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のじぎく兵庫国体を終えて 2006 兵庫国体 審判運営委員長 大歳和法 2006 年兵庫国体 という言葉が 遠 ~ い遠 ~ い未来にしか思えなかった時から国体準備がスタートしました 準備段階での仕事のひとつは 審判員の養成です この仕事は主に育成強化部会にお願いすることにしました もうひとつの仕事

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(1)

HYOGO FA REFEREE NEWS 兵庫県サッカー協会審判委員会 広報部

Forza

がんばれ

!

R

レフェリー

2006.12

一通の手紙

兵庫県サッカー協会

審 判 委 員 会

委員長 柳澤和也

国体が終わり少しゆっくりとした日々を送っている時に自宅のポストに一通の手紙

が届きました。

拝啓

秋冷の頃 おすこやかにお過ごしのことと存じます。先日は「のじぎく国体」に審判

員として参加させていただき、ありがとうございました。

兵庫県の審判員の皆様を始め、運営委員の皆様、地元スタッフの方々には大変お世話

になりました。皆様方の気遣い、気配りに感謝いたしております。

私個人として今回の国体で十分なパフォーマンスを示されたか?と振り返ってみま

すと、不十分であったことのみが思い浮かびます。国体での反省を踏まえ一つ一つ向上

する努力を日々積み重ねて次にお目にかかる機会には少しはましな審判でありたいと

考えています。

これからは寒さも深まっていきますが楽しみな大会も多くあります。

皆様方のご健康をお祈り申し上げます。

敬具

同じ目的を持って、よき仲間とすごした期間で審判委員長としていろいろなことを勉

強させていただいた大会でした。

「がんばってよかったな!」とちょっと楽しくなり、元気が出るお手紙でした。

(2)

のじぎく兵庫国体を終えて

2006 兵庫国体 審判運営委員長

大歳和法

「2006年兵庫国体」という言葉が、遠∼い遠∼い未来にしか思えなかった時から

国体準備がスタートしました。準備段階での仕事のひとつは、審判員の養成です。この

仕事は主に育成強化部会にお願いすることにしました。もうひとつの仕事は審判運営に

係わる準備です。主に本番で運営委員として活躍いただく方たちと一緒に、先催県の様

子を視察させて貰いました。また池本氏をはじめとするスタッフの皆さんには、毎年兵

庫で開催されている「大学女子大会」の審判員のアテンドや、2005 年に行われた「全

国社会人サッカー大会」の審判運営の仕事を実際に担当していただき、その経験を国体

で生かしていただくことにしました。

この審判運営の仕事に限らず、サッカー協会の活動は、みなボランティアによって支

えられています。仕事の内容と、その重要性をお伝えすれば、多くの方が自分にできる

範囲での協力を約束してくださいます。たくさんの方に協力していただくことは、ひと

りひとりの仕事量を減らすという目的だけでなく、より多くの人に審判委員会の活動を

理解していただくことができ、実際に活動に参加して貰うことによって審判仲間の絆を

より強くすることに繋がると考えるからです。

実際には、審判員も審判運営委員も、国体の規模縮小等々の影響で、当初お声掛けを

していたにも拘らず、実際に参加・協力をお願いできなかった方もいらして、大変失礼

なことになってしまいましたことをこの場をお借りして再度お詫びしたいと思います。

参加いただいた審判員の方々の今回の経験が、将来に向けて審判員としてのさらなる

レベルアップを目指していただくきっかけやモチベーションの UP に、運営委員として

ご協力いただいた方々が、審判委員会活動へのさらに積極的な参加をして下さるきっか

けに繋がったとすれば、その時初めて、国体が成功したと評価されるのだと考えていま

す。

(3)

