ます。体調が悪くて休むことを「甘えている」「無 責任」と言われたり、「なぜ妊娠した人ばかりが かばわれるの?」「大きなおなかでみっともない」
「(育休取得は)贅沢だ。ずるい」「なぜ働くの?」
「そんなにお金がほしいの?」「(歳の離れた 3 人 目を妊娠した女性に)二人いるんだから、もうい いんじゃないの?」等々、いろんな事例がありま す。Twitter 上の書き込みのなかには、「妊娠して 職場の人に迷惑をかけるんだから、少々きついこ と言われてもしょうがないのでは」というような 意見があったりしましたが、女性自身、そう思っ て、我慢している人が多いのではないでしょうか。
ですが、こうした言葉や態度にさらされると、そ れが、身体的ハラスメントに結びついてしまうこ ともあります。こういう状況の中では、働く妊婦 さんは SOS を出すことができないからです。こ ういう雰囲気の中では頑張るしかない、自分がや るしかない。助けてほしい、少し休みたい、具合 が悪いと思っても、なかなか SOS は出せないです。
だから頑張るしかなくなってしまうわけです。
それから、妊娠しましたと言うと、「この忙し い時期に何を考えているんだ」と上司に言われた、
という例があります。ただ、それも、意地悪で言っ ているような例ばかりではなく、さしたる悪気も なく、上司がつい正直に、反応してしまう場合も あるようです。「ああそうなのか。おめでたいん だけど、うーん(困ったなあ)」というような反 応をしてしまうのでしょう。すると、女性は、「あ
あ、やっぱり困るんだな」と感じてしまう。それ で、なるべく迷惑をかけないで頑張ろう、何かあっ ても言わないでやろうと、そういう気持ちになっ てしまいます。そうすると、気持ちで頑張るだけ でなく、身体的なムリを重ねてしまうこともあり ます。チェッと舌打ちされたとか、顔をしかめら れたとか、それは、ひどいなという例ですが、そ うではなくて、優しい上司が本当に困った顔をし たので、逆に申しわけなくなってしまって、なる べく自分のことは言わないようにしようと思った とか、そういうケースもあるわけです。
【マタニティ・ハラスメントの特徴】
先程、連合の定義に「マタハラはパワハラ、セ クハラと並ぶ3大ハラスメントである」とありま したが、マタニティ・ハラスメントには、パワハ ラやセクハラとは違ういろいろな特徴がありま す。
1つ目は、セクシュアル・ハラスメントは異性 間で生じることが多いとされていますが、マタニ ティ・ハラスメントでは同性間、つまり女性と女 性の間でも生じることです。この間、記者の方か ら、「女性同士や女性上司のほうが厳しいようで すね」「女性が多い職場のほうが深刻なようです ね」などと質問されました。
2つ目の特徴ですが、ハラスメントは「嫌がら せ」と訳されることが多いので、何か、非常に悪 意ある行為と思われがちなのですが、マタニティ・
ハラスメントは、意図しない、悪意がない状況で も生じる、ということです。たとえ、上司や同僚 に悪意がなかったとしても、働く妊婦さんは、い ろんなプレッシャーを感じたり、悩んでいます。
みんなで意地悪するようなハラスメントは、目に 見えやすいですが、そうではなくて、職場の人た ちは気づいていないような、そういうところにも、
圧力は生じています。
3つ目の特徴です。パワー・ハラスメントとの 比較で言いますと、マタニティ・ハラスメントは
上下関係のない、権力関係のないところでも生じ る、ということです。パワー・ハラスメントの多 くは、権力関係を背景にして生じますが、マタニ ティ・ハラスメントは権力関係がないところにも、
起こります。例えば、後輩女性から先輩女性に、
あるいは、男性部下から女性管理職に、そういう 関係のなかで起こる場合もあるわけです。職場の ポジションで言えば上の立場の人に対して、下の 立場にある人がやる、ということです。パワー・
ハラスメントは、権力関係を背景にして、強い者 が弱い者に圧力をかける場合が多いですよね。け れども、マタニティ・ハラスメントは、立場の逆 転がおこるわけです。それは、妊娠した女性は、
