有効性のエビデンスが乏しい一方で薬物有害事 象のリスクが高いことが挙げられる.筆者ら は,安全性を主眼とした唯一の高齢者薬物療法 ガイドラインである「高齢者の安全な薬物療法 ガイドライン」(日本老年医学会)を 10 年ぶり に全面改訂することを目的に,2013年度より系 統的レビューに基づく作業を行い,高齢者薬物 療法の安全性に関するエビデンスをまとめ,パ ブリックコメントを経て完成させた.「特に慎重 な投与を要する薬物のリスト」を中心に,本ガ イドラインの考え方を解説する.
1.一般的な注意点
高齢者では薬物有害事象の頻度が高く,75歳 以上の入院患者では 15%以上にみられる1).そ の要因は多岐にわたるが,最も重要なのは,薬 物動態の加齢変化に基づく薬物感受性の増大 と,服用薬剤数の増加である. 1)薬物動態上の注意点 腎機能や体重などから投与量を設定するとと もに,高齢者では少量(成人常用量の1/3~1/2 程度)から開始して,効果と薬物有害事象を チェックしながら増量する.ただし,急性感染 症に対する抗菌薬など,投与をためらってはい けない場合もある.また,長期投与中に腎機能 や肝機能の低下から効きすぎとなる場合もあ り,減量の意識を忘れてはならない. 2)多剤併用(polypharmacy)の問題 本ガイドラインの最大の狙いは多剤併用対策 である.多剤併用には,薬物相互作用および処 方・調剤の誤りや飲み忘れ・飲み間違いの発生 確率増加に関連した薬物有害事象の増加のほか に,薬剤費の増大や服用する手間,QOL(quality高齢者の
安全な薬物療法
ガイドライン2015
Key words 薬物有害事象,多剤併用,服薬管理 〔日内会誌 105:2398~2402,2016〕 秋下 雅弘 東京大学医学部附属病院老年病科 Masahiro AkishitaDepartment of Geriatric Medicine, The University of Tokyo Hos-pital, Japan.
of life)などの問題がある.有害事象の発生は薬 剤数にほぼ比例して増加するが,6 種類以上が 入院患者の有害事象全般2),5種類以上が通院患 者の転倒リスク3)と関連するため(図 1),5~6 種類以上を多剤併用の目安とするのが妥当であ ろう.今般の診療報酬改定でも,入院・外来に おける減薬の評価(薬剤総合評価調整加算と薬 剤総合評価調整管理料),かかりつけ医やかかり つけ薬局の評価で,6 種類以上を多剤併用とす る考え方が採択されている.ただ最近は,「複数 の薬剤を併用することに伴う諸問題」をpoly-pharmacyとする考え方に拡大してきており,3 ~4 種類でも問題があればpolypharmacyといえ る.要するに数は目安で,本質的にはその中身 ということである. 多病が高齢者における多剤併用の主因であ り,特別な配慮をしなければ多剤併用を回避す ることは難しい.エビデンスの妥当性,対症療 法の効果,非薬物療法など処方に際して見直す 点はいくつもある.特に,個々の病態や日常生 活機能,生活環境,患者の意思・嗜好に基づい て処方薬の優先順位を決めることが重要である.
2.
