2015 年 8 月
シェルター獣医師通信~神石高原の風景
【神石高原での出来事】 こんにちは獣医師の藤原です。この春 GREENDOG からピースウィンズ・ジャパン に出向し、保護犬事業ピースワンコ・ジャパンのシェルター獣医師として、愛犬さくら と広島県神石高原町に参りました。東京では家庭で幸せに飼われている小型犬の診察が 多かったのに比べ、中型犬が中心の 200 頭の保護犬は、少なからず暗い過去を抱えて シェルターに来ており、土地柄も含め東京では経験しなかったような出来事がこの4カ 月でもたくさんありました。シェルターの詳細や日常については後日お伝えすることに して、今日は先日経験したパルボウイルス感染症の保護犬についてお伝えします。 【パルボウィルス感染症とは・・】 パルボウィルス感染症は、ウィル スが感染犬の便や吐物を介して口 や鼻を経由するか、胎児なら母犬か ら胎盤を経由するかして体内に入 り、特に爆発的に増殖する腸粘膜細 胞の破壊により血便・下痢で体力を 消耗する上に、白血球も激減して細菌感染にも弱くなることにより衰弱して死に至るケ ースや、または突然に心不全を発症して亡くなることもある、皆さんも良く耳にする恐 ろしい感染症です。 パルボウィルス感染症が厄介なのは、このウィルスが一般の消毒薬では死滅せず、犬自体だけでなく接触した人が衣服や靴底に付着したウィルスを運んでしまう危険があ ることと、発症すると直接治療する方法がなく、感染犬の体力や抵抗力をアシストする ことしかできないことです。そのため体力の弱い子犬が犠牲になることが多いですが、 子犬を多く抱えるブリーダーなどで起こる以外、集団発生は都会の一般病院ではあまり 見ないのではないでしょうか。 なぜ都心部でこのような症例を目にすることが少ない理由は、都会ではワクチンを接 種することが普及していること。 ただ、広島県でも神石高原のような田舎町では野犬が多く捕獲されることで、ほぼワ クチン未接種です。そうすると今回お伝えする事例となる「動物愛護センター」で収容 された場合は、一旦パルボウィルス感染症が発生すると、火に薪をくべるがごとく収容 される犬が次々と感染し、なかなか根絶できない状況となるようです。 【広島県動物愛護センターへ保護に出動】 さて出向から4か月目となる 7 月前半に私が直面した初めての機会をお伝えします。 出動した場所は広島県動物愛護センター。 広島県動物愛護センターでは収容日ごとに複数頭で一つの区画に収容されているので すが、どの個体の便か断定できないままウィルス検査をすることになるので、その中の 誰かがパルボウィルスを排泄している場合、同じ区画の個体は全頭感染の疑いありと して殺処分対象になるようです。収容前に検査して陽性反応のある個体だけ隔離すれ ば、殺処分対象も減らせるのです が、捕獲・収容作業の運営面で対 応できていないのが現状です。ま た、蔓延防止のための収容後の施 設内の清掃や消毒も理想とはかけ
離れていると思われます。 とは言え、「運悪く」感染犬と同室になったがために感染して苦しんだ末に殺処分さ れてしまうのはあまりに不幸。実は「感染しなかったのに同室になったために一緒に殺 処分」されるのはもっと不幸。同室には感染犬がいなかったのに、施設内の「清掃・消 毒が完璧でないせいで感染」してしまうのはさらに不幸です。 しかしながら、現在までの獣医療においては陽性反応を示す全てが亡くなる訳でもあ りません。体力があれば耐えて生き延びる子もいるし、治療でそれをアシストできる可 能性もある。しかし、ウィルスを排泄する以上、隔離できなければ感染源として排除す るのが伝染病対策としては正しい処置ではあります。本来、愛護センターは保健所とし て狂犬病をはじめとする伝染病撲滅の任務を担う施設でもあり、「愛護」を目的とする ようになったのはごく最近ですから、一方的に非難する訳にはいきません。 【パルボウィルス感染犬の治療を開始】 それでも、私たちが引き取り、隔離・治療することで不幸な殺処分を減らせるならば、 ということで理解ある職員さんの協力をいただいて、先月初めから 2 週間を限度に殺処 分予定の犬たちがいる一区画を借り、毎日スタッフが世話しに通い、私は治療に通う 日々が始まりました。 パルボ感染犬を引き取る、という話を聞いて引き取りに同行したのが 7 月 6 日。 初日は診療所に在庫していた検査キットを持参し、職員さんの協力を得て、9 頭の検 査をしました。陽性反応があったのは成犬2頭と子犬1頭(残りの 6 頭は陰性であった が潜伏期間により陽性の可能性はありました)。持参したインターフェロンと抗生剤を 注射しましたが、成犬の 1 頭はすでに具合悪そうにしており、翌朝には亡くなっていま した。
