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現代中国の経済発展と鳥取県における中国進出企業

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(1)

現代 中国の経済発展 とザ

鳥取県 における中国進出企業

経 済 学 研 究 室 藤 田 安 一

I

は じ め に Ⅱ 現代 中国における経済発展 とその問題点

1.現

代 中国の経済発展

2.現

代 中国経済の問題点 Ⅲ 現代 中国の経済改革一一安定成長 をめ ざして一―

1.経

済格差解消のための対策

2.国

有企業の改革

3.財

政・金融制度の改革 Ⅳ 鳥取県 における中国進出企業

1.気

高精工

2.グ

ッ ドヒル

3.鳥

取三洋電機

Vお

わ り に

I

は じ め に 1996年の8月か ら9月

,か

ねてか らの計画 どお り

,私

は中国の経済調査 に出かけた。調査 した対象

I

地域は

,現

在の中国で最も経済発展の著 しい揚子江デルタ経済圏か ら華南経済圏にかけての沿海地 域である (図

1参

照)。 具体的には

,こ

れ らの地域 にある上海

,蘇

,抗

,福

,反

,深

土‖, 香港の各経済特別区や対外 開放都市 を視察 し

,そ

の中で経済活動 を営 んでいる合弁企業や郷鎮企業 の調査 をおこなった。その調査 をつ うじて

,現

代 中国における沿海地域の急速 な経済発展の実態を, この 目で確かめることが私の 目的であった。

1

本稿 の課題は

,こ

うした中国での調査 を踏 まえなが ら

,中

国経済 と中国に進出する 日本企業 との

1

望 ましい関係 とはいかなるものかについて

,考

察することにある。そのため本稿では

,つ

ぎの

3点

を明 らかにすることによつて

,上

記の課題 に接近することにしたい。 第1に

,現

代 中国における経済発展の特徴 と問題点はなにか。 第

2に

,現

代 中国がすすめている経済改革の内容 とその狙いはどこにあるのか。 第

3に

,現

代 日本の企業が中国に文↓して

,な

にを契機 に, どのような考 えをもって

,い

かなる形

(2)

藤田安一 :現代中国の経済発展 と,鳥取県における中国進出企業 図

1

現代 中国 の沿 海地 域 にお ける経 済 国 態で進 出 しているのか。 とくに

,第

3の点である日本企業の中国進出の実態 をみるために

,鳥

取県に本社をもつ気高精工, グッ ドヒル

,鳥

取三洋電機 などを調査 した。その結果 も合わせて紹介 しよう。 Ⅱ 現 代 中 国 に お け る経 済 発 展 とその 問 題 点

1.現

代中国の経済発展 1978年以降の中国における改革・開放路線 は

,1992年

の登1/1ヽ平 による「南巡講和」 と社会主義市 場経済の提唱 によって一層加速 された。その結果

,引

き起 こされた中国経済の変化 をみてお こう。 第1に

,中

国の経済成長 は

,国

民所得では1979年か ら92年までの年平均

8.8%の

伸 びか ら1993年 には

15.1%へ

,工

業の成長率 は

11,1%か

21.4%へ

と飛躍的に増大 した (表

1参

照)。 1人当 り

GN

Pも78年の370元か ら94年には約3700元と10倍となった。 第2に

,中

国の産業構造では

,1978年

と1992年 とを対比すると

1次

2次

。3次産業の構成比は, それぞれ

28.4%→

23.9%,38.6%→ 38.2%,23.0%→

27,9%と な り

, 1次

産業の比重の低下 と

3次

産業の比重の上昇が顕著 になって きている。それにつれて就業構造 は

,1978年

か ら92年にかけて1 次

70.5%→

58.5%, 2次 17.4%→ 21.7%, 3次 12.1%→ 19.8%へ

と大 きく変化 した。

(3)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号

(1997) 第3に

,対

外経済関係では

,中

国の貿易 依存度(名目

GNPに

占め る輸 出入額 の割 合)が

,1978年

9.9%か

ら92年には

38.2%

へ増大。また

,一

次産品の輸出比率が急速 に低下 し,1988年に

30,3%で

あ ったのが93 年には18.2%と なった。それに対 して

,工

業製品の輸出比率 は

,88年

69,7%か

ら93 年の

81.8%へ

と飛躍的に増大 し

,工

業製品 の輸入比率 も

81.8%か

86.3%に

高 まった (表

2参

照)。 その結果

,中

国経済は1980年 代か ら90年代 にかけて

,輸

出志向工業化 に 大 きく前進 した といえる。 さらに最近

,外

資導入 と くに直接投資の 中国経済 に占める割合が急速 に高 まってい る。1993年の直 接 投 資 受 入 額 275億 ドル (実行ベース

)は

,ア

メ リカを上 回 り

,世

界最大 となった (表

3参

照)。 また, 1993 年の国別投資 (実行ベース

)で

,第

1位 が香港

(62.8%),第 2位

が台湾 (11.4%), 第

3位

がアメリカ

(7.5%),第 4位

が 日本

(4.8%)の

順 となってい る。 この間,台湾 の対中国投資が急増 していることと

,92年

8月の中韓国交樹立 に よ り韓 国の対 中国投 資が徐 々に増加 しているのが特徴である。 こうした外資企業 (三資企業

)の

発展の 結果

,中

国の全輸 出に占める外資企業の輸 出比率が

,1994年

には

28,7%に

もなってい る (表

4参

照)。

2.現

代中国経済の問題点 以上の急速な中国の経済発展 を

,あ

る者 1よ「 ブ レーキの きかない自動車」と例えた。 確かに

,現

在中国は経済的にみて も危 うさ を内包 し

,マ

グマが噴出するように

,そ

れ が時 として表面化 している。つ ぎに

,中

国 経済のこうした問題点 をみてみ よう。 第1に

,経

済の不均等発展 による経済格 差の拡大である。 沿海地域 と内陸部 との経済格差

,都

市 と 農村 との所得格差

,都

市部のなかで も個人 表

1

中国にお ける各期の経済成長率 注 :上 記の「国民所得」 は

,中

国の「国民収入」 をさす。「国民収入」 とは

,物

的生産の純生 産額。「国民収入」十サー ビス部 門の生産額 十固定資本一減価償却額

=GNP

出所 :『中国統計年鑑1993』 p.35。『中国統計年鑑 1994』 p.34。 表

2

中国の輸出商品分類比率 (%) 出所 :『 中国統計年鑑1994』 p.507。 中国の輸入商品分類比率 (単位

:%)

国民所得 農

業 工 業

1次

5カ 年計画期

2次

5カ 年計画期 1963∼65年

3次

5カ 年計画期

4次

5カ 年計画期

5次

5カ 年計画期

6次

5カ 年計画期

7次

5カ 年計画期 1953´-92とF 1979∼92年 1993年 8.9 △3.1 14,7 8.3 5,5 6.1 10.0 7.6 7.0 8.8 15.1 3.7 △5.9 11.5 2.6 3.0 0.7 8.5 4.1 3.1 5.3 4.0 19.6 1.8 21.3 12.6 8.5 9.2 10.2 10.2 11,3 11.1 21.4 一 次 産 品 工 業 製 品 19884F 69.7 1989 00 25.6 74.4 22.5 77.5 20.0 80.0 O υ 81.8 (%) 一 次 産 品 工 業 製 品 1988年 18.2 81.8 81.5 83.0 1992 83.6 1993 86.3 出所:『中国統計年鑑1994』 p.508。

