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アメリカ通商システム再編と「新しい」国際分業

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アメリカ通商システム再編と

「新しい」国際分業

[1]問題の所在−1980年代以降の貿易・投資拡大をどうみるか− アメリカ経済に出現した「ニュー・エコノミー」は,絶え間ない変化と競争 を本質とした市場競争原理が支配する新たな経済構造である。それは,ヒト・ モノ・マネーが絶えず変化と競争の波にさらされつつ,その中のほんの一部の 勝利者が変化と競争を機会とした利益の大半を獲得する世界である 。1) アメリカ経済が市場競争原理に適応し,「ニュー・エコノミー」を出現させ ていく過程で,アメリカの貿易・投資構造も大きく変化している。第二次世界 大戦後から1960年代までのアメリカ経済の対外依存度は低かったが,その後, 1970年代以降から現在まで一貫して高まっている(図表1)。それと同時に アメリカの通商政策も大きく転換しており,サービス,直接投資,そして知 的所有権などの分野への通商政策範囲の拡大や,世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)での多角的交渉だけでなく,自由貿易協定など二国間交渉 を通じた貿易・投資活動の自由化が急速に展開されている。 こうしたなかで「新しい」国際分業構造が出現しつつある。第二次世界大戦 後の国際分業構造は,他国経済によるアメリカ経済へのキャッチアップ現象に みるように,アメリカ経済は高付加価値活動における優位性を相対的に喪失し, 経済的格差が縮小するというものであった。これに対して「ニュー・エコノミ ー」下では,アメリカ経済が技術革新を中心とした高付加価値活動を活発化さ 立石[2004]を参照されたい。 1)

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せる一方で,他国経済はアメリカ経済から放出された低付加価値活動への特化 を迫られつつある。このことは「ニュー・エコノミー」下の国際分業構造の編 成原理が,第二次世界大戦後の国際分業構造から大きく変化しつつあることを 示唆する。 本稿の課題は,アメリカ通商政策の転換と貿易・投資システムの変化との関 連性をみたうえで,そのもとで形成されつつある「新しい」国際分業構造の編 成原理を明らかにすることである。 [2]アメリカ通商政策の基本構造 第二次世界大戦後のアメリカ経済は世界経済における圧倒的地位を背景とし て,「貿易および関税に関する一般協定」(General Agreement on Tariffs and Trade: GATT)を舞台に自由・無差別・多角的な通商政策を展開してきた。し かしアメリカ経済の衰退が顕著になった1980年代以降,アメリカの通商政策は 図表1 アメリカの対外貿易依存度 1960 1962 1964 1966 1968 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 0 5 10 15 20 25 30 (単位)% 輸出/GDP   輸入/GDP   貿易総額/GDP

(出所)GDP は Council of Economic Adviser, Economic Report of the President 2004, Table B-1, http://www.gpoaccess.gov/eop/

貿易データは U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, Survey of

Current Business, various issues.

それまでの自由貿易主義的スタンスとは異なる展開をみせている。具体的には, 多国間交渉だけでなく二国間交渉をも含む形での,輸入保護主義圧力の高まり, アメリカの輸出に対する市場開放要求,そして発展途上国との間での貿易・投 資自由化が進展している(図表2)。 問題はこうした通商政策の変化が,アメリカの経済的利害をより強く反映す るものとして展開されつつあることだ 。以下で述べるように,第二次世界大2) 戦後から1970年代までのアメリカの通商政策は,アメリカ国内の経済的利害を 反映するだけでなく,冷戦など外交上の目的をも同時に反映していた。しかし 世界経済におけるアメリカ経済の相対的地位の低下や,冷戦終結といった通商 政策の環境変化を背景にして,外交上の目的だけでなく国内経済の利害が通商 政策に強力に反映されるようになっている。その意味でアメリカ経済に出現し 発展途上国 その他 農産物・繊維 市場アクセス 知的所有権関連 0 20 先進国 40 60 120 (単位)件数 80 100 貿易・投資自由化 図表2 アメリカの通商交渉(1984-2004)(注) (注)二国間協定および協議のみ。現在交渉中のものも含む。市場アクセスのうち農産物・食料品 などは農産物として分類した。

(出所)U.S. Trade Representative[2004b],ANNEX Ⅲ

ここでいう「アメリカの経済的利害」とは,「ニュー・エコノミー」の利益を享受 2) しているか,享受する可能性がある経済主体である。具体的には需要の多様化や市場 環境の変化に対して,技術革新活動を軸として柔軟に対応できる経済主体のことを意 味する。それ以外の経済主体は,「アメリカの経済的利害」として政策的には反映さ れない傾向がある。

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た「ニュー・エコノミー」は通商政策の転換と密接に関連している。 こうした通商政策の転換は,通商政策決定構造における変化を伴っている。 具体的には通商政策を決定する議会と大統領(すなわち行政府)との関係の変 化である。そこで,通商システムの再編とその性質を見る前に,議会と行政府 との関係を軸としたアメリカ通商政策の基本的構造を概観しておこう 。3) 2.1 議会と行政府との関係 アメリカ通商政策の基本構造として最も重要なものは,通商政策決定過程に おけるアメリカ連邦議会と,大統領を中心とした行政府との関係である。とく にアメリカの場合,他国に比べると議会が通商政策決定にあたって強い権限を 有するという特徴がある。アメリカ合衆国憲法では,通商政策決定の権限が議 会に付与されており,大統領および行政府は議会によって委譲された権限を基 礎に通商交渉ならびに通商政策を遂行するという関係にある。権限委譲の程度 および内容は,各通商法によって明確に規定される。 大統領および行政府は,議会から委譲された権限の範囲内において,国内利 益集団の影響から隔離される形で,独自の通商政策を展開することができる。 また大統領は,通商法に基づく通商政策以外に,他国との間で輸出自主規制な ど灰色措置と呼ばれる政治的決着をはかることもある。WTO 協定によってこ れらの灰色措置は原則的に禁止されたが,アメリカは通商協定遂行およびアメ リカに有利な譲歩を引き出すための手段として現在も利用している。 行政府による通商政策展開は,最も権限を有する大統領以外にも様々なレベ ルで行われている。主要なものを挙げると,通商代表部(Office of the U.S. Trade Representative: USTR)を中心として,国際貿易委員会,商務省,国務省, 農務省,財務省などが関与している。とくに USTR が通商行政では最も重要な 役割を果たしており,各国によるアメリカとの間の通商協定の施行状況の監視, 不公正な通商慣行などの特定と矯正,そして具体的な通商交渉などを行ってい る。 アメリカ通商政策の基本構造については,佐々木[1997]および中本[1999]を参 3) 照した。これらはアメリカ通商政策の動向を学ぶうえで非常に有益である。 議会と行政府との関係から,通商政策の性質を次のように判断することがで きる。議会が行政府に委譲する権限の範囲および条件によって,通商政策がア メリカ国内の利益集団の意向をどの程度反映しているかが分かる。例えば,行 政府に委譲される権限に議会の意向を反映した条件が多ければ多いほど,アメ リカの通商政策は国内経済利害を反映したものとなり,逆に行政府に委譲され る権限の範囲および裁量権が多いほど,通商政策は国内利益集団の利害から切 り離された性質を持つと判断される。以下で述べるように近年の通商政策は, 委譲された権限に対して議会が様々な制約および条件をつけることが多くなっ ており,その意味で近年の通商政策では,アメリカ国内の利益集団の利害が直 接的に反映される傾向にある。 そして国際競争圧力の高まりといった経済環境の変化や,冷戦終結といった 政治力学上の変化が,議会および行政府の通商政策スタンスに影響を及ぼす。 議会ないし利益集団は経済的環境に応じてその利害を反映させようとするし, 行政府も委譲された権限の範囲内で外交など政治経済的目的を追求することに なる。 さらに WTO などの国際経済組織もアメリカの通商政策に影響を及ぼす。例 えば通商協定の不遵守や不公正貿易慣行に起因する制裁措置は,WTO の紛争 処理ルールに服するよう規定されている。これはアメリカによる一方的な通商 政策展開を制限することを目的としている。ただし,後述するように,アメリ カは WTO の様々な「抜け穴」を利用することで,たびたび WTO ルール枠外 で通商政策を展開しようとしている。 2.2 通商政策基本構造の確立過程4) アメリカの通商政策は,建国から1930年代までの保護貿易主義時代,第二次 世界大戦後から1970年代までの自由貿易主義時代,そして1980年代以降の「ニ ュー・エコノミー」時代において大きく変化しており,その背後には,それぞ れの時代の政治経済環境と,議会−行政府の関係の変化があった。 佐々木[1997]を参照した。 4)

