はじめに
文学作品と法律,19世紀にはこれらが互いに深く関係していたのだが,
フローベール研究においてはこれまであまり論じられてこなかった.実 際,ナポレオン法典が19世紀の作家に与えた影響は計り知れない.1819 年,ナポレオン刑法典において著作物が「風俗壊乱」の罪に当たることが あると定められて以来,1881年まで数々の作家が裁判にかけられた.そ れだけではなく,法律が創作の源として作用することもあった.例えばス タンダールがナポレオン法典の条文を手習いとして写していたことは知ら れており,またバルザックの作品では法律が一つの舞台仕掛けとして機能 していることもある.『ゴリオ爺さん』や『従兄ポンス』では遺産をめぐ って登場人物らが奔走する.『暗黒事件』では裁判が描かれ,『結婚の生理 学』では法律に従い,合意に基づく契約によって取り交わされる結婚が主 題とされ,姦通が一種の病気として描かれている.あるいはモーパッサン の『ベラミ』では,その出版直前に成立した離婚法をはじめとして,数々 の法律上の問題が扱われている.19世紀を取り巻くそうした状況に鑑み て,フローベールの作品が法律とは無関係である,と断言することは果た して可能なのだろうか.なによりも,法律的な視点からみた場合に『ボヴ ァリー夫人』が問題を秘めた作品であったことは『ボヴァリー夫人』が裁 判にかけられたという事実が示している.
『ボヴァリー夫人』裁判はテクスト外の出来事だが,本稿で扱う『ボヴ ァリー夫人』の細部の描写にも法律は影を落としている.例えば,薬剤師 オメーは,薬剤師に診療行為を禁じた共和歴11年風月19日(1803年4 月10日)に制定された法律の第1条に違反した疑いで裁判所に呼び出さ れていると,具体的な条文の番号がテクストに明示されている1).保健吏 シャルルについても,外科手術に失敗し訴訟を恐れていると語られる2). 正式な医者と異なり,保健吏は外科手術を禁じられているのだが,これも
フローベールと家族
̶̶ 『ボヴァリー夫人』における法律の問題 ̶̶
森 本 悠 人
読者を同上の法律の第23条へと差し向ける.あるいは,ルーアンで書記 になったレオンが,エンマとの再会後,エンマの顔を思い浮かべてナポレ オン法典を手から床に落とすという描写がある3).法律を扱う人間である レオンが,人妻との姦通を夢想し,姦通を禁ずる書物を落とすことの意味 を問うならば,レオンとエンマがルーアンで蜜月を過ごすという物語の展 開の露骨な暗示であると同時に,人妻の誘惑がナポレオン法典と相反する ものであることをほのめかしていると解釈することができるだろう.この ように,『ボヴァリー夫人』という小説は法律と無縁なままに展開してい るわけではないのだ.
本稿では裁判で問題とされた結婚生活について,改めて当時の法律を通 して考えることで,シャルル・ボヴァリーという人物の見過ごされてきた 側面を浮かび上がらせたい.そのためにまずナポレオン法典によって提示 されている家族像を検討したうえで,次いでそれがオメー家と重なり合う ものなのか,そしてボヴァリー夫妻もそうした家族像を引き受けているの か,ということを分析する.
1
.ナポレオン法典と家族
『ボヴァリー夫人』に描かれている家族について考察するために,19世 紀における「家族
« famille »
」という語の持つ意味を検討しよう.いくつ かの辞書では「同じ血統に属する人々の集団」と説明される場合もある が,フランドランによれば19世紀当時においては「一つ屋根の下に住む,親族関係にある人々で,より特殊的には,父,母,子供たち4)」を指して 使われることが多いという.19世紀の多くの文学作品と同様に,『ボヴァ リー夫人』に描かれている家族も,「一つ屋根の下に住む,親族関係にあ る人々で,より特殊的には,父,母,子供たち」という定義に当てはまる.
しかし,「父,母,子供たち」の集団を家族と呼ぶのはフランスの歴史 上自明のことではない.というのも16世紀から18世紀において,「家族」
という語はより広い意味を持っており,それは召使や女中も含む「同じ家 に住む人々」や「同じ血統に属するもの」を指していたからだ.「家族」
の意味の転換は,世紀の境目,つまりフランス革命およびナポレオン法典 の成立によって唐突になされたわけではなく,漸次的なものであるとフラ ンドランは述べている.家族の構造が変化すると同時に,18世紀には啓 蒙主義の影響を受けて,家族的な親密さが幸福の源泉であるとする考えが 広がる.『ボヴァリー夫人』裁判において検事ピナールが擁護したのは,
まさに家庭生活の神聖さなのだ5).ゆえに,その論告で,「結婚生活のけ がれ」,「エンマは姦通のなかに結婚生活の平凡さを見出した」という作中 の文章が引用され,非難されているのである.結婚生活が貶められ,さら に姦通と同列にされることなどあってはならないのだ.
ではナポレオン法典において家族はどのように描かれているのだろう か.まず家族関係の歴史的文脈を概観すると,革命後,長子相続権を廃止 する法律によって家族における父権が弱体化し,また,離婚が可能になっ たことで風紀が著しく乱れていた,という状況がみてとれる.そうしたこ とについて,「王党派もしくは保守派の伝統が大革命に対して向ける批判,
それは王を処刑し王政を消し去ったということに対してよりも,家族を破 壊したということに対してなのである6)」といわれることがある.そうし た背景のもと,ナポレオン法典は,一つの家族を「国家の苗床」とし,そ の正しい在り方を定める役目を担ったのである7).そこで描かれた家族の 正しい在り方とは,夫あるいは父親を頂点とした家父長制家族だ.理想と される家父長制がどの程度実践されていたのかについてはここでは扱わな いが,19世紀フランスにおいて,家族の在り方を規定していたものは,
少なくとも法律を制定する側の意識としてはナポレオン法典であった.そ れを象徴しているのが,家族の要となる父親について,「父親を作るのは 法律である8)」というナポレオン自身の文言だ.