(4)

藤田安一 :現代中国の経済発展と鳥取県における中国進出企業 表

3

中国 にお ける直接投 資導 入 の推 移 注 :各 項 目の合計額 に一致 しない年次がある。 出所:『中国統計年鑑』各年版。合弁か ら共同開発 までの実行金額 は 属対外経済貿易年畑 による。 間の所得格差力乾広が りをみせている (表

5参

照)。 表

4

中国の全輸 出に占める三資企業の輸出比率 また

,農

村部で も

1人

当た りの収入の伸 びは, 1993年にわずか

3.2%に

す ぎなか ったの に対 し て

,そ

の農村 におけるインフレは

20%近

くの上 昇率 を示 している (表

6参

照)。 これでは

,内

陸部 における農民の生活はます ます苦 しくなる ばか りである。 第2に

,膨

大 な失業者の堆積である。 10億人余 りが居住す る中国農村 には

,多

数の 潜在的な失業者群が待機 してお り

,そ

の うち、 すでに1億人余 りが「民工潮」 と呼ばれ

,大

都 市 に職 を求めて盲流 している。私 たち外国人観 出所

:[中

国統計年鑑1994』 p.506。 ほか94年は 光客が

,上

海や北京 などの大都市の駅 に降 り立

統計公報 による。 った時

,駅

前の広場 をうめつ くす民工潮の群れ に

,戦

後直後のわが国における駅前の様子 を重ねあわせ る人 も少 な くないであろう。中国か ら帰 っ て きてすでに1年経 った今で も

,上

海駅で見た出稼 ぎ労働者家族の子供の姿が

,私

の 目にや きつい て離れない。 第3に

,ハ

イパー・インフレーシ ョンと呼んで もいいほどの

,急

激 なインフレーシ ョンを招いて いることである。 1994年には

,消

費者物価が

20%を

超 える最悪の事態 を生み出 した (表

7参

照)。 その原 因は

,急

(単位 :億 ドル) 全 輸 出 業 出

〓 一 の 三資企業の 輸 出 比 率 19884F 475.2 24.6

5.2%

1989 525.4 49,0

9.3%

1990 620,9 78.0 12.6% 1991 718.4 120,0 16.7% 1992 849.4 173.6 20.4% 1993 917.6 252.4 27.5% 1994 1,210.0 347.0 28.7% (金額 :億 ドル) 年 弁 作 100%投 資 共同開発 ハ 計 斐

約 行 額 実 金 契 約 行 額 実 金 契

約 行 額 実 金 契

約 行 額 実 金 契

約 行 額 実 金 件 数 金額 件 数 金額 件 数 金額 件 数 金 額 件 数 金 額 甥 83 84 85 86 87 88 89 90 9 . 92 93 83 107 741 1,412 892 1,395 3,909 3,659 4,091 8,395 34,354 54,003 1.27 1.88 10.67 20 30 13.75 19,50 31 34 26.59 27.04 60,80 291.28 551.74 1.00 0,74 2 55 5,80 8,04 14.86 19,75 20.37 18,86 22.99 61,15 53.48 793 330 1,089 1,611 582 789 1,621 1,179 1,317 1,778 5,711 10,445 27.27 5 03 14.84 34 96 13.58 12 83 16 24 10.83 12.54 21.38 132.55 255.00 5.31 2 27 4.65 5.85 7,94 6 20 7.80 7.52 6. 7.64 21.22 52.98 33 15 26 46 18 46 410 931 1,860 2,795 8,692 18,975 3.32 0 40 1.00 0 46 0.20 4.71 4.81 16.54 24,44 36 67 156.96 304.57 0 40 0.43 0,15 0.13 0,16 0.25 2 26 3.71 6 83 11.35 25.20 65 06 13 18 4 6 3 5 10 5 10 7 14 14.22 10.01 3 60 0 81 0,05 0.59 2 04 1,94 0 92 0.43 3.05 4.97 2 92 5,23 4,81 2.60 1.83 2.12 2.32 2.44 1 69 2.50 4.24 922 470 上856 3,073 1,498 2,233 5,945 5,779 7,273 12,978 48,764 83,437 60.10 17.32 26.51 59,32 28,34 37.09 52,97 56 00 65.96 119,77 581.24 1,114.36 11.66 6.36 12.58 16.61 18 74 23.14 31,93 33.93 34.87 43 66 110.07 275 15

(5)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号

(1997) 表

5

華南地 域 にお ける経 済発 展 の成果 いずれ も80∼ 94年の年平均伸 び率。

*は

特区以外 の深司‖市 も含 む。 『広東省統計年鑑J『 中国統計年鑑』『深司‖統計年鑑』 より

NRI香

港作成。 表

6

中国の物価上昇率(1) 注

1:サ

ービス部門を含 まない。政府 目標値 は通常 この指標 を使用する。 注

2:サ

ービス部門を含む。西側の

CPIの

概念 に近似。93年までは「生計費指数」 と呼ばれて いた。 出所

:[中

国統計年鑑」等 よ り

NRI香

港作成。 速な経済発展 によつてエネルギー・原材料 な どの生産要素が絶対的に不足 したデ イマ ン ド・プル・ インフレに加 えて

,食

糧買い上げ価格が引 き上 げ られたことによる食品価格の高騰 とい う

,コ

ス ト・ プッシュ・ インフレの要因が重 なったためであるが

,こ

れが著 しい社会不安 を強めた。 このため, その後実施 された政府の金融引 き締め政策の結果

,今

度は国有企業の多 くが

,資

金回収 の不能や遅 れによる資金繰 りの悪化 にみ まわれ

,企

業相互 間で債務が累積する「三角債」の問題 を深刻化 した。 現在の中国経済は

,こ

のインフレと三角債 との悪循環か ら逃れることがで きないで苦 しんでいるの である。 第4に

,エ

ネルギー・食糧問題の深刻化である。 すでに中国は

,石

油の純輸入国になっていることに加 えて

,交

通網の整備 の遅れによつて

,華

北 で産出 される石炭の国内輸送 も十分 とはいえない。 さらに

,1990年

代 に入ってか らの開発 ブームの なかで

,農

村では農耕地 を潰 し

,工

業開発区やホテル・マ ンシ ョン建設地 などを造成す る「囲い込 み」 という現象が発生 している。 また

,農

民 も強制作付 の制度緩和 にともなって

,収

益性 の低 い穀 物の生産 をやめて

,よ

り収益性の高い商品作物の生産 にシフ トする傾向を強めている。そのため, 1 2 所 注 注 出 (%) 全 国 広 東 省 深司‖経 済特 区 実質

GDP成

長率 輸出額伸び率 固定資産投資額伸び率 小売売上額伸び率 10。1 14.5 22,9 17.1 14.5 15.0 33.3 21.8 38.3 69.6 43.2 43.3 1人 当た り

GDP(94年

) 438オtドル 741'(ド,レ 3,511米 ドル (前年比

,%)

年 全国小売物価颯│ 農業生産財価格 7.3 7.0 18.5 16.2 17.8 18.9 2.1 5.5 2.9 2.9 5.4 3,7 13.2 14,1 21,7 21.6 14.8 27.4 全国消費価格D 者焉市吉Ь 農本す菩h 7.3 8.8 6.2 18.8 20。7 17.5 18.0 16.3 19.3 3.1 1.3 4.5 3.4 5.1 2.3 6.4 8.6 4.7 14.7 16.1 13.7 24,1 25.0 23.4 17.1 16.8 17.5 工業製品卸価格 生産財価格 7.9 15.0 13.7 18.6 18.9 4.1 4,4 6.2 8.0 6.8 9.3 24.0 33.7 19.5 16.7 n, a. n. a.