『国体参加報告』

名畑 聡(2級・西播磨) 私はこの度、のじぎく兵庫国体に参加させていただきました。大会期間は 10 月 1 日から 5 日間でしたが、前日に集合して体力テスト行いました。1 日と 2 日に副審の割当を頂きました。 ○体力テスト 三木総合防災公園陸上競技場において実施されました。内容は 12 分間走、50m 走、200m 走です。結果は、12 分間走が 2800m、50m 走が 6.8 秒、200m 走が 27.9 秒でした。今 回のように一度に 3 種目走ることが初めての経験でした。普段のトレーニング不足からこのような 結果になったと思います。これからの課題としていつでも 3000m 以上走れる体力を身につけ る必要性を感じました。 ○10 月 1 日(日)成年男子 北海道 対 千葉県 ユニバー記念競技場 主審 森本 洋司 氏 副審 沢山 武 氏 名畑 聡 4th 長谷川 芙紗子 氏 ・オフサイド フラッグアップのタイミングを意識して臨みました。2 列目の飛び出しがあるのか? GK との距離は?パススピードは?全体的には冷静に対応できていました。『WAIT&SEE』 ただ、ラインキープで攻守が入れ替わったときにずれているとの指摘を頂きましたので、ボール への意識よりもオフサイドラインへの意識を持つようにすることが大切。 ・アウトオブプレー アシスタンドサイドで自信のあることに対しては、主導してシグナルを出していきましたが、Rのハ ンドの判定に対して、スローインのシグナルを出してしまいました。どんなときでもRをみてから シグナルを出すことが指し違いをなくし R と A の信頼関係につながる。『アイコンタクト』の 重要性を感じました。 ○10 月 2 日(月)少年男子 山梨県 対 石川県 アスパ五色メイン 主審 小曽根 潮 氏 副審 西岡 徹 氏 名畑 聡 4th 沢山 武 氏 ・オフサイド 昨日の反省を生かして、攻守の入れ替わり時も集中してラインキープをするよう意識しました。 ・アウトオブプレー Rとのアイコンタクトを意識して臨んだので、落ち着いて対応できました。 2 試合ともインストラクターの高田静夫氏に指導していただきました。高田氏から「できな くても意識してやることが大切。」と言われたことが心に残っています。これからの審判活動で 大切なことだと思いました。 最後になりましたが、国体という何もかも初めてのことばかりで緊張の連続でしたが、 1 級の方々や日本協会の方々と貴重な交流をさせていただきました。この大会で学んだことを 忘れないでこれからの審判活動に励んでいきたいです。兵庫県サッカー協会の方々にはお世話 になり大変感謝しております。ありがとうございました。

(4)

深山 晃生(2級・神戸) 国体に参加させて頂くにあたり、家族・職場の協力があったこと、そしてなにより国体というすばら しい大会に参加させて頂いた事に本当に感謝をしています。ありがとうございました。 私は、1 日目しあわせ村運動広場での成年岡山県対富山県の副審1、2 日目五色台運動公園サブグラ ウンドでの少年愛媛県対熊本県の副審2の割り当てを頂きました。その中でも印象に残っている、2 日 目のインスペクターをして頂いた石山さんの話について、そして 1 級審判員の方々と接して感じたこと を書きたいと思います。 2 日目、少年愛媛県対熊本県の試合での前半は、レフェリーとのアイコンタクトも取れ、またオフェ ンスがユニフォームを引っ張っている場面で、ファウルをアシスト出来たりと、無難に終えることが出 来ました。ハーフタイムに石山さんが私たちの所へ来て、「君たちはなぜ動き出す時にいちいち右に持っ ている旗を左に持ち替えてスタートするんだ?」「なら始めから左で持ちなさい」ゴールラインに向かっ て走り出す時、右手に持っている旗を左手に持ち替えているという指摘でした。頭の中では、旗はレフ ェリーに近い方の手で持つということは分かっていたのですが、無意識にそういう行動を取っていたこ とに気が付きませんでした。後半は旗の持ち方を意識して行いました。始めは慣れていないせいか、ぎ こちなかったですが、動作はこちらの方がスムーズに行え、「なるほど」と感じました。 ★ 旗は持ち替える時に落とす。そこで動き出すと落とす確率も高くなる。 ★ レフェリーに近い手で旗を持つのは、旗が上がっていないことを知らせるため。 ★ オフサイドの判定は、左手に旗を持っていて、右手に持ち替えて旗を上げる。 持ち替える間にオンサイドから選手が走り込んでこないかを確認する。 という石山さんのお話でした。 試合終了後の反省会では、注意の仕方で、「危険なファウルですよ」というのは、ただの声かけ、感 想を言っているだけ。きちんと選手とコミュニケーションを取り、次のファウルを抑止する強い注意 か必要であるということ。主審が気付いていない競技規則の適用ミスがあった時の主審への伝え方で、 分かっていて伝えないのはダメ。勇気を持って、旗または声で伝える。伝えずにいて、とんでもない 事態になってしまうことがあるので、おかしいな?と思ったら、自分の伝えたいことがたとえ違って いても勇気を持ってアクションを起こす。というお話でした。自身の体験談もまじえて話していただ き、楽しく、時には厳しく的確なご指導を頂きました。 3 日間 1 級審判員の方々と過ごす中で、1 級審判員の方々の審判に対する姿勢、また態度・話し方、 私たちに対する心遣い、など何もかもが私の刺激となりました。特に話し方については、伝えたいこと を的確に要点をとらえて話され、私もそういう話し方をしたいと思いました。一つでも多くのことを吸 収し、ここで学んだことをこれから実践していき、自分のものとなるよう頑張ります。 最後に、3 日間私たちの身の回りのお世話をしていただきましたアテンドの方々に深く感謝いたしま す。ありがとうございました。この大会に参加させて頂いた喜びを、これからのレフェリングでお返し 出来るよう、また、よい審判員となれるよう努力を続けたいと思います。本当にありがとうごいざいま した。