ナポレオン法典がその後どのように読まれたのか.『民法典における家
族 1804–1904』は,ナポレオン法典に貫かれた100年を視野に入れて,
夫婦関係について以下のように捉えている.「(子供を産み,育てるとい う)この目的に達するには,法的な結びつきに,心,考え,利益の可能な 限り親しい結びつきが一致していること9)」がナポレオン法典を通して夫 婦に求められていたことなのである.国を豊かにするため,軍事や財政の 観点から子供の重要性が唱えられたのだが,子供の育成を担うのは両親の 役目であったことから,その二者の関係も重視されたのである.見方を変 えれば,国家的な目的の達成のために必要なことを,ナポレオン法典はリ スト化し,義務化しているといえる.「相互の義務というのは,夫婦関係 の根本に位置している.つまり,そうした義務こそが夫婦関係の特徴なの である.[…]義務の不履行は,結婚を破滅させることになる10)」と,法 律家は述べている.ナポレオン法典には家族の一員としての果たすべき義 務が記されているのである.
ナポレオン法典起草者らの関心は家族に関する事柄が中心であったとい
うが,ナポレオン法典のなかでも夫婦関係を決定付ける象徴的な条文があ った.「夫は妻を保護し,妻は夫に従わなければならない11)」という条文 である.以下,妻という身分の人間が社会的な能力を有していないことを 示す条文がいくつか続く.つまりナポレオン法典では女性が法的に無能力 な存在として扱われており,それ故に男性が自律的な意思でもって女性を 支配下に置くという構造になっているのである.徹底的に男性の優位を保 障する法律が家父長制を支えていたのだ.19世紀の文学作品においてブ ルジョワ家庭の夫が妻の支配者として描かれている例は枚挙に暇がないだ ろう.
ここまで述べてきたことを整理しておこう.19世紀フランスにおいて 家族という言葉が意味しているのは,父親を頂点とした家父長制家族であ る.そこでは女性は無能力であると見做され,男性は意思と能力があるた めに女性の保護をしなければならなかったのだが,そのような家族の在り 方は,『ボヴァリー夫人』においてどのように表象されているのだろうか.
また,ナポレオン法典によって半ば強制されている家父長としての役割 を,シャルル・ボヴァリーは果たしていたのだろうか.
2
.オメー家
まずはヨンヴィルでシャルルが隣人として接することになるオメー家を みてみよう.オメー家がどのような家族であるかをほのめかすオメーの台 詞が,シャルルとエンマがヨンヴィルに着いた日の食事の場面にみられる.
私には一つの信仰がある,自分の信仰だ,そして私こそは,形だけの儀式や口 先だけの連中みんなよりも篤い信仰を持っているのだ!それどころか,私は神 を崇拝している!私が信じるのは至高存在,造物主,それがなんであるかは関 係ないのであり,我々をこの世に置いてくださったのは,ここで市民の義務と 家族の父の義務を果たすためなのだ.[…]私が賛同するのはサヴォワ司祭の 信仰告白と89年の不滅の原則だ12)!
ここで注目しておきたいのは「父親の義務」という文言である.オメーの この言葉が何を参照項としているのかについて,テクストは明確に示すこ とはない.しかし別の場面に目を向けると,オメーは実際にナポレオン法 典を読んでいるのだ.ルーアンにいるレオンを訪問するくだりで,オメー はこう述べている.「君を待つ間に新聞でも読んでいるか,法典でも繰っ
ていよう13)」.また,ここでは詳しく扱わないが,テクスト外の歴史的な 事柄として,ナポレオン法典について,法学部の学生に向けた入門書が多 数書かれたのみならず,その普及戦略として一般家庭向けにも解説書が書 かれたことは法学研究者によって既に示されている14).こうした同時代 の歴史的状況を加味すれば,オメーの述べる「父親の義務」という言葉が ナポレオン法典への目配せであると捉えることができるだろう.
さらにその「父親の義務」の内容について検討しよう.先に述べたよう に,ナポレオン法典が制定されて以来,家族の成員には果たすべき義務が 課せられていた.そこで父親,あるいは夫が担っているのは,家族の監視 なのである.先に「夫は妻を保護し,妻は夫に従わなければならない」と いう象徴的な条文を挙げたが,ナポレオン法典の草案には以下のように書 かれている.「夫は家族の統治の長なのである.妻は夫の住居とは別の住 居を持ってはならない.夫は,財産や伴侶の風俗といったすべてを管理 し,監視するのである15)」というのだ.『ボヴァリー夫人』がナポレオン 法典となんらかの関係を取り結んでいると考えるならば,オメーという登 場人物はまさしくナポレオン法典によって定められた義務を果たしている といえるだろう.以下にみる場面では,オメーは家庭の監督者として,妻 が家庭内での役割を過不足なく果たしている限りは,家庭内の些事に口を 差し挟むことはなく,一定の寛容さをみせている.しかし一方で,妻の行 動が行き過ぎた場合には,夫はそれをたしなめることを欠かさない.エン マが娘に怪我をさせ,シャルルが鉛丹軟膏を薬剤師のもとへ返しに行く場 面をみてみよう.
すると話されたことといえば,さまざまな危険が子供に及ぶことと,使用人た ちの不注意についてであった.[…]オメーの子供たちは,みんな好き放題や るのだが,一挙一動するのに必ず後ろには見張りがつけられた.ちょっとした 風邪でも,父親は無理に胸の薬を飲ませた.また四歳になるまでは,全員キル ト地の鉢巻きを容赦なくかぶせられた.それは,確かに,オメー夫人の偏執で あった.夫は心のうちではそのことについて悩み,そのような圧迫が知能器官 へ与えるかもしれない影響を疑い,彼はつい妻にいってしまうのだった.「お 前は子供らをカライブ族かボトキュドス族にでもする気か?16)」
オメー夫妻の子供に対する接し方は,子供というものが一人の個人として 認識された19世紀的なものに他ならない.それと同時に,オメー夫妻の
微妙な関係も描かれている.オメー夫人が子供たちを過保護に扱うことに 対して家長たるオメーは疑問を抱いているものの,子供の養育に関しては 母親が多くを負っていることがほのめかされている.子供をめぐって,母 親に対する父親の法的優越とは別に,19世紀において子供の教育は母親 が取り仕切るものだったのだ17).夫婦の役割が明確に分かれており,夫 は公共の場での社会生活を重視し,妻は家庭を切り盛りする存在であっ た.そしてここで着目しておくべき点は,妻による教育が薬剤師の目から みて誤った方へ向かおうとしている場合には,オメーが妻をたしなめてい ることである.オメーは家庭内のことを妻に委ねつつも,家父長としての 監督の義務を放棄することはない.夫婦間の微妙な関係を示す例ではない が,家族を監督するオメーの姿は,小間使いジュスタンによる砒素のある 蔵への立ち入りに対する叱責の場面でもみられるだろう.オメーはまず家 族の毒殺を問題とし,そしてジュスタンの持っていた『夫婦の愛』という 図版つきの本からオメー夫人を含む家族を遠ざける18).ここで重要なこ とは,オメーがナポレオン法典を意識しているかにかかわらず,その家父 長としての義務を果たしているということだ.