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2.2.1 保護貿易主義時代における通商政策構造 議会と行政府との関係が通商政策の性質を規定するという構造は,1934年互 恵通商協定によって基本的に形作られるが,それ以前は通商政策権限のほとん どを議会が掌握しており,行政府の権限は非常に限られていた。その意味で, 通商政策は,議会の動向すなわちアメリカ経済内部の利害を強く反映するもの だった。そうしたアメリカ経済内部の利害は,保護主義的性質を持つものだっ た。アメリカ経済はヨーロッパ諸国に比べて相対的に貿易依存度が低く,内部 市場を中心とした経済成長メカニズムを持っていたが,このことが基本的に高 率関税を中心とした保護貿易政策の背景となっていた。 しかし1930年スムート=ホーレイ関税法とその結果として生じた世界大恐慌 が,議会主導の保護主義的通商政策を転換させる契機となった。スムート=ホ ーレイ関税法は折からの不況を背景とした大幅な関税引き上げを目的としたも のであり,典型的な近隣窮乏化政策であった。農業だけでなく多くの品目の関 税が大幅に引き上げられたと同時に,他国による報復的関税引き上げや為替切 下げ競争を誘発することで世界貿易を極端に縮小させ,その結果,世界大恐慌 の引き金となったのである。 こうした事情を背景として成立した1934年互恵通商協定法は,通商交渉の権 限が議会から大統領に大幅に委譲された点で,アメリカ通商政策の枠組みにお ける大きな転換となった。議会は権限委譲期間や権限の目的などの条件を付与 する一方で,通商交渉において関税率を50%の範囲内まで変更する権限を大統 領に委譲したのだった。その結果,行政府は議会およびアメリカ国内の利益集 団の影響から遮断されるとともに,外交政策に基づいた通商政策展開をはかる ことが可能となった。こうして権限委譲とその条件をめぐる議会と行政府との 関係が通商政策の性格を規定するようになったのである。 2.2.2 自由貿易体制下の通商政策構造 第二次世界大戦後の通商政策は,1934年互恵通商協定によって形成された基 本構造に加えて,自由貿易体制の構築という特徴を身につけた。まず議会によ る行政府への権限委譲が1960年代後半まで引き続き行われた。その際,議会は エスケープ・クローズなど輸入競争圧力から自国産業を一時的に保護する条項 を導入したりしたが,基本的には自由貿易主義的スタンスにあった。こうした 議会の立場は,アメリカ経済が世界的に圧倒的地位にあったことが背景にある。 第二次世界大戦後のアメリカ経済は,世界経済全体の総生産額の約半分を一国 で有するほどの規模にあり,その国際競争力も圧倒的だった。こうした圧倒的 経済力がアメリカ議会を輸入保護よりもむしろ世界通商体制の自由化に向かわ せたのである。 議会から権限を委譲された行政府の通商政策も,自由・無差別・多角的な通 商体制の構築を主軸としていた。上述のように,第二次世界大戦後のアメリカ 経済は圧倒的地位を有していたが,当時のヨーロッパ諸国を中心とした世界通 商システムには,1930年代のブロック経済に代表される各種の通商制限措置が 残存しており,アメリカにとってはこうした差別的通商システムの解体が急務 であった。その結果,アメリカ主導によって形成された通商システムが GATT であった。GATT を軸とした貿易自由化は急速に進展し,1930年代には40%近 くあったアメリカの平均関税率も1960年代には10%程度にまで低下した。 冷戦体制という世界政治状況も行政府による自由貿易への関与を強めるよう に作用した。これは,西ヨーロッパ諸国による関税同盟形成という差別的通商 政策をアメリカが容認するとともに,GATT ケネディ・ラウンドを通じてさら なる貿易自由化を推進したことにも現れた。関税同盟は域内関税撤廃と対外共 通関税を形成するものであり,したがって域内通商と対外通商とを基本的に差 別的に扱うものである。これは,アメリカが目指した自由・無差別・多角的と いう原則からの逸脱であり,1930年代以前のアメリカならば報復的関税引き上 げなどの対抗措置を採ってもおかしくないケースであった。この関税同盟をア メリカが容認したのは,冷戦体制下において資本主義システムの維持が急務と なったからに他ならない。つまりヨーロッパが関税同盟形成を通じて域内の経 済発展を達成することが,資本主義体制の結束の強化につながると考えたので ある。 ところでアメリカの通商政策が自由貿易指向を強める一方で,農産物や繊維 などの重要品目が例外扱いとされ,GATT がアメリカなど先進諸国の利害を中

