臨床 にお け るイ ンタ ビュー

全文

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富 山大学保健管理 セ ンター 斎 藤 清 二

Seiji Saito

キ ー ヮニ ド

医療面 接、 イ ンタ ビュー、 ナ ラテ ィブ

1.は じめ に

筆者 は、 医学生 へ の医療面 接 の教育 をお よそ20 年 にわ た って続 けて い る。 2000年に は、 これまで の経 験 を もとに して、 「は じめて の医療 面接 ― コ ミュ ニ ケ ー シ ョン技 法 とそ の学 び方 Jと い う著 書 1)を 執 筆 。出版 し、 医療 面 接 教 育 の教 科 書 と し て用 いている。 しか し、 この本 を書 いた時点 では、

「医療 面接」 とはなんで あ るのか、 ひいて は 「臨 床 にお け るイ ンタ ビュー」 とはなんで あ るのか に つ いての明確 な理解 を筆者 は持 って いなか った。

本稿 は、 臨床 的 な イ ンタ ビューにお け る何 らかの 結論 提示 や説 明 を 目的 とす る もので はな く、本稿 を一 つ の話題提供 あ るいは問題 の提示 とす ること で、 さ らな る議論 と創発 の契機 とな る ことを期待 す る試 みで あ る。 そ こで、最初 に 「イ ンタ ビュー」

とはそ もそ も何 で あ って、 「臨床」 とは何 で あ る のか とい う暫定 的 な定義 か ら考 えて い きたい。 と りあえず本論 の出発点 と して、 この二 つ の前提 を で きる限 り明示化す るところか ら議論 を始 めたい。

2.イ ンタ ビュー とは何 か

本 稿 で は、 「イ ンタ ビュー」 と 「面接 」 とい う 言葉 は互換 可能 で あ る と定義 してお く。 したが っ て 本 稿 で は、 「臨 床 に お け るイ ンタ ビュ ー」 と

「臨床 面接」 とい うことばを互換 的 に用 い る。 イ

ンタ ビューは、最低二人以上 の人 間 を必要 とす る 実 践 で あ る。 イ ンタ ビューの基 本 は、 1 人の イ ン タ ビュアー ( 聞き手) と 、 1 人のイ ンタ ビュイー ( 語 り手 ) と い う、 二人 の人 間 の間 で行 われ る交 流 の プ ロセスで あ る ことを前提 に して論 を進 めた ヽヽ 。

この二 人 の人 間 は、互 いに個性 を持 ち、個 々の 歴 史 的背景 や個別 の感情 を持 つ 「 主体」 で あ るこ とか ら、両者 は本質的 に平等 であ る:そ の意味で、

この両 者 の関係 は intersubjective(間主 観 的) な関係であ る。 しか し同時 に、 この両者 の関係 は、

聞 き手 と語 り手 とい う、互 いに異 な る役割 を もっ た非対称 的 な関係 で あ り、 それ を役割関係 と呼ぶ ことがで きる。 したが って、 イ ンタ ビュー とい う 実 践 は、 間主観 関係 と役割 関係 とい う二 つ の関係 によ って二重 に規定 され た二人 の間で行 われ るプ ロセスで あ る と考 え られ るだ ろ う。

それで は この プ ロセスの特徴 は何 で あ ろ うか。

イ ンタ ビュー とい うプ ロセスの大 きな特徴 の一 つ は、 手 段 あ るい は道 具 (ツ ール)と して、 言語 (こ とば)が 用 い られ る とい う こ とで あ る。 ここ で い う言語 とは、 「語 られ る ことばその もの」 と、

「こ とば に付 随 してや りと りされ る、 広 い意 味 で の非言語 的情報」 の双方 を含 む ものであ る。

イ ンタ ビューは何 らか の 目的 (意図)を もった

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プロセスであることは間違 いないだろ う。 その目 的の第一 は、語 り手か ら情報 を聴取す ることだ と 一般には考え られている。それでは何のために、

聞 き手 は語 り手か ら情報 を得 たいのだろうか。 こ のイ ンタビューの二次的な目的 (最終 目的 といっ て もよい)が 何であるかは、調査面接 と臨床面接 では異 なっていると考えるのが妥当だろう。そ う なると、臨床 とは何か、臨床の目的 とは何か とい う問題 を先 に考察 しな くてはな らない。

3.臨 床面接 とは何か

臨床 とは、文字通 り、床 (ベッ ド)に 臨む とい うことであ り、 このベ ッ ドは空 っぽのベ ッ ドでは ない。そのベ ッ ドには苦 しむ人が横 たわ っている。

典型的な場合、 この苦 しむ人 は病気、 あるいは怪 我 のために死 に逝 く人である。苦 しむ人のそばに 居 て (臨んで)、 その人 の苦 しみを少 しで もやわ らげたいと願 う人が、臨床家である。 したが って、

