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真宗光明団      

  

  

  

  

    

       

  

       

講 題:『見ることはこえること』

講 師:赤宗 正俊先生

  会 場:真宗光明団 本部にて

講義録

秋の JBA

2009 年 11 月 20 日∼11 月 23 日

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           もくじ   はじめに 1,N 君のこと 2,夢をかなえるゾウ 3,自分を見るということ、知る、ということ  ⑴なぜ、この方向は難しいのか   ①人間はベクトルが自分に向きすぎだから   ②他者から教えられ、育てられ、鏡に映されるように知ること   ③楽ではない  ⑵「自分自身を知る」という方向は個人的なことか  ⑶私を映し出す鏡 ・・・他者   ①先生(善知識)   ②友   はじめに はじめに、自己紹介をします。私は、福岡県飯塚市という所に住んでおります、 赤宗正俊と申します。夜間定時制高校に勤めております。1 時までに学校に行き、5 時半から、大体 9 時頃まで授業がありまして、それから家に帰ったら 10 時過ぎ、とい う日暮らしをしております。学校では数学を教えております。 どうして私が仏教にご縁ができたかと言うと、私が小学校3年生の時に、関先生と いう大学を出られたばかりのフレッシュな先生でしたけれども、担任を受け持って頂 きました。その関先生が細川巌先生のお話を大学時代から聞いていた方で、そのご縁 で、私は仏教にご縁ができ、細川先生のお話も聞くようになったわけです。始めは宗 教というものを暗いもの、年寄りのものと思っておりましたけれども、だんだんとお 育てを頂きまして、今やこうしてお話をさせて頂くようになったわけです。 今回のテーマは、「どこへ向かっているのか―私がなりたい自分―」です。そのこと をテーマとして、私がお話し申し上げたいことの、大体の方向性を示す、あるいは重 要な要素を含んだ例、として私の学校の卒業生 N 君のことを少し話してみたいと思い ます。

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 1,N 君のこと 去年の 5 月の事です。4 時間目、全校集会に N 君が来ていない。N 君は真面目な生 徒で、集会に出ないということは普段ないものですから、教室の方に探しに行きまし た。そうしたら泣いているのです。「どうした?」と聞きましたら、「イジメの記憶が 蘇 ってくると、こうして泣くしかないんです」とボソボソと彼が言った。その時彼 は 4 年生、18 才でした。彼が中学校の時にイジメにあっていたということは一応 知っていました。僕が 2006 年に転勤してきていきなり 2 年生の担任を命ぜられまし て、その時 N 君と出会いました。定時制高校には、生活体験発表ということがありま して、昔自分にあったことを書いていって現在を確認し、今後のことを見ていくとい う取り組みがあるのですが、N 君も 2 年生の時にその取り組みの中で、中学時代のイ ジメについて書いたのです。そしてクラス代表として話もした。ですから、作文にも 書いたし、人前でも話たのだからもうイジメの問題は彼は乗り越えたのだろうと思っ ていたのです。 それから 2 年たって、4 年生の彼なんですね。だから、彼が本当の所を僕に話すま でに 2 年間必要だったのです。その時に僕が「君がイジメの問題を乗り越えていくに は、表現していくということがいるんじゃないか。客観的に見ていくということが必 要じゃないかな。これは大変厳しい非常にキツイ、苦しい作業になると思うけれども、 もし君にそういう気持ちがあるなら、今年の生活体験発表に書いてみたらどうか ね?」と彼に言いました。彼は「考えてみる」と言っていました。 それから一週間位たって、僕は彼に「どうかね、書いてみるかね?」と言うと、彼 は「書いてみようかね」と言って、作文を書き始めました。2、3 日たって彼が途中ま で書いた作文を持ってきました。それは 2 年生の時書いたのとは全然違うのですね。 もう魂が入った文章でした。非常に訴える所のある文章でした。それで私は、是非頑 張って完成させて欲しいと彼を励ましました。 ところが、昔のイジメのことを思い出して書くというのは、ものすごくきついこと なんですね。彼は書き始めてから学校へ行けなくなって、結局つごう 3 日間休みなが らとうとう書き上げました。それが、ここにある作文です。題は『まあいいか』です。 『まあいいか』  N 君 『どうにかぎりぎり 4 年になり、まあ学校を休むのがちょくちょくあるが、普通 に楽しく過ごしている。しかし中学校の時は今みたいに楽しく学校に行けなかっ た。その理由は、中学校の時にはイジメがあったり、家にもいろいろ問題があった からだ。詳しく話すと、最初 1 年の時は、プロレスごっこといって休み時間に遊び 半分のイジメがあった。始めのうちは殴りや蹴りで、相手二人対俺一人でやっていなぐ け たが、そのうちパイプイスとかが周りの見ている人間から飛んできたり、少しづつ イジメはエスカレートしていった。それでも一年の時は自分もちょっと度が過ぎ た遊びと思って、まあ問題は無いと思っていた。それはその時、学校のことより家 の事の方が問題ありだったからだ。その問題は、大きく分けて 3 つあった。1 つ目   

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は母親の入院。2 つ目は父親がめったに家に帰ってこないこと。月に 4 日位しか 帰ってこなかった。3 つ目は兄貴の暴走。兄貴の方もいろいろ悩みがあったらしい が、機嫌が悪いと訳のわからないことでキレて殴ったり蹴ったりだった。まあ今は 兄貴も落ち着いてそんなことはしなくなったが、あの時は正直、恐かった。 夏休みになっても状況は相変わらずだった。休み中は、俺と弟だけT市の親戚の 家をたら回しにされていた。その時は毎日が嫌で、一日一日がすごく長く感じた。 2 学期が始まると、Y市に戻ってばあさんの家から通学した。そして 9 月か 10 月位 に母親が退院してきて、やっと前みたいに楽しく暮らせるようになった。だが 2 年 に上がると事態はさらに悪い方向へ向かった。母親は再入院、父親は家に帰る日が さらに減った。兄貴はN市の高校に合格して朝 6 時位から夜 8 時位まで家に帰って こなくなった。そして学校の方は、イジメがますますエスカレートしてきた。 まあどうエスカレートしてきたかというと、それまでイジメは学校内だけだった けど、それが休みの日も当たり前のようにイジメてきた。まあ休日のイジメはアク ション映画のワンシーンみたいなイジメだった。詳しく言うと、5 人位の人数で、 エアーガンやガス銃で俺を蜂の巣状態にするのだ。それからたまにはカッターナ イフで斬りつけた。危険を感じたから、学校の先生に話したが、全く信じてもらえき ず、何の対処も無し。まあこんな話は最初から信じてもらえないだろうと思ってい たが。(実際、彼の左腕にはカッターナイフで切られた傷があるんですね。そのこ とはその時初めて知りました。) でも、やられっぱなしも性に合わないから俺もエアーガンを買って対抗した。だ がこの判断は大間違いだった。いよいよイジメに耐えられなくなって、先生はあて にならないから最後の手段として警察の交番に相談に行った。しかし警察は、休み の日のイジメを友達同士のエアーガンを使った危ない遊びと思ったらしく、俺の話 は全く聞かず、3 時間の長い説教をされたあげく、そのまま帰らされた。まあ自分 の判断ミスだったが、最後の頼みの綱も消えてしまった。 それからあまり学校へも行けず、一人ボケーっとしていた。だが、この行動は入 院している母親に精神的ダメージを与える結果になってしまった。俺が学校を休 んでボケーっとしていたことは母親の耳には入っていなかったが、俺の状態を知っ たT市の親戚が、俺を病気だ何だと言って病院へ強制的に入院させた。そして俺が 入院したことを母親に「あんたが入院しているから子供まで入院した」とか何とか 言ったらしい。そのせいで母親の入院が長引き、当時小 4 の弟は一人、ばあさんの 家に預けられるはめになった。あの時俺が親戚を信じず入院について NO と答えて いれば、そして学校に無理してでも行っていればと今でも悔いている。 強制的に入院させられてから 2 週間がたった頃、院長に退院したいと言ったが、 院長は全く聞き入れず「検査が終わるまでだめ」と言った。しかし俺のせいで弟が 泣いたり、母親が親戚からバカにされていることを知って、居ても立ってもいられ ず、翌日、百均で買ったロープで病院の 2 階から逃げ出して、走って家まで戻った。 その時には母親もなんとか退院していた。自分が病気ではないことを言ったら、母 親は一端俺を病院へ連れて行き、お金を払って、帰る支度をして家に帰った。