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心に構成されるものになっていたことにも注意する必要がある。農産物はアメ リカだけでなくヨーロッパでも政治的にセンシティブな分野であった。また繊 維部門の自由化はアメリカ国内の繊維業界による反発を招いていた。行政府は これらの品目を自由化交渉の対象外とすると同時に,GATT 枠外での輸出自主 規制などによって政治的決着をはかった。こうした農産物や繊維などの例外扱 いは,アメリカにとっては「貿易自由化の安全弁」として位置づけられたが, 発展途上国にとっては非常に大きな負の影響を及ぼすものであり,当該諸国に よるアメリカ主導の自由貿易体制への批判を高めることになった。 こうした関税同盟の容認および農産物や繊維製品などの例外規定は,戦後の アメリカ通商政策の基盤であった議会による大統領への権限委譲に大きく影響 を及ぼす要因にもなった 。資本主義体制の維持という目的で行われたヨーロ5) ッパ関税同盟の容認は,最終的にはヨーロッパの経済発展によるアメリカ経済 の相対的な地位後退につながっていった。また農産物や繊維製品の GATT 例 外化は,発展途上国による貿易を通じた資本主義的経済発展の可能性を抑制す るものであり,中立同盟などの展開を通じてアメリカの冷戦政策を揺さぶるよ うに作用した。その結果,冷戦体制下でさらなる積極的景気刺激策が要請され ることになり,まさにその積極的景気刺激策がアメリカ企業による政府支出依 存体質を助長し,1960年代のインフレ率上昇をもたらすことで国際競争力低下 に帰結してゆくのである。そして国際競争力の低下は議会と行政府との関係を 変化させることで通商政策の性質を変容させるように作用したのである。 [3]競争力強化と通商システムの再編 第二次世界大戦後に確立された自由貿易体制は,アメリカ経済の圧倒的経済 力と冷戦体制という国際政治状況によって支えられていた。しかし冷戦による 東西対立が激化するなかでアメリカ経済の圧倒的地位が揺るぎ始めた。先進資 本主義経済が技術革新活動によってアメリカ経済にキャッチアップし始めたの 木下[1981]を参照した。 5) に対して,アメリカ経済はそうした国際競争圧力に対応することができなかっ たのである。こうしたアメリカ経済の相対的衰退は国際競争力強化を軸とした 通商政策への転換の契機となってゆく。 3.1 国際競争と通商政策の転換 先進諸国経済によるキャッチアップは,アメリカ経済に対してこれまでとは 異なる性質の競争を挑むものであった。第二次世界大戦後のアメリカ経済の圧 倒的競争力は,20世紀初頭に形作られた大量生産方式に基礎を置くものであっ たが,1970年代以降に高まったインフレ圧力や為替レート変動といった市場環 境の変化は,国際競争の焦点をより柔軟な市場適応力にシフトさせた。その結 果,戦後のアメリカ経済の基礎であった大量生産方式は,市場環境の変化に柔 軟に対応するというよりもむしろ硬直的な障壁と化してしまったのである。こ うした国際競争条件のシフトは戦後のアメリカ通商政策を大きく転換させる契 機となった。 3.1.1 アメリカ経済衰退と国際競争圧力 第二次世界大戦後のアメリカ経済は,経済規模だけでなく生産力や技術力な どにおいても圧倒的な地位にあった。自動車や電気機器などの部門は大量生産 方式および安定的労使関係というアメリカ経済の成長様式を代表する部門であ り,当該部門における競争力は非常に強力であった。大量生産方式と安定的労 使関係のもとで出現した安定的消費基盤は,相互強化的に経済成長を加速し, 1960年代にはいわゆる黄金時代と呼ばれる高度経済成長が実現されていた。こ うした圧倒的競争力を背景として,アメリカの通商政策も GATT を舞台とし たアメリカ市場の開放を含む自由貿易体制の確立に主眼が置かれていた。 しかし1960年代半ばから大量生産方式と安定的労使関係という戦後経済成長 様式が変調をきたし始める。冷戦体制の激化を契機として積極的景気刺激策が 展開されたが,その結果,労働市場の逼迫を背景に,賃上げ交渉の活発化を通 じてインフレが発生した。さらに積極的景気刺激策に対する対外的制約を解除 するために金ドル交換停止が断行されるとともに,1973年には変動相場制度が

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出現した。変動相場制度への移行は,為替相場の変動による市場環境の不安定 化をもたらすと同時に,オイルショックを誘発することでインフレ圧力を高め るように作用した。 また国際競争の性質も大きく変化していた。どの国が何を生産するかを決定 する要因として,従来から最も一般的に指摘されたのがいわゆる労働や資本な どの要素賦存状況であった。しかしながら第二次大戦後における経済発展は, あらかじめ存在する労働力や資本の賦存量よりもむしろ,絶え間ない技術革新 による生産効率化や,新製品開発による差別化といった需要の多様化への対応 力に支えられていた。つまり技術革新による生産効率化や需要の多様化への対 応力が国際競争力の源泉となっていたのである。 問題は,労働コストおよびエネルギーコストなどの生産コスト上昇や需要の 多様化といった市場競争環境の変化に対するアメリカ企業の対応であった。ア メリカ企業は技術革新による生産効率化や柔軟化によって労働コスト上昇圧力 を相殺したり,需要の多様化に対応したりするのではなく,コスト上昇分を製 品価格に上乗せすることで対処した。当時のアメリカ企業構造は,大規模垂直 統合を軸とした硬直的企業組織が形成されており,市場環境の変化に柔軟に対 応できるものではなかった。市場競争環境の変化に対するアメリカ企業の硬直 的な対応は,国際競争力の低下という形で問題を深刻化させていったのである。 アメリカ経済が市場環境の変化に対応できなかったのに対して,日本やドイ ツといった先進資本主義経済は,鉄鋼などの伝統的産業部門だけでなく,自動 車や電気機器などのアメリカの主要産業部門に次々と参入していった(図表3)。 日本やドイツは,オイルショックに起因するインフレ圧力だけでなく,変動相 場制移行による対ドル相場上昇によって強力な国際競争低下圧力にも直面して いた。このように日本やドイツは,アメリカ経済よりもむしろ厳しい競争環境 におかれていたにもかかわらず,需要の多様化に対応した小型自動車の開発や, 生産コスト上昇圧力に対応した生産効率向上によって,市場環境の変動に柔軟 に対応していたのである。 アメリカ経済の機能不全と国際競争力の低下は,アメリカ経済衰退という認 識を政策当局に対して抱かせるとともに,衰退傾向を逆転させるべくアメリカ 6 1960 65 70 75 80 10 14 18 22 26 (単位) % ドイツ アメリカ 日本 フランス アメリカ 西ドイツ 日本 フランス 0 8 16 24 32 40 1962 65 70 75 80 (1)世界貿易におけるアメリカ製造業のシェア(1960∼80年) (単位) % (2)ハイテク輸出における主要先進国のシェア 経済再生への取り組みを要請した。レーガン政権は「経済再建プログラム」を 提示し,新自由主義に基づく生産力強化に取り組んだ。この「経済再建プログ ラム」は,連邦支出伸び率の抑制,個人所得・投資減税,規制緩和,通貨供給 量管理を柱として,政策介入を可能な限り抑制し,市場競争原理を導入するこ とで,民間部門の供給力強化インセンティブを高めることを企図していた。 しかしながら短期的には,レーガン政権によるアメリカ経済再生策は,生産 力を強化するよりもむしろ弱体化させるように作用した。確かにレーガン政権 によって導入された規制緩和や反労働的政策などの市場競争原理は,「ニュー ・エコノミー」出現の制度的基礎を成すものであったが,減税や「強いアメリ カ」政策に基づく軍事支出拡大が膨大な財政赤字を形成し,それをファイナン スするための膨大な海外資本流入と,その結果としてのドル高が発生し,主要 産業部門だけでなくハイテク部門の国際競争力をも低下させてしまったのであ る。 広範な国際競争力の低下は,市場環境の変化に対して,アメリカ企業が柔軟 に対応できなかったことが主因であった。レーガン政権による市場競争原理の 導入や競争圧力の高まりが,硬直的なアメリカの企業システムの再編に結実す るのには,1980年代後半の金融活況やブラックマンデーなどの金融市場圧力の 高まりや,通商政策の転換を待たなければならなかった。 図表3 アメリカの国際競争力動向

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3.1.2 競争力政策の展開6) レーガン政権は「経済再建プログラム」以外にも,国際競争力低下に対処す るために,競争力政策を軸とした競争力強化への取り組みを開始していた。レ ーガン大統領は,民間経済主体をもふくむ大統領産業競争力委員会を組織し, 1985年には『ヤング・レポート』を発表することで,競争力強化への取り組み の必要性を提示した。 『ヤング・レポート』によると,競争力は「ある国が自国民の実質所得を維 持・拡大させる一方で,自由・公正の市場条件のもとで国際市場のテストにあ った財やサービスを生産する能力」と定義されている 。この定義からは,ア7) メリカ経済の成長=「自国民の実質所得を維持・拡大させること」が,国際競 争への対応能力=「国際市場のテストにあった財やサービスを生産する能力」 と密接に関連していることが主張されている。そして国際競争への対応能力と は,需要の多様化や生産要素価格の変動といった市場環境の変化に柔軟に対応 する能力,具体的には新製品開発,ブランド確立,新たなビジネス手法の確立, そして新生産工程の導入といった技術革新能力に他ならない 。8) 競争力政策は,需要の多様化など市場競争環境の変化に柔軟に対応できる技 術革新能力などの形成を,アメリカ経済における実質所得上昇に結びつけると いうものである。そのための具体的施策として,財政赤字削減による民間投資 活動の活性化,技術開発促進,そして教育訓練投資と労働移転促進という一連 の政策パッケージが提示された。これらの一連の政策は,第一に民間部門が生 産要素を技術革新活動に連結させるのを促進すること,第二に技術革新活動に 必要な生産要素を供給すること,という二つの機能を果たすように位置づけら れている。この二つの機能は個別に機能するのではなく,技術革新活動の活発 化に向けて,資本および労働などの生産要素を誘導するようにセットとして機 能する。 第一の側面である技術開発活動への生産要素投入促進機能を果たすのが,技 立石[2000]もあわせて参照されたい。 6)