臨床 とは、「苦 しむ人Jと 「 苦 しむ人 の役 に立 ち たい (援助 したい)と 願 う人」の、二者関係 を基 本 とす る一つの動的構造であると考え られ る。苦 しむ人 は人類 の歴史 の最初か ら存在 したに違 いな く、臨床の歴史 は、おそ らく人類の歴史 と同 じく らい古 い。 しか し原初 の時代 において は、 この

「 援助す る人」 は、家族 や隣人 な どの、お、 つ うの 人 (非専門家)で あ ったろう。歴史の進展 ととも に、 この 「援助す る人 =ケ アラー」 は、次第 に専 門分化 して、現代の医療者や、心理治療者 などに な った と考え られる。

さて、臨床 とい うものが、苦 しむ人 (現代では 多 くの場合、患者 とかクライエン トとか呼ばれる) への援助をその目的とするならば、臨床面接 とは、

その目的を達成す るために行われ るイ ンタビュー とい うことになる。苦 しむ人が何 を苦 しんでいる のか、 また苦 しむ人 はどんな人 なのかを知 らなけ れば、援助を行 うことはで きない。 したが って臨 床面接 は、 まずなによ りも苦 しむ人の苦 しみを理 解 し、 また苦 しむ人その ものを理解す るための情 報を収集するような面接であるということになる。

しか しここで一つの問題がある。その人を理解 し、

その人の苦 しみを理解 しようとす る行為 と、苦 し みを和 らげる行為 は別の ものなのだろうか ?

近代の医療 は、 この両者を別 の ものと考え、苦 しみを和 らげる行為を 「治療」 と命名 し、治療 は 主 として生物科学的な理論 と技術 に基づいて行わ れるべ きであると考えて来 た。 そ して、医療現場 における面接 は、治療方針 を決定す るための情報 収集であ って、治療その もので はないとの考えが 支配的だ った。 さ らに医療面接 の もう一つの目的 は、対象化 された苦 しむ人 (患者)へ 、治療方針 を説明 した り、教育を した りす るため、医療者か ら患者 に情報 を与えることで、 それは、俗語では ム ンテ ラ :(Mundtherapie(独 ):口 による治療) と呼ばれて きた。正式の医学が認 めていないにも 関 わ らず、 患 者 に説 明 を行 う ことが実 は治 療 (Therapie)の 側面 を持 っていることが、 医学 の 俗流表現 においては示唆 されていることが興味深 い。

医療 ・医学領域 における面接 (医療面接)に つ いての考え方 は、過去約20年の間に急速 に変化 し た。 これ は医療 。医学教育が、 カウ ンセ リング/

心理臨床の考え方を積極的に取 り入れるようになっ たためであ る。 現代 の標準 的 な医療面接 の教科 書 ・ 2)は 、 医療面接 の 目的を以下 の 3つ であると 定義 している。

1)良 好 な医療者一患者関係を構築す ること 2)患 者か ら必要 な情報 を聴取す ること 3)患 者 に対 して適切 な説明や教育 を行 うこと ここにおいて、医療面接 の最大 の目的は、単 な る患者か らの情報聴取ではな くて、 なによ りも医 療者 と患者 (これはイ ンタビュアーとイ ンタビュ イーとの関係 と読み替えて も成立す る)の 「関係」

を構築す ることであるとされたのである。

ここで臨床 におけるイ ンタビューの目的 とは何

か とい う議論 に戻 りたい。 それはあ くまで も、臨

床家が 目の前 に対峙 している 「 苦 しむ人」の苦 し

みに対 して援助す ることであ り、 そのために最 も

重要 とされ るのは、 「情報 を聴取 した り、説明や

教育 を行 うといった行為を通 じて、良好 な関係を

構築 0維 持す ること」である。 ここで、良好な関

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係 とは、伝統的に 「ラポール」 とか 「 信頼関係J と呼ばれて きた もの とほぼ同義である。

臨床面接 とは何か とい う問題 に もどろう。以下 のように暫定的に定義できるのではないだろうか。

脇え互″とは、 ま ιろ女 の夕 . こ 立 ち/ ̲ ‐ ι) と顔アジ 者 と『 ιる '者力ゞ、〃 ま手と語 夕手とし'ジ役害彗を

″ ι'なか ら、ヨ =ιみを少 ιで6れたらグることを 邑標 tこ、情報聴取 や説明 。多 訪 どをガ ι ・

ζ 虔″ よ関係 を″案 。だ ″ 。展開 チることを己指

九 け /J‐ 、主 と ι 4‐

言語 を用 ι)た相互交流 のプ

′クズ であ る

ここで、聞 き手 と語 り手 との交流を 「相互交流」

と表現 したのには、異 なる次元の二つの理 由があ る。 第一 に、 臨床面接 のプ ロセスにおいて は、

「 苦 しむ人」 と 「苦 しむ人 を援助す ることを願 う 者」の役割 は多 くの場合、入れ替えので きない非 対称的な関係である。 しか し、面接 における聞 き 手 と語 り手の役割 は、 そのプロセスの中では交代 しうる。特 に面接 の初期の情報聴取の フェーズと 面接の後半の説明 ・教育の フェーズでは、聞 き手 と語 り手 の役割 は交代す ることが多い。そ ういう 意味で、医療面接全体のプロセスにおいて、役割 関係 は相互的であ り固定 された ものではない。第 二 に、役害Jの交代 というマクロな レベルではな く、

