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金融調査研究会報告書 新次元の金融政策のあり方

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第 3 章 いくつかの相対価格から見た新次元金融政策

の効果と限界について

齊 藤   誠

Ⅰ.はじめに

 金融政策の効果を議論するときには、名目金利や物価水準などの名目経済変数に焦点をあて ることが多い。しかし、長い期間にわたってゼロ近傍で推移してきた名目金利や横ばいで推移 してきた物価水準を観察していても、金融政策のインパクトを確認することは困難である。そ こで本稿では、名目変数ではなく、異なる価格のペアーから計算された相対価格を加味した実 質変数に注目しながら、金融政策が日本経済に対してどの程度の影響があったのかを見ていき たい。  まずは、輸出物価と輸入物価の相対比である交易条件の動向に着目する。さらには、交易条 件の影響を加味した実質GDIや実質GNI、あるいは、交易条件に左右される実質雇用者報酬の 動向を分析する。  次に、物価連動国債の利回りとして表れる実質金利の動向に着目する。さらには、実質金利 と名目金利の比較から導かれる期待インフレ率や、二国間の実質金利格差に影響を受ける実質 為替レートについて、それらの動向を分析していく。  これらの実質変数の動向を踏まえた上で、実質為替レートと貿易収支の関係、実質金利と消 費・投資の関係を分析する。  以上の分析を踏まえながら、異次元金融緩和の実態経済への直接的、間接的な影響は限定的 であって(正確にいうと、2012年末から2013年春までの金融緩和期待によって政策効果は出 尽くしてしまった)、2013年以降の米国の名目・実質金利の上昇傾向や2014年から2016年に かけての原油などの輸入原材料価格の下落による交易条件の改善が、実質面で見た日本経済の 良好なパフォーマンスを支えていたことを明らかにする。

II.国際環境の指標としての交易条件

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③ 同時に、実質雇用者報酬も大きく増加したこと、 を明らかにしていく。すなわち、同期間における実質面で見たマクロ経済パフォーマンスの良 好さは、原油などの原材料安を起因とする交易条件の改善によってもたらされていた。原油安 の影響は、インフレ目標達成の障害のようにいわれて、積極的な評価を受けてこなかったが、 実は、その間の日本経済の動向を下支えしていた。 1.原油安と交易条件の改善  交易条件とは、1単位の輸出と1単位の輸入の交換によって得られる交易利得、あるいは、 交易損失を示している。通常、交易条件比率は、円建ての輸出価格を円建ての輸入価格で除 した比率が用いられる。こうして定義された交易条件比率は、それが上昇するほど、より安 い価格で輸入し、より高い価格で輸出していることから、交易条件が改善することを示して いる。逆に、交易条件比率が低下するほど、交易条件が悪化することを示す。  図2-1は、日本銀行が報告している円建て輸出入物価指数から求めた交易条件をプロット したものである。2008年9月のリーマンショックの直後に急激に改善した交易条件は、 2014年前半まで悪化する傾向にあった。しかし、2014年半ばごろから2016年半ばまで大幅 に改善した。具体的には、2014年6月に0.87であった交易条件比率は、2016年8月に1.09ま で25%上昇した。しかし、その後は、交易条件が若干、悪化してきている。 図2-1 交易条件(円ベース輸出物価指数/円ベース輸入物価指数) 0.70 0.80 0.90 1.00 1.10 1.20 1.30 1.40 1.50 1.60 1.70