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イジメの方はエスカレートするばかりだった。しかも後から聞いた話では、父親 と母親は、俺が退院して数日後離婚したらしい。原因は何に使ったかわからない借 金が原因らしい。まあ、それはどうでもいいが。 俺が退院して一カ月後、母親に全てではないが、今までのイジメのことなどを話 した。それからさらに一カ月後、知り合いの紹介で心療内科にかかり、六カ月位通 院し 3 年に上がった位からフリースクールに通い始めた。その頃は、心療内科に 行ったお陰で、精神的にもゆとりが持てるようになり、もしイジメに来るヤツがい たら、二度とそんな考えはできないようにしてやる、なんてイキがっていた。そし て案の定、休みの日、ヤツらがエアーガンとか色々持ってイジメに来た。卑怯な感 じもあったが、一応返り討ちにしてやった。まあ結果的に 5 人中 3 人はイジメて来 なくなり、避けられるようになった。さ その後、中学校の卒業式に出た。最初は卒業式なんて出る気はなかったが、卒業 式前日に、ある先生が「お前は、卒業式に 100 パーセント出席しきれないだろう」と 言ったので、これにキレて、バカみたいに意地張ってしまったのだ。まあ正直、そ の先生の言った通りになるのが気にくわなかっただけのことだが。あの時の判断 には後悔してないから。 中学時代のイジメのことや家のことをちょっと詳しく書いたが、こんな事があっ たから、今俺が普通に学校に通っているのが不思議に思うことだが、まあ正直、ま だ完全に解決しているわけではない。解決してない理由は大きく分けて二つある。 先ず一つは、5 人の中の一人が、今だに会う度にしつこく攻撃してくること。まあ こいつに関しては言葉が出てこない位あきれている。今はこっちから完全に無視 している状態だ。二つ目は、情けない話だが、中 2 の時にカッターで斬りつけられ た左手の古傷がいまだに痛むこと。医者からは精神的なものと言われたが、いまだ に自分でもなぜ古傷が痛むのかわかっていない。だが今はっきりしていることは、 心療内科に行ったことで、今は中学校時代より明るく楽しく過ごせているというこ とと、全日に落ちて定時制を受験して正解だったということ。定時の方が自分的に 良かった気がする。 まあ、今思うと嫌なことばっかりで、それこそ当時、精神的に弱くて自殺願望し かなかった状態だった。ノートには「死にたい」や、「殺してほしい」の言葉しか書 いていなかったが、今は何でそんなことを思ったかわからない状態で笑って話せる ようになった。 しかし、全てがいいことばっかりじゃない。中学卒業後、俺は父方の親戚から冷 たい人間と毛嫌いされるようになった。その理由は、父方のじいさんの葬式の時に、 俺が涙一つ流さなかったかららしい。俺からしたら、あんな仕打ちをされたのに、 なぜ涙を流さなければいけないのかわからなかったという気持ちもあったが、イジ メの件があってから、悲しいから泣くという感情がうまく出せなくなって、そうい うことで涙を流せなくなっていた。正直自分でも最低だと思う。カッターの古傷 が痛んだら泣いたりするくせに、葬式とかでは涙一つ流さないなんて、だから親戚 に何と言われようが構わない。

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まあ、他にもいろいろいい事や悪い事があるが、結果として今こうして楽しく暮 らせているから、全てではないが後悔していない。 』 これが、N 君が校内で発表した作文なんです。私はこの作文を読んで本当に衝撃を 受けました。 彼は「情けない話だが、中 2 の時にカッターで斬りつけられた左手の古傷がいまだき に痛む。医者からは精神的なものと言われたが、いまだに自分でもなぜ古傷が痛むの かわかっていない」と書いています。彼は月に 2、3 日、病気だということで休んでい ましたけれども、当時、僕は病気だと信じていましたが、実はイジメの事を思い出し て左手の傷が痛み、泣いてじっとするしかなかったのですね。傷は完全に良くなって いるのに、けれどもイジメを思い出したらその古傷が痛む。 それから、彼は「俺は父方の親戚から、冷たい人間と毛嫌いされるようになった。 その理由は、父方のじいさんの葬式の時に、俺が涙一つ流さなかったかららしい。俺 からしたらあんな仕打ちをされたのに(強制的に入院させられたり、たらい回しにさ れたのに)なぜ涙を流さなければいけないのかわからなかった、という気持ちもあっ たが、イジメの件があってから、悲しいから泣くという感情がうまく出せなくなっ た」と書いています。 イジメというのは何という残酷な人権侵害かと思いました。私は長いこと学校の 教員をしていましたけれども、イジメの深刻さとか残酷さというのを、この時初めて 認識しました。そして、たぶん私は、今までの教員生活の中でイジメを見逃してきた んじゃなかろうかと思い、中学校の教員がこのイジメを見逃してきたことへの怒りと 共に、本当に自分がイジメに対して、いかに鈍感であったかということを、強く反省 させられずにはいられませんでした。学校の先生をしている者は、本当にイジメに対 しては敏感でなければならないと思い知らされました。また、この苦悩の中を生き抜 いてきたN君に対して、心から尊敬の念が生まれてきました。 しかし、僕はこの作文を読んでわからないことがあった。それで彼といろいろと問 答をしました。彼はこう書いています。「でもやられっぱなしも性に合わないから、 俺もエアーガンを買って対抗した。だがこの判断は大間違いだった。」それから「警察 は休みの日のイジメを、友達同士のエアーガンを使った危ない遊びと思ったらしく、 俺の話は全く聞かず、3 時間の長い説教をされたあげくそのまま帰らされた。まあ自 分の判断ミスだったが、最後の頼みの綱も消えてしまった。」彼は彼なりに三つの段 階を考えていたんです。一つは学校の先生に言う。二つ目はエアーガンを買って、自 分も相手と戦う。三つ目は、いよいよ最後の手段として警察に相談する。だから、こ の三番目の警察でダメだったということは、彼にすさましい絶望感を与えたのです。 それで、後は家でボケーっとするしかなかったのです。それから彼は「入院について NO と答えていれば、そして学校に無理してでも行っていれば、母親は入院が長引か なかったんじゃないかと、今でも悔いている」と言っています。ここに「自分の判断 ミスだった。」「後悔している。」とあります。僕は、彼がなぜこのような受け止め方を するのかわからなかった。