ミクロレベルの話題のや り取 りにおいて も、聞 き 手 と語 り手 は一方通行の交流を行 っているのでは な く、文字通 りの意味で相互交流的である。医療 者 (あるいはカウンセラー)が 、患者 (またはク ライェ ン ト)が 話す ことばを、 うなず きなが ら単 に聞いているだけのように見え る場合でさえ も、

聞 き手 は語 り手 に対 して、言語的 ・非言語的なメッ セー ジを送 りなが ら聞いているのであ り、聞 き手 が どのよ うに語 り手 に応答す るかによって、語 ら れ る内容 は変化 し、同 じ語 りが三度 と語 られ るこ とはない。つ まり、聞 き手 は語 り手の中にある物 語をただ聞 き取 っているのではな く、聞 き手 も語 り手 の物語 の共同執筆者 なのである。 このよ うな より根本的な レベルでの共同構成性が意識 される

よ うにな って きたの は、 医療面接 にお いて は最近 の ことで はあ るが、 医療 にお ける物語 につ いての 注 目が急速 に高 ま るに と もな って、全 ての面接 は 相互 交流 で あ り対話 で あ る とす る考 え は急 速 に常 識化 しつ つ あ る `45)。

しか し一 方 で、 この 「相互交流」 の過度 の強調 は、 臨床面接 にお ける 「苦 しみの援助者」 の役割 と責任 をあいまいに して しま う危 険性 が あ る。面 接 の中で深 い共 感 が生 じて くる と、苦 しむ者 とそ の援助者 の境界 は非常 にあいまいにな り、双方 が と もに苦 しむ よ うな状況 が生 じて くる。 この よ う な状況 は 「共苦 compassionJと よばれ、 む しろ この共苦 こそが苦 しみを癒 す最 も重要 な要 因 とな る。 しか しこの場合 において も、援助者 が、援助 者 の立場 とその責任 を放 棄 して しま うとす れ ば、

せ っか くの癒 しの構造 は瓦解 して しまい、 臨床 の 目的 を達 成 す る ことはで きな くな って しま う。 こ の ことは臨床 にお ける中核 的 な問題 であ る。 ここ で再 び、 聞 き手 と語 り手 の関係 が、 間主観 的関係 で あ ると同時 に役割関係 で もあ るとい う二重性 が 十 分 に見抜 かれて い る ことが必要 にな る。

この よ うに考 えて くると、 臨床面接 とは、 目的 志 向的 に定義 され る概念 であ ることが明 らか にな る。 臨床面接 と調査面接 の相違 は何 か といえ ば、

臨床面接 は 「苦 しみ の緩 和」 とい う目的が根 底 に あ る とい うことで あ る。 もちろん調査面接 が、苦 しみ を和 らげることがない とい う意味で はない し、

それを全 く目指 して いない とい うわ けで もない。

しか し、 「苦痛 を和 らげ る こと」 は調 査面接 の唯 一 の 目的で はない し、主 たる目的で もない ことは 明 らかで あ ろ う。

しか し臨床面接 といえ ど も、必ず しも語 り手 の 苦痛 を和 らげるとは限 らない し、時 には面接 によ っ て む しろ苦痛 を増 す こと もあ るで はないか とい う 反論 は可能 で あ る。心理療法 や カ ウ ンセ リングに お いて は、面接 によ って クライエ ン トが それ まで 直面 して こなか った問題 に直面 させ られ る状況 が 生 じ、一時的 には来談前 よ りも苦 しみが増 した り、

病状 が悪 化 した りす る こと もあ る。 このよ うなプ

ロセスが許容 され るの は、 カ ウ ンセ リングや心理

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療 法 が、例 え ク ライ エ ン トの苦 痛 を一 時的 に増 し た と して も、 その苦 しいプ ロセスを通 り抜 ける こ とによ って、 自己理解 の増進 や人 間的 な成長 な ど を通 じて、 よ り高次 な意 味での 「苦痛 の緩和」 が 達 成 され うる ことを見通 して い るか らだ と説 明 さ れ る。 もちろん、 カウ ンセ リングや心理療法 の 目 的が、 日の前 の苦痛 (具体 的 な症 状 な ど)を 取 り 除 くこ とを ゴー ル にす るか、 それ と も、 「苦 しみ を通 じて歓喜 (あ るいは救済)に いた るJと い っ た、実存 的 な苦悩 の解消 や、人 間的成長 や、魂 の 救済 とい った宗教 的 レベルまでを視野 に入れた ゴー ルを 目指 すか は、学派 の相違 や クライエ ン トの状 況 な どによ って さまざ まで あ る。 しか し臨床面接 の 目標 はや は り、最 も広 い意味での 「苦痛 の緩和J に向 け られてい るとい うことは共通 して い るので はな いだ ろ うか。