一番弱い立場になってしまう、ということではな いのでしょうか。女性労働者は、管理職やベテラ ン社員であっても、妊娠すると弱い立場になって しまうということです。
これをパーソナルな、個人の問題として語ろう とする人もいます。「意地悪な人がいるんだね」「ひ どい職場もあるんだね」というような解釈です。
でも私は、個人に帰する問題ではなくて、構造的 な問題である、と考えることが必要だと思います。
そして、こんなふうに見えている被害は、実は一 部であって、女性の側が自己規制したり、過剰適 応したり、あるいは遠慮したり、諦めたりしてい る問題も多いと考えています。女性が声を上げて いないからまだ見えていないこと、そういう問題 もたくさんあるのではないか、と考えています。
ここまで長々と説明してきましたが、私が言い たかったのはここです。今メディアで問題にされ ているのは、雇用ハラスメントの部分です。妊娠・
出産した女性がやめさせられている、こんなひど い事例もあります、と報道されるわけです。それ を見た側も、例えば再現フィルムやインタビュー を見て、ひどいと思い、怒りを感じるわけです。
でも、雇用ハラスメントの部分ばかりが強調され ますと、「経済環境が厳しい、企業にも事情がある」
「雇用環境が厳しい中で、妊娠した女性のことば
かりをそんな特別扱いできない」といったような、
そういう「物言い」も出てくるわけです。そうし ますと、「この問題はしようがないのではないか」
「妊娠しても働こうというのは女性のほうがわが ままなのではないか」、そういう議論も起こって くるわけです。
私は、こうした、雇用ハラスメントのレトリッ クに絡み取られないことが大事だと思います。と 言いますのも、では、仮に雇用環境が改善した ら、経済環境がよくなったら、マタニティ・ハラ スメントはなくなるのか? と問いを立てると、
そうとは言えないと思うからです。もちろん、改 善する部分はあるかもしれません。ですがこれま で、女性が職場で遠慮したり、迷惑をかけないよ うにと縮こまったり、そんなふうに自分の身体の ことはなるべく主張しないで働こうとする、その ような働き方はなくならないと思うのです。問題 は、そういう働き方があたりまえとされているこ とではないでしょうか。もちろん、雇用ハラスメ ントが深刻だということは言うまでもないことで すが、問題は、それだけではない、ということも 申し上げたいと思います。むしろ、経済環境が改 善し、雇用環境が改善したらこの問題はなくなる のか? という逆の問いを立てたほうが、私はこ の問題は分かりやすいのではないか、と思います。
【3つの構造的特徴への応答】
先程、お話した3つの特徴ですが、女性同士で もなぜ起こるのか、意図しなくてもなぜ起きてし まうのか、権力関係がなくてもなぜ生じるのか、
という3つの構造問題に関して、いくつか事例を 見ていきましょう。
まず、女性同士で起こるという問題ですが、そ の原因の1つに「格差」という問題があると思い ます。女性労働者の間に、産休・育休取得格差が できてしまっている。つまり、産休・育休制度が あるのに、それを使えるのは、限られた女性たち であり、それを利用できない女性たちも一方にい
る、ということです。正規/非正規の格差といっ てもいいかもしれません。産休・育休が、女性労 働者にとって「特別な権利」になりかねない、そ のような状況になってしまっている。そうなると、
「取れる人はいいわよね」と、そういう言い方も でてきてしまう。同じ職場の中で、取れる人と取 れない人がいれば、そこには、感情的な軋轢も生 じてしまうでしょう。取得する側が、「いいわよね」
とか「ずるいわね」と言われ、傷ついたという声 もあります。でもそれは、言った人が意地悪だと いうよりも、女性労働者がそのような分断状況に 置かれている、その深刻さを映し出しているので はないでしょうか。