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母親の件はこうなのです。彼の母親は足の骨が段々壊死していく難病です。だん だん悪くなっていきます。その彼女が、彼を「さあ学校へ行きなさい」とか何とかで 引っ張ったんだそうです。その時に彼女の足が悪くなってまた入院するようになっ た。その事が自分のせいだと背負い込んだのです。 今僕が説明したことは「どうして、こういうふうに思ったん?」と聞いていった中 で、初めてわかってきたことです。大体 1 時間半位いろんなことを聞きました。それ で僕が「君は判断ミスだったとか、大間違いやったとか言っているけど、君がエアー ガンで対抗したというのは、アメリカなんかでは、銃を持って自分で防衛するという ことをやるじゃないですか。それはあまり賢いことじゃないかも知れないけれども、 君は自分で立ち上がっていこうとしたことであって、決して悪いことばかりじゃない んじゃないか」と、エアーガンについての私の感想を述べました。 それから警察の件についても「これは君の判断が間違っているんじゃない。君の話 をちゃんと受け止めなかった警察の手抜かりだ」と言いました。それからお母さんの ことについては「いろんな事が重なりあってこういうことになったんであって、それ は君が背負い込む事じゃないよ。君は全体から見たらイジメの被害者なんだ」と言い ました。 彼はその日の夜に、自分の書いた作文をお母さんに見せて、初めて詳しくイジメの 件についてお母さんに話したそうです。そうしたら、お母さんは私と同じ様なことを 言った。それで彼は、自分のものの見方は偏 ったもの、思い込みだったということに 気づいていった。 N 君の作文の続きを読みます。彼の作文は、生徒みんなの感動するところとになっ て、学校の代表に選ばれたんです。その地区の発表のために書き加えた部分です。 『以上の話を 7 月に行われた校内の生活体験作文発表会でクラス代表として話した。 話す直前まで、今まで自分の中にしまっていたことを皆の前で話すことは、内心不 安だった。この話をして、自分が周りに受け入れられなかったらどうしようと思っ ていた。そして発表当日もやっぱり不安で、左手の傷も痛んでいた。』  僕も内心、彼は発表出来ないんじゃないかと、恐れをずっと持っていました。この 日、学校に来れるかなとずっと心配でした。登校してきた彼を見た時には、本当に ホッとしたことを覚えています。そして発表前、彼は左手の傷が痛んでいたんですね。 作文を続けます。  『発表中は頭の中が真っ白で覚えてないが、ただ学校代表に選ばれないようにとい うことに必死になっていたことは覚えている。』 彼は「まあいいか」とか「まあ何々なんだが」とか「俺はー」とか、わざとこうい う言葉遣いをしているんです。これが学校代表に選ばれないための彼の工夫なので す。けれども残念ながらというか、思いがけず、彼は学校代表に選ばれました。

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 『しかし発表してみて、まあ今でもまだすっきりしていない部分もあるが、気持ちが 軽くなったのは確かかな。』 この「すっきりしていない」というのは、発表してみたら、まだ本当に自分のイジ メの体験がいっぱいあって、すべてを書けていないということが一つと、もう一つは、 ずーっと今までこのことで苦しんできたのに「あれ、こんなにすっきりしてこんなも んだったのかなあ」というそういう半信半疑のような感じが、彼のまだすっきりして いない部分だそうです。そしてこう書いています。 『それは、発表前に、担任の先生に作文を見せたら、先生がわからないことについて いくつか質問をして、それからいろいろ事実の受け止め方について意見をくれたこ とで、今まで自分のせいと思っていたことが勘違いというか、自分の思い込みみた いだった、ということに気づかされたこともあると思う。でも、発表が終わってか らは、精神的にダウンして、2、3 日学校を休んでしまった。しかし、結果的に皆の 前にすべてをさらけ出しても、内心恐れていたことは起こらなかったし、すべてを 周りの人に話したことで気持ちも軽くなり、それからは左手の傷も痛まなくなっ た。』 この発表後、彼は左手の傷がもう痛まなくなった。いわゆる一つ越えたということ です。 『それに、今までは自分の中学時代は「嫌だった」とか「最悪だった」としか考えら れなかったのが、確かにいまだ最悪だったという思いはあるが、その反面、いろい ろな面でいい経験をした。「まあいいか」と、今はそう思えるようになった。』 こういうふうに書いて、学校代表として発表したのです。 内藤大助というボクシングの選手がいますが、内藤選手も中学校時代にひどいイジ メを受けていて、東京に出てきてボクシングをやった。確か新人王戦の時だったかと 思いますが、ずっと勝ち上がってきて、その時に、昔のイジメていたボスが、たまた ま試合会場に姿を見せた。リングの上から内藤大助が彼の顔を見た時足がガタガタ と震え出して止まらなくなったそうです。もうチャンピオンになろうかというのに。 そしてチャンピオンになって地元に凱旋してきても、昔のイジメていた者に会うとき は震えが止まらなかったそうです。イジメというのはすざましい人権侵害というか、 古い傷を残すものなのです。だから、このイジメという問題に対しては、敏感に対処 していかないといけない。 彼はこの作文を校誌に掲載しましたし、実は、今私が報告したのは、私が県の人権 同和教育の実践交流会の中で、地区の代表として発表させて頂いた内容なのですけれ ども、彼に「君の作文を皆の前に出していいかね?」と言うと「ああ、いいよ」とい

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うから、こうして皆さんの前にも紹介しているようなことです。 彼は、この作文を書くまでは、この事を彼の心の内にだけしまっていた。彼は校内 で発表する時、「今まで誰にも言ったことはありません。この場が初めてです」と言い ました。つまり、彼は自分の中に秘密をもち、そして自分の判断ミスということで、 善悪で自分を裁いていた。そしてついには、家に引きこもって不登校になりました。 そして、イジメの事を思い出すと、どうにも体が硬直して苦しんでいました。古傷も 痛みました。そしてどうしていいかわからず、先に進めない状態でした。 つまり、彼は自分の中に閉じこもっていた。難しい言葉で言うと「自己内に閉塞」 していた。それが偶々、泣いている場面を僕に見つかって、僕は彼にとっては他者で すから、他の勧めを受け入れて、体験を作文にして表現した。客観化した。そして 「他者の前に表現」をした。そうしたら、この発表を聞いてまたイジメてきたり、自分 をバカにしたり、今まで仲良くしてくれてたのが、遠い関係になるということを心配 していたが、友達は彼をそのまま受け入れた。定時制の優しさだと思います。そして 自分の思い込み、偏見に気がついた。「他者の反応を通して、本当の、事実としての自 分の姿を見た。」つまり「自覚」をしたんです。そして、彼は「自分の判断ミスだった。」 「自分がこういう行動をしたことを後悔している」と、自分自身の物語を自分で描い ていたんですが、その「物語を(一部)変更」した。 「物語」についてちょっと言いますと、福祉の現場(介護あるいは看護)などでは、 自分の辿ってきた過去をずっと描き出して、どうして自分が今ここにあるかというこ とを見て、その事を元に、治療計画とか、将来のあり方を展望していく。そういう物 語という作業があるそうですが、彼は自分の体験を書くことによって、自分の物語を 書いたのです。 ところが、私や他者の反応によって彼は自分の描いてきた物語を一部変更した。そ ういう作業を彼は、この取り組みを通してやったのだと思うのです。その結果、古傷 の痛みはなくなった。そして彼も「この事はもう乗り越えられたかな」と言っていま したが、イジメを乗り「越えた」。次のステップに進むことができた。             そういうことで、今回の講題は『見ることはこえること』とつけました。事実とし ての自己の姿を他者の反応を通して、他者によって自覚して、その事をこえていく。 他者によって、事実としての自己の姿を見る。そして、見ることはこえること、変わ ること、前進することである。 従って、キーワードは「他者」「自覚」です。「自覚」というのは自分を知ること、自 分を見ること。「他者」というのは、他者という視点、自分を映し出す鏡としての他者、 ということです。 次の時間は、この「他者」とか「自覚」ということが、お金持ちになるとか、成功 するとか、有名になるとか、そういうことにおいても非常に大事なものだということ を、少し見させていきたいと思います。