4.臨 床面接 の構造 と 「 関係」

臨床 面接 の 目的が、 「苦痛 の緩和 Jで あ る と し て、 その ことと、臨床面接 が 「良好 な関係 の構築 を最 も重要 で直接 的 な 目標 と して設定 す る」 とい うこ と とは ど うつ なが るの だ ろ うか ? こ こで は 医療者 ―患者 関係 を例 に とって、 この 「関係性」

の問題 につ いて考察 を続 けてみたい。

「ラポール」 とか 「信頼関係Jと か 「良好 な医 療 者 ―患者 関係」 とか い う言葉 はよ く耳 にす る。

いやそれ どころか、 これ らは面接 とか コ ミ三ニケー シ ョンとか い うことを論 じる時の最重要概念 で あ る と言 って もよい。調査面接 にお いて もラポール は重要 な概念 であ る。一方 で、 ラポール とい う概 念 に対 す る批判 も日にす る。例 えば、土屋 は以下 の よ うに書 いて いる6ゝ 「しか しこれ らの 〔ラポー ル につ いて の〕議論 は、 デー タの正確 さや真実性 は、調査者 と被調査者 の信頼関係 の成立 に依拠 し て い る とい う前提 の もとにな りた って い る。 ここ に は二 つ の問題 が黎 まれて い る。 ひ とつ は、調査 者 と被調査 者 の関係 に関 す る ことで あ る。 両者 の 関係 が支配 ―従 属 関係 にあ り、決 して対 等 で はな い ことは フェ ミニス ト ・エス ノグラフ ィな どによ り指摘 されている。 この認識 にたてば 「 信頼 関係」

の構築 はす ぐに矛盾にさらされることになる ・0・

(略)」 。

上記の指摘 は臨床場面 においてはさらに重大 な 意味を持 って くる。常識的に考えて、臨床場面 に おいて、 イ ンタビュアーである医療者や心理療法 家 と、 イ ンタビュイーである患者や クライエ ン ト の間 に、 「支配一従属 とい った権力関係が全 くな いJな どとい うことは考えに くい。 それでは、臨 床面接の最 も重要 な目的 とされ る 「 良好な関係の 構築」 などということは、 自らの権力性 に無知 な 専門家が勝手 に唱えているひとりよが りのお題 目 に過 ぎないのだろ うか。

おそ らくそ うではないと筆者 は思 う。 その理 由 の一つは本稿 において繰 り返 し述べてきたように、

臨床 における関係 とは、間主観関係 と役割関係 と い う二つの側面を もってお り、後者の役害1関係の 少 な くとも一部 は、権力関係 とい う側面を持つ こ とが避 けられないか らである。 しか しだか らといっ て、 「信頼関係 の構築 を目指す努力」 に意味がな いなどとい うことはない。臨床面接 における関係 が 「 権力関係」 なのか 「 信頼関係」 なのか とい う 議論 は、その議論 その ものが拠 って立つ基盤が妥 当な ものであるか どうかが吟味 されなければな ら ない。

臨床面接 とい う動 的構造 は、 イ ンタ ビュアー (医療者 や心理療法家)と イ ンタ ビュイー (患者 や クライiン ト)の 二人の人間をその構成要素 と す る。 この両者 は、 それぞれユニークな考えや感 情を持 った主体 としての人間であるという意味で、

対等 な関係 にある。 また聞 き手 と語 り手 として、

その役割 を交換す ることも可能であ り、そ ういう 意味では両者 (二つの要素)は 、少 な くとも部分 的には互換可能である。 しか し同時に、 この両者 には明確な役割の違いがあり、それは 「苦 しむ者」

と 「 苦 しむ者 の役 に立 ちたいと願 う者」 として非 対照的な関係 にあ り、後者 は前者 の苦 しみに対す る応答責任を自発的に引 き受 けている者であ り、

後者 は前者 に対 して倫理的義務を担 うことを選択

している者である。 このよ うに、二つの構成要素

は関係 によって結ばれているが、 その関係 は一義

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的に決定 され るものではない。

構造 は、「『複数 の要素』 と、『要素間の関係』

との総体」 として定義 され る。一般 に、要素 は入 れ替え可能であるが、要素 と要素 の関係 は不変で あるとされているが、 これを動的な構造 としてみ た場合、要素 と要素の 「関係」 は複雑であ り、矛 盾 を含んでお り、かつ刻 々 と変化す る。構造の理 解 において重要 な ことは、『要素』 と 『要素間の 関係』 は論理階型が異な っているので、単純 に足 し合わせ ることはで きず、 また同 じよ うに扱 うこ とはできないとい うことである。 したが って、 ど のようなスキーマで描 き表 して も、スキーマによっ て動的構造を完全 に明示す ることはで きない。

同 じよ うに、臨床面接 の構造を、ある言述 とし て表現す る場合、要素 とは異 なるレベルの論理階 型を もつ 「関係」 は、一義的に言語化す ることは で きない。それ (関係)は 、 その関係 において と りかわされ る明示化 された情報 (ここでは会話 の テクス ト)の 意味を規定す るが、関係 それ 自体 は 一義的なテクス トとして明示できない。 この現象 は、医療面接の現場では常 に起 こっていることで あ り、決 して特別 なことで もなければ、珍 しいこ とで もない。