(6)

藤田安一 :現代 中国の経済発展 と鳥取県における中国進出企業 表

7

中 国 の物価 上昇 率(2) (単位

:%)

年 売 数

全 物 部 数 b 日 市 費 舌 都 生 P 率 N G 長 質 実 成 区 υ   浴 ∪   ワ r   Q O   ︹ υ   ︵ υ   ■ ■   つ と   つ け   ガ 生 8.8 6.0 7.3 18.5 17.8 2.1 2.9 5.4 13.2 21.7 11.9 7.0 8。8 20.7 16.3 1.3 5.1 8.6 16.1 25,0 12.8 8.1 10.9 11.3 4.4 4.1 8.2 3,0 13.4 11.8 出所 :『中国統計年鑑1994』

p.32, p.231,お

よび『1995年国民経 済 と社会発展統計公報』 こうした傾向がつづけば

,経

済発展 によつてます ます増大 してい く食糧需要 を満たす ことがで きな くなる恐れがある。 第5に

,財

テクブーム下の「 白条」「緑条」問題の発生である。 1992年か ら93年にかけて

,中

国の市中資金の多 くが投機資金 とな り

,経

済発展の著 しい沿海地域 や大都市の不動産

,株

式投資 に向か うとい う「キ ャピタル・ フライ ト」が発生 した。そのために, 内陸部や農村部では深刻 な資金不足 を招いた。それが

,農

民 に被害 を与 えた「 白条」および「緑条」 問題 を生んだのである。「白条」 とは

,政

府が農産物 を買い上げる際に

,農

民 に対 して発行 した手 形が

,中

国農業銀行の資金不足で換金 されな くなることを指す。 また「緑条」 とは

,内

陸部か ら沿 海地域 に出稼 ぎに出た農民が

,稼

いだ収入 を故郷の家族へ郵便為替で送金する場合

,郵

便局が資金 不足のために

,こ

の為替 を換金で きな くなる事態 を意味する。 これが

,最

近中国での大規模 な農民 暴動 を引 き起 こした直接の要因である。 第6に

,現

在 中国の経済発展が対外依存型であ り

,国

内産業 とくに基幹産業の脆弱 な基盤の上で なされていることである。 中国の基幹産業である機械

,電

,石

油化学, 自動車

,建

設業などの大半 は国有企業 によつて営 まれてお り

,国

有企業の半数以上は慢性的赤字 に陥っていると言われている。外形的な経済成長率 の高 さにもかかわ らず

,中

国経済の長期的・安定的な成長 のボル トネックとなっているのは

,こ

の 基幹産業の脆弱 さであ り

,交

通運輸・通信・エ ネルギーなどのインフラの立 ち遅れである。 第

7に

,経

済的利権 をあさる官僚の腐敗現象がある。 「官商」 と呼ばれる官僚たちによる国有財産の私物化行為は

,経

済発展が政治の腐敗 をもた らす 事例 として注 目されよう。た とえば

,彼

らが 自らの権限で処理で きる国有地の使用権や国有企業の 経営権 などに関 して

,外

国の資本家や国内の事業家 に許認可の便宜 を図つてやる見返 りに巨額の リ ベー トを取得する。 また

,彼

らは外資などに売却 した国有企業の経営幹部 になった り

,借

地 として 与 えた土地に建設 されたホテルの共同経営者 になるなど

,国

の資産 を利用 し

,利

権か らのあが りを

2重 3重

にも享受する。 以上

, 7点

にわたつて現代 中国の経済発展 にともなう問題点 をみた。確かに

,1980年

代か ら90年 代 にかけて進展 した沿海地域や大都市の経済成長は著 しい ものであった。しか し同時 に

,

これ ら

(7)

鳥取大学教育学部研究報告 人文 。社会科学 第48巻 第

1号

(1997) の発展が

,遅

れた内陸部や農村部 の犠牲の上に成 り立 っていた側面 も否めない。その矛盾が

,一

挙 に1992年か ら93年にかけて噴出す ることになった。 「サ ウス・チ ャイナ 。モーニ ングポス ト」(1993.6.27)1ま

,1992年

末以来

,中

国で約170件の農民 暴動が発生 した と伝 えているが

,な

かで も1993年に四川省仁寿県で起 きた農民暴動 は,15,000人の 農民が生活苦 を訴 えて政府庁舎 を包囲するとい う事態 にまで発展 した。 さらに,「緑条」 が原 因で 全国11省・市で農民が郵便局 を取 り囲む騒 ぎが起 きている。 これ らの農民暴動が

,農

民 を主体 とし て社会主義革命 を遂行 し社会主義建設 を行 なって きた中国共産党 に

,大

きなシ ョックを与え

,自

ら の権力基盤 を揺 るがす深刻 な事態 として受けとめ られたことは想像するに難 しくない。 事実

,中

国政府は1993年7月か らの経済調整策 を経て

,94年

には安定成長 に向 けての経済改 革 の 具体案 をまとめ実施 に移 しつつある。つ ぎに

,そ

の内容 をみておこう。 Ⅲ 現 代 中 国 の 経済 改 革 ― ― 安 定 成 長 を め ざ して一 ― 中国政府 は

,1993年

7月 に中央銀行の通貨管理の強化 と国家専業銀行 の資金管理の徹底,違法 な銀 行間のコール取引や金融子会社 の取 り締 まり

,株

式・不動産への投機抑制 などを柱 とす る16項目の 政策を発表 し

,経

済調整 に乗 り出 した。つづいて1994年3月に開かれた全人代全体 会議 では

,経

済 運営のス ローガ ンとして従来か ら繰 り返 されて きた改革 。開放政策の推進 だけでなく「安定の維持」 が追加 された。 さらに

,1995年

9月に開かれた第9次5カ年計画の基本方針 には

,

国家建設 の カギ と して「発展 ・改革・安定の関係」 を トップ にかかげ,「発展 は不変の道理

,改

革 は経済 と社会の発 展の強力 な動力

,安

定 は発展 と改革の前提」 と規定 されている。 市場経済 を目指 した経済改革 を進めるなかで

,発

展 と安定のバ ランスを保つ ことは容易なことで はない。 しか し中国政府が

,こ

れ までの経済成長至上主義的な経済発展の生み出 した矛盾 に対応せ ざるをえなかった とはいえ

,安

定 を含んだ経済成長 に舵 を向けた意義は大 きい。今後の中国社会の 様相は, この経済改革の成功いかんによって大変違 った ものになると考 え られるか らである。 した がって