ついでオメー夫人について検討するが,夫であるオメーとの直接的なや りとりは作中ではほとんどみられない.したがって,ここではレオンから みたオメー夫人像を取り上げるが,果たして夫人はどのように描かれてい るのだろうか.
薬剤師の妻に関して,これはノルマンディーのうちで最良の妻であり,羊のよ うにおだやかで,子供たちや,自分の父,母,従兄たちを大切にし,他人の不 幸に涙を流し,家事は一切を成り行きにまかせ,コルセットを毛嫌いしてい る19).
「最良の妻
« la meilleure épouse »
」とはいかなる人間を指して用いられ るものなのか.子供や親族,他人に対してのやさしさなどが語られている 一見何気ない文章であるが,細かくみると妻,母,女という要素に分解す ることができる.まず妻として,「羊」という語が喚起するのは,導かれ るものというイメージだろう.ここから夫に逆らわない妻という意味を読 み取ることは十分に可能であり,それこそまさに家父長制家族において最 重要事項であったものだ.次いで母として,子供の世話という役割を引き 受けていること.最後に性的な対象の女として,コルセットが女性の美を引き立てるものであることはいうまでもないが20),これをオメー夫人は 嫌悪しているのだ.ところでオメー夫人とエンマを比較している場面にお いて,ボヴァリー家の女中フェリシテがエンマの下着類を洗濯していると きに,薬屋の小僧ジュスタンがオメー夫人とエンマを比べてこう述べる.
「あれがここの奥さまみたいな女の人だっていえるかい21)」.つまり,身 に着ける下着を通して,オメー夫人はエンマのように恋愛の世界に身を置 く女性ではないことがわかるのだ.『姦通の文学』のタナーは,ブルジョ ワ階級の女性について,「社会状況の一局面で妻であり母親であるからに は,別の局面で愛人や恋人になったりしてはならず,またそれはあり得ぬ ことなのである22)」と述べている.オメー夫人はこうした枠組みから外 れることはない.
他人から「最良の妻」と評されるオメー夫人は,19世紀ブルジョワ階 級の理想的な既婚女性であるといえるだろう.つまりオメー家は「父親の 義務」を果たす男と「最良の妻」,そしてナポレオン,フランクリンとい った偉人の名前をもつ子供からなる集団であり,19世紀のブルジョワ家 庭の代表例であるといえるだろう.
ところで,女性が基本的には家のなかにいる存在であるという視点に立 つと,物語全体を通してオメー夫人の描写があまりなされないことに気が 付く.それはオメー夫人が人の目に触れる機会が少ないということであ る.オメー夫人が傍系の登場人物であるからという説明もされ得ようが,
19世紀の社会的状況に鑑みると既婚女性は家にとどまるように規定されて いることに注意してみよう.1796年に女性が集会やデモに参加すること を禁じる「家庭復帰令」が発令されて以来,女性は家庭内で活動すること が常識とされた.これは政治活動の中心であったパリの女性を想定してい る命令であり,七月王政期のノルマンディーの田舎とは時間的にも空間的 にも隔たりがあるが,女性の自由を奪うという方向性はナポレオン法典に 受け継がれている.オメー夫人は,ボヴァリー夫妻がヨンヴィルに着きオ メーがそれを出迎えたときも,ボヴァリー夫妻がオメーらとともに紡績工 場に行くときも,オメーがパリへ行くレオンを見送るときも,夫と行動を 共にすることはない.さらに興味深いのは,オメーの家での集まりだ23). シャルルとレオンとオメーという男性の集まりに,エンマも加わっている のだが,ここにオメー夫人の姿はない.オメー夫人は自らの家で催される 集いにも姿を現さないのだ.こうしたオメー夫人の不在は,ナポレオン法 典の支配する時代の既婚女性にふさわしく,度々外出するエンマとは対照
的な存在といえるだろう.だからこそエンマは,「人
« on »
はボヴァリー 夫人がレオンのいい人に違いないと思った24)」,あるいは「そんなことは ないだろうとまだ思っていた人々ももう疑わなくなったのは,人« on »
が,ある日男のように胴をチョッキで締め付けてつばめ号から降りてくる 彼女[=エンマ]をみたときだった25)」という文章に登場する
« on »
と いう主体の眉を顰めさせる存在であることが理解される.そうした視線を 浴びることのないオメー夫人は,確かに「最良の妻」なのだ.3
.ボヴァリー家
3
-1
.シャルルにとってのエンマ
『ボヴァリー夫人』において,薬剤師オメーの家族が,基本的にはナポ レオン法典の定めた家父長制の枠組みのなかにいることを確認してきた.
夫婦の間には義務があり,互いにそれを認識しているのである.
これからシャルルとエンマの関係について検討していくが,はじめに結 論を述べておくと,家父長制が想定していたような相互の義務関係にはな い.エンマがシャルルから義務を課されることによって苦しむ場面は一切 存在していないのだ.ではシャルルとエンマの関係はどのように描かれて いるのか.
世界とは,シャルルにとって,彼女[=エンマ]のスカートの絹のように柔ら かい縁から出るものではなかった.彼は妻を愛し足りないのではないかと自分 を責め,妻をもう一度みたくなった.急いでもどり,胸を弾ませて階段を昇っ た26).