女性同士といえば、女性管理職のほうが厳しい のではないか、ということもよく聞かれたことで す。私は女性管理職には2つのパターンがあると 思っています。1つは、厳しいパターンで、自分 が非常に頑張ってきて、妊娠・出産、育児をして いたとしても、それを職場に持ち込まない。そん なことは仕事とは関係ない。仕事に関係ないこと で職場に迷惑をかけることはできないという、そ ういう頑張り方をしてきたタイプの女性です。今 の 50 代以上の世代は、そのような頑張り方をし ないと、職場に残れなかったと思います。日本の 職場では、家族の事情を持ちこめば追い出されて きたわけですから。だから、今管理職世代として 残っている女性というのは、極力、家族の事情を 持ち込まないで、頑張ってきた世代だと思います。
そうした女性たちの中には、「今の若い女性は、
制度的に恵まれているのに頑張りが足りない」と、
そう考える方もいるようです。自分の頑張り方を 基準にしているのだと思います。ただ、その頑張 り方を、これからの若い女性たちにも課すべきな のか、という疑問が生じます。そうではなくて、
女性管理職には、もう1つのパターンがあって、
私はむしろ、そちらに共感します。自分たちがこ んなに大変だったから、後輩女性には違うやり方 をさせたい、大変なことは変えていきたい、今ま
でとは違うやり方があるのではないか、そのよう に考える人たちです。若い女性たちを応援する女 性管理職もいます。
それから、妊娠をめぐっては、女性たちの様々 な思いがあります。「産む」「産まない」「妊娠を のぞんでも、なかなかかなわない」など、女性に もいろいろな身体的な状況があります。「自分は そういう選択ができないのに、なぜ産む人だけが 優遇されるのか」、というような言い方もありま す。「産むのも1つの選択であり、それは産む選 択をした人の問題でしょう。産まない選択、産め ない状況がある中で、産む選択をした人だけがな ぜ優遇されるのか」という議論になっていくわけ です。私はこれを「女性の身体性の分断」とよん でいます。
むしろ、そうした、いろいろな身体の状況があ るからこそ、女性同士の身体性を分断化するので はなく、共感していく方向性が求められていると 私自身は考えています。産む、産まないを、個人 の選択の問題として考えてしまうと、限りなく自 己責任、自己選択の議論になっていってしまうわ けです。「それはあなたが選択したから、あなた の責任でしょう」という話になっていくわけです。
それでいいのか、と申し上げたいです。
2つ目の特徴、意図しない、悪意のない状況で も生じるという問題ですが、やっているほう(そ れを『ハラサー』と言いますが)も気づいていな い中でプレッシャーや抑圧も生じていると思いま す。といいますのも、これまで日本の職場は、働 く女性がいたとしても、女性の身体性は排除され てきたからです。先ほどの、女性管理職の話が分 かりやすいのですが、働く女性はいても、女性の 身体の事情を持ち込むことはできなかったので す。つまり、均等法初期世代やそれ以前の女性た ちの頑張り方というのは、まさに「女だから」と 言われないように頑張る、「これだから女は」と 言われたくない、そういう頑張り方をしてきたと 思います。だから、女性の身体の事情は、できる
だけ訴えなかった。女性の身体性、女性特有の身 体の事情は、生理痛のあれやこれやも含めて、極 力隠してきたのではないでしょうか。働いていれ ばいろいろなことがありますが、それを持ち出せ ば「これだから女は」と言われてしまうからです。
妊娠・出産もまさにそうで「これだから女を雇う と」と言われないためには、そういう事情を持ち 込まないで、女性たちは、頑張ってきたのではな いでしょうか。そして、職場側も、そういう女性 たちの頑張りを、あたりまえとしてきたのです。
だから、職場の側に、妊娠に対する知識や感性 がない。驚くほど、女性の身体性に無関心で無知 なのです。そう考えますと、今までの職場の文化・
風土・空気をあたりまえとしてしまうと、無関心 や無知からおこるハラスメントもたくさんある、
ということです。その水準で起こっている問題が たくさんあると思います。