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2,「夢をかなえるゾウ」 水野敬也 著    今回、岡村君からテーマを聞いて、水野敬也という人の『夢をかなえるゾウ』とい う本を紹介したいと思いました。 どうして私がこの本を手に入れたかというと、全くの偶然です。妻の友達が、妻に 「これ面白いから読んでごらん」と言って貸してくれた。妻が読んだら面白かったの で、これを子供に読ませようと思って子供の机の上に置いていたのですね。 ところが、私が勉強に疲れて気分転換に手に取ったら、面白くてとうとう最後まで 読んでしまった。そういう本なのですが、それが偶々、岡村君のテーマと非常にかぶ るし、岡村君の問いにも少しは参考になるのじゃないかと思いましたので、ちょっと 退屈かもわかりませんが、お聞き頂きたいと思います。    「おい、起きろや」聞き慣れない声で目を覚ました僕は、眠気で重い瞼をゆっくり 持ち上げた瞬間、目玉が飛び出るかと思うくらいの衝撃を受けた。「なんだこいつ は」枕元に変なのがいる。ゾウのように長い鼻。鼻の付け根からのぞく二本の白い 牙。片方の牙は、何故か真ん中あたりで折れている。そして、ぽってりとした大き な腹を 4 本ある腕の一つでさすっていた。」         これがガネーシャです。お聞きになったことありませんか。これはインドの神様 で、頭はゾウ、体は人間、手は 4 本だそうです。そして、障害を取り除いたり財産を もたらしたりする徹底的な現世利益の神様として、インドでは最も人々に親しまれて いる神様だそうです。それがこういうふうに面白おかしく出てくるのです。しかし 内容は、洋の東西、古今の成功者のことを詳しく調べて、その成功した要素というも のをえぐり出している。極めて真面目な内容なんです。この本の中で、キーワードを 探っていきたいと思います。 この物語には、ガネーシャというゾウの神様が出てくるわけですが、これがどうし て主人公「僕」の前に出てくるかというと、「僕」が、今で言う六本木ヒルズあたりで すか、大きな部屋の有名人のパーティーに乗り込んだのですね。そしてそこで非常に みじめな体験をして来た。それで、「僕」がインド旅行の土産に買ってきた、このガ ネーシャの像に頬ずりしながら、「何とか変わりたい」と言ってお願いするんですね。 そうしたら、このゾウが現れてきたという筋書きなんです。全部は読めませんから、 要点を拾い読みさせて頂きたいと思います。 はじめ、「僕」は夢かと思っていたんですが、このゾウが出てきたわけにやっと気付 くんですね。そしてガネーシャは契約を結べと言うんです。 今まで僕は何度も何度も変わろうと決心してきた。目標を決めて毎日必ず実行し ようと思ったり、仕事が終わって家に帰って来てからも勉強しようとするのだけど、 どれもダメだった。「やってやる!」そう思ってテンションが上がっている時はいい けれど、結局何も続かなくて三日坊主で終わってしまって、もしかして「やってやる」 と思った時より、自分に対して自信を失っていて、そんなパターンばかりだった。「変

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わりたい」と思う。でも、いつしか「変わりたい」という思いは、「どうせ変われない」 という思いとワンセットで来るようになっていた。 そこで思い切って契約を結ぶのです。そしてガネーシャから一日一課題を出され るのです。  最初の課題は『靴を磨く』です。  「ええか、自分が会社へ行く時も、営業で外回りする時も、カラオケ行ってバカ騒 ぎしている時も、靴はずっときばって支えてくれとんのや。そういう自分を支えてく れるもん大事にできん奴が成功するか、アホ!」 「正直に言わせて頂くと、やっぱり靴を磨いたからと言って成功するとは思えない です。お金持ちにだってだらしない人はいるでしょうし、もっと他の課題はないんで すかね?」 するとガネーシャは睨むような目つきで僕を見た。 「自分な、今まで自分なりに考えて生きてきて、それで結果出せへんからこういう 状況になってるんとちゃうの?」 「そ、それは・・・」        「ほなら逆に聞きたいんやけど、自分のやり方であかんのやったら、人の言うこと 素直に聞いて実行する以外に何か方法あんの?」 「うぐぐ・・・・・・。」 「それでもやれへんいうのはなんなん?プライド?自分の考えが正しいに違いない いうプライドなん?」 「プライド・・・・・・なのだろうか。」 「もしくは期待してんやろ。自分のやり方続けててもいつかは成功するんやない かって。」 ガネーシャは煙草を取りだして火をつけた。 「ま、先に現実から言うとくと」 ガネーシャは煙を僕の顔の横にふわーと吹きかけた。 「保証したるわ。自分、このままやと 2000 パーセント成功でけへんで」 僕は思わず声を荒げて言った。 「な、なんでそんなこと言いきれるんですか?」 「そんなもん、自分が成功せえへんための一番重要な要素、満たしとるからやろが い」 「何ですか?成功しないための一番重要な要素って?」 「成功しないための一番重要な要素はな、『人の言うことを聞かない』や。そんなも ん当たり前やろ。成功するような自分に変わりたいと思っとって、でも今までずっと 変われへんやったちゅうことは、それはつまり、『自分の考え方にしがみついとる』 ちゅうことやんか」 そしてガネーシャは僕を見て言った。

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「自分が成功でけへんのはな・・・・・・今さっき『そんなことして意味あるの?』 と考えた、まさにその考え方に全ての原因があるんやで」 今読んだ所で、キーワードを書き出してみます。  「プライド」  「期待」  「人の言うことを聞かない」   「自分の考え方にしがみついている」  「そんなことして意味あるの」。 この本には、課題と成功した有名人の例と、そして課題を実行してみた「僕」の感 想が出てくる。そういう内容でずっと綴られていきます。その間に面白おかしい事 をちりばめてあります。ですから読みやすい。表面的に見ると、あまり大した本じゃ ないように最初は思うのでが。何故大したことないと思うかと言うと、お金持ちにな りたいとか、成功するとか、有名になる為にはどうするか、というような所からス タートしますから。しかし、そのキーワードは非常に素晴らしい。彼は靴磨きをした ら結構気持ちが良くなったということです。  2 番目の課題の前に、こういうやりとりがあります。 昨日に引き続き、僕はガネーシャに疑問をぶつけてみた。 「靴磨きなんかで僕は本当に変われるのでしょうか?」 するとガネーシャは、ぴくっと眉毛を動かした。 「またそれかいな。ほなら、どないしたら自分は変われるっちゅうんや?」 「なんて言うんでしょうかねぇ、こう、成功の『秘訣』みたいなものを教えて貰えれ ば・・・」 「秘訣を知りたい、いうことは、要するに、『楽』したい訳やん?」 また何も言い返せなかった。人生を変えたり成功したりするためには、成功者だけ が知っているような隠された秘密のようなものがあって、それを知ることができれ ば成功すると思っていた。「それは『楽』して人生変えたり、『楽』して成功したいっ ちゅう『甘え』の裏返しやん?」     キーワードは、「楽がしたい」「甘え」です。 「ええか?お金いうんはな、人を喜ばせて幸せにした分だけもらうもんや。せやか ら、お金持ちになるんは、みんなをめっちゃ喜ばせたいて思てる奴やねん。でもお 金持ちになりたい奴は、やれ車が欲しいやの、旨いもんが食いたいやの、自分を喜 ばせたいことばっかり考えとる奴やろ。・・・まあそういう欲が悪いいうわけやな いで。人間は自分の欲に従うて生きるしかないからな。最初は、そういう自分を喜 ばせる欲をエネルギーにして進んでもええ。けどな・・・」  ガネーシャは続けた。 「世の中の人を喜ばせたいっちゅう気持ちを、素直に大きくしていくことが大事や