例えば以下 のよ うな会話がなされたとす る。

例 1

ン 家者 . ブど 、このお薬 って蒻作〃″なιの でιょ ジ″♪7

忽 π ・

動作〃 でナか。 ごの薬 ″世界 ψ で使われ a)ィ 妥4)ょ薬 で九 だ配要 クません。

ン 憲者 .・ そ ジの 物 。先生力髯 ジお っιゃるのな らそ うなの でιょ うね。

例 2

′ 憲者 .・ 発生、どのお薬 っC冨ヽ 作躍は れ )のでιょ ジ″)7

忽 Z・ 形 グで方か。 ごの薬 ′ まと界 ψ C使 われ a)イ 安全 よ業 で九 だ配要 クません。

′ 表者 .・ でる、本当 │こ 大丈夫 なの の シ 7 凛 繊 ・

6ι だ夕 な ら、お薬 を訴 まな ぐτ6よ ι)

の の は 。結局 焼 拡J ‐ た の分 なの でナか

多 。

ン 雲オ ・ ・

不 満 tず tこ う 分力ゝクま ιた。薬 tま 飲 み ま 充っ′ Zノゴって冷″お ιι)でナか らわ。

最初の例では、医師 と患者の間に見か け上 の信 頼関係がある程度あると推定す ることもで きるが、

それを支配一服従の関係 としてみることもできる。

2番 目の例で は、患者 は明 らかに不満 を押 し殺 し て医師に従 っているが、反抗の意志 を半 ば明示的 に表現 しているので、 ここにある関係 は信頼関係 ではな く、支配者 に対す る反抗 とい う関係が推定 され る。 それでは次の例 はどうか

例 3

′ 諄孝 . ・ ジ左型賓 このた者 っ6 副 わ″″なι) のでιま ジ″) 2

医師 . ・ どの業 ′ ご副〃滑りヽ ち なι) か力 %ψ の 物 。

´ 委者 r そ うなん で九 近所 ″〃 郵・ 7 ι妥「 を多ウ る でι) イス が ι)るの でタカゞ ヽ娠芝業のコを

〃 ご肝臓 の呉 合力ゞ 悪 ぐな っ該 κ ιた ら ιι)ので九

医師 メそ ジだ `

ったの でオか、 多 侃J‐ ごとがあ っ たな ら、誰た `

ってィ ご)〃″/」 ‐

クまオよね。

ン 表者 .・ そ うなん で九 桑ヽ ま飲 まなグれ″い グ/2‐

ι)a)ジ ごと│ま 分 力ゝってι)るの でタカゞ 、

〃 /c‐ 6/27ιごとがお ごるの で″/2‐ ι)かと

″ ι)んでス, 忽 π ・

形緒移ろ4'そ れ │ま 無理 6な ι)でナね。

それ では、 この薬 の安全盈 ̲‐ つι)で説明 妥 ιまナ ・・・

例 3に おいては、 おそ らく例 1と も例 2と も異 なる関係が、医師―患者者間に構築 され始 めてい ると思われ る。 しか し、私達 はどうや ってそれを 知 るのだろうか。 いやそれよ りも、 この医師 と患 者 にとって、医師一患者関係 とはいったい何 を意 味す るのだろ うか ?

神 田橋 は、「治療者 と患者 の間 に信頼関係が存

在 している時、関係 その ものが話題 にされ ること

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はない。信頼関係 とは空気のよ うな ものである。

関係 その ものが言及 され る時 は、信頼関係が破綻 している時である」 と述べている7)。ここにはパ ラ ドックスがある。例3に おいて、 医師が 「この 薬 には副作用 はない」 と防衛的な保証 を行 うかわ りに、患者 の 「心配」 に焦点 をあてて 「この薬 に 副作用がないか心配 なのですね」 とい う言葉を返 した時、 そ こに信頼関係の萌芽が生成す る。 この 医師が実践 している面接 は技法的にマニュアル化 された ものか もしれないが、三度 にわたって くり かえされる 「そ うなんです」 という患者の言葉が、

二人の関係 の進展を推定 させ る6

「 信頼関係Jと か 「 権力関係Jと いった 「こと ば」 は、 あ くまで も事後的 に構成 された概念 に過 ぎない。 「関係Jは ことばその ものの背後 にあ っ て、 ことばの意味を規定す るが、 それ 自体 は言語 化 されない。言語化 されない限 り、「関係Jは そ の場 を支配 し、 ことばを含むあ らゆる交流 に意味 を与え、面接 それ 自体 の効果 (あるいは逆効果) として顕現す る。 それは、 その場 の 「今 ここ」 に おいて刻々 と生成 されるものであ り、決 して静止 した ものではない。 それに 「 信頼関係Jと か 「 権 力関係」 とかい う名前 をつ けたとたんに、 それは ピンで標本箱 に止 め られた蝶のように死んで しま う。それは名づ けられたとたんに、現在 の面接の プロセスが生起す る以前か ら存在 していたかのよ うに実体化 されて しまう。 しか し実 は、その 「 信 頼関係」 とい うテクス ト化 された架空 の実体 は、