(5)

浦元 雄一郎(2級・神戸) 9月30日より兵庫県で開催された第61回国民体育大会サッカー競技に県内派遣として参加さ せてもらいましたことを報告させていただきます。報告に先立ちまして私を県内派遣としてこの大 会に参加させていただいた柳沢委員長を始め兵庫県サッカー協会の関係者の皆様に感謝します。そ して、深くお礼申し上げます。 この大会は私が今年1番の目標にしていた大会でした。それには2つの思いがありました。1つ はこの自県で開催される国体はもう50年ほど回ってこないので私が審判活動をしている間はもう 機会が無いということで精一杯頑張ろうという気持ち。そしてもう1つは去年から一緒に強化3級、 2級候補そして今年2級になってこの国体に参加できなかった方々の分も頑張ろうという気持ちが ありました。そして、また1級審判員の方のレフェリングが近くで見ることきができ、そして一緒 に試合をコントロールすることができる素晴らしい機会でした。私自身は副審を2試合の割当を頂 き今の自分の精一杯のことができたと思います。それが評価されてかもう一泊させてもらい少年の 準々決勝の第4審判の割当も頂くこともできました。そして、1級審判員の方々と一緒に試合をコ ントロールしたり、間近でレフェリング見て1番感じたことは自分のジャッジングにすごい自信を 持っていると思いました。自分もこのぐらいの自信を持たなければいけないと思いました。 しかし、反省点もありました。それは審判だけにしか神経がいかなかったことです。自分のこと でいっぱいになってしまい、ホストの役割があまりできませんでした。この大会はそういったこと がとても大切であることを痛感させられました。今大会は最年少で参加させて頂き、緊張しました がとてもいい経験をさせてもらうことができて本当に良かったです。この経験をこれからの審判活 動に活かしていきたいです。 藤原 香(2級・神戸) 審判を始めるきっかけとなった「のじぎく兵庫国体」は、私にとって初めての国体参加でも あり、とても貴重な経験が出来たと思います。更に宿泊を伴う審判活動も初めてで、分からな いことも多く準備の時点で戸惑ってしまいましたが、周りの人に助けていただき、何とか無事 に終えることが出来ました。今回、国体に参加する事で印象に残ったことの一つは、他の地域 の審判方との交流です。違った観点での話を聞けたりアドバイスを頂けたりと、新鮮な気持ち で取り組めました。そして、前々から思っていた事でもありますが、上級の方は審判としてだ けではなく、一人の人間として自分に自信を持っているのだと感じました。自信を持つ為には、 やっぱりたくさんの試合で審判をし、経験を積まないといけないと思いました。ほとんどの事 が初めてでしたが特に驚いたのが、毎日の全体ミーティングでした。毎日各会場での事細かな 判定や、運営の伝達はとても勉強になりました。一つの事柄でも一人一人捉え方が違い、その 意見交換を私はただ聞くことしかできませんでした。いくら、なでしこリーグでアシスタント レフリーの経験があっても、経験不足は否めず、失敗をしました。頭では分かっているものの 咄嗟の判断が出来ずに選手に不信感を抱かせてしまったと思います。そういう事を無くすため に他の方のアドバイスを聴き試合で生かすことを繰り返さないと、良い審判にはなれないのだ と痛感しました。他にも団体行動の大切さなど基本的なことを学びなおせたのではと思います。 他の方々に多大なご迷惑を掛けた事を忘れずに、今後同じ失敗を繰返さない事、そして選手や サポーター、誰もが納得出来る判定が自然に出来るように努力しなければならないとおもいま した。参加させていただき、有難うございました。