それから最後に、「権力関係の不在」について です。マタニティ・ハラスメントは、権力関係を 背景に起こるのではなく、弱いほうから強い立場 にある人に対しても、行われる、と先程言いまし た。部下が管理職に嫌がらせをする。なぜそんな ことが起こりえるのか。立場的にはフラットであ るはずの、同僚同士の間でも起こります。同僚同 士で起こる場合は、雇用ハラスメントとは関係な い。なかには、上司の意図で、職場の人みんなで やる、という事例もあるようですが、そういうケー スではなく、同僚との日常的なやりとりの中で起 こるようなものは、雇用ハラスメントとは関係な いわけです。
同僚同士で問題になるのは代替要員の問題で す。妊娠・出産で、産休、育休を取る女性が職場 にいる場合、代替要員が補充されないと、その人 の仕事を誰がやるのか、という問題が生じるわけ です。自分たちにまわってきてしまう、自分の負 荷が増えるのではないか、そういう思いも起こる でしょう。そうすると、「いいよなー、俺はおま えのせいでこんなに大変なのに、おまえは休めて
いいよな」とか、「先輩はいいですよね、お休み に入るから。でも先輩の分のカバーは私がするん ですよ」などと、そういう物言いになって、働く 妊婦さんが攻撃対象になっていくわけです。
でも、これは考えてみれば、おかしな話ではな いでしょうか。代替要員がいなくて、他の人が忙 しくなってしまうのは、その責任は、職場にある はずです。働く妊婦さんのせいではなくて、補充 を考えない職場側の問題です。本来なら、働く仲 間同士で一緒に、補充をどうするのですか、と職 場に要求していくべきものではないでしょうか。
もちろん、厳しい状況でそんなこと要求できない、
という現実があるかもしれません。でも、できる・
できないは別にして、少なくとも、働く妊婦さん がみんなの攻撃対象になるのはおかしい、その「お かしい」という感覚はあってもいいのではないで しょうか。
でも多くの人たちは、おかしいとは思わないの です。働く妊婦さんが攻撃されるのはあたりまえ だと思っています。「みんなの仕事が増えるから、
いじめられてもしょうがない」というような話に なります。それは、どこかで、「辞めればいいじゃ ないか」と思っているからではないでしょうか。
妊娠しても女性が働き続けていくということをあ たりまえに考えるならば、そのためにどうすれば いいのか、という発想になるはずです。それが「辞 めればいいではないか」という思いがどこかにあ るから、「迷惑だ」「辞めればいいのに」という思 いを、働く妊婦さんにそのまま、ぶつけてしまう のではないかと思うのです。
【 背景にあるもの─社会的ハラスメント「働く 妊婦」へのまなざし─】
そして、それは、そのまま「社会のまなざし」
としてもあるのではないでしょうか。それこそが、
社会的ハラスメントであると考えています。妊娠 した女性が働くことに対する社会の、職場の、そ して人々のまなざし、そこに、本質的な問題があ
るのではないかと思います。
先に申し上げたように、報道がなされるように なってから、働く妊婦さんに対する共感が寄せら れた一方で、「妊娠した女性は仕事を辞めたほう がいい」「大きなおなかをしてまで働く必要がな い」といったような、そういう、意見もみられま した。なかでも、ショックだったのは、「妊娠し ても女性が働かなければならないのは、経済が悪 いからだ」といった意見があったことです。「女 性はそもそも無理して働く必要はない」という考 え方がベースにあると、そのような話になるのだ ろうと思います。
皆さんご存じかと思いますが、曽野綾子さんが
『週刊現代』(2013 年 8 月 31 日号)に、「出産した らお辞めなさい」という記事を寄稿して論争にな りました。お読みになった方もいらっしゃると思 いますが、少しご紹介します。記事は「最近、マ タニティ・ハラスメントという言葉をよく耳にす るようになりました。マタハラとかセクハラと か、汚い表現ですね。妊娠・出産した女性社員に 対する嫌がらせやいじめを指す言葉ですが、この 問題に対し、企業側は、反対意見を言えないよう 言論を封じ込められているようです」と始まりま す。そして、「女性は赤ちゃんが生まれたら、そ れまでと同じように仕事を続けるのは無理」であ るとし、「それにしても、会社に迷惑をかけてまで、