新 たにそれを意味づ ける、見えない もの (コ ンテ クス ト)の 支配下 に入 るのである。

ここで言え ることは、言葉 によって概念的に明 示化 された 「関係」 は もはや、生 きて活動す る関 係ではな く、死んで しまったテクス トに過 ぎない ということである。 それでは、臨床の現場 の今 こ こで、 「信頼関係」 や 「ラポール」 と呼ばれ るベ きものは、 どのように して当事者 によって知 られ るのか ? も しそれを知 ることがで きなければ、

それを構築 しよ うと努力す ることさえで きないで はないか。理論的にはその 「 知 り方」 には二通 り あるよ うに思 われ る。 その一つ は、「推定」 であ

り、 もう一つ は 「直感」である。 しか し、推定 は 多 くの場合、事後的になされる。医療面接が一つ の実践であ り行為である以上、 その行為が後か ら 振 り返 られた時、初めてそれは 「 推定」 され、 そ の推定が言語化 された時、それは固定 される。 し か し、 このよ うに 「行為の後 に反省す るJと い う ことも、決 して意味のない ことではない。それは 訓練 になる し、 自分 自身が他者やその場 の関係 に 与えている影響を省み る態度を身 につ けてお くこ とは、おそ らくもっと高度 な実践 のコツを身 に着 けることに役 に立つ。 しか し、 この 「事後的に推 定す る努力Jの 到達点 は、行為 と省察 の間の時間 的な差が ほとん どゼ ロにな った状態、 「行為 の中 での省察 (reflection in action)」 とい うことに なるのだろう。

もう一つの 「関係」への到達法 は 「直感Jで あ り、 これは、 自身 に沸 き起 こって くる感情、身体 感覚 の微細な変化、 あるいは雰囲気 とよばれ るも のへの感受性 を通 じて養われると思われ る。感情 が関係的意味 と密接 な関係 を持 っていることは、

経験的にはよ く知 られているが、 それが どのよう なメカニズムによるのかは、未だよ く分か ってい ない。直感の機能 は、主 として感情機能 を分化 さ せ、精緻化す ることによって得 られると思われ、

推定が専 ら思考機能の訓練 によって行為の中での 省察 にいたるのとは異 な ったルー トではあるが、

おそ らく到達点 は一緒 になるので はないか と思わ れる。

いずれにせよ、 イ ンタビュー実践 という動的な 構造 において、 イ ンタビュイーの苦痛 を緩和す る とい う目的 は、 「良 い関係 の構築 を 目指す」 とい う行動 目標 と密接 に結 びついている。科学的に証 明されているわけではないが、人間 は 「関係的意 味」 を、快 。不快 として把握す るとい う生物学的 特性 が あ るよ うに思 われ る8)。したが って、「良 い関係の構築」 と 「苦痛の緩和」 は同 じことの裏 表である。 この両者の関係 は線形因果論で扱 うこ とはで きず、 どち らかが どち らかの原因であると い うわけではない。 ここまで述べて きたよ うに、

「関係」 を言語 によ って一義的 に意味づ けること

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はで きないが、 それは言語 によって全 く意味づ け られないわけで もない。 このよ うな複雑で 自己矛 盾的な関係を 「 腑に落ちる」 まで体得す ることが、

臨床面接 の実践者 には要求 されると思われ る。

5。 臨床 における物語面接再考

臨床面接 の特徴 を規定す るものはその目的であ り、 その目的 は最 も本質的な意味における 「 苦 し みの緩和」であるとして、 ここまで論 を進めて き た。 さ らに この 「苦 しみの緩和」 とい う目的 と

「 関係の構築」は、複雑で自己矛盾的な関係 によっ て密接に結びついていることについて述べてきた。

しか しそれでは、 こういった臨床面接 の最重要 目 的 と、面接が 「 言語」を主 たる媒体 として行われ るということは、 どのよ うに関係 しているのであ ろ うか。 もっと素朴 に言 うな らば、 なぜ、 「こと ばのや りとりをす ることJが 、苦 しみの緩和 に結 びつ くのだ ろ うか。 ここで は、 「物語 =ナ ラテ ィ ブJと い う概念を導入 しつつ、上記の問題 につい て考察 してみたい。

イ ンタビューの最 も基本的なプロセスは、聞 き 手が語 り手の 「 語 り」を聴 くということであるが、

この 「 語 り」 は、通常 「 物語 =ナ ラティブ」の形 式をとる。言葉を変えれば、臨床面接 においては、

語 り手 (ク ライエ ン トや患者)の 語 る ことばを

「物語 と して」聴 き取 る努力が重要 とされ る。 そ れでは、 なぜ語 り手の ことばを 「物語 としてJ聴 き取 ることが、 「苦 しみの緩和Jに つなが るのだ ろうか。