シャルルにとって妻が愛の対象であることは改めて述べるまでもない.し かし,エンマを愛していることは確からしいのだが,一方で彼がなぜこれ ほどまでに妻を愛しているのかは明かされない.その恋の始まりが一目ぼ れではないことは,シャルルが往診先で初めて出会ったエンマを「一人の 若い娘27)」としてしか認識していなかったことから明らかだ.エンマの 外見が特段にシャルルの目を惹きつけているかのような描写はされないの である.エンマに対するシャルルの恋心については,ここで論じることは せずに,いくつかの先行研究を参照するに留めよう.
テーマ批評で名高いリシャールは,フローベール作品における「滴」に 欲望の起こりをみている.春の雪解けの水滴がエンマのモアレ生地の日傘
に落ちるところを眺めるシャルルに,欲望を読み取っているのだ28).こ うした細かい視点描写を通して提示されるシャルルの感覚の鋭敏さを指摘 している.愚鈍であると解釈されてきたシャルル・ボヴァリーという人物 だが,内面ではエンマへの愛が複雑に展開しているのだ.
工藤庸子は,スタロバンスキーによるシャルルの脈拍の感覚の分析を取 り上げたうえで,『ボヴァリー夫人』におけるシャルルの愛に,言語化さ れない官能性の新しさを見出している29).ここで明らかなのは,言葉で は語られないがために,逆説的にシャルルの愛はフローベールが辞典にま でした紋切型の言葉とは無縁であるということだ.不義の恋人たちへ向け るエンマの愛の言葉が,読書によって培われた紋切型であることほどの皮 肉はないだろう.
蓮實重彦も『ボヴァリー夫人』における官能的な場面の描写に着目して いる.妻を亡くしたシャルルはエンマの父ルオーに慰められ,その農場を 訪れる.針仕事をしているエンマを眺めていたら,埃が床を這っているの が目に入る.シャルルとエンマが互いに無言で同じ空間に収まっていて,
シャルルの耳に聞こえるのは自らの頭がズキズキと鳴る音だったという.
シャルルには恋をしているという自覚はなかったのかもしれないが,この 描写は欲望を表現したもの以外ではありえないだろう.蓮實重彦はテクス トに幾度も描かれる埃を通して,「フローベールにおける官能的な『塵埃』
体験」を読み取っているのである30).
これらの先行研究が示すのは,シャルルが愚鈍であるどころか,むしろ 繊細な感覚を備えている人物であるということだ.しかし,それがどのよ うなものかが言語化されることはない.全知の語り手によるシャルルの恋 心の暴露を,フローベールが避けていることは明らかだ.
物語の筋書が書かれた草稿(セナリオ)に目を通すと,シャルルの恋愛 についての書き込みをいくつか発見することができる.「結婚の行動から はじめること31)」,「シャルルの情熱の発露32)」,「妻を熱愛するまた妻と 寝た三人の男のうちで,確かに妻を最も愛する男である.―これはよく 示さねばならない33)」とあり,シャルルの内面の表現方法についてフロ ーベールが苦心したであろうことがうかがわれる.シャルルはエンマを愛 する,ただしフローベールは紋切型ではない形でそのことを示さなければ ならなかったのだ.確かにエンマの二人の不義の恋人たちも彼女を愛して いたのかもしれない.しかしシャルルはエンマとはすれ違う形ではある が,恋人たち以上に彼女を愛していたのだ.シャルルのそのような在り方
を,ナポレオン法典的な観点から読み替えるならば,シャルルは妻を愛す ることで,その監督を怠っていたといえる.こうした点を敷衍すると19 世紀において,妻を愛する夫という人物をどのように描くべきかという問 題と結びつくだろう.ナポレオン法典によって家族の在り方が定められて いた時代において,夫婦間に必ずしも愛がある必要はなかった.その前提 を踏まえると,「これはよく示さねばならない」と筆者の手によって草稿 に書きつけられた指示を,夫婦のすれ違いをアイロニカルに描こうとした というより,むしろナポレオン法典への目配せであると考えたくなる.
以上にみてきたような性質を持つシャルルがなぜエンマに憎まれるの か.それはシャルルの知性や野心の欠如に原因があるというが,果たして 物語の全体にわたってシャルルはエンマに憎まれるに値する人物なのか.
確かに薬剤師と神父の議論に加わらず,同業者との論戦を避けるシャルル であるが,エンマにとってどのような人物であったのか.19世紀は男性 性を証立てるものが変化していった時代であり,ナポレオンが皇帝に君臨 していた時代においては「腕力」こそがその証左であったが,それが徐々 に「弁力」へと移行していったのだといわれる34).オメーに特徴的な長 広舌も,そうした状況を映し出しているといえるだろう.一方で「弁力」
に長けているわけではないという印象が抱かれがちなシャルルだが,ルオ ーの農場へ往診し,その後客として訪問する間には「どもる
« bégayer »
」 ことなく至極自然に振る舞っているように思われる.むしろ田舎に退屈し 農民を忌み嫌うエンマの良き話し相手として描かれているのではないか.彼女[=エンマ]は,季節のはじめ頃から,めまいがするとこぼした.そして 海水浴は体にいいかどうかを尋ねた.彼女は修道院について話しはじめ,シャ ルルの方は中学のことを話した,互いに言葉が口をついて出た35).
シャルルがこの時,中学時代について何を話したのかを知る術はないが,
まさか陰鬱な思い出を語ったわけではあるまい.その内容はさておき,冒 頭のシャルル,もしくはエンマとの結婚後のシャルルには欠如しているコ ミュニケーション能力がこの場面では示されているのだ.シャルルが最初 にルオーのもとへ往診した際も,一般的な世間話をする程度のことはして いる.結婚後はエンマにとって憎むべき夫として描かれるシャルルだが,
結婚前には農民の娘であるエンマにふさわしい相手であったのだ.この対 立する二つの人物像について,どの場面に転換点を見出すことができるだ
ろうか.
