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酸化還元反応理解のモデル
-U字管を用いた説明法の提案-
佐々木信行
(香川大学教育学部化学教室)
Models for Understanding Oxidation and Reduction Reaction
Proposal of Interpretation by Using Ushape Pipe
-Nobuyuki S
ASAKIFaculty of Education, Kagawa University, 1-1, Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
Abstract
For an interpretation of chemical oxidation and reduction reaction, there is the sheave model which expresses oxidation and reduction potential as a different height of each side load. However, this interpretation cannot explain the driving forces of reaction and to stop reactions at the final state of the chemical equilibrium. For these reasons, a new model using U-shape pipes with water to interpret oxidation and reduction reaction is proposed. This model can explain why the chemical reactions of oxidation and reduction occur and reach the final state of chemical equilibrium. This model is also effective to understand the concept of free energy and the chemical potential in the study of chemistry.
1.はじめに 酸化還元反応を視覚的に理解させるために,滑車を用いてその高さを酸化還元電位に見立て, 説明する方法がある(山県・水野,1980)。酸化還元電位(電極電位)が高い電極では電位が低 下する方向に反応が起こり(還元反応),低い電極では上昇する方向に反応(酸化反応)が進む。 両者の組み合わせで全体として酸化還元反応が成立し,両電極の電位差が0になるところが反応 の終点(平衡状態)である,というように説明するのである(守永,1972;玉虫,1991;佐々木・ 綿抜,1995)。たとえば,2つの単極反応
-68- Fe3++ e → Fe2+ 標準電極電位 E 10= +0.77V (1) Cr3++ e → Cr2+ 標準電極電位 E 20= -0.41V (2) の組み合わせを考えてみると,式(1)の反応と式(2)の逆反応が起こり,全体として Fe3++ Cr2+→ Fe2++ Cr3+ (3) で示される酸化還元反応が進行する。この反応前後で模式的に図1の(a)から(b)へのような 変化があるように表現されることがある。 式(1)の反応の電極電位は25℃で E1= E10- 0.059 log (4) 式(2)の反応の電極電位は E2= E20- 0.059 log (5) で表され,両者の差は
E1- E2=(E10- E20)- 0.059 log
= 1.18 - 0.059 log (6) Fe3+ + Cr2+ → Fe2+ + Cr3+ (3) で示される酸化還元反応が進行する。この反応前後で模式的に図1の(a)から(b)へのよう な変化があるように表現されることがある。 つり合い位置 ( b ) ( a ) E h ( V ) 反応前 反応後 図1 滑車モデルを用いた酸化還元反応の説明 式(1)の反応の電極電位は 25℃で E1 = E1 0 - 0.059 log([Fe2+]/[Fe3+]) (4) 式(2)の反応の電極電位は E2 = E2 0 - 0.059 log([Cr2+]/[Cr3+]) (5) で表され,両者の差は E1 -E2 = (E1 0- E 2 0) - 0.059 log([Fe2+]・[Cr3+]/[Fe3+]・[Cr2+]) 図1 滑車モデルを用いた酸化還元反応の説明 [Fe2+] [Fe3+] [Cr2+] [Cr3+] [Fe2+]・[Cr3+] [Fe3+]・[Cr2+] [Fe2+]・[Cr3+] [Fe3+]・[Cr2+]