,現

在の中国がすすめつつある経済改革の内容 を

,つ

ぎにみておこう。

1.経

済格差解消のための対策 まず

,沿

海地域の富 を内陸部 に遠流 させ ようとする試みである。後 に述べ るように

,1994年

か ら 本格的に開始 された財政 。金融 システムの改革 には

,沿

海地域 に蓄積 された富 を内陸部へ還元 させ るシステム作 りとい う側面がある。た とえば

,財

政 を通 じた地域格差解消のための「分税制」の導 入や

,農

業部門への貸付 けを優先的に行 なうための中国農業銀行の設立 (1994年

)な

どは

,そ

の現 われである。 また中国政府は

,大

都市 の雇用吸収力 にも限界があることか ら

,郷

鎮企業 を育成することによっ て

,内

陸・農村部 に中小都市 を積極的に建設 しようとしている。 これによ り

,農

村部の余剰労働力 を吸収するとともに

,農

村地域全体 の所得水準 を向上 させ ようとい うのである (図

2参

照)。 さらに

,農

業 における家族単位の個別経営が もつ不効率 さを克服する試み として

,家

族経営の協 同経営への組み込みが行 なわれて きている。従来の個別経営 に加 えて

,既

存の郷・鎮 を単位 として, 集回所有財産の管理運営 を目的 とした「地区性合作経営組織」や生産・流通分野の専門的技術の共 有を目的 とした「専 門的合作組織」 をつ くり

,こ

れ らの組織が各農家 に対 し生産財

,灌

漑管理

,農

産物販売 などの各種サー ビスを提供することになっている。 また最近

,国

有農場 に対する外資導入

(8)

藤田安一 :現代中国の経済発展と鳥取県における中国進出企業 図

2

郷 鎮 企 業 の生産額 と農 業・ 農村 の生産 額 (億年) 30000 25000 20000 15000 10000 5000 0 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 出所 :国 家統計局 『中国統計年鑑』 も積極的化 しつつある。

2.国

有企業の改革 現在中国の国有企業が

,中

国経済全外 に占めるウエイ トをみ ると

,1995年

現在

,労

働者数で16.7

%,固

定資産投資で

55,7%,工

業総生産で30.9%となっている (表8参照)。 1990年代 に入 り著 しく ウエイ トは低下 しているとはいえ

,基

幹産業 を担 う国有企業の役割 を考 えると

,依

然 としてその存 在は大 きい。 しか も

,国

有企業は従業員の住宅

,医

,教

育な どを九抱 えで負担 してお り

,こ

の中 には退職者の生活保障 まで も含 まれることか ら

,国

有企業の改革は社会的に大 きな影響 を与 えず に はおかない。 しか し

,全

体の半数近 くの国有企業 が赤字経営 に陥っていることや

,国

家 の財政赤字の大 きな原 因が

,こ

れ ら赤 字国有企業 に対す る政府の補填金支出 にあること

,

さらに

,景

気拡大期 にお ける国有企業の過剰投資がインフレを 招 き

,こ

れを鎮静 しようとする金融引 締政策が「三角債 (企業間債務の付 け 回 し)」 問題 を生み 出す な ど

,

どう し て も国有企業の改革 は避 け られない課 題 なのである。 では, どの ように国有企業の改革が 99 年 表

8

中国経済 に占める国有企業の ウエイ ト (%) 1952年 Oυ 労 働 者 数 固定資産投資 工 業 総 生 産 貨 物 運 搬 量 小 売 売 上 額 7.6 n,a. 41.5 41.9 16.3 18.6 n.a. 77.6 75.5 54.6 18.0 66.1 64.9 77.6 40,4 16.0 65.6 54.6 81.5 39.6 16.7 55.7 30.9 82.5* 30.0 注 : *は94年。 出所 :『 中国統計年鑑』,F中国統計摘要』(96年)よ り

NRI

香港作成。 農村社会総生産 播種農業生産

(9)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号

(1997) 行 なわれ ようとしているのであろうか。つ ぎに

,そ

れをみてお こう。 従来の国有企業改革は

,1980年

代後半か ら導入 された「経営請負制」 に代表 される。この制度は, 国家による企業の所有権 を残 したままで

,国

家 と企業 との間の責任・権利・利益 を請負「契約」の 形で確定す る。そ して

,企

業が請負上納利潤額 を超過 した場合 には

,そ

の利潤超過分 は企業が企業 内部に留保することがで き

,逆

に請負利潤 を達成で きない時には

,そ

の分 を企業 は自己補填 しなけ ればな らない とい う制度であった。 しか し

,こ

の経営請負制 には大 きな問題点がある。それは

,依

然 として政府の企業 に対す る影響 力が強いために

,傘

下事業の拡大 を求める地方政府 などが

,企

業 に対 して採算 を無視 した無計画 な 投資 を行 なわせ る傾向がある とい う点である。そのため

,景

気拡大期 には必ず過剰投資が起 こ り, 企業の資金繰 りの悪化 を象徴する「三角債」の発生 とい う悪循環が後 を断たなか ったのである。 そこで中国政府 は

,1992年

に「全人民所有制 (国有

)工

業企業経営 メカニズム転換条例」 の施行 によつて

,企

業の 自律性 を一層高める方向での改革 に踏み切つた。 この「条例」 は

,企

業 に生産・ 経営の意志決定権や製品・サー ビスの価格決定権

,製

品の販売権 など14項目にわたる自主権 を与 え ることによつて

,企

業の市場への適合性 を高め

,企

業の経営効率 を向上 させ ることを狙い としてい る。 さらに重要なことは,「条例」 には国家が経営管理 を委ねた財産 (企業財産

)に

つ いて企 業が 占有・使用・処分す る権利

=「

経営権」 を明確 に し

,企

業 は

,国

家が経営・管理 を委 ねた財産 につ いては民事責任 を魚 うとされたことである。 こうして

,企

業の民事責任 を法的に規定することによつて

,所

有権 と経営権 との分離 を一層 明確 に し

,企

業の政府か らの自律性 を高め ようとしたのである。 しか し現実 には

,そ

うした固有企業の 改革では

,手

におえない国有企業が少 な くな く

,1994年

には上海

,天

津 な ど18の都市が国有企業改 革の実験都市 に指定 され

,国

有企業の破産の処理が始め られている。 この実験都市 は

,1996年

か ら は北京

,大

,福

州など多 くの都市が加 え られて50都市 に拡大 された。 しか し

,国

有企業の破産にともなう大量の失業者 を私有・個人企業だけで吸収す るにも限界があ り

,失

業保険など社会保障制度 を整備す ることが急務 となっている。現在

,1986年

に「国営企業職 工待業保険暫行規定」の公布 によつてス ター トした国有企業における失業保険制度 は

,そ

の後廿象 者の範囲が拡大 し

,1994年

末には失業保険に加入 している職貝・労働者は9500万人 と

,都

市労働者 の約

6割

に達 している。

3.財

政・ 金融制度の改革 まず

,財

政制度の改革か らみておこう。 1994年

,中

国政府は「分税制

Jと

呼ばれる新 たな税制 を導入 した。 この分税制 は

,従

来か ら中国 で施行 されて きた「財政請負制」の反省 に立 って新設 された ものである。そこで

,

まず この財 政請 負制の問題点か らみておこう。 1988年

,国

務 院は「地方財政請負方法の改善」 を決定 し

,中

央政府 と省・市 。自治区の各政府 と の間で財政収入の調達方法 を定めた。 この財政請負制 は

,中

央政府が各地方政府 と個別 に契約 を結 び

,地

方政府は犯約で定め られた一定比率 または金額 を中央政府 に上納すれば

,後

の残 り分 は地方 政府が 自由に処理で きるとい うシステムである。 この制度 は

,中

国経済の発展 をささえる地方の活 力 を引 き出す 目的で導入 されたが

,結

果的には

,中

央政府の財政収入は伸 びず

,国

家の財政政策の 機能を弱めることになって しまった。 とい うのは

,財

政収入が増加 して も

,地

方政府 は意図的に支 出額 を増や し

,中

央政府への上納額の基数 となる黒字幅の圧縮 を図ったので

,全

体 の財政収入の増

(10)

