Yuzo Ota
はじめに 今回の自由集会では,甲殻類における「生息場」 に焦点を当てており,演者は自由集会の世話人と, 「ウミクワガタ類の宿主および生息基質利用」 につい て発表をいただける機会を頂いた.本報告では,ウミ クワガタ類 (等脚目Isopodaウミクワガタ科Gnathiidae) における生息場について,国内外で明らかにされて きた研究事例を紹介していきたい.ただし,幼生期 における宿主利用については,2012年の日本甲殻類 学会シンポジウム「甲殻類の寄生・共生と生物多様 性」の報告で概説しているため(太田,2013),本 報告では割愛し,ウミクワガタ類における繁殖場所 としての生息場利用に焦点を当てて概説する.また, ウミクワガタ類におけるライフサイクル,宿主利 用,生息場利用については,過去にも総説(Smit & Davies, 2004; 田中,2006; Tanaka, 2007)や書籍(太 田,2017)もあるため,こちらも参照されたい. ウミクワガタ類の「生息場」 甲殻類のうち,等脚目(またはワラジムシ目)で は,フナムシやダンゴムシ,ワラジムシ類のように, 水圏環境だけでなく,陸域にも生息域を拡大させて いる.その一方で,水域に棲む魚類や甲殻類などに 寄生し,その生活に特化していった分類群も少なく ない.寄生性の等脚目には,ウオノエ科Cymothoidae やヤドリムシ科Bopyridaeのように,それぞれ魚類 と他の甲殻類に寄生し,宿主上で生活史を全うする グループがいる.それに対し,ウミクワガタ科では, 幼生に一時的に魚類に外部寄生し,成体は海底の微 環境内に特異的に利用し,繁殖場所として用いるの で,「生息場」は発育ステージによって大きく異な ると言える. ウミクワガタ科は世界で12属約200種が知られる (Boyko et al., 2008, onwards).Smit & Davies (2004)な どの過去の総説によると,ウミクワガタ科の生活史 において幼生期は原則的に3期あることが分かって いる(図1).親メスから発生した1期幼生は,すぐ に魚の体液を吸うために活発に泳いで,体液を吸い, 十分に吸うと胸部が膨張して,海底に戻って次のス テージへ脱皮する.体液を吸う前の幼生を便宜的に ズフェアzuphea幼生,後の幼生をプラニザpraniza幼 生と呼ばれるが,この幼生期の呼称は他の海洋生物 のような発育による脱皮・変態で呼称が変わるので はなく,「食前」と「食後」による違いによるもの であり,便宜的に用いられている. プラニザ幼生は,脱皮すると再びズフェア幼生と なって再び活発に泳ぎ,魚類の体液を吸ってプラニ ザ幼生となる.3度目の脱皮で成体へ脱皮・変態し, 海底の特定の場所を繁殖場所として利用する.オス 成体は大顎が発達し,繁殖場所の防衛やメスのメイ トガードをする一方で,メス成体は胸部に育房が発 達し,幼生期に蓄えた魚類の体液由来の養分のほと んどを卵に充てている. このように,ウミクワガタ科において,幼生期で 宿主となる「魚類」,幼生が脱皮する際の休息場所 や繁殖する場所となる「海底の生息基質」を,2つ 1 鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館 〒681–0001 鳥取県岩美郡岩美町牧谷1794–4 San’in Kaigan Geopark Museum of the Earth and SeaTot-tori Prefectural Government 1794–4, Makidani, Iwami-Town, Tottori 681–0001, Japan
の生息場として捉えることができる.これまで知ら れている国内外のウミクワガタ科の繁殖場として利 用している生息場 (以下,営巣場所と便宜的に呼ぶ) について,表1に示した. 海綿類に営巣するウミクワガタ類 表1で示したように,海綿類は,ウミクワガタ類 が繁殖場所として利用している記録が多い.日本国 内では,伊豆半島の下田市鍋田湾の潮間帯域に生息 するシカツノウミクワガタElaphognathia cornigera (Nunomura, 1992)が海綿類を利用していることが初 めて明らかにされた (Tanaka & Aoki, 1998; 報告当時
はGnathia sp.として報告).鍋田湾における本種個体 群は,潮間帯のタイドプールを主な生息場所とし, 普 通 海 綿 の ク ロ イ ソ カ イ メ ンHalichondria okadai (Kadota, 1922)などの孔内を利用している.シカツノ ウミクワガタでは,成体が繁殖する場所として海綿 類を利用しているだけでなく,幼生が次のステージ へ脱皮・休息する場所としても利用しており,成体 と同じ潮間帯域のクロイソカイメンに入っているも のの,幼生は平均潮位付近の海綿に集中して分布し ていることが分かっている(Tanaka & Aoki, 1999).一 方で,クロイソカイメン内の成体の分布は垂直方向 と有意な差は認められなかった.これは,幼生が海 綿内で脱皮してすぐに宿主となる魚に吸血できるよ うに海水が浸りやすい位置に集中しているものと考 えられている(Tanaka & Aoki, 1999).