なぜ女性は会社を辞めたがらないのでしょうか」
と続けられます。
この意見に対しては、弁護士や学者などから、
いろいろな批判や反論がなされています。他の媒 体やネット上でも話題となり、多くの女性たちか らも意見があげられていました。一方で、この記 事に共感する意見もあります。例えば、金美齢さ んは同じ『週刊現代』(2013 年 9 月 7 日号)に、「『女 だからといって甘ったれるな』という点」は「まっ たく同感」とされ、自分の娘が「産休を目いっぱ いは取らずに、出産予定日ぎりぎりまで現場に残 り、産後は出来る限り早く復帰」したという経験
を例にあげながら、「大きなおなかを抱えてでも 精一杯働く人」と「権利は行使しなくちゃ損、同 じ給料なら楽をした方がいい」と考える人がいる」
と続けられます。そして、どちらが「歓迎され、
どちらが社内でたらい回しにされて閑職へ追われ るのか、明らかではないですか」と主張されます。
つまり、仕事を続けたければ、「大きなおなかを 抱えてでも精一杯働く」こと、それができないの であれば「辞めなさい」ということだと思います。
これに対し、ライターの小川たまかさんは、「「職 場に迷惑はかけられないから」と、出産ぎりぎり まで仕事を続け、産後2カ月で復帰した人や、保 育園ではなく実家の両親に子どもを預けて半年で 復帰したいと言う人もいた」という例を用いて、
女性たちはけっして「甘えていない」と主張して います。「肩身の狭い思いをしながら仕事を続け ている女性の頑張りを無にするような言説は、い かがなものだろうか」と反論されています(ダイ ヤモンド・オンライン 2013 年 9 月 10 日 8 時 30 分配信)。「甘ったれるな」という批判に対し、い や、決して「甘えてはいない」、権利を行使せず に、ぎりぎりまで働いて頑張っている女性もいま すと、そう反論されているわけです。
この論争はつまり、「迷惑をかけるならお辞め なさい」という意見、さらには、「働くつもりなら、
ぎりぎりまで頑張りなさい。そうでなければお辞 めなさい」という意見に対し、「女性たちも、ぎ りぎりまで頑張っていますよ」という反論がなさ れる、そういう構図となっているわけです。でも それは、いずれにしても「ぎりぎりまで働く」こ とが前提とされてしまっているのではないのか。
女性が働くのであれば、妊娠していようが子ども がいようが、とにかく職場に迷惑をかけないで頑 張ること、頑張れる女性は働いてもいい、しかし、
頑張れない女性は辞めてもらう、そういう話に なってしまうのではないでしょうか。先ほどの職 場の話に戻せば、私たちを忙しくさせないように 頑張るならば職場にいてもいいけれど、迷惑をか
けるくらいなら辞めてよね、ということになるの ではないか、そう思うのです。
【 「事情」を抱えた者は排除するという職場ルー ルが、いまも残っている】
それはこの論争が特別なわけではなく、日本の 職場のルールが、まさにそうだったわけです。い つも申し上げていますが、日本の労働者モデルは、
『ケア(care)レス(less)マン(man)』モデル です。つまりケア役割を負わない男性労働者モデ ルということです。家事・育児・介護など、ケアワー クはすべて主婦という存在に任せて「仕事だけ」
をする男性労働者モデル。それは、さらに、身体 ケアの意味での「ケア」も「レス」であった男性 たちです。つまり、なるべく休暇も取らず、疲れ ても弱音を吐かずに、過酷な勤務、長時間残業に 耐えてきたわけです。高度経済成長期以降、日本 の企業社会が、ある種、そういう「ぎりぎりまで 頑張る働き方」を「よし」としてきた、それが今 も、強く残っているのではないでしょうか。そう いうかつての「企業戦士」的な働き方を基準にさ れると、そういう働き方しかだめだ、そういう頑 張り方しかだめだ、とされること自体、働く妊婦 さんにとっては大きなプレッシャーになってしま う。そういう、そもそもの働き方の問題の中に、