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ねん。そやから寄付すんねん。人はとにかく人を喜ばせたいし助けたい。そうい う人間になることや」 2 番目の課題は、『コンビニで募金をする』です。 キーワードは、「人を喜ばせて」です。「僕」は恥ずかしいけれども、今まで行って いた所と違うコンビニへ行って、こそばゆい感じはしたけど、募金をするわけです。 次の課題は『食事を腹八分に押さえる』。 「僕」は食べ過ぎないで腹八分目に押さえる。そしたら結構今まで眠たかったのに あまり眠くならなくて、仕事のモチベーションも上がって良かったという感想があり ます。 次の課題は『人の欲しがっているのを先取りする』です。  ガネーシャが「自分の年収、どれくらいなんや」と聞くから、答えたら「お、少ね。」 というところから次の会話が始まります。 「稼ぎいうんは、どれだけ他人の欲を満たせとるか、それが数字にそのまま表れと るんや。腹が減った、眠い、遊びたい、気持良くなりたい、・・・・人にはそういう欲 があるわな。その欲を快適に満たして、その対価としてお金もらうんが今の世の中で は『ビジネス』と呼ばれてんねや」  まあ確かにガネーシャの言う通りだろう。僕たちがお金を払うのは、自分の欲を満 たすためだ。 「つまりこういうことが言えるわな。『ビジネスの得意な奴は、人の欲を満たすこと が得意な奴』てな。人にはどんな欲があって、何を望んでいるか、そのことが見抜け る奴。世の中の人たちが何を求めているかがわかる奴は事業を始めてもうまくいく。 上司の欲がわかっている奴は、それだけ早く出世する。せやろ?」 「・・・・・・・・・・」 ガネーシャは、「やっぱり自分にはわからへんわな」と、ニンマリして言った。 「ええか?人の欲を満たすにはな、人に『何が欲しんですか』って聞いて回ればえ えってことやないんやで。もしかしたら、人はこういうかも知れへんやろ。『何が欲 しいかわからない』でもな、それでも人には何かしらの欲があるんや」 ガネーシャは続けた。 「人はな、わざわざ〇〇が欲しい、なんて教えてくれへんのや。人が何を欲しがっ ているかを、こっちが考えて、予想して、提案していかなあかんのや。人の欲を満た すいうんは、それくらい難しいことなんやで。」 ガネーシャは、「ふふん」と得意気に鼻をならすと言った。

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「よし、次の課題はこれや。『人の欲しがっているものを先取りする』ええか?とに かく誰かに会ったら、『この人が欲しがっているものは何か?』ちゅうことを考えなが ら接してみい。そして欲しがっていること、求めていることを出来るだけ与えるよう に心がけるんや。わかったか?」  「人が欲しがっているもの」。「僕」はこの課題を実行してみると、これは出会う人す べて、お客さんだと考える習慣であることに気がついた。この習慣には、ビジネスや 仕事に対する感性を磨く効果があるかも知れない・・・・・・という感じでした」と いう感想があります。  続いての課題は『人を笑わせる』です。 「あのー、人を笑わせるのと僕が成功するのと何か関係あるんですか?」 「前から言おうと思ってたんやけど、『成功するのと何か関係あるんですか?』って 質問する時の自分、毎回、とんでもなくアホな顔しとるで」 「・・・・・・どんな顔したっていいじゃないですか。教えて下さい。」「自分、『空 気』ってわかる」 「『空気』ですか? 吐いたり吸ったりする・・・」 「アホか。お前・・・ええか、空気ちゅうのは、めっちゃ大事なんやで。例えば売上 が伸びひんで潰れそうな会社のオフィス行ってみ。空気がどよ∼んとしとるから一 瞬でわかるで。逆に調子のええ会社は空気がええわ。みんな楽しそうにしとって、そ こにおるだけでこっちまで楽しい気分になるねん」 「その場に行った瞬間、感じるものってありますね。理屈じゃなくて感覚的なもの が」 「そやろ。人の印象でもそういうのあるやろ。話し初めてすぐ、『何か嫌な感じや』 とか、『この人雰囲気ええな』とか、その人の持ってる空気ってあるやろ?」 「確かに第一印象で決めたりすることってありますもんね」 「ほいで、こっからが大事な話しなんやけど」 「はい」 「笑わせるいうんは、『空気作る』っちゅうことなんや。場の空気が沈んでいても、 その空気を変えられるだけの力が笑いにはあるんや。ええ空気の中で仕事したら、え えアイディアかて生まれるし、やる気も出てくる。人に対してやさしゅうなれるし、 自分のええ面が引き出される。それくらい空気ちゅうのは大事やし、笑いって大事な んやで」 確かにある人が来ると、途端に空気がパッと明るくなったりすることがある。逆に 決まって場を嫌な感じにする人もいたりするけど。 「空気を明るくしてくれる人の周りに人は集まるもんやで。街灯に虫が集まるみた いにな」

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ガネーシャの言うことには思い当たる部分もあった。 「ええか? 『気分は伝染する』んやで。いっつも楽しい嬉しいいう気持ちでおった ら、そこに自ずと笑いが生まれるわ」 ということで、この日の課題は『会った人を笑わせる』。で「僕」はどんな笑いを取 ろうとしたかと言うと、職場の隣の女性の同僚が「パワーポイントの使い方を教えて 下さい」というので、「こうして力を込めて、マウスをクリッククリック」と言った、 ということでした。 次の課題は『トイレ掃除をする』です。  「トイレを掃除するちゅうことはな、一番汚い所を掃除するっちゅうことや。そんな もん誰かてやりたないやろ。けどな、人がやりたがらんことをやるからこそ、それが 一番喜ばれるんや。一番人に頼みたいことやから、そこに価値が生まれるんや。わか るか?好きな事をしろなんて、自分ら言われてきたかも知らんけどー、まあ好きな事 するのも大事やけどな、それと同じくらい大事なんは、人がやりたがらん事でも率先 してやることや。仕事できる奴らは、全員その事知っとるで」 「トイレ掃除をしたら、何となく気分が良くて、会社に行っても自分の机の上の汚 れが気になって、きれいに片づけた。その後、出さないといけないなと思っていたお 礼のメールも出したし、苦手な作業も苦もなくやれた。トイレ掃除ということは、非 常にいい効果があるのかも知れない」という感想を「僕」が述べます。 次の課題。 これでいい気になってその日、同僚に誘われて一杯やって、もうグデングデンに なって帰ってくるんですね。そしたらガネーシャが 「今から大事な話をするから覚えとけや」と言って、煙草の煙を吐き出した。 「世の中のほとんどの人間はなあ、『反応』して生きてんねや」 「『反応』ですか?」 「そうや。自分から世の中に働きかけるんやのうて、自分の周囲に『反応』しとるだ けなんや。親から言われて、勉強して、みんながやるから受験して、みんなが就職す るから就職して、上司からこれやっとけって言われるからそれをやって、とにかく、 反応して反応して反応し続けて一生を終えるんや。そんなんで自分の人生、手に入れ られる訳ないやんか。自分の人生手の入れとる奴らはな、全部自分で考えて計画立て て、その計画通りになるように自分から世界に働きかけていくんや。わかるか?」 「は、はい。なんとなく」 「もっと具体的に言おか。」「例えば、その日のうちに、自分がやらなあかんことがあ るとするやん。夢とか目標とか、そういうのを中心に毎日の生活組み立ててったら、 飲みの誘い断ってたかも知れへんやん。でも自分は『誘われたから』行ったんや。誘