また,沖縄本島北部の羽地内海の潮間帯で,Ota et al. (2008)がミナミシカツノウミクワガタElaphognathia
nunomurai Ota, Tanaka, Hirose & Hirose, 2010が普通海
綿の一種Haloclona sp.に多数生息し,個体密度の季 節変動を報告している (報告当時はElaphognathia aff. cornigeraとしている)(図2A).しかし,小型の幼 生が見つかることは稀であり,幼生の脱皮と休息に 海綿類を利用しているかは不明である. 国外では,より深い水深帯の海綿類から,少なくと も3種の報告がある.Wägele (1988)はCaecognathia calva Vanhäffen, 1914が南極海の水深661 mまで (主に 200~300 m) の種不明の六放海綿類 (ガラス海綿類) から記録している.Klitgaard (1991)はC. abyssorum (Sars, 1872)を,北大西洋のフェロー諸島近海の水深 128~887 mの普通海綿類5種から見出し,そのう
ち,Stryphnus ponderosus (Bowerbank, 1866)から抱卵
したメス成体とオス成体が一緒に見つかっている. Barthel & Brandt (1995)はCaecognathia rubusta (Sars, 1879)を北大西洋北部の普通海綿類の一種Geodia mesotriaena (Hentschel, 1929)から報告している.な お,この2種は分布が北大西洋から北極海の広い範 囲の海綿類から見つかり,同じ海綿の群体から2種 が同所的に見つかることもある(Klitgaard, 1997).海 綿内のウミクワガタ類の行動の観察例は少ないもの の,Wägele (1988)は南極海で得たC. calvaを研究室 内で水流と濾過装置を付属した水槽内でガラスの チューブを入れ,その中で本種を飼育したところ, 雄同士での闘争が見られ,一方の雄が闘争で死亡し たことを報告している.Klitgaard (1997)は,トロー ルやドレッジで得られた海綿類の標本から,海綿類 の孔の入り口で,C. rubustaのオス成体が大顎と頑 丈な頭部を蓋のよう塞ぎ,その中でメス成体へ変態 図1. ウミクワガタ類のライフサイクル.魚類に寄生しないステージである,3期プラニザ幼生と雌雄の成体 は,海底の特定の基質を繁殖場所として利用する.