(6)

第6回全国障害者スポーツ大会「のじぎく兵庫大会」を終えて

競技副委員長 (前兵庫県サッカー協会審判委員長)

高橋敏雄

天皇杯1位を獲得した「兵庫国体」の1週間後、10 月 13 日より兵庫県立三木総合

防災公園陸上競技場で、知的障害者の9チームが参加して秋晴れの空の下、熱戦が展開

されました。

初日の 14 日、東京都が秋田県に 11−0と貫禄勝ち。二日目の 15 日、兵庫県は静

岡県に0−3で惜敗し、神戸市も札幌市に1−6で敗退して共に交流戦へ。兵庫県2−

0秋田県、神戸市1−1岡山県。目標のベスト4には届きませんでしたが、ヴィッセル

神戸の松原コーチ、助友コーチの協力を得て、2年前から各チームの顧問の先生方の献

身的な指導によりレベルアップをすることができました。決勝は 16 日、東京都が2−

0で大阪府に勝ち、5連覇を果たしました。

審判は柳澤委員長のもと、2級以上の 20 名で 11 試合を担当し、無事終了。運営は

北播協会・石田会長、岸上、小林両氏を中心に 30 名が一丸となり各部署で実力を発揮

され、北播協会にとっても大きな財産となりました。三木市内7中学校の計 200 名の

サッカー部員にも補助員として活躍していただきました。県実行委員の岸田・南村両氏

の的確な助言が成功の原動力となりました。また、三木市の岡田・戸田・河端の各氏を

はじめ全職員とボランティア等多くの方々のご支援で「はばたこう ともに今から ひ

ょうごから」の目標が達成されましたことを心より感謝申し上げます。

佐野 成(2級・神戸)

2006 年 10 月 14 日から 16 日まで三木防災公園で開催された「のじぎく兵庫大会」

(第 6 回全国障害者スポーツ大会)に審判員として参加させていただきましたので報

告をいたします。

全国大会と名のつく大会にはこれまでも何度か参加させていただいたことはありまし

たが、いずれも副審としての参加で、今回は主審を務める試合があることで全国大会の

雰囲気をより強く感じました。実際の試合では、スコアボードに映った交代選手を見て

交代に気がつくなど、多少舞い上がってしまった面もありましたが、試合開始早々に少

し不用意なアフターチャージを犯した選手に対してしっかりとコミュニケーションを

とることで、試合運営をリードすることができました。選手たちが全国大会の名に恥じ

ないレベルの高い試合を楽しむことを、自分なりにサポートできたのではないかと思っ

ています。

最後になりましたが、大会でお世話いただいた皆さん、一緒に大会に参加した審判仲

間、そしてすべての試合で最後まで一生懸命奮闘してくれた選手とチームスタッフの皆

さんに感謝をいたします。

(7)