もちろん臨床面接 のプロセスの全てが、狭義 の 物語面接か らだけなりたっているわけではないが、

議論 を単純化す るために、臨床面接 (特に医療面 接)に おける典型的な物語面接 に例を とって論を 進めてみたい。医療 における典型的な物語面接 は、

医療者が患者 に 「 何が起 こったのか話 して下 さいJ と促 し、患者の体験を物語 の最後 まで、遮 ること な く語 って もらうとい うことに尽 きる。

以下に、 日常臨床で しば しば経験 されるような、

あまり複雑でない問題 を抱えた患者 (複数 の体験 か ら合成 された架空の事例である)を 例 にとって、

医療 にお け る物語面 接 につ いて説 明す る。 文 中で

「」 は患者 の発言、 <>は 医療者 の発言 であ る。

物語面 説 の 目的 は、 患者 の病 いの体験 の物 語 を ま る ごと聴 き取 る ことであ る。患者 の語 りを促進 す るために、 い くつかの質問をす ることにな るが、

これ らの質 問 は情報 の聴取 のため とい うよ りは、

患者 の語 りを引 き出す ための質 問で あ る。面接 の 初期 には、語 りの主導権 を患者 に譲 り、医療者 は、

患者 の語 りに付 き従 って聴 いて い く (傾聴)の 姿 勢 を堅持 す る ことが原 則 で あ る。

最 初 の質 問 は、答 え を限定 しな い、 ぼん や りと した開かれ た質 問か ら開始 され るのが一般 的で あ る。

<今 ″″ど ジされ ま ιたか 7>

ノ 物 グ″ ι ぐて三 ,2Fι )んでJフ み lコ /

最 初 の開 かれ た質 問 に対 して、何 が語 られ るか は、話 されてみな ければ分 か らない。最初 の質 問 に対 して、 直 ちに長 い物語 が語 り出 され る場合 も あ る。 その場合 は、 その ままさえ ぎ らず に、傾聴 して い く。 しか し、最初 の質 問 に対 して、患者 が 短 い言葉 で しか返事 しない場合、 その次 の言葉 を ど う発す るか によ って、話 の流 れが変 わ る。 そ こ で、次 の よ うな質 問をす ることが考 え られ る。

(胸 力ゞ 苦 ιι珍 磁 。 今現在 ″どん な感 εでダ か 7>

この よ うな質 問 は、 「今、 ここ」 に焦点 を当て て い る。 このよ うな聞 き方 をす ると、私 とあなた が今 いる ところの 「ここ」 とい う 「場所」 が、二 人 に と って実 感 され る ことにな る。 この 「今、 こ こで、対話 を して い る二人Jを 包 む 「場所」 のイ メー ジこそが、対話 を成立 させ る基盤 で あ る。上 記 の質 問 に対 して、 「今 現在 も苦 しいのですJと い う答 えが返 って くるな らば、 <そ れ につ いて、

具体 的 に教 えて くだ さい。 どんな具合 なのですか ?

>と い うよ うな質問で、 イメー ジを具体 的 に し、

そ の まま話 を聞 き続 け る こ とにな る。 しか し、

(8)

「い いえ、 今 は何 と もな いのですJ と い う答 えが 返 って きた ら、次 のよ うな質問で、語 りを さ らに 引 き出す こ とにな るだ ろ う。

< そ ジの シ 。 そん で″、最初 .こ 具 合力ゞ 悪 く/ 4 ‐ っ た″ の″ 子か ら〃 ι ぐ多 え てl l ただ `

グ ま方か 7 >

この質問 は、患者 の 「病 いの物語」 を語 って も らうた めの誘導 で あ る。物語 には、 時間 の経過 が あ り、始 まりがあ り、次 々と起 こる出来事の連鎖 が続 いて、終結へ と至 る。 この面接 における終結 とは現在 (今、 ここ)へ と話題が戻 って くること である。 まず、物語の始 まりの時点へ誘導す るこ とによ り、医療者 は患者 と一緒 に、物語を時間経 過 に添 って、想像上の旅路をたどろうとす るわけ である。上記のような質問に対 して、患者が以下 のように語 り始 めたとしよ う。

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<そ ジなん でナか >

患者 が続 けて話 して くれて い る うちは、特 に新 しい質問 をす る必要 はない。 うなず き、 あいづ ち な どを返 しなが ら聞 いて いけば良 い。下手 な質 問 をす ると、 む しろ患者 の語 りの流 れを妨 げて しま う。

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ここまで用 い られている技法 は、「あいづち」、

「くりかえ じ」、「うなが し」 などで、 こち らか ら 話題を変えるような質問 は極力避 け られている。

ある程度経験を積んだ医療者であれば、患者の話 を聞いているうちに、鑑別診断のために重要 な情 報 について質問 したいとい う欲求 に駆 られ る。 し か し、 ここではあえて、そのよ うな診断 に必要 な 情報を集 めることを もっと後の段階に回す。

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(9)

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こうして、 ようや く患者の語 りは、現在の時点 へ と到着 した。 このように、始まりか ら時間経過 に添 って色々な出来事が語 られ、現在 まで至 ると、