ミクワガタ類はオスのみが海綿類の孔内から得たと
いう.G. africanaではメスがカンザシゴカイ類の棲
管で見つかっているため(Barnard, 1914a, b; Smit et al., 2003),Smit et al. (2003)とHadfield et al. (2009)は,自
然下における繁殖場として,この2種が海綿類を利 用していると結論づけていない. 岩や死サンゴの隙間や穴などに営巣するウミク ワガタ類 海底の岩やサンゴ礁域のガレ場環境からも,多く のウミクワガタ類の記録があるものの,繁殖場とし て利用していることを明記されている記録は少な い.日本国内では,石垣島の水深0.5~1 mのサン ゴ礁域で死サンゴ片をカゴに入れて数週間放置した 後に中の生物を調べたところ,ウミクワガタ類の雌 雄の成体がまとまって得られ,Gnathia camuripenis Tanaka, 2004として記載された(Tanaka, 2004).筆者 の調査でも,沖縄島周辺や八重山諸島のサンゴ礁域 水深35 mまでの死サンゴや岩を洗い出したところ, 本種が雌雄の成体とメス成体へ脱皮前の幼生が頻繁 に得られたことから (図2B),カレサンゴウミクワガ タ (枯れ珊瑚) という和名を提唱した (太田,2011). こうした岩や死サンゴの隙間や穴,割れ目などか ら得られた事例は過去の新種記載の文献(例えば, Holdich & Harrison, 1980; Cohen & Poore, 1994)から も記録があり,潜在的に多くのウミクワガタ類が繁 殖場所として利用していると思われる.しかし,こ うした基質は海底に無数にあり,密度も低い可能性 が高い.そのため,ウミクワガタ類を探し出して, 営巣していることを証明することは極めて困難であ る. 表 1. ウミクワガタ類における繁殖場としての生息基質. 和名 種名 地域 生息環境 繁殖場として利用する生息基質 シカツノウミクワガタ Elaphognathia cornigera 日本(伊豆半島) 潮間帯 潮溜まり クロイソカイメン Halichondria okadai の孔内 ミナミシカツノウミクワガタ Elaphognathia nunom ur ai 日本(沖縄島) 干潟 普通海綿の一種 Haliclona sp. Caecognathia calva 南極海 水深 37 ~ 661 m 六放海綿類の孔内(種不明) Caecognathia abyssorum 北大西洋(フェロー諸島) 水深 128 ~ 887 m 普通海綿の一種 Stryphnus ponder osus の孔内 Caecognathia r obusta 北大西洋 (グリーンランド沖) 水深 741 ~ 845 m 普通海綿の一種 Geodia mesotriaena の孔内 カレサンゴウミクワガタ Gnathia camuripenis 日本(沖縄島~八重山諸島) サンゴ礁域の水深 0.5 ~ 35 m 死サンゴ片・岩などの隙間 Paragnathia formica 北アフリカ~ヨーロッパ 塩性湿地 泥の中の巣穴 ドロホリウミクワガタ Gnathia limicola 日本(沖縄本島) マングローブ林縁の干潟 泥の中の巣穴 Caecognathia agwillisi 南オーストラリア 「浅海域」 ゴ カイ類の一種 Rhamphobrachium sp. および Galeolaria caespitosa の棲管 ソメワケウミクワガタ Elaphognathia discolor 日本(東北) 水深 1 ~ 5 m フ タエラフサゴカイ Nicolea gracilibranchis 棲管
巣穴を掘って営巣するウミクワガタ類
1926年に出版されたウミクワガタ科のモノグラフに は,北アフリカからヨーロッパの塩性湿地に生息す
るParagnathia formica Hesse, 1864が泥地でオス成体
が単純な球形に近い巣穴を掘って営巣している様子 が図示されている(Monod, 1926, p. 263, Fig. 113).こ れを参考に,筆者は沖縄本島の羽地内海のマング ローブの干潟で同じように営巣を行うドロホリウミ
クワガタGnathia limicola Ota & Tanaka, 2007を見出
し,新種記載した(Ota et al., 2007)(図2C). 生きたゴカイ類の棲管に営巣するウミクワガタ類 ゴカイ類が作る棲管に入り込み繁殖する種も知ら れており,前述したGnathia africanaがカンザシゴカ イ類の棲管から見つかっている(Smit et al., 2003)ほ か,Seed (1979)は南オーストラリア沿岸 (水深不明)
からCaecognathia agwillisi (Seed, 1979)を2属のゴカ
イ類の棲管から雌雄の成体と,成体へ脱皮前の幼生
を見出し新種記載した.この2属のゴカイ類のうち,
Rhamphobrachium sp.は石灰岩の隙間にチューブ状 の棲管を作って入り込むようで,棲管は石灰藻で覆 われているという.
また,Tanaka & Nishi (2008)は日本の南三陸沿岸の 水深1~5 mからソメワケウミクワガタElaphognathia discolor (Nunomura, 1988)が転石下に棲む4種のフサ ゴカイ類の棲管に生息することを見出した.これら のゴカイ類は砂や砂利を付けて棲管を形成する.特 に大きな棲管を形成するフタエラフサゴカイNicolea gracilibranchis (Grube, 1878)には,大小様々な幼生 と雌雄の成体が得られていることから,成体の繁殖 場所のみならず,幼生期の脱皮・休息にも利用して いる(Tanaka & Nishi, 2008).