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われたという、周囲からの働きかけに対して反応して流されたんや、そやろ?」 「ハ、ハイ」 「会社終わったら自由やから遊んでええいう訳やないんやで。むしろ逆やで。会社 が終わった後の自由な時間ちゅうのはな、自分がこれから成功していくために『自由 に使える一番大切な時間』なんや。ええか、これからは仕事が終わったら真っすぐ帰 宅せえ。そんで一番大事なことに使えや。わかったか?」  ここでのキーワードは「反応」です。 その次の課題。 「僕」がいろんな課題をずっとやってきて自分で振り返って見た時、「こうやって振 り返ると、いつも三日坊主の『僕』にしては頑張れた方だと思います」と言った。 するとガネーシャが言った。 「ええか?こうやって自分が頑張れてるの確認するんは、めっちゃ大事なことなん やで。それ何でかわかる?」 「それは・・・自分を盛り上げるためですか?」 「まあそれもそうやけど、もっと大事な事があんねん。それはな、『成長したり頑張 ることは楽しい』て自分に教えていくためやねん。頑張らなあかん、頑張って成長せ なあかんて、どれだけ思っても、なかなか頑張れんのが人間やろ」 「そうですね。確かに頑張ろうって決めても、すぐに嫌になってしまいます」 「なんでそないなると思う?」 「それは・・・・意思が弱いから?」 「まあそう思うわな。でもな、頑張ろうと思ても、頑張られへん本当の理由、それは な、『頑張らなあかん』て考えること自体が楽しないからなんや、人間は楽しいこと、 やりたいことしかできないようになってるんや。自分、手塚治虫くん知ってるやろ」 「ハイ。『鉄腕アトム』や『ブラックジャック』を描いた漫画家ですよね」 「そうや。治虫君は 60 才で亡くなっとるんやけど、死ぬ直前の入院している病院の ベッドの上でも漫画描いてたんよ」 「そ、それはすごいですね」 「まあな。でもそれは確かにすごいことやけど、ある意味すごくないことでもある んや」 「あの・・・ちょっと仰る意味がわからないのですが、どういうことなのですか?」 「自分らはな、成功してる人の仕事のやり方を聞くと、『努力家だなあ』って思うや ろ。そして同時に、こうも思うはずや。『自分にはとても同じことはできない』。でも な、手塚治虫君は努力家やったんかな?いや、確かにそういう面もあると思うで、で もな、病院のベッドで死にかけてんのに、『努力しよう』と『我慢して頑張ろう』とか 思わへんのとちゃうかな?」 「確かにそうですよね。嫌なことを無理して頑張ろうとは思わないでしょうね」

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「それでも描くってことはな、単純に『やりたかったから』やと思うねん。とにかく やりたかったから、つい描いてしもうたんやろなあ」 「でも、やりたいからやる、これってすごいんやろか?」 「それは・・・」 「むしろ普通のことやん?でも、自分らは心の底ではやりたない思てることや、嫌 いなことを無理やりやろうとするやろ。努力せないかん、我慢して頑張らなあかん言 うて、努力することそのものを目的にして、頑張ろうとするやろ。そんなもん続くわ けないで。なんちゅうても、本音はやりたくないんやから」 僕はガネーシャの言葉に救われる気がした。成功している人の努力やストイック さは、何か特別な力で自分を動かしているのだと思っていたからだ。でもガネーシャ の言うことが本当なら、その状態になることは誰にでも可能だということになる。 「これからはな、毎日寝る前に、自分がその日頑張れたことを思い出して、『よう やったわ』って褒めや。一日のうち絶対一つは頑張れてることあるから、それを見つ けて褒めるんや。一日の最後はな、頑張れんかったことを思い出して自分を責めるん やなくて、自分を褒めて終わるんやで。そうやってな、頑張ったり、成長することが 『楽しい』ことなんやて、自分に教えたるんや」 ここのキーワードは、「人間は楽しいこと、やりたいことしかできないようになって いる」です。 その日の課題は『頑張れた自分を褒める』でした。 次の課題です。 『一日、何かをやめてみる』ということなんですね。 「変わるとか、変わりたいという時には、新しいことを始めて上手くいく場合もあ る。しかしそれだけでは変わるのは難しい。むしろ新しいことを始めようと思うか ら、なかなか変われない。誰でもそれぞれ持ち時間といものがある。何かを止めて時 間を作る事、そうやって、ぱんぱんに入った器から、何かを外に出してみる。そうし たら空いた場所に、何か新しいものが入ってくる。それが何かをじっと見とけ。酒で も煙草でもテレビでもインターネットでも、何でもいい、とにかく一日だけでいいか ら止めてみる。そして、その止めた場所に何が入ったかを注意深く見てみる」 こういうようにガネーシャに言われ『僕』はテレビを止め、パソコンを止め、本を 読んでみたわけです。  次の課題です。 「今から言うことは大事な事やから覚えときや。人間が、変わろう思ても変わられ へん最も大きな原因は、この事を理解してないからや。ええか?『人間は意識を変え

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ることはできない』んやで・・・・・・みんな今日から頑張ってかわろう思うねん。で もどれだけ意識を変えようと思ても変えられへんねん。人間の意志なんてめっちゃ 弱いねん」 「それは、その通りです。人はみんな、自分で決めたことがなかなかできません」 「それでもみんな『意識を変えよう』とするやん?それ何でかわかるか?」 「さあ、どうしてですか?」 「『楽』やからや。その場で『今日から変わるんだ』て決めて、めっちゃ頑張ってる 未来の自分を想像するのは楽やろ。だって、そん時は想像しとるだけで、実際には全 然頑張ってへんのんやから。つまりな、意識を変えようとする、いうんは、言い方を 変えたら『逃げ』やねん。意識を変えようとするのは逃げ。」 僕は、そんなことを今まで考えたこともなかった。「一か月で本を 5 冊読む、」そう 決めて、これから変わっていく僕の人生を想像するのは、確かに楽しかったし興奮し た。でもそれが逃げだったなんて。 「それはある意味自分に『期待』してるんや」 「期待、ですか?」 「そうや。例えば、自分は『今月から本を毎月 5 冊読む』と決めても、実際はできへ んのに、未来の自分に『期待』してしまいよる。読める思てしまいよる」 確かに「○○をやる!」と決めて興奮している時は、それを実際に行動に移す時の 辛い作業を忘れているのかも知れない。 「本気で変わろ思たら、意識を変えようとしたらあかん。意識やのうて、『具体的な 何か』を変えなあかん。具体的な、何かをな」 ガネーシャは繰り返すように、ゆっくりとした口調で話した。 「『テレビを見ないようにする』この場合の、具体的な何かって、わかるか?」 答えられずに、じっと俯く僕の横を通り過ぎ、ガネーシャはテレビの近くで立ち止 まった。 「それはこうすることや」 ガネーシャはテレビのコンセントを抜いた。 「テレビのコンセント抜いたら、テレビ見たくなっても、一度立ち止まるやろ。そ したら今までよりテレビ見んようになる可能性は、ほんの少しやけど高くなるやろ。 もっと言えば、テレビ捨ててしもうたら、見られへんようになるわな。だってないん やもん。見ようがないやん。いや、ワシはテレビ捨てなあかん言うてるわけやないで。 テレビを見るなとか、見いひんとか、そんな細かい話をしとるんやない。ええか?ワ シが言いたいのはな、自分がこうするて決めたことを実行し続けるためには、そうせ ざるを得ないような環境を作らなあかんいうことや。ただ決めるだけか、具体的な行 動に移すか、それによって生まれる結果は全く違ってくるんやで」 これが、決めたことを続けるための『環境を変える』という、その日の課題でした。 それで「僕」は、いつも会社から帰ってきてからゴロンと横になるソファーを捨て