その翌日,反対に,彼[=シャルル]が別人になったようにみえた.昨日まで は処女だったのに,と思われたのは彼の方であり,一方新婦はといえば,何か を悟らせるようなところは何もみせなかった.誰よりも抜け目のない人たちも 呆気にとられ,そして彼らは,彼女が彼らのそばを通るとき,並外れた緊張状 態の心持で,彼女を眺めていた.しかしシャルルはなにも隠さなかった.彼は 彼女を私の妻と呼び,「お前」といい,みんなに彼女について聞いて回って,
場所を気にせず彼女を探し,そしてしばしば彼は彼女を庭へ連れていき,そこ は遠くからでも彼の姿が目に入るのだが,木々の間で,彼は腰に手をまわし,
彼女の方へなかばもたれかかり,彼女のドレスの胸飾りのレースを皺にしてい た36).
この場面が
« on »
という匿名の第三者の視点から語られていることを意 識しつつ,シャルルの描写に着目してみよう.シャルルにとっては二度目 の結婚であるにもかかわらず,「彼が別人になったようにみえた」という のだ.そうしたシャルルの態度を表現するのに「処女« vierge »
」なる言 葉が使われていることをどう捉えるべきか.家父長制家族から成る社会の 一員であるはずのシャルルをこのように形容することは,シャルルがその 規範から外れていることを指示しているのではないだろうか.新郎の振る舞いが,
« on »
という結婚式の参加者を想定しているであろう主体にとって違和感を覚えるものであること,それこそがまさにシャルルが「田舎風
俗
« Mœurs de province »
」を乱しかねない存在であることを示している.シャルルに抱く違和感を,歴史的視点からみてみよう.1794年に公安 委員会を代表したバレールは,「共和国の法律は全市民相互間の特別の注 意を,さらには法の遵守や公務員の行為に対する絶えざる監視を前提とし ている37)」と述べている.こうした理念がどのように受容されたのかに ついては検討しないが,19世紀が統治システムの転換点にあり,ブルジ ョワは市民間の絶えざる監視に依る社会を作り上げたというフーコーの主 張と重なっていることは明白だ38).シャルルやエンマを眺める
« on »
が,19世紀以降法律によって作られた監視システムと無関係だといえるだろ うか.
『ボヴァリー夫人』において
« on »
による監視が機能していることは明 らかだが,一方でシャルルはエンマの監視を怠っている.市民相互の間では監視の網が張り巡らされているのに,エンマにとって空間的に最も身近 な存在であるシャルルによる監視は行われていない.監視システムが作用 する力学についての議論はしないが,エンマは監視されていることを意識 し自己を抑圧する人物であるのに対して,シャルルは監視の主体または対 象であることを意識していないということをここでは強調しておきたい.
そうした視座に立つと,シャルルはナポレオン法典から逸脱した人物であ るといえるのではないか.
ここで19世紀の夫婦はナポレオン法典に定められた相互の義務を果た さなければならないということを思い返すと,「彼女を愛し足りないと自 分を責めた」という文章に集約されるシャルルの考え方にはやはり疑問を 差しはさまねばなるまい.なぜならば,金銭の工面に苦慮すべき局面にお いても,「彼はそんなことのためにエンマを忘れてしまうのはすまないと 思った39)」というのだ.家父長として一家の財産の維持を担う立場にあ りながらも,エンマのことしか考えようとしない.結果からいえば,シャ ルルが家父長としての家族の監督の義務を果たさなかったからこそ,ボヴ ァリー家は破滅したのだ.それほどまでに,シャルルにとってエンマは愛 する対象でしかないのである.
3
-2
.エンマにとってのシャルル
一方でエンマにとって夫婦関係の中心にあるものは何か.エンマの理想 の男性像を取り上げてみよう.
男とは,そうではなくて,なんでも知っていて,さまざまな分野に秀でていて,
情熱の力強さ,生活の洗練,数々の秘儀へとこちらを導いてくれるのではなか ったか40).
シャルルが自らへ向ける非難の争点が,エンマのシャルルへの非難のそれ と一致することはない.そうしたことに作家のアイロニーが込められてい ることは明らかだ.しかし,物語上の単なる男女関係のすれ違いのみが問 題になっているわけではなく,フローベールは同時代の結婚制度の構造に も目配せしているのではないだろうか.
自由間接話法で語られるこの文章が性的なニュアンスを含んでいるのか 否かについてはここでは検討しないが,男性を優位に据えるのはまさしく ナポレオン法典の特徴であり,その意味でエンマはナポレオン法典によっ
て築かれた男女の在り方を内面化している人物といえる.ただし,修道院 で教育を受け,その後は父親とともに農場で過ごしていたエンマは,実際 にこのような男性に会ったことはなく,おそらくこれまでの読書経験によ って練り上げられた理想の男性像であるということには注意したい.
エンマという人物を分析するにあたって,フローベールと同年に生まれ た詩人ボードレールによる『ボヴァリー夫人』の卓越した評論は現在でも しばしば参照されるが,そこで「両性具有41)」という言葉によって強調 されるエンマの男性的側面ばかりがしばしば注目を集めてきた.しかしこ れまでみてきたように,エンマの内面はけっしてナポレオン法典に反する ものではない.むしろ法律を多少なりとも意識している人物であること は,ベルトが誕生する場面でのエンマの黙想のうちに示されている.「男 は,少なくとも,自由だ.いろいろな情熱と国々を駆け巡り,障害を乗り 越え,はるか遠くの幸福をつかむことができる.しかし女はといえば,い つも妨げられてばかりだ.無気力で同時に移り気で,肉体の弱さと法律の 束縛が自らの敵なのだ.女の意志は,紐で止められた帽子のヴェールのよ うに,風が吹けば翻る42)」と自由直接話法で述べられているのである.
この箇所に,エンマが法律による抑圧を感じている人物であったというこ とと,フローベールが19世紀の女性を取り巻く状況を把握していたとい うことを読み込むことができる.筋書段階の草稿には,子供の性別をめぐ り,より簡素な表現で「強き性
« le sexe fort »
43)」とある.「性« sexe »
」 をめぐってナポレオン法典の草案を繙けば,「弱き性« le sexe faible »
」で ある女性をどのように保護すべきかが問題となっている箇所がみられる44). 後年フローベールが亡き友人ルイ・ブイエのために『弱き性』という劇作 を手直しして上演しようとしたという文学史的な事実と,草稿にみられる「弱き性45)」という文字が示しているのは,フローベールが,現代におい てはジェンダーと呼ばれるものに関心を抱いていたということではないだ ろうか.実際,先に述べたようにボードレールはエンマの男性的側面を称 賛するが,それはフローベールが同時代の女性の抑圧的な状況を視野に収 めていたからだ.「わが哀れなボヴァリーは,たぶん,いまこの瞬間にも,
フランス中の多くの村で同時に苦しみ泣いているのです46)」というフロ ーベールの書簡の一節を,ジェンダーをめぐる同時代の文脈に位置づける こともできるだろう.