日々是研鑽

審判をはじめて約 3 年が経ちました。4

級を 取得した頃審判がこんなに大 変なこ

とだとは想像できませんでした。この 3 年

で私のサッカーに対する気持ちが大きく

変わりました。審判をしていて以前にも増

してサッカーが好きになったことともっ

とサッカーを知りたいという探求心が大

きくなってきました。同時に審判の難しさ

を痛感しています。

2 級を取得したから満足してしまうとそ

れでは今後の成長がないと思うし、そんな

審判 では選手に対しても失礼だと 思いま

す。2 級を取得したこれからが成長してい

くために大切だと思っています。その一つ

として、国体に参加させていただいたこと

です。強化 3 級になった頃から『国体』を

意識しだしました。『国体』という目標を

達成するためには 2 級が必要ということ

は理解していたのですが、途中で悩んだり

し て 自 分 を 見 失 い そ う に な り ま し た が 、

『国体』という目標が自分を奮い立たせて

くれました。いざ参加してみて、1 級の方々

の試合に臨む姿勢や会場で裏方として動

かれている方々がおられるおかげで自分

が審判として参加できている喜び を感じ

ました。

今後は 、審判員と して向上心を 持ち続

け、技術や情報を地域に発信していくこと

も大切な役割だと感じています。

最後になりましたが、受験に際しては多く

の方々にご指導いただき昇級することが

できました。大変感謝しております。今後

もご指導の

ほ ど よ ろ し く お 願 い し ま す 。

名畑 聡(西播磨)

3級試験合格後、たった8ヶ月間で2級

へ昇級させて頂きました。正直、大変大き

な驚きと共に、今までになかった責任を実

感しております。学生時代は、地元でも有

名な高校・大学のサッカー部に所属してい

たものの試合への 出場は ほとんどありま

せんでした。それでも大好きなサッカーに

なんらかの形で携 わって いたいと思う強

い気持ちで審判員の扉を叩きました。

今は、割り当てを頂く度に大きな喜びを

感じております。試合前日は、選手と同じ

フィールドに立てる事にワクワクしなが

ら準備をします。1試合1試合が大変新鮮

で日々勉強の毎日です。

今後も、様々な人の意見や指摘を素直に

聞き入れるだけではなく、探究し、その課

題について追求し、少しでも先輩方に近づ

けるよう様々な事を吸収していきたいと

考えています。

最後になりましたが、非常に経験の浅い

私を指導して下さっている兵庫県サッカ

ー協会の皆様を始め、先輩審判員の皆様、

芦屋市サッカー協会の皆様には大変感謝

しております。これからも兵庫県サッカー

発展の為に、全力で審判活動に邁進して参

りたいと思います。

川崎秋仁(芦屋)

(8)

第30回全日本少年サッカー大会 決勝大会に参加して

浦元雄一郎(2級審判員)

2006年8月5日から福島県・J ヴィレッジで開催された第30回全日本少年サッカー大 会・決勝大会に審判員として兵庫県より派遣させていただき、その報告させて頂きます。 報告に先立ちまして、全国大会という大きな舞台に参加させて頂き、これからの審判活動を していくうえで非常に大きな経験になりました。柳沢委員長を始め兵庫県サッカー協会の関係 者の皆様に感謝しています。そして、深くお礼申し上げます。 私はこの第30回全日本少年サッカー大会・決勝大会に参加させてもらい本当によかったで す。それは自分に足りないもの、必要なものを改めて感じさせてくれたからです。 自分自身の体力の無さや、少年に対する判定の基準、そして、私に最も足りなかった経験と いう貴重な時間を過ごせました。 さらに私は準々決勝の主審の割当を頂きました。そこで惜しくも敗れてしまったチームの涙 を見て私はレフェリーの重要性や責任を再確認することもできました。 私はこの全国大会という大きな舞台を経験できて本当に良かったと終わってから思いました。 さらに、全国各地の同年代の審判員の方々と出会えたことでとてもいい刺激にもなりました。 そして、この大会は私に新たな目標も与えてくれました。私はこの大会で自分が納得できな いレフェリングを最後まで続けてしまいました。だから来年もこのような機会があれば是非こ の大会に参加したいと強く思うようになりました。そして、その時はしっかりと自分が納得で きるようなレフェリングをしたいと考えています。 そのためにも来年も推薦してもらえるようにこれから日々審判員としても1人の人間として も成長していきたいです。 (浦元氏は大会参加当時3級)

(社)兵庫県サッカー協会

審判委員会

広報部

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referee@hyogo-fa.gr.jp

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参照

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