働く妊婦さん問題もあるのではないかと思ってい ます。
講演で地方に行ったとき、公務員の女性が、話 してくださった経験です。ハードワークで会議や 残業が続き、いよいよこれはだめだと思って、「も う、このままだと家庭が崩壊します」と上司に訴 えたそうです。ですが上司は、「大丈夫だよ、う ちも崩壊しているから」と答えたそうです。でも、
実際、家庭が崩壊するような働き方をしてきた、
あるいはさせられてきた男性も多いのではないで しょうか。
ですから、この問題は、実は男性問題でもある と思っています。なぜなら、男性自身がもうケア
レス・マンではいられないことがはっきりしてい るからです。一番分かりやすいのは介護問題だと 思います。家族介護をしている主たる介護者の3 人に1人は男性とされ、介護を抱えた男性の介護 離職が企業にとっても深刻な問題となっているそ うです。ケア役割を負わないで仕事だけをする、
という生き方が、男性にとっても難しくなってい るわけです。これまで、家族の事情を抱えながら 働くことは、女性問題とされていたのに、いまや、
男性問題となっているわけです。育児についても、
イクメンやファザーリングが男性自身から主張さ れるように、事情を抱えながら働くことが、男性 自身の問題となっている。
また、身体ケアの意味でのケアの部分において も、男性の弱音を吐かずに働くという働き方が、
過労死や過労自殺、メンタルヘルスという問題を 引き起こしてきたわけです。
どちらにしても、これからは、男性も事情を抱 えながら働く必要があると思うのですが、男性に だって圧力がかかるようです。東レ経営研究所の 渥美由喜さんが、最近、パタニティ・ハラスメン トということを言われています。渥美さんは、ワー クライフバランスや男性の育児休暇について詳し い方ですが、パタニティ・ハラスメントというこ とを最近おっしゃっていて、それは、男性が育児 休暇を取ろうとしたときに、企業で受けるいろい ろな嫌がらせやバッシングのことだそうです。男 性が育児休暇を取ろうとすると、企業が意地悪を 言ったりしたりする。それは、まさに、女性がさ れているのと同じなわけです。
【 多元的共生社会とは「ケア」が「フル」な「パー ソン」、「ケアフル・パーソン」モデルの実現 では?】
私は、「ケアレス・マン」モデルではなく、「ケ アフル・パーソン」モデルを主張しています。男 性も女性も育児も介護も担えるように、さらに、
過労やメンタルヘルスを抱えこまないように、「ケ
ア」が「フル」な社会、ケアを抱えながら働ける 社会、ということです。「産む・産まない・産めない」
という言い方で女性の身体性を分断するのではな く、いろいろな身体の事情を職場に持ち込みなが ら、働けるような仕組みをつくっていかなければ ならないのではないでしょうか。いろいろ事情が あっても、人々が働けるような社会。ワークライ フバランスやダイバーシティとも通じる考え方だ と思います。
そのためには、女性の側も、戦略を変えること が大事ではないかと思っています。1980 年代から 90 年代のキャリアウーマンやワーキングマザーと 言われた女性たち、または総合職初期世代の女性 たちは、とにかく「女だからと言われないように 頑張る」という頑張り方をしてきたのではないで しょうか。身体の事情や家族の事情を持ち込まな いで、「いかにケアレス・マンになれるかを競う」、
そういう働き方をした女性も多かったのではない でしょうか。「女性ですが、ケアレス・マンにな れますよ」「子どもがいるけど大丈夫です」「妊娠 しても今までどおりやれますよ」、そういう頑張 り方をしてきたのではないでしょうか。でも、そ の頑張り方の方向性を変える必要があると思いま す。ケアレス・マンになる努力ではなく、ケアが 必要ですと主張すること、こうしてくださいと要 求すること、そうした戦略に変えていくことが大 事だと思います。それは決して、妊娠した女性だ けの特権でもなければ、妊娠した女性を特別扱い しろ、という話ではないと思います。いろいろな 事情を持ち合いながら働く社会をつくるために、
身体の事情を持ち込む努力が必要だと思います。