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てしまいました。そして、その時間を自分の勉強するための時間に変えていくわけで す。 その次の課題は、「意識を変えずに環境を変えろ」ということの具体的な例として、 服装に注意して『毎朝全身鏡を見て、身なりを整えろ』。意識や内面を変えることは難 しいが、外見は変えられる。 次の課題は『自分が一番得意なことを人に聞く』です。 「ピータードラッガー君がこんなこと言うてたな。『(強みの上に築け)』で自分の得 意なことを徹底的に伸ばしていくんが成功に繋がるっちゅう意味や。知っとるや ろ?」 「・・・・・・」 「よし、今日の課題はこれや。『自分が一番得意なことを人に聞く』」 「それは自分の得意分野を知るためですね?」 「そうや。ポイントは『人に聞く』っちゅうことやで。自分ではこれが得意分野や思 てても、人から言わしたら全然違てることあるからな」 「確かに、他人のことはよくわかっても、自分のことになった途端、分からなくなる 人は多いような気がします」 「そやろ。でもさっきの話でもそうやけど、自分の仕事が価値を生んでいるかを決 めるのは、お客さん、つまり自分以外の誰かなんやで」  次の日の課題は。 「この世界に闇がなければ光も存在せんように、短所と長所も自分の持っている同 じ性質の裏と表になっとるもんやで。例えば、一人の作業が好きな奴は、人と会うと 疲れやすかったり、逆に人と会うのが好きな奴は、一人の作業に深く集中することが でけへんかったりするもんや」 確かに僕は人と会っていると疲れてしまい、一人になりたくなることが多い。コミ ニュケーションは苦手だけど、それが逆に僕の長所でもあるということなのだうか。 「だからな、自分の長所を知りたかったら、逆に短所も聞くんや。自分の苦手なこ とや、自分の欠点も教えてもらうねん。普段見落としがちな裏側に注意するねん」  ポイントは、「人に聞くということ」。  次の日の課題は。  「よく『夢は強く思い描けば実現する』て言うやん?まあ確かにそれは正しいんやけ ど、この言葉勘違いしてしもとる奴多いねん。思い描けば実現するなんて言われると、 『夢を思い描かないといけない』て考え出す奴がおんねんや。なんちゅうか、それっ

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て、親や周囲の期待に応えようとして、無理やり考えてるのと似てるわな。そうやっ て『夢を思い描かないとダメだ』というふうに思う癖が身についてしもうとる奴は、 夢を想像することに逆にプレッシャー感じたりするねん。でも本来の夢って違うね ん。誰に言われるでもなく、勝手に想像してワクワクしてしまうようなんが夢やねん。 考え始めたら、楽しゅうて止まらんようになるんが夢やねん。そういう想像の仕方を 大事にせなあかんねん。」  『夢を楽しく想像する』というのが、その日の課題でした。  その次の課題は。 「まあ、いきなりこんなこと言われてもピンとこんかも知らんけど、自分らのおる この世界はな、一定の法則で動いてる機械みたいなもんなんやで。水が高いとこから 低いとこに流れるように、太陽が、東から昇って西に沈むように、秩序正しく動いと る。世界を支配しとる自然の法則みたいなもんが存在するんや」 (何の話だ?)僕はふとんの中で眉をひそめながら、話の続きを聞いていた。 「自分の身の周りに起きる出来事もな、そういう自然の法則にのっとって起きとる だけなんや。でもな、単純に法則通りに起きてるだけの出来事に対してやな、自分ら は、『運が良い』とか『運が悪い』とか、なんや勝手に『良い』と『悪い』に分けてし まうわなぁ」  ガネーシャの話は続く。  「例えば、初めて山登りをする二人がおったとするわ。その二人がいざ山登りをしよ うとすると、たまたま雨が降ってきた。二人は雨具を持って来てへんかった。一人は こう思った。『天気予報では晴れだって言ってたのに・・・か、山の天気は変わりやす いから今日みたいに雨が降ることもあるんだな。今度からは雨具を準備しておこ う』。」  「ええか?今ワシがしてる話は、いつ何が起きるかわからないからちゃんと準備して おきましょう、なんてレベルの話をしてるんやないで。もっともっと深い話や。雨が 降ったことに対して『運が悪い』と思った奴は、世界を支配している法則と、自分の 考えている世界とのズレをそのまま放たらかしにしたことになるんやで。この場合 の法則は『山の天気は変わりやすい』やろ。でも、その男の考える世界は『天気予報 通りにしておけば問題ない』やからな。だからまた必ず同じような失敗を繰り返すこ とになるんや。逆に、『今度からは準備しておこう』と考えた片方の奴は、世界を支配 してる法則を学んで、自分の考え方をその法則に合わせたんや。せやから、これから はもっと確実に山に登ることができるやろ。この違いがわかるか?これはもう決定 的な違いなんやで」  「幸ちゃんがな、(幸ちゃんとは松下幸之助)こんな言葉残しとる。『すべての責任は 自分にある』。他人が起こす出来事、身の周りの環境で起きる出来事は、全部自然の 法則通りに発生しとる。だとしたら、自分が望む結果を出すには、自分を変えるしか

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あらへん。だから『すべての責任は自分にある』なんや。自分も聞いたことあるやろ、 『変えられるのは自分だけだ』て言葉。これも全部同じこと言っとんのやで。でも本 質的に理解しとる奴なんてほとんどおらへん。」  「エジソン君はな、どんだけ実験に失敗しても、もう何千回失敗しても『成功だ』言 うたんや。『この実験が失敗だと分かったから、またひとつ成功に近づいた。だから 成功なんだ』ちゅうてな。このスタンスや。このスタンスこそが、世界の法則を学ぶ 方法なんやで。エジソン君が、とんでもない数の発明をしたのも偶然やない。発明っ ちゅうのはな、世界に存在する隠れた法則を発見する行為そのものやかな。」  「だからまず『運が良い』って思うんや。自分にとって嬉しゅうないことが起きても、 先ず嘘でもええから『運が良い』て思うんや。口に出して言うくらいの勢いがあって もええで。そしたら脳みそが勝手に運がええこと探し始める。自分に起きた出来事 から何かを学ぼうと考え出すんや。そうやって自然の法則を学んでいくんや」 で、その日の電車が遅れましたが、「僕」はこの話を聞いていたので「まあ、自分の 乗っていた電車が事故にならなくて良かったなあ」とか「鞄に本を入れておけばこん な時はいいな」とそんなことを学んだ。  その次の日の課題は『ただで貰う』。  「次の課題は、『ただで貰う』これやってみいや。どんな小さいことでも安いもんで も、何でもええから、取りあえずただでもらったりしてみい。それ意識してたら、自 分のコミュニケーション変わってくるで。言い方とか、仕草一つとっても気い遣うよ うになるで」  「ハイ」  「仕事を助けてもろうたり、何かのアイデアもろうたりしてもええ。例えば、ある人 に可愛がられて仕事を振って貰うのかて、ある意味『仕事』と『 愛嬌』の交換と言え るわけやし」   なるほど。人から助けてもらう人たちには、そうされるだけの理由があるんだな。 これは試してみる価値がありそうだ。 その日「僕」は、部長に付きまとって、「何か奢って貰えますか?その代わり肩を揉 まして頂きます」とか何とか言っていたら、やっと缶コーヒーを奢って貰った。それ で「僕」は、「ただより高い物はない」とよく言うけど、確かにただで何かをしてもら うのは本当に気を遣う。気持よく話を聞いて貰うには、とにかく普通に会話するより、 いろいろな事を必要とされる気がした。 またこの課題は、その場を取り繕うような態度だけでなくて、普段からの接し方や、 行いにも関わっていることにも気付いていくわけです。  その次の課題『身近で一番大事な人を喜ばせる』。