一つの物語が語 られたという区切 りに至る。イメー ジの上では、物語の始まりか ら今 ここの現在 まで、

患者 と医療者 とは、一緒 に旅 を して、最終到着点 である 「 今、 ここ」へたどり着 いたという感覚 に なる。 このよ うに して、 医療者 と患者 は、 「同行 二人」 の、想像上 の体験 を したことになる。 しか し、医療 における物語面接 は、 これだけでは終わ らない。

ここまで、患者が体験 した病 いの物語 を、主 と して時間経過 に沿 ってたどって きた。かな り丁寧 に患者の物語 は傾聴 されている。患者が今 までに 話 して きた病いの物語、それを医療者 は聴 き取 り、

理解 したと思 っているか も知れない。 しか し、 も しかす ると患者が話 した ことを、医療者 は正確 に は理解 していなかいか も知れない。 いや、 そ もそ も医療者が、患者 の物語を完全 に正確 に聴 き取 る ことなど、実 は不可能なのだ。厳密に言 うな らば、

医療者 は、医療者が聴 き取 ったと思 っている患者 の物語 を、 自分で作 り上 げて来たのである。物語 とは、すでにで きあが った ものを、患者が診察室 に運んで きて、医療者 に手渡すのではない。聴 き 手である医療者 も患者の物語の共同執筆者なのだ。

それでは、共同執筆 は具体的にはどのように して 明確 な ものになるのか。 それ は、聴 き取 った物語 を、今度 は医療者の言葉で もう一度語 り直す こと によ ってなされ る。 これ は、技法的 には、 「要約 と確認」の技法である。 しか し、物語面接 の視点 か ら言 うな らば、 これは、医療者 による、患者 の

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ここで大切 な ことは、医療者 はこの段階では、

自分 の物語 を語 っているので はな く、患者 の物語 についての医療者 の理解 を語 っているとい うこと である。 それを患者が聴 いて、確認す る。 この作 業 は、患者の物語を二人で紡 ぎ上 げてい く共同作 業 の確認である。患者の返す言葉が、「そ うそ う」

「その とお りです」 とい った、肯定 の言葉が多 け れば多 いほど、その作業 はうま く行 っている。

このよ うな、患者の物語 についての物語 を医療

者 と患者が共有することの意味 は、 どこにあるの

だ ろ うか ?共 有 された物語 は、患者が医療機関

へ訪れる前の物語 と厳密 には同一ではない。 しか

し、互 いに語 り合 いなが ら、 ひとつの物語を紡 ぎ

上 げる作業がなされたとき、患者 も医療者 もとも

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に、 「私達 は共 同作業 を している」 とい う実感 を 得 ることがで きる。 この実感 こそが、 ここか らの 共同作業を継続す るための基盤 となるのである。

ここまで、非常 にあ りふれた医療面接 を例示 し て きた。 このよ うな面接 の内容 とプロセスは、医 療 における古典的な病歴聴取 と大 きな違 いはない ように見え るだろう。元来、病歴聴取 とはその人 の histOry(歴史)を聴 き取 ることなのであ る。 近 代の医療 におけるコ ミュニケー ションの問題 は古 典的な病歴聴取 を行 って きた ことにあるのではな く、む しろそれが適切 に行われて こなか ったこと にある。病歴聴取 とい う行為 をていねいに物語 の 視点か ら再考す る時、それはまさに物語面接 の特 徴を備えているのである。

このよ うな面接がなぜ、 「苦 しみを緩和 す るこ とJを 目的 とす る医療面接 として機能す るのだろ うか。考え られ る一つの答えは、 このよ うな 「物 語 の共有」のプロセスにおいて構築 され る (と推 定 され る)「 同行二人 の関係 =信 頼関係Jが 、 医 療者 と患者 の面接 においてや りとりされる言語的 なテクス トだけでな く、非言語的に遂行 される医 療行為 を も、刻々 と意味づ ける働 きをす るプロッ ト (あるいはコンテクス ト)と して機能す るとい う可能性である。医療者 と患者 との間の信頼関係 は、「私 を信頼 して くだ さい」 とか 「私達 には信 頼関係があ ります」 といった、明示的なメ ッセー ジによ っては決 して構築 されない。む しろそのよ うなテクス トは、信頼関係の欠如の指標であ り、

さらなる信頼関係の低下 を もた らす。 そ うではな くて、私達 は、物語面接 とい うプロセスの中で、

想像上 の行為 を共 に体験す ることによらて、明示 的な医療行為の内容 (それはテクス トであ った り 行為その ものであ った りす る)を 刻 々 と意味づ け る 「 生 きた信頼関係 とい うコンテクス ト」 を獲得 し、 その関係が生成す る意味 こそが、 「苦痛 の緩 和Jや 時には 「 共 にある歓 び」 さえ ももた らすの だ と考え られ る。

【 文献】

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Charon R: Narrative A/1edicine―Honoring the Stories of 11lness. Oxford University P r e s s . 2 0 0 6

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参照

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