子犬においては初めは元気でしたが二日目から症状が見られ、三日目の朝亡くなりま した。 二日目からインターフェロンと抗生剤と補液をしましたが、これらはその子の免疫力 がウィルスを抑え込むまでの対症療法です。亡くなった 2 頭はこの方法ではウィルスに 勝てなかった。 三日目、インフルエンザ治療薬として知られる「タミフル」が手に入り、治療に加え ました。インフルエンザウィルスとパルボウィルスは増殖する手段に共通性があり、タ ミフルはそこを防ぎます。増殖できなければウィルスが爆発的に増えるのを阻止し、そ の子の免疫力が勝つ可能性が大いに高まります。三日目以降、検査で陽性反応が出た子 (初日陰性だった 6 頭の内)もいましたが、これを朝夕あたえるようになってから、死 亡する子はいなくなりました。とはいえ、亡くなった子犬の兄弟に後日陽性反応が出た ので心配は続きました。 【猛暑の戦いと衛生環境の確保】 ウィルスをシェルターに運びいれないために、 スタッフも私も上下ヤッケを着込み、グローブ ・長靴で気温 34 度湿度ほぼ 100%の施設内で 数時間作業し、毎日汗だくでした。しかし、どれだけ 気を付けても消毒が完璧かどうかわかり ません。なるべくシェルターの犬たちには接触 しないようにし、自分の衣服や使用する車・行 動範囲も制限して約 1 週間、毎日通って世話と 治療を続け、検査結果に一喜一憂しながら何と か初日に検査した 9 頭のうち 7 頭は生き延びて
神石高原シェルターに引き取り、更に 1 週間ほど隔離・治療して全員検査陰性で一般犬 舎に移せました。シェルターに引き取っても隔離中はセンターと同じ装備で暑苦しさは 同じです。専任スタッフは犬たちと一緒に隔離されていました。 【すべての命に向き合う ~新たなチャレンジ~】 1 週間愛護センターに通っている間にも、別の区画に捕獲された犬がどんどん収容さ れて行きます。別の区画と言っても同じフロアを仕切っているだけですし、清掃・消毒 が委託業者によるため、感染が広がっていることは十分考えられましたので、同時並行 的に別区画の犬たちの検査・治療も進めました。セ ンターでは途絶えることなく捕獲・収容されるため、 一斉消毒など十分な蔓延防止が出来ないのも実情 です。先日は 23 頭中わずか 3 頭しか生き残らなか ったそうです。予算と設備の問題でしょうか愛護セ ンターでは検査やワクチンはするものの病気や怪 我の治療はされていないようでした。 私たちが 1 区画を占有すると収容区画が足りな くなるため、別区画の保護犬も引き取るのが占有の条件でしたので、まず 11 頭(うち 陽性反応 5 頭)を引き取り、その後引き渡し期限の問題で 1 週間愛護センターに預け た後に 5 頭(うち陽性反応 2 頭)を引き取りました。11 頭引き取った日の出発間際、 生後 2 日ほどの子犬 5 頭が持ち込まれたのですが、野犬の子を近隣住人が直接持ち込 んだようで、愛護センターでは哺乳など出来ず(せず?)、すぐ殺処分とのことなので、 ウィルスが蔓延した施設内に短時間でもいたこともさることながら、十分に母乳をもら っていない無防備な乳飲み子がどれだけ生き残れるか不安があったものの引き取らざ るを得ませんでした。そのため今回引き取った保護犬は合計 28 頭にもなりました。
乳飲み子以外にも引き取った中には生後 3~6カ月ほどの子犬も数頭いましたが、成 犬とともに初めの 7 頭と同じように隔離・治療期間を経て、幸いにも誰も発症・死亡す ることなく検査も全員陰性になり一般犬舎に移動できました。 【28 頭を神石高原シェルターで保護】 シェルターの収容頭数にも限りがある中、今回の保護頭数は28頭と短期間で増えた シェルターの収容頭数は限界に近い中の意思決定(既に限界を超えているという話も)。 また、シェルターのスタッフにも限りがある中、乳飲み子 5 頭は予防量のインターフ ェロンだけ打って、免疫ミルクなどで育て、お陰で5頭とも元気に育っていますが、日 中だけでなく夜中・早朝も哺乳・排泄の世話が必要でスタッフ一同毎日寝不足です。 そんな困難がある程度予想できたのに、今回敢えてパルボ感 染犬を多数引き取り、少なくとも 28 頭の殺処分は免れました。 せっかく拾えた命なので理解ある新しい飼い主さんに出会え るべく、今後はトレーニングしていくことになります。愛護セ ンターで怯えきっていたばかりの子たちも段々個性を発揮す るようになりました。譲渡向きな子も不向きな子もいてシェル ター生活の期間もそれぞれ違うことでしょう。スタッフの苦労 はこれからも続きますが、この保護犬たちが幸せな第二の犬生 を送ることが出来ればそれも報われますので、読者の皆様にはご理解・ご協力・ご支援 をお願いいたしまして今回の投稿を終わります。 日中はやはり暑いが夜はエアコン不要の涼しさの神石高原より ピースワンコ診療所 獣医師 藤原一孝