The President’s Commission on Industrial Competitiveness[1985],p.6. 7) 競争力の国際貿易・投資論における位置については補論を参照されたい。 8) 術政策および教育訓練投資である。競争力政策によって提唱されている技術政 策は,模倣などによって技術開発投資が過少となるという「市場の失敗」を回 避することで,民間部門による技術開発活動への資本投入促進を目的としてい る。具体的には官民一体型の研究開発活動やプロパテント政策の展開がこれに あたる。一方,教育訓練投資は,技能形成の機会を提供することで,技術革新 に対応可能な高技能労働力の投入促進を目的としている。とりわけ民間レベル での人的資本投資が以前にも増して弱体化しつつあるアメリカでは,教育訓練 投資政策による人的資本形成が重要性を高めている。 競争力政策については,この第一の側面すなわち技術革新活動への生産要素 投入促進機能,とりわけプロパテント政策が注目された。確かにこれらの政策 は「市場の失敗」をベースとしており,その意味で人為的に技術革新活動を活 発化させようとする意図がある。しかし競争力政策をこうした政策介入増大の 側面からのみ把握するのは一面的であろう。というのは,競争力政策には技術 政策のように政策介入が行われる一方で,財政赤字削減策などの政府部門の縮 小策が同時に組み込まれているからである。 そこで第二の側面である生産要素供給機能についてみてみよう。この機能は 財政赤字削減と,民間経済部門に対する競争圧力の強化から構成されている。 財政赤字削減は,安全保障政策および完全雇用政策遂行のために,これまで政 府部門に吸収されていた資本を民間部門の投資活動に振り向けることで,民間 部門への競争圧力強化を目的としている。ここにはケインズ主義的政策による 景気刺激策が縮小され,資源配分における市場メカニズムの役割の強化が企図 されている。 3.2 通商政策基本構造の変容 アメリカ経済の相対的衰退と国際競争環境の変化といった国際政治経済環境 における変化は,競争力政策によるアメリカ経済再編を要請しただけでなく, 通商政策決定の基本構造である議会と行政府との関係が転換する契機ともなっ た。具体的には,通商政策に対する議会の影響力が高まる一方で,行政府の通 商政策スタンスも外交目的よりもむしろアメリカの経済的利害を前面に置くも

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のに転換し始めたのである。 3.2.1 通商政策に対する議会圧力の高まり 第二次世界大戦後には,アメリカ経済の圧倒的経済力を背景にして,議会は 行政府に対して広範な権限委譲を行ってきた。行政府は委譲された権限に加え て,冷戦体制など当時の国際政治経済状況に応じる形で,GATT を中心に自由 貿易体制の確立を図ってきた。しかしアメリカ経済の相対的衰退と国際競争力 の低下を背景に,議会と行政府との通商政策決定をめぐる関係が,議会の影響 力が高まる方向に変化し始めた。具体的には,権限委譲の際に,行政府の権限 を制約する多くの貿易条項が導入されたり,強化されたりするようになったの である(図表4)。 こうした動きは1974年通商法を境に現れた。1974年通商法は,GATT 東京ラ ウンドでの交渉権限委譲を目的としており,その際にはファースト・トラック 方式での権限委譲が行われた 。さらには発展途上国を対象とした関税優遇措9)

置である一般特恵関税制度(Generalized System of Preferences: GSP)も10年間 の期限付きで認められた。こうした権限委譲は1962年通商拡大法にも引けを取 らないものであり,その意味では議会による通商政策への関与は高まっていな い。 しかし問題は,広範な権限委譲が行われると同時に,議会による通商政策へ の関与を高めるための貿易条項の導入・強化が行われたことである。例えば201 条(エスケープ・クローズ=免責条項)の適用条件緩和,相殺関税法・反ダン ピング法・337条の運用強化,そして301条の導入が行われた。とくに301条は, 通商協定上の譲許の撤回や停止,関税引き上げや輸入制限などの強硬な制裁措 置を,行政府に求めるものとして注目された。 ファースト・トラック方式とは,通商交渉の結果に対する議会の承認方式であり, 9) 議会は,行政府による通商交渉の結果に対して修正を加えることができず,可決か否 決かのどちらかの選択しか行えないというものである。その結果,他国の通商当局は アメリカ議会による修正がないという意味で,アメリカとの通商交渉のテーブルにつ きやすくなる。これは後に大統領貿易促進権限(Trade Promotion Authority: TPA)と 改称された。 図表4 主要な貿易条項 根 拠 法 内 容 201条 (エスケープ・クローズ) 1974年通商法201条∼ 条 230 輸入増加が「重大な損害」の「実質的な原 因」である場合,関税,数量規制,関税割 当,市場秩序維持協定などにより緊急輸入 制限を行うもの。 反ダンピング法 1916年反ダンピング法 アメリカ国内産業に被害を与える意図を持 ってダンピング輸入または販売したものに 対して罰金や懲役を科し,またはダンピン グの被害者に3倍の損害賠償を認める。 相殺関税法 1930年関税法タイトルⅦ 生産,輸出に対する補助金付の輸入が実質 的な損害または実質的な損害の脅威をもた らす場合,補助金額に相当する関税を付加 する。 337条 1930年関税法337条 輸入における不公正措置によってアメリカ に確立している産業に損害が生ずる場合に, 不公正輸入慣行に係る外国からの輸入品を 排除したり公正慣行の差止めを命ずるもの であり,知的財産侵害のケースに最も頻繁 に用いられる。特許権,商標権,著作権, 半導体回路配置侵害事件については,1988 年包括通商競争力法による改正により,損 害要件は不要となった。 301条 1974年通商法301条 アメリカの貿易に損害をもたらしている外 国の不当な,不合理な,または差別的な慣 行を対象とし,モノ及びサービスの貿易, 又は当該外国との関係におけるその他の分 野において,大統領の権限の範囲内のいか なる措置をとる。 スーパー301条 1974年通商法301条を 年包括通商競争力 1988 法によって強化したも の 従来は大統領の権限であったクロ認定及び 制裁措置発動の決定権限が USTR に移管さ れたため,他の政治問題から切り離して制 裁措置を発動することが容易になった。ま た,制裁措置の発動が義務とされるカテゴ リーが設けられ,USTR の裁量も狭められ た。 スペシャル301条 1974年通商法182条を 年包括通商競争力 1988 法第1303条によって強 化したもの 知的財産の十分かつ効果的な保護を否定す る国,又は知的財産に依拠したアメリカ人 の公正かつ公平な市場アクセスを否定する 国に対して,USTR による調査および制裁 発動を義務づけるもの。 (出所)USTR[2004]および中本[1999]から作成。