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 このような交易条件の改善は、基本的に原油をはじめとした輸入原材料の国際価格が下落 したことによってもたらされた。図2-2は、西テキサス原油と日本向けインドネシア産液化 天然ガスのドル建て価格の推移を示したものである。原油価格は、2014年6月に1バレルあ たり105ドルをつけた後、急激に低下した。1年後の2015年6月には60ドル/バレルまで低下 し、2016年2月には30ドル/バレルの水準に達した。その後は、徐々に価格が上昇し、2016 年末には1バレル50ドルを超える水準まで回復した。日本向けの液化天然ガスの値段も、原 油価格と連動するように契約されているので、同様の価格傾向を示している。 図2-2 原油価格と液化天然ガスの価格推移 0 5 10 15 20 25 0 20 40 60 80 100 120 140 160 1980年1月 1980年7月 1981年1月 1981年7月 1982年1月 1982年7月 1983年1月 1983年7月 1984年1月 1984年7月 1985年1月 1985年7月 1986年1月 1986年7月 1987年1月 1987年7月 1988年1月 1988年7月 1989年1月 1989年7月 1990年1月 1990年7月 1991年1月 1991年7月 1992年1月 1992年7月 1993年1月 1993年7月 1994年1月 1994年7月 1995年1月 1995年7月 1996年1月 1996年7月 1997年1月 1997年7月 1998年1月 1998年7月 1999年1月 1999年7月 2000年1月 2000年7月 2001年1月 2001年7月 2002年1月 2002年7月 2003年1月 2003年7月 2004年1月 2004年7月 2005年1月 2005年7月 2006年1月 2006年7月 2007年1月 2007年7月 2008年1月 2008年7月 2009年1月 2009年7月 2010年1月 2010年7月 2011年1月 2011年7月 2012年1月 2012年7月 2013年1月 2013年7月 2014年1月 2014年7月 2015年1月 2015年7月 2016年1月 2016年7月 西テキサス原油(WTI、米ドル/バレル) 日本向けインドネシア産液化天然ガス (米ドル/百万英熱量、右目盛り) (出所:IMF) 2.交易条件、デフレーター、そして実質経済成長率  輸入原材料価格の低下による交易条件の改善は、経済全体の付加価値のデフレーターであ るGDPデフレーターと、財・サービス全般のデフレーターであるGDIデフレーターに対して 異なった影響を及ぼす。  図2-3が示すように、GDPデフレーターとGDIデフレーターは、消費税増税の影響で2014

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図2-3 3つのデフレーターの推移 95 100 105 110 115 120 1994/ 1- 3. 7- 9. 1995/ 1- 3. 7- 9. 1996/ 1- 3. 7- 9. 1997/ 1- 3. 7- 9. 1998/ 1- 3. 7- 9. 1999/ 1- 3. 7- 9. 2000/ 1- 3. 7- 9. 2001/ 1- 3. 7- 9. 2002/ 1- 3. 7- 9. 2003/ 1- 3. 7- 9. 2004/ 1- 3. 7- 9. 2005/ 1- 3. 7- 9. 2006/ 1- 3. 7- 9. 2007/ 1- 3. 7- 9. 2008/ 1- 3. 7- 9. 2009/ 1- 3. 7- 9. 2010/ 1- 3. 7- 9. 2011/ 1- 3. 7- 9. 2012/ 1- 3. 7- 9. 2013/ 1- 3. 7- 9. 2014/ 1- 3. 7- 9. 2015/ 1- 3. 7- 9. 2016/ 1- 3. 7- 9. GDPデフレーター GDIデフレーター GNIデフレーター (2011年基準、出所:内閣府)  交易条件の改善は、実質的な経済成長率に対しても大きな影響を及ぼした。実質GDPは、 輸出入価格を含めてすべての価格を基準年の水準に固定することから、輸出入の相対価格で ある交易条件の変化に影響されない。一方、実質GDIや実質GNIは、交易条件の改善でその 水準が拡大する。  図2-4は、実質GDP、実質GDI、実質GNIについて成長率の推移を四半期ごとにプロット したものである(四半期率で表示している)。2014年4月の消費税増税でいずれの指標でも成 長率が大きく落ち込んだが、その後は、交易条件の改善が反映されない実質GDPの回復が 鈍かったのに対して、交易条件の改善が反映される実質GDIや実質GNIは大きく改善した。 たとえば、実質GDP成長率と実質GDI成長率を比較すると、2015年第1四半期で1.3%対 2.1%、2016年第1四半期で0.5%対1.0%と大きな違いが生じた。2014年第2四半期から 2016年第2四半期で見ると実質GDPが2.7%しか成長しなかったのに対して、実質GDIは 5.2%も成長した。