エンマの思い描く夫像をより詳細に捉えるために,別の箇所を参照して みよう.
どうして,せめて自分の夫が,夜は書物を広げる寡黙な熱意を持ったような 男,六十歳になって,リュウマチの出てくるころに,仕立ての悪い黒の燕尾服 に一列の勲章を着けるような男のうちの一人でないのか.彼女が望んだことと いえば,このボヴァリーの名が,自分のものでもあるこの名が数々の書店に並 べられ,数々の新聞で繰り返され,フランス中で知られることだった47).
この文章は社会的階級の上昇への欲望という極めて19世紀的な主題から 読み解くことが可能だろう.「ボヴァリスム
« bovarysme »
」の語で知ら れているように,エンマが「ここではないどこか」を求める女性であるこ とは,さまざまな研究によって示されてきた.そうした先行研究のうちの 一つとして,松澤和宏は19世紀の民主主義的な思考に端を発する人々の 上昇志向という現象に着目し,保健吏であるシャルルにそぐわない期待を 抱くエンマに,19世紀における教育の失敗という歴史的な問題を読み取 っている48).身分制が崩壊した後,解放された諸個人が,平等という理 念のもと,社会的階級の上昇を目指すというのが19世紀の一般的傾向な のである.しかし,修道院で育ったエンマはそうした上昇志向と現実の間 で引き裂かれ,田舎で暮らすことを余儀なくされる保健吏という職に従事 する夫を憎むことになる.このような上昇志向をめぐってシャルルとの対比関係を見出すならば,
エンマがボヴァリーの名を広めるという野心を持っていることが指摘でき る.自らが「ボヴァリー」の名を持っていることを憎みながらも,エンマ は家名の維持というフランスの伝統的かつナポレオン法典的な目的を内面 化しているのだ.この点について,エンマはシャルルと対極にいるのだ.
「彼は娘が夜,ランプの下,自分たちのそばで仕事するさまを想像した.
[…]それからいよいよ嫁入りのことを考えてやらねばならぬ.地位の安 定した実直な男をみつけてやろう.その男は娘を幸福にしてくれるだろ う.そしてそれがいつまでも続くだろう49)」と,シャルルは考えるので ある.家名の維持存続へのシャルルの無関心は,持参金が嵩むばかりで家 名を残すことのない娘の誕生に落胆する様子もみせず,その将来を素朴に 楽しみにしていることからうかがわれる.
しかし,エンマが求めているのは,自律的で,上昇志向のある男性であ り,当然ながらシャルルのように際限なく寛容な男性は望まれていない.
シャルルはエンマがたとえ家事,育児を放棄しても,妻を責めることはし ない.エンマのずさんな家計管理にも口を出さず,家にレオンのような若
い男が度々訪問してきても気にも留めないのだ.シャルルはエンマに対し て際限のない寛容さを発揮しているのであり,この寛容さから,最終的に は家父長として家の秩序を監督する義務すら放棄してしまう.エンマは男 性に導かれることを望んでいるのであるから,シャルルの振る舞いは理想 の対極にあるといえよう.
ここまで検討してきた夫婦というものに対するシャルルとエンマの認識 の相違について,さらに物語終盤の自由間接話法によって吐露されるエン マの心情を検討してみよう.
ボヴァリーの方が自分[=エンマ]よりも優位であるという考えが,彼女を激 昂させた.[…]つまり,そうした恐ろしい騒動が待っているし,あの人の寛 容さの重圧を被らなければいけない50).
夫婦関係において,シャルルとエンマではその軸となっているものが決定 的に異なっていることがわかる.夫婦のどちらが優位にあるのか,それこ そがエンマにとって問題なのである.ナポレオン法典が男性の優位を保証 するものであったことを振り返れば,このエンマの憤怒は,シャルルその ものではなく,最終的に法的責任を負うのが夫であることに向けられてい るといえる.というのも,エンマがどれほど自らの方が知的に優れている と考えようとも,それが認められることはないからである.エンマが「重 圧」を感じるのは,あくまでシャルルの寛容さの背景にナポレオン法典に よって定められた夫の地位を認めているからなのだ.シャルルは自らが優 位にあるか否かを考えることはない.それは19世紀のブルジョワ既婚男 性が改めて考える必要すらないほどに,男性優位が人々に内面化されてい たからであろうか.シャルルの振る舞いについて,法的優位を自らに認め ていたからこその寛容なのか,妻へのひたむきな愛情からくる寛容なの か,二通り考えられるだろう.
しかし,シャルルが法的に保証された優位を自ら捨て去ることを忘れて はならない.「委任者の財産を管理運営し,すべての借り入れを行い,す べての手形に署名および裏書し,一切の支払いに応じる,云々51)」とい うことが書かれた委任状に,シャルルは自ら署名するのである.この場面 は金銭に関する事柄のみが問題となるのではない.妻の財産処分権をめぐ るナポレオン法典を確認すると,「妻は,財産が共有でない,もしくは夫 婦別財産であっても,財産を与える,譲渡する,抵当に入れる,取得する
には,無償か有償かを問わず,公正証書での夫の協力か書面での同意が必 要である52)」というのだが,この条文の意図は,財産処分権を夫に帰属 させることによって,夫の優位を保証しようというものであった53).つ まりここで問題となっているのは,財産の管理をシャルルがエンマに委任 するということのみならず,それを通じて夫としての優位も放棄している ことである.この委任状は破棄することも可能であり,実際シャルルは自 分の母親に従って財産の管理権を取り戻す.にもかかわらずもう一度委任 状を作成するのである.シャルルは,徹底的に自らの夫としての優位を捨 て去るのである.