10

藤田安一 :現代 中国の経済発展 と鳥取県における中国進出企業 大が中央財政の収入の増加につなが らなかったのである。 こうした状態を改善するために

,従

来の財政請負制に代わ り分税制が導入されることになった。 このシステムは

,①

税 目を中央税 と地方税 とに分けて

,中

央固定収入と地方固定収入を区別する,

②共有税を設けて税目ごとに中央政府 と地方政府の配分比率を決定する

,③

中央政府と地方政府の

支出項目を区分けする, というものである

(表

9参 照

)。 表

9

分税制の もとでの中央・地方間の税 目と支出区分 財政収入項 目 (税目

)の

区分 中央固定収入 (中央税) 地方固定収 入 (地方税) 関税 税 関が代理徴収す る付加価値 税 と消 費税 消 費税 中央が管轄す る国有企業 の所 得税・利潤 地方銀行・外資系銀行 。ノ ン バ ンクの所得税 鉄道・銀行 総行 ・保 険会社 の 上納収入 (営業税

,所

得税, 利潤

,都

市維持建設税 を含む) 鉄道

,銀

行総行

,保

険会社の上納分 を除 く。 中央が管轄する国有企業

,お

よび地方銀行,タト資系銀行

,ノ

ンバ ンクを除 く。 ・ 営業初い 。企業所得税・利i閏ⅢⅢ柁 ・ 個 人所得税 。都市土地使用税 ・ 固定資産投資方向調節税 ・ 都市維持建設税“) ・ 不動産税 ・ 車両・船舶使用税 ・ 印紙税 ・ 農牧業税 ・ 農業特産品税 ・ 耕地 占有税 ・ 土地付加価値 税 。国有地有償使用料 ・ 登記税 ・ 遺 産 。贈与税 他 1 2 注 注 支 方 央 。国防費 ・ 武装警察費 ・ 中央 レベルの行政管理費・各種事業費 ・ 中央政府による重点建設・農業支援支出 ・ 中央が管轄する国有企業の技術改 良等への支 出 ・ 国内タト借款の元利返済支出

,な

ど ・ 地方 レベ ルの行政管理 費・ 各種事業費 ・ 地方政府 による重点建設 ・農業支援支 出 ・ 地方が所 管す る企業 の技術改 良等へ の支 出 ・ 都市維持建設経 費 ・ 価格補助支 出

,な

ど 共通 配分収入 (共有税) ・ 付 加 価 値 税 (中央

:75%,

地方

:25%)

・ 資 源 税 (海洋 石 油 資 源 税 は 中央

,そ

の他 は地方) ・ 証券取引 (印紙

)税

(中央:

50%,地

:50%)

財政支出項 目の区分 出所 :南 部稔 (95年

),呉

軍華 (95年

)を

基 に

NRI香

港作成。

(11)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号

(1997) 中央政府は, この制度の導入により中央財政収入の増力日を図るとともに

,国

家財政 によるマ クロ 調整能力の向上・財政再分配機能の強化 をめざしている。 したがって

,先

述の経済発展 にともなっ て生 じた地域間の経済的格差 を

,

この制度 によつて是正 しようとす る意図 もある。 その他の税制改革では

,従

来の税 目を整備・簡素化することや

,法

人所得税 を原則 として一律33

%に

統一すること。 また

,外

国企業 に対す る税制上の優遇措置 (表10参照

)も

徐 々に廃上 し

,将

来 的には内資企業・外資企業 を問わず

,統

一税制 を適用す る方針である。

(1)優

遇税率 地

域 一般 地域 経済特 区 経済技術 開発 区 沿海経 済開放 区 特区開発 区旧市街 区 上海浦東 開発 区 高度新技術産業 開発 区

(2)タ

ックスホ リデ イ 表

10

中国における企業所得税の優遇措置 製品輸出企業

国家奨励企業

生産型企業

15%

10%

10%

12%

12%

10%

15%

15%

15%

15%

15%

15%

15%

15%

30%

15%

15%

24%

24%

15%

30%

2年

免税

5年

免税

5年

免税

5年

免税 1年免税

2年

免税 外 国企業 または 非生産型企業

30%

15%

30%

30%

30%

30%

30%

3年

半 減

5年

半 減

5年

半 減

5年

半 減

2年

半 減

3年

半減 延長

①経営期間

10年

以上の生産型外国投資企業

②合弁期間

15年

以上の港湾埠頭建設の合弁企業

③経営期間

10年

以上の基盤整備・農業開発

海南経済特区の外国投資企業

④経営期間

15年

以上の交通建設プロジェクトの

上海浦東開発区の外国投資企業

⑤経営期間

10年

以上の投資額

500万

米 ドル以上の

経済特区の外国投資企業

⑥経営期間

10年

以上の高度新技術産業開発区の合併企業

⑦先進技術企業

出所 :近藤義雄「投資の実務知識」『中華人民共和国』住友銀行

,1992年

。 注

:①

製品輸出企業 とは

,生

産高の

70%以

上を輸出する企業で外貨バランスが均衡 している企業。 ②国家奨励企業 とは

,各

種投資奨励規定により国家が奨励 しているプロジェクトまたは企業。 ③生産型企業 とは

,製

造業

,エ

ネルギーエ業

,農

林牧漁業

,建

設業

,交

通運輸業

,生

産技術 開発サービスなどを指す。 つぎに

,金

融制度改革に移ろう。 第 1に

,中

央銀行制度の改革である。中国人民銀行は

,1948年

に設立 され1953年より国家計画に 基づ く資金の統一管理を行なうようになったが

,1980年

代 に入るまでは業務は国家計画で決められ た信用供与・貸出・借入・預金受入に限られ

,資

本主義国の中央銀行が通常行なうような役割は認 められていなかった。それが

,1984年

に中国人民銀行の業務のうち商業銀行業務を新設の中国工商 銀行に移管 し

,86年

の「銀行管理暫定条例」によつて中央銀行の地位が与えられたものの

,当

時は まだ中央銀行法の制定 もな く

,実

際には中央銀行 として機能 していなかった。

(12)