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 「今日の課題はもう終わったで」  「終わった?」  「そや。今日の課題は、まあ強いて言うなら『身近で一番大事な人を喜ばせる』やな」  「身近で一番大事な人を喜ばせる?」「それはどういうことですか」  ガネーシャは、砂糖だらけの口を手で拭うと話し始めた。「人間ちゅうのは不思議 な生き物でな。自分にとってどうでもええ人に気遣いよるくせに、一番お世話になっ た人や自分を一番好きでいてくれる人、つまり自分にとって一番大事な人を一番ぞん ざいに扱うんや。例えば・・・親や」  「親ですか?」  「そうや、自分、最近親と話てるか?」  「いえ・・・そういえば正月以来ほとんど話してません」  「せやろ、まあ世の中にもいろんな親がおって、その中には子どもを不幸にしてしま う親もおるけどもな。でもな、自分、親がおらんかったら今この世に生まれてへんの やで。この事実だけでも、親に感謝する理由になるんちゃうかな?」  頭のどこかで、いつか親孝行をしなければいけないとは思っている。  「でも・・・・・・」僕は決まり悪そうにして答えた。  「親と話したり電話するのっていうのは照れてしまうし、正直面倒なんですよね。あ と、電話しても、いつも小言を言われるので、話しているうちに喧嘩になっちゃうん です」  「別に喧嘩になってもええがな。親は息子の声が聞けるだけで安心なんかも知れん で。『愛の反対は憎しみやない、無関心や』言うやろ」  「ハイ」  「あと、別に親やなくてもええ。普段から自分のことを助けてくれる親友や先輩。そ ういう人からの愛情は受け慣れてしまっとるから、なあなあになってへんか?」  僕は自分の周囲の人たちの顔を思い浮かべてみた。確かに、仕事上で大事な取引先 の誕生日にはプレゼントを買ってまで駆けつけるのに、一番仲のいい友人の誕生日は、 近所の居酒屋で適当に済ませたりしてしまう。ガネーシャの言う通り、遠い人であれ ばあるほど、僕は気を遣っているかも知れない。  「これは親とか友達だけの話やないで。例えば、自分のことを贔屓にしてくれるお客 さんがおるとするやろ。そのお客さんは、自分の言うことなら何でも聞いてくれる。 融通もきかせてくれる。でも、他に、めっちゃうるさいお客さんおったら、ついうる さい人に構てしまえへん?」  「あ、それはあります。大事なお客さん後回しにして、うるさい人を何とかしようと 思ってしまいますね」  「せやろ、それ、人の優先順位が全くわかってへんねん。相手の出方でこっちが左右 されてしもうてんねん。それって、前も話したけど、『反応』してもうてるやろ。いや、 お客さんは大事にせなあかんで。クレーム言うてきたり、大変なお客さんも大事にせ なあかん。でも、お前を愛してくれるお客さんに最高のもてなしするんは当然やない か。ええお客さんやからいうて甘えとったらあかんで。」

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 確かに僕たちは一番大事な人を疎かにして、そうでない人に時間を注いでしまう傾 向があるかも知れない。例えば、出来る社員は放たらかしにしておいて、出来ない社 員ばかりを注意してしまう。時間通りに出社する社員は褒めないのに、遅刻してくる 社員の指導に時間を使ったりする。仕事でも、僕の周りの人間関係でも、一番大事な 人をしっかりと認識し、その人たちから先ず喜ばせたり感謝をするようにしよう。 『身近にいる一番大事な人を喜ばせる』、これは参考になりました。学校でも、言う ことを聞かない人に目がいくんですよ。言うこと聞かん人を注意したり、そんなこと ばっかりしているけど、そうじゃない一生懸命真面目にやっている人を一番大事にし ていかなければならない。そういうことを思ったりしました。 その次の課題です。 「ええか?」「ほんなら聞くけど、人はどんな人の所に集まると思う?」 「どんな人って・・・・・・そりゃ、好きな人の所でしょう」 「じゃあ、どういう人を好きになんねん」 「そりゃ、人それぞれでしょう。好みがありますから」 「ちゃうな。今からめっちゃ重要なこと言うから覚えとくんやで。ええか?人は自 分の自尊心を満たしてくれる人の所に集まるんや」 「自分の自尊心を満たしてくれる人・・・・・・」 「そうや。その人の傍におったら自尊心が高まる、プライドが満たせる、そういう 人の傍に人は集まるんや」 「へ、へぇ・・・」。 「例えば、お金持ちや成功した人、有名人の周囲に人が集まるのも同じやで。そう いう人と一緒におるとプライドが満たされるやろ」 「言われてみると、そうかも知れませんね」 「また逆を言うたら、人の自尊心が満たせて、人から応援されて押し上げられるよ うな奴が成功していくんや。だってそうやろ?周囲から嫌われて足引っ張られま くっとる奴が成功するわけないやん。たまたま何かの拍子でうまいこといっても、最 終的には足引っ張られて蹴落とされるやん。人間のそういうネガティブな感情は、ほ んま恐いんやで」 「確かに、一瞬成功を掴んでもダメになってしまう人は多いですね」 「せやろ。それはな、応援されてないからや。その人を守ろう、いう人が周囲にた くさんおったら、そういうことにはならへんのや。そういうことわかってたら、『人の 自尊心を満たす』ちゅうことがいかに大事かわかるやろ」 「成功したいんやったら、絶対誰かの助けもらわんと無理やねん。そのことわかっ てたら、人のいい所を見つけて褒めるなんちゅのは、大事とか、そういうレベル通り 越して、呼吸や。呼吸レベルでやれや!二酸化炭素吐くのと同じくらいナチュラルに 褒め言葉言えや!ええか?」

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今日の課題は『人のいい所を見つけて褒める』。 これについても思い出があって、定時制という所はすごい所です。二十歳位の人で したけども、僕はその頃、人の裏を考えるなんてできなかった。額面通りの人間でし た。それで「君は人の裏を考えたりするかね?」と聞いたのです。すると、その人は 「そら考えます。当たり前でしょう。人の裏までちゃんと考えます」と言いました。 さらにその人が僕に言った。「先生は、よく生徒のことを褒めているけど、先生は人 の裏側、人の悪いことも知って褒めていますか?人の悪い所も全部わかって褒めない と本当に褒めたことにならんばい。」二十歳の青年が、五十過ぎたおじさんに言うの です。「そうやなぁ」と思いました。 そして、物語の主人公も、いざ褒めることを実行しようとすると、これが意外に難 しい。ただ表面上褒めるだけではおべっかになってしまう。やはり相手をよく見て、 相手をよく知り、素晴らしいと思える事について正直に言う。それが褒めるというこ となのだと思った。 続けて、ガネーシャの教えについて見てみたいと思います。 次の課題 「ワシ、人の心読めるやん?まあいつも読んどると大変やから、気が向いた時だけ にしとるけどな。人が何考えとるか見ると、まあひどいで」 「どういうことを考えてるんですか?」 「まあほとんどが自分の事やな。もっと言えば自分の欲がどうなっとるかっちゅう ことやわ」 「自分の欲、ですか?」 「せや。『腹が減った』とか、『寒い』とか、『嫌だ』とか『やりたくない』とか」。 「なるほど」 「そんで、人と話してる時も大概考えてるのは自分のことやで。『この人、俺のこと どない思てんのやろ』『俺、なめられてへんか?』『うわ、緊張してきた』そんなこと ばっかやん」 「確かに、自分のことを中心に考えてる気がします」 「それがワシに言わせたら、『自分にベクトル向き過ぎ』ちゅうことになるんや」         中学生の皆さんに説明しますと、ベクトルというのは、方向と大きさを持った量の ことを言います。例えば、風量というのも向きと大きさがあります。皆自分の事ばか りに関心がいっている。それを「自分にベクトル向き過ぎ」と、ガネーシャは表現し ています。  

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