それは、男性のためでもあるし、社会のためでも あるはずです。
今年に入って、「女性手帳」が話題となりまし たが、もうひとつ「卵子老化」の議論もあります。
女性が「産まない」という選択をすることはもち ろんあると思います。ただ、「産まない」という 選択を意志的にしたのではなく、気づいたら産ま
ない人生を選択していた、そういうケースもある のではないでしょうか。キャリアのために「産む こと」を先延ばしにした結果、そういう選択をし た、という場合もあるかもしれません。
高齢出産についても、話題になることが多かっ たですが、キャリアのために出産を先延ばしにし て、結果、高齢出産となる場合もあるでしょう。
そうしたなかで、「女性手帳」というものが提案 されたわけです。女性に、生物学的年齢を意識し て、産むための知識を持ってください、そういう ことだと思います。その一方で、NHKの番組を きっかけに、卵子老化が大きな話題となりました。
卵子は老化する、というメッセージです。この2 つが何を意味するのか。これまでのキャリアモデ ルでは、若い女性たちに対し、20 代は頑張って働 きなさい、キャリアを積みなさい、というメッセー ジがなされていたと思います。それが、これから は、卵子は老化するから若いうちの出産がいいで すよと、そういうメッセージも発せられるわけで す。卵子は老化する、それは、ある意味、脅しに なりはしないか。そういう板ばさみのような中で、
若い女性たちが何に関心を示すかというと、卵子 凍結の議論ではないかと思うのです。
若い女性を対象としたある講座で、私は、前半
「ワークライフバランス」をテーマにお話をした のですが、後半は、産婦人科の女性医師が「女性 の身体や妊娠の知識」について、お話をされまし た。その後半部分で、フロアの女性たちが興味を 示したのは、卵子凍結についてでした。何歳まで の卵だったら凍結してもいいのか、何歳までの身 体だったら卵を戻せるのか、そういう質問がそこ で出されたわけです。もちろん、どのような理由 でその技術に関心を示したのか、個々の事情はわ かりません。でも、私がその時に考えたのは、こ れからはキャリアとの関係で卵子凍結に興味を持 つ若い女性たちが、出てくるのではないか、とい うことでした。もし今までのように、「キャリア を築くなら、20 代に頑張らないと認めてもらえな
い。働くからには頑張りなさい」というようなメッ セージがなされ、その一方で、「でも卵は老化す るから若いうちに産んだ方がいいですよ」と言わ れるとする。そうすると、キャリアを諦めて 20 代で子どもを産もうと思う人が出てくるかもしれ ないし、また、どちらも頑張りたいと思う女性は、
20 代の卵子を凍結して「あとで産む」という、そ ういう方法を考える、そんなことが起こりうるの ではないか、と感じたのです。
私は、卵子凍結という技術自体について議論で きる立場にはないです。ただ、若い女性たちがキャ リアや仕事を理由に、その技術に関心を持つこと には、やはり違和感をもちます。キャリアのため に卵子凍結をするのではなく、産みたいと思った ときにいつでも産める社会に、そのことによって 仕事がどうとか、キャリアがどうとか悩まなくて 済む社会にしていきたいと考えます。「あたりま えに産める職場」になるといいと思います。うち の職場には、出産で休む人も、介護で休む人もい る。子育てで助けてもらったから、今度は介護で 休む人をバックアップする、そんなことがあたり まえにできる職場をつくらなければならないと思 います。「あのとき助けてもらったから、課長の 介護は私が応援します」と、女性たちが堂々と言 えるような社会、そのほうが分かりやすくていい のではないでしょうか。20 代はとにかく仕事に専 念する、だから卵子は凍結する、などと考えるよ りも、いつ産んでもいいと思える。もちろん、30 代、
40 代の出産だってあるでしょう。いつ産んでも、
みんな助けてくれる、みんなでやればいい、そう 思える社会のほうがいいのではないでしょうか。