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こうした通商政策への議会関与の度合いは,1980年代には著しく高まり,第 二次世界大戦後の通商政策基本構造は大きく転換した。とりわけ1980年代前半 は,ドル高による価格競争力の一層の低下を背景にして,産業界や議会の不満 が高まっており,その結果,1984年通商法では,301条などの貿易条項が強化 されただけでなく,直接投資や知的所有権制度にまで対象範囲が拡張された。 さらに1988年には包括・通商競争力法が「議会主導」で制定された。これは 1930年スムート=ホーレイ関税法以来,初めてのことであった。 1988年包括・通商競争力法では,301条の強化版であるスーパー301条が導入 されたが,それは,貿易条項に対する大統領の裁量権を大幅に制限し,USTR による政策発動を自動化あるいは義務化するものだった。例えば,従来は大統 領の権限であった不公正貿易慣行の認定および制裁措置発動の決定権限が, USTR に移管されたため,国際政治問題から切り離して制裁措置を発動するこ とが容易になったし,制裁措置の発動が義務とされるカテゴリーが設けられ, USTR の裁量も狭められたのである。また知的所有権に関するスペシャル301 条も新設された。 1990年代には WTO や発展途上国との自由貿易協定など貿易・投資自由化が 進んでいるが,その際,議会は労働基準や環境問題などへの配慮を重視するよ う行政府を促している。さらに労働団体や環境団体による発展途上国との自由 化協定への反対運動が1990年代以降に高揚しており,その結果,議会による行 政府側への権限委譲も進まなくなった。1993年にファースト・トラックが失効 して以来,行政府側は1997年および1998年と権限委譲のための通商法案を提出 したが,いずれも労働組合や環境団体などの反対運動に直面し,その結果,議 会によって否決されたのである。2002年通商法において,ようやくファースト ・トラックにかわる TPA が行政府に委譲されたが,その際,あらためて労働 基準の遵守が条件として盛り込まれている。 一方,行政府の通商政策スタンスも変化し始めた。第二次世界大戦後の行政 府の通商政策スタンスは,アメリカ国内の経済的利害だけでなく,冷戦などの 外交上の目標をも追求するものだった。しかしながら1980年代以降は,レーガ ン政権後期での競争力政策の展開や,それを引き継いだクリントン政権による 「経済安全保障」重視の姿勢に見るように,アメリカ国内の経済的利害と行政 府の通商政策スタンスが一致する傾向をみせるようになっている。とりわけ冷 戦体制終結は,行政府の通商政策スタンスを経済的覇権重視にシフトさせるよ うに機能した。 3.2.2 WTOの影響力 議会圧力だけでなく,1995年に発足した WTO が,アメリカ通商政策に及ぼ す影響も高まったといわれる。WTO において設立された紛争処理機関(Dispute Settlement Body: DSB)では,ネガティブ・コンセンサス方式が採用された。 その結果,加盟国全てが拒否しない限り,紛争処理にもとづく決定が採択され, 紛争処理手続きが自動的に進められるようになった。また紛争処理の結果とし て勧告された是正措置が,確実に実行されるような監視体制やたすきがけ制裁 措置規定が認められるなど,実効性の面においても充実化が図られている。 WTO の発足は,アメリカによる一方的制裁措置手続きに一定程度の影響を およぼしている。301条や反ダンピングにおけるアメリカの制裁措置発動や発 動手続きが,WTO 協定違反として提訴され,アメリカが敗訴するケースが生 じているからである。例えば1999年から2000年にかけて,日本や EU はアメリ カの反ダンピング法を WTO 協定違反として提訴したが,その結果,アメリカ は敗訴し,反ダンピング法と WTO 協定との整合性を持たせるよう勧告を受け た。 アメリカも近年は,WTO 紛争処理手続きの利用を増加させているが,依然 としてアメリカ連邦法に基づく一方的措置を放棄していない。こうした一方的 措置は,WTO 協定の対象外となっている分野を対象としており,さらには制 裁措置発動という脅しによって,WTO の場ではない二国間交渉で,相手国側 からの譲歩を引き出すという目的もあるといわれる。その典型が,後述する一 般特恵関税制度と知的所有権制度をリンクさせた二国間レベルでの通商政策で あり,そこでは発展途上国による知的所有権制度の導入が,関税引き下げの条 件として位置づけられている。 このように,アメリカ通商政策に対する影響力としての WTO の役割は,未

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知数なところがあるが,いずれにせよ以下に述べるように WTO を承認したの は,紛争処理手続きに関する一定の譲歩と引き換えに,アメリカ経済に有利な 構造を形成することができたからに他ならない。したがって紛争処理手続きを もって,アメリカ通商政策への制約が高まったと判断するには時期尚早かもし れない。 3.3 競争力強化と貿易・投資システムの再編 議会と行政府の関係の転換によって,通商政策の性質はどのように変化した のだろうか。国際競争圧力の高まりが背景にあることを考えると,一般的には, 輸入競争圧力から自国経済を隔離する保護主義的な通商政策の採用が予想され る。実際に国際競争力の低下が顕在化する過程で,アメリカの通商政策は,輸 出自主規制などの灰色措置や反ダンピング提訴などの輸入制限措置を数多く展 開し,保護主義的傾向をみせた 。10) しかし1980年代以降のアメリカの通商政策は保護主義的傾向だけでなく,貿 易・投資システムの再編を通じた国際競争力強化という側面を持っていたこと に注目する必要がある 。具体的には,1988年包括通商競争力法の成立や,11)

WTO での「サービス貿易に関する一般協定」(General Agreement on Trade in Services: GATS)や「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights: TRIPs)の導入,IT や金 融などの競争力を有する部門を対象とした市場開放要求,そして発展途上国と の間での貿易・投資自由化協定や知的所有権制度導入が積極的に展開されてい る。 以下で述べるように,知的所有権保護,市場開放要求,そして貿易・投資自 由化協定という通商政策展開は,それぞれ競争力政策に対応しており,アメリ カ経済に対しては技術革新活動を軸とした経済構造への転換を促すものである。 Bhagwati[1988]を参照されたい。 10) 立石[2000]を参照されたい。 11) 3.3.1 保護貿易政策の変容と知的所有権 従来の保護貿易政策は,反ダンピング法など通商法に依拠したものと,輸出 自主規制などの灰色措置の両面から展開された。反ダンピング法は1930年スム ート=ホーレイ法の一部を構成するものであり,1970年代以降の各通商法によ って修正強化されている。これは,本国か第三国での販売価格,あるいは公正 な価格よりも低い価格で外国企業がアメリカ市場に輸出することによって,ア メリカ国内産業に被害を与えるものに対してダンピング税などの制裁措置を加 えるものである。とくに1970年代以降は,ダンピング認定基準が大幅に緩和さ れ,基準そのものも恣意的なものとなっている。調査手続きもほとんど自動化 されており,大統領などによる裁量の余地がほとんどなくなっている。その結 果,反ダンピング調査に至った件数は1970年代後半以降増加した。その後,1990 年代には一時的に減少したが,2000年以降再び増加している 。12) さらに,1970年代以降において最も活用されたのは,輸出自主規制などの灰 色措置である。1970年代初頭には,繊維業界が主導する形で,日本やアジアに 対する対米繊維輸出自主規制や多角的繊維取り決めによる管理貿易の拡大が生 じた。また鉄鋼部門での輸出自主規制措置も頻繁にとられた 。この輸出自主13) 規制という通商法の枠外での灰色措置は,1980年代以降には自動車や半導体と いった部門にまで拡張され,とくに日本が主要な対象となった。この自動車部 門に対する輸出自主規制は,外国メーカーによる対米現地生産の拡大をもたら したと同時に,部品などの対米輸出を増加させるように作用した。その結果, 原産地規制など新たな保護貿易手段も生み出された。しかしこうした灰色措置 は,WTO 下では原則禁止となっており,今後は一定程度の減少が予想される。 反ダンピング法や輸出自主規制が,価格競争力面での輸入保護を重視した政 策であるのに対して,近年最も注目されるのは,知的所有権関連保護政策の活 発化である。知的所有権制度は,知的所有権の保護をつうじた技術革新活動を 促進するものである。その役割が重要視されるようになったのは,国際競争力 USTR[2004]を参照されたい。 12) 鉄鋼部門は反ダンピングなど通商法を通じた提訴も多用しているが,その大半は制 13) 裁発動にまで至っておらず,その内実はダンピング提訴を通じてアメリカ政府の輸出 自主規制措置を促すという性質を持っている。