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図2-4 3つの経済成長率 -2.0% -1.5% -1.0% -0.5% 0.0% 0.5% 1.0% 1.5% 2.0% 2.5% 2012/ 1-3. 4- 6. 7- 9. 10-12. 2013/ 1-3. 4- 6. 7- 9. 10-12. 2014/ 1-3. 4- 6. 7- 9. 10-12. 2015/ 1-3. 4- 6. 7- 9. 10-12. 2016/ 1-3. 4- 6. 7- 9. 10-12. 実質GDP成長率 実質GDI成長率 実質GNI成長率 (出所:内閣府)  2014年度以降の動向は、消費税増税のマイナスの影響だけが強調されてきたが、交易条 件の改善のプラスの影響も考慮すれば、マクロ経済パフォーマンスはかなり良好であったと いえる。 3.実質雇用者報酬と交易条件  実は、実質雇用者報酬も、交易条件の改善を受けて増加してきた。図2-5が示すように、 名目雇用者報酬を家計消費デフレーターで実質化した雇用者報酬は、2013年より低下して いたものが、2014年半ばより大きく拡大した。

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図2-5 実質雇用者報酬 220,000 225,000 230,000 235,000 240,000 245,000 250,000 255,000 260,000 265,000 1994/ 1- 3. 7- 9. 1995/ 1- 3. 7- 9. 1996/ 1- 3. 7- 9. 1997/ 1- 3. 7- 9. 1998/ 1- 3. 7- 9. 1999/ 1- 3. 7- 9. 2000/ 1- 3. 7- 9. 2001/ 1- 3. 7- 9. 2002/ 1- 3. 7- 9. 2003/ 1- 3. 7- 9. 2004/ 1- 3. 7- 9. 2005/ 1- 3. 7- 9. 2006/ 1- 3. 7- 9. 2007/ 1- 3. 7- 9. 2008/ 1- 3. 7- 9. 2009/ 1- 3. 7- 9. 2010/ 1- 3. 7- 9. 2011/ 1- 3. 7- 9. 2012/ 1- 3. 7- 9. 2013/ 1- 3. 7- 9. 2014/ 1- 3. 7- 9. 2015/ 1- 3. 7- 9. 2016/ 1- 3. 7- 9. (単位:十億円、出所:内閣府)  実質雇用者報酬は、以下のように分解することができる。 実質雇用者報酬=家計消費デフレーター名目雇用者報酬 =名目雇用者報酬×名目

GDP

家計消費デフレーター

GDP

デフレーター ×実質

GDP

 2行目の第1項は労働分配率を示している。また、その第2項は、GDPデフレーターが交易 条件の影響を含むのに対して、家計消費デフレーターが交易条件の直接的な影響を受けない ことから、交易条件の動向に対応していることになる。したがって、実質雇用者報酬は、労 働分配率が増加するほど、交易条件が改善するほど、拡大することになる。事実、図2-6が 示すように、労働分配率の上昇と交易条件の改善が、実質雇用者報酬の拡大の背景にあっ た。

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図2-6 労働分配率と交易条件 0.94 0.96 0.98 1.00 1.02 1.04 1.06 0.46 0.47 0.48 0.49 0.50 0.51 0.52 0.53 0.54 1994/ 1- 3. 7- 9. 1995/ 1- 3. 7- 9. 1996/ 1- 3. 7- 9. 1997/ 1- 3. 7- 9. 1998/ 1- 3. 7- 9. 1999/ 1- 3. 7- 9. 2000/ 1- 3. 7- 9. 2001/ 1- 3. 7- 9. 2002/ 1- 3. 7- 9. 2003/ 1- 3. 7- 9. 2004/ 1- 3. 7- 9. 2005/ 1- 3. 7- 9. 2006/ 1- 3. 7- 9. 2007/ 1- 3. 7- 9. 2008/ 1- 3. 7- 9. 2009/ 1- 3. 7- 9. 2010/ 1- 3. 7- 9. 2011/ 1- 3. 7- 9. 2012/ 1- 3. 7- 9. 2013/ 1- 3. 7- 9. 2014/ 1- 3. 7- 9. 2015/ 1- 3. 7- 9. 2016/ 1- 3. 7- 9. 名目雇用者報酬/名目GDP GDPデフレーター /消費デフレーター (出所:内閣府)