【 アナザー・モデルの提示 ─「事情」を抱えな がら働ける職場─】
何かおめでたいことを言っているような感じに 映ってしまうかもしれませんが、アナザー・モデ ルはたくさんあります。これまでの働き方モデル ではなくて、新しいやり方ができているところは
できているし、やっているところはやっているわ けです。事情を抱えながら働けるような職場は、
企業自体が実際、努力している、業績を上げてい るところもあるとされています。
最近はよく、女性比率の高い職場、女性管理職 割合の高い職場は、業績や利益率がいい、と言わ れています。あるいはワークライフバランス等の 努力をしている企業のほうが、していない企業よ りも業績がアップしている、というようなデータ が示されているわけです。
先日、ある企業の執行役員とお話をする機会が ありました。そのときにすごく目からウロコだっ たのは、日本の会社が、グローバルな傘下に入っ て会議をすると、あまりにも女性が少ない、女性 管理職や女性役員が少なくて、それは、グローバ ル企業として、非常にまずいことなんだそうです。
「おたくの会社はおかしいのではないか」と言わ れるそうです。グローバルな水準で考えると、日 本の会社はかなり変なわけです。女性管理職や女 性役員の割合の低さは、世界からみれば「差別的」
に見えるのでしょう。それで、とにかく女性役員 や女性管理職をつくらなくては、となると、その 企業の話ではないのですが、例えば、ヘッドハン ティングして女性役員をつくるといった、そんな ことも起こるそうです。本来なら、その会社で働 いている女性が役員になればいいのに、そうした 人材育成をしていないから、ヘッドハンティング になってしまうのでしょう。
私は、女性が活躍できる職場は、男性も働きや すいのだと思います。男性がいろいろな事情を抱 えても働ける仕組みがある。つまり、女性比率の 高さや女性管理職割合の高さとは、いろいろな人 がいろいろな事情を抱えて働ける仕組みがあると いう、1つの目安でもあると思います。いろいろ な背景を持った人たちが働ける仕組みを持ってい る企業が、実は強い、ということだと思います。
実際これは、女性の活躍推進や両立問題にとりく んでいる経済学者やダイバーシティ推進論者たち
が、主張していることでもあります。
【 マタニティ・ハラスメントへの支援その1
「無知や無理解」をなくす】
具体的に、もしマタニティ・ハラスメントを、
職場からなくしたいと思っていらっしゃる方がい たら、できることはあります。雇用ハラスメント に関しては、悪質な企業に対しては、均等法の罰 則規定を強めるしかないと思っています。均等法 は罰則規定がなく、制裁措置として企業名を公表 するとされていますが、いまだ公表された企業は ないそうです。非正規雇用も含め雇用ハラスメン トをなくすために、そうした悪質な会社を許さな いという、社会的意識を高めることも必要だと思 います。
雇用ハラスメント以外の部分でも、できること はたくさんあると思います。
管理職研修や職場研修の実施もそのひとつで す。まず、妊娠・出産保護に関する制度を周知さ せることでしょう。ただ、たとえ制度は同じでも、
それを生かす気が本当にある職場かどうかで、女 性たちの経験は大きく違ってきます。だから意識 も大切です。制度だけでなく、女性の身体性につ いて、理解や関心を持つことも必要です。私はい つも言っているのですが、「ままならない身体の 事情は個人差であって、それを能力差としない」
ということが大切だと思います。妊娠期の症状は 個人差が大きく、元気に働ける妊婦さんもいれば、
お休みが必要な人も、配慮や措置が必要な人もい ます。先ほど申し上げたような「頑張るなら残っ てもいいよ」という職場文化のなかでは、そうし た個々の身体の事情が「頑張り」や「甘え」とし て評価されかねない。「あの人は責任感があるけ ど、君は無責任だよね」と言われたりします。妊 娠期の症状はままならないし、本人にはどうしよ うもないことなのに、それが責任感ややる気とし て、あるいは能力差として読み替えられてしまう ことは、女性にとって、とてもつらいことです。