藤田安一 :現 代中国の経済発展 と鳥取県における中国進出企業 そのため

,中

国人民銀行 は自ら企業向け貸出業務 を継続 していただけでな く

,全

国2500を超 える 中国人民銀行の地方分行・支行・弁事処などは地方政府の強い影響下にあ り

,地

方政府傘下の企業 に対 して過剰 な投資 を行 なっていた。 また

,中

国人民銀行総行 (本店

)が

国家専業銀行 に対する貸 出制限を命令 して も

,地

方政府か らの妨害 によって

,総

行 の金融政策 を地方 レベルにまで徹底す る ことがで きなか った。 そこで政府 は

,1995年

に「中国人民銀行法」 ■公布 し

,中

国人民銀行 の分行・支行の「地方金庫 化」 を防止するために

,こ

れ まで分行や支行が もっていた貸出権 と貸出調節権 を廃止 し

,中

国人民 銀行の総行 (本店

)が

集中管理す ることとしたも 第2に

,国

家専業銀行の商業銀行化への再編である。国家専業銀行 は, もともと政策金融の実施 のために政府部 門を母体 として設立 された ものであ り

,設

立の旧い順か ら中国銀行 (1912年設立, 1953年より国家外為専 門銀行

),中

国農業銀行 (1951年設立

),中

国建設銀行 (1954年設立

),

中国 工商銀行 (1984年設立

)が

ある。 これまでの国家専業銀行の問題点は

,業

務の約

3割

が政策性金融業務であ り

,中

央銀行の問題点 と同様 に

,国

家専業銀行の分行・支行 も地方政府の強い影響の もとで「地方金庫化」 を起 こし

,採

算 を無視 して業務の悪い国有企業への貸出を継続 したため

,銀

行経営の悪化や資金不足 による「 白 条」問題 を引 き起 こして きたことにある。 こうした点 を改善す るために

,1994年

か ら国家専業銀行 の商業銀行化がすすめ られた。95年には「商業銀行法」の制定 に伴 い

,そ

れまでの国家専業銀行 は 「国有商業銀行

Jと

分類が改め られ

,商

業銀行 として自立するように求め られた。 また

,商

業銀行 法 には

,国

家専業銀行 の分行 ・支行が地方金庫化す るの を防止するための条項 も盛 り込 まれ

,総

行 (本店

)が

資金 を集 中的に管理 し

, 1つ

の商業銀行 は1つの法人 とみなす「統一法 人制」 が明確 化 された。 その他

,個

人企業・私営企業 を金融面でサポー トするた めの銀行 として

,従

来の都市合作社 を統合 して「都市合作 銀行」が設立 された り

,中

国初の

100%民

営 の銀行 であ る 「民生銀行」が設立 (1996年

)さ

れるな ど

,金

融機 関の新 設がつづいている。

V

鳥 取 県 に お け る 中 国 進 出企 業 1989年6月の天安 門事件 によって

,一

時沈静化 してい た 日本の対 中国投資 は

,91年

に再 び増加 を始め

,92年

には明 らかにブーム となった (表11参照)。 その原 因は

,天

安 門 事件の文サ中国経済制裁の解除が進行 した ことや,「 南巡講 話」 による改革・開放政策の加速化

,上

海浦東開発 区の建 設開始 など中国側の要因の他 に

,

日本の急速 な円高が重 な ったためである。 このため 日本企業の対 中国投資 は

,ア

ジア向け投資のな かでは遅れて始 まった ものの

,1993年

には700件 と

ASEAN

4カ 国 (タイ・マ レーシア・イン ドネシア・ フイリピン) 向けの合計390件を大幅 に上回つて首位 とな り

,金

額 で も 表

11

日本の対中国投資 (単位 :100万 ドル) 会計年度 件 数 金 額 1974 2 0 1979 1 14 1980 6 1981 9 1982 4 1983 5 3 1984 114 1985 1986 1987 1,226 1988 1989 刀生 1990 349 1991 246 579 1992 490 1,070 1993 700 1,691 1974-93累計 2,295 6,163 出所 :大 蔵省

(13)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号 (1997) 13

初めて1位となった。業種別投資では

,電

,繊

,機

械が

3大

業種 となってい る。 また地域 別 で は

,沿

海地域への投資が圧倒的に多 く

,大

連 とその周辺

,上

海・江蘇・浙江の揚子江デルタ

,深

判‖ を含む珠江デルタ

,北

京・天津地域 などに集中 している。 本稿では

,鳥

取県の企業の うち中国への企業進出を積極的に行 なっている気高精工

,グ

ッドヒル, 鳥取三洋電機の

3企

業 をとりあげ

,そ

の現状 をみることにする。 もっとも

,従

来か らわが国企業の 中国進出を引っぱって きたのは

,中

小企業である。彼 らは及 び腰 の大企業 を尻 目に

,円

高の苦境 を 乗 り切 るため豊富で安い労働力 を求めて

,背

水 の陣 を敷 きなが ら中国への進出をめざ した。 これ ま でに中国進出を果 た した 日本の企業は6000社を越 えているが

,そ

の大半 は中堅 。中小企業である。 つ ぎに紹介するように

,鳥

取県 に本社 をもつ気高精工 とグッ ドヒルは

,そ

の ような中小企業の代表 といってよい。

1.気

高精エ 気高精工 は

,鳥

取県気高町に本社 をもち

,資

本金3600万円

,従

業員84名の企業である。1984年に 創業

,1987年

に気高町にある高浜工業団地 に移転 し

,本

工場の他 に′鳥取工場 と佐治工場 を新設

,オ

=ブ

ン トース ターや電子 レンジ

,

ミニプレー トなど家電製品の製造・販売 を行 なって きた。海外へ の進出は

,1989年

フランスヘの電子 レンジ輸出をさきがけとして

,イ

ギ リス・ ドイツ・スペ インな ど西 ヨーロ ッパ諸国か ら台湾・香港へ と販路は拡張 していった。 輸出された電子 レンジは

THANKYOUと

い うブラン ド名で高 く評価 され

,年

間1200万 台が海外 に 輸出された。国内での販売 も順調 で

,製

品の

60%が

国内販売

,40%が

輸出 とい う割合であつた。 し か し

,そ

の後の急速な円高の進行 は

,製

品販売の4割を輸出に依存す るとい う気高精工のあ り方 に, 大 きな変更 を迫 って きた。輸出は

10%に

激減 し

,国

内販売 も安価 な海外製造の家電製品にお されて 伸 び悩 んだ。 こうした状態か らの一つの活路 として選ばれたのが

,中

国への進出であった。 気高精工が中国企業 との合弁 に踏み切 つたのは

,1995年

7月であった。場所 は蘇州 か ら鉄 道 で西 へ30分ほど行 った無錫。合弁の相手 は

,中

国でナ ンバー2の扇風機製造 メーカーの菊花電器であっ た。資本金 はloo万 ドルで気高精工か ら25万ドルを出資 して

,従

業員170名の合弁企業「無錫気高精 正電器有限公司」 を設立 した。設立当時は

,中

国の人々の習慣やプライ ドを傷つけずに

,い

かに品 質の管理 をはかるかに苦労 した。

4S(整

,整

,清

,清

)を

徹底 し

,

明 る く清 潔 な作 業環 境 をつ くることに心がけた とい う。 この企業では年間14,400万台の電子 レンジが生産 されてお り, その うち

90%は

中国で販売 し

,残

10%は

日本 に輸出されている。 中国での販売ルー トは

,菊

花電器のルー トに乗せて」

UHuA(菊

の花)とい う名前で販 売 され てい る。中国では冷たい食物 を嫌 う習慣があるために

,食

事 をあたためる電子 レンジの潜在的需要は高 い。そこが狙い どころである。創業 して, まだ1年 しか経たないために利益 は出ていないが

, 3年

間の免税期 間を利用 して気長 に経営するかまえであ り

,赤

字が出た場合で も

,無

錫市軽工業局が補 填 して くれるため少 しは安心 だとい う。

2.グ

ッドヒル 紳士服 メーカーであるグッ ドヒルは

,1961年

に′鳥取県 と席取市の誘致企業 として設立 された。当 時はまだ鳥取エ フワンと称 していたが

,現

在では資本金1億円

,従

業 員950名

,年

間売上高85億 円 (1995年

)の

中堅企業である。 グッ ドヒルの中国進出は

,今

か ら8年前の1988年にさかのぼる。現在 グ ッ ドヒルは中国 との合併

(14)