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低下と技術革新を軸とした競争の重要性が高まった結果であり,アメリカが 「プロパテント政策」に転換してからのことであった。アメリカは,知的所有 権保護と貿易・投資活動をリンクさせ,スペシャル301条の導入による知的所 有権保護の大幅強化と,WTO における TRIPs 協定の導入を通じて,知的所有 権保護の世界的拡張を図っている。 スペシャル301条は,1974年通商法182条を1988年包括通商競争力法によって 大幅に強化したものであり,知的所有権の十分かつ効果的な保護を否定する国, または知的所有権に依拠したアメリカ人の公正かつ公平な市場アクセスを否定 する国に対して,制裁措置の発動を通じて知的所有権の保護を促進するもので ある。USTR がスペシャル301条に基づいて「優先国」について調査し,必要 な場合にはアメリカ市場へのアクセスを禁じたりするなどの制裁措置をとるこ とになる。 また,知的所有権保護は WTO の TRIPs 協定によって世界的に拡張されてい る。先進諸国は1996年より TRIPs 協定を既に実施しており,発展途上国も2000 年から TRIPs 協定を実施している。知的所有権関連の制裁措置は,基本的には WTO 紛争処理ルールに基づいて行われることになったが,アメリカは,TRIPs 協定を遵守している場合でも,TRIPs 協定対象外の分野でアメリカの知的所有 権を侵害している国については,今後とも制裁対象としてリストアップすると している。前章でも見たように,ビジネスモデル特許など,アメリカにおける 知的所有権対象は次々に拡張されており,TRIPs 協定だけでは全ての分野を対 象にすることができなくなっている。そのため,スペシャル301条による制裁 措置発動の可能性は今後も高まることが予想される。 こうした知的所有権保護は,反ダンピングや灰色措置などによる従来の輸入 保護政策とは異なる目的を持つ。輸入保護政策が,競争力低下部門を対象とし た国際競争圧力からの隔離を目的とするのに対して,知的所有権保護は,コン ピュータ・プログラムなどの輸出促進や,以下で述べる低付加価値部門の対外 生産委託の促進と密接に関連している。つまりアメリカが国際競争力を有する 部門,あるいは将来的に国際競争力を有することが予想される部門の利害と密 接に関連した,国際競争力強化策として機能している。先に見たように,競争 力政策の柱の一つに,知的所有権制度の強化が挙げられており,その意味で, 知的所有権保護という新しい保護政策は,従来の競争力低下部門の保護ではな く,むしろ高付加価値部門の競争力強化という側面を持つのである。 3.3.2 市場開放要求の高まり 反ダンピング法など輸入保護を目的とした措置とは異なり,301条などの不 公正貿易条項は,アメリカ市場閉鎖という制裁措置を梃子として,貿易相手国 への市場アクセスすなわち輸出促進を目的としている点に特徴がある。1988年 包括・通商競争力法では,301条発動の自動化と結果重視が明確に規定され, さらに上述のように知的所有権問題を対象としたスペシャル301条も導入され, アメリカの技術革新重視の姿勢も反映されている 。14) 市場開放政策は,301条のような一方的措置以外にも,二国間交渉,地域協定, WTO など多角的交渉など,多様な形態で展開されている。まず二国間交渉は, 301条による制裁を梃子として開始されることが多い。とりわけ IT など,アメ リカが国際競争力を有する部門と競合関係にある国が対象となった。例えば,日 本との間では,市場アクセス確保のための1985年市場指向型分野別協議(Market Oriented Sector Selective Discussion: MOSS 協議)を皮切りに,1989年日米構造 協議,1933年日米枠組み合意が立て続けに行われた。その結果,日米半導体協 定の締結,日本自動車メーカーによる外国製自動車部品購入の拡大,日本企業 買収を通じた進出の促進,金融やテレコム市場(NTT 調達)への参入拡大, 規制緩和および競争促進などが相次いで展開された。 市場開放による輸出促進策は,自由貿易協定を通じても行われている。アメ リカは,1985年の米国−イスラエル自由貿易協定を皮切りに,米加自由貿易協 なかでも戦略的貿易政策に基づいた結果重視の通商政策は管理貿易論と呼ばれた。 14) 戦略的通商政策とは,独占的競争などの不完全競争のもとで生じる独占的レントを自 国にシフトさせることを目的とした貿易政策のことである。管理貿易論は戦略的貿易 政策に基づいて半導体などの部門における貿易活動に対して,時には結果重視のスタ ンスで政策的に介入し,当該部門の競争力強化を目的とするものである。Krugman [1986]などは,戦略的貿易政策が近隣窮乏化的性質をもつため,政策展開の必要性 を必ずしも主張していなかったが,Tyson[1992]などの管理貿易論者が政策展開の 必要性を1980年代後半に強力に主張した。

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定,北米自由貿易協定,そして2004年には米国−チリ自由貿易協定,そして米 国−シンガポール自由貿易協定を発効させており,今後も米州自由貿易地域 (Free Trade Area of the Americas: FTAA)などの自由貿易協定交渉を,発展 途上国を中心として加速させることになっている。 自由貿易協定は,301条などの制裁措置を背景とした一方的措置とは異なり, アメリカ市場へのアクセスと引き換えに,相手国市場の自由化を引き出して, 輸出ないしは直接投資の拡大を図ることを一つの目的としている。とくに自由 貿易協定は,直接投資や知的所有権制度まで広範な分野を含むことから,IT などアメリカが競争力を有する部門の輸出拡大が生じることになる。市場開放 政策は,WTO を舞台にしても行われている。発展途上国は一括して WTO 協定 を承認する必要があり,そこでは1970年代以降から導入された「特別かつ差別 的待遇」が排除されることで,発展途上国の自由化が急速に進められている。 以上の市場開放政策は,IT など先端技術部門へと対象を拡大させており, 技術開発促進を目的の一つとする競争力政策と密接に連動している。1988年包 括通商競争力法では,知的所有権保護を強化したスペシャル301条が導入され ただけでなく,電気通信貿易法も新たに盛り込まれた。また WTO において IT 協定や基礎テレコム協定の合意を促進することで,IT 関連財輸出の拡大を促 進している。またクリントン政権は国家輸出戦略を策定し,従来は安全保障上 の観点から輸出管理対象となっていた高度技術の輸出規制緩和を行うとともに, 新興市場向けの輸出促進を図った。 3.3.3 貿易・投資システムの自由化 アメリカは,市場開放による輸出促進だけでなく,WTO や自由貿易協定な どを通じて,発展途上国の貿易・投資システムの自由化を促進している 。199515) 年の WTO 発足にあたって,アメリカは発展途上国による WTO 協定の一括受 発展途上国による貿易・投資システムの自由化は実質的には1980年代から進み始め 15) た。この背景には累積債務危機を契機として「ワシントン・コンセンサス」が形成さ れたこと,そして IMF・世銀による途上国開発戦略が新自由主義的なものに変化した ことが挙げられる。WTO や自由貿易協定を通じて発展途上国が貿易・投資システム の自由化へ踏み切った背景には,こうした国際金融面での構造変化が背景にある。 諾を承認させることで,関税障壁の引き下げや撤廃だけでなく,知的所有権制 度の導入や直接投資規制自由化の促進を図っている。 1990年代に入ると,アメリカは,メキシコとの自由貿易協定の締結に向けて の交渉を開始し,1994年にはアメリカ・カナダ・メキシコ三国による北米自由 貿易協定の発効にまでこぎつけた。また1990年代末以降,発展途上国との間の 自由貿易協定に向けての交渉が急激に増加している。2004年にはシンガポール, そしてチリとの間でそれぞれ自由貿易協定が発効し,さらに現在中南米を中心 とした20カ国以上の発展途上国との間で,自由貿易協定交渉が行われているか, あるいは交渉開始が予定されている。その結果,自由貿易協定を既に締結して いるか,あるいは将来的に締結する予定である諸国との貿易総額は,アメリカ の貿易全体の約61%にものぼっている(図表5)。さらに将来の自由貿易協定交