III.金融政策、実質金利、そして実質為替レート

1.金融政策が予想インフレに及ぼす影響  物価連動国債の利回りは実質金利に対応していることから、普通国債の利回り(名目金利) と物価連動国債(実質金利)の差は、期待インフレ率に対応することになる。実務的には、両 者の差は、ブレイクイーブンインフレ率と呼ばれている。  図3-1は、日本の5年債について、名目金利(普通国債利回り)、実質金利(物価連動国債利 回り)、期待インフレ率(ブレイクイーブンインフレ率)をプロットしたものである。日本の 国債市場では、名目金利が十分に低く、低下する余地が限られていたことから、実質金利の 低下(上昇)は、期待インフレ率の上昇(低下)にストレートに反映してきた。

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図3-1 日本の物価連動国債の動向 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 日本・5年物物価連動国債(2016年9月から7年債) 日本・5年物国債(月中平均、2016年9月から7年債) 日本・ブレイクイーブンインフレ率 2008年7月 2009年1月 2009年7月 2010年1月 2010年7月 2011年1月 2011年7月 2012年1月 2012年7月 2013年1月 2013年7月 2014年1月 2014年7月 2015年1月 2015年7月 2016年1月 2016年7月 (単位:%、出所:財務省、浜町SCI)  図3-1が示すように、2013年4月に公表された金融緩和政策が実質金利の低下と期待イン フレ率の上昇をもたらしたとはいいがたい。実質金利の低下や期待インフレ率の上昇は、 2011年半ばごろから起きてきた。金融政策の影響について、あえて指摘するとすれば、 2013年4月の金融緩和政策への期待が、2013年初めまでに織り込まれていたということは できるかもしれない。  あるいは、期待インフレ率は2014年半ば以降に低下傾向にあることから、それまでの物 価連動国債利回りの低下(期待インフレ率の上昇)は、金融緩和政策の影響というよりも、 2014年4月の消費税増税による一度きりの価格上昇を反映していた可能性も否めない。ま た、2016年1月に導入が決定された負の金利政策も、一時的に実質金利の低下をもたらした が、その効果も、2016年後半には消えてしまった。  いずれにしても、日本銀行の金融緩和政策の期待インフレ率の上昇や実質金利の低下に貢 献した程度は限定的であったといってよい。  図3-2は、米国の5年債について、名目金利、実質金利、期待インフレ率をプロットした ものである。日本の国債市場とは対照的に、期待インフレ率が2%前後で落ち着いてきたこ とから、名目金利の低下が実質金利の低下にストレートに反映してきた。ただし、2008年9 月のリーマンショックの直後は、デフレ期待が高まって、物価連動国債利回りが急騰する一 方で期待インフレ率が急激に低下する局面が認められた。

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図3-2 米国の物価連動国債の動向 米国・5年物国債 米国・5年物物価連動国債 米国・ブレイクイーブンインフレ率 -2.00 -1.00 0.00 1.00 2.00 3.00 4.00 2008年7月 2009年1月 2009年7月 2010年1月 2010年7月 2011年1月 2011年7月 2012年1月 2012年7月 2013年1月 2013年7月 2014年1月 2014年7月 2015年1月 2015年7月 2016年1月 2016年7月 (単位:%、出所:米国連邦準備制度)  米国では、2013年前半ごろより量的緩和政策からの転換が模索されたことから、中長期 の普通国債利回り(名目金利)が上昇傾向にあった。それに伴って物価連動国債利回り(実質 金利)も上昇してきた。 2.実質金利の日米格差と実質為替レート  名目為替レートが名目金利の日米格差に反応して、名目金利が相対的に高い国の名目為替 レートが増価する傾向があるのと同様に、実質為替レートも実質金利の日米格差に反応す る。理論的には、n年債の実質金利について以下のような関係が成立する。 ln(現在の実質為替レート)=