以上に述べてきたことをまとめよう.オメー夫妻に関してはナポレオン 法典や当時の風俗に当てはめて類型化することが可能であった.そしてそ の夫婦関係において立場の優劣が問題となる場合,夫はナポレオン法典に よってその優位を保証された.しかしシャルルとエンマの場合は,エンマ が法律に抑圧される人物である一方で,シャルルが法的な優位性を自発的 に利用する場面はみられない.それどころか,シャルルはエンマを愛して いるが故に,ナポレオン法典においては想定されていない寛容さでもって エンマに接しているのである.こうした態度を,エンマは「重圧」と受け 止めるのだが,シャルルの寛容さは法律に裏付けられた優位に由来するも のではないだろう.
おわりに
シャルルの夫としての振る舞いについて,テクストの外に出て,『ボヴ ァリー夫人』裁判での検事ピナールの論告の結論部分を取り上げよう.
夫は[…]いっそう墓の向こうの妻を愛するのです.誰が本のなかでこの女を 弾劾できるのでしょうか?[…]以上がこの本に関する哲学的な結論です.そ れは作者によってではなく,省察し物事を深めた一人の男によって,この本の なかにこの女を支配することができるような登場人物を探し求めた一人の男に よって引き出されたものである.そのような登場人物はいないのです.そのな かで支配する唯一の登場人物とは,ボヴァリー夫人なのです54).
ここではシャルルが妻を弾劾しないこと,夫がそれをしないならば,作者 がエンマを弾劾すべきだということが主な争点となっているのだが,論告 の重要な箇所で妻を「支配する
« dominer »
」ことが問題となっていることは注目に値する.なぜならば,ナポレオン法典によって定められていた 家族の構造と一致するように,『ボヴァリー夫人』という文学作品におい ても,オメーを通して夫が妻や子供の監督者であることを確認してきた が,一方でシャルルは妻を監督する義務を放棄しているからである.
ただし,フローベールが小説を構想した時点から,シャルルという人物 が一貫した性質を備えていたわけではないことを最後に指摘しておきた い.シャルルがエンマに対して,家父長として「禁止」を発動している箇 所について,草稿をたどってみよう.まず「彼は妻の頭の混乱を小説の読 書のせいにする―そしてそれらを読むのを禁じる.夫の嘆かわしい知性 の判断が介さなければならないことへの激しい憤り55)」と紙葉の欄外に ある.次いでそれを本文に取り込み,「混乱―彼は小説を読むことがそ の原因であると信じ,妻にそれらを読むことを禁じる56)」とする.ここ でほぼ同じ文章を続けて引用したのは,読書という妻の行為に対して,夫 であるシャルルがその良し悪しを判断し,決定を下していることを確認す るためだ.シャルルは夫として妻の行為をいさめているのである.妻への 読書の禁止は,夫としての妻に対して持つ権利であり,ナポレオン法典に 対する義務であるといえ,エンマがそれに従うのも妻としての義務なの だ.シャルルは草稿においては夫として妻を監督し,結果は別としてその 風俗を正しているのであるが,決定稿ではどうか.シャルルは母親に助言 を求めた末に,「彼はエンマに小説を読ませないよう決意した.しかし目 論見は簡単にいきそうになかった.母親がそれを引き受けた.ルーアンを 通ったときに,自ら貸本屋へ寄って,エンマが定期購読をやめたというこ とを伝えることになった57)」という迂遠な方法を採ることになる.エンマ の読書をめぐる挿話から,作品の生成過程を通じてシャルルの家父長とし ての在り方が変化していることがわかる.そこに示されているのは,シャ ルルから徐々に家父長的な性質が失われていったという痕跡なのだ.それ がフローベールによる意図的なものかは不明だが,シャルルが家父長的な 性質を欠きつつもエンマへの愛情を失わないことこそが,検事ピナールが シャルルへと批判を向けられない理由なのだ.
その意味で,ここまで検討してきた『ボヴァリー夫人』におけるシャル ルの異質さと足早にみた草稿を通しての人物像の変遷を結びつけるなら ば,フローベールはシャルル・ボヴァリーを最も批判しづらい形,あるい はみえづらい形でナポレオン法典に対立させたといえるのではないだろう か.
注
1) Gustave Flaubert, Madame Bovary, texte établi et annoté par Jeanne Bem, Œuvres complètes, sous la direction de Claudine Gothot-Mersch, Paris, Gallimard, « Bibliothèque de la Pléiade », t. 3, 2013, p. 226. なお本 文中に引用した箇所については,既訳を参照しつつ拙訳を用いた.
2) Ibid., p. 313. を参照.
3) Ibid., p. 354. を参照.
4) Jean-Louis Flandrin, Familles parenté, maison, sexualité dans l’ancienne société, Paris, Seuil, 1984.(『フランスの家族』,森田伸子・小林亜子訳,勁 草書房,1993, p. 5-6.)フランドランは『プチ・ロベールLe Petit Robert』 からこの文章を引いているが,『リトレLittré』でも同様の文章がみられる.
5) Gustave Flaubert, op. cit., p. 472.およびp. 474.
6) André Burguière, « La famille et l’État. Débats et attentes de la société française à la veille de la Révolution », dans La famille, La loi, L’État de la révolution au Code civil, sous la direction d’Irène Théry et Christian Biet, Paris, Imprimerie nationale, 1989, p. 147.
7) Pierre-Antoine Fenet, Recueil complet des travaux préparatoires du Code Civil, t. 1, Paris, Vidécoq, 1836, p. 498.
8) « C’est la loi qui fait les pères » (Ibid, t. 10, p. 350.), この言葉は1801年 の国務院にてナポレオン自身が述べた言葉とされる.
9) Louis Coirard, La famille dans le code civil 1804-1904 (1907), Paris, L. Larose et Forcel, 1907, p. 87. 括弧内は引用者による補足.
10) Ibid., p. 88.
11) Article 213 du Code civil des français de 1804. 12) Gustave Flaubert, op. cit., p. 217.
13) Ibid., p. 398.
14) ジャン=ルイ・アルペラン,「フランス人にとっての記憶の場としての民法 典」,岩谷十郎・石井三記訳,『コード・シヴィルの200年』,創文社,2007, p. 203-229.