渉を前提とした協議枠組みである貿易・投資枠組み合意(Trade and Investment Framework Agreement: TIFA)も,多くの発展途上国との間で取り結ばれてい る。 いうまでもなく,発展途上国との間の自由貿易協定締結は,アメリカからの 発展途上国市場への輸出を拡大させると同時に,発展途上国からの輸入も増加 させるように作用する。その意味で自由貿易協定は,輸出促進のための取引条 件として発展途上国の輸入を増加させるとも解釈できる。こうした論理は1934 年互恵通商協定にも通じるものがある。しかしながら後述するように,自由貿 易協定は輸出拡大のための輸入という量的側面から推進されているだけでなく, 高付加価値財輸出と低付加価値財輸入という国際分業的側面からも推進されて いる。 アメリカが締結している自由貿易協定には,貿易障壁の撤廃だけでなく,ア メリカ企業の直接投資活動に対する障壁の撤廃や,そして最も重要なことだが 知的所有権制度の確立が協定内容に含まれている。このことは,アメリカが, 競争力を有する高度技術やブランドに特化する一方で,発展途上国はそれ以外 の部門への特化を迫られることを示唆する。したがって貿易・投資活動の自由 化は,知的所有権保護を軸とした「新しい」国際分業構造の形成を促進するも のと位置づけることができよう。

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図表5 アメリカによる自由貿易協定一覧と貿易シェア 地 域・国 名 貿 易 総 額 % 輸 出 総 額 % 輸 入 総 額 % 経 過 自由貿易協定発効地域・国 709,777 31.28 300,762 33.08 409,015 30.07 イスラエル 21,587 0.95 7,567 0.83 14,020 1.03 1985年発効 NAFTA 642,934 28.33 268,815 29.57 374,119 27.51 1994年発効 カナダ 395,769 17.44 166,837 18.35 228,932 16.83 〃 メキシコ 247,165 10.89 101,978 11.22 145,187 10.68 〃 ヨルダン 809 0.04 397 0.04 412 0.03 2001年発効 チリ 7,777 0.34 3,499 0.38 4,278 0.31 2004年発効 シンガポール 36,670 1.62 20,484 2.25 16,186 1.19 2004年発効 自由貿易協定交渉中の地域・国 178,174 7.85 80,872 8.90 97,302 7.15 FTAA 119,135 5.25 53,119 5.84 66,016 4.85 交渉中:2005年までに交渉妥結予定 アンデス 16,075 0.71 6,464 0.71 9,611 0.71 交渉開始予定 ボリビア 342 0.02 182 0.02 160 0.01 〃 コロンビア 8,727 0.38 3,345 0.37 5,382 0.40 2004年交渉開始予定 エクアドル 3,612 0.16 1,496 0.16 2,116 0.16 〃 ペルー 3,394 0.15 1,441 0.16 1,953 0.14 〃 CAFTA 21269 0.94 9,422 1.04 11,847 0.87 2004年交渉妥結 コスタリカ 6,038 0.27 2,891 0.32 3,147 0.23 2004年交渉妥結 エルサルバドル 3,583 0.16 1,608 0.18 1,975 0.15 2003年交渉妥結 ガテマラ 4,761 0.21 1,976 0.22 2,785 0.20 〃 ホンジュラス 5,786 0.25 2,524 0.28 3,262 0.24 〃 ニカラグア 1,101 0.05 423 0.05 678 0.05 〃 ドミニカ共和国 8,276 0.36 4,109 0.45 4,167 0.31 2004年交渉妥結。CAFTA に統合予定 パナマ 1,594 0.07 1,299 0.14 295 0.02 交渉中:2004年より交渉開始 その他 FTAA 71,921 3.17 31,825 3.50 40,096 2.95 交渉中:2005年までに交渉妥結予定 SACU 9215 0.41 3,675 0.40 5,540 0.41 交渉中:2003年より交渉中 ボツワナ 61 0.00 32 0.00 29 0.00 〃 レソト 323 0.01 2 0.00 321 0.02 〃 ナミビア 111 0.00 54 0.01 57 0.00 〃 南アフリカ 8,594 0.38 3,576 0.39 5,018 0.37 〃 スワジランド 126 0.01 11 0.00 115 0.01 〃 オーストラリア 26,830 1.18 17,496 1.92 9,334 0.69 2004年交渉妥結 バーレーン 803 0.04 407 0.04 396 0.03 交渉中 モロッコ 970 0.04 560 0.06 410 0.03 2004年交渉妥結 タイ 21,221 0.94 5,615 0.62 15,606 1.15 2003年交渉開始発表 自由貿易協定地域・国総計 887,951 39.13 381,634 41.98 506,317 37.23 非自由貿易協定地域・国総計 1,381,187 60.87 527,460 58.02 853,728 62.77 全地域・国 2,269,138 100.00 909,094 100.00 1,360,045 100.00 (注)自由貿易協定一覧および経過は2004年3月現在のもの。貿易データは2002年時点のもので財・ サービスの合計。

NAFTA: Northe American Free Trade Agreement(北米自由貿易協定),

FTAA: Free Trade Area of the Americas(米州自由貿易地域),

CAFTA: Central America Free Trade Agreement(米・中米自由貿易協定),

SACU: South African Customs Union(南アフリカ関税同盟)

(出所)貿易データに関しては United States General Accounting Office[2004],INTERNATIONAL TRADE: Intensifying Free Trade Negotiating Agend a Calls for Better Allocation of Staff and Resources, Washington DC: USGPO を参照した。自由貿易協定交渉経過については USTR の WEB ページ(http://www.ustr.gov/new/fta/index.htm)を参照した。