n

(米国の実質金利-日本の実質金利)+

n

年先の予想実質為替レート したがって、米国の実質金利が相対的に上昇すると、実質円ドルレートは円安になる。  図3-3は、5年債に関する実質金利の日米格差と実質為替レートの推移をプロットしたも のである。なお、実質円ドルレートの算出には、両国の消費者物価指数を用いている。すな わち、名目為替レートに(米国の消費者物価)/(日本の消費者物価)を乗じることで、実質為 替レートを求めている。また、図3-4は、実質金利の日米格差(横軸)と実質為替レートの対 数値(縦軸)に関して散布図を描いている。

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図3-3 実質金利の米日格差と実質円/ドルレートの推移 2008 年 2008 年 12 2009 年 2009 年 2009 年 2009 年 12 2010 年 2010 年 2010 年 2010 年 12 2011 年 2011 年 2011 年 2011 年 12 2012 年 2012 年 2012 年 2012 年 12 2013 年 2013 年 2013 年 2013 年 12 2014 年 2014 年 2014 年 2014 年 12 2015 年 2015 年 2015 年 2015 年 12 2016 年 2016 年 2016 年 2016 年 12 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 3 月 6 月 9 月 月 100.0 120.0 140.0 160.0 180.0 200.0 220.0 240.0 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 実質金利の米日格差 実質円/ドルレート(右目盛り) 日本・5年物物価連動国債 米国・5年物物価連動国債 (単位:左目盛り%、右目盛り円、出所:日本銀行、米国連邦準備制度、総務省、浜町SCI) 図3-4 実質金利の米日格差(横軸)と実質円/ドルレート(自然対数値、縦軸)の関係 08年9月 08年12月 09年3月 09年6月 09年9月 09年12月10年6月10年3月 10年9月10年12月 11年3月 11年6月 11年9月 11年12月 12年3月 12年6月 12年9月 12年12月 13年3月 13年6月 13年9月 13年12月 14年3月 14年6月 14年9月 14年12月15年3月 15年6月 y = 10.628x + 5.1823 4.8 4.9 5 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 -0.03 -0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03 (単位:左目盛り%、右目盛り円、出所:日本銀行、米国連邦準備制度、総務省、浜町SCI)

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はなく、米国の実質金利の上昇でもたらされた。  また、2014年後半以降の円安は、実質金利格差の拡大を伴っておらず、日米の金融政策 が影響を及ぼしたとは考えにくい。2016年になって円高に転じた背景は、日本の実質金利 の上昇と米国の実質金利の低下で日米金利格差が縮小したことに対応している。2016年末 にかけて実質為替レートが減価した背景には、米国の実質金利の再上昇が影響していると考 えられる。  いずれにしても、日本銀行の金融緩和政策が実質的な円安をもたらしたという証左は乏し く、金融政策の為替レートへのインパクトという点では、むしろ米国の金融政策の影響の方 が大きかったといえる。

IV.円安と貿易収支

1.実質為替の逆数としての交易条件  それでは、交易条件や実質金利の動向が実態経済に及ぼした影響を見ていこう。  輸出物価指数を輸入物価指数で除した交易条件比率は、その逆数をとると、以下のように 実質為替レート(ε)と解釈することができる。 ε=円建て輸入物価円建て輸出物価 =名目為替レート×外貨建て輸入物価 円建て輸出物価  なお、上述のように輸出入物価指数から求めた実質為替レートと、Ⅲ節で議論した消費者 物価指数から求めた実質為替レートは、性格が異なることに留意してほしい。  また、上の実質為替レート(ε)は、以下のように名目貿易収支を実質化することができる。 実質貿易収支= 名目貿易収支 円建て輸出物価 =円建て輸出物価×輸出数量-円建て輸入物価×輸入数量 円建て輸出物価 =輸出数量-ε×輸入数量