-69- で表される。反応が進むにつれてこの電位差は次第に小さくなり,反応の終点で0になり,その ときの平衡濃度は次の関係を満たす。 1.18 = 0.059 log = 0.059 log K(Kは平衡定数) (7) ∴ K = = 1020 (8) ここで[Fe2+] e,[Cr3+]e,[Fe3+]e,[Cr2+]e は反応後の平衡濃度を表す。 しかし,考えてみれば,この滑車モデルには根本的な問題点がある。電極電位の変化量は,一 般的に酸化する物質(還元剤)と還元する物質(酸化剤)で絶対値は同じだが,電極電位(を表 す高さ)が変わっても,おもりの重量は変化しないことから,左右のおもりの位置エネルギーの 変化量は同じであり,全体として位置エネルギーの総量は変化しないので,おもりの位置が変化 しなければならない必然性が出てこないし,釣り合いの位置で止まる,という理由も出てこな い。これは,化学反応の起こる理由がエネルギー保存の法則だけでは説明できないことと同じで ある。化学反応の進行は自由エネルギーという化学ポテンシャルの値の変化で説明されるが,こ のモデルではそれが表現されないのである。 2.U字管による説明法 この滑車を用いた酸化還元反応の説明に対し,筆者は2つのガラス管を接続したU字管での水の 移動で反応の起こる理由を説明できないものかと考えた。これは2つのガラス管に異なる量の水 を入れ,その水面の高さを酸化還元電位に見立てて,両ガラス管を下方で連結し,U字管としての 水面の高さの変化を考えるというものである(佐々木,2016)(図2)。この場合,高い水面のガ ラス管は水位が下がり,低い水面のガラス管は水位が上がり,両者の水面の高さが等しくなった ときに水の移動が終わり平衡に達する。高い位置の水が下がり,低い位置の水が同じ距離だけ上 がるので,一見先ほどの滑車の場合と同じように見えるが,実は大きく異なる点があるのである。 [Fe2+] e・[Cr3+]e [Fe3+] e・[Cr2+]e [Fe2+] e・[Cr3+]e [Fe3+] e・[Cr2+]e つり合い 位置 ( a ) ( b ) 反応前 反応後 図2 U字管モデルを用いた酸化還元反応の説明 図1の滑車の場合は,おもりが移動する前と後で,2つのおもりの重心の位置はいずれも 2 つのおもりの中間にあり,変わっていないが,図2のU字管の場合は,水面が移動する 前と後を比較すると,水の重心が右の管寄りの少し高い位置から左右の管の中間点の少し 低い位置に移動しており,全体として位置エネルギーが低下(減少)していることがわか る。これは見方を変えれば高い位置にあった水が低い位置に移ったということである(図 2の色付けした部分)。すなわち,滑車の場合は,おもりの位置の変化の前後でおもりの 平均の位置(重心)は変わっていないが,U字管の場合は,水位の変化,すなわち酸化還 元電位の変化に伴って各ガラス管の水の量も変化し,全体として低い位置に重心が移動し ているということである。電極電位が変化することは電荷が高い方から低い方へ移動する ことに対応しており,言い換えれば(水位とは逆に)電子が酸化還元電位の低い方から高 い方へ移動していることを表しているともいえる。これは酸化還元反応により,自由エネ ルギーが全体として減少する,ということにも対応させることができ,化学反応の駆動力 ということを考える上でも極めて有効である。 3.移動電荷の異なる反応 次に,式(1)の電極反応と六価クロムとしてのクロム酸イオンの還元反応 図2 U字管モデルを用いた酸化還元反応の説明
-70- 図1の滑車の場合は,おもりが移動する前と後で,2つのおもりの重心の位置はいずれも2つ のおもりの中間にあり,変わっていないが,図2のU字管の場合は,水面が移動する前と後を比 較すると,水の重心が右の管寄りの少し高い位置から左右の管の中間点の少し低い位置に移動し ており,全体として位置エネルギーが低下(減少)していることがわかる。これは見方を変えれ ば高い位置にあった水が低い位置に移ったということである(図2の色付けした部分)。すなわ ち,滑車の場合は,おもりの位置の変化の前後でおもりの平均の位置(重心)は変わっていない が,U字管の場合は,水位の変化,すなわち酸化還元電位の変化に伴って各ガラス管の水の量も 変化し,全体として水は低い位置に重心が移動しているということである。電極電位が変化する ことは電荷が高い方から低い方へ移動することに対応しており,言い換えれば(水位とは逆に) 電子が酸化還元電位の低い方から高い方へ移動していることを表しているともいえる。これは酸 化還元反応により,自由エネルギーが全体として減少する,ということにも対応させることがで き,化学反応の駆動力ということを考える上でも極めて有効である。 3.移動電荷の異なる反応 次に,式(1)の電極反応と六価クロムとしてのクロム酸イオンの還元反応 12 Cr2O72-+ 7H++ 3e → Cr3++ 72 H2O 標準電極電位 E30= +1.33V (9)