「特に慎重な投与を要する
薬物のリスト」の意味
高齢者ではほとんどの薬物有害事象が若年者 より起きやすいと考えてよいが,特に高齢者特 有の症候(老年症候群)の原因となる薬剤が多 く,向精神薬や抗コリン作用薬によってふらつ き・転倒,認知機能低下,便秘が起きやすいこ とに注意が必要である. このように,高齢者で有害事象を起こしやす い薬剤,効果に比べて有害事象の危険が高い薬 剤 は 高 齢 者 に ふ さ わ し い 薬 剤 と は い え ず, potentially inappropriate medication(PIM)と呼 ば れ, 米 国 のBeers基 準4)や 欧 州 のSTOPP (Screening Tool of Older person’s Prescrip-tions)5),日本では日本老年医学会による「高齢 者に対して特に慎重な投与を要する薬物のリス ト」6)が作成されてきた.筆者らは,2013 年度 より厚生労働科学研究費補助金(日本医療研究 開発機構へ移行)を受けて,系統的レビューに 基づいて,Minds2014で推奨されているGRADE システムに準拠した方法で作業を行い,「高齢者 の処方適正化スクリーニングツール」として 2 図1 polypharmacyと有害事象の関係(「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」より) 60 薬剤数(種類) A.薬物有害事象の頻度 0 10 1-3 4-5 6-7 8-9 10以上 * * * 20 東大病院老年病科入院患者2,412名の解析 B.転倒の発生頻度 都内診療所通院患者 165名の解析 (%) (%) 20 40 0 * * * 0 1-2 3-4 5-6 7-8 9以上 薬剤数(種類) 6剤以上 5剤以上 *P<0.05 vs 5剤以下 *P<0.05 vs 4剤以下 診療ガイドライン at a glanceつのリスト「特に慎重な投与を要する薬物のリ スト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」 を作成した.表に認知機能低下を理由とした「特 に慎重な投与を要する薬物のリスト」の代表的 薬剤のみを示す.その他の薬剤と注意点などの 詳細は,ガイドライン冊子あるいは日本老年医 学会HPをご参照いただくとして,「特に慎重な 投与を要する薬物のリスト」の基本的な考え方 を以下に記す. 対象は,高齢者でも,特に薬物有害事象のハ イリスク群である 75 歳以上の高齢者および 75 歳未満でもフレイルあるいは要介護状態の高齢 者である.また,急性期~亜急性期は専門治療 が必要である場合が多く,薬物療法にも裁量の 余地が大きいため,慢性期,特に 1 カ月以上の 長期投与を基本的な適用対象とする.ただし, 前期高齢者に対する投与や短期投与であって も,リストの薬物により有害事象の危険が高ま ることは確かであり,十分に注意する必要があ る.リストおよび本ガイドラインは実地医家向 けに作成されており,主たる利用対象は実地医 家である.特に非専門領域の薬物療法に利用す ることを対象としている.また,医師とともに 薬物療法に携わる薬剤師,服薬管理の点で看護 師も利用対象となる.高齢者の薬物療法におけ る薬剤師の役割は今後ますます大きくなると考 えられ,処方提案を含めた薬学的管理にぜひと も活かしていただきたい.
3.
「特に慎重な投与を要する
薬物のリスト」の使い方
薬物有害事象の疑いがある場合,薬物有害事 象の予防や服薬管理を目的に処方薬を整理した い場合,また,新規処方を検討している場合に リストを利用できる.ただし,リストはあくま でスクリーニングツールであることに注意する 必要がある.実際に処方薬物を変更する場合に は,図 2のフローチャートにしたがって慎重に 検討を行う.薬物の中止に際しては,突然中止 すると病状の急激な悪化を招く場合があること に留意し,必要に応じて徐々に減量してから中 止する. 本来の対象ではないが,一般の方も自分や家 抗精神病薬全般 錐体外路症状,過鎮静,認知機能低下, 脳血管障害と死亡率の上昇 非定型抗精神病薬には血糖値上昇のリスク エビデンスの質;中 推奨度;強 ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬 過鎮静,認知機能低下,せん妄, 転倒・骨折,運動機能低下 エビデンスの質;高推奨度;強 三環系抗うつ薬 認知機能低下,せん妄,便秘,口腔乾燥, 起立性低血圧,排尿症状悪化,尿閉 エビデンスの質;高推奨度;強 パーキンソン病治療薬(抗コリン薬) 認知機能低下,せん妄,過鎮静,便秘, 口腔乾燥,排尿症状悪化,尿閉 エビデンスの質;中推奨度;強 オキシブチニン(経口) 尿閉,認知機能低下,せん妄のリスクあり.口腔乾燥,便秘の頻度高い エビデンスの質;高推奨度;強 H1受容体拮抗薬(第一世代) 認知機能低下,せん妄のリスク, 口腔乾燥,便秘 エビデンスの質;中推奨度;強 H2受容体拮抗薬 認知機能低下,せん妄のリスク エビデンスの質;中推奨度;強 三環系抗うつ薬以下は,全てその抗コリン作用が主な問題である.族の処方薬について確認したい場合にリストを 参照することができる.ただし,処方薬がリス トに該当するのを目にした場合には,自己中断 してしまう危険があり,絶対に自己中断はせず に,必ず医師や薬剤師に相談していただきた い.ケアマネジャーなどの介護職も利用者の服 薬内容とリストを照合することは可能だが,気 になる場合はまず医師か薬剤師に相談していた だきたい.