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円高になると、輸入数量の拡大と輸出数量の減少で実質的な貿易収支が縮小する可能性があ る。  マーシャル・ラーナー条件は、こうした関係を厳密に定式化したものである。実質的な円 安で輸出数量が拡大する弾力性と、輸入数量が縮小する弾力性(の絶対値)の和が1を超える ときに、実質貿易収支は、実質為替レートの増加関数となる。すなわち、実質貿易収支と実 質為替レートは同じ方向に変化する。  しかし、図4-1が示すように、2011年以降、実質貿易収支と実質為替レートは逆方向に動 いている。すなわち、交易条件が悪化し、実質為替レートが減価する局面では、実質貿易収 支が縮小し、逆に、交易条件が改善し、実質為替レートが増価する局面では、実質貿易収支 が拡大している。実質為替レートと実質貿易収支に関して散布図を描いた図4-2は、こうし た傾向をより明確に示している。 図4-1 輸入デフレーター /輸出デフレーターと         出入デフレーターで調整した実質純輸出/実質GDP -4.00% -3.00% -2.00% -1.00% 0.00% 1.00% 2.00% 3.00% 40.0% 50.0% 60.0% 70.0% 80.0% 90.0% 100.0% 110.0% 1994/ 1- 3. 7- 9. 1995/ 1- 3. 7- 9. 1996/ 1- 3. 7- 9. 1997/ 1- 3. 7- 9. 1998/ 1- 3. 7- 9. 1999/ 1- 3. 7- 9. 2000/ 1- 3. 7- 9. 2001/ 1- 3. 7- 9. 2002/ 1- 3. 7- 9. 2003/ 1- 3. 7- 9. 2004/ 1- 3. 7- 9. 2005/ 1- 3. 7- 9. 2006/ 1- 3. 7- 9. 2007/ 1- 3. 7- 9. 2008/ 1- 3. 7- 9. 2009/ 1- 3. 7- 9. 2010/ 1- 3. 7- 9. 2011/ 1- 3. 7- 9. 2012/ 1- 3. 7- 9. 2013/ 1- 3. 7- 9. 2014/ 1- 3. 7- 9. 2015/ 1- 3. 7- 9. 2016/ 1- 3. 7- 9. 輸入デフレーター /輸出デフレーター (実質輸出-(輸入デフレーター /輸出デフレーター)×実質輸入)/実質GDP(右目盛り) (2005年基準、出所:内閣府)

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図4-2 輸出入デフレーターで調整した実質純輸出/実質GDP(縦軸)と 輸入デフレーター /輸出デフレーター(横軸)の関係   -4.00% -3.00% -2.00% -1.00% 0.00% 1.00% 2.00% 3.00% 50.0% 60.0% 70.0% 80.0% 90.0% 100.0% 110.0% 94:I 94:I 94:II 94:II 94:III 94:III 94:IV 94:IV 95:I 95:I 95:II 95:II 95:III 95:III 95:IV 95:IV 96:I 96:I 96:II 96:II96:III96:III96:IV96:IV97:I97:I

97:II 97:II 97:III 97:III 97:IV 97:IV 98:I 98:I 98:II 98:II98:III98:III 98:IV 98:IV 99:I 99:I 99:II 99:II 99:III99:IV99:IV99:III00:II00:II00:I00:I00:III00:III

00:IV 00:IV 01:I 01:I 01:II 01:II 01:III 01:III 01:IV 01:IV 02:I 02:I 02:II 02:II 02:III 02:III 02:IV 02:IV 03:I 03:I 03:II 03:II03:III03:III