ハーレム形成 上記で記したウミクワガタ類では,特定の生息基 質内でハーレム形成が報告されている種も多い.海 綿類を繁殖場所として利用するC. calvaでは,1個 体のオス成体と最大43個体のメス成体やメス成体 へ脱皮前の幼生が一緒にいることが観察されている (Wägele, 1988).同じように,C. rubustaもオス成体や 複数のメス成体へ脱皮前の幼生(“a varying number of females and larvae”) と同居していることが報告さ れている(Barthel & Brandt, 1995).泥の巣穴を利用
するP. formicaでは,最大25個体のメスと1個体の
オスが一緒に見つかっている(Upton, 1987).また, フサゴカイ類の棲管に棲むソメワケウミクワガタ E. discolorも最大9個体のメスと1個体のオスが同所 的に見つかっている(Tanaka & Nishi, 2008).ソメワ
ケウミクワガタでは,2期目のプラニザ幼生が,ひ
と回り小さいオス成体へ脱皮し,通常3期目で変態
する大型オスのハーレムに紛れ込んで見つかること がある.この小型オスは,ハーレム内のメス成体へ 脱皮前の幼生と交尾することが観察されており,ス ニーカーと見られている(Tanaka & Nishi, 2011).
図2. 繁殖場所から見つかったウミクワガタ類.A,普通海綿の一種Haliclona sp.の表面を歩くミナミシカツ
ノウミクワガタE. nunomurai (沖縄島北部羽地内海の干潟);B,死サンゴ由来の岩を洗い出して得られた カレサンゴウミクワガタG. camuripenis (沖縄島嘉手納町水釜海岸水深12 m);C,マングローブ林縁の泥 干潟で営巣するドロホリウミクワガタG. limicola(沖縄島羽地内海).m,オス成体;f,メス成体;p,3期 プラニザ幼生.
緒になってしまうために正確な繁殖場としての生息 場が分からない.また,魚類から幼生を採集し脱皮 させて成体を得られる場合も,生息場利用までは 明らかにできない.筆者の場合,沖縄本島周辺の浅 海域のエイやサメ類などの軟骨魚類から,Gnathia rufescens Ota, 2015などの9種のウミクワガタ類の幼 生を見出し,研究室で成体へ脱皮させ,新種記載を 行った(Ota, 2015など).これらの種は,著者が日 本近海におけるドレッジやトロールなどで得られた 多くのウミクワガタ類のサンプルを調査しても見つ からず,過去の文献を参考に,沖縄島沿岸のダイビ ング調査で岩の隙間や海綿類,転石下のフサゴカイ 類の棲管を探しても,成体は今のところ見つかって いない.これまで行われてこなかった調査方法でな ければ成体を得られない種が存在するのだろう.
ハナダカウミクワガタCaecognathia nasuta (Nuno-mura, 1992)は南西日本沿岸の水深8.5~412 mのド レッジやトロール調査で得られ,フトクワウミクワ
ガタElaphognathia kikuchii (Nunomura, 1992)も同じよ
うに,南西日本沿岸の8.5~105 mで得られることが 分かった(Ota, 2013).この2種は同署的に砂泥の底 質で見つかることが多く,雌雄の成体や成体へ脱皮 前のプラニザ幼生が一緒に高頻度で得られる地点も ある.これらの種はスキューバダイビングなどで じっくり生息基質を探し出してみれば,正確な繁殖 場を探し出すことができ,繁殖様式をはじめとし た,生態学的な研究にもつながる. おわりに 本自由集会の報告では,ウミクワガタ類における 繁殖場としての生息場利用について概説した.太田 (2013)では,幼生期における宿主利用について概 説したが,ウミクワガタ類の幼生は宿主特異性が 1対1ではなく,広い範囲の魚種に吸血するが,好 つかの基質に入りこみ,そのうち,特に好適な基質 を繁殖場所として,利用していると考えられる. ウミクワガタ類の成体は,幼生のように活発に泳 げない種も多く,ドロホリウミクワガタなどは腹肢 の羽状毛を欠き遊泳能力を完全に失っていた(Ota et al., 2007).ウミクワガタ類の成体は,繁殖場の微環 境に適した形態になっている可能性が高く,形態か ら生息基質をある程度推測することもできるかもし れない.しかし,既存の調査で繁殖場としての生息 基質が明らかになっている種は少なく,今後の調査 で,これまで知られてこなかった新たな生息基質の 発見があるだろう. 文 献
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