おわりに
本ガイドラインの導入により,特定の薬物の 有害事象リスクを減らすだけでなく,多剤併用 の減少を介してアドヒアランスの改善,相互作 用とそれに関わる全般的な有害事象の減少と いった効果をもたらすことが期待される.一 方,高齢者の過少医療につながる危険をはらむ ため,患者にとって最善・最適な医療を提供す るという姿勢のもとに活用することが重要であ る.また,現時点では信頼性の高いエビデンス が不足している場合もあるため,本ガイドライ ンの適用範囲や薬物の種類,記述内容について は,今後も定期的にupdateしていく必要がある. 今後は,医学・薬学系の各学会,団体を介し て啓発活動に努めていきたい.また,高齢者に 対する適切な薬物治療の実践を医師と薬剤師, 薬学研究者が共同で研究し,高齢者医療の支 援・発展に寄与することなどを目的に,「日本老 年薬学会」が設立された.現在,医師や薬剤師 をはじめ,看護師,管理栄養士,医薬情報担当 者(medical representative:MR)などを対象に 会員を募集している.老年薬学に関する講演会 や研修会などの普及啓発,調査・研究の実施, 認定制度など様々なことを計画しているが,啓 発の中心的テキストが本ガイドラインである. 価格も安いので,ぜひご一読いただきたい. 図2 「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」の使用フローチャート―1 (「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」より引用) *予防目的の場合,期待される効果の強さと重要性から判断する. ある リストにある薬物を処方している 代替薬は あるか ないまたは 患者の不同意 代替薬 に変更 新規薬物へ 切り替え 減量・中止は 可能か 減量・中止 可能 困難 非薬物療法があれば導入 治療歴における有効性と副作用を検証 使用中の薬物を含めて 最も有効な薬物を再検討 代替薬の 継続 有効 効果不十分 慎重に継続 範囲内 範囲外 慎重に継続 推奨される使用法 の範囲内か 有効 * 疑わしい 効果は あるか 診療ガイドライン at a glance寄附金(アステラス製薬,アストラゼネカ,第一三共, 武田薬品工業,中外製薬,バイエル薬品,ファイザー)
文 献
1) 鳥羽研二,他:薬剤起因性疾患.日老医誌 36 : 181―185, 1999.
2) Kojima T, et al : High risk of adverse drug reactions in elderly patients taking six or more drugs : analysis of inpatient database. Geriatr Gerontol Int 12 : 761―762, 2012.
3) Kojima T, et al : Polypharmacy as a risk for fall occurrence in geriatric outpatients. Geriatr Gerontol Int 12 : 425―430, 2012.
4) American Geriatrics Society 2012 Beers Criteria Update Expert Panel : American Geriatrics Society updated Beers Criteria for potentially inappropriate medication use in older adults. J Am Geriatr Soc 60 : 616―631, 2012.
5) O’Mahony D, et al : STOPP/START criteria for potentially inappropriate prescribing in older people : version 2. Age Ageing 44 : 213―218, 2015.
6) 日本老年医学会編:高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2005.メジカルビュー社,東京,2005.