03:IV 03:IV04:I04:I 04:II04:II

04:III 04:III 04:IV 04:IV 05:I 05:I 05:II05:II

05:III 05:III 05:IV 05:IV

06:I 06:I06:II06:II06:III06:III

06:IV 06:IV07:I07:I07:II07:II

07:III 07:III 07:IV 07:IV 08:I 08:I 08:II 08:II 08:III 08:III 08:IV 08:IV 09:I 09:I 09:II 09:II 09:III09:III

09:IV 09:IV 10:I 10:I10:II10:II10:III10:III

10:IV 10:IV 11:I 11:I 11:II 11:II 11:III 11:III 11:IV 11:IV12:I12:I 12:II 12:II 12:III 12:III 12:IV 12:IV13:I13:III13:III13:II13:II13:I

13:IV 13:IV 14:I 14:I 14:II 14:II 14:III 14:III 14:IV 14:IV 15:I 15:I 15:II 15:II (2005年基準、出所:内閣府)  こうした動向は、輸出と輸入の相対価格が輸出数量や輸入数量に及ぼす影響が限定的で、 輸入原材料価格の上昇がそのまま貿易収支の縮小につながり、逆に輸入原材料価格の低下が そのまま貿易収支の拡大につながることを意味している。言い方を変えると、為替レートが 減価しても、輸出促進効果や輸入抑制効果はあまり認められないことになる。

V.低金利と設備投資

1.純設備投資の長期的な動向  Ⅲ節で見てきたように、金融緩和政策の影響は限定的であったとはいえ、実質金利が 2013年以降も低位の水準で推移してきた。こうした実質金利の低下は、設備投資の拡大を もたらしたのであろうか。  図5-1が示すように、経済全体の総固定資本形成は、2009年以降に拡大してきた。しかし、 日本経済が成熟して資本ストックを高水準で蓄積してきたことを反映して、固定資本減耗も 高い水準で推移してきた。その結果、総固定資本形成から固定資本減耗を控除した純固定資 本形成は、ほぼゼロで推移してきた。

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図5-1 総固定資本形成と純固定資本形成 20082008 20092009 20102010 20112011 20122012 -40,000 -20,000 0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000 160,000 180,000 1955年度1955年度 19561956 19571957 19581958 19591959 19601960 19611961 19621962 19631963 19641964 19651965 19661966 19671967 19681968 19691969 19701970 19711971 19721972 19731973 19741974 19751975 19761976 19771977 19781978 19791979 19801980 19811981 19821982 19831983 19841984 19851985 19861986 19871987 19881988 19891989 19901990 19911991 19921992 19931993 19941994 19951995 19961996 19971997 19981998 19991999 20002000 20012001 20022002 20032003 20042004 20052005 20062006 20072007 20132013 20142014 20152015 総固定資本形成 固定資本減耗 純固定資本形成 (単位:十億円、出所:内閣府)  こうした傾向は、部門別に見ても変わるところがない。図5-2によると、2000年代半ば以 降、政府の公共投資も、企業の設備投資も、家計の住宅投資も、固定資本減耗を控除した ネットで見るとゼロ近傍で推移しており、それまでの水準を回復することはなかった。低金 利は住宅投資を促進してきたとしばしば指摘されるが、ネットの住宅投資で見ると、新規投 資の規模は更新投資の範囲にとどまっているといえる。