15) Pierre-Antoine Fenet, op.cit., t. 1, p. 504. 16) Gustave Flaubert, op. cit., p. 252.
17) 母親の役割について, Louis Coirard, op.cit., p. 200. では,子供に対する 父親と母親の権利を検討したうえで,母親が子供の教育を担うのは確立された 風俗であると述べられている.
18) Gustave Flaubert, op. cit., p. 368-371. 19) Ibid., p. 234.
20) 小倉孝誠,『〈女らしさ〉の文化史』,中公文庫,2006, p. 215-222. を参照.
21) Gustave Flaubert, op. cit., p. 316.
22) Tony Tanner, Adultery in the novel : contract and transgression, Johns Hopkins University Press, 1979.(『姦通の文学』,高橋和久・御輿哲也訳,
朝日出版社,1986, p. 32.)
23) Gustave Flaubert, op. cit., p. 236. 24) Ibid., p. 237.
25) Ibid., p. 320. 26) Ibid., p. 179. 27) Ibid., p. 161.
28) Jean-Pierre Richard, « La création de la forme chez Flaubert », Stendhal Flaubert, Paris, Seuil, 1971, p. 135-252.(『フローベールにおけるフォルム の創造』,芳川泰久・山崎敦訳,水声社,2013.)
29) 工藤庸子,『恋愛小説のレトリック―「ボヴァリー夫人」を読む』,東京大 学出版会,1998, p. 86-90.を参照.また,工藤が取り上げているのはJean Starobinski, « L’échelle des températures. Lecture du Madame Bovary », dans Travail de Flaubert, Paris, Seuil, 1983.
30) 蓮實重彦,『「ボヴァリー夫人」論』,筑摩書房,2014, p. 337-345. を参照.
31) Ms. gg 9, f ˚ 9 r˚. 『ボヴァリー夫人』の草稿は,手書きのものと活字に転写 されたものがルーアン大学のウェブサイトで閲覧可能.Madame Bovary, édition électronique des plans, scénarios, et brouillons (sous la direction de Danielle Girard et Yvan Leclerc), consultable en ligne sur le site du Centre Flaubert (directeur : Yvan Leclerc) de l’université de Rouen
« http://flaubert.univ-rouen.fr/manuscrits/ ».
32) Ms. gg 9, f ˚ 8 v˚.
33) Ms. gg 9, f ˚ 11 v˚.
34) 高岡尚子,『摩擦する「母」と「女」の物語』,晃洋書房,2014, p. 135. 35) Gustave Flaubert, op. cit., p. 169.
36) Ibid., p. 175. « vierge » には「童貞」の意味もあるが,エンマとの性的な 対比が語られていることから既訳にある通り「処女」と訳出した.検事ピナー ルはこの箇所の性的な逆転現象を非難している.
37) Archives parlementaires de 1787 à 1860, première série, t. 83, imprimé par ordre du corps législatif sous la direction de MM. J. Mavidal et E. Laurent, Paris, Centre national de la recherche scientifique, 1961, p. 716.
38) Michel Foucault, Il faut défendre la société, texte établi par Mauro Bertani et Alessandro Fontana, Paris, Gallimard, 1997. 特に1月14日,
21日,および3月17日の講義を参照.フーコー的な不特定多数による相互 監視だとも考えられようが,Jean-Marie Privat, Bovary Charivari, Paris,
CNRS Éditons, 1994. では,エンマに向けられる村民の視線を,田舎風俗的 な価値観が共有された「執拗な集積的規範的視線」としている.ただし本稿の 立場としては,法律と風俗の関係をめぐって,ナポレオン法典作成において重 要な役割果たしたカンバセレスの「法律とは風俗の源である」(Pierre- Antoine Fenet, op.cit., t. 1, p. 108.)という文言に重きを置きたい.
39) Gustave Flaubert, op. cit., p. 337. 40) Ibid., p. 185.
41) Baudelaire, « Madame Bovary par Gustave Flaubert », L’art romantique, texte établi par Lloyd James Austin, Paris, Flammarion, 1989, p. 224. 42) Gustave Flaubert, op. cit., p. 227. 下線部は引用者による強調.
43) Ms. gg 9, f ˚ 19 r˚.
44) « sexe » という語の多用がみられるのは特にPierre-Antoine Fenet, op.cit., t. 8. においてである.女性をどのように危険から遠ざけるべきかが議論され ているのだが,女性が「弱き性」であることが前提となっている.また,「弱 き性」について,工藤庸子(『近代ヨーロッパ宗教文化論』,東京大学出版会,
2013.p. 266.)は「知力・体力が男に劣るというのではない,誘惑に弱いの が女性の本性だという話」としている.
45) Ms. g 2236, f ˚ 163 r˚.
46) Gustave Flaubert, Correspondance, Lettre à Louise Colet, 14 août 1853, édition de Jean Bruneau, Paris, Gallimard, « Bibliothèque de la Pléiade », t. 2, 1980, p. 392.
47) Gustave Flaubert, Madame Bovary, op. cit., p. 203.
48) 松澤和宏, 『「ボヴァリー夫人」を読む―金銭・恋愛・デモクラシー』,岩 波書店,2004.民主主義と上昇志向について,特に第二章を参照.
49) Gustave Flaubert, Madame Bovary, op. cit., p. 323. 50) Ibid., p. 419.
51) Ibid., p. 375.
52) Article 217 du Code civil des français de 1804.
53) Michèle Bordeaux, « Le maître et l’infidèle », dans La famille, La loi, L’État de la révolution au Code civil, op.cit., p. 432-433. において,ナポレ オン法典の第213条に記されている夫婦の共棲の義務を守らせるために「夫 は経済的圧力という手段を用いることができる」と述べられている.金銭に関 する権限が夫にあることが,妻に対する夫の優越を裏付けているのである.
54) Gustave Flaubert, Madame Bovary, op. cit., p. 479-480. 55) Ms. gg 9, f ˚ 10 v˚.
56) Ms. gg 9, f ˚ 14 r˚.
57) Gustave Flaubert, Madame Bovary, op. cit., p. 261.