藤田安一 :現 代 中国の経済発展 と鳥取県における中国進出企業 で4つの工場 を設立 している。内蒙古 自治区には

3工

場があ り

,紳

士服の縫製工場 2と 生地工場1 となっている。 また

,北

京 には1つの紳士服の縫製工場がある。 グッ ドヒルの中国 との合弁企業の第1号である「内家古青松制衣有限公司」 は

,資

本金445万 ドル, 従業員480名で1988年8月に設立 された。 この合弁企業の資本出資の内訳 は

,内

蒙古第2毛紡が

40%,

香港 グ レースガーメン トが

11%,鳥

取エ フワン (現在のグッ ドヒル

)29%,三

井物産

10%,エ

フワ ン10%と なっている。現在では

,紳

士服の生産・販売 を行い契約年数は15年である。中国側 との契 約では

,当

初 ここで生産 された紳士服の7割が 日本 に輸 出 し

,3割

は中国での販売 となっていたが, 現在では 日本での不況のために3割が 日本 に輸出 され

,7割

は中国での販売 となっている。スーツ1 着の値段が

,中

国での労働者の給料2ヵ 月半分 にも相当するが

,売

れ行 きは好調だ とい う。 グッ ドヒルの中国2号店は

,1991年

7月 に設立 された「北京鳥取愛服王有限公司

Jで

ある。契約年 数15年

,従

業員は100名

,資

本金は160万 ドルで北京華表が

45%,舟

取エ フワンが

45%,三

井物産10

%の

出資比率 となっている。 この企業で も先の内表古の企業 と同様 に

,比

率 は小 さいが商社が出資 者に名 をつ らねていることに注 目 したい。外国企業 との契約 に精通 している商社 は

,非

常 に頼 りに なる存在 だとい う。相手方 と トラブルが起 きない ように

,ま

た起 きた として も商社 を通 して解決す ればよい一一 こうした安心感が

,商

社 を加 える理由である。 いずれの合弁企業 も

,設

立当初の困難 は技術指導 と労務管理 にある。内蒙古 の企業 には設立時, 日本か ら30名ほど派遣 して技術指導 に当た らせ る とともに

,中

国人労働者 に工場内の床 そうじか ら 作業服の常用 など

,日

本式の作業様式 を教 えるための教育に力 を入れた。言葉 の壁や風俗習慣 の違 いを越 えて

,企

業の経営 は今では順調 に行なわれているとい う。

3.鳥

取三洋電機 資本金40億円

,年

間売上高約1530億円 (1995年

),従

業員3000人を超 える鳥取 三洋電機 は

,

名実 ともに山陰随―の大企業である。1966年に′専取県 をは じめ とする地元の熱烈 な企業誘致活動 を受け て

,鳥

取市 に本社 をもつ電機機械器具 メーカー として設立 された。当初は電気 アンカやカーラジオ, ガス湯沸器

,自

黒テ レビ

,ア

イロンなどを生産 し

,創

業年には

1億

円だつた年 間売上 は

,2年

後 に 100億円を突破

,4年

後 には220億円を記録するなど飛躍的に伸 びた。 しか し

,1985年

のプラザ合意以降に始 まった急激な円高の波 をまともに受 けて

,1985年

当時, 52.7%と い う高い輸出依存度 をもっていた鳥取三洋電機の経営環境 は

,非

常 に厳 しい状況に陥った。 『′鳥取三洋電機30年史』 によると,「売上高は85年の990億円か ら86年の815億円へ と大幅 な減少 とな り

,迦

える87年5月 の上期 中間決算では

,赤

字 に転落することは避 け られず

,

中間配当 もで きない 危機的な状況が見込 まれていた」 と述べている。 こうした危機感 に立 って

,1987年

か ら蔦取三洋電機 は社内で「21世紀経営 ビジ ヨン」の立集作業 をス ター トさせた。 この ビジ ヨンでは

,21世

紀の鳥取三洋電機のあるべ き姿 を要約 したスローガン の 1つ に,「グローバルな視野か ら国際的事業展開を図る企業」 をめ ざす

,

と明記 された。 まさに, これを契機 に して

,鳥

取三洋電機の中国市場への進出がは じまったのである。 もっとも

,こ

の時期 までに鳥取三洋電機の海外での事業展開がなかったわけではない。かつての 親会社であ り大阪に本社 をもつ三洋電機 の海外進出に同行 した経験 はある。 三洋電機 は

,す

で に 1961年

,呑

港の資本 との合弁企業である三洋電機 (香港

)有

限公司 を設立 してお り

,鳥

取三洋電機 が この企業の一部 を聞借 りする形で

,カ

ーラジオやラジカセの生産 を行 なって きていたのである。 しか し

,鳥

取三洋電機が筆頭株主 (31%)と な り

,初

めて海外経営の主導権 を握 つたのは

,1986年

(15)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号 (1997) 15

マ レーシアのペナ ン島にて

,西

ドイツSEL社との合弁で設立 した三洋電機(ペナ ン

)株

式会社 で あ った。 ここでは

,ラ

ジカセ

,ス

テ レオ

,テ

ープレコーダーなどを生産 し欧米 に輸出 した。 つづいて

,199o年

に「鳥取三洋電機 (香港

)有

限公司

Jを

設立

,1994年

には「鳥取三洋電機 (深 ■

l)有

限公司」 を設立。 この両企業は

,い

ずれ も三洋電機 (香港

)と

の共同出資である。 さらに鳥 取三洋電機 は

,中

国の固有企業である大連水山集団公司 との合弁で「大連三洋家用電器有限公司」 を電子式 ジヤーポ ッ トなどの生産・販売 を目的に設立。同年 には, フアクシ ミリなどの生産・販売 を目的に

,中

国の郷鎮企業である広州迪生実業有限公司 との合弁企業 として,「広州迪生鳥取三 洋 電機有限公司」(表12参照

)を

あいついで設立 した。 表

12

廣州迪生鳥取三洋有限公司 所 在 地 中国廣 州市 資 本 金 10,000,000U S弗 設 エユ 1995, 12. 事 業 目 的 ファクシミリ

,ECRの

製造販売 役 員 構 成 董事長

陸長虹 副董事長 日高 晃 (鳥取三洋) 童事・総経理 加藤虎彦 (鳥取三洋) 董事

木本 豊(三洋電機 〔中国〕 童事

今西嘉章 (三洋貿易) 童事

井植敏雅 (鳥取三洋) 童事

米澤 修 (鳥取三洋) 童事

王力 童事

洗建東 審計師

川勝敏和 (鳥取三洋) 審計師

伍堅 株主・出資構成 鳥取三洋電機 三洋電機貿易 三洋電機 (中国) 廣 州迪生実業有 限公司 5,000,000U S弗 (50%) 1,000,000U S弗 (10%) 1,000,000U S弗 (10%) 3,000,000U S弗 (30%) 従 業 員 数 製造