の組み合わせを考えてみると(Freiser and Fernando,1967)どうなるであろうか。式(9)の反応と 式(1)の3倍の逆反応が起こり,全体として 12 Cr2O72-+ 7H++ 3Fe2+→ Cr3++ 3Fe3++ 72 H2O (10) という酸化還元反応が進行する。式(9)の電極電位は25℃で E3= E30- log (11) また,式(1)の3倍の反応の電極電位は E1= E10- log (12) で表され,両者の差は
E3- E1=(E30- E10)- log
0.059 3 [Cr 3+] [Cr2O72-]12[H+]7 0.059 3 [Fe 2+]3 [Fe3+]3 0.059 3 [Fe 3+]3・[Cr3+] [Fe2+]3・[Cr 2O72-]12・[H+]7
-71- = 0.56 - log (13) となる。Fe3+とCr2+反応の場合と同様,反応が進むにつれてこの電位差は次第に小さくなり,反 応の終点で0になり,そのときの平衡濃度は次のようになる。 0.56 = log = log K(Kは平衡定数) (14) ∴ K = = 1028 (15) この場合,滑車の表現だと,反応式(9)の六価クロムイオン1個に対し,反応式(1)の鉄イオン 3個分のおもりを考えることになるが,ガラス管モデルの場合は,六価クロムイオンのガラス管 1個に対し,三分の一の断面積を持つ反応式(1)の鉄イオンのガラス管を3個接続することを考 えればよい(図3)。滑車の場合だと,鉄イオンの方がおもりが重くなってしまい,鉄イオンの方 が上がるというイメージが描きにくくなるが,ガラス管の場合だとそのようなことはなく,同電 0.059 3 [Fe3+]3・[Cr3+] [Fe2+]3・[Cr 2O72-]12・[H+]7 0.059 3 [Fe3+] e3・[Cr3+]e [Fe2+] e3・[Cr2O72-]e12・[H+]e7 0.059 3 [Fe3+] e3・[Cr3+]e [Fe2+] e3・[Cr2O72-]e 1 2・[H+]e7 を相手とする場合でも,電位は同じような様式で変化することがよくイメージできる。こ のように酸化還元電位をガラス管の水位になぞらえるモデルは,滑車で考えるモデルより もわかりやすく適切なものであり,正しい理解につながるモデルであると考えられる。 ( a ) 反応前 つり合い位置 ( b ) 反応後 図3 U字管モデルを用いた異電荷イオン間の酸化還元反応の説明図 4.おわりに 大学院での授業で自然界における酸化還元電位のテーマで論文購読を行っていた時に, 出会った酸化還元に関するモデルに対し議論していると,素朴な疑問が湧き起こった。そ れに対し,それに変わる何かわかりやすい良いモデルはないかと考えて出てきたのが本報 のU字管モデルである。化学反応の駆動力や化学ポテンシャルをイメージすることはなか を相手とする場合でも,電位は同じような様式で変化することがよくイメージできる。こ のように酸化還元電位をガラス管の水位になぞらえるモデルは,滑車で考えるモデルより もわかりやすく適切なものであり,正しい理解につながるモデルであると考えられる。 ( a ) 反応前 つり合い位置 ( b ) 反応後 図3 U字管モデルを用いた異電荷イオン間の酸化還元反応の説明図 4.おわりに 大学院での授業で自然界における酸化還元電位のテーマで論文購読を行っていた時に, 出会った酸化還元に関するモデルに対し議論していると,素朴な疑問が湧き起こった。そ れに対し,それに変わる何かわかりやすい良いモデルはないかと考えて出てきたのが本報 のU字管モデルである。化学反応の駆動力や化学ポテンシャルをイメージすることはなか 図3 U字管モデルを用いた異電荷イオン間の酸化還元反応の説明図
-72- 荷のイオンを相手とする場合でも,異なる電荷のイオンを相手とする場合でも,電位は同じよう な様式で変化することがよくイメージできる。このように酸化還元電位をガラス管の水位になぞ らえるモデルは,滑車で考えるモデルよりもわかりやすく適切なものであり,正しい理解につな がるモデルであると考えられる。 4.おわりに 自然界における酸化還元電位のテーマで論文講読を行っていた時に,出会った酸化還元に関す るモデルに対し議論していると,素朴な疑問が湧き起こった。それに対し,それに変わる何かわ かりやすい良いモデルはないかと考えて出てきたのが本報のU字管モデルである。化学反応の駆 動力や化学ポテンシャルをイメージすることはなかなか難しいことだが,このモデルを用いるこ とにより学生の自由エネルギーや化学ポテンシャルに対する理解は大きく深まったように感じら れる。中高生にはやや難しい内容かもしれないが,物理的なポテンシャルとの関連性を考える上 にも本モデルは有効であると考えられる。 参考文献
H. Freiser and Q. Fernando(藤永,関戸訳)(1967):イオン平衡,化学同人 守永健一(1972):酸化と還元,裳華房 佐々木信行,綿抜邦彦(1995):天然無機化合物,裳華房 佐々木信行(2016):酸化還元反応理解のモデル ―U字管を用いた説明法の提案―,日本化学会 中国四国支部大会 玉虫伶太(1991):電気化学(第2版),東京化学同人 山県登,水野直治(1980):フィールドの化学,産業図書