発展途上国に対する貿易・投資自由化促進は,関税制度や援助を通じても展 開されている。具体的には,一般特恵関税制度や2000年アフリカ成長機会法 (African Growth and Opportunity Act of 2000: AGOA)がこれにあたる。一般 特恵関税制度は発展途上国を対象とした免税措置であり,アメリカでは1974年 通商法で導入されて以来,現在まで延長されている。この一般特恵関税制度は, 先進諸国による農産物貿易および繊維製品貿易の例外扱いによって高まった発 展途上国の不満をそらす目的で導入されたものである。AGOA もサブ・サハ ラの低開発諸国を対象として,当該地域からの免税輸入品目の拡大と数量制限 を大幅に緩和するというものであり,一般特恵関税制度と内容的には非常に似 通ったものである。 こうした関税面での発展途上国に対する優遇措置は,アメリカ国内ではいわ ば一種の援助として位置づけられており,自助努力による発展途上国の発展を 支援する効果をもつとされている。しかしながら,ここでいう発展途上国の 「経済発展」とは,現在の先進諸国が辿ってきたような発展ではないことに注 意する必要がある。というのは関税優遇措置というアメをアメリカは供与する と同時に,当該諸国における知的所有権制度の確立という条件が導入されてい るからである。 例えば,1997年にアメリカは,アルゼンチンでのコンピュータ・ソフトウェ ア関連知的所有権保護が確立されていないとして,一般特恵関税を取り消した。 同様のケースが2004年にもウクライナを対象として行われている。こうした知 的所有権問題と一般特恵関税制度とのリンクは,WTO においても禁止されて いるが,アメリカは,一般特恵関税制度がいわゆる援助であり,したがって 「対等の立場」の国家間から構成される WTO ルールにはなじまないとして, 知的所有権と一般特恵関税制度をリンクさせる姿勢を崩していない。 3.4 小括 アメリカ経済に出現した「ニュー・エコノミー」は,絶え間ない変化と競争 を本質とした市場競争原理が支配する新たな経済構造である。そこでは技術革 新活動やブランド確立が競争の主戦場となっている。こうした競争の性質変化

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は,競争力政策の展開に見るように,国際競争圧力としてアメリカ経済を「ニ ュー・エコノミー」へと移行させる原動力となったのであり,通商政策の転換 もアメリカ経済の構造変化を補完するように作用した。 その中核となるのが世界レベルでの知的所有権保護制度の確立であり,市場 開放要求や貿易・投資活動の自由化は,アメリカ経済が高付加価値活動に特化 するという国際分業構造形成のための手段である。上述のようにアメリカは競 争力を有する高付加価値部門を知的所有権制度によって保護すると同時に, 301条などの強権的通商政策展開によって当該部門の輸出拡大を図りつつある。 その一方で,発展途上国との間で自由貿易協定を取り結び,そこでは競争力を 相対的に喪失した低付加価値部門の発展途上国移転が促進されると同時に,知 的所有権制度によって発展途上国は低付加価値部門へと特化せざるを得ない構 造が生み出されつつある。 [4]「新しい」国際分業の構造と問題 アメリカの国際競争力強化と一体となった通商システムの再編は,「ニュー ・エコノミー」下のアメリカ経済再編を国際的側面から補完するように機能し ている。知的所有権制度の世界的拡張,強権的な門戸開放,そして貿易・投資 活動の自由化が,経営資源の高付加価値部門への集中と低付加価値部門の対外 移転を促進しており,そこでは従来とは異なる「新しい」国際分業構造が形成 されつつある。そこで「ニュー・エコノミー」のもとで形成されつつある国際 分業構造の特徴を,マクロ経済レベルでの貿易・投資構造および企業レベルで の貿易・投資活動をみることで明らかにしよう。 4.1 資本財を中心とした対発展途上国貿易の拡大 アメリカ経済の貿易構造は1980年代以降,大きく変容を遂げている。第一に 確認されるのは,アメリカ経済全体の貿易に占める発展途上国のシェアが,1980 年代半ば以降一貫して上昇していることである(図表6)。地域的にはメキシ コを中心としたラテンアメリカ諸国および東アジア諸国がかなりのシェアを占 20 25 30 35 40 45 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 (単位)% 輸出   輸入 めている。また発展途上国との貿易内容を産業別でみると,資本財および消費 財貿易が,輸出および輸入の両面で拡大している(図表7)。 とくに問題となるのは,資本財を中心とした発展途上国貿易シェアの拡大を どうみるかである。資本財貿易の拡大は,一見すると発展途上国の経済発展の 帰結として理解することが可能かもしれない。というのは,資本財生産はある 程度の技術水準を必要とするわけであり,したがって発展途上国からアメリカ などの先進諸国への資本財輸出は,発展途上国の技術水準の上昇の結果という ことを示唆するからである。しかしながら,以下で述べるように,発展途上国 から輸出される資本財が技術水準の上昇ではなく,資本財生産における労働集 約的工程の拡大に過ぎないことを示唆している。 例えば,メキシコにはマキラドーラおよび一時輸入プログラム(Temporary Import Program: TIP)と呼ばれる制度が存在するが,この制度は製造加工後の 輸出を目的として,一時的に輸入される財に対する優遇税制である。したがっ てこの制度を利用して輸入される財は,先進諸国ですでに高度技術を体化した

図表6 対発展途上国貿易シェア

(注)輸出総額および輸入総額に占めるシェア。財貿易のみ。発展途上国とは非 OECD 諸国を指す。 (出所)U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, Survey of Current Business,

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0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 (単位)% 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 食料および飲料 工業用原材料 資本財および自動車 消費財 その他 0 10 20 30 40 50 60 (単位)% 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 食料および飲料 工業用原材料 資本財および自動車 消費財 その他 図表7−1 発展途上国向け輸出財構成(注) (注)財輸出総額に占めるシェア。サービスおよび軍事関連財は含まない。

(出所)U.S. International Trade Commission, Interactive Tariff and Trade DataWeb, http://dataweb. usitc.gov/

図表7−2 発展途上国からの輸入財構成(注)

(注)財輸入総額に占めるシェア。サービス貿易は含まない。

(出所)U.S. International Trade Commission, Interactive Tariff and Trade DataWeb, http://dataweb. usitc.gov/ ものであり,それが簡単な加工を加えた後でアメリカに向けて輸出されるとい う意味で,メキシコの技術水準の上昇というものではない可能性がある。この 制度を利用したアメリカへの輸出シェアは非常に高く,2001年時点で機械関連 財のメキシコによるアメリカ向け輸出の約86%を占めている 。16) 従来の国際分業といえば,製造業部門と農業部門といった比較的大きな産業 単位での分業であり,そこでは完成された財の取引が主であった。これに対し て,以下で述べるように,多国籍企業内部および外部企業への生産委託を通じ た国際統合生産活動の拡大は,同一製品内部での分業関係という新しい特徴を もっている。そこでは生産される財が細かな部品などの単位に分割され,それ らが世界的に分散配置されるようになっている。その結果,最終完成財の国際 貿易だけでなく,中間財などを中心に構成される資本財取引が拡大しているの である。こうした完成財の分割はそれに伴う貿易拡大を引き起こすわけであり, 「ニュー・エコノミー」下での貿易拡大は,こうした製品内国際分業に主導さ れているといってもよい。 4.2 製品内国際分業の進展17) アメリカ経済は発展途上国との貿易を拡大させているが,その原動力はアメ リカ企業による発展途上国の生産拠点化である。こうした生産拠点化は,多国 籍企業による企業内国際分業および独立企業間による外部調達としても展開さ れている。こうした活動は,1990年代以降急激に進展した発展途上国における 貿易・投資自由化,IT の発展,そして知的所有権制度の世界的拡張によって 促進されている。 4.2.1 多国籍企業内国際分業と取引コストの低下 企業レベルの国際分業活動の一例として,半導体部門多国籍企業による企業 内国際分業を取り上げることにしよう。半導体製造業界一位のインテルは,企 業内国際分業をベースとした国際統合生産を行っている。インテルは各工程に

U.S. International Trade Commission[2002],Table C-1. 16)

UNCTAD[2002]を参照した。 17)

参照

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