327,管

37,計

364 会 社 経 歴 1995, 12. 1995. 12. 1995, 04 合弁契約書締結 中国政府営業許可 日 生産開始 出所 :鳥 取三洋電機腑 か らの提供資料 より

(16)

藤田安一 :現代 中国の経済発展 と′亀取県における中国進出企業 これだけの企業数で

,

しか も

,い

づれ も大規模 な資本投資 を伴 った中国での企業展 開だけに

,鳥

取三洋電機 として も不安がないわけではない。それにもかかわ らず

,鳥

取三洋電機が中国市場 にこ だわる理 由は

,た

とえ中国で生産 した商品の海外輸出が不振 になった として も

,必

ず今 まで以上 に, 13億の民 をもつ中国市場で販売で きると見込んでのことであるとい う。 以上

,鳥

取三洋電機 の海外 における事業展 開をみたが

,そ

れが積極的であればあるほど

,蔦

取県 の地域経済に与 える影響が気 になる。すなわち

,鳥

取 に現在ある三洋電機の工場は縮小 されていな いか

,従

業員は削減 されていないか

,い

わゆる産業空洞化 とい う事態は起 きていないのだろうか。 幸いに も

,今

の ところは起 きていないと言 えそ うだ。その理由は

,パ

ソコンの市場拡大 に伴 って, カラー液晶デ イスプ レイの著 しい需要l曽があ り増産が続いている。 したが って

,従

業員の数 も3000 名 を割 ることはない。 しか し

,現

在その液晶の価格が下が りつつあ り

,以

前のような収益 は見込 め ない。いま発売 されているポータブルナビゲーシ ョンシステム 「 ゴ リラ」 や圧力Ⅲ ジャー炊飯 器 「 はや うま」 などが

,カ

ラー液晶デ イスプレイに代 わるヒッ ト商品 となるか どうかが

,今

後 の鳥取 三洋電機 と地域経済 との関係 を左右 しそうである。 これ まで本稿では

,中

国における経済発展 とその問題点 を解明 した後

,現

在の中国政府がいか な る方向で経済改革 を行 なお うとしているのかを考察 し

,

日本企業の中国への進出の現状 を

,前

述 し た

3企

業 を事例 として取 りあげた。最後 に

,い

ま進行 している中国の経済改革 にとつて

,望

ま しい 日本企業の中国進出のあ り方 とはどの ようなものか

,に

関する著者の意見 を以下で述べて

,本

稿 の 締め くくりとしよう。

V

お わ り に 現代 中国の経済発展 を評 して

,あ

る香港の専門家 は,「現状 はあたか もハ リウ ツ ドの映画の セ ッ トのようなものである。正面か ら見れば見事 な建物 だが

,裏

に回ればそこは もぬけの殻である」 と 言 つた。 確か に

,こ

の表現 には

,私

が中国での調査 を通 じて感 じた中国経済の不安定 さと相通 じるものが ある。上海の駅前 をうめる「民工潮」の群。上海か ら福州

,反

門にむけて沿海地域 を南下するにつ れて

,は

っきりと実感する急激 なインフレ。行 く先 々の都市で

,い

つ果てるとも知れない人手 に頼 る道路工事。外人向けにだけ特別の高料金 をとるタクシーや商店。 これ らは

,現

代 中国の急速 な経 済発展が もた らした秩序の崩壊 と

,拝

金主義の横行 によるモラルの低下の現われであろう。現在 の 中国にみ られる無秩序 とモラルの低下が

,今

後の中国における健全 な経済発展 を支 えるとは思われ ない。 おそ らく

,こ

うした感慨 は中国政府 も共有 しているはずである。事実

,中

国共産党は先頃開いた 中央委員会第6回総会 (1996.10,8)に おいて

,社

会主義的モラルの重要性 を強調す る「精神文明建 設決議」 を採択 した。そこでは

,経

済建設で物質的 に豊かになって も,「人民 に奉仕す る」 社 会 主 義的精神 を堅持す るよう人民 に呼びかけた

,

と新 聞では報道 されている。 明 らかに

,い

まの中国はポス ト登阿ヽ平時代 に入 り

,一

つの歴史的岐路 に立っている。それは, こ れ までの改革 。開放路線の推進 をスローガンに した経済成長至上主義か ら脱皮 して

,急

速 な経済成 長が もた らした深刻 なマイナス面の反省の上 にたつた安定成長への模索が始 まっている, と表現 で きよう。先の本文で論及 した現代 中国の経済改革 は

,こ

の安定成長 にむけての重要な経済改革 の柱 になる ものである。中国において

,す

でに始 まっているこうした政策上の変化 を

,外

国企業 は十分

(17)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

1号 (1997) 17

に理解 して中国の社会 と係 わ らなければならないであろう。 本文で紹介 した′鳥取県の申国進 出企業は

,私

の質問に対 して

,共

通 したように中国での今後の企 業活動 について

,つ

ぎの ような不安 を述べた。 第 1に

,中

国政府 は

,今

とっている外資企業への税 などの優遇政策 を変えて しまうのではないか。 第2に

,

日本企業 は労働集約的企業の進出を希望 しているが

,中

国側 は今ではハイテク企業の誘 致に力 を入れているので

,中

国進出が ます ます困難 になってい くのではないか。 第3に

,最

近急速 に中国沿海地域 における労働者の賃金が上昇 している。それを避けようとして, か りに企業 を内陸部 に移せ ば

,交

通 インフラの不備でスムーズな物流が望めない。 確かに

,こ

れ らの企業が′とヽ配す るように

,今

後の中国において

,

日本企業が これまで税制や賃金 などの面で享受 して きた利益 は少 な くなるであろう。 しか し

,そ

れは中国側か らみれば

,今

後 中国 が安定成長 に向かってい くのに欠かせ ないことなのである。いつ まで も外 国企業 を優遇する政策 を 続けるわけにはいかない。国有企業や私企業 など国内資本の育成 にも努力 しなければな らない。そ のためには

,高

度 なハイテク技術 の導入 をはか りたい。国家財政の安定のためにも, 日本企業 に応 分の税 を納めてほ しい一一 こうした中国側の要求は

,正

当な もの として受 け とめなければならない。 これまでのように中国が

,当

面の経済の発展 にプラスであると認めた外国企業であれば

,そ

の設 立 をつ ぎつ ぎと許可 して きた時代 は

,確

実 に過 ぎ去 りつつある。いま中国は

,従

来の経済成長が も たらした負の遺産 を克服 し

,安

定成長 に向けて動 きだそ うとしている。 日本の企業は

,こ

うした中 国側の変化 をつかみ

,そ

の動向に理解 を示す ことによつて

,日

先の利益 に固執するのではな く

,今

後の中国の安定成長 にいかに貢献で きるか

,を

考 えた企業活動 を行 なってい くことが必要ではなか ろうか。そのことは, とりもなお さず 日本企業が中国側か ら信頼 され

,長

期 的に日本企業の利益 に もつながってい く堅実 な道であろ う。

主要 な参考文献

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(2)曽

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国改革最前線―一登卜

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88年

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洋電機

30年

の歩み』

1980年

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4)

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参照

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