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図5-2 部門別の名目純固定資本形成/名目GDP -5.0% 0.0% 5.0% 10.0% 15.0% 20.0% 1980 19801981198119821982198319831984198419851985198619861987198719881988198919891990199019911991199219921993199319941994199519951996199619971997199819981999199920002000200120012002200220032003200420042005200520062006200720072008200820092009201020102011201120122012201320132014201420152015 一国経済(2000年基準) 一国経済(2011年基準) 一般政府(2000年基準) 一般政府(2011年基準) 非金融法人企業(2000年基準) 非金融法人企業(2011年基準) 家計(2000年基準) 家計(2011年基準) (1980年度から1993年度まで2000年基準、1994年度から2015年度まで2011年基準、出所:内閣府) 2.現在の設備投資と将来の消費  上述のような経済全体における、あるいは、部門別の純設備投資の低迷は、日本経済のよ り構造的な要素を反映しており、金融緩和政策によって克服することが難しいと考えられ る。標準的な動学モデルでは、現在の純設備投資と将来の消費について次のような関係が成 り立っている。 現在の純設備投資 =将来の家計消費-現在の家計消費 現在の家計消費 現在の家計消費  上の式は、左辺から右辺で見れば、現在の純設備投資の増加が、将来の消費機会を拡大さ せると解釈できる。一方、右辺から左辺で見れば、将来の消費機会の拡大を見込んで現在の 純設備投資を増加させると解釈することができる。  表5-1は、10年代ごとに上の式の左辺と右辺に相当する値を比較したものである。1980年

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表5-1 実質純設備投資(純固定資産形成)の動向と家計消費の傾向 1980年代 1990年代 2000年代 2010年度~2015年度 (i)「一国経済の実質純固定資本形成/実質家計消費」 の10年間平均 23.0% 17.1% 3.1% -0.7% (ii)実質家計消費の10年間平均(単位:兆円、ただし、 2010年代は2010年度から2015年度の平均、上段は 2000年基準、下段は2011年基準) 206.8 271.1 305.5 276.9 292.8 (iii)当期の10年間から次期の10年間への平均家計 消 費 変 化 率( た だ し、2010年 代 は2010年 度 か ら 2015年度の平均) 31.1% 12.7% 5.7% 横ばい? (内閣府国民経済計算から筆者が算出)  2010年代については、家計消費に占める純設備投資の比率は-0.7%にとどまっており、次 の10年に向けて消費機会はほぼ横ばいで推移することが予想される。こうした傾向の合理 的な解釈としては、日本経済で少子高齢化が進展し、将来の消費機会の拡大が望めないこと を反映して、新規投資が更新投資の範囲内にとどまっているのであろう。以上のような構造 的な要因による純設備投資の低迷は、金融緩和政策によって制御することは非常に難しい。

VI.新次元金融政策の評価

 以上の分析は、これまでしばしば指摘されてきた傾向とほぼ反対のことを示している。すな わち、従来、異次元金融政策や新次元金融政策と呼ばれてきた金融緩和政策は、名目金利や実 質金利の低下、期待インフレ率の引き上げ、円ドルレートの減価をもたらし、それが設備投資 や輸出を後押しして景気回復に結び付いたといわれてきた。しかし、日本銀行の金融緩和政策 がそれらの変数に与えた影響は限定的であった。実質為替レートの減価についていえば、日本 銀行の金融緩和政策ではなく、米国連邦準備制度の量的緩和政策からの転換によってもたらさ れたといえる。仮に、金融緩和政策の影響があったとしても、2013年4月に実際にスタートす る以前における金融緩和期待でその効果が出尽くしたと考えられる。  また、日本の金融緩和政策がもたらしたとはいえないが、為替レートが実質的に円安とな り、実質金利が低位で推移してきたことは事実であるが、そうした相対価格の変化が輸出や設 備投資を後押ししたという証左は認められない。  一方、2014年4月の消費税増税の影響が必要以上にクローズアップされて、実質経済成長率 が伸び悩んだようにいわれたが、実は、2014年半ば以降に進行した輸入原材料価格の顕著な 低下で交易条件が大幅に改善した結果、マクロ経済のパフォーマンスはかなり良好であった。

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して否定的に評価されがちであったが、実は、交易条件の大幅な改善をもたらし、日本経済の パフォーマンスを良好なものにしてきた。  以上の分析は、金融政策の効果を過大視することなく、そして、国際環境の改善を無視する ことなく、マクロ経済のパフォーマンスを評価することの重要性を示している。 参考文献:本論文の考察に関する理論的な背景は、齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久著 『新版マクロ経済学』(有斐閣、2